Coolier - 新生・東方創想話

月まで届け、秋水の炎 <7>

2006/02/08 22:08:33
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<7> 『それぞれの夜 ~ the End of a Chapter』

◆第百二十季 文月之八(7月8日)夕方 魔法の森 香霖堂


魔法の森の入口には、幻想郷で数少ない店が存在する。いや、ここしか無いと言った方が適切かもしれなかった。
店というのは平安末期頃に現れた常設の小売店「見世棚みせだな」が略され、漢字が当てられた事に由来する。
香霖堂は、その店であった。少なくとも、店主がいて品物を売っているのだから、それは店である。
しかし、香霖堂の主人は、どちらかというと趣味で店を開いている傾向があった。

香霖堂店主、森近霖之助は、相変わらずの暇生活ライフを送っていた。
ある程度人通りが予想されるこの魔法の森の入口に店を構えたのは良いが、ほとんどといって客が入ってこないのである。
客と言えば、博麗霊夢、霧雨魔理沙、十六夜咲夜、そしてたまに八雲紫がやってくるが、それくらいである。
しかも霊夢と魔理沙は何でもかんでも勝手に商品を持っていく。霊夢の場合はツケであり、魔理沙の場合は略奪に近かった。
だが、霖之助は文句は言わなかった。それは、2人を小さい頃からの顔見知りという配慮かもしれなかった。

十六夜咲夜の場合は、きちんと代金を払うので文句は無い。
代金といっても、それは霖之助の力では手に入らないような外の世界の物品アイテムだった。
この無何有郷げんそうきょうはある意味で経済システムが整っていないため、金銭云々についてそもそも取り扱う方がおかしかった。
荘子が生きていれば、果たしてどう思うだろうか。

それでも香霖堂という店が成り立っているのだから、なんとも不思議な話である。
咲夜は紅魔館に必要な物を仕入れ、霖之助は自分で手に入らない物を代価として受け取る。
これが、今現在の幻想郷の商品流通であった。

八雲紫は客なのかそうでないのか、正直良く分からなかった。
突然スキマを使って現れ、どうでも良い雑談をして去っていく。
本当に何がしたいのか、よくわからないが彼女であった。
だが、霖之助は紫に文句は言わなかった。

紫が話題にする外の世界についての話を聴くのは楽しいし、2人でお茶でも飲みながら談笑するのも楽しい。
いつもひとりで暇をしている彼にとっては、暇つぶしには最適であった。



そんな霖之助は、今日も1日暇であった。掃除をしたり、体裁を整えたり、新聞を読んだりしたが、とにかく暇だった。
季節が季節なため、午後6時を回っても外は夕焼け空である。
窓から見た茜色の空は、雲ひとつない良い天気であった。

「こんばんわ、霖之助。お邪魔するわよ」

彼が『文々。新聞』の夕刊を読んでいた時、彼女は唐突に現れた。
スキマを使い突然出現し、香霖堂の床に着地する。
境目に潜む妖怪、八雲紫であった。

「こんばんわ。どうでもいいけどドアから入ってくれないものかね?」
「別に良いじゃない。来れれば良いのよ。それにしてもここは涼しくていいわね。外は暑すぎるわ」

紫は八雲卍傘を折りたたむと、側にあった傘立てに置いた。
暑いのならば、この夏に暑そうな導師服は着るなよと霖之助は思ったが、口には出さなかった。
扇子を広げ、紫はパタパタと動かして風を送った。

「それで、今日は何の用だい。お買い物? それとも雑談?」

今まで何度も同じ事をやってきたので、霖之助は紫のやる事を覚えてしまった。
いや、買い物は今までした事が無いからやはり雑談だろうか。
しかし、紫はその2つとは別の事が目的であった。

「八卦炉作成の依頼。引き受けてくれるかしら?」

紫は近くに置いてあった椅子に腰掛け、腕と足を組みながら言った。
その姿は、それだけで貫禄があった。

「それも、石川島播磨IHIが造るくらいの、とびきり高出力のヤツをね」

紫は笑みを浮かべて言った。
その理由は、この仕事は彼ならばできると確信していたからだった。
幻想郷において、このような専門的な仕事ができるのは彼しかいない。そう踏んでいたからだ。

「いきなり何を言い出すと思ったら…」
「出来るの? 出来ないの?」
「そりゃまあ、造れと言ったら造るさ。物理的に可能なんだしね」

霖之助は自分の意見を明確に述べた。彼は、紫が所望する物とほぼ同じ物を以前に造った事があった。
霧雨魔理沙が実家を飛び出した時、彼はせめてもの餞別せんべつに造ってやった魔法道具マジックアイテムがある。
それが魔理沙が肌身離さず持つ、ミニ八卦炉という物であった。

魔理沙は人間であるため、魔力備蓄量が魔女パチュリー魔法使いアリスと違って少ない。
そのため、魔力消費型のスペルカードと合わせて使えるこのミニ八卦炉で、自身の少ない魔力をカヴァーしているのであった。
例えば、恋の魔砲マスタースパークを使う時は、ミニ八卦炉の補助無しには撃てない。
魅魔が言っていたのはこの事である。

他に冷暖房や魔法の実験などにも使用できるこの道具は、魔理沙には必要不可欠なものとなっていた。
事実上は何度使用しても壊れないが、念のため、魔理沙は定期的に霖之助に点検して貰っている。

「でも、君が何でいきなり八卦炉を? それも、とびきり高出力って…」

霖之助は、紫が戦争でもするのかと思っていた。
ミニ八卦炉でさえ、山ひとつ消滅させる程の威力を持つ。
それが「とびきり高出力」ならば、白玉楼の二百由旬ある庭をまるごと焼き払うくらいの攻撃力を持つ計算かと彼は考えた。

いや、待てよ。
IHI(霖之助は、それが外の世界のジェットエンジン開発企業である事は知っていた)を例えにするのだから、航空用発動機か?
それならば、思い当たる節があった。新聞で読んだ、墜落した飛行機があったっけ。

「人里に突如現れた飛行機を再び飛ばす、って事かな?」
「流石霖之助ね。ご名答よ」

紫はニヤリと笑って言った。彼女は、ここまで物事を変換して考えられる霖之助の頭脳に感心した。

「でも何で君がこんな事を? あの飛行機は、図書館に輸送されたんじゃなかったのか?」

霖之助は、それがパチュリー・ノーレッジの手によって修理される事に繋がるのは読めていた。
パチュリー自身、ロケットに興味がある事は、『文々。新聞』を購読している人間ならば読み取る事ができたからだ。

「だからその願いを私が叶えてあげようと思ったのよ。スキマを使って観察させてもらったわ。
 あの魔女が秋水を修理するならば、せめて手伝いをしてあげようと、この私は思ったわけ」
「へぇ、エンジンは僕が造る事になるんだがね」

霖之助は苦笑しながら言った。紫もつられて笑った。

「いいじゃない。困った時はお互い様よ」
「まあ、そうだろうね」

霖之助はそう言うと、時計を見た。
いつもならば、そろそろ夕食の時間である。

「で、依頼は引き受けてくれるかしら?」
「君の依頼だ。引き受けないわけが無いさ」
「そ、ありがとう」
「どういたしまして」

そう言うと、紫はパチンと扇子を閉じた。

「そろそろ夕飯の時間かしら? じゃあ、依頼料として私がとびきり美味いご飯をごちそうするわ」
「えっ?」
「台所借りるけど、いいわよね?」
「ああ、構わないが…」

彼女が霊夢や魔理沙とほぼ互角の腕を持っている事は、霖之助は知っていた。以前に馳走になったからである。
今は式神である藍に家事は任せているが、まだひとりであった頃は自炊をする必要があり、実際にしていたのだろう。
そのために腕は良いが、今だ衰えていないという事だ。

「じゃあ、交渉成立ってわけね」

霖之助が呆気に取られていると、突然スキマが現れ、そこから次々と何かが落下してきた。
紫のスキマは倉庫なのだろうかと霖之助は思ったが、落下してきた物を見ると、絶句した。

「じゃーん。外の世界の日本では輸入が規制されてしまい、食卓から遠ざかってしまった上海ガニ♪
 他にも身が引き締まって美味しいお肉とお魚に、季節のお野菜♪」

このスキマ妖怪は、何がしたいんだと霖之助は思ったが、彼女が何を作ろうとするのは食材から理解できた。

「紫。君はこのクソ暑い季節に鍋をするつもりなのか?」
「あら、ここは涼しいからいいじゃない」

香霖堂は冷暖房完備である事を紫は言っていた。

「…そういう問題じゃないと思うが」
「嫌なの?」
「別に嫌なわけじゃないさ。君の手料理が食べられるのならば、素直に喜ぶよ」






結局、霖之助の予想は的中し、彼と紫は夏に鍋を突っつきあうという晩飯を摂る事になった。
霖之助は、まさか彼女と一緒に食事をするなんてと思っていた。しかも、紫の手作りである。
買い物や至極どうでも良い話はするが、そこまで一緒になった事は無かったからだ。

「さ、遠慮しないで食べて食べて」

腕まくりをした紫は、10人が見れば10人が一目惚れする程の笑顔を霖之助に見せて言った。
室内であるため、いつも着用している帽子は脱いである。
場所は彼が居住区とする所であり、テーブルの上にはカセットコンロに鍋が置いてあり、ぐつぐつと煮えている。
テーブルの周辺は綺麗に片付いており、丁寧に掃除されていた。

「じゃあ、遠慮せずに頂くよ」

と、霖之助が箸に手を付けた、その時だった。

「はい、あーん」
「……………」

霖之助は何も喋れなかった。
このスキマ妖怪は、一体何をしているのだろう。
右手めてに箸(箸には既に煮えている鮭が挟まれている)、左手ゆんではこぼれた時を考えて、落としても手に落ちるように構えている。
その表情はとてもにこやかであり、彼ですら顔が赤くなっていた。

しかし、ここでどうこうしていても意味が無い。霖之助はおとなしく、紫の指示に従った。

「どう?」
「…ああ、美味いよ」

口にはそう出したが、心では、もしこれが射命丸文に記事にされたらどう説明してくれるんだ、と霖之助は思った。
一面はこうだ。『香霖堂店主と八雲紫、ラブラブ夕食』とか、そういうの。
それだけは止めて欲しい。霊夢と魔理沙にどう言えばいいんだ。
だが、自分と紫がこうやって共に食事しているのは事実だし、新聞記者は事実を伝えるのが仕事である。

「ふふっ。私達まるで、新婚さんみたいね」
「よせよ」

霖之助はきっぱりと言った。

「でも、悪くは無いな」
「何が?」
「僕が君とこうやってご飯を食べている事だよ。何だか新鮮な気分さ」

そう言うと、霖之助は紫が持ち込んだ酒を一口含み、美味そうに飲み干した。
酒は良く冷えていた。紫の家には、物を低温に保つ式神れいぞうこがあるのだろうか。

「新鮮ねぇ」

紫はそれだけ言って、霖之助と同じように酒を飲んだ。
霖之助は紫が何を考えているのかさっぱりわからなかったが、紫自身、そこから何を考えるのかわからなかった。
紫は紫で霖之助が何で「新鮮な気分」を覚えたのかを考えていたが、止めた。
ご飯を食べている時に思考などいらない。細かい事にはこだわらない方が良いと漸次考えているからだ。

「もし、これが最後の晩餐と考えてしまったりね。僕はそう思っちゃうんだよ」
「やめてよ。縁起でも無いわよ」

紫は苦笑しながら言った。彼女は十六夜咲夜のように猫舌では無いが、外の世界では高級品に分類される豚肉をはふはふと食べた。
食品につけるタレは、外の世界の高知県なる場所で生産されたポン酢で、鍋の汁で薄めるのが紫流の食べ方だった。
この柑橘かんきつ類の風味がたまらない。やはり鍋はポン酢である。

「まあ、確かに宴会は皆でワイワイやるのが楽しいよ。鍋も中華もそうだな。
 だけど、僕は君と2人で食べるのが一番好きかな」
「あら、お上手ね」
「別にそんな気はないけど」
「どうかしら? 殿方はその手の発言が得意だからね」

紫が言うと、2人は何処かのネジが外れたかのように大笑いをした。
笑うという感情は人間にとっては当たり前であり、ごく普通の行為である。
しかし、八雲紫が大笑いをする姿を見る事の出来た森近霖之助は、ある意味で幸運な男であった。
何故ならば、彼女は決して普段は馬鹿みたいに笑わないからである。

「ねえ、霖之助」
「何だい?」
「今日、ここに泊まってもいいかしら?」
「げほっ!」

気管に入ったのか、突然霖之助はむせ始めた。

「な、ななななな……。ゆ、紫。…君はいきなり何を」
「あら、私は本気よ」

ちょっと待てと言い出そうになったが、彼はあえて言わなかった。
どうせ、このスキマ妖怪は、無理矢理無理難題や言いがかりその他諸々云々を言いつける。
その相手をするならば、おとなしくしていた方がマシだ。

「…構わないよ。ただし、僕に迷惑はかけない事。それだけは守ってくれ」
「ふふ、わかったわ」

紫は妖艶な笑みを浮かべて言った。
しかし―――霖之助は思った。

自分はどうして、この女性が好きになってしまったのだろうという事を。






■第百二十季 文月之八(7月8日)夜 博麗神社


幻想郷の住人は、基本的に毎日が暇である。
外の世界と違い、学校に行ったり職場に行ったりする必要の無い彼女達は、日々このような日常で暮らしていた。
たまに大きな騒動があるものの、それは一時的なものであり、解決した後はまたいつもの日々が待っている。

普段は魔法の森に住居を構え、そこで生活している霧雨魔理沙もそのひとりだった。
そのひとりであるが、魔理沙は基本的に暇ではなかった。

1日が始まれば、常に新しいスペルカードを開発するために研究を行う。
普通ならば、自身の所有する魔法関係書で事足りるのであるが、もっと複雑な術式構築が必要になってくる場合は本を借りる。
いや、彼女の場合、貸借ではなく略奪だった。連日ヴワル魔法図書館に襲撃を仕掛けているのは、それが理由であった。

恐らく、幻想郷一弾幕を楽しんでいる魔理沙は、それと同時、題目のように唱えている目標があった。常勝である。
魔理沙は、勝負事は勝たなければ意味が無いと考える性分(魔理沙ではなくても勝負事ならば誰もが皆そう考えるだろうが)である。
だからこそ、常日頃から、勝つための修行は欠かせない。

そんな魔理沙が弾幕勝負において、未だに勝利していない相手がいた。博麗霊夢である。

魔理沙は、今までずっと霊夢には勝てなかった。後一歩の所で追い込んだり、相打ちになった事はあった。
しかし、それは勝利ではない。自分は地面に足をついて立ち、相手は地面に倒れなければ、それは勝利ではない。
霧雨魔理沙は完全なる勝利を求めているのであって、完全なる敗北と完全なる引き分けは求めていない。
故に、霊夢に勝つため、毎日鍛えているのである。

魔理沙はスペルカードという戦略と、自身の体力という戦術の両方を同時に修行をしている。
その甲斐あってか、フランドール・スカーレットには難なく勝利した。だが、霊夢には勝っていない。
だからこそ、勝つために鍛えるのである。霊夢に勝つために努力をしているのであった。
同時、魔理沙は何の修行もしていない霊夢に負ける事が、常に悔しいと感じていた。

霊夢にはその気は無いが、魔理沙は霊夢に勝つという強い信念がある。
その熱き思いは胸にしても、普段の博麗霊夢と霧雨魔理沙は、酒を酌み交わす仲の良い親友同士であった。

そんな魔理沙は、本日2度目の博麗神社訪問を行っていた。

「で、何であんたはこんな時間にここにいるのよ」

博麗霊夢は、畳床の伝統的な日本家屋の住居で緑茶をすする霧雨魔理沙に言った。
客人は客人であるので、霊夢は素直に魔理沙に茶を出していた。

「霊夢に会いたいからに決まってるじゃないか」
「え……?」

思わず霊夢の顔が赤くなった。
今日の朝、あんな事をしてしまったのだから、その染まりようはかなり濃かった。

「ちょっ、魔理沙…、そ、それって」
「だーはっはっは!!!」

霊夢が言うと、魔理沙は途端に大声で笑い出した。

「あはははは、あー、傑作だ。お前は本当に顔に出るなぁ」
「う………」

困惑する表情を見せる霊夢を尻目に、魔理沙は大笑いをした。
普段は強気な性格の霊夢であるが、そういう人間は言葉で責めると弱い一面を見せる。
魔理沙はそんな霊夢の性格は、アリスに似ていると思っていた。

「やっぱり嬉しいのか?」
「…う、うん。…会いに来てくれたのは嬉しいわよ」
「そっか。なら言えよ。全く…素直じゃないな、お前は」

魔理沙はそう言うと、立ち上がって移動した後、霊夢の隣に座る。
その表情は真剣そのものであり、霊夢の瞳をじっと見つめていた。

「え?」
「…霊夢、好きだぜ」

呟くと、霊夢の身体をぐいと自分の方に寄せる。
そして、間髪入れずに自分の唇を霊夢の唇にあてがった。

「ん……」
「あ……」

魔理沙は霊夢の身体を抱きしめ、熱い抱擁と熱い接吻を行った。
自然と目は閉じられており、心と全身で霊夢を愛する。
彼女の心では、己の霊夢に対する激しい想いが沸騰していた。

「はぁ……、霊夢」

唇を離し、呟く。
たった一度の接吻であるが、魔理沙は全身で呼吸を行っていた。
心臓は、このまま張り裂けてしまうのではいうくらいに鼓動を行っている。
魔理沙の顔も真っ赤に染まりあがり、目の焦点は合っているのか合っていないのかわからなかった。
ただ、自分の眼に映る霊夢は、ややかすんでいるのは事実であった。

「…魔理沙」
「んっ……」

魔理沙は再び霊夢に唇をあてがい、今度は霊夢を押し倒した。
畳に霊夢の身体が触れ、魔理沙は先程よりも強く霊夢を求める。
ぴちゃぴちゃと淫猥な音が、唇と唇の間が聴こえた。
舌と舌と絡ませ、互いの唾液を交換する。

と、ここで魔理沙の理性が復活した。自分は、果たして何をやっているんだろうということも、明確にわかった。

「あ、……ああ、………あああ。わーっ! わーっ! ち、ちちちちち違うんだ! 
 こ、こここここれは、ああああの、あのな、あのな、たたたたた頼む、おおおお落ち着いてくれ。そ、それはだな―――」
「別にいいわよ」

起き上がりながら、霊夢は言った。
霊夢はにこやかに表情を作り、魔理沙に見せる。

「…嬉しかったの」
「………え?」
「魔理沙が…その、こんな風に襲ってきてくれるなんて。思ってもなかったから……ね」

と、霊夢は言った。

「あ……ああ、だ、だけどよ。ほ、ほんとぉっにごめん!」

魔理沙は両手を合わせ、頭を下げて言った。

「いいのよ。……嬉しかったのは本当だし。それに、何だか汗かいちゃったわね」

現在の季節は夏である。
気温が下がる夜でさえ、人間にとっては暑いと感じる気温にまでしか下がらない。
霊夢と魔理沙にとってはあの程度の行為ですら、この季節は汗が吹き出てしまう。

「あ、ああ、風呂だな。任せておけ、私がちゃっちゃっと」
「魔理沙」

立ち上がろうとした魔理沙に霊夢は言った。

「その、……一緒に入らない?」










突然の霊夢の誘いに最初こそは戸惑ったが、魔理沙はそれを承諾していた。
決して快くではなかったが、彼女自身、それを断る理由は無かった。

この季節に熱い湯は多少は合わないが、それでも2人は42℃の湯船に嬉々ききとして浸かっていた。

「あー、生き返るぜ…」

魔理沙はそう言うと、湯をすくって顔にばしゃりとかけた。
両手で顔を拭き、笑顔を作る。

「何処かの年寄りみたいね」

横で霊夢が呟いた。変な顔をしている。

「そう言うなよ。風呂ってのはそういうもんだろ?」
「そりゃ、そうかもしれないけど」

風呂に入る事は、髪と身体を洗い、湯に浸かる事で1日の汚れを落とすのがその意義である。
しかし、最近は幻想郷の住人も風呂にある種の嗜好を持ち込んでいた。

例えば、何かをするわけでもないのに何時間も意味も無く風呂に浸かっていたりする事は、この世界でも普通であった。
本を持ち込んで湯船に入りながら過ごす事も、最近は半身浴という一種の健康法まで発見されたそうである。
つまり、物理的と精神的な意味を持つという事だった。

顕著な例が魔理沙だった。
彼女は常日頃から鍛錬を欠かさないため、汚れと疲れを落とすこの風呂をある意味神聖なものと捉えていた。
汚れを落とし、疲れを癒し、風呂に入りながら今日の反省や明日の計画を立てる。
1日の終わりを迎えるにおいて、入浴は大事な行動、そう考えていた。

「魔理沙、思った事があったんだけどさ」
「ん、何だ?」
「その、さっき背中洗っている時気付いたんだけど、…傷、あったわよね」
「ああ、あれか……」

霊夢は魔理沙の背中を流してやったのだが、その時彼女は魔理沙の背中に傷跡があったのを確認した。
見立てでは身長は恐らく5尺2寸(約156cm)。腕も足も細い方で、実は華奢きゃしゃな体付きである。
それなのにこの傷。霊夢は魔理沙が身を削ってまで過酷な特訓とかをしていると思った。

「あれは何年前だったんだろうな。今となっちゃ、本当に懐かしい思い出だぜ。
 怪我なんていつもの事だった。まあ、そうでもしなきゃ一人前にはなれないからな。
 で、無茶しすぎて、何度も何度も香霖に手当てして貰ったっけ」

香霖というのは森近霖之助の事で、魔理沙が彼を呼ぶ時の呼称である。
霖之助は「香霖堂」という道具屋の店主で、呼称は恐らく店名から名付けられたのであろう。
手当てというのは、霖之助は魔理沙の実家に魔法の修行に訪れた時があり、その縁で霖之助と魔理沙は古くからの顔見知りであった。

「……そうなの。…あんたも苦労してるのね」
「まあな。それもこれも、立派な魔法使いになるための修行だからなぁ」

修行、か。と霊夢は思った。その単語は、霊夢にとっては全く合わない言葉であった。
昔から修行嫌いで向上心が全く無い。
努力が報われる事をてんで・・・信じていない彼女は、何事も一所懸命に取り組む事を嫌っていた。
それでも、博麗霊夢は(弾幕勝負においては)滅法強かった。

「でも、不思議よね」
「何がだ?」
「私は修行嫌いの巫女で、あんたは修行第一の魔法使い。そんな2人が戦って、私が勝つのはおかしい話よね」
「ははは、それを言っちゃおしまいだぜ。でも、確かに勝てないよな、私。何でだろ」

魔理沙は天井を見上げて言った。
霊夢は何かを考えたが、黙っていた。

「―――嫌な事、思い出させないでよ」
「え?」
「…実は嫌いなのよ。あんたがボロボロになって、涙流して、血だらけになっても私に立ち向かってくるのが。
 それが本当に虚しくて、馬鹿馬鹿しくて、……ふふ、何だか私、変ね。何で………何で………」
「………馬鹿野郎。何でお前が泣くんだよ」

霊夢は自然と自分の瞳から一線の雫が流れているのに気付いた。
つまり、霊夢は魔理沙を傷付けるのに罪悪感を持ち、魔理沙は霊夢を倒す事が先決と考えていた。
この捉え方の違いにより、2人は疑問を持ちながら戦い、すれ違っていった。

「勝負に私情は捨てろ。何だよそれ、戦う意味がないじゃないか」

魔理沙は呟いた。

「でもな、私はこう思ってるんだ。お前との出会いと、お前とのあの戦いがあったからこそ、今の私がいると思っているんだ。
 お前は私がいなければ一生孤独で、私はお前がいなければ一生孤独だった。
 だから、だからな……、孤独な巫女はくれいれいむ孤独な魔法使いきりさめまりさは、今を生きていられるんだよ」

魔理沙はそう言って、鼻をすすった。
自分らしくもない。何で私が泣いているんだ。

「ああ、そうだな。…たまには泣く事もいいかもな」
「そうよ。…きっとそうよ。泣きたければ、泣けばいいじゃない」

霊夢はうつむいたまま言った。

「なんだかなぁ。悲しむのは私の特技じゃないんだがね。私は泣きたくないんだよ。そうだなぁ、私はこれがしたいぜ」

魔理沙は右手の親指と人差し指で作った小さな輪を口元で傾け、そう言った。

「そうね。やっぱり私達はこれよねぇ」

霊夢の顔に笑みが戻った。
ああ、やっぱりそうだ。私は、魔理沙がいるからこうやって笑っていられるんだ。

「そうだよ。そうに決まってるぜ」

魔理沙もにこりと笑って言った。

「あ、そういえばさ、昨日は七夕だったな。霊夢は何てお願いしたんだ?」
「……言わなきゃ駄目?」
「駄目」

魔理沙はいつもの表情をしていた。
どうやら、これは言わなければならないようである。

「『いつもの退屈な毎日が、ずっとずっと続けばいいな』 これが願いよ。………本当よ」
「………奇遇だな。私も殆ど同じだぜ」
「え?」
「……まあ、私は『お前と過ごす日々に、終わりが来ませんように』ってな。全く、いい年して何書いてるんだか」

魔理沙の顔は赤くなっていた。それは魔理沙の本望かもしれなかった。
妖怪や吸血鬼と違って、自分の命には限界がある。だからこそ、空想でいいからそんな願いを書いたのであった。
それに、霧雨魔理沙は恋に恋する乙女である。その言動と行動からは見当も付かないが、中身は正真正銘の女の子であった。

幻想郷の1日は、終わりを告げていく。
そして、新たな1日を迎える。

それの繰り返しが行われ、時間は流れていく。
時の流れは、誰彼も逆らう事はできない。そのため、誰もは一度は過去に戻りたがる。
しかし、残酷な仕打ちである。時の流れは、止める事はできても、遡る事はできないのだ。
ならば、前に進むしかない。人生という長い一本道を、途切れるまで進むのだ。

命に終わりにある巫女と魔法使い。
彼女達は、互いを本当に大事な存在と考えている。



願わくば、この物語に、終わりが来ませんように……。







■第百二十季 文月之九(7月9日)深夜 人里 上白沢慧音の家


上白沢慧音は、今日も今日とて自身の仕事を黙々と行っていた。
それは、日付が変わっても変化するが無い、彼女にとっての「日常」でもあった。
藤原妹紅は、良い夢を見ているだろうか。

カンテラの中で燃え盛る炎を明かりに、慧音は淡々と歴史編纂作業を行っていた。
彼女は半人半獣であり、視力や体力は少なくとも人間より上回っている。
しかし、どうしても疲労というのは隠せない。自らの使命感のみを最優先してしまい、そのために体調を崩しかける事もあった。

左手ゆんでに辞書、右手めてに筆。
最近は外の世界から持ち込まれた鉛筆、シャープペンシル、ボールペンなる道具が普及し、墨をる手間が省け、慧音は大層喜んでいた。
だが、書かないといけない事は変わらない。それでも慧音は仕事をしていた。
ちなみに、香霖堂にワード・プロセッサーなる式神が入荷したのを、慧音はまだ知らなかった。
恐らく、知ったら知ったで彼女は仰天するだろう。

「ふぅ……」

ある程度区切りが付いた所で、慧音は眼鏡を外して目薬を注し、眼をしばたたいた。
彼女は昼間は眼鏡はかけていないが、夜間はかけていた。どうも最近は視力までもがかんばしくないようである。
いかんいかん。この程度で弱音を吐いてどうする……。

「慧音殿」
「ん? ……豊彦殿か。まだ起きていたのか?」
「何だか眠くなくて。それと慧音殿、あんまり無理しすぎると身体に毒ですよ。何か作りましょうか?」

そう言ったのは犬塚豊彦だった。
眠れないのはそれなりの事情があるのだろうか。

「それならココアを頼む。うんと甘いやつな」
「了解」

犬塚豊彦は笑顔を浮かべて慧音に言った。

手際が良いのか、すぐにココアの用意はできた。
カップに注がれた薄茶色の液体は、湯気と共に馥郁ふくいくな香りを漂わせた。
カカオの種子を煎って脂肪分を取り除き、温めた牛乳に数杯投入し、混ぜた飲み物である。すなわち、ココアである。

「はい、どうぞ」
「ああ、ありがとう」

慧音は腕を大きく天井に伸ばしながら言った。ボキボキと嫌な音が響いた。
同時に首も回してみると、これまたボキボキと小気味良い音を轟かせた。
カップを手に取り、息で少し冷ましてからココアを口につけて飲む。
暖かく、牛乳と良い比率で混ざったココアは、申し分無い味わいを慧音に提供した。

しかし、どうしてこの飲み物はこう精神を落ち着かせるのだろうか。
コーヒーと違って苦くないからだろうか。紅茶と違って甘いからだろうか。
一度飲み始めた途端、あまりの美味さに慧音はすっかりココアのとりことなってしまい、今では精神安定剤の役割を果たしていた。

「しかし、凄い数の本ですね…」

犬塚は、机の上に並べられている本を見て言った。
見れば大半が辞書類であった。それは慧音の所有物であるためか、所々に付箋ふせんがしてあった。

「まあな。これだけ大量にあると、何処に何があるのかわからなくなってくるよ」

眼鏡のズレを直しながら、慧音は苦笑いしつつ言った。犬塚は、それが軽い冗談であるのはすぐにわかった。
彼女は整理整頓はきっちり行い、掃除もびしっと行うタイプであるのは、家全体を見ても理解できるからだ。

「ですが、そこまでして慧音殿は歴史を残したいと?」
「言っただろう。幻想郷の歴史が解明されれば、あんな馬鹿な事をする連中がいなくなる。
 例えそれが本となっても、彼らは事実と信じるからね」

つまり、慧音は幻想郷についての歴史書が発行され、その歴史書自身が捏造であっても彼らは真実と信じると思っていた。
知識無き物は知識有る物から知識を仕入れ、知識有る物は知識を知識無き物に教え、優越感に浸る。
このような、ある種の慣用句が出来そうなくらいであるが、慧音は真実を伝えるために身を削っている。

「はぁ、果たしてそうなのでしょうか?」
「間違いなくそうなると思っているよ。ま、彼らが歴史を知ればそれで良いと私は思っているからな。
 とりあえず、死人が出なければいいんだ。私は彼らが死ぬ所など見たくない」

慧音は、過去に滅んだ国の言葉で書かれた文献の翻訳をすらすらと行っていた。
彼女は一方で会話し、一方で西夏文字を解読していた。

「どういう意味ですか?」
「私はね……、人間を護りたいんだ。何故だか知らないが、彼らや妹紅は私が『護る』べき対象なんだ」
「護る………ですか?」
「ああ、護るのさ。荒々しい妖怪から人間をね」

慧音は言った。犬塚は何かを考えていた。

「豊彦殿もある意味そうだったかもしれないな。倒すべきである敵から、祖国と臣民を救うために戦ったんだろう?」
「…かもしれませんね」

犬塚は落胆したような声で言った。

「慧音殿、僕はいろいろ思ったんです。ここにある本を見て、考えたんです」
 何で僕達は、あんな戦争をしてしまったんだろうって」
「……そうか。そうだな。私も思ったよ。いくら理由があるとはいえ、結果的には勝者も敗者も最終的にはそう思うさ。
 敗者は何故敗れ、勝者は果たしてこの戦争の歴史的意義は何だったかと考えあぐねる」
「慧音殿は、戦争をどのようなものだと考えていますか?」

犬塚は言った。話が長くなりそうなので、椅子を持ち込んで座った。

「そうだな。まず、戦いは勝って終わらなければならない。そして祖国に利益をもたらす事だな。
 それも、戦費を何倍も上回る利益だ。結局の所、国家とは営利追求団体であり、戦争は利潤獲得のための行動だ。
 まあ、大国が気に入らない小国を叩き潰す事もあるけどね」

慧音は湾岸戦争とイラク戦争の事を言っているのであった。
そして、心の中で「あそこは石油もあるしな」と付け加えた。

「豊彦殿も知っているはずだ。日露戦争後の国民の行動。
 国民から見れば、増税してまで戦わなくてはならない戦争に勝ったのにもかかわらず、賠償金が得られなかった。
 故に日比谷焼き討ち事件が起きた。こう言えばわかるだろう。国民は、大衆は常に感情で動くという事を」

そう言うと、慧音はココアを一口飲んだ。

「だが、裏を言えばあの戦争は日本がロシアに勝つか、日本がロシアに滅ぼされるかの戦争だ。
 あの頃の為政者いせいしゃと軍人も、命をかけて戦っていた。しかし現実は利益だ。利益が得られなければ意味が無い。
 この辺、日清戦争で利益を得ているから、彼らの行動はわからなくないがね。
 しかし、全ては尽忠報国だ。豊彦殿の時代は、それが基本理念だったな」

それに対して、犬塚は「ええ、確かにそうでした」と相槌を打った。
尽忠報国とは、君主に対してまごころを尽くし、祖国のために報いる事、の意味である。
明治以来、国民教育の基本理念の言葉としてうたわれてきた。

「慧音殿は、恐らく戦略家ですね」

急に犬塚が言った。慧音は面食らったような表情をした。

「まあ、あくまで私の思考だけどね。多分それが主流だと思うよ。いや、そう私はそう思いたい。
 違うな、そうでなければ軍人は務まらんか」

慧音は言うと、苦笑いをした。

「例えば日本は2発の原爆を叩き込まれ、降伏に追い込まれた。その点は豊彦殿も理解していると思うが」
「ええ、本を読ませて頂きました」

戦争に負ける事自体は覚悟していた犬塚は、太平洋戦争関連の蔵書に記されている事を全て事実と受け止めていた。
それに、写真という事実を突きつけられれば、嫌でも現実と受け止めざるを得ない。

「もし私の手元に原爆があり、敵国は私がいる国とほぼ同じ国力を持つが、原爆は持っていないとしよう。
 豊彦殿、果たして私は何発原爆を使うと思う?」
「…そうですね」

犬塚は今までの慧音の話から推理した。
祖国に利益をもたらす手段が戦争ならば、原爆という方法で、取れる利益を潰してしまっては意味が無い。

「おおよそ、1、2発ぐらいでしょうか?」
「その通りだ。1発2発はためらいもなく落とす。原爆―――核兵器―――の場合、物理的攻撃より、心理的攻撃の方が大きいからな。
 大体、敵国の国土を全て滅ぼす戦争に何の意味がある。
 軍人は戦うためにいるのではない。戦う事によって、祖国に利益をもたらすために存在しているのだ。
 馬鹿でかい戦費を使って、それを上回らない利益を得られなかったら、死んだ方がマシさ」

慧音は笑いながら言った。

「それもそうですね」

先程の話を理解している犬塚にとって、それは確かな話であった。

「1発や2発で敵国が降伏してくれればなおさらだ。それで交渉のテーブルにつけるのならば、余計な戦費を使わなくて済む。
 豊彦殿は知らないだろうが、連合軍はダウンフォール作戦を計画していた」
「…ダウンフォール作戦?」
「連合軍による日本本土決戦の作戦名称だ。北方はソ連に任せる。ならばアメリカは太平洋側から攻め込む必要がある。
 九十九里浜上陸作戦の「コロネット作戦」と、九州上陸作戦の「オリンピック作戦」の2段階に分かれていた。
 この2つの作戦により、本土に篭る日本軍を包囲撃滅し、平和をもたらすというシナリオだよ」

喋り続けて喉が渇いたのか、慧音はココアを数回口にした。

「…そんな事が」
「もちろん、こんな事を現実にすればどうなるか、豊彦殿でも理解できるだろう。
 研究では100万の死者が出るとか言うがね。
 もちろん、こんな一方的な虐殺は合衆国国民には受け入れがたいし、余計な戦費を出さなければならない。
 だから原爆を使わざるを得なかったのさ。
 100万が死ぬより、広島と長崎合わせて約34万人死んだ方が、彼らにとってはマシだったのさ」

慧音は冷酷な感じに言った。
相手は軍人とはいえ、慧音は犬塚豊彦を心優しい人間だと見抜いていた。
さて、こんな言い方をして、どう反論してくるかなと慧音は思った。

「…慧音殿、戦争とは何ですか?」
「国家が敵国と戦い、勝利して祖国に戦費以上の利益をもたらす行為だ」

慧音は、死刑を求刑する裁判長のような声で言った。
犬塚はそれが現実である事を、文献から読み取っていた。
故に、約34万の非戦闘員を殺す事が、祖国に利益を、全世界に平和をもたらす行為だと信じざるを得なかった。
だが、果たしてそれが平和なのだろうか。それが正義なのだろうか。犬塚は、どうしても信じられなかった。

「いくらどうあがいても、歴史を捻じ曲げる事はできないさ。……豊彦殿、これは現実なんだ」

流石の慧音も感傷的になったのか、ある程度の感情を込めて言った。

「慧音殿……。……僕は、……僕は」

慧音は、犬塚が涙ぐんでいるのを理解した。
両膝に両手をつき、落胆した格好で犬塚は呟いた。
それを見た慧音はボールペンを置き、犬塚の方向を向いて立ち上がった。

「お主にとっては辛い話だがな。……現実は、現実なんだ」
「………慧音殿。……くっ、………僕は、………僕は」
「我慢する事は無いさ。…泣きたければ、泣けばいいじゃないか」

慧音はそう言うと、犬塚をそっと抱きしめてやり、背中を軽く叩いてやった。
少なくとも、自分にはそうやってやる事しかできなかった。
それと同時、いつの時代も、女性は一度はこうする事によって男性の悲しみを受け止めてやる必要があると思った。
まるで泣きじゃくる子供をあやす母親のようだなとも慧音は思った。



さて、これでどれだけの時間を使うのだろうな。
別にこれくらいの時間を消費しても、私の目的に狂いが生じるわけではないけれど。
そういえば、大日本帝国はアジア支配を正当化するために、大東亜共栄圏とうたっていたな。
率直に言えば、自らの版図はんとに加える事である。

ならば、日本人にとってその言葉は、大東亜共栄圏プレインエイジアと言うべきなのだろうか。
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コメント



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7.無評価名前が無い程度の能力削除
八卦炉の「真火」ってやっぱり核融合なんでしょうかね? 私も熱核ジェットの動力源として小説に使えないかと考えた事がありました。

>研究では100万の死者が出るとか

実際には出なかったでしょうね。アメリカは対ドイツ戦でも50万人の死者しか出していないのに。