里の人間が野良作業を終え、自分の家に帰るころ。
太陽が空を紅く染めて西の空に沈む。
そして昏く、黒く染まる東の空には白い月が昇ってきた。
月は上弦をすこし過ぎた、満月にすこし足りない形だ。
満月光線の量も満月のときより少ない。
「・・・・・・はー食った食った。」
妹紅はいつもの通り慧音の家で夕食をとっていた。
妹紅自身も料理はできるのだが面倒なのと慧音の料理が絶品なのが主な理由である。
ちなみに今日は雪鍋だった。
里で慧音がもらってきた大根が大変美味でございました。
妹紅は夕食の片付けの後にごろごろしていた。
「腹一杯だと眠くなってくるなぁ。まだ夜中でもないのに。」
慧音の家は里外れの竹林の中にある。
竹林は森のように竹自体は密集していても意外と上空が見える。
人や獣が通った道がある場合はなおさらだ。
家の縁側からは月がよく見えた。
今はもう歪な作り物の月ではない本物の月。
満月に近づくにつれて日に日に妖の者が活性化してくる。
里を護る慧音自身も満月の日はハクタク側に傾くが理性が無くなるわけではない。
性格がいつもよりお転婆になる程度だな、と妹紅は思っている。
「そういえば慧音~。今年の里の手伝いなんだけどさ。」
慧音は里にちょくちょく顔を出しており、行事や畑、田などの野良仕事の手伝いもしている。
永夜異変の後は徐々に妹紅も顔を出し始め、たまに手伝いをする。
年が明けてからは輝夜との殺しあいのためにまだ顔を出していない。
それでこの後何か手伝いは無いかと慧音に聞いてみようと妹紅は話を振ったわけだが。
「・・・・」
慧音から返答は無い。
妹紅は内心首をかしげ、首を捻って慧音の方を向く。
慧音はお茶を淹れるための湯を沸かしていた。
湯呑みを出していたなら陶器を出すときの音で妹紅の呼びかけが聞こえなかった、ということもありえるだろうが今の慧音は囲炉裏の前におり、音を立てるようなことはしていない。
明らかに妹紅の言葉が聞こえない距離ではない。
妹紅には何かそわそわとしているように見えた。
時折きょろきょろと辺りを見回したり、頭をさすったりしている。
それを見た妹紅は何をしているのかは理解できなかった。
しかし何かを気にしているのはわかった。
「・・・・ははーん」
妹紅はある一つの結論に達した。
立ち上がって、慧音の眼前まで移動する。
慧音は囲炉裏のそばに座っているので今の妹紅は慧音を見下ろす形になっている。
妹紅は怪しい目で慧音の頭部を観察。
蒼と白の長い髪の毛は妹紅も羨ましいと常日頃思っている。
それは人間とハクタクの混血ゆえに、ということがわかっていてもだ。
「・・・はっ」
慧音は視線を感じて勢いよく振り向く。
少々いつもより目を開いて、さらに顔が少し赤くなっているところを見ると本気で気づいていなかったらしい。
「あー、慧音。今年の里の手伝いなんだけど。」
「あ、ああそれなら節分のときの鬼役が一人たりなくてな?それでええと」
「あともう一つあるんだけどね?」
「ん?何だ?」
「・・・髪の毛が心配なら永琳に相談してみるのも手だよ?」
奇妙な間が開いた。
慧音にしてみれば想定外、スキマの外から投げかけられた一言。
妹紅は慧音の反応が予想と違うので「あれ?違ったかな?」と思っている。
「・・・・ない」
「へ?」
ぼそっと慧音が言った言葉はよく聞こえなかった。
妹紅が聞き返すともういちど大きい声で
「断じて私が気にしているのはそういうことではない!」
うわーん!と泣きながら家を飛び出す慧音。
至近距離の大声で耳をやられて悶絶する妹紅。
つまるところ、今夜も平和であった。
小望月
「で、これが鬼のお面なわけだが。」
「・・・結構ぼろいね。何年もの?」
「15年だな。その年生まれた子供が大人として認められる頃だ。」
「うわっ裏もぼろぼろだ。修理しないと使えないよこんなの。」
「だからこれから修理するんだろう?」
節分といえば鬼は外、福は内の掛け声で炒った大豆を鬼役に投げて一年の厄を払うというものが最初
に思いつくだろう。
恵方巻きを食べるというのもあるがそれはひとまず置いておく。
今年も里では豆まきをするのだがその際の鬼役を妹紅がすることになった。
妹紅も子供の相手は嫌いではないので(というかむしろ好きなので)自然と顔が緩む。
毎年使っているお面を借りてきて付けてみようと思った妹紅であったが、その朽ちっぷりが半端ではなかったため修理、もしくは新しく作ろうというわけである。
「でもさーこの鬼ってあんまり怖い顔じゃないよね。ぼろぼろだから不気味ではあるけれども。」
「厄払いだからな。あまり怖い面で子供が泣いてしまうのもまずいだろう。」
「まーナマハゲじゃないしそれはいいんだけどねー。」
お面の補修をしながら雑談に花を咲かせる二人。
「でも鬼ならアイツをよぶっていう手もあるよね」
「ん、誰だ?」
「萃香。」
「・・・奴は無理だろう。宴会に紛れ込んで大酒かっくらうのがオチだ。」
「あーその可能性は無きにしも非ず。」
その可能性は限りなく高いが。
などと話している間に鬼の面は慧音宅に来たときとは見違えるほどになっていた。
妹紅は色を新しく塗った。
もともと色がはげていたので元の色がよくわからなかったためにオーソドックスに赤である。
絵の具が乾くまで縁側において乾かすことにした。
作業が終わったのでお茶の時間である。
茶柱は立たなかったが作業の後のお茶は格別においしい。
「ふー・・・あったまるわー・・・。」
このとき少し精神が老けるのは無理からぬことだ。
少なくとも千年生きている妹紅は特に。
「あ、そういえば。」
妹紅は思い出したようにつぶやく。
「ね、慧音。この前の晩は何を気にしていたのかな?」
ぶふっ
慧音は口に含んだお茶を霧状に噴出した。
緑色の萃香はさすがに発生しない。
気づかれてないとでも思ったのだろうか、と妹紅は茶をすすりながら思う。
「な、ななな何もないぞ妹紅。別になにもない!」
「円形脱毛症?」
「だから違うと。」
この前妹紅が見たときもそのような痕跡は見られなかった。
妹紅にしてもただからかっているだけなのだ。
「ふーん。慧音は私に隠し事するんだー。」
「え。」
慧音の動きが固まる。
その反応を見た妹紅は次の段階に進む。
空になった湯呑みを床において顔を下げる。
長い髪の毛が表情を隠すのがまたポイントだ。
「長いこと世話してもらってなんだけど慧音が私に隠し事するなんて思わなかったよ・・・」
声を泣いているように震わせ、か細くなるように調節する。
長年生きてきて身についた無駄スキルである。
「え、あ、う。」
慧音は露骨に動揺。
妹紅がペアでないと見られない現象である。
里の人間がいたら意地でも見せまいとしただろう。
「慧音は私のことなんかどうでもいいんだね・・・!」
永琳作の目薬を使用し、泪を流す演技もする。
妹紅の見立てではそろそろ慧音は落ちる。
「・・・・・・・・・・・妹紅。」
いきなり慧音の口調が落ち着いたものになる。
ポン、と妹紅の肩に両手を置き。
「落ち着いて聞いてくれ。別に隠し事をしようとしているわけじゃないんだ・・・。」
例えるとすれば我侭な子供に言い聞かせる親の口調。
その表情は慈愛に満ちていた。
「だがこれだけはたとえ妹紅であっても教えるわけにはいかないんだよ・・・分ってくれるな?」
落ちなかった。
妹紅は内心舌打ちをする。
泣き落としで慧音の防壁が破れないことは無かったのでこの先の策はない。
仕方なく引き下がることにする。
「ううん・・・私が我侭言ったのが悪かったよ、ごめんね。」
泪を拭く仕草も忘れない。
悪女ランク的には輝夜と変わらない所までいっているかもしれない。
ちなみに慧音には妹紅と人間以外の泣き落としは冷たくあしらっている。
そんなことをするのも輝夜か白黒か紅白か。
どれにしても同じである。
「・・・じゃ、今日は帰るね。また明日来るよ。」
「ああ・・・すまんな。待っているぞ。」
妹紅は慧音に見送られながら竹林の奥へと足を向けた。
「で、あの半獣はどんな感じなのよ。」
「いやーあれは男だね。間違いない。」
ここは慧音の家から少しはなれた藪の中。
妹紅と輝夜は腹ばいになって慧音の家の縁側を見ている。
慧音の家から出た妹紅は自分の家に帰らず、永遠亭に向かっていた。
最初に慧音の変なそぶりを見せたときに永琳に相談しに行ったところ、輝夜も一枚かませろと言ってきたのだ。
永琳は「媚薬でも飲ませてみる?」とかとんでもないことを言っていた。
月の兎は別段興味を示さず、てゐはなにやらメモを取っていたが聞いたら永琳よりも怖い答えが返ってきそうなのでやめた。
実動班は妹紅と輝夜のみなので他はいてもいなくても問題はなかった。
というか覗いてるだけなので二人いても意味は無い。
「妹紅が知ってる連中でそれっぽい奴はいないの?」
「いないねぇ。里の男は慧音のことを狙ってるみたいだけど慧音自身がそういう興味がないみたいだし。」
「じゃあ里以外・・・私怪しい店の店主程度しか知らないわよ。」
「あれはあれでいやだね・・・。」
仲がいいとは言えない二人だが最近はそうでもない。
「もこたん♪」「てるよ♪」と呼び合っては殺しあう程度までは仲良くなった。
「んー慧音は特別なことをしてるわけじゃなさそうだしなぁ・・・。」
慧音は日常と特別違った事をしているわけではなさそうだ。
逢い引きだったらもうちょっと着飾るとかそういう行動に出ると思っていたがそんな様子もない。
慧音自身に浮かれた様子も無い。
どうやら男関係に怪しいものは無いようだ、と妹紅は思った。
「ねーこれは男じゃなさそうよ?」
「輝夜もそう思うか。可能性は限りなく低いわねー。」
もうじき日は西に大きく傾き、そろそろ月が出てくる。
最近は天気も良くそれなりに暖かい日も続くが夜はまだまだ寒い。
いくら病気も怪我も即座に治癒する蓬莱人といっても寒いものは寒い。
何も起こらないならもう帰りたいと思う二人だった。
「満月じゃないからあの半獣も変化しないでしょ?つまらないからもう私帰ってもいいかしら?」
「帰りたければ帰れ。もとよりあんたに来てくれなんて頼んでもいないし。むしろなんでいるのあんた。」
「いいじゃないのー。つれないわねもこたん。」
「もこたん言うなてるよが。」
「なによ!」
「なんだよ!」
いざこざいざこざ。
「ほういあはのはんひゅうはほーひかふってはいのへ。」
「あはりはえでほ。ふふーひえほなはでほーひかふってるはへないひゃん。」
頬を引っ張ったままで語り合う二人。
ちなみに「そういえばあの半獣は帽子かぶってないのね。」「当たり前でしょ。普通家の中で帽子かぶってるわけ無いじゃん。」と言っている。
どんな体勢になっても落ちないという噂の帽子である。
幻想郷七不思議の一つだとか。
「今も茶飲んでるだけだし。体そわそわしてるのは貧乏ゆすりかしらね?」
「あ?」
妹紅は輝夜から視線を外して慧音のほうへ。
距離があるので微妙ではあるが確かに慧音の体が揺れているように見える。
妹紅が見たものと全く同じ、何かを我慢しているか待っているかのような動きである。
「男の可能性が薄いのになんでかしらねー。」
「さぁね。満月の夜でもないのに。」
そして陽はさらに暮れて西の山に沈んでゆく。
東からは満月に至らない月、小望月が顔を出した。
「なっ・・・!」
「・・・!」
二人はあまりにも予想外だった事態の変化に言葉を失った。
そして次の瞬間には、藪を飛び出して家に向かって駆け出していた―――――
「慧音ー!」
「半獣ー!」
「なっ?!」
慧音は突然乱入してきた二人の突進を回避することはできなかった。
二つの影に押し倒され、為す術もなく捕獲される。
正体はすぐに看破したが、だからといって状況が変化するわけではない。
「ああっこのふさふさ!このちっこいのおおおお!」
「お!おお!おも、おもちかえりいいいい!」
「いやああああああああ!」
数十分後、妹紅と輝夜は額に包丁を一本ずつ刺されたまま縛られていた。
二人の正面に立っているのは慧音。
腕を組んで仁王立ちである。
「で、言い訳はあるか?」
解答如何によっては即座に弾幕の刑に処せられるのは言うまでもない。
それに対し、二人の釈明。
「だってさ・・・」
「ねぇ・・・」
「どうした、言ってみろ。」
二人はせーの、と息を合わせて
「「そのちっこい角と尻尾は誘ってるようにしか思えない。」」
そう、今夜は小望月。
満月に至っていないために慧音はハクタク化しないと思っていた二人だが現実は違っていたのだ。
完全にハクタク化したときに比べて角は先が少ししか出ていない。
尻尾に至っては兎の尾のような長さしかない。
髪の色は上半分が緑色で下が蒼になっている。
EXの7割くらいハクタク。
「これは体質だ!私のせいじゃない!」
「これで幼女だったら犯罪モノね。」
「あんたに犯罪言われたら終わりのような気がするけどね。」
顔を真っ赤にしてわめく慧音。
芋虫のように転がされたまま好き勝手に発言する蓬莱人。
包丁のダメージはすでに回復済みらしい。
すでにペースは慧音から蓬莱人に移動している。
状況は端から見れば慧音が有利だが心理的にはもう瀬戸際である。
「・・・・ううぅ。」
(?)
それまでの勢いとは違った呟き、というか呻き。
慧音は幻想郷の面子のなかでも落ち着いた、つまりは感情の起伏が激しくない部類である。
しかし今はどうだ。
先ほどまでは喚いていたのにいきなりしおらしくなってしまった。
妹紅でさえも知りえないパターン。
もちろん輝夜が知っているわけも無い。
(ちょ、ちょっと妹紅どうなってるのよ。)
(なんで私に聞く!私だって知らないわよ。)
(予想だとそろそろ弾幕られて終了、だと思うんだけど。)
(幻想郷的にも結構自然だし、・・・あれ?もしかして。)
(何よ?)
(なんかやばそうな雰囲気がするよ。体縛られて逃げられないし。)
「ううぅぅぅうううぅぅぅ・・・・」
慧音の呻きは続いている。
段々低くなってきているような気もする。
輝夜もなんとなくやばそうな雰囲気を感じ取り始めた。
この辺りで三種の神器か一条戻り橋か何かが来れば事態は収束したかもしれない。
しかし現実はその全く逆を行った。
「ううぅぅう~!」
慧音の目から泪が流れる。
泣き叫ぶでもないが、妹紅と輝夜はそれなりに衝撃を受けた。
(ちょちょちょちょっと妹紅どうなってんのよ!)
(わわわ私に聞くな!とてつもなく予想外!)
二人が慌てる間も慧音は泪を流し続ける。
言うまでもなくマジ泣きである。
癇癪を起こされるよりマシ、と思う人もいるだろうが慧音のように感情を押し込めるタイプはこのような時は大変頑固である。
もっとも有効な手段は時間経過による当人の感情の安定だが妹紅も輝夜も慧音のマジ泣きは初体験ゆえに二人の精神力が先に限界を迎える。
「慧音!ごめん!からかってまじごめん!」
ごろごろごろごろごろ
「半獣まじごめん!泣かないで!弾幕られても我慢するから!」
ごろごろごろごろごろ
妹紅は何とか慧音を慰めようと、輝夜はなんとかこの空間から逃げようと体を動かそうとするが縛られているために自由に動けない。
よって地面を激しく転がっている。
まるで子供をあやすための玩具のようだ。
「うぅぅうぅぅう・・・」
その効果なのかどうかは謎だが慧音は少しだけ落ち着いてきたようだ。
効果はあっても薄いだろうが。
妹紅は息を切らしてはいるが、その様子を察して尺取虫のように慧音のもとへ。
「笑ったりすりすりしたりしてごめんね慧音。子牛みたいでかわいいよ。」
本来なら抱きしめるか頭をなでるところなのだろうが立ち上がることができないので土下座のようになっている。
ちなみに輝夜はよほど精神にこたえたのか息を切らして仰向けになっている。
イナバの泣き様とは違う威力を持っていたらしい。
「ほ・・本当か?妹紅。」
「本当、本当だよ!」
赤べこのごとく上下する妹紅の頭部。
高速なので髪がバサバサと動き、まるで歌舞伎のようである。
大げさすぎて嘘くさく見えてしまうが妹紅は本気である。
「・・・じゃあ・・・で許してやる。」
「へ?」
まだ涙声なのでよく聞き取れず、妹紅は聞き返した。
許してくれるらしいが何か条件があるらしい。
その部分に関しての答えは
「弾幕一回で許してやる。覚悟しろ。」
そう言い終えた直後、慧音の手にスペルカードが現れる。
その弾幕はいつもより密度が濃いような、それでいて弾が大きい気がした。
妹紅は避けられるだろうか、と思って立ち上がろうとする。
そして思い出した。
(そういや縛られてたんだっけ。動けないや。)
迫り来る大粒の弾幕をどこか達観して見つめながら妹紅と輝夜はそれに飲み込まれた。
翌日の晩、満月の夜。
慧音は完全にハクタクモードになっている。
角、尻尾ともに通常の長さ。
見慣れた満月の時だけの姿である。
「で、昨日のアレはなんだったのさ。」
妹紅が縁側で茶をすすりながら聞く。
慧音はあの程度からかわれた程度で泣いたりキレたりなどすることはあまりない。
半ば説教というか友人間の小さい喧嘩程度の弾幕で事態はほぼ収まる。
昨晩も結局は弾幕で事が収まったわけだが
「んーまあなんというか・・・あれは半ハクタク?」
「自分のことなのに疑問系なのかよ。」
妹紅がつっこむ。
その後、慧音から説明があった。
満月に近い大きさの月(前後二日ぐらい)のとき、中途半端にハクタク化することがあるらしい。
歴史を操る能力も隠す、創ることに関していつもの半分程度しか発揮できない。
性格の方も落ち着いた通常時と感情的なハクタク時の中間にあることで情緒不安定になるのだと言う。
そわそわしていたのもそのためである。
へー、と妹紅はお茶請けのせんべいを齧りながら返事をする。
「私も見たかったわねぇ。その7割ハクタク。」
永琳が縁側に面している部屋のちゃぶ台に肘をつきながら言った。
今日の茶会、というか月見は永遠亭で行われている。
騒動に参加しなかった輝夜以外の永遠亭メンバーは7割ハクタクを見ていない。
永琳はのんびりと言ったがその他の兎たちは興味なさげに目をそらしている。
心中は心底見てみたいのだが彼女たちの姫の帰ってきたときの惨状を見、あんなのはゴメンだと思った。
「残念ながら必ずなるものでも、狙ってできることでもないのでね。一年に何回あるかもわからん。」
もっとも見られたくはないがな、と慧音。
「そういえば、そんな面白いことがあったのにあの号外が来ないわね。」
「あーあいつなら家の床下から発見されたよ。」
「床下?」
「潜んで話を聞いてたらしいんだが妹紅と輝夜やった粛清の流れ弾を喰ったらしい。せっかくなので縛り上げてなかったことにしたよ。」
念入りに釘を刺した、と慧音。
記事にさせないために文にどのようなことをしたのかは秘密である。
軽いトラウマ程度は残るかもしれない。
「まぁ何をしたのかはあえて聞かないけど。」
「お前が話がわかる奴でよかったよ。もう一回同じ事をしないといけないと思うと気が滅入るからな。」
輝夜と妹紅はその「なかったことにする過程」に関しては見なかったことにしている。
精神を主として生きる蓬莱人に対して精神攻撃は効果抜群だ。
不老不死の蓬莱人に有効な攻撃手段だろう。
常人でも普通に効果があるだろうが。
「まぁ中途半端にハクタクになるのは調子が悪いというかなんというか。はっきりいって私はいやだがね。」
茶をすする慧音。
中途半端な状態は本人にとってもいいものではないらしい。
生真面目な慧音らしいというかなんというか。
「そんなものなのかしらねぇ。何ならその状態にする薬を作ってみる?」
「遠慮しておく。」
「あら残念。」
縁側では蓬莱人シスターズが残った最後のせんべいを取り合っていた。
肉弾戦に発展しそうになっているがどっちも不死身なので大抵放置される。
兎の間ではどっちが勝つかのトトカルチョが発生している。
もちろんてゐが主犯である。
しばし永琳と慧音の談笑、妹紅と輝夜の第・・・何百回目かのせんべい争奪タイトルマッチが行われているとき、廊下からどたどたという足音がした。
そのちょっと後に思いきりふすまが開かれる。
「姫さま!あの天狗から没収したネガから写真が・・・あれ?」
部屋中の視線がてゐから輝夜に動く。
妹紅とクロスカウンターの状態で固まっているが冷や汗が見て取れる。
「失礼しましたー!」
勢いよくふすまが閉じて、今度は足音が遠ざかっていった。
「・・・・おい?」
慧音が湯呑みを置いて立ち上がる。
輝夜はそれを見てクロスカウンターの状態から外れ、自分の背後、竹林の方をゆっくりと向く。
隙を見て逃走体勢に入ろうとするが妹紅に肩を羽交い絞めにされ、動きを封じられる。
慧音と向き合うように体勢を固定される輝夜。
ゆらりと近づいてくる慧音。
「いや・・・アレだけはアレだけはいや・・・」
輝夜は首を横に振って、足をばたつかせてどうにか逃れようとする。
「とりあえずなかったことにしてやろうか。覚悟しろよ?」
わきわきと手を動かしながら近寄ってくる地獄。
輝夜の精神に新しいトラウマが刻まれるのも秒読み段階である。
妹紅もその現実を見まいと目をそらしている。
永琳は止めるでもなくいつもの笑顔のままだ。
「えーりん・・・えーりん!たすけてえーりん!」
救いの手は来ない。
「おっけえねええええええええ!」
「あああああああああああああ!」
その頃の文
「ああ・・・角が・・・角が迫ってくる・・・ごめんなさい・・・角だけは・・・!」
幻想郷各所に配られた葉書にはこうあった。
文々。新聞は記者の体調不良によりしばらくお休みさせていただきます。
射命丸 文
代筆 上白沢 慧音
了。
太陽が空を紅く染めて西の空に沈む。
そして昏く、黒く染まる東の空には白い月が昇ってきた。
月は上弦をすこし過ぎた、満月にすこし足りない形だ。
満月光線の量も満月のときより少ない。
「・・・・・・はー食った食った。」
妹紅はいつもの通り慧音の家で夕食をとっていた。
妹紅自身も料理はできるのだが面倒なのと慧音の料理が絶品なのが主な理由である。
ちなみに今日は雪鍋だった。
里で慧音がもらってきた大根が大変美味でございました。
妹紅は夕食の片付けの後にごろごろしていた。
「腹一杯だと眠くなってくるなぁ。まだ夜中でもないのに。」
慧音の家は里外れの竹林の中にある。
竹林は森のように竹自体は密集していても意外と上空が見える。
人や獣が通った道がある場合はなおさらだ。
家の縁側からは月がよく見えた。
今はもう歪な作り物の月ではない本物の月。
満月に近づくにつれて日に日に妖の者が活性化してくる。
里を護る慧音自身も満月の日はハクタク側に傾くが理性が無くなるわけではない。
性格がいつもよりお転婆になる程度だな、と妹紅は思っている。
「そういえば慧音~。今年の里の手伝いなんだけどさ。」
慧音は里にちょくちょく顔を出しており、行事や畑、田などの野良仕事の手伝いもしている。
永夜異変の後は徐々に妹紅も顔を出し始め、たまに手伝いをする。
年が明けてからは輝夜との殺しあいのためにまだ顔を出していない。
それでこの後何か手伝いは無いかと慧音に聞いてみようと妹紅は話を振ったわけだが。
「・・・・」
慧音から返答は無い。
妹紅は内心首をかしげ、首を捻って慧音の方を向く。
慧音はお茶を淹れるための湯を沸かしていた。
湯呑みを出していたなら陶器を出すときの音で妹紅の呼びかけが聞こえなかった、ということもありえるだろうが今の慧音は囲炉裏の前におり、音を立てるようなことはしていない。
明らかに妹紅の言葉が聞こえない距離ではない。
妹紅には何かそわそわとしているように見えた。
時折きょろきょろと辺りを見回したり、頭をさすったりしている。
それを見た妹紅は何をしているのかは理解できなかった。
しかし何かを気にしているのはわかった。
「・・・・ははーん」
妹紅はある一つの結論に達した。
立ち上がって、慧音の眼前まで移動する。
慧音は囲炉裏のそばに座っているので今の妹紅は慧音を見下ろす形になっている。
妹紅は怪しい目で慧音の頭部を観察。
蒼と白の長い髪の毛は妹紅も羨ましいと常日頃思っている。
それは人間とハクタクの混血ゆえに、ということがわかっていてもだ。
「・・・はっ」
慧音は視線を感じて勢いよく振り向く。
少々いつもより目を開いて、さらに顔が少し赤くなっているところを見ると本気で気づいていなかったらしい。
「あー、慧音。今年の里の手伝いなんだけど。」
「あ、ああそれなら節分のときの鬼役が一人たりなくてな?それでええと」
「あともう一つあるんだけどね?」
「ん?何だ?」
「・・・髪の毛が心配なら永琳に相談してみるのも手だよ?」
奇妙な間が開いた。
慧音にしてみれば想定外、スキマの外から投げかけられた一言。
妹紅は慧音の反応が予想と違うので「あれ?違ったかな?」と思っている。
「・・・・ない」
「へ?」
ぼそっと慧音が言った言葉はよく聞こえなかった。
妹紅が聞き返すともういちど大きい声で
「断じて私が気にしているのはそういうことではない!」
うわーん!と泣きながら家を飛び出す慧音。
至近距離の大声で耳をやられて悶絶する妹紅。
つまるところ、今夜も平和であった。
小望月
「で、これが鬼のお面なわけだが。」
「・・・結構ぼろいね。何年もの?」
「15年だな。その年生まれた子供が大人として認められる頃だ。」
「うわっ裏もぼろぼろだ。修理しないと使えないよこんなの。」
「だからこれから修理するんだろう?」
節分といえば鬼は外、福は内の掛け声で炒った大豆を鬼役に投げて一年の厄を払うというものが最初
に思いつくだろう。
恵方巻きを食べるというのもあるがそれはひとまず置いておく。
今年も里では豆まきをするのだがその際の鬼役を妹紅がすることになった。
妹紅も子供の相手は嫌いではないので(というかむしろ好きなので)自然と顔が緩む。
毎年使っているお面を借りてきて付けてみようと思った妹紅であったが、その朽ちっぷりが半端ではなかったため修理、もしくは新しく作ろうというわけである。
「でもさーこの鬼ってあんまり怖い顔じゃないよね。ぼろぼろだから不気味ではあるけれども。」
「厄払いだからな。あまり怖い面で子供が泣いてしまうのもまずいだろう。」
「まーナマハゲじゃないしそれはいいんだけどねー。」
お面の補修をしながら雑談に花を咲かせる二人。
「でも鬼ならアイツをよぶっていう手もあるよね」
「ん、誰だ?」
「萃香。」
「・・・奴は無理だろう。宴会に紛れ込んで大酒かっくらうのがオチだ。」
「あーその可能性は無きにしも非ず。」
その可能性は限りなく高いが。
などと話している間に鬼の面は慧音宅に来たときとは見違えるほどになっていた。
妹紅は色を新しく塗った。
もともと色がはげていたので元の色がよくわからなかったためにオーソドックスに赤である。
絵の具が乾くまで縁側において乾かすことにした。
作業が終わったのでお茶の時間である。
茶柱は立たなかったが作業の後のお茶は格別においしい。
「ふー・・・あったまるわー・・・。」
このとき少し精神が老けるのは無理からぬことだ。
少なくとも千年生きている妹紅は特に。
「あ、そういえば。」
妹紅は思い出したようにつぶやく。
「ね、慧音。この前の晩は何を気にしていたのかな?」
ぶふっ
慧音は口に含んだお茶を霧状に噴出した。
緑色の萃香はさすがに発生しない。
気づかれてないとでも思ったのだろうか、と妹紅は茶をすすりながら思う。
「な、ななな何もないぞ妹紅。別になにもない!」
「円形脱毛症?」
「だから違うと。」
この前妹紅が見たときもそのような痕跡は見られなかった。
妹紅にしてもただからかっているだけなのだ。
「ふーん。慧音は私に隠し事するんだー。」
「え。」
慧音の動きが固まる。
その反応を見た妹紅は次の段階に進む。
空になった湯呑みを床において顔を下げる。
長い髪の毛が表情を隠すのがまたポイントだ。
「長いこと世話してもらってなんだけど慧音が私に隠し事するなんて思わなかったよ・・・」
声を泣いているように震わせ、か細くなるように調節する。
長年生きてきて身についた無駄スキルである。
「え、あ、う。」
慧音は露骨に動揺。
妹紅がペアでないと見られない現象である。
里の人間がいたら意地でも見せまいとしただろう。
「慧音は私のことなんかどうでもいいんだね・・・!」
永琳作の目薬を使用し、泪を流す演技もする。
妹紅の見立てではそろそろ慧音は落ちる。
「・・・・・・・・・・・妹紅。」
いきなり慧音の口調が落ち着いたものになる。
ポン、と妹紅の肩に両手を置き。
「落ち着いて聞いてくれ。別に隠し事をしようとしているわけじゃないんだ・・・。」
例えるとすれば我侭な子供に言い聞かせる親の口調。
その表情は慈愛に満ちていた。
「だがこれだけはたとえ妹紅であっても教えるわけにはいかないんだよ・・・分ってくれるな?」
落ちなかった。
妹紅は内心舌打ちをする。
泣き落としで慧音の防壁が破れないことは無かったのでこの先の策はない。
仕方なく引き下がることにする。
「ううん・・・私が我侭言ったのが悪かったよ、ごめんね。」
泪を拭く仕草も忘れない。
悪女ランク的には輝夜と変わらない所までいっているかもしれない。
ちなみに慧音には妹紅と人間以外の泣き落としは冷たくあしらっている。
そんなことをするのも輝夜か白黒か紅白か。
どれにしても同じである。
「・・・じゃ、今日は帰るね。また明日来るよ。」
「ああ・・・すまんな。待っているぞ。」
妹紅は慧音に見送られながら竹林の奥へと足を向けた。
「で、あの半獣はどんな感じなのよ。」
「いやーあれは男だね。間違いない。」
ここは慧音の家から少しはなれた藪の中。
妹紅と輝夜は腹ばいになって慧音の家の縁側を見ている。
慧音の家から出た妹紅は自分の家に帰らず、永遠亭に向かっていた。
最初に慧音の変なそぶりを見せたときに永琳に相談しに行ったところ、輝夜も一枚かませろと言ってきたのだ。
永琳は「媚薬でも飲ませてみる?」とかとんでもないことを言っていた。
月の兎は別段興味を示さず、てゐはなにやらメモを取っていたが聞いたら永琳よりも怖い答えが返ってきそうなのでやめた。
実動班は妹紅と輝夜のみなので他はいてもいなくても問題はなかった。
というか覗いてるだけなので二人いても意味は無い。
「妹紅が知ってる連中でそれっぽい奴はいないの?」
「いないねぇ。里の男は慧音のことを狙ってるみたいだけど慧音自身がそういう興味がないみたいだし。」
「じゃあ里以外・・・私怪しい店の店主程度しか知らないわよ。」
「あれはあれでいやだね・・・。」
仲がいいとは言えない二人だが最近はそうでもない。
「もこたん♪」「てるよ♪」と呼び合っては殺しあう程度までは仲良くなった。
「んー慧音は特別なことをしてるわけじゃなさそうだしなぁ・・・。」
慧音は日常と特別違った事をしているわけではなさそうだ。
逢い引きだったらもうちょっと着飾るとかそういう行動に出ると思っていたがそんな様子もない。
慧音自身に浮かれた様子も無い。
どうやら男関係に怪しいものは無いようだ、と妹紅は思った。
「ねーこれは男じゃなさそうよ?」
「輝夜もそう思うか。可能性は限りなく低いわねー。」
もうじき日は西に大きく傾き、そろそろ月が出てくる。
最近は天気も良くそれなりに暖かい日も続くが夜はまだまだ寒い。
いくら病気も怪我も即座に治癒する蓬莱人といっても寒いものは寒い。
何も起こらないならもう帰りたいと思う二人だった。
「満月じゃないからあの半獣も変化しないでしょ?つまらないからもう私帰ってもいいかしら?」
「帰りたければ帰れ。もとよりあんたに来てくれなんて頼んでもいないし。むしろなんでいるのあんた。」
「いいじゃないのー。つれないわねもこたん。」
「もこたん言うなてるよが。」
「なによ!」
「なんだよ!」
いざこざいざこざ。
「ほういあはのはんひゅうはほーひかふってはいのへ。」
「あはりはえでほ。ふふーひえほなはでほーひかふってるはへないひゃん。」
頬を引っ張ったままで語り合う二人。
ちなみに「そういえばあの半獣は帽子かぶってないのね。」「当たり前でしょ。普通家の中で帽子かぶってるわけ無いじゃん。」と言っている。
どんな体勢になっても落ちないという噂の帽子である。
幻想郷七不思議の一つだとか。
「今も茶飲んでるだけだし。体そわそわしてるのは貧乏ゆすりかしらね?」
「あ?」
妹紅は輝夜から視線を外して慧音のほうへ。
距離があるので微妙ではあるが確かに慧音の体が揺れているように見える。
妹紅が見たものと全く同じ、何かを我慢しているか待っているかのような動きである。
「男の可能性が薄いのになんでかしらねー。」
「さぁね。満月の夜でもないのに。」
そして陽はさらに暮れて西の山に沈んでゆく。
東からは満月に至らない月、小望月が顔を出した。
「なっ・・・!」
「・・・!」
二人はあまりにも予想外だった事態の変化に言葉を失った。
そして次の瞬間には、藪を飛び出して家に向かって駆け出していた―――――
「慧音ー!」
「半獣ー!」
「なっ?!」
慧音は突然乱入してきた二人の突進を回避することはできなかった。
二つの影に押し倒され、為す術もなく捕獲される。
正体はすぐに看破したが、だからといって状況が変化するわけではない。
「ああっこのふさふさ!このちっこいのおおおお!」
「お!おお!おも、おもちかえりいいいい!」
「いやああああああああ!」
数十分後、妹紅と輝夜は額に包丁を一本ずつ刺されたまま縛られていた。
二人の正面に立っているのは慧音。
腕を組んで仁王立ちである。
「で、言い訳はあるか?」
解答如何によっては即座に弾幕の刑に処せられるのは言うまでもない。
それに対し、二人の釈明。
「だってさ・・・」
「ねぇ・・・」
「どうした、言ってみろ。」
二人はせーの、と息を合わせて
「「そのちっこい角と尻尾は誘ってるようにしか思えない。」」
そう、今夜は小望月。
満月に至っていないために慧音はハクタク化しないと思っていた二人だが現実は違っていたのだ。
完全にハクタク化したときに比べて角は先が少ししか出ていない。
尻尾に至っては兎の尾のような長さしかない。
髪の色は上半分が緑色で下が蒼になっている。
EXの7割くらいハクタク。
「これは体質だ!私のせいじゃない!」
「これで幼女だったら犯罪モノね。」
「あんたに犯罪言われたら終わりのような気がするけどね。」
顔を真っ赤にしてわめく慧音。
芋虫のように転がされたまま好き勝手に発言する蓬莱人。
包丁のダメージはすでに回復済みらしい。
すでにペースは慧音から蓬莱人に移動している。
状況は端から見れば慧音が有利だが心理的にはもう瀬戸際である。
「・・・・ううぅ。」
(?)
それまでの勢いとは違った呟き、というか呻き。
慧音は幻想郷の面子のなかでも落ち着いた、つまりは感情の起伏が激しくない部類である。
しかし今はどうだ。
先ほどまでは喚いていたのにいきなりしおらしくなってしまった。
妹紅でさえも知りえないパターン。
もちろん輝夜が知っているわけも無い。
(ちょ、ちょっと妹紅どうなってるのよ。)
(なんで私に聞く!私だって知らないわよ。)
(予想だとそろそろ弾幕られて終了、だと思うんだけど。)
(幻想郷的にも結構自然だし、・・・あれ?もしかして。)
(何よ?)
(なんかやばそうな雰囲気がするよ。体縛られて逃げられないし。)
「ううぅぅぅうううぅぅぅ・・・・」
慧音の呻きは続いている。
段々低くなってきているような気もする。
輝夜もなんとなくやばそうな雰囲気を感じ取り始めた。
この辺りで三種の神器か一条戻り橋か何かが来れば事態は収束したかもしれない。
しかし現実はその全く逆を行った。
「ううぅぅう~!」
慧音の目から泪が流れる。
泣き叫ぶでもないが、妹紅と輝夜はそれなりに衝撃を受けた。
(ちょちょちょちょっと妹紅どうなってんのよ!)
(わわわ私に聞くな!とてつもなく予想外!)
二人が慌てる間も慧音は泪を流し続ける。
言うまでもなくマジ泣きである。
癇癪を起こされるよりマシ、と思う人もいるだろうが慧音のように感情を押し込めるタイプはこのような時は大変頑固である。
もっとも有効な手段は時間経過による当人の感情の安定だが妹紅も輝夜も慧音のマジ泣きは初体験ゆえに二人の精神力が先に限界を迎える。
「慧音!ごめん!からかってまじごめん!」
ごろごろごろごろごろ
「半獣まじごめん!泣かないで!弾幕られても我慢するから!」
ごろごろごろごろごろ
妹紅は何とか慧音を慰めようと、輝夜はなんとかこの空間から逃げようと体を動かそうとするが縛られているために自由に動けない。
よって地面を激しく転がっている。
まるで子供をあやすための玩具のようだ。
「うぅぅうぅぅう・・・」
その効果なのかどうかは謎だが慧音は少しだけ落ち着いてきたようだ。
効果はあっても薄いだろうが。
妹紅は息を切らしてはいるが、その様子を察して尺取虫のように慧音のもとへ。
「笑ったりすりすりしたりしてごめんね慧音。子牛みたいでかわいいよ。」
本来なら抱きしめるか頭をなでるところなのだろうが立ち上がることができないので土下座のようになっている。
ちなみに輝夜はよほど精神にこたえたのか息を切らして仰向けになっている。
イナバの泣き様とは違う威力を持っていたらしい。
「ほ・・本当か?妹紅。」
「本当、本当だよ!」
赤べこのごとく上下する妹紅の頭部。
高速なので髪がバサバサと動き、まるで歌舞伎のようである。
大げさすぎて嘘くさく見えてしまうが妹紅は本気である。
「・・・じゃあ・・・で許してやる。」
「へ?」
まだ涙声なのでよく聞き取れず、妹紅は聞き返した。
許してくれるらしいが何か条件があるらしい。
その部分に関しての答えは
「弾幕一回で許してやる。覚悟しろ。」
そう言い終えた直後、慧音の手にスペルカードが現れる。
その弾幕はいつもより密度が濃いような、それでいて弾が大きい気がした。
妹紅は避けられるだろうか、と思って立ち上がろうとする。
そして思い出した。
(そういや縛られてたんだっけ。動けないや。)
迫り来る大粒の弾幕をどこか達観して見つめながら妹紅と輝夜はそれに飲み込まれた。
翌日の晩、満月の夜。
慧音は完全にハクタクモードになっている。
角、尻尾ともに通常の長さ。
見慣れた満月の時だけの姿である。
「で、昨日のアレはなんだったのさ。」
妹紅が縁側で茶をすすりながら聞く。
慧音はあの程度からかわれた程度で泣いたりキレたりなどすることはあまりない。
半ば説教というか友人間の小さい喧嘩程度の弾幕で事態はほぼ収まる。
昨晩も結局は弾幕で事が収まったわけだが
「んーまあなんというか・・・あれは半ハクタク?」
「自分のことなのに疑問系なのかよ。」
妹紅がつっこむ。
その後、慧音から説明があった。
満月に近い大きさの月(前後二日ぐらい)のとき、中途半端にハクタク化することがあるらしい。
歴史を操る能力も隠す、創ることに関していつもの半分程度しか発揮できない。
性格の方も落ち着いた通常時と感情的なハクタク時の中間にあることで情緒不安定になるのだと言う。
そわそわしていたのもそのためである。
へー、と妹紅はお茶請けのせんべいを齧りながら返事をする。
「私も見たかったわねぇ。その7割ハクタク。」
永琳が縁側に面している部屋のちゃぶ台に肘をつきながら言った。
今日の茶会、というか月見は永遠亭で行われている。
騒動に参加しなかった輝夜以外の永遠亭メンバーは7割ハクタクを見ていない。
永琳はのんびりと言ったがその他の兎たちは興味なさげに目をそらしている。
心中は心底見てみたいのだが彼女たちの姫の帰ってきたときの惨状を見、あんなのはゴメンだと思った。
「残念ながら必ずなるものでも、狙ってできることでもないのでね。一年に何回あるかもわからん。」
もっとも見られたくはないがな、と慧音。
「そういえば、そんな面白いことがあったのにあの号外が来ないわね。」
「あーあいつなら家の床下から発見されたよ。」
「床下?」
「潜んで話を聞いてたらしいんだが妹紅と輝夜やった粛清の流れ弾を喰ったらしい。せっかくなので縛り上げてなかったことにしたよ。」
念入りに釘を刺した、と慧音。
記事にさせないために文にどのようなことをしたのかは秘密である。
軽いトラウマ程度は残るかもしれない。
「まぁ何をしたのかはあえて聞かないけど。」
「お前が話がわかる奴でよかったよ。もう一回同じ事をしないといけないと思うと気が滅入るからな。」
輝夜と妹紅はその「なかったことにする過程」に関しては見なかったことにしている。
精神を主として生きる蓬莱人に対して精神攻撃は効果抜群だ。
不老不死の蓬莱人に有効な攻撃手段だろう。
常人でも普通に効果があるだろうが。
「まぁ中途半端にハクタクになるのは調子が悪いというかなんというか。はっきりいって私はいやだがね。」
茶をすする慧音。
中途半端な状態は本人にとってもいいものではないらしい。
生真面目な慧音らしいというかなんというか。
「そんなものなのかしらねぇ。何ならその状態にする薬を作ってみる?」
「遠慮しておく。」
「あら残念。」
縁側では蓬莱人シスターズが残った最後のせんべいを取り合っていた。
肉弾戦に発展しそうになっているがどっちも不死身なので大抵放置される。
兎の間ではどっちが勝つかのトトカルチョが発生している。
もちろんてゐが主犯である。
しばし永琳と慧音の談笑、妹紅と輝夜の第・・・何百回目かのせんべい争奪タイトルマッチが行われているとき、廊下からどたどたという足音がした。
そのちょっと後に思いきりふすまが開かれる。
「姫さま!あの天狗から没収したネガから写真が・・・あれ?」
部屋中の視線がてゐから輝夜に動く。
妹紅とクロスカウンターの状態で固まっているが冷や汗が見て取れる。
「失礼しましたー!」
勢いよくふすまが閉じて、今度は足音が遠ざかっていった。
「・・・・おい?」
慧音が湯呑みを置いて立ち上がる。
輝夜はそれを見てクロスカウンターの状態から外れ、自分の背後、竹林の方をゆっくりと向く。
隙を見て逃走体勢に入ろうとするが妹紅に肩を羽交い絞めにされ、動きを封じられる。
慧音と向き合うように体勢を固定される輝夜。
ゆらりと近づいてくる慧音。
「いや・・・アレだけはアレだけはいや・・・」
輝夜は首を横に振って、足をばたつかせてどうにか逃れようとする。
「とりあえずなかったことにしてやろうか。覚悟しろよ?」
わきわきと手を動かしながら近寄ってくる地獄。
輝夜の精神に新しいトラウマが刻まれるのも秒読み段階である。
妹紅もその現実を見まいと目をそらしている。
永琳は止めるでもなくいつもの笑顔のままだ。
「えーりん・・・えーりん!たすけてえーりん!」
救いの手は来ない。
「おっけえねええええええええ!」
「あああああああああああああ!」
その頃の文
「ああ・・・角が・・・角が迫ってくる・・・ごめんなさい・・・角だけは・・・!」
幻想郷各所に配られた葉書にはこうあった。
文々。新聞は記者の体調不良によりしばらくお休みさせていただきます。
射命丸 文
代筆 上白沢 慧音
了。
色々と慧音ネタが入っていて楽しめました。
ただ、文末が不自然に改行されている所がいくつかあったので、それが気になりました。
ちっこい角と尻尾+幼女といえば、どうしても「ぐるぐるどろっぷ」さんの慧音を思い浮かべてしまう私は何者なんだろうか(ぇ
しかし7割EXけーね・・・・やべぇ、限りなく萌える!
あと、ハッピー氏もおっしゃってますが改行部分を直した方いいかと思われます。
多分全部直ってるかと思われます。
メモ帳が悪いです。メモ帳が(A`
妹紅と輝夜が仲がいいって設定結構好きですねー、私は。
それと、珍しいなと思ったのが…
「~~~~~~~。」と、セリフの最後に。をつけること。
鍵カッコの最後に。をつけることって無いのでそれで-10点;
7割ハクタクみてえええええええ!
つまり既にHANZAIの領域なのです!