朝靄の残る魔法の森。
柔らかな日差しが木々の間から差し込み、森の小道を淡く照らしていた。
鳥の声が遠くで響く中、静寂を破るように元気な声が響き渡った。
「よーし!スクワット1000回やるぜ!」
霧雨魔理沙が、自宅前の開けた空間で両手を腰に当てて仁王立ちしていた。
麦わら帽子を軽く押さえ、得意げな笑みを浮かべている。
少し離れた場所では、アリス・マーガトロイドが紅茶を片手に座っていた。
彼女は眉をひそめ、まるで「また始まった」とでも言いたげな表情を浮かべる。
「朝から何を騒いでいるの?新しい魔法実験?」
「いや、筋トレだぜ!」
「……筋トレ?」
魔理沙は胸を張った。
「この前、霊夢に腕相撲で負けたんだ。しかも二連敗!こりゃ魔法だけじゃなく、フィジカルも鍛えなきゃって思ってな」
「発想が単純ね……」
「単純こそ最強なんだぜ!」
アリスは呆れたように紅茶を置き、しばらく魔理沙を眺めた。
いつも勢いばかりで、何かに夢中になると周りが見えなくなる。
けれどその真っ直ぐさが、どこか憎めなかった。
「で、なんで1000回?」
「キリがいいだろ? 100回とかじゃ物足りないし」
「根拠がそれだけ?」
「うるさいなぁ。始めるぞ!」
そう言って、魔理沙は勢いよくしゃがみ込んだ。
◇
最初のうちは軽やかだった。
魔理沙の声が森に響く。
「いーち、にー、さーん……!」
アリスはその横で人形たちを操りながら、ちらちらと視線を送っていた。
ほんとにやってる……。
やがて五十回を超えた頃、魔理沙の息が少し荒くなる。
額から汗が滴り落ち、土に小さな斑点を作った。
「ねえ、魔理沙。無理する前に休憩したら?」
「わ、私はここからが本番だぜ!」
そして百回を終えた瞬間、彼女は大きく息をついた。
しかしその表情は満足そうで、どこか誇らしげだった。
アリスは肩をすくめる。
「まったく、どうしてそんなに無茶をしたがるのかしら」
「無茶ってのはな、挑戦の別名だぜ」
「……私と使ってる辞書が違うみたいね」
◇
二百回目に入ったころ、魔理沙の動きが徐々に鈍くなった。
太ももがプルプルと震え、呼吸も荒くなる。
太陽も天頂に達し、魔理沙を容赦なく照らしている。
「ようやく二百……!」
「まだ八百もあるのよ」
「言うなアリス、心が折れる!」
アリスはため息をつきながらも、そっと彼女の横に立った。
「……仕方ないわね。少し付き合ってあげる」
「おおっ、アリスもやるのか?」
「あなた一人だと途中で寝転がりそうだもの」
二人は並んでスクワットを始めた。
最初はぎこちなかったテンポが、次第にそろっていく。
しゃがんで、立ち上がる。
ふたりの影が草の上で揺れ、同じリズムを刻む。
「……ふふ、妙に息が合ってるわね」
「禁呪の詠唱チームの復活だな」
アリスは少し頬を赤らめた。
永い夜の想い出が、胸を巡った。
◇
五百回を越えたあたりで、空気が変わった。
魔理沙は膝に手をつき、息を荒げる。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
「もうやめたら? 無理をしても仕方ないわよ」
「いや、ここでやめたら絶対後悔する!」
彼女の目には、燃えるような光が宿っていた。
アリスはその表情を見て、心の中で小さく息をのむ。
ほんと、馬鹿みたいに真っ直ぐ……
魔理沙のそういうところが、羨ましくもあり、眩しくもあった。
自分は常に計算して動いてきた。
無駄を嫌い、効率を優先してきた。
自分の限界を思い知るのが嫌で、全力を出さない癖が付いていた。
でも魔理沙は違う。
どんなに無茶でも、笑われても、挑戦を辞めない。
この子を見ていると、いつか星に手が届くかもしれないなんて、おかしな空想をしてしまう。
「……いいわ、もう少し付き合ってあげる」
「へへっ、助かるぜ」
ふたりは再び並び、ゆっくりと腰を下ろした。
そのたびに、心の距離が少しずつ縮まっていく。
◇
六百回を越えると、もはや声に出して数える余裕もない。
遠くからカラスの鳴く声だけが響く。
2人は、いつの間にか互いの呼吸が聞こえる距離まで近づいていた。
魔理沙の視界の端に、アリスの横顔が映る。
汗に濡れた金髪が頬に貼りついていて、それが夕日を反射して美しかった。
「な、なあ……アリス」
「ハァ…… な、なに……?」
「なんで……そんなに、ハァ……冷静なんだ?」
「……え?」
唐突な質問にアリスは一瞬動きを止めた。
視線を伏せる。
「……揺れないように、ハァ…… 見えるだけよ」
「ほんと……か?」
彼女の声は穏やかで、少しだけ寂しそうだった。
魔理沙はそんな表情を見たのが初めてで、胸の奥が少しだけ痛んだ。
◇
七百回を超えた頃、森の風が吹き抜けた。
二人の服のリボンはひらりと舞い、木々の葉がざわめく。
魔理沙は疲労の中でも笑っていた。
アリスも、つられて微笑む。
言葉は少なかった。
けれど、その沈黙の中に確かな連帯感があった。
まるで、心と心で会話しているようだった。
八百回を越えたころ、魔理沙の足はガクガクと震えていた。
動かすたびに、筋肉が悲鳴を上げ、激痛が体中を駆け巡る。
「……ぐっ……!」
もう立つことすら苦しい。
汗が顎から滴り落ち、土の上に淡い円を描いた。
アリスも同じく、息を荒げている。
「もうやめても……ハァ…… いいのよ」
「ハァ…… 嫌だ」
「意地、張らないで……ハァ……」
「これが私の……ハァ……生き方なんだ……!」
その言葉に、真っ直ぐな目に、アリスの胸が小さく揺れた。
彼女は黙って、魔理沙の横で動きを合わせる。
二人の影が夕陽に伸びて、重なった。
その重なりは、まるで二つの心のように一体化していた。
◇
八百五十回を越えたあたりで、魔理沙は片膝をついた。
「くそっ……足が、もう動かねぇ……」
その背中を見て、アリスはほんの一瞬迷った。
助けたい。辞める理由を差し出して、楽にしてあげたい。
アリスはそっと魔理沙の肩に手を置いた。
「これ以上は……努力じゃなくて破滅よ……ハァ……」
魔理沙は顔を上げる。
その瞳は、涙で潤み、中に宝石を閉じ込めているように輝いていた。
「……私は何か一つくらい、最後までやり遂げたいんだ」
「……今までも充分頑張ってきたわ」
「違うんだよ。途中で諦めた事も、叶ってない事も、沢山ある。魔法も、挑戦も。……でも今日は、絶対に途中で投げ出したくないんだ」
その言葉には、子どものような純粋さがあったが、挑戦という言葉が、アリスの心に小さな影を落とす。
紅と白が、思考の端にちらついた。
アリスは目を閉じ、小さく息を吐いた。
「わかったわ。なら最後まで付き合う」
「アリス……!」
魔理沙の瞳が、少しだけ輝きを取り戻した。
◇
九百回を越える頃には、二人とも完全に無言だった。
ただ、呼吸と鼓動の音だけが森に響いていた。
そのとき、魔理沙の膝が限界を迎える。
がくん、と体が崩れ、倒れそうになる。
瞬間、アリスが手を伸ばした。
その小さな手が、魔理沙の腕を掴む。
「っ……!」
触れた瞬間、魔理沙の心臓が跳ねた。
いつも冷静なアリスの手。運動をした為か、とても温かく感じた。
「大丈夫?」
「……ああ。まだいける」
二人の手は離れなかった。
腕を組み、互いに支え合うように動きを続けた。
九百五十回。
九百七十回。
九百八十回。
数を重ねるたびに、痛みと苦しみの中で、不思議な静けさが訪れた。
◇
最後の十回を残して、魔理沙は小さく息をついた。
「……あと、十回だ」
「ええ」
ふたりは、互いにうなずき合う。
それ以上の確認はいらない。
「頑張ろう」なんて言葉はもはや野暮だった。
「いーち……!」
声を出すたびに、体が震える。
アリスの瞳はまっすぐ前を見つめ、魔理沙はその姿に力をもらっていた。
声を合わせて、回数を重ねていく。
「……ご……ろく……!」
息が合う。リズムがひとつになる。
痛みの中で、不思議な一体感が生まれていた。
「なな……はち….!」
ゴールに向けて、2人はただ走り続ける。
身体中が悲鳴を上げる中、心だけがを居心地の良さを叫んでいた。
「……きゅう……!」
そして——
「せんっ!!!」
最後の一回。
二人は力の限り腰を落とし、そして立ち上がった。
その瞬間、二人はそのまま崩れるように地面に倒れ込み、息を切らした。
森の空気は静まりかえっている。いつの間にか、すっかり日は落ちていた。
夜風が火照った身体を撫でるのが気持ち良い。
◇
「……終わった……よな」
「ええ、確かに……1000回」
魔理沙は仰向けになり、星を見上げた。
夜空には満天の星々が瞬いている。
「なあ、アリス」
「なに?」
「お前がいなかったら、途中でやめてたかも」
「ふふ、知ってる」
アリスは小さく笑い、隣で寝転がった。
二人の肩が、ほんの少し触れた。
「不思議ね」
「何が?」
「ただスクワットしてただけなのに、こんなに気持ちが満たされるなんて」
「達成感ってやつだな」
「それだけじゃない気がするわ」
アリスはそっと目を閉じた。
「……たぶん、誰かと一緒に頑張るって、こういうことなのね」
魔理沙は少し照れくさそうに笑った。
「そうだな。二人の方が、楽しいもんな」
二人の笑い声が、静かな夜風に溶けていった。
◇
やがて夜も深まった頃、虫の音が遠くで響く。
魔理沙が立ち上がり、帽子のつばを軽く整えた。
「なあ、アリス」
「なに?」
「明日もやろうぜ」
「……また1000回?」
「明日は腕立てかな」
アリスは呆れたように笑い、肩をすくめた。
「ほんとにあなたって、懲りないわね」
「努力家って呼んでくれ」
アリスはしばらく魔理沙を見つめ、柔らかく微笑んだ。
「……いいわ。明日も付き合ってあげる」
魔理沙は嬉しそうな、照れたような笑顔を浮かべた。
そして二人は並んで歩き出す。
夜の森を抜ける風の冷たさが、二人の距離を近付ける。
その背中を、星が静かに照らしていた。
柔らかな日差しが木々の間から差し込み、森の小道を淡く照らしていた。
鳥の声が遠くで響く中、静寂を破るように元気な声が響き渡った。
「よーし!スクワット1000回やるぜ!」
霧雨魔理沙が、自宅前の開けた空間で両手を腰に当てて仁王立ちしていた。
麦わら帽子を軽く押さえ、得意げな笑みを浮かべている。
少し離れた場所では、アリス・マーガトロイドが紅茶を片手に座っていた。
彼女は眉をひそめ、まるで「また始まった」とでも言いたげな表情を浮かべる。
「朝から何を騒いでいるの?新しい魔法実験?」
「いや、筋トレだぜ!」
「……筋トレ?」
魔理沙は胸を張った。
「この前、霊夢に腕相撲で負けたんだ。しかも二連敗!こりゃ魔法だけじゃなく、フィジカルも鍛えなきゃって思ってな」
「発想が単純ね……」
「単純こそ最強なんだぜ!」
アリスは呆れたように紅茶を置き、しばらく魔理沙を眺めた。
いつも勢いばかりで、何かに夢中になると周りが見えなくなる。
けれどその真っ直ぐさが、どこか憎めなかった。
「で、なんで1000回?」
「キリがいいだろ? 100回とかじゃ物足りないし」
「根拠がそれだけ?」
「うるさいなぁ。始めるぞ!」
そう言って、魔理沙は勢いよくしゃがみ込んだ。
◇
最初のうちは軽やかだった。
魔理沙の声が森に響く。
「いーち、にー、さーん……!」
アリスはその横で人形たちを操りながら、ちらちらと視線を送っていた。
ほんとにやってる……。
やがて五十回を超えた頃、魔理沙の息が少し荒くなる。
額から汗が滴り落ち、土に小さな斑点を作った。
「ねえ、魔理沙。無理する前に休憩したら?」
「わ、私はここからが本番だぜ!」
そして百回を終えた瞬間、彼女は大きく息をついた。
しかしその表情は満足そうで、どこか誇らしげだった。
アリスは肩をすくめる。
「まったく、どうしてそんなに無茶をしたがるのかしら」
「無茶ってのはな、挑戦の別名だぜ」
「……私と使ってる辞書が違うみたいね」
◇
二百回目に入ったころ、魔理沙の動きが徐々に鈍くなった。
太ももがプルプルと震え、呼吸も荒くなる。
太陽も天頂に達し、魔理沙を容赦なく照らしている。
「ようやく二百……!」
「まだ八百もあるのよ」
「言うなアリス、心が折れる!」
アリスはため息をつきながらも、そっと彼女の横に立った。
「……仕方ないわね。少し付き合ってあげる」
「おおっ、アリスもやるのか?」
「あなた一人だと途中で寝転がりそうだもの」
二人は並んでスクワットを始めた。
最初はぎこちなかったテンポが、次第にそろっていく。
しゃがんで、立ち上がる。
ふたりの影が草の上で揺れ、同じリズムを刻む。
「……ふふ、妙に息が合ってるわね」
「禁呪の詠唱チームの復活だな」
アリスは少し頬を赤らめた。
永い夜の想い出が、胸を巡った。
◇
五百回を越えたあたりで、空気が変わった。
魔理沙は膝に手をつき、息を荒げる。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
「もうやめたら? 無理をしても仕方ないわよ」
「いや、ここでやめたら絶対後悔する!」
彼女の目には、燃えるような光が宿っていた。
アリスはその表情を見て、心の中で小さく息をのむ。
ほんと、馬鹿みたいに真っ直ぐ……
魔理沙のそういうところが、羨ましくもあり、眩しくもあった。
自分は常に計算して動いてきた。
無駄を嫌い、効率を優先してきた。
自分の限界を思い知るのが嫌で、全力を出さない癖が付いていた。
でも魔理沙は違う。
どんなに無茶でも、笑われても、挑戦を辞めない。
この子を見ていると、いつか星に手が届くかもしれないなんて、おかしな空想をしてしまう。
「……いいわ、もう少し付き合ってあげる」
「へへっ、助かるぜ」
ふたりは再び並び、ゆっくりと腰を下ろした。
そのたびに、心の距離が少しずつ縮まっていく。
◇
六百回を越えると、もはや声に出して数える余裕もない。
遠くからカラスの鳴く声だけが響く。
2人は、いつの間にか互いの呼吸が聞こえる距離まで近づいていた。
魔理沙の視界の端に、アリスの横顔が映る。
汗に濡れた金髪が頬に貼りついていて、それが夕日を反射して美しかった。
「な、なあ……アリス」
「ハァ…… な、なに……?」
「なんで……そんなに、ハァ……冷静なんだ?」
「……え?」
唐突な質問にアリスは一瞬動きを止めた。
視線を伏せる。
「……揺れないように、ハァ…… 見えるだけよ」
「ほんと……か?」
彼女の声は穏やかで、少しだけ寂しそうだった。
魔理沙はそんな表情を見たのが初めてで、胸の奥が少しだけ痛んだ。
◇
七百回を超えた頃、森の風が吹き抜けた。
二人の服のリボンはひらりと舞い、木々の葉がざわめく。
魔理沙は疲労の中でも笑っていた。
アリスも、つられて微笑む。
言葉は少なかった。
けれど、その沈黙の中に確かな連帯感があった。
まるで、心と心で会話しているようだった。
八百回を越えたころ、魔理沙の足はガクガクと震えていた。
動かすたびに、筋肉が悲鳴を上げ、激痛が体中を駆け巡る。
「……ぐっ……!」
もう立つことすら苦しい。
汗が顎から滴り落ち、土の上に淡い円を描いた。
アリスも同じく、息を荒げている。
「もうやめても……ハァ…… いいのよ」
「ハァ…… 嫌だ」
「意地、張らないで……ハァ……」
「これが私の……ハァ……生き方なんだ……!」
その言葉に、真っ直ぐな目に、アリスの胸が小さく揺れた。
彼女は黙って、魔理沙の横で動きを合わせる。
二人の影が夕陽に伸びて、重なった。
その重なりは、まるで二つの心のように一体化していた。
◇
八百五十回を越えたあたりで、魔理沙は片膝をついた。
「くそっ……足が、もう動かねぇ……」
その背中を見て、アリスはほんの一瞬迷った。
助けたい。辞める理由を差し出して、楽にしてあげたい。
アリスはそっと魔理沙の肩に手を置いた。
「これ以上は……努力じゃなくて破滅よ……ハァ……」
魔理沙は顔を上げる。
その瞳は、涙で潤み、中に宝石を閉じ込めているように輝いていた。
「……私は何か一つくらい、最後までやり遂げたいんだ」
「……今までも充分頑張ってきたわ」
「違うんだよ。途中で諦めた事も、叶ってない事も、沢山ある。魔法も、挑戦も。……でも今日は、絶対に途中で投げ出したくないんだ」
その言葉には、子どものような純粋さがあったが、挑戦という言葉が、アリスの心に小さな影を落とす。
紅と白が、思考の端にちらついた。
アリスは目を閉じ、小さく息を吐いた。
「わかったわ。なら最後まで付き合う」
「アリス……!」
魔理沙の瞳が、少しだけ輝きを取り戻した。
◇
九百回を越える頃には、二人とも完全に無言だった。
ただ、呼吸と鼓動の音だけが森に響いていた。
そのとき、魔理沙の膝が限界を迎える。
がくん、と体が崩れ、倒れそうになる。
瞬間、アリスが手を伸ばした。
その小さな手が、魔理沙の腕を掴む。
「っ……!」
触れた瞬間、魔理沙の心臓が跳ねた。
いつも冷静なアリスの手。運動をした為か、とても温かく感じた。
「大丈夫?」
「……ああ。まだいける」
二人の手は離れなかった。
腕を組み、互いに支え合うように動きを続けた。
九百五十回。
九百七十回。
九百八十回。
数を重ねるたびに、痛みと苦しみの中で、不思議な静けさが訪れた。
◇
最後の十回を残して、魔理沙は小さく息をついた。
「……あと、十回だ」
「ええ」
ふたりは、互いにうなずき合う。
それ以上の確認はいらない。
「頑張ろう」なんて言葉はもはや野暮だった。
「いーち……!」
声を出すたびに、体が震える。
アリスの瞳はまっすぐ前を見つめ、魔理沙はその姿に力をもらっていた。
声を合わせて、回数を重ねていく。
「……ご……ろく……!」
息が合う。リズムがひとつになる。
痛みの中で、不思議な一体感が生まれていた。
「なな……はち….!」
ゴールに向けて、2人はただ走り続ける。
身体中が悲鳴を上げる中、心だけがを居心地の良さを叫んでいた。
「……きゅう……!」
そして——
「せんっ!!!」
最後の一回。
二人は力の限り腰を落とし、そして立ち上がった。
その瞬間、二人はそのまま崩れるように地面に倒れ込み、息を切らした。
森の空気は静まりかえっている。いつの間にか、すっかり日は落ちていた。
夜風が火照った身体を撫でるのが気持ち良い。
◇
「……終わった……よな」
「ええ、確かに……1000回」
魔理沙は仰向けになり、星を見上げた。
夜空には満天の星々が瞬いている。
「なあ、アリス」
「なに?」
「お前がいなかったら、途中でやめてたかも」
「ふふ、知ってる」
アリスは小さく笑い、隣で寝転がった。
二人の肩が、ほんの少し触れた。
「不思議ね」
「何が?」
「ただスクワットしてただけなのに、こんなに気持ちが満たされるなんて」
「達成感ってやつだな」
「それだけじゃない気がするわ」
アリスはそっと目を閉じた。
「……たぶん、誰かと一緒に頑張るって、こういうことなのね」
魔理沙は少し照れくさそうに笑った。
「そうだな。二人の方が、楽しいもんな」
二人の笑い声が、静かな夜風に溶けていった。
◇
やがて夜も深まった頃、虫の音が遠くで響く。
魔理沙が立ち上がり、帽子のつばを軽く整えた。
「なあ、アリス」
「なに?」
「明日もやろうぜ」
「……また1000回?」
「明日は腕立てかな」
アリスは呆れたように笑い、肩をすくめた。
「ほんとにあなたって、懲りないわね」
「努力家って呼んでくれ」
アリスはしばらく魔理沙を見つめ、柔らかく微笑んだ。
「……いいわ。明日も付き合ってあげる」
魔理沙は嬉しそうな、照れたような笑顔を浮かべた。
そして二人は並んで歩き出す。
夜の森を抜ける風の冷たさが、二人の距離を近付ける。
その背中を、星が静かに照らしていた。
地道なことにひたすら没頭する魔理沙たちが目に映るようでした
読んでいて楽しかったです
そしてあとがきで笑いました!