Coolier - 新生・東方創想話

古明地姉妹とかっぱロボ

2025/10/10 23:26:30
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 古明地さとりは旧都を散歩していた。なんてことはない単なる暇つぶしのために。
 ローブで全身を、フードで顔の半分以上を覆った姿で歩き続ける。彼女を見れば誰もが恐れ慄く。無用なざわめきを避けるためだった。

(この辺りも結構変わったわね……)

 さとりは普段閉じがちな目を少し大きくして、久々に訪れた地区を見回した。
 報告を受けてはいたが、地底への河童の企業進出が、彼女には新鮮に感じた。白い煙やら蒸気やらを噴き出す河童の工場との距離が、次第に縮まってゆく。
 何を造っているのやら、火気熱気厳禁らしい河童発明水妖エネルギーと、地熱豊富な地底は相性が悪いのではないか?ーーそんなことを思いながら工場の脇を通る。

 さとりはため息をついた。この散歩は溺愛する妹こいしを探すためでもあった。妹はしばらく地霊殿に姿を見せていなかった。最長外出期間の記録更新は近い。
 しかし、見つかることは期待していない。無意識に紛れ彷徨う妹を探そうと"意識"して、見つかった試しなど今まで一度もなかったからだ。

 希望があるとすれば、こいしが偶然にもさとりの姿を見かけたり、さとりが探していたことを他の誰かがこいしに伝えることで、彼女の方から会いに帰ってくるかだった。そのためさとりは命蓮寺など各所に声をかけて回ることもある。
 どちらにしても望み薄だった。だからさとりは、これは暇つぶしだと己に言い聞かせていた。

 (せめて、なにか面白いもののひとつでも見つけられたら、あの子の土産話にお返しができるんだけど……)

 そんなことを思いつつさとりは工場を通り過ぎる。同時に、建物で見えなかった裏手側に何気なく目をやった。

 その裏手側、広い空き地には、10メートルを軽く越す巨大な人形が佇んでいた。
 さとりは思わず立ち止まる。

(なによあれ、えらく大掛かりなからくりね)

 空き地に踏み込み、人形へ近付く。
 それは金属でできていて、胴や手足はまるで巨大なドラム缶のようだった。楕円球の頭部にはおさげのかつらと河童特有の帽子が被せられ、鼻から口にかけては黄色いクチバシとなっている。河童を模しているようだった。

(不恰好ねえ。それにしても初めて見たわこんなもの……)

 さとりは人形の足にそっと手を伸ばすーー

「こらあ! 勝手に触るんじゃないよ!」

 そこへ怒声が飛び込んでくる。

 地底の河童が工場の方から駆け足でやってくる。彼女はそこの下っ端だった。
 さとりは全く動じることなく目だけを向ける。

「これはうちの新発明なんだから、野良妖怪如きが触っていい代物じゃないんだよ!」

 そう言って下っ端はさとりを押しのけた。その拍子に、さとりのフードとローブがズレて、癖のある頭髪と眠そうな顔、そして、サトリ妖怪の象徴である、触手が伸びた真っ赤なサードアイがあらわになった。
 さっさと人形に向こうとしていた下っ端は、二度見する。

「…………」

「…………」

「 古 明 地 さ と り ! ? ! ? 」

 下っ端は目と口を裂けかねないほど開いて仰天した。即座に跪き、涙を流しながら土下座と命乞いを繰り返した。

「別に怒っちゃいないわよ。勝手に触って悪かったわ」

 さとりは他所を見ながらため息を吐いて、普段の調子のままに伝えた。それでも下っ端は疑いを持った表情で身をすくめている。
 サードアイは、下っ端から『信じられない』『あのさとりが……?』などの思念を感じ取った。
「『信じられない』? ああそう……」
 こんなことは慣れている。さとりは立ち去ろうと背を向けたーー

「ーーそうだ!! 貴方様にこの最新ロボの操縦権をお譲りしますよ!!!」

「はあ?」

 唐突な下っ端の明るい声に、さとりは振り返った。
 サードアイは彼女から、『地底の主にこの試作ロボを使ってもらえば最高の宣伝になるぞぉ!』『こりゃあ手柄のチャンスだ!』といった思念を感じ取った。

 下っ端はさとりにここで待つよう何度も念を押し、一目散に工場へ駆けた。
 少しして数人の河童ーーこのロボの開発担当や、他の河童達ーーを引き連れてきた。全員が下っ端同様にペコペコしている。
 さとりには彼女達の見分けがつかなかった。しかし、思念はぴったり一致していて、それは実に分かりやすかった。

「……なるほど、私は最高の広告塔ということね」

「い、いえいえ滅相もない……ただ、お詫びとしてですよ……えへへ……」

 先程の怯えはどこへやら、下っ端は口角だけを吊り上げ歯を見せるわざとらしい笑顔で、地底の主にへつらう。その変わり様にさとりは呆れて片目を閉じた。
「どうか! なんだったら地霊殿に置いといてもらうだけでもいいんで!」
 さとりが帰ってしまわないように取り囲み縋りながらまくしたてる河童達。怖がっているくせに間近まで擦り寄ってくるその根性を、さとりはおかしく思った。
「試運転も済んでおりますし、操作もこのコントローラーさえあれば片手で簡単!」
 そして、ロボの小型コントローラーを押し付けるようにさとりに手渡した。

「…………」

 さとりは、下っ端や開発担当の説明を聞いて、コントローラーを操作してみた。すると人形は想像以上にスムーズに動き出す。
「へえ……確かに簡単ね」さとりは人形に飛び跳ねる動きをさせながら呟いた。軽やかさの分、地面を踏みつける音と振動が連続する。その場の者達の髪や服が揺れ、砂煙が立った。
「いかがでしょう! いえいえ代金など結構でございます! 貴方様に使っていただければ箔がつくってもんですから!!」
「へへへ、今後ともうちの工場を何卒! 後ほど改めて使用感などお伺いに参ります! ではっ!!!」
 河童達は笑顔で会釈を繰り返し、逃げるように工場へ戻っていった。

 空き地にはさとりと巨大かっぱロボだけが残った。
 砂煙が晴れた後、さとりは息をゆっくり吸いながらロボを見上げ、そして息を吐く。

(こんなもん押し付けられてもねぇ……。ま、荷物持ちくらいにはなるかしら)

 とりあえず、さとりはロボと一緒に帰路を辿った。



 地霊殿に到着し、ロボを外の適当なスペースに置いて、さとりはホールに入った。

「お姉ちゃんおかえり!」予想外の声がさとりを迎えた。

「こいし……帰ってたのね……」

 さとりは感激して思わず笑みを浮かべた。
 こいしは「お姉ちゃんがうちに『帰ってくる』なんて珍しいこともあるもんねー」と言って体を揺らしている。
「あんたもそうでしょう。随分久しぶりよ?」
「そうー? 今出かけようとしたところよ。でもお姉ちゃんが帰ってきたなら話は別ね。お茶でもしない?」
 こいしは返事を待たずにホール上階のバルコニーへ向かった。
「そうね。きっと色々と話が……」
 さとりは言いかけてハッとする。普段は妹の話を聞くことがほとんどだった。だが今日は違った。
 さとりは、散歩に出掛けて良かったと心から思った。



「わー! いいのー!? ありがとうお姉ちゃん!」
 こいしは満面の笑顔で、かっぱロボの脛にしがみついた。
「ええ、プレゼントよ」
 さとりは迷わずかっぱロボをこいしに与えた。どうせ自分が使うことなどない、これが一番だと思った。妹は早速ロボの肩に乗り、地霊殿の広大なホール内を走り回らせてはしゃぎだす。
 バルコニーの安楽椅子に座って妹の様子を見下ろすさとりは、「ま、好きに遊ぶといいわ」と呟き微笑んでから、カップのお茶を啜った。

ーード カ ン !

 突然の轟音にさとりは茶を噴き出した。こいしの乗ったかっぱロボが、足からのジェット噴射で飛び上がり、壁を突き破ったのだ。適当にリモコンを操作したら飛んだようだ。
 かっぱロボの背中の出っ張りに掴まっているこいしは、楽しそうな悲鳴をあげながらどんどん地霊殿から遠ざかっていく。

「飛ぶ機能もあったのね……」
 その説明は受けていないことを若干不満に思いつつ、さとりはこいしを見送った。



 だいぶ時間が経った。

「…………」

 さとりは閉じんばかりの薄目で椅子にもたれかかっていた。
 結局こいしは戻ってこないようだった。テーブル上のさとりのカップはとっくに空になっている。向かいのカップは満杯のまま。

 さとりはため息をついて目を閉じたーー

 ところへ、あの下っ端の河童がホールに飛び込んできた。

 ドタバタとけたたましい足音にさとりは「なによ騒々しい……」と眉をひそめて片目を開ける。

 そばまで駆け上がってきた下っ端は、別れ際とは打って変わって真っ青な顔で、なにやらもごもごと不明瞭な言葉を発し始めた。
「あ、あ、あのっ、あのっ……」とても焦っているようで、うまく話せないらしい。

「え、なに? ちょっと落ち着きなさい。喋らなくていいから」
 さとりは聞くことを早々に諦めて、耳ではなくサードアイを傾けた。

「ナニ? 『あのロボに重大な欠陥があることが判明した』……?」

 さとりの眉間に深いシワが落雷のように走り、一気に顔つきが険しくなった。サードアイは思考を読み続ける。

「『長時間の連続稼働によって溜まる熱が、動力の水妖エネルギー機構に障害を及ぼし……』」


「 『 最 後 は 大 爆 発 を 起 こ す 』!? 」


 さとりは一瞬のうちに立ち上がった。
 膝裏に突き飛ばされた安楽椅子が床を駆け、背後の廊下へ続く扉を破り、長大な廊下の遥か向かいの突き当たりの壁にぶち当たって粉々になった。
 下っ端が反射的に肩すくめるより早く、さとりは彼女の首を掴んで吊り上げた。

「あのロボにはうちのこいしが乗っているのよ!?!?」

 さとりの髪がザワザワと逆立ち、身体からは赤黒い妖気が溢れ出した。そして鬼にも勝る恐ろしい形相で首を締め上げる。
「…………!!!」
 今までの様子とはまるで違う。下っ端は、自分が今まで噂で聞いて恐れていた古明地さとりとは、この姿のことだったのだと、もがきながらも理解した。

「すぐに探し出せ!!! 地上にも連絡を!!!」

 地霊殿ひいては地底中に、さとりの怒号が響き渡った。





 その後、地底の河童上層部では緊急会議が開かれ、総動員で古明地こいしの捜索が行われることとなった。
 
「あ、あの……地上の河童が協力要請に応じ、捜索部隊を派遣するとのことです……これで一層捗りますよ」

 下っ端はこの件の当事者として状況伝達係を押し付けられていた。地霊殿の門前に立つさとりに、肩をすくめた上目遣いで報告をする。
「…………ロボが稼働し続けたとして、爆発までの推定時間は?」
 腕を組んだまま、さとりは下っ端に目もくれずに尋ねた。
「ええっと……あの、た、ただいま設計班に確認して参りますっ……!」

 慌ててさとりから離れ、地霊殿に招集された同僚達の元へ。また慌てて戻ってきた下っ端は、俯きながら報告するーー爆発は半日程で起こりうると。
 サードアイは、『数時間ほどで起こりうる』という思念を読んだ。
 こいしがロボと出掛けて既に数時間以上経っていた。もうじき夕刻である。
「し、しかし、かなりの爆発が予想されるので、その時は我々も気付くはずでございま……」
 下っ端は途中で気付いて口を閉ざす。爆発してからでは遅いのだ。
 さとりのサードアイが、俯く下っ端の顔を覗き込み、その揺れる瞳を凝視する。

「なんとしても探し出せ。もしあの子に万が一のことがあれば、その時は幻想郷から河童を消す」

 下っ端は、欠陥発覚からここまでで5キロは痩せていた。





 少し時間を遡りーー昼間。

 古明地こいしはかっぱロボの肩に座って、地上の草原を走り回らせていた。かっぱロボは〔こいしがすぐそばにいることで彼女の存在感の薄さに取り込まれているとはいえ〕目立ち、それに伴ってこいしとやりとりする者も普段よりは多かった。
 魔理沙、他野良妖怪や妖精達が、かっぱロボを見物に集まっていた。「いいなぁ」「すごいなぁ」と、ロボを追いかけながら口々に言う。
 こいしはそれに「いいでしょ」「すごいでしょ」と返していく。途中、お尻に感じる熱さから無意識にかっぱロボの肩に立った。

 しばらくして草原から森に差し掛かるところでロボの動きが鈍くなった。
 こいしは肩に再び座った後、「あれー?」と首を傾げて、コントローラーを握りしめている手を振り回す。ロボは前傾姿勢のまま細かい振動を続けるのみ。
「なんだ、息切れか? 疲れてるんじゃないかこいつ」魔理沙がロボの足元から、見上げて笑った。
「ロボットよ? 疲れっこないわー」
「ははは、だろうな。……しかし暑いな……」
 魔理沙は帽子を脱いで髪を梳く。ここに至るまでに、下からのロボの迫力を楽しもうと地面に降りて追いかける運動をしたせいか、立ち止まった今、汗がどんどん出てくる。
「本当暑いなぁ……汗が止まらないぜ……」額や頬を拭う手はほとんど意味をなさない。のしかかってくるような熱気で次第に背中が丸まり、肩も下がってくる。

「い、いや……暑いじゃなく、熱い、か……? これは……」

 魔理沙は細めていた目をゆっくり見開いた。
 こいしは「あつーい」と言いながら魔理沙のそばへ降りた。同様に帽子をとって顔をあおいでいる。
「なあ……このロボ大丈夫なのか?」
「壊れてるって言いたいの? 貰ったばかりなのよ?」
「タダほど怖いものはないぜ。単なる燃料切れとも思えんしな……。近くにちょうどにとりのやつがいるから見せてみたらどうだ」
 魔理沙はそう言って、にとりの住む沢を示す。
「うーん、そうねー。そうしてみるわ」
 こいしはロボの前に立ち、コントローラーを何度も操作した。
「ほら動いてー。いちに、いちにー」
 ロボはガタガタ震えながらぎこちない動きで一歩一歩進み出す。

 魔理沙はその様子をしばらく眺めて、軽くため息を吐いた。そしてもう一度沢の場所を伝えてから、さっさと空へ飛び去っていった。

…………

…………

「見えてきたわ! ほらほら! あともうひと踏ん張り! 諦めちゃダメよ! ここで動かなかったらいつ動くの!? ほら動いて!」

 森の中をロボと向かい合って後ろ歩きで進むこいしは、沢まで後少しのところまで来ていた。手を叩きながら根気よく声を掛け、誘導操作を続けている。
 周囲には誰もおらず、ロボからの熱気で見物人が寄りつかないどころか、小動物達すら距離をとっていた。
「はあ、ロボットのお世話も大変ねー…………ん?」
 ふと、脚や頬にひんやりした空気ーー水霧を感じて、こいしは振り返る。
 岩の灰色と清流の青緑色が視界の右から左へと広がっていた。森を抜け、ついに沢へ到着したのだ。
 こいしは早足で岩場へ踏み込み、体の中の熱気を逃すように大きく深呼吸をする。
 そうしてひと息ついたところで辺りを見渡すも、見える範囲に河童はいなかった。

「ごめんくださーい!」

 反応はない。

「もしもーし! 誰かいませんかー!」

 やはり反応はない。ただ水の流れる音だけ。続けてこいしの右斜め後ろで、ロボがもう一歩踏み込む音。

「もー、せっかく来たってのに」こいしは頬を膨らませた。
 おもむろに手頃な石を両手で持ち上げると、沢に向かって駆け寄りながら、八つ当たりするように放り込んだ。

 その際、うっかりコントローラーも投げてしまっていた。

「あっ」

 ロボがさらに一歩、岸辺に踏み込む。そこへ投げられたことによる不慮の操作が重なった。
 ぐらりと、ロボの体が前にーー

「あーーーー……」

 ゆっくりと目の前を倒れていくロボを目で追いながら、こいしは間延びした声を漏らした。この瞬間彼女の脳裏にはかっぱロボとのこれまでの思い出が浮かばなかった。

ーードッボォオオオオン!!!

 巨大かっぱロボはゴールテープを切るかのように沢へ転落した。

「…………」
 けたたましい蒸発音と蒸気を上げて、ロボは頭から沈んでいく。
 こいしは両袖で口を覆い、目を一層丸くしたまま眺めた。途中、目だけをキョロキョロ左右に動かす。

 やがてロボの周囲の水からも湯気が立ち、気泡が増えてくる。

ーー「あっつぅぅううう!!??」

 河童のにとりが水面から飛び出した。切羽詰まった悲鳴を撒き散らしながら、熱さのあまり慌てて水風呂に入りにいくような勢いで岩場へと這い上がる。

「なにすんだ! 茹で河童にする気か!! なんなんだこれは!!!」
 すぐさまにとりは目を剥いてまくし立てた。顔は紅潮し、全身からは実際に湯気が上がっていた。

「ごめんなさーい。わざとじゃないの」

「くそっ、一体これはっ……。……ロボ、だと?」

…………

 話を聞いたにとりは怒りより興味が勝ち、とりあえずロボを見てみることに。
 まずは拾い上げたコントローラーでひっくり返った姿勢の修正を図る。
 ロボはこいしが動かした時より幾分スムーズに動いて沢から上がった。震えや熱気も穏やかなものとなっていた。
「あー、動いた動いた」こいしが手を叩いた。
「どれどれ……」
 ロボを座らせたにとりは、向こうの工房で分厚い耐熱防護服を身につけた後、ロボの背面に回った。工具で手際よくビスを外し、背面を開く。

「ひっでえ造り!!!」にとりは思わず叫んだ。

「チェッ、安全面なんてこれっぽっちも考えてないな……何をよしとしたんだまったく……」

 そのまま顔をしかめてぶつぶつ言いながら内部をいじっていく。

「なるほど、地底の河童製か……ええと製品情報は……あった、南旧都工場だな……。動力機構の方はとーー」

 そして、手を止める。口の動きも止まり、さらに内部へ顔を寄せて十数秒ほど目を凝らした後ーー再び作業を再開した。そこからは、横目でチラチラとこいしの様子を見ながら。
 もうダメだと悟ったこのロボから、有用そうなパーツを可能な範囲でいただく作業に切り替わっていた。

 こいしはそんな作業内容を気にすることなく、岩場に座って脚をぶらぶらさせながら待った。

…………

「さて……ボディも冷えたし、燃料も追加しといてやったし、これで多少は動くようになったと思うからさ、もう行きなよ、早いとこ」

「ありがとー」
 
 こいしはロボと共に沢から飛び去った。

 にとりの元に古明地こいし捜索依頼が来たのは、この後のことだった。


…………


…………


 命蓮寺の響子は、突如門前に降り立ったジェット噴射ロボに悲鳴を上げ、掃き集めていた落ち葉や砂利が盛大に散らされたことにまた悲鳴を上げ、ロボの熱気でまたも悲鳴を上げた。

「どうー? すごいでしょ?」

 こいしは沢から地底に向かって空を飛んでいた時、遠方に人里を見た。それは全く偶然のことだったが、せっかく動くようになったのだからもっと自慢しようと、無意識的に進路を変えていた。
 ロボを門前に待機させ、まだ喚いている響子をスルーして寺院に入る。

 居間や本堂を覗く前に、こいしの足はまっすぐ台所へと向かっていた。台所に入ると流れるように物色し、お茶を見つけ2秒で飲み干し、振り返って退室ーー

「あらっ」

 ーーするところで、聖白蓮と鉢合わせた。

「あ、住職さん」危うくぶつかりそうになって、ふわふわっと後ずさりながら見上げる。

「こいしさん、来てたんですね。いらっしゃい」

「こんにちわー」

 微笑んでいた白蓮は、ふと両眉を上げて、「あ」と口を丸くした。

「あの、そういえば私……伝えましたっけ?」

 何かを思い出した白蓮は続ける。

「前にお姉さんが貴方を探して、またうちに来ましたよ」

「えっ? お姉ちゃんが?」


…………

…………

…………


 もう日が暮れてしまっていた。

 捜索隊もさとりも、結局こいしを見つけられなかった。地上の河童からも同様の連絡が入る。いつのまにか帰ってきてるのではないかと地霊殿に戻ったが、期待は打ち砕かれた。

「見つからない……」

 地霊殿の門前でさとりは項垂れた。肩で息をしながら両拳を強く握りしめる。出し慣れない声量で何度も妹を呼び続けたせいで、声は掠れていた。

「そうよ……あの子を探して見つかったことなんて、過去一度だってないんだからっ……!!!」据わった目でわなわなと震えながらさとりは嘆いた。

 彼女の周りには、下っ端を含めた河童達の他にも、地霊殿の動物達が集まっていた。主人から距離を保って、一種の警戒と怯えで身をすくめながらも、そろりそろりと様子を伺っている。

「あ、あの……」
 似たような足取りで下っ端が歩み寄り、さとりの背に向けて報告する。

「万が一に備えて、うちの最高峰の医療チームが既に万全の準備の上待機しております……」

 さとりは無言。背を向けたまま微動だにしない。
 このままじゃとんでもないことになってしまうーー自分達に直接被害が及ぶ前に、なんとか少しでもなだめられないかと下っ端は作り笑いで話を続ける。

「それに! 妹様も妖怪の身でいらっしゃるわけですし……! "万が一の万が一"なんてことは到底ありえーー」

 その瞬間さとりが振り向いた。無表情。
 下っ端の首に指が食い込む。

「ぐえっ……!!!」

「喋らなくていい」

 さとりの声はこれまでで最も低く冷たかった。だがその目はこれまでで最も大きく見開かれている。髪が再び逆立ち、赤黒い妖気が噴き出す。

「とりあえずお前は処刑する」

 持ち上げられた下っ端の足が地面から離れる。顔がみるみる紫色に。他の河童達が悲鳴を上げる。さとりの手は緩まない。
 首を絞める手の袖から触手が溢れ、何重にもなって締め上げる。さらにもう一方の手からの触手が螺旋を描きながら下っ端の両脚に巻きつき、がっしり固定した。

「…………っ!!!」

 捻り切られるーー下っ端は白目をむいて泡を吹いた。

 その時だった。

「ただいまー」

 普段と変わらぬ、のんびりとした声が上の方から響いた。

 さとりの手が止まる。全員の視線が一斉に空へ。

「何してるのー?」

 こいしが、ふわふわと一同の元へ降りてきていた。
 そしてかっぱロボが彼女の背後ーー上空から、続いて降下してくる。

 いや、違う。

 河童達はすぐに気付いた。あれは降下ではない。制御を失った"落下"だ。
 ロボはジェット噴射の代わりに白い煙を全身から噴き出し、赤く発光している。
 サードアイが周囲の思念を読み取る。『爆発する』『もうダメだ』『逃げなきゃ』

「ーーーーっ!!!」

 ほぼ同時にさとりは下っ端を投げ捨てた。下っ端は地面に転がり、咳き込みながら喉を押さえる。

 妹の無事な様子に胸を撫で下ろす暇も捨てて、さとりは飛び上がった。この刹那、妹を抱えて離れるつもりでいた。しかし

ーー落ちてくるロボ。落下の衝撃。大爆発。間に合わない。巻き込まれる。周りにペットーー

 さとりはこいしの横を弾丸のように通り過ぎ、かっぱロボへ突撃した。

 ロボの胸部を両手で受け止める。全身に妖力を込めて、ロボを持ち上げるようにして上昇していく。

「ぐっ……!」

 骨が軋むような負荷と皮膚が焼ける感覚もいとわず上昇を続ける。触手を全開にしてロボへ巻き付けつつ、地霊殿の屋根を越え、さらに高く。

「お姉ちゃん!?」

 下から、こいしの声が聞こえた。
 さとりは振り返らなかった。ただ上へ。できるだけ高く。少しでも遠く。

 ロボの熱と光と振動そして駆動音が限界を迎えようとしている。さとりにはそれらの区別がつかず、全身を削るひとつの巨大な刺激に感じていた。
 さとりとロボは太陽のような光球となって、まだ上昇していく。

 慌てふためき散り散りになっている動物達。真っ青になって見上げる河童達。口をあんぐりさせて同じく見上げるこいし。光球は彼女らを太陽のように照らす。

 次の瞬間、暗い地底が白一色に染まった。
 
 それだけで地霊殿を倒壊させそうな轟音と共に、光球が大爆発を起こした。
 熱風と衝撃波が押し寄せる。河童達が一斉に尻餅をつき、動物達の毛が逆立った。

 直後、二度目の爆発。さらに三度目。四度目。五度目。
 青、赤、黄色、紫、緑。次々と爆炎が生まれては消える。暴走した水妖エネルギーとさとりの妖力が混ざり、通常の爆発では起こりえない色彩のショーを繰り広げた。
 爆発の連鎖に加えて巨大な火球が次々と発生して爆心を埋め尽くす。衝撃波が何重にもなって、地面が、地底全体が揺れる。空間そのものが歪むようだった。
 空に巨大な爆炎が渦巻く。それは生き物のようにうねり、吠え、暴れている。中心から火柱が立ち上る。それは地底の天井に激突し、そこからさらに炎が四方八方に散った。まるで第二の太陽が生まれたかのようだった。
 お空の使う技みたいだと、もしこの時感想を訊かれたらこいしはそう口にしていた。
 振動が止まらない。ドン、ドン、ドン、ドン。心臓の鼓動より速く、規則的に。
 こいしは思わず胸を押さえた。自分の心臓が鳴っているのか、爆発の振動なのか、区別がつかなくなっていた。

 圧倒的な存在感で、ただそこに爆発が在った。
 視界を埋め尽くし、聴覚を掻き乱し、触覚を打ちのめし、鼻や口に入る煙が嗅覚と味覚すら蝕む。
 見る者の五感の全てが爆発で満たされた。
 他のことなど考えられない。見ることも、聞くことも、感じることも、全てが爆発に奪われている。

 世界には爆発しかない。そう思わせるほどだった。

 爆発の衝撃波で、旧都の鬼達が何事かと見上げる。

 地上の博麗神社では、博麗霊夢が茶をこぼした。

 魔理沙の家ではがらくたがなだれを起こし、家主を生き埋めにした。にとりの工房でも同じことが起きた。

 命蓮寺ではご本尊が宝塔を床に落っことして叱られた。

 仙界では、聖人のとさかヘアが揺れ、さらに道士のお皿コレクションが半壊した。

 冥界の白玉楼では、夕食に使う山盛りの食材が床一面に散らばった。

 賽の河原で石積みコンテストをしていた水子霊達の作品が全て崩壊した。

 爆発は一つの現象を超えて、もはや異変だった。









「ごめんねお姉ちゃん。あのロボ、私が壊しちゃってたみたい」

「いいのよ、あんなロボなんかなくたって……あんたさえ無事なら……」

 全治2日の重傷を負ったさとりは、入院着に身を包み、病室〔地霊殿の一室〕にいた。緩んだ穏やかな目をして、ギャッジアップしたベッドにもたれかかっている。
 すぐそばの椅子に座ったこいしは、粛々とりんごの皮を剥きはじめた。

 さとりはしばらくその様子を眺めた。一本のリボン状になったりんごの皮が次第に次第に長くなっていく。この時間の経過と長さを如実に表していた。こんなひと時が、どれほど貴重か。

「お姉ちゃん、私ねーー」

 こいしが何かを言いかけたその時、ドアがノックされた。

「失礼します」お燐の声と共にドアが開く。「さとり様、河童達が……」
 その後ろから河童達がぞろぞろと入ってきた。開発担当、上層部、そして下っ端並びにその同僚達。全員が花束や果物カゴやらを抱えている。
 こいしは「あ」と手を止めた。さとりはため息を吐いて、片目を閉じた。

 河童達が部屋いっぱいに集まって、ベッドの前に立ち並んだ。

「えー、古明地様……この度は誠に申し訳ございませんでした!」

 一斉に頭を下げる。全員、後頭部が見えるほどのお辞儀。さとりは本当に見分けがつかなかった。

「よくも顔を出せたものね」
 そうは言うが、さとりはもはや河童やロボの件などどうでもよかった。ただ、このひと時の邪魔をされた苛立ちからの言葉だった。

 河童達はさらに深く頭を下げる。下っ端に至ってはお辞儀というより前屈だった。

「本当に、本当に申し訳ございません! 今後このようなことが二度とないよう、品質管理体制を抜本的に見直しまして……」

 さとりは開けている方の目も天井付近に向け、機械的に頷きながら聞き流す。サードアイすらまともに向ける気が起こらなかった。

「それで、あの、お詫びといいますか、ひとつ提案といいますか……」

 下っ端が半歩前に出る。

「今回の件、ロボの安全性の問題が原因であったことは大前提とした上で……」

 後ろの河童から小さい箱を受け取りながら下っ端は続ける。

「結果につきましては妹様を迅速に発見することで防ぐことができていたという反省を踏まえ……」

 この瞬間、さとりは彼女達がかっぱロボを押し付けてきた時の、ある種の心理的団結を再び感じた。反射的に下瞼がひくつく。


「よくお出かけになられる妹様の所在確認が、とっても簡単に行なえる我々の発明、『幻想郷ポインティングシステム』……略してGPSなど、いかがかと思いまして……」


 さとりは両目を閉じた。
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コメント



0.簡易評価なし
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100ローファル削除
面白かったです。
問題を起こした地底の河童達だけでなく、
(自分が作った物ではないので責任はないとはいえ)地上のにとりも普通にひどいことしてたのに笑いました。
3.100名前が無い程度の能力削除
すげぇ
4.90のくた削除
さとり怖い。
めげない河童たちも結構怖い
5.100南条削除
面白かったです
怒りに身を任せるさとりもふらふらと自由気ままなこいしもひたすらに面の皮の熱い河童どももとてもよかったです
爆弾を抱えてひとりで距離を稼ごうとするさとりに地霊殿の主たる器を感じました
6.80夏後冬前削除
しれっと部品を抜いてくにとりがあまりにもカスで好きでした
7.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。