1
それは単純なはなしで、例えばジョンと名付けられた犬は自分のことをジョンだと思っていて、生まれながらのジョンは自分がジョンではない可能性なんかには思い至らない。ましてやジョンたる自分にそれ以外の名前をつけてしまおうなどという大胆な発想には百年かかってもたどり着かないだろうと思う。だってそいつは、生まれながらのジョンだから。
そう。ひとが暗がりを恐れることをわたしは知ってる。ひとにとって目に見えない物は暗がりであって、恐怖でもある。だから、ひとは暗がりに火を灯すだけで、いとも簡単に救われる。種火さえもなければひとはその暗がりに名前をつける。命名はそれだけで灯火の代わりになることだって、わたしは知ってる。けれど、ひとはひととして生まれ落ちた以上ひと以外にはなりえない。それは例えば、十六年目の夏、短い夜に死んだジョンのように。
つまるところ、わたしは生まれながらの疫病神であって、疫病神以外の自分になる方法なんて知らないし、きっと百年かけてもわからない。でも、そんなことはわからなくたって困らない。暗がりが暗がり以外の何物でもないことだって、わたしは知ってる。それをわかってさえいれば、暗がりにさほど暗さは感じなくなるし、ジョンが死んだって悲しむこともない。ただジョンにとってあの夜は、きっと暗かったのかな、と思う。
けど、これは単なる憶測であって、本当のところはわからない。ジョンはいつも笑ったような顔をしていたし、それはあの夜にしても変わらなかったし、そしてなにより、わたしはジョンじゃない。
姉さんは覚えているといって聞かないけど、わたしが忘れた犬の名前を姉さんごときが覚えているわけがない。あの犬はきっとジョンじゃなかったし、やっぱり犬は笑ったりなんかしないと思う。死の間際に笑う生き物なんて気味が悪いし、なにより不自然極まりない。すべての生き物にとって死よりみじめなことなんてありえない。だから、ジョンにとってあの夜は暗かったに違いない。どれほど短い夜だったとしても、夜は夜で、夜は夜以外にはなりえないのだから。たしかそのあと、ショベルで土をすくって、ジョンを埋める姉さんの姿を眺めていた。スコップをつかえばいいのにな、とか、思いながら。とにかく、あの日の夜は短くて、茹だるように夏だった。
2
台所から水の流れる音がした。カーテンの無い窓から朝日が差し込んでいて、すこし肌寒い朝だった。気怠さと欠伸と身震いが小競り合いをして、わたしはけっきょく布団の上で中途半端になっていた。食器がぶつかる音がする。彼女はもう朝食を済ませたらしい。彼女のことを彼女と呼ぶのはいささか違和感がある。けれど、なにかといえば姉御肌の彼女をわたしが姐さんと呼ぶのもおかしな話に思える。わたしには姉さんがいるし、そして彼女にも“姐さん”がいる。しかし、やつ、なんていうのはぶっきらぼうすぎるし、なにより――こちらから頼んだわけではないが――世話になりすぎている。だから、彼女のことは、雲居、と呼ぶのが相応しいだろう。なんにせよ“不調法”な雲居をそれ以外で呼称するのは癪に障る。
不調法は雲居の代名詞であり、早すぎる起床と雑すぎる食器洗いも雲居を不調法たらしめる要因の一部だ。つまるところわたしは雲居の騒音被害者で、苛立ちと共に目覚める朝は最低だった。気怠さと欠伸と身震いと、そして苛立ちはひとつのため息に集積される。それを聞きつけたのか、今度は台所からまた不調法が響き渡った。
あら。起きたの。起きてるんでしょう。あんた朝は。漬物と味噌汁はあるけど。魚焼いてほしかったらはやく言って。私もうでるから。
台所から響くこれらの言葉すべてに大きすぎる感嘆符が付いている。大きな入道雲といい、雲居はなにか大きなものに付き纏われる宿命のもとに生まれてきたのかもしれない。
起き抜けのわたしには台所まで響く声で返答する気力もない。四半世紀は懐かしさの代名詞で、懐かしさは倦怠の色違いだ。いつだったか、温和な婆さんに世話をしてもらったこともあったっけ。あの婆さんは世話好きの心配性で、たぶん、臆病だった。婆さんは朝、わたしが寝ていると起こさないように小さな足音で傍に寄ってきて、女苑ちゃん、起きたのかい。と、小さな声でわたしに言った。雲居は大きな足音で四半世紀の廊下をいじめながら、眠たいわたしをいじめるかのように、また大きな声を出しながら居間に迫ってきている。起きてんの、起きてないの。はっきり答えなさいよ。どうせ起きてんでしょう。感嘆符が付き纏っている。雲居は――いまからひとつ駄洒落をやる――今にも居間に――やった。――到達して、わたしに声をかけるだろう。
「あら。起きてたのね」
廊下と居間、敷居から響くその声は“あっさり”としていて、わたしはこの温度差にいつも妙な気持ちになる。あれだけ大声で追及しておきながら、実際、雲居にとってわたしが起きているかそうでないかなどはどちらでもいいようだった。
「朝は漬物と味噌汁があるわ。私、もう出るから。魚は焼くなり煮るなり、好きにしたらいいわ」
そう言って、すでに法衣を纏った雲居は玄関へ向かっていった。一寸の間のあと、がらがらと戸が開いて、がらがらと閉じる音がする。ひとり取り残されたわたしは、ようやく、みたいな心持ちと一緒に思いっきり伸びをした。魚は焼きもしないし煮もしない。漬物も味噌汁も、なにもかも。お腹が空いたらそのときの自分がどうとでもするだろう。わたしは徐に覚醒する意識を――逃げていく眠気を――ひっ捕らえて、布団のなかにしまい込むことに決めた。季節は春だった。春の朝は昼まで続く。春の昼は夜まで続く。夏ほどではないにせよ、春の夜なんてそれほど長くは続かない。
昼頃起きて、結局わたしは漬物を味噌汁を啜るのと同じようにして齧っていた。そんなのは言わずもがなの粗食で、粗食は寺で過ごした短い時間の芋蔓だった。わたしが寺を出た経緯なんてものはとどのつまり宿命で、それは対外的にも至極当然の結末であって、理由を挙げ連ねることは誰にだって、わたしにだってできるけれど、そんなことに意味はない。ただ曖昧と、漠然と、わたしは寺を出ていくのだろうと思っていたし、連中もそう思ってたに違いない。理由を挙げ連ねることは誰にだって、わたしにだってできるけど、本当はきっと、誰一人として、本当のことはわからなかったから、誰も、わたしも、そのことについて考えたりなんて、しないのだ。雲居。雲居一輪だって、そんなことは考えていないはずで、けれど、雲居はいまわたしと一緒に暮らしている。わたしは雲居の用意した住居で雲居の用意した御飯を食らって、雲居の用意した布団で眠る。お小遣いだって、週にそこそこ貰えているし、それでもって、わたしは外へ暇つぶしに行くことだってできる。雲居は言った。衣、食、住のすべて面倒を見る覚悟があって、それからやっと人を救えるのだ。
そう。雲居一輪はわたしを“救う”と、そう言った。かくして至る現在が、この有難い漬物と味噌汁だった。口の中の沢庵を、わざわざ音を立てて咀嚼してみると案の定、そう鳴った。
雲居がどうしてなにをもってわたしを“救おう”などと考えたのかはわからない。そもそもわたしはそんなものを求めてはいないし、自分を不幸だなんて考えてもいない。哀れまれているのかとも思ったが、雲居の様子をみるにそういうわけでもないらしい。わたしが寺を出たとして、ないアテなど作ればいいだけのことだった。連中にしたって、雲居にしたって、それはわかっているはずなのだが、どうも。雲居はわたしの世話を焼きたくてたまらないようだった。なにも、悪いことじゃない。実際、わたしはこの粗食と布団に救われている。ないアテを作るよりずっと楽に暮らせるようになったのだから、もうこれ以上なにもうまくいかなくてもいい。けれどこの暮らしはつまりは寺での暮らしの延長戦のようなもので、いつかはきっと、わたしはまたどこかへ出て行くのだろう。雲居にしたって、それをわかっているはずだった。
もし仮に、雲居が抜本的に、根本的に、革命的にわたしをわたし以外に変えようと考えているのだとしたら、これ以上無駄なことはない。今となってはもう名前さえ思い出せないあの犬は、その一生を犬のまま終えたのだから。それに雲居ときたら法事ばかりに出向いていて、わたしを“救おう”と積極的になっている感じもない。結局、雲居もわたしも、命蓮寺に居たときと同じ暮らしをしているように思う。
皿を洗う。餌をやるのは姉さんの仕事だったけど、姉さんは物を洗うということをしないから、皿洗いはいつもわたしがやっていた。雲居はわたしが洗っておいた皿を台所に見つけるたびに、意外、といった顔をして、意外、と口にする。それはただ単にわたしの習慣だから、そんな程度のことでわたしの心境になんらかの変革が起きつつある、なんて思われていたら癪だな、とも思うけれど、習慣は習慣で、犬は犬で、それ以外にはなれやしない。洗い終わった皿の水をふき取って、わたしは食器入れにそれらを直した。
慎ましく質素に暮らす。里の昼は人間たちが平和そうにして歩いている。わたしもその一端になって、呉服屋とか、甘味処を見て回る。貰ったお小遣いはあくまでもお小遣いで、ちょっとの気晴らしにも微妙な気遣いが必要だった。昼に呑む酒は好きじゃない。此処に欲しい服なんて在り得ない。そう、今だって外の世界での暮らしと変わらない。誰かの持て余した隙間のなかで暮らすなら、その隙間のなかに見合った暮らしを終わりまで続ける。雲居の持て余した隙間のなかなら、白昼の里での場合であれば、あんみつなんかを食べればいい。甘いものは好きじゃないし、嫌いでもない。雲居はわたしを救うと言った。だから、わたしは好きでもないし嫌いでもない甘味を、喫するべくして喫するのみだ。雲居にしたって、きっとそれは同じことで、あの聖白蓮の隙間のなかで暮らしているから、毎日毎日、法衣を着て、他人の死を慰めに出向いているに違いない。けれど――詳しいことは知らないが――あの聖人を救ったのは雲居含めた寺の生臭連中ということらしい。雲居はあれを救って、救われて、それでまた、救われているのだろうか。もし仮にそうだとして、救われたから救うなんて、そんなのは或る種の報復みたいなもので、図々しいし、おこがましくて、厚かましくもあって、なんだかすこし冷たいような感じもする。永遠なんて永遠に無いことを、連中はわかっているのだろうか。ひとは死ぬ。死ぬから雲居は法衣を着る。それはきっと終わらないし、いずれ必ず終わりが来る。あんみつは甘い。ふと――馬鹿馬鹿しい!――姉さんのことを思い出す。姉さんはいまごろなにを食べているのだろう、なにをしているのだろう。姉さんの暮らしはきっと――空腹に膝を抱えてるに決まってる!――暗いのだろう。貧すれば鈍するとはよく云ったもので、飼われた犬は人に餌をもらうのを待つことしかできない。あの犬に餌をやるのは姉さんの仕事だった。わたしの仕事は、たまに皿を洗うこと。犬の名前を思い出す。物覚えの悪い姉さんが覚えているといって聞かない物覚えの悪い犬の名前。姉さんはジョンと似ているかもしれないな、と思った。季節は春。帰り道に寺子屋帰りがなにやら騒いでいて、なにかと思えば、どうやら近々花見で出店が並ぶらしい。昼間の里はそれだけだった。
そして、夕方頃に帰ってきた雲居は、居間に入るなり「呑みに行くわよ!」とわたしを連れ出す。
……。
「それで、その子が言うのよ。お線香を線香花火にしてもいいですか? って」
「結論は?」
「あぶないからダメ」
「……ねえ笑ってる?」
「笑ってないよ」
「おもしろくない?」
「おもしろいよ」
「笑った?」
「笑った」
「へへ」
3
事件が起きた。起きたら居間に犬がいる。
「おはようございます! ……なんの事件ですか?」
その声は溌剌としていて、快活であって、雲居のソレとは別種の不調法を孕んでいた。寺に居た頃はこの声に何度起こされたかわからない。けれど、雲居のアレに起こされるよりかは、幾分マシな気分だった。布団から上半身を剥がしながら「非日常」と呟くと、響子は、わからないです、の顔を作ってみせる。しかしその、わからないです、の口元はいつだって純粋そうなニコニコを携えているから、いつもなんとはない罪悪感が湧いてくる。実際、響子は純粋なのだ。あの村紗水蜜から貰ったアメを何を恐れずともなく喜んで食う。
「村紗さんに言われて来てみたんですよ。たまにはふたりの様子を見てこいって。だから、様子を見に来たんです。わたし!」
実際は「たまにはあいつらに遊んでもらえ」が正しいのだろうけど、響子も軽い嘘をつけるようになったらしい。その成長に免じて追及はしないことにするけれど、急に来られたって、わたしには菓子の用意はおろか、何の話題だって持ち合わせていない。台所から水音もない、大きな足音もない、例の不調法も気配を消している。雲居はもう出かけたようだ。困ったな、素直な感慨が不意とこぼれると、一瞬だけ、響子は残念そうな顔をした。
「いいんですよ。わたし、お菓子もってきちゃったんです。一緒に食べて、そのう。一緒に食べましょうね!」
やっぱり、響子は遊ぶ気まんまんでやってきたらしい。でも多分、想定していた遊び相手はわたしじゃなくて雲居のほうだ。そもそも、寺では響子のほうが先入りだったし、それでというわけではないが積極的に関わり合いになろうとも思わなかった。はじめ、響子は仕方なく寺の世話になるようになった。わたしは仕方がないから寺に世話されるようになった。わたしと響子の関係といえばたったそれだけ、なんとなく似た境遇で寺に居合わせたというだけのものだった。違いといえば、響子に必要なソレが、わたしには不必要という点。この一点が、響子とわたしを分ける、余りにも大きな隔たりだった。響子はこれからいくらでも、その顔に称えたニコニコを失うことができる。
響子が菓子を持ってきたというので仕方なく茶の用意をしていると、世界はどうやら昼らしく、窓からは真昼間でございと言わんばかりに陽が差し込んでいた。響子は雲居が出かけてからわたしが起きるまで、一体どれくらいの時間を居間で過ごしていたのだろう。暇だから来たのに暇をさせられたんじゃたまらない。こうなることを分かって、村紗は響子をここへ寄越したのではなかろうか。あの女は見立て屋で、いやな思いをひとに代替させて、自分のソレを帳消しにすることしか頭にない。響子に懐かれているというのに、あいつの友達はいやがらせだけだ。雲居も、わたしより先にあいつをなんとかしようとは考えないのだろうか。なんだか腑に落ちない、もやもやしてくる、というのが、村紗水蜜に関わった者たちの感じる主たる要素だった。ああ! もう。兎にも角にも、いまはお茶だ。
お茶を淹れて、しばらく響子に気を遣わせていると雲居が帰ってきた。しかし帰ってきたというのも一瞬のことで、帰るがはやいか「それじゃ、また出てくるわ!」と言い残して去っていった。けれどそのおかげで、今現在の茶の間といえば先刻までのそれとは違って、談笑という語句それ相応の応酬が繰り広げられている。
「だから、わたしグレちゃいそうなんだよ。最近、村紗さん全然かまってくれないんだもん」
「ハ。しょせんお前は拾われっ子。お荷物、ごまめ。わたしはお前なんかと違って、道観のみんなに優しくしてもらっている。お前なんかと違ってな!」
響子はわたしに向かってこんなフランクに喋らないし、わたしも響子にこんな明け透けで意味不明な返答はしない。響子の話相手は雲居の置き土産、秦こころだった。雲居は帰ってくるなり「布都に預かるように頼まれたから! しっかり預かること!」と言って、秦こころを置き捨てていきやがったのだ。こころとは一応の面識はある。あるにはあるが、それは例えば、蝸牛は大抵なんたらという虫が寄生しているらしい、程度の面識であって、それはもはや、無いにも等しい。だから、わたしはお茶をもう一杯淹れてからというもの、そういう置物と化してふたりの談笑を聞き流していた。
響子に対するこころの口ぶりといえばやたら攻撃的だった。しかし響子は別段気に留める様子もなく、それこそフランクに――わたしと話すよりも断然。――会話できている。理由といえば、やはり先ほどこころ自身が口走った“拾われっ子”が起因しているのだろう。響子は仕方なく寺の世話になるようになった。こころも仕方なく道観の世話になるように――少なくともそう聞いている。――なった。その共通項がふたりの親近感乃至は敵愾心を産み出しているものと思われる。
「なにさ、そっちだって拾われっ子のくせに。ごまめのくせに。今日だってみんなの邪魔になるからうちに預けられたくせにさ」
「なにを! わたしは邪魔になんてなっていないぞ。ただ道観にわたしがいては、みなの修行が滞るからな。だから出てきたんだ。幸福の最大和だ。功利主義という。ふふん、わたしはみなのためを思って、ここにいるんだ。お前なんかとはまるでちがう」
この面霊気の喧嘩腰ときたら聞いていて居た堪れなくなる。それにしても響子もなにか言い返せばいいものを、ぐむむと唸って湯呑を握りしめるばかりでいる。置物としては別に、なんだってかまわないのだが、どうにもこのふたりにはモラトリアムというものを感じてしまう。ふたりとも、今のところは救われているのだろう。響子は寺に。こころは仙人どもに。それから、わたしも。雲居は言った。衣、食、住のすべて面倒を見る覚悟があって、それからやっと人を救えるのだ。果たしてそうだろうか。うらぶれたバンドマンにも、上場企業の社長にも、臆病な老婆にも世話になった。姉さんは犬を十六年ものあいだ世話をした。そしてそれは、結局ただそれだけのことだった。誰かに用意された衣食住なんかで、ひとは救われないのだ。
だけど。
「はああ? なんですかコウリシュギって。意味わかって言ってんの? じゃあなにさ、あんた特技あんの? わたしなんてベースできちゃうんだよ。楽器だよ。こんどバンド組んで、ライブなんかやろうって話になってんだもんねー。あんたにはそんな友達いないでしょ。あーかわいそ!」
「な、な、なにを! わたしにだって友達のひとりやふたり、いや! 百人、百人の友達がいる。ひとりは大金持ちでひとりは大地主でひとりはすごくいいやつで……」
だけど。今日の昼はやたら長い。
「あーあー嘘ばっかり。もう知らない。もう決めた! わたしバンドマンになっちゃうもんね。寺のみんなからは止められてるけど、やっちゃうもん。なっちゃうもんね。ロックンロールスターにさ! そしたらあんたなんかとは比較にならないほどの人気者! ね、ね。いいでしょ、女苑さん?」
「い、いいのか、依神女苑! 貴様が止めるべきだ! こいつにバンドなんてやらせたら、その、人気者なんて、そんな……バ、バンドなんていうのは……そう! 不良! 不良への第一歩であるからして、不良への第一歩は嘘つきへの一歩で、嘘つきへの一歩は泥棒の――」
どうやらわたしは置物でも、鉢の類の置物だったらしい。回ってきた鉢に適当な言葉をよそって、それからは激化するふたりの口論を聞き流しながら、カーテンのない窓から真昼間を眺めていた。響子の口ぶりではバンドなど始めて“グレる”ことに対して寺のみなが――たぶん、響子自身も――忌避感を持っているらしいが、おそらく村紗水蜜はそうなるように仕向けたいのだろう。じゃなければ、せっかく懐いた犬を邪険にしたりするはずがない。わたしはどちらでもいいと思っている。グレるならいくらでもグレたらいいのだ。こころの喧嘩腰はこころなりの友愛の表現であって、似た者同士の自負からくるものに違いない。友達がいるのなら、心配なんて、そいつがいくらでもしてくれる。
そのあとすぐにふたりは「こんなやつが居る家にはいられない!」と口を揃えて飛び出して行った。わたしはふたりの食べ残した茶菓子をさらって、また、皿を洗った。
そして、夕方頃に帰ってきた雲居は、例のごとく「呑みに行くわよ!」とわたしを連れ出す。居酒屋までの道中はなんてことはない。いつも通りの夕景があって、わたしはすこしだけ笑ってしまった。蛇足だな、と、そう思った。
……。
「それで、またその子が言うのよ」
「え、その子って、あの子?」
「そう、あの子よあの子」
「えー、どうしよ。いやいいわ聞かせてちょうだい」
「今度はね、お葬式って結局なんなの? だって」
「あんたなんてったの」
「儀式」
「……ち、違うのよ。私だけで決めたんじゃなくて、その場のみんなで考えて決めたんだから」
「いや……」
「えー? ……つまんない?」
「おもしろい」
「そうよね!」
……。
キッチンの小窓は橙色、後姿の姉さんは上機嫌に鼻歌なんかやりながら、おたまを片手に鍋をかき混ぜている。それはよくある夢だった。
昔から料理をするのが苦手だった。町を歩いている最中に八百屋なんかをみかけて、ふとその気になることはしばしばある。大根やら、人参やら、さまざまな食材が並んでいて、それらがいっぺんに視界から、頭の中へと飛び込んでくるものだから、結局なにを作ればいいかわからないし、なにを作れるのかもわからない。だから、なにを買えばいいかわからないので、いつもなにも買わずに家に帰って、結局、誰かが作ったものを食べる。そうして、わたしは皿を洗う。
「じゃあね、カレーを作ればいいんだよ」
皿を洗うわたしの後ろで、姉さんがそんなふうに言った。
「カレーなら思いついたものぜんぶ入れて、煮込んで、かき混ぜちゃえばカレーになるから」
「でも、作り方わかんないよ。ほんとはもっと、なんかこう、炒めたりとかそういう……順番があるでしょ?」
そうしたら、姉さんは「ふふん」と鼻を鳴らして、腕まくりをして――このとき、姉さんはわたしの後ろに立っていたわけだから、わたしはそれを見ていないけど、姉さんのことだからきっとそう。――得意げに言った。
「あるけど、ないよ。ないのといっしょ。今度作って、教えてあげる」
わたしは姉さんの作るカレーが嫌いだった。姉さんに料理の才能があったとかなかったとか、そんなのはどうでもよくて、姉さんの作るカレーだけ、妙に苦手で――その会話以降得意になってカレーばかり作るから――いっときは見たくもないとさえ思った。じょおん、じょおん、今日はカレーだよ。カレーを作るよ。ひとりはしゃぐ姉さんの言葉を遮ることもできなかった。最後に姉さんと暮らしたのはいつのことだっただろう。アパートの階段は赤く錆びていた。部屋は古くなった建材のにおいがしていた。クッションフロアには小さな花が等間隔に咲いていて、歩く毎にぺたぺたと鳴った。そこはいつも夕方だった。いろんな場所で寝泊りをした。いろんな人間を騙したし、騙されもした。中にはいい人もいれば悪いやつもいて、高いマンションで暮らしたこともあるし、立派な戸建てを間借りしていたこともある。けれどそのどれもが街の中で、街はいつでも夜だった。夜は朝になればいつだって嘘のように消え失せて、虚しさと疲労感とわたしを置き去りにした。そうして一文無しになったわたしは、そのたび、まるで帰巣本能の強い動物みたいにしてあの家まで歩いた。じょおん、じょおん、今日はカレーだよ……姉さんの暮らすアパートはいつだって夕方で、たぶん、カレーのにおいもしていた。わたしは姉さんの作るカレーが嫌いで、嫌いで仕方がなかった。だって、カレーをよそった皿の汚れは落ちにくいし、姉さんに出来ることはいつだって、わたしにとっては簡単なことだらけだったから。
そう。カレーなんてものは――結局、誰にだって。――簡単に作れてしまう。キッチンの小窓は橙色、後姿の姉さんは上機嫌に鼻歌なんかやりながら、おたまを片手に鍋をかき混ぜている。姉さんが振り向いて、わたしになにか声をかける。そこで、いつも目が覚める。
「だからね、お姉ちゃんにカレーを作ってもらうの!」
4
頭痛がする。ずき、ずき、と、この頭の奥の奥に小さな心臓を埋め込まれたような感覚には覚えがある。痛みにこそ覚えはあれど、この痛みを伴う朝の所感はいつだって「身に覚えがない」というものであり、その「身に覚えがない」朝の原因はいつだって前日の夜にある。蝉とアセトアルデヒドは同じ「死ね」という鳴き声をもっていて、わたしは水を求め立ち上がるなり酷い嘔気に襲われる。こんな朝の原因はいつだって前日の夜にある。吐瀉物を流しキッチンで口を濯いで、それからコップ三杯の水を飲めば、幾分マシな心持ちになったが、頭は相変わらず「私が第二の心臓です」と言わんばかりに脈打ってわたしを苛めた。一連で家のなかをほっつきまわったわけだが、雲居の姿は見当たらない。どうやらもう出ていったようだ。酒の強い者にしか僧侶は勤まらないのだろうというのが一つ目の気付きで、もうひとつが、今の季節は春であって、蝉など鳴こうはずがないというのが、間抜けな二つ目である。
リビングに戻ると律儀なことに朝食まで用意してある。しかし違和感がある。いつもなら朝食を覆っているはずのラップが見当たらないし、なんだか作りたてみたいないい匂いもある。味噌汁なんかは湯気が立っているようにみえるし、そしてなにより朝食は二人分用意されている。
はて。これはいったいどういうことか。考えるまでもなく、わたしは着席して味噌汁にありついた。今の「第二の心臓」にわかることといえば、味噌汁は二日酔いに効くということのみだった。
「こら!」
唐突に、お椀を持ち上げる手を何か棒のようなもの――箸だろうか――で叩かれる。二日酔いでお留守なお手手を叩かれればお椀は不如意に傾いてそのまま落下する。そして味噌汁は落下の衝撃で飛沫となって寝間着に熱いシミをつくる。叩かれた手について抗議したい気持ちがあって、放っておけばおそらく火傷となる熱さに声を上げたい気持ちもあった。しかし例の頭痛もあって、とくれば必然だるさもあった。様々な感情がこみあげてきて、それらは喉元にてすべてきれいに相殺されて、わたしはそのまま仰向けに倒れこんだ。もうなんでもいいやと、そう思った。
「わーわーわー! ごめんね、強く叩きすぎちゃった。痛かった? ああ、お味噌汁! 熱くない、熱くない? いま拭くものもってくるから、あ! それとお味噌汁もよそってこないと……」
聞きなれない声だった。誰だろうか。なんなのだろうか。やな感じの情報量に嫌気がさして横たわるわたしの視界から、逆さになった味噌汁のお椀が小さなお手手と共にフェードアウトしていく。そして聞こえる忙しない足音。声の主はどうやらこの狭い家の狭い廊下をダッシュで移動しているらしい。幸い火傷には至らなかったようだが、寝間着にできた味噌汁のシミは急速に冷たくなっていって、その温度は次第に横たわっていてもなお許容できない不快感へと推移してゆく。
「ごめんね、ごめんね。熱かったでしょ?」
びしゃり、と冷たいものを擦り付け――叩きつけていやしないか?――られる。どうやらそれは濡れ雑巾であって、濡れ雑巾は味噌汁のシミを濡れ雑巾のシミへと変えていく。もはやシミはシミと呼ぶには大きすぎる面積となって、そんだけ濡れたらわたしの寝間着も濡れ雑巾と読んで相違ないだろう。わたしは濡れ雑巾を着て横たわって、濡れ雑巾をなおも擦り付け続けられている。
「それから、ほら。お味噌汁もよそってきたから。さあ飲んで、ほら、いただきまーす、って……ああ、またこぼれちゃう! ダメでしょ! ちゃんと口あけてくれないと。さあほら!」
濡れ雑巾を擦り付ける片手間に、わたしの口に熱々の味噌汁が入ったお椀を押し付けてくるこいつは、きっと器用なんだろうな、とわたしは思った。
「あーあ、またお味噌汁よそってこないと……あれ? でもお味噌汁って鍋からおたまですくうときはすくうって言うのに、なんでよそうって言うんだろ。せっかくすくうでいい感じなのに、そのあとよそうって呼んだりして。もしかして、よそよそしい……って、そういう……」
意味不明言葉と口元の熱さに何かを感じてしまわぬよう、わたしは意図して意識を飛ばした。意図的に意識を飛ばすのは初めての経験だったが、気合を入れたらすんなりとやれた。やればできるもんである。どうして、わたしもなかなか、器用なたまだ。
「せーの……ほら! せーの! ごちそうさまでした!」
「……ごちそうさまでした」
一つ目、化け物の正体は古明地こいしだった。二つ目、朝食は雲居の作ったものでなく古明地こいしの作ったものだった。三つ目、古明地こいしは昨夜酔っぱらったわたしたちが拾ってきたという話だった。補足、古明地こいしの料理はなかなかいけた。蛇足、味噌汁はやはり二日酔いに効いた。
往々にして疑問やら嫌な予感の正体は探らないのが身のためなのだ。現にほったらかしにしたかった疑問は概ね解けてしまったわけだが、代わりに問題は山積みになっている。いや、果たして本当にそうなのだろうか。仮にわたしが家主であれば古明地こいしの働いた先の狼藉すべてを叱責する権利と責任があるように思えるが、わたしは断じて家主などではなく居候で、古明地こいしはどうやらしっかりと雲居の許可をとってこの家に居座っているとのことらしい。雲居がその許可を下したのが今朝か昨晩かで話は大きく変わる気もしなくはないが、ともあれ許可のあって家に居るならば古明地こいしは雲居の客人といって相違ない。家主の客人に居候が取るべき措置などあるのだろうか。居候なんてものは家主の客人が来たとあればそそくさと家を出るなりして客人が去るのを待つのが一般的な作法なのではないだろうか。そうに違いない。
「……それじゃ、わたし行くわ」
「どこに? 付いていこうか?」
正直わたしはこの古明地こいしについての一切を知りたくない。雲居とどういうやり取りを経てここに居るのかとか、そのやり取りにわたしも酩酊状態のわたしも関わっていたのかだとか、どうして付いてこようとするのかやら、そういった一切合切、すべて面倒としか思えない。そもそも、こいつとは面識があるといえばあるが、少なくともあれが良い出会い方だったとは思えないし、なんというかキャラも嫌いだし……とにかく関わり合いになりたくなかった。
「客人が来たら居候ってのは、客人が帰るまでのあいだそそくさ雲隠れするのが作法なのよ。あんたが客人、わたしが居候。わかった?」
「だめだよ。おねーちゃんの面倒みるって約束したんだもん」
「いつ、誰と?」
「今朝、おねーちゃんと」
「それは、あんたがわたしの面倒を見るって、今朝、雲居一輪と約束をしたって、そういうこと?」
「そういうことです」
溜息がでる。古明地こいしは溜息なぞは気にも留めずに「それから……」とそれからを話そうとしている。面倒だ。また意識を飛ばしてみようか。考えてるうちに、古明地こいしは口を開く。
「それからぁ、私はお客さんじゃなくってぇ……おねーちゃんと同じ、居候なんだよねー! おねーちゃんと約束したんだ! 私もおねーちゃんみたいに、おねーちゃんに“救って”もらうの!」
雲居が帰ってくるまであとどれくらいかかるだろうか。わたしは頭のなかで「飛べ!」と念じて、意識を手放した。お手の物である。
帰ってきた雲居から説明を受けた。それは説明と呼べるようなものではなく、説得力という言葉そのものを曖昧に表現しただけのものだった。雲居の自信の源泉がどこにあるかは知れないが、とにかく「なんとかなるわ」と雲居は言った。それは、なんとかする、よりもずっと楽観的な響きを持った言葉で、言わずもがなで「わたしにかかれば」が聞こえてくるかのようだった。
やりたいからやる、やりたくないからやらない、やりたいけどできない、やりたくないけどやる。生活の区分といえばだいたい誰もがこんな感じ。これには性質みたいなものがあって、わかりやすいやつとそうでないやつで二分できる。わかりやすいのはやりたいからやる、のタイプと、やりたくないからやらない、のタイプで、残りふたつがわかりにくい方だ。雲居やわたしなんかは言わずもがなのわかりやすいタイプだと思う。ただ古明地こいしやら、姉さんやらは……くだらない。理解ができないという点で云えば、雲居だって古明地だって、姉さんにしたって同じことだ。とにかく、私は未来への展望なんて抱いたことがない。それについて考えるのは暗闇について考えるのとおんなじに、意味のないことだから。
とにかく、雲居一輪の「なんとかなるわ」によって確約されたのはこれから始まるであろう厄介な新生活だ。少なくとも、それはわたしにとっての救いの道ではない。古明地こいしにとっての救いは「お姉ちゃんにカレーを作ってもらうこと」だった。古明地こいしの暗がりに灯る火は、きっとわたしの暗がりを照らさないだろう。わたしは姉さんの作るカレーが大嫌いだった。
5
朝、風はない。代わりに茹だるような熱気と蝉の声がある。
「あ! おねーちゃんが私のサバとった!」
「とってないわよ。とってない、とってない。ほら、もう証拠もない」
サバで頬を膨らましながら雲居が言うと、古明地こいしは怒りに頬を膨らまして、なにかうらめしそうにわたしのサバをみる。
「わたしのをやるよ」
「ほんと? やった!」
縁側の戸は開け放たれていて、そこから馬鹿みたいな青空とアホみたいな太陽がわたしたちを覗いている。だから、こんな間抜けな団欒があってもおかしくはない。素早く朝食を摂り終えた雲居は忙しなく法衣を纏って「いってくる」を発音する。こいしは元気よく「いってらっしゃい」を返す。雲居とこいしが不思議そうな顔でわたしを見つめて時が止まる。わたしが渋々の「いってらっしゃい」を発音すると、ふたりが得心のいったような顔をして、時はまた動き出し、朝を再生し始める。こんな感じで、気づけばわたしは夏だった。
こんなことはどうでもいいことのように思えるが――夏のせいか、すべてがどうでもいい感じ――毎日の朝食は古明地こいしが作った。その純和風のラインナップはかつて雲居が作っていたそれよりも豪華で、けれどもどうしたって粗食の感は拭えずに、ただ能天気っぽいこいしの作ったものとは思えない、なんだか他人行儀な味がした。食材の買い出しもこいしがやっていた。それも、雲居から小遣いを貰ったりせずに、どこからせしめたかすべて自分の金で。厚かましいのによそよそしい。それがこいしに感じる所感のすべてだ。
キッチンで食器を洗っていると、居間でごろごろしていたこいし――比喩ではなく、実際に転がっていた。なにか意味があるのだろう。――が外出を宣言した。「おねえちゃん、私でかけるよ! でかけるから!」言いながら、こいしは立ち上がって、わたしになにか期待の籠ったまなざしを向ける。勝手にしろと優しさの微塵を混ぜて相槌を打てどやつは動かず、あまつさえわたしの手を引いてくる。わたしの手は泡だらけで……ともかく玄関まで連れられて、ようやくこいしは手を離した。靴を履いて、それから戸を開けて、外に出て一歩。振り向いて……また時間が止まる。はいはい、いやはや、やれやれ、などなど。なんでもいい。
「いってらっしゃい」
かくして時間は動きだす。「いってきます!」そう言って、泡だらけの手を振った。
これまた、やつはどこでせしめたか自転車にまたがり、颯爽と町の方へ消えて行く。このなんとも地味で、茶色っぽい世界の中で、やつはどうも原色で……。ただ、空の青なら負けじと夏だ。今日はわたしも出かけよう。食器を片付けた、そのあとに。
季節は目的なく巡る。気づけば夏。そう、晴れている。薄着でもじわりと暑い。タイヤ痕は目抜通りの辻を右に折れていた。わたしは左へ行くとしよう。この先へ行くと大きな墓場に辿り着く。墓場に用はないが、いつものようにせせこましいやりくりで自分の機嫌を取るのはまっぴらだ。
アゲハ蝶が飛んでいる。路傍、古新聞が蜃気楼に霞んでいる。そのうちに例の墓場に差し掛かる。なんたら合祀墓地は延々柵で囲われて、柵の向こうにはちらほらベンチが置いてある。あのベンチで安い棒アイスを齧ったら、きっと気分がいいだろう。陽射しを受けて、すこし汗ばんだ襟元をぱたつかせて、みの無くなった棒を傍のゴミ箱へと放る……これはただの想像で、ここでは祭事でもなきゃアイスは食えない。
けれど、暑い夏の外出中、避暑地を泣く泣く自宅とすれば、家には冷蔵庫があって、そこには棒アイスが冷やされているはずなのだ。墓場を過ぎると古い家々のにおいがしてくる。側溝蓋から、淀んだ熱気がふくらはぎあたりを撫でた。いまが夕方だったなら、どこかから誰かを待つ夕飯のにおいが立ち込める、そんな家路になったかもしれない。季節は目的なく巡る。夏に理由がないように、この徘徊にも理由はない。わたしの帰る場所はいまのところ、ひとつしかない。
雲居の家を出てからまだ二十分と経っていない。二十分そこらで行ける場所があったとして、それでもいけない場所もある。夏だから、わたしは間抜けにもアホっぽく馬鹿のふりして姉さんの住む家の戸を開けてしまおうと考えていた。茹だった頭を冷やすのに必ずしもアイスが必要なわけじゃない。それはほんの些細な不幸の報せで事足りる。なにより、姉さんの家に冷蔵庫なんてあるはずもない。せいぜい、宿痾じみた問題の二、三が転がるのみだ。法事の鈴がチーンと鳴いて、わたしは踵を返した。
「おかえりなさい! どうも、勝手にお邪魔して……いえ、そのう。この時期は忙しいから、みなさん出払っちゃってて……えへへ」
家に帰ると犬が居た。
――それで、なんといいますか、その。ひとはパンのみにて生くるものにあらずとはいいますけど、でもパンがなきゃ生きてゆかれないわけじゃないですか。だからその、私はパンが欲しくて……ああいや! パンがないのはわかってます! それは、米でも何でもいいんですけど! う、ううん。それは、たしかに寺でもお世話してくれるとは思うんですけど。でも、もう帰らないって決めたんです。グレちゃおうって、そう決めちゃったんです。だからこれまでどおりじゃよくないっていうか、ダメっていうか……。まあさいあく、友達の家に居候すればいいんですけどぉ、なんかこう、気まずいじゃないですか。なので出来れば、ここがいいっていうか、ここが最適、というか……。
――キャンキャン吠える犬を眺めてるうち、世界はおもむろに暮れて橙色。なんの決定権も持たないわたしは響子の話を出来るだけ遠巻きに聞き流した。このままやつらが帰ってきたら面倒だな。と、それだけを考えて相槌を打っていたら、響子は怒ってどっかへ消えた。行く宛のないそれとは異なって、去る足取りはしっかりしていた。思うより勝手なやつだったが、思ったとおり友達は多いらしい。頼れるヤツがいるうちは、ソイツにいくらでも頼ればいいのだ。間違っても目に見える損失はないだろう。いつだって、消えるのは目に見えない関係性だけで、それがどれほど大切なモノだって、町並みや群衆に紛れてしまえば、それはただの風景になる。
「ぼーっとしてる? ぼーっとしないの! ほら。せーの、いただきます!」
いただきます、と雲居が続ける。紛れてしまえば、わたしだって、風景になる。雲居がひとの魚を奪う、わたしの魚が一尾減る。これは団欒という名の風景で、それ以上でも以下でもない。
……。
「最近は? ないの? あの子とは」
「えー最近……最近、最近ねえ。あ、そうだ」
「あるんじゃん早く聞かせてちょうだいよ!」
「だから、その子が言うのよ。鈴を倍で叩く代わりによその家を棒でぶっ叩いてもいいですか? って」
「……それ、ほんとの話?」
「うう、ごめん。嘘」
「……ちょっと! そんなに暴れないでよ! 仕方ないでしょそんな行かないわよ同じお宅に!」
「これだけが楽しみだったんだぁっ!」
「暴れないで! 暴れるな! じゃあなに? あんたあの家にまた不幸があったらいいっての? さいてーね、さいてー!」
「そいつ以外全員死にゃあいいのよ。え! あと何人残ってる?」
「あんたねえ」
「……言いすぎたよ」
6
古明地こいしの姉は油田を掘っているらしい。紙面には地底の独占を論難する記事が書かれている。知ってか知らずか、こいしは忙しなく鶴を折っている。テーブルの上はもう鶴まみれだ。
雲居のいない日中のシュールさにも慣れ始めていた。今回の鶴などよっぽど理にかなっている。今日は七夕だった。昨日までは畳の目を数えていた。今でも畳には夥しい枚数の付箋が突き刺さったままでいる。
「結局、いくつだったの。畳の目」
「わかんない。おねーちゃんが歩くと減るんだもん」
このおねーちゃんとは雲居のことだろう。わたしは最近おねーさんと呼ばれているから。そこまでドスドス歩いている自覚だってもちろんない。
「いま折ってるそれは? それも畳の目?」
「ぜったい鶴じゃん! ねぇ、ほら鶴じゃん! 七夕でしょ!」
無量大数折る、と息巻いて、こいしはまた鶴に集中し始める。この家には笹なんか無い。所詮折り鶴は飛べないし、飛べない鳥が何匹束になろうが支えがなくては地面に散乱するのみだ。わたしが止めるべきなのだろうか。いいや、勝手に増やした居候のくたびれた儲けをどうするかの判断は、やはり家主に任せるべきだろう。わたしには関係ない。
こいしを拾ってきてから、雲居の仕事ぶりといえばますます堂に入ったものだった。この繰り返しこそがわたしの長寿と健康の秘訣ですと言わんばかりに、寝て起きて仕事して酒飲んで眠るのルーティンをこなしている。もはや誇らしげな様子で家を飛び出していく雲居の生活は、なんだか永遠に続いてしまいそうな感じもした。
縁側を見やれば屋根向こうには気だるい青色がどこまでも伸びている。不意に、こいしがあっと声をあげる。
「いやあ、おねーさんもわかってると思うんだけどね。なんていうんだろ。へへ。その、笹が……えへへ! なんていうんだろうね!」
この歯切れの悪さからどうやらこいしには言外の意があることが察せられる。こいしの云う通り、わたしはそれに気がついていた。
「無いってんだろ?」
こいしはまた、えへへ、と笑った。そういうことでしたら、と縁側から声がする。驚いて見やればそこには事件。犬がいた。
「笹でしたら、そのう。林でたくさん見かけましたよ」
笹の有無について見落としたのがこいしのミスなら、縁側の戸を開け放っていたのがわたしの過ちなのだろう。どうぞ、も待たずに上がり込んできた犬もまた、歯切れの悪い様子で言外の意の表明に努めている。
「よいしょっと……ですから。その……もしよければ一緒にどうかなと。いえ、なんでしょう。別に、いいんですけどね、アレでしたら、別に、ぜんぜん……」
犬はなんだか気まずそうな感じでいて、こいしはやおら瞳を輝かせている。じゃじゃーん名探偵ジョーン参上。わたしにはこいつらの考えていることがすべてわかる。まずこの犬、よいしょっと響子ちゃんは半月前にグレちゃおうと決意していたし、わたしはそれを目撃していた。笹のある林にはわたしも心当たりがあった。寺に収監されている際、掃除の折に石段脇の“やぶ”をよく眺めたものである。要するにグレちゃった響子ちゃんはグレちゃおうはつらかったのでやめちゃおうで寺に帰りたいのだろう。しかし一人で帰るのは気まずいから、こいしの笹欲しさを利用して、わたしたちと共に行こうというのだ。よくみるとなんだかやつれているし、無意識だろうか空腹そうに腹をなでている。あわよくばご馳走になろうという算段もあるのかもしれない。腹の空いた者のなんと浅ましいことか。わたしをちらちらと見ながらへつらうように笑う犬の憐れさたるや……どかーん名探偵ジョーン退場。
行ってあげようよ! こいしは響子の事情を知ってかしらずか、きらきらした瞳と口パクで伝えてくる。突如湧いて出た倦怠にわたしは思わず顔をしかめた。
「……あれ? そういえば、家主のお方はどちらに……?」
やな犬! なんとわざとらしい言い方なのだろうか。きょとんとして、本当に不思議そうに発音しやがる。寺によっぽど優秀な教育係がいるのだろう。この犬の鳴き声によってわたしは雲居の居候であることが浮き彫りになってしまう。こうなるとわたしが尊重すべきなのは家主、雲居一輪の居住まいであり態度であり、つまり雲居であればこの憐れな犬を放っておくことはしないでしょう? と、それを貴方のような居候風情が無断で勝手に独断で見捨てたりしてよいのでしたか? と、幽谷響子は言いたいわけなのだ。
なんて犬! 最低の駄犬! 面の皮厚犬! いいじゃん別に! 犬アレルギーになってしまう! 行ってあげようよ! かわいそうじゃん! 笹ほしいでしょ!
わたしの内面のあらしに割り込む形でこいしが主張する。かたわら犬はへへ……と笑っている。「なんだ、その。茶漬け屋があったはずよ、その……近くに」嘘じゃない。茶漬け屋はある。しかしこの発言に意味はあるのだろうか? 「え! 連れて行ってくださると!」意味はなかった。ここは幻想郷なのだ。こいしはいつの間にかよそ行きになって縁側の外にいる。
「いやなんだか、申し訳ないですね……」
へへ、と笑って、犬のくせに響子は靴を履いた。ふと空を見れば、諦めるほかないような太陽が光をばら撒いている。こんなものは一刻も早く沈んでしまえばいいんだ。胸中毒づいて、わたしは空に呪いをかけた。
それから、笹の回収はすぐに済んだし、瞬く間に陽も落ちた。なんでもやってみるもんだ。なんてことは無く、わたしは今まさに熱帯雨林のようなやぶの中に居て、思うよりも頑丈そうな棹の群れに呆然と立ち尽くしている。
「これは三人の妖力(あやかしぢから)を合わせなきゃね……!」
こいしは腕まくりをして唸っている。
わたしは神だ。響子はなにかを探しているのだろうか、犬っぽくきょろきょろするばかりで、手伝おうという気はないらしい。「取れないよこれじゃ、取れないよこれじゃ」必死に棹をしならせるこいしをよそに、響子はいそいそとやぶを進んで行く。「手伝って、手伝って」神に試練を与えられたこいしは折れない棹に釘付けだった。「ぜんぜん取れませーん!」こいしの声がすこし遠くなり始めた頃、隣の響子が嬉しそうに、あっ、と叫んだ。
「あそこ! あそこに、そのう、誰かいるみたいですね」
語尾を尻すぼみにして、響子は隠れるみたいにわたしの背中の方にまわった。響子がおずおずと示す先をみると、そこには見知った顔があり、遠目でもその不機嫌そうな印象が伝わってくる。後ろから響子がぼそぼそと言う。
「いや、そのう。実は今日、当番だったんです……浴堂に使う竹炭を……」
なるほど不機嫌になるはずだ。彼女は半月も前に決まっていた当番に代わり重労働を強いられているらしい。わたしは急に咳払いがしたくなって、実際にんっんーとしてやった。響子は何が気まずいのか「ちょっと、女苑さん……!」と訴えてくる。向こうは向こうで気がついたのか「あ」と口を開けてゆらゆらと向かってくる。携えた竹切りノコギリはなんとも恨めしく揺れている。ざ、ざ、とやぶの土が何度か踏みしめられると、響子は辛抱たまらず、といった具合にわたしの両肩をぎゅっと握って、完全に背中へ隠れてしまった。
「なに、久しぶりじゃん。炭欲しいの? まだ焼いてもいないよ」
「焼かないのを一本もらえる?」
一瞬きょとん、としたのち、村紗水蜜は「あ、そう」と、なんでもなさそうに傍の棹をギコギコやり始める。なかなか慣れていて、数分もかからなさそうな手つきだった。
「なにさ。アレは元気にしてるわけ? 雲山さあ。寂しがってるんだよ、毎日まいにち……」
「どうかな、元気なのか何なのか。働いて、いっぱい飲んで、いっぱい寝てるけど」
じゃあいいか。と、村紗は独り言みたいにして、棹を削り続ける。響子はわたしの肩を握ったり緩めたりして、どうも自分のタイミング的なのを測っているようだった。
「なんだか。楽しそうにしてるじゃんか。へんなの連れてさ。あ、これ長さは?」
遠くで取れませーんとこいしが泣いている。
「そのままでいいよ、アレに引き摺らせるから」
ふーん、とどうでもよさそうに、村紗は棹を刈り倒した。背中に、響子の額がべったりと寄りかかっている。わたしにしか聞こえない声で、あの、と言った気もしたが、村紗も同時に、私さぁ、と口を開いた。
「まだ食べてないから。お昼。ひとまず帰ろうと思ってたんだ。あとはこれ、好きにしなよ。あんたよかったね、一本くらいならタダであげちゃおう」
「そりゃどうも。雲山によろしく言っといて。こっちも伝えとくわ、寂しがってるって」
カレーなんだよ、と呟いて、村紗は来た道へ引き返して行く。刈り倒しの横に竹切りノコギリが取り残されていた。
背中にくっついたままの額は、それからすこしして、おおい、お前も来るんだよ、の声に無事剥がされた。響子はノコギリを拾ってから、こちらへ恥ずかしそうにペコリとやったのち、今度は村紗の背中目掛けて走っていった。
入れ替わりみたいにして、笹がぜんぜん取れませーん、と受難者が駆け寄ってきた。「笹取れたの? 取れた? 笹」ひー、と言いながら、服についたひっつき虫やらマジもんの虫を剥がすこいしは気の毒だった。どうやらここは竹藪らしい。
「えーこれ竹なの? 笹じゃなく? ふうううん……」
その日の夜、竹に括られた夥しい数の千羽鶴の中にはかろうじて三枚の短冊も括られた。間がいいのか悪いのか、雲居は我々の用意し忘れた短冊だけを仕事終わりに買い付けてきた。こいしが先駆けて括った短冊には八紘一宇と書かれていたので、雲居とわたしもそれに倣った。縁側から覗く夜空には星々がさんざめいていて、それを見つめるこいしの瞳は、なんだか宇宙のようだった。
……。
「くくく……それで、そのときなんて言ったと思う?」
「はいはい。儀式でしょ、ぎしきー。わかりましたぁーその話はー」
「棒で、棒でよその家ぶっ叩くって……くく」
「それ嘘だったんでしょ? おもしろくないよ、その話」
「あのガキ、うどんとそばの区別もつかないのよ……あは、あーはっは!」
「それおねえさんの創作だよね? おねえちゃん、どうなの?」
「ええ、会ったことすらないわ」
「ひひ、ひひひ……おなか、よじれちゃう……くくく」
……。
7
暮らしを愛することと形容できたらどれだけ素晴らしいのだろう。そう云って、こいしはペットを飼い始めた。それはハチという名のカラージャービルで実態はチャッピーという名の里の露店で買ったカラの鳥かごだった。ハチはこいしにそれは綺麗にしてもらって畳の上にたんと鎮座している。もし愛することが暮らしだというのなら、わたしは一度も暮らしたことがないということになる。「それはお姉ちゃんの勘違いだよ」こいしが言っているのはあくまでハチという名のカラージャービルということになっているチャッピーという名で売られていたカラの鳥かごの意識の有無についてだった。
「ペットはもっと手のかかるものさ」
「飼ってたんじゃん!」
わたしがペットを飼っていただけで、ペットと暮らしていたわけじゃない。だって名前も思い出せない。十六年目の夏、短い夜に死んだ。あくまでわたしにとってあの犬はただそれだけで、あの夜に大事だったのはショベルとスコップの違いだけだったのだから。「お姉ちゃんのペットはどんなだったの」私は「犬だよ」とだけ答える。たしかに犬だったのだ。吠えて、走って、じゃれついて、襲い掛かる。それは単なる犬という言葉の抽象であって、あの犬のことを確かに指し示す言葉にはなり得ない。すべてのモノには名前が必要で、名前のないモノの話はできない。
「ううん。私も犬にすればよかったかな」
「すれば? 今から」
こいしはハチを複雑な表情で撫で抱えている。その表情はまるで子供の将来を案ずる親のようでもあった。「どうだ、おまえ。なりたいか、犬に……」これはわたしが言った。「そんなこと言ってない!」これはこいし。子供に聞かれちゃまずい話を聞かれたときみたいに、こいしはハチを撫で繰り回して機嫌をとりなそうとしていた。言葉がわからない生き物は子供だけじゃないし、そういった生き物にだって雰囲気くらいは伝わってしまう。そういうとき子供だったらうろたえて、泣いたりして反抗するだろうし、それは犬にしても同じで、もっといえばやつらなら噛み付いてくるかもしれない。そう、ペットなんてきっとそんなもので、好悪に関わらず襲い掛かってくるのだ。暮らしにしてもそうだ。
「よしよし。かわいいハチ、私はあなたが好きよ」
しかしハチは動かない。しかしただそこにあるというだけで、こいしが必要とするその役割を果たしている。もしもこんな、そこにいるだけで愛される存在が実在したとしたら、果たしてそいつにとっての暮らしは愛すべきものなのだろうか。つまりそれが鳥かごだろうがチャッピーだろうがカラージャービルだろうがハチだろうがなんでもいいけど、こいつに意識があるとするのは、些か残酷すぎるように感じた。なぜなら意識の続くかぎり時間は続くし、時間の許す限り暮らしは襲う。いまここに居ない雲居一輪も何かから追われるように、はたまた逃げ出すように寺を出て、こんなふうな空間を作り上げ、それを眺めるように生きている。この話の結論はとっくにでてて、それはもちろんここに暮らしはないということ。「ほらぁ、お姉ちゃんは?」だから、この問いかけへの答えもひとつだ。
「逃がしてやりなさいよ」
こいしはむうっと頬を膨らませて、いじけるみたいに目を逸らしてから七秒くらい経ったあと「わかった」と小さくつぶやいた。
そのあと夜までのあいだ、こいしはお別れ会をする、といって聞かなかった。夏の午後っていうのは長くて、本当に長くて、そのぶんだけこいしはお別れ会の企画を騒ぎ続けるからわたしは本当にくたびれた。別れをいくら盛大に楽しくしたところで大した意味はない。それはせいぜい別れまでの時間を吹き飛ばしたような気持ちになるだけで、実際にその時間が短くなってるわけじゃない。わざわざそんなことをしなくとも今は夏だ。どうせ夜は短い。
帰ってきた一輪は不調法にも鳥かごをフルーツバスケットに変え、この一日にピリオドを打った。スイカ、桃、メロン、ぶどう、パイナップル、ブルーベリー、マンゴー、いちじく、スモモ。一言でいえば果物。檀家さんからたくさんもらったらしい。こういうときにいう言葉といえばハイホーと決まってる。ハイホーハイホー。
……。
…………。
………………。
そんなことを言ってるうちに忙しなく日々は流れて、とにかく長い夏も残りわずかだ。色んな事があったような、なにもなかったような。とにかく、雲居とこいしと過ごした時間は、例えば……いや。いい。
とにかく、そう。悪くなかった。
8
この世で何が起ころうとそれは私に一切関係がない。例えば火事が起こって、それが私自身による放火による火事だったとしても、それがなんだというのだろうか。私はきっと糾弾されて、牢屋に入って、疎まれたりもするだろうけど、それと私は一切の関係がない。何故なら放火も投獄も何一つとして私に抜本的で根本的で革命的な変化を与えることはできないから。何をしても変わらない。そんな幻滅の数々が過ぎた時間を計る尺度で、これからを予測する指標だ。金魚が赤かろうが黒かろうが、それは金魚には変わりない。金魚の用途は掬われること。ただそれだけ。
暗い場所がきらいだった。その空間が狭いのか広いのかの判断がつかないから。かといって、狭い場所が苦手だとか、逆に広い場所が好きとか、そういうわけじゃない。ただ単に自分の手足をどこまで動かしていいのかわからないことがこわかった。わたしにとって姉さんはそんな暗がりで、暗がりの観る景色なんて、どこまで行っても暗いに違いないのだ。だからわたしは……。
パッと夜空が明るくなった。遅れて爆音が響く。雨雲の中に大きな火花が散る。花火会場は雷雨に包まれていた。
辺りはびしょ濡れ、草履は泥まみれ、傘は開かれているだけで用を成していない。どこかではぐれたのだろうか。雲居もこいしも見つからないまま、わたしは花火を見送り続ける。雨の匂いは屋台に消されて、むせかえるような湿気が霧状になって漂っていた。霞んだ提灯は群れになって人々を運んだ。地面に割り箸が散らかっている。空から緑色が降り注いでいる。遠くで雷鳴が響いている。赤と橙、それからピンクが。それらは霞む灯と混ざって、まるであの頃の、あの街の中へとタイムスリップしたかのようだった。食べ物の匂い、人の匂い。気化したアルコールの匂い……。
こんなところではぐれても、家に帰れば二人はきっとなんでもなさそうに笑っている。ひとりだけ帰りが遅くなったわたしを待ち構えるみたいにして、外まで声が響いてくる……。それはなんとなく絶対で、わたしにはその絶対がわざとらしくて、馬鹿馬鹿しくて、やるせなかった。雨と雷の後ろで花火が散っていく。どうやら宴もたけなわ、打ち尽くさんばかりの速射連発だった。
しおれていく花火の数だけ、にわかに雨脚が弱まっていく。雨で少なかった祭客もさらに減って、提灯もぽつぽつと消え始める。
桁橋に差し掛かって、見覚えのある傘が動いた。どうやらこいしは雨と花火を追いかけたようだ。雲居はその傘を閉じて、私もはぐれちゃったの、と口を開いた。
「仕方ないじゃない。あの子ロケットみたいなんだから。そんなに睨まないでよ」
「ロケット? リードはなされた犬の間違いじゃないの」
こいしはこの祭りの掬われない金魚のようだ。反射した水風船の色とりどりを追って、見えない壁に向かって泳ぎ続ける。それに雲居はまったく無頓着でいる。毎日同じ時間に起きて、仕事して、酒飲んで帰ってきて眠るだけ。まるでそうすることが賢明とでも言わんばかりに態度だけは堂々としたままだ。今日にしても、忙しい中むりやり休みにしてこんな祭りに出向いたところ、早々に手綱を緩める始末だ。雲居の言う通り、わたしは睨んでいたのかもしれない。
「これはあの子が喜びそうだから取っただけ」
雲居は心なしか膨らんだ巾着を遊ばせて抜け抜けと言い放つ。雲居の言うこれが何を指してるかはわからないが、屋台の景品に違いない。
「金魚でもひよこでもオモチャの宝石でもなんでもいいけど。それで?」
「それでって?」
「探すわけ? あの子」
一輪は案の定痛いところを突かれたような顔をして、濡れるのもおかまいなしで橋の欄干に肘をつき、橋下の川を眺めて眉を潜めて押し黙った。一輪のそれは睨んでいるだけで、実際に何かを答えようという気はないのだろうと思った。川は祭り屋台のゴミ屑や望外の自由を得た金魚たちが流れていく。
夏祭りは楽しくて、花火はきっと綺麗だった。
たしかにわたしたちは笑いあって、こいしを真ん中に手を繋いだりもした。きれいだったね、たのしかったね。そのうちこいしが濡れて萎んだ綿菓子でも持って戻ってきて、わたしたちはきっと家路をたどるのだろう。わたしはこんな話をいつまで続けるつもりだろう。一輪には救う気も手立てさえもないのだろう。だから、黙りこくる一輪にわたしは犬みたいに言葉を捲し立てた。それはまるで襲い掛かるように。永遠なんてない。永遠なんてない。だから、雲居は聖に代わってわたしを救おうとした。そうすることによって聖を永遠にしようとした。灯りがいつか消えてしまうかもしれないということ。それが雲居にとっての暗がりだから。
「……だから、あんただって結局わたしとおんなじで。いられなくなって、逃げてきただけじゃんか」
「でも、私気に入ってるわ。この暮らし。こいしのことも、あんたのことだって……気に入ってるんだから」
「見え透いた嘘をつくなよ。そんなに金魚を飼いたければ向こうの屋台にでも行けばいいさ」
またキャンと吠えたら、一輪は諦めたように例の巾着をそっと手放した。結び目は川の流れにほどかれ、オモチャの宝石やスーパーボールがぱらぱらと零れて、水面にきらめきを散らした。うっかり眺めていたら、一輪がはあああ、と大きなため息をつくから、わたしはまた一輪の方に向き直る。一輪はもう睨むだけをやめていて、その目つきといったらもうすっかり元通りの一輪で、それはわたしを救う、なんて言い出したときよりもっと前の、戦って、へとへとになったときのあの目つきだった。不意に懐かしい目つきをみて、あのときの愉快さがこみ上げてくる。
「いやあ……もうちょっと上手くできると思ってたんだけどね」
ダメだったわ! をあんまりにあっけらかんと言うもんだから、わたしは思わずハ、と笑ってしまった。嘘と方便に大した違いはないし、嘘にだって本当の意味を込めることもできる。だからこれは嘘だけど、わたしだって雲居のことは気に入ってる。姉さんとふたりで遊びまわったあの日々のなかでは、雲居、雲居一輪は比較的マシなやつだったから。
「もういいわ! わかったわよ。もうやめる!」
「でもあんた、わたしはいいけどさ。あの子のこと、どう責任取るつもり?」
一輪はいつも大きな雲にまとわりつかれていて、いつも大きな声で喋って、いつも大きな音を立てて歩く。遠目でみれば幸せそうなやつだけど、近くでみるとあまりに不幸だ。こいつに憑りついた大きな信心はどうしていつも雲居の歩みを重くしてきたことだろう。それでも、一輪はあっけらかんと伸びをして、それから「わかってるわよ」と不敵に笑った。それから、雲居はわざとらしく肩を組んでくる。雲居は酔うとよくこれをする。そしていつも自信満々になにか言う。今回は「お金儲けでもしてみましょうか」と、そう言った。
そのあと、濡れ鼠になったこいしがひょっこり戻ってきて、探してたんだから! なんて息巻いた。けど、わたしたちと言えばこれからの悪だくみに夢中で、せっかく見つかったこいしには目もくれずにふたりで話し続けた。こいしはどこで拾ってきたか屋台のオモチャをとっかえひっかえしてわたしたちの気を引こうとしたけど、もちろん無駄だ。こいしはむーっと膨れてわたしたちの服を引っ張ったりわたしたちの間に物理的に挟まろうとしたり忙しなく動きまくった。無言の抵抗はしばし続いたが、いよいよ音をあげて抗議を始めた。「ねえ! ねえねえねえ!」でも悪だくみは止まらない。計画が悪だくみに変わったら止まらない。それはいつだって、誰だってそうに決まってる。「ふたりで私のこと無視して! ひどいよ! もしかしてないんだ? 罪悪感!」ない。悪だくみはあらゆる価値観を踏み倒せるだけの大義があるのだ。
「もおおお! なんなの! ふたりでなんの話してるのさー!」
立ち止まって頬を膨らませるこいしに振り返って、わたしは近付いて笑いをこらえながら言葉を突き付けた。
「わたしたちね、あんたを誘拐することにしたんだ」
言い終えると思わず吹き出してしまって、後ろのほうで一輪も手を叩いて笑い始める。こいしは口をあんぐりさせて目を輝かせては笑った。
「なにそれ! 超、超、ちょーこわいんですけど!」
夏祭りは楽しくて、花火はきっと綺麗だった。変わることは終わることで、終わることは始まることで、始まることは変わること、それはいつまでも変わらない暮らしのちっぽけな一部で、今回も、単に目の悪い犬が襲い掛かってきたって、それだけの話になるのだろう。帰り道はすこし肌寒いような感じがして、わたしたちは馬鹿みたいに手を繋いで歩いた。誘拐におののくこいしをあやすための猫じゃらしかのように、一輪は懐から線香花火を取り出した。だからまあ、この短い夜はまだ続く。少なくとも、あと僅かな夏が終わるまでは。
9
暮らしは続く。犬を飼っても、酒を飲んでも、夏が終わっても、それらが暮らしにもたらす変化など一時的なものに過ぎない。暮らしを根本的に変えることなんて誰にだって、何にだって不可能だ。だって、なにが起きてもそれは続くのだから。
わたしと一輪の企てた悪だくみは成功して、古明地こいしはおねえちゃんの作ったカレーを食べた。おねえちゃんというのはもちろん雲居でもわたしでもなく、正真正銘、古明地こいしの“お姉ちゃん”のことだ。
わたしたちはあの縁日のあと怪文書めいた手紙を用いてこいしを拉致、監禁している旨を伝えた。直接の連絡口なんて無くたって、適当な文屋に垂れ込めばそれで済んだ。連日紙面には地底の独占を論難する記事が書かれていたし、そんな古明地さとりのゴシップとあればこの平和な近頃ならあの新聞の売れ行きさぞ好調だったことだろう。【資源独占への異議か。古明地家を巡る不穏な動き】みたいな見出しで記事が飛んだら、すぐにやつの従者が駆けつけてきた。黒い猫の従者は「やり取りは私がします。さとり様は忙しいようですから」なんて舐めたことを宣うから、わたしと雲居は当然叩き帰した。居間で寝そべって雑誌を読んでいた被誘拐者、人質、拉致被害者のこいしは足をぱたぱたさせながら笑顔で手を振り、逃げていく従者を見送った。
何日かして、お忙しい身の古明地さとり本人が家に訪れた。「ひさしぶり!」と抱き着く妹をよそに、古明地さとりは雲居とわたしを一瞥して心底面倒そうに顔をしかめた。「私は家族の幸せだけを考えて暮らしているつもりです」という台詞はきっと舌打ちの代わりだったに違いない。雲居とわたしはそんな“さとりお姉ちゃん”を買い物に遣わせた。一緒に行きたがるこいしをたしなめて、自腹を切って具材を買いに行くように指示したのだ。地理に疎いのか要領が足りないのか体力がないのか、さとりが具材をすべて揃えて帰ってきたのは夕暮れだった。しかし、たとえ地理に疎くても要領が悪くとも体力がなくとも、結局カレーなんてものはそう、誰にだって簡単に作れてしまうもので、さとりが四苦八苦しながら完成させたカレーはどうして懐かしい匂いのするものだった。
「これで満足ですか?」と不機嫌そうなさとりの問いはわたしたちに向けてのものだったのだろうけど、答えたのは雲居でもわたしでもなく、満腹で大満足なこいしだった。そうして、こいしは雲居とわたしにいつもの宇宙的な手法で感謝を述べて、――そのときこいしはわたしたちをおねえちゃんと呼ぶことはしなかった。――お姉ちゃんの手を引いて自分の家に帰っていった。件のお姉ちゃんの手は切り傷とやけどでボロボロになっていたけれど、そんなことはお構いなしでこいしは手を引っ張りまくった。痛がるやつの様子には笑えた。ざまーみろ。ざまーみろ。家族だから放っておいても大丈夫だなんて、思いあがった結果のツケだ。内心で嘲っていたら雲居にぺチン、と後頭部を叩かれた。あの姉妹は皿洗いもせずに帰ったから、あとは残ったわたしの仕事だった。自分が幸せになることしか考えていないから食い終わった後の皿も洗わない。雲居は言った。
「似た者同士なのよ」
あいつの姉が油田を探し当てたなら、地底の暗がりはきっと遍く光に照らされるんだろうな。
びたびたびた、と音がする。ジャアジャアとも形容できる。蛇口から流れる水は、皿の汚れを落としてゆく。皿を汚したのが妹だろうと、お姉ちゃんだろうと、誰だっていい。皿の汚れがカレーライスのせいだろうがなんだろうが大差はない。スコップも、ショベルだって、穴さえ掘れるならばどっちだっていい。あの犬の名前がジョンだろうがなんだろうが、そんなことは些末なことに過ぎない。あいつは十六年目の夏、短い夜に死んだ。でも、あの夜が長かろうが短かろうが、それだって月と似てどうでもいいことなのだろう。結局、わたしは姉さんが犬を埋めたあと、姉さんが作ったカレーライスを食べて、皿を洗った。びたびたびた、ジャアジャアジャア。どこまでいってもわたしはわたし以外には変われない。どうせ、わたしの帰る場所は所はキッチンシンクの前なのだから。わたしは皿の水を切って、それから、水道の蛇口を閉めた。蛇口は、キュッ、と鳴って、わずかばかりの水滴を溢して死んだ。
「おんなじよ。どっちだって……」
たぶん、わたしは、ハ、と笑った。あの犬のわらったようなあの顔をふと思い出して、窓から差し込む夕暮れはさっき見送ったはずの姉妹の姿を想起させる。橙のなか手を繋いで歩く姉妹はまるで映画のワンシーンみたいで、同時に憧憬のようでもあった。
姉さんが怪我をして、わたしが心配して声をかけると。姉さんはよく「痛いだけだから」といった。喧嘩して、もう家を出ようと決めたとき、姉さんは「悲しいだけ」という。私には姉さんにとってのそれっぽっちが耐えられなかった。私と姉さんが映画のように抱き合うなんて、きっと一生できないだろうな。じゃあ姉さんは誰と笑い合うんだろー。なんて、考えてるうちに最後の一皿が洗い終わって、その一皿はわたしが雲居の家でやるべき最後の用事でもあった。家を出る前、雲居は今度は背中をバチンと叩いた。「寄り道しないで、すぐに帰るのよ」と、雲居が言った。「あんたに言われたくないね」言い返すと、雲居は「これは布教よ」と自信満々に言い張った。布教活動ってのは仏教において正しい姿勢なのだろうか? わからないが、とにかくわたしは家を出た。
それからしばらくどうしてたっけ。適当な暮らしの繰り返しに決まってる。
終
わたしの暮らしはまるでギャンブルのようなもので、それはパチンコだったり競馬だったり、サイコロだったりルーレットだったり、もっと大きな仕組みのトトカルチョだったり。種類はいろいろで賭ける金額もばらばら、何で勝負したっていいし、勝ってもいいし、負けたっていい。物の価値がどんな暮らしをしてきたかで決まるなら、わたしにだってこれは当たり、と思えるくらいのことはたまにはある。例えばそれで国ひとつ作れちゃうほどの額を儲けたとして、わたしは勝負を降りることはできない。国ひとつ作れちゃうほどの額を儲けたとして、できるのは今度は何にどれくらいの額を賭けるかを決めることだけだ。せっかく手に入れたから失いたくない。ここは手堅く細かく堅実に賭けていこう。そう決めてもいい。こんな大きな額を得たんだ、もっと大きな勝負をしようじゃないか。なんて強気になってみてもいい。大きく賭けても小さく賭けても勝負は終わらない。負けて、負けて、すっからかんになったらまた、シェルターを探すみたいに次の賭場に潜り込んで勝負を続ける。誰かの隙間のなかで暮らすというのはそういうことで、わたしはそれ以外の暮らし方を知らない。使いみちのない金のために熱くなったり、冷や汗をかいたり、青ざめたりもする。そんなふうに、泣いても笑っても最後が来ない永遠みたいな夜の縁を渡り歩いて生きてきた。だけど。
それでもたまに、本当にごくまれに、ハッとするみたいに、初めて意識に気がついたみたいに。ふ、と、ハンドルから、馬券から、サイコロから、チップから、手が離れてゆく瞬間がある。それはごく自然に、さも当然起こることのように訪れて、その瞬間、わたしは世界のすべてから浮いたような、つながったような不思議な気分になる。さっきまでだって色づいていたはずの世界がなんだか鮮明に感じられて、ひとの、暮らしの、空間の、世界の匂いがわかるようになって、永遠みたいな夜の縁は単なる思い過ごしみたいに遠くなって、わたしはふらふらと外へ歩き出す。そして、これにはわたしは苦笑してしまう。ふらふらと出てきてみればどうしたことだろう、世界は恐ろしく広大に回っていることに気がつくのだ。たとえるなら、どうだろうか。映画館でて真昼間、みたいな感覚になる。でも実際、そのときの空の高さについては筆舌しがたい感動を覚える。吸い込まれていくような空の青、風に運ばれてくる草木の音、清々しいようで、まとわりつくような空気の感覚……見とれているとすぐに陽は落ちて、わたしはなんだか泣きたくなる。
夕景、燃え盛る雲の群れ。気怠い脚をいじめるアスファルト、遠くの空の深い藍。どこかで子供が泣いていて、ふいに懐かしい匂いがすると、世界はしんと静まり返って、わたしはそこで足を止める。姉さんが暮らすアパートからはいつもカレーの匂いがした。
玄関を開けると姉さんは居た。大きな反応もせず、首だけこっちに向けて、驚いたように目を丸くする。その動きすらすべてが緩慢で、みているとイライラしてしまうから、わたしは特に挨拶もせずに靴を脱いで、買ってきた具材の入った袋をキッチンに乱暴に置いた。
「あ、だめだよ。だめ……。だって、私が、私がじょおんのために作ってあげる、カレーなのに……」
「嘘。姉さんは自分が食べたいから作ってるだけだったじゃない。だからわたし、姉さんの作るカレーライス、だいっきらい」
久しぶりに聞いた姉さんの声は相変わらずとろくさくて、喋り方にしても「……じゃあ、私もじょおんの作るカレーライス、きらーい……」といった感じで、話しているとすごくむかつく。
「好きでも嫌いでも、なんでもいいけどさ。姉さんは間違ってるよ。わたしが作ってるのは、カレーライスじゃなくて、ライスカレーだし」
なにがちがうのさ、と姉さんは言った。食べ終わるころには夜が来ていたから、狭い部屋には当たり前に明かりが灯った。
本当のところ、違いなんてわたしにだってわからない。ショベルとスコップにしても、実は竹と笹にしても、カレーと、ライスカレーにしたって。だって、世の中にはそばとうどんが同じだってやつもいるし、花火と聞いてだいいちに思い浮かべるのが線香花火のやつもいる。あの犬がジョンだったろうが何だったろうが、この記憶はもうずっと単なる一つの傷に過ぎない。ふとした拍子に襲いかかってみじめにさせるのがトラウマだというのなら、わたしにとってそれは思い出と大きな違いはない。皿を洗いながら、背中を向けたまま、わたしは口を開く。
「お姉ちゃん。油田を掘ろうよ。そんで、わたしたち幸せになんの。いいでしょ?」
だからこれもきっと、忘れられないトラウマになるのだろう。
それは単純なはなしで、例えばジョンと名付けられた犬は自分のことをジョンだと思っていて、生まれながらのジョンは自分がジョンではない可能性なんかには思い至らない。ましてやジョンたる自分にそれ以外の名前をつけてしまおうなどという大胆な発想には百年かかってもたどり着かないだろうと思う。だってそいつは、生まれながらのジョンだから。
そう。ひとが暗がりを恐れることをわたしは知ってる。ひとにとって目に見えない物は暗がりであって、恐怖でもある。だから、ひとは暗がりに火を灯すだけで、いとも簡単に救われる。種火さえもなければひとはその暗がりに名前をつける。命名はそれだけで灯火の代わりになることだって、わたしは知ってる。けれど、ひとはひととして生まれ落ちた以上ひと以外にはなりえない。それは例えば、十六年目の夏、短い夜に死んだジョンのように。
つまるところ、わたしは生まれながらの疫病神であって、疫病神以外の自分になる方法なんて知らないし、きっと百年かけてもわからない。でも、そんなことはわからなくたって困らない。暗がりが暗がり以外の何物でもないことだって、わたしは知ってる。それをわかってさえいれば、暗がりにさほど暗さは感じなくなるし、ジョンが死んだって悲しむこともない。ただジョンにとってあの夜は、きっと暗かったのかな、と思う。
けど、これは単なる憶測であって、本当のところはわからない。ジョンはいつも笑ったような顔をしていたし、それはあの夜にしても変わらなかったし、そしてなにより、わたしはジョンじゃない。
姉さんは覚えているといって聞かないけど、わたしが忘れた犬の名前を姉さんごときが覚えているわけがない。あの犬はきっとジョンじゃなかったし、やっぱり犬は笑ったりなんかしないと思う。死の間際に笑う生き物なんて気味が悪いし、なにより不自然極まりない。すべての生き物にとって死よりみじめなことなんてありえない。だから、ジョンにとってあの夜は暗かったに違いない。どれほど短い夜だったとしても、夜は夜で、夜は夜以外にはなりえないのだから。たしかそのあと、ショベルで土をすくって、ジョンを埋める姉さんの姿を眺めていた。スコップをつかえばいいのにな、とか、思いながら。とにかく、あの日の夜は短くて、茹だるように夏だった。
2
台所から水の流れる音がした。カーテンの無い窓から朝日が差し込んでいて、すこし肌寒い朝だった。気怠さと欠伸と身震いが小競り合いをして、わたしはけっきょく布団の上で中途半端になっていた。食器がぶつかる音がする。彼女はもう朝食を済ませたらしい。彼女のことを彼女と呼ぶのはいささか違和感がある。けれど、なにかといえば姉御肌の彼女をわたしが姐さんと呼ぶのもおかしな話に思える。わたしには姉さんがいるし、そして彼女にも“姐さん”がいる。しかし、やつ、なんていうのはぶっきらぼうすぎるし、なにより――こちらから頼んだわけではないが――世話になりすぎている。だから、彼女のことは、雲居、と呼ぶのが相応しいだろう。なんにせよ“不調法”な雲居をそれ以外で呼称するのは癪に障る。
不調法は雲居の代名詞であり、早すぎる起床と雑すぎる食器洗いも雲居を不調法たらしめる要因の一部だ。つまるところわたしは雲居の騒音被害者で、苛立ちと共に目覚める朝は最低だった。気怠さと欠伸と身震いと、そして苛立ちはひとつのため息に集積される。それを聞きつけたのか、今度は台所からまた不調法が響き渡った。
あら。起きたの。起きてるんでしょう。あんた朝は。漬物と味噌汁はあるけど。魚焼いてほしかったらはやく言って。私もうでるから。
台所から響くこれらの言葉すべてに大きすぎる感嘆符が付いている。大きな入道雲といい、雲居はなにか大きなものに付き纏われる宿命のもとに生まれてきたのかもしれない。
起き抜けのわたしには台所まで響く声で返答する気力もない。四半世紀は懐かしさの代名詞で、懐かしさは倦怠の色違いだ。いつだったか、温和な婆さんに世話をしてもらったこともあったっけ。あの婆さんは世話好きの心配性で、たぶん、臆病だった。婆さんは朝、わたしが寝ていると起こさないように小さな足音で傍に寄ってきて、女苑ちゃん、起きたのかい。と、小さな声でわたしに言った。雲居は大きな足音で四半世紀の廊下をいじめながら、眠たいわたしをいじめるかのように、また大きな声を出しながら居間に迫ってきている。起きてんの、起きてないの。はっきり答えなさいよ。どうせ起きてんでしょう。感嘆符が付き纏っている。雲居は――いまからひとつ駄洒落をやる――今にも居間に――やった。――到達して、わたしに声をかけるだろう。
「あら。起きてたのね」
廊下と居間、敷居から響くその声は“あっさり”としていて、わたしはこの温度差にいつも妙な気持ちになる。あれだけ大声で追及しておきながら、実際、雲居にとってわたしが起きているかそうでないかなどはどちらでもいいようだった。
「朝は漬物と味噌汁があるわ。私、もう出るから。魚は焼くなり煮るなり、好きにしたらいいわ」
そう言って、すでに法衣を纏った雲居は玄関へ向かっていった。一寸の間のあと、がらがらと戸が開いて、がらがらと閉じる音がする。ひとり取り残されたわたしは、ようやく、みたいな心持ちと一緒に思いっきり伸びをした。魚は焼きもしないし煮もしない。漬物も味噌汁も、なにもかも。お腹が空いたらそのときの自分がどうとでもするだろう。わたしは徐に覚醒する意識を――逃げていく眠気を――ひっ捕らえて、布団のなかにしまい込むことに決めた。季節は春だった。春の朝は昼まで続く。春の昼は夜まで続く。夏ほどではないにせよ、春の夜なんてそれほど長くは続かない。
昼頃起きて、結局わたしは漬物を味噌汁を啜るのと同じようにして齧っていた。そんなのは言わずもがなの粗食で、粗食は寺で過ごした短い時間の芋蔓だった。わたしが寺を出た経緯なんてものはとどのつまり宿命で、それは対外的にも至極当然の結末であって、理由を挙げ連ねることは誰にだって、わたしにだってできるけれど、そんなことに意味はない。ただ曖昧と、漠然と、わたしは寺を出ていくのだろうと思っていたし、連中もそう思ってたに違いない。理由を挙げ連ねることは誰にだって、わたしにだってできるけど、本当はきっと、誰一人として、本当のことはわからなかったから、誰も、わたしも、そのことについて考えたりなんて、しないのだ。雲居。雲居一輪だって、そんなことは考えていないはずで、けれど、雲居はいまわたしと一緒に暮らしている。わたしは雲居の用意した住居で雲居の用意した御飯を食らって、雲居の用意した布団で眠る。お小遣いだって、週にそこそこ貰えているし、それでもって、わたしは外へ暇つぶしに行くことだってできる。雲居は言った。衣、食、住のすべて面倒を見る覚悟があって、それからやっと人を救えるのだ。
そう。雲居一輪はわたしを“救う”と、そう言った。かくして至る現在が、この有難い漬物と味噌汁だった。口の中の沢庵を、わざわざ音を立てて咀嚼してみると案の定、そう鳴った。
雲居がどうしてなにをもってわたしを“救おう”などと考えたのかはわからない。そもそもわたしはそんなものを求めてはいないし、自分を不幸だなんて考えてもいない。哀れまれているのかとも思ったが、雲居の様子をみるにそういうわけでもないらしい。わたしが寺を出たとして、ないアテなど作ればいいだけのことだった。連中にしたって、雲居にしたって、それはわかっているはずなのだが、どうも。雲居はわたしの世話を焼きたくてたまらないようだった。なにも、悪いことじゃない。実際、わたしはこの粗食と布団に救われている。ないアテを作るよりずっと楽に暮らせるようになったのだから、もうこれ以上なにもうまくいかなくてもいい。けれどこの暮らしはつまりは寺での暮らしの延長戦のようなもので、いつかはきっと、わたしはまたどこかへ出て行くのだろう。雲居にしたって、それをわかっているはずだった。
もし仮に、雲居が抜本的に、根本的に、革命的にわたしをわたし以外に変えようと考えているのだとしたら、これ以上無駄なことはない。今となってはもう名前さえ思い出せないあの犬は、その一生を犬のまま終えたのだから。それに雲居ときたら法事ばかりに出向いていて、わたしを“救おう”と積極的になっている感じもない。結局、雲居もわたしも、命蓮寺に居たときと同じ暮らしをしているように思う。
皿を洗う。餌をやるのは姉さんの仕事だったけど、姉さんは物を洗うということをしないから、皿洗いはいつもわたしがやっていた。雲居はわたしが洗っておいた皿を台所に見つけるたびに、意外、といった顔をして、意外、と口にする。それはただ単にわたしの習慣だから、そんな程度のことでわたしの心境になんらかの変革が起きつつある、なんて思われていたら癪だな、とも思うけれど、習慣は習慣で、犬は犬で、それ以外にはなれやしない。洗い終わった皿の水をふき取って、わたしは食器入れにそれらを直した。
慎ましく質素に暮らす。里の昼は人間たちが平和そうにして歩いている。わたしもその一端になって、呉服屋とか、甘味処を見て回る。貰ったお小遣いはあくまでもお小遣いで、ちょっとの気晴らしにも微妙な気遣いが必要だった。昼に呑む酒は好きじゃない。此処に欲しい服なんて在り得ない。そう、今だって外の世界での暮らしと変わらない。誰かの持て余した隙間のなかで暮らすなら、その隙間のなかに見合った暮らしを終わりまで続ける。雲居の持て余した隙間のなかなら、白昼の里での場合であれば、あんみつなんかを食べればいい。甘いものは好きじゃないし、嫌いでもない。雲居はわたしを救うと言った。だから、わたしは好きでもないし嫌いでもない甘味を、喫するべくして喫するのみだ。雲居にしたって、きっとそれは同じことで、あの聖白蓮の隙間のなかで暮らしているから、毎日毎日、法衣を着て、他人の死を慰めに出向いているに違いない。けれど――詳しいことは知らないが――あの聖人を救ったのは雲居含めた寺の生臭連中ということらしい。雲居はあれを救って、救われて、それでまた、救われているのだろうか。もし仮にそうだとして、救われたから救うなんて、そんなのは或る種の報復みたいなもので、図々しいし、おこがましくて、厚かましくもあって、なんだかすこし冷たいような感じもする。永遠なんて永遠に無いことを、連中はわかっているのだろうか。ひとは死ぬ。死ぬから雲居は法衣を着る。それはきっと終わらないし、いずれ必ず終わりが来る。あんみつは甘い。ふと――馬鹿馬鹿しい!――姉さんのことを思い出す。姉さんはいまごろなにを食べているのだろう、なにをしているのだろう。姉さんの暮らしはきっと――空腹に膝を抱えてるに決まってる!――暗いのだろう。貧すれば鈍するとはよく云ったもので、飼われた犬は人に餌をもらうのを待つことしかできない。あの犬に餌をやるのは姉さんの仕事だった。わたしの仕事は、たまに皿を洗うこと。犬の名前を思い出す。物覚えの悪い姉さんが覚えているといって聞かない物覚えの悪い犬の名前。姉さんはジョンと似ているかもしれないな、と思った。季節は春。帰り道に寺子屋帰りがなにやら騒いでいて、なにかと思えば、どうやら近々花見で出店が並ぶらしい。昼間の里はそれだけだった。
そして、夕方頃に帰ってきた雲居は、居間に入るなり「呑みに行くわよ!」とわたしを連れ出す。
……。
「それで、その子が言うのよ。お線香を線香花火にしてもいいですか? って」
「結論は?」
「あぶないからダメ」
「……ねえ笑ってる?」
「笑ってないよ」
「おもしろくない?」
「おもしろいよ」
「笑った?」
「笑った」
「へへ」
3
事件が起きた。起きたら居間に犬がいる。
「おはようございます! ……なんの事件ですか?」
その声は溌剌としていて、快活であって、雲居のソレとは別種の不調法を孕んでいた。寺に居た頃はこの声に何度起こされたかわからない。けれど、雲居のアレに起こされるよりかは、幾分マシな気分だった。布団から上半身を剥がしながら「非日常」と呟くと、響子は、わからないです、の顔を作ってみせる。しかしその、わからないです、の口元はいつだって純粋そうなニコニコを携えているから、いつもなんとはない罪悪感が湧いてくる。実際、響子は純粋なのだ。あの村紗水蜜から貰ったアメを何を恐れずともなく喜んで食う。
「村紗さんに言われて来てみたんですよ。たまにはふたりの様子を見てこいって。だから、様子を見に来たんです。わたし!」
実際は「たまにはあいつらに遊んでもらえ」が正しいのだろうけど、響子も軽い嘘をつけるようになったらしい。その成長に免じて追及はしないことにするけれど、急に来られたって、わたしには菓子の用意はおろか、何の話題だって持ち合わせていない。台所から水音もない、大きな足音もない、例の不調法も気配を消している。雲居はもう出かけたようだ。困ったな、素直な感慨が不意とこぼれると、一瞬だけ、響子は残念そうな顔をした。
「いいんですよ。わたし、お菓子もってきちゃったんです。一緒に食べて、そのう。一緒に食べましょうね!」
やっぱり、響子は遊ぶ気まんまんでやってきたらしい。でも多分、想定していた遊び相手はわたしじゃなくて雲居のほうだ。そもそも、寺では響子のほうが先入りだったし、それでというわけではないが積極的に関わり合いになろうとも思わなかった。はじめ、響子は仕方なく寺の世話になるようになった。わたしは仕方がないから寺に世話されるようになった。わたしと響子の関係といえばたったそれだけ、なんとなく似た境遇で寺に居合わせたというだけのものだった。違いといえば、響子に必要なソレが、わたしには不必要という点。この一点が、響子とわたしを分ける、余りにも大きな隔たりだった。響子はこれからいくらでも、その顔に称えたニコニコを失うことができる。
響子が菓子を持ってきたというので仕方なく茶の用意をしていると、世界はどうやら昼らしく、窓からは真昼間でございと言わんばかりに陽が差し込んでいた。響子は雲居が出かけてからわたしが起きるまで、一体どれくらいの時間を居間で過ごしていたのだろう。暇だから来たのに暇をさせられたんじゃたまらない。こうなることを分かって、村紗は響子をここへ寄越したのではなかろうか。あの女は見立て屋で、いやな思いをひとに代替させて、自分のソレを帳消しにすることしか頭にない。響子に懐かれているというのに、あいつの友達はいやがらせだけだ。雲居も、わたしより先にあいつをなんとかしようとは考えないのだろうか。なんだか腑に落ちない、もやもやしてくる、というのが、村紗水蜜に関わった者たちの感じる主たる要素だった。ああ! もう。兎にも角にも、いまはお茶だ。
お茶を淹れて、しばらく響子に気を遣わせていると雲居が帰ってきた。しかし帰ってきたというのも一瞬のことで、帰るがはやいか「それじゃ、また出てくるわ!」と言い残して去っていった。けれどそのおかげで、今現在の茶の間といえば先刻までのそれとは違って、談笑という語句それ相応の応酬が繰り広げられている。
「だから、わたしグレちゃいそうなんだよ。最近、村紗さん全然かまってくれないんだもん」
「ハ。しょせんお前は拾われっ子。お荷物、ごまめ。わたしはお前なんかと違って、道観のみんなに優しくしてもらっている。お前なんかと違ってな!」
響子はわたしに向かってこんなフランクに喋らないし、わたしも響子にこんな明け透けで意味不明な返答はしない。響子の話相手は雲居の置き土産、秦こころだった。雲居は帰ってくるなり「布都に預かるように頼まれたから! しっかり預かること!」と言って、秦こころを置き捨てていきやがったのだ。こころとは一応の面識はある。あるにはあるが、それは例えば、蝸牛は大抵なんたらという虫が寄生しているらしい、程度の面識であって、それはもはや、無いにも等しい。だから、わたしはお茶をもう一杯淹れてからというもの、そういう置物と化してふたりの談笑を聞き流していた。
響子に対するこころの口ぶりといえばやたら攻撃的だった。しかし響子は別段気に留める様子もなく、それこそフランクに――わたしと話すよりも断然。――会話できている。理由といえば、やはり先ほどこころ自身が口走った“拾われっ子”が起因しているのだろう。響子は仕方なく寺の世話になるようになった。こころも仕方なく道観の世話になるように――少なくともそう聞いている。――なった。その共通項がふたりの親近感乃至は敵愾心を産み出しているものと思われる。
「なにさ、そっちだって拾われっ子のくせに。ごまめのくせに。今日だってみんなの邪魔になるからうちに預けられたくせにさ」
「なにを! わたしは邪魔になんてなっていないぞ。ただ道観にわたしがいては、みなの修行が滞るからな。だから出てきたんだ。幸福の最大和だ。功利主義という。ふふん、わたしはみなのためを思って、ここにいるんだ。お前なんかとはまるでちがう」
この面霊気の喧嘩腰ときたら聞いていて居た堪れなくなる。それにしても響子もなにか言い返せばいいものを、ぐむむと唸って湯呑を握りしめるばかりでいる。置物としては別に、なんだってかまわないのだが、どうにもこのふたりにはモラトリアムというものを感じてしまう。ふたりとも、今のところは救われているのだろう。響子は寺に。こころは仙人どもに。それから、わたしも。雲居は言った。衣、食、住のすべて面倒を見る覚悟があって、それからやっと人を救えるのだ。果たしてそうだろうか。うらぶれたバンドマンにも、上場企業の社長にも、臆病な老婆にも世話になった。姉さんは犬を十六年ものあいだ世話をした。そしてそれは、結局ただそれだけのことだった。誰かに用意された衣食住なんかで、ひとは救われないのだ。
だけど。
「はああ? なんですかコウリシュギって。意味わかって言ってんの? じゃあなにさ、あんた特技あんの? わたしなんてベースできちゃうんだよ。楽器だよ。こんどバンド組んで、ライブなんかやろうって話になってんだもんねー。あんたにはそんな友達いないでしょ。あーかわいそ!」
「な、な、なにを! わたしにだって友達のひとりやふたり、いや! 百人、百人の友達がいる。ひとりは大金持ちでひとりは大地主でひとりはすごくいいやつで……」
だけど。今日の昼はやたら長い。
「あーあー嘘ばっかり。もう知らない。もう決めた! わたしバンドマンになっちゃうもんね。寺のみんなからは止められてるけど、やっちゃうもん。なっちゃうもんね。ロックンロールスターにさ! そしたらあんたなんかとは比較にならないほどの人気者! ね、ね。いいでしょ、女苑さん?」
「い、いいのか、依神女苑! 貴様が止めるべきだ! こいつにバンドなんてやらせたら、その、人気者なんて、そんな……バ、バンドなんていうのは……そう! 不良! 不良への第一歩であるからして、不良への第一歩は嘘つきへの一歩で、嘘つきへの一歩は泥棒の――」
どうやらわたしは置物でも、鉢の類の置物だったらしい。回ってきた鉢に適当な言葉をよそって、それからは激化するふたりの口論を聞き流しながら、カーテンのない窓から真昼間を眺めていた。響子の口ぶりではバンドなど始めて“グレる”ことに対して寺のみなが――たぶん、響子自身も――忌避感を持っているらしいが、おそらく村紗水蜜はそうなるように仕向けたいのだろう。じゃなければ、せっかく懐いた犬を邪険にしたりするはずがない。わたしはどちらでもいいと思っている。グレるならいくらでもグレたらいいのだ。こころの喧嘩腰はこころなりの友愛の表現であって、似た者同士の自負からくるものに違いない。友達がいるのなら、心配なんて、そいつがいくらでもしてくれる。
そのあとすぐにふたりは「こんなやつが居る家にはいられない!」と口を揃えて飛び出して行った。わたしはふたりの食べ残した茶菓子をさらって、また、皿を洗った。
そして、夕方頃に帰ってきた雲居は、例のごとく「呑みに行くわよ!」とわたしを連れ出す。居酒屋までの道中はなんてことはない。いつも通りの夕景があって、わたしはすこしだけ笑ってしまった。蛇足だな、と、そう思った。
……。
「それで、またその子が言うのよ」
「え、その子って、あの子?」
「そう、あの子よあの子」
「えー、どうしよ。いやいいわ聞かせてちょうだい」
「今度はね、お葬式って結局なんなの? だって」
「あんたなんてったの」
「儀式」
「……ち、違うのよ。私だけで決めたんじゃなくて、その場のみんなで考えて決めたんだから」
「いや……」
「えー? ……つまんない?」
「おもしろい」
「そうよね!」
……。
キッチンの小窓は橙色、後姿の姉さんは上機嫌に鼻歌なんかやりながら、おたまを片手に鍋をかき混ぜている。それはよくある夢だった。
昔から料理をするのが苦手だった。町を歩いている最中に八百屋なんかをみかけて、ふとその気になることはしばしばある。大根やら、人参やら、さまざまな食材が並んでいて、それらがいっぺんに視界から、頭の中へと飛び込んでくるものだから、結局なにを作ればいいかわからないし、なにを作れるのかもわからない。だから、なにを買えばいいかわからないので、いつもなにも買わずに家に帰って、結局、誰かが作ったものを食べる。そうして、わたしは皿を洗う。
「じゃあね、カレーを作ればいいんだよ」
皿を洗うわたしの後ろで、姉さんがそんなふうに言った。
「カレーなら思いついたものぜんぶ入れて、煮込んで、かき混ぜちゃえばカレーになるから」
「でも、作り方わかんないよ。ほんとはもっと、なんかこう、炒めたりとかそういう……順番があるでしょ?」
そうしたら、姉さんは「ふふん」と鼻を鳴らして、腕まくりをして――このとき、姉さんはわたしの後ろに立っていたわけだから、わたしはそれを見ていないけど、姉さんのことだからきっとそう。――得意げに言った。
「あるけど、ないよ。ないのといっしょ。今度作って、教えてあげる」
わたしは姉さんの作るカレーが嫌いだった。姉さんに料理の才能があったとかなかったとか、そんなのはどうでもよくて、姉さんの作るカレーだけ、妙に苦手で――その会話以降得意になってカレーばかり作るから――いっときは見たくもないとさえ思った。じょおん、じょおん、今日はカレーだよ。カレーを作るよ。ひとりはしゃぐ姉さんの言葉を遮ることもできなかった。最後に姉さんと暮らしたのはいつのことだっただろう。アパートの階段は赤く錆びていた。部屋は古くなった建材のにおいがしていた。クッションフロアには小さな花が等間隔に咲いていて、歩く毎にぺたぺたと鳴った。そこはいつも夕方だった。いろんな場所で寝泊りをした。いろんな人間を騙したし、騙されもした。中にはいい人もいれば悪いやつもいて、高いマンションで暮らしたこともあるし、立派な戸建てを間借りしていたこともある。けれどそのどれもが街の中で、街はいつでも夜だった。夜は朝になればいつだって嘘のように消え失せて、虚しさと疲労感とわたしを置き去りにした。そうして一文無しになったわたしは、そのたび、まるで帰巣本能の強い動物みたいにしてあの家まで歩いた。じょおん、じょおん、今日はカレーだよ……姉さんの暮らすアパートはいつだって夕方で、たぶん、カレーのにおいもしていた。わたしは姉さんの作るカレーが嫌いで、嫌いで仕方がなかった。だって、カレーをよそった皿の汚れは落ちにくいし、姉さんに出来ることはいつだって、わたしにとっては簡単なことだらけだったから。
そう。カレーなんてものは――結局、誰にだって。――簡単に作れてしまう。キッチンの小窓は橙色、後姿の姉さんは上機嫌に鼻歌なんかやりながら、おたまを片手に鍋をかき混ぜている。姉さんが振り向いて、わたしになにか声をかける。そこで、いつも目が覚める。
「だからね、お姉ちゃんにカレーを作ってもらうの!」
4
頭痛がする。ずき、ずき、と、この頭の奥の奥に小さな心臓を埋め込まれたような感覚には覚えがある。痛みにこそ覚えはあれど、この痛みを伴う朝の所感はいつだって「身に覚えがない」というものであり、その「身に覚えがない」朝の原因はいつだって前日の夜にある。蝉とアセトアルデヒドは同じ「死ね」という鳴き声をもっていて、わたしは水を求め立ち上がるなり酷い嘔気に襲われる。こんな朝の原因はいつだって前日の夜にある。吐瀉物を流しキッチンで口を濯いで、それからコップ三杯の水を飲めば、幾分マシな心持ちになったが、頭は相変わらず「私が第二の心臓です」と言わんばかりに脈打ってわたしを苛めた。一連で家のなかをほっつきまわったわけだが、雲居の姿は見当たらない。どうやらもう出ていったようだ。酒の強い者にしか僧侶は勤まらないのだろうというのが一つ目の気付きで、もうひとつが、今の季節は春であって、蝉など鳴こうはずがないというのが、間抜けな二つ目である。
リビングに戻ると律儀なことに朝食まで用意してある。しかし違和感がある。いつもなら朝食を覆っているはずのラップが見当たらないし、なんだか作りたてみたいないい匂いもある。味噌汁なんかは湯気が立っているようにみえるし、そしてなにより朝食は二人分用意されている。
はて。これはいったいどういうことか。考えるまでもなく、わたしは着席して味噌汁にありついた。今の「第二の心臓」にわかることといえば、味噌汁は二日酔いに効くということのみだった。
「こら!」
唐突に、お椀を持ち上げる手を何か棒のようなもの――箸だろうか――で叩かれる。二日酔いでお留守なお手手を叩かれればお椀は不如意に傾いてそのまま落下する。そして味噌汁は落下の衝撃で飛沫となって寝間着に熱いシミをつくる。叩かれた手について抗議したい気持ちがあって、放っておけばおそらく火傷となる熱さに声を上げたい気持ちもあった。しかし例の頭痛もあって、とくれば必然だるさもあった。様々な感情がこみあげてきて、それらは喉元にてすべてきれいに相殺されて、わたしはそのまま仰向けに倒れこんだ。もうなんでもいいやと、そう思った。
「わーわーわー! ごめんね、強く叩きすぎちゃった。痛かった? ああ、お味噌汁! 熱くない、熱くない? いま拭くものもってくるから、あ! それとお味噌汁もよそってこないと……」
聞きなれない声だった。誰だろうか。なんなのだろうか。やな感じの情報量に嫌気がさして横たわるわたしの視界から、逆さになった味噌汁のお椀が小さなお手手と共にフェードアウトしていく。そして聞こえる忙しない足音。声の主はどうやらこの狭い家の狭い廊下をダッシュで移動しているらしい。幸い火傷には至らなかったようだが、寝間着にできた味噌汁のシミは急速に冷たくなっていって、その温度は次第に横たわっていてもなお許容できない不快感へと推移してゆく。
「ごめんね、ごめんね。熱かったでしょ?」
びしゃり、と冷たいものを擦り付け――叩きつけていやしないか?――られる。どうやらそれは濡れ雑巾であって、濡れ雑巾は味噌汁のシミを濡れ雑巾のシミへと変えていく。もはやシミはシミと呼ぶには大きすぎる面積となって、そんだけ濡れたらわたしの寝間着も濡れ雑巾と読んで相違ないだろう。わたしは濡れ雑巾を着て横たわって、濡れ雑巾をなおも擦り付け続けられている。
「それから、ほら。お味噌汁もよそってきたから。さあ飲んで、ほら、いただきまーす、って……ああ、またこぼれちゃう! ダメでしょ! ちゃんと口あけてくれないと。さあほら!」
濡れ雑巾を擦り付ける片手間に、わたしの口に熱々の味噌汁が入ったお椀を押し付けてくるこいつは、きっと器用なんだろうな、とわたしは思った。
「あーあ、またお味噌汁よそってこないと……あれ? でもお味噌汁って鍋からおたまですくうときはすくうって言うのに、なんでよそうって言うんだろ。せっかくすくうでいい感じなのに、そのあとよそうって呼んだりして。もしかして、よそよそしい……って、そういう……」
意味不明言葉と口元の熱さに何かを感じてしまわぬよう、わたしは意図して意識を飛ばした。意図的に意識を飛ばすのは初めての経験だったが、気合を入れたらすんなりとやれた。やればできるもんである。どうして、わたしもなかなか、器用なたまだ。
「せーの……ほら! せーの! ごちそうさまでした!」
「……ごちそうさまでした」
一つ目、化け物の正体は古明地こいしだった。二つ目、朝食は雲居の作ったものでなく古明地こいしの作ったものだった。三つ目、古明地こいしは昨夜酔っぱらったわたしたちが拾ってきたという話だった。補足、古明地こいしの料理はなかなかいけた。蛇足、味噌汁はやはり二日酔いに効いた。
往々にして疑問やら嫌な予感の正体は探らないのが身のためなのだ。現にほったらかしにしたかった疑問は概ね解けてしまったわけだが、代わりに問題は山積みになっている。いや、果たして本当にそうなのだろうか。仮にわたしが家主であれば古明地こいしの働いた先の狼藉すべてを叱責する権利と責任があるように思えるが、わたしは断じて家主などではなく居候で、古明地こいしはどうやらしっかりと雲居の許可をとってこの家に居座っているとのことらしい。雲居がその許可を下したのが今朝か昨晩かで話は大きく変わる気もしなくはないが、ともあれ許可のあって家に居るならば古明地こいしは雲居の客人といって相違ない。家主の客人に居候が取るべき措置などあるのだろうか。居候なんてものは家主の客人が来たとあればそそくさと家を出るなりして客人が去るのを待つのが一般的な作法なのではないだろうか。そうに違いない。
「……それじゃ、わたし行くわ」
「どこに? 付いていこうか?」
正直わたしはこの古明地こいしについての一切を知りたくない。雲居とどういうやり取りを経てここに居るのかとか、そのやり取りにわたしも酩酊状態のわたしも関わっていたのかだとか、どうして付いてこようとするのかやら、そういった一切合切、すべて面倒としか思えない。そもそも、こいつとは面識があるといえばあるが、少なくともあれが良い出会い方だったとは思えないし、なんというかキャラも嫌いだし……とにかく関わり合いになりたくなかった。
「客人が来たら居候ってのは、客人が帰るまでのあいだそそくさ雲隠れするのが作法なのよ。あんたが客人、わたしが居候。わかった?」
「だめだよ。おねーちゃんの面倒みるって約束したんだもん」
「いつ、誰と?」
「今朝、おねーちゃんと」
「それは、あんたがわたしの面倒を見るって、今朝、雲居一輪と約束をしたって、そういうこと?」
「そういうことです」
溜息がでる。古明地こいしは溜息なぞは気にも留めずに「それから……」とそれからを話そうとしている。面倒だ。また意識を飛ばしてみようか。考えてるうちに、古明地こいしは口を開く。
「それからぁ、私はお客さんじゃなくってぇ……おねーちゃんと同じ、居候なんだよねー! おねーちゃんと約束したんだ! 私もおねーちゃんみたいに、おねーちゃんに“救って”もらうの!」
雲居が帰ってくるまであとどれくらいかかるだろうか。わたしは頭のなかで「飛べ!」と念じて、意識を手放した。お手の物である。
帰ってきた雲居から説明を受けた。それは説明と呼べるようなものではなく、説得力という言葉そのものを曖昧に表現しただけのものだった。雲居の自信の源泉がどこにあるかは知れないが、とにかく「なんとかなるわ」と雲居は言った。それは、なんとかする、よりもずっと楽観的な響きを持った言葉で、言わずもがなで「わたしにかかれば」が聞こえてくるかのようだった。
やりたいからやる、やりたくないからやらない、やりたいけどできない、やりたくないけどやる。生活の区分といえばだいたい誰もがこんな感じ。これには性質みたいなものがあって、わかりやすいやつとそうでないやつで二分できる。わかりやすいのはやりたいからやる、のタイプと、やりたくないからやらない、のタイプで、残りふたつがわかりにくい方だ。雲居やわたしなんかは言わずもがなのわかりやすいタイプだと思う。ただ古明地こいしやら、姉さんやらは……くだらない。理解ができないという点で云えば、雲居だって古明地だって、姉さんにしたって同じことだ。とにかく、私は未来への展望なんて抱いたことがない。それについて考えるのは暗闇について考えるのとおんなじに、意味のないことだから。
とにかく、雲居一輪の「なんとかなるわ」によって確約されたのはこれから始まるであろう厄介な新生活だ。少なくとも、それはわたしにとっての救いの道ではない。古明地こいしにとっての救いは「お姉ちゃんにカレーを作ってもらうこと」だった。古明地こいしの暗がりに灯る火は、きっとわたしの暗がりを照らさないだろう。わたしは姉さんの作るカレーが大嫌いだった。
5
朝、風はない。代わりに茹だるような熱気と蝉の声がある。
「あ! おねーちゃんが私のサバとった!」
「とってないわよ。とってない、とってない。ほら、もう証拠もない」
サバで頬を膨らましながら雲居が言うと、古明地こいしは怒りに頬を膨らまして、なにかうらめしそうにわたしのサバをみる。
「わたしのをやるよ」
「ほんと? やった!」
縁側の戸は開け放たれていて、そこから馬鹿みたいな青空とアホみたいな太陽がわたしたちを覗いている。だから、こんな間抜けな団欒があってもおかしくはない。素早く朝食を摂り終えた雲居は忙しなく法衣を纏って「いってくる」を発音する。こいしは元気よく「いってらっしゃい」を返す。雲居とこいしが不思議そうな顔でわたしを見つめて時が止まる。わたしが渋々の「いってらっしゃい」を発音すると、ふたりが得心のいったような顔をして、時はまた動き出し、朝を再生し始める。こんな感じで、気づけばわたしは夏だった。
こんなことはどうでもいいことのように思えるが――夏のせいか、すべてがどうでもいい感じ――毎日の朝食は古明地こいしが作った。その純和風のラインナップはかつて雲居が作っていたそれよりも豪華で、けれどもどうしたって粗食の感は拭えずに、ただ能天気っぽいこいしの作ったものとは思えない、なんだか他人行儀な味がした。食材の買い出しもこいしがやっていた。それも、雲居から小遣いを貰ったりせずに、どこからせしめたかすべて自分の金で。厚かましいのによそよそしい。それがこいしに感じる所感のすべてだ。
キッチンで食器を洗っていると、居間でごろごろしていたこいし――比喩ではなく、実際に転がっていた。なにか意味があるのだろう。――が外出を宣言した。「おねえちゃん、私でかけるよ! でかけるから!」言いながら、こいしは立ち上がって、わたしになにか期待の籠ったまなざしを向ける。勝手にしろと優しさの微塵を混ぜて相槌を打てどやつは動かず、あまつさえわたしの手を引いてくる。わたしの手は泡だらけで……ともかく玄関まで連れられて、ようやくこいしは手を離した。靴を履いて、それから戸を開けて、外に出て一歩。振り向いて……また時間が止まる。はいはい、いやはや、やれやれ、などなど。なんでもいい。
「いってらっしゃい」
かくして時間は動きだす。「いってきます!」そう言って、泡だらけの手を振った。
これまた、やつはどこでせしめたか自転車にまたがり、颯爽と町の方へ消えて行く。このなんとも地味で、茶色っぽい世界の中で、やつはどうも原色で……。ただ、空の青なら負けじと夏だ。今日はわたしも出かけよう。食器を片付けた、そのあとに。
季節は目的なく巡る。気づけば夏。そう、晴れている。薄着でもじわりと暑い。タイヤ痕は目抜通りの辻を右に折れていた。わたしは左へ行くとしよう。この先へ行くと大きな墓場に辿り着く。墓場に用はないが、いつものようにせせこましいやりくりで自分の機嫌を取るのはまっぴらだ。
アゲハ蝶が飛んでいる。路傍、古新聞が蜃気楼に霞んでいる。そのうちに例の墓場に差し掛かる。なんたら合祀墓地は延々柵で囲われて、柵の向こうにはちらほらベンチが置いてある。あのベンチで安い棒アイスを齧ったら、きっと気分がいいだろう。陽射しを受けて、すこし汗ばんだ襟元をぱたつかせて、みの無くなった棒を傍のゴミ箱へと放る……これはただの想像で、ここでは祭事でもなきゃアイスは食えない。
けれど、暑い夏の外出中、避暑地を泣く泣く自宅とすれば、家には冷蔵庫があって、そこには棒アイスが冷やされているはずなのだ。墓場を過ぎると古い家々のにおいがしてくる。側溝蓋から、淀んだ熱気がふくらはぎあたりを撫でた。いまが夕方だったなら、どこかから誰かを待つ夕飯のにおいが立ち込める、そんな家路になったかもしれない。季節は目的なく巡る。夏に理由がないように、この徘徊にも理由はない。わたしの帰る場所はいまのところ、ひとつしかない。
雲居の家を出てからまだ二十分と経っていない。二十分そこらで行ける場所があったとして、それでもいけない場所もある。夏だから、わたしは間抜けにもアホっぽく馬鹿のふりして姉さんの住む家の戸を開けてしまおうと考えていた。茹だった頭を冷やすのに必ずしもアイスが必要なわけじゃない。それはほんの些細な不幸の報せで事足りる。なにより、姉さんの家に冷蔵庫なんてあるはずもない。せいぜい、宿痾じみた問題の二、三が転がるのみだ。法事の鈴がチーンと鳴いて、わたしは踵を返した。
「おかえりなさい! どうも、勝手にお邪魔して……いえ、そのう。この時期は忙しいから、みなさん出払っちゃってて……えへへ」
家に帰ると犬が居た。
――それで、なんといいますか、その。ひとはパンのみにて生くるものにあらずとはいいますけど、でもパンがなきゃ生きてゆかれないわけじゃないですか。だからその、私はパンが欲しくて……ああいや! パンがないのはわかってます! それは、米でも何でもいいんですけど! う、ううん。それは、たしかに寺でもお世話してくれるとは思うんですけど。でも、もう帰らないって決めたんです。グレちゃおうって、そう決めちゃったんです。だからこれまでどおりじゃよくないっていうか、ダメっていうか……。まあさいあく、友達の家に居候すればいいんですけどぉ、なんかこう、気まずいじゃないですか。なので出来れば、ここがいいっていうか、ここが最適、というか……。
――キャンキャン吠える犬を眺めてるうち、世界はおもむろに暮れて橙色。なんの決定権も持たないわたしは響子の話を出来るだけ遠巻きに聞き流した。このままやつらが帰ってきたら面倒だな。と、それだけを考えて相槌を打っていたら、響子は怒ってどっかへ消えた。行く宛のないそれとは異なって、去る足取りはしっかりしていた。思うより勝手なやつだったが、思ったとおり友達は多いらしい。頼れるヤツがいるうちは、ソイツにいくらでも頼ればいいのだ。間違っても目に見える損失はないだろう。いつだって、消えるのは目に見えない関係性だけで、それがどれほど大切なモノだって、町並みや群衆に紛れてしまえば、それはただの風景になる。
「ぼーっとしてる? ぼーっとしないの! ほら。せーの、いただきます!」
いただきます、と雲居が続ける。紛れてしまえば、わたしだって、風景になる。雲居がひとの魚を奪う、わたしの魚が一尾減る。これは団欒という名の風景で、それ以上でも以下でもない。
……。
「最近は? ないの? あの子とは」
「えー最近……最近、最近ねえ。あ、そうだ」
「あるんじゃん早く聞かせてちょうだいよ!」
「だから、その子が言うのよ。鈴を倍で叩く代わりによその家を棒でぶっ叩いてもいいですか? って」
「……それ、ほんとの話?」
「うう、ごめん。嘘」
「……ちょっと! そんなに暴れないでよ! 仕方ないでしょそんな行かないわよ同じお宅に!」
「これだけが楽しみだったんだぁっ!」
「暴れないで! 暴れるな! じゃあなに? あんたあの家にまた不幸があったらいいっての? さいてーね、さいてー!」
「そいつ以外全員死にゃあいいのよ。え! あと何人残ってる?」
「あんたねえ」
「……言いすぎたよ」
6
古明地こいしの姉は油田を掘っているらしい。紙面には地底の独占を論難する記事が書かれている。知ってか知らずか、こいしは忙しなく鶴を折っている。テーブルの上はもう鶴まみれだ。
雲居のいない日中のシュールさにも慣れ始めていた。今回の鶴などよっぽど理にかなっている。今日は七夕だった。昨日までは畳の目を数えていた。今でも畳には夥しい枚数の付箋が突き刺さったままでいる。
「結局、いくつだったの。畳の目」
「わかんない。おねーちゃんが歩くと減るんだもん」
このおねーちゃんとは雲居のことだろう。わたしは最近おねーさんと呼ばれているから。そこまでドスドス歩いている自覚だってもちろんない。
「いま折ってるそれは? それも畳の目?」
「ぜったい鶴じゃん! ねぇ、ほら鶴じゃん! 七夕でしょ!」
無量大数折る、と息巻いて、こいしはまた鶴に集中し始める。この家には笹なんか無い。所詮折り鶴は飛べないし、飛べない鳥が何匹束になろうが支えがなくては地面に散乱するのみだ。わたしが止めるべきなのだろうか。いいや、勝手に増やした居候のくたびれた儲けをどうするかの判断は、やはり家主に任せるべきだろう。わたしには関係ない。
こいしを拾ってきてから、雲居の仕事ぶりといえばますます堂に入ったものだった。この繰り返しこそがわたしの長寿と健康の秘訣ですと言わんばかりに、寝て起きて仕事して酒飲んで眠るのルーティンをこなしている。もはや誇らしげな様子で家を飛び出していく雲居の生活は、なんだか永遠に続いてしまいそうな感じもした。
縁側を見やれば屋根向こうには気だるい青色がどこまでも伸びている。不意に、こいしがあっと声をあげる。
「いやあ、おねーさんもわかってると思うんだけどね。なんていうんだろ。へへ。その、笹が……えへへ! なんていうんだろうね!」
この歯切れの悪さからどうやらこいしには言外の意があることが察せられる。こいしの云う通り、わたしはそれに気がついていた。
「無いってんだろ?」
こいしはまた、えへへ、と笑った。そういうことでしたら、と縁側から声がする。驚いて見やればそこには事件。犬がいた。
「笹でしたら、そのう。林でたくさん見かけましたよ」
笹の有無について見落としたのがこいしのミスなら、縁側の戸を開け放っていたのがわたしの過ちなのだろう。どうぞ、も待たずに上がり込んできた犬もまた、歯切れの悪い様子で言外の意の表明に努めている。
「よいしょっと……ですから。その……もしよければ一緒にどうかなと。いえ、なんでしょう。別に、いいんですけどね、アレでしたら、別に、ぜんぜん……」
犬はなんだか気まずそうな感じでいて、こいしはやおら瞳を輝かせている。じゃじゃーん名探偵ジョーン参上。わたしにはこいつらの考えていることがすべてわかる。まずこの犬、よいしょっと響子ちゃんは半月前にグレちゃおうと決意していたし、わたしはそれを目撃していた。笹のある林にはわたしも心当たりがあった。寺に収監されている際、掃除の折に石段脇の“やぶ”をよく眺めたものである。要するにグレちゃった響子ちゃんはグレちゃおうはつらかったのでやめちゃおうで寺に帰りたいのだろう。しかし一人で帰るのは気まずいから、こいしの笹欲しさを利用して、わたしたちと共に行こうというのだ。よくみるとなんだかやつれているし、無意識だろうか空腹そうに腹をなでている。あわよくばご馳走になろうという算段もあるのかもしれない。腹の空いた者のなんと浅ましいことか。わたしをちらちらと見ながらへつらうように笑う犬の憐れさたるや……どかーん名探偵ジョーン退場。
行ってあげようよ! こいしは響子の事情を知ってかしらずか、きらきらした瞳と口パクで伝えてくる。突如湧いて出た倦怠にわたしは思わず顔をしかめた。
「……あれ? そういえば、家主のお方はどちらに……?」
やな犬! なんとわざとらしい言い方なのだろうか。きょとんとして、本当に不思議そうに発音しやがる。寺によっぽど優秀な教育係がいるのだろう。この犬の鳴き声によってわたしは雲居の居候であることが浮き彫りになってしまう。こうなるとわたしが尊重すべきなのは家主、雲居一輪の居住まいであり態度であり、つまり雲居であればこの憐れな犬を放っておくことはしないでしょう? と、それを貴方のような居候風情が無断で勝手に独断で見捨てたりしてよいのでしたか? と、幽谷響子は言いたいわけなのだ。
なんて犬! 最低の駄犬! 面の皮厚犬! いいじゃん別に! 犬アレルギーになってしまう! 行ってあげようよ! かわいそうじゃん! 笹ほしいでしょ!
わたしの内面のあらしに割り込む形でこいしが主張する。かたわら犬はへへ……と笑っている。「なんだ、その。茶漬け屋があったはずよ、その……近くに」嘘じゃない。茶漬け屋はある。しかしこの発言に意味はあるのだろうか? 「え! 連れて行ってくださると!」意味はなかった。ここは幻想郷なのだ。こいしはいつの間にかよそ行きになって縁側の外にいる。
「いやなんだか、申し訳ないですね……」
へへ、と笑って、犬のくせに響子は靴を履いた。ふと空を見れば、諦めるほかないような太陽が光をばら撒いている。こんなものは一刻も早く沈んでしまえばいいんだ。胸中毒づいて、わたしは空に呪いをかけた。
それから、笹の回収はすぐに済んだし、瞬く間に陽も落ちた。なんでもやってみるもんだ。なんてことは無く、わたしは今まさに熱帯雨林のようなやぶの中に居て、思うよりも頑丈そうな棹の群れに呆然と立ち尽くしている。
「これは三人の妖力(あやかしぢから)を合わせなきゃね……!」
こいしは腕まくりをして唸っている。
わたしは神だ。響子はなにかを探しているのだろうか、犬っぽくきょろきょろするばかりで、手伝おうという気はないらしい。「取れないよこれじゃ、取れないよこれじゃ」必死に棹をしならせるこいしをよそに、響子はいそいそとやぶを進んで行く。「手伝って、手伝って」神に試練を与えられたこいしは折れない棹に釘付けだった。「ぜんぜん取れませーん!」こいしの声がすこし遠くなり始めた頃、隣の響子が嬉しそうに、あっ、と叫んだ。
「あそこ! あそこに、そのう、誰かいるみたいですね」
語尾を尻すぼみにして、響子は隠れるみたいにわたしの背中の方にまわった。響子がおずおずと示す先をみると、そこには見知った顔があり、遠目でもその不機嫌そうな印象が伝わってくる。後ろから響子がぼそぼそと言う。
「いや、そのう。実は今日、当番だったんです……浴堂に使う竹炭を……」
なるほど不機嫌になるはずだ。彼女は半月も前に決まっていた当番に代わり重労働を強いられているらしい。わたしは急に咳払いがしたくなって、実際にんっんーとしてやった。響子は何が気まずいのか「ちょっと、女苑さん……!」と訴えてくる。向こうは向こうで気がついたのか「あ」と口を開けてゆらゆらと向かってくる。携えた竹切りノコギリはなんとも恨めしく揺れている。ざ、ざ、とやぶの土が何度か踏みしめられると、響子は辛抱たまらず、といった具合にわたしの両肩をぎゅっと握って、完全に背中へ隠れてしまった。
「なに、久しぶりじゃん。炭欲しいの? まだ焼いてもいないよ」
「焼かないのを一本もらえる?」
一瞬きょとん、としたのち、村紗水蜜は「あ、そう」と、なんでもなさそうに傍の棹をギコギコやり始める。なかなか慣れていて、数分もかからなさそうな手つきだった。
「なにさ。アレは元気にしてるわけ? 雲山さあ。寂しがってるんだよ、毎日まいにち……」
「どうかな、元気なのか何なのか。働いて、いっぱい飲んで、いっぱい寝てるけど」
じゃあいいか。と、村紗は独り言みたいにして、棹を削り続ける。響子はわたしの肩を握ったり緩めたりして、どうも自分のタイミング的なのを測っているようだった。
「なんだか。楽しそうにしてるじゃんか。へんなの連れてさ。あ、これ長さは?」
遠くで取れませーんとこいしが泣いている。
「そのままでいいよ、アレに引き摺らせるから」
ふーん、とどうでもよさそうに、村紗は棹を刈り倒した。背中に、響子の額がべったりと寄りかかっている。わたしにしか聞こえない声で、あの、と言った気もしたが、村紗も同時に、私さぁ、と口を開いた。
「まだ食べてないから。お昼。ひとまず帰ろうと思ってたんだ。あとはこれ、好きにしなよ。あんたよかったね、一本くらいならタダであげちゃおう」
「そりゃどうも。雲山によろしく言っといて。こっちも伝えとくわ、寂しがってるって」
カレーなんだよ、と呟いて、村紗は来た道へ引き返して行く。刈り倒しの横に竹切りノコギリが取り残されていた。
背中にくっついたままの額は、それからすこしして、おおい、お前も来るんだよ、の声に無事剥がされた。響子はノコギリを拾ってから、こちらへ恥ずかしそうにペコリとやったのち、今度は村紗の背中目掛けて走っていった。
入れ替わりみたいにして、笹がぜんぜん取れませーん、と受難者が駆け寄ってきた。「笹取れたの? 取れた? 笹」ひー、と言いながら、服についたひっつき虫やらマジもんの虫を剥がすこいしは気の毒だった。どうやらここは竹藪らしい。
「えーこれ竹なの? 笹じゃなく? ふうううん……」
その日の夜、竹に括られた夥しい数の千羽鶴の中にはかろうじて三枚の短冊も括られた。間がいいのか悪いのか、雲居は我々の用意し忘れた短冊だけを仕事終わりに買い付けてきた。こいしが先駆けて括った短冊には八紘一宇と書かれていたので、雲居とわたしもそれに倣った。縁側から覗く夜空には星々がさんざめいていて、それを見つめるこいしの瞳は、なんだか宇宙のようだった。
……。
「くくく……それで、そのときなんて言ったと思う?」
「はいはい。儀式でしょ、ぎしきー。わかりましたぁーその話はー」
「棒で、棒でよその家ぶっ叩くって……くく」
「それ嘘だったんでしょ? おもしろくないよ、その話」
「あのガキ、うどんとそばの区別もつかないのよ……あは、あーはっは!」
「それおねえさんの創作だよね? おねえちゃん、どうなの?」
「ええ、会ったことすらないわ」
「ひひ、ひひひ……おなか、よじれちゃう……くくく」
……。
7
暮らしを愛することと形容できたらどれだけ素晴らしいのだろう。そう云って、こいしはペットを飼い始めた。それはハチという名のカラージャービルで実態はチャッピーという名の里の露店で買ったカラの鳥かごだった。ハチはこいしにそれは綺麗にしてもらって畳の上にたんと鎮座している。もし愛することが暮らしだというのなら、わたしは一度も暮らしたことがないということになる。「それはお姉ちゃんの勘違いだよ」こいしが言っているのはあくまでハチという名のカラージャービルということになっているチャッピーという名で売られていたカラの鳥かごの意識の有無についてだった。
「ペットはもっと手のかかるものさ」
「飼ってたんじゃん!」
わたしがペットを飼っていただけで、ペットと暮らしていたわけじゃない。だって名前も思い出せない。十六年目の夏、短い夜に死んだ。あくまでわたしにとってあの犬はただそれだけで、あの夜に大事だったのはショベルとスコップの違いだけだったのだから。「お姉ちゃんのペットはどんなだったの」私は「犬だよ」とだけ答える。たしかに犬だったのだ。吠えて、走って、じゃれついて、襲い掛かる。それは単なる犬という言葉の抽象であって、あの犬のことを確かに指し示す言葉にはなり得ない。すべてのモノには名前が必要で、名前のないモノの話はできない。
「ううん。私も犬にすればよかったかな」
「すれば? 今から」
こいしはハチを複雑な表情で撫で抱えている。その表情はまるで子供の将来を案ずる親のようでもあった。「どうだ、おまえ。なりたいか、犬に……」これはわたしが言った。「そんなこと言ってない!」これはこいし。子供に聞かれちゃまずい話を聞かれたときみたいに、こいしはハチを撫で繰り回して機嫌をとりなそうとしていた。言葉がわからない生き物は子供だけじゃないし、そういった生き物にだって雰囲気くらいは伝わってしまう。そういうとき子供だったらうろたえて、泣いたりして反抗するだろうし、それは犬にしても同じで、もっといえばやつらなら噛み付いてくるかもしれない。そう、ペットなんてきっとそんなもので、好悪に関わらず襲い掛かってくるのだ。暮らしにしてもそうだ。
「よしよし。かわいいハチ、私はあなたが好きよ」
しかしハチは動かない。しかしただそこにあるというだけで、こいしが必要とするその役割を果たしている。もしもこんな、そこにいるだけで愛される存在が実在したとしたら、果たしてそいつにとっての暮らしは愛すべきものなのだろうか。つまりそれが鳥かごだろうがチャッピーだろうがカラージャービルだろうがハチだろうがなんでもいいけど、こいつに意識があるとするのは、些か残酷すぎるように感じた。なぜなら意識の続くかぎり時間は続くし、時間の許す限り暮らしは襲う。いまここに居ない雲居一輪も何かから追われるように、はたまた逃げ出すように寺を出て、こんなふうな空間を作り上げ、それを眺めるように生きている。この話の結論はとっくにでてて、それはもちろんここに暮らしはないということ。「ほらぁ、お姉ちゃんは?」だから、この問いかけへの答えもひとつだ。
「逃がしてやりなさいよ」
こいしはむうっと頬を膨らませて、いじけるみたいに目を逸らしてから七秒くらい経ったあと「わかった」と小さくつぶやいた。
そのあと夜までのあいだ、こいしはお別れ会をする、といって聞かなかった。夏の午後っていうのは長くて、本当に長くて、そのぶんだけこいしはお別れ会の企画を騒ぎ続けるからわたしは本当にくたびれた。別れをいくら盛大に楽しくしたところで大した意味はない。それはせいぜい別れまでの時間を吹き飛ばしたような気持ちになるだけで、実際にその時間が短くなってるわけじゃない。わざわざそんなことをしなくとも今は夏だ。どうせ夜は短い。
帰ってきた一輪は不調法にも鳥かごをフルーツバスケットに変え、この一日にピリオドを打った。スイカ、桃、メロン、ぶどう、パイナップル、ブルーベリー、マンゴー、いちじく、スモモ。一言でいえば果物。檀家さんからたくさんもらったらしい。こういうときにいう言葉といえばハイホーと決まってる。ハイホーハイホー。
……。
…………。
………………。
そんなことを言ってるうちに忙しなく日々は流れて、とにかく長い夏も残りわずかだ。色んな事があったような、なにもなかったような。とにかく、雲居とこいしと過ごした時間は、例えば……いや。いい。
とにかく、そう。悪くなかった。
8
この世で何が起ころうとそれは私に一切関係がない。例えば火事が起こって、それが私自身による放火による火事だったとしても、それがなんだというのだろうか。私はきっと糾弾されて、牢屋に入って、疎まれたりもするだろうけど、それと私は一切の関係がない。何故なら放火も投獄も何一つとして私に抜本的で根本的で革命的な変化を与えることはできないから。何をしても変わらない。そんな幻滅の数々が過ぎた時間を計る尺度で、これからを予測する指標だ。金魚が赤かろうが黒かろうが、それは金魚には変わりない。金魚の用途は掬われること。ただそれだけ。
暗い場所がきらいだった。その空間が狭いのか広いのかの判断がつかないから。かといって、狭い場所が苦手だとか、逆に広い場所が好きとか、そういうわけじゃない。ただ単に自分の手足をどこまで動かしていいのかわからないことがこわかった。わたしにとって姉さんはそんな暗がりで、暗がりの観る景色なんて、どこまで行っても暗いに違いないのだ。だからわたしは……。
パッと夜空が明るくなった。遅れて爆音が響く。雨雲の中に大きな火花が散る。花火会場は雷雨に包まれていた。
辺りはびしょ濡れ、草履は泥まみれ、傘は開かれているだけで用を成していない。どこかではぐれたのだろうか。雲居もこいしも見つからないまま、わたしは花火を見送り続ける。雨の匂いは屋台に消されて、むせかえるような湿気が霧状になって漂っていた。霞んだ提灯は群れになって人々を運んだ。地面に割り箸が散らかっている。空から緑色が降り注いでいる。遠くで雷鳴が響いている。赤と橙、それからピンクが。それらは霞む灯と混ざって、まるであの頃の、あの街の中へとタイムスリップしたかのようだった。食べ物の匂い、人の匂い。気化したアルコールの匂い……。
こんなところではぐれても、家に帰れば二人はきっとなんでもなさそうに笑っている。ひとりだけ帰りが遅くなったわたしを待ち構えるみたいにして、外まで声が響いてくる……。それはなんとなく絶対で、わたしにはその絶対がわざとらしくて、馬鹿馬鹿しくて、やるせなかった。雨と雷の後ろで花火が散っていく。どうやら宴もたけなわ、打ち尽くさんばかりの速射連発だった。
しおれていく花火の数だけ、にわかに雨脚が弱まっていく。雨で少なかった祭客もさらに減って、提灯もぽつぽつと消え始める。
桁橋に差し掛かって、見覚えのある傘が動いた。どうやらこいしは雨と花火を追いかけたようだ。雲居はその傘を閉じて、私もはぐれちゃったの、と口を開いた。
「仕方ないじゃない。あの子ロケットみたいなんだから。そんなに睨まないでよ」
「ロケット? リードはなされた犬の間違いじゃないの」
こいしはこの祭りの掬われない金魚のようだ。反射した水風船の色とりどりを追って、見えない壁に向かって泳ぎ続ける。それに雲居はまったく無頓着でいる。毎日同じ時間に起きて、仕事して、酒飲んで帰ってきて眠るだけ。まるでそうすることが賢明とでも言わんばかりに態度だけは堂々としたままだ。今日にしても、忙しい中むりやり休みにしてこんな祭りに出向いたところ、早々に手綱を緩める始末だ。雲居の言う通り、わたしは睨んでいたのかもしれない。
「これはあの子が喜びそうだから取っただけ」
雲居は心なしか膨らんだ巾着を遊ばせて抜け抜けと言い放つ。雲居の言うこれが何を指してるかはわからないが、屋台の景品に違いない。
「金魚でもひよこでもオモチャの宝石でもなんでもいいけど。それで?」
「それでって?」
「探すわけ? あの子」
一輪は案の定痛いところを突かれたような顔をして、濡れるのもおかまいなしで橋の欄干に肘をつき、橋下の川を眺めて眉を潜めて押し黙った。一輪のそれは睨んでいるだけで、実際に何かを答えようという気はないのだろうと思った。川は祭り屋台のゴミ屑や望外の自由を得た金魚たちが流れていく。
夏祭りは楽しくて、花火はきっと綺麗だった。
たしかにわたしたちは笑いあって、こいしを真ん中に手を繋いだりもした。きれいだったね、たのしかったね。そのうちこいしが濡れて萎んだ綿菓子でも持って戻ってきて、わたしたちはきっと家路をたどるのだろう。わたしはこんな話をいつまで続けるつもりだろう。一輪には救う気も手立てさえもないのだろう。だから、黙りこくる一輪にわたしは犬みたいに言葉を捲し立てた。それはまるで襲い掛かるように。永遠なんてない。永遠なんてない。だから、雲居は聖に代わってわたしを救おうとした。そうすることによって聖を永遠にしようとした。灯りがいつか消えてしまうかもしれないということ。それが雲居にとっての暗がりだから。
「……だから、あんただって結局わたしとおんなじで。いられなくなって、逃げてきただけじゃんか」
「でも、私気に入ってるわ。この暮らし。こいしのことも、あんたのことだって……気に入ってるんだから」
「見え透いた嘘をつくなよ。そんなに金魚を飼いたければ向こうの屋台にでも行けばいいさ」
またキャンと吠えたら、一輪は諦めたように例の巾着をそっと手放した。結び目は川の流れにほどかれ、オモチャの宝石やスーパーボールがぱらぱらと零れて、水面にきらめきを散らした。うっかり眺めていたら、一輪がはあああ、と大きなため息をつくから、わたしはまた一輪の方に向き直る。一輪はもう睨むだけをやめていて、その目つきといったらもうすっかり元通りの一輪で、それはわたしを救う、なんて言い出したときよりもっと前の、戦って、へとへとになったときのあの目つきだった。不意に懐かしい目つきをみて、あのときの愉快さがこみ上げてくる。
「いやあ……もうちょっと上手くできると思ってたんだけどね」
ダメだったわ! をあんまりにあっけらかんと言うもんだから、わたしは思わずハ、と笑ってしまった。嘘と方便に大した違いはないし、嘘にだって本当の意味を込めることもできる。だからこれは嘘だけど、わたしだって雲居のことは気に入ってる。姉さんとふたりで遊びまわったあの日々のなかでは、雲居、雲居一輪は比較的マシなやつだったから。
「もういいわ! わかったわよ。もうやめる!」
「でもあんた、わたしはいいけどさ。あの子のこと、どう責任取るつもり?」
一輪はいつも大きな雲にまとわりつかれていて、いつも大きな声で喋って、いつも大きな音を立てて歩く。遠目でみれば幸せそうなやつだけど、近くでみるとあまりに不幸だ。こいつに憑りついた大きな信心はどうしていつも雲居の歩みを重くしてきたことだろう。それでも、一輪はあっけらかんと伸びをして、それから「わかってるわよ」と不敵に笑った。それから、雲居はわざとらしく肩を組んでくる。雲居は酔うとよくこれをする。そしていつも自信満々になにか言う。今回は「お金儲けでもしてみましょうか」と、そう言った。
そのあと、濡れ鼠になったこいしがひょっこり戻ってきて、探してたんだから! なんて息巻いた。けど、わたしたちと言えばこれからの悪だくみに夢中で、せっかく見つかったこいしには目もくれずにふたりで話し続けた。こいしはどこで拾ってきたか屋台のオモチャをとっかえひっかえしてわたしたちの気を引こうとしたけど、もちろん無駄だ。こいしはむーっと膨れてわたしたちの服を引っ張ったりわたしたちの間に物理的に挟まろうとしたり忙しなく動きまくった。無言の抵抗はしばし続いたが、いよいよ音をあげて抗議を始めた。「ねえ! ねえねえねえ!」でも悪だくみは止まらない。計画が悪だくみに変わったら止まらない。それはいつだって、誰だってそうに決まってる。「ふたりで私のこと無視して! ひどいよ! もしかしてないんだ? 罪悪感!」ない。悪だくみはあらゆる価値観を踏み倒せるだけの大義があるのだ。
「もおおお! なんなの! ふたりでなんの話してるのさー!」
立ち止まって頬を膨らませるこいしに振り返って、わたしは近付いて笑いをこらえながら言葉を突き付けた。
「わたしたちね、あんたを誘拐することにしたんだ」
言い終えると思わず吹き出してしまって、後ろのほうで一輪も手を叩いて笑い始める。こいしは口をあんぐりさせて目を輝かせては笑った。
「なにそれ! 超、超、ちょーこわいんですけど!」
夏祭りは楽しくて、花火はきっと綺麗だった。変わることは終わることで、終わることは始まることで、始まることは変わること、それはいつまでも変わらない暮らしのちっぽけな一部で、今回も、単に目の悪い犬が襲い掛かってきたって、それだけの話になるのだろう。帰り道はすこし肌寒いような感じがして、わたしたちは馬鹿みたいに手を繋いで歩いた。誘拐におののくこいしをあやすための猫じゃらしかのように、一輪は懐から線香花火を取り出した。だからまあ、この短い夜はまだ続く。少なくとも、あと僅かな夏が終わるまでは。
9
暮らしは続く。犬を飼っても、酒を飲んでも、夏が終わっても、それらが暮らしにもたらす変化など一時的なものに過ぎない。暮らしを根本的に変えることなんて誰にだって、何にだって不可能だ。だって、なにが起きてもそれは続くのだから。
わたしと一輪の企てた悪だくみは成功して、古明地こいしはおねえちゃんの作ったカレーを食べた。おねえちゃんというのはもちろん雲居でもわたしでもなく、正真正銘、古明地こいしの“お姉ちゃん”のことだ。
わたしたちはあの縁日のあと怪文書めいた手紙を用いてこいしを拉致、監禁している旨を伝えた。直接の連絡口なんて無くたって、適当な文屋に垂れ込めばそれで済んだ。連日紙面には地底の独占を論難する記事が書かれていたし、そんな古明地さとりのゴシップとあればこの平和な近頃ならあの新聞の売れ行きさぞ好調だったことだろう。【資源独占への異議か。古明地家を巡る不穏な動き】みたいな見出しで記事が飛んだら、すぐにやつの従者が駆けつけてきた。黒い猫の従者は「やり取りは私がします。さとり様は忙しいようですから」なんて舐めたことを宣うから、わたしと雲居は当然叩き帰した。居間で寝そべって雑誌を読んでいた被誘拐者、人質、拉致被害者のこいしは足をぱたぱたさせながら笑顔で手を振り、逃げていく従者を見送った。
何日かして、お忙しい身の古明地さとり本人が家に訪れた。「ひさしぶり!」と抱き着く妹をよそに、古明地さとりは雲居とわたしを一瞥して心底面倒そうに顔をしかめた。「私は家族の幸せだけを考えて暮らしているつもりです」という台詞はきっと舌打ちの代わりだったに違いない。雲居とわたしはそんな“さとりお姉ちゃん”を買い物に遣わせた。一緒に行きたがるこいしをたしなめて、自腹を切って具材を買いに行くように指示したのだ。地理に疎いのか要領が足りないのか体力がないのか、さとりが具材をすべて揃えて帰ってきたのは夕暮れだった。しかし、たとえ地理に疎くても要領が悪くとも体力がなくとも、結局カレーなんてものはそう、誰にだって簡単に作れてしまうもので、さとりが四苦八苦しながら完成させたカレーはどうして懐かしい匂いのするものだった。
「これで満足ですか?」と不機嫌そうなさとりの問いはわたしたちに向けてのものだったのだろうけど、答えたのは雲居でもわたしでもなく、満腹で大満足なこいしだった。そうして、こいしは雲居とわたしにいつもの宇宙的な手法で感謝を述べて、――そのときこいしはわたしたちをおねえちゃんと呼ぶことはしなかった。――お姉ちゃんの手を引いて自分の家に帰っていった。件のお姉ちゃんの手は切り傷とやけどでボロボロになっていたけれど、そんなことはお構いなしでこいしは手を引っ張りまくった。痛がるやつの様子には笑えた。ざまーみろ。ざまーみろ。家族だから放っておいても大丈夫だなんて、思いあがった結果のツケだ。内心で嘲っていたら雲居にぺチン、と後頭部を叩かれた。あの姉妹は皿洗いもせずに帰ったから、あとは残ったわたしの仕事だった。自分が幸せになることしか考えていないから食い終わった後の皿も洗わない。雲居は言った。
「似た者同士なのよ」
あいつの姉が油田を探し当てたなら、地底の暗がりはきっと遍く光に照らされるんだろうな。
びたびたびた、と音がする。ジャアジャアとも形容できる。蛇口から流れる水は、皿の汚れを落としてゆく。皿を汚したのが妹だろうと、お姉ちゃんだろうと、誰だっていい。皿の汚れがカレーライスのせいだろうがなんだろうが大差はない。スコップも、ショベルだって、穴さえ掘れるならばどっちだっていい。あの犬の名前がジョンだろうがなんだろうが、そんなことは些末なことに過ぎない。あいつは十六年目の夏、短い夜に死んだ。でも、あの夜が長かろうが短かろうが、それだって月と似てどうでもいいことなのだろう。結局、わたしは姉さんが犬を埋めたあと、姉さんが作ったカレーライスを食べて、皿を洗った。びたびたびた、ジャアジャアジャア。どこまでいってもわたしはわたし以外には変われない。どうせ、わたしの帰る場所は所はキッチンシンクの前なのだから。わたしは皿の水を切って、それから、水道の蛇口を閉めた。蛇口は、キュッ、と鳴って、わずかばかりの水滴を溢して死んだ。
「おんなじよ。どっちだって……」
たぶん、わたしは、ハ、と笑った。あの犬のわらったようなあの顔をふと思い出して、窓から差し込む夕暮れはさっき見送ったはずの姉妹の姿を想起させる。橙のなか手を繋いで歩く姉妹はまるで映画のワンシーンみたいで、同時に憧憬のようでもあった。
姉さんが怪我をして、わたしが心配して声をかけると。姉さんはよく「痛いだけだから」といった。喧嘩して、もう家を出ようと決めたとき、姉さんは「悲しいだけ」という。私には姉さんにとってのそれっぽっちが耐えられなかった。私と姉さんが映画のように抱き合うなんて、きっと一生できないだろうな。じゃあ姉さんは誰と笑い合うんだろー。なんて、考えてるうちに最後の一皿が洗い終わって、その一皿はわたしが雲居の家でやるべき最後の用事でもあった。家を出る前、雲居は今度は背中をバチンと叩いた。「寄り道しないで、すぐに帰るのよ」と、雲居が言った。「あんたに言われたくないね」言い返すと、雲居は「これは布教よ」と自信満々に言い張った。布教活動ってのは仏教において正しい姿勢なのだろうか? わからないが、とにかくわたしは家を出た。
それからしばらくどうしてたっけ。適当な暮らしの繰り返しに決まってる。
終
わたしの暮らしはまるでギャンブルのようなもので、それはパチンコだったり競馬だったり、サイコロだったりルーレットだったり、もっと大きな仕組みのトトカルチョだったり。種類はいろいろで賭ける金額もばらばら、何で勝負したっていいし、勝ってもいいし、負けたっていい。物の価値がどんな暮らしをしてきたかで決まるなら、わたしにだってこれは当たり、と思えるくらいのことはたまにはある。例えばそれで国ひとつ作れちゃうほどの額を儲けたとして、わたしは勝負を降りることはできない。国ひとつ作れちゃうほどの額を儲けたとして、できるのは今度は何にどれくらいの額を賭けるかを決めることだけだ。せっかく手に入れたから失いたくない。ここは手堅く細かく堅実に賭けていこう。そう決めてもいい。こんな大きな額を得たんだ、もっと大きな勝負をしようじゃないか。なんて強気になってみてもいい。大きく賭けても小さく賭けても勝負は終わらない。負けて、負けて、すっからかんになったらまた、シェルターを探すみたいに次の賭場に潜り込んで勝負を続ける。誰かの隙間のなかで暮らすというのはそういうことで、わたしはそれ以外の暮らし方を知らない。使いみちのない金のために熱くなったり、冷や汗をかいたり、青ざめたりもする。そんなふうに、泣いても笑っても最後が来ない永遠みたいな夜の縁を渡り歩いて生きてきた。だけど。
それでもたまに、本当にごくまれに、ハッとするみたいに、初めて意識に気がついたみたいに。ふ、と、ハンドルから、馬券から、サイコロから、チップから、手が離れてゆく瞬間がある。それはごく自然に、さも当然起こることのように訪れて、その瞬間、わたしは世界のすべてから浮いたような、つながったような不思議な気分になる。さっきまでだって色づいていたはずの世界がなんだか鮮明に感じられて、ひとの、暮らしの、空間の、世界の匂いがわかるようになって、永遠みたいな夜の縁は単なる思い過ごしみたいに遠くなって、わたしはふらふらと外へ歩き出す。そして、これにはわたしは苦笑してしまう。ふらふらと出てきてみればどうしたことだろう、世界は恐ろしく広大に回っていることに気がつくのだ。たとえるなら、どうだろうか。映画館でて真昼間、みたいな感覚になる。でも実際、そのときの空の高さについては筆舌しがたい感動を覚える。吸い込まれていくような空の青、風に運ばれてくる草木の音、清々しいようで、まとわりつくような空気の感覚……見とれているとすぐに陽は落ちて、わたしはなんだか泣きたくなる。
夕景、燃え盛る雲の群れ。気怠い脚をいじめるアスファルト、遠くの空の深い藍。どこかで子供が泣いていて、ふいに懐かしい匂いがすると、世界はしんと静まり返って、わたしはそこで足を止める。姉さんが暮らすアパートからはいつもカレーの匂いがした。
玄関を開けると姉さんは居た。大きな反応もせず、首だけこっちに向けて、驚いたように目を丸くする。その動きすらすべてが緩慢で、みているとイライラしてしまうから、わたしは特に挨拶もせずに靴を脱いで、買ってきた具材の入った袋をキッチンに乱暴に置いた。
「あ、だめだよ。だめ……。だって、私が、私がじょおんのために作ってあげる、カレーなのに……」
「嘘。姉さんは自分が食べたいから作ってるだけだったじゃない。だからわたし、姉さんの作るカレーライス、だいっきらい」
久しぶりに聞いた姉さんの声は相変わらずとろくさくて、喋り方にしても「……じゃあ、私もじょおんの作るカレーライス、きらーい……」といった感じで、話しているとすごくむかつく。
「好きでも嫌いでも、なんでもいいけどさ。姉さんは間違ってるよ。わたしが作ってるのは、カレーライスじゃなくて、ライスカレーだし」
なにがちがうのさ、と姉さんは言った。食べ終わるころには夜が来ていたから、狭い部屋には当たり前に明かりが灯った。
本当のところ、違いなんてわたしにだってわからない。ショベルとスコップにしても、実は竹と笹にしても、カレーと、ライスカレーにしたって。だって、世の中にはそばとうどんが同じだってやつもいるし、花火と聞いてだいいちに思い浮かべるのが線香花火のやつもいる。あの犬がジョンだったろうが何だったろうが、この記憶はもうずっと単なる一つの傷に過ぎない。ふとした拍子に襲いかかってみじめにさせるのがトラウマだというのなら、わたしにとってそれは思い出と大きな違いはない。皿を洗いながら、背中を向けたまま、わたしは口を開く。
「お姉ちゃん。油田を掘ろうよ。そんで、わたしたち幸せになんの。いいでしょ?」
だからこれもきっと、忘れられないトラウマになるのだろう。
聖の教えを体現することで永遠にしようとする一輪の魂に熱量を感じました
家出しておいて戻ろうとする響子も気まずそうでよかったです
こいしも笑って帰っていったし
女苑も何も変わらなかったなりに得たものもあったように思えました
最後は収まるところに収まったようでよかったです