妖怪の山の夜。雲海に浮かぶ館、その一室だけが光を灯していた。
机の上には空瓶がいくつも並んでいる。
飯綱丸龍は崇徳院紫音を呆れたように見つめていた。
紫音は黒い長い髪を振り乱しながら龍に寄りかかる。
「相変わらず酒に強いんだか弱いんだか……」
龍は寄りかかってくる紫音を介抱しつつ、またこの人の長い話を聞かされるのかとため息を漏らした。
紫音は言う。
「めぐちゃん〜」
龍はすぐに言い返した。
「めぐちゃんはやめてください、恥ずかしいです」
紫音はクスクスと笑った。その様子は外の世界での位の高さを容易に想像させる。
「えーめぐちゃんはめぐちゃんだよぉ〜」
紫音は相変わらず龍に絡み続ける。龍は鬱陶しいと思いこのまま彼女を寝かせてしまおうかと考えたが、やめた。紫音は妙に記憶力が良く、あとで「途中で寝かせたよね?」などと言われてしまうからだ。
紫音はぼんやりとした目で龍を見つめた。
「めぐちゃんは私のこと普通に接するよね」
龍は少しばかり眉をひそめた。
「普通とは」
紫音はまた笑った。
「分かってるくせに。私だよ?あの崇徳院様、だよ?そんな人に貴女は同じ大天狗だからと対等に関わってくる」
「変に敬わない。怖がらない。遠慮もしない」
紫音は酒を一杯飲み干すと言った。
「天狗になってからは千年生きてきた。めぐちゃんに出会う前は五百年。五百年だよ?」
「誰も私と対等に接しようとしなかった」
「ずぅっと生きてきて」
「みんな跪くの」
「天魔でさえ時折私に敬語を使うのよ?」
「怨霊だとか、帝だとか」
紫音は龍を優しげな目で見つめた。
「でも龍は……」
紫音は笑った。しかし突然泣き始めた。
「五百年だよ!五百年!」
「誰も対等に話してくれなかった!」
「でも龍は!」
「初めて対等に接してくれた!」
「初めてだよぉ!」
そして泣き叫んだ。
「うわあああああん!」
「めぐちゃぁぁぁぁぁん!」
そして勢いのまま机に突っ伏した。
暫くすると紫音は眠ってしまったようで動かなくなった。完全に酔いつぶれてしまったようだ。
龍は息を吐いた。部屋に静寂が落ち、部屋の隅に居た管狐、菅牧典を見た。
「典、鞍馬天狗を呼んでやってくれ。崇徳院様、完全に酔いつぶれた」
「それにしても凄いですね。泣き上戸のレベルが」
「崇徳院様は昔からこうだよ。……でもこんな話をしてくれたのは初めてだな」
「でも飯綱丸様と出会う前の崇徳院様は色々と酷かったらしいんですよ」
龍はそんなことを聞いたことがなかった。大天狗になる前は余裕がなくそんな噂話などどうでもよかったからだ。
「人間社会を未開社会だと蔑んで大天狗らしく偉そうに振る舞う。それはそれは酷かったと」
「でも飯綱丸様と出会ってから変わったそうなんです。人間の書物を読み漁って……この前なんて『悲しき熱帯』の内容を私に教えてくれたぐらいなんです」
「人間の素晴らしさ、そして尊さ。壊滅的な人格だと言われていた大天狗の姿はもうそこにはなかったんです」
龍は紫音の髪を整える横に寝かせながら呟いた。
「この人は人間に殺されて怨霊となった後に鴉天狗になったんだっけな。ずっと辛くて大天狗になった後もきっと……」
「典、私は外に出ているから、鞍馬天狗を呼んで来てやってくれ」
「分かりました、飯綱丸様」
「鞍馬様呼んできます」
典が窓を開けると冷たい夜風が入ってきた。龍は立ち上がると紫音を見た。
「めぐちゃぁぁぁん……」
「はぁ……だからそれはやめてくださいと……」
机の上には空瓶がいくつも並んでいる。
飯綱丸龍は崇徳院紫音を呆れたように見つめていた。
紫音は黒い長い髪を振り乱しながら龍に寄りかかる。
「相変わらず酒に強いんだか弱いんだか……」
龍は寄りかかってくる紫音を介抱しつつ、またこの人の長い話を聞かされるのかとため息を漏らした。
紫音は言う。
「めぐちゃん〜」
龍はすぐに言い返した。
「めぐちゃんはやめてください、恥ずかしいです」
紫音はクスクスと笑った。その様子は外の世界での位の高さを容易に想像させる。
「えーめぐちゃんはめぐちゃんだよぉ〜」
紫音は相変わらず龍に絡み続ける。龍は鬱陶しいと思いこのまま彼女を寝かせてしまおうかと考えたが、やめた。紫音は妙に記憶力が良く、あとで「途中で寝かせたよね?」などと言われてしまうからだ。
紫音はぼんやりとした目で龍を見つめた。
「めぐちゃんは私のこと普通に接するよね」
龍は少しばかり眉をひそめた。
「普通とは」
紫音はまた笑った。
「分かってるくせに。私だよ?あの崇徳院様、だよ?そんな人に貴女は同じ大天狗だからと対等に関わってくる」
「変に敬わない。怖がらない。遠慮もしない」
紫音は酒を一杯飲み干すと言った。
「天狗になってからは千年生きてきた。めぐちゃんに出会う前は五百年。五百年だよ?」
「誰も私と対等に接しようとしなかった」
「ずぅっと生きてきて」
「みんな跪くの」
「天魔でさえ時折私に敬語を使うのよ?」
「怨霊だとか、帝だとか」
紫音は龍を優しげな目で見つめた。
「でも龍は……」
紫音は笑った。しかし突然泣き始めた。
「五百年だよ!五百年!」
「誰も対等に話してくれなかった!」
「でも龍は!」
「初めて対等に接してくれた!」
「初めてだよぉ!」
そして泣き叫んだ。
「うわあああああん!」
「めぐちゃぁぁぁぁぁん!」
そして勢いのまま机に突っ伏した。
暫くすると紫音は眠ってしまったようで動かなくなった。完全に酔いつぶれてしまったようだ。
龍は息を吐いた。部屋に静寂が落ち、部屋の隅に居た管狐、菅牧典を見た。
「典、鞍馬天狗を呼んでやってくれ。崇徳院様、完全に酔いつぶれた」
「それにしても凄いですね。泣き上戸のレベルが」
「崇徳院様は昔からこうだよ。……でもこんな話をしてくれたのは初めてだな」
「でも飯綱丸様と出会う前の崇徳院様は色々と酷かったらしいんですよ」
龍はそんなことを聞いたことがなかった。大天狗になる前は余裕がなくそんな噂話などどうでもよかったからだ。
「人間社会を未開社会だと蔑んで大天狗らしく偉そうに振る舞う。それはそれは酷かったと」
「でも飯綱丸様と出会ってから変わったそうなんです。人間の書物を読み漁って……この前なんて『悲しき熱帯』の内容を私に教えてくれたぐらいなんです」
「人間の素晴らしさ、そして尊さ。壊滅的な人格だと言われていた大天狗の姿はもうそこにはなかったんです」
龍は紫音の髪を整える横に寝かせながら呟いた。
「この人は人間に殺されて怨霊となった後に鴉天狗になったんだっけな。ずっと辛くて大天狗になった後もきっと……」
「典、私は外に出ているから、鞍馬天狗を呼んで来てやってくれ」
「分かりました、飯綱丸様」
「鞍馬様呼んできます」
典が窓を開けると冷たい夜風が入ってきた。龍は立ち上がると紫音を見た。
「めぐちゃぁぁぁん……」
「はぁ……だからそれはやめてくださいと……」