Coolier - 新生・東方創想話

『東方朱月譚』 第一章 ~宵闇の邂逅~

2006/02/20 21:22:25
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それは、東方の辺境にあるといわれる、幻想(ゆめ)の地。
現実でなくなった、あるいは現実にそもそも存在しないものに満ち溢れた世界。
世俗にまみれた人間には決して解く事の出来ない結界に護られたその異界を、
先人達はこう呼んだ。
夢幻と夢想の行き着く地、『幻想郷』と。

多くの俗人はその存在すら知る事は無いが、時たま迷い込む者が現れる。
それは境界たる神の社に近付いた者であったり、
人里離れた森の奥にたゆたう綻びに迂闊に触れた者であったり、
あるいは気まぐれな妖怪が境界を弄ったのに巻き込まれる者であったりと、
様々な経緯で入り込む者がいるが、その殆どが浮世に戻る事は無い。
何故なら、幻想郷に住まう大半の生物は妖怪であり、彼らの食糧は主として人の肉だからである。
もし生き残れる者が居るとすれば。
そこに住まう極少数の力ある人間の近くに迷い込むか、
よほどの強運の持ち主であるか、
―――あるいは、その者自身が力ある人間であるか、であろう。



「はっ……はっ……。」
雪でぬかるんだ地面を物ともせず、鬱蒼と生い茂る野草を掻き分け、高々とそびえる木々の間を駆けて行く、一つの影。
いや、駆けると言うには、その動きはあまりに荒々しい。
鈍い朱色が基調の学生服を纏い、そのスカートを青みがかった黒のロングヘアとともになびかせて、疾走という勢いを持って進むその姿は、まるで獲物を追う獰猛な獣を彷彿とさせた。
「……っはあっ!」
ダン、と勢い良く大地を蹴り、がむしゃらに走り続ける少女。その瞳も、髪と同じく青の色が見えた。
「……っく。もう、良いかしら……!」
誰にとも無く呟き、ようやく足を止める。暫くを荒れた息を整えるのに消費し、上気した顔を上に向けた。
「……ふぅ。大分奥まで来たかなぁ。」
肩に担っていたポーチからタオルを取り出し、汗を拭う。その仕草は実に健康的で、それ故自然な色香を感じさせる。
一通り拭った後、タオルを首に掛けながら、少女はふふん、と鼻を鳴らし、
「噂に聞こえし富士の樹海も、存外大した事ないわね。……まあ、走ってたら怖いも何も無いか。」
あー疲れた、と緊張感を全く感じさせない様子で漏らした。



少女は一本の木にもたれ掛かりながら、ぶつぶつと呟く。
「―――でも、時々こうして全力疾走で発散するのも飽きてきたなぁ。かといって、人前で迂闊に『アレ』を使う訳にもいかないし。やっぱり、私が人並みの生活をするのは無理なのかなぁ……。」
腕組みしつつ、うーんと唸る少女。その表情は翳りがあるものの、塞ぎ込むとまではいかないレベルだ。『以前』の彼女に比べれば、相当前向きになっていると言っていいだろう。
「……まあ、悩んでても仕方ないわね。生きてれば良い事ある筈、マイペースで行こう!」
おーっ、と自分を奮い立たせるように拳をかざす。さて、と気を取り直し、
「それじゃ、本当にどこに居るのか解らないか確かめてみよう!」
前向きに駄目な発言と共に、ポーチから方位磁石を引き抜いた。
「さあ、本当に回転してるのかな?」
期待の表情でコンパスの針を見てみると、
「―――あれ?」
回っていない。赤く塗られた針の先端は、普通に南の方角を指し示している。
「おかしいわね……もっと奥に入らないといけないって事?」
自分で言って、それは違うと心で否定する。樹海で方位磁石が役に立たないのは、磁性を持った鉱物が地中のそこかしこにあるからというのは彼女も知っている。そして、己の全力のスピードでそれなりの時間をかけてここまで来たのが実感としてある。それなのに針が振れないという事は、
「ここが富士の樹海じゃないから……って、そんな筈無いわよね。」
電車で富士山の見える駅で降り、ちゃんと道案内された通りに樹海の前に立ったのも覚えている。案内が嘘であればともかく、少女が足を踏み入れたのは間違い無く魔の樹海の筈だ。
「どういうこと……? まさか、磁力が消えたとか……ありえないよなぁ。」
自分で口にした台詞に、はは、と苦笑をこぼす少女。だが、次の瞬間。
「―――待った。確か、あの時もこれに近かったわね。」
口元に手を当て、真剣な顔で思案を始める。
(あの時は……壁だと思ってた場所が、入り口であり出口だったのよね。)
彼女がこうしている原因である記憶を辿り、現状を打破するための解決策を導こうとする。
(今日は入り口を間違えたって事は無い。だとすると―――)
少女は先刻の記憶を思い起こす。何か不自然な点は無かったかと。そして、
「―――そういえば。入った直後に、空気が変わったわね。」
その時は樹海独特の澱んだ雰囲気に包まれたのだと思っていたが、よく考えてみると違う気がしてきた。
「そんなんじゃなくて……根本から、空気そのものの質が変化したような……。」
呟いた直後。

「あら、どうやら勘が鋭そうね。これは面白いわ。」

「―――!?」
どこからか聞こえた不意の言葉に、周囲を見回す。
前後左右、上下斜め全てに警戒を張り巡らせるが、しかし何の気配も感じられない。
「……空耳? いや、そんな訳ない。」
警戒の姿勢を崩さず、少女は身構える。
やはり気配を感じ取る事は出来ないが、それ故に彼女は確信する。
「ここは、―――樹海じゃない。」
言うと同時、己の中の確信を事実とするため、再び彼女は駆け出した。



「あー、これは駄目だな。今の私の知識では手に負えん。」
困ったもんだぜ、と黒い魔女は呟いた。
妖怪に満ちた幻想郷の中でも、妖しさの際立つ黒い森。
『魔法の森』と呼ばれるその木々の奥深くには、魔法使いと名乗る者が二人住んでいる。
その内の一人、黒装束に身を包む人間・霧雨 魔理沙はある問題を抱えていた。
今、彼女の目の前にあるのは異常なまでに湯気の立った温泉。
彼女の家の近くに湧くその温泉の温度が、最近妙に高くなっているのだ。
温泉の湯を床暖房としても用いている彼女にとっては、あまりに熱すぎると生活に困る。
しかし湯の供給を止めると、ただでさえ寒がりの彼女にとって、今年の冬は身に堪える。
さてどーしたもんだろうか、という状態なのである。
「『まいなすいおん』とやらも役に立たないし……このままじゃ年中真夏になってしまうじゃないか。」
仮にも魔法使いなら魔法で何とかしたらどうだ、と言いたくもなるが、生憎彼女は湯の温度を適度に下げるなんていう繊細な魔法は得意としていない。爆発的に上げるか急激に下げるのなら十八番なのだが。
「この熱でマジックアイテムが暴走なんかしたら、目も当てられないぜ。」
うーむ、と考え込んでも、良い案は浮かんでこない。
「……仕方ない。こういうのはあいつが得意そうだし、ダメもとで頼んでみるか。」
そう言って手に持っていた箒にまたがり、出発しようとして、
「おっと、飛んでも着けないんだった。全く、私とした事がどうかしてるぜ。」
箒を肩に携え、懐の中のモノを確認してから、もう一人の魔法使いの元へ向かった。



「はっ……はっ……!」
先程よりは抑え目に、しかし決して遅いとはいえないスピードで、少女は駆けていた。
明確な目的地など無い。ただ、ここがどこなのかが解る目印となるものを探しながら、決して警戒を緩めること無く、ひたすら走り続ける。
彼女が警戒を解かない理由は簡単。
「なんなの……この、嫌な感じは―――!」
先程、誰のものか解らぬ声が聞こえてから、森を包んでいた静寂は消えていた。
いや、あからさまに怪しい音がする訳ではないのだが、
「風が……生温い。さっきまでは涼しかったのに……。」
冬のひんやりした大気ではない、どこか生暖かい……そう、血生臭いとでも言えばいいのか……そういうドロドロした空気の流れを感じているのだ。
少女の全身に、ゾクリ、としたものが走る。
「勘弁してよ……こんなの、もうたくさん……!」
不安を振り払うように、首を激しく左右に振る。着いた右足を更に強く踏みこもうとした、その時。
「あら、人間発見。」
正面の頭上から、のんきな声が届いた。
「!?」
あまりに場違いなその声に、しかし緊張がピークに達していた少女は慌てて急ブレーキ。
荒れた息のまま上を見上げてみれば、
「……な……!?」
そこには、あどけない顔をした金髪の少女が一人、宙に浮かんでいた。



(空飛ぶ人間……!? まさか、そんな事ある筈―――)
ゴシゴシと目を擦り、再び見上げるが、やはり居る。
「―――嘘でしょ。」
愕然と呟きながらも、しかし身構える少女。
「こんな時間に森に迷い込むなんて、よっぽどの方向音痴ね。」
クスクスと笑いながら、両手を体の左右に水平に伸ばして佇む金髪少女。その姿が十字架のように見え、その事が少女の気持ちを落ち着かせた。
空に浮かんでいる事など二の次。森に入って初めて会った相手に尋ねるべきは一つだ。
「……あなた、誰? ここは、一体どこなの?」
少女の質問に、金髪はキョトンとした表情を浮かべる。だがそれも一瞬の事で、
「……そうなのかー。」
ニヤリと。まるで獲物を見つけたハイエナのような、いやらしい笑みを浮かべた。
少女は笑顔の真意に薄々気付きながらも、しかし冷静を装い、再び問うた。
「ここは……どこ?」
すると、金髪は機嫌良さそうに赤い目を細め、
「教えてあげようかー?」
「ええ。……教えて欲しい。」
そうなのかー、と再び言った後、金髪は笑みで告げた。
「ここは幻想郷。妖怪とほんのわずかな人間が住まう、この世の楽園よ。」
「幻想……郷?」
オウム返しに言うと、金髪は饒舌に話し始める。
「そう。私みたいな妖怪がたっくさん、うようよ、ぞろぞろ。とにかく溢れるくらい一杯居る、人間にとってはとっても暮らしにくい世界なのよ。」
「…………。」
言われた言葉が理解出来ない。というか、理解したくないといった方が正しい。
幻想郷? 妖怪? 人間が暮らしにくい世界? ……私みたいな?
「―――。」
ニヤニヤと、嫌らしい笑みでこちらを見つめる金髪の―――妖怪。
(冗談……じゃ、なさそうね……。)
だが、少女は既に現状を受け入れ始めていた。何故なら、彼女にとって非常識は、
「とっくに、常識だしね……。」
小声で呟いたその言葉を隠すように、彼女は妖怪と言った少女を見返し、
「じゃあ……あなたは、何の妖怪なの?」
改めて身構える。警戒から、迎撃の構えへと。
その動きをどう取ったのか、妖怪は笑みを濃くし、応える。
「私は宵闇の妖怪、ルーミアよ。―――あなたは?」
気が付けば、辺りは夜のように薄暗くなっている。名乗った通り、彼女―――ルーミアが闇を操っているのだろうと心で頷きながら、少女も笑みで応えた。
「―――私は天沢 郁未(あまさわ いくみ)。……一応、人間かな。」



「お……?」
それなりに早足で歩く魔理沙は、良く知った妖気を感じた。彼女にとっては大した事の無いその妖気の発生源は、
「こいつは、ルーミアじゃないか。」
昼間に活動とは珍しいな、と漏らしながら、進行方向を遮る形となる事に舌打ちする。
「急いでるんだが……まあ、大して時間はかからないだろ。」
気楽な様子で、真っ直ぐ歩いていった。



「えいっ。」
ルーミアの掛け声と共に、幾条ものレーザーが彼女から放たれた。
「……っ!」
最小限の動きでかわし、光線が草木を灼く。それを眼前で見る郁未は、
「一発でアウトね、これは。」
冷静に状況を判断する。見上げれば、獲物が避けたのが気に入らないような目で睨むルーミア。
「抵抗しない方が楽なのに……っ!」
叫び、大量の妖弾をばら撒く。しかし郁未は軌道を瞬時に見切り、安全地帯に飛び込む。
弾幕と光条が森を穿つ音が響く。だが、肝心の獲物には当たらない。
「『外の』人間の癖に、どうして―――っ!」
やっきになるルーミアを尻目に、郁未は余裕の表情すら浮かべた。
(こういうののお約束として、頑丈だろうから……。)
弾幕で砕かれた地面から、数個の小石を拾いながら、勝機を見出そうとする。
(……心を砕くしかないか。)
―――その一瞬、彼女の瞳が朱く輝いたように見えた。



「何てスピードっ……!」
絶え間無く弾幕を放ちながら、ルーミアは獲物の予想外の抵抗に苛立っていた。
下位とは言えど、彼女も妖怪の端くれ。並の人間程度に遅れを取る事など、決して無い。
……最近は人間狩り自体あまりしないし、出会う人間が皆自分より強いので、むしろ狩られる立場ばかりであったが。
だが、この人間―――郁未は違う。初めはルーミアが浮いている事自体に驚きもしたが、その後の会話といい、今も浮かべている微笑といい……冷静過ぎるのだ。
―――そう。まるで、この状況を楽しんでいるかのようで。
「……っ!」
ありえない。幻想郷を良く知る土着の人間達ならともかく、たった今迷い込んできたばかりの彼女が、『弾幕ごっこ』を理解しているなど、そんな―――
「単調な攻撃ね。殺すなら一気に押し潰したらどう? ―――妖怪さん?」
「……うるさいなぁっ!」
―――違う。理解などしていない。彼女は……殺し合いを愉しんでいるだけだ。
ゾクリ、と。背筋に冷たいものを感じ、それが恐怖だと判断する事が悔しくて、
「だったら……潰してあげる! 私の本気でね!!」
懐から月の光を抱く呪符を取り出し、宣言する。
「月符! 『ムーンライトレイ・クロス』!!」



「……何……?」
ルーミアがスペルカード宣言した瞬間、郁未の視界は完全な闇に包まれた。
見えるのは己の姿と、正面、かなり離れた距離に降り立ったルーミアの姿だけ。
「モードチェンジ、って訳ね。……まだ攻撃してないけど。」
郁未はマニアとまでは行かずとも、それなりにゲームの経験はある。先程の弾幕がSTGにおける前哨戦とすれば、ここからがボスの本気モードなのだろう。
「有り難い話ね。最小限の労力で勝てるって事だし。」
手に持った小石の感触を確かめ、勝利への未来予想図を再構築。
逃げられないのは解っている。生き残るためには相手を倒すしかないのも承知している。
そして、目の前にいるのは人間の姿をしていても人間ではない。ならば、
(……って、こら。別に殺す必要は無いでしょうに。)
ダメだなー、と今更に己の危険な思考に呆れる。
(人間は居るって言ってたし……襲われないように相互理解を深めるだけよ、うん。)
強引だが理に叶った納得を以って、無駄な思考を消去。
余裕と思わせる笑顔を浮かべて、敢然と立ち向かい、告げた。
「じゃあ、私も本気を出すわ。……勝ったら、見逃してよね。」



「……戯言を!」
彼女らしからぬ怒りの形相で、ルーミアはスペルを完全に起動。
視界を覆い尽くすように妖弾が展開し、更に、
「―――逃げ道は無いわよ!」
彼女の両脇から月光の閃撃が放たれた。
闇を貫く光条は郁未を挟み込むように閉じられていく。従来の彼女のスペルならここまでだが、
「真っ二つにしてあげる!!」
レーザーの角度は更に内側へと、完全に逃げ場所を奪うように交叉しようとする。
相手が『弾幕ごっこ』を知ろうと知るまいと、初見では絶対にかわせまい。そう読んだルーミアは笑みをこぼすが、その表情は、
「なっ……嘘でしょ!?」
すぐに驚愕に変わった。



弾幕が展開した瞬間に、郁未は逃げ道が一つしかないと悟っていた。
大技だと宣言している以上、ただ弾をばら撒くだけの筈が無い。その証拠に、頭上の空間は弾がびっしりと詰まっており、更にわざわざ降りてきたのだから、一撃必殺の自信があるに違いないだろう。とすれば、
(発動如何に関わらず、即効で……潰す!)
彼女の最大の武器であるスピード、その発揮に全力をぶち込んだ。
その動きはまさに神速。視界に入る物が何であるかも判別が付かない程の疾走で、ルーミアに向けて一直線に突っ込んだ。
途中にある妖弾を最小限の挙動で見切り、どうしても回避不可なものは手首のスナップだけで石を投じ、相殺。
両脇から迫るレーザーの交叉点をすれすれで抜け、ルーミアに肉薄した。
「嘘でしょ!?」
慌てて妖弾をこちらにぶつけようとするが、遅い。
「……っせいっ!!」
疾走の勢いのまま、ドロップキックをお見舞いしてやった。
「がはっ……!」
思い切り鳩尾に食い込み、ルーミアが吹っ飛ぶのを視界に収めながら、着地する。
慣性による滑走の後、郁未は立ち上がり、
「―――ふぅ。何とかなったわね。」
息を吐いた。左の掌の中に小石が一個だけ残っているのを確認し、倒れた妖怪を見下ろす。
「さて、と。もう終わり、ルーミアちゃん?」
気付けば、妖かしの暗闇は既に消え、森の薄暗さに戻っていた。その事に取り敢えずの安堵を覚えつつ、自分を襲った相手を改めて見てみる。
ややぼさぼさの金髪に、瞳と同じ色の可愛いリボン。宵闇の名の通り、黒が基調の服装で、あどけない顔立ちをしている。
容姿だけを見れば可愛い女の子なのだが……襲ってくる前の妖しい笑みと赤い瞳は、やはり人とはかけ離れた不気味さを感じさせた。
油断は置かず、しかし警戒は少し緩めて、もう一度声をかけてみる。
「もしもーし。……まさか、あれだけでオチたって事は無いわよね。」
「うるさいなぁ!」
ガバッと起き上がり、むくれた顔でこちらを見るルーミア。そこには先程のような妖しさは見受けられず、郁未はホッと胸を撫で下ろす。
「何なのよー……最近は外の人間までこんなんなの? 確かにメイドは強いけど、あんたほど危なくはないわよ……。」
「危ない、ね。まあ、確かに私は危ないけど、他の人はそんな事無いわよ。」
「そうなのかー。って、納得出来る訳無いでしょ!? あんた本当に人間なの?」
妖怪のあなたに言われたくないなぁ、という言葉は飲み込み、郁未は自分の素性を簡潔に告げる。
「私はね。人間を外れたヒトなのよ。」
言って、笑う。自分の台詞があまりに言い得て妙だったのが可笑しかったから。
「外れたヒト……?」
素直な仕草で首を傾げるルーミア。もう敵意は感じられないが、一応威嚇の意味も篭めて、自分の事を教えてしまった方が良いだろう。
「私には―――」
右手を一本の木に翳し、その『証拠』を示そうとした、その時。

「―――驚いたな。まさか、弾幕を肉弾戦で捻じ伏せる人間が居るとは。」

「……!」
声のした方に振り向く。そこには、
「いや、ルーミアが呆気無いだけかもな。それに私達も似たような事をやった記憶があるし。」
宵闇の妖怪に負けないくらい、黒一色の少女が立っていた。



「魔理沙……見てたの!?」
ルーミアが一歩後退る。その顔には焦りの表情が浮かんでいた。
「ああ、見ていたぜ。弾幕をばら撒きだした辺りからだが。」
ニヤニヤと、こちらは嫌味の無い、しかし別の意味で怖い笑みを浮かべる黒ずくめの少女。
その恰好は、金髪を覆い隠すようにとんがり帽子を被り、ゴスロリ風の服装にエプロンを着け、そして手には昔懐かしい仕様の箒を携えた、
(……魔女?)
安直な単語が浮かぶが、ルーミアの言葉を信じるならば、生き残れるのは確かに魔女のように力ある人間かもしれないな、とあっさり納得。
魔理沙、と呼ばれた魔女らしき少女は笑みのまま、
「スペルカードまで出してただの人間に負けるなんて、妖怪の恥さらしもいいとこだな。いやー、これはいいネタになるぜ。」
「か、勘弁してよー! 天狗に喋るのだけは止めてー!!」
「心配するな、どうせ私が黙っててもあいつらは必ず見ている。つまり、もう手遅れだ。」
「そうなのかー!!!」
もはや、やけくそという感じで叫ぶルーミアに、けらけらと笑う魔女。
(……えーっと、何でこんな自然に会話してるの……?)
呆気に取られた様子で二人の様子を見ていた郁未に、思い出したように魔女が振り返り、
「さて、と。お前は何もんだ? さっきの動きを見てた限りじゃ、ルーミアじゃなくても驚くぞ、多分。」
一転、真剣な表情でこちらを窺う。その切り替えの早さに戸惑いつつも、郁未は口を開き、名乗る。
「……私は、天沢 郁未。あなたは―――」
「私は霧雨 魔理沙、人間だぜ。お前さんは人間じゃないのか?」
「いえ、……一応、人間よ。」
躊躇いがちに告げる。先程ルーミアに言った台詞が引っかかっているのが、自分でも解った。
「……さっき、外れたとかどうとか言ってたが……いや、それよりも聞かなきゃならん事があるな。お前さんは―――」
「郁未でいいわ。私も、魔理沙って呼ばせてもらうから。」
「ああ、それは構わないぜ。で、郁未、お前は……『外』から来たのか?」
外というのは幻想郷の外、私が居た現実世界の事だろう。疑問を持たず、頷く。
魔理沙はそうか、と呟いた後、何か思案するように空いた左手を顎に当てる。
「……その割には、えらく慣れた動きだったよな。もしかして、外も幻想郷みたいになってるのか?」
問うておきながら、それはおかしいと思っているのがありありと見受けられる表情。もしかしたら、ここで生活する人間としての面子なんかも考えているのかもしれないが、それは無いと否定しておく。
「ううん、そんな事無いわ。ただ、……私が、特別なだけ。」
「特別、ねぇ。あっちには妖怪なんて居ないだろう? なのに何で……。」
あんな動きが、という言葉を呑み込む魔理沙。郁未の表情を見て、それが安易に触れていいものではないと判断したか、
(……ここで暮らす人間にとってはどうでもいい事か、のどちらかね。)
あまり深刻そうな顔をしていない事から、後者だろうと判断。それより、優先すべき事を思い出し、郁未はルーミアに視線を戻す。
「で、もう私を襲わない?」
答えは予想出来たが一応確認のため問うと、
「襲わないわよ。……あなたも食べられない人間っぽいし。」
ふて腐れたように顔を逸らす、人を喰らう妖怪。
「そう。それが聞けたらもういいわ。」
ふう、と改めて息を吐く。緊張で固くなった身を伸ばすと、ようやく気が抜けてきた。
我ながら緩んだ顔をしてるんだろうな、と思っていると、魔理沙もようやく笑みを戻し、
「どうやら私の魔砲はお預けのようだな。神隠しに遭ってそこまで落ち着いてる奴は初めてだぜ。」
さり気無く、今の状況を思い出させる単語を口にする魔女。
「……神隠し、ね。何だか、向こうで起きる怪奇現象の理由が解ってきた気がするわ。」
「ああ、恐らく例外無く妖怪の仕業だ。神隠しの原因を聞いたら、きっと驚くぜ。」
「そうでしょうね。まあ、その辺りの事も含めて―――」
真面目な顔を作り、言った。
「―――説明の必要があるわね。お互いに。」



現界と幻界を分かつ境界は、いつもとは少し違っていた。
幻想郷で唯一規律が存在する、博麗神社の境内。まだまだ雪に覆われたそこに、珍しくは無いが珍しい人間が一人居た。
社を住まいとする幻想の巫女、博麗 霊夢である。
昼食後は軒先でのんびりお茶でも飲むのが日課である彼女が、今日に限って鳥居の前でじっと佇んでいた。その理由は、
「……何か、感じるわね。」
これまで数々の異変を解決してきた彼女の、長年の勘が働いていた。
「気のせいならそれに越した事は無いけど……アイツが朝から来るなんて不自然よ。」
朝餉の支度を終え、食卓に着いたその時、幻想郷で最も力ある妖怪が姿を見せたのだ。
「何て言ってたっけ……。」
その時の事を思い起こす紅白の巫女。



「おはよう霊夢。今日も質素ね。」
いただきますと言った直後、いつも通り唐突にスキマからあらわれた、境界の妖怪。
「……朝から喧嘩売りに来たの? 紫。」
突然の登場には慣れっこなので、普通に対応。
相手も慣れたもので、どっこいしょとか言いながら炬燵の反対側に平然と座る。
稀代の結界師にして、屈指の力を誇る妖怪美女―――八雲 紫。
妖しさにかけては右に出る者は居ない彼女が、目の前で微笑を浮かべていた。
「で、何の用? 朝食なら式神に作らせてるんじゃないの?」
「別にそういうつもりではないですわ。『突撃! 何処かの朝ご飯』なんてつもりでもないし。」
笑みを絶やさず答える紫。彼女の真意は蜘蛛の糸のように捉え所が無いので、話していると実に疲れる。
苛立っているのを見せると逆効果なので、敢えて話をずらす。
「……また外の世界のネタ? 第一、何処かじゃ突撃する方もされる方も困るんじゃないの?」
「させる方が困らない分にはいいのよ。それに、何処か解らない方が見ている方は面白いでしょう?」
「見ている、って……ああ、テレビとか言うやつね。」
幻想郷は俗世と隔離された異界であるが故、俗物的信仰、つまり科学文明にはとんと縁が無い。その分、精神面が非常に発達しており、心のゆとりという面においてはまさに楽園なのではあるが。
紫は伊達に長生きしている訳ではなく、境界を操る事で外の情報も逐次取り入れているため、雑学という面においては図書館の魔女や歴史喰いの半獣に勝るとも劣らぬ知識を身に付けている。元々が辺境の地にある神社の巫女と比べれば、その情報量は歴然であろう。
で、その紫曰く。テレビというのは離れた場所で起きる事象を、スクリーン―――香霖堂に並んでいるパソコンという式神にも付いている、一面がガラスになった箱型の物―――に映し出し、まるで自分がその場に居るかのように事象を見る事が出来る代物らしい。
外の人間はただ自然の事象を伝えるだけに飽きたらず、自ら事件を起こして多くの人間にそれを見てもらう事を商売にしているとか。
そんな事しなくても、この幻想郷では常に何か起きているので、どこかにカメラを置きっ放しにしておくだけで面白いのではないかと考えた事がある。まあ、天狗に無断でそんな事したら即効で撤去されるだろうが。
「人の食事を見て何が楽しいんだか。咳き込んだり吐き出したりするのでも期待してるのかな?」
「あくまで食卓よ。見るのは並んだ料理。」
「見たからって、お腹がふくらむ訳でもないでしょうに。」
理解出来ないわねー、と両手を挙げる霊夢。その仕草が滑稽だったのか、紫は更に笑みを濃くし、
「まあそれはともかく。ここにはちょっとした忠告をしに来たのよ。」
「忠告……?」
いきなり本題に入った事に、戸惑いと期待の混じった声音で返す。
対面に座る結界師は微笑のまま、ただ一言を告げた。
「今日から面白くなるわ。」
「―――は?」
あまりに唐突な発言に、開いた口が塞がらない。
「ああ、私は関係無いと言っておかないといけないわね。とにかく、そういう事だから。」
そうして、妖しさに満ちた女は来た時同様、何の前触れも無く姿を消した。



「面白くなる、けど私は関係無い、ね。」
紫が言い残した言葉を口の中で転がし、首を小さく傾げる紅白。
(アイツがそう明言するって事は……嘘じゃないだろうけど。)
日頃はとことん胡散臭いが、はっきり事が起きる前にそう言ってきたのだから、虚言でないと信用していいだろう。真実ではないかもしれないが。
「となると……動かないとまずいわよねぇ、やっぱり。」
確実に異変が起きると言われたのに、鎮圧役である霊夢が行動を起こさないとなれば、それは完全なサボりだ。いくら面倒臭がりな彼女であっても、汚名を甘んじて受ける程寛大ではない。
それならどうして朝から動かなかったかというと、
「―――あっちの方で妖気が動いたみたいね。多分、そこに行けばいいでしょ。」
いつもとは違う事が起きるのをじっと待っていたのだ。恐らく、それが異変の鍵になると踏んで。
「大事にならないといいんだけど……。」
それでも面倒を好まない彼女は、ぼやきながら飛び上がった。
―――幻想郷で妖気がざわめく事など、何の変哲もない事だというのは隅に置いて。


To be continued…
2次創作というものはつくづく難しいものだと思います。
一度完成された形を一定レベル維持した上で、自分の視点・嗜好を客観的に組み込まなくてはいけないのですから。

ちょっと硬い入りですみません、Zug-Guyです。
何というか……やってしまいました。コラボレーション。しかも黒歴史でオリジナルにかなり近い彼女で。
ここの投稿作品にも他の一次創作からのパロディやオマージュ、インスパイアにイミテーションは多くありますが、あえて彼女で行こうと思ったのには理由があります。
それは、『東方の裏の部分を描く上で適役であり、かつ天然の弾幕少女』である事です。
原作はかなり血が出ますけど、それは力の発動だけに留まりません。
内容が内容だけにここでは省きますが、現代社会の闇……まあ、空想に近い闇ですが……が描かれている事もあり、更に非日常を既に体験済みという事で、彼女が適任かなぁ、と思った次第です。
タイトル通り、月絡みの話がしやすいキャラというのもありますが。
あと、一応人間である事(ここが一番のポイント:笑)

今回は『力』を発動してませんが、トゥルーエンドで精神が安定してるからとお考え下さい。未プレイの方には解らなくてすみません(汗)

しかし(自分で書いといて何ですが)、ルーミアも不甲斐ない。
「人間の方が襲われてくれないのよー(本の方の文花帖より)」の言を再現した訳ですが、ちょっと呆気無さ過ぎました。
もうちょっと粘らせるべきだったと反省してます。

さて、東方の枠にきっちり収まるかどうか解りませんが、取り敢えず始めた限りは終わりまで頑張ります。
まずは、もっと弾幕表現を豊かに(滝汗)
ではでは。
Zug-Guy
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コメント



0.750簡易評価
3.90月影蓮哉削除
おお、これはいいですね。私はてっきり「朱月」とあったので、某あーぱー吸血鬼さんが登場すると思っていましたがw
まさか郁未が出てくるとはなぁ。これは意外というか、斬新というか。

戦闘描写も細かくて良いですし、郁未の冷静さも醸し出されていて良いと思います。

しかしルーミアが「戯言を!」って叫ぶ時は背筋が凍りました。
これ、Ex化したらどうなるんだろう(笑

と、いろいろ書き連ねてしまいましたが、次回も楽しみにしています。
ではでは。
6.50名前が無い程度の能力削除
>ルーミアが「戯言を!」って叫ぶ時は

ちょっと不自然に感じた。
7.90ぐい井戸・御簾田削除
参ったぁっ!俺は参ったぁぁっっ!…なんとあの作品とのクロスで来ましたか。さて、他のキャラクターは出てくるかな?晴香、由依、葉子、そしてお約束のあの人(笑)は…?