私の名前は鈴仙・優曇華院・イナバというのだが、本名で呼ばれる機会はめったにない。
師匠にはうどんげと呼ばれるし、輝夜様にはイナバと呼ばれる。てゐには『こやつめ!』と呼ばれていたが、最近は名前を略してR・U・Iと呼ばれる。プロレス技を意識しているらしい。
先日のことだった。
永遠邸の一室、一面に畳が敷かれた間での会話。
「うどんげ、今日はクリスマスイヴよ」
「はぁ。ですねえ」
永遠邸では毎年のクリスマスにあわせて『何かやる』。
特に規定などなく、何かしら行事さえすればいいのだ。
去年はクリスマスなのでお盆をした。死んだ人役は私だった。
一昨年はクリスマスなので落とし玉を貰った。陰陽玉っぽかった。くらった。
その前はクリスマスなのでチョコを貰った。ついでに顔を赤らめた師匠に告白された。『あの……それ……、新薬だから必ず飲めよ』。
まあ、とりあえず何かしら楽しげでうそ臭い行事をぶち上げればいいわけではある。普通のクリスマスはもう飽きたから。
基準は輝夜様が退屈しないこと。したら本人と共になんか飛んでくる。
「今年はクリスマスに年越しソバを食べようと思うのだけれど」
「はあ、平和でとてもいいんじゃないでしょうか。平和で」
「じゃあそれにしましょうか――」
そこで盛大にすぱーんと音を立てて障子が開く。
開け放った先には輝夜様が腕を組み仁王立ちしていた。
「年越しソバという着眼点は非常に面白いのだけれど、平和でつまらないわ。もっと血を見るように工夫しなさい」
勘弁してくださいよ。みんな貴方みたいに不死身じゃないのですよ。切れた腕の断面から体液と共に新しいアナザーワンが生えてきたりしないんですよ。というかどうやったら年越しソバで血が見れるんですか。
私がそこまで脳内正論を並び立てたくらいに、師匠は輝夜様へ向かって返した。
「では、姫様は何か催したい行事などありますか」
「やっぱり殺し合いが一番お手軽で楽しいわよねえ。死んだら負けで分かりやすいし」
「姫様、明日はクリスマスですから何か変わったことをしませんと」
さすが師匠である。見事に切り返して見せた。
いくらかの間、視線を中空に移し、輝夜様は答える。
「にらめっこ。死んだら負け」
うわー、なにそのポジティブなにらめっこー。
「おにごっこ。死んだら負け」
すごい本気ですねー。
「面倒臭いからずっと寝っぱなしでもいいかも。死んだら負け」
いや、むしろ死んだら勝ちじゃないのですかそれは。
「姫様、やはりもう少し穏やかなものの方が」
師匠が真顔で輝夜様を諭す。
慣れってこわいよね。
「うーん、じゃあ、年越しソバじゃなくて年越しウドンでどうかしら」
あぁ、平和だそれは。
今年は久々に平和な年末……クリスマスを送れるんじゃなかろうか。
「そういえばイナバ、貴方のミドルネームはウドンゲインじゃない。ちょうどいいからウドンの役をやりなさい」
待ってよ。なんだよそれ。一瞬、筋が通ってる気がしちゃいますよ。
し、師匠、なんとか輝夜様を諭して――
「はい姫様。それはとても楽しそうですね」
なにその眩しい笑顔。
「というわけで、イナバは明日までにウドンの練習をしてくること。分かったわね」
☆
一晩たって当日。
「えー皆さん。今年も楽しい楽しいクリスマスがやってきました。今年は年越しそばならぬ年越しうどんを食べる予定です」
全員が集まった永遠亭の大広間で、マイクを持った司会進行役のてゐが叫ぶ。
おぉぉぉ、と暗めに盛り上がるノーマルウサギたちがうらめしい。
「さて、年越しウドンを食べるには、まずみんなでウドンを作らなくてはいけないですね」
予期せぬ仕事量発生に、ええぇぇ、とざわめくウサギたち。
てゐは落ち着いて場を制する。
「で、す、が。なんと今年は既に出来合いのウドンが用意してあります。いやあ、毎年毎年準備がいいですねえ永琳様たちは」
私か。
出来合いのウドンって私のことか。
「ほら鈴仙……じゃなかったRUI。ローマ字読みでルイ。さっさとウドン、ウドン」
いや鈴仙であってるからね。
必死な顔でウドン、ウドン。って言われても困るんすけど。
「し、ししょぉ……」
「見事なウドンを期待しているわ」
親指立たてて返しやがった。
「い、いや、待ってよみんな。ウドンって私なにやればいいのよ」
「決まってるわ。ウドンよ」
笑顔の師匠。
「生死の境が実感できるウドンをお願い」
真顔の輝夜さま。
「最近私の脳内でプロレスが流行ってるからそれをふまえてウドンお願い」
てゐは黙ってるべきだと思う。
「え、あ、あの……その……」
「ほら早く」
早く、早く、と暗めに大合唱。
し、しかたない、こうなったら――!
「れ、鈴仙・優曇華院・イナバ! ウドン、いきます!!」
私はよろよろと中央に歩み出る。
集まった観客たちをゆっくりと睥睨し。
しゃがんで。
震える手で膝を抱え。
小さく小さく丸くなってころんとその場に転がり、言った。
「ウドンのタネはいま寝かせている途中です。もうちょっとまってね」
……。
…………。
………………。
静まり返る大広間。
耳が痛くなるほどの静寂。
丸くなった私の顔を嫌な脂汗がつうっと流れる。
え? ウドン作る過程でタネを寝かせる手順が確かあったよね!?
何とか時間稼ごうとしたんだけど失敗した!?
そうして、時計の秒針が一回転したところで、ようやく誰かが口を開いた。
「あー、そうかあ。発酵中じゃしょうがないわよねえ」
そうそう!
「ですねえ、おいしいうどんはよく発酵させなくちゃいけないかもしれないって永琳さまがいってたっててゐがいってたような気がする」
だよね!?
「確かにそれは正論ね。姫さま、いかがいたしましょうか?」
よっしゃ師匠も納得した!
「おいしいのが食べたいしね。ちょっとくらい待ちましょうか」
輝夜さま最高!
「えーと……うどんげウドンさん。発酵には後どれくらいかかりそうかしら」
「い、一時間くらいだウドン!」
あせって語尾に変なのつけちゃったけど気にしない。
「じゃあ、てゐ。あと一時間後にまた集合ということでお願いね」
「はーい、分かりました永琳様。みんな聞いたー? 年越しウドンは後一時間後ねー」
はーい、と返すウサギだち。
よ、よかった……少なくともこれで、師匠たちを説得する時間が一時間――。
「ところでルイ16世」
はい? なんでしょうかてゐさん。
「ウドンってコシを出すために、たくさん踏んでつくるんだって。永琳様がいってた」
ちょ
ひぎぃ
☆
私が目を覚ますと、師匠の部屋の布団に寝かされていた。
隣には心配そうな師匠の顔。
「……師匠、私……?」
「てゐのラリアート一撃でのびていたのよ。さすがてゐ、最近プロレスに凝っているだけはあるわね」
踏むって言ってなかったかあいつ。
「あの、……時間は?」
言うまでも無く、次の公開ウドンまでの時間だ。
確か一時間とか言ってたはずだけど。
「三十分くらい寝ていたから、後三十分でしょうね」
三十分……。
「みんな、あなたのウドンを心待ちにしているわよ」
そんな。
私は……。
私は後三十分でウドンになることができるのだろうか。
汁、麺、湯気。
物体の三態が見事にそろうウドンという食物を一介のウサギでしかない私が表現するなんて――。
無理だ。どう考えても無理だ。ブタが逆立ちして空飛ぶくらい不可能だ。
そんなことできるはずが無い。
できたとしたら、それはまさに奇跡の表現だ。
「し、ししょぉ」
あまりのプレッシャーに搾り出されるかのように師匠を呼ぶ。
やばい泣きそう。
「いい、うどんげ。よくお聞きなさい」
そんな雰囲気を敏感に感じ取ったのか、師匠は優しい顔で返してくれた。
「一杯の掛けそば、というお話を知っているかしら」
知らない。
「昔々、あるところにとても貧乏な二人がいてね」
……。
「二人で蕎麦屋にはいったのだけれど、かけそば一杯分しかお金が無い。そこで、その二人は一杯のかけそばを仲良く分けて食べたというお話」
そこまで語った師匠は私を見据え、ぴんと通る声で言い放つ。
「うどんげ。貴女がウドンをすることで、永遠亭の皆はこの昔話の二人のように仲良くなれるのよ」
ひとつ間を置き、よく息を吸って。
「がんばりなさい、うどんげ」
し、師匠……。
師匠がそこまで考えて私にウドンをやらせようとしていたなんて。
「は、はい! 私がんばってみます師匠!」
「よく言ったわうどんげ。じゃあこれから三十分、私に出来る限りの修行をつけてあげる」
「お願いします!」
・ざるウドン
「もっとざるを体の一部のように!」
「こうですか! こうですか!」
・たぬきウドン
「師匠! たぬきがいません!!」
「たぬきっぽかったらウサギでもいいから捕まえてきなさい!」
・狐ウドン
「私と融合してもらおうか八雲らぁぁぁん!!」
「藍とウドンゲの境界をいじるわね」
「おいなにやってんだ紫さまぁぁぁぁ!!」
・猫ウドン
「私と融合してもらおうかちぇぇぇん!!」
「橙になにするつもりだこらあぁぁぁ!!」
「橙とうどんげの境界を――」
「だからなにしてんだあんたはあああぁぁ!!」
・焼きウドン
「熱いって! 熱いって!」
・素ウドン
「脱ぐの! 素になるまで脱ぐのようどんげ!!」
「ちょ、ししょ、これは素すぎですって! すべすべですよ!」
・かけウドン(お約束)
「かけてください! もっとかけてください師匠!!」
「こうか! こうか!」
・ぶっかけウドン(お約束改)
「かけすぎです師匠! かけすぎですって!!」
「まだまだぁー!!」
・月見ウドン
「……疲れた……」
「ほら見て御覧なさいうどんげ。月があんなにも綺麗」
「私……立派なウドンになれたんでしょうか……」
「大丈夫よ、自分では気づいていないかもしれないけれど、貴女はもう立派なウドンになっているわ」
☆
時は来た。
私は今、永遠亭の廊下にいる。
目の前には大広間のふすま。
てゐの合図と同時に、大広間に入る予定である。
「すー」
ひとつ深呼吸。
大丈夫だ、あんなに練習したのだ、もう私はうどんげという一種類のウドンなのだ、そうなのだ。
――では、ルイ16世ウドンに入場してもらいます
きた。
というかルイ16世って私か。鈴仙・優曇華院・イナバ→R・U・I→ルイ→ルイ16世ってことなのか。
――どうぞー
「鈴仙、ウドンで入ります!」
すぱんと音を立ててふすまを開けた。
瞬間、私を見たウサギたちがどよどよっとざわめく。
――なんだあいつは……本当に鈴仙なのか?
――いや、おかしい、だってあれはどうみたってウドンじゃないか
――ばっか、よく見ろよ。あのへにょり耳は鈴仙だろう
――た、確かに。それにしたってあれはウドンだ
――相当な修行を積んだんだろな
――さすが鈴仙だぜ。原形をとどめながらも完全にウドンだ
よし! よし! 皆私から醸し出るうどんというKIAIを認識している。
修行の成果が出たんだ!
中央まで躍り出た私に、てゐが語りかける。
「さあ、ここはあえて鈴仙と呼ばせてもらうわ。鈴仙、渾身のウドン。みせてくれるかしら」
「まかせて」
心を集中させる。
思い描くのはウドン。
ウドン。
ウドン――
――み、見ろ! さっき以上に鈴仙がウドンに見える!
――本当だ……信じられん
――なんだ、この……鈴仙からあふれ出る大量のオーラは……
「間違いないわね、永琳。これは……」
「ええ、仰るとおりです。姫様」
間違いない。目には見えぬが。
このオーラは間違いなく。
うどん気(うどんげ)
「はあああぁぁぁぁ!!」
私はありあまる力を解放しようと肢体に力を――
「その辺で止めておきなさい、うどんげ」
いれようとして師匠に止められた。
師匠はゆっくりと首を左右に振る。
「……もう十分よ」
ふと気づいて辺りを見回すと、集まっていたウサギたちが、私のあまりのウドンっぷりに怯えおののいていた。
「師匠……私……」
「あなたはね、うどんげ。……力を求めすぎた結果、力に溺れたのよ……」
「そんな……私、私、わたし……」
まるで自分が自分でないかのような感覚。
そんな、私はただ、皆においしいうどんを食べてもらいたかっただけなのに。
なんで、こんなことに。
がくりと膝を突く。
自らの顔を両手で覆い、イヤイヤをする。
「し、ししょぉ、わたし――」
叫んでしまおうかと思った。
「大丈夫、うどんげ」
師匠が私の体をぎゅっと抱いてくれる。
ゆっくりと言い聞かせてくれる。
「言ったでしょう。一杯のかけそば」
はっと我に返り、師匠の肩越しに見える光景。
「大丈夫? イナバ」
いつもは何にも無関心な輝夜さまが、私を心配してくれている。
「落ち着きなさいよ鈴仙」
憎まれ口ばかり叩いているてゐが、私をなだめてくれる。
「貴女のうどん気は、皆の心をひとつにするのよ」
そして厳しいはずの師匠が私の頭をなででくれる。
「み、みんな……ありがとう、ありがとう――」
そうだ。
永遠亭は皆で一つ。
誰が欠けても一にはならないのだ。
そう、それこそが永遠亭。
私たちの、一杯のかけそば。
ならぬ、
一杯のうどん気なのだ。
HAPPY END!
舌の撒き具合がどういう風に素敵なのかめっちゃ気になるんですが。
あとこのうどんげって食べちゃっていいんですか。
かけウドン下さい。
なんか押し切ってしまうパワーを感じました。
あ、これは何ですか?
『召し上がる直前におかけください』と書いてますよ?
さぁ、あなたは
かけますか? かけませんか?
たった三十分の修行で此処まで開眼しようとは!
ウドンも侮れん!
「おいなにやってんだうにかたさまぁぁぁぁ!!」
というわけで感想:素敵でしたw
うどん気
わからんが笑った地点で私の負けだw
お見事でした。
つーか猫ウドンって何!? うどん気って意味不明だよ! ワケわかんないよ先生!
だが素晴らしい。ここまでワケワカなはずなのに盛大に笑わせていただきました。ごちそうさまです。
・・・そして私にも素ウドン一杯いただけますk(幻朧月睨 -ルナティックレッドアイズ-
・・でも面白いので良しとする
あ、素ウドンお願いしm(ry
うどん修行の内容が見事に連結している辺り、私の感涙を誘いました。(略)うどんてw
こんなに可笑しい話なのになぜか最後まで違和感無く読めた
なぜかすごくうどんが食べたくなってきたぞ
地味にてゐが狂ってる