魂魄妖夢というのは、一言で言えば、芋、です。
三言に足すと、芋で、根暗の、眼鏡です。いや眼鏡は掛けてないな、でもあいつの心が眼鏡を掛けているんだよ。
────で、だよ。
誰だよ、その青い女。随分とテラ美人じゃねぇの。天女か何かか? 正気? どんだけ美人なんだふざけんなよ。顔面だけでお釣りが来るだろ、性格はドブの最悪であれよ。
よりにもよって二十四日の前日に、大事な日の前の夜に! 芋JCが謎の美女を連れて歩いてる姿を見てしまった私の出す音は荒らぶっていた。
「ん」
待ち合わせ場所にやって来た妖夢は、ふざけたことに眼鏡だった。でも芋の眼鏡じゃなくて、フレーム薄くて可愛いやつだ。ふざけ倒した春色ガーリッシュコーデだ。今、十二月ぞ? なんでお前の周りだけ桜の花散ってるんだよ、おかしいだろ。
ミディ丈のワンピースは色調淡めの桜色、のようでいて、よく見ると白に近い。桜色の光源が当たっているから、その色に見えている。肩に羽織っているケープは、天女からパクって来ましたみたいな謎素材の半透明無重力で常にふわふわ状態をキープ。
ブレスレットだとかのアクセ類も付けたりなんかしちゃって、髪型もちょっと緩めにウェーブ掛けたりなんかしちゃって、あらあらまあ、ねぇ。お足元は、ホワイトチョコで作ったお菓子みたいな可愛いデコレーション革靴。全てが可愛い。可愛いだけで出来ている。
「どう? バッチバチにキメてきちゃった」
妖夢はその場で一回転した後、私のつまさきから頭までを見渡した。
「なんかごめんね? リリカより可愛くて」
……へぇ? 煽るじゃん。
「芋がよぉ」
怒髪、天を衝く。
「はい? 私はこの通り桜の精霊さんですが何か?」
全身の可愛さでお釣りが来るだろ、性格はガキであれよ。本当にガキの煽りしてくる奴があるか。
ふふ、でも落ち着け? 落ち着きなさいプリブムリバーのリリカ。貴方は、アイドルなのだから。目深に被ったキャスケット帽とサングラスのお忍びスタイルなのだから、むしろ自主的にオーラを抑えているのですから。落ち着きなさい、本気モードの私の〈カワイイ〉は、春めく天使を余裕で超えます。
「ま、妖夢にしては良いんじゃない?」
声は上擦らなかった。余裕綽々の態度だった。
◇
今でこそ幻想郷の音楽シーンで話題を総なめにするプリズムリバーだけど、下積み時代は長かった。その当時ウチをご贔屓にしていたのが白玉楼で、そこの娘さんとは家同士の縁で子供がそうするように、疎遠だったわけでもない。所詮は家同士の縁の延長なので気が合ったわけでもない。ただ家が近かっただけ、以上、他に何もありません。いわゆる、幼馴染みというやつに近い。
小学校低学年の頃は面倒見てやったかも知れない。そこは認める。でも私は音楽系の専門学校に進んだし、お互い、それぞれ生活もあった。みたいな。
でもまあなんだかんだの腐れ縁で、会えば適当に声を掛けたし、たまに二人でどこかに遊びに行くことはあった。で、服を買いに行く時だとかは私が完全に上から目線で見繕ってやっていたのだけど、気付いたら妖夢のやつはどんどん女の子っぽくなっていった。かむろ頭の女童(めのわらわ)だった子が、ショートボブの少女って感じで、完全に別物。
遊びに行く時、私の方が服を迷うようになった。
だって有り得ないでしょ。私はこれでも〈カワイイ〉を生業にしてるんだから、素人に、しかも芋妖夢に負けるとか無い。
だから今日も、今日のクリスマスも、これでも結構気合入れてたんだ。
幻想郷にも大型ショッピングモールがある(力強い宣言)
ららぽーと幻想郷は、広大な敷地に約二百店舗を有する大型複合施設である。今はシーズン的な装飾と音楽で煌びやかだ。
妖夢の桜散りは屋内になると流石に止まった。いくらなんでも迷惑過ぎるから、それはそう。
「どうする?」
「とりあえず楽器屋」
「私もギターとか弾こうかなー」
これは確実に無理なやつだな。知らんけど。
つまらないならどっか適当なトコでも見てたら。とは言ったんだけど、結局妖夢は小一時間くらい平気で私に付き合ってた。ホームグラウンドで落ち着こう作戦はまあまあ上手く行っていて、今日のショックが薄れた分、昨日のアレがぶり返して来たりする。
昨日の女の人、誰?
──うん、無理だね。
言えるわけないね。妖夢がテラ美人と連れ歩こうが、幼馴染みの私には関係ないからね。どの筋合いで物申すんだろうね? それに仮に筋合いがあったとしてもだよ。そう訊ねる時点で、もうどうしようもない〝負け〟感がある。プライドがあれば言えないと思う。
「ねぇリリカ、G線上のアリアってGコード覚えれば弾けるもんなの?」
「アホ過ぎて付き合い切れんのだが」
「さすがに冗談だよ。Gコードってどの線?」
「Gコードはどの線ってわけじゃないんだわ」
私は平静を保っています。
あちこち回ってるのにロクに記憶に残らないのは、気もそぞろとかそういうのじゃない。じゃあ何だよ。
◇
これは前に、八雲紫から聞いた話。
それが魂魄の家の習わしなのかどうか知らないけれど、まだ這うこともしない赤子の前に、刀と毬が差し出されたのだそうだ。
赤子は、その紅葉の葉よりも小さい手で、迷いなく抜き身の刃物を握った。
この娘は、冥府魔道の住人だ。先代当主は厳かに告げたとか。
──あの子はそういう子なのよ、気を付けなさい。
訓戒の意図は、そんな所だろうか。
いや馬鹿じゃん、ビビリすぎ。というのが、私の率直な感想。大袈裟すぎる。
そもそも八雲紫って、顔面が最高の女は性格がドブと決まっているパターンの代表みたいな女だ。そんな女の言うことだから深く受け止める必要は無い。
半人半霊はまともじゃない。
白玉楼周辺ではよく聞く話だ。一番下品だったのは、死んだ女の腹に刀を突き刺すと半人半霊を宿すってやつ。だからアレは刀の申し子だ、とか続く。
わりと真実味のある噂なんだけど、だったら何なんだよ。霊の曰くなんて、大体そんなもんだろ。噂してる側も冥界関係者の悪鬼羅刹共だろうが。
「私はね、生まれた時からお姫様だったんだー」
「そりゃ結構なことね」
あたしゃ血の滲む努力の末にアイドルですよ。
「みんなみんな、誰もが私に傅いた。決して私を傷付けようとしなかったし、何でも言うことを聞いてくれた。子供ながらに、自分はこの可愛い仔たちの主人となるべく生まれ付いたのだと理解していたの」
「忠実な召使いたちは、みんな刃物の類いだったってオチでしょ」
「オチも何も、最初からそのつもりで言ってたよ」
そーですか。
「実は私、真剣白刃取りをやったことがない」
「へぇ」
「やるまでも無いんだよ。刀が私に歯向おうとしないから。ゲーム的に言うと、一定レベル以下の斬属性ダメージ無効、みたいな処理になるかな」
「ふーん」
「実は私、血を求める呪われし妖刀とかいうやつの活き活きした姿を見たことが無い。あの手のやつみんな、私がいると借りてきた猫状態になる」
「だから?」
「この距離なら銃よりも剣の方が早い。実は私、これを言ったことがある。相手は古いライフルを持っていた。スコープ越し八百メートル、唇の動きで読み取れたかな、どうだったかな」
「……だから何? それ、今する話?」
「みんな好きでしょ? 道具として育てられた女の子が人間みたいな喜びを知る話」
歩き疲れた頃には程良い時間で、今日の目玉の一つのスイーツバイキング。ランチタイム前倒しで入店したつもりだったけど、流行っているらしくて、少し待たされた。
まずは適当にクリスマス感のある季節のスイーツを見繕って、適当につっつく。そっちの美味しそうじゃん一口ちょうだい的なイベントは特に無かったと明記しておきます。ルナ姉がああいうのやらないタイプだったからかな、いやメル姉は真逆だったので、姉の影響というわけでもないんだろうけど。
「うん、美味しい。味覚がある」
どういう感想だそれ。
「いやあのさ、道具として育てられたって、妖夢の周りにそんな扱いしてたやつ誰もいなかったでしょ」
「逆にさ、どうしていないんだろうね? 私が生まれた時から完成品のお姫様だったせいかな」
「たぶんそうだよ、半人前ちゃん。あんたはあれを二択だと誤解した」
刀と毬が差し出されたのなら、両方を取ってこその一人前だろうに。
「そこに気付くとは、やっぱりリリカはすごいね。私なんて何年かかったことやら……気付いてるならもっと早く教えて欲しかった」
「自分で気付かなきゃ意味ないタイプの悟りでしょ」
かく言う私も、音楽に専念するあまり私生活ボロボロだった時期がある。だからこそ言えることもあって、妖夢の異常は異常であっても特例ではない。趣味と生活と言い換えれば、もっと普遍的な話題になる。まあ私は一人前なので、たとえ激務だろうが今こうして幼馴染みと……幼馴染みと、何? デート? は? 対外的に見るとこれデートでしかないの何なの?
「うんうん、やっぱりリリカはすごい。私といるのに、よくもまあ普通にしてられるね」
「普通って言うな。妹は姉たちと比べて地味とか言われてたのまだ根に持ってるからな?」
「〝分かってる〟のは私だけだったのに。喜ばしいやら惜しいやらで、古参ファンはつらいよ」
「古参アピうざい。他のファンの前でやるなよ」
「それはもちろん。でも忘れないでね? 貴方の一番のファンの顔を」
「ばっちり覚えてるよ、芋の顔も、前髪切り過ぎた時の変な顔も」
「それは忘れてもらって良いんだけど」
べらべら喋ってる内にスイーツバイキングは三周目に入ってる。今日はランチをすっぽかして甘味だけでお腹を満たす。固い決意で誓った目標は一つ達成したことになる。
もちろん何種類か選んでお皿の上にあるけれど、三週目のお気に入りはイチゴタルトだろうか。タルト生地がしっとり重かったのには意表を突かれた。カスタードがたっぷりで重い。バイキング向けではなかったか? との思いもよぎるけど、私の好きなタルトはこのタイプなのが憎い。
ピスタチオのミニケーキを追加する手もあったけどね。好きな物に行っときたいでしょ。
妖夢はクリスマス感の無いレアチーズケーキ。レアチーズケーキだけがぐるっと一周並べられている。こいつ、ケーキバイキング来るといつも一回はソレやるんだよな。
さて、あと何週できるかな。エクレアだけ山盛りにするやつもやりたいからね。
◇
いつの間にか時間は過ぎているし、時間で自己解決することもある。
Q:昨日の女、誰だよ。
A:八雲紫と同じ枠の女。傍迷惑系美女。
大方、そんなオチだ。
「リリカ、そろそろ時間じゃない?」
まだ夕方にもなってない。深夜零時に魔法が解けるなんてシンデレラは贅沢だ。こっちはイルミネーションが点灯されてもいないってのに。
飾り付けの見所は特に無い。ただそれは、私の気持ちがつまらない奴なせいだ。腕時計チラチラ確認しながらってのは、面白くないね。
「午後からリハだからね。元々、姉さんたちには無理言って抜けて来たんだし」
「見に行くよ。サウンドチェックから」
「いちいち言わんで良い」
知ってるよ。私たちのライブ毎回必ず来てるもんね。こいつ、私のこと好き過ぎるだろ。
あ~、も~っ。知ってるよ。こいつ私のこと好き過ぎるんですねっ。
「今夜のクリスマスライブも楽しみにしてる」
プリズムリバーは今をときめく人気バンドなので、今夜のライブはららぽーと幻想郷の特設ステージで行う。……具体的に言うと、A館1F中央広場だ。吹き抜けスペースで開放感ばっちり、本格派の音響、照明設備も整っている。場所は、すぐそこだ。さっき打ち合わせ中のルナ姉がこっち見てた。クソ恥ずかしい。
いや、時間は気にしてましたけどね、移動時間ほぼ掛かんないし、まだ余裕があるんですがね。ちょっとまだ時間あるんでデート続行しますみたいな流れではないですね?
「忙しいのに付き合ってくれてありがとう。これ以上は邪魔しないよ。一応言うけど、大丈夫だったの?」
二度も言わせるなよ。今日は特別な日だから、無理言って抜けて来たんだよ。
半月前から服に悩んだ。新品の靴をおろした。何なんだよ、これ。なんで私まで気合入ってるんだよ。きゅ、と軽めに拳を握る。別に悔しいとかじゃない。じゃあこの面白くないのはいったい何?
幼馴染みとは言え、私の方が年上で、私の方がお姉さんだった。私は上の空で、「まあね」とか言ったと思う。余裕ぶってマウント取る気の利いた一言があれば良かった。
妖夢のくせにあんたまで可愛いのは本当に何なんだ。バッチバチにキメてきた、とか言ってたっけ。キメ過ぎだよ。どんだけ気合入れてきたんだよ。新品の靴でもおろしたのかよ。芋のくせに、それをやって良いのは可愛い女の子だけだろ。つまり私の役目だ。なんでだよ。なんで私が今日のために半月前から悩むんだよ。
何か言えよ。間違っても、私の方が可愛くてごめんね? ではないだろ。
言うまでも無いだろ。私は私が可愛いことくらい知ってるよ。私は、妖夢が私を可愛いと思ってることも知ってるよ。
でもさ、言えよ。リリカが世界一可愛いよ、って。
「リリカが世界一可愛いよ?」
「……何? 急に」
「そう言って欲しそうな顔してた」
「して、ません、けど?」
別に安易に赤面してるとかそういうのじゃなくて……そうじゃないなら何なんですかね? 逆に腹立つやら何やらとかそういうのですかね。リリカが世界一可愛いのは事実だよね? みたいな真顔で言いやがってさ。
……はい、はい。もう撤収です!
「またね」「だいたい三十分後くらい?」「ライブ本番からでも良いのに」「応援してるよ。世界で一番」「やかましいわ」とか、大体そんな会話で別れました。甘酸っぱいイベント? そんなものはありません。
遅れてごめんと楽屋に入ると、メルラン姉さんがうざ絡みしてくる。「もっと遅れても良かったのにー」「デート楽しかったー?」じゃないわ。やかましい。
ん、デート楽しかった?
「…………」
妖夢のやつ、一回もデートとは明言してないんだよな。私たちがどんな関係かって、未だに幼馴染みだし。
ヘタレかよ。芋がよ。
三言に足すと、芋で、根暗の、眼鏡です。いや眼鏡は掛けてないな、でもあいつの心が眼鏡を掛けているんだよ。
────で、だよ。
誰だよ、その青い女。随分とテラ美人じゃねぇの。天女か何かか? 正気? どんだけ美人なんだふざけんなよ。顔面だけでお釣りが来るだろ、性格はドブの最悪であれよ。
よりにもよって二十四日の前日に、大事な日の前の夜に! 芋JCが謎の美女を連れて歩いてる姿を見てしまった私の出す音は荒らぶっていた。
「ん」
待ち合わせ場所にやって来た妖夢は、ふざけたことに眼鏡だった。でも芋の眼鏡じゃなくて、フレーム薄くて可愛いやつだ。ふざけ倒した春色ガーリッシュコーデだ。今、十二月ぞ? なんでお前の周りだけ桜の花散ってるんだよ、おかしいだろ。
ミディ丈のワンピースは色調淡めの桜色、のようでいて、よく見ると白に近い。桜色の光源が当たっているから、その色に見えている。肩に羽織っているケープは、天女からパクって来ましたみたいな謎素材の半透明無重力で常にふわふわ状態をキープ。
ブレスレットだとかのアクセ類も付けたりなんかしちゃって、髪型もちょっと緩めにウェーブ掛けたりなんかしちゃって、あらあらまあ、ねぇ。お足元は、ホワイトチョコで作ったお菓子みたいな可愛いデコレーション革靴。全てが可愛い。可愛いだけで出来ている。
「どう? バッチバチにキメてきちゃった」
妖夢はその場で一回転した後、私のつまさきから頭までを見渡した。
「なんかごめんね? リリカより可愛くて」
……へぇ? 煽るじゃん。
「芋がよぉ」
怒髪、天を衝く。
「はい? 私はこの通り桜の精霊さんですが何か?」
全身の可愛さでお釣りが来るだろ、性格はガキであれよ。本当にガキの煽りしてくる奴があるか。
ふふ、でも落ち着け? 落ち着きなさいプリブムリバーのリリカ。貴方は、アイドルなのだから。目深に被ったキャスケット帽とサングラスのお忍びスタイルなのだから、むしろ自主的にオーラを抑えているのですから。落ち着きなさい、本気モードの私の〈カワイイ〉は、春めく天使を余裕で超えます。
「ま、妖夢にしては良いんじゃない?」
声は上擦らなかった。余裕綽々の態度だった。
◇
今でこそ幻想郷の音楽シーンで話題を総なめにするプリズムリバーだけど、下積み時代は長かった。その当時ウチをご贔屓にしていたのが白玉楼で、そこの娘さんとは家同士の縁で子供がそうするように、疎遠だったわけでもない。所詮は家同士の縁の延長なので気が合ったわけでもない。ただ家が近かっただけ、以上、他に何もありません。いわゆる、幼馴染みというやつに近い。
小学校低学年の頃は面倒見てやったかも知れない。そこは認める。でも私は音楽系の専門学校に進んだし、お互い、それぞれ生活もあった。みたいな。
でもまあなんだかんだの腐れ縁で、会えば適当に声を掛けたし、たまに二人でどこかに遊びに行くことはあった。で、服を買いに行く時だとかは私が完全に上から目線で見繕ってやっていたのだけど、気付いたら妖夢のやつはどんどん女の子っぽくなっていった。かむろ頭の女童(めのわらわ)だった子が、ショートボブの少女って感じで、完全に別物。
遊びに行く時、私の方が服を迷うようになった。
だって有り得ないでしょ。私はこれでも〈カワイイ〉を生業にしてるんだから、素人に、しかも芋妖夢に負けるとか無い。
だから今日も、今日のクリスマスも、これでも結構気合入れてたんだ。
幻想郷にも大型ショッピングモールがある(力強い宣言)
ららぽーと幻想郷は、広大な敷地に約二百店舗を有する大型複合施設である。今はシーズン的な装飾と音楽で煌びやかだ。
妖夢の桜散りは屋内になると流石に止まった。いくらなんでも迷惑過ぎるから、それはそう。
「どうする?」
「とりあえず楽器屋」
「私もギターとか弾こうかなー」
これは確実に無理なやつだな。知らんけど。
つまらないならどっか適当なトコでも見てたら。とは言ったんだけど、結局妖夢は小一時間くらい平気で私に付き合ってた。ホームグラウンドで落ち着こう作戦はまあまあ上手く行っていて、今日のショックが薄れた分、昨日のアレがぶり返して来たりする。
昨日の女の人、誰?
──うん、無理だね。
言えるわけないね。妖夢がテラ美人と連れ歩こうが、幼馴染みの私には関係ないからね。どの筋合いで物申すんだろうね? それに仮に筋合いがあったとしてもだよ。そう訊ねる時点で、もうどうしようもない〝負け〟感がある。プライドがあれば言えないと思う。
「ねぇリリカ、G線上のアリアってGコード覚えれば弾けるもんなの?」
「アホ過ぎて付き合い切れんのだが」
「さすがに冗談だよ。Gコードってどの線?」
「Gコードはどの線ってわけじゃないんだわ」
私は平静を保っています。
あちこち回ってるのにロクに記憶に残らないのは、気もそぞろとかそういうのじゃない。じゃあ何だよ。
◇
これは前に、八雲紫から聞いた話。
それが魂魄の家の習わしなのかどうか知らないけれど、まだ這うこともしない赤子の前に、刀と毬が差し出されたのだそうだ。
赤子は、その紅葉の葉よりも小さい手で、迷いなく抜き身の刃物を握った。
この娘は、冥府魔道の住人だ。先代当主は厳かに告げたとか。
──あの子はそういう子なのよ、気を付けなさい。
訓戒の意図は、そんな所だろうか。
いや馬鹿じゃん、ビビリすぎ。というのが、私の率直な感想。大袈裟すぎる。
そもそも八雲紫って、顔面が最高の女は性格がドブと決まっているパターンの代表みたいな女だ。そんな女の言うことだから深く受け止める必要は無い。
半人半霊はまともじゃない。
白玉楼周辺ではよく聞く話だ。一番下品だったのは、死んだ女の腹に刀を突き刺すと半人半霊を宿すってやつ。だからアレは刀の申し子だ、とか続く。
わりと真実味のある噂なんだけど、だったら何なんだよ。霊の曰くなんて、大体そんなもんだろ。噂してる側も冥界関係者の悪鬼羅刹共だろうが。
「私はね、生まれた時からお姫様だったんだー」
「そりゃ結構なことね」
あたしゃ血の滲む努力の末にアイドルですよ。
「みんなみんな、誰もが私に傅いた。決して私を傷付けようとしなかったし、何でも言うことを聞いてくれた。子供ながらに、自分はこの可愛い仔たちの主人となるべく生まれ付いたのだと理解していたの」
「忠実な召使いたちは、みんな刃物の類いだったってオチでしょ」
「オチも何も、最初からそのつもりで言ってたよ」
そーですか。
「実は私、真剣白刃取りをやったことがない」
「へぇ」
「やるまでも無いんだよ。刀が私に歯向おうとしないから。ゲーム的に言うと、一定レベル以下の斬属性ダメージ無効、みたいな処理になるかな」
「ふーん」
「実は私、血を求める呪われし妖刀とかいうやつの活き活きした姿を見たことが無い。あの手のやつみんな、私がいると借りてきた猫状態になる」
「だから?」
「この距離なら銃よりも剣の方が早い。実は私、これを言ったことがある。相手は古いライフルを持っていた。スコープ越し八百メートル、唇の動きで読み取れたかな、どうだったかな」
「……だから何? それ、今する話?」
「みんな好きでしょ? 道具として育てられた女の子が人間みたいな喜びを知る話」
歩き疲れた頃には程良い時間で、今日の目玉の一つのスイーツバイキング。ランチタイム前倒しで入店したつもりだったけど、流行っているらしくて、少し待たされた。
まずは適当にクリスマス感のある季節のスイーツを見繕って、適当につっつく。そっちの美味しそうじゃん一口ちょうだい的なイベントは特に無かったと明記しておきます。ルナ姉がああいうのやらないタイプだったからかな、いやメル姉は真逆だったので、姉の影響というわけでもないんだろうけど。
「うん、美味しい。味覚がある」
どういう感想だそれ。
「いやあのさ、道具として育てられたって、妖夢の周りにそんな扱いしてたやつ誰もいなかったでしょ」
「逆にさ、どうしていないんだろうね? 私が生まれた時から完成品のお姫様だったせいかな」
「たぶんそうだよ、半人前ちゃん。あんたはあれを二択だと誤解した」
刀と毬が差し出されたのなら、両方を取ってこその一人前だろうに。
「そこに気付くとは、やっぱりリリカはすごいね。私なんて何年かかったことやら……気付いてるならもっと早く教えて欲しかった」
「自分で気付かなきゃ意味ないタイプの悟りでしょ」
かく言う私も、音楽に専念するあまり私生活ボロボロだった時期がある。だからこそ言えることもあって、妖夢の異常は異常であっても特例ではない。趣味と生活と言い換えれば、もっと普遍的な話題になる。まあ私は一人前なので、たとえ激務だろうが今こうして幼馴染みと……幼馴染みと、何? デート? は? 対外的に見るとこれデートでしかないの何なの?
「うんうん、やっぱりリリカはすごい。私といるのに、よくもまあ普通にしてられるね」
「普通って言うな。妹は姉たちと比べて地味とか言われてたのまだ根に持ってるからな?」
「〝分かってる〟のは私だけだったのに。喜ばしいやら惜しいやらで、古参ファンはつらいよ」
「古参アピうざい。他のファンの前でやるなよ」
「それはもちろん。でも忘れないでね? 貴方の一番のファンの顔を」
「ばっちり覚えてるよ、芋の顔も、前髪切り過ぎた時の変な顔も」
「それは忘れてもらって良いんだけど」
べらべら喋ってる内にスイーツバイキングは三周目に入ってる。今日はランチをすっぽかして甘味だけでお腹を満たす。固い決意で誓った目標は一つ達成したことになる。
もちろん何種類か選んでお皿の上にあるけれど、三週目のお気に入りはイチゴタルトだろうか。タルト生地がしっとり重かったのには意表を突かれた。カスタードがたっぷりで重い。バイキング向けではなかったか? との思いもよぎるけど、私の好きなタルトはこのタイプなのが憎い。
ピスタチオのミニケーキを追加する手もあったけどね。好きな物に行っときたいでしょ。
妖夢はクリスマス感の無いレアチーズケーキ。レアチーズケーキだけがぐるっと一周並べられている。こいつ、ケーキバイキング来るといつも一回はソレやるんだよな。
さて、あと何週できるかな。エクレアだけ山盛りにするやつもやりたいからね。
◇
いつの間にか時間は過ぎているし、時間で自己解決することもある。
Q:昨日の女、誰だよ。
A:八雲紫と同じ枠の女。傍迷惑系美女。
大方、そんなオチだ。
「リリカ、そろそろ時間じゃない?」
まだ夕方にもなってない。深夜零時に魔法が解けるなんてシンデレラは贅沢だ。こっちはイルミネーションが点灯されてもいないってのに。
飾り付けの見所は特に無い。ただそれは、私の気持ちがつまらない奴なせいだ。腕時計チラチラ確認しながらってのは、面白くないね。
「午後からリハだからね。元々、姉さんたちには無理言って抜けて来たんだし」
「見に行くよ。サウンドチェックから」
「いちいち言わんで良い」
知ってるよ。私たちのライブ毎回必ず来てるもんね。こいつ、私のこと好き過ぎるだろ。
あ~、も~っ。知ってるよ。こいつ私のこと好き過ぎるんですねっ。
「今夜のクリスマスライブも楽しみにしてる」
プリズムリバーは今をときめく人気バンドなので、今夜のライブはららぽーと幻想郷の特設ステージで行う。……具体的に言うと、A館1F中央広場だ。吹き抜けスペースで開放感ばっちり、本格派の音響、照明設備も整っている。場所は、すぐそこだ。さっき打ち合わせ中のルナ姉がこっち見てた。クソ恥ずかしい。
いや、時間は気にしてましたけどね、移動時間ほぼ掛かんないし、まだ余裕があるんですがね。ちょっとまだ時間あるんでデート続行しますみたいな流れではないですね?
「忙しいのに付き合ってくれてありがとう。これ以上は邪魔しないよ。一応言うけど、大丈夫だったの?」
二度も言わせるなよ。今日は特別な日だから、無理言って抜けて来たんだよ。
半月前から服に悩んだ。新品の靴をおろした。何なんだよ、これ。なんで私まで気合入ってるんだよ。きゅ、と軽めに拳を握る。別に悔しいとかじゃない。じゃあこの面白くないのはいったい何?
幼馴染みとは言え、私の方が年上で、私の方がお姉さんだった。私は上の空で、「まあね」とか言ったと思う。余裕ぶってマウント取る気の利いた一言があれば良かった。
妖夢のくせにあんたまで可愛いのは本当に何なんだ。バッチバチにキメてきた、とか言ってたっけ。キメ過ぎだよ。どんだけ気合入れてきたんだよ。新品の靴でもおろしたのかよ。芋のくせに、それをやって良いのは可愛い女の子だけだろ。つまり私の役目だ。なんでだよ。なんで私が今日のために半月前から悩むんだよ。
何か言えよ。間違っても、私の方が可愛くてごめんね? ではないだろ。
言うまでも無いだろ。私は私が可愛いことくらい知ってるよ。私は、妖夢が私を可愛いと思ってることも知ってるよ。
でもさ、言えよ。リリカが世界一可愛いよ、って。
「リリカが世界一可愛いよ?」
「……何? 急に」
「そう言って欲しそうな顔してた」
「して、ません、けど?」
別に安易に赤面してるとかそういうのじゃなくて……そうじゃないなら何なんですかね? 逆に腹立つやら何やらとかそういうのですかね。リリカが世界一可愛いのは事実だよね? みたいな真顔で言いやがってさ。
……はい、はい。もう撤収です!
「またね」「だいたい三十分後くらい?」「ライブ本番からでも良いのに」「応援してるよ。世界で一番」「やかましいわ」とか、大体そんな会話で別れました。甘酸っぱいイベント? そんなものはありません。
遅れてごめんと楽屋に入ると、メルラン姉さんがうざ絡みしてくる。「もっと遅れても良かったのにー」「デート楽しかったー?」じゃないわ。やかましい。
ん、デート楽しかった?
「…………」
妖夢のやつ、一回もデートとは明言してないんだよな。私たちがどんな関係かって、未だに幼馴染みだし。
ヘタレかよ。芋がよ。