Coolier - 新生・東方創想話

そうして少女は夜に咲いた

2006/02/20 03:26:35
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※外観と内観で話が前後します。外観を読み終えた後は、気分を新たに内観をお読みください。


――外観――

 その日八雲紫は日本のある町を覗いていた。
 扇子に隠した口元には密やかな笑み。町を見るその目にはおもちゃを探す好奇心。ほどほどの賑わいを見せる大通りを行き交う人々を、一人一人確かめていく。
 忙しない視線の移動が止まる。固定された視線は、ある少女を追っていく。大通りを抜け一回り小さい通りに入り、信号で止まる。扇子の奥の笑みは徐々に深くなっていく。少女が再び動き出し、少し行ったところで扇子を閉じ、扇子の先を少女を追うように動かしてタイミングを計る。
 そして、少女を見る視線が零になった一瞬、紫は扇子を持った手を軽く上から下に動かした。
「少女の生死は、神のみぞ知る――ふふふ」
 優雅に笑い、紫は再び扇子を頭上から足元まで動かして、できた空間にその身を隠していった。




「あら?」
 気ままな夜の散歩を楽しんでいた永琳は、目の前にいる珍客を見て思わず声を上げた。永琳の目線の先には、取っ手のついたバッグに竹でできた模造刀を持ったまま、周囲よりひときわ大きい竹に背を預けて眠る少女。シャツにスカートを纏い、腰ほどまである黒い長髪。その姿に奇妙な既視感を覚えて小首をかしげる。
「ウドンゲの親戚かしら」
 聞いていたら違いますよと律儀に返してくるであろう弟子の姿を想像して、小さく笑う。
(まあ、それはそれとして)
 無防備に眠る少女を見下ろす。
「ここだと、どうせ明日になったら兎たちが見つけるだろうから、今ここで決めてしまった方が早いわね」
 と銀の三つ編みを胸元で弄びながら――永琳が思考する際の癖である――少女の処置について考える。
「何もしないで返すのも味気ないけれど」
 どうしたものかと思考を始めて数分、名案を思いついたと永琳の口の端が微かに上がる。赤と黒で色分けされた服のポケットから液体の入った小瓶を取り出すと、音を立てないよう静かに片膝をついて少女と高さをあわせる。
「姫を真似た、永遠を操れるようになるこの秘薬。使い道がなくて困ってたところだし、実験させてもらおうかしら」
 顔を上向かせ、少し開いた口元に小瓶から液体を注いでいく。
「生き残れたなら私に感謝を、死に去ったなら私に恨みを。貴方の結果報告を待っているわ。――果たして、地上の人は月の姫にどれだけ迫れるのかしらね」
 全てを注ぎ終えた後、永琳は立ち上がり、兎たちにこの少女を人里まで送るよう伝えるため、歩き出した。




 早朝、村から少し離れたところを流れる小川に向かう途中、左右を竹林で囲まれた道で、小百合は少女を見つけた。洗濯物の入った籠を置いて、少女の下へと近寄っていく。少女は道の端で眠っていて、その顔は苦渋に満ちていた。
「とにかく、連れていかないと」
 気合を入れて少女を背負い、洗濯を後回しにして村へと帰っていく。時折聞こえるうめき声が、小百合の気を急かしていく。
 村に着いた小百合は少女を自分の家の布団に寝かし、医者を要請した。一,二日で来ると聞くと家に帰り、苦しむ少女の額に濡らした布を置いてやる。
(私と同じ歳ぐらいかな)
 少女の顔立ちを見てそんなことを思い、すぐにいかんいかんと頭を振って看病に集中した。といっても、できることは布の取替えぐらいであり、医者に診てもらった後は、それに食事の摂取が加わったぐらいだったが。
 一週間が経ち、ようやく少女の容態は安心できるほどにまで快復した。半身を起こす少女に、小百合が一週間のいきさつを説明する。しかし少女はそれを半ば聞き流し、逆に様々な質問を矢継ぎ早に投げつけてきた。その質問に全て答えると、少女は絶望の表情で、この世界は自分の知らない世界だと答えた。
「そう。貴方、神隠しにあったんだ。時々いるんだ、貴方みたいにここに連れ込まれちゃう人」
 その言葉に混乱する少女に幻想郷について教え、次いでこの村での生活の保障を約束した。
 しかし、半年も経つ頃になると、少女は村の中で明らかに浮き始めていた。元々村にない服を着ていた上、うなされていた頃に髪の色素が落ち目立っていたこともあったが、最大の要因は、少女に対する違和感だった。少女の周りにいると、時々、少女の何かがひっかかった。
 特に少女と親しかった小百合のそれは大きく、もはや疑念とまで呼べるレベルになっていた。ある時、二人が川に行ったとき、先行していた小百合が川に落ちそうになった。
「きゃ――え?」
 不快な浮遊感に悲鳴をあげそうになった直後、背後から少女が小百合を支えていた。明らかに少女が間に合う距離ではなかったにもかかわらず。
「ねえ、貴方、何か隠してない?」
 聞いても、少女は答えなかった。ただ少女に対する違和感だけが増していき、少女が村に来て一年が過ぎたある日、少女はそれまで隠していた違和感の正体を明かして、村を去っていった。




 長く赤い髪が風にそよいで時折視界を遮る。それを気にすることすら忘れて、紅美鈴は唖然とした表情で立っていた。夜の帳が下りたこの時分、美鈴の目の先には、湖の上をボートに乗ってやってくる人間の少女が一人。白よりわずかに色のある長い髪が、月光を反射して銀に煌いている。服はシャツにスカート、手には鞄をさげ、肩には細長い――剣を入れるような布袋を担いでいた。
(わざわざボートで、しかも人間が?)
 意外な訪問客に、美鈴は少女が目の前に来るまで、動くのを忘れていた。
「あ……っと、ここは紅魔館、貴方のような人間が来る場所じゃないわ。悪いことは言わないから殺される前に帰りなさい」
 殺された場合の事後処理の面倒を嫌い、忠告してやる。だが少女は引かず、この館の主に会いたいと返してきた。「お嬢様は誰とも会わない」と言っても、頑として帰ろうとしない。しばし帰れ、帰らないのやり取りを交わし、美鈴は少女の意志の強固さに嘆息を一つ。
「いい? これが最後の警告。帰りなさい。これでも帰らないなら、強制的に排除させてもらう」
 足を開いて臨戦態勢をとる。こちらの本気を悟り、少女は眼光鋭く肩の布袋の口を開けた。中から出てきたのは、縦割りの竹を複数繋いでできた剣の様なもの。鞄を放り投げ、両手で竹の剣を握り構える。
「そう、帰らないと。なら、先に謝っておくわ。手加減するけど、殺しちゃったらごめんなさい」
 地を蹴り少女に肉薄し、鳩尾へ拳を走らせる。拳は少女の体へと迫り、すんでの所で少女の竹の剣に防がれた。美鈴の拳は竹を半分に叩き割るが、その間に少女はバックステップで距離をとっていた。甘く見すぎたと内心舌打ちする。
「なるほど、構えもきちんとしてるし、それなりに剣を修めてるのね」
 人間にしては、と声に出さずに付け加える。久方ぶりに武術を知る相手に出会い、もっと長く少女と闘いたいと騒ぎ出す心を無理やり鎮める。半分になった剣を持つ少女を見据え、ゆっくりと深呼吸をし、次の踏み出しの力を脚に蓄える。
(――決める!)
 短く鋭い気合と共に脚にこめた力を爆発させ、前に跳び――突如眼前に、少女の持っていた竹の剣が現れた。
(止ま……)
 減速しようにも、すでに跳躍しきった身は言うことを聞かない。叩き割ったために荒く尖った竹の先端が、両者の相対速度を合わせて強力な槍となり、美鈴の右目を貫いた。右の視界が一瞬で赤く塗りつぶされる。
「くっ!!」
 素早く竹を抜き取り少女を探すが見つからない。突然の成り行きに動転する気を素早く沈静させ、周囲に気の網を張り巡らす。
「……もう中か」
 闘いの終了を知り、美鈴は緊張を息と一緒に吐き出すと、気の抜けた顔でその場に座り込み、自分の目を刺した得物を手に持ってみた。




 紅魔館の主レミリア・スカーレットは、メイドに連れられ入ってきた人間の少女を見て、へぇ、と片眉をあげた。
(まさか本当に美鈴を突破するとはね)
 人間がやってきたと聞き、「美鈴を突破したら連れて来い」と命じたのは、単なる戯れだった。期待など欠片もしていなかったのだが、結果は見事な予想外れ。これは面白いと興味がわき、好奇の目で少女を見下ろす。入り口より数段高い位置に置かれた玉座からだと、少女の色素の薄い髪がよく映えて見えた。
「それで?」
 言外に早く用件を言えと告げる。少女は内から来る震えを懸命に隠そうとしている。その様が、さらにレミリアの興味を引いた。
 ここの主は運命を知っていると聞いてきた、と少女は言った。さらに、自分の運命を知りたいと続ける。主張を終えた少女は、服の上から左胸を抑え、答えを聞くまでここを動かないとばかりに強い意志を湛えた瞳でレミリアを見る。
「そうね、まず、間違いが一つ」
 不愉快をあらわに青の髪をかきあげ、レミリアが口を開く。
「私は運命を知っているんじゃない。運命を操るの。違いが分かる? 貴方の言い方はね、走る動物に歩けるかと聞くようなものよ」
 少女が眉根を寄せる。心境を推測すれば、自分に言うなといったところ。口ほどにものを語る少女の仕草が面白く、レミリアは密かに微笑する。
「それじゃあ、今日は機嫌もいいから教えてあげる。運命っていうのはね、必然の流れ」
 必然の流れ? と少女が小さく繰り返す声が届く。
「運命はよく川の流れに例えられるけど、あれはまさに言いえて妙なのよ。万物は全て船に乗り、源泉から山を下って海という名の終焉に辿り着く。その川下りの途中にある避けられないアクシデントが人生のイベントになる。貴方の辿ってきた川がどんなものかは知らないけれど、誕生から今までの全ては予め定められていたものよ」
 そして、とつなげる。少女は目を見開きすでに聞いているか定かではなかったが。
「私はその流れの先を見通し、避けたいイベントがあれば、支流を作って避けることができる。それが私の運命操作能力。理解したかしら?」
 少女の顔は失望失意に染まっていた。それでも、なけなしの気力を振り絞ってなんとか立っているのを見て、レミリアの嗜虐心が大きく揺さぶられる。喚(わめ)く少女へ向けて、止めの一言を。
「そう。貴方の辿ってきた道は、全て不可避の必然だった。運命はかくも無慈悲に少女の生を弄ぶのね」
 嘲りと虐めの笑いを送る。少女は気力すら失い、あっさりと床に座り込んだ。少女の表情は俯いていて窺えないが、どんな表情をしているかは容易に推察できた。
 レミリアが少女の顔を想像して楽しんでいると、不意に少女の肩が震えだした。次いで、泣き声とも笑い声とも取れる押し殺した音が聞こえてくる。
 壊れたか、とレミリアは始末役のメイドを呼ぼうとして、思いとどまった。先ほど喚いていた少女が発した言葉を思い出したのだ。玉座を降り、少女へと飛んでいく。着地すると少女が顔を上げた。高さは丁度正面で向き合う位置。
「貴方、さっき力を手に入れたって言ったわよね?」
 何の力? と問うと、少女は感情も抑揚もない無機質な声で質問に答えた。「そう、面白いわね」とレミリアは笑みが浮かべ、少女の顎をつかんでその目を見つめた。
「決めたわ。貴方がその能力を要らないというのなら、私がもらう。貴方は私の傍にいて、私が必要だと思う時、私の為だけにその能力を使いなさい」
 いいわね、と有無を言わさぬ口調で命じる。
「光栄に思いなさい。貴方はこのレミリア・スカーレットの懐中の短剣になれるのよ。――ふふ、吸血鬼が銀のナイフを懐に隠すなんて、なかなかいい皮肉だと思わない?」
 少女がレミリアの言葉を受け入れていくのが、少女の表情に生気が宿っていくことで分かる。完全に生気を取り戻した少女は、その場で姿勢を正して、深く頭を下げた。レミリアは少女の髪をつかみ、鋭い爪で肩口辺りまでの髪を切り払った。切られ少女から離れた髪を少し眺めてから、炎を生み出し燃やす。
「命の代わりにもらっておくわ。私が懐にしまい、誇りたくなるまで、せいぜい精進なさい」
 少女をメイドに預け一人になったレミリアは、少女がどれほどのものになるか思いをめぐらせ、微笑んだ。








――内観――

 彼女はいつも通りの日常を過ごしていた。
 学校帰り、教科書入りの手提げバッグを手に、白のシャツに紺のスカートというありふれた制服に身を包み、竹刀の入った布袋を肩にかけ、黒の長髪を風になびかせて、穏やかな雰囲気の夕暮れの町を歩いていた。部活の都合で共に歩く友人は今日はいない。一人で帰る退屈を早く終えようと、彼女の足取りは速い。駅から伸びる大通りを通り、角を曲がって一回り小さい通りに入る。信号で歩みを止められると、溜まった鬱屈がため息になって零れ落ちた。
「ふぅ――」
 天を見上げて、気を取り直すためにゆっくり息をはく。視界の端で動き出した人を見て、信号が変わったことに気づいて慌てて歩き出した。周囲の流れに沿って、何を考えることもなくぼんやりと歩く。
 そして、目の前に異変が起きたとき、彼女は事態を認識する間もなくそれに飲み込まれた。




「なに、これ」
 呆然と呟く。頭は完全に混乱し、彼女はその場から動くことすらかなわない。
 完全に自分の処理能力を超えた事態に彼女は立ち尽くし、少しでも多くの情報を求めてしきりに顔を四方へと向ける。その瞳に映るのは、見渡す限りの竹、竹、竹。一瞬前に見ていた町の景色は跡形もない。
「……はっ」
 あまりの異常に、彼女の脳はもはや正常を失い可笑しささえ覚え始めた。頬が引きつり、笑いとも呼気とも取れる音が彼女の口から吐き出される。落ち着け、と自分に言い聞かせるも、効果はなかなか表れない。
 そうして数分、ようやくまともな機能を取り戻してきた脳に活を入れ、彼女は周囲の捜索を開始した。護身用に、バッグから竹刀を取り出して油断なく構える。
(誰かに会えれば。最悪、場所の分かる標識か何かがあれば)
 始めは未知の恐怖に怯え慎重だった足取りは、徐々に恐怖から逃れるために速まっていく。静寂が、竹の林で独りでいることを強調させて彼女の神経を削っていく。
「だ、だれか、いないの!?」
 耐え切れず走り出す。返事を求めて叫ぶが、返事はない。彼女は日が暮れるまで、自分の知るものを求めてひたすらに走り回った。
 日が暮れ夜になり、走る気力を使い果たした彼女は、竹を背もたれ代わりに腰を下ろしていた。右手に竹刀の剣を、左手にバッグの盾を構え、ただただこの事態が終わることを願う。
 肉体も精神も疲れ果て、そこからくる眠気が緊張を上回っているのを自覚する。眠るまいと頭を振るも、眠気は一向に消え去らない。
(だめ……眠るのは……ぁ)
 それを最後に、彼女は眠りへと沈み込んでいった。




 熱い。苦しい。夢とも現とも分からぬ曖昧な世界で、彼女はその二つだけを感じていた。
 全身の感覚がひどく薄くて、今自分は夢を見ているのだと思う。一方で、体の内部を燃やす熱と苦しみが、今自分が現を生きているのだと思わせる。
 荒々しく息を吐く。けれど、その呼吸さえ聞こえない。聞こえるのは、無闇に高く響く心音だけ。
(……あ)
 覚醒に似た意識の鋭敏化が不定期に起こり、その度に彼女は傍にいる誰かを見て、すぐに意識が混濁して誰かの存在を忘れる。一秒、一分、十分、そして一時間、二時間。覚醒している時間は徐々に長くなっていく。熱は引かず苦しみはいまだ体を蝕んでいたが、はっきりと現実を見せてくれるその時間が、彼女を支えていた。
 幾度かの昼夜を越え、彼女はようやく起き上がれるほどにまで快復した。熱はあるが微熱程度、意識はほぼ平常時と同じ。そうして彼女が見たのは、質素なつくりの木造の部屋と、傍にいた小百合という名の少女。そして、
「――髪」
 自分の髪を一掴みつかんで目の前に持ってくる。ほぼ色素を失い、しかしわずかだけ残った色素が、髪の色を白ではなく銀に近く見せている。彼女が苦しんでいるときに徐々に色が消えていったと聞いて、他に変化がないかを確認し、特にないことに安堵する。気持ちを切り替え、彼女は小百合へと尋ねた。
「ここはどこ?」
 答えは、全く彼女の知らないもの。さらに聞いていくと、貴方は神隠しにあったのだと小百合は言った。最初に表れたのは、深い絶望。彼女は帰る事もできずに、村で暮らすことになった。
 村での生活を過ごすうちに、彼女はいつの間にか身についた、己の異能について知ることになった。
 ”時を止める力”
 明らかに人の領域を外れている力を、彼女は使おうと思うだけで実現できた。彼女はこの力を恐れ、これがばれた時の皆の反応に怯え、この力を封印しようとした。それでも誰かの危険を見ると無意識のうちに力を使ってしまい、見捨てることもできずに助けてしまうことが度々あった。その度に、村人からの不審の目が突き刺さる。
 村に住んでから一年。村人の自分を見る目が嫌悪に染まりつつあることを悟った彼女は、時を止める力のことを打ち明け、ある噂を頼りに村を後にした。




 ボートが進むと風が生まれ、漕ぐ作業で火照った体をなでていく。その涼しさに自然と彼女の顔がほころんだ。
「しっかし、まさに幽霊洋館って感じね」
 孤島にあり、月光により薄暗く姿を映す館を見上げる。窓が少ないことに首を傾げたが、館の主の噂を思い出して納得した。
 島に着き、ボートを近くの木に繋ぐ。館を見れば、門の前に女性が一人。中華風の衣装に身を包んでおり、赤い長髪が一際目を引いた。綺麗だなと思いながら近づいていくと、案の定止められた。
「ここの主人が運命を知っていると聞いて、話を聞きにきました。お願いします。少しでいいから会わせてください」
 頭を下げて懇願するが、女性は通さないの一点張り。数分ほど彼女と女性の交渉が行われ、とうとう女性の方が実力行使をほのめかしてきた。彼女はこちらも引けないと受けて立ち、布袋から竹刀を取り出して構える。呼吸を一定のリズムに、相手の出方を窺う。
(……!?)
 動いた、と認識したときには、女性はすでに彼女に肉薄していた。反射の動きで竹刀を盾にし、後ろへ跳ぶ。竹刀が半ばから折られたが、そんなことに構っている余裕はなかった。
(これが、妖怪の力)
 手加減すると公言してなお人間の限界を超えてくる。武道を習うからこそ分かる実力差に、彼女の心が折れかける。崩壊を留めたのは、ここにくる原因となった、彼女の能力。
(チャンスは一回。隙を作れば、それで十分)
 女性の表情、構えから、次の一撃はもはやかわせるものではないと分かる。彼女の勝負は、女性の動き出しを見抜けるかの一点のみ。張り詰めた空気が伝える女性の動作を、極限まで感覚を働かせて感じ取る。
(きた!!)
 時を止める。自分以外が止まった空間の中で、彼女は身を強張らせた。女性が、すでに彼女との距離を数歩分にまで縮めてきていた。改めて女性の力に驚愕し、刹那の時間で思考を切り替える。一度深く呼吸をして覚悟を決め、竹刀を槍投げのように構え、大きく振りかぶって女性の眼球目掛けて突き出した。
「また会えたら、謝ります」
 頭を下げ、女性の横を走りぬける。門に向かう途中に時が動き出し、女性が混乱する様子が背中越しに伝わってきたが無視する。門の手前にたどり着き、押し開こうとすると、それより先に向こうから門が開いた。
 門の向こうには、中世を思わせるメイド服を着込んだ女性が立っていた。館内に人がいることを失念し、竹刀を捨ててしまったことを後悔しつつ構えを取る。しかし、メイドの女性は彼女の動作など気にも留めずに頭をたれた。
「お嬢様がお待ちです」
 告げて頭を上げ、歩いていく。彼女は数瞬ほど拍子抜けした表情で女性を見送ってから、慌てて女性を追っていった。




 メイドに従い謁見の間へと入る。中央奥に向けて段差があり、奥には玉座と呼ぶに相応しい椅子に腰掛ける幼い少女。髪は青くウェーブがかかり、服は淡い色合いの装飾のないドレス。背から黒翼が突き出し、静かに揺れている。
(これが、この館の主)
 見た目は小学校低学年の少女。なのに、彼女の体の奥が震えていた。力を入れて、震えを表に出さないようにする。つばを飲んで喉を潤した。その間に少女はレミリアと名乗り、彼女の言葉を待っている。
「貴方が、この館の主?」
 相手の首肯を待って、続ける。
「貴方は、運命を知っていると聞いてきました。運命を、……なんで私がこんな世界でこんな力をもたなきゃいけないのか、教えてください」
 腹に力をこめて凛と声を響かせ、レミリアを目線で射貫かんばかりに見据える。彼女が欲しかったのは、この境遇を耐えるに値する意味。しかし、その力強さは、レミリアの語りが進むにつれて失われていった。
 運命とは不可避の必然を持つ川である、とレミリアは言う。
(つまり、ここに来て帰れないのも、こんな力を持ってしまったのも、最初から決まっていて、意味なんてない……?)
 愕然とした。怒りと絶望の感情が噴き出し、体中を駆け巡る。落ち着こうと吐いた息は細かく振動しており、体は一向に鎮まらない。拳をあらん限りの力で握り締め、理不尽さに潤む瞳でレミリアを睨みつける。
「冗、談じゃない」
 吐き出された弱弱しい声。だが、彼女に火をつけるには十分な一声。火のついた怒りの情は、彼女の理性を凌駕し彼女の心をありのままに吐露していく。
「冗談じゃない。冗談じゃない、冗談じゃない冗談じゃない! 私達は運命の川をただ流れているだけですって!? ふざけないで! こんなわけの分からない世界に放り出されたのも! 時を止めるなんて馬鹿げた力を持ってしまったのも! 全て私が生まれたときから決まっていた!? そんなの納得できるわけないじゃない!! 私達は運命のおもちゃだとでも言いたいの!? ふざけ――」
 割り込んできたレミリアの言葉に、激情が一気に冷めた。レミリアは肯定したのだ。彼女は運命に遊ばれているのだと。
 激情が消えれば、残るのは望みを失った体のみ。彼女は立つことすらかなわず、その場に崩れ落ちた。脳は完全に仕事を放棄し、動くための活力が全く湧いてこない。
(なにそれ? 妖怪がはびこる世界に連れてこられて、人を外れた力を持たされて、そこまでされても、私の人生に意味はないの?)
 は、と息がこぼれ落ちた。一息、二息、無意識にこぼれていく息は、徐々に連続して笑いを形成していく。笑いに引きずられるように、面白くもないのに頬が緩み、肩が揺れる。
(……もう、どうでもいいか。どうせ意味なんてないんだし)
 思考すら面倒になり、全てを棄てようとした彼女の視界の端に、異物が入り込んだ。顔を上げると、レミリアがすぐ近くに立ち彼女を見つめていた。聞かれるままに己の力について話すと、レミリアはわずかの間をおいて楽しげな笑みを浮かべ、彼女の顎をつかんで無理やり視線を合わせてきた。
 レミリアの口が動く。彼女の脳が、レミリアの口から放たれる言葉を理解しようと、徐々に活動を再開していく。
(レミリアの望む時に……レミリアの為に……)
 それはつまり、といまだぼんやりとする意識のまま考える。
(――レミリアの為に、生きる。誰かの為の人生。それは、間違いなく……意味がある。私の人生に、意味が生まれる)
 そこに至った瞬間、彼女の全てが力を取り戻した。その場で姿勢を正して正座し、感謝の意をこめて深々と頭を下げる。こみあげる涙が熱を伴い頬を濡らした。
 そういえば、とレミリアが彼女の名を尋ねた。顔を上げて彼女がそれに答えると、レミリアは気に入らないと眉をひそめて切って捨て、新しい名前を考え始める。
 丁度いいと彼女は思う。意味のない生を送っていた今までの名を棄て、意味ある人生を送る為の名を得る。
(ああ、もしこれも運命だとしたら、謝らなきゃ。それと、レミリアと出会い、生きる意味を与えてくれた運命に、感謝を)
 やがて、レミリアの顔が明るくなる。いい? と前置きし、レミリアは彼女の新しい名を紡いだ。
「十六夜、咲夜」
 その名を呟きかみ締め、彼女は微笑みを浮かべて一礼した。








――そして――

 白玉楼を訪れた咲夜は、思わぬ人物を見つけて目を瞬かせた。赤と黒の服が印象的な、三つ編みの女性。意外なのは相手も同様で、あら、と驚いている。
「紅魔館のメイドさんがこんなところに用事?」
「咲夜は時々私と打ち合いしてるんですよ、永琳さん」
 答えたのは、銀のおかっぱ頭の少女。白いシャツに黒の蝶ネクタイ、緑のベストとスカートを身に着けている。脇には刀が二刀、並べて置かれている。
「打ち合い? 貴方達が?」
「以前少し剣を習っていたので、気分転換を兼ねて時々妖夢に相手してもらっているんです」
 模擬刀を使ったお遊び程度のものですが、と付け加え、妖夢へと視線をずらす。意図を察し、妖夢が口を開く。
「私、この間の件で目を傷めちゃったから」
「謝罪も兼ねて、こうして診に来てるの」
 そう、と咲夜は診察が終わるまで待たせてもらうことにする。永琳は妖夢の目を色々といじっては、自分の知識と照らし合わせて頷いている。少しして診察が終わる。妖夢はありがとうございましたと礼をし、お茶を淹れに一旦退室した。妖夢を見送り永琳に視線を向けると、それに気づいた永琳は苦笑を返す。
「あの子、少し真面目に過ぎるわね。いらないっていつも言ってるのに毎回毎回」
 諦めなさいと肩をすくめてやると、永琳の苦笑が濃くなる。
 笑みを収めた永琳は、おもむろに話題を変えた。
「貴方、自分の能力をどう思ってるの?」
 あまりの唐突さに咲夜は眉根を寄せて永琳の真意をさぐろうとする。その先手を打ち、永琳は自分から理由を説明する。
「単純な好奇心よ。姫に劣るとはいえ、似た力を持つ貴方は、一体それをどう思っているのかしら」
「いまいち納得できかねる単語があるのだけれど」
「事実よ。姫の操るのは永遠と須臾。これらはどちらも時間軸を超越したもの。時間を操る貴方の力は時間軸を超越しても、それをさらに超越した姫の力には劣る。――まあ、だから貴方が姫より劣るというわけではないから安心なさい」
 納得いかない表情の咲夜をなだめ、「それでどうなの?」と重ねて問う。咲夜はなおも永琳の表情を窺うが、そこに何を認めることもできず、ふ、と軽く息を吐いた。頭を振って詮索を諦め、背筋を伸ばして微笑し、永琳を真っ向から見据え、答える。
「私は、お嬢様の為に使えるこの能力を、誇りに思っておりますわ」
 迷いも淀みもない澄んだ回答に、永琳はそう、と微笑む。その微笑の意味を図りかねて咲夜が内心困惑していると、妖夢が急須と湯飲みを三つ持って戻ってきた。
「お待たせしました」
「お医者様はいらないから帰りたいそうよ」
 ペースを取り戻そうと、咲夜が軽口を叩く。しかし永琳は動じず微笑んだまま、
「いえいえ、今日はせっかくだから、お二人の打ち合いとやらを湯飲み片手に見学させていただくことにするわ」
「私は構いませんけれど……」
 永琳の顔を見れば、どうごねても居座ることはすぐ分かる。自分を見つめる二人から視線をそらし、咲夜は天を仰いだ。
初めて投稿させて頂きます。
この話は”永琳はなぜ咲夜を見て驚いたのか”を考えていたとき、ふと思いついたものです。自分が能力を与えた少女が来れば、それは驚くだろうと。
咲夜が剣使ってる時点でどうかと自分でも思う次第ですが、咲夜一般人というこの設定だと、後の下地やら美鈴越えやらを考えたとき、剣道が一番妥当だろうと考え使わせることにしました。
本編に関連する、咲夜の一通りの事については本編内で回答したつもりですので、あえて補足は省かせていただきます。分からないときはその旨質問してくださればお答えします。
感想・批評等お待ちしております。m(_ _)m
櫻井孔一
[email protected]
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コメント



0.970簡易評価
4.40名前が無い程度の能力削除
外観と内観と言う二幕仕立てのメリットは、外と内との格差を書く事が出来る所にあると私は考えますが、今回の作品ではそれが活かしきれていなかった様に感じられます。
全般的に描写が薄いと言うか、設定をなぞっただけと言うか。
メインとなる部分が見当たらないのがそう思う理由でしょうか。
作者メッセージにある”永琳はなぜ咲夜を見て驚いたのか”をメインとして見るには、どうにも情報そのものが少ないですし、
さりとて”レミリアに仕える様になるまで”をメインとして見るには、咲夜の絶望の至るまでの描写が薄く、仕える瞬間のシーンがどうにも薄っぺらく見えてしまいます。
(言外の部分までを含めて運命の滑稽さを書いた、と言うならば脱帽物ではありますが)

咲夜 = 一般人という設定からすれば確かに妥当ではあるのですが・・・
やはり、ひとつの作品としては見所が欲しかったと感じます。

ただ、地の文や構成そのものはしっかりしていますし、こういう解釈物は好きだったりします。
以降の作品に期待をしつつ、今回の得点とさせていただきます。
17.80a削除