何の感情も持たず地面に突き刺さる雨はひたすらに冷たく、煩わしい。
雨ではなく雪ならいいのに、とは思うがこの季節にしては今日は比較的温かく、寒い事には変わりないが雪にはならないだろう。
灰色に覆われ、泣き出した空。
似た色の煙になったらあの雲のところまで昇って行って溶け込めるのだろうか。
雨はただ、降り注ぐ。
服が張りついて肌が冷えてきた。
これ以上服が濡れる事がないだけ不幸中の幸いとでも言うべきだろう。
それでももう雨宿りも限界、早く止まないだろうか。
でも、雨はやっぱり止みそうにない。
さて、何か話そう。
彼女と話してこの暇で冷たくて悲しい時を吹っ飛ばそう。
そう思い、口を開いた。
「……ねぇ、メリー」
と、先に蓮子が話し始めた。
同じタイミングなんてなぁ、と思いながらメリーは苦笑。
蓮子に貸して貰った帽子を弄りながら、返事をする。
「なぁに、蓮子」
「私たちは、去年寂しいクリスマスを過ごしたわけなのですが」
「……そうね」
2人してケーキを馬鹿食いして酒飲んで倒れて翌日二日酔いで唸った。
なんでこんな時にそんな悲しい話をするのよ、と突っ込みそうになったが抑える。
癒えかけた傷を自ら抉るほどメリーは馬鹿じゃない。
「それでね、思うのよ」
「何を」
「……バレンタインにチョコあげる相手がいないってのも、それなりに寂しいよね」
泣きたくなった。
―― バレンタインの夜に ――
結界探索、失敗。
写真、色の違う部分は違う世界だからではなくて、ただ色褪せていただけ。
そもそも正月には人でごった返すような神社の境内付近に結界があるとか言う時点で疑うべきものがあったのではないか。
それよりもまず写真を出発前に見せてもらうべきだったのではないか。
メリーはそんな風にも思うが、後の祭り。
疑問を抱きつつも深く問い詰めなかった自分を責めたい気分にもなるが、悪いのは蓮子だという事にしておく。
そうしないとやり切れないからだ。
帰りは「どうせなら歩こう」という蓮子の提案で舗装された道を行くバスではなく外れた所にある山道へ。
気分転換に丁度良いかも、とメリーは蓮子の提案に従った。
そして下りる途中に見事雨に遭遇。降りそうだ、と気付いた時にはもう遅かった。
ここまで来ると情けなさ過ぎていっそ笑えてくるものすらあったが。
というかどう考えても蓮子が悪くないか、とここに来てメリーは完全に責任転嫁。
拒否しなかったメリーにも多少責任はあるのだが。
たまたま見つけた、いつ崩れてもおかしくないほどに古い山小屋で雨宿りしながら臨む景色は感慨も何もあったもんじゃないビルの集まり。
それなりに高い山から見下ろしたその景色はどこか虚ろで、活気で溢れているように感じる。
矛盾した。
虚ろさを感じるのは恐らく灰色の空の下にあるそのビル街が、見た目には高さくらいしか違いがわからないものの集まりであるが故。
活気を感じるのは恐らくそこに灯る光を頼りに幾多の人々が仕事に勤しんでいる事を知っているが故。
そしてこの矛盾があるがためにその場所では気分が保たれるのだろうが、山小屋にいるメリーにとってそれらはただ哀しい。
ビルの虚ろさは目で見て感じても、人々が動き回っている事は知っているだけで感じる事は出来ないのだから。
ただそこにあるという事が分かり、感じるだけで自らを虚ろにさせる哀しさと。
そこにあるということが分かっているのに、感じる事が出来ず自らには活気を与えてはくれぬ哀しさと。
矛盾を失くし、感じるものをどちらかにした所で結局行き着く先は哀しさなのだと、メリーはそう思う。
ならばいっそ矛盾のままにしておいても構わないじゃないか、とも。
どうにも気分が浮かない。
この視線の先に見えるものがせめてビル街に消え行く夕陽であれば多少気分も浮くだろうが、この灰色の空と降りしきる雨の中ではそれも叶わない。
そもそもが雨宿りのためにここに留まっているのだから、消え行く夕陽がそこにあるような天候ならここに留まる事はなく、それをメリーが見ることは叶わなかっただろうが。
結局のところ結界探しが失敗だった時点で気分が萎える事が確定事項だったのだと思うと溜め息をつくしかなくなって、メリーはそうする。
白くなって舞い上がって行く吐く息が、灰色に重なって、やがて消えた。
きっと消えたのは視界を埋め尽くす灰色に白があまりにそぐわぬ所為。
かと言ってこの白が視界を埋め尽くす灰色に相応しいものになる方法でもあるかと言えば、答えは否。
視界、と言うならば出来そうにも思えるが、あまりにも密度の薄いその白ではそれを埋める事すら叶いはしない。
やっぱり気分が浮かなかった。
だからメリーは。
景色を見ても哀しいのなら、目に映る灰色を白色に変えようなんて大仰な事も出来ないのなら。
「バレンタインでチョコを渡す相手がいないのは、確かに寂しいわね」
自らの傷を抉る話題だろうがノってやろうじゃないか、と。
そんな風に思った。
「でさぁ、今日って2月14日なのよね」
「そうね」
「何してるんだろうねー、こんな日に」
――お前が言うか。
誘ったのは蓮子だったはずである。
何だろう、これ。もしかすると蓮子は今日がバレンタインである事を忘れていたのか。
「まぁ、あれよあれ」
めげずに、メリーは言う。
「私の周りには良い男がいないわけよ、それだけ」
「そうそう。私の周りにも良い男がいないの、それだけ」
「…………」
「…………」
「ねぇ、蓮子」
「んー、なにー?」
「実はあなたが雨を止める能力とか雪にする能力とか持ってたりはしないの?」
「しないねー」
雨は降り続く。これでは帰れない。半ば遭難者の気分である。
携帯電話は探索時にいつも持ち歩く乾電池式の充電器で充電完了。
時間確認可能。時期によっては割と人の来る山だから電波も良好、GPSは冴えまくり。
蓮子の能力を以って場所や時間を確認する必要は皆無。使えなくとも問題はない。
目下、一番の問題は。
「ねー、蓮子ー、傘出してー」
「無理言わないで」
どこぞの青ダヌキじゃあるまいしそんな事が出来るわけもなく。
傘がない事実は景色よりも、そこから生まれる矛盾よりも、変わらぬ天候よりも、揺るがし難い現実。
雨は止まない。強くなる一方。
電話で確認した気象状況も、ネットに接続して確認した気象状況も、告げるのは雨はまだまだ厳しくなるという事だけ。
例えば、そんなものがこの雨の中身動き取れなくなった人間に解決方法を提示してくれるはずなど勿論ありはしない。
「……もしこのまま雨が降り続いたらさ」
「うん?」
メリーは諦める。
傘のない現から、傘などあってもなくてもどうでもいい幻へと思いを馳せようとしてみる。
現で何か考えても哀しいだけでもう厭きた。なら幻の方が楽しいのではないかと、そう思いながら。
遠くの、虚ろで活気に満ちた矛盾の景色から視線を外し、数メートル先にある水溜まりにそれを移す。
そこにあるのはただ虚ろだけ。暗い中で何も反射せず、ただ打ち付ける雨を受け止め、許容量の限り溜めていくだけのもの。
その許容量は言葉にするのも難しいほど少なく、土が流され、増えも減りもする。
そして、それを見ると不思議にも、容易に幻へと思いを馳せる事が出来た。
今メリーの目に浮かぶのは風に水面を揺らし、太陽の光をこれでもかと言わんばかりに乱反射する湖。
メリーにとってはこれこそが今の現。幻だと自覚していても、そう思おうじゃないか。
そしてこの現は、
「そこの水溜まりから、湖や海は出来るのかな」
自らの頭の中にある現は、目の前の現から出来るのだろうか。
そう思い、蓮子に問う。
「なんかメリーらしいわね……」
「何がよ」
「ん? 何となくよ、何となく」
「そんな事で、らしい、とか言われてもねぇ」
メリーの口にしたそんな幻はくだらなく、ただこの状況に置いては素晴らしいと蓮子は思う。
最適な暇潰し。蓮子は考えてみた。
例えばこれが川やため池だったとして、そこにあるのは現だけだろう。
ある程度許容量がきっちりしているもの。溢れればそこにあるのは下手をすれば惨事だ。
水溜まりの許容量はこの土の上ならばはっきりとはしない物で、それでも決して多くはない。
現に今、既に許容量をオーバーし、溢れている。でも余程の事がない限りは、惨事にはならない。
そして、多くはなくとも、上限が変化し得るからこそ水溜りは幻へと繋がる。
現に厭きて、現を見るのと同じように幻に思いを馳せたメリーと。
現に厭きず、現と比較して、ちょっと無理をして全く別物の幻へ繋げた蓮子と。
「そうね……出来るんじゃ、ないかしら」
「だよねー。そうやって自然は大きくなっていくのよ、きっと」
それでも行き着くところが同じとは、気が合わないにせよどうにも相性は良い。
しかし結局、そんな数十秒にしか及ばない暇潰しは終焉を迎え、その暇潰しに使われた幻はそれと共に消え行く。
残ったのは少しばかり雨足が弱まっただけで、容赦なく降り続ける雨の音。
最早脳内にすら幻を浮かべることは叶わず、メリーはまた溜め息を吐いた。
幻は所詮幻。現と『同じように見る』事は出来ても現とはなり得ない。
それは、夢と同じ。
メリーが考えるに夢は脳の見せる虚像であり、幻もまた起きている時に見るというだけで、そう大差はない。
はずだった。
――蓮子が言っていた通りなのね。
苦笑する。
夢と現は、別の物だと。違うのだと。
だから蓮子の言う通り、それを現実に変えるために努力出来る。
けれど今さっきの幻と同じように、きっと努力しても現実に変えられない夢は多い。
「……ねぇ、蓮子」
「なぁに、メリー」
「努力しても現実に変えられない夢がある時、笑う事が出来てもそれって寂しさから来る笑いになる事もあるのね、私たちくらいの年齢だと」
その目に再び、矛盾の景色を映しながらメリーはそんな事を言った。
非常に哀しげな顔をして。
目に映る景色と、そして今ここに居る事さえもが何故か哀しさを生んでいる。
「……唐突に何を」
「そうでもないわよ。だって、私たちは秘封倶楽部なんだもの」
「そういうものかしら」
「そういうものよ」
「それで、メリーは何が言いたいの?」
「今努力したところでチョコを渡す相手は現れてくれないって話」
「……泣いてもいいかな」
……先ほどとはそっくりそのまま逆の立場だ。
蓮子が見たメリーの後ろにある窓から見えるのは相変わらず降り注ぐ雨と灰色の雲。
けれど割と真剣な顔でそう問うた蓮子に、メリーは後ろの雨と雲を青空に変えんばかりの笑顔で返す。
「はいはい。蓮子のよりもおっきな私の胸で気が済むまでお泣きなさい」
「うわー! 私今何だかふたつの意味で泣きたいよー!?」
「可哀相な蓮子。誰かにイジめられたのかしら?」
「…………」
「…………」
「…………」
「はぁ」
「自分で言ってて何か寂しくなってきた?」
「……そりゃそうよ。何でバレンタインにこんな……」
「メリー」
いい加減マジで凹み始めたメリーを見ながら蓮子が立ち上がり、ごそごそと鞄を漁り始めた。
何をしているのか、とメリーが聞こうとして、それよりも前に蓮子がまた口を開いた。
「行くわよ。この山の、出来るだけ上に」
「はい? この雨の中? それも何で上に? というか突然ね」
「そうでもないわよ。だって、私たちは秘封倶楽部でしょ?」
「そういうものなの?」
「そういうものなのよ」
思いっきり怪訝な顔をしたメリーに、にぃ、と笑いかけてから蓮子は探していたものを取り出す。
パン、と小気味良い音が雨の音を一瞬だけ掻き消して、何かが大きく広がった。
それはこの状況においてメリーが探し求めていた物。
…………見紛う事なき、傘であった。折り畳みだが。
「蓮子ー!? か、傘はないって言ってたじゃない!」
「ん? 確かに傘はないって言」
「これは折り畳み傘だし、とかわけわからない事言わないでよ?」
「ったけど実はそ」
「忘れてたのよー、あは。とかもダメ」
「れはもうどうでもいいよね?」
「よくないわよ!」
傘があるのに出さなかった、そんなのがいいわけがない。
というか何か、蓮子は実は予報を見てきていたのか、とメリーは思う。
まさか蓮子にこんなちゃっかりした所があったとは。
「じゃ、とりあえず行くわよ。上へ。相合い傘で」
「……傘が1本しかないんだからしょうがないじゃない」
「そんなに恨めしそうな顔をしないの。いい物、見れるから」
「……いい物?」
「そ、いい物」
*
暖かい。
左肩に雨が当たっているが、それでもメリーはそう感じる。
両側に整然とあるのは、人の手によって並べられた樹木。
灰色の空は夜の闇へと移り変わりをしている最中で、その樹木の間にある道を歩いていると言葉にはし難い恐怖を感じる。
簡単に言えば怖がり、という事なのだが。
しかしながら夜の山道を懐中電灯1つというのは頼りなさ過ぎる。
それはただ道を照らすだけなのだから。
恐怖を隠すにはせめて1人当たり1つ、つまり2つ欲しい所だ。
だがその光が道を照らすだけのものだからこそ右肩に感じ、そこから全身に伝わる蓮子の温もりがメリーにとって妙に頼もしかった。
勿論こんな事を蓮子に言えば笑われるだろうから言いはしないが。
けれど蓮子の事を頼もしく感じてしまうのは、何だか悪くないと、メリーはそう思う。
それでもビル街……矛盾の景色すら見えぬ山道で何も言わず静かに歩く事に耐えかねて、メリーは口を開いた。
「ところで蓮子。何で、上のほうに行こうなんて思ったのよ?」
「本当言うと私、今日は一刻も早く戻ってチョコ渡したかったんだけどねー。
まぁ、それが無理になった今山登りも悪くはないかなー、なんて」
素直にバスに乗ればよかったなー、と蓮子が苦笑する。
だがメリーにとって今そんな事はどうでもよく。
「……渡す相手、居るの? っていうかあなた渡す相手はいないって……」
「ん? アレ嘘」
――んな馬鹿な。
一に秘封倶楽部、二に秘封倶楽部、三四が甘い物やらお酒で、五が秘封倶楽部だったのにそんな色恋沙汰に現を抜かす暇などあっただろうか。
あー、私の場合は良い男いないだけだけどさ、とメリーは自己弁護を心の中でしつつ、それでも何か少しばかり負けた気分だ。
「……ま、居る事には居るけど、なんかちょっと悲しくはあるかな。でも、私の大切な人だからさ」
「大切な人に渡すのに、悲しいなんてあるの?」
「あるよー、メリーだってわかると思うんだけどなぁ」
大切な人に渡すのに悲しい気分になって、……。
――家族か。
まぁ、そんなところだろうとメリーは思っておく。
叶わない恋が悲しいとかだとなんかホント負けた気分になるし。
「……わからなくは、ないわね」
他に何を言えばいいか思いつきもしなかったのでとりあえず、こう答えておく。
「よーし、じゃあ期待しても良いかしらね」
「はい? 何を?」
「うん? ……こっちの話」
――何だそれ。
……何を期待するのだろうか。
そこで、思案するメリーの目に光が飛び込んでくる。
懐中電灯を正面から、などと言う訳ではない。
感じたのはそれほどの光の量ではない、けれど、それ以上の光だと何故か認識出来た。
遠く、どこかで、懐中電灯など比べ物にならないようなとんでもない量の光が輝いているのがわかった。
ありがちで、それでも綺麗だと、いつでもそう思えるような景色があるのがわかった。
それは空を照らし、月と星の光を小さくしてしまう、だと言うのに綺麗だという事を否定できない景色だ。
ふと周りを見れば整然と並んでいた樹木は背後にあり、でこぼこだった道は土のままでこそあれど平らになっている。
よく見ればベンチや、木のテーブル、そしてそれらを覆う屋根が4本の柱に支えられながら、あった。
そこは整備された、広場のような所だ。
そしてそこから見えるのは。
「…………凄い」
思わずそんな声を出してしまうほどの、ビル街の夜景。
否、それだけではない。住宅街、公共施設、道路を走る車、街灯、多種多様な商店、様々な物が光を撒き散らし、調和も協調性もあったものではない。
だと言うのに綺麗なのは何故だろうと、メリーはそんな事を思う。
雨はいつの間にか小雨になっており、視界を遮ったりするのではなく、むしろ光を反射して夜景を引き立てているようにすら感じてしまう。
予報というのもあまりアテにならないものだ、今回はありがたい事だったが。
ありがちだ、どこまでも。少し山に登れば見える、高台の閑静な住宅街にでも住んでいる人々なら見飽きてすらいるであろう景色。
それをただ、ひたすらに綺麗だと感じる。感じる事が出来る。
普段はその光の中にいるからだろうか。
メリーには理由など分からない。ただ綺麗なのだ。
「ね、いい物でしょ?」
蓮子の声に反応して夜景を眺めるその横顔を見、何故か心臓が、ひとつ大きく跳ねた。
ドキッ、としたと、そういうのが一番簡単だろうか。
光が照らす黒髪が、大きな瞳が、小さくて可愛らしい唇が、何故かメリーの頬を赤くさせる。
これも同じで、理由など分からなかった。
ただ何かに惹かれたのだ。
それを誤魔化すかのようにメリーは眼下の景色に視線を戻す。
そこにあるのはここに来るまでに闇へと変わった空を、世界を、盛大に照らす光の集まり。
灰色はただ虚ろで、そこに浮かぶ僅かな光は活気に溢れていた。
闇は違う。そこにあるべきは本来なら恐怖であり、その他には何もない。
だが今の時代、人々は闇を明かりで照らし、そこから恐怖を無くしている。
……中途半端な暗さの空の下にあったビル街に浮かぶ光は哀しさを生んでいたというのに。
完全に暗い闇に浮かぶ光はそこにある恐怖を喪失させ、むしろ希望のような物すら感じさせる。
灰色の空よりも闇の方が悲観すべき物のはずで、けれど光は灰色の方を悲観すべきものへと変えてしまう。
何とも不思議なものだ。
「メリー。これ」
と、蓮子が丁寧にラッピングされたハート型の何かを取り出し、メリーに差し出した。
リボンで修飾されていてやたらと可愛らしい。
「蓮子? えーっと、これは、何かしら?」
こんな日に渡す、それも丁寧にラッピングされていて、リボンがついているなどと……。
「チョコ。手作りの。メリーは私の大切な人だからね」
「…………」
光がどうとかそんな事が一気にメリーの頭の中から吹っ飛んだ。
「ええええぇぇぇえええっ!?」
「わ、何? どうしたのよメリー」
「ど、どうしたじゃないわよ! こういうのって普通好きな人に……あぁ、ちょっと待って、私そっち方面興味ないわよ!?」
「えーと、メリー? 別に好きな人に贈るとは限らないと思うわよ。私は大切な人……友達に贈りたかったからそうしたの。
本当は戻ってから渡すつもりだったんだけど途中で雨降ったし、どうせなら夜景でも見ながらって思ったのよ」
わざわざ思い出したかのように傘を取り出したのはそのため。
景色が移り変わるであろう、丁度良さそうな頃合を見計らって、蓮子はあんな事を言い出したのだ。
「か、傘あったじゃない……」
「折り畳み傘に2人じゃ濡れちゃうわよ? こっちに来るよりも下りる方が距離あったし」
大切な人に渡すのに悲しいとは、こういう事だったのかとメリーは理解する。
いくら大切な人とは言え、同性に贈るのであれば悲しくも思えるだろう。
それにしたって、面と向かって『大切な人』などとは、こう何と言うか……顔が、熱くなる。
「と、とりあえず……ありがと」
「うん。ところで、メリーは何もないのかしら?」
「……ないわよ。お返しなら、そのうちちゃんとするけど」
「うーん、期待したのになぁ」
「あぁ……期待ってそういう事だったのね」
「そ、大切な人に渡すのに悲しい事が、『わかる』って言ったから、ね」
ま、お返しが貰えるならいいかー、などと無駄に大きな声で言いながら、蓮子は手近にあったベンチに腰掛ける。
メリーもその隣に座った。
何となく、肩を寄せてみる。
暖かかった。身体が、そして多分心も。
……こう、恋人とかがいないのはやっぱり悔しいし、ちょっと虚しいとメリーは思う。
けれど、恋人が居たとして、蓮子と一緒に過ごす事ほど楽しい事などあるだろうか。
これほどまでに、笑えるだろうか。
――多分、無理よね。
苦笑する。何だかんだ言いつつも、やっぱり蓮子と居るのがメリーにとって一番楽しいのだ。
そしてもうしばらく……否、出来るだけ長く、こんな時間が続いて欲しいと、蓮子と一緒に居たいと思う。
「えへへ」
可愛らしく笑いながら、メリーは蓮子の肩に、今度は頭を乗せてみた。
パラパラとまだ少しだけ降り注いでる雨がコートや顔に当たり、けれどそれが妙に心地良い。
「えーと、メリー?」
「なぁに、蓮子」
グッ、と。
蓮子に密着していない方の肩に、手が乗せられる。
……まるで抱き寄せられるかのような。
「……蓮子?」
「折角我慢してたのに。そんな事されたら……私、我慢できなくなっちゃうわ」
「えーあー、それってどういう」
「メリー。大好きよ。愛してる」
…………。
時間が止まったように、とはこんな時に使うのだろうか。
あぁ、でも実際には時間など止まるはずがない。本当に止められたらどれだけいいだろう、そんな風にメリーは思う。
時間を止められたらこの場から逃げ出せるのに、と。
「うそぉぉぉおおぉぉっ!?」
メリーは信じられないくらいの大きな声を空に響かせ、立ち上がろうとしてしかし出来なかった。
蓮子に肩を抑えられ、それが出来ないのだ。
「ねぇ、メリー」
「ひゃ、ひゃい」
呼びかけられ、メリーはつい間抜けな声を上げてしまう。
いや、この状況でそれ以外の声を出す事が出来ただろうか。
「メリーは私の事、好き?」
「え、それは……その、友達としては好きと言うか大好きなくらいだけど、こうほら、何と言うかそのぉ」
「大好きなら、いいよね?」
顔が、蓮子の顔がメリーに近づく。
……何をしようとしているのだろう。
――キス?
いやいやちょっと待て。
「メリー、目を、閉じて」
「ん……」
思考が遮られる。
無意識に目を閉じ、やってくるものを待つ。
静か過ぎる。もう、このままでもいいかも知れないなんてそんな事を思い、メリーは蓮子の唇を……。
長い。受け入れようとして、しかし長い。
……本当は大した長さでない時間を、長く感じてしまっているだけだろうかと、そんな事を思うが。
それにしたって長すぎた。
「ぷっ」
と、蓮子が思わず吹き出した。
それは笑いを止めていた結界が決壊する合図。
「あははははははっ!!」
「え、え? ど、どうしたの蓮子」
「い、いやその……まさか本気にするとは思わなかったから。あっはは……あー、面白い」
「えーと、つまり?」
「冗談よ。確かにメリーの事は大好きだけど、さすがにそんな怪しい関係は目指してないもの」
目に涙まで浮かべ、笑い続ける蓮子。
……メリーからすれば、乙女の純情を弄ばれた様な気分ですらある。
身体が震えてきた。
怒りなのやら喜びなのやら。そんな事はわからない。
とりあえず今わかるのは、目の前の笑顔で駆け出す友の名を口にして、追いかけなければ気が済みそうにないという事か。
「蓮子ぉおぉぉおお!!!!」
メリーの、怒声ともじゃれようとする声ともとれる叫びは雲に覆われた夜の空に向かって木霊して。
……街の夜景と2つの笑い声をバックに、やがて消えていった。
……などという光景が幻視えた自分の頭はどうみても腐ってます。本当にありがとうございました。
甘ぇよコンチクショウ!
うむ。これだけ書けばいいか。
個人的にはまんま魔理沙とアリスに変換できるのが残念かなと。
…歯医者行ってこよ。
甘くて耐えれませんよ、ちくしょうっ
よし。
色々とハアハアさせて頂きました、GJ!
そんなとぼけた蓮子が、可愛く思えて仕方ありませんでした。
もちろん、いじられ否、いぢられてるメリーもね~。
ええと…とってもごちでした。