戎瓔花は異様な気配に顔を上げた。平時には、三途の川は静かなものである。それが今日に限って騒がしい。
初めは死神達だった。
三途の川の向こう岸(つまり『あの世』の側)から、これまでにないくらいたくさんの渡し船がやってきて、今、瓔花の視界いっぱいに、彼方まで続く川岸に、三途の川の砂よりも多い数の船と船頭の死神が屯っている。
ぼけっと石積みをしていた子供達もさすがに気がついて、顔を上げた。遠慮もなくじろじろと死神達を眺める童達を諌めたりする瓔花の前で、事態は更に雪崩を打って進み始めた。
そう、雪崩のように、凄まじい数の人間たちが押し寄せてきたのだ。つまりは凄まじい数の亡者の列。言うまでもなく童達にはこんな事は初めてだった。瓔花は六十年か、八十年か程前に(ともするともう百年は経つかもしれない)似たような光景を見ていた。尤も目の前のそれは、あの時とは比べ物にならぬ程の凄惨だ。
死神達はけっこう頑張って人の「雪崩」を捌いていた。普段は水子達を虐める鬼達も協力していたが、どう頑張っても人の雪崩(もしくは人の津波、人の壁)の方が凄まじかったし、数えきれない亡者が三途の川の藻屑になった。たぶん死神と鬼も結構そうなった。「ざまあみー」と笑った子供の頭を瓔花がぺしりと叩いたのは、人の不幸を笑う大人になって欲しくなかったからだ。
そんなのが三日三晩も続いた。三途の川の基準で三日三晩だから現世で換算するともう少し長かった。大変な数の人に踏み荒らされた三途の川岸はもう夢と祭りの後始末で、積むのに最適な石は片端から踏み砕かれて砂になった。もう石積み大会はできないなと瓔花は思った。とはいえ、何かしらの楽しみの考えようはあるだろう。
そうでもなかった。
落ち着いたと思われた現世の方から、今度は数えられる範疇の亡者が死神に率いられてやってきた。一見して瓔花の心は暗くなった。また、そう思った自分を殺してやりたくなった。
「あ、母さん」
「おっとおだ」
「ママ! ママぁっ!」
そんなわけで瓔花は一人になった。もう誰もやってはこなかった。代わりと言うべきか、顔見知りの赤い髪をした死神がふらふらとやってきたので、瓔花は飛び出して噛みついた。死神はなんだかへらへらして答えたものだ。
「まあ、そういうわけでさ」
今頃地獄の方は蜂の巣をつついたような騒ぎだろうに、この死神はまたぞろサボり出て来たのだろう。
「これにて三途の川は店じまいだよ。長らくのご愛顧ありがとうございました、ってな」
「私は?」
「好きにしな」
そして死神もどこかへ行ってしまった。瓔花はぽかんとなってしまった。随分とぽかんとしていた。けれどもいつかは我を取り戻して、まだ余していた石を三途の川にどぶんと投げ捨てると、てってけどこかへ行ってしまった。
初めは死神達だった。
三途の川の向こう岸(つまり『あの世』の側)から、これまでにないくらいたくさんの渡し船がやってきて、今、瓔花の視界いっぱいに、彼方まで続く川岸に、三途の川の砂よりも多い数の船と船頭の死神が屯っている。
ぼけっと石積みをしていた子供達もさすがに気がついて、顔を上げた。遠慮もなくじろじろと死神達を眺める童達を諌めたりする瓔花の前で、事態は更に雪崩を打って進み始めた。
そう、雪崩のように、凄まじい数の人間たちが押し寄せてきたのだ。つまりは凄まじい数の亡者の列。言うまでもなく童達にはこんな事は初めてだった。瓔花は六十年か、八十年か程前に(ともするともう百年は経つかもしれない)似たような光景を見ていた。尤も目の前のそれは、あの時とは比べ物にならぬ程の凄惨だ。
死神達はけっこう頑張って人の「雪崩」を捌いていた。普段は水子達を虐める鬼達も協力していたが、どう頑張っても人の雪崩(もしくは人の津波、人の壁)の方が凄まじかったし、数えきれない亡者が三途の川の藻屑になった。たぶん死神と鬼も結構そうなった。「ざまあみー」と笑った子供の頭を瓔花がぺしりと叩いたのは、人の不幸を笑う大人になって欲しくなかったからだ。
そんなのが三日三晩も続いた。三途の川の基準で三日三晩だから現世で換算するともう少し長かった。大変な数の人に踏み荒らされた三途の川岸はもう夢と祭りの後始末で、積むのに最適な石は片端から踏み砕かれて砂になった。もう石積み大会はできないなと瓔花は思った。とはいえ、何かしらの楽しみの考えようはあるだろう。
そうでもなかった。
落ち着いたと思われた現世の方から、今度は数えられる範疇の亡者が死神に率いられてやってきた。一見して瓔花の心は暗くなった。また、そう思った自分を殺してやりたくなった。
「あ、母さん」
「おっとおだ」
「ママ! ママぁっ!」
そんなわけで瓔花は一人になった。もう誰もやってはこなかった。代わりと言うべきか、顔見知りの赤い髪をした死神がふらふらとやってきたので、瓔花は飛び出して噛みついた。死神はなんだかへらへらして答えたものだ。
「まあ、そういうわけでさ」
今頃地獄の方は蜂の巣をつついたような騒ぎだろうに、この死神はまたぞろサボり出て来たのだろう。
「これにて三途の川は店じまいだよ。長らくのご愛顧ありがとうございました、ってな」
「私は?」
「好きにしな」
そして死神もどこかへ行ってしまった。瓔花はぽかんとなってしまった。随分とぽかんとしていた。けれどもいつかは我を取り戻して、まだ余していた石を三途の川にどぶんと投げ捨てると、てってけどこかへ行ってしまった。
ですがしかし…瓔花ちゃんのその後はどうなったか気なりますね…
スッと終わったと思いましたが、あまりにあっさりとした絶望が目の前にあって途方にくれました
素晴らしかったです