皆さんはこういった言葉を聞いた事がおありでしょうか?『黒い悪魔』『黒い高速機動兵器』『ブラックデビル』『家庭内害虫』そして『ゴキ○リ』…そう、『奴』の事です。私が今から話すのは、私…こと小悪魔とパチュリーさま、そして紅魔館に住む全ての方が体験した、『奴』による恐怖の物語です。
きっかけはほんのささいな事でした、珍しく元気なパチュリーさまが魔法の実験をされていたのです。魔法の内容はごくごく単純なものでした、巨大化魔法です。
その日、たまたま私が作ったショートケーキが美味しくできたので、それを巨大化させようという乙女らしい発想のもと、ショートケーキの巨大化作戦が立案実行されたわけです。
作戦がうまくいけば、私とパチュリーさまは美味しい美味しいショートケーキをおなかいっぱいしあわせいっぱいになるまで楽しむことができたはずなのです、それがあんな事になるなんて誰が想像したでしょうか…?
悲劇がおきたのは、パチュリーさまがいよいよ呪文を唱え、ケーキを巨大化させようとしたときでした。『奴』が私の目の前に現れたのです、『奴』もケーキの甘い匂いに誘われたのでしょうか?ダメです、ケーキは私たち乙女の動力源、あなた達なんかに食べさせるものですか!私は『奴』に対する怒りを込めて叫びました。
「パチュリーさまぁー!!助けてー!!!」
「きゃっ!?」
私に抱きつかれてよろめくパチュリーさま、え?『奴』をどなったじゃないのかって?そんなそんな、私みたいなか弱い乙女にできるのはより強い方に助けを求めることだけです。あんな黒い悪魔をまともに相手にできるわけないじゃないですか。
とまぁそんなこんなでよろめいたパチュリーさまは、巨大化魔法の対象を間違えたのです。小さな失敗…ですがそれが致命的でした、巨大化魔法が命中したのは…そう『奴』だったのです。
図書館内に、表現しがたい不気味な…そして不吉な音が響きました。今思い出してもぞっとします、『奴』が巨大化していくのを見ながら、私はパチュリーさまに抱かれながらがたがた震えて見ていました。パチュリーさまのほうはさすが私のご主人さまです、全然震えていません。このときほど私がパチュリーさまに頼もしさを感じたことはありませんでした。
恐怖より好奇心に輝いている眼が素敵です、でもそんな眼をしていないで早く『奴』を退治して欲しかったりもします。
しばらく恐怖の時が流れました…『奴』は、テーブルをおしのけ椅子を押し潰しずんずん大きくなっていきました。そして、身長だけでパチュリーさまに匹敵するかのような巨大で恐ろしい姿になったのです。
「パチュリーさま…どうしましょう?」
沈黙の後、私はこう言うのが精一杯でした。指先ほどの小さな『奴』にすら悲鳴を上げて逃げ回っている私が、こんな大きなのにどうして勝てましょう、っていうか正直相手をしたくありません。
…やはり、ここは偉大な七曜の魔女パチュリーさまにどうにかしてもらうより他ありませんね、というわけでお願いします。
「…」
私の『お願いします~視線』に反応しないパチュリーさま、いつもなら以心伝心で大体伝わるのに…何を考えていらっしゃるのでしょう?
「パチュリーさま?」
「…いい実験材料だけど仕方がないわ。アグニシャイン上級!」
パチュリーさまからのびる火の嵐が黒い悪魔を襲います、何か前半に余計な一言が聞こえた気もしますが、パチュリーさまの放った一撃は見事に黒い悪魔を直撃しました。これで『奴』も成仏できることでしょう…あれ?けど黒こげの『奴』の死体は誰が始末を…あれ?
非常に不安な想像が脳内をかけめぐり、同時に、爆煙が収まった後に出現するであろう惨状を想像して私は目を覆いました。ですが…
「…無傷?」
何かパチュリーさまがありえない一言を発した気がします。
私は勇気を振り絞って『奴』を直視しました。そして…
「ありえない…」
そう、ありえないっていうかありえちゃいけない光景が眼前にありました。
黒い羽根が禍々しい反射光を発しています、『奴』は健在でした。パチュリーさまのアグニシャイン上級を受けて無事なゴキ○リなんていてはいけないと思います、っていうかお願いやめてください。私は声を大にして叫びたいです「巨大ゴキ○リをなかったことに!」。
しかし、この場には上白沢さまはいらっしゃいません。ですから、どうにかして『奴』は私たちが独力で撃破しなければならないのです…どうしましょう。
そんな事を言った瞬間、恐ろしい光景…十分今でも恐ろしいのですが…が出現しました。『奴』が動き出したのです!その速度は通常の三倍ではすみません、まさに黒い彗星!
…まぁ進行方向が反対だったのがせめてもの救いです、さもなくば私の薄弱な精神はもたなかったことでしょう。私とパチュリーさまはしばし呆然とたたずんでいました。
そして、直後に板を叩き割るような音がしました。この音は『奴』が図書館の扉を破った音なのでしょうか?だとしたらひとまずは安心です。ですが後が怖いような気もします。レミリアさま達がなんと仰るか…脳内が過負荷状態になっている私、ですがパチュリーさまは冷静でした。
「追うわ、小悪魔ついてきなさい」
その時のパチュリーさまの勇姿は素晴らしいものがありました。黒い悪魔に対して一歩も退かない勇気!さすがは私のご主人さまです。
そんなパチュリーさまの勇気に応えて私は言いました。
「…急におなかが痛くなって」
仮病じゃないですよ?ええ、違います。神経性の胃炎とかほら、それっぽい病名がありますよね、ね!
だからパチュリーさま、無視して羽根を引っ張らないでください、せめて手を~!!ごめんなさいごめんなさい、仮病でした~!!わかりましたわかりました、ちゃんとついていきますので羽根から手を放してくださ~い!!!
…とまぁこうして私たち…名付けて『巨大ゴキ○リ討伐隊』は、勇躍『奴』の追撃にかかったのです。…でも嫌だなぁ、私やパチュリーさまのような可憐な乙女が『巨大ゴキ○リ討伐隊』だなんて何かおかしいと思いませんか?っていうか誰が付けたんでしょうこんな名前…え、私?ごほんごほん、それでは次の話にうつりましょう。決して誤魔化しているわけではありませんよ?
『巨大ゴキ○リ討伐隊』結成から一分もたたないうちに、紅魔館内に次々と悲鳴が湧きおこりました。『奴』と接敵した方々の悲鳴でしょう。気持ちはわかります、私だって小型の『奴』を見てすら逃げまどうのに、あんな巨大な『奴』と突然遭遇したとしたらその恐怖はどれほどのものでしょう?
「急ぎましょう!小悪魔、引っ張って」
パチュリーさま…前半と後半で何か威厳とかそういうものが著しく異なっている気がしますよ?まぁ外にあまり出ないパチュリーさまは、空中で(も)あまり速度が出ないので仕方がないのですが…そして私は加速しました。
パチュリーさまのご指示ですので仕方がありません、これが自己犠牲の精神というものでしょうか?私は、出しうる全力で…そう、パチュリーさまの手をふりほどかんばかりの勢いで進みました。
「小悪魔、素晴らしい加速ね、でも何で悲鳴と逆方向に進んでいるのかしら?」
「え、気のせいですよ?」
「あと私の手を振りほどこうとしているのも気のせいかしら?」
「き…気のせいですよ~」
そう、気のせいですよパチュリーさま、私は決して巨大ゴキ○リ討伐から逃げ出そうなんて考えては…いないですよ?
で…ですから首を絞めるのは…やめ
「気・の・せ・い・か・し・ら・?」
「わっ、わかりました~すぐさま反転いたします!」
パチュリーさまの脅迫…もとい指摘を受けて、私は反転しました。はぁ。
「あのね、ここであんなの野放しにしたら私が後でレミィや咲夜から何て言われるか…不気味なのはわかるけど、ここで何とかして『奴』を止めるのよ!さもなくばヴワル魔法図書館の図書購入費が削られるわ」
珍しくやる気のパチュリーさま、そして、その理由はやっぱりと言った所でしょうか? それにしてもパチュリーさまはあんなの相手によく平気でいられます。多分、あれは『ゴキ○リという名称のモノ』としか認識していないのでしょう。さすがというかなんというか…変?
いえいえ、ここはやはり『勇気と豪胆の規範』を示しているということにしましょう。だって主人が変ならその部下も…なんていわれだしたら嫌ですし。
さて、しばしの飛行を行い、私とパチュリーさまは悲鳴が響き渡る部屋…厨房に突入しました。紅魔館の厨房は、大人数の紅魔館全住人への食事を供給可能な巨大な施設です。
ですが、常に清潔であるべきその空間には、現在、不潔の代表とも言える『奴』がいました。そして『奴』と交戦中なのは…?
「彩光乱舞!」
美鈴さまです、何故門番であるはずの彼女がここにいるのか。それは最近の連戦連敗によって食料供給量を減らされているのでさりげなくつまみ食いに来ているのです。まぁいつもの事ですね…
え?何で私が知ってるのか、しかも断言してる?お前も図書館司書なんじゃないかって?え~と…その…ほら、なんと言いますか…そう!お茶菓子をとりに来るときにたまたま会っていたんですよ、はい。決してつまみ食い仲間なわけではありませんよ?
さて、そんな些末なことはともかくとして、美鈴さまが放つ光弾が次々と『奴』に命中します。並の人妖ならその一発で行動不能になるであろう光弾です。なのに、その光弾が命中しても、まるで扉を叩くがごとく音をたてるのみで『奴』には深刻な被害を与えている様子はありません。『奴』は光弾を気にすることなく一心不乱に食料を食べています。
「モンスツルム…」
誰かが呟きました。確かに火も弾も効かない『奴』には『モンスツルム(怪物)』という表現がぴったりです。
ですが、私たちには『奴』に遅れをとらない方々がついていらっしゃいます。一人はいわずもがなのパチュリーさま、そしてもう一人は…
「何事ですか!たかが侵入者ごときに狼狽していては紅魔館のメイドとはいえませんよ?」
「咲夜さま?」
「咲夜?」
そう、紅魔館が誇る完全で瀟洒な従者、咲夜さま…通称『時を止める少女』です。大騒ぎを聞きつけてやってきてくださったのでしょう。
「さ…咲夜さ~ん、侵入者っていうか…侵入虫が強力なんですよ。弾幕が通用しないんです」
美鈴さまが情けない声で咲夜さんに支援を要請します。あ~あ、また食料減らされますよ?
「美鈴、そんなことでは紅魔館の門番とはいえませんよ?というよりなぜ門にいるはずのあなたが私より早くここに到達できるのかしら?またつまみ食いしていたのね、食糧支給20%減!」
「そ…そんなぁ~」
ちなみに、咲夜さんの部屋と門から厨房までは門からのほうが3倍近い距離があります。そして、現在の分からさらに食料支給を20%も減らしたら美鈴さまさすがに死んでしまうのでは…?
「さて、不埒な侵入者は何処かし…」
と、咲夜さまの視線が『奴』を捉え、『時を止める少女』の時が止まりました。
…でも『時を止める少女』って言うとなんか雰囲気が読めない人みたいでかっこわるいですね。あ、私がこんな事を言ったのは咲夜さんには内緒ですよ?
「殺人ドール」
「「「は?」」」
厨房全体にナイフが出現します、いきなりですか!?さすが時を止める少女、私たちの時も止まりました…ってそんな事を言っている場合ではありません。こんな所で見境無くそんな大技を使われては困ります!
四方八方から降り注ぐナイフ、敵味方の区別などありません!わ…私の能力では防ぎきれ…
「きゃ…」
私は味方撃ちによる儚い最期を覚悟しました、美人薄命とはよく言ったものです。私がこんなに可愛いのを天が憎んだのでしょうか…って私は悪魔です。ああ、せめて最後はケーキをおなか一杯食べたかったです。それに『ゴキ○リ』とまとめて始末されるなんてあんまりです!せめてパチュリーさまと…
私が支離滅裂な思考を巡らしていたときでした。
「シルフィホルン上級!」
パチュリーさまのスペルカードです!強力な防御弾幕が私たちのまわりに展開され、防御結界と併せて咲夜さまの弾幕を防ぎます。
「パチュリーさま…凄い」
私は独語しました。やっぱりパチュリーさまは凄いです、あの咲夜さまの殺人ドールを完全に防いでくれています。ちなみにメイドさん達はみなさん脱出済みですが、『奴』の近くにいた美鈴さまは逃げ遅れて被弾しています。
まぁ美鈴さまの耐久力には定評があるので大丈夫でしょう、というより私にはどうしようもないんです…ごめんなさい。
「さ…咲夜さんストップ!私にも当たっていますって!!痛い…痛いですよ~!!」
美鈴さまの悲鳴が厨房内に響きますが咲夜さまは意に介する様子もありません、なにやら顔が真っ青です。
…無差別攻撃の理由がよくわかりました。怖くて怖くてひたすら弾幕を放つしか精神を保つ手段がないんですね?いくら完全で瀟洒な従者とは言っても咲夜さまも乙女、あんな巨大ゴキ○リなんて見た日にはああなっても仕方がないと思います。少なくとも…
「美鈴の光弾や咲夜のナイフのほとんどがはじき返されてる…避弾経始に効果的な傾斜装甲、耐火,耐水性も良好そうね、上からの圧力や衝撃も分散できる理想的で合理的な形状だわ」
とか冷静に分析&感心しているのは変だと思いますよ、パチュリーさま?
そして、パチュリーさまの発言からもわかる通り、『奴』は健在です。いくら咲夜さまが冷静さを失っているとは言っても、『殺人ドール』でも倒されないゴキ○リなんてフェアじゃないです。
とかなんとか考えている時でした。咲夜さまの攻撃に耐えかねたのか、『奴』は突如羽根を羽ばたかせて、あわわ…
私の意識はここで途切れました、多分私のピュアハートを保護するために自動思考停止装置が作動したのだと思います。あの巨大ゴキ○リが羽ばたく瞬間なんて想像しただけで…やめましょう、この話題はここでおしまいです。それが世のため人のため、そして皆さんのためです。
「ん…いた…いたた、やめてください~パチュリーさま」
えっと、意識を失っている相手の耳をぐいぐいひっぱるのはやめましょう。
「小悪魔、目が覚めたみたいね」
私が目をあけた時、視界にはパチュリーさまの悪戯な表情がありました。 意識を失った私の耳で遊んでいたようです。
人を遊び道具にするのはいけないと思います。寝ている間に顔に『ひきこもり~』とか落書きしたり、背中に『私はかわいいもやしです(はぁと)』なんて書いた紙を貼り付けたりしてはいけません…ってそれをやったのは私ですね。でもお茶目は私の専売特許なのでパチュリーさまは真似しないでほしいです。
さて、少し落ち着いて周りを見てみると、あの黒い悪魔(魔法使いのほう)が来たとき以上の惨状がひろがっています。もはや原型をとどめないほどに散らかっている厨房で、ひきつった表情で倒れている咲夜さまとナイフまみれで倒れている美鈴さま、咲夜さまは私同様強力な視覚攻撃にやられたのでしょう。美鈴さまは…まぁ説明の必要はありませんね。
そしてその中で元気に動き回っている方がいらっしゃいます。
「シャッターチャンス!」
パシャパシャと様々なアングルから写真撮影をおこなっている文さま、なんであなたがここにいるのでしょう。
「なぜあなたがここにいるのかしら?」
さすがはパチュリーさまです、私の疑問をストレートにぶつけてくれました。
「事件あるところに記者あり、真実を伝えるために記者は常に事件の最前線にいなければならないのです」
「…わかったわ」
意気込んで言った文さまに対し、さらっと流すパチュリーさま、好奇心は旺盛なのですが自分の興味がない事には一切関心を示さない方なのです。きっとパチュリーさまの脳内では、文さまの出現は『くだらぬ事』と認識されたのでしょう。ちなみに文さまの方もすぐに写真撮影に戻っています、特に気絶した咲夜さまを重点的に撮影しているようです。…後が怖くないのでしょうか?
そんなことを考えていた私に簡潔な一言が届きます。
「小悪魔、追うわよ」
ああ、やはり追うのですね。私としてはそろそろ諦めたいのですが…っていうか帰らせてくださいお願いします!
そう思った私は精一杯の勇気を振り絞って言いました。
「はい…」
だって尊敬するパチュリーさまが行かれるのならば、私には行くより他に選択肢はないんです!私は従者ですから…。決してパチュリーさまからの制裁(おやつ抜き)が怖いのではありませんよ?使命感というやつです。
さて、私とパチュリーさまは惨劇のあった厨房を離脱、速やかに『奴』を追います。
奴の行く先々で悲鳴が上がっているので追うのに苦労はしません…不本意ですが。
「あの黒い奴の生態から考えると…次に向かうのは暗くてじめじめした所ね」
何やら考えていたパチュリーさまが言いました。紅魔館で暗くてじめじめした所と言うとどこでしょう?暗くてじめじめ…地下室なんかがそうですね…え?地下室!?
「急ぐわよ小悪魔、前進全速!」
「はっはい!」
つないだ…というか引っ張っている手を通してパチュリーさまの緊張が伝わってきます。だって紅魔館で地下室といえば…そう、『紅魔館の火薬庫』ことフランドールさまのお部屋です。あんなところにあんなものが突入したら紅魔館は歴史の中にしか存在しなくなってしまうでしょう。
私は全速で進みます、さすがに逃げるわけにはいきません。だって紅魔館…ヴワル魔法図書館がなくなったら私やパチュリーさまはどこで暮らせばいいのでしょう?本だって読めなくなっちゃいます。
ですが『奴』の快速…というかもはや『怪速』に追いつくのは大変です。パチュリーさまは言わずもがなとして、私も大して速度は出せないのです…
ですが不幸中の幸いでした、『奴』は地下室に直行したのではないらしく、先に私たちが地下室入り口に到達することができました。
そしてそこにはもう一人…
「パチェに小悪魔、どうしたのフランの部屋に来るだなんて?」
「あ…レミィ」
「レミリアさま…」
あああ…ばれちゃいました。いいえ、ここまで大事になればばれない方がおかしいのですが…どうするんでしょうパチュリーさまは?
「悪いわねレミィ、ちょっと虫が逃げ出したの。それで追いかけてるの」
誤魔化そうとしています、確かにまだはっきりとレミリアさまにはばれたとは言えないのですが。
「虫?」
「ええ、おっきいコオロギ…みたいなもの(ぼそっ)…よ」
パチュリーさま…確かに嘘はついていませんが…
「ふ~ん、それでこっちに来たの?」
「ええ、暗くてじめじめした所が好きみたいなの」
「ゴキ○リみたいね、虫ってみんなそうなのかしら?」
わ…レミリアさまビンゴです。
「ええ、そういう虫は多いわね」
「わかったわ、暇だから手伝いましょうか?」
「いいわ、レミィは部屋に…」
パチュリーさまがそう言いかけた時でした、あと少し、あと少しだったんです!あと少しでレミリアさまを追い返せ…ごほんごほん、レミリアさまにお引き取り願えるところだったのに~!!
レミリアさまが固まりました。背後を見た私も固まりました。私たちの背後…廊下の方から現れたのは…『奴』でした。
「パ…パチェ、あ、あれはなにかしら」
がたがた震えながら、レミリアさまが『奴』を指さします。
「…おっきいコオロギみたいな虫」
「あんなの虫じゃないじゃない!!」
叫ぶレミリアさま、同感です、心から同感です。あんなの虫とは言えません、百歩譲っても『蟲』です!
「虫よ、身体の構造は…」
「さ…さくや~!!!」
パチュリーさまが冷静に解説しようとした時、恐怖のあまり幼児退行したレミリアさまが叫びました。ですが咲夜さまは強力な視覚攻撃で撃破されたはず、残念ながら救援は期待できません。
「こ…こわいよ~さくや~ぱちぇ~」
あああ可愛いですレミリアさま、抱きつくのでしたらパチュリーさまではなく私に…いつもは誇り高いレミリアさまもこうなっちゃうと外見相応ですね、私はかわいい子どもとかには弱いんです。そして私が状況も忘れてぼんやりしていた時に、彼女はやってきました。
「お呼びでしょうかお嬢様」
一瞬にして現れた咲夜さま、信じられません。あのレミリアさまの叫びで復活なされたのでしょうか?う~ん、さすがは完全で瀟洒な従者です。え、違う?そうですね…なんか違う気もしますけどひとまずそれは置いておきましょう。
「さ…さくや~」
レミリアさまが咲夜さまに抱きつきます、咲夜さまは幸せそうです。
「さあ、お嬢さまを怖がらせた償いをしてもらいましょう」
一瞬の沈黙ののち、『奴』に向かって咲夜さまが言いました。
ゴキ○リにそんなこと言っても仕方ないとは思いますが…でも先程の咲夜さまとは迫力が違います、この咲夜さまならやってくれそうです。『奴』を、『奴』をやっちゃって下さい!
咲夜さまがナイフを構えます、と、その時パチュリーさまが言いました。
「小さくしましょうか?」
「「は?」」
私と咲夜さまの声が重なりました。
「あ…あの、パチュリーさま?小さくできるんですか?」
しばらくして冷静さを取り戻した私は言いました。
「ええ、できるわよ」
普通に答えるパチュリーさま、それでは私たちの苦労は一体何だったんでしょう?っていうか図書館の予算云々の話はいいのでしょうか?最初から小さくしておけばここまで大騒ぎには…
「…パチュリー様、それでは何故今までにそれをやっていただけなかったのでしょうか?」
あ…咲夜さまの背後に何かどす黒いものが見えます。っていうかこっち(私とパチュリーさま)にナイフを構えるのはやめてください、気持ちは分かりますが。
「愚問ね咲夜、知的好奇心の為に決まってるじゃない。本当はもうちょっと見ていたかったのだけど」
「「…」」
ああ…もうなんというか…何も言えません、咲夜さまも停止しました…あ、なんかがっくりとうなだれています。世の中の不条理さに愕然としているのでしょうか…
「あの…パチュリーさま、それでは早く小さくしていただけませんか?」
しばしの沈黙の後、私は言いました。
「仕方ないわ」
パチュリーさまは少し残念そうな表情をされると呪文の詠唱を始めました。『奴』は階段の入り口でつっかえて入って来られないようです…頭だけでも十分不気味ですが。
ちなみに、咲夜さまは真っ白に燃え尽きて膝をついています。レミリアさまはそんな咲夜さまにむぎゅ~っと抱きついています、かわいいです…
さて、パチュリーさまが呪文の詠唱を今まさに終えんとした時でした。私の方に黒くて小さな高速の何かが飛んできました…え!?
「きゃ~ゴキ○リです!パチュリーさまぁっ!!!」
「えっ!?」
いくら小さくてもゴキ○リはゴキ○リです。かよわい乙女(私)の天敵です!私はパチュリーさまに抱きつきました。たぶんこれは奴らの計略だったのでしょう、ですから決して私のせいではありません、その直後に起きた悲劇は…
「「「「!?」」」」
パチュリーさまの魔法は、何か最後でおかしくなったようです。そして『奴』は確かに小さくなりました、ええなりました。え?何をそんなに強調しているのかって?いいですよ、あなた方にその覚悟があるのならばお話いたしましょう。その直後に起きた惨劇について…
さて、その後に起きた事件を一言で表すとしたら…
101匹ゴキちゃん大行進!つっこみは認めません。
そう、小さくはなったのです小さくは、ですがなぜかゴキ○リさんは増殖なされておりまして…え?なんで101匹ゴキちゃん大行進なんてかわいい名前をつけたのかって?そうでもしないと私がまともに話せないんですよ~今でも鳥肌がたっているんですから。ほら見てくださいよこの腕…あ、と話がずれましたね。
ともかく奴らは…ああもうともかく四方八方がゴキ○リだらけとしか表現できない状況なんです、さっきは101匹なんて言いましたがその十倍はいそうな気がします。ゴキ○リの弾幕なんて見たくはありません…ええ、一生見たくありませんでした。
咲夜さまは真っ白になって沈黙し、レミリアさまはそんな咲夜さまに抱きついて泣き叫んでいます。パチュリーさまだけが冷静な表情で
「最後の部分の詠唱を間違えるとこうなるのね、なかなか興味深いわ」
なんて言っています。そんな場合じゃないんです!早くなんとかしてください!!
そんな私の願いが通じたのでしょうか?パチュリーさまは言いました。
「でもそろそろうっとうしいわ。ベリーインレイク!」
パチュリーさまのスペルカードが大量の水を発生させて『奴ら』を押し流します。ついでに咲夜さまとレミリアさまも押し流してしまっていたのですがいいのでしょうか?
そしてパチュリーさま、『こんな所で』そんなスペルカードを発動させないでください。水は低いところにたまるんです。
どどどっと戻ってくる水…そして
「あ」
あ…じゃないですよパチュリーさま…
「きゃ…」
私たちは大量の水に呑み込まれ意識を失いました。
「う…ん?」
私が目を覚ました時、そこには水も『奴ら』もいませんでした。いるのはごろごろ転がるパチュリーさま、レミリアさま、咲夜さまです…ってパチュリーさま!びしょびしょで転がっていたら風邪ひきますよ!
私は慌ててパチュリーさまに駆け寄ると、急いでパチュリーさまの顔に『年中無休で暴走中♪むきゅーな少女パチュリーをよろしく!』と落書きをすませて、お姫様だっこでヴワル魔法図書館に急行します。レミリアさまと咲夜さまは申し訳ないですけど後回しです、パチュリーさまの場合一刻を争うんですから。
え?じゃあなんでそんな時にいたずらをするのかって?だって目の前で無防備な寝顔を見せている相手に対して落書きをしないなんて失礼じゃないですか!こんな時の為に私はわざわざいたずら用のペンまで常備しているんですから。…沈黙なされたっていうことは納得していただけたんですね、それでは話を進めましょう。
翌日
「はぁ…あ小悪魔、水」
「はい、すぐにお持ちしますね」
もう、予想通りです。あのあとパチュリーさまは39度の高熱を出し、ばたんきゅーしてしまいました。ちなみに、レミリアさまと咲夜さまは恐怖のあまり例の出来事は忘れてしまったようです、他の方々には口止めしておいたので…というより、他の方々も『奴』の暴走を止められなかった負い目があるのでそちらから秘密が漏れる心配もありません、記憶喪失と聞いて美鈴さまなんて大喜びでしたし。これでヴワル魔法図書館の予算も安泰です。え?あの大量のゴキはどうなったのかって?…あれから紅魔館には『奴ら』が団体さんで現れるようになりました、とだけ言っておきます。はぁ…
私は長い話を終えました。久しぶりのお休みに外に出て、たまたま出会った大妖精さんや鈴仙さん,てゐさん達と『最近遭った怖い話』で盛り上がっていたのですが、私の話はなかなか好評だったようです。みなさん真剣に聞いてくださいましたし。
「でもよかったね。ばれなくて」
大妖精さんが言いました。
「はい、もうあの事件がばれていたら私たちはレミリアさまと咲夜さまにどんな目に遭わされていたか…」
おしおきの数々が想像されて私は一瞬体を震わせました。そして鈴仙さんにてゐさんは顔を見合わせてらっしゃいますが一体どうなされたんでしょう?
「あの…」
私が言いかけると、お二人は突然耳をびーんと立てて慌てたように言いました。
「あ、私急用を思い立ちました!」
「鈴仙ずるい!私も!!」
「え…あの…」
「えっと…頑張ってね」
「は?」
帰りがけに鈴仙さんが言った謎の言葉と、なぜか同情するようなてゐさんの視線が印象的でした。一体何だったんでしょうか?
「あ、それじゃあ失礼しますね」
「うん、また遊ぼうね!」
「はい」
私は大妖精さんに別れをつげ、夕闇迫る湖の上を紅魔館に向かって進みます。今日は久しぶりに外の方とお話ができたので楽しかったです、さて紅魔館門前に到達したので高度を下げて…あれ?美鈴さまがいらっしゃいませんね、またつまみ食いでしょうか…ほどほどにしないとまた怒られますよ?
「パチュリーさま、只今帰りました~」
あれ?返事がありませんね…きょろきょろと見回しても誰も…
「小悪魔さん」
「きゃっ!?」
びっくりした~咲夜さま、突然背後から…あまり驚かせないでほしいです。
「ちょっとレミリアさまの部屋まで来ていただきたいのですけど」
話し方はいつも通りなのに何故かナイフで切るような冷たさがあります、そして何でそんなに恐い顔をしてらっしゃるのでしょうか?
咲夜さまが手に持っている新聞に目がいきました。
『文々。新聞』
○月○日○曜日、紅魔館でゴキ○リパニック!?完全で瀟洒なメイド十六夜咲夜、巨大ゴキに敗れる!
新聞にはセンセーショナルな見出しが踊っていました。そしてそこには気絶している咲夜さまの写真がでかでかと!?
「あのー咲夜さま?」
「何かしら」
「もしかして…思い出しちゃいました?」
「…ええ、思い出したくはなかったのですけど細部まで鮮明に。お嬢様もね」
「…」
「…」
「あのー見逃し…」
「さぁ、早く歩いてくださいな」
「あうあう」
お願いです、黙ってナイフを出すのはやめてください…誰か…誰か…
「パチュリーさまぁ~!!!」
私の悲鳴が紅魔館に響き渡っていきます。だけどパチュリーさまも既に囚われの身なのでしょう…ああ、大妖精さん、鈴仙さん、てゐさん、次はもっと凄い恐怖体験をお話できると思います。私が…私の心が無事だったとしたら…あうう
『おしまい』
確か流れ水も渡れない、なんてのがあったような。
あと奴は恐ろしいです。
零距離で約2分間殺虫剤を浴びせても動きましたから。
2日後に押入れの奥で奴の亡骸を発見しましたが。
3億年前から存在しているのが凄いと思う、今日この頃。
奴は中学時代、椅子に踏み潰されて四散した光景を目の当たりに―――ぎゃーっ!(苦笑
>翔菜様
わっ致命的な間違いだ!?そういえば雨に濡れると駄目だとかいうのもありましたよね…申し訳ありませんでした。そしてずいぶん酷い目に遭わせてしまったレミリア様にも…ごめんなさい。
そして2分間噴射しても動いたとは…恐るべしですね。私は奴の断末魔の行動が怖くて殺虫剤が使えません(泣)、ホウ酸団子やホイホイとかの設置型トラップが関の山…はぁ。
>月影蓮哉様
ぎゃー!!想像してしまいました…軽くトラウマですね。チキンな私はそれが怖くて潰せないのです…
>ぐい井戸・御簾田様
そうですね、そしてこの程度のいたずらだと、かわいいなぁと笑って許してしまいそうです。
思ったのは私だけでは無いはず
更に言えば引きこもりニート様や天才師匠でさえ勝てる理由がっ!
そこまで熱く語ってしまう存在・・・・怖っ!
>名前が無い程度の能力様
全くですね(←え?こら作者)。私も前作でさんざんゴキ扱いしてましたし…
>煌庫様
そう、それが奴の恐ろしさ…だと思います。
>二人目の名前が無い程度の能力様
いえいえ魔理沙だって十分いけm(マスタースパーク
6mm弾で撃つのだけはお勧めしません
>三人目の名前が無い程度の能力様
心からの同意を、何か最近小悪魔ネタしか思いつかなくなってきています。まだ書いていない話がいっぱい…、小悪魔の魔力…いえ魅力ですね。
>四人目の名前が無い程度の能力様
>6mm弾で撃つのだけはお勧めしません
一体何が起こるのでしょうか…知りたくないですが。中性洗剤、早速投入してみますね、ありがとうございます!今まではいちいちお湯を沸かして熱殺虫していたのですよ…設置型トラップ以外では。
え、そんなことはないですよ。優しくて素直な紅魔館のアイドルが小悪魔です。
ご感想ありがとうございます!ってあれ、すでに返事がかかれてぶっ!?
成虫には中性洗剤も効果的ですが、卵にはあまり効き目がありません。
虫が湧きそうなポイントには定期的に熱湯攻撃をするのが効果的です。
傾斜装甲といった用語がさりげなく出てくる辺り、ミリヲタとしては
にやりとさせられます。
ご感想ありがとうございます!and適切なご助言助かります。なるほど、定期的に熱湯攻撃とは思い至りませんでした。
そして、『傾斜装甲』に反応が返ってきたのでにやりとしている者もここに約一名ほどいることをご報告しておきます。
ご感想(?)ありがとうございます。それにしても、そのままべちゃっと『潰す』のに比べればまだまし…なんでしょうか?
一つだけ確実なのはどっちも嫌だということですね…私も台所を歩く時には注意して足をおろしています
アジアでは普通にペットして飼ってる国も存在するし・・・・
オーストラリアでは手の平イズのゴッキーもいるし・・・
皆さんペットして飼ってみる気ありますか??(無理!!!
ご感想ありがとうございますww
えっとペットは…泣いて謝るので許してくださいorz