Coolier - 新生・東方創想話

罪の花 [5/完結]

2006/02/07 06:15:13
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 地面に座り込み膝を抱えていたてゐは、何時の間にか自分の鼻の頭に白い花片が乗っていたことに気が着いた。小さな花びらである。気付いた時には其処に在って、それまでは特にどうということも無かったのだけど、気付いてしまえば無性に気になるのが人情、言いや、化情というもので、妙にむず痒いものを覚えたてゐはどうしようかと少し考え、けれどその衝動は化生なれど抑えることは叶わず、
 くちゅん、と彼女は小さくくしゃみをした。
 あら、と声を上げたのは隙間に腰掛ける紫だ。少し離れた所でこちらを眺めていた隙間妖怪は、

「風邪かしら? 厄介ねぇ」

 と、なんとも戯けたことを言ってくれた。冗談も大概にして欲しい、とてゐは思う。風邪とは人間がかかる病で、確かに妖怪にもそれと似たような意味合いの病は存在するが、それは決して風邪とは呼ばない。第一、こんなにも花が咲き誇る――確かに色々と時期的に可笑しい種々も咲いてはいるが、それはともかく、こんなにも色鮮やかなこの季節に風邪を引くのは間抜けな人間たちの間でもよほどの馬鹿者か、或いは、

「……ああ」

 なるほど、とてゐは思い、顔を上げた。立ち上がる。服に着いた土を払い、ぶんぶんと頭を振るう。

「うん。風邪を引いたみたい。だから私はもう行くね」

 声を掛けた先に居たのは、一際太い竹に背を預け花の狂乱を愛でていた博麗霊夢。彼女は、ん、と頷くと、

「勝手にしなさいよ、誰も止めないから。第一考え込んでいたのは貴方でしょう」
「考え込ませるようなことを言ったのは誰よ」
「それはこっちのスキマ妖怪。私じゃないわ。けど、」

 博麗の巫女はその視線に僅かに鋭さを混ぜた。けれどそれは、その隣で愚者を演ずる妖怪が先ほど見せた絶対強者のようなそれではなく、ただ純粋に真実を問うような、そんな視線。

「けれど、コイツの台詞じゃないけれど――いまの貴方が行って、鈴仙に掛ける言葉があるの?」
「あるよ」

 当たり前のように。
 ごく自然に、何の躊躇いも無く、てゐは頷いた。
 ぽかん、とする霊夢。あらあら、と笑う紫に、てゐは頷いた。

「やっぱり駄目だね、人間は。さっき言ったじゃない。私、風邪をひいちゃったみたいなの。けほんけほん。うー、喉が痛い頭が痛い咳が出る人参食べたいなぁ。だからほら、病気と言えばお薬でしょ? 早く師匠に診て貰わなきゃ。あー、でもほら、師匠もあれで物臭だから。何でもかんでも人に押し付けて、自分は楽なトコだけちゃちゃちゃーっと持ってっちゃうんだよ? 酷いと思わない? でも師匠のお薬って効き目は確かなんだよね。だから、ほら、やっぱり」

 その人は、永琳の助手だから。

「鈴仙には――帰って来て欲しい。私と一緒に、師匠の無理難題を押し付けられてついでに私の仕事も押し付けられてえうーって泣きながら頑張って欲しい」

 だって、私は。

「鈴仙の家族で、私は鈴仙のことが好きだから。それじゃ、駄目?」

 てゐの問いかけに、二人は揃いも揃って苦笑のような微笑を浮かべた。
 勝手にしなさい、と霊夢が言って、ご自由に、と紫が言った。

「お好きになさいな、小さな小さな詐欺師さん。貴方の能力は人間を幸運にする程度の能力なのですから、そのおまけで、家族ぐらい幸せにしてみせなさいな」
「うん。勿論」

 頷いて、てゐは歩き出した。三歩目からそれは駆け足に代わり、都合十歩目でてゐは地を蹴って空へと飛んだ。白い花が散る竹林の中を、兎の化生は自らが壊した家族の下へと唯急ぐ。
 そうして遠ざかる子兎の背中を見送り――霊夢は、傍らの紫に声を掛けた。

「で、紫。私の出番はこれで終わり?」
「ええ。ご苦労様、霊夢。体よく使わして頂きましたわ」
「自分で言うのは止めなさい。けど、役目が終わったなら神社に帰してくれる?」
「あら、博麗霊夢の中では何時から妖怪を顎で使うようになったのかしら。嘆かわしいわ」
「顎で使うんじゃなくて足に使うの。いいからさっさと動きなさい。あー、疲れた。これはお茶の一杯でも飲ませてもらえないとぐれちゃいそうだわ、私。ああお饅頭が怖い最中が怖い」
「そう言えばしばらく前に流れてきたお菓子があったわね。それでいいかしら?」
「十分よ。あとは熱いお茶が欲しいわね」
「任せなさいな。けど藍に対する弁解はお願いね?」
「今度は何をやったのよ」
「何も。けれど何もしないからこそ鬼式神はちびちびと主を甚振るのです。仕事が無いのは平和な印って言うのに。酷いと思わない? ねえ、霊夢」
「知らないわよ。ほら、さっさと案内しなさい」
「うー、分かったわよぅ。霊夢も妖怪遣いが荒いわねぇ」

 ぶつくさと言いながら、紫は傍らの空間に扇を縦に滑らせる。その軌跡が歪み、世界が開けた。
 ほら、と紫は霊夢を促す。

「早く入りなさいな、博麗霊夢。貴方ならこの程度の狂気は蚊ほどに無意味でしょう?」
「さらっと酷いこと言うわね、貴方」

 呆れた顔で霊夢はその隙間に足を踏み入れようとして、しばし留まった。
 ん、と首をかしげる紫を無視して、背後を仰ぐ。何処までも続くかのような竹林。晴れ渡った青空。雪の様にはらはらと舞い散る竹の花。
 白い背中は、もう見えない。







 何を言われたのか、よく、分からなかった。
 理解しようとして、理解しなければならないと必死に思いつめて――けれど、理性はそれを理解することを禁止した。知れば壊れる、と、何かが静かにそう告げていた。

「それがどうかしましたか?」

 閻魔の少女はそう告げる。感情を消した冷徹な顔で、姿を見せた二人の罪人を前にそう問うた。
 いえいえ、と大罪人は口元を隠して忍び微笑む。

「罪の定義の問題ですわ、閻魔様。閻魔様はウドンゲの背任こそがその大罪だ、と申しましたけれど、私たちがウドンゲのその奥の歪みすら知りながら敢えて仕えさせていた、という事実が混ざりましたとき、果たしてその罪は――どのように様変わりをするのでしょうね?」

 音もなく、輝夜は一歩を歩み出た。更に一歩。軽さの無い、しかし淀みも無い一歩は気品という風を纏いながら続く。それに半歩遅れて続く永琳の歩みもまた然り。

「何も変わりなどしません」

 返す映姫の言葉は何処までも静かだ。彼女は彼女である限り、その立場を放棄しない。放棄できない。

「貴方たちの事情がどうであろうと、彼女が貴方たちを欺いていたということは事実。その罪は、事実の裏側模様で揺らいだりすることはありません」
「ええ、同感ですわ閻魔様。どんなに言葉を連ねても、どんな事情が隠されていたとしても――確かに、イナバが私たちをそのような思惑で捉えていたという事実は覆し難いでしょう。ですが閻魔様、いいえ四季映姫、これが結局のところ私たちの言い分なのですけれど、」

 二人は足を止める。目の前。地面に膝を着く鈴仙の目前に立った二人は、まるで彼女を映姫から守るかのように悠然と立ち尽くす。

「私たちの誰も、他者に押し付けられる罪などまっぴらごめんですわ――失礼、少々口が悪かったですわね」
「ウドンゲは私の弟子であり、且つ私共々姫に仕える従者にございます。なれば敢えて言いましょう。私たちを欺いていた、それがどうかしましたか? ウドンゲは私たち永遠亭の一員で、家族です。家族であるのなら――多少の歪みなど、知って暮らすのが当然で御座いましょう」

 家族。家族であるのなら。
 流麗に述べられた永琳の語句に、鈴仙は、あ、と声を上げた。そんな、という思いが胸をよぎる。そんな。そんな言葉は、不相応に過ぎる。そんな立場は相応しくない。そんな暖かな言葉は、罪に穢れたこの身には熱すぎて、触るだけで火傷をしてしまう。
 自分には罪人とか、逃亡者とか、裏切り者とか――そんな言葉が、お似合いだ。
 ……けれど。
 ……だからこそ。
 それを、心の底から望んだのではないか。

「――姫。師匠」

 ぼろぼろの顔で。ぼろぼろと涙を流しながら、鈴仙は二人を呼んだ。
 それは掠れる様な声だったが、しかし真実として二人の耳に届き、二人は振り返った。

「大儀だったわね、イナバ」
「……まったく。貴方がほっつき歩いてどうするの。しゃんとなさい」

 にこにこと笑う輝夜と、呆れ顔の永琳。
 見慣れたその顔を改めて目の当たりにして、鈴仙はふと胸の中に疼く何かを感じ、同時に湧き上がる罪悪感をそのまま言葉にしようとして、

「あら。駄目よウドンゲ」

 指を一本立てた永琳に、穏やかに制された。

「――なんで、ですか。師匠」
「だってそれは感情からくる謝罪でしょう? 感情は一過性ですもの。感情に根ざす罪悪感は何時か忘れ去られるわ。だから、ウドンゲ、貴方が本当にそれを罪だと感じるのなら、その償い方を理性でもって見出しなさい。罪悪感に流されては駄目よ。だからウドンゲ、ご苦労だったわね。いまは、」

 そう言って、永琳は遠い母を思い出す微笑を浮かべ、くしゃり、と鈴仙の頭を撫でた。

「いまは、お休みなさい。私も姫も、ずっと貴方と共に居るのだから」

 その言葉は、果たして。
 どれほど心から願った言葉、なのだろうか。
 あ、と口から声が漏れるまでも無く。
 鈴仙は、意識を失った。



 ぱたり、と倒れこんだ鈴仙を見てとりわけ慌てるでも取り乱すでもなく、ただ二人揃って苦笑を浮かべ、やがて二人は映姫へと振り向き直った。映姫は変わらぬ場所で変わらぬ表情で、唯々冷静に、或いは冷徹にこちらを見ている。
 胸に抱いた感慨は、懐かしい、というありふれたもの。

「まあ、左様な事態と相成りましたので、これにて閉幕ということでいかがかしら、閻魔様?」
「……私は別に構いませんが。ですが貴方たちは、まだそうやって罪を背負い続けて行くのですね」
「あら、お言葉ですわね。ここ数十年は善行しか積んでいませんのに」
「よく言います。自分の都合で月と地上とを隔離したのは誰ですか。常日頃から竹林に住む民と殺し合いを行っているのは誰ですか」
「――ああ。そう言えば、そんな瑣末事も御座いましたね」

 くすくすと笑う輝夜。その背後に仕える永琳は、変わらぬ微笑で主の言葉を聞いている。
 ですが、と月の大罪人は前置いた。

「私、それらをとりわけ罪だとは認識していませんから――どうと言うことは御座いませんわ」
「……それが、何よりも愚かだと。私は何度貴方に言えばいいのでしょうね。罪は自らでは決して認識できるものではありません。自ら見つめれば其処の月兎のように耐え切れず潰れるか、或いは都合のよい過去を捏造するかのどちらかです。いいですか? 貴方には何度も伝えましたけれど、罪は他者に裁かれてこそ初めてまっとうな形で受け入れることができるのです」
「ですが私も何度も申した通り――他者に示された罪など、興味が御座いません。罪の所存は結局価値観の相違で御座いましょう? 不肖、この蓬莱山輝夜と脇に控えましたる八意永琳、共に貴き月に生まれましたならば――自らの罪など、笑って見つめて差し上げますわ。尤も、その月とて、所詮理解しきれぬ侵略者は全て穢れし地上の由縁也と決め付ける程度のものですけれど」

 朗々と語られるその言葉に、映姫は顔を顰めた。それまでの冷徹な顔が崩れ、だからこそ逆に、嫌悪と敵意を隠さぬ生きた表情が彼女の顔に浮かぶ。

「これは、個人的な見解ですが」

 まるで舌打ちをするかのような忌々しさで、彼女は言う。

「私は貴方たちが嫌いです。他者からの罪を拒むということは、他者からの救いを拒むということ。それは永遠に救われないことだというのに、それを知っていながら他者からの罪を笑い下す貴方たちが、個人的には大嫌いです」
「ええ、それで結構ですわ。どうせ頻繁に顔を合わせる仲でも御座いませんもの。その程度がお互い丁度いいと存じますわ。ねえ、永琳?」
「姫に同感です。最近姫もあの蓬莱人も閻魔様には御無沙汰でしょうから。第一私たちが閻魔様と仲良くなっても仕方ありません」

 澄ました顔で言う永琳。映姫は不満げに息を吐いて、まあいいでしょう、と呟いた。

「これ以上干渉するのも問題でしょうから、私はこれで退かせて頂きます」
「ええ、わざわざ現世までご足労でしたわ、閻魔様。出来れば向こう百年はお会いしたくありませんけれど」
「私も同感です。それでは――貴方たちに言っても無駄でしょうから、せめてその月兎にはお伝えなさい。日々善行に励みなさい、と」
「……まあ、万に一つも気が向きましたら伝えておきますわ」
「お願いしましたよ。では、もう会わないことを願って」
「ええ。御息災を」

 そのような、決して平穏とは言えない会話を交互に交わし、やがて楽園の最高裁判長は姿を消した。
 残された二人はお互いに顔を見合わせ、小さく苦笑し、気を失ったままの従者へと視線を向ける。
 どうするのか。そんなことは、お互い、考えるまでも無かった。



 遠い夢を見ていた。
 それは誰かに褒められるような夢で、誰かと笑いあうような夢で、色々な誰かが常に傍に居る不連続だが一貫性のある様々な光景で――そんな、ごちゃごちゃした、何時のものとも分からない昔日の、忘れられない、過去を見た。
 瞼が重い。身体が重い。意識はもやが掛かったようで、まるで足枷を着けられたまま湖の底を這いずり廻っているみたい。ああ、その表現は多分適切。だってこれは以前師匠に湖の底の石を集めて来いって言われて重石に結わえられて船から突き落とされた時のそれにそっくりで、師匠、いくらなんでもそれは死にます。
 出来れば記憶の底に沈めたい記憶を思い出したせいか、不意に息苦しさを感じ鈴仙は小さく呻いた。光を求めるように尽力し、重い瞼をどうにか上げれば、

「あら。起きたの、ウドンゲ?」

 師匠、八意永琳の背中が目の前にあった。
 え、と鈴仙は声を漏らす。自分が置かれた状況が瞬間的に理解できない。何時の間にか空が暗い。青白い月光がぼんやりとあたりを照らし出している。そして目前には、そんな光を浴び静かに輝く永琳の銀色の髪があり、つまり。
 鈴仙は、自分が永琳に背負われているということを認識した。

「し、師匠、何をしてるんですか!?」
「何って、ウドンゲ、貴方を背負っているのだけど。弟子の不始末は師匠の責任ですものね。てゐを探して随分と遠くまで行ったこと。永遠亭に着くまでに夜になっちゃったじゃない」
「ぇ――ぁ」

 思い出す。眠りに落ちる直前の記憶。他者の罪を裁く楽園の裁判官。四季映姫。暴かれた罪。背任。大罪。仲間の死体。首切り舞踏。何故逃げた。何故救わなかった。何故、何故、何故。
 私が殺した?

「ウドンゲ」

 再び滑落を始めた理性は、しかし、永琳の一言が食い止める。
 鈴仙は永琳に背負われたまま、月光に拠らぬ青い顔で、けれど、と呟いた。

「私は――師匠を、姫を、それに仲間を――」
「あら、何のことイナバ」

 傍らに聞こえたのは、聞き覚えのある主人の声。
 何故気付かなかったのか、竹林を歩く永琳の隣には、同じように竹林を行く輝夜の姿があった。

「私たち何も聞いていないわよね、永琳」
「はい。姫様」
「う――」

 嘘だ、と叫ぼうとして、輝夜の見せた困ったような微笑に鈴仙はその言葉を飲み込んでしまう。
 輝夜は顔の高さに張り出していた竹の枝を避け、イナバ、と穏やかに囁いた。

「これを見なさい」

 輝夜が見せた手の中には、小さな丸薬が一つある。

「これは?」
「蓬莱の薬。輪廻という鎖から、死という終わりから全てを解き放つ奇跡の産物」

 え、と鈴仙は声を漏らした。驚きが全ての感情を凌駕する。蓬莱の薬。不死の妙薬。かつて月から放逐された姫君が作らせたという、禁忌の薬。
 輝夜はそれを鈴仙の眼前に突きつけ、穏やかに問う。

「ねえイナバ、これが欲しい? 私や永琳のように、死を知らぬ存在になりたくはない?」
「ひ、姫、戯れは――」
「戯れ? 戯れね。そうね、戯れだわ。だってこれ偽物ですもの。唯の胃薬よ。はい、あーんして」

 にこり、と笑って輝夜はその丸薬をほいと鈴仙の口の中に放り込んだ。口の中に突然放り込まれた異物に、鈴仙は反射的に硬直し――躊躇う間も無く、それを飲み込んでしまう。瞬間的に顔が青ざめ、しかしけたけたと笑う輝夜の顔を見てその言葉が真実だと知る。
 どっと疲れが溢れた。

「姫、性質の悪い冗談は勘弁してくださいよ……」
「いいえ、冗談じゃないわ、イナバ。貴方が望むなら、私は永琳に再び蓬莱の薬を作らせる。それだけの意味はあると思っている。ねえイナバ、貴方は本当に、私たちと同じになりたいの?」
「……それは」

 きっと、即答は出来ない問いかけで。
 即答を求められない、問いかけだった。

「考えなさい、鈴仙。貴方は自らの罪を、あまり面白い方法ではないけれど、知った。ならば考えなさい、イナバ。貴方は本当はどうしたくて、どうすべきだと思うのか。それだけの時間は十分にあったでしょうに、まだ答えに行き着いていないだなんて――駄目ね、イナバ。不甲斐ないわよ」
「……すみません」
「まあ、そうそう簡単に出来ることでもないけれどね――まあ、時間が足りないと思うならば言いなさい、イナバ。如何様にでもしてあげるわ」

 気軽に言う輝夜の顔は、真実、慈愛に満ちている。
 鈴仙はどうにか返事をしようとして、何も言えない自分に気がついた。何も言う資格が無い自分に気がついた。
 そのまま俯きかけた鈴仙は、しかしその耳に自分の名を呼ぶ声を聞いた。
 あら、と声を上げる永琳。

「てゐね」
「――え」

 永琳の告げた名に、鈴仙は思わず声を上げていた。てゐ。因幡てゐ。鈴仙の部下で、小さな詐欺師で――鈴仙が、決定的に恐怖を与えてしまった相手。
 いったいどんな顔を向ければいいのか。そんな疑問に行き着く前に、声の主は竹林を掻き分けて三人の前に姿を見せた。白い影。子兎の妖怪、因幡てゐ。

「鈴仙!」
「――」

 弾む声に、しかし鈴仙は顔を背けた。申し訳ない、という思いが胸の杯を満たす。
 どうして自分がてゐに声を掛けられようか。思い返せば、自分がてゐにしたことは謝って許されるような類のものではない。どれだけの言葉、どれだけの誠意も、きっと天秤を釣り合わせはしないだろう。
 ならばどうやって――そう思い悩んでいると、不意に、ぎゅ、と手首を掴まれた。

「え?」

 見れば、てゐがこちらの手首を握り締めている。何時しか足を止めていた永琳と輝夜は、そんなてゐと手を掴まれて呆けた顔をせざるを得ないこちらを微笑みながら見守っている。
 鈴仙、とてゐはこちらの名を呼んだ。

「私、鈴仙のことが好きだからね。だから、勝手にどっかに行ったりしたら、許さないから」

 ごく当たり前のようにきっぱりと言い切られたその言葉に、鈴仙は呆、として空を仰いだ。竹の葉の隙間から、暗くなった夜空が見える。ああ、今日はどうやら満月であったらしい。夜天に浮かぶ望月の、そのなんと貴きことよ。

「――姫」

 つ、と頬を伝う水を知りながら、鈴仙は静かにそう問うた。

「私は、許されるんでしょうか?」

 答えは、酷く簡潔。

「自分で考えなさい」




 白い花が、舞っている。




お久しぶりです。実に数ヶ月ぶりとなる東方SS、いかがでしたでしょうか。
木洩れ陽喫茶店主、四条あやです。

このSSは元々花映塚が出たばかりの頃に書き始めたのですが、どうにも時期を逸した感があり未完のままお蔵入りとなっていました。それを引っ張り出してきてなんとか完結まで漕ぎ着けましたが、如何でしたでしょうか。こんなのは東方じゃない、こんなのは鈴仙じゃない。そういう見方があるのは百も承知していますが、それでも、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

最後に、これの未完版を読んで是非完成させましょうと言って下さった某氏と、推敲を手伝ってくださった方々に感謝を述べさせていただきます。
ありがとうございました。


あ、それと何時ものことですがコレは僕のサイトでも公開させていただきますー。
四条あや
[email protected]
http://komorebicafe.hp.infoseek.co.jp
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コメント



0.3480簡易評価
1.90おやつ削除
うん、脱帽♪ぐうの音も出ません(ハート
素敵なお話でございました。
読ませていただき、真にありがとうございました。
これぞレイセン!
5.100翔菜削除
気の聞いた言が思いつきませんのでこれだけ。

お見事。

ありがとうございました。
6.無評価翔菜削除
聞いた×→利いた○

感想で誤字ってどうする自分orz
13.70名乗らない削除
最後の「自分で考えなさい」が秀逸。一時の感情で動いてしまう人には必要な言葉。
15.100K.K削除
読み終わったあとに拍手するくらい素晴らしかったです。

ありがとうございました。
17.80ルドルフ削除
最後の一言ですとんと納得。
しかし不死人は俗世そのものだなぁ。連中、今が良ければ全部良いってことですし。
神秘さのかけらもねぇ。
21.100にゃる削除
もう、何か、こう、好きだ
29.100削除
誤字
[1]
>その手に持った小坪を
>枕元に転がる小坪:小坪は地名です。小壺かと。
[2]
次の一撃の呼び動作に移っている鈴仙。:予備動作

なんかこう、説得力と言うのかな。それが・・・・・・ダメだ、久しぶりに真面目に感想書こうと思ってもうまくいかないや。
36.90SETH削除
誤字

[4]
>何も知らぬ童女の洋に
おそらく「様」ですね

それはともかく ありがとうございました 素晴らしい!
41.100名前が無い程度の能力削除
良いもの読ませて頂きました。言葉足らずなものでして、こんなことしか言えないですが…うぁー、もう一度読もう。
48.100川秋削除
初めての書き込みなので、うまい言葉は見つかりませんが

冒頭から一気に話に引き込まれました。
罪は消えず変わらず。けれど、それをどう捉え、
後に何をするかを決めるのは自分自身。
色々と考えさせられる作品でした。

長編お疲れ様でした。
55.100銀の夢削除
まいりました、いえ本当。ぐうの音も出ないです。

罪は消えず、罰は代償ではなく。同感です。きっと、自分を許して、受け入れるための観念的な行為なのだと、私は思います。失くしたものも、傷つけたものも、そうした過去は変えられませんから。

鈴仙には、どうか――自分を許せるように、なってほしい。自分で考えて。感情に流されないで。
そして、幸せになってほしい。泣いているより、笑っているほうが良く似合う。暖かな家族と一緒に。
62.100名前ガの兎削除
何回書き直してもこの作品に対する感想がかけねーよ!
アンタは凄い、そしてこの作品は素晴らしい。
こんな月並みの言葉しか言えないけれど、この話は素晴らしいじゃ表現しきれません。
拍手
65.90むみょー削除
輝夜も永琳も良い保護者です・・・性格はともかく。

この二人や、てゐと一緒に居続ければ、
きっと鈴仙は大丈夫・・・。
68.80新角削除
ああ、地下迷宮で兎によって首をはねられ灰になった仲間が何人いたことか!
うどんげをもうまともな眼で見れない!

それはともかく、うどんげの暗い部分をほどよく表現できていると思います。
真面目に保護者している永琳輝夜も新鮮でした。
70.50Tao削除
輝夜や永琳の描写は好きで、
心情描写や「罪」に対する認識も良くまとめられてて、
脇を張る紫や霊夢も良い味を出していて。総じて面白かったのですが。

映姫のイメージが自分のと違って、そこでちょっとズレちゃった分
私的にのれませんでした。
まあ、偏屈者の一意見ですので、適当に流しちゃってください。
完成度は高いと思います~。
77.100絵描人削除
存在する者の数だけ解釈の数が在り、
けれども、普段は決して思い至らない。
映姫の告発、救いを求めた鈴仙、無意味と一蹴する永遠の主従、霊夢の目線、傍観者の紫。そして最後、てゐの言葉。

静々と綴られ……しかし飽きの来ない物語に、私はすっかり囚われてしまいました。


と、変に改まった感想はこれまでとして!
久し振りに格好良い輝夜を見たなぁ……と言うのも大きかったです(苦笑
87.90油揚げ削除
素晴らしいです。
89.80Admiral削除
GJ!