外は身も心も凍えるような木枯らしと、絵の具で塗りたくったような鉛色で覆われているが、家の中は、囲炉裏の淡い光りにつつまれている。
それに時折、パチパチと炭のはじける音が響き、甘さと香ばしさのまじった煙が、ゆったりと天を焦がしている。
甘い匂い漂う囲炉裏のそばでは、あぐらをかいた穣子が、気怠そうに火箸で炭を突く。
炭はあっけなく割れる。
割れた炭は更に熱を帯び、その熱が灰の中のイモ達を、ゆるりと焼いていく。
イモ達は陽が昇った頃から、まるで息抜きのように、のんびりとじっくりと熱され、ほっこりすくすく育てられていた。
「そのイモはなんて名前なの」
壁にもたれかかって新聞を読んでいた静葉が、ふいに穣子にたずねる。
「大栄愛娘(たいえいまなむすめ)」
穣子がそっけなく答えると、静葉は片眉をぴくりとあげる。
「へえ。初めて聞くわね。どんなイモなの」
「幻のサツマイモだって。私もはじめてよ」
「へえ。どこで手に入れたの」
「例のあの人。ほら、あれなんだっけ、イモ好きの……。あー。名前出てこないわ」
「……もしかして、ひょろべぇもんさんかしら」
「ああ、そうそう。兵郎米右衛門さん」
「ああ、兵郎米右衛門(ひょろうべえもん)さんね。たしかにあの人、イモ百姓さんだものね」
「そうそう。名前に米ついてるのにね」
「ほんとうだわ。面白いわね」
「面白いね」
二人のまったくとりとめのない話が終わると、辺りは再び、炭のはじける音だけが響く。
それに加えて、いよいよ外の風が強くなってきたようで、時折、雨戸がガタガタと震える音が聞こえてきた。
あるいは今宵は初雪か。
□
八つ時を過ぎた頃、入り口の戸が、ぞんざいに開く音がした。どうやら誰か来たらしく、しかもこともあろうか、その誰かは戸を開けっぱなしにしているようで、外の冷たい気が家の中にまで入ってきてしまっている。
思わず二人は背筋を震わせ、お互いに目配せを送るが、やがて穣子が先に目をそらし、諦めのため息をつくこととなった。
家の中はどんどん冷えてきてしまっている。
穣子はやれやれと重い腰を上げて、気怠そうに入り口まで向かう。そして、ぶしつけに言い放つ。
「ったく、どこのどいつよ! 戸を開けっぱなしにしてんのは! めっちゃくちゃに寒いんだけど!?」
「……お、おイモさー……ん」
その消え入りそうな声に、ぎょっとした穣子が三和土を見ると、そこには力尽き倒れた、泣く子も貧する貧乏神、依神紫苑の姿があった。
穣子は見なかったことにしようと思ったが、すでに家の中に入ってきてしまっている以上、そうもいかず、そのままずるずると中へ引っ張り込むこととなった。
穣子が彼女の腕をむんずとつかむと、まるで亡骸かと思うほど冷たく、おそらく外の風にやられて、身も心もすっかり冷えきってしまっているようだった。
大方、また妹とケンカしたか、寒さとひもじさで力尽きたかの二つに一つだろうと、穣子は特に気にせず彼女を引きずった。
紫苑の体は囲炉裏のそばに置かれるが、彼女は横たわったままぴくりともせず、あるいは、いよいよ果ててしまったか。
いっそのこと囲炉裏の中に放り込めば、熱さのあまりに目を覚ますかとも考えたが、そんなことをしたら、灰の中のイモ達がかわいそうだったので、寸でのところで思いとどめる。
ちりちりとイモ達の焼ける音が聞こえた。
□
日がとっぷり暮れても風が止む気配はなく、それどころか、ごうごうと、まるで雨戸をなぐりつけるような、荒れ狂った風の音が、家中に響いている。
それこそ、何もかも根こそぎ奪い去ってしまうのではないか、と、思えるほどの嵐だ。
もしかしたら、本当に周りの木々が根こそぎ飛ばされているかもしれない。しかし、雨戸で固く閉ざされた家の中からは、それを確かめる術はなく、ただただ、その猛々しい風の音を聞き続けることしかできなかった。
夜半過ぎ、イモの焼ける匂いに包まれて、夢見心地で船をこいでいた穣子の肩を、ふいに静葉が揺する。
「起きなさい穣子。紫苑が起きたわよ」
穣子が目を開けると、たしかに紫苑が体を起こしているようだった。
彼女は、どうやらまだしっかりとは目覚めていないようで、頬をほんのりと赤くさせ、目を潤ませ、ぽかんと口を開いたまま、ぼんやりと空を見つめている。
「……もしもーし?」
穣子は彼女に呼びかけるが、まるで上の空といった具合だ。
いったいどうしたものかと、二人が見守っていると、彼女は再び、ぱたりと横になってしまった。
「ちょっと紫苑……?」
穣子が彼女の顔をのぞき見ると、さっきまでの険しい顔とはうって変わって、穏やかで、落ちついたような眠り顔だった。
「まったく、何しに来たのよコイツ……」
思わずため息をつく穣子に、静葉はふっと笑みを浮かべて告げる。
「まあ、いいじゃないの。『貧の楽は寝楽』と言うし、ほら、あの顔を見なさい。あんなに穏やかな顔で寝ているんだもの。よっぽどここが気に入ったようね」
「いや、そうかもしれないけどさあ……」
そのとき、一際大きな風が吹き荒れ、一際大きく雨戸が揺れる。
それとともに、雨とは明らかに違う何かが、ササササと雨戸に当たる音が聞こえてきた。
どうやら明日の朝は、別にこれっぽっちも望んではいないが、雪化粧した庭が拝めそうだ。
穣子はいかにも面白くなさそうに、灰の中のイモ達を火箸で突いた。
□
それからしばらく経ち、ほのかに家の中が明るんだ頃、穣子は、おもむろに灰の中からイモ達を取り出す。
「あら、出来上がったの」
「頃合いだわ」
穣子は取り出したイモをつかむと、手のひらで払うようにして灰を優しく落としていく。
「あちちち……」
穣子は熱さで、時々手を引っ込めながらも、イモ達の灰を落としていく。
すっかり焦げ茶色になったイモの皮が、どれほどの間、熱されていたのかを物語っていた。
「あちちち……!」
見かねた静葉が思わず問いかける。
「そんなに熱いなら、別に冷めてからでもいいんじゃないの」
「わかってないわね。イモは熱いうちが華なのよ」
そう言いながら穣子は、熱々のイモを一つ両手でつかむと、真ん中から、ほくりと割って、どうだと言わんばかりに静葉へ差し出す。
芳しい匂いを含んだ湯気とともに、つやつやの黄金色となった焼芋があらわになる。
「あら……」
静葉は驚きの声を上げ、思わずその焼芋を手に取ろうとするが、熱さのあまりに床に落としてしまう。
「もう、姉さんなにしてるのよ!」
慌てて穣子は芋を拾うと、ほこりを払う。
「ごめんなさいね。あまりにもキレイな焼き色だったからつい、持ってみたくなって……」
「別に冷めてからでもいいじゃないのよ」
「あら、イモは熱いうちが華なんでしょ」
ニヤリと笑みを浮かべる静葉を穣子は、少し呆れた様子で見やると、焼芋を口に運ぶ。
――ほくほくと、焼きたての栗のような香ばしさ、ふわりと包み込むような優しくも深みのある甘み、それらがじっくりと熱された芋の滑らかな舌触りとともに、口いっぱいに広がっていく。
ゆっくりと、かみしめるたびに、その優しい世界が、体中にじんわりと広がり、身も心も解きほぐしていく。
「……ああ、しあわせ」
穣子はこの上ないよろこびに身をゆだね、その顔をほころばせる。
ふと、紫苑の方を見ると、彼女はまるで猫のように丸くなり、囲炉裏のそばで、よだれを垂らし眠りこけている。
「……紫苑のやつ、この様子だと、当分起きそうもないわね」
「そうね。まあ、いいじゃない」
静葉は紫苑に、そっと毛布をかぶせると、ふっと笑みを浮かべる。
気がつくと風はすっかり静まっていた。
外の冷めたい気が、そこはかとなく家の中でも感じられた。
静葉はいつの間にか、壁にもたれて今朝の新聞に目を通し始めている。
囲炉裏の炭のはじける音に混じって、紫苑の寝言が聞こえた。
穣子は、あっけにとられたように周りの様子を眺めていたが、やがて、苦笑いを浮かべ、手に持った焼芋を口に運ぶ。
ゆっくりと、ゆっくりと、噛みしめるように、――
冷え切った心を温めながら、「なんて大どんでん返しだ騙された!」とほっこりしています。