木枯らしが窓や扉を軋ませる。
雪も降らず、木枯らしが吹きつけるだけの冬の日ほど寒いものはない。
香霖堂の店主、森近霖之助もそこら中から忍び込む隙間風に辟易していた。
「やれやれ、魔理沙や霊夢が来るとなにかしら壊れるからなぁ」
窓が壊れたのは天狗のせいではあるが。
読んでいた本を閉じ、ストーブの火力を一段階上げる。
強まった火力によって店中が暖かくなってきた頃、店の扉が勢いよく開かれる。
「赤いのと黒いの! 今日こそあの時の恨みを……ってあれ? あいつらはどこ?」
扉を開けて入ってきたのは、銀髪に蒼のメッシュ、赤い羽根を生やした妖怪の女の子。
「霊夢と魔理沙ならまだ来てないよ。それより寒いから扉を閉めてくれないかな」
妖怪の少女は慌てて扉を閉める。案外素直だ。
名前は知らないが、この妖怪の少女の事は香霖も覚えていた。
以前、霊夢がちょっかいをかけて、あげくに本を奪って店に持ってきたのだ。
確か魔理沙と弾幕ごっこしに外へ出て、それっきりだったはず。思い出したので聞いてみる事にした。
「そういえば、この間は魔理沙と勝負したみたいだったけど、結果はどうだったんだい?」
特にバカにするとかそういう意図はなかったのだが、その妖怪の少女は顔を真っ赤にして怒り出した。
「そうよ! あいつは一体なんなのよ! こっちの弾幕を全て無視してぶっといレーザー撃ってくるし!! あんなの避けられるわけないじゃない!」
弾幕を使うことができない香霖にはさっぱりな内容であったが、魔理沙がとんでもないという事は理解出来た。
少女はちゃっかりストーブの前に陣取っている。霊夢や魔理沙の文句を言っているようだが、読書に集中したい香霖は適当に聞き流していた。
噂をすればなんとやら。五分も経たない内に扉が開き魔理沙がやってくる。
「いよう香霖。すまないが台所を貸してくれ。家の水道が凍ってしまってな」
いつものように遠慮なく店の奥にに上がりこもうとする魔理沙を引き止める。
「魔理沙、寒いから扉はきっちり閉めてくれ。それと君にお客さんが来ているよ」
「へいへい、まったく香霖はうるさいなぁ。で、客だって?」
妖怪の少女と魔理沙の視線が交錯する。
「そこの黒いの! あんたのせいで本が無くなっちゃったじゃないの! 弁償しなさい弁償!!」
びしぃと指を突きつける少女に対し魔理沙は。
「おまえ誰だっけ?」
時が凍りつく。
「あ、あ……あんたはついこないだの事も忘れるほど鳥頭なのぉー!?」
今にも掴みかからんばかりの雰囲気に気圧される。
思い出そうと頭を抱え込む魔理沙に香霖が助け舟を出す。
「ほら憶えてないかい? 霊夢が本を持ってきた時の事だよ」
「……ああ、あの時の鳥妖怪か! 残念だが、本は私が持ってるんじゃないぜ? 霊夢がそこの香 霖に売りつけたはずだからな」
鳥妖怪の紅くなった目が香霖に向けられる。
香霖は魔理沙を睨むが口笛一吹きであっさりと無視される。
「まぁそんな事だろうと思ったわ。後からこの店の事も調べたし。だからちゃんとお金を払って買い戻すわ」
そう言って、番台の上に茶色の袋を置く。
中を開けて見れば色とりどりの石。ただのガラス玉ではなかった。全て緑柱石や水晶、柘榴石の原石。
こういった宝石の類は外界から隔絶されている幻想郷ではかなり希少である。
「私が長年集めたコレクションよ。これだけあれば本くらい買い戻せるでしょ?」
拳一つが入るくらいの袋いっぱいの宝石である。これだけあれば本どころか、この店毎買う事だって可能だろう。
しかし。
「残念だけど、これで本を買うことはできないよ」
「なんで! 足りないっていうの?」
「そうじゃない。それだけあれば何だって買えるさ。けどこの店に存在しない物は買えない。つまり、君の本はすでに売れてしまったんだ」
「そんな……。じゃ、じゃあ買っていった人を教えて! こうなったらその人に直談判して取り返すわ!」
よく見ればうっすらと涙すら浮かんでいるその表情。
何故あの本に拘るのだろうか。不思議に思い、魔理沙は聞いてみることにした。
「なぁなんでそんなにあの本に拘るんだ? その宝石で別の本を買えばいいじゃないか」
「どこに本が売ってるていうのよ。今、この店すら本なんてないじゃない。それとも人里にまで買いに行けっていうの?」
確かに言うとおりである。人里にも少ないが本の類は売っている。が、妖怪であるこの少女が買いに行けば、逃げられるか退治されるかだ。
つい自分が本を大量に所持してるからそこまで考えが及ばなかった。魔理沙にしては珍しく反省する。
「ふん。で、その本を買っていったのは誰?」
「多分君の手に負える人じゃないと思うけどね。紅魔館のメイドの十六夜咲夜さんだよ」
「……マジ?」
さすがにこの少女でも名前は聞いたことがあるようだ。
完全で瀟洒。
悪魔の犬。
ナイフの奇術師。
破廉恥メイド長。
数々の二つ名をもつ人間が購入していったというのだ。
「そいつぁ、取り戻すのは厳しいな」
咲夜をよく知る魔理沙は言う。
他人に厳しくお嬢様に甘い性格。最近は随分丸くなったと思うがそれでも本を取り戻すのは難しいだろう。そもそも門を通れるかどうか。
「それでも……、行くしかないじゃない!!」
机の上の宝石の入った袋を引っ掴み、外に駆け出していく。
さすがに気の毒に思ったのか、香霖が魔理沙に声をかける。
「魔理沙。君は確か咲夜と知り合いだろう? 何とかしてあげたらどうだい?」
「本気かよ。幾らなんでもそんな面倒なことは引き受けたくないんだけどな」
「まぁ盗品と知って売った僕にも落ち度はあるんだけど、店を離れるわけにはいかないからね。どうだろう、やってくれるならツケをいくらか相殺にしておくよ?」
「やれやれ。香霖がそこまで言うなら仕方ないな。じゃ、ちょっくらいってくるぜ」
別段、香霖堂のツケが帳消しが魅力的だったわけではない。
あの妖怪の本に対する姿勢をバカにしてしまった事に少々後悔しているだけだ。
それに、この後紅魔館へ行く予定でもあったのだ。ついでに面倒みてもいいだろう。
店を出て辺りを見渡すが姿が見えない。すでに飛んでいったのだろう。
魔理沙も箒に跨り空を翔る。。
「あ~、あいつ羽根が生えてたから鳥妖怪だよな。ならちょいと急ぐか」
箒に更に魔力を込め加速する。スピードなら幻想郷随一だ、すぐに追い付くだろう。
結局、追いついたのは紅魔湖に入ってからだった。
紅魔館の門番紅美鈴は今日も仁王立ち。
しかし、内心は寒いとかお腹空いたとかそういった事でいっぱいである。
そんな美鈴の視界に映るは正門破りの常習者、黒白魔砲使い霧雨魔理沙。
また魔砲で吹き飛ばされるのかと軽く憂鬱になるが、それはそれ、門番は門番。
スペルカードを取り出して、待ち構えるがふと違和感。よくみれば他に一人誰かいる。
スピードを緩め降下してくる。いつものように問答無用ではないようだ。
魔理沙の横に降り立ったのは見知らぬ妖怪。
つかつかと歩み寄って発した第一声に驚愕。
「ちょっと門番! ここの十六夜咲夜っての呼んでくれる?」
さすがの美鈴も目を丸くする。あの十六夜咲夜を呼び捨て。この妖怪は命が要らないのか。
「ちょ、ちょっと! 押しかけてきたあげくに用件も言わずに咲夜さんを出せなんて、幾らなんでも失礼じゃない?」
舐められないようドスの利いた声で脅すように言う。
「う……。わ、わかったわ。ここの十六夜咲夜に用があるので取り次いでください、門番さん」
怯えるように言い直すのを見届けてから、咲夜を呼びに行く。
屋敷の中に呼びかけてから一分もしないうちに咲夜が出てきた。
「美鈴、私にお客って?」
「ああ、そこの……」
美鈴のセリフを遮って少女が前に出る。
「あんたが十六夜咲夜ね! この間香霖堂で買った本、あれを買い戻したいの! あれは元々私のだったんだけど赤いのに奪われて、香霖堂に売られて、それであなたに買われちゃったのよ!」
コロコロと表情顔色を変えて捲し立てる少女を咲夜は黙って見つめていた。
「……本、ねぇ。ああ、もしかしてアレかしら。非ノイマンなんたら……」
「そう、それよ! お金ならここにあるわ! お願い、返して頂戴!」
その様子をオロオロと見ている美鈴。
魔理沙はニヤニヤと眺めているだけ。傍観者に徹するようだ。
「残念だけど、それは無理ね」
「なんで!?」
「えっ!? ちょっと咲夜さんそれは……」
素直に返すとは美鈴も思ってはいなかったが、ここまできっぱりと拒否されるとは思わなかった。
「なんで? 理由を教えなさいよ!」
「なんでって……。無理なものは無理なのよ」
鋭く睨みつける。そこいらの雑魚なら泣いて逃げ出す咲夜の眼光。
が、少女は怯まなかった。
「そう、なら弾幕よ……!」
少女が身構えると同時に咲夜の手にナイフが出現する。
あわや弾幕と思われたその時。
「おいおい、ちょっと待てよ。弾幕ごっこなら私が相手するぜ? 今日はこいつのお守りなんでな」
魔理沙が二人の間に割って入る。
「お守りってなによ! ちょっと邪魔しないでくれる?」
「私にすら勝てないのに咲夜に勝てるわけがないだろう?」
少女が不満の声を挙げるものの、一蹴。
「どうする? 私とやるかい? いっとくがおまえ相手じゃ遠慮はしないからな」
八卦炉を構え、咲夜を睨みつける。
「……仕方ないわね。魔理沙が相手じゃ手間取るだろうし。妥協案を提示するわ」
「妥協案? 随分と殊勝だな」
「仕事が多くて寝れてないのよ。それよりも、妥協案はパチュリー様への取次ぎよ。これでいいでしょ」
今言った事も確かではあるのだが、咲夜にはここでは言えない理由があった。
少女の求めている本。あれはすでに料理の際の重石代わりにしてしまっている。
今更返せと言われても返せない。だから珍しくこちらから折れたのだ。
「ああ、そういう手もあったか。ならそれでいいや」
うんうんと納得する魔理沙に事情がわからない少女は突っかかる。
「ちょっと! 本人置いてけぼりにしてどういうつもりよ! パチュリーって誰よ!」
「おまえさっきからちょっと叫びすぎだぜ……。チルノじゃないんだから落ち着けよ、な? まぁ パチュリーについては行く道説明してやるよ」
§ §
あたしは生まれたときから一人だった。
どうやって妖怪が生まれたのかなんて興味ないし、私は私だったから気にしなかった。
まぁ背中に羽根が生えてるところからすれば鳥の妖怪なのだろう。
頭からも1枚生えているけど、特に飛ぶのに必要でもないので鬣か鶏冠じゃないかと思う。
この鬣と羽根は夕日のように赤くて綺麗なのでお気に入り。
バカにする奴もいるけど、そんな奴は私の弾幕で黙らせる。
最初の記憶は森の中。まだ巧く飛べなかった私は必死で狼から逃げていた。
まだ小さい羽根で必死に木の枝に飛び移り、一晩そこでやりすごした。
それからは必死で空を飛ぶ練習。上手く滑空できなくて何度も木の枝から落ちた。
それでもしばらくすれば飛べるようになった。
初めて飛んだ空は気持ちがよかった。これで地上の獣に怯えなくて済む。
すると今度は鳥妖怪の縄張り争いに巻き込まれた。
あたしにはそんなの関係なかったけど、向こうが気にするようだった。
弾幕を使えるようになったのもその頃。
私の弾幕は相手の後ろから出現する珍しいタイプ。
おかげで連戦連勝とはいかないけどそれなりに勝利を収めてきた。
そうでもないと今日まで生き残れてないよ。
相手? 色々戦ったよ。以津真天とか夜雀とか。
ミスティア? ああ、あの歌雀ね。
あいつも私と同じで縄張りなんか気にしないアウトローなタイプだったけど、あの性格のせいかな。結構色んな妖怪から好かれてたね。
それにスペルカードなんて使えるから弾幕でも強かったし。
戦績? そういやミスティアとは弾幕った事ないんだよね。
なんだかんだでお互いに距離があったからね。軽い言い合いくらいかな。
そうそうミスティアといえばさ。
最初あたしの事を夜雀だと思って話しかけてきたんだよね。
頭の鶏冠を見たら違うってわかるだろうに。
私はきっぱり否定したんだけどねぇ。それでもしばらくは付きまとわれたかな。
不思議とあまり不快な感じはしなかった。これが人徳いや妖徳の差かな。
その頃だね。初めて人を襲ったのも。
それまでは木の実や魚なんか食べてたんだけどさ。人間はダメだね、あれは。
今まで何度か見た事はあったんだけど、空腹の時は初めてでさ。
見た瞬間こうなんていうのかな。電流が走ったっていうの? そんな感じでさ。
気が付いたら襲ってた。
それからだね。人を襲うようになったのは。
といっても、そうそう無防備な人間なんていなかったけど。
で、あの人間に会ったのはそれから何年か後。
いつものように一人で歩いてる馬鹿な人間がいるな、と襲ったのよ。
でも、これが強くてね。人間の癖に弾幕が使えるようだったし。
でも私の弾幕は初見殺し。そいつも背中に弾を食らって倒れた
で、そいつがなにか持っててね。ちょっと興味が出たから開けて見たんだ。
出てきたのは15冊の本。何でかわからないけどあたしはそれに興味を持った。
だから、巣穴まで持って帰ったのはいいんだけど、あたしは読み書きができなかった。
まぁ普通の妖怪はできなくて当然なんだけど。
でも、あたしはそれが読みたかった。
だから読み書きができる妖怪を探したの。
見つけたのは人間の里の近くに住んでるワーハクタク。
人間の味方って聞いてたので気は進まなかったんだけど、背に腹は変えられない。
文字を教えてくれっていう頼みに行ったのはいいんだけど、最初はけんもほろろ。
しつこく何度も通って、交換条件で教えてくれることになった。
条件は「今後二度と人間を襲わないこと」
あたしはその条件を飲んだ。だって、別に人間を襲わなくても食料は確保できるしね。
で、教えてもらう事になったんだけどその時まで私に名前はなかった。
そしたら、その妖怪がこう言うのよ。
「名前がないなら私が付けてやろう。おまえの羽根は紅くて綺麗だな……。そうだ、朱鷺子というのはどうだ?」
朱鷺ってのはあたしみたいに羽根の裏側が紅い吉鳥。
嬉しかったね。だって今まで「おまえ」とか「あなた」だったんだもの。
そうして、あたしはその時から朱鷺子になったんだ。
そのワーハクタク、慧音さんの授業はきつかったね~。
読むには書けなきゃだめだって、ひらがなの書き取りからやらされたんだから。
次はカタカナ、次は数字。最終的にはアルファベットまで教えてもらった。でも。
「すまない、アルファベットはわかるが英語は読めないんだ」
そう言って頭を下げてくれたけど、あたしにはそれで充分だった。
そうして、やっとその本を読む時が出来た。
題名は……ごめん、忘れちゃった。でも、その本が面白くて楽しくて。
気が付いたら、夕方だった。でも、読むのを止めたくなくて明日まで待てなくて。
慧音さんのとこに押しかけてずっとその本を読んでた。
そうして、あたしは本を読む事に夢中になった。
慧音さんの家には本がいっぱいあったけどあたしには難しすぎて何がなにやら。
だから、慧音さんが里から本を貰ってきてくれて、それをあたしが読むという形になった。
でも、里にもそんなに本があるわけじゃないし、人間がいる時は家にお邪魔できないし。
だから自分でも本を探し始めた。
といっても、主に行き倒れの人の荷物とか廃村とか、そういうところを漁るくらいしかできなかったけど。
そうやって偶に見つかる本を読むという事をしていたある日。
とある廃村から3冊の本を見つけた。
「非ノイマン型計算機の未来」
難しそうな本だなぁとは思ったけど、関係ない。
あたしは本を読むのが好きなんであって、そこに書いてある事を理解するつもりはなかった。
なんせ3日もすれば忘れてしまうんだし。
その本は背表紙に数字が打ってあった。
13、14、15。何の数字かはわからなかったけど無視した。
その本を持ってお気に入りの丘へ向かう。
そこはいつもそよ風が吹いていて、気持ちがいいんだ。
丘で本を読み始めて数時間経った頃、あいつがやってきたんだ。
赤と白の服を来たその人間はあたしに向かっていきなり霊弾を撃ってきた。
いきなり霊弾なんて非常識にもほどがある。というか読書を邪魔されてあたしは頭に来た。
必殺の後方の妖弾。これで落ちたと思ったんだけど、その赤いのは避けたのだ。あたしの必殺の妖弾を。
あたしの妖弾でスカートが切れた事に怒ったのか、赤いのはスペルカードを連発。
スペルカードが使える相手にあたしが敵うわけもなく、けちょんけちょんにやられてまった。
薄れ行く意識の中、赤いのの声が聞こえた。
「妖怪が本を読むなんて生意気よ。しかも楽しそうに!」
目を回してノビたあたしが気が付いた時には、本がなくなっていた。
赤いのが取っていったのは明白だったのですぐに追いかけた。
あの服装は目立つらしく、そこらへんの毛玉に聞いたら行き先はすぐにわかった。
香霖堂とかいう店らしい。
あたしは扉を叩いて乱入した。
「さっきの赤いの、居るのはわかってるわ! ヒトの本勝手に持っていったでしょう!」
そっから先はあまり思い出したくない。
赤いのが青かったり、いつの間にか言いくるめられて黒いのと弾幕ってぶっといレーザーで落とされたり。
人生最悪の日だった。そしてリベンジを誓った今日。
今、私は『あの』紅魔館の図書館で紅茶を啜っている。
§ §
「なるほど。それでここにいるわけね」
読んでいた本を閉じてパチュリーが呟く。
あの後、図書館に連れて来られた朱鷺子は本が読みたい動機などを聞かれていた。
結局、最初から最後まで説明する羽目になり、今しがた終わったところだった。
「まったく。魔理沙もめんどくさいのを連れてくるわねぇ」
「仕方ないじゃないか。私にも責任の一端はあるしな。それに私は結構面倒見がいいんだぜ?」
その面倒見の良さが長所でもあり欠点でもあるとは、そこに惹かれたパチュリーには言えない。
「で、この子を図書館に出入りさせて欲しいと」
先ほどの話しを聞く限りでは、それなりに力のある妖怪。たぶん小悪魔と同レベル。
種族についてははっきりしない。確かに朱鷺と言われればそれっぽいのではあるのだが。
まぁ今更ここに妖怪が一匹増えたところで何も問題は無い。
只、ヴワルは無害な本ばかりではない。読むだけで発狂しかねない本がある。開くだけで魔物が出てくる本がある。そんなとこに好奇心の塊のようなこの妖怪を野放しにしてもいいわけがない。
何かしら行動を縛るべきね。そう考える。
「ねぇあなた、朱鷺子……だったかしら。別にこの図書館に居てもいいわ」
「そぅやっぱりダメ……って、えええええええ!! ホントに!?」
てっきり断られるとばかり思っていた朱鷺子は椅子から立ち上がるほど驚く。
「ただし条件があるわ。これを守るというならね。無論、破ったら即追い出すわ」
とは言ったがパチュリーは朱鷺子が断るとは思わなかった。顔を見れば誰でもわかる。あんな顔されては取引を出すこちらの気持ちが鈍ってしまうではないか。
「一つ、本を読む時は必ず私か小悪魔に許可を求める事。許可が出ない限りは決して読んではダメ。
二つ、本の整理といった図書館の仕事を手伝うこと。サボったら叩き出すわ
三つ、読んだ本の内容は三日は絶対に覚えている事。時々テストするから忘れないように。忘れていたらこれまた追い出すわ。
四つ、うちの小悪魔と勝負する事。どう? 受ける?」
朱鷺子にとって最初の二つはまったく問題ない。
問題は三つ目は不安。鳥妖怪の宿命として物覚えが悪い。三日覚えていられるかはかなり難しいと言わざるを得ない。
そして四つ目。使い魔との勝負。朱鷺子にとってパチュリーは雲の上の上の魔物。その使い魔なのだから相当な実力のはず。私が戦って勝てるだろうか。
が、朱鷺子は思った。ミスティアですら歌を歌うのに命賭けているように、私も本を読む事に命賭けれなくてなんだというんだ。それくらいしなくては手に入るものも手に入らない。
心は決まった。
「その条件飲むわ。メイドでも何でもして頂戴。小悪魔でもなんでも相手になるわ!」
「交渉成立ね。小悪魔もいいわね?」
「事後承諾で疑問形にしないでくださいよ……」
ふわりと宙へ浮く小悪魔。それを見て、朱鷺子も宙へ。
「ええっと……、よろしくお願いしますね?」
丁寧に挨拶してくる小悪魔に毒を抜かれそうになる。
「こっちこそ、ね」
笑顔で返答。無論、目は笑っていない。
「じゃいくわよ。……始めっ!」
その声と同時に朱鷺子は目の前に使い魔を一体召喚。対する小悪魔は大弾を展開。
大弾を最小限の動きで回避しつつ、使い魔から波状の弾幕を展開。それの縫い目を掻い潜り徐々に間合いを詰める小悪魔。お互いに相手の様子見といったところか。
――あの紫色の使い魔なんだからスペルカードの1枚は使えるはず。なるべく早めに使わせてそこ からが勝負!
――魔理沙さんから聞くには霊夢さんに一撃加えたとか……。ならスペルカードくらいは使えると 見ていいのかしら。
互いが互いを過大評価しているが故の思考の一致。互いに牽制の弾幕のみで状況は膠着していく。
先に動いたのは朱鷺子。
――あいつ、もしかしてスペルカードが使えないの?なら押すしかないわね。
波状弾を左右への交差分散弾へ切り替える。と、同時に懐に手を入れ何かを取り出す仕草。
と、同時に叫ぶ
「声符『木菟咆哮』!」
それはミスティアのスペルの一つ。もちろんスペルカードではないので弾の量も威力も低い。
だが弾の軌道くらいならば真似られる。スペル名を叫んだのも引っ掛け。相手に使ったと思わせ ればいい。
案の定、小悪魔の動きに動揺が見られる。余裕を持って避けていたのが徐々にグレイズするようになっている。が、緊急回避の為のスペルを使う素振りはまったくない。
朱鷺子は確信する。小悪魔はスペルカードを持っていない。
弾幕を線の波状から、点の5方向の散弾へ変更。ここぞとばかりに小悪魔が正面に移動する。だが、それこそが狙い。小悪魔の後方に意識を集中し妖弾を作成。
「これでっ! 終わりよ!」
妖弾を解き放つ。朱鷺子は勝利を確信する。だが。
小悪魔が加速、朱鷺子に肉薄。弾幕を貼るが多少の掠り傷など無視し、朱鷺子の正面に突っ込んでくる。。互いの息吹が感じれようかという距離で停止。
にこりと小悪魔が笑う。
瞬間小悪魔の姿が消える。その後には自らの放った妖弾。
「ちょ……!」
自らの放った妖弾に撃たれ、堕ちる朱鷺子を小悪魔は抱きとめる。
朱鷺子の正面に来た瞬間、浮遊の魔法を切りそのまま自由落下。必然的に朱鷺子の弾はそのまま朱鷺子自らに命中する。
無論、動揺したように見せかけたのも演技。
さすが小悪魔、騙し合いでは一枚上手であった。
朱鷺子が目を覚ましたのはそれからすぐ。図書館のソファーの上であった。
そして、すぐに自分の置かれた状況を思い出す。
「あー……、そっか。負けちゃったんだ……」
悔しさがこみ上げてくる。スペカの一枚も使わせることができず、策を逆手に取られた。
膝の上で握り締めた拳に水滴が落ちる。
そんな朱鷺子にパチュリーは優しく話しかける。
「結果は残念だったけど、仕方ないわ。小悪魔はスペルも無しに日々魔理沙と凌ぎを削っているのだもの。あそこまで粘れただけでも自慢していいわ」
あの黒いのと戦っている? スペカも無しに? なら負けても当然だ。経験の数からして違う。
「そっか……、じゃあたし帰るね」
さっさと帰ろうとする朱鷺子に魔理沙から声がかかる。
「おいおい、本は読んで帰らないのか? もったいないな」
足が止まる。今のセリフはどういう意味だろう。
「朱鷺子。私は小悪魔と戦えとは言ったけど、勝てなん一言も言ってないわ」
振り返るとパチュリーが微笑んでいた。
「いいわ。ここの図書館の出入りを認めるわ。でも、さっきの条件はきっちり守ってね?」
「……~~~~っったああああああああ!!!」
嬉しかった。自分の力、実力ではないかもしれないが認めてもらうことができた。
「交渉成立、と。それと魔理沙。あなたには今度デー……じゃなくて新スペル実験に付き合ってもらうわよ」
「何で私まで巻き込まれるんだ。理不尽じゃないか」
「あなたが連れてきたんでしょ? 最後まで責任取りなさい。で、返事は?」
「わかったわかった。付き合う付き合わせてもらうぜ」
両手をあげて降参のポーズの魔理沙。パチュリーの頬が薄く朱に染まっているのに気づいたのは側にいる小悪魔だけだった。
「じゃ、細かい事は小悪魔に任せるわ。これからよろしくね、朱鷺子」
「こちらこそよろしく、パリュチー」
「パチュリー。パチュリー・ノーレッジよ。……まずは名前から覚えさせないとダメね」
軽く溜息。少々今後が不安ではあるが仕方ない。つくづく魔理沙には弱い。
もっとも、パチュリーも朱鷺子がそれなりに気に入ったからこそ許可したわけだが。
朱鷺子は予想外の展開に興奮している。すでに視線は机の上にある本に集中している。
ふと、パチュリーの脳裏に魔法を学び始めた頃の事が思い浮かぶ。
あの時の自分もあんな目をして魔法書を読み漁っていたに違いない。
自分もやりたくてもできない状況を経験しているからこそ、朱鷺子を気に入ったのかもしれない。
だからこそ。
「ねー、この本読んでいいー?」
断る事などありえないのだった。
用心棒が咲夜との会話で傍観してるのは「ヒデェ」と思ったがまさか
ああくるとは思わなかった。やっぱ黒白はかっこいいな。
パチェ萌え。
とっきゅんが更に好きになりました
いかん、小悪魔を超えてしまうかも知れん・・・
あれだけの情報量から話を作り上げる氏に感動です
改めて頭の羽のことに触れたのを見て、頭に羽がある同士、小悪魔とは仲良くなれそうだとか思ったり
朱鷺子かわいい。咲夜さん重石代わりですか。小悪魔かっこいい。パチュリーさんちゃっかり美味しいおもいをしてますね。