Coolier - 新生・東方創想話

約束

2025/10/20 16:01:57
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―雲一つない快晴。幻想郷の季節は初夏に差し掛かり、気の早い油蝉が鳴きはじめる。
だが、霧の湖の畔に静かに佇む、紅い洋館の周辺は濃霧に包まれ、季節の気配が遅れているようだった。

紅魔館の正門前には、淡い緑色の人民服とチャイナ服を合わせたような衣服を纏った赤髪の女性…紅美鈴が
壁にもたれかかり、腕を組み目を閉じていた。
その背の高い、筋肉で引き締まった均整の取れた身体には、長年の鍛錬が滲んでいた。

馬の蹄と車輪が轍を噛む音が聞こえる。やがて霧の中から一台の馬車が正門前に現れた。
御者が手綱を引き、馬が短く嘶いて止まる。
美鈴はその人物の「気」を感じ、はっと目を開けた。
「よう、相変わらず居眠りしてるんだな」
その御者は御者台から明るく声をかけた。
「まさか貴方が尋ねてくるとは…いや~、お久しぶりですね」
美鈴は驚きつつも、笑顔で応える。
「それと、寝てないですよ?あくまで瞑想ですからね」
美鈴は人差し指を立てて心外だ、といった表情で釘を刺す。
「はは、分かった分かった。…事前に連絡できてなくて悪いが、用があってな。入れてもらえるかな」
「ええ、勿論です。お嬢様にもお伝えしますね」
美鈴が重そうな正門を難なく開けると、馬車は敷地内にゆっくりと歩を進めた。

 ◆

紅魔館の大きな玄関口には、青みがかった銀髪の幼い少女…レミリア・スカーレットが出迎えていた。
「久しぶりね…」
レミリアは目を細めて、穏やかな微笑を浮かべ、優雅に挨拶をする。
その一つ一つの仕草は、洗練された貴族の淑女を彷彿とさせた。
「…ご無沙汰してたな。息災で何よりだ」
その人物は、少し乱暴な言葉とは裏腹に、スカートの端を両手で軽く持ち上げ、礼をする。
今のレミリアには、自然とそうさせる気品があった。
「…咲夜の葬儀には、行けなくてすまなかった」
少し俯き、絞り出すように言う。
レミリアは目を瞑り、一瞬懐かしげな表情を浮かべた。
「貴方も色々と大変だったのでしょう?後で墓前にお参りに来てくれたら、きっと咲夜も喜ぶと思うわ」
胸に手を添え、笑顔でそう答えた。そこには、かつての子供が背伸びをしたような、幼く我儘な印象は見られなかった。
「ああ、是非そうさせてもらうよ」

「あ!」
玄関ホールから、子供らしい明るい声が聞こえた。
虹色の羽をきらめかせて、金髪の幼い少女―フランドール・スカーレットが駆け寄る。
「久しぶり!ねえ、また以前みたいに弾幕ごっこしよ?」
屈託ない笑顔で笑いかける。
「ようフラン。…悪いな、もうお前の遊び相手は出来そうにないんだ」
申し訳なさそうに苦笑しつつ、フランドールの頭を優しく撫でた。
「フラン、お客様を困らせるんじゃないの。貴方ももう子供じゃないんだから、もう少し淑女らしく振る舞いなさい」
レミリアが妹に注意をする。
「そんなのわかってるわよ。ちょっと言ってみただけ」
フランドールがフン、とそっぽを向いた。以前と変わらぬ子供らしい仕草に、その人物は思わず笑みを浮かべる。

「ところで、今日は…」
言いかけると、レミリアが後を継ぐ。
「分かってるわ、パチェに用があるのよね。今呼んでくるわ」
「気を遣わなくていいぜ。私の方から図書館へ出向くよ」
館へ足を踏み入れる。薄暗い館内、豪奢な絨毯、幻想郷では見かけない西洋様式の調度品―
何もかもが昔のままだった。

 ◆

―図書館。
無数の蔵書を抱えるその空間は、相変わらず埃っぽくカビ臭かった。だが、意外なことに慌ただしい空気で満たされていた。
多くのメイド妖精達が、各々書物の山を抱えて飛び回っている。
「この魔導書郡は西側の152番本棚へお願いします。あ、その歴史書郡はそっちじゃなくて、第二書庫の694番へ!」
白いYシャツに黒いベストとスカートといった洋装の、暗い赤色の髪をした小悪魔が、
メイド妖精達にテキパキと指示を出し、図書整理の指揮を取っていた。
赤いフレームの眼鏡が、知的かつやり手の印象を与えている。
そこに訪問客が訪れる。

「あ、貴方は…お久しぶりです!」
小悪魔は一瞬、驚いた表情を見せたが、すぐに満面の笑みで元気よく挨拶した。
「よう、小悪魔!お前、すっかり出世したんだなー」
その人物は、あくせく働くメイド妖精達を見回し、にやりと笑い感心したように言った。
「えへへ…中間管理職も、これで中々大変ですよ。あ、それより、
パチュリー様にお会いに来られたんでしょう?きっと喜びますよ!」
小悪魔は手をパンパンと叩き、よく通る声で部下たちに告げる。
「皆、今日はもう仕事じまいです!各自解散してください!後のことは私がやります」
それを聞いたメイド妖精達は、突然の降って湧いた休暇に、皆喜んで飛び回り、去っていった。
「すまないな…気を遣わせちまって」
「ふふ、お気になさらず。さあ、パチュリー様は奥の書斎ですよ」
小悪魔はにこりと笑って、素朴だが丁寧な所作で左手を後ろに回し、右手で進む道を示した。

 ◆

腰まで伸びた美しい紫髪の、ナイトキャップを被った小柄な少女―パチュリー・ノーレッジが
広い書斎のデスクに座り、分厚い本を読んでいた。
来客の気配を感じ、本から目を上げると、驚いた表情になった。
「魔理沙…!」
「よう、久しぶりだな」
かつてと変わらない屈託ない笑顔で答える。
すっかり年老いてはいるものの、その整った顔立ちは健在だった。
黒いとんがり帽子に、白黒のゆったりしたローブと、足首丈のスカートを履いている。その手には杖が握られていた。
「…貴方が紅魔館に来るなんて何十年ぶりかしらね。元気そうで何よりだわ」
パチュリーは本を閉じて、笑顔で声を掛ける。そこにはかつての刺々しさ、無愛想さはなかった。
「元気そう、か…これでもだいぶガタが来てるんだけどな。お前は相変わらずそうだな」
魔理沙が一瞬、自嘲的な笑みを浮かべる。

二人は応接室に移動し、ソファに腰を掛けた。そこに、小悪魔が紅茶と茶菓子を持ってきてくれた。
小悪魔は笑顔で「ごゆっくり」と一言述べて、二人の邪魔にならないように気を利かせてすぐ退室する。

「そういえば、随分レミリアの雰囲気が変わったな。昔は見た目通り、幼さも同居してたんだが」
魔理沙が宙に視線を移し、記憶を辿る。
「レミィは…大切な人を失って、ようやく少し大人になれたのよ」
パチュリーは平静を装って言ったが、僅かに寂しさの色がその瞳に浮かんだのを、魔理沙は見逃さなかった。

久しぶりに再会した二人は歓談に花を咲かせた。
―紅霧異変で初めて出会い、スペルカードルールで戦ったこと。
「あの時、私の貧血が起こらなければ、貴方には負けてなかったわ」
パチュリーは紅茶を飲みながら、静かに主張する。
「お前、相変わらず負けず嫌いだな…」
魔理沙が思わず苦笑する。

―間欠泉とともに地底から悪霊が湧いて出た異変で協力して戦ったこと。
「くくっ…そういえば、あの時のお前のナビ、何の役にも立たなかったよな」
魔理沙が思い出し笑いをする。
確か、相対する妖怪の弱点を聞いても、尽く戦いが終わった後に答えが返ってきたのだった。
「…数十年ぶりに来てわざわざ言うことかしら」
パチュリーが憮然とした表情になる。だが、口の端には笑みを浮かべ、そしてフフッと吹き出した。

―幻想郷で同じ毎日が繰り返される異変で、異変石を共同研究したこと。
「何だかんだ言って、何かあれば私の知識を求めに来てたのよね」
パチュリーが胸をそらし、少し誇らしげに言う。
「…まあな」
素直に頷いて小さく呟き、ふっと笑う。お互い、懐かしげに思い出に浸った。

―魔法の研究のこと。アリスや成美といった、魔法使い仲間のこと。
現世代の博麗の巫女のこと。小悪魔の出世のこと。
咲夜が亡くなったこと。美鈴やレミリア、フランドールのこと…。
二人は積もる話を語り合った。壁時計の針を見ると、すっかり日が傾いている時刻だった。

「貴方とは色々あったけど…こうして振り返ると、妙な縁ね」
パチュリーが目を瞑り、しみじみと言った。その一言には、数十年の歳月の重みが感じられた。
「そうだな。けど、結構楽しかったんじゃないか?」
魔理沙がいたずらっぽく笑いかける。
「ふふ…そうね。少なくとも退屈はしなかったわ」
パチュリーも笑みで返す。

ふと、パチュリーがゴホゴホ、と咳き込んだ。その咳は粘り気が強く、2、3分ほど続いた。
口元を抑えた手からは、粘性のある血がぽたり、と滴り落ちた。
震える手で薬瓶を開け、数錠口の中に放り込み、紅茶で流し込む。
「お、おい…大丈夫か?昔よりだいぶ悪化してないか?それ、喘息だけじゃないよな…私より死にそうじゃないか」
魔理沙が心配そうに声を掛ける。
「はぁ、はぁ……お互い、歳は取りたくないものね」
不老不死であるはずの身から出たその言葉は、パチュリー流の冗談なのか、本気なのか解りかねた魔理沙は、
複雑な表情でただ黙っているのみだった。

よく見ると、パジャマのようなローブから覗くパチュリーの腕は昔より一層細くなっていた。
(…こいつも、完全な不死というわけではないんだよな)
それまでの楽しげだった雰囲気に、一滴の暗い雫が落とされた気がした。

 ◆

「…そろそろ本題に入りましょう。ただ単に世間話をしに来たわけじゃないんでしょう」
パチュリーが、真剣な表情で魔理沙を真正面から見据えた。
「―ああ。今日は、約束を果たしに来たんだ」
魔理沙はそう言うと懐から一冊の魔導書を取り出し、パチュリーの前に置いた。
「『死ぬまで借りてた本』だ。返すよ。他は馬車の荷台に乗せて持ってきた。美鈴に頼んで館の中に運び込んでもらってる」
一瞬の沈黙。だが、パチュリーには長く感じられた。まるで館の空気が止まったようだった。
「魔理沙、貴方…」
ようやく声を絞り出した。
「永遠亭で永琳に診てもらったんだが…悪性の腫瘍があるんだ。外の世界じゃ『癌』と呼ぶんだとか。
不治の病らしくて、今すぐってわけじゃないが…あともって半年ってところらしい」
魔理沙が淡々と言った。まるで自分のことでは無いかのように。

パチュリーは軽く目を伏せる。わざわざ魔理沙が会いに来た時点で半ば予想していたことだった。
だが、敢えて気付かない風を装っていた。
「……そう」
それ以上は何も言えなかった。

「まだ体が動かせるうちに、自分で持っていきたかったんだ。ついでにお前とも話したかったしな。
なあに、病気がなかろうとこの歳ならどうせ寿命だ。むしろ霊夢や咲夜の事を考えたら長く生きすぎたくらいだ」
魔理沙はかつての友人達の名を出した。

確かにそうだった。咲夜は時間停止の術の酷使により、常人よりも早く齢を取っていった。
霊夢はごく平均的な寿命で天寿を全うしたが、60歳ほどだった。
この時代、生活環境、医療環境において、かつ魔法使いとして多数の劇物を日常的に扱っていた魔理沙が
老人の域まで生きていられたのは殆ど奇跡のようなものだと言ってよかった。

「…私は、自ら捨虫の術を用いて、長命となった。だから…死を迎える気持ちがわからない。けど、貴方は…」
パチュリーは複雑な表情で魔理沙を見つめた。
「言いたいことは分かるよ。私は魔法使いとして人生のすべてを注いだ。何の悔いもないさ」
魔理沙が茶目っ気のある笑顔を見せる。それは、若かりし頃、不敵で大胆で自信家で、でも努力家で…
あの頃に戻ったような、そんな笑顔だった。
「―そう、それなら、よかった」
心の底から、そう思った。パチュリーも、普段は見せないような優しい笑顔で返す。
「今だから言うけど、私は貴方のこと、結構認めてたのよ。未熟ではあったけど…魔法に取り組む真剣さは本物だった」
パチュリーは一拍置いて続けた。
「私はいつも貴方が本を盗むのを怒ってたけど…その書物の知識によって成長する貴方の姿を、心のどこかで、楽しみにもしていたのよ」
パチュリーが少し照れたように顔をそらして告白する。
「なんだ、歳を取って随分素直になったじゃないか」
魔理沙がからかうように笑った。
「じゃあ私も言わせてもらうが、お前のことは魔法使いの先輩として尊敬してたんだぜ。
その深い知識、膨大な魔力、魔法に対する研鑽…お前は私の超えるべき壁だった。
…まあ、その知識を鼻にかけた上から目線は小憎らしかったけどな」
お互い顔を見合わせる。そして、ふふ、と二人で笑い合った。こんな風に笑い合うのは、もしかしたら初めてかもしれなかった。

 ◆

「さて、結構長い時間お邪魔したな。そろそろ御暇するよ」
魔理沙が帽子を被り、杖をついて立ち上がった。少しふらついたが、しっかりと踏みしめる。
「…久しぶりに会えて、話せて楽しかったわ」
パチュリーが笑いかける。そこには、様々な感情が込められていた。
「私も久々にお前と話せて嬉しかったよ。くれぐれも身体には気をつけろよ?
お前、私より不健康そうだからな。ちょっとは身体動かせよ」
魔理沙が忠告する。少しおどけたような言い方だったが、芯には心の底から心配する意思が感じられた。
「…ええ、気をつけるわ」
パチュリーはなにか皮肉で返そうと思ったが、素直に返事しておいた。最後はそれがふさわしい気がした。
「…ありがとう」
お互いに笑顔で、最後の挨拶を交わした。
杖をついて去っていく魔理沙の後ろ姿を見送る。これが最後…もう会うこともないのだろう。
そう思うと、自然と胸の中に何かがじわりと広がるのを感じた。
魔理沙が置いていった魔導書に手を添えた。その温もりの残る表紙を撫でながら、
友人でもありライバルでもある、一人の魔法使いの人生に思いを馳せるかのように、目を閉じた。

「魔理沙…貴方は、立派な魔法使いよ」
子供の頃、祖父の葬儀の通夜振る舞いで、祖父の友人達が明るく思い出話をしていたのが
今でも印象に残っています。

いわゆる東方二次創作の寿命差問題では、概ね悲哀が描かれます。
ただ、人生をやりきって寿命を迎えたのであれば、ねぎらい、笑顔で明るく送り出す…
そんなお話があってもいいのではないかな、と思ったのが発端です。

元は定命だが、捨虫の術で後天的に長命となったパチュリーならば、
きっと、先立つ者の意図を汲み取り、それが出来るんじゃないか…と解釈しました。
Fio
https://twitter.com/Fio6786
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コメント



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1.100白梅削除
良かったです。人間は捨虫以外にも長命になる手段がいくつかあるけど、その手段をとらないという選択と、親交のあった人間達を見送ってきたパチュリー他長命な者達はどう思ったのか(延命を提案してみたりしたのか)とか考えるとしんみりしますね
2.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
4.100南条削除
面白かったです
ちゃんと人として生き抜いて約束も果たした魔理沙がとてもよかったです
穏やかな最期を迎えてほしいです
6.100名前が無い程度の能力削除
精一杯生き抜いた人と見守る人、その関係性が素敵でした。
7.100ローファル削除
面白かったです。