Coolier - 新生・東方創想話

無人島に一つだけ持っていくとしたら?

2026/02/10 17:38:13
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 捕まることは何度もあったが、こういう法廷らしい施設に連行されたことは意外となかったな、と正邪は思った。
 正邪は発言台の前に立たされていて、対面のかなり高い位置にある裁判長席から映姫が見下ろしている。両脇には弁護人も検察も席は設けられていなく、映姫側の席にも二人目以降の枠はない。つまりは「法廷」と聞いて思い浮かべるような内装を極度に単純化したような場所がここということだ。ただ部屋の形が直方体ではなく球形ということだけは異質だが。
 映姫は革張りの、華美な装飾を排した玉座みたいな椅子に座っていた。正邪は立たされている。現在置かれている状況全てが面白くないが、まずここの格差は是正されて然るべきと考えた。
 それが発言台に腰掛けようとした理由だが、実行した瞬間に尻に烙印を押し付けられたような激痛が走り、正邪は思わず悲鳴を上げて倒れた。
「家具の材質の基本は(エンジュ)
ですが、漆に魔除けになる薬品を混ぜたものを塗っています。法廷の、特に被告側というのは『色々な』人妖の利用が想定されますので、道徳心に訴えるよりも礼を失した行動をさせないあるいはすることが損になる構造にしておくというパターナリズム的な対応が効率的なのです」
「ああそうかい。御高説どうも、だ」
 正邪は親指を下に向けた。部屋の上下がひっくり返り、正邪が上、映姫が下に……なるはずだった。
 確かに数秒だけ立場逆転の景色は見られたが、まるで正邪の能力が聞いてないかのように正邪と発言台は下向きの重力で押し込められ、一方映姫は球の形に曲がった壁を滑るようにして「正しい」位置に戻った。背もたれが大きい椅子に座ったままそうしたので、どこぞの秘神のような見た目だった。
「これも、パターナリズムとやらか」
「いいえ。部屋が球体なのは法廷の完全性を表現するための美術的意図です。しかし、ひっくり返す行為の対策にもなるのですね。そのようなことをする者は今までいなかったので気が付きませんでしたよ」
「二人目がいてたまるか」
 正邪は発言台の裏で胡座を組んだ。台は座れないようになっていたが、「台以外の場所にも座るな」と言われたわけではない。それに、自分が下で尊大椅子裁判長が上という関係は変わらない。なんなら自分が下がる分よりはっきりして礼儀正しいじゃねえか。なにより、座って発言台を遮蔽にすれば顔を見なくて済む。せいせいするね。
「気は済みましたか」
「全く」
「重畳。では本題に入りましょう」
 正邪は唾棄した。
「判決ですが……」
 映姫の声色は全く変わらず只々単調なままだ。正邪が隠れて何をしようが無関係。否、高所をとって見下ろしているので、正邪が胡座をかきたった今唾を吐いたという動作は全部見えてるのだ。見えているからこそそれは想定の内側のことでしかなく反応に値しない。映姫はそう白黒をつけていた。そしてこういう無視が正邪のような存在には一番堪える。
「へえへえ。どうせ勿体ぶって主文後回しにして最後に死刑とか言うんだろ?」
「貴方は自分の行為が死刑に値するものだとお思いで?」
「そうだったらいいね」
「異変が起きるたびに首謀者を絞首してたらそのうちうちの部下の死神が正式にストライキを起こし始めるでしょうね。元々ストライキをしているようなものですが。まあ、つまり、死刑ではないということです。残念でしたね」
 正邪は胡座のまま上体を後ろに仰け反らせた。少し気が変わったのだ。この閻魔、割と感情に高低のある面白いやつらしい。どんな顔で話してるんだと興味が湧いた。
「ですが常習犯である、ということを鑑みて今回特別な刑罰を受けてもらうことになりました。よかったですね」
 しかし、映姫はそんな興味を一瞬で喪失させるような仏頂面で、感情に高低のありそうな内容を感情に高低のなさそうな平坦な声で話しているだけなのだった。正邪はさらに顎を上げて天井を話し相手にすることにした。
「その特別な刑罰ってのはなんだ。わざわざまともな法廷に呼び出されてる時点であまりの特別待遇に涙も出るってもんだが」
「流刑です」
「は?」
「ですから、流刑、それが今回貴方に科される刑罰です」
 正邪は映姫の発言が聞き取れなかったわけではない。「流刑」とはっきり聞き取れた。流刑とは島流しのことである。だからこそ意味が分からなかった。幻想郷の地理条件、海のない内陸の狭い空間という性質を鑑みるならば、島流しほど実現困難な刑罰はないのではなかろうか。なんで刑罰を受ける側がその実行可能性を気にかけなければならんのかという話ではあるのだが。
「配流先が島でなくても流刑は成立します。史実の例で言えば、源頼朝は伊豆に流されたことがあります。つまり、地理的に帰還が困難な行先があれば成立する刑罰なのです。歴史的に島が多く使われたのは海こそが最大の要害だからですが、この幻想郷という世界において、海にこだわることはないでしょう」
「どこに送ろうってんだ。月か?」
「そんな外交問題になることはしません。ここから近場ですよ。三途の川には実は一カ所中洲がありましてね、そこに送ります」
「半ば死刑じゃねえか」
「比較的大きい中洲でして、蘇鉄(ソテツ)
や椰子が生えています。川には魚も泳いでいますし、生き延びるには困りませんよ。ヨモツヘグイにはなりませんのでご安心を。牛鬼のお墨付きです。それに」
 映姫の声が少し歪んだように正邪には聞こえた。
「ここからが重要なのですが、一つだけ持っていくものを指定することができます。それを用いて刑期満了までの生存を確実にしても、なんなら脱出しても構いません。刑期満了、幻想郷側の年数にして五年経過するか、その前に島から脱出して此岸(この世)
に到達した時点で刑罰は終了となります」
「なんだかゲームみたいだな」
「そう、ゲームです。これは。ただし、ゲームとして楽しむのは貴方ではなくその他全員です」
「前みたいに追っ手でも来るのか?」
「そういうのではありません。別に貴方に対する妨害要素はありませんが、どうやら『何週目に脱出できるか』で賭けが行われているらしいですね」
 映姫の声がまた歪んだ。
「見世物扱いかい。あんた、『白黒はっきりつける』んだろ? これは『黒』じゃねえのか?」
「刑罰の目的の一つに、犯罪を抑止を抑止するための見せしめという側面は間違いなくあります。これは決して前近代的、野蛮な考え方というわけではなく、合理的な司法制度が導入された社会であっても犯罪者の更生を目的としない無期刑や死刑が存在し得ます。加えて言うならば、幻想郷という地に根付く倫理規範においては、紛争の解決を遊びの延長として行うことはむしろ積極的に肯定されます。貴方が一番そのことは身に染みているでしょう?」
 かつて追っ手から逃げ延びていた日々も、映姫(他含め全員)の視点だと鬼ごっこのような遊びだったのだろうか。
「私個人の意見としては、斯様な見せしめは『非』ですが。しかし、外野が本件で賭博を始めることを止める権限がこちらにない、そういう悪法もまた法なのです」
 映姫がかつての逃避行には関わってこなかったこと、そしてさっきから時折声を歪ませている理由が正邪にはなんとなく分かった気がした。
「あんたに要求しても無駄かい。その具合だとオッズも分かんねえんだろうな」
「当然。分かっていたとして、貴方は競馬で言えば馬の側なのですから、賭けに加わることはできないでしょ?」
「知ってれば大穴狙いで動くことができる。明かせる鼻は多ければ多いほどいいからな」
「さいですか」
 映姫は心底興味ないという調子だった。常に平坦な話し方でこの感情を込めることができるのは話術だ。
「なあ、あんたがもし、万に一つ、億に一つ、いや垓に一つだ。垓に一つ賭けに参加するとしたら」
「賭け事はしません」
「お固いなあ」
「賭け事はしませんし、賭け事をしなくとも貴方が言おうとしてたであろう問いに答えることはできますよ。『賭けるとしたら何に賭けるか?』でしょう? 貴方を配流する側なのですから脱出されたらその権威に傷がつきます。そう安々と脱出できない場所を選んでますよ」
「……なあ」
 正邪は神経質に肩を揺らした。
「なんですか」
「聞いたことがある。三途の川は生きている者にとっては無限の幅だと。距離を操る死神がそちらにいるとも聞いている。脱出不可能な場所に押し込んで『はい勝った』とか言うんじゃないだろうな」
「幅の話はデマですよ。普通の人間や半人半霊が生きたまま三途の川を超えて異変解決に向かった例もあります。それに、本当に距離が無限だったら貴方を生きたまま流すのに困るでしょう? 往路が有限の距離な以上復路も有限です。後者に関しては……気にしなくてもいいんじゃないですかね。私が頼んだとしてもあいつは仕事しません」
「つってもなあ、道具一個だろ?」
「試験はしてますよ。脱出が本当に不可能だと今度は刑罰として不当に重すぎるという話になるので。霊夢に協力してもらいました。陰陽玉だけ持っていって、開始から三時間後には戻ってきました」
 正邪は舌打ちした。人選ミスだろそれ。そりゃあ霊夢なら一瞬で脱出するわ。もっと出てこれるか怪しいラインで実験しろや。
「霊夢も怒っただろうな」
「とても。謝礼は弾んだんですがねえ」
「金額以外の全部が駄目だったんだろうさ。そういう諍いごとには詳しいんでね。なんとなく予想はつく。しかし、持っていけるのは一個だけか……」
 正邪はそわそわし始めた。
「どうしました?」
「確認するが、持ち込める物は一個だけなんだな?」
「はい、一人一つ。今後複数犯の場合に援用できるようそういう規定になってます」
「それじゃあ……その、服は……」
「何を期待してるんですか?」
「何も期待してねえよ!!」
 正邪は顔を真っ赤にして声を荒げた。
「普通に服は着用してですよ。いつ全裸が川を超えて出没するかも分からない中、最悪年単位での警戒を余儀なくされるこちらの事情も考えてください。ああ、だからといって服に仕込みをするのは当然なしです。身体検査で不正があったら囚人服に着替えてもらいます」
「身につけているもの以外で一個か」
「厳密にはそうですね。例えば唐傘の傘を剥奪して体側だけ、というのはあまりに不公平なので」
「あいつがこの刑罰を受ける未来が来ると思うか?」
「思いませんね。貴方もあの子くらいに善良な一市民であってくれればいいのですがねえ」
 無理な相談だねと正邪は思った。そもそも「善良な一市民」なんてのは妖怪にとっては賛辞と真逆にある言葉だ。例えそれが「『妖怪は人間を怖がらせ人間は妖怪を退治する』という幻想郷の秩序を最もミニマムな形で体現している模範的妖怪」という意味を含意しているものだったとしても。
「ま、どうせ私にゃ関係ない話だね。持っていく物の方が大事だ。なんでもいいんだな?」
「なんでもとは言ってません。極端な話、『世界をもう一個持っていく』とか言われても困るわけです。貴方が必要以上に不利になることがないよう、持っていけるいけないは予め判断しますが。島に行ってから『やっぱり無理でした』にはならないのでそこはご安心を」
「なんだ、世界は無理か」
「持っていこうとしてました?」
「似たものなら」
 映姫はため息をついた。
「しかし、世界が無理で陰陽玉が可となるとその間だな、持っていけるものの上限はどこになるんだ?」
「具体例を挙げてもらわないことにはなんとも言えませんね。厳密な規定があるわけではないのです。あくまで大きすぎるものや概念は転送術の手に負えないというだけなので」
「じゃあ例えばだ、『島から此岸までの長さの橋』」
「それだと……ざっと五年後到着といったところでしょうか」
 正邪は口笛を吹いた。これでは坐して刑期満了を待つのと変わらない。
「手持ちできる道具くらいまでならまとめて輸送するので島への到着した瞬間から使えますが、それより大きなものとなると大きければ大きいほど加速度的に所要時間が増えていきます。それも加味して持っていくことを決めることをお勧めします」
 本が閉まる音がした。映姫が台帳か何かを閉じたのだろう。
「明日同じ時間にここで、貴方が何を持っていくのか確認を行います。それが完了次第直ちに移送準備を開始します。明日までの時間は房で過ごしてもらいますが、それで構いませんね?」
「あー、実は叔母が危篤で」
「叔母なんていないでしょ。いたとしても拒否権はないのですがね。規則上形だけ聞くことになってるのです。ということで房に案内します」
 正邪は突如空間に出現した筵と縄に簀巻きにされた。


***


 簀巻きの中で暴れてたような気もするし、存外従順だった気もする。移送されてた記憶はすっかりなく、気がつけば簀巻きにもされていない状態で独房に転がされていた。もしかしたら筵の出現と同時に催眠ガスでも撒かれてたのかもしれない。
 独房は割と普通の部屋だった。ベッドもあればちゃぶ台型の机もある。出入り口ではなさそうな扉がいくつかあり、クローゼットやらトイレやらも内蔵されてるらしい。そして何より部屋は方形だ。上下を切り落として床と天井を一応作ったような球形の部屋ではない。
 正邪は恐る恐る机に腰掛け、それに魔除けは特段されていないことを確認した。続いて部屋を上下にひっくり返したが、家具の類は全部固定されてるらしく、思ったより派手な事態にはならない。とはいえささやかながら爪痕を残してやろうとこれは元には戻さず、床置きになったランプの近くに座布団を敷き過ごすことにした。ランプの火は今の重力に反する向きに垂れ下がっていた。
 座布団の上でじっとしていると、自分はここに宿泊しに来たのではなく刑の執行までのあとおよそ一日の間留置されてるに過ぎないのだということを思い出した。それを思い出すと(正邪基準で)そこそこいい部屋に泊まったというだけの旅気分なんて一瞬にして吹き飛び、陰鬱な気持ちが感情を支配した。
 正邪は今年の元日に神社で引いた御神籤のことを振り返った。元日に神社に行きしかも御神籤を引くとかどうした天邪鬼、と思うかもしれないが、この神社とは守矢ではなく博麗の方ということで、天邪鬼故の行動というのは明白だろう。
 問題はそこで引いた御神籤だ。
 今年、厳密には去年の途中から、博麗神社の御神籤は「幻存神籤」というのに新しくなった。幻想郷の人妖、神格が題材になっているのだが、正邪は正邪の御神籤を引いた。大凶だった。
 神籤の種類、二百とはいかずまでも百以上はあっただろう。つまり、よりにもよって一分未満の確率で自分自身の神籤を引いたのだ。そして、今年の運命を占う神籤が大凶だった。
 「自分を題材にした御神籤が大凶だった」ならここまで苛立たしくはなかっただろう。むしろ「よく見ている」と笑い飛ばす話ですらある。が、「自分で自分の御神籤を引いた」「引いた御神籤が大凶だった」と起きた事実を一個一個の要素に分割した場合、逆に「引いた御神籤が自分自身のもので、しかもそれが大凶だった」と全てを一度に受け止めようとした場合、途端に怒りが湧いてくる。ああそりゃあ私が題材なら大凶でしょうねえ。んなこと自分が一番よく分かってんだよ。せめて引く御神籤くらい他の奴のであれや。
 結局、あの瞬間に自分の運勢は決まったんだろうなと、現状を振り返ると思わざるを得ない。見事に転落人生。転落したから捕まって無人島に流刑になりそうになっているのだ。まさか放浪の更に下の段階があったとはね。いやそれは前に逃避行したときに気がついていたな。
 とにかく現状はお先真っ暗ということだ。クソがよ。
 正邪は暴れた。特に誰かが止めに来るといったことはなかった。この部屋で人が暴れることなど日常茶飯事なのだろう。そういうことをする輩を入れとく場所だ。だから家具は相当頑丈で、一見ガラス製のランプにもヒビ一つ入らないということだけが分かった。
 昂ぶった気分が放出されるとむしろ元より下がる、というのは人妖に共通する性質で、暴れた後の正邪は微妙に虚無の気分になっていた。結局、今年は何やっても無理な年なんだから来年以降に脱出すればいいじゃないか。持っていく道具も、カレンダーとかいいんじゃないかな。来年の元日が分かる。
 正邪はそのままふて寝した。


***


 この独房にないものの一つが採光用の窓で、故に目が覚めた正邪はまず時間がどのくらいかを知りたがった。
 幸い、あるものの一つが時計だったから、今が六時ということが分かった。問題は午前か午後かということだ。午後ならまだ余裕があるが、午前ならば残された時間はそう長くない。
 床におにぎりが二個置いてあった。これは朝食なのか夕食なのか。
 分からないのなら、対処可能な範囲で最悪の事態を想定すべきというのが正邪の信条だった。なので正邪は慌てることにした。やべーな。そろそろ何を持っていくのか決めないと。
 今の正邪と少し前の正邪を隔てるものがあるのだとすれば希望の有無だった。どうせ今年は駄目だから来年に備えてカレンダーでも持っていこうとか考えていた敗北主義者もどこかにいるらしいが、あくまで迅速な脱出を目指すべきなのである。流刑は終身刑ではない。源頼朝、後醍醐天皇、ナポレオン、流刑先から脱出して偉人扱いされた人も大勢いる。鬼人正邪よ、英雄になれ。
「あいつは陰陽玉を持っていったんだったか」
 正邪も、血に飢えたやつならば心得があったが、知る限りそれは投擲した場所に瞬間移動するという道具だった。霊夢はどうやって陰陽玉で脱出したのだろうか。もしかしたらあいつはとんでもない遠投の使い手なのかもしれない。十分あり得る話だ。
 いや、霊夢の強さ考察はどうでもよくて、今考えるべきは脱出の道具の確保だ。陰陽玉が微妙なら傘はどうだろう。唐傘じゃなくてスキマ妖怪の。無法さなら陰陽玉より上だ。
 と、道具について色々考えると、あのとき引いた御神籤の一節が頭に蘇ってきた。

 唯一の味方。道具は裏切らない。

「鬱陶しいんだよ!! どれだけ私の運命に干渉したら気が済むんだ!!」
 正邪はまた暴れた。


***


 正邪の、新しく痣がついた手の甲を映姫は一瞥したが、特に何かそれ以上の反応を示すことはなかった。正邪の「行儀の悪さ」は相変わらず想定範囲内なのだ。
「持っていくものは決まりましたか?」
 事務的な口調で映姫はそう問うた。正邪は中指を立てている。
「いらねえ」
「ほう?」
「……聞こえなかったか? はっきりと、もう一度言ってやる」
 正邪は息を大きく吸った。
「道具なんていらねえ!! 自分自身だけで十分だ!! それで島から脱出してやる!!」
「なるほど、それが結論でよろしいのですね?」
 映姫は表情筋一つ動かさず役人然とした平坦な声を続けた。この凡そ二日間で正邪は確信した。オレ、コイツ、キライ。
「念押しされてビビる軟弱者とでも思ったか。二言はない」
「分かりました。それでは準備を……」
 正邪は肩透かしを食らった気分になったが、ふと映姫の顔を見ると、一見能面のような仏頂面の奥に、嗜虐的な笑みが隠れているように思えた。その表情は公正な裁判長らしくはないが閻魔らしくはある。正邪は背中に一筋の汗が落ちるのを感じた。


***


 正邪は砂浜で目を覚ました。随分と乱暴な移送だったらしい。
「あるいは夢見心地の極楽旅路ってことかね」
 正邪は鼻を鳴らした。囚人服になっている。そういうところだけはしっかりしやがって。
 浜には緩やかに曲がったヤシの木が一本だけ生えていた。話が違うじゃないかと一瞬憤慨したが、振り返ると島の内陸側が小高い丘になっていて、そこがちょっとした森になっているらしかった。石の質にもよるが、しばらく食いつないだ上で丸木舟と釣り竿を用意することはできそうだ。
 ただ一つ、予想外なことがあった。無人島と聞いていたのに、近くでヤシの実を叩いていると思しき人影が見えるのだ。正邪は正体を確認に向かった。
「おう、ようやく起きたか」
 正邪は仰天した。幻想郷にだって鏡はあるし、なんならカメラで撮られた自分の写真を見たことだってある。ヤシの実を叩いていた人物は、囚人服を着ていること以外、その姿のままなのだ。しかもその口ぶりからするに、何か知っている。
「どういうことだ」
「ん? どうもこうもないじゃないか。それより、早速だがこいつを割るのを代わってくれ」
「なんでそうなる。私はお前の下僕じゃねえんだぞ」
「下僕じゃねえか」
 正邪は激昂して正邪を殴ったが、全く同じ力で殴り返された。これが作用反作用か。
 正邪と正邪はどちらが上かを決めるために喧嘩を続けたが、正邪と正邪では実力伯仲であり、故に正邪が勝つとか正邪が勝つとかいうことはなく正邪も正邪も引き分けを認めざるを得なかった。
「チッ、あの閻魔も厄介なものを押し付けやがって」
 正邪でない方の正邪がそう毒づいた。
「だからさっきからなんなんだよ。まるで人を物みたいに」
「あー、お前はまだ気がついてないのか。私のコピーが聞いて呆れるね。おつむの回転力は引き継がなかったか」
「癪に障ることばかり言いやがって」
「そりゃお前の、私の、私達の性分だ。諦めろ。それより事情だな。まず確認するが、お前は自分こそが刑罰を受けにここに来た本物だ、そう思っているな?」
「思ってるんじゃなくて事実そうなんだよ」
「まあ待て。であるならば、『一個だけ持っていく物』についてどう答えたか、はっきりと覚えているな?」
「ああ。道具なんていらねえ、自分自身だけで十分だ。そう啖呵を切ってやったね」
「そう、私もそう答えた。少なくともここに来るまでの記憶はお前と同じだからな。で、お前がそうだったように、私はこの答えを『身一つで』という意図で言った」
 正邪は脳震盪気味の頭を振った。仮に頭の具合が万全なときに考えたとしても、何を当然なことを以上の感想にはならなかっただろうが。
「が、あの閻魔はそうは捉えなかった。存外意地が悪いねあいつは。あるいはいい性格してんだか。『自分自身を』持っていく、そう解釈したらしい。私がここで目覚めてしばらくして、お前が突然転送されてきた。流石に、お前とは違い頭脳明晰な私でも」
 百歩譲ってお前が頭脳明晰なら私も頭脳明晰なんだよ。
「頭脳明晰な私でも状況の理解にしばらく時間がかかったが、ヤシの実を叩いてて気がついた。お前は私が注文した『無人島に一個だけ持っていく物』だ。実現可能だったんだろうな。人も妖怪も気軽に分身する世界なんだし、まして閻魔ならそういう術を使えてもなんら不思議じゃない。とはいえ流石に人一人となると確保と転送に時間がかかるらしい。それはルールの範疇だから受け入れるしかねえな。だから結論お前は物」
 「さあ割った割った」とこの正邪は囃し立てたが、言われた正邪からしてみれば誠に不服だ。渡された石でヤシの実ではなくもう一人の脳天をたたき割りたい気分だったが、流石に一人目の方の正邪も注文した物が制御不能ということは学習したようで防御体制をとっている。
「私は私だ。当然お前と同じことを答えたさ。そいつはどうなった。これはあまりにも不公平じゃないか」
「そんなの知らね……え……よ……。おい、なんだあれ」
「それで注意を逸らせて不忠な下僕を処分しようってか? 悪いがその手には乗らないね。お前が一番よく分かってるだろ? 私は注意深いんだ」
「そうじゃねえよ。あれを、見ろ」
 正邪の指が震えていた。これは演技では出せないね。正邪にもそれが分かったから、従って指の方向に振り向いた。
 正邪曰く、「あの辺りの砂が一瞬光った」らしい。そしてそこには意識不明の妖怪が一人。囚人服を着た正邪の姿。
 何やら非常によくないことが起こりつつある。正邪達はそう直観した。
あるいは正邪でいっぱいの島
東ノ目
https://x.com/Shino_eyes
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コメント



0.簡易評価なし
1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.100福哭傀のクロ削除
無人島に持っていくものからドラえもんの宿題の話(もっと言い方がある気がするけど)の形にするか……。どっちも題材自体はよくあるけど、掛け合わせとそれを違和感なく進めたところがお強い。無限に送り込まれていく正邪は、野垂れ死ぬなら何とでもなりますが、脱出するなり刑期を終えるなりするとどんどん娑婆に放流されて……でもそのあたりは対策考えているか。他に何もない場所で自分を見つめなおす(直喩)というのは、ある意味では反省という面で正しいのに、正邪ですからね。無駄ですね。大勢いてもひっくり返して、ひっくり返して元に戻ってまたひっくり返してになるゆえに群れるのにあまりにも向かない。3か月。次の例大祭までの見世物になってもらおうという希望を込めて
3.100くろあり削除
「自分自身を要求した正邪」が出現した瞬間に「次の正邪」の出現が確定するとすれば、例え既存の正邪を根絶やしにして、次から次へ湧いてくる正邪をシラミ潰しにしたとしても、島を溢れ返す正邪の増殖を食い止めることは絶対に不可能になる。三途の川中流を埋め尽くした鬼人正邪はいずれ彼岸と此岩を同時に侵食し、全幻想少女の抵抗虚しく幻想郷中を一杯にした鬼人正邪はとうとう現実世界に溢れ出し、正邪オブザデッドの到来した世界は止まらない鬼人正邪の増量に耐え切れず、最期には全宇宙が破裂する。と思ってゾッとしました。
4.100のくた削除
本来の意味のSS(ショートショート)を久しぶりに読んだような気がする。面白かったです
5.100名前が無い程度の能力削除
オチでぞっとしました。
6.100夏後冬前削除
じきに無限増殖する正邪の食い扶持を島が賄いきれなくなって無限の正邪が殺し合って食い合うという事態になることになることを想定してたとしたら罪人を外部から見てる側は愉しいだろうなという気持ち
7.100南条削除
面白かったです
正邪がいっぱいの島とかここが天国かと思いました
8.100ローファル削除
全く予想しなかったオチだったのでびっくりしました。
映姫いい性格してるなー……と思ってしまいました。
面白かったです。