Coolier - 新生・東方創想話

焼芋

2025/11/27 23:52:47
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 外は身も心も凍えるような木枯らしと、絵の具で塗りたくったような鉛色で覆われているが、家の中は、囲炉裏の淡い光りにつつまれている。

 それに時折、パチパチと炭のはじける音が響き、甘さと香ばしさのまじった煙が、ゆったりと天を焦がしている。

 甘い匂い漂う囲炉裏のそばでは、あぐらをかいた穣子が、気怠そうに火箸で炭を突く。

 炭はあっけなく割れる。

 割れた炭は更に熱を帯び、その熱が灰の中のイモ達を、ゆるりと焼いていく。

 イモ達は陽が昇った頃から、まるで息抜きのように、のんびりとじっくりと熱され、ほっこりすくすく育てられていた。

「そのイモはなんて名前なの」

 壁にもたれかかって新聞を読んでいた静葉が、ふいに穣子にたずねる。

「大栄愛娘(たいえいまなむすめ)」

 穣子がそっけなく答えると、静葉は片眉をぴくりとあげる。

「へえ。初めて聞くわね。どんなイモなの」
「幻のサツマイモだって。私もはじめてよ」
「へえ。どこで手に入れたの」
「例のあの人。ほら、あれなんだっけ、イモ好きの……。あー。名前出てこないわ」
「……もしかして、ひょろべぇもんさんかしら」
「ああ、そうそう。兵郎米右衛門さん」
「ああ、兵郎米右衛門(ひょろうべえもん)さんね。たしかにあの人、イモ百姓さんだものね」
「そうそう。名前に米ついてるのにね」
「ほんとうだわ。面白いわね」
「面白いね」

 二人のまったくとりとめのない話が終わると、辺りは再び、炭のはじける音だけが響く。

 それに加えて、いよいよ外の風が強くなってきたようで、時折、雨戸がガタガタと震える音が聞こえてきた。

 あるいは今宵は初雪か。


 □

 八つ時を過ぎた頃、入り口の戸が、ぞんざいに開く音がした。どうやら誰か来たらしく、しかもこともあろうか、その誰かは戸を開けっぱなしにしているようで、外の冷たい気が家の中にまで入ってきてしまっている。

 思わず二人は背筋を震わせ、お互いに目配せを送るが、やがて穣子が先に目をそらし、諦めのため息をつくこととなった。

 家の中はどんどん冷えてきてしまっている。

 穣子はやれやれと重い腰を上げて、気怠そうに入り口まで向かう。そして、ぶしつけに言い放つ。

「ったく、どこのどいつよ! 戸を開けっぱなしにしてんのは! めっちゃくちゃに寒いんだけど!?」


「……お、おイモさー……ん」

 その消え入りそうな声に、ぎょっとした穣子が三和土を見ると、そこには力尽き倒れた、泣く子も貧する貧乏神、依神紫苑の姿があった。
 穣子は見なかったことにしようと思ったが、すでに家の中に入ってきてしまっている以上、そうもいかず、そのままずるずると中へ引っ張り込むこととなった。

 穣子が彼女の腕をむんずとつかむと、まるで亡骸かと思うほど冷たく、おそらく外の風にやられて、身も心もすっかり冷えきってしまっているようだった。

 大方、また妹とケンカしたか、寒さとひもじさで力尽きたかの二つに一つだろうと、穣子は特に気にせず彼女を引きずった。

 紫苑の体は囲炉裏のそばに置かれるが、彼女は横たわったままぴくりともせず、あるいは、いよいよ果ててしまったか。

 いっそのこと囲炉裏の中に放り込めば、熱さのあまりに目を覚ますかとも考えたが、そんなことをしたら、灰の中のイモ達がかわいそうだったので、寸でのところで思いとどめる。

 ちりちりとイモ達の焼ける音が聞こえた。

 □

 日がとっぷり暮れても風が止む気配はなく、それどころか、ごうごうと、まるで雨戸をなぐりつけるような、荒れ狂った風の音が、家中に響いている。

 それこそ、何もかも根こそぎ奪い去ってしまうのではないか、と、思えるほどの嵐だ。

 もしかしたら、本当に周りの木々が根こそぎ飛ばされているかもしれない。しかし、雨戸で固く閉ざされた家の中からは、それを確かめる術はなく、ただただ、その猛々しい風の音を聞き続けることしかできなかった。

 夜半過ぎ、イモの焼ける匂いに包まれて、夢見心地で船をこいでいた穣子の肩を、ふいに静葉が揺する。

「起きなさい穣子。紫苑が起きたわよ」

 穣子が目を開けると、たしかに紫苑が体を起こしているようだった。
 彼女は、どうやらまだしっかりとは目覚めていないようで、頬をほんのりと赤くさせ、目を潤ませ、ぽかんと口を開いたまま、ぼんやりと空を見つめている。

「……もしもーし?」

 穣子は彼女に呼びかけるが、まるで上の空といった具合だ。

 いったいどうしたものかと、二人が見守っていると、彼女は再び、ぱたりと横になってしまった。

「ちょっと紫苑……?」

 穣子が彼女の顔をのぞき見ると、さっきまでの険しい顔とはうって変わって、穏やかで、落ちついたような眠り顔だった。

「まったく、何しに来たのよコイツ……」

 思わずため息をつく穣子に、静葉はふっと笑みを浮かべて告げる。

「まあ、いいじゃないの。『貧の楽は寝楽』と言うし、ほら、あの顔を見なさい。あんなに穏やかな顔で寝ているんだもの。よっぽどここが気に入ったようね」
「いや、そうかもしれないけどさあ……」

 そのとき、一際大きな風が吹き荒れ、一際大きく雨戸が揺れる。

 それとともに、雨とは明らかに違う何かが、ササササと雨戸に当たる音が聞こえてきた。

 どうやら明日の朝は、別にこれっぽっちも望んではいないが、雪化粧した庭が拝めそうだ。

 穣子はいかにも面白くなさそうに、灰の中のイモ達を火箸で突いた。 

 □

 それからしばらく経ち、ほのかに家の中が明るんだ頃、穣子は、おもむろに灰の中からイモ達を取り出す。

「あら、出来上がったの」
「頃合いだわ」

 穣子は取り出したイモをつかむと、手のひらで払うようにして灰を優しく落としていく。

「あちちち……」

 穣子は熱さで、時々手を引っ込めながらも、イモ達の灰を落としていく。

 すっかり焦げ茶色になったイモの皮が、どれほどの間、熱されていたのかを物語っていた。

「あちちち……!」

 見かねた静葉が思わず問いかける。

「そんなに熱いなら、別に冷めてからでもいいんじゃないの」
「わかってないわね。イモは熱いうちが華なのよ」

 そう言いながら穣子は、熱々のイモを一つ両手でつかむと、真ん中から、ほくりと割って、どうだと言わんばかりに静葉へ差し出す。

 芳しい匂いを含んだ湯気とともに、つやつやの黄金色となった焼芋があらわになる。

「あら……」

 静葉は驚きの声を上げ、思わずその焼芋を手に取ろうとするが、熱さのあまりに床に落としてしまう。

「もう、姉さんなにしてるのよ!」

 慌てて穣子は芋を拾うと、ほこりを払う。

「ごめんなさいね。あまりにもキレイな焼き色だったからつい、持ってみたくなって……」
「別に冷めてからでもいいじゃないのよ」
「あら、イモは熱いうちが華なんでしょ」

 ニヤリと笑みを浮かべる静葉を穣子は、少し呆れた様子で見やると、焼芋を口に運ぶ。

――ほくほくと、焼きたての栗のような香ばしさ、ふわりと包み込むような優しくも深みのある甘み、それらがじっくりと熱された芋の滑らかな舌触りとともに、口いっぱいに広がっていく。

 ゆっくりと、かみしめるたびに、その優しい世界が、体中にじんわりと広がり、身も心も解きほぐしていく。

「……ああ、しあわせ」

 穣子はこの上ないよろこびに身をゆだね、その顔をほころばせる。

 ふと、紫苑の方を見ると、彼女はまるで猫のように丸くなり、囲炉裏のそばで、よだれを垂らし眠りこけている。

「……紫苑のやつ、この様子だと、当分起きそうもないわね」
「そうね。まあ、いいじゃない」

 静葉は紫苑に、そっと毛布をかぶせると、ふっと笑みを浮かべる。


 気がつくと風はすっかり静まっていた。

 外の冷めたい気が、そこはかとなく家の中でも感じられた。

 静葉はいつの間にか、壁にもたれて今朝の新聞に目を通し始めている。

 囲炉裏の炭のはじける音に混じって、紫苑の寝言が聞こえた。


 穣子は、あっけにとられたように周りの様子を眺めていたが、やがて、苦笑いを浮かべ、手に持った焼芋を口に運ぶ。

 ゆっくりと、ゆっくりと、噛みしめるように、――
囲炉裏と焼芋は温かいうちに
バームクーヘン
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コメント



0.40簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100みやび削除
炭で時間をかけて作った熱くて甘い焼き芋が伝わります。紫苑にもアツアツを食べさせてくれる穣子であってほしいです。
3.90福哭傀のクロ削除
最終回かと思ったらそんなことはなさそうな。穣子が自分の芋に名前を付けるタイプなのかと思ったけどさすがにそんなことはなかった。……えっ紫苑はまじでなんだったの!?
4.90くろあり削除
いつ紫苑ちゃんが甘い香りに目覚めてお芋を喰い尽くすのかとヒヤヒヤしながら読みました。
冷え切った心を温めながら、「なんて大どんでん返しだ騙された!」とほっこりしています。
5.100名前が無い程度の能力削除
おもしろーい!