Coolier - 新生・東方創想話

処女作『何ニモマケズ』

2025/11/14 00:16:26
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 異変解決が新聞の大見出しを飾っていたのも過去の話、人々は自分たちの生活から離れたところで発生しては解決していく異変に、いつしか強い興味を持たなくなった。詳細を知りたい物好きも、解決後の飲み会に顔を出して関係者に話を聞く方が早い。こうして博麗神社は廃れていく。祇園精舎ってやつ。なんか間違えた気がする。今回もどうせいつも通り、そうして取材をサボった慢心が私の失敗だった。

 舞台は畜生界、数多の動物霊が支配する弱肉強食の世界。『勁牙組』『鬼傑組』『剛欲同盟』に分かれ、ヤのつく自営業が鎬を削っている。って書いてあった。死んだ畜生が支配するこの土地に対し、『我々天狗が死んだら、やはり剛欲同盟に所属することになるのだろうか』と締めに綴った記事が、天狗たちの間で波紋を呼んだ。

 果たして天狗は畜生に分類されるのか、それとも冥界に行くのか、はたまた全く別の道があるのか。長らく平穏(天狗比)な世の中と長すぎる寿命のせいで、私たちは随分と死と遠いところに来てしまったらしい。私だって生まれてこの方、死んだ同族なんてほとんど見たことない。死を知らない若者を中心に様々な憶測が飛び交い、年長者はその馬鹿騒ぎから利を得るために狡猾に動く。

 情報が錯綜て真実がわからなくなった結果、畜生界で元天狗の霊を探す暇人、今のうちから組長連中と繋がりを作ろうとする野心家、終いには真実を知るために四季映姫へ直接取材に出向き、未だに帰ってこない阿呆まで現れる始末。こうして畜生界に関する記事は、身内の間で飛ぶように売れていった。死んだ後まで金や権力にまみれたいのか、私にはわからない感覚だ。

 こんなものは一過性の流行、今更そんなものに追従してドタバタとみっともない記事を書く様な真似をするつもりはない。私にだって記者としての誇りがある。自分の記事で人々を笑顔にしたいという眩しい理想だってまだ持っている。あくまで書くものは私が決める。マイペースに自分らしさで勝負。今日も書斎で優雅にアメリカンの風味を楽しんでいると、今月の新聞大会のランキングが届く。どれどれ今月の結果はいかがなものか。

「……」

 結果として花果子念報がランキング入りしていないのは、悲しくもいつも通りである。しかし問題はそこではない。私と同じくらい、下手をすればそれ以下だった子達の新聞が、畜生界を取り上げた記事で続々とランクインしている。そしてなにより、初めて畜生界を記事にした新聞、私よりも売れていなかった『虫知<風便』が特別賞として取り上げられていた。

 急いで取材の準備に取り掛かる。私が乗るべきは調子ではなく流行、記事は読まれて初めて意味が生まれる。プライド?ポリシー?知るかそんなもん。リボンで髪を結いながら、残ったコーヒーを飲み干す。苦っ!!誰だこんな飲み物を格好つけて飲んでいる馬鹿は。ミルクと砂糖をどっさり入れて、残りを飲み干して玄関を出る。帰りにココアを買うことにしよう。









 記事を頼りに向かうは畜生界、慌てて飛び出した勢いは良かったが、実のところ伝手はない。行き当たりばったりでも妄想でも記事が書けること、そしてそれが良くないこと。この2つは身を持って知っている。しかも今回は同じ話題に対する競合が多く、今更そんな付け焼刃では見向きもされないだろう。なにか別の切り口が必要となってくる。

 というかそもそもぶっちゃけた話、ヤクザって響きが怖い。お近づきになりたくない。帰りたくなってきた。ココア買って帰ろうかな。今月の外出ノルマは達成したし、頑張ったよね私。ココアよりも自分に甘く生きていきたい。ついでにお饅頭も買いたい。よし、帰ろう!お疲れ様!翼を翻して自宅に方向転換。この速度なら文にも多分負けない。しかし、帰ろうとした矢先に河原の周りにいくつかの人影を見つけてしまう。まだ畜生界への道中、なので多分ヤクザじゃない。見つけてしまったものは仕方ない、取材を行使する。

「こんにちはー。今お時間とか」
「あぁ!?」

 隣に降り立ちながら声をかけると、件の人物はこの世の終わりみたいな悲鳴を上げた。えっ?なになに?どうしたの?なんかしちゃった?まあとりあえずそれはそれとして……

「えーっと……今の心境を一言でお願いします?」
「許さん、死ねい!」

 それが水子の霊、戎瓔花との出会いだった。話しかけたのはこっち、仕掛けてきたのはそっち。正当防衛が成立。そしてあっさり返り討ち。身近にいるのが文とか早苗のせいで忘れがちだけど、天狗って結構強かった。とりあえずボコった後で、お互いに名乗って事情を聴く。これが博麗流であり霧雨流であり、東風谷流だったり十六夜流だったり、なんか多いな、みんなそうじゃん。じゃあ幻想郷流だね。話によると私が降りたった時の風で、瓔花の積石とやらを崩してしまったらしい。

「いやー……ごめん。悪気があったわけじゃないのよ」
「悪意の有無にかかわらず、崩れた積石は謝罪されても元に戻りません」
「また積めばいいんじゃないの?」
「その理屈で言えば貴方の腕の骨を叩き折っても問題ないよね。時間が立てば治るんだから」
「それは困るけど」
「積み石とともに崩れていった私の時間と労力、その理不尽さに対して怒りを述べているの!!」

 瓔花の言っている理屈は理解できるし、こちらが悪い自覚もある。よって謝罪も吝かではない。というか謝ってる。許してもらえてないけど。そもそもの話、私がいくら謝ったところで何も解決しない。だって瓔花の言う通り、その積石とやらが元に戻るわけじゃないんだし。見た目や言動に幼さはみられるが、それが理解できていないようには見えない。

「でもいくら非難したところでその……積石だっけ?元には戻らないでしょ?非生産的じゃない?」
「水子の私に生産性を問うか。いい度胸だ鬼畜天狗。文字通りこの先の地獄に送ってやる」
「どうやって?」
「手を振って!」

 怒った顔のまま、さようなら!と口にしながらぶんぶんと手を振って見送られる。なんとなくここを発たないといけないような圧を感じる。気にしないけど。私が、働け!という実家からの圧を無視してどれだけの年月を引きこもってきたと。ちなみに今は、いつになったら嫁に行くんだ!という圧がすごい。私に釣り合う旦那様(お嫁さんでもいいけど)がいない以上、仕方ないじゃない。

「物騒だなぁ……。そうじゃなくて、私に非があるのはわかったから、できることで償うって言っているの。石積ってやつを一緒に手伝えばいいの?」

 瓔花は手を振りながら、何も言わずに此方を睨みつけている。敵意はないとアピールするために、こちらもぶんぶんと手を振ってみる。同じ動作をすることでなんだか分かり合えそうな気がする。あくまで気がしただけだった。たしかにそこに生産性はなかった。

「ほらよくわかんないけど、こんな風に……」
「がるるるる」

 威嚇のつもりだろうか、今度はなんか唸っている。いちいち反応が面白い。石積なんてもちろんしたことはないが、何とでもなるでしょ。そうやって見切り発車で今朝も畜生界の取材に飛び出したし。あれ?でもその結果がこれってなんとかなってない?都合の悪いことは忘れました。集中。やってみれば順調に積んでいける。私って才能ある?頑張っても購読者の増えない記者なんて辞めて、目に見えて成果を積み重ねられる石積で食べていこうかな。そう思った矢先に、ころころと音を立てて崩れてしまった。

「ふむ、油断したか」
「……」

 もう1回。さらに慎重に、石を拾っては積み上げていく。しかし先程と同じくらいの高さで崩れてしまった。あれ?難しい?やっぱ食べていくには記者するしかない?

「不器用じゃないから」
「何も言ってないよ」
「たしかに口笛は吹けないし、お箸で豆腐を上手に掴めないけど、私は決して不器用じゃないから」
「だから何も言ってないって」

 いつの間にか唸り声を上げるのをやめた瓔花は、腰を下ろして私の石積を観察している。そして3度目の崩壊を迎えた時、ため息をつきながら声をかけてきた。

「コツがあるんだよ」
「コツ?石を積んでいるだけじゃないの?」
「私にはないけど石積にはあるの。最初は積みやすい石を選ぶこと。平らで凹凸の少ないやつ。そして積んでいく石の重心位置を意識する」
「ふむ」

 瓔花がお手本として、とんとんと軽々積み上げていくのを見て、言われた通りにやってみる。えーっと……平らな石、平らな石……文の胸みたいに平らな石……。

「お?……おぉ!」
「上手じゃない」
「私ってセンスある?」
「今まで見た子たちの中ではかなりある方じゃないかな」
「いやーやっぱりね。私ってほら?器用だし?」
「比較対象は水子達だけど」

 振り返って周りの水子たち、推定かつての瓔花の教え子たちを見つめる。少し気まずそうにぺこりと会釈された。気を使えるなら立派な大人だ。じゃあ私は大人気ないわけじゃないからセーフ。

「よっ……ほっ……とりゃっ」
「……静かにできないの?」
「集中してるから黙って」
「あ、うん」
「よいしょっ……ふあぁっ!?……おのれ……もっと薄い胸を」
「何の話?」
「こっちの話」

 言われたことを意識してやってみると、先ほどよりも高く積み上げられるようになってきた。とりあえず10個、いや7個。

「よいしょっ……もう少し……よぅし!」
「おめでとう」
「やってみて分かったけど、これは崩されたら怒りたくもなるわ。ごめんね?崩しちゃって」
「いいよ。気にしないで」

 瓔花は私の積石をとんっと指でつく。小さな衝撃はやがて大きな揺れを生み、そのまま私の努力の結晶は、ガラガラと音を立てて崩れていった。

「これで私たちはお友達になれると思うもの」
「……いい性格してるじゃない」

 楽しそうに笑う瓔花をジト目で見つめながら、疲れたようにため息をついた。






◇♢






「遊びに来たー」
「いらっしゃい」

 あれ以来、私は暇な時には瓔花のもとへ訪れるようになった。初めの頃はそれでも畜生界へ取材に行っていたのだが、やはり初動が遅かった。今さら都合よく新しい情報は落ちてこない。成果もやる気もあっという間に塵と消え、通り道にいる瓔花に愚痴を聞いてもらうのが日課となる。そのうち本来の目的は惰性となり、瓔花とぐだぐだと話す時間が長くなり、今ではもう取材に行く気もなくなった。もちろん瓔花は畜生界のことなど何も知らないので、そこにもやはり生産性はない。

「今日のは?」
「はいはい」

 瓔花は新聞を見たことがない。というか外のことをあまり知らない。だから私の『花果子念報』に随分と興味を示した。会う度に渡せば、近場の石に腰掛けて足をぷらぷらと揺らしながら、この写真はセンスがないだの、この文章はわかりにくいだの、鼻歌交じりで隅々まで批評を始める。そんな瓔花の様子を見ているとついつい嬉しくなってくる。たしかに私は他の記者ほど、売れたいという必死さや野心はない。それでも自分が書いたものを楽しみにして読んでくれる読者に対して好感を持ってしまうくらいには、この仕事に真面目に取り組んでいるつもりだ。

「何一人で笑ってるの?」
「ん?」
「気持ち悪い」
「女の子相手にそれは言っちゃいけないと思うの」
「知らないよそんなの。それより、最近の記事は無理やり過ぎない?」

 瓔花が指をさしたのは、『剛欲同盟のシマで話題のきつねうどん』と書かれた記事。流石に他の新聞を見たことがない瓔花ですら、話題に困っているのがバレバレだったようだ。

「記事に困っているならもっと取材とかにいけばいいのでは?」
「そしたらここに来る時間が減るじゃん」
「……何か問題でも?」
「私が来ないと寂しいでしょ」
「別に寂しくないけど」
「瓔花の言葉で傷つきました。慰めてください」
「記者さんって本当に面倒くさいね……」

 ここ数日の逢瀬で、瓔花とは今のように軽口を叩けるくらいの仲にはなった。出会いこそ衝突はしたが、基本的に瓔花は素直で付き合いやすい。私の周りは若くても齢三桁、根性のひねくれ曲がった鬱陶しい奴らばかりだし。まあ仲良くなったと思っているのは私だけかもしれないけど。

 不意に空気が変わる。瓔花は経験から、私は天狗の本能で察知する。その気配の主は、水子達の鳴き声と共に、確実にこちらに近づいてくる。鬼だ。

「……」

 鬼は何も言わずに、他の積石と同じように瓔花の積んでいたそれも崩してしまう。それに対して瓔花はもちろん、私も抵抗しない。周囲の積石を全て倒し、鬼が去るまでの間、私達は一言も喋らない。まるで台風が過ぎ去るのを、家の中で静かに待つように。

「……行ったみたいね」
「うん」

 私が鬼の蛮行を止めようとしないのは、それで何かが変わるわけじゃないから。勝算もないのに立ち向かうのはただの自己満足。瓔花もそれをわかっている節があるので何も言わない。私との初めての邂逅を考えれば、過去に立ち向かって、それが無駄だと理解してしまったのだろう。

「記者さんって友人が少ないでしょ」
「えっ」
「その面倒臭さは、他人との適切な距離感が分からないからだと見た」
「いや、そんなことないし。片手の指じゃ足りないくらいはいるし」
「両手の指で足りちゃうんだ……」

 瓔花が哀れみの目でこちらを見てくる。先ほどの出来事は、瓔花にとって取るに足らない日常で、今さらなんとも思わない。初めててこれが起きた時も瓔花はそういうポーズをとった。これについて考えたくないと。ならばこちらからは深入りしない。調子も合わせる。仮に相談に乗ったところで相手が鬼となると、私の力ではどうにかしてあげられることも少ないだろうから。

「ちょっと待って、ちゃんと数えるから。……瓔花のことも入れていい?」
「ごめんね記者さん。私は水子の友人が大勢いるから、記者さんを無理に入れる必要がないんだよね。あと友達かどうか、確認するところがすごくそれっぽい」
「それっぽいって何!?」

 さすがに目の前で積石を崩された上で、すぐに積み直すほど心が強いわけではないのだろう。気分転換として、瓔花は両手を組んで感謝の言葉を述べた後、河原に流れ着いた漂流物をごそごそと漁りはじめる。積み上げられているのは包装された玩具や花や果物など。これらは水子に供えられたものが巡って届くらしい。瓔花はこれに対して疑問に思っていないようだが、摩訶不思議な幻想郷でも普通ではない。脚長お地蔵様とやらが流してくれるとは瓔花の弁。一体どこの閻魔の仕業だろうか。

「あ」
「ん?何か見つけた」
「武器かな?記者さんにあげる」

 渡されたのはひもが切れて玉なしになったけん玉。このように玩具は遊べないものがほとんど、果物も花も長持ちするものはない。何かしらの意図を含んだ最低限の検閲が入っているのだろう。それでなくても定期的に鬼も見張りに来る。そんなガラクタでも、瓔花にとっては唯一の外との繋がり。1つ1つ丁寧に拾い上げていく。

「武器じゃないし。そもそも記者にはペンっていう武器があるから必要ないの」
「そうかな?流れ着いた剣を手に取って、お姫様を救いに行く勇者様。なんだか御伽噺みたいじゃない?」
「私が?勇者?」
「そうだよね。記者さんもお姫様の方が似合うと思う」
「えっ普通に照れちゃう」
「攫われたのかと思ったら、ただ引きこもりで外に出たがらないだけのお姫様」
「その話だと嫌な奴が勇者様になるから却下」

 メディアを扱うことの意味とそれが持つ力はちゃんと自覚しているつもり。でも社会悪をペン1本で相手取り、弱者のために立ち上がる。そういうのは柄じゃない。かといって靴を舐めてまで私腹を肥やす程、強い野心も持ってない。天狗が空を飛ぶように、私の筆はどこまでも自由でありたい。そのためには、触らぬ神に祟りなし。この前は雛ちゃんとずんだ餅を食べに行ったけど。

「記者さんがもっと人気だったらなぁ」
「どうするの?」
「暇な勇者様の募集広告でも出そうかなって」

 瓔花は勇者の剣を捨てて、再び石を積み上げる。御伽噺では待っているだけでも勇者様が助けに来てくれる。しかし現実は違う。徳を積んでも助けてもらえないお姫様は、これ以上どうすればいいのだろうか。






◇♢






「……そういえばそれっていつ完成するの?」
「それ、とは?」
「石積。なんかゴールがあるんじゃないの?よくわかんないけど」

 またしばらく経った明くる日、ふと気になって尋ねてみた。代わり映えのない毎日だから、こちらに話題がないというのが瓔花の談。基本的に私が話して瓔花が聞く。だからこうして彼女自身の話を聞くことはこれまでなかった。いや、それでも普通は聞いたりするよね?ごめん、私って友達(私が一方的に思ってるだけらしいけど)との距離感わかんなくてさ……。瓔花が文句を言いつつ楽しそうに私の話を聞いてくれて、それが楽しくなっちゃってつい……。

 たまにはこっちも話を聞くべきではと思いつき、話題を探した結果がこれ。だって瓔花は基本的に話を聞きながらも、常に石を積んでいる。新聞を読む時や、休むことはもちろんあるが、それ以外はずっと。少しずつ積んでは、失敗して崩れ、それをまた積み直す。会話しているから平気だが、そうでなければビデオの繰り返し再生を見ているようだ。ならお話下手の私が切り出せる会話内容って当然こうなるわけで。

「ゴールはないよ。石を積んで、崩れて、その繰り返し。大事なのは結果ではなく過程。それが石積という行為なので」
「……ふーん」

 聞いてからやっぱまずかったか?とは思ってももう手遅れ。なんとなく予想していた応えなのに、返答を用意していなかった。コミュ力がほしい。それでも辛うじて、それって楽しい?という言葉だけは飲み込んだ。瓔花はこの石積に対して真剣に取り組んでいる。しかし、その中で楽しそうにしている姿を見た記憶がない。水子という妖怪?がどのようなものなのかは、詳しく知らない。勝手に調べるのもなんか身辺調査みたいでいやだし。

 それでもこの石積という行為自体が、水子の性質と大きく関わっていること。それくらいは鈍い私でも察しが付く。だからこの先を不用意に聞いてもいいものか少し考える。でも結局答えは決まってる。私はさとり妖怪ではないので、話を聞かずに理解することはできない。それにどうせ知るのなら、本人の口から聞くのがいい。

「あ」
「……ふぅ」

 瓔花が積んでいた石がぐらついて、そのまま崩れてしまった。何度も見た光景。それに対して瓔花は苛立ちや落胆といった感情を見せることはほとんどない。外的要因で崩れたのでなければ、ゆっくりと深呼吸してまた最初から積み直す。もしくは一旦休憩する。今回は後者らしく、地面に座り込んでため息をついている。

「……なにしてるの?」
「石積」
「前も言ったけど、記者さんがやっても意味がないよ」
「求めているのは結果じゃなくて過程なんでしょ?ならやってみることそれ自体に意味はあると思う。何より改めて石積っていう行為を知りたくなった」

 崩れた石を1つ拾い上げて、最初に教わったことを思い出しながら積んでいく。さすがに瓔花程うまくはいかないが、それでも順調に積み上がっていく。積んでは崩れ、また積んで。1時間ほど同じことの繰り返し。そんな私の過程を瓔花はぼんやりと眺めていた。

「もう今日は終わり!疲れた!」
「よく頑張りました」

 集中力を切らした私は、そのまま大の字に倒れ込む。自分の積石はもちろん、周りの水子達のも崩れないように注意して。そんな私に近づいて、瓔花は頭を撫でてくれる。

「瓔花の分まで頑張った!というか私が積んでいる間、ずっとサボっていたじゃない」
「サボっていたとは心外な。教え子の頑張りを見守っていたというのに。それに横であんなにうるさくしていたら、こっちだって集中力が持たないわ」
「それは……うん。ごめんなさい」
「まあ私以外の子たちも楽しそうに見ていたから、気分転換になったようだけど」

 水子達を見つめると笑って手を振られた。なにみてんだこらあ、と言いながらこちらも手を振り返す。

「そんなに注目を集めるほど、私は愉快な見世物だったの?」
「記者さんは自分を客観視する能力を身に着けたほうがいいと思う」
「きついこと言うね」
「それで?過程から得られたものはあった?」

 努めて気軽に聞こうとしたのだろうが、それでも誤魔化しきれてない重みがその質問にはあった。だから結論は決まった上で、言葉選びを考える。言葉が出てこない。諦めてまっすぐ聞く。

「前もやったけど、最初は面白かったよ。でもそれって多分、目新しさがあったからだと思う。明日も続けろって言われたら、ちょっと無理。ぶっちゃけどうよ?辛くない?」
「いろいろ工夫しているんだけど中々ね。石積コンテストと称して競い合ってみたり、崩れていく様に美学を感じるように努力してみたり、小さな石造りの家を作ってみたり」

 相手が狼なら崩されなかったのにね。なんて言いながら瓔花は立ち上がり、再び石を積み始める。今まで賽の河原にあるものの中で色々と工夫して、楽しみを見いだそうとして、でもやはり崩れて、その度に少しずつ疲れていって。瓔花がいつから、どれだけの時間を費やして石を積んでいるのかはわからない。漠然と辛いだろうなーなんて考えていたけど、ほんの1時間の経験とは言え、実際に体験すればその思いはますます強くなる。

「そういえば、瓔花は今までどれくらい高く積めたことあるの?」
「あんまり意識してないけど、だいたい7尺くらいかしら」
「そんなに?すごいな……私は膝まで行くのもきつそうなのに」
「ずーっとやっているからね」

 時間の感覚というのは種族によって大きく違う。外に出て学んだこと。瓔花の言ったずーっとがどれだけの時間の積み重ねなのか。時計のないここでは知るすべがない。

「じゃあ、次は10尺までいってみよう」
「えっ」
「目標よ。やりがいに繋がるでしょ?漠然とやるよりは集中力とモチベーションが上がると思うし、できたら達成感だってあるじゃない。私だって新聞大会でランキング入りするっていう目標のために、日々努力を積んでいる。それと一緒」
「……笑うところ?」
「何が?」

 真顔で見つめ合う。沈黙が流れる中、瓔花が見ていてと告げる。そして私の積石を軽く小突いて崩してしまう。

「そういうのもやってみたんだけどね。結局の所、どれだけ積んでも崩れたら無になっちゃうの」
「瓔花……」
「頑張って目標立てて、それを達成して、でも結局何も残らない」
「私の積石崩す必要あった……?」
「そしてまた崩れた石を積みなおすの」
「結構頑張ったんだけど?ねえ聞いてる?」
「それに水子にとって石積は償い」
「もしもーし」
「自らに課された永遠に終わらない罰」
「じゃあその頑張りを形に残すことができれば、少しはやりがいができる?」
「えっ」
「やっと話を聞いたなこいつ」

 ポケットからドヤ顔でカメラを取り出せば、瓔花は玩具?と不思議そうに見つめてくる。これまでの会話からも、瓔花がカメラについて知らなくても別に驚かない。瓔花の積石を撮影し、先ほど瓔花がやったのと同様に、指でつついて崩してやる。

「たしかに積石が崩れてしまえば何も残らない。でもこうして写真として記録に残すことはできる」
「記者さん……」
「これならやりがいも生まれるでしょ?」
「私の積石崩す必要あった……?」
「それに目標を達成したら、特別に記事にしてあげましょう」
「私にだって、載せてもらう新聞を選ぶ権利はあると思うけど」

 可愛くないことを言いつつも、こちらがカメラを渡してやれば、瓔花はおっかなびっくり触っている。操作方法を簡単に教えてあげれば、崩す前に撮影した積石の画像が映る。瓔花はそれを興味津々といった様子で見つめている。

「カメラってこんなに小さいんだ」
「私のはちょっと変わってるからね。幻想郷でもこれを見てカメラって認識できるやつは少ないと思うよ。写真撮影から文章作成、それらのデータ送付までできる優れもの。おまけに河童製作品につき水中での使用が可能な防水性に、飛んでる最中に落としても壊れない耐久性。他にも」
「ちょうだい」
「めちゃくちゃ高いからだめ」
「真顔にならないでよ冗談だって」

 いくら友人の頼みでもこれは予備もない仕事道具。渡せばお仕事できないし、新しく買うなら借金が必要になる。

「瓔花は記事として積石の記録が残せてモチベーションに繋がる。私はそれを記事にできる」
「協力関係ということ?」
「そういうこと」

 崩れてしまえば何も残らない積石も、写真にすれば記録に残る。記事にすれば読者の記憶に残る。そして残るということは、行為に対して意味を見出すことに繋がると私は思う。
 
「いいの?」
「友達じゃん?私たち」
「……疑問形なのがやっぱりそれっぽいよね」

 私も記者としてまだまだ未熟だ。満面の笑みに見惚れてシャッターチャンスを見逃してしまった。






♢♢






 それからまたしばらく経つが、瓔花はまだ目標の高さまで石を積めていない。正直なところ、今すぐ記事に載せても構わない。10尺なんてその場の思いつきで、その数字に意味なんてないなのだから。しかし、その目標で明らかに瓔花のモチベーションは上がった。瓔花の日々に刺激を与えることができて、それがやる気に繋がるのならしばらくは様子をみるつもりだった。

  その間にこちらとしてもすべきことがある。いきなり積石の写真をどーん!瓔花の名前をどーん!作品の解説をどーん!と載せところで、何だこれは???と混乱する読者の姿が目に浮かぶ。だから瓔花自身について、そして水子という種族についての特集を組んで記事を作り、興味を引いてから作品を定期的に載せていこうと考えた。段取って大事だよね。正直なところ、この記事が爆発的に売れるなんて思ってはない。いつもと変わらずランキング外になるだろう。それでも記者としては努力すべきだし、なにより瓔花にとっては1人でも多くの人に読まれることは喜びに繋がると思うから。とりあえず水子特集の記事が完成したので、さっそく印刷を依頼した。

「……ん?」

 翌日、郵便受けに入っていたのはえらく畏まった封筒。開けると紙が1枚。

『姫海棠はたて様、貴殿の賽の河原への渡航を無期限で禁じるとともに、花果子念報の発行を一ヶ月の間差し止めとする』

 文章の意味を理解するのにしばしの時間を要した。理解しても尚、何故こんなことになったのかわからない。いや、タイミングを考えたら水子特集の記事が原因だということくらい推測できる。その上で何がだめだったのかがわからない。なのでもちろん納得はできない。

  とりあえず事情を教えてもらうためにも、知り合いに当たってみることにする。文に尋ねてみる。あんたの新聞のことなんか知るかと言われた。ライバルでしょ!って足にしがみついてみた。蹴られた。泣いた。写真を撮られた(翌日の三面記事に載ったらしい)。仕方ないので次を考える。次の知り合いがいない。生きていくうえで一番大事な力はコミュ力だって、拾ったビジネス書にも書いてあった。私は就活と無縁だったからその時は鼻で笑ってたけど。2の矢がないので仕方なく、悪魔の手を借りることにした。

「頼っておいて人のことを悪魔呼ばわりはどうかと思います」
「だってすぐ嘘つくし。騙すし、悪巧みするし」
「それは姫海棠様の勘違いですよ。私はただただ皆様の幸せを願っているというのに」

 そういって嘘くさい笑みを浮かべながら、典は私の家で牡丹鍋をつつく。あ、そのお肉、私が育てていたのに。やっぱり悪い奴だ。典は飯綱丸様の使いとして、ほとんどの鴉天狗のことを知っている情報通。

 親しくなった?のは結構前、天狗の宴会での話。飲み会の席なら無礼講だから何をやっても許される。典の言葉を真に受けた私は、飯綱丸様の頭を酒瓶で思い切りどついた。ウケると思って。割れた酒瓶からあふれたお酒をたんまり頭から被って、怒りを超えて困惑の表情でこちらを見つめる飯綱丸様と、部屋の隅で腹を抱えて大爆笑している典の姿は忘れられない。それ以来、私は飯綱丸様からは『自分に逆らえない能力が便利な下っ端』、典からは『面白くてやべー女』として扱われている。まあでも口で言うほど悪い関係じゃないし、色々あって随分と距離も縮まった。今なら空の酒瓶でならどついても笑って許してくれるくらいの仲にはなったと思う。今度やってみよう。

「結局の所、何がまずかったの?」
「なんとなく察しているでしょうけど、水子特集の記事ですね」
「やっぱり?……取材をもとにうまくまとめられたと思うんだけど」
「水子は是非曲直庁管轄の問題であり、彼女らの下には鬼がついています。天狗は今でも鬼に逆らえない。要は元上司の上司から反感を買いたくない、これが検閲に引っかかった理由です」
「別に水子の仕組みを批判するようなつもりで記事を書いてないけど。待遇改善とかそういうのを目的にしたわけじゃないし」

 あくまで水子という霊がどのような経緯で生まれ、どのような性質をもっているか。その観点で客観的な事実を並べたはず。いずれ幻想郷縁起に瓔花が載れば、記載されるようなものばかり。

「私も目を通しましたけど、仰る通りだと思いますよ。ですが姫海棠様のことですから、石積に対してどちらかと言えば否定的な考えをお持ちですよね?」
「そりゃまあ……」
「無意識でしょうが、言葉の端々に書き手の思想が漏れ出ていました。脛に傷を持つものは触れられたくないものです」

 水子の話題はデリケート、触らぬ神に祟りなしということ。納得できる答えではない。かといって頭が固くて無駄にプライドの高い上の連中が、私の進言で結論を覆すようなことはまずない。それでも、諦めきれずに聞いてしまう。

「撤回させることは?」
「結論から言うと無理ですね」
「いや、私と飯綱丸様の仲ならなんとか」
「そういう話ではありません。たしかに飯綱丸様は大天狗としての権力、それ以外にも独自のコネを持ってはいます。それでも鬼、ないしは閻魔を相手するには、あまりにもリスクが高すぎる。それに対してこちらの得られるリターンは?」
「いいことをすると気持ちがいい」
「お肉のお代わり入れますね」

 もう鍋の中のお肉全部食べたのかこいつ。私の皿に野菜が押しつけられると、追加の肉が鍋に放り込まれていく。長ネギ美味しい。豆腐は煮崩れして鍋から取れなかった。貴重なタンパク質が。無念。

「ハイリスクノーリターンで依頼者はノータリン。受ける理由がありません」
「みんなの幸せどこいった」
「他者を幸せにできるのは自分が幸せなものだけなのですよ」

 人が用意して育てた肉を根こそぎ奪っていく典。その顔は確かに幸せそうだ。

「そもそもの話、弱小新聞たる『花果子念報』が今回のことで廃刊にならなかったこと自体、飯綱丸様の口利きによるものです」
「……ってことは飯綱丸様の中で、まだ私は使えるって扱いなのね」

 あの人は天狗の中では比較的優しいところもあるが、決して甘くはない。情はあっても基本的な行動指針は損得勘定。私に恩を売る必要はないし、酒瓶の件で貸は十分のはず。それでも助けてくれるのは、まだ手元に置く価値があるから。

「まあそうなりますね。色々と残念なところを除けば、念写で得られる情報というのはそれなりに使い道があります」

 今までも指示に従って、念写を飯綱丸様に送ったことがある。それがあまりよくないことに使われた可能性があることは百も承知している。というか写真を使う新聞が情報網に大きく関わっている天狗社会において、私の能力はいくらでも利用価値があることくらいは理解してる。どう理由すれば価値が出るのかまではわかんないけど。でも私にはそんな価値ある能力を使って成り上がる野心もなければ、それを利用しようとする他者から自衛するだけの力もない。どうせ力あるものに囲われるしかないのなら、飯綱丸様はまだ比較的マシな部類だと信じている。多分。頭をどついても許してくれるし。

「じゃあつまり」
「大きなリスクにならない範囲、もしくはそれ以上のリターンを見込める条件を掲示できるなら、多少の力をお貸しできるやもしれません」

 条件付きでも典の知恵と飯綱丸様のツテが使えるならできることは増える。それにリターンも問題ない。この牡丹鍋に使っている猪はそれなりにいいやつ。これで

「念のために行っておきますけど、猪一匹で鬼や閻魔に歯向かえなんて言わないでくださいよ?冗談でも帰りますから」
「……」
「……姫海棠様?嘘ですよね?」
「そんなわけないじゃん」
「ですよね。少し心配になってしまいましたよ。危うくシメを食べる前に帰ることころでした。ということでまずは姫海棠様の望みを教えてください。要件定義って大事ですよね」

 典は鍋にご飯と卵を入れて蓋をする。うどんがよかったのに。雑炊ができるまでの間に私の目的を整理する。たしかに記事を書く上で調べた結果、賽の河原の仕組に対して思うところはある。それでも、水子を救うだとかそんなところまで切り込むつもりはない。私が動いた結果、事態が悪くなる可能性は低くない。なのにそれに対して責任を取る能力がない。せめて行動をするならリスクを伝えた上で瓔花はもちろん、他の水子達が望んでいるかの確認が必須となる。そうでなければただの独善でしかない。でもこれはそんな難しいこと、天狗とか鬼とか閻魔とかの話じゃない。あくまで私とその友人である瓔花との話のはずなんだ。

「瓔花の積石を新聞に載せたい」

 ただ単純に、友達との約束を果たしたいだけ。私の新聞に載せると言ったときに、嬉しそうな笑顔を見せてくれた友人の期待に応えたい。たったそれだけのシンプルな望み。鬼やら閻魔やら是非曲直庁が出てくるような話じゃない。

「ふぁっふぁあいいふふぇあふぃまふよっ」
「喋るか食べるかのどっちかにしない?」
「はふっ」

 典はゆったりと尻尾を揺らしながら、おかわりを器に掬う。食べる方を選択した。美味しそうに食べる姿を見ているのは嫌いじゃないが、ちょっとまずい。食べ終わったらこいつ、間違いなく帰る。

「あーえーっと、デザートもあるから」
「はふ?」
「……おまんじゅう」

 さすがに鍋のあとにおまんじゅうはないと思ったけど、引き止めることができそうなものがそれしかないので仕方ない。

「ふむ……。少し整理しましょうか」

 問題なかった。本当によく食うなこいつ。

「言うまでもありませんが、新聞に載せるに当たって必ず印刷という工程があり、そのためには記事を書き上げて、それを預けなければなりません。そこで検閲が入ります」
「じゃあ上の目をすり抜けて印刷できれば」
「無理ですよ。天狗は情報を重んじている。その殆どが紙くずの価値しかない新聞なんてものに、未だに出資しているんですから。天狗の印刷所には必ずお上の目があります」
「じゃあ……山以外で印刷する?」
「もっての外。天狗が新聞を掌握しているのは人里でも周知の事実。天狗に睨まれるリスクがあるのに、今更そこに手を出そうするのは間の抜けた愚か者か、行き過ぎた善人か、枠を外れた強者です。愚か者ならすでに処分されているから問題外。善人なら人里の不可侵はあるとしても圧力がかかりますから、それを姫海棠様が切り捨てられるのなら一考の余地があるでしょうか。天狗を敵に回しても平気なくらい強い印刷業者にの知り合いはいますか?」
「どれもちょっと無理そう」

 情報はコントロールしてこそ武器になる。マスメディアを扱うものとして忘れてはならない心得。天狗は厳格な縦社会、上がしっかりと手綱を握っている。

「なので発想を変えます」
「案があるの?」
「簡単な話です。彼岸の話に触れなければ良い。当初の予定では載せたかったのは積石でしたよね。作者不明で作品を載せれば良いんです。あとはこちらで比較的検閲の緩い印刷所に山吹色のお菓子を包めばなんとでも」

 お菓子で釣れるのかは疑問だが、目の前の狐はお饅頭で釣れた。女の子って甘いものに勝てないもんね。作品の写真だけ載せても読者には何のことかわからない。だから制作者のことも記載するつもりだったが、いっそ私が水子には触れずに作品の講評を書くとかすれば、ある程度の誤魔化しは聞くかもしれない。しれないけど……

「うーん……」
「何か問題でも?」
「その写真がない」
「は?」
「10尺積めたら載せるって話だったから、それ用の写真が手に入ってない」
「……姫海棠様ってたしか」
「『賽の河原への渡航を無期限で禁じる』って」

 載せる写真がないし、それを撮影しに行くことができない。瓔花にカメラを見せた時に撮ったものも、まさか使うと思ってなかったので保存してない。誰かに撮ってきてもらうとなれば(頼める友人がいるかという前提は一旦無視するとして)、その人物も巻き込むことになる。既に私はイエローカードが出ている身、引き受けてくれそうな相手が思い当たらない。

「えーっと」
「嫌ですよ?もちろん飯綱丸様も駄目です。私達がするのは提案と多少の根回し、あとはまあ資金提供まで。実動はリスクが上回る」

 雑炊を食べ終わった典が、笑顔でおまんじゅうを催促してくる。台所に引っ込むと、楽しみにしていたやつを持っていく。それを典は美味しそうに食べてしまう。この細い体のどこにそんなに入るのだろうか。

「……ココアとかあります?いいやつ」
「まだ食べるの?」
「まだ姫海棠様の問題が解決していませんからね。……もう少しだけ付き合いましょう」
「ごめん助かる」
  











 
♢♢♢












 
 新聞に載せてくれると言ってからしばらくして、賽の河原に記者さんは現れなくなった。でも不思議と裏切られたとか騙されたとかは思わなかった。これは私が世間知らずで、記者さんへの盲目的な信頼を寄せているとかではない。何かやらかして「やっべ……」って言いながら、ここに来れなくなった記者さんの姿が簡単に想像できたから。だからもし次に会った時は、散々馬鹿にしてやろうなんて考えていて。だから別に気にしてはいなかった。そしたらちょうど、後ろから足音が聞こえてきて。

「遅いよ記者さん。何をやらかしたの?」

 そう言いながら振り向いた先にいたのは鬼。無言のまま、私の積石を倒してしまう。もう何度目かわからない光景。慣れや飽きを通り越して、特に何も感じることはないはずの日常。なのになんだか目頭がじんわりと熱くなるのは、騒がしい鴉天狗がいないせいだ。袖で目元をごしごしと拭って、嵐が止むのを待つように、膝を抱えて座り込む。10尺はまだ達成していない。なのに今回は、石積に戻る気力も崩れてしまったようだ。

 しばらくして鬼がいなくなると、気分転換に漂流物を漁る。他にできることなんてそれくらいしかないから。両手を組んで感謝の言葉を述べる。誰から教わったわけでもない。いつの間にか自然と行っている習慣のようなもの。流れ着くものが外との唯一繋がりだから、それに感謝するのはある種の信仰のようなもの。けどそれとは別に、水の中で流され沈み、暗い底から出られなくなったものたちのことを思うと、拾わないといけないような気持になる。

「……えっ?」

 ガラクタ同然のそれらを漁っていると見知ったものがあった。そこにあるはずのないもの。私はこれを知っている。手のひらに乗るくらいのサイズのそれを開くと、記憶を頼りにボタンを押していく。












 
♢♢♢












 
 賽の河原への渡航禁止を命じられてから数カ月が経過した。それまでの期間にもいろいろあった。飯綱丸様に直談判しに行って、痴情のもつれの仲裁をした。霊夢を通して伊吹様に頼みに行って、なぜか幻の酒とやらを探す冒険の旅に出た。文と一緒に四季映姫の所へ殴り込みに行って、裏切られた。私なりには色々と試行錯誤を重ねてみたけど、どれも結果が伴わなかった。
 
 でもまだ諦めてない。次の手を考えるだけ。とはいえすぐに解決しないのなら私にだって生活がある。なんなら借金まである。悲しいことに、瓔花のことだけ考えて生きていくことはできないのだ。それに瓔花も私の新聞を面白いと、言ってないな。ずっと批判ばっかりだったな。でも楽しそうに読んでいたのは間違いないはず。多分。何より瓔花は自分の記事が新聞に載るのを楽しみにしていたのだから、それまでに廃刊になるわけにはいかない。

「今日の分はおわり」

 区切りのいいところまで書き上げると、ゆっくりと伸びをする。背骨があんまり可愛くない音を立てる。時計を見ると短い針が9を指している。もうそろそろ眠る時間だ。しかしその前にやることがある。水子地蔵にカメラをお供えしてからの習慣であり、寝る前に必ず続けている。

 ベランダの扉を開けると、夜風が心地よく頬を撫でる。ごめん、嘘。寒いわ。後で寝る前にホットココアを入れなおそう。一旦中に戻って、茶色の半纏を羽織って再び外に出る。センス悪い上になんかちょっと匂うんだけど、でもとても暖かい。椛に貰ったお気に入り。

「瓔花……」

 にとりが長々と説明してくれたけど、電波とやらの理屈はよくわからなかった。多分だけど外に出る意味なんてないと思う。でもこの空はきっと瓔花のいる賽の河原に繋がっているから。……繋がっているよね?あれ?あそこって半分冥界?世界が断絶されても空って繋がっているのかな?わかんない。いいや。こういうのは気分だ。それに星空って綺麗で見て損するものでもない。飯綱丸様も元カノを口説くとき、星空に例えてうんたら言っていた気がする。いかんいかん、思い出し笑いしそうになるのをこらえて集中。

 雑念を払ってカメラを両手で持ち、目を閉じて頭に当てる。まるで祈るように。瓔花がやっていたように。欲しいものがここまで流れ着くのを祈って待つ。するとこの習慣を始めてから1度たりとも反応しなかったカメラが、何かを受信した音がした。慌てて画面を開く。

「……やるじゃん瓔花」

 そこには自分の頭よりも高い積石の隣で、こちらに向けてあっかんべーの表情をしている瓔花の姿があった。
一応主役ははたてですが、戎瓔花の作品として提出させていただきます。正直なところ私の作風に対してちょっと重すぎるので、初見で書くことのないキャラだと思っていたのですが、このサイトで色んな作品にふれて自分でも書いてみたいと思い頑張ってみました。書くきっかけを与えてくださった作品及びその作者様たちにこの場で御礼を。
福哭傀のクロ
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コメント



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1.100POYOMOTI削除
冒頭でちょっと俗物感が顔を出してるはたてと、意外と好戦的で口の悪い瓔花ちゃんの絡みが新鮮で面白かったです。
生産性がないのはその通りなんでしょうけどそれもまた関わりのひとつであるし、まったくの無価値ではないんですよね。
3.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
4.100よー削除
はたてと出会った直後のがきんきょ瓔花ちゃんが可愛かったです。
はたての奮闘と気持ちは脚長お地蔵さんに届いたのかな……届いていたらいいな……。

このお話を読んで、自分の考える戎瓔花は芯が強いというか頑固者というか、他人の影響を受けにくい子なのかなと思いました。今後の創作に役立つ気付きを得れて嬉しいです。
ありがとうございます!!! 本当にありがとうございました!!!
5.90名前が無い程度の能力削除
よかったです
6.100夏後冬前削除
とかく文章が小気味よくて読んでいて非常に楽しかったです。等身大のはたて感が出ていると同時に、やべー女過ぎて笑ってしまうところも非常に好きでした。
7.100のくた削除
良いです。最後でタイトルの意味がわかって、おおおおとなりました。このはたて好き
8.100名前が無い程度の能力削除
たいへん面白かったです。まずはたてと瓔花の出会いのやり取りから強烈に引き込まれました。楽しそうな信頼関係を築けていていいなと。そこから社会に飲まれ、その中であがきまくる姿がなんとも素敵でした。なにかを積み上げる過程に意味があるというその奔走がきれいに回収されていたように思います。
9.90やんたか@タイ削除
面白かったです。「処女作」っていうのが良いですね
10.100南条削除
面白かったです
ほぼ自業自得な理不尽に晒されながらも約束のためにできることを行い、最後は一矢報いた姿にはたての心意気を感じました
瓔花と打ち解けていくまでのやり取りもとてもよかったです
それはそうとひとを酒瓶で殴るのは無礼講とかそういう問題ではなく相当ヤバい女でした
11.100名前が無い程度の能力削除
感情的になれない、物事をシリアスになりたくない、のらりくらりやっていたい、というスタンスのひとがささやかな抵抗を試みる話と捉えました。瓔花もちゃんと目標達成してから写真を撮って送るあたり、このふたりは諦めかけているけど意思は強いんだよな、と思いました。
12.100東ノ目削除
クソガキ感ある瓔花がこれはこれでいいな……と思いました。
ままならない社会が上にある中でどう生きるか、というところにおいて天狗と水子は意外と親和性があるのだなと気が付かされました
13.100ローファル削除
面白かったです。
話の流れがとても綺麗でした。
14.100名前が無い程度の能力削除
処女作と思えないほど面白かったです。