Coolier - 新生・東方創想話

馬鹿馬鹿しい話

2025/10/12 14:29:00
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朝靄がまだ森の奥を包みこんでいた。
木々の隙間から差す日光は白くやわらかく、埃を含んだ空気の粒が光を受けてきらめいている。

霧雨魔理沙は、机の上に古びた和装本を広げていた。
『江戸奇譚抄』——里の古本屋で埃をかぶっていたやつだ。
店の片隅で、おそらく店主にも忘れられていたその存在に、魔理沙は何故だが心が惹かれた。
逸る気持ちでペラペラに乾いたページを捲る。

「さてさて……“その者、へそにて茶を沸かす”……?」

声に出して読んだ瞬間、魔理沙の眉がぴくりと跳ねた。

「……へそで茶を、沸かす……?」

彼女の脳内に、派手な火花が散った。
次の瞬間にはもう、胸の内に“確信”が芽生えていた。

「つまり、体内で熱と水を操り、へそを媒介にして茶を生み出す魔法……だな?」

ページの端をトントンと指で叩きながら、真顔でうなずく。

「すげぇ……江戸の人間、レベル高すぎだろ……」

紙の匂いが鼻をくすぐる。
魔理沙は本を見下ろしながら、半ば陶酔したように呟いた。

「失われた、火と水、そして土の合成魔法……面白ぇ!」

彼女の頭の中ではもう、幻想郷の誰も知らない大発見のシナリオが完成していた。

「よし、紅魔館に行くか。こういう時は動かない図書館に頼るに限るぜ」

そう言った時にはもう立ち上がっていて、愛用の帽子に手を伸ばす。
部屋の扉が勢いよく開くと同時に、森の鳥たちが一斉に飛び立つ。

「待ってろよ——アリス!」

特製のお茶を振舞う相手を想いながら、魔理沙は彗星の如く飛び上がった。

 ◇

紅魔館の図書館は、いつもながら静寂に包まれていた。
魔理沙が扉を開けると、埃が舞い上がる。

「よう、パチュリー。ちょいと聞きたいことがあるんだ」
「……またあなた?」

ページをめくる音とともに、紫の髪の魔女が顔を上げた。
じっとりとした目で、魔理沙を見つめる。

「“へそで茶を沸かす”って、どういう原理だと思う?」

パチュリーはまばたきを二回。
三回目でようやく反応した。

「……“へそで茶を沸かす”? あなた、何の話をしてるの?」

魔理沙は古書をどんと机に置いた。

「ほら、江戸の古文書だ。この文面を見ろ。“その者、へそにて茶を沸かす”」

パチュリーは興味を惹かれたように身を乗り出した。じっとりした目が、文字を追い掛けて上から下に動く。

「……へぇ。確かに変わった魔法ね。理論を考えたら、案外ありかも」
「だろ!? そう思うよな!」
「“へそ”が魔力循環の中心にあると仮定すれば、そこを媒介点に体内の魔力熱を外へ出すことは……理論上は不可能ではないわ」

魔理沙の目がきらきらと輝く。

「やっぱり!江戸のやつら、魔術師だったんだ!」

パチュリーは顎に手を当て、少し考え込む。

「ただ、茶を“作る”となると……火・水・土の三属性を同時に操作する必要があるわね。土で茶葉を育て、水で抽出し、火で加熱する……いわば“体内錬成”よ」
「おぉ、なんか凄い響きだぜ」
「でも、人体への負荷は大きいわよ。魔力の流れを誤れば、臓器を煮え立たせることになる」

パチュリーは冷静に言う。
魔理沙はそれを聞いてもなお、目を輝かせていた。

「つまり、それだけ難しい魔法ってことだろ?燃えてくるぜ」
「……燃えるのは勝手だけど、焦げないようにね」

そう言ってパチュリーは本を閉じた。
だがその口元には、かすかな興味の色が浮かんでいた。

——魔理沙が成功したら、咲夜でも試そうかしら。

彼女のへそから出る紅茶は、きっと絶品だろうと考えた。

 ◇

森の朝は静かだった。
その静けさを破るように、魔理沙の小屋からは時折「どんっ!」「じゅわっ!」と奇怪な音が響いてくる。

「よーし、今日こそへそで茶を沸かすぞ!」

魔理沙は鏡の前で腹部を叩きながら、意気込んでいた。
パチュリーの理論を信じて、火・水・土の魔力を体内で循環させる訓練を始めたのだ。

「火で温めて……水で流して……土で茶葉を……えっと……」

火と水は多少なり心得があったが、土の魔法は覚えがなく、苦戦していた。
体内で茶葉を合成するという事がどうしても出来ない。

「よし、いっそ体に取り込んじまえ!」

思い立って、棚から茶葉を取り出す。
ぽいっ、と口に放り込んだ。
噛んだ瞬間、顔が歪む。

「にっがぁっ!!」

涙目でむせながらも、魔理沙は必死に魔力を巡らせる。
胸の奥が熱くなる。胃の辺りがぽかぽかしてくる。

「いける……いけるぞ……お腹が湯気立ってきた気がする!」

数分後――

「……うぅ……あづ……っ……」

熱で倒れた。
部屋は湿気でむんむん、床には茶葉と焦げ跡。
魔理沙の顔は真っ赤で、息も荒い。
それでもまだ、茶を抽出するには僅かに体温が足りない。

「くっそう、あとちょっとなんだ。もっと熱く……」

呟いたまま、意識が途切れた。

 ◇

「まったく、あの子は……」

アリス・マーガトロイドは、森の道を急ぎながら眉をひそめていた。
数日前から魔理沙の小屋のあたりで、煙と爆発音が頻発しているという。
それ自体は珍しい事ではないが、今日は何やら胸騒ぎがした。
言いようもない不安に駆られて、どうしても放ってはおけなかった。
霧雨邸に到着し、扉を叩く。
明かりは付いており、人の気配もするが、返事はない。
胸のざわつきが肥大する。

「魔理沙、入るわよ」

断りながら扉を開けた瞬間、むっとした熱気が顔を打った。

「……何これ、サウナ?」

鼻をつくのはむせ返る程の茶葉の匂い。
床には魔法陣と焦げ跡、そして――

「魔理沙!」

上着を脱ぎかけたまま、魔理沙が床に倒れていた。
身体中にびっしょりと汗をかいている。

「ちょっと、しっかりして!」

駆け寄って肩を抱き起こす。
その体は、まるで火照った鉄のように熱かった。

「……なんでこんな……!」

アリスは慌てて服を脱がせる。
急いでタオルを冷水に浸し、体を拭き始める。
布が触れるたび、湯気がふわりと上がる。

「ア、アリス……?」

うっすらと目を開けた魔理沙が、かすれた声で呟いた。

「来てくれたのか……」
「何してたのよ、こんなになるまで!」
「研究だよ……へそで……茶を……」
「はあ!?」

アリスは怒鳴りつつも、涙が滲みそうになる。
彼女の手の中で、魔理沙の体温が異常に高いのが分かる。
怒りとも、呆れとも違う、胸の奥がじりじりするような痛みが広がった。

「……まったく、どうして放っておけないのかしら、あなたのこと」

魔理沙が、かすかに笑った。

「へへ……アリスが優しいから、だろ」
「もう、黙ってなさい!」

叱る声の裏で、アリスの頬が赤く染まる。
そして朦朧としていた魔理沙も、意識の輪郭を取り戻し、この状況を理解する。

「って私、裸——」

服を着ていない。
羞恥に身体がカッと熱くなるのを感じる。
その瞬間――
アリスの手の下から、かすかに“しゅうっ”という音がした。

「……熱っ」

思わずアリスは手を引っ込める。
次の瞬間。

ぷしゅうっ!

湯気が立ちのぼる。
魔理沙の腹部――正確にはへそから、淡い香りを帯びた蒸気が噴き出したのだ。

「綺麗……。魔理沙、これって、もしかして……」
「……やった……できた……?」

アリスは呆然としたまま、思わずその噴水に手を差し出す。
湯気がふわりと掌を包み、その中には淡い紅の雫が溜まった。
香りはやわらかく、少し甘い。
信じられない気持ちのまま、アリスはそっと唇を寄せた。
——舌に乗せた瞬間、ほのかな旨味と香ばしさが広がる。

「……美味しい」

その一言に、魔理沙が嬉しそうに笑った。

「良かった……。江戸の連中が出したのは緑茶だろうけど……アリスには紅茶の方が似合うと思ったんだ……」
「……嬉しい」

アリスは顔を赤くして微笑んだ。
胸の奥が、ほんのり温かくなる。
それが魔法のせいか、魔理沙の体温のせいか、自分でもわからなかった。
少し苦味も混じったその液体は、確かに幸せの味をしていた。

 ◇

明くる日の夕暮れ。
茜色に染まる里をアリスは歩いていた。魔理沙の家に向かう途中だ。
昨日、魔理沙は結局熱を出したが、一晩寝てすっかり良くなっていた。
それには、泊まり込んで介抱したアリスもほっと胸を撫で下ろした。
そんなアリスのの手には、小さな包み。元気を取り戻した魔理沙に何が食べたいか訊いたら、「アリスの作るブラウニー」なんて言うものだから、わざわざ自宅に戻って用意してきたのだ。
ココアについて語る魔理沙を思い浮かべながら、アリスはふと足を止める。
通りがかった露店に、珍しい茶葉が並んでいた。
『幻香の煎茶』などと書いてある。
アリスはそれを一袋手に取る。
夕日が茶葉の袋を照らし、緑の光がほのかに透けた。

「……魔理沙に、淹れてもらおうかしら」

思わず綻んだ顔を、風が撫でる。
森の奥から、愛しい笑い声が聞こえた気がした。
私も飲んでみたいです
やんたか@タイ
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コメント



0.簡易評価なし
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.80名前が無い程度の能力削除
良かったです。
3.80夏後冬前削除
やってることが螺旋丸の修行めいてておもろかったです
4.90のくた削除
>>——魔理沙が成功したら、咲夜でも試そうかしら。

咲夜さん逃げて
5.100南条削除
面白かったです
大変馬鹿馬鹿しい話でした
光るゲロから始まった二人の仲も深まっているようで何よりです
6.100くろあり削除
魔法というかその発想の何たるかを教わった気がしました。
ありがとうございました。