Coolier - 新生・東方創想話

戦闘妖精氷風 ムーンラビット・サマー

2006/02/19 05:08:21
最終更新
サイズ
31.08KB
ページ数
1
閲覧数
858
評価数
7/31
POINT
1470
Rate
9.34

 
 涙とは自分を恐怖する者が流す体液である。
 彼女にとって涙とはそれ以外のものではなかった。
 彼女は悲しみを意識しない。
 破壊に感情は無用だ。








 紅魔館メイドさん部隊対毛玉の戦闘。
メイド長の十六夜咲夜は自分を空中に浮かべている力場の向きを横方向に変える。彼女は頭を前方に向けたまま横にスライド。
弾幕ごっこ開始。毛玉視認。互いの距離が縮まる。我流で覚えたナイフを投げる。命中、閃光。
 
 「やりましたわ。お姉さま。」 後ろを飛んでいた後輩メイド。「毛玉殲滅。帰りましょう。」
 「オーケー。こちらメイド長。まだ「空中図書館」の見回りが残っているわ。みんな集まって。」 

 彼女はその能力により、空間を越えて言葉を伝える。周囲のメイドさんたちに呼びかける。
お姉さま、今参ります。の応答。女性だけの職場のせいか、「その気」のあるメイドも幾人かいたりする。
憎まれるよりは良いけどね、と彼女は苦笑する。
 大空のあちこちに撃破された毛玉の綿毛が漂っている。しばらくすると、あちこちから同僚メイドが姿を現す。
みんなが目指すのは、天空に浮かぶ巨大な飛行物体。
 それはなぜか幻想郷の空に漂っているところを、魔法使いのパチュリーに発見され、以来貴重な書物が魔理沙や魔理沙や魔理沙などに奪われるのを防ぐ書庫として機能している。その空飛ぶ構造物がかつてなんと呼ばれていたか、誰がなんのために造ったのかは誰も知らない。
しかしパチュリーにとってはそんな事はどうでも良かった。なによりこの書庫のおかげで貴重かつ愛する知識たちが無事なのだから。
 
彼女たちは便宜上、いまソレをこう呼称している。ヴワル魔法図書館4号分館、通称『ヴワルⅣ』と。

 戦いを終えてほっとしたメイドさん部隊。

 「今日の毛玉さん、手ごたえ無かったわね。」
 「咲夜お姉さまにはかなわないでしょう。」
 「見なよ、チルノが飛んでる。おバカ妖精が。」
 「なにも働かず、それなのに体が老廃物で汚れる事も、飢える事も、熱さ寒さに苦しむ事もめったに無い。うらやましい連中ね。」
 「速いですね、とても追いつけそうに無い。」
 「あの子はバカバカって言われながら、妖精の中ではトップクラスの力量よ。あの子とまともな勝負は出来ませんね。
 しかし弾幕ごっこに引きずり込めば、勝つ自信はあります。」
 「あいつはさっさと逃げるさ、いくらこっちが『逃げるなんて卑怯よ』と言ったって、プライドも体面も感じず、私ら平メイドが追いかけても、
 平然とノーマルパワーで振り切るだろう。頭に来るな、挨拶もしないで飛び回ってる。」

 やがてチルノはメイドさん部隊の視界から消え、代わりに空中図書館の巨大な姿が彼女たちの目の前に現れる。

 「図書館に着きました。」
 「ちちちちち、ヴワルに飲み込まれた平メイド~♪、掃除さぼってどんちゃん騒ぎ、メイド長に見つかりさあ大変、ナイフ一閃針の山~♪」

 咲夜の後ろを飛んでいた後輩メイドはほっとすると即興で歌う、夜雀の血が四分の一流れているらしい。
 
 「ああ、やっぱ紅魔館のメイドになれて良かった。妖怪と人間のクウォーターですって言っても問題ないし。」
 「あとかっこいい男の人がいれば最高だけど。やっぱり紅魔館は女の花園にしておきたいわ。」

 メイドさんたちは雑談しながら、ヴワルⅣの入り口のあるデッキのような場所に立つ。扉の前で、咲夜はパチュリーから与えられたペンダントを扉の前にかざす。他のメイドさんもそれに倣う。この特別なペンダントがないと侵入者撃退用のさまざまな罠が作動する。これは紅魔館に使われるようになってから追加された機能である。すぐに扉が開く、はずだったが。

 「おかしいわね、なんの反応もない。」
 「ヴワルちゃん、うら若き乙女のお出ましよ~♪、抱きしめておくれ。」
 「歌ってる場合じゃないわ。」 咲夜が叫ぶ 「迎撃用魔導書、多数接近。」
 「レーザーでお出迎え、いやだ、それはないでしょう。」
 「下手くそな歌は止めなさいってば。」
 「どうも歌いだすと止まらないんですよ、お姉さま、わかってます。なんで撃ってくるのよ、味方なのに。」
 「血迷ったか、ヴワル。」

 咲夜は急いでメイドを退避させ、館に戻るよう命令する。降り注ぐ侵入者撃退用のレーザー。

 「メグがやられた。」 一人のメイドが避けきれずレーザーを浴びる。彼女は意識を失い、弾かれたように放物線を描き落下していく。他のメイドが地面に叩きつけられそうになる寸前で彼女を抱きかかえ、離脱してゆくのが見えた。命に別状はなさそうだったが。

 「高性能な呪文だな、門番よりすげえ。」
 「冗談じゃない、皆やられてしまうぞ。」
 「あなた達もさっさと逃げて。」 
 「お姉さまは。」
 「誰が主か教えてやるのよ。」

 咲夜は無数のナイフをどこからともなく繰り出し、魔導書を撃ち落としながらヴワルに再度接近する。
ゆりかごのような船体に怪鳥のような漆黒の翼。それ自体が巨大な妖怪に見える。

 「お姉さま、私も戦います。」 後輩メイドがただ一人、逃げずに咲夜の後ろについてくる。

 魔導書の群れから発せられる無数の弾幕。二人は必死に回避することしかできない。咲夜の時間を止める能力さえ使えればと思う。
だがこの濃密な弾幕の中で、発動のために意識を集中していたら確実に殺される。

 「お姉さま、右に避けて。」 右に急旋回。  
 「だめ、間に合わない。」
 「くそ。」

 後輩メイドは覚えたての防御結界をはり、咲夜に直撃するはずだったレーザーを相殺する。
しかし彼女は自分の結界があと何発も耐えられないことを肌で感じている。

 「お姉さま、ずらかりましょう。」

 彼女は転移魔法の呪文を唱えようとする。しかし防御魔法を展開したままの詠唱は相当の負担になる。

 「待って、体がもたない、私に任せて。」

 咲夜は一瞬の余裕をつき、時間を止めるよう精神を集中させる。

 「いくわよ。」 こぶしを上げ、時間を止めるサイン。しかし。

 (時間が止まらない?)

 時を止める能力は発動しなかった。無数のレーザーが防御結界に容赦なく突き刺さり、とうとう結界が消滅した。
もはや改めて回避する余地はもう残されていなかった。

二人は抱き合って目をつぶる。目を閉じる瞬間、なにか青い妖精のようなものが見えた気がした。


 後輩メイドが気がついた時、二人はうっそうと茂る暗い森の中に横たわっていた。彼女は愛する上司である咲夜の顔を見つめる。

 「お姉さま?」

 咲夜は力を使い果たしたせいか静かな寝息を立てていた。このまま唇を奪ってしまいたくなるような美しい寝顔。

 「いやだわ、私ったら何考えてんのかしら。」

一瞬そう感じた自分が恥じる。いもしない誰かに取り繕うように彼女は空を見上げる。ヴワルの影がかすかな点となって飛んでいた。

 「お姉さまや皆ををこんな目にあわせて、覚えてなさいよ、ヴワル。通常ショットで抱え落ちさせてやるからな。」

 聞こえるのは森のざわめきだけ。彼女は急に寒気を覚える。早く助けに来い。そう祈る。私たちは幽霊にでも襲われたんじゃないか。



 ようやく許可された散歩に出かけようと地下室を出たフランドール・スカーレットは、途中で姉のレミリアに呼び止められた。

 「フラン、ちょっと部屋に来なさい。」
 「何よ。また監禁するつもり。」
 
 レミリアはまずフランを部屋のいすに座らせ、紅茶を勧めた。メイドから提供された血入りの紅茶。フランはまだ吸血の方法を知らず。ただ血を吸うだけにしても、生まれもった膨大な破壊力で対象ごと灰にしてしまうことがしばしばだった。加えて情緒にも不安定な部分が多いため。レミリアは495年間彼女を地下室に監禁した。
 そんな彼女も、博麗霊夢や霧雨魔理沙らとの出会いによって少しずつ変化しつつあり。最近ようやく館周辺の散歩程度なら許可されるようになる。
それでも、眠るときはやはり地下室に戻されるのだ。

 「聞いて。私たち、貴重な魔導書やその他の書物を取られないように、空に浮かぶ図書館に隠してあるの。で、そこをいつもの見回りに訪れたうちのメイドたちが毛玉に襲われた。事件はそれらを撃墜したあとに起こった。突然進入者撃退用の罠がメイドたちに作動して、皆殺しにされかけたわ。奇跡的に死者は出なかったけど。」

 「なるほど。」 フランは無表情で言った。「で、アタシが地下室に戻されるようなへまをやらかしたとでも?」
 「何を言ってる?」
 「じゃあ関係ないじゃん。」 レミリアはため息をつく。
 「私たちはあの空中図書館、通称『ヴワルⅣ』に何が起こったのか知りたい。パチェは紅魔館の誰かが細工したのかもしれないと疑っている。」
 「紅魔館に裏切り者がいる、ということね。」
 「滅多なことを言うもんじゃないわ。パチェもメイドたちも私たちの立派な家族よ。」
 「じゃあ毛玉か誰かに乗っ取られたんだ。撃ち墜とせ。それでケリがつく。」
 「毛玉に乗っ取られた。本気で言ってるの?」
 「紅魔館の裏切り者だろうというアタシを、姉さま、アンタはばかげていると言った。毛玉だと言うと信じられない顔をする。ふざけるな。アタシには関係ない。ヴワルがどうなろうと知ったことじゃない。だいたいメイドたちがドジなんだよ。やられたらやり返せばいいんだ。アタシならためらわず、一番弱い『目』をこう、きゅーっとしてドカーン。それで終わり。アタシに害を与えるやつはみんな敵。メイドだろうと、アンタだろうと、モヤシ魔女だろうと。」
 「言葉づかいに注意しなさい、フラン。」
 「では、レミリアお姉さま、もう散歩に行ってよろしいかしら。」

 フランは、怒りをこらえて顔を引きつらせているレミリアを冷ややかな目で見つめた。無礼な妹の態度に苛立っている姉だったが。しかしフランは態度を改めようとは思わなかったし、そんな妹を持った姉に同情もしなかった。夜、地下室に戻され、扉を閉められるたびに、ふとこれから永遠に出してもらえなくなるのではないかと思う、そんな気持ちをこの姉は味わったことがないだろう。もしアタシが死んだら、みんな狂人がいなくなって清々したという顔をするに違いない。姉も、メイド長も、魔女もだ。アタシにはわかる。しかしだからどうだというのだ。自分が死んだあとで誰がどんな顔をしようとアタシには関係ないではないか。

 無言で突っ立ってるフランにレミリアは、自分はデーモンロードだ、妹とは格が違うといった口調で言った。

 「フラン、社会見学としてヴワルを調べてきなさい。本のエキスパートをつけてあげるわ。詳しくはパチェから聞いて。じゃあ行っていいわ。」

 

 姉の部屋を出たフランドールはその足で居候の魔女、パチュリーのいる魔法図書館に行った。もちろん地上の。そこは怪我をしたメイド達の救護所となっており、図書館の司書としてパチュリーに召還された小悪魔が忙しく走り回っている。パチュリー本人もなぜか氷嚢を額に当ててソファに寝そべっている。

 「ああ、妹様、いまみんなの手当てで忙しいんですよ。幸いみんな大怪我ではないんですけど。ほら、あの空中図書館の責任者もパチュリー様でしょ。だから罪の意識感じちゃって、みんなの治癒のために魔法を使いすぎて倒れちゃったんですよ、本人も喘息もちなのに。」

 小悪魔が肩をすくめて言った。

 「こら、要らんこと言わない。」 パチュリーは小悪魔に注意すると、フランの顔を見るなり、同情してくれというような顔をして起き上がる。

 「またレミィの機嫌を損ねるようなこと言ったんでしょう。フランドール。」
 「アタシが立っているだけで姉さまは気にいらんらしい。勝手に腹を立てるのよ。きっとアタシなんか早く死ねと思ってるんだ。」 フランはそう吐き捨てた。
 「それはあなたの未来を想ってのことよ。あの子、妹が嫌いだなんて一度も言ったことはないわ。」
 「本音はどうだか。」
 「今はまだ分からなくてもいいわ、それより、奇妙な事件よ、レミィから聞いたでしょ?」
 「不可解なのは、なんでアタシが調べに行かなくちゃならないのかって事よ。」
 「理由はあるわ、説明してあげてもいい。あなたはもう少し外の世界を知ったほうがいい。そして他の誰かと何かを成し遂げる経験も大切よ。これは絶好の機会だと思う。本当は私が直接出向きたいんだけど・・・、ああ、私が考案したシステムを乗っ取るなんて、悔しいわ。」 パチュリーの顔はこわばっている。
 「わかったわ、パチュリー、でもめんどくさいよ、ちょっとイラつく。」
 「毛玉に当たるか、咲夜でも飼え、あまりでっかくないやつを。」
 「フム、紅魔館はアタシを飼ってるのね。」
 「きついジョークだわ、あなたにブラックユーモアのセンスがあるとは知らなかった。」

 パチュリーは小悪魔に水晶玉を持ってこさせると、そこに空中図書館の映像を映し出した。

 「これがヴワルⅣよ、進入者撃退用の無人スペル詠唱装置や魔導書たちはエネルギーを使い果たしていることが確認されているわ。
 湖に住むおてんば恋娘(チルノ)が確かめてくれた。彼女、妖精の中でも変わった存在でね、自我や魔力も妖精レベルとしては強い、
 この間もうちのメイドたちを助けてくれた。だから協力を頼んだの。」

 「どこの馬の骨とも知れない妖精でも頼りにせざるを得ない。スカーレット家も落ちたわね。しょうがないな、じゃあソイツといっしょにやればいいのね。」

 その時、偵察に出かけていたチルノと、彼女が心配でついて来た大妖精がロビーを訪れ、小悪魔に空中図書館、ヴワルⅣの近況を伝える。
特に何の変化もなし。ただ空中に浮かんでいるだけとの事だった。

 「ねえ、見かけない顔ね、あんただあれ?」 チルノが何の恐れもなくフランに近づき、話し掛けた。大妖精はフランに秘められた力と狂気を感じ取ったせいか、チルノを止めようとするが、しかし彼女はそんなことはお構いなしにフランと雑談を交わす。

 「アタシはフラン、フランドール=スカーレット、レミリアの妹、みんなアタシをイカレ吸血鬼って呼んでる。」
 そうフランは吐き捨てた。
 「イカレてる、私にはそんな風には見えないなあ。」
 「・・・あんた、アタシが怖くないの?」
 「そりゃ強そうな子だけど、でも私、あなたがそんなにおかしいようには見えないな。
 ただなんつーか、距離のとり方が分からないだけ。私が言うんだから間違いなし。」
 「・・・なるほど、パチュリーの言うとおり変わった妖精ね。」

 フランは奇妙な気分だった。今まで自分に向き合ったもの達は、わずかな例外を除いて自分を恐れるか遠ざけるかのどちらかだった。
それをこの妖精は・・・。よほどの馬鹿なのか、それとも自分の心の中のなにかを知っているのか。
今のフランにはよく分からない。だが、しばらく付き合ってみる価値はありそうな気がする。

 「いいこと、フラン? あの妖精は私たちの家族同然のメイドたちを助けてくれたの、だからあなたもぞんざいな扱いをしちゃだめよ。」
 
 パチュリーが説く。このモヤシ魔女の説教も今回だけは聴いてやってもいいかもしれない。

 「ねえパチュリー、この妖精とアタシを一緒に行動させるの?」
 「そのつもりよ、この子は決して弱くないわ。」
 「アタシ、時々感情を抑え切れなくて、ガーッと魔力を開放して、それでみんなめちゃめちゃにしてしまうでしょ。
 こいつ、氷の妖精だから、もしそうなったら・・・。」
 「溶ける、確かに決死的ね、そうなったら。」
 「何とかしろよ、パチュリー、あいつが溶けてなくなってしまってから『やあ、まずったな。』ではかなわない。」
 「サウナに入って熱と格闘する練習でもさせる? 大丈夫、私が保証するわ。」
 
 パチュリーは小悪魔にチルノとフランを別の部屋に案内するように命じると、再びソファに横になる。

 「まだ行く所があるの?」とフラン。
 「仲間を紹介します、永遠亭の鈴仙・優曇華院・イナバさんという方です。本名はまた違うかもしれませんけれど。」 
 「イナバ? ウサギみたいな名前ね。」
 「そうです、彼女、生粋のウサギさんなんですよ。なんでも月からやってきたとか。ヴワルⅣには永遠亭の方も貴重な本を預けていたんです。魔理沙さんの被害があちらも大きいようでして。」

 三人は空いている部屋に入る。今は誰も使っていないが、適度に掃除され簡単な机と椅子が置かれていた。その椅子に紅茶を飲みながら一人の妖怪が腰掛けている。短めのスカートとYシャツを着て、赤いネクタイにブレザーを身につけている、頭には本物なのか定かではないウサギのような耳が生えている。その瞳は月の光でも浴び続けたかのような、真っ赤な光を放っていた。 

 「鈴仙さん、紅魔館へようこそ。紅茶のお味はいかがですか。」
 「最高ですね。」 鈴仙と呼ばれたウサギが笑顔で答える。
 「紹介します。こちらがフランドールさま、でこちらが氷の妖精のチルノさん。」
 「アンタが姉さまの言ってた本のエキスパート?」
 「いえいえ、エキスパートって言うほどじゃないんですけど、師匠が忙しいから代わりに呼ばれたんです。本職は薬師。あくまで見習いの身ですけど。」
 鈴仙がはにかみながら言う。
 「まったく、紅魔館はすばらしいですね、みんな瀟洒な人たちばかり。フランドールさん、でしたっけ。あなたはここのお姫様ですね。よろしくお願いします。それからかわいい妖精さんも。」
 「ええ、厄介者扱いされてるけどね。座薬の挿し合いの腕は自信ない。」
 「座薬の挿し合いなんてしてませんよ。」
 「ねえフラン、この鈴仙って子頭よさそう。きっと期待を裏切らないと思うよ。」
 チルノがフランに自信たっぷりに説いた。
 「そうですか。」と鈴仙。
 「わたしが裏切らない・・・か。」
 
 鈴仙・優曇華院・イナバは笑った。妙にさびしい笑いだとフランは思った。



 その日の午後、チルノ用耐熱服のテストが行われた。紅魔館の庭に柱が立てられ、チルノが耐熱服を着せられ縛り付けられている。手の空いたメイドたちが数人、氷菓子をなめながら見物している。

 「なにすんのよ、パチュリー。」
 「フランが興奮して魔力全開になっても、あなたが溶けないようにするためよ。」
 「だからって、この公開処刑チックな実験は何?」
 「いくわよ、アグニシャイン初級。」
 「うわ~ん。」

 パチュリーの魔法攻撃がチルノに浴びせられる。チルノは相当に蒸し暑かったが、焼け死ぬほどではないと感じた。しかし氷の妖精にとってつらいのは確かだ。
 
 「まだ大丈夫ね、ではアグニシャイン中級。」
 「ひええ。」

 実験が続く、パチュリーは徐々にスペルカードの威力を上げていく。チルノはいままで自分が無事なのは耐熱服の効果なのか自分の根性なのか分からなくなっていた。

 「かなり耐えたわね、じゃあテストの仕上げとして、私がかねてより試したかった新スペル・・・。」
 「まてそれはやらんでいい。」

 一応実験は成功裡に終わった。

 「まあ、フランドールが興奮したときの魔力の熱はこれ以上だけどね。」
 「もういや~。」



 翌早朝。三人はヴワルⅣへ向けて飛ぶ。季節は夏だったが、高く飛ぶにつれて涼しくなってくる。チルノはパチュリー特製の耐熱服を着せられて不快そうな顔をしている。

 「何で私がこんなもん着けなきゃいけないのよ。暑苦しいったらありゃしない。」
 「アタシが熱くなると、文句を言う暇すらないよ。」
 「あんたに熱に弱い私の気持ちがわかるもんか。」
 「じゃあその服の効能、教えてあげるわ。」

 フランが魔力を燃焼させて、周囲の空気を熱くする。チルノが遠ざかり、鈴仙も距離を置く。

 「ちょっ、暑いというより熱い!」
 「尻尾が焦げますよー。」
 「アハハハ、冗談冗談。アンタらを燃やす気はないよ。」 フランが魔力を静めた。

 (いつもなら、あのまま押さえが利かなくてみんな壊しちゃうんだけど。魔理沙たちに合ってからといい、なんでなのかな?)

 しばらく飛んでいると、鈴仙がリュックの中から何かを取り出して話しかけてきた。

 「永遠亭特製、薬草入りクッキーでも食べませんか。」
 
 「・・・結構おいしいじゃない。」
 「これで血入りなら完璧なんだけど。」
 「気に入ってくれてうれしいです。薬草入りというだけで、なにか一服盛られそうだといって食べてくれないんですよ。
 それにしてもいい眺めですね、私こんなに高い空を飛んだのは初めて。」 

 「この辺も紅魔館の領地なんですか。」
 「姉さまがどこを自分の土地だと宣言しようと、生えている草木や動物は知ったことじゃない。」
 
 先を飛ぶチルノを目で追う、ヴワルⅣへの道のりを知っているのはこの中でチルノだけだ。
  
 「この幻想卿そのものが誰かの持ち物、なんてことはないと思うよ。」
 「じゃあみんなの物、なんですね。」
 「いや、そういう意味とも違う。」フランは少し考えてから続ける。「結局、どうあがいてもみんな自分の心しか自分のものにできないのよ。いいえ、自分の心すら掴みきれるかどうか・・・。」
 「でも逆にいえば、何をどれだけ奪われても自分の心だけは残る、ともいえますね。」
 「自分の心しかない? それって一人ぼっち? 試してみるかしら、つらいよ、アタシみたいに狂っちまう。」
 「私ももう狂っているようなものですよ。それから最後のクッキー、自分が食べようと思ってとっといたんですけど、チルノさんかフランさんどうですか。」
 
 「いらないわ、もともと妖精だから食べる必要なんてないし。」
 「じゃあアタシがもらう、気前いいのね。」
 「てゐが言うんですよ、ああ、この子は仲間のうさぎなんですけど。みんなで一緒に食べよう、一人だけ腹をいっぱいにするやつは仲間じゃないってね。腹に入れたものだけが自分のもの、口をつけてないものはみんなのもの、まだ狩られていない獲物は誰のものでもないというわけなのよ。」
 
 この時、二人は鈴仙がそのてゐという仲間から、口先三寸でご飯のおかずを巻き上げられたり、
雑用を押し付けられている様を幻視し、苦笑いをこらえる。

 「あ~今笑いましたね。まあ、てゐのイメージは多分ご想像のとおりで間違いないんですけどね。」
 「ところで鈴仙ってどうして幻想卿に来たの?」 軽い雑談のつもりでチルノが鈴仙にたずねる。

 「それは・・・。」 鈴仙が口ごもる。

 「いいたくないなら言わなくてもいいわ。」 とフランがフォローする。

 「いや、聞いていただけますか。」 

 鈴仙が決心したように語る。 「故郷の月面に人間が攻めてきたんです。彼らは突如やってきて、旗を立てて、ここが自分の領土だと宣言しました。わけの分からない機械を這いまわらせたり、挙句の果てにはずっと秘密の住処だった月の裏側まで探索して、『月面に兎などいるはずがない、ただの幻想だ。』と彼らが強く認識することで・・・。仲間たちが次々と消えていったんですよ。私たち、人間の幻想が生み出した存在ですから。それで消えずにすんだ仲間たちはこれを侵略戦争と判断し、戦おうとしました。」

 「で、戦いに敗れて『ぼーめいをよぎなくされた』ってこと?」 チルノがうろ覚えの言葉をつかって解釈しようとする。

 「いえ、私は逃げ出しました。次々と消えていく仲間たちをみて怖くなってしまって、私、裏切り者なんです。いまでも仲間の顔が夢に出てきて私を呼ぶんです。」

 鈴仙は空を飛びながらうつむいた。 「私、生きてちゃいけないのかな。」

 「もう済んだこと。アンタの仲間だって、きっと全滅するよりは一人でも生き残っていてほしいと願ったはず。ソレを言うならアタシの生きる資格だって怪しいもんさ。」
 「そうですか・・・?」 
 「負い目に感じていることを正直に言うのは勇気の要ること、ってレティが話してた。」
 「ましてアタシらみたいな大して知り合ってもいない相手に白状するのはね、尊敬するよ。」
 「尊敬する、なんて悪魔の妹らしくない。壊れたハートを持つ非情な吸血鬼だと脅されていたんですが。」

 鈴仙の顔にいくらか光が戻ったようにフランは感じた。

 「そのとおり。アタシは感情移入できないやつを守ろうとは思わない。それが身内であろうと・・・。待て! 誰がそんなこと言ったのよ?」

 「それだけはさすがに言えません。」 
 「答えなさいよ~。」

 やがて巨大な怪鳥、ヴワルⅣの漆黒の翼と胴体が目の前に現れる。司書やメイドたちが出入りに使っている扉が開いている。まるで自分たちが訪れることを予期していたかのようだ。照明がついていないのか、内部はまったく見えない。

 「なんか誘っているみたい。」 真っ先に口を開いたのはチルノだった。
 「考えすぎですよ、誰かが閉め忘れたんでしょう。」
 「正面から堂々と乗り込んだってアタシは構わないけれど、アンタらがいるから別の扉で行くわよ。」
 「他にどこにも扉らしきものはありませんけど。」
 
 「扉が欲しければ・・・。」

 フランがヴワルⅣの下方にもぐり、手にした破壊の杖、レーヴァテインを振るう。

 「作ればいいんだ。」

大音響とともにヴワルⅣの腹部にぽっかりと穴があく。一行は戸惑いながらもそこから内部に進入する。

 チルノがひゅうと口笛を吹く 「さすが悪魔の妹、やることがド派手。」

 騒ぎを聞きつけて、一人のメイドが三人の下に駆け寄ってきた。紅魔館のメイドの服装だが、肌は死者のように青白く、瞳は灰色がかった青をしている。彼女は消え入りそうな声でつぶやいた。

 「ヨウコソイラッシャイマシタ、私ハコノ図書館ノオ手伝イヲシテオリマス。」

 「何でこいつ、私たちがこういう入り方しても冷静でいられるの。」 チルノがフランに小声で訊く。
 「アタシがこんなんだから、こういうことは日常茶飯事なの。」
 「でも内部は無人のはずです。」 と鈴仙
 「そう、じゃあ敵ね。」

 一瞬で、フランが自分の右手をメイドの喉に突き立てた。メイドは無表情でこちらを見つめている。フランが手刀を抜くと、糸の切れた人形のようにそれは倒れた。

 「フランドールさん! なにも・・・。」
 「これを見な。」

 メイドの死体が砂のような粒となって崩れていく、最後に残ったのは魔導書の紙片だった。

 「コイツはただのロボットよ。ここはどんなやつか知らないが、敵の基地だと思っていたほうがいい、気をつけな、なにが出てくるか分からないわ。珍しい収穫があるかもね、無事帰れれば、だけど。」

 小悪魔から渡された地図を頼りに暗い廊下を進む、蔵書が置いてある部屋と、この構造物のコントロールをつかさどる部屋が分かれており、その他にパチュリーがこれを見つけた後に新たに設置された厨房やトイレ、司書の控え室などがある。また何の機能をもつ部屋なのか解明されていないため、赤字で立ち入り禁止とかかれている区画がいくつか見受けられる。
 
 「やれやれ、あのモヤシ魔女、完全に解明されてないモノを使うからこんな目にあうのよ。」
 「それだけ魔理沙の本泥棒ぶりに苦労していたんじゃないかしら。」
 「それで、どこを調べるの? はやくこの耐熱服脱ぎたい。」
 「ほら、もうすぐ全体をコントロールしている部屋、たしかブリッジと言うんでしたっけ? そこに着きますよ。」
 
 ブリッジは明るかった。外の景色が良く見える。視線を変えると、いくつものガラスがはめ込まれた箱が床に固定されており、ガラスの板の上をなにかの記号や図形のようなものが動き、あるいは明滅している。船のような舵輪が勝手に動いている。

 「なぜかコレが幻想卿の空に浮かんでいて、図書館代わりに使っているっていうけど、本当は何なのかしら?」 

 チルノがそういいながら、独りであちこちの装置をいじっている。

 「姉さまから聞いた話だと、なんでもこれが旧約聖書のノアの箱舟だとか、マハーバーラタに出てくる飛行車ヴィマーナだとか、あるいはガリバー旅行記に出てくるラピュータ島かもしれないんだって。アイツはそういうでまかせを言うのが好きなのよ。信憑性はどうだか。」
 「お姉さんをアイツ呼ばわりしちゃだめ。」 チルノが装置をいじりまわしながらたしなめた。
 「はいはい、みんな同じこと言うのね。」 フランは肩をすくめる。
 「まあ、私は図書室を調べてきます。フランさんとチルノさんはここで待っててください。」

 ブリッジを出る。

 「スペルカードは持ってきたんだろう。」
 「古い魔導書には強い魔力がこもっています。ここにはそれがたくさん収められています。そこで強い魔力を放てば何らかの共鳴が起きて爆発するかもしれません。だからもし何者かがいたとしても、スペルをぶっ放すわけにはいかないでしょう。ある意味一番安全ですよ。じゃあヴワルの飛行を見張っていてください。知らない間に魔理沙が船ごとお持ち帰り、なんてのはご免ですから。」 
 「分かったわ、・・・・・・しかし、なんとなく心配だなあ。」
 「吸血鬼の王らしくないですね。」
 「アンタ等を無事に連れ戻さないと、姉さまがうるさいから。」
 「きっと、たいした異変はないですよ、もともと古い時代に作られたのは確かなようですし、いろいろとガタがきてるんでしょう。誰かがこの空中図書館を乗っ取って、意のままにコントロールしているなんてことはありえません。」
 「五十分だ、鈴仙、異変を見つけようとは思うな。情報を集めるだけでいい。分析は帰ってからモヤシ魔女にでもやらせればいいわ。もし誰かいたら弾幕を放つ。ごっこの必要はない、壊せ。」

 鈴仙は立ち止まると、心配するなというように手をあげ、うなずいてみせた。

 「アタシを撃つなよな、鈴仙。アンタが裏切り者だとは思わない。けれど時間に遅れたら置いていくわ。」
 「あなたはいい人よ、そんなことはしないでしょう。紅魔館の人たちが何だかんだいってあなたのことを大事に思っているわけがわかったような気がする。フランドール、あなたはいつまでも狂人ではいられない。壊れたハートもいつかは直る。」
 「月の兎は予言もやるのか。」
 
 鈴仙はフランの肩をたたき、無言で狭い廊下を歩み去った。フランは月兎の姿が通路の角を曲がって見えなくなるまで、レーヴァテインを下げて立ち尽くしていた。

 
 
 フランはブリッジの椅子に腰をおろし、自分にはどんな働きか想像もつかない機器類を見つめた。これらのガラス版には何が描かれているのだろう。以前姉さまたちが集めていた『外の世界の魔法』のアイテムに似ているような気もする。これで月に行こうとしていたらしい。
 またあるガラス版を見ると、この空中図書館(もっとも、これを造った者がそう呼んでいた訳ではないが)の全体図が映っている。パチュリーの話によると、なんでもここにすごい弾幕を解き放つ、少なくともそのように使える『兵器』が格納されているとのこと。こいつに狙われたらかなわないな、とフランは思ったりする。今ではだいぶエネルギーが失われており、往時ほどの弾幕を生成することはできないものの、いまだに2キロ離れた無防備の鴉天狗を焼き鳥にするほどだといっていた。自分のスペルカードでも対抗できそうにない。ちなみにあのモヤシ魔女とほら吹き姉さまが言ったことを総合すると、エネルギーが十分だったころは・・・。

 『それはソドムとゴモラを滅ぼす神の怒り、カッパドキアを異形の大地に変え、モヘンジョ・ダロの住民を一瞬で焼き殺し、パンダヴァの軍勢を壊滅させたアグネアの武器。』

 なんだそうだ、言っている意味がよく分からない。

 フランはレーヴァテインを置き、座席に寄りかかりながら、これらのガラス版を指でつついたり、箱についている突起などを押して暇つぶしをした。チルノは遊び疲れていたのか、別の座席でうとうとしている。耐熱服が脱ぎ捨ててあった。

 「よくこんな謎めいた場所で眠れるものね。」 独り言。

 そういえば、アタシをあまり恐怖や嫌悪の目で見なかったのもコイツだった、鈴仙も似たような反応を示してくれた。世の中にはこういうやつもいる、姉さまはそのことをアタシに教えようとしたんじゃないかしら。
 
 「まったく、それならそうと言やあいいじゃない。」 そう小さくつぶやいた。

 出発前に物置からひっぱり出してきた懐中時計をみる、景色を眺めたり、考え事をしているうちにもう30分を過ぎている。フランはさらに辛抱強く、待つ。
 40分。41分。42分。43分。
 鈴仙はこない。45分。6分。

 「あー、もー待てないっ。おいチルノ、もう帰るぞ。」 

 腰をあげた、と、突然強い振動がヴワル全体を襲った。
 鈴仙が気になる、フランは目を覚ましたチルノの腕を引っ張り、図書室へ通ずる廊下を走りぬける。
 ―これより先は小悪魔さんの許可なしでは入室禁止―
 ―この区域はパチュリー様の許可なしでは―
 ―挙動不審のものにはロイヤルフレア―
 ―要するに、魔理沙お断り―
等の警告パネルを見て、部屋が近いのを知る。
 耐魔理沙ドア。耐魔理沙ドア。そして耐魔理沙ドア。
  手荷物検査室を抜けて、図書室へ通じるドアを蹴破った。冷ややかな部屋に本棚が並んでいる。
 「鈴仙、月兎、返事をしろ。」
 鈴仙は床に倒れている。走りよって抱え起こす。肌がさっきの侍女もどきのように異様に白く変色している。

 「しっかりしろ、鈴仙。逃げよう。」 鈴仙は苦しそうに呼吸している。

 「フラン・・・・・・あなたの言うとおりでした。魔導書たちが共鳴して、ひとつの意思を持つようになった・・・と思います。それで・・・自由に動くため、私の体を依代にするつもりでしょう。早く行ってください、フランドール、もうじきヴワルは墜ちる。私が時限式スペルカードを仕掛けときましたから。・・・。いきなり魔導書たちを壊したら・・・、あなたの逃げる間もなく墜ちるからね。」
 「ばかな、墜とすのならアタシでもやれる。」
 「これだけは私の手でやりたかったの。私はもうだめよ、こいつらに体を乗っ取られたらみんなに迷惑をかけるかもしれない。早く逃げて。フランドール。」
 「こんなことになるなんて・・・、アタシがついていれば・・・。」
 
 鈴仙の意識が遠のく、彼女はまだかろうじて自由に動く片腕を使い、床に小さな魔方陣を描き、何かの呪文を詠唱する。魔方陣が鈍く輝く。

 「鈴仙、何をしてるの。」
 「ここへきて習った、忘却と視覚阻害の魔法をかけました、これでみんな私のことを忘れて、楽しく・・・、暮らせます・・・。」
 「口を利くな、どうしても連れて帰るからな。」

 チルノがフランに駆け寄り、彼女の手を引っ張る。

 「フラン、もうここはヤバイよ、早く脱出しよう。」
 「まだ鈴仙を助けていない!」
 「レイセン・・・って誰よ。ここには私達二人しか・・・。」
 「アンタは覚えていないの! とっととアンタだけで逃げろ。」
 「フランはパニクってる、一緒にくるのよ。」
 「いやよ!」

 チルノはフランの手を放さず、出口へ引きずっていこうとする。フランは抵抗し、興奮し、周囲の温度が彼女の魔力で急上昇する。チルノは耐熱服を身に着けていない。チルノの手から水蒸気が立つ。

 「鈴仙!」
 「あなただけは・・・私を覚えてて・・・くれるんですね。」 ほとんど聞き取れない声。
 
 「フランドール、最後にひとつだけ答えて、私、生きていてもいい存在でしょうか?」
 「あたりまえじゃないか、そんなことは気にするな。あんたはアタシの仲間だ、たとえ全世界がアンタの生を否定しても、忘れても、アタシはアンタに生きていて欲しい。それで足りないか!」

 鈴仙はうっすらと微笑んだ、生きていてもいいと言われて安心したように、悪い人生じゃなかった、とでも言いたそうに。
 とたんにフランの足が宙に浮く、チルノが熱に耐えながら彼女を抱きかかえて連れて行く。
 
 「何があったか知らないけど、フランには生きていて欲しい気がするの。」 チルノが叫ぶ。

 フランが破った穴から脱出する。チルノは自分の体が焼けるのも構わず、なおも手をつなぎ、遠くに飛んでいく。やがてヴワルから再び大音響が鳴り、閃光とともにヴワルが崩壊していく。フランはチルノの片手を見た。熱で肘から下が完全に溶けて消えている。服もあちこちが焦げている。

 「バカ、アタシなんか放っておけば良かったのに。どいつもこいつも、みんなアタシに余計に関わって死んでいきやがる。」 チルノの顔を見ずに言う。

 ぱん、とチルノがフランの頬を叩いた。

 「えっ。」

 「バカはあんたよ、どれだけ心配したと思ってんのよ! 仲間でしょ。」

 チルノが叫ぶ。フランにとって、ただの妖精がここまで感情をあらわにするとは思ってもみなかった。
 
 「・・・・・・アタシが悪かった、ごめん、痛いでしょ。」 なぜか素直に言葉が出る。 

 「私もどうなるかと思ったけど、冬になってずっと冷気にあたってれば再生する。大丈夫よ、このチルノさまなんだから。
 妖精はみんなが思っているよりずっとタフなのよ。」

 しかしその顔つきはどこか苦しそうだった。
 
 二人で紅魔館に戻る、大妖精は片腕のチルノを見て狼狽した。フランは弁解もせず、ただうつむいて、大妖精の非難を聞いていた。チルノがそんな大妖精をなだめようとしている。
 
 妖精が帰ったあと、レミリアはフランを加えて紅魔館一同で夕食をとる。

 「なにはともあれ、よくやったわ、フラン、異変の原因が魔導書の暴走によるものだったということね。」
 「べつに何もよくやってない。」
 「後始末は私たちがするから心配しなくてもいいわ。それよりもね、あなたは今日から普通の部屋で生活しなさい。
 空き部屋は無駄に多いから、好きなの選んでいいわ。ねえパチュリーもいいでしょ?」
  
 パチュリーも、少し不安だけど、といいながらも同意する。

 「結局誰も死なずにすんで良かったわ、どうしたの、フラン?」

 (誰も死なず、か。)

 「姉さま、咲夜に言って、部屋を徹底的に掃除させてちょうだい。」

 フランはこぶしで頬をぬぐった。

 「花粉が目にしみる、涙が止まらない。」
 




 どうも、懲りずにシリーズ続けていますとらねこです。戦闘機を期待した方ごめんなさい。今回もオリジナルのせりふを原作ネタに混ぜてみましたがどうでしょうか。次回はいよいよ日間さんお待ちかねの(?)『幻想郷・冬』です
 
 06/3/21 誤字などを少し修正
とらねこ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.920簡易評価
8.80名前ガの兎削除
熱いぜ熱いぜ熱くて・・・とりあえず続きが気になるね( ´Д`)
10.80森の仲間達削除
実はこっそり期待してますよ。このシリーズ。

っていうか、鈴仙ーーー!
16.無評価名前が無い程度の能力削除
鈴仙は・・・
鈴仙は、どうした?

奴はプルトニウムの心臓だったのか?
17.70名前が無い程度の能力削除
零がフランドールですか。バンシーは本物が幻想郷にやってて来たということでしょうか?
18.80HBK削除
フムン。思った以上にハマってますね。
次はフェアリィ・冬……天田少尉とくれば……酒、萃香か!
19.無評価とらねこ削除
思ったよりたくさんのコメントが来てうれしいです。

鈴仙ですが、いつか復活させたいと思っています、コピーとかじゃなくてです。原作のパロディである以前に、創想話に投稿させていただくSSである以上、東方味を否定してはまずいですし。

あとあの飛行物体、自分としては天空の城ラピュタみたいな超古代文明の遺産か、あるいは、そういうものがあるかも知れないという幻想の産物の積もりで書きました。たしかにアレがこっちに来たという設定でも面白いかも。

次回はみじめな目にあうキャラとして例の人を出す予定です。生暖かいめで見守っていてください。さようなら。 
20.70日間削除
毎回楽しませてもらっています。予想外の配役や小ネタにニヤニヤと。
チルノの耐熱実験が楽しげでいいです。さすが戦闘妖精だぜ?
でも鈴仙が……結末は分かっていたとはいえ、やはり寂しい。
次回も楽しみにしています。
29.90名前が無い程度の能力削除
>じゃあ毛玉か誰かに乗っ取られたんだ。

異星起源生命体なら兎も角、毛玉はないわw
31.80名前が無い程度の能力削除
トマホーク・レイセンは天空に散った……のか? 作中の機動図書館はやはりバンシー4のイメージで再現してましたね。幻想郷の空をあの雄大な人工物体が飛行するとか、滾るものがある。
32.無評価とらねこ削除
6年近くも経ってのコメント嬉しいです。ありがとうございます。
この作品を読み返してみると、原作の小説をなぞったような文が大半なので、
もし続編を作るなら、なるべく雪風のエッセンスを保ちつつ、自分の文で表現しようと思いますが、そうすると質が落ちるかもしれないので、どうしようか迷っています。
でもこうしたコメントと読むと、どんなに低需要でもやってみようかと思ったり……。