深夜のアリス邸。
外は季節外れの大嵐で、大粒の雨が窓を叩き、時折稲光が室内を照らす。
霧雨魔理沙は椅子に座ってマグカップを抱えながら、対面にいる少女に異変解決の武勇伝を聞かせている。
アリス邸に遊びにきていた魔理沙は、予想外の荒天の為、今夜は泊まっていく事にしていた。
武勇伝を聞かされている少女、アリス・マーガトロイドは机に肘を乗せ、魔理沙の話を半分だけ聞いているような、聞いていないような、そんな曖昧な表情だ。
そして——。
ドォォン!!!
一際大きな雷鳴が夜を貫いた。耳元で突然太鼓を叩かれたように、魔理沙の身体がびくんと跳ねる。
「うわぁっ」
魔理沙は思わず目を瞑り、年頃な少女らしい可愛い悲鳴をあげる。実家に住んでいた頃から、雷の音が苦手だった。臍を取られるという話も、つい先日霊夢に教えられるまで信じていた。
……その時は随分とバカにされたものだ。
「……凄い音ね」
アリスは冷静に肩をすくめる。落ち着き払った様子は流石、年上魔女の貫禄といった具合だ。
「くわばらくわばら」
魔理沙はマグカップを置いて、目を閉じたまま、呟いた。
「何、その……詠唱?」
「雷除けの呪文だよ。天神様の恨みから逃れる為の……」
「あなた、天神様に何かしたの?」
「いや、私がしたわけじゃなくて……」
その時、ふっと部屋の光が消えた。
停電だ。この家は地底の発電所から電気を引っ張ってきている。雷の影響で、何処かが断線でもしたのだろうか。
ぽつん、と沈黙。
暗闇の中、雨の音だけが残り、魔理沙の胸に不安が広がる。しかし、次の瞬間。
ぱちん、と照明が点いた。
魔理沙は部屋に光が戻った事に、胸を撫で下ろす。
だが、その安心感はすぐに打ち壊される事になる。
「……凄い音ね」
アリスが肩をすくめた。
魔理沙は一体、アリスが何を言っているのか分からなかった。
「え、何の話?」
「今の雷の事よ」
「あ、あぁ。凄い音だったな」
アリスが何故また雷について言及したのか理解出来なかった。
続ける言葉も見つからず、沈黙が居心地悪くなって、マグカップに口を付ける。紅茶を一口啜る。
次の瞬間。
再び、部屋の電気が消えた。
魔理沙は慌ててマグカップを置き、暗闇の中、辺りを見渡す。何か灯りにできるようなものはあっただろうか——。
しかし、思い至る前にまた照明が点いた。
魔理沙はホッと一息付いて、紅茶をもう一口飲もうとマグカップに手を伸ばした。
「……凄い音ね」
思わず、マグカップを落としそうになる。
当のアリスは気にもしていない様子で、肘をついてぼんやりしている。
「アリス……?」
「どうしたの?」
「今、停電したよな?」
「してないけど……」
魔理沙は思わず目を見開く。
そんなわけはないと思いながらも、手が小刻みに震える。
そんな魔理沙の不安に呼応するように、部屋の電気が消えた。
そして、再び点灯する。
「……凄い音ね」
もはや、間違いなかった。魔理沙は体中から冷や汗が吹き出すのを感じる。
——ループしている。
停電からの復帰を合図に、大きな雷鳴の直後に時間が巻き戻っていた。
しかも、アリスはそれを認識していない様子だ。
魔理沙だけが、時間の檻に捕えられている事に気が付いている。
時計を確認する。零時十二分十四秒。
「……魔理沙?」
小刻み震えながら時計を凝視する魔理沙を、アリスは不思議そうな顔で覗く。
魔理沙は縋るような顔で見つめ返すが、待っていたのはやはり暗闇だった。
そしてまた灯りが点く。
「……凄い音ね」
もう五度目となるその台詞に、魔理沙は頭が痛くなる。
時計を見ると、零時十二分六秒。
巻き戻っている時計の針が、ループしている事実を裏付ける。
何とか落ち着いて考えたいが、ループのスパンがあまりに短過ぎる。抜け出す糸口は無いものか。急かされるように考える。
——とにかく、まずは状況の整理だ。私達はどの程度、巻き戻るんだろうか。
例えば怪我した場合、ループした際に傷は治るのか。それによって、どの程度の無茶が出来るかが変わってくる。
しかし、どうやって確かめるべきか。
思い付いた肉体的変化を齎す方法は、アリスが怒りそうなものしか無かった。
——やっていいのか?けど……
逡巡するが、停電のタイミングはすぐそこまで迫っている。どうせ記憶は引き継がないようだから、思い切ってみる。
魔理沙は勢いよく立ち上がり、アリスの方に身を乗り出した。
……むにゅ
魔理沙の両手が、アリスの胸を鷲掴みにした。わしわしと、揉みしだくように指を動かした後、パッと手を離す。
アリスは一緒だけキョトンとしたが、すぐにみるみる紅潮していった。目をぐるぐる回しながら、抗議の声をあげる。
「な、何する——」
停電。
そして、点灯。
「……凄い音ね」
トマトみたいだったアリスの顔は、いつもの透き通るような白に戻っていた。
当惑と怒りが入り混じっていた声も、すっかり落ち着いたものになっている。
一方の魔理沙は、立ち上がった状態のままだ。ループ開始時は着席していたはずだから、これは大きな変化といえた。
——アリスは完全に巻き戻っている。私だけが、独立してるんだ。
魔理沙は頭の中で状況を整理した。繰り返す世界の中で魔理沙だけが孤立していた。
夜中に人気の無い里を歩いているような疎外感を覚える。
それから魔理沙は、ループから抜け出す手掛かりを見つけるべく、検証を行う事にした。
◇
【ループ七回目】
まずは時間を正確に記録する。ループ開始が零時十二分四秒。終了が零時十二分三十四秒。私達はきっかり三十秒間を繰り返している。
【ループ十一回目】
外に出るのを試みる。ドアが開かない。どうやらこの部屋に閉じ込められているみたいだ。
【ループ十三回目】
机の上の本をわざと落としてみた。アリスは怒っていた。ループ後は本は元の位置に戻っていた。
【ループ十七回目】
アリスの位置をずらしてみる。無言で椅子を引いたら随分と不審がられた。ループ後は元の位置に戻っていた。
【ループ十九回目】
アリスの位置をずらして、元いた位置に私が居座ってみた。ずらした場所から「……凄い音ね」を聞くだけだった。
とはいえ、これは収穫か?
【ループ二十三回目】
停電の時間まで、アリスの手を握ってみた。停電した途端、凄い力で引き離された。これが運命の遡及力ってやつか?
……この世の真理に触れた気がするぜ。
【ループ二十九回目】
マスタースパークで扉を破る事を試みたが、アリスに阻止された。私にもっと力があれば……。
◇
ループの回数も三十回を超え、魔理沙はいよいよ辟易していた。
終わりの見えない繰り返しは、殊の外精神を削り取っていく。呑気に肘を付くアリスの前で、魔理沙は項垂れる。
検証作業は少し休憩する事にする。幸か不幸か、時間だけは下手したら無限にある。
だらりと脱力しながら、停電と再点灯と「……凄い音ね」を何度も見送る。
それにしても、三十秒毎に繰り返されるのは、何とも忙しない。
こういうのは大体短くても三十分スパンじゃないのかと、何者かに不満を言いたくなる。
——ずっとこのままだったらどうしようか。
考えると、途轍も無い不安に襲われる。
アリスと永遠を生きたいとは思ったけど、それは決してこんな形では無い。
望んでいたのは、もっとこう、ラブラブでイチャイチャでハッピーなものだ。
退行もない代わりに進展も無いのは性に合わないし、そもそもベースとなる進展具合が物足りない。
——キスももっとしたいし、本当はその先だって……。
魔理沙の顔が赤くなる。
そして、胸がぎゅっと苦しくなる。
やりたい事、やって欲しい事、まだまだ沢山ある。
こんな風に、中途半端なまま永遠に引き延ばされるのは、あまりに辛過ぎる。
気付けば胸を抑えていた魔理沙を、アリスが心配そうな表情で覗く。
「大丈夫?」
「……大丈夫じゃない!」
大きな声が出て、自分でも情け無くなる。
同時に、驚いてキョトンとするアリスを無性に腹立たしく思った。
何も知らないとはいえ、あまりに呑気な様子に苛々した。
私が一生懸命頑張っているというのに。
八つ当たりだとは分かってる。それでも。
——この状況、利用してやる。
世界が暗闇に落ちる中、魔理沙は一人、アリスに宣戦布告した。
◇
【ループ四十三回目】
「アリス、好きだよ」
後ろから抱きしめ、耳元で囁く。普段は言えないし出来ない、素直な想いの伝え方。
どうせアリスの記憶に残らないから、今なら思い切れる。
ループから抜け出す事に一人きりで躍起になるのが嫌になった魔理沙は、リセットされる事を利用して、好き放題やってやろうと心に決めていた。
「何言って——ちょっと近いってば!」
頬を真っ赤にするアリス。その耳元に、そっと口付けする。
「照れた顔も可愛い。大好き」
停電。そしてリセット。
【ループ四十七回目】
「アリス、ほんと綺麗だな」
優しく手を握る。透き通るような白い肌。
指で撫でるとシルクのように柔らかい。
魔理沙はアリスの手を持ち上げ、その人差し指を、あむっと口に含んだ。指の腹を、舌で転がす。
指フェチである事も、普段なら口が裂けても言えない。
「ちょっ……魔理沙!?」
停電。リセット。
【ループ五十三回目】
「好き!」
「どうしたの、急に」
「好き好き好き好き好き好き!!」
「えっ、えぇ?」
「好き好き好き好き好き好き好き好き!!」
「わ、私も……好きよ?」
「うん!大好き!!」
停電。リセット。
◇
そして、何十回かのループを経て——。
魔理沙はすでに理性の限界を迎えていた。
愛の言葉を何度も繰り返し、抱きしめ、キスをして、完全に盛り上がっていた。
いよいよ魔理沙は、自分を制御出来なくなっていた。
「……凄い音ね」
魔理沙はアリスの頬に触れ、唇を寄せる。そして柔らかい感触を味わったまま、身体を抱き寄せ、共に床に倒れ込む。
意外と抵抗が無い事に優越感を覚えながら、アリスに覆い被さり、この後どうすればいいんだと逡巡。
取り敢えず、首筋に舌を——
ドォォン!!!
近く、強く、耳をつんざく轟音。
雷鳴と共に、部屋は停電し暗闇になる。
そしてまた、明かりが点くが——
「ま、魔理沙……」
魔理沙の下で、アリスが潤んだ瞳で見上げていた。いつもの「……凄い音ね」は無い。
「えっ……?ループ、終わった?」
「ループ?」
アリスが首を傾げる。
「よ、良かったぁぁぁ!!」
魔理沙は両腕を上げ、歓喜のポーズを取る。
しかし、すぐに我に返る。アリスを押し倒した事実はもう巻き戻らない。顔が燃えるように熱くなる。
「ち、違うんだ!アリス!!これは、そのっ……」
立ち上がり、あたふたと手をバタバタさせる。
恥ずかしさで思考が纏まらず、何を言っていいのか分からない。
「えっと、あの……ループだからっ!!」
自分でも訳の分からない事を言ってるのは分かるが、もはや舌も上手く回らない。
結局、混乱のまま外に飛び出した。
いつの間にか、扉も開くようになっていた。
「わ、わわっ!?ちょ、魔理沙!?どこ行くのよ!」
大雨の中、魔理沙は一目散に逃げ去っていった。
◇
飛んでいった魔理沙が小さくなっていくのを見送りながら、アリスは息を吐く。
「……ふぅ」
魔理沙が倒していった椅子を直し、机に肘をつく。
「……まさか、あそこまでやるとは思わなかったわ」
くすりと笑う。
時計に掛けた、30秒毎に巻き戻る魔法を解く。
扉を開かなくしたのも、停電も、雷鳴さえも、全てアリスの魔法だった。
停電毎の位置調整は、上海人形達が頑張ってくれた。
「ちょっと揶揄うつもりだったのに……。同じ言葉を何度も言ったら、魔理沙はどんな顔をするかって」
頬に手を当てる。
さっき魔理沙に触れられた場所が微かに熱い。
「あんなに……あんなに積極的になるなんてね」
胸の奥がじん、と焼けるように熱くなる。
最後は羞恥に耐えられなくなって終わりにしてしまったけれど、もし設定を30秒じゃなくて、1分にしていたら……?いや、10分、20分、それ以上だったら……?
想像してしまった自分に、アリスは深く顔を覆った。
「…………っ」
先程までは気合いで表情を抑えていたけど、もう限界だった。
耳まで顔が真っ赤に染まる。同時に、自然と頬が緩んでしまう。
それからアリスは、思い出してにやけたり、やっぱり恥ずかしくなってバタバタしたりを何度も繰り返した。
外は季節外れの大嵐で、大粒の雨が窓を叩き、時折稲光が室内を照らす。
霧雨魔理沙は椅子に座ってマグカップを抱えながら、対面にいる少女に異変解決の武勇伝を聞かせている。
アリス邸に遊びにきていた魔理沙は、予想外の荒天の為、今夜は泊まっていく事にしていた。
武勇伝を聞かされている少女、アリス・マーガトロイドは机に肘を乗せ、魔理沙の話を半分だけ聞いているような、聞いていないような、そんな曖昧な表情だ。
そして——。
ドォォン!!!
一際大きな雷鳴が夜を貫いた。耳元で突然太鼓を叩かれたように、魔理沙の身体がびくんと跳ねる。
「うわぁっ」
魔理沙は思わず目を瞑り、年頃な少女らしい可愛い悲鳴をあげる。実家に住んでいた頃から、雷の音が苦手だった。臍を取られるという話も、つい先日霊夢に教えられるまで信じていた。
……その時は随分とバカにされたものだ。
「……凄い音ね」
アリスは冷静に肩をすくめる。落ち着き払った様子は流石、年上魔女の貫禄といった具合だ。
「くわばらくわばら」
魔理沙はマグカップを置いて、目を閉じたまま、呟いた。
「何、その……詠唱?」
「雷除けの呪文だよ。天神様の恨みから逃れる為の……」
「あなた、天神様に何かしたの?」
「いや、私がしたわけじゃなくて……」
その時、ふっと部屋の光が消えた。
停電だ。この家は地底の発電所から電気を引っ張ってきている。雷の影響で、何処かが断線でもしたのだろうか。
ぽつん、と沈黙。
暗闇の中、雨の音だけが残り、魔理沙の胸に不安が広がる。しかし、次の瞬間。
ぱちん、と照明が点いた。
魔理沙は部屋に光が戻った事に、胸を撫で下ろす。
だが、その安心感はすぐに打ち壊される事になる。
「……凄い音ね」
アリスが肩をすくめた。
魔理沙は一体、アリスが何を言っているのか分からなかった。
「え、何の話?」
「今の雷の事よ」
「あ、あぁ。凄い音だったな」
アリスが何故また雷について言及したのか理解出来なかった。
続ける言葉も見つからず、沈黙が居心地悪くなって、マグカップに口を付ける。紅茶を一口啜る。
次の瞬間。
再び、部屋の電気が消えた。
魔理沙は慌ててマグカップを置き、暗闇の中、辺りを見渡す。何か灯りにできるようなものはあっただろうか——。
しかし、思い至る前にまた照明が点いた。
魔理沙はホッと一息付いて、紅茶をもう一口飲もうとマグカップに手を伸ばした。
「……凄い音ね」
思わず、マグカップを落としそうになる。
当のアリスは気にもしていない様子で、肘をついてぼんやりしている。
「アリス……?」
「どうしたの?」
「今、停電したよな?」
「してないけど……」
魔理沙は思わず目を見開く。
そんなわけはないと思いながらも、手が小刻みに震える。
そんな魔理沙の不安に呼応するように、部屋の電気が消えた。
そして、再び点灯する。
「……凄い音ね」
もはや、間違いなかった。魔理沙は体中から冷や汗が吹き出すのを感じる。
——ループしている。
停電からの復帰を合図に、大きな雷鳴の直後に時間が巻き戻っていた。
しかも、アリスはそれを認識していない様子だ。
魔理沙だけが、時間の檻に捕えられている事に気が付いている。
時計を確認する。零時十二分十四秒。
「……魔理沙?」
小刻み震えながら時計を凝視する魔理沙を、アリスは不思議そうな顔で覗く。
魔理沙は縋るような顔で見つめ返すが、待っていたのはやはり暗闇だった。
そしてまた灯りが点く。
「……凄い音ね」
もう五度目となるその台詞に、魔理沙は頭が痛くなる。
時計を見ると、零時十二分六秒。
巻き戻っている時計の針が、ループしている事実を裏付ける。
何とか落ち着いて考えたいが、ループのスパンがあまりに短過ぎる。抜け出す糸口は無いものか。急かされるように考える。
——とにかく、まずは状況の整理だ。私達はどの程度、巻き戻るんだろうか。
例えば怪我した場合、ループした際に傷は治るのか。それによって、どの程度の無茶が出来るかが変わってくる。
しかし、どうやって確かめるべきか。
思い付いた肉体的変化を齎す方法は、アリスが怒りそうなものしか無かった。
——やっていいのか?けど……
逡巡するが、停電のタイミングはすぐそこまで迫っている。どうせ記憶は引き継がないようだから、思い切ってみる。
魔理沙は勢いよく立ち上がり、アリスの方に身を乗り出した。
……むにゅ
魔理沙の両手が、アリスの胸を鷲掴みにした。わしわしと、揉みしだくように指を動かした後、パッと手を離す。
アリスは一緒だけキョトンとしたが、すぐにみるみる紅潮していった。目をぐるぐる回しながら、抗議の声をあげる。
「な、何する——」
停電。
そして、点灯。
「……凄い音ね」
トマトみたいだったアリスの顔は、いつもの透き通るような白に戻っていた。
当惑と怒りが入り混じっていた声も、すっかり落ち着いたものになっている。
一方の魔理沙は、立ち上がった状態のままだ。ループ開始時は着席していたはずだから、これは大きな変化といえた。
——アリスは完全に巻き戻っている。私だけが、独立してるんだ。
魔理沙は頭の中で状況を整理した。繰り返す世界の中で魔理沙だけが孤立していた。
夜中に人気の無い里を歩いているような疎外感を覚える。
それから魔理沙は、ループから抜け出す手掛かりを見つけるべく、検証を行う事にした。
◇
【ループ七回目】
まずは時間を正確に記録する。ループ開始が零時十二分四秒。終了が零時十二分三十四秒。私達はきっかり三十秒間を繰り返している。
【ループ十一回目】
外に出るのを試みる。ドアが開かない。どうやらこの部屋に閉じ込められているみたいだ。
【ループ十三回目】
机の上の本をわざと落としてみた。アリスは怒っていた。ループ後は本は元の位置に戻っていた。
【ループ十七回目】
アリスの位置をずらしてみる。無言で椅子を引いたら随分と不審がられた。ループ後は元の位置に戻っていた。
【ループ十九回目】
アリスの位置をずらして、元いた位置に私が居座ってみた。ずらした場所から「……凄い音ね」を聞くだけだった。
とはいえ、これは収穫か?
【ループ二十三回目】
停電の時間まで、アリスの手を握ってみた。停電した途端、凄い力で引き離された。これが運命の遡及力ってやつか?
……この世の真理に触れた気がするぜ。
【ループ二十九回目】
マスタースパークで扉を破る事を試みたが、アリスに阻止された。私にもっと力があれば……。
◇
ループの回数も三十回を超え、魔理沙はいよいよ辟易していた。
終わりの見えない繰り返しは、殊の外精神を削り取っていく。呑気に肘を付くアリスの前で、魔理沙は項垂れる。
検証作業は少し休憩する事にする。幸か不幸か、時間だけは下手したら無限にある。
だらりと脱力しながら、停電と再点灯と「……凄い音ね」を何度も見送る。
それにしても、三十秒毎に繰り返されるのは、何とも忙しない。
こういうのは大体短くても三十分スパンじゃないのかと、何者かに不満を言いたくなる。
——ずっとこのままだったらどうしようか。
考えると、途轍も無い不安に襲われる。
アリスと永遠を生きたいとは思ったけど、それは決してこんな形では無い。
望んでいたのは、もっとこう、ラブラブでイチャイチャでハッピーなものだ。
退行もない代わりに進展も無いのは性に合わないし、そもそもベースとなる進展具合が物足りない。
——キスももっとしたいし、本当はその先だって……。
魔理沙の顔が赤くなる。
そして、胸がぎゅっと苦しくなる。
やりたい事、やって欲しい事、まだまだ沢山ある。
こんな風に、中途半端なまま永遠に引き延ばされるのは、あまりに辛過ぎる。
気付けば胸を抑えていた魔理沙を、アリスが心配そうな表情で覗く。
「大丈夫?」
「……大丈夫じゃない!」
大きな声が出て、自分でも情け無くなる。
同時に、驚いてキョトンとするアリスを無性に腹立たしく思った。
何も知らないとはいえ、あまりに呑気な様子に苛々した。
私が一生懸命頑張っているというのに。
八つ当たりだとは分かってる。それでも。
——この状況、利用してやる。
世界が暗闇に落ちる中、魔理沙は一人、アリスに宣戦布告した。
◇
【ループ四十三回目】
「アリス、好きだよ」
後ろから抱きしめ、耳元で囁く。普段は言えないし出来ない、素直な想いの伝え方。
どうせアリスの記憶に残らないから、今なら思い切れる。
ループから抜け出す事に一人きりで躍起になるのが嫌になった魔理沙は、リセットされる事を利用して、好き放題やってやろうと心に決めていた。
「何言って——ちょっと近いってば!」
頬を真っ赤にするアリス。その耳元に、そっと口付けする。
「照れた顔も可愛い。大好き」
停電。そしてリセット。
【ループ四十七回目】
「アリス、ほんと綺麗だな」
優しく手を握る。透き通るような白い肌。
指で撫でるとシルクのように柔らかい。
魔理沙はアリスの手を持ち上げ、その人差し指を、あむっと口に含んだ。指の腹を、舌で転がす。
指フェチである事も、普段なら口が裂けても言えない。
「ちょっ……魔理沙!?」
停電。リセット。
【ループ五十三回目】
「好き!」
「どうしたの、急に」
「好き好き好き好き好き好き!!」
「えっ、えぇ?」
「好き好き好き好き好き好き好き好き!!」
「わ、私も……好きよ?」
「うん!大好き!!」
停電。リセット。
◇
そして、何十回かのループを経て——。
魔理沙はすでに理性の限界を迎えていた。
愛の言葉を何度も繰り返し、抱きしめ、キスをして、完全に盛り上がっていた。
いよいよ魔理沙は、自分を制御出来なくなっていた。
「……凄い音ね」
魔理沙はアリスの頬に触れ、唇を寄せる。そして柔らかい感触を味わったまま、身体を抱き寄せ、共に床に倒れ込む。
意外と抵抗が無い事に優越感を覚えながら、アリスに覆い被さり、この後どうすればいいんだと逡巡。
取り敢えず、首筋に舌を——
ドォォン!!!
近く、強く、耳をつんざく轟音。
雷鳴と共に、部屋は停電し暗闇になる。
そしてまた、明かりが点くが——
「ま、魔理沙……」
魔理沙の下で、アリスが潤んだ瞳で見上げていた。いつもの「……凄い音ね」は無い。
「えっ……?ループ、終わった?」
「ループ?」
アリスが首を傾げる。
「よ、良かったぁぁぁ!!」
魔理沙は両腕を上げ、歓喜のポーズを取る。
しかし、すぐに我に返る。アリスを押し倒した事実はもう巻き戻らない。顔が燃えるように熱くなる。
「ち、違うんだ!アリス!!これは、そのっ……」
立ち上がり、あたふたと手をバタバタさせる。
恥ずかしさで思考が纏まらず、何を言っていいのか分からない。
「えっと、あの……ループだからっ!!」
自分でも訳の分からない事を言ってるのは分かるが、もはや舌も上手く回らない。
結局、混乱のまま外に飛び出した。
いつの間にか、扉も開くようになっていた。
「わ、わわっ!?ちょ、魔理沙!?どこ行くのよ!」
大雨の中、魔理沙は一目散に逃げ去っていった。
◇
飛んでいった魔理沙が小さくなっていくのを見送りながら、アリスは息を吐く。
「……ふぅ」
魔理沙が倒していった椅子を直し、机に肘をつく。
「……まさか、あそこまでやるとは思わなかったわ」
くすりと笑う。
時計に掛けた、30秒毎に巻き戻る魔法を解く。
扉を開かなくしたのも、停電も、雷鳴さえも、全てアリスの魔法だった。
停電毎の位置調整は、上海人形達が頑張ってくれた。
「ちょっと揶揄うつもりだったのに……。同じ言葉を何度も言ったら、魔理沙はどんな顔をするかって」
頬に手を当てる。
さっき魔理沙に触れられた場所が微かに熱い。
「あんなに……あんなに積極的になるなんてね」
胸の奥がじん、と焼けるように熱くなる。
最後は羞恥に耐えられなくなって終わりにしてしまったけれど、もし設定を30秒じゃなくて、1分にしていたら……?いや、10分、20分、それ以上だったら……?
想像してしまった自分に、アリスは深く顔を覆った。
「…………っ」
先程までは気合いで表情を抑えていたけど、もう限界だった。
耳まで顔が真っ赤に染まる。同時に、自然と頬が緩んでしまう。
それからアリスは、思い出してにやけたり、やっぱり恥ずかしくなってバタバタしたりを何度も繰り返した。
魔理沙がた異変解決を絶望視して受け入れることを選んだ展開は盗みたいとすら思いました。
にしてもこんなにえっちなマリアリが許されるのか。
ループが30秒とは短い。これも手頃に魔理沙の精神を蝕み理性を失わせる彼女の作戦? やはり、魔女。
これでループが1時間くらいあったらどうなってしまっていたのでしょうか
どこまでいってしまったのでしょうか