10月31日の朝。
霧雨魔理沙は、顔よりも一回りも大きなかぼちゃを前に、誇らしげな笑みを浮かべていた。
「よし、完璧だ!」
かぼちゃの内部はくり抜かれ、表面には小さな三角形の穴が二つ並んでいる。その下にも、ギザギザに切り抜かれた細長い穴。
二つの三角形の穴と、細長い穴。それにより、薄気味悪い笑顔が出来上がっている。
つまるところ、それはジャック・オー・ランタンだった。
想像主である魔理沙は何度も出来栄えを確認して、満足そうに頷く。
そして、そのままかぼちゃを持ち上げ、頭に被せる。かぼちゃは下部にも穴が空いていて、人の顔が入るように作られていた。
魔理沙はそのまま、かぼちゃをぐっと押し込む。しかし、完璧に設計された穴は頭の大きさとほぼ等しく、途中でつっかえて中々入らない。
「入れッ!このッ!」
腕に力を込めるが、びくともしない。
「くそッ!入れぇぇぇぇッ!」
声と力を振り絞るが、やはりかぼちゃは額の半分を覆ったところから進まない。ただただ頭が擦れて痛くなるばかりだった。
「ちぃッ!それなら……!」
魔理沙は、かぼちゃを手で抑えたまま、前屈みになる。
そして闘牛の様に、壁に向かって走り出す。
「私はッ!霧雨魔理沙だッ!!カボチャごときに……負けるかぁぁぁッ!」
雄叫びを上げながら、全速力で壁に衝突。
部屋中に、ズドンと鈍い音が響く。そして——。
「っしゃああああッ!!!」
魔理沙の前に、オレンジ色の世界が広がった。
息苦しいが、かぼちゃの芳香は勝利の証だった。
かぼちゃを回して穴の位置を整えて、視界を確保する。
魔理沙は胸を張り、勝鬨を上げた。
「最ッ強!!!」
そのまま外に飛び出し、箒に跨る。
ハロウィンでかぼちゃ頭となれば、向かう先は一つ。
三角の穴は小さくて視界不良だが、魔理沙の目は真っ直ぐ明るい未来を見据えていた。
◇
アリス・マーガトロイドは、扉の向こうに現れた“何か”を見て数秒沈黙した。
オレンジ色の頭。
不気味な笑顔。
そして、見慣れた白黒の服。
「トリック・オア・トリート!アリス、お菓子をよこせぇぇぇ!」
素っ頓狂な登場に一瞬怯んだアリスだったが、すぐに状況を理解する。
呆れたように、そっとため息を吐く。
「……自分で作ったの?」
「ハロウィンはパワーだからな」
「ハロウィンは戦いじゃないわ」
それでもアリスは微笑み、キッチンに向かう。
すぐに戻ってきた手には、ブラウニーの包み。どうせ来ると思って、しっかりと用意はしていたのだった。
「いたずらは、勘弁して欲しいわ」
アリスがブラウニーを差し出すと、魔理沙はそれを受取る。よく見えなくても、かぼちゃの下の満面の笑みが伝わってきて、思わずアリスに笑顔が溢れる。
そして魔理沙は、早速ブラウニーを頬張——れなかった。
「……あれ?」
「食べないの?」
「穴が小さい」
口元に空いたギザギザの穴は細く、ブラウニーを通す事が出来なかった。
「……ばかね」
「残念だけど、取るかぁ」
アリスが苦笑し、魔理沙も釣られて笑う。
和やかな空気が流れる中、魔理沙はかぼちゃを掴み、上に持ち上げる。
しかし——。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「と、取れない……」
沈黙。
かぼちゃの中で、魔理沙の顔がみるみる青ざめていく。
「取れないって……。ど、どうするのよ!?」
「アリス、引っ張ってくれ!」
魔理沙が頭を差し出すように前屈みになる。
アリスはかぼちゃを掴み、思い切り引っ張る。都会派魔法使いなんて絵面では無いが、そんな事を気にしている余裕は無い。
「痛い痛い痛い痛い!!!」
「我慢しなさいッ!」
痛みを訴える魔理沙を叱咤しつつ、非力ながら全力を振り絞る。しかし、どれだけ力を込めても、かぼちゃは頬でつっかえて動かない。
いい加減指も痛くなり、アリスはかぼちゃから手を離した。
「か、固い……」
「痛かったぁ……。どうしようアリス。助けてくれぇ……」
「そんな情けない声出さないでよ!」
蚊の鳴くような声で縋る魔理沙に狼狽しながらも、アリスは何とか解決方法を探る。
上海人形のランスで突く?
……勢い余って魔理沙の顔まで貫きかねない。
石鹸で魔理沙の顔の滑りを良くする?
……丁度切らしてるんだった。
炎魔法でかぼちゃを焼く?
……流石に、危険過ぎる。
八方塞がりで、アリスは頭を抱える。直接頭を抱えられるだけ魔理沙よりマシだとか、余計な事を考えてしまう。
一体どうすれば良いのだろうか。
——考えろ、考えろ。きっと何か方法があるはず。頭を柔らかくして……。
——柔らかく?
その時、アリスに電流が走る。
「柔らかくするのよ!」
「や、柔らかくって……どうやるんだよ」
「決まってるでしょ!煮るのよ!」
「え?」
「煮れば柔らかくなるでしょ!そしたら中から食べて出られるわ!」
魔理沙がイマイチ理解が追い付かない中、アリスは自信あり気に胸を張った。
そうして、魔理沙とアリスの煮物作りが始まった。
◇
「さて、準備は出来たわ」
「なぁ……本当にやるのか?」
アリス邸の前の広場。
中央には、水を張ったドラム缶が置かれ、火に焼べられている。
その上には、逆さ吊りにされた魔理沙。ロープの先は、上海人形達がしっかりと掴んでいる。
ドラム缶の湯はぐらぐらと煮え立ち、醤油と味醂と酒の香りが立ち上がる。
「当たり前じゃない。大丈夫。あなたならできるわ」
アリスの固い決意と信頼に、魔理沙も覚悟を決めて唾を飲み込んだ。
アリスの作戦は、非常に単純明快。
ドラム缶に沸かした湯で、カボチャを煮込む。魔理沙は内側から冷却魔法を使い自分を守る。アリスは呼吸確保の為、操り糸を通して魔法で空気を送り込む。
そして、作戦はシンプル故に高度な調整が求められている。
冷却魔法が弱ければ魔理沙の顔まで煮えてしまうし、強ければ中まで火が通らない。
とはいえ、直接火を当てるよりは安全性は高い。
兎も角、成功の鍵は魔理沙の魔法の練度に掛かっていた。
それを理解している魔理沙の表情は緊張で強張るが、かぼちゃが邪魔してアリスには見えない。
「それじゃあ魔理沙……いくわよ」
「……なぁ、アリス」
「何かしら」
「私が煮えたら、ちゃんと食ってくれよ」
「……ばか」
死も覚悟して笑う魔理沙に、アリスは短い悪態で返す。
そして、右手を高く掲げた。
それは、上海人形達への魔理沙投入の合図。
上海人形たちがゆっくり高度を下げ、魔理沙の顔がどぷんと湯に沈む。
「魔理沙……信じてるわ」
アリスはドラム缶を見つめ、そっと祈るように呟いた。
◇
広場には、香ばしい匂いが立ち込めている。
魔理沙が最初に湯に沈んでから、既に二十分。レシピ本が正しければ、充分に火が通っているはずだ。
アリスは上海人形達に指示し、魔理沙を引き上げる。そのまま移動させ、広場に横たわらせた。
魔理沙がいやに静かで、背中に冷たいものが流れる。
魔理沙は、無事だろうか。
かぼちゃはちゃんと、煮えただろうか。
作戦を閃いた時は魔理沙ならやり遂げると確信めいたものがあったが、どうしても不安を感じてしまう。
アリスは魔法でかぼちゃを冷却しながら、祈りを込めて、愛しい名前を口にする。
「魔理沙……?」
しばしの静寂。そして――
もぐ、もぐ、もぐ。
中から聞こえる、咀嚼音。
アリスは安堵感から、力が抜け、その場にへたり込んだ。
「生きてる……。良かった……本当に良かった!!」
「内側から煮物を食う日が来るとはな……感無量だぜ」
元気な声に、涙が溢れる。
安心したらお腹が空いた気になり、アリスも一口、外側から齧ってみる。皮まで柔らかく、芳醇な旨みが口いっぱいに広がった。
「あ、美味しい……。ちゃんと味が染みてる」
「料理は愛情だな」
「……うるさいわね」
二人で笑い合う。
魔理沙は内側から。アリスは外側から。
一緒にカボチャを食べ進めるうち、やがて中心で穴が繋がった。
「アリス、ほら、ここ……もう少し食えば――」
「えぇ——」
――ちゅ。
ふいに、唇が触れた。
隠し味に蜂蜜でも入れたんじゃないかというような甘さを感じて、アリスの胸がどきりと跳ねる。
そして、魔理沙の上擦った声が響く。
「わ、わざとじゃないぜ」
慌てて弁解する魔理沙が堪らなく愛おしくなる。胸がじんわりと暖かくなるのを感じる。
自然と頬が緩み、笑顔が溢れる。
「ええ。これはきっと——」
今日はハロウィン。
玄関先に吊るしたオレンジ色のランタンが、静かに揺れる。
「神様の、いたずらね」
霧雨魔理沙は、顔よりも一回りも大きなかぼちゃを前に、誇らしげな笑みを浮かべていた。
「よし、完璧だ!」
かぼちゃの内部はくり抜かれ、表面には小さな三角形の穴が二つ並んでいる。その下にも、ギザギザに切り抜かれた細長い穴。
二つの三角形の穴と、細長い穴。それにより、薄気味悪い笑顔が出来上がっている。
つまるところ、それはジャック・オー・ランタンだった。
想像主である魔理沙は何度も出来栄えを確認して、満足そうに頷く。
そして、そのままかぼちゃを持ち上げ、頭に被せる。かぼちゃは下部にも穴が空いていて、人の顔が入るように作られていた。
魔理沙はそのまま、かぼちゃをぐっと押し込む。しかし、完璧に設計された穴は頭の大きさとほぼ等しく、途中でつっかえて中々入らない。
「入れッ!このッ!」
腕に力を込めるが、びくともしない。
「くそッ!入れぇぇぇぇッ!」
声と力を振り絞るが、やはりかぼちゃは額の半分を覆ったところから進まない。ただただ頭が擦れて痛くなるばかりだった。
「ちぃッ!それなら……!」
魔理沙は、かぼちゃを手で抑えたまま、前屈みになる。
そして闘牛の様に、壁に向かって走り出す。
「私はッ!霧雨魔理沙だッ!!カボチャごときに……負けるかぁぁぁッ!」
雄叫びを上げながら、全速力で壁に衝突。
部屋中に、ズドンと鈍い音が響く。そして——。
「っしゃああああッ!!!」
魔理沙の前に、オレンジ色の世界が広がった。
息苦しいが、かぼちゃの芳香は勝利の証だった。
かぼちゃを回して穴の位置を整えて、視界を確保する。
魔理沙は胸を張り、勝鬨を上げた。
「最ッ強!!!」
そのまま外に飛び出し、箒に跨る。
ハロウィンでかぼちゃ頭となれば、向かう先は一つ。
三角の穴は小さくて視界不良だが、魔理沙の目は真っ直ぐ明るい未来を見据えていた。
◇
アリス・マーガトロイドは、扉の向こうに現れた“何か”を見て数秒沈黙した。
オレンジ色の頭。
不気味な笑顔。
そして、見慣れた白黒の服。
「トリック・オア・トリート!アリス、お菓子をよこせぇぇぇ!」
素っ頓狂な登場に一瞬怯んだアリスだったが、すぐに状況を理解する。
呆れたように、そっとため息を吐く。
「……自分で作ったの?」
「ハロウィンはパワーだからな」
「ハロウィンは戦いじゃないわ」
それでもアリスは微笑み、キッチンに向かう。
すぐに戻ってきた手には、ブラウニーの包み。どうせ来ると思って、しっかりと用意はしていたのだった。
「いたずらは、勘弁して欲しいわ」
アリスがブラウニーを差し出すと、魔理沙はそれを受取る。よく見えなくても、かぼちゃの下の満面の笑みが伝わってきて、思わずアリスに笑顔が溢れる。
そして魔理沙は、早速ブラウニーを頬張——れなかった。
「……あれ?」
「食べないの?」
「穴が小さい」
口元に空いたギザギザの穴は細く、ブラウニーを通す事が出来なかった。
「……ばかね」
「残念だけど、取るかぁ」
アリスが苦笑し、魔理沙も釣られて笑う。
和やかな空気が流れる中、魔理沙はかぼちゃを掴み、上に持ち上げる。
しかし——。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「と、取れない……」
沈黙。
かぼちゃの中で、魔理沙の顔がみるみる青ざめていく。
「取れないって……。ど、どうするのよ!?」
「アリス、引っ張ってくれ!」
魔理沙が頭を差し出すように前屈みになる。
アリスはかぼちゃを掴み、思い切り引っ張る。都会派魔法使いなんて絵面では無いが、そんな事を気にしている余裕は無い。
「痛い痛い痛い痛い!!!」
「我慢しなさいッ!」
痛みを訴える魔理沙を叱咤しつつ、非力ながら全力を振り絞る。しかし、どれだけ力を込めても、かぼちゃは頬でつっかえて動かない。
いい加減指も痛くなり、アリスはかぼちゃから手を離した。
「か、固い……」
「痛かったぁ……。どうしようアリス。助けてくれぇ……」
「そんな情けない声出さないでよ!」
蚊の鳴くような声で縋る魔理沙に狼狽しながらも、アリスは何とか解決方法を探る。
上海人形のランスで突く?
……勢い余って魔理沙の顔まで貫きかねない。
石鹸で魔理沙の顔の滑りを良くする?
……丁度切らしてるんだった。
炎魔法でかぼちゃを焼く?
……流石に、危険過ぎる。
八方塞がりで、アリスは頭を抱える。直接頭を抱えられるだけ魔理沙よりマシだとか、余計な事を考えてしまう。
一体どうすれば良いのだろうか。
——考えろ、考えろ。きっと何か方法があるはず。頭を柔らかくして……。
——柔らかく?
その時、アリスに電流が走る。
「柔らかくするのよ!」
「や、柔らかくって……どうやるんだよ」
「決まってるでしょ!煮るのよ!」
「え?」
「煮れば柔らかくなるでしょ!そしたら中から食べて出られるわ!」
魔理沙がイマイチ理解が追い付かない中、アリスは自信あり気に胸を張った。
そうして、魔理沙とアリスの煮物作りが始まった。
◇
「さて、準備は出来たわ」
「なぁ……本当にやるのか?」
アリス邸の前の広場。
中央には、水を張ったドラム缶が置かれ、火に焼べられている。
その上には、逆さ吊りにされた魔理沙。ロープの先は、上海人形達がしっかりと掴んでいる。
ドラム缶の湯はぐらぐらと煮え立ち、醤油と味醂と酒の香りが立ち上がる。
「当たり前じゃない。大丈夫。あなたならできるわ」
アリスの固い決意と信頼に、魔理沙も覚悟を決めて唾を飲み込んだ。
アリスの作戦は、非常に単純明快。
ドラム缶に沸かした湯で、カボチャを煮込む。魔理沙は内側から冷却魔法を使い自分を守る。アリスは呼吸確保の為、操り糸を通して魔法で空気を送り込む。
そして、作戦はシンプル故に高度な調整が求められている。
冷却魔法が弱ければ魔理沙の顔まで煮えてしまうし、強ければ中まで火が通らない。
とはいえ、直接火を当てるよりは安全性は高い。
兎も角、成功の鍵は魔理沙の魔法の練度に掛かっていた。
それを理解している魔理沙の表情は緊張で強張るが、かぼちゃが邪魔してアリスには見えない。
「それじゃあ魔理沙……いくわよ」
「……なぁ、アリス」
「何かしら」
「私が煮えたら、ちゃんと食ってくれよ」
「……ばか」
死も覚悟して笑う魔理沙に、アリスは短い悪態で返す。
そして、右手を高く掲げた。
それは、上海人形達への魔理沙投入の合図。
上海人形たちがゆっくり高度を下げ、魔理沙の顔がどぷんと湯に沈む。
「魔理沙……信じてるわ」
アリスはドラム缶を見つめ、そっと祈るように呟いた。
◇
広場には、香ばしい匂いが立ち込めている。
魔理沙が最初に湯に沈んでから、既に二十分。レシピ本が正しければ、充分に火が通っているはずだ。
アリスは上海人形達に指示し、魔理沙を引き上げる。そのまま移動させ、広場に横たわらせた。
魔理沙がいやに静かで、背中に冷たいものが流れる。
魔理沙は、無事だろうか。
かぼちゃはちゃんと、煮えただろうか。
作戦を閃いた時は魔理沙ならやり遂げると確信めいたものがあったが、どうしても不安を感じてしまう。
アリスは魔法でかぼちゃを冷却しながら、祈りを込めて、愛しい名前を口にする。
「魔理沙……?」
しばしの静寂。そして――
もぐ、もぐ、もぐ。
中から聞こえる、咀嚼音。
アリスは安堵感から、力が抜け、その場にへたり込んだ。
「生きてる……。良かった……本当に良かった!!」
「内側から煮物を食う日が来るとはな……感無量だぜ」
元気な声に、涙が溢れる。
安心したらお腹が空いた気になり、アリスも一口、外側から齧ってみる。皮まで柔らかく、芳醇な旨みが口いっぱいに広がった。
「あ、美味しい……。ちゃんと味が染みてる」
「料理は愛情だな」
「……うるさいわね」
二人で笑い合う。
魔理沙は内側から。アリスは外側から。
一緒にカボチャを食べ進めるうち、やがて中心で穴が繋がった。
「アリス、ほら、ここ……もう少し食えば――」
「えぇ——」
――ちゅ。
ふいに、唇が触れた。
隠し味に蜂蜜でも入れたんじゃないかというような甘さを感じて、アリスの胸がどきりと跳ねる。
そして、魔理沙の上擦った声が響く。
「わ、わざとじゃないぜ」
慌てて弁解する魔理沙が堪らなく愛おしくなる。胸がじんわりと暖かくなるのを感じる。
自然と頬が緩み、笑顔が溢れる。
「ええ。これはきっと——」
今日はハロウィン。
玄関先に吊るしたオレンジ色のランタンが、静かに揺れる。
「神様の、いたずらね」
その解決法で本当によかったのでしょうか
いやよかったのでしょう