──光るゲロから始まる恋も、ある。
「今日も良い天気」
月がやけに明るい夜だった。
窓の外で虫の音が鳴く中、アリス・マーガトロイドは針と糸を手にして、人形のドレスのほつれを直していた。部屋には紅茶の香りと蝋燭の灯り。静かで、満たされた時間——のはずだった。
「アリースッ!あけてくれぇえっっ……!!」
けたたましい声と、ドンドンというノックというよりもはや破壊音。
アリスは眉をひそめて立ち上がる。
「……またあのバカね。こんな夜中に、何しに来たのよ……」
渋々ドアを開けると、そこには息も絶え絶えの魔理沙が立っていた。顔面蒼白、前髪がしっとり濡れていて、なぜか周囲がほのかに——
「って、くっさ!?……ちょっと、なに吐いてんのよアンタ!!」
「ごめ……っうぷ……ま、魔力暴走で、ちょっとだけ……うわ……」
ゴボッ、と鈍い音と共に、魔理沙の口から再びあふれたのは、発光するドロドロの液体。
床に落ちた瞬間、それは淡い緑色に光り始め、まるでスライムのようにじわりと揺れた。
「うわああああ!?ちょっ、なにこれ!?ていうか、何食べたらこんなもん出るのよ!?」
「……わかんねぇ……けど、多分……」
魔理沙のまぶたが閉じかける。
「……失敗……したかも、しれねぇ……んだぜ」
そのまま彼女はバタリと倒れた。
アリスは頭を抱えながら、でも放っておけず、そっと魔理沙の身体を抱え上げた。光る液体はじわじわと床を這って、しかしなぜかアリスの足元だけを避けている。
「……はあ、まったく……」
こんな夜でも、アリスはやっぱり、彼女を追い出せなかった。
◇
翌朝。
魔理沙はアリスの客間で目を覚ました。身体はだるいが、昨日の地獄のような気分は少しだけマシになっている。掛け布団は軽く、ほのかに紅茶の香りがした。
「起きた?」
ドアの隙間から、アリスの声。
魔理沙が「うん」と答えると、アリスは湯気の立つカップを持って入ってきた。
「……しょうがないから、看病してあげたのよ。感謝しなさい。」
「ありがと……ってか、ホントにごめん。あんなの、初めてだぜ……」
魔理沙は昨夜の記憶を思い出して、顔を赤くする。光るゲロ、アリスの驚愕の顔、床に広がる魔力反応。
「……あれ、なんだったの?」
アリスが静かに問う。
魔理沙は視線をそらして、少し唇を噛んだ。
「実験してたんだ。新しい魔力触媒。幻想郷にある変異キノコをベースに、月光と混ぜたら……なんか光るようになって……」
「で、試飲したと」
「……うん」
アリスはしばし無言だったが、やがてため息をついて微笑んだ。
「バカね。でも……なんだか、興味深いわ」
「へ?」
「朝になってもまだ、あの液体、光ってたのよ。しかも、魔力に反応してる。近づくと色が変わったり、形が動いたり……」
アリスの目がキラリと光った。
「魔理沙、これってもしかしたら、とんでもない魔法素材かもしれないわよ」
魔理沙は目を見開く。
「マジで……?」
アリスはにっこりと笑った。
「——一緒に研究してみない?」
魔理沙の胸が、どくんと高鳴った。
それは、液体の魔力反応のせいじゃなくて、たぶん——アリスの瞳が、自分に向けてまっすぐに向けられたからだ。
◇
アリスのアトリエの一角。
普段は人形制作に使っている作業台が、いまはすっかり“異物研究所”と化していた。
「……やっぱり光ってるな、これ」
魔理沙が瓶の中の液体をじっと見つめる。昨日吐いたものとは思えないほど、美しく淡い青緑色の発光が瓶の中を照らしていた。液体は魔力に反応して、アリスが人形を近づけるとふわりとピンクが混じる。
「ほら、見て。色の変化……これは“感応反応”よ。あなたの魔力には青、私には赤。中和されて緑に……面白いわね」
「つまり……このゲロは、私とアリスの“相性”で色が変わるってことか?」
「だから“ゲロ”って言わないで!」
ぺしっ、とアリスの手が魔理沙の肩を叩く。
魔理沙は笑いながらそれを受け流した。
「でもよ、こうやってふたりで何かやるの、久しぶりだよな」
アリスは一瞬、手を止めた。
「そう……ね。あんたが最近、こっちに寄りつかなくなったから」
「そ、それは……!別に避けてたとか、そういうんじゃなくてさ。ちょっと実験が忙しくて……」
アリスの表情が曇る。
魔理沙は慌てて言葉を重ねた。
「……いや、嘘。ちょっとだけ……気まずかったんだ」
「気まずい?」
魔理沙は、アリスの澄んだ瞳に見つめられ、視線を逸らした。
「……あの日、お前に言いかけたこと、覚えてるか?」
アリスは首をかしげた。
「どの日?」
「神社の祭りの日。帰り道。ほら、橋の上で……」
「ああ……」
アリスは思い出したように小さくうなずいた。あの日、魔理沙は何か言いかけて、けれど言葉を呑み込んだ。アリスも聞けなかった。聞くのが、少し怖かった。
「言えなかったんだ、あのとき。お前の顔見たら、もう……心臓が、喉のあたりでガンガン鳴っててさ」
「……バカね」
アリスが、そっと微笑んだ。
その微笑みを見て、魔理沙の頬が赤くなる。
「な、なんだよ……」
「言わなくても、わかるわ。あんたがバカなことを考えて、バカみたいに誤魔化して……でも、私も同じくらい、バカだったのよ」
瓶の中の液体が、ふわりと金色に輝いた。
まるでふたりの鼓動に同調するように。
「……研究続けてみる?」
「うん」
静かに頷いたふたりの距離は、ほんの少しだけ、近づいた。
◇
研究は順調に進んでいるように見えた。
液体は“光るゲロ”と揶揄されながらも、実は高度な魔力増幅特性を持ち、媒体として非常に優れていることがわかってきた。
「これをうまく精製できれば、魔力炉の代替エネルギーにもなるかもしれない」
「革命的だな、アリス!」
魔理沙は喜び、アリスも得意げだった。
けれど、順調すぎる研究ほど、落とし穴は深い。
それは、三日目の夜のことだった。
アリスの人形——上海人形が、突然、自律的に動き出した。
「……おかしいわ。命令してないのに」
人形はふらふらと宙に浮かび、机の上の瓶へと近づいていく。
「まさか……液体に“引き寄せられてる”?!」
魔理沙が慌てて止めに入るが、人形は瓶に触れた瞬間、ビリビリと魔力を放出し、目を赤く光らせた。
「わっ……!なんだ、これ!」
人形が動いた。腕を振り回し、他の瓶を床に叩きつける。液体が飛び散り、床に落ちた魔力にアリスの他の人形たちが反応する。
バタバタと、次々に人形たちが動き出し、暴走を始めた。
「制御できない!?なんで、こんなことに……!」
「この液体……感応するだけじゃない、支配するんだ。魔力が強いほど、逆にコントロールされちまう!」
魔理沙が叫ぶ。
アリスは口元を噛みしめる。
「私の人形たちが……!」
「アリス、下がってろ!」
魔理沙が前に出る。暴走する人形たちの攻撃を魔法で防ぎながら、必死にアリスを庇う。
「バカッ!自分が危ないでしょうが!」
「お前に、怪我してほしくねぇんだよッ!」
その言葉が、アリスの胸に突き刺さる。
爆発音。魔理沙の結界が破られ、破片が飛ぶ。
「魔理沙ァ!!」
吹き飛ばされた魔理沙が、床に叩きつけられる。
血がにじむ。
アリスの目に、涙が溢れた。
アリスの目の前で、魔理沙が倒れている。
床に倒れたその姿は、まるで一瞬にして生命の力を失ったかのように見えた。血が床に広がり、魔理沙の瞳は半分閉じたまま。アリスの足元には、暴走した人形たちの破片と、壊れた瓶の欠片が散乱している。
「魔理沙……!」
声が震え、アリスは駆け寄る。
魔理沙の身体を抱き上げ、その無防備な姿を見て、アリスの胸が締めつけられる。
「バカ……バカッ!!」
涙が溢れて、アリスの頬を伝った。
魔理沙の血で濡れた手を握りしめる。
「魔理沙っ……!魔理沙っ……!」
彼女は何度も繰り返すように呟くが、その涙はどんどん止まらなくなった。自分の人形が暴走してしまい、魔理沙を傷つけてしまった。アリスは無力さに苦しんでいた。自分がやったことが、こんなにも深い痛みを引き起こしている。
でも——
「お願い、魔理沙……起きて。お願い、私を見て……」
魔理沙の顔に手を触れると、まるでその肌が焼けつくように熱い。
その時、魔理沙の唇が動く。
「……アリス……」
「魔理沙?」
「……大丈夫、だから、泣くなよ」
その弱々しい言葉に、アリスはかろうじて顔を上げる。魔理沙の手が、アリスの頬をかすかに撫でた。
「大丈夫じゃない……あんた、血が……!」
「でもな、アリス……お前には言っとかなきゃいけないことがある……」
魔理沙がやっとのことで、アリスを見つめた。その眼差しには、いつもと同じように、ちょっと強気な、でも優しい色が宿っている。
「私は、お前のことが……ずっと、好きだったんだ」
その一言に、アリスの心臓が止まりそうになる。
「えっ……?」
「だから、これから先も、ずっと一緒にいたいって思ってる。……私、バカだったんだ、あの日言えなかったのが悔しくて」
アリスは息を呑み、魔理沙の言葉を飲み込む。
「私も……私も、魔理沙が好きよ。でも、こんなことを言うのは、怖かった。私、あなたに頼るのが怖くて……傷つけるのが怖くて……でも、もう、わからないの。魔理沙がいなくなることが一番怖い」
その言葉を聞いた魔理沙は、にっこりと笑った。
「じゃあ、これから先も怖がらずに、私を頼ってくれていいんだよ。だって、私もお前を一生守りたいから」
その瞬間、アリスの中で何かが弾けた。
涙が止まらなくなり、ただただ魔理沙を抱きしめる。
その肩を、強く強く抱きしめて。
「……ありがとう、魔理沙。あなたがいてくれて、本当に……ありがとう」
魔理沙はかすかに笑い、そしてアリスの腕の中で、意識を失った。四肢からも力が抜ける。
安らかなその顔からは、まるで生気が感じられず——
「魔理沙……?いやっ……いやぁっ!!!魔理沙ァ!魔理沙ァアアアアアアアア!!!!!」
魔法の森に、アリスの悲痛の叫びだけがこだました。
◇
「いやぁ、やっぱりアリスの作るブラウニーは美味いなぁ。ココアが違うのかな」
ブラウニーを頬張りながら、魔理沙はニコニコしている。
昨夜は頭の打ちどころが悪くて気絶したが、幸い命に別状は無かった。
光る吐瀉物も、いつの間にか消えてなくなっていた。
「……ありがとう。でも、昨日は本当に死んじゃったのかと思ったわよ」
「ごめんごめん。私もダメかと思ったぜ」
アリスが眉をひそめると、魔理沙はニヤっと笑った。
そして頬を赤らめて、アリスに向き直る。
「アリス。昨日、言った事なんだけどさ」
その言葉に、アリスはほんのり頬を赤くする。
「私はアリスの事……その、好き、だから」
「……私も、好きよ」
ふたりは目を合わせ、ふっと微笑んだ。
静かな午後のひととき。魔理沙とアリス、ふたりの時間は今まで以上に、温かく感じられた。
「これからもずっと、こうして一緒にいられるかな」
「もちろん、ずっとだよ」
二人はそれぞれに、またひと口ブラウニーを口に運んだ。笑い合いながら。
光るゲロから始まった奇妙な研究と、ふたりの関係。
けれどそれが、ずっと続いていく未来の一部であることを、魔理沙とアリスも、心のどこかで確信していた。
「今日も良い天気」
月がやけに明るい夜だった。
窓の外で虫の音が鳴く中、アリス・マーガトロイドは針と糸を手にして、人形のドレスのほつれを直していた。部屋には紅茶の香りと蝋燭の灯り。静かで、満たされた時間——のはずだった。
「アリースッ!あけてくれぇえっっ……!!」
けたたましい声と、ドンドンというノックというよりもはや破壊音。
アリスは眉をひそめて立ち上がる。
「……またあのバカね。こんな夜中に、何しに来たのよ……」
渋々ドアを開けると、そこには息も絶え絶えの魔理沙が立っていた。顔面蒼白、前髪がしっとり濡れていて、なぜか周囲がほのかに——
「って、くっさ!?……ちょっと、なに吐いてんのよアンタ!!」
「ごめ……っうぷ……ま、魔力暴走で、ちょっとだけ……うわ……」
ゴボッ、と鈍い音と共に、魔理沙の口から再びあふれたのは、発光するドロドロの液体。
床に落ちた瞬間、それは淡い緑色に光り始め、まるでスライムのようにじわりと揺れた。
「うわああああ!?ちょっ、なにこれ!?ていうか、何食べたらこんなもん出るのよ!?」
「……わかんねぇ……けど、多分……」
魔理沙のまぶたが閉じかける。
「……失敗……したかも、しれねぇ……んだぜ」
そのまま彼女はバタリと倒れた。
アリスは頭を抱えながら、でも放っておけず、そっと魔理沙の身体を抱え上げた。光る液体はじわじわと床を這って、しかしなぜかアリスの足元だけを避けている。
「……はあ、まったく……」
こんな夜でも、アリスはやっぱり、彼女を追い出せなかった。
◇
翌朝。
魔理沙はアリスの客間で目を覚ました。身体はだるいが、昨日の地獄のような気分は少しだけマシになっている。掛け布団は軽く、ほのかに紅茶の香りがした。
「起きた?」
ドアの隙間から、アリスの声。
魔理沙が「うん」と答えると、アリスは湯気の立つカップを持って入ってきた。
「……しょうがないから、看病してあげたのよ。感謝しなさい。」
「ありがと……ってか、ホントにごめん。あんなの、初めてだぜ……」
魔理沙は昨夜の記憶を思い出して、顔を赤くする。光るゲロ、アリスの驚愕の顔、床に広がる魔力反応。
「……あれ、なんだったの?」
アリスが静かに問う。
魔理沙は視線をそらして、少し唇を噛んだ。
「実験してたんだ。新しい魔力触媒。幻想郷にある変異キノコをベースに、月光と混ぜたら……なんか光るようになって……」
「で、試飲したと」
「……うん」
アリスはしばし無言だったが、やがてため息をついて微笑んだ。
「バカね。でも……なんだか、興味深いわ」
「へ?」
「朝になってもまだ、あの液体、光ってたのよ。しかも、魔力に反応してる。近づくと色が変わったり、形が動いたり……」
アリスの目がキラリと光った。
「魔理沙、これってもしかしたら、とんでもない魔法素材かもしれないわよ」
魔理沙は目を見開く。
「マジで……?」
アリスはにっこりと笑った。
「——一緒に研究してみない?」
魔理沙の胸が、どくんと高鳴った。
それは、液体の魔力反応のせいじゃなくて、たぶん——アリスの瞳が、自分に向けてまっすぐに向けられたからだ。
◇
アリスのアトリエの一角。
普段は人形制作に使っている作業台が、いまはすっかり“異物研究所”と化していた。
「……やっぱり光ってるな、これ」
魔理沙が瓶の中の液体をじっと見つめる。昨日吐いたものとは思えないほど、美しく淡い青緑色の発光が瓶の中を照らしていた。液体は魔力に反応して、アリスが人形を近づけるとふわりとピンクが混じる。
「ほら、見て。色の変化……これは“感応反応”よ。あなたの魔力には青、私には赤。中和されて緑に……面白いわね」
「つまり……このゲロは、私とアリスの“相性”で色が変わるってことか?」
「だから“ゲロ”って言わないで!」
ぺしっ、とアリスの手が魔理沙の肩を叩く。
魔理沙は笑いながらそれを受け流した。
「でもよ、こうやってふたりで何かやるの、久しぶりだよな」
アリスは一瞬、手を止めた。
「そう……ね。あんたが最近、こっちに寄りつかなくなったから」
「そ、それは……!別に避けてたとか、そういうんじゃなくてさ。ちょっと実験が忙しくて……」
アリスの表情が曇る。
魔理沙は慌てて言葉を重ねた。
「……いや、嘘。ちょっとだけ……気まずかったんだ」
「気まずい?」
魔理沙は、アリスの澄んだ瞳に見つめられ、視線を逸らした。
「……あの日、お前に言いかけたこと、覚えてるか?」
アリスは首をかしげた。
「どの日?」
「神社の祭りの日。帰り道。ほら、橋の上で……」
「ああ……」
アリスは思い出したように小さくうなずいた。あの日、魔理沙は何か言いかけて、けれど言葉を呑み込んだ。アリスも聞けなかった。聞くのが、少し怖かった。
「言えなかったんだ、あのとき。お前の顔見たら、もう……心臓が、喉のあたりでガンガン鳴っててさ」
「……バカね」
アリスが、そっと微笑んだ。
その微笑みを見て、魔理沙の頬が赤くなる。
「な、なんだよ……」
「言わなくても、わかるわ。あんたがバカなことを考えて、バカみたいに誤魔化して……でも、私も同じくらい、バカだったのよ」
瓶の中の液体が、ふわりと金色に輝いた。
まるでふたりの鼓動に同調するように。
「……研究続けてみる?」
「うん」
静かに頷いたふたりの距離は、ほんの少しだけ、近づいた。
◇
研究は順調に進んでいるように見えた。
液体は“光るゲロ”と揶揄されながらも、実は高度な魔力増幅特性を持ち、媒体として非常に優れていることがわかってきた。
「これをうまく精製できれば、魔力炉の代替エネルギーにもなるかもしれない」
「革命的だな、アリス!」
魔理沙は喜び、アリスも得意げだった。
けれど、順調すぎる研究ほど、落とし穴は深い。
それは、三日目の夜のことだった。
アリスの人形——上海人形が、突然、自律的に動き出した。
「……おかしいわ。命令してないのに」
人形はふらふらと宙に浮かび、机の上の瓶へと近づいていく。
「まさか……液体に“引き寄せられてる”?!」
魔理沙が慌てて止めに入るが、人形は瓶に触れた瞬間、ビリビリと魔力を放出し、目を赤く光らせた。
「わっ……!なんだ、これ!」
人形が動いた。腕を振り回し、他の瓶を床に叩きつける。液体が飛び散り、床に落ちた魔力にアリスの他の人形たちが反応する。
バタバタと、次々に人形たちが動き出し、暴走を始めた。
「制御できない!?なんで、こんなことに……!」
「この液体……感応するだけじゃない、支配するんだ。魔力が強いほど、逆にコントロールされちまう!」
魔理沙が叫ぶ。
アリスは口元を噛みしめる。
「私の人形たちが……!」
「アリス、下がってろ!」
魔理沙が前に出る。暴走する人形たちの攻撃を魔法で防ぎながら、必死にアリスを庇う。
「バカッ!自分が危ないでしょうが!」
「お前に、怪我してほしくねぇんだよッ!」
その言葉が、アリスの胸に突き刺さる。
爆発音。魔理沙の結界が破られ、破片が飛ぶ。
「魔理沙ァ!!」
吹き飛ばされた魔理沙が、床に叩きつけられる。
血がにじむ。
アリスの目に、涙が溢れた。
アリスの目の前で、魔理沙が倒れている。
床に倒れたその姿は、まるで一瞬にして生命の力を失ったかのように見えた。血が床に広がり、魔理沙の瞳は半分閉じたまま。アリスの足元には、暴走した人形たちの破片と、壊れた瓶の欠片が散乱している。
「魔理沙……!」
声が震え、アリスは駆け寄る。
魔理沙の身体を抱き上げ、その無防備な姿を見て、アリスの胸が締めつけられる。
「バカ……バカッ!!」
涙が溢れて、アリスの頬を伝った。
魔理沙の血で濡れた手を握りしめる。
「魔理沙っ……!魔理沙っ……!」
彼女は何度も繰り返すように呟くが、その涙はどんどん止まらなくなった。自分の人形が暴走してしまい、魔理沙を傷つけてしまった。アリスは無力さに苦しんでいた。自分がやったことが、こんなにも深い痛みを引き起こしている。
でも——
「お願い、魔理沙……起きて。お願い、私を見て……」
魔理沙の顔に手を触れると、まるでその肌が焼けつくように熱い。
その時、魔理沙の唇が動く。
「……アリス……」
「魔理沙?」
「……大丈夫、だから、泣くなよ」
その弱々しい言葉に、アリスはかろうじて顔を上げる。魔理沙の手が、アリスの頬をかすかに撫でた。
「大丈夫じゃない……あんた、血が……!」
「でもな、アリス……お前には言っとかなきゃいけないことがある……」
魔理沙がやっとのことで、アリスを見つめた。その眼差しには、いつもと同じように、ちょっと強気な、でも優しい色が宿っている。
「私は、お前のことが……ずっと、好きだったんだ」
その一言に、アリスの心臓が止まりそうになる。
「えっ……?」
「だから、これから先も、ずっと一緒にいたいって思ってる。……私、バカだったんだ、あの日言えなかったのが悔しくて」
アリスは息を呑み、魔理沙の言葉を飲み込む。
「私も……私も、魔理沙が好きよ。でも、こんなことを言うのは、怖かった。私、あなたに頼るのが怖くて……傷つけるのが怖くて……でも、もう、わからないの。魔理沙がいなくなることが一番怖い」
その言葉を聞いた魔理沙は、にっこりと笑った。
「じゃあ、これから先も怖がらずに、私を頼ってくれていいんだよ。だって、私もお前を一生守りたいから」
その瞬間、アリスの中で何かが弾けた。
涙が止まらなくなり、ただただ魔理沙を抱きしめる。
その肩を、強く強く抱きしめて。
「……ありがとう、魔理沙。あなたがいてくれて、本当に……ありがとう」
魔理沙はかすかに笑い、そしてアリスの腕の中で、意識を失った。四肢からも力が抜ける。
安らかなその顔からは、まるで生気が感じられず——
「魔理沙……?いやっ……いやぁっ!!!魔理沙ァ!魔理沙ァアアアアアアアア!!!!!」
魔法の森に、アリスの悲痛の叫びだけがこだました。
◇
「いやぁ、やっぱりアリスの作るブラウニーは美味いなぁ。ココアが違うのかな」
ブラウニーを頬張りながら、魔理沙はニコニコしている。
昨夜は頭の打ちどころが悪くて気絶したが、幸い命に別状は無かった。
光る吐瀉物も、いつの間にか消えてなくなっていた。
「……ありがとう。でも、昨日は本当に死んじゃったのかと思ったわよ」
「ごめんごめん。私もダメかと思ったぜ」
アリスが眉をひそめると、魔理沙はニヤっと笑った。
そして頬を赤らめて、アリスに向き直る。
「アリス。昨日、言った事なんだけどさ」
その言葉に、アリスはほんのり頬を赤くする。
「私はアリスの事……その、好き、だから」
「……私も、好きよ」
ふたりは目を合わせ、ふっと微笑んだ。
静かな午後のひととき。魔理沙とアリス、ふたりの時間は今まで以上に、温かく感じられた。
「これからもずっと、こうして一緒にいられるかな」
「もちろん、ずっとだよ」
二人はそれぞれに、またひと口ブラウニーを口に運んだ。笑い合いながら。
光るゲロから始まった奇妙な研究と、ふたりの関係。
けれどそれが、ずっと続いていく未来の一部であることを、魔理沙とアリスも、心のどこかで確信していた。
アリスと魔理沙の仲が深まっていくのが良かったですね。
おおよそ最悪な始まり方をしてるのに終わってみたらとても綺麗な話でした
ゲロから始まる恋、素晴らしかったです
まだ文章を書くのに慣れてない感じがするけど何作か書いてたらいつかすごいもの書きそうな予感がする