(このSSは東方シリーズを元にしたフィクションです。実在の人物・団体・弾幕等には多分関係ありません)
『だから私は言ったのだ! 愚か者は全て、蹴落としてしまえと! もう、遅すぎる! ―― 月鬼 』
『それっきり・・・途切れたの。その時が発露。感情は精神の揺らぎ、波よ。
後は位相をずらせば、無尽の憎悪も変容する。誰にでもできる、簡単なことね。 ―― 鈴仙・優曇華院・イナバ(泣)』
***** 以下、抜粋 *****
* 上を見て *
ああ、私も多分、もう一度会いたいのだと思う。
感情――そう、感情だ。
不確かなもの。
でもそれが私に狂態を晒させる。
ああまでして得たのだ、試してみる価値はあるんじゃないか。
自惚れかも知れないけど、皆が背を押してくれる。
ならいい。
安心して待っていられる。
* ふろむ * きらきらした * きれいなの *
綺麗なものに会って、そんで、すぐに別れた。
それだけのことだったと思うんだけどなぁ・・・なーんてね。
んな未練がましいの、嫌じゃない?
だから、そういうのやめて。
私ゃ、あの子に、もっぺん会いに行くよ。
会えたのが偶然なら、偶然なんて大した事ねーやぃ。
何度でも起してみせるぜってのよ。
ふん。
あの子に、どんだけ私たちが恨まれてても、さ。
* らいく * あ * しゅーちんぐ * すたぁ *
きらり。
どーん。
やたらと眩しいある日の朝。
そう、それが運命の飛騨、じゃない、日だ。
とてもじゃないけどスクールになんか行ってらんないって気分の私は、変わったものを拾ったの。
家のすぐ近く、広がる海を前に堆く積もった砂の城。
私が長い休みを利用して少しずつ築き上げた代物だったりするその塔が、忌々しい風に吹かれてか、それとも神の怒りに触れでもしたのか、私の記憶より1メートルばかり短くなっていた。
コンチクショウと神(その名は近所のガキでデイブだか肥満だかいう)に対して年頃の娘らしからぬ毒を吐いてみても、人々の言葉はもう一つに戻らない。
まぁでも幸いに、私ときたらそんな瑣末な不幸にはめげない器量良し。
今日も今日とて、ガッコをさぼって建築作業に取り掛かろうとしたわけですよ。
夢はでっかいんだし。多分な。
したら、瑣末でないことが起こった。
きらり、どーんと。
うどわー、間延びした声で言う私の声はどーんという轟音でぶちかき消された。
って、こりゃやっぱり天の裁きって奴かしらんなんて思うのは、私が正常な証拠でしょ。
要するに、私ってばどうしてココの所、いい年こいて砂場遊びなんぞしてたんでしょって事を、その時ようやく疑問に思ったんだ。
人間、パニックになっても、自分より慌ててる人を見ると落ち着くって言うっしょ?
そいつはてんからおたおた慌てきっていたし、なんつっても、それはそれは変な奴だった。
髪の毛は嘘みたいに綺麗な銀色、吸い込まれそうな(吸い込まれそうな(吸い込まれそうな(吸い込まれそうな)))紅い瞳、極め付けにでっかい二本の角。いや、角っていうにはふにゃふにゃしすぎてるから、もしかすればそれは、頭部に二対ある感覚器のうち、そいつに足りていなかったもの・・・つまりは耳だったのかも、しれない。ぴこぴこ動いてたし。
そのまま夜のお店に直行すればトップにのし上がれるような(つまり可愛らしさと艶やかさといかがわしさを持ち合わせた)女の子は、先の尖った円筒、一見古風なガンから飛び出す弾丸みたいなもの(何だこれオイ)からひょこひょこ出てきて、着弾時に被った砂の所為で物言わぬオブジェに成り下がっている私になんか気付かず、
「あぁぁ、着いた、着いちゃった・・・こんな玩具みたいなので、本当に着いちゃった・・・」
心底嫌そうに、頬を引きつらせて笑おうと努力してみせた。
当たり前みたいにその試みは失敗してたので、私はやっぱり月並みに、ワンテンポ遅れて一言、「きゃああああっ」とか叫んでみたかったんだけど、目の前の彼女に無意識に倣ったか、
「・・・えっと、何?」
なんていう危機感ゼロの呟きを、ちょろっと寂しく漏らしてしまった。
あんまり間抜けな声だもの、聞き逃してくれるかもっ、と思ったのも束の間。
銀髪の女の子がはっとして、私、というか謎の土塊に目を向けたもんで、変な誤解が生まれないよう、がーっと身を振り乱して姿を現す。
けど、その身振りが素敵な登場シーンを演出しちゃったらしく、
「ああ、何だぁ」
もぐらですか良かった、と緩んだ顔で仰るから、
「これはいい具合に茹ったトンチキ娘ですね」と揶揄するのも忘れてつい、「ああ、もぐらだよ」と軽く答えてしまった。
実際、するべき勉学も放って土いじりに勤しむ私は、もぐらっぽいのかもなぁ、と思ってしまったが故に。
そんな過程でもって、とんだ災厄でもって迎えたこの変人(我が身を顧たらそら変態たぁ言えない)との接触だったけれど、意外や意外、こいつは結構な常識人だった。
それは驚くほど恙無く、心配になるほど真っ当なネゴシエーションが行われて、晴れて彼女は私のステイ先に居候することになっちまったい、あっはっは。マフディー一家、懐が広いにも程があるぜ。
まぁ、部屋が足りないってんで、相部屋になったりしたけど、これまた私はソファでいいですなんて殊勝なこと言うから、うん、女の子好きな私としてはとても悲しかった。いいじゃん、一緒のベッド。
えっと、違うな?
そうだった。
私は、自分は兎だとかいうマジヤベー奇天烈女と、一年のホームステイを共に過ごすことに、なりました。
具体的にどうなったかというと、飯が一品減ったんだぞ。おい。
わーん、拾わなきゃよかったよぅ。
笑えねー。
飯とかいいけど、こっそり起き出して塔造るとか、できないじゃんよ。
* その時 *
比喩でなく、昨日の事として思い出せる。
そんな機構が私に内在している。
私はその記憶の常連だ。
我が人生に巻き起こった様々な事象と比べれば大事無い。
逆に言えば、瑣末事といえばこの期間のこと。
私に与えられた、ほんの少しのモラトリアム。
自己凍結、決済停止、心神更迭。
過去を振り返り鬱々と過ごすでも、
未来を見遣って終日に尽くすでもない、
何もせず何も起こらず何も変わらない査定期間。
自分を見詰めなおすな。自分を見極めるな。
自分を固定し、周りだけを見たとしても、
私の価値観は確実に変動しない。
宇宙の外へ行け。埒外の魔物になれ。
天才の考えることは判らないので従った。
判らないけど取り敢えずというのは情けないだろうか?
けれど狂人にお前は狂ってると言われては立つ瀬も無い。
どちらかではなく諸共に。
ならそれは私が考えたのと同じこと、と調律し誤魔化す。
今のままではいけないのだと思っている、
その考えが正しいのかどうかだけでも知りたかった。
しかし師よ、いくらなんでもこれは酷い。
* ふりーらん * いん * すとろー * まいはうす *
私ってのはとても普通な女の子のことです。ほら誰も信じねぇよガハハ。
少しその出自ってのを語っちゃろうにも、普通すぎて読み物にもならんくらい。
まぁでも、ちょっとぐらいは書かにゃね、読む人も意味不明だべさ。
もうそこそこ前の話に遡っちゃうけどね。
私がまだニポンゴの通じる国の、ニポンゴの死にそうな辺りに住んでた頃よ。
まるで今は違うみたいな言い方だな、でもそれは横に置いとこう。
そりゃ勿論、一般ピープルであるところの女子高生にだってさ。
先進国の、最先端技術ってヤツが、もうぶっ飛んだところまでいってる、ってこたぁ、わかるの。
けど、ほら、ねぇ?
〔――我々米国防省は前世紀の時点で既にこの技術を手にしていた。
隠蔽は国連首脳による意図的なものであったが、措置として、間違ったことをしたとは思わない。
広くこの技術が敷衍した場合、各国間、乃至は企業間に起こる問題は、現在におけるそれを遥かに凌ぐレベルのものとなる。
これは疑い無いもので、宣言を受けている全ての国家の全ての人民が容易に想像できることと思う。
人間が地球を壊す為に造った、これまであったどのような兵器をも凌駕し、ある意味において最も恐ろしい――〕
なーんてちぐはぐな和訳のニュースを、朝っぱらから見てさ。
正気でいられるかっつーの。
生真面目にガッコに行けるほど、私は良い子ではなくってもいいかな、なんてね。
へっへ。
肌に直でぱちぱち気だるくとめてたルーズ脱ぎ捨てて、ぱっぱ着替えて、フケました。地球温暖化とか嘘だぜ寒いし。
ちゃんちゃんこ着て炬燵入って、ニュース見てる方が断然いいと思う、この方が幾分か健全だわい。
うちの親も理解あるから、一緒に家にいなさいって言うし。いやん、親公認非登校、万歳。
もっとも、後で聞いた話じゃ、国から直々に避難勧告的なものが出されてたんだって。
家から出ないように、諸国との交渉が済むまで。
だから、欠席扱いにはならなかった。
不良も面白いかもなぁと思ってたのに、結局その間無遅刻無欠席だよ、ばかやろう。
〔――この物質から作られる、全く新しい素材、開発者の意向でオリハルコンと名付けられた金属は――〕
第一報の後、どこのチャンネルも(えねっちけとテレ東は除く!)、その技術についてのことばっか。
まぁ、そのお陰で、普段ニュースを読み解くようなセレブスキルを持ってない私にも、事の次第が大体わかった。
いや、うーんと、多分わかった、つもりになってるだけかな。
とにかく私に判ったのは、とんでもない金属、何かプレステのゲームとかで良くありそうなそんな名前をした、象どころか地球が乗っても壊れないようなものが、割とずっと昔、ウン十年は前に、とっくに発明されてたんだけど、ちょっと先進技術なんて枠じゃ収まんないデースってんで、長らく向こうさんが占有してたんだそうな、ってことぐらい。
あ、あと、その金属をどうにかすると、いくらでもエネルギーがチュウシュツできるから、えーと、何だっけ、
〔――素晴らしい! 錆びる事無く、加工次第で加熱の可否すら変わり、比重は果てしなく軽く、よく曲り、
いやそんな事より何よりも、我々地球人類は、有史以来悩まされてきた一つの巨大な問題を、克服するに至ったのです!――〕
そうそれ。すごいねぱちぱち。
興奮してる友達も居たけど、電話越しに荒い鼻息ばっか聞かされると十年来の付き合いだって絶ちたくなるわ。
まぁとかなんとか言ってる間に、終いにゃCMなんかもこれのことで持ちきり。
民放はたくましいな、家から出るなっつってんのにさ。
しかしこれって、悪意があっての事ではないって偉そうな(多分本当に偉いんだろうけど)おっさんが言ってたけど、そりゃ、善意でなきゃぁ全部悪意ってわけじゃないもん、物は言いようだよなぁ。
実際、我が国に置いてある基地にその金属製のヘリとかが持ち込まれても、書類審査とか全部向こう持ちで、ごまかしごまかしやってたってんだから、あんたそりゃ非核三原則国馬鹿にしてるって。
別に外人さん嫌いじゃないけど、やっぱり偉い人は嫌いだなぁ、と若者らしい反骨精神で思ったね。
馬鹿にされてもへらへらしてる日本人かつ偉い人と比べると、マシか、とか、何様だ私は。あはは。
あと単純なこととして、私はレトロ趣味な化石燃料ストーブの動かし始めに放つくせぇ匂いというやつが結構好きだったりするので、電化製品が全部そのエネルギー、あだまんてぃすとろげんとかいうので動くようになっちゃうのは、好ましくない。友人が買い換えろって五月蝿いしさ。
こういうのをことわざで、ポーズ憎けりゃ今朝まで憎いというらしい。全然意味わからん。
私は匂いって大事だと思うかんね。
またテレビを見てると、
〔――シュレンバーン大統領の言ったことにも正しい所はあります。一理あるというところでしょうか。
確かにこんなものが、まだまだ未熟だった一世紀前の我々に齎されれば、静かに続いていた冷戦はあっという間に終結し、人類総人口が半分も減らないうちに、地球全土の九割は焦土と化していたことでしょう。
両国はそれほどの緊密した対外状況を抱えた時期にありました。
母なる地球を想う気持ち、その一点においては、絶対といって良い程当時の米国は正しかった。これは揺るぎません――〕
その後の対応についてまではフォローする論を持ちませんがね、とシカツメラシイ顔をしてパゲ頭が言った。
なんでこいつらは外出してんだよとかいちいち突っ込んでると、五月蝿いと頭を叩かれたんで、もう言わん。
バゲが両国の諜報員(ボンドみたいなのだろうか)同士の激しい鬩ぎ合いもあっただろうとか言い始めて、より一層お昼のワイドショーは胡散臭くなっていく。
そんで一週間、そんで一ヶ月が経った。
食糧は公務員の人が通販みたいに届けてくれるようになっちゃったし、数日前までの生活は何だったんだか。
お陰でうちの母はすっ呆けた。
新聞とりに玄関先出て、お隣さんと会話するぐらいはできるけど、家事は全然、駄目になった。
その内に厳戒態勢が解かれて、うち以外は見せ掛けだけでも日常を取り戻したっていうに、うちの家長はボケ老人化。
ヤブっぽい訪問医の言う事には、兼業主婦は暇ができると何をしていいか判らなくなるのだという。
ああ確かに朝昼晩あたいががっこで居眠りしてる間も汗水流して働いてた上夜中は一緒に飯食ってたもんねぇって思った。
批難するみたいな口調のお医者様にガンくれてやって、口より良く伝わる言葉を使って(言い換えると、去り際におもっくそドアを叩きつけて)から、ふとね。
でもまぁ、それが彼女の生き甲斐だったんだから、私は反省なんかしない。
けど、けどさ。
あうあう言ってみかん剥いてる姿見てると、ちょっと泣けてきたんだよね。
だから、見るのやめて、私の母親をこんなにした馬鹿を殴りに、ひとつ、海外留学ってやつをしたろうかと。
纏、あんたはいつも口より手が動くのよねー、先に。
話をすると、その日は正気だった母ちゃんが愚痴るみたいに、にこにこ言ったけど、止めるようでもなかったから。
でっかい勘違いしたまんまさっさと役所行って手続きを済ませた。
これで家のことは安泰。
ホントは、まだ子供がぶらぶら外出ちゃ駄目だってことのはずなのに、やっぱり、外出してることなんて、咎められなかった。
親にしか怒られた事が無いって、漫画なんかじゃありえなくね?
現実の方が、現実感ねーよ。
ふんとにもー、母ちゃんだってさぁ。
引き止めてくれたっていいじゃんかよ。高校生はもう、親に甘えちゃいけないん?
いかんな。
私って甘えんぼさんだったんだわ。
* あんだー * ざ * ふるぷれーと * べーす *
我ながら行動が早い。びゅーん、パスポートぐらい初等部で取得済みよぉ。
それじゃ私行ってくるけどって掛けた声にああうあとしか帰ってこなかったのが寂しくて、うじうじうだうだえんえんとか自分の座席で悲嘆に暮れながらイヤホン通して響くサヨナラにリズムを取ったりしてる間にパラ(乗り物。正式名忘れた)はあっちの空港に着く。長いようで短い。
エントランス出てすぐ、旅だぜっていう気持ちを実感しようかしらと空を見上げたら、いきなりCGの青空だった。
マジかよと思って回りを見渡す、エントランスから出たばかりの私には空港の社屋に遮られて区切られて70%ぐらいの空しか見えなかったけど、それはもう端から端まで全部CGで、こうなったら視界の奥のほうにある街路なんかも偽物なのではと思えた。
どんなにクオリティの高いものだって、空ばっかりは本物と間違えたりしない。
しないけど、私は今をときめく現代人で、一昔の人間とは一回りも二回りも違うのだ。
精巧なCGは目に優しい自然の光を完全に模倣していて、そこから得られるものに作り物の違和感なんてなく、人類の叡智の実感だけだったりする。
事前にガイドブックを読んでなかったら、口開けっ放しで国の恥晒しになるところだった。あぶねぇ。
開幕直後の危機を何とかやり過ごした私は、チューボーん時に修学旅行で行ったロスはかなり異国情緒ゼロだったなぁ、それと比べるとこれはこれで結構いいなぁ旅だなぁと暢気に思ったりした。あれ定住する時は旅って言わないの?
ふーん。
そこらへんでようやく落ち着きと視界を空から取り戻すと、私は、エントランスのすぐ脇に停まってた自家用車らしき乗り物から降りて来る、金髪碧眼の可愛い女の子(洒落ならん可愛い)と、そのお母さんらしき女性(美人。ブロンドは兵器だ)が、どうやら私の呆け顔を見詰めているらしいということに気付くと、なるへそこの人たちが私のステイ先の家族だなと思い当たった。
二人の持ってる、《桃原郷にようこそ、マトイ!》と英語で書かれたプラカードがきらきらしてて眩しい。買ったばかりの真新しさに満ちている。
観光客に紛れてわからないかもしれないと危惧したんだ、漢字まで勉強しちゃって。
ありがたいなぁ。でも一字違うぞ、お茶目。
カードに隠れてるけど判るぞ、その裏で女の子の左手とお母さんの右手は繋がっているのさ!
って、待て待てやばいやばい。こいつら第一印象から良すぎ。
私はここに来た目的を忘れそうになる自分を諌める為にちょっと強めに頬を張る。
おやおやこの美人親子キョトン顔だ。
無理もないと思う。うん。挑発成功。
でもファニーで留めとかないとこの家族に悪ぃので、にっこり笑って誤魔化す私だった。
ここは、一年前はこの国の中でもトップシークレットだったヒミツの研究地域、例のなんたらいう素材となんたらいうエネルギーを生活に利用する実験的居住区画、誰が呼んだか『シャングリラ』。
お国同士の難しい問題がわやくちゃになった結果何故か解決したらしいその一週間後から、なんていうか、世界はとても判りやすく未来チックに進歩しちゃったわけだけど、そんな各国の新しい文化と比べても、圧倒的に飛び抜けて訳のわからんSF色に深まってるのが、この新素材のなんちゃらをぐいーとメチャクチャに圧延してひん曲げてフライパンみたいにしたもんをえいやっと逆に被せたドームの中にあるこの変な町だった。
元々町があるところに被せたってんだからスケールが違うね。
にしても広すぎるな、と私は思う。
我が国じゃ新国技館大ホールのプラネタリウム、ムービングワールド(観覧料ごまんえん。アホか)の百坪ぐらいが関の山だってのに、調子こいてるぞこいつらと思う。
いくら土地があるからって、湾まで巻き込んでお椀を被せちまったんですよ。
わ、洒落? もう・・・調子こいてるのは私じゃん。
ロッコ(乗り物。お年寄りはクルマって呼ぶけどどこに車輪が?)の中で空のCG眺めたり美人親子と談笑したり。やっぱ綺麗な目してんよねーこっちの人って。ううん違うの。ふふ、この子今日はマトイと会うからおめかししてきたのよ。へー、そんなとこまでいじるんだ。この辺じゃ普通のことよ。ふーん、ヒミツ基地は家族も凄いんだ。あは、マトイって面白い。いや全部英語なんだけど。
そうこうするうちにマフディー家邸宅到着。やっぱこっちの家は広い。
そっからはもう、ここまでより詰まらないので粗筋に省き省き。
不慣れな土地での生活を苦無く円滑に過ごす為の挨拶と挨拶と挨拶の連続・応酬・クロスカウンターがあって、晴れて私は、祖国での暮らし振りと変わらない毎日を生きる、日常のチャンピオンになる。カンカンカンカン、10カウント!
つまんねルーチンの最中に聴いた話の所為で私がこっちに来た目的はぶっ潰れたけど、じゃあいきなり約束破ってとんぼ返りするかっていうとアレになった母の顔が見たくないって気持ちもあるわけで、結局私はそのままずるずるべたべたと他人の家に居座り続けることにする。速攻でこっちに来るまでの勢いは何処へやら。
未練がましいのが嫌ってのはこの時特に思ったの。
ぐだぐたと夏休みまで居座る、さまたーぃむ。
不満な日々に鬱屈鬱々悶々、身は軽いのに動きのとろい私、何を思ってか、いきなり近くの砂場に塔を建て始める。
これがねぇ。
この心理、当時自分の事ながら全くわからなかった。
しかも何故か習慣になっちゃう。
わからんから事実しか言えない、ずっとずっと続いた。
まだまだ、休み明けても治らない。建てなきゃ高く建てなきゃって。
するとまぁ、勉学よりもこれの優先順位が高くなる。高く建てなきゃ。
元々勉強しにいったわけじゃないしとか言い訳するでもなくサボる。自習してれば許されるのがまたいけなかったよ。
その理由については、また後で。
でまぁ、そいうこと。判るっしょ?
そんな毎日を続けていた私に、不思議な事が起こったのだってわけです。
不思議っつーか、変。変人が変なものに乗って変な風に登場したのだから、それはヘンタイトリスメギストス。
さてようやく本題だ。
* 彼女の理由 *
惨状に嘆くのも束の間、私は現実に相対する。
現地人と呼ぶべきかどうかは微妙だが、彼女はそこに馴染んでいた。
不思議な感覚に痺れる。
私は常に異邦人なのだ。どこへ行っても。
どこへ行っても。行っても?
チリチリと脳を焼かれる気分だった。
私を焦がす頭の後ろのルーペを壊す為に瞳を凝らしてからほっとする。
こうすれば私はどこでも個人だ。
けれど目の前の現実は甘くない。見すぎたのだ。
私への猜疑を完全には消せず、結果来訪者として紹介された。
その疑心を消すには私をぶれさせるしかないが、
今それをやってはこの旅の意味が無いし、第一もう手遅れだ。
仕方なく彼女の住居彼女の部屋を間借りする。
今でこそ彼女の仲介が私を私ならぬ私たらしめているが、
彼女、私、それ以外の三点が強く交じり合えば、
私の存在の不確定性が第三者に疑われる。
彼女の問題を解決し彼女が去るとき私も去る。
そうしなければこの住居のこの家庭の柱が壊れてしまう。
御免だ。私は居座る。
この家に居候は一人しかなかったという事実を残すべきだ。
あの子のように巧く立ち回って、彼女以外を騙し、最後は全てを。
丁度良く彼女とは波長が合うようだ。
彼女と仲良くやっていく自分を想像する。
さて私に出来るだろうか、いや、せねばならない。
私の所為で全てが台無しになるのは、もう二度と。
* ふれきしぶる * らびっと * あいず *
そいつの名前はレイセンっていうのだが私はうどんと呼ぶ。
実はもっと長い名前があるんだけど、こちらさんの一家には判らないだろうってんで私はそっちを伏せて紹介した。
私ももうよく覚えていない。
確かレイセンの後に、うどん何とかっていう爵位みたいなのを示す(生意気な!)ものが間に挟まって、最後がカタカナでイナバだったかな?
一応漢字で全部書いてもらったけど、難しかったんで読めなかった。レイセンが鈴の仙人っていうのだけ覚えて、後はきっぱり忘れるつもりでいた。
そしたらもう呼び名もまともに考えるのがめんどくなって。
だからこいつはうどん。
余談だけど、我が国のとっくに滅びたレガシーフードにそういう名前のがあったとか。きっと紅いグミみたいなのだろう。
紹介するときに一番困ったのがその目だ。
くりくりくりくり。
まぁよく動く目だよなと思っているのは私だけじゃなくて、アイーシャもディアナもダデットも揃って「ファンタスティック」って言うんだけど、動きより色の方が私には気になる。
事あるごとに私は聞く。日本語が通じるから日本語で。
「うどん、それカラレチ? それともカラレン? どこで着けたん?」
「違います、私の目は生まれつき、月の光を吸い上げて真っ赤なのです」
その度にふふんなんてちょっと誇らしげな口調で答えるうどん。
そうそう、こいつは一事が万事に真っ当な性格をしてるのに、自分が兎だとかぬかしやがるのだ。ありえね。
「兎は兎でも、月の兎ですから、見たことが無くても、無理は無いんじゃないかな?」
どういう了見でか知らないけど正直引く。
一度だけ私は「お前それマジで言ってんの? ネタ? キャラ作りなら寒いよ?」って冷たく言ってみたけど、はははと誤魔化すんでも慌てて訂正するんでもいかれた真面目顔で断言するんでもなくて「あぁー別にそう取って貰って構わないです、むしろ信じないで下さい。ていうか触れないで」とか本気で困った風に返されたんで、きっとこいつにも何か事情があるんだろうと勝手に察して、深く追求せずからかうことにしてる。
しかし洒落にしては全然譲る様子ないし、もしやマジで宇宙人は実在したってことかしらん。っつーのはその方が面白いような気がしたからではなくパラでもロッコでもない乗り物を見ているから。少なくともただもんじゃぁ、ない。
で、その私の想像は、ちょいとばかしこの国のフェイタルな所をつっついていたらしく。
ある時、たまたま居間で新聞飲んでコーヒー読んでる(ん?)ダデットに、
「ねーパパさん。実はうどんが何者だか知ってたりしない?」
てな風に話してみると、彼は一口悪魔の液体を啜ってからおお大事な用を忘れてた今から出かけるよマトイ留守は頼むとネイティブなイングリッシュで捲し立てた後ドタドタと一目散に逃げ出してしまった。
ぶっちゃけた話半分も聞き取れなかった私はただただ嘘吐くの下手すぎるだろおじ様と思う。
マフディー家はアイーシャがエレメンタリに行くより前からここに住んでいて、ダデットはここの研究施設の少しばかり要職にある人なのである。
何を何故どんな風に研究してるのかなんて勿論知らない。あれをなんとかしてこうする程度の認識です。
少なくとも、家で暢気していい父親してるダデット、他人の娘相手でも本気の顔色で叱れる素敵なダデットにだって、色んな隠し事があるんでしょうよってぐらいで。
けどこんなステレオタイプの狼狽ぶりを見せ付けられると、天邪鬼な私はすっかりその気になってしまうわけじゃよ。老人か?
うどん本人はっつーと、
「私は兎です。ここからは見えない、天蓋の裏の空から来ました」
とか言って真っ赤な目をきゅぴーんと輝かせるから、こっちとしてはこれ以上の説明をされてもOKOKちょっと署までご同行願おうかってな具合だし、アイーシャはそれ聞いて頬染めてため息ついちゃうし、ってそれはやばいまずいぜ犯罪者の非生産行為を助長するそのとろけるような殺人的憂鬱フェイスはお姉さんもクラクラのふぉーりんらぶなので即刻やめてもらいたい。二人とも。
落ち着け私!
おや今の一節は飛ばしてもよかったみたいだぞ。
まぁとにかく、会った当初から私の中でものっそい溜まってたうどんに対する疑念は事ここに至ってピークに達した。
その発言がキの字の出任せであろうと無かろうと、うどんはダデット、ひいてはこの国が隠したがっている何かに関わる重要人物的存在のような気配がある。個人的にどうしても重要人物とは認めたくないけどそうらしいので曖昧に許容。
だーかーら、それはつまり、私がここに来た理由の復権ということになる。多分。
私は私の母ちゃんがうふぅあとか言わなくなることを夢見てる。
私は私の母ちゃんをあはあうとか言うようにした奴を憎んでる。
だったら殺すか? ぶっ殺すって、わかりやすく若者らしく切れてみせるか? そうして本当にぶっ殺しちゃって、後から反省するような惨めったらしいのも嫌だ。出来るかどうかなんて、アホか。やってやれないことは無いんだよん。やってられねーことは沢山あるけどさ。
私は、ばきゃろこのてめとこき下ろして罵倒して、ごめんなさい許してくださいと自分から心の底から言い出すまでねちっこくいびるような陰険なことはしない。
一発殴らせろと言いたいのだ。別に殴るのは目的じゃないし、手段にもしたくないのだ。
私はそのくらい本気で怒ってるんだぞ馬鹿野郎と、判らせてやりたいだけで。
私が怒っていることをそいつに教えてやりたいのだ。
それはどんな手段であってもいいわけで、その為に、うどんちゅー奴は使える。
いや、もうそいつを理由にしてでも目的を果たさないと、故郷には帰れないみたいな、そんな思い込みがあった。
何せシャングリラはとても居心地がいい。
けど私は出来れば、出来れば、出来れば早く家に帰りたい。
帰りたくなくなってしまってからでは遅い。
本当の所、そいつが、その馬鹿が、自分の馬鹿さ加減にもう気付いているんだったら、許してやろうとさえ思っていた。
許したくなくなってしまってからでは辛い。
そしてその決心をするまでになんと三ヶ月もかかったのだ。臆病者め。
* ぬーめりっく * なんたらかんたら *
ダデットの部屋に忍び込んで極秘っぽい資料を漁っても面白いぐらい判らない専門用語の羅列で私は早々にその手段を諦めてバインダーを閉じようとしたけど、直前にめくっていた紙束に気になるピンナップ、何の変哲も無いように見える、実際には何か変な青空を映したものが挟まってたので、それを引っつかんで部屋を出た。
それをどうしたらいいかなんてことまでは考えてねーわけで、勢いに任せた行動なんだから、良くない事をしているって判ってても止められない。止まるには早い。
誰かに見せよう。
ダデット? それ無理。私はこの家での信用を著しく失う行為をこれまでしてこなかったし、これからも努めてしないようにしたい。忍び込んだことがばれたとしたら謝るし、理由だってそこまで難題じゃない、不思議な写真が落ちてたのでちょっと借りちゃったゴメンネ、だ。後からすればそんな言い訳で事が収まるような安易な問題じゃなかったんだけど、その時は衝動の加速度がまだ残っていたから、止まるわけにもいかない。自分に反駁したってろくなこたぁないもんと。
アイーシャやディアナに見せてもしょうがない、というか余計こじれる。単に私が疑いをもたれるならいざ知らず、こんなことで人様のご家庭を脅かすなんて外道だ。そもそも言葉がわかったって意味が判らんべと思うと私は自然に二人をチェックから外す。
で、私には赤の他人に話を持ちかける為に必要なものが致命的に欠けている。コミュニケーション不全? 逆、むしろ他人に関わりすぎて、今もこうしてギリギリの一点まで来ている。これ以上変人ストリームにパンピー(死語辞典から抜粋)を巻き込んじゃいけないよとチェックアウト。
そしたらもう論理的に一人しか残らないのだ。わーかっこいーい。何とか的にって知的よね、うっふ!
まぁある意味当事者なんだし、うどんに聞くのが一番だろ、不思議なことに不思議と思っていれば不自然じゃないっしょ、何も不思議なことなど無いよ。っていうと、こいつ脳天気ちゃんすぎめでてーなと思われるわけですが。
望むところよ。
夕食後のマフディー家、私の部屋には何故か甲斐甲斐しくベッドメイキングする兎女がいる。元は私が使ってたベッド、今はうどん用で、私はダデットの知り合いから譲ってもらった病院用の簡易ベッドを使う。
ベッドの端をぺしぺし叩いて満足げにしている寝巻き姿(当たり前みたいにピンク地の模様は人参)のうどんに後ろから声をかけた。
「うどん、そのでっかい耳貸してよ」
「ああ纏お帰り、って貸せませんて。取れないもの」
取れてもいらんて邪魔だし。
うどんの返事はジョークなので聞き流してまぁ座んなよと促す。やっぱ日本語は気安くていい、イントネーションも自然。
うどんは変な形した角・耳を片側だけぴょこんと90度傾けて何かしらって意思を示す。
うどんが座るのに倣って私も自分のベッドに腰掛けて向かい合う形になる。
「聞きたいことがあってさぁ」
「うん」
答えは軽いものだったのに、私は真っ直ぐ見据えてくる二つのレッドグミに気圧された。
言葉に詰まる。誰も喋らないと、周囲10m以内に他の家が無いここらは随分と静かになるのだ。
ちょっと話しづらい空気が生まれた。けどそのまま黙ってる方が妙だ。
私は上体を両手で支えて反らしうどんの赤い目じゃなく折れたくしゃくしゃの耳を見て(毟りてぇと思いながら)切り出す。
「まぁ、なんつーか、ぶっちゃけるとあんたの話なんだけど」
「私?」
「そううどん」
変わらず私の目を見る、白面の上の赤二つ。
怒られているみたいだなと思って私は急に面倒くさくなる。過程をべらべらと喋るのがうざったく感じる。私は何も言わず私のお出かけ用バッグをごそごそと探って、隠しておいたピンナップつきの資料を取り出してみせる。うどんが息を呑む、その小さな小さな聞き逃しそうな音が静かな私の部屋を跳ね回るのを聞く。
資料を膝の上に乗せて、うどんの様子をちらちら窺いながらピンナップの青空をちょっと伸び気味の人差し指の爪で指す。
「これ、何だと思う」
爪の先に、写真の空に映る黒点。
真ん中に位置しているから、空や風景はおまけで、これこそが被写体なのだと勝手に見当をつけて言う。
「この点?」
「そう点。変だよね、絶対。だって」
「点より、あなたが変。纏、一体どうしたの? あなたはとびきり頭の良いこの地域初の日本人留学生で、こっちの生活に憧れて来たわけでは決して無い現実主義者で、ステイ先の家族と仲良く過ごす平和実践者で、目的を確固と持っている志向固定者でしょう」
「いや、そんなことはいいんよ。てか私頭悪いよ」
「そのあなたが不明瞭な目算で、この家で生きていく難易度を上げる行為、まるで現実性に乏しい話題、まるきり危機感の無い腑抜けた話題を持ちかけてくるだなんて、つまり早い話が変」
「私ゃ変だから、それはいいっつの、聞いてようどん」
「そんなわけはない。これはいつだか話してくれたあなたの目的の為の行動なのね?」
「うーん」
私は平気なフリをして見せるけど内心態度の急変したうどんにちょっと怖いよコイツと思い始めている。私のすべきだった説明よりも明らかにうどんの方が間を端折っているからだ。私の意図を察しているのはいいけど判られすぎると怖い。アレってこうだよねうんそうそう困っちゃうよね程度の共感は許せてもそれは外交戦術だからであって内部に侵攻されれば誰だって撃退したがる。
こっちに来るんじゃねえよ。うどんめ、漢字の名前を持ってるくせに間の取り方も知らない。ガキか。
「あのねうどん、馬鹿このアホ兎変態娘、エロいんだよお前、体中べろべろに舐め回してから簀巻きにして放り出すぞ」と言いたい気持ちを堪える必要がある時点で私もガキか。っていうか馬鹿か。うん変態でした。
冷静に。
「えーっとまぁ、判ってくれてるんなら話は早いよ。うん、でさ、この点が何だか知りたいのは本当なんだわ」
「それを知るとあなたは目的を果たせるのか。どういう因果でそうなるのか判らないけど、色々と世話になったし、纏には話してもいいかなと思う。本気で聞きたいんですか?」
「大本気よ。オオマジって読めよ」
「では教えます。これはあなたも知っているものです。どこで撮った写真かは?」
「うん、多分、ここじゃないね。空が本物だし」
「そうですね、私もそう思う。思うと言うのは当事者ではない、被写体は私ではないという意味ですよ」
「へー」
「エスケープホライズンの為にマスドライバを利用する手段です。と来ればこちらには終戦まで一基しか存在しなかった軌道エレベータ先端の自転利用型かな。弾体は加速機での輪転を考慮しなくていい所為か標的を貫通しづらいキューブフォルムになっていますから、速度も並、恐らくはサイズも小さい。戦時の事情を考えれば天体の運行に支障が出てはまずい、船体の九割が力点隠匿の為の装置だと思われます。材質はそれらが異常を来さない為に頑健かつ柔軟なものね。軌道修正用の演算機や噴射類も除去したこの形での精密射撃は針穴に綱を通すようなメタレベルの見通しですから、まず広域拠点爆破、誤差範囲30~300km。写真が一枚しかないのは、むしろ一枚も写真が残ったと見るべきですね。基地外縁に設置された衛星監査カメラが捉えた最後の映像といったところでしょう。こうした写真が残ったこと自体狙いが外れなかったという事で、これは立派な奇蹟だと言えます。原始的な機械が役立った稀有な例です」
隠匿といってもこんな兵器は一つしかないのですがご都合主義として纏めましょうかと締めて息を吸ううどん、この間約一分。
おい待てコラお前何言ってんの?
「待てコラ」
「はい?」
やばい素が出た口に出た。でももう一度私は待てコラと心に思う。
こいつ全然判ってねーじゃんスゲェ勘違いして超物騒な発言コンボしてるよ怖!という思いをやっと隠してうどんを止める。
「悪いけどうどんが何を言ってるのかちーとも判らんの、説明して」
「ん、どこが判らなかったのでしょう」
「全部。全部」
「え、全部?」
語るに落ちるおぽんち。
あれは、そう、昔読んだマンガの台詞だよ、あわわやべぇしゃーべっちまった。さながら人には言えない趣味のサルガッソー即ち押入れの戸の動かない方の裏側を覗き見られた哀れなシャイボーイのごとく。
「えーとその何ていうか会話にはこういうちょっとしたつまり小粋な話術がいるよねっていうことで素早く思い付きっぽい言葉を並べてみたりしましたがこれら全ては嘘っぱちにつき十分な検討の後ああこれは戯言よねっていうことで素早く思考を差し控えていただけると当方としては落涙の心地ですますバスガス爆発赤の魔法つまりええとええと?」が最初で最後の言い訳。
頭も気も早いんだからどことなく私に似てるような気もしないでもないでもない。私も良く早とちりして雪かきするつもりがかまくらで昼寝したりしたもんだ。大抵はこっ酷く怒られる。
面倒なことに早とちりを解決できるのは割と自分だけなのだ。
自己解決すると慌てるしかないのだ。
ぱーぷりん。かーわいい!
じゃなくてうどんと私はそれぞれの勘違いと思い込みと類推を相殺してきっちりとした意見に纏める為双方の考えてることを次々に言っては肯定言っては否定してあること無いことを分別しすり合わせて形作る。
すると結構面白いことが判った。
うどんはやっぱり兎なんかじゃない、ただのウチュウジンだってこと。それすげーよ。私はその事実を確かめようと少しカマかけるつもりだけだったんで取り敢えずそれが判ると安心だ。
まだ兎だってばって言うけど宇宙から来たなら全部宇宙人だろ。ナメック星人を宇宙ナメクジなんて呼ばないじゃん、って旧いマンガを持ち出してくるとうどんは3巻あたりまで読み通したところで全巻の貸し出し要求をしてきた。バードスタジオ知らないとか完璧にカルチャーショック。まぁ後でとっくり語ろうぜ、ベジットの戦闘力についてとか。
で私の方がその程度の認識でしかなかったんだとは知らないうどん、私を何かの組織の何かの特使だか密偵だか諜報員だかそれこそボンドみたいなスパイ的存在(他のスパイなんて知らないんだよ悪ぃか)だって風に勘繰ってて、色々と私をどうしようか考えて日々これ煩悶だったみたい。全部徒労だお疲れ様、わたしはただのじょしこーせー。みりきに溢れたティーンエイジ!もうすぐ卒業だがな。
私のほうで話すことって大した長さでもないんで、落ち着いてからのうどんは兎に角喋りつづけた。
うどん自身の昔話。
途中で眠くなって布団の虜になる私をうどんは色仕掛けで無理矢理起したりしつつ喋る。いや息がかかるくらいに近付いてゆさゆさ私を揺すっただけだけなんだけどね。パジャマの胸元から覗く谷間とかそれが揺れる様とかね、ちょっと若者には刺激強いよね。くそう私には足りないものを。くすん。っていうかテメェ長生きしてるくせに何で現役十代並の肌なの、喧嘩売ってる?
また無駄な一節が入っちゃったけど、もう誰も気にしてないよな。
まぁその辺りからうどんの顔も話の内容も真面目になってきたので私も寝てる場合じゃない。
それはこの国とうどんの住んでた星とで起きた戦争の話だ。
隠すことが正義だと決め付けられて、その本意がどこにあったのか終わった今となっちゃ誰にもわからない、理不尽で悲惨な結末を迎えた、軍人と一握りの民間人しか知らない歴史の裏側。頭のいい私は一握りっていうのが軍需産業に携わる人たちつまり身近で言うとダデット・セインフィールド・マフディー一級技師などにあたるとすぐに判る。
聞かなきゃよかったという内容だった。うっかりするとダデット一人から国民全員国土全土に至るまでこの国を嫌いになってしまいそうな、聞いてて気持ち悪くなるばっかで、何処にも納得したい点が見当たらない、本だったらとっとと燃やしたい、もう嫌で嫌で仕方ない話だった。
誰が悪いとかいう単純な話も出来ないような複雑な事情が、誰も彼もを悪くする。
私は決して嫌いにはならない、なってやらない。そんな簡単に他人を嫌えるような自分は嫌だ。尊大で傲慢だけど、私は私を嫌いになりたくないからそうする。
なんちって、真面目くさって私も自分語り。いいじゃんかよ偶にはさ。
聞いてる間ずっとむかむかした気分だったけど、話してるうどんはその当事者なのだ。
辛そうなうどんにもういいよって言ったら、ダメです、これはきちんと話さなきゃいけない、私はこれをあくまで主観的に話さなきゃいけない、過ぎ去ったものとして扱っちゃいけない、きっと語り尽くさなきゃいけない、そうして私にもう一度言い聞かせなきゃいけないって言ってきかない。頑固なのも私と同じ。
なら、私はそれを全部客観視して、他人として聴いてやらなきゃなるまいって心持ちになる。
だから全部聞いた。
全部。
* 私の理由 *
長い話。
一月ほど前にしてくれた彼女の理由の話の数倍長い話。
精神的にマイナスなベクトルにおいて瑣末でなかった頃の話をする。
そうまでして語らなければならなかったかというとそうでもない。
ただ話したかったのだ。
その時まで、これは彼女も知っている筈の事だと思っていたからか、
本当にそれを知らないのかを改めて確かめる為に。
もう私に二つの種差を見分ける事は出来なくなっている。
これまでその話を誰かにしたことが無かったかというと、また違う。
我が師においおいと泣き縋りながら語った。
我が師は――私の全てを否定した上で受け入れた。
我が師の主も私を批准し、首を縦に振ってくれた。
けれどそれらとこれは違う意味を持つ。
我が師と彼女では立場が違う。
戦争に被害者は無く、ただ数億に登る二つ星の民の死があった。
彼女の立地は青く光る星。
その星の人が気付かぬほどに、民の死は数少ない。
それを普通、勝利した側という。
遥か後に見た映像戯画に曰く、勝利者など居ないのに。
翻って、私は敗北した側。
しかも、敗北を前に遁走したはぐれ者。
この双方の立地の差が、彼女にはどう受け入れられるのか、
私には考えることも出来なかった。
話した。
何も知らずにいれば幸せであれたかもしれない真実を、
大小の悲惨を織り交ぜた滑稽な殺戮劇を、その始終を話した。
己を固定し、感情を篭める事無く、けれど主観的に。
対岸の火事を笑う風でなく、隣の畑を羨むでなく、
自分に起こり、今もなお起こりつづけている惨禍であると、
苦しみに悶えながらも耐え忍ぶこと、偲ぶことこそが、
私に出来る唯一にして最大の供養であり、
転じて私を後々まで生かす苦楽の友に他ならないのだと言い聞かせて、
話したかった。
私のせいで死んだものの割合はどちらの星の民がより多いのだろう。
全てを話し終えた。
私が何者で、
どこから来て、
何故ここに現れ、
いつまで生き続け、
どういう理由で死に、
それまでに何をするか。
要するに、私というのは何だったのか。
全てを聴き終えた彼女は、見た目、それまでと何も変わらず。
寝ぼけ眼で私の頭の上の耳を見つめながら、
はゎぅと気の抜けた欠伸をし、
軽く背伸びをして、
「うん、わかった。話してくれて嬉しいぞ」
と言うと立ち上がり、そのまま部屋に一つのドアへと歩き出すと、
「もうちょっと突っ込んだ話、明日しよう。私の目的についてとか」
呟いて、自動で開いたシャッタの裏に消えた。
私たちの話は長かった。
既に日が落ちてから大分経ち、嘘の空が冷気で夜を演出している時間。
床を離れ、彼女は何処へ行ったろう?
私と彼女は似ていると思うが、
彼女は私について確りと間抜けを認識しているのに対し、
私の方は彼女をまったく理解できていない。
あんなにあっけらかんとした人は、
ここじゃない私の住居周辺でしか見たことが無いからだ。
彼女が戻る前に眠りたかった。
今の気分でもう一度顔を合わせるのが辛く感じられた。
明りをつけたまま布団に潜り込み、
そうした自分の考えにふと首を傾げる。
これはひょっとするといいことなのだろうか。
彼女といると、まるでここは――だ。
――?
そう思った時、私の脳裏でこれまで噛み合わずにいた相反する感情、
波打つその情動が揺れ動き伸び縮み、全くの同形を示し。
懐郷の指向が反転して、私はここに居る私の存在に疑義を訴える。
すると私の照明が落ちて黒に満ちる。
一斉に裏返されるオセロ達の幻視。黒から白へ。
瞼の裏から輝きだす眩き白の閃光に焼かれて、
双子の紅を端緒に私の虚像が粒に分解される。
消え去りつつも細い指先の残留思念で呻く。
そうだ、これは師の術、ミッドナイトプレジャーランド。
時間切れ、スペルカード取得失敗。
即ち一夜の旅の終わり。
私では、これが限界。
ここまでのことを知れれば概ね十分と言えるが、しかし。
私の失敗が招いたことは。
彼女のことは、残滓一滴の分際であっても、落とし前をつけねば。
たとえ羽を失っても、立つ鳥は後を濁さない。
私の夢よ、おやすみなさい。
* ぎぶあっぷ * やせがまん * そして *
「ちょとちょと、ね、対放射線スーツとか都合つかないかな?」「Why?(なんでまた?)」「里帰りするの、ふふん」
唖然としたダデットの顔は結構印象的だったけどこれはもう少し後の話。
さぁ、私と彼女の話も締めくくりだ、気張っていこう。
ああ言っても当然私は明日のことなんて考えてない。
なんつったって、理由も目的も今正に見つかって、無くなってしまったからだ。
とぼとぼ歩いてマフディー家家宅を出、数十メートルほど離れた所に広がる海まで辿り着き、見上げたCGの空に偽物の月が映っているのを確認した途端、私は、情けないことに私は、
「ふ、ふぇ」
その月がとても綺麗で、憎たらしいくらいに美しくて、それがどうして綺麗なままなのかを知ってしまった私は、悲しくて悲しくて悲しくて、うどんの居る前では耐えられたけど、もう感情を押し留める何者も私の周りに居ないのだと判ると、私は、悲しくて、う、あぁ、段々、ぅ、その月が海に漂うように滲んできて、うふぁ、うう!!でもここの海に月なんて映りこむ筈が無くて!!
ああもう駄目!!!
「ふぁああああああ! んぐ、う、うぇあああああああぁ!! んだよぞれぇ、酷すぎるよぉぉぉぉぉ!!」
お気に入りの砂浜を駆け自分の建てた尖塔に抱きついて泣き出しちゃった。
声を上げて。
恥も外聞も茄子も糸瓜もヘッタクレもねぇよ!
「ばかぁああああああ! ば、ばかやろ、この、ああぁぁ! ああああ!」
誰も見ていない!
誰も見ていない!
誰も見ていない!
月が光っている? 何言ってんだ!
けど冷静な私はまだ死んでないからガンガン泣きながらもどうして私こんな他人の事でガン泣き入っちゃってんの今時そういうのって寒いんじゃなかったっけとか思う。
思ってても涙は出てくる、生産生産に次ぐ拡大再生産。
泣いているとその内わかってくる。
私という奴はとても変な性格をしているから、大抵の事じゃ感動したりしないし、大体感動したからって泣くかっていうと違うと思うし、泣いてないと感動していないと思うような人って何考えて生きてるんだろうねとか思うぐらい冷めてるっつーか思考停止してる方なので、感動したなんて言葉を真に受けることもなく、身内の事以外で涙腺を働かせたことなんて無かった。
それがこうもおいおい泣いてるっていうのは、全然感動なんてよくわからない言葉とは関係無い理由。
私は我侭を言って、駄々をこねて泣き出した赤ん坊みたいな状態にいるのだ。
私は私が好きな奴がとてもいい奴なのに酷い目に遭ってきてこれからもまだまだ酷いまま続くしかない人生を定められててそれが私の力ではどうにもならないし私の力を欲してもいないし私がそこに介在することも許さないというふざけた設定に腹を立てている。
それが酷すぎる。
私がそれにギリギリ介入することが出来たのは、私の生まれるよりずっと前の時代になる。
私はどうしてその時に生まれていなかった!
そうなったのが誰の所為でもないと判っていても、んにゃ判っているからこそ、この腹立ちこの怒りはやり場も無く、ただ八つ当たりに暴れまわって、私の感覚を内部から刺激して、河の一つ甘い甘い海の七つも造ろうかってぐらいの涙を出させる。
私が最高に私になる瞬間を奪ったのは誰だ!
今気付く!塔の件も母の件もうどんの件も私は在りたい私像をいつだってブッ壊される!
私は私の好きな奴が困って苦しんで助けて欲しいと心の中で思ってでも口に出せない時にそれを目聡く耳聡く鼻聡く嗅ぎ取って本人が誰にも言わない内に勝手気侭な手段方法でもって悩みを解決しようと東奔西走し周りを容赦間断なく巻き込んで駆使し混乱を招いた後元の鞘に戻ったと見せかけていつの間にか当初の問題だけはきっちり無くなっているようなカッコよさ、誰にも感謝されないようなむしろ鼻つまみ者になるような嫌われ方をしてなおかつ私を嫌う人を真逆に好きでいるようなカッコよさを見につけたいと思っているのに。
どうして助けさせてくれない、うどんを、母を――そして私を!私は私を助けたいから皆を助けたいのだ!
それを私が気付く前に、私は私に気付かせる為に、塔を、アンテナを立てていた!
私は間接的に私を助けたいのだという我侭、私から発し、私が受信するべきもの!
あーもうちくしょうめ!
こんな嘘の空があるから届かなかったんだと言ってから思った。
やっぱり私は甘えん坊だ。何でもやってくれる人がいないと、何もかもを一人でやっちゃう。
そんなのつまんない、つまんないよぅ。嫌だよぅ、でも、でも、でもこの甘え体質をどうにかしないと――私は家に帰っても、家事の分担とかができないままで、何もかもやっちゃって、母を堕落させつづけるだけで、なら私がいない方が良くて――またここに来てしまう。つまり永遠に家に帰れない。
私は母を助けたい私を助ける為にここにやってきたのに、それがとっくに手遅れだって判って気が抜けて、私自身、私を助ける為に母を助けたいのか、それとも本当は母を助けるのに私を助けたいなんてのは後付けなのか、あのまま円筒状の自宅をカラカラ空回りさせて空気を通すだけの世界に生きていることと、そのストローの外から家の中を見えない振りしてカラカラ空回りさせて空気の無い世界に生きていくことを天秤にかけるまでになってしまっていた。
そのストローをひん曲げて頭とお尻をくっつけてコロコロ転がる素敵な輪っかの我が家を造りに来たのに、何を勘違いしてこんなことになっているのかも判らなくなっている。
まだまだまだまだ涙が続く、月の砂漠に纏が叫ぶ、私の滝がゆっくり流れ、嘘の緑に染みが隠れる。
そこで私は叫んだ勢いで自作の塔に蹴りをくれる。
喰らえ!
思いっきり。根元に私の蹴りが炸裂し、歪んだ砂の城にひびが入る。みしみしみしみしみしみしなんて音は当たり前だけどしない。ひびが塔の先端、私の身長の五倍ぐらいの高さまで届く。ぱん。軽く先っぽが弾けて粉塵が舞う。ざざざざざざざざと塔が先から崩れていく。スローモーに演出された大破壊を見ながら思い出す。『なんだまた米の国行くのまっち、私一回で飽きちった――え!月行くの!マジ!?流行の最先端じゃん!あそこ六倍高くジャンプできんだぜ知ってんよねまっちなら!』知らねーよバカ。今となっちゃもう笑えもしない。
だってここの人たちは皆私たち地球人の勝手な妄想のせいでジェノサイドこかれたのだ。
人殺しなんて見たことも無い、戦争なんて尚更だ、私にとってそんなのは本の中新聞の端TVの嘘の現実で、隣にあるようなものじゃなく、私の友もまたそうであるものと思っていたのに。
私の最新の友うどんの国は、その一つ前の友アイーシャの国と殺し合っていたというのだから、信じられるかこんな気分。
ショックは大きすぎて気持ち悪さばっかりが目立って、外の空気を吸いたくなったからって出てみたらここまで来ちゃって、挙句の果てにボロ泣きしちゃって、支離滅裂の行動、一瞬で私は倒壊寸前、塔も道連れ崩壊序曲、神の怒りに触れよガキ!
そうか判ったぞ、だから私ってば泣いてる!
塔の粉が私にはらはら降りかかってぐしゃぐしゃの顔にぺたぺたくっつくのを鬱陶しく感じた瞬間ぴんと来る。
勢い任せにしたって後生大事に建造してきた立派なモノをぶっ壊すのには勿論衝動にしたって理由がある人間的なものだったのだよと探偵口調、助手の名前は何だっけ、ガソリン?文化財だなそれじゃ。
私は私が気付かないうちに既に私を助けているのだ。
駄々をこねているようにしか見えないこの喚きは本当に駄々をこねているのだ、私の願いを叶えてくれよと何の理屈にもならない我侭を言っているのだ、月に願いを叶えて貰おうとしているのだ、今更そんなことができるはずも無い月に。
けれどそれは順逆に逆順に、見方を変えてはっと気付いてみると、私は月の願いを叶えてあげているのだ、もうすっかり渇ききって干乾びて涙一つ流せない月の代わりに泣いてあげているのだ、その涙をこの月の砂漠に染み込ませて昔の輝きを束の間でも取り戻してあげようとしているのだ、今更そんなことができるはずも無い月に。
私は、月を助けてあげている。
月を助けた私は、私を助けている。
私は助けられて、なおかつ、私のほかにいつも母を見ている月の奴がいることを知る。
私は、月がその渇きを満たす為に、夜外に迷い出た母を攫って、兎にしてしまわないかが心配になってきた。
その時そこにいなければ、私はまた変な兎と出くわすことになる。
私は、月がその渇きを満たす為に、夜気を抜いた地球を狙って、墜落してしまわないかが心配になってきた。
その時ここにいたのでは、私は母を押し潰してしまうことになる。
私は私を助ける為に母を助ける必要性を失った。
なら、私は、
もう家に帰れるんじゃないか?
もうどうすることもできない過去の他人の裏話を可哀相ねと哀れんだって無駄だけど、もうどうすることもできない過去の他人の裏話を可哀相ねと哀れんだっていいのだ。喜んだって怒ったって哀しんだって楽しんだってそれは全て私の為、まだまだどうにでもなる今の私の未来を、どこかの誰かが哀れんで、それがそいつの何かになるのなら、なるのなら。
どこからでも見える月のようになろう。
誰かの何かになりつづけよう。
イィェイ、決まったぁ!
やったうちに帰れるぞぉぉぉぉダッシュ!
私の理由が一段落したので我が友にその報告をしようと意気揚々気分爽快にでも夜中だからこそこそとドアを開けたところで私は明りが点けっぱなしになってることとその部屋には私しかいないことに気付く。
ばたんと後ろ手に閉めてから部屋の中をきょろきょろ。
殺風景な部屋。窓一つ。明り一つ。洋ダンス一つ。スーツケース一つ。机一つ。ドア一つ。ベッド一つ。
ベッド一つ。
いつも通りの景色だ、自分でも何とかならんのかと思うぐらい飾り気の無い部屋。
ベッド一つ。
あれ?
別におかしくない。どうして私はでっかいクエスチョンマークを思い描いているのだろう、不思議な気持ち。
あれれぇ?
なんで? 何が?
まぁいいや。明日は色々忙しくなる、途中だけど急用が出来たから私は故郷の星に戻らないといけない。最先端技術を学びにアメリカ領地の月面都市くんだりまでやって来たけどレベルが高すぎてついていくのがきついしそろそろ母も退院する頃合だから、名残惜しいけどマフディー一家とは今月中にさよならだ。可愛いアイーシャ、綺麗で優しいディアナ、賢くて貫禄のあるダデット、今度は揃ってこっちにおいでよ、微妙に汚れた日本の自然な空気でも吸いにさ。
そんな気持ちのままベッドに横たわる。何故か久々に使うような寝心地、机に突っ伏す癖でも付いちゃったかな。
自然と首が横に向いて、何かを探す。・・・抱き枕? 何だろう。
変な感じだ、上手なマジックを見たときみたいに、何でこんなに不思議なのか気になって、心が浮き立つ。そんな楽しい感じもしないのがまた不思議で。そわそわして眠れそうにないけど身体は寝たがってるからきっと変な夢を見るな。
妄想してるうちにねむねむになる。ふわふわいい気持ち。
でも不思議な気分はそのまま。変な夢が待ってる。バニーの格好した変人が餅搗いてヒーコラいってる夢だ。私は隣に座ってるこまっしゃくれた兎と一緒に餅をうまうま食ってて、餅つきをのんびり眺めてる。よく見ると変人はヒーコラ言ってるんじゃなくてぴーすか泣いている。変な夢の中で変なのと思いながらまたよく見てみると杵が何だか歪んだ形。
杵じゃなくて人間だ、うちの母ちゃんだ。
何やってんの?「あんたが放蕩娘してるからあたしがこんなバイトせにゃならなくなったんだよ、早く学校出て汗水垂らして働きなさい、このドン亀」と口汚く罵るあたりマジモンだ。でも餅を搗くたびに顔が米粒だらけになるのは笑えてゲラゲラ声を上げる。
しかしあれが我が母とは結構な発見、もっとよく見ればまだ何かあるかな。
きょろきょろきょろきょろきょろきょろきょろ、つられて兎も首を振る。って、こいつ見覚えあるな、そうか、耳がついてるけどアイーシャじゃん。何やってんの?「兎のバイトよ、マトイ。ニンジン齧ってるだけで日雇い6ドル」うわ微妙、しかも日本語。もっと変なのいないかな。
どうやらもう何もないみたいだった。見知らぬ変人がどういう脈絡で出てきたのか冷静に疑問、でも夢だし。
冷静ついでに目を覚ますと、今の夢のことはすっかり忘れた。
さ、まずアイーシャを慰めてディアナと泣きあってダデットに謝らなきゃ。ん、なんで謝るんだろう。
夢と一緒に忘れた。
まぁいいや話してるうちに思い出すよという夢なのだったりする。
それでも私は目覚め足りないみたいで堰を切った涙のように夢に隠された現実の現実のそのまた現実が溢れ出て止まらない。泣き虫の私が一番変な気もしつつまた目覚める。
そして私は思い出したのだ。
自分が何で眠っていて何の夢を見ていたのかを。
* こぴっく * むーん * えきすとら * ぱーつ *
大泣きして眠った次の日の昼(寝過ごしましたが何か?)、色々な事を思い出しすぎた私は軽い錯乱状態にあった。
寝てるうちに起きまくったのはその都度私が夢から醒めてたってことで、つまり私はどんだけの事を無理くり忘れようとしてたってんでしょうね。
その全部が全部を思い出しちゃった以上、余計じっとしてはいられない。
思い出したものが悲しすぎて、どうして私がそれらを忘れちまおうとしてたかが判ってまた悲しくて、でもそんなのは過去だよと言い切れる程度の三ヶ月が過ぎていて、私は今目の前にある問題をそれが逃げる前に速攻で解決してしまう為に動きだす。
「うおぉおぉぉい! 何処行きやがったうどん!」
目を開けて首をうねうねさせながらむにゃーと呻き声上げてもっさり身を起しながら隣のベッドを横目にしようとしてぼやけた視界のどこにもそんな家具が無いってことに気付くとガラガラの喉からそんな怒鳴り声が飛び出す。
殺風景で隠れる所なんてありゃしないからと年頃の女の子として最低限これやんなきゃまずいっしょぉ~ってような身だしなみを整えるより先に部屋も飛び出す。
「だぁぁ、状況に置いてかれると凄く腹立つって言ったばっかりだろうが!!」
言葉遣いなんか知らんわいと身勝手に理不尽にがなりながら廊下を駆ける。
アイーシャの部屋を通り過ぎる。スクールに行ってる時間。
ディアナの部屋を通り過ぎる。太極拳講習に行ってる時間。
ダデットの部屋を通り過ぎる。ルナ研究所に行ってる時間。
つまりここには誰もいない。私のほかには誰もいない。
けれどここには誰かいた。私のほかにもう一人いた。
今いないのは私が全てを思い出した所為なのかそれとも彼女がいなくなったから私は全てを思い出したのか、恐らくは後者だろう事が私には判るけどそれはどうしてなのか。
あの事件があってこっち鬱いでた私にはあいつが救済だった。
全てを忘れさせてくれたから。
だけどあいつの存在の優しさが悲しみに目を向ける私を癒したんじゃなく、その赤すぎる目を一目したその時、破壊することなんて出来ないはずのオリハルコニアシャッターを突き破った弾丸から這い出てきた小さな彼女の赤い眼を一目したあの時、私を吸い込んでくるその二つの穴に、引力に身を任せて、もうどうでもいいよと逃げ込んでしまったのだ、私は。
つまり私は私を助けようとすると既に罹っている病の所為でうどんの良く動く目に助けられるという仕組み。
それが楽だから私は助けなくてはならないのに逃げた。
息抜きのつもりだった国外逃亡が地球全土を押し潰す巨大な笑えない悲劇の所為で最早家に帰る事も母を助ける事も母を苦しめた者を許す事もそして私を助ける事も出来なくなった私を、何とか自力で助けなくてはならなかったのに。
彼女がその逃亡を許容したのは私と同じだったから、全てを助ける為の逃亡が自分の全てを死なせる事に繋がったからだと今の私には判って、やはり私は本当に甘えん坊でどうしようもない奴だ、見知らぬ他人にその傷を分かち合ってもらおうとするなんてと顔がメチャクチャになる思い。
家の中の何処にもいないなら、もう、ここの何処にもいないのだろう。
そう思いながらも、諦めきれない私は走って家を出る。
無音開閉自動ドアがちゃっきり開いて遮断されていた外の風景が私の目に飛び込んでくる。昼間。偽の、CGの空が飽くまでも青く広がっている。
呆然とする、途方も無く青い空、無駄なものが何も無い、なんて見惚れる間も無く寝間着のまま裸足で走る私。その空は彼女の置き土産だ。それは復讐なのかもしれない。思いやりなのかもしれない。
私は私と彼女が出会った海岸、嘘の塩水に満ちた空っぽの海の辺、夢見ていた私を象徴するように脆く崩れ去った月の砂の塔、その残骸が佇む場所まで来た。
空をまた見る。
そこに、CGでぼやけた黒い真空が見える。
一点の綻び。そこでだけ見ることができる、穴。完全でも何でもないことを説明している穴。
CGの空が綺麗に見える私でも、本当の空がもう見れなくなったことに哀しんだっていいはずだ。
思い出せる、たった一人の天才に世界中が騙されてたんだって誰もが気付いた日があって、その翌日、辛そうに鈍く動くダデットの口を見ながら私は気を失って、そしてガッコに行かなくなった。
その天才は月で引き続き研究されてる技術の基礎から応用まで全部作り出した科学者で、余命幾許もないと噂されていた世紀の犯罪者で、いつか私がぶん殴ろうと思っていた馬鹿野郎でもあった。
英語なんて判らないままでよかったのにと思っても頭はそれを勝手に和訳していった。『どういう手段を用いたのか全く想像の範疇外だが兎に角彼は死の間際その引き金を引き、中でも最も解析されている点を利用した技術の産物、国同士を隔てる壁を強制的に解除した。それだけなら何も起こる筈がない、ほんの数年前の世界に戻っただけだというのに、文明諸国の内外の危機観念はとっくに麻痺していたのか、それが敵対ないし競争他国の陰謀によるものと一方的な勘違いをしてしまった。あるいはそれも彼に仕組まれたことだったのかもしれないが、つまりその・・・やられる前にやれ、という状勢が作り出されてしまったんだよ』。
有名すぎて教科書にすら載ってるクソッタレがその呼び名に反した季節を常に生み出してきたことをダデットは付け加えたけれどもうその時私は殆ど意識が掠れて無くなっていた。
そうして禁断の撃ち合いになっちゃったんだとさと思えるようになっているのは昨日アレだけ泣いたからで、島国の故郷がほぼ海に沈んだと聞いて不完全な生存者リスト(普通は逆のリストだろうが!)のそれでも数百万からなる膨大な名前の列挙を穴が空くほど気が狂ったように見つめ続けたときの私とは違う。
私は私を助けて進化した。初めからそうしていればよかったところを逃げてきたツケが回ってきて、うどんは私のとこから去らなきゃならなくなった。
私がいつまでもあの眼に寄りかかる弱い私でなくなれるように、泣いて自己進化できる生き物に戻れるように、立ち直ろうとする度に記憶を締め付ける紐を解いてくれたのかもしれない。
それはとんでもなくありがたいことだけど、同時にどうしようもない状態を作ることでもある。
私に大きな問題が残ったままになるのだ。
誰も居ない、何も起こらない。そう都合よくはいかないみたいだった。
うどんはもうここには居なくて、二度とやって来ないだろう。
もう何も起こらない海っぱたに居てもしょうがないので私はとぼとぼと家に帰る。
帰りしなうそ臭い風景を眺めながらさてどうしたもんかと考える。
今度の問題は、私を縛る何者も存在しないのだからとても楽な事のように思えるけれどでもやっぱり難題である。うどんがまだここに居てくれたのなら簡単だったのに、今となっては手遅れ。
問題っていうのは、まぁその、私はこう見えても義理人情に篤い女なのさ、って自覚が原因。
挨拶もせんで出て行きやがって、ホントにもう。
私が歩くと家の中は順繰りに明るくなっていく。とことこぱっぱとこぱっぱ。オートメーションな家に今更感心しつつ思う。
状況はあっさりと手詰まりだけど簡単には諦めてやれない。お人好しで世話好きの困ったちゃんは私だって負けちゃいないと思い知らせてやらなきゃならんと考える。
この問題だって実の所昨日のように泣き喚いてしまえば解決するんだけどそれをやるのは嫌だ。
あの兎耳の変人に泣き顔を見せるのも泣き虫だと思われるのも癪だ。似ているっていうのは、こういう変なライバル意識も持たせるわけで、悪くない気分ではあるから、それを楽しむためにも、私は泣かない泣いてやらない。
やってやるわい、一つ盛大にお礼参りさせていただきましょう。
いやお礼参りはまずいなぁ意味違うな、家庭訪問ぐらいにしとこう、でも堅いなぁガチガチだなぁ。
と来ればこれっきゃない。
うどんの自宅、“げんそうきょう”の“えいえんてい”に、突撃となりの晩御飯。
待ってろバカ何年かけても行ってやる。その時私が皺くちゃ婆ちゃんになってたら労われよ。だから一言ぐらい喋らせろおい!寂しくたって私より先に死ぬんじゃないぞマジで!
なんつっていくら啖呵切ったって駄目かもしれないなと思ったところで私は素敵なアイディアに閃いて小躍りする。
何も賞品の発送を持ってお伝えせんでもいいわけだ。
お礼の前借なんて聞いた事無いけど、前例が無いなら私が作っちまえばいい。
あんがとね、うどん。
* 幻想郷 *
宇宙旅行と時間旅行と夢想旅行を一時に終え、
床についていた私が意識を取り戻す。
瞼裏が暗いので目を開けるとウェーブがかった黒髪が被さっている。
赤い瞳、白い肌、ふんわりした長い耳。
詐歴幾万、因幡の腹黒。
「げ、もう起きた」
黒髪の主はばばっと私から離れて脱兎になるが一睨み。
すっ転んだてゐを布団の中に引きずり込んで寝たままヘッドロック。
「もががががが!!」
「なーにーを、企んでたの、か、って!」
「おぢ、落ち着いて、あ、トぶトぶ、ぶばべばば」
「聞こえない、作戦って何よ!」
「何も、企んでなど、いないのよ? きゅるるん」
「ああ!?」
「う、ぶぶ、鈴仙優曇華院因幡手篭作戦、甲種、きゅる」
「ふん」
「ぎゅるもり」
私はあらぬ向きに曲ったてゐを布団に隠して襖を開け、
「・・・」
そこが竹で出来た神殿であることを確認する。
帰ってきたのか、またやって来たのかは判らないが、幻想郷だ。
彼女の、いない。
す、す、とん。
庭先を見る私の耳が背後からの足音の波を捉えた。
「胡蝶夢丸、ナイトメア」
振り向かずとも判る静かな声。
我が師はその一言で先ほどまでの異変を説明したつもりになっている。
「お気に召したかしら?」
「ええ、いえ、全く」
私は師の意に反するであろう、だが意に沿うであろう言葉を返す。
「あらそう。良かったわね」
「でも・・・夢が見れた」
背を見やるまでもなくその表情、微笑がわかる。
荒涼たる月の裏側を思う。
「月人は死に絶えてた」
「まぁ、そりゃそうね」
数ヶ月を共にした新たな月の家族、母と娘の瞳を思う。
「でも・・・兎は、形を変えて、今でも、まだ」
「まぁ、そりゃそうね」
数ヶ月を共にした旧き地球の才人、彼女の気さくを思う。
「しかも、地上人と暮らしていた」
「まぁ、そりゃそうね」
師の答えはいつもこうだ。全てを知っているかのような。
だから私はいつも問う。
「ご存知だったんですか?」
「あぁ、それは、あなたの夢を見させてもらったもの」
「・・・」
微笑が魔笑に代わる。意地の悪い人。
「いい夢、いえ――いい未来だったわねぇ、百年後、それとももっと?」
「あれは現実だけど、あなたの夢の中」
「あなたの夢が、あなたの調律で現実に」
「夢の月は現の地球」
「現の月は夢の地球」
「あなたはここにいながらにして月へ旅立った」
「あなたのクロックはナイトメアに合わさって」
「時流の波の長短をずらし」
「一夜のうちに半年を過ごす」
「夢でなら一瞬で成長できる」
「竹の花も一夜で生長できる」
「それがこの薬の効能だけど」
「あの薬と、何が違うのかしらね?」
「月はいつもこれを飲んでいるようなものだったのに」
「いつも運命を足蹴にしているようなものだったのに」
いつの世も流刑地こそ楽園ねと師は笑ったまま笑う。
心底に嬉しそうだが、真意は判らない。
門弟師の心知らず、師の主すら師の心を知らず。
その波長は、とうに線だ。
だが結局、地球も月のようになってしまうのか。
ここ幻想郷は災厄を免れるようだけど、
遅かれ早かれ、何らかの異変という形で影響が見られるだろう。
死者は黄泉が得る。故にこそ。
「・・・」
それは今日明日に起こることではなく、
誰の手にも余る理不尽な流れの末のほんの一幕だ。
内訳を見れば私とて狂うだろう。
既にその群れからはぐれた私には関係の無いことで、
この郷に異変が及んだとしても、私の出る幕じゃないと判る。
そんなことよりも。
私は、その時まで生きていることが出来るだろうか?
師のように永劫を定められているわけではない、私が。
そして、私は。
再び彼女に、会えるのか。
私の寿命は彼女の誕生に届くのか。
彼女の成育は私の死に間に合うのか。
あの出会いが、本来的に有り得る事ではないのだとしたら。
そうだ――その考えに恐怖したからこそ、私はここに戻ってきたのだ。
もう何者にも苛まれる事は無いと信じる事が出来たから。
心肺機関が結露して涙を流し、血液にほんの少しの塩分が足される。
感情。その平衡を取り戻す。
戦時には邪魔なもの、生きたい、否、死にたくないという願いが甦る。
私の戦いは終わったのだと、ようやく躰が納得してくれた。
間違っても、早く死んでしまえば楽になるのになんて思えない。
「師匠」
「はいはい、どうしたのウドンゲ?」
この人は、長く共に過ごしても得体の知れないこの人は、
神々しいまでに歪んだこの人は、
実は、ただ底抜けに優しく生きている。
絶やさぬ笑みを見て気付き、口を噤む。
答えてくれるだろう。そして叱ってくれるだろう。
けどその時の笑みは私には重すぎるだろうから、問うのを止めて言う。
「ありがとうございます」
師は感謝を受け止めて頷いただけだった。
少しだけそれが不思議で、何故と問うと、師はこう言った。
「私は旧い人で、頭が固いの。すぐには真似できないわ、そんなの」
何であっても、この人に真似できないことなど無い筈。
だからそれは嘘なのだが、でも腑に落ちない。
返礼というのは、真似とか何とか、そういうものなのだろうか。
相変わらず得体の知れない方だと思い、はあと頷く。
意味が判ったのは、ずうっと後。
ナイトメアクロックの私と同調してしまう彼女は、
起きながら夢を見ているようなものだ。
現実に戻したくらいでは、私を忘れてはくれない。
それに気付いた私が喜ぶまで、ノーヒントなのだから。
全くもって、人が悪い。
その人の悪さの所為で、私は、もう一度彼女に倣う気になる。
それは感謝の前借。
* とぅ * きらきらした * きれいなやつ *
これで私とうどんの話は一応終わりと言う事になる。
その後私はどうしたのかという顛末について軽く触れると、十数年そこに居残って勉強を続け馬鹿だけど素敵な彼氏と結婚の後出産と同時に家を夫に預け母星化処理の済んだ火星・木星・金星・一気に飛ばして龍王星と研究拠点を点々と渡り歩いた挙句今はオールトの雲でダークマターを物色中。色々なところで危うく表彰されかかりまくったけど全部いらないのでその都度逃げたのだ。私は私の欲しい物を求めて邁進するだけで、そんな素敵な私的生物が私から三人も産まれれば割と充分だった。
何を研究しているかっていうともう自分でも何が何だか判らなくなっているけど、目的もその居場所も判ってるのだから後は相応しい演出のためにいくら努力したって無駄にはならないだろうと思う。
そう。とっくに私は、幻想郷とかいう所の所在地と行き方の両方を知ってる。
恋に恋する私みたいな奴に入れないわけが無い。なめんなよ?
でもただ行ってただ久し振りって挨拶してただ抱き合うだけじゃこの長ったらしいようなそれでいて私の人生を纏めたものとしては短くて単調に過ぎる自動筆記のお話の締めくくりとしては少し弱いだろうと思って、それからもう三十年は経ってしまったけどまだまだ探す。がさごそぎゅんぎゅん。
私はきっとあいつを驚かせてやろうと思っていて、おばかな私の思いつく最高の再会シーンを演出する為に研究を続けている。それに必要な大体のものは揃ったのだが一つだけ見つからない。立場の違う既視感にあの眼をぱちくりさせてやるぞという意気込みだけで更に十年は経ってしまったけどまだまだまだまだ探す。何を?あの弾頭みたいな嘘宇宙船の素材だよちょい考えりゃ判るだろが。
やるなら徹底的に、つまりそういうこと。思うに私があいつに惚れた理由ってのは腐ってた私の日常をぶち壊した侵略者だったからなので、その逆もまた真にちまいないとこじつけて私は探す。何を?とぅるーらぶ、ひええ歯が浮く。
これは一世一代、一生に一度の私の賭け!
さぁ見つけるぞと勢い込んでパーパラ(乗り物。汎用で便利)のキーをぎゅんぎゅん回しフルスロットル。ぶっ飛ばしながらサーチサーチサーチ、盗んでパクって早よ見つけなきゃ、私の人生すっからかん。
年頃の落ち着きなんてものとは無縁なオバチャンって結構腹立つと思うけど、今だけは勘弁してくれ。
あの星には会いたい人がいるのさ。
さてずらずら書き連ねて、っつか言い連ねて来ましたが、これを読んでいる読者さんにどっからどこまでがフィクションなのか読み取れるかどうかは別として、少しは楽しめましたかね?つまんね?あそう。
いいのさ私を面白いと思うのは私だけでもと思うけど、まぁ折角だし、とびっきりの情報をお教えいたしましょう。
実は、幻想郷ってのは地球のどこかにあるので、暇人は探してみるといいでしょう。大体あと十年ぐらいで私も行くので、良かったらサインをねだってください。
ご愛読ありがとうございました、これからの私にご期待下さい。まだ完結してねーよ!
さぁ行け私、きらり、どーん!
***** 以上、抜粋 *****
《新々暦偉人伝記・二集「黎明期」(統治府直下ベルザンディナ図書ベース蔵)第Ⅲ部内紹介の書記より、原文ママ。
本書記は字数換算を試行する度に違う値を出す極めて不可解でアナログな性質を持つ文書である。ファーストルナ先住民と思しき人物の供述が文中に紛れているが、ベースに付記されているオートライターの稼動記録と照合した結果、著者であるマトイ・ウルフシャン・ソメタガヤによって入力されたものではないことが公式に確認され、当時広く物議を醸した。
禁書指定から二世紀が経った今、特定団体からの公開要求を受け、同団体出版誌に内容が著述されたが、トップ購買層である若年層からは純然たる読み物であるとして受け取られている模様。歴史的な見地からの研究に取り組む者はまだいないが、銀河史黎明期の貴重な資料の一つとして注目する識者は少なくない(ムラクモ)》
『だから私は言ったのだ! 愚か者は全て、蹴落としてしまえと! もう、遅すぎる! ―― 月鬼 』
『それっきり・・・途切れたの。その時が発露。感情は精神の揺らぎ、波よ。
後は位相をずらせば、無尽の憎悪も変容する。誰にでもできる、簡単なことね。 ―― 鈴仙・優曇華院・イナバ(泣)』
***** 以下、抜粋 *****
* 上を見て *
ああ、私も多分、もう一度会いたいのだと思う。
感情――そう、感情だ。
不確かなもの。
でもそれが私に狂態を晒させる。
ああまでして得たのだ、試してみる価値はあるんじゃないか。
自惚れかも知れないけど、皆が背を押してくれる。
ならいい。
安心して待っていられる。
* ふろむ * きらきらした * きれいなの *
綺麗なものに会って、そんで、すぐに別れた。
それだけのことだったと思うんだけどなぁ・・・なーんてね。
んな未練がましいの、嫌じゃない?
だから、そういうのやめて。
私ゃ、あの子に、もっぺん会いに行くよ。
会えたのが偶然なら、偶然なんて大した事ねーやぃ。
何度でも起してみせるぜってのよ。
ふん。
あの子に、どんだけ私たちが恨まれてても、さ。
* らいく * あ * しゅーちんぐ * すたぁ *
きらり。
どーん。
やたらと眩しいある日の朝。
そう、それが運命の飛騨、じゃない、日だ。
とてもじゃないけどスクールになんか行ってらんないって気分の私は、変わったものを拾ったの。
家のすぐ近く、広がる海を前に堆く積もった砂の城。
私が長い休みを利用して少しずつ築き上げた代物だったりするその塔が、忌々しい風に吹かれてか、それとも神の怒りに触れでもしたのか、私の記憶より1メートルばかり短くなっていた。
コンチクショウと神(その名は近所のガキでデイブだか肥満だかいう)に対して年頃の娘らしからぬ毒を吐いてみても、人々の言葉はもう一つに戻らない。
まぁでも幸いに、私ときたらそんな瑣末な不幸にはめげない器量良し。
今日も今日とて、ガッコをさぼって建築作業に取り掛かろうとしたわけですよ。
夢はでっかいんだし。多分な。
したら、瑣末でないことが起こった。
きらり、どーんと。
うどわー、間延びした声で言う私の声はどーんという轟音でぶちかき消された。
って、こりゃやっぱり天の裁きって奴かしらんなんて思うのは、私が正常な証拠でしょ。
要するに、私ってばどうしてココの所、いい年こいて砂場遊びなんぞしてたんでしょって事を、その時ようやく疑問に思ったんだ。
人間、パニックになっても、自分より慌ててる人を見ると落ち着くって言うっしょ?
そいつはてんからおたおた慌てきっていたし、なんつっても、それはそれは変な奴だった。
髪の毛は嘘みたいに綺麗な銀色、吸い込まれそうな(吸い込まれそうな(吸い込まれそうな(吸い込まれそうな)))紅い瞳、極め付けにでっかい二本の角。いや、角っていうにはふにゃふにゃしすぎてるから、もしかすればそれは、頭部に二対ある感覚器のうち、そいつに足りていなかったもの・・・つまりは耳だったのかも、しれない。ぴこぴこ動いてたし。
そのまま夜のお店に直行すればトップにのし上がれるような(つまり可愛らしさと艶やかさといかがわしさを持ち合わせた)女の子は、先の尖った円筒、一見古風なガンから飛び出す弾丸みたいなもの(何だこれオイ)からひょこひょこ出てきて、着弾時に被った砂の所為で物言わぬオブジェに成り下がっている私になんか気付かず、
「あぁぁ、着いた、着いちゃった・・・こんな玩具みたいなので、本当に着いちゃった・・・」
心底嫌そうに、頬を引きつらせて笑おうと努力してみせた。
当たり前みたいにその試みは失敗してたので、私はやっぱり月並みに、ワンテンポ遅れて一言、「きゃああああっ」とか叫んでみたかったんだけど、目の前の彼女に無意識に倣ったか、
「・・・えっと、何?」
なんていう危機感ゼロの呟きを、ちょろっと寂しく漏らしてしまった。
あんまり間抜けな声だもの、聞き逃してくれるかもっ、と思ったのも束の間。
銀髪の女の子がはっとして、私、というか謎の土塊に目を向けたもんで、変な誤解が生まれないよう、がーっと身を振り乱して姿を現す。
けど、その身振りが素敵な登場シーンを演出しちゃったらしく、
「ああ、何だぁ」
もぐらですか良かった、と緩んだ顔で仰るから、
「これはいい具合に茹ったトンチキ娘ですね」と揶揄するのも忘れてつい、「ああ、もぐらだよ」と軽く答えてしまった。
実際、するべき勉学も放って土いじりに勤しむ私は、もぐらっぽいのかもなぁ、と思ってしまったが故に。
そんな過程でもって、とんだ災厄でもって迎えたこの変人(我が身を顧たらそら変態たぁ言えない)との接触だったけれど、意外や意外、こいつは結構な常識人だった。
それは驚くほど恙無く、心配になるほど真っ当なネゴシエーションが行われて、晴れて彼女は私のステイ先に居候することになっちまったい、あっはっは。マフディー一家、懐が広いにも程があるぜ。
まぁ、部屋が足りないってんで、相部屋になったりしたけど、これまた私はソファでいいですなんて殊勝なこと言うから、うん、女の子好きな私としてはとても悲しかった。いいじゃん、一緒のベッド。
えっと、違うな?
そうだった。
私は、自分は兎だとかいうマジヤベー奇天烈女と、一年のホームステイを共に過ごすことに、なりました。
具体的にどうなったかというと、飯が一品減ったんだぞ。おい。
わーん、拾わなきゃよかったよぅ。
笑えねー。
飯とかいいけど、こっそり起き出して塔造るとか、できないじゃんよ。
* その時 *
比喩でなく、昨日の事として思い出せる。
そんな機構が私に内在している。
私はその記憶の常連だ。
我が人生に巻き起こった様々な事象と比べれば大事無い。
逆に言えば、瑣末事といえばこの期間のこと。
私に与えられた、ほんの少しのモラトリアム。
自己凍結、決済停止、心神更迭。
過去を振り返り鬱々と過ごすでも、
未来を見遣って終日に尽くすでもない、
何もせず何も起こらず何も変わらない査定期間。
自分を見詰めなおすな。自分を見極めるな。
自分を固定し、周りだけを見たとしても、
私の価値観は確実に変動しない。
宇宙の外へ行け。埒外の魔物になれ。
天才の考えることは判らないので従った。
判らないけど取り敢えずというのは情けないだろうか?
けれど狂人にお前は狂ってると言われては立つ瀬も無い。
どちらかではなく諸共に。
ならそれは私が考えたのと同じこと、と調律し誤魔化す。
今のままではいけないのだと思っている、
その考えが正しいのかどうかだけでも知りたかった。
しかし師よ、いくらなんでもこれは酷い。
* ふりーらん * いん * すとろー * まいはうす *
私ってのはとても普通な女の子のことです。ほら誰も信じねぇよガハハ。
少しその出自ってのを語っちゃろうにも、普通すぎて読み物にもならんくらい。
まぁでも、ちょっとぐらいは書かにゃね、読む人も意味不明だべさ。
もうそこそこ前の話に遡っちゃうけどね。
私がまだニポンゴの通じる国の、ニポンゴの死にそうな辺りに住んでた頃よ。
まるで今は違うみたいな言い方だな、でもそれは横に置いとこう。
そりゃ勿論、一般ピープルであるところの女子高生にだってさ。
先進国の、最先端技術ってヤツが、もうぶっ飛んだところまでいってる、ってこたぁ、わかるの。
けど、ほら、ねぇ?
〔――我々米国防省は前世紀の時点で既にこの技術を手にしていた。
隠蔽は国連首脳による意図的なものであったが、措置として、間違ったことをしたとは思わない。
広くこの技術が敷衍した場合、各国間、乃至は企業間に起こる問題は、現在におけるそれを遥かに凌ぐレベルのものとなる。
これは疑い無いもので、宣言を受けている全ての国家の全ての人民が容易に想像できることと思う。
人間が地球を壊す為に造った、これまであったどのような兵器をも凌駕し、ある意味において最も恐ろしい――〕
なーんてちぐはぐな和訳のニュースを、朝っぱらから見てさ。
正気でいられるかっつーの。
生真面目にガッコに行けるほど、私は良い子ではなくってもいいかな、なんてね。
へっへ。
肌に直でぱちぱち気だるくとめてたルーズ脱ぎ捨てて、ぱっぱ着替えて、フケました。地球温暖化とか嘘だぜ寒いし。
ちゃんちゃんこ着て炬燵入って、ニュース見てる方が断然いいと思う、この方が幾分か健全だわい。
うちの親も理解あるから、一緒に家にいなさいって言うし。いやん、親公認非登校、万歳。
もっとも、後で聞いた話じゃ、国から直々に避難勧告的なものが出されてたんだって。
家から出ないように、諸国との交渉が済むまで。
だから、欠席扱いにはならなかった。
不良も面白いかもなぁと思ってたのに、結局その間無遅刻無欠席だよ、ばかやろう。
〔――この物質から作られる、全く新しい素材、開発者の意向でオリハルコンと名付けられた金属は――〕
第一報の後、どこのチャンネルも(えねっちけとテレ東は除く!)、その技術についてのことばっか。
まぁ、そのお陰で、普段ニュースを読み解くようなセレブスキルを持ってない私にも、事の次第が大体わかった。
いや、うーんと、多分わかった、つもりになってるだけかな。
とにかく私に判ったのは、とんでもない金属、何かプレステのゲームとかで良くありそうなそんな名前をした、象どころか地球が乗っても壊れないようなものが、割とずっと昔、ウン十年は前に、とっくに発明されてたんだけど、ちょっと先進技術なんて枠じゃ収まんないデースってんで、長らく向こうさんが占有してたんだそうな、ってことぐらい。
あ、あと、その金属をどうにかすると、いくらでもエネルギーがチュウシュツできるから、えーと、何だっけ、
〔――素晴らしい! 錆びる事無く、加工次第で加熱の可否すら変わり、比重は果てしなく軽く、よく曲り、
いやそんな事より何よりも、我々地球人類は、有史以来悩まされてきた一つの巨大な問題を、克服するに至ったのです!――〕
そうそれ。すごいねぱちぱち。
興奮してる友達も居たけど、電話越しに荒い鼻息ばっか聞かされると十年来の付き合いだって絶ちたくなるわ。
まぁとかなんとか言ってる間に、終いにゃCMなんかもこれのことで持ちきり。
民放はたくましいな、家から出るなっつってんのにさ。
しかしこれって、悪意があっての事ではないって偉そうな(多分本当に偉いんだろうけど)おっさんが言ってたけど、そりゃ、善意でなきゃぁ全部悪意ってわけじゃないもん、物は言いようだよなぁ。
実際、我が国に置いてある基地にその金属製のヘリとかが持ち込まれても、書類審査とか全部向こう持ちで、ごまかしごまかしやってたってんだから、あんたそりゃ非核三原則国馬鹿にしてるって。
別に外人さん嫌いじゃないけど、やっぱり偉い人は嫌いだなぁ、と若者らしい反骨精神で思ったね。
馬鹿にされてもへらへらしてる日本人かつ偉い人と比べると、マシか、とか、何様だ私は。あはは。
あと単純なこととして、私はレトロ趣味な化石燃料ストーブの動かし始めに放つくせぇ匂いというやつが結構好きだったりするので、電化製品が全部そのエネルギー、あだまんてぃすとろげんとかいうので動くようになっちゃうのは、好ましくない。友人が買い換えろって五月蝿いしさ。
こういうのをことわざで、ポーズ憎けりゃ今朝まで憎いというらしい。全然意味わからん。
私は匂いって大事だと思うかんね。
またテレビを見てると、
〔――シュレンバーン大統領の言ったことにも正しい所はあります。一理あるというところでしょうか。
確かにこんなものが、まだまだ未熟だった一世紀前の我々に齎されれば、静かに続いていた冷戦はあっという間に終結し、人類総人口が半分も減らないうちに、地球全土の九割は焦土と化していたことでしょう。
両国はそれほどの緊密した対外状況を抱えた時期にありました。
母なる地球を想う気持ち、その一点においては、絶対といって良い程当時の米国は正しかった。これは揺るぎません――〕
その後の対応についてまではフォローする論を持ちませんがね、とシカツメラシイ顔をしてパゲ頭が言った。
なんでこいつらは外出してんだよとかいちいち突っ込んでると、五月蝿いと頭を叩かれたんで、もう言わん。
バゲが両国の諜報員(ボンドみたいなのだろうか)同士の激しい鬩ぎ合いもあっただろうとか言い始めて、より一層お昼のワイドショーは胡散臭くなっていく。
そんで一週間、そんで一ヶ月が経った。
食糧は公務員の人が通販みたいに届けてくれるようになっちゃったし、数日前までの生活は何だったんだか。
お陰でうちの母はすっ呆けた。
新聞とりに玄関先出て、お隣さんと会話するぐらいはできるけど、家事は全然、駄目になった。
その内に厳戒態勢が解かれて、うち以外は見せ掛けだけでも日常を取り戻したっていうに、うちの家長はボケ老人化。
ヤブっぽい訪問医の言う事には、兼業主婦は暇ができると何をしていいか判らなくなるのだという。
ああ確かに朝昼晩あたいががっこで居眠りしてる間も汗水流して働いてた上夜中は一緒に飯食ってたもんねぇって思った。
批難するみたいな口調のお医者様にガンくれてやって、口より良く伝わる言葉を使って(言い換えると、去り際におもっくそドアを叩きつけて)から、ふとね。
でもまぁ、それが彼女の生き甲斐だったんだから、私は反省なんかしない。
けど、けどさ。
あうあう言ってみかん剥いてる姿見てると、ちょっと泣けてきたんだよね。
だから、見るのやめて、私の母親をこんなにした馬鹿を殴りに、ひとつ、海外留学ってやつをしたろうかと。
纏、あんたはいつも口より手が動くのよねー、先に。
話をすると、その日は正気だった母ちゃんが愚痴るみたいに、にこにこ言ったけど、止めるようでもなかったから。
でっかい勘違いしたまんまさっさと役所行って手続きを済ませた。
これで家のことは安泰。
ホントは、まだ子供がぶらぶら外出ちゃ駄目だってことのはずなのに、やっぱり、外出してることなんて、咎められなかった。
親にしか怒られた事が無いって、漫画なんかじゃありえなくね?
現実の方が、現実感ねーよ。
ふんとにもー、母ちゃんだってさぁ。
引き止めてくれたっていいじゃんかよ。高校生はもう、親に甘えちゃいけないん?
いかんな。
私って甘えんぼさんだったんだわ。
* あんだー * ざ * ふるぷれーと * べーす *
我ながら行動が早い。びゅーん、パスポートぐらい初等部で取得済みよぉ。
それじゃ私行ってくるけどって掛けた声にああうあとしか帰ってこなかったのが寂しくて、うじうじうだうだえんえんとか自分の座席で悲嘆に暮れながらイヤホン通して響くサヨナラにリズムを取ったりしてる間にパラ(乗り物。正式名忘れた)はあっちの空港に着く。長いようで短い。
エントランス出てすぐ、旅だぜっていう気持ちを実感しようかしらと空を見上げたら、いきなりCGの青空だった。
マジかよと思って回りを見渡す、エントランスから出たばかりの私には空港の社屋に遮られて区切られて70%ぐらいの空しか見えなかったけど、それはもう端から端まで全部CGで、こうなったら視界の奥のほうにある街路なんかも偽物なのではと思えた。
どんなにクオリティの高いものだって、空ばっかりは本物と間違えたりしない。
しないけど、私は今をときめく現代人で、一昔の人間とは一回りも二回りも違うのだ。
精巧なCGは目に優しい自然の光を完全に模倣していて、そこから得られるものに作り物の違和感なんてなく、人類の叡智の実感だけだったりする。
事前にガイドブックを読んでなかったら、口開けっ放しで国の恥晒しになるところだった。あぶねぇ。
開幕直後の危機を何とかやり過ごした私は、チューボーん時に修学旅行で行ったロスはかなり異国情緒ゼロだったなぁ、それと比べるとこれはこれで結構いいなぁ旅だなぁと暢気に思ったりした。あれ定住する時は旅って言わないの?
ふーん。
そこらへんでようやく落ち着きと視界を空から取り戻すと、私は、エントランスのすぐ脇に停まってた自家用車らしき乗り物から降りて来る、金髪碧眼の可愛い女の子(洒落ならん可愛い)と、そのお母さんらしき女性(美人。ブロンドは兵器だ)が、どうやら私の呆け顔を見詰めているらしいということに気付くと、なるへそこの人たちが私のステイ先の家族だなと思い当たった。
二人の持ってる、《桃原郷にようこそ、マトイ!》と英語で書かれたプラカードがきらきらしてて眩しい。買ったばかりの真新しさに満ちている。
観光客に紛れてわからないかもしれないと危惧したんだ、漢字まで勉強しちゃって。
ありがたいなぁ。でも一字違うぞ、お茶目。
カードに隠れてるけど判るぞ、その裏で女の子の左手とお母さんの右手は繋がっているのさ!
って、待て待てやばいやばい。こいつら第一印象から良すぎ。
私はここに来た目的を忘れそうになる自分を諌める為にちょっと強めに頬を張る。
おやおやこの美人親子キョトン顔だ。
無理もないと思う。うん。挑発成功。
でもファニーで留めとかないとこの家族に悪ぃので、にっこり笑って誤魔化す私だった。
ここは、一年前はこの国の中でもトップシークレットだったヒミツの研究地域、例のなんたらいう素材となんたらいうエネルギーを生活に利用する実験的居住区画、誰が呼んだか『シャングリラ』。
お国同士の難しい問題がわやくちゃになった結果何故か解決したらしいその一週間後から、なんていうか、世界はとても判りやすく未来チックに進歩しちゃったわけだけど、そんな各国の新しい文化と比べても、圧倒的に飛び抜けて訳のわからんSF色に深まってるのが、この新素材のなんちゃらをぐいーとメチャクチャに圧延してひん曲げてフライパンみたいにしたもんをえいやっと逆に被せたドームの中にあるこの変な町だった。
元々町があるところに被せたってんだからスケールが違うね。
にしても広すぎるな、と私は思う。
我が国じゃ新国技館大ホールのプラネタリウム、ムービングワールド(観覧料ごまんえん。アホか)の百坪ぐらいが関の山だってのに、調子こいてるぞこいつらと思う。
いくら土地があるからって、湾まで巻き込んでお椀を被せちまったんですよ。
わ、洒落? もう・・・調子こいてるのは私じゃん。
ロッコ(乗り物。お年寄りはクルマって呼ぶけどどこに車輪が?)の中で空のCG眺めたり美人親子と談笑したり。やっぱ綺麗な目してんよねーこっちの人って。ううん違うの。ふふ、この子今日はマトイと会うからおめかししてきたのよ。へー、そんなとこまでいじるんだ。この辺じゃ普通のことよ。ふーん、ヒミツ基地は家族も凄いんだ。あは、マトイって面白い。いや全部英語なんだけど。
そうこうするうちにマフディー家邸宅到着。やっぱこっちの家は広い。
そっからはもう、ここまでより詰まらないので粗筋に省き省き。
不慣れな土地での生活を苦無く円滑に過ごす為の挨拶と挨拶と挨拶の連続・応酬・クロスカウンターがあって、晴れて私は、祖国での暮らし振りと変わらない毎日を生きる、日常のチャンピオンになる。カンカンカンカン、10カウント!
つまんねルーチンの最中に聴いた話の所為で私がこっちに来た目的はぶっ潰れたけど、じゃあいきなり約束破ってとんぼ返りするかっていうとアレになった母の顔が見たくないって気持ちもあるわけで、結局私はそのままずるずるべたべたと他人の家に居座り続けることにする。速攻でこっちに来るまでの勢いは何処へやら。
未練がましいのが嫌ってのはこの時特に思ったの。
ぐだぐたと夏休みまで居座る、さまたーぃむ。
不満な日々に鬱屈鬱々悶々、身は軽いのに動きのとろい私、何を思ってか、いきなり近くの砂場に塔を建て始める。
これがねぇ。
この心理、当時自分の事ながら全くわからなかった。
しかも何故か習慣になっちゃう。
わからんから事実しか言えない、ずっとずっと続いた。
まだまだ、休み明けても治らない。建てなきゃ高く建てなきゃって。
するとまぁ、勉学よりもこれの優先順位が高くなる。高く建てなきゃ。
元々勉強しにいったわけじゃないしとか言い訳するでもなくサボる。自習してれば許されるのがまたいけなかったよ。
その理由については、また後で。
でまぁ、そいうこと。判るっしょ?
そんな毎日を続けていた私に、不思議な事が起こったのだってわけです。
不思議っつーか、変。変人が変なものに乗って変な風に登場したのだから、それはヘンタイトリスメギストス。
さてようやく本題だ。
* 彼女の理由 *
惨状に嘆くのも束の間、私は現実に相対する。
現地人と呼ぶべきかどうかは微妙だが、彼女はそこに馴染んでいた。
不思議な感覚に痺れる。
私は常に異邦人なのだ。どこへ行っても。
どこへ行っても。行っても?
チリチリと脳を焼かれる気分だった。
私を焦がす頭の後ろのルーペを壊す為に瞳を凝らしてからほっとする。
こうすれば私はどこでも個人だ。
けれど目の前の現実は甘くない。見すぎたのだ。
私への猜疑を完全には消せず、結果来訪者として紹介された。
その疑心を消すには私をぶれさせるしかないが、
今それをやってはこの旅の意味が無いし、第一もう手遅れだ。
仕方なく彼女の住居彼女の部屋を間借りする。
今でこそ彼女の仲介が私を私ならぬ私たらしめているが、
彼女、私、それ以外の三点が強く交じり合えば、
私の存在の不確定性が第三者に疑われる。
彼女の問題を解決し彼女が去るとき私も去る。
そうしなければこの住居のこの家庭の柱が壊れてしまう。
御免だ。私は居座る。
この家に居候は一人しかなかったという事実を残すべきだ。
あの子のように巧く立ち回って、彼女以外を騙し、最後は全てを。
丁度良く彼女とは波長が合うようだ。
彼女と仲良くやっていく自分を想像する。
さて私に出来るだろうか、いや、せねばならない。
私の所為で全てが台無しになるのは、もう二度と。
* ふれきしぶる * らびっと * あいず *
そいつの名前はレイセンっていうのだが私はうどんと呼ぶ。
実はもっと長い名前があるんだけど、こちらさんの一家には判らないだろうってんで私はそっちを伏せて紹介した。
私ももうよく覚えていない。
確かレイセンの後に、うどん何とかっていう爵位みたいなのを示す(生意気な!)ものが間に挟まって、最後がカタカナでイナバだったかな?
一応漢字で全部書いてもらったけど、難しかったんで読めなかった。レイセンが鈴の仙人っていうのだけ覚えて、後はきっぱり忘れるつもりでいた。
そしたらもう呼び名もまともに考えるのがめんどくなって。
だからこいつはうどん。
余談だけど、我が国のとっくに滅びたレガシーフードにそういう名前のがあったとか。きっと紅いグミみたいなのだろう。
紹介するときに一番困ったのがその目だ。
くりくりくりくり。
まぁよく動く目だよなと思っているのは私だけじゃなくて、アイーシャもディアナもダデットも揃って「ファンタスティック」って言うんだけど、動きより色の方が私には気になる。
事あるごとに私は聞く。日本語が通じるから日本語で。
「うどん、それカラレチ? それともカラレン? どこで着けたん?」
「違います、私の目は生まれつき、月の光を吸い上げて真っ赤なのです」
その度にふふんなんてちょっと誇らしげな口調で答えるうどん。
そうそう、こいつは一事が万事に真っ当な性格をしてるのに、自分が兎だとかぬかしやがるのだ。ありえね。
「兎は兎でも、月の兎ですから、見たことが無くても、無理は無いんじゃないかな?」
どういう了見でか知らないけど正直引く。
一度だけ私は「お前それマジで言ってんの? ネタ? キャラ作りなら寒いよ?」って冷たく言ってみたけど、はははと誤魔化すんでも慌てて訂正するんでもいかれた真面目顔で断言するんでもなくて「あぁー別にそう取って貰って構わないです、むしろ信じないで下さい。ていうか触れないで」とか本気で困った風に返されたんで、きっとこいつにも何か事情があるんだろうと勝手に察して、深く追求せずからかうことにしてる。
しかし洒落にしては全然譲る様子ないし、もしやマジで宇宙人は実在したってことかしらん。っつーのはその方が面白いような気がしたからではなくパラでもロッコでもない乗り物を見ているから。少なくともただもんじゃぁ、ない。
で、その私の想像は、ちょいとばかしこの国のフェイタルな所をつっついていたらしく。
ある時、たまたま居間で新聞飲んでコーヒー読んでる(ん?)ダデットに、
「ねーパパさん。実はうどんが何者だか知ってたりしない?」
てな風に話してみると、彼は一口悪魔の液体を啜ってからおお大事な用を忘れてた今から出かけるよマトイ留守は頼むとネイティブなイングリッシュで捲し立てた後ドタドタと一目散に逃げ出してしまった。
ぶっちゃけた話半分も聞き取れなかった私はただただ嘘吐くの下手すぎるだろおじ様と思う。
マフディー家はアイーシャがエレメンタリに行くより前からここに住んでいて、ダデットはここの研究施設の少しばかり要職にある人なのである。
何を何故どんな風に研究してるのかなんて勿論知らない。あれをなんとかしてこうする程度の認識です。
少なくとも、家で暢気していい父親してるダデット、他人の娘相手でも本気の顔色で叱れる素敵なダデットにだって、色んな隠し事があるんでしょうよってぐらいで。
けどこんなステレオタイプの狼狽ぶりを見せ付けられると、天邪鬼な私はすっかりその気になってしまうわけじゃよ。老人か?
うどん本人はっつーと、
「私は兎です。ここからは見えない、天蓋の裏の空から来ました」
とか言って真っ赤な目をきゅぴーんと輝かせるから、こっちとしてはこれ以上の説明をされてもOKOKちょっと署までご同行願おうかってな具合だし、アイーシャはそれ聞いて頬染めてため息ついちゃうし、ってそれはやばいまずいぜ犯罪者の非生産行為を助長するそのとろけるような殺人的憂鬱フェイスはお姉さんもクラクラのふぉーりんらぶなので即刻やめてもらいたい。二人とも。
落ち着け私!
おや今の一節は飛ばしてもよかったみたいだぞ。
まぁとにかく、会った当初から私の中でものっそい溜まってたうどんに対する疑念は事ここに至ってピークに達した。
その発言がキの字の出任せであろうと無かろうと、うどんはダデット、ひいてはこの国が隠したがっている何かに関わる重要人物的存在のような気配がある。個人的にどうしても重要人物とは認めたくないけどそうらしいので曖昧に許容。
だーかーら、それはつまり、私がここに来た理由の復権ということになる。多分。
私は私の母ちゃんがうふぅあとか言わなくなることを夢見てる。
私は私の母ちゃんをあはあうとか言うようにした奴を憎んでる。
だったら殺すか? ぶっ殺すって、わかりやすく若者らしく切れてみせるか? そうして本当にぶっ殺しちゃって、後から反省するような惨めったらしいのも嫌だ。出来るかどうかなんて、アホか。やってやれないことは無いんだよん。やってられねーことは沢山あるけどさ。
私は、ばきゃろこのてめとこき下ろして罵倒して、ごめんなさい許してくださいと自分から心の底から言い出すまでねちっこくいびるような陰険なことはしない。
一発殴らせろと言いたいのだ。別に殴るのは目的じゃないし、手段にもしたくないのだ。
私はそのくらい本気で怒ってるんだぞ馬鹿野郎と、判らせてやりたいだけで。
私が怒っていることをそいつに教えてやりたいのだ。
それはどんな手段であってもいいわけで、その為に、うどんちゅー奴は使える。
いや、もうそいつを理由にしてでも目的を果たさないと、故郷には帰れないみたいな、そんな思い込みがあった。
何せシャングリラはとても居心地がいい。
けど私は出来れば、出来れば、出来れば早く家に帰りたい。
帰りたくなくなってしまってからでは遅い。
本当の所、そいつが、その馬鹿が、自分の馬鹿さ加減にもう気付いているんだったら、許してやろうとさえ思っていた。
許したくなくなってしまってからでは辛い。
そしてその決心をするまでになんと三ヶ月もかかったのだ。臆病者め。
* ぬーめりっく * なんたらかんたら *
ダデットの部屋に忍び込んで極秘っぽい資料を漁っても面白いぐらい判らない専門用語の羅列で私は早々にその手段を諦めてバインダーを閉じようとしたけど、直前にめくっていた紙束に気になるピンナップ、何の変哲も無いように見える、実際には何か変な青空を映したものが挟まってたので、それを引っつかんで部屋を出た。
それをどうしたらいいかなんてことまでは考えてねーわけで、勢いに任せた行動なんだから、良くない事をしているって判ってても止められない。止まるには早い。
誰かに見せよう。
ダデット? それ無理。私はこの家での信用を著しく失う行為をこれまでしてこなかったし、これからも努めてしないようにしたい。忍び込んだことがばれたとしたら謝るし、理由だってそこまで難題じゃない、不思議な写真が落ちてたのでちょっと借りちゃったゴメンネ、だ。後からすればそんな言い訳で事が収まるような安易な問題じゃなかったんだけど、その時は衝動の加速度がまだ残っていたから、止まるわけにもいかない。自分に反駁したってろくなこたぁないもんと。
アイーシャやディアナに見せてもしょうがない、というか余計こじれる。単に私が疑いをもたれるならいざ知らず、こんなことで人様のご家庭を脅かすなんて外道だ。そもそも言葉がわかったって意味が判らんべと思うと私は自然に二人をチェックから外す。
で、私には赤の他人に話を持ちかける為に必要なものが致命的に欠けている。コミュニケーション不全? 逆、むしろ他人に関わりすぎて、今もこうしてギリギリの一点まで来ている。これ以上変人ストリームにパンピー(死語辞典から抜粋)を巻き込んじゃいけないよとチェックアウト。
そしたらもう論理的に一人しか残らないのだ。わーかっこいーい。何とか的にって知的よね、うっふ!
まぁある意味当事者なんだし、うどんに聞くのが一番だろ、不思議なことに不思議と思っていれば不自然じゃないっしょ、何も不思議なことなど無いよ。っていうと、こいつ脳天気ちゃんすぎめでてーなと思われるわけですが。
望むところよ。
夕食後のマフディー家、私の部屋には何故か甲斐甲斐しくベッドメイキングする兎女がいる。元は私が使ってたベッド、今はうどん用で、私はダデットの知り合いから譲ってもらった病院用の簡易ベッドを使う。
ベッドの端をぺしぺし叩いて満足げにしている寝巻き姿(当たり前みたいにピンク地の模様は人参)のうどんに後ろから声をかけた。
「うどん、そのでっかい耳貸してよ」
「ああ纏お帰り、って貸せませんて。取れないもの」
取れてもいらんて邪魔だし。
うどんの返事はジョークなので聞き流してまぁ座んなよと促す。やっぱ日本語は気安くていい、イントネーションも自然。
うどんは変な形した角・耳を片側だけぴょこんと90度傾けて何かしらって意思を示す。
うどんが座るのに倣って私も自分のベッドに腰掛けて向かい合う形になる。
「聞きたいことがあってさぁ」
「うん」
答えは軽いものだったのに、私は真っ直ぐ見据えてくる二つのレッドグミに気圧された。
言葉に詰まる。誰も喋らないと、周囲10m以内に他の家が無いここらは随分と静かになるのだ。
ちょっと話しづらい空気が生まれた。けどそのまま黙ってる方が妙だ。
私は上体を両手で支えて反らしうどんの赤い目じゃなく折れたくしゃくしゃの耳を見て(毟りてぇと思いながら)切り出す。
「まぁ、なんつーか、ぶっちゃけるとあんたの話なんだけど」
「私?」
「そううどん」
変わらず私の目を見る、白面の上の赤二つ。
怒られているみたいだなと思って私は急に面倒くさくなる。過程をべらべらと喋るのがうざったく感じる。私は何も言わず私のお出かけ用バッグをごそごそと探って、隠しておいたピンナップつきの資料を取り出してみせる。うどんが息を呑む、その小さな小さな聞き逃しそうな音が静かな私の部屋を跳ね回るのを聞く。
資料を膝の上に乗せて、うどんの様子をちらちら窺いながらピンナップの青空をちょっと伸び気味の人差し指の爪で指す。
「これ、何だと思う」
爪の先に、写真の空に映る黒点。
真ん中に位置しているから、空や風景はおまけで、これこそが被写体なのだと勝手に見当をつけて言う。
「この点?」
「そう点。変だよね、絶対。だって」
「点より、あなたが変。纏、一体どうしたの? あなたはとびきり頭の良いこの地域初の日本人留学生で、こっちの生活に憧れて来たわけでは決して無い現実主義者で、ステイ先の家族と仲良く過ごす平和実践者で、目的を確固と持っている志向固定者でしょう」
「いや、そんなことはいいんよ。てか私頭悪いよ」
「そのあなたが不明瞭な目算で、この家で生きていく難易度を上げる行為、まるで現実性に乏しい話題、まるきり危機感の無い腑抜けた話題を持ちかけてくるだなんて、つまり早い話が変」
「私ゃ変だから、それはいいっつの、聞いてようどん」
「そんなわけはない。これはいつだか話してくれたあなたの目的の為の行動なのね?」
「うーん」
私は平気なフリをして見せるけど内心態度の急変したうどんにちょっと怖いよコイツと思い始めている。私のすべきだった説明よりも明らかにうどんの方が間を端折っているからだ。私の意図を察しているのはいいけど判られすぎると怖い。アレってこうだよねうんそうそう困っちゃうよね程度の共感は許せてもそれは外交戦術だからであって内部に侵攻されれば誰だって撃退したがる。
こっちに来るんじゃねえよ。うどんめ、漢字の名前を持ってるくせに間の取り方も知らない。ガキか。
「あのねうどん、馬鹿このアホ兎変態娘、エロいんだよお前、体中べろべろに舐め回してから簀巻きにして放り出すぞ」と言いたい気持ちを堪える必要がある時点で私もガキか。っていうか馬鹿か。うん変態でした。
冷静に。
「えーっとまぁ、判ってくれてるんなら話は早いよ。うん、でさ、この点が何だか知りたいのは本当なんだわ」
「それを知るとあなたは目的を果たせるのか。どういう因果でそうなるのか判らないけど、色々と世話になったし、纏には話してもいいかなと思う。本気で聞きたいんですか?」
「大本気よ。オオマジって読めよ」
「では教えます。これはあなたも知っているものです。どこで撮った写真かは?」
「うん、多分、ここじゃないね。空が本物だし」
「そうですね、私もそう思う。思うと言うのは当事者ではない、被写体は私ではないという意味ですよ」
「へー」
「エスケープホライズンの為にマスドライバを利用する手段です。と来ればこちらには終戦まで一基しか存在しなかった軌道エレベータ先端の自転利用型かな。弾体は加速機での輪転を考慮しなくていい所為か標的を貫通しづらいキューブフォルムになっていますから、速度も並、恐らくはサイズも小さい。戦時の事情を考えれば天体の運行に支障が出てはまずい、船体の九割が力点隠匿の為の装置だと思われます。材質はそれらが異常を来さない為に頑健かつ柔軟なものね。軌道修正用の演算機や噴射類も除去したこの形での精密射撃は針穴に綱を通すようなメタレベルの見通しですから、まず広域拠点爆破、誤差範囲30~300km。写真が一枚しかないのは、むしろ一枚も写真が残ったと見るべきですね。基地外縁に設置された衛星監査カメラが捉えた最後の映像といったところでしょう。こうした写真が残ったこと自体狙いが外れなかったという事で、これは立派な奇蹟だと言えます。原始的な機械が役立った稀有な例です」
隠匿といってもこんな兵器は一つしかないのですがご都合主義として纏めましょうかと締めて息を吸ううどん、この間約一分。
おい待てコラお前何言ってんの?
「待てコラ」
「はい?」
やばい素が出た口に出た。でももう一度私は待てコラと心に思う。
こいつ全然判ってねーじゃんスゲェ勘違いして超物騒な発言コンボしてるよ怖!という思いをやっと隠してうどんを止める。
「悪いけどうどんが何を言ってるのかちーとも判らんの、説明して」
「ん、どこが判らなかったのでしょう」
「全部。全部」
「え、全部?」
語るに落ちるおぽんち。
あれは、そう、昔読んだマンガの台詞だよ、あわわやべぇしゃーべっちまった。さながら人には言えない趣味のサルガッソー即ち押入れの戸の動かない方の裏側を覗き見られた哀れなシャイボーイのごとく。
「えーとその何ていうか会話にはこういうちょっとしたつまり小粋な話術がいるよねっていうことで素早く思い付きっぽい言葉を並べてみたりしましたがこれら全ては嘘っぱちにつき十分な検討の後ああこれは戯言よねっていうことで素早く思考を差し控えていただけると当方としては落涙の心地ですますバスガス爆発赤の魔法つまりええとええと?」が最初で最後の言い訳。
頭も気も早いんだからどことなく私に似てるような気もしないでもないでもない。私も良く早とちりして雪かきするつもりがかまくらで昼寝したりしたもんだ。大抵はこっ酷く怒られる。
面倒なことに早とちりを解決できるのは割と自分だけなのだ。
自己解決すると慌てるしかないのだ。
ぱーぷりん。かーわいい!
じゃなくてうどんと私はそれぞれの勘違いと思い込みと類推を相殺してきっちりとした意見に纏める為双方の考えてることを次々に言っては肯定言っては否定してあること無いことを分別しすり合わせて形作る。
すると結構面白いことが判った。
うどんはやっぱり兎なんかじゃない、ただのウチュウジンだってこと。それすげーよ。私はその事実を確かめようと少しカマかけるつもりだけだったんで取り敢えずそれが判ると安心だ。
まだ兎だってばって言うけど宇宙から来たなら全部宇宙人だろ。ナメック星人を宇宙ナメクジなんて呼ばないじゃん、って旧いマンガを持ち出してくるとうどんは3巻あたりまで読み通したところで全巻の貸し出し要求をしてきた。バードスタジオ知らないとか完璧にカルチャーショック。まぁ後でとっくり語ろうぜ、ベジットの戦闘力についてとか。
で私の方がその程度の認識でしかなかったんだとは知らないうどん、私を何かの組織の何かの特使だか密偵だか諜報員だかそれこそボンドみたいなスパイ的存在(他のスパイなんて知らないんだよ悪ぃか)だって風に勘繰ってて、色々と私をどうしようか考えて日々これ煩悶だったみたい。全部徒労だお疲れ様、わたしはただのじょしこーせー。みりきに溢れたティーンエイジ!もうすぐ卒業だがな。
私のほうで話すことって大した長さでもないんで、落ち着いてからのうどんは兎に角喋りつづけた。
うどん自身の昔話。
途中で眠くなって布団の虜になる私をうどんは色仕掛けで無理矢理起したりしつつ喋る。いや息がかかるくらいに近付いてゆさゆさ私を揺すっただけだけなんだけどね。パジャマの胸元から覗く谷間とかそれが揺れる様とかね、ちょっと若者には刺激強いよね。くそう私には足りないものを。くすん。っていうかテメェ長生きしてるくせに何で現役十代並の肌なの、喧嘩売ってる?
また無駄な一節が入っちゃったけど、もう誰も気にしてないよな。
まぁその辺りからうどんの顔も話の内容も真面目になってきたので私も寝てる場合じゃない。
それはこの国とうどんの住んでた星とで起きた戦争の話だ。
隠すことが正義だと決め付けられて、その本意がどこにあったのか終わった今となっちゃ誰にもわからない、理不尽で悲惨な結末を迎えた、軍人と一握りの民間人しか知らない歴史の裏側。頭のいい私は一握りっていうのが軍需産業に携わる人たちつまり身近で言うとダデット・セインフィールド・マフディー一級技師などにあたるとすぐに判る。
聞かなきゃよかったという内容だった。うっかりするとダデット一人から国民全員国土全土に至るまでこの国を嫌いになってしまいそうな、聞いてて気持ち悪くなるばっかで、何処にも納得したい点が見当たらない、本だったらとっとと燃やしたい、もう嫌で嫌で仕方ない話だった。
誰が悪いとかいう単純な話も出来ないような複雑な事情が、誰も彼もを悪くする。
私は決して嫌いにはならない、なってやらない。そんな簡単に他人を嫌えるような自分は嫌だ。尊大で傲慢だけど、私は私を嫌いになりたくないからそうする。
なんちって、真面目くさって私も自分語り。いいじゃんかよ偶にはさ。
聞いてる間ずっとむかむかした気分だったけど、話してるうどんはその当事者なのだ。
辛そうなうどんにもういいよって言ったら、ダメです、これはきちんと話さなきゃいけない、私はこれをあくまで主観的に話さなきゃいけない、過ぎ去ったものとして扱っちゃいけない、きっと語り尽くさなきゃいけない、そうして私にもう一度言い聞かせなきゃいけないって言ってきかない。頑固なのも私と同じ。
なら、私はそれを全部客観視して、他人として聴いてやらなきゃなるまいって心持ちになる。
だから全部聞いた。
全部。
* 私の理由 *
長い話。
一月ほど前にしてくれた彼女の理由の話の数倍長い話。
精神的にマイナスなベクトルにおいて瑣末でなかった頃の話をする。
そうまでして語らなければならなかったかというとそうでもない。
ただ話したかったのだ。
その時まで、これは彼女も知っている筈の事だと思っていたからか、
本当にそれを知らないのかを改めて確かめる為に。
もう私に二つの種差を見分ける事は出来なくなっている。
これまでその話を誰かにしたことが無かったかというと、また違う。
我が師においおいと泣き縋りながら語った。
我が師は――私の全てを否定した上で受け入れた。
我が師の主も私を批准し、首を縦に振ってくれた。
けれどそれらとこれは違う意味を持つ。
我が師と彼女では立場が違う。
戦争に被害者は無く、ただ数億に登る二つ星の民の死があった。
彼女の立地は青く光る星。
その星の人が気付かぬほどに、民の死は数少ない。
それを普通、勝利した側という。
遥か後に見た映像戯画に曰く、勝利者など居ないのに。
翻って、私は敗北した側。
しかも、敗北を前に遁走したはぐれ者。
この双方の立地の差が、彼女にはどう受け入れられるのか、
私には考えることも出来なかった。
話した。
何も知らずにいれば幸せであれたかもしれない真実を、
大小の悲惨を織り交ぜた滑稽な殺戮劇を、その始終を話した。
己を固定し、感情を篭める事無く、けれど主観的に。
対岸の火事を笑う風でなく、隣の畑を羨むでなく、
自分に起こり、今もなお起こりつづけている惨禍であると、
苦しみに悶えながらも耐え忍ぶこと、偲ぶことこそが、
私に出来る唯一にして最大の供養であり、
転じて私を後々まで生かす苦楽の友に他ならないのだと言い聞かせて、
話したかった。
私のせいで死んだものの割合はどちらの星の民がより多いのだろう。
全てを話し終えた。
私が何者で、
どこから来て、
何故ここに現れ、
いつまで生き続け、
どういう理由で死に、
それまでに何をするか。
要するに、私というのは何だったのか。
全てを聴き終えた彼女は、見た目、それまでと何も変わらず。
寝ぼけ眼で私の頭の上の耳を見つめながら、
はゎぅと気の抜けた欠伸をし、
軽く背伸びをして、
「うん、わかった。話してくれて嬉しいぞ」
と言うと立ち上がり、そのまま部屋に一つのドアへと歩き出すと、
「もうちょっと突っ込んだ話、明日しよう。私の目的についてとか」
呟いて、自動で開いたシャッタの裏に消えた。
私たちの話は長かった。
既に日が落ちてから大分経ち、嘘の空が冷気で夜を演出している時間。
床を離れ、彼女は何処へ行ったろう?
私と彼女は似ていると思うが、
彼女は私について確りと間抜けを認識しているのに対し、
私の方は彼女をまったく理解できていない。
あんなにあっけらかんとした人は、
ここじゃない私の住居周辺でしか見たことが無いからだ。
彼女が戻る前に眠りたかった。
今の気分でもう一度顔を合わせるのが辛く感じられた。
明りをつけたまま布団に潜り込み、
そうした自分の考えにふと首を傾げる。
これはひょっとするといいことなのだろうか。
彼女といると、まるでここは――だ。
――?
そう思った時、私の脳裏でこれまで噛み合わずにいた相反する感情、
波打つその情動が揺れ動き伸び縮み、全くの同形を示し。
懐郷の指向が反転して、私はここに居る私の存在に疑義を訴える。
すると私の照明が落ちて黒に満ちる。
一斉に裏返されるオセロ達の幻視。黒から白へ。
瞼の裏から輝きだす眩き白の閃光に焼かれて、
双子の紅を端緒に私の虚像が粒に分解される。
消え去りつつも細い指先の残留思念で呻く。
そうだ、これは師の術、ミッドナイトプレジャーランド。
時間切れ、スペルカード取得失敗。
即ち一夜の旅の終わり。
私では、これが限界。
ここまでのことを知れれば概ね十分と言えるが、しかし。
私の失敗が招いたことは。
彼女のことは、残滓一滴の分際であっても、落とし前をつけねば。
たとえ羽を失っても、立つ鳥は後を濁さない。
私の夢よ、おやすみなさい。
* ぎぶあっぷ * やせがまん * そして *
「ちょとちょと、ね、対放射線スーツとか都合つかないかな?」「Why?(なんでまた?)」「里帰りするの、ふふん」
唖然としたダデットの顔は結構印象的だったけどこれはもう少し後の話。
さぁ、私と彼女の話も締めくくりだ、気張っていこう。
ああ言っても当然私は明日のことなんて考えてない。
なんつったって、理由も目的も今正に見つかって、無くなってしまったからだ。
とぼとぼ歩いてマフディー家家宅を出、数十メートルほど離れた所に広がる海まで辿り着き、見上げたCGの空に偽物の月が映っているのを確認した途端、私は、情けないことに私は、
「ふ、ふぇ」
その月がとても綺麗で、憎たらしいくらいに美しくて、それがどうして綺麗なままなのかを知ってしまった私は、悲しくて悲しくて悲しくて、うどんの居る前では耐えられたけど、もう感情を押し留める何者も私の周りに居ないのだと判ると、私は、悲しくて、う、あぁ、段々、ぅ、その月が海に漂うように滲んできて、うふぁ、うう!!でもここの海に月なんて映りこむ筈が無くて!!
ああもう駄目!!!
「ふぁああああああ! んぐ、う、うぇあああああああぁ!! んだよぞれぇ、酷すぎるよぉぉぉぉぉ!!」
お気に入りの砂浜を駆け自分の建てた尖塔に抱きついて泣き出しちゃった。
声を上げて。
恥も外聞も茄子も糸瓜もヘッタクレもねぇよ!
「ばかぁああああああ! ば、ばかやろ、この、ああぁぁ! ああああ!」
誰も見ていない!
誰も見ていない!
誰も見ていない!
月が光っている? 何言ってんだ!
けど冷静な私はまだ死んでないからガンガン泣きながらもどうして私こんな他人の事でガン泣き入っちゃってんの今時そういうのって寒いんじゃなかったっけとか思う。
思ってても涙は出てくる、生産生産に次ぐ拡大再生産。
泣いているとその内わかってくる。
私という奴はとても変な性格をしているから、大抵の事じゃ感動したりしないし、大体感動したからって泣くかっていうと違うと思うし、泣いてないと感動していないと思うような人って何考えて生きてるんだろうねとか思うぐらい冷めてるっつーか思考停止してる方なので、感動したなんて言葉を真に受けることもなく、身内の事以外で涙腺を働かせたことなんて無かった。
それがこうもおいおい泣いてるっていうのは、全然感動なんてよくわからない言葉とは関係無い理由。
私は我侭を言って、駄々をこねて泣き出した赤ん坊みたいな状態にいるのだ。
私は私が好きな奴がとてもいい奴なのに酷い目に遭ってきてこれからもまだまだ酷いまま続くしかない人生を定められててそれが私の力ではどうにもならないし私の力を欲してもいないし私がそこに介在することも許さないというふざけた設定に腹を立てている。
それが酷すぎる。
私がそれにギリギリ介入することが出来たのは、私の生まれるよりずっと前の時代になる。
私はどうしてその時に生まれていなかった!
そうなったのが誰の所為でもないと判っていても、んにゃ判っているからこそ、この腹立ちこの怒りはやり場も無く、ただ八つ当たりに暴れまわって、私の感覚を内部から刺激して、河の一つ甘い甘い海の七つも造ろうかってぐらいの涙を出させる。
私が最高に私になる瞬間を奪ったのは誰だ!
今気付く!塔の件も母の件もうどんの件も私は在りたい私像をいつだってブッ壊される!
私は私の好きな奴が困って苦しんで助けて欲しいと心の中で思ってでも口に出せない時にそれを目聡く耳聡く鼻聡く嗅ぎ取って本人が誰にも言わない内に勝手気侭な手段方法でもって悩みを解決しようと東奔西走し周りを容赦間断なく巻き込んで駆使し混乱を招いた後元の鞘に戻ったと見せかけていつの間にか当初の問題だけはきっちり無くなっているようなカッコよさ、誰にも感謝されないようなむしろ鼻つまみ者になるような嫌われ方をしてなおかつ私を嫌う人を真逆に好きでいるようなカッコよさを見につけたいと思っているのに。
どうして助けさせてくれない、うどんを、母を――そして私を!私は私を助けたいから皆を助けたいのだ!
それを私が気付く前に、私は私に気付かせる為に、塔を、アンテナを立てていた!
私は間接的に私を助けたいのだという我侭、私から発し、私が受信するべきもの!
あーもうちくしょうめ!
こんな嘘の空があるから届かなかったんだと言ってから思った。
やっぱり私は甘えん坊だ。何でもやってくれる人がいないと、何もかもを一人でやっちゃう。
そんなのつまんない、つまんないよぅ。嫌だよぅ、でも、でも、でもこの甘え体質をどうにかしないと――私は家に帰っても、家事の分担とかができないままで、何もかもやっちゃって、母を堕落させつづけるだけで、なら私がいない方が良くて――またここに来てしまう。つまり永遠に家に帰れない。
私は母を助けたい私を助ける為にここにやってきたのに、それがとっくに手遅れだって判って気が抜けて、私自身、私を助ける為に母を助けたいのか、それとも本当は母を助けるのに私を助けたいなんてのは後付けなのか、あのまま円筒状の自宅をカラカラ空回りさせて空気を通すだけの世界に生きていることと、そのストローの外から家の中を見えない振りしてカラカラ空回りさせて空気の無い世界に生きていくことを天秤にかけるまでになってしまっていた。
そのストローをひん曲げて頭とお尻をくっつけてコロコロ転がる素敵な輪っかの我が家を造りに来たのに、何を勘違いしてこんなことになっているのかも判らなくなっている。
まだまだまだまだ涙が続く、月の砂漠に纏が叫ぶ、私の滝がゆっくり流れ、嘘の緑に染みが隠れる。
そこで私は叫んだ勢いで自作の塔に蹴りをくれる。
喰らえ!
思いっきり。根元に私の蹴りが炸裂し、歪んだ砂の城にひびが入る。みしみしみしみしみしみしなんて音は当たり前だけどしない。ひびが塔の先端、私の身長の五倍ぐらいの高さまで届く。ぱん。軽く先っぽが弾けて粉塵が舞う。ざざざざざざざざと塔が先から崩れていく。スローモーに演出された大破壊を見ながら思い出す。『なんだまた米の国行くのまっち、私一回で飽きちった――え!月行くの!マジ!?流行の最先端じゃん!あそこ六倍高くジャンプできんだぜ知ってんよねまっちなら!』知らねーよバカ。今となっちゃもう笑えもしない。
だってここの人たちは皆私たち地球人の勝手な妄想のせいでジェノサイドこかれたのだ。
人殺しなんて見たことも無い、戦争なんて尚更だ、私にとってそんなのは本の中新聞の端TVの嘘の現実で、隣にあるようなものじゃなく、私の友もまたそうであるものと思っていたのに。
私の最新の友うどんの国は、その一つ前の友アイーシャの国と殺し合っていたというのだから、信じられるかこんな気分。
ショックは大きすぎて気持ち悪さばっかりが目立って、外の空気を吸いたくなったからって出てみたらここまで来ちゃって、挙句の果てにボロ泣きしちゃって、支離滅裂の行動、一瞬で私は倒壊寸前、塔も道連れ崩壊序曲、神の怒りに触れよガキ!
そうか判ったぞ、だから私ってば泣いてる!
塔の粉が私にはらはら降りかかってぐしゃぐしゃの顔にぺたぺたくっつくのを鬱陶しく感じた瞬間ぴんと来る。
勢い任せにしたって後生大事に建造してきた立派なモノをぶっ壊すのには勿論衝動にしたって理由がある人間的なものだったのだよと探偵口調、助手の名前は何だっけ、ガソリン?文化財だなそれじゃ。
私は私が気付かないうちに既に私を助けているのだ。
駄々をこねているようにしか見えないこの喚きは本当に駄々をこねているのだ、私の願いを叶えてくれよと何の理屈にもならない我侭を言っているのだ、月に願いを叶えて貰おうとしているのだ、今更そんなことができるはずも無い月に。
けれどそれは順逆に逆順に、見方を変えてはっと気付いてみると、私は月の願いを叶えてあげているのだ、もうすっかり渇ききって干乾びて涙一つ流せない月の代わりに泣いてあげているのだ、その涙をこの月の砂漠に染み込ませて昔の輝きを束の間でも取り戻してあげようとしているのだ、今更そんなことができるはずも無い月に。
私は、月を助けてあげている。
月を助けた私は、私を助けている。
私は助けられて、なおかつ、私のほかにいつも母を見ている月の奴がいることを知る。
私は、月がその渇きを満たす為に、夜外に迷い出た母を攫って、兎にしてしまわないかが心配になってきた。
その時そこにいなければ、私はまた変な兎と出くわすことになる。
私は、月がその渇きを満たす為に、夜気を抜いた地球を狙って、墜落してしまわないかが心配になってきた。
その時ここにいたのでは、私は母を押し潰してしまうことになる。
私は私を助ける為に母を助ける必要性を失った。
なら、私は、
もう家に帰れるんじゃないか?
もうどうすることもできない過去の他人の裏話を可哀相ねと哀れんだって無駄だけど、もうどうすることもできない過去の他人の裏話を可哀相ねと哀れんだっていいのだ。喜んだって怒ったって哀しんだって楽しんだってそれは全て私の為、まだまだどうにでもなる今の私の未来を、どこかの誰かが哀れんで、それがそいつの何かになるのなら、なるのなら。
どこからでも見える月のようになろう。
誰かの何かになりつづけよう。
イィェイ、決まったぁ!
やったうちに帰れるぞぉぉぉぉダッシュ!
私の理由が一段落したので我が友にその報告をしようと意気揚々気分爽快にでも夜中だからこそこそとドアを開けたところで私は明りが点けっぱなしになってることとその部屋には私しかいないことに気付く。
ばたんと後ろ手に閉めてから部屋の中をきょろきょろ。
殺風景な部屋。窓一つ。明り一つ。洋ダンス一つ。スーツケース一つ。机一つ。ドア一つ。ベッド一つ。
ベッド一つ。
いつも通りの景色だ、自分でも何とかならんのかと思うぐらい飾り気の無い部屋。
ベッド一つ。
あれ?
別におかしくない。どうして私はでっかいクエスチョンマークを思い描いているのだろう、不思議な気持ち。
あれれぇ?
なんで? 何が?
まぁいいや。明日は色々忙しくなる、途中だけど急用が出来たから私は故郷の星に戻らないといけない。最先端技術を学びにアメリカ領地の月面都市くんだりまでやって来たけどレベルが高すぎてついていくのがきついしそろそろ母も退院する頃合だから、名残惜しいけどマフディー一家とは今月中にさよならだ。可愛いアイーシャ、綺麗で優しいディアナ、賢くて貫禄のあるダデット、今度は揃ってこっちにおいでよ、微妙に汚れた日本の自然な空気でも吸いにさ。
そんな気持ちのままベッドに横たわる。何故か久々に使うような寝心地、机に突っ伏す癖でも付いちゃったかな。
自然と首が横に向いて、何かを探す。・・・抱き枕? 何だろう。
変な感じだ、上手なマジックを見たときみたいに、何でこんなに不思議なのか気になって、心が浮き立つ。そんな楽しい感じもしないのがまた不思議で。そわそわして眠れそうにないけど身体は寝たがってるからきっと変な夢を見るな。
妄想してるうちにねむねむになる。ふわふわいい気持ち。
でも不思議な気分はそのまま。変な夢が待ってる。バニーの格好した変人が餅搗いてヒーコラいってる夢だ。私は隣に座ってるこまっしゃくれた兎と一緒に餅をうまうま食ってて、餅つきをのんびり眺めてる。よく見ると変人はヒーコラ言ってるんじゃなくてぴーすか泣いている。変な夢の中で変なのと思いながらまたよく見てみると杵が何だか歪んだ形。
杵じゃなくて人間だ、うちの母ちゃんだ。
何やってんの?「あんたが放蕩娘してるからあたしがこんなバイトせにゃならなくなったんだよ、早く学校出て汗水垂らして働きなさい、このドン亀」と口汚く罵るあたりマジモンだ。でも餅を搗くたびに顔が米粒だらけになるのは笑えてゲラゲラ声を上げる。
しかしあれが我が母とは結構な発見、もっとよく見ればまだ何かあるかな。
きょろきょろきょろきょろきょろきょろきょろ、つられて兎も首を振る。って、こいつ見覚えあるな、そうか、耳がついてるけどアイーシャじゃん。何やってんの?「兎のバイトよ、マトイ。ニンジン齧ってるだけで日雇い6ドル」うわ微妙、しかも日本語。もっと変なのいないかな。
どうやらもう何もないみたいだった。見知らぬ変人がどういう脈絡で出てきたのか冷静に疑問、でも夢だし。
冷静ついでに目を覚ますと、今の夢のことはすっかり忘れた。
さ、まずアイーシャを慰めてディアナと泣きあってダデットに謝らなきゃ。ん、なんで謝るんだろう。
夢と一緒に忘れた。
まぁいいや話してるうちに思い出すよという夢なのだったりする。
それでも私は目覚め足りないみたいで堰を切った涙のように夢に隠された現実の現実のそのまた現実が溢れ出て止まらない。泣き虫の私が一番変な気もしつつまた目覚める。
そして私は思い出したのだ。
自分が何で眠っていて何の夢を見ていたのかを。
* こぴっく * むーん * えきすとら * ぱーつ *
大泣きして眠った次の日の昼(寝過ごしましたが何か?)、色々な事を思い出しすぎた私は軽い錯乱状態にあった。
寝てるうちに起きまくったのはその都度私が夢から醒めてたってことで、つまり私はどんだけの事を無理くり忘れようとしてたってんでしょうね。
その全部が全部を思い出しちゃった以上、余計じっとしてはいられない。
思い出したものが悲しすぎて、どうして私がそれらを忘れちまおうとしてたかが判ってまた悲しくて、でもそんなのは過去だよと言い切れる程度の三ヶ月が過ぎていて、私は今目の前にある問題をそれが逃げる前に速攻で解決してしまう為に動きだす。
「うおぉおぉぉい! 何処行きやがったうどん!」
目を開けて首をうねうねさせながらむにゃーと呻き声上げてもっさり身を起しながら隣のベッドを横目にしようとしてぼやけた視界のどこにもそんな家具が無いってことに気付くとガラガラの喉からそんな怒鳴り声が飛び出す。
殺風景で隠れる所なんてありゃしないからと年頃の女の子として最低限これやんなきゃまずいっしょぉ~ってような身だしなみを整えるより先に部屋も飛び出す。
「だぁぁ、状況に置いてかれると凄く腹立つって言ったばっかりだろうが!!」
言葉遣いなんか知らんわいと身勝手に理不尽にがなりながら廊下を駆ける。
アイーシャの部屋を通り過ぎる。スクールに行ってる時間。
ディアナの部屋を通り過ぎる。太極拳講習に行ってる時間。
ダデットの部屋を通り過ぎる。ルナ研究所に行ってる時間。
つまりここには誰もいない。私のほかには誰もいない。
けれどここには誰かいた。私のほかにもう一人いた。
今いないのは私が全てを思い出した所為なのかそれとも彼女がいなくなったから私は全てを思い出したのか、恐らくは後者だろう事が私には判るけどそれはどうしてなのか。
あの事件があってこっち鬱いでた私にはあいつが救済だった。
全てを忘れさせてくれたから。
だけどあいつの存在の優しさが悲しみに目を向ける私を癒したんじゃなく、その赤すぎる目を一目したその時、破壊することなんて出来ないはずのオリハルコニアシャッターを突き破った弾丸から這い出てきた小さな彼女の赤い眼を一目したあの時、私を吸い込んでくるその二つの穴に、引力に身を任せて、もうどうでもいいよと逃げ込んでしまったのだ、私は。
つまり私は私を助けようとすると既に罹っている病の所為でうどんの良く動く目に助けられるという仕組み。
それが楽だから私は助けなくてはならないのに逃げた。
息抜きのつもりだった国外逃亡が地球全土を押し潰す巨大な笑えない悲劇の所為で最早家に帰る事も母を助ける事も母を苦しめた者を許す事もそして私を助ける事も出来なくなった私を、何とか自力で助けなくてはならなかったのに。
彼女がその逃亡を許容したのは私と同じだったから、全てを助ける為の逃亡が自分の全てを死なせる事に繋がったからだと今の私には判って、やはり私は本当に甘えん坊でどうしようもない奴だ、見知らぬ他人にその傷を分かち合ってもらおうとするなんてと顔がメチャクチャになる思い。
家の中の何処にもいないなら、もう、ここの何処にもいないのだろう。
そう思いながらも、諦めきれない私は走って家を出る。
無音開閉自動ドアがちゃっきり開いて遮断されていた外の風景が私の目に飛び込んでくる。昼間。偽の、CGの空が飽くまでも青く広がっている。
呆然とする、途方も無く青い空、無駄なものが何も無い、なんて見惚れる間も無く寝間着のまま裸足で走る私。その空は彼女の置き土産だ。それは復讐なのかもしれない。思いやりなのかもしれない。
私は私と彼女が出会った海岸、嘘の塩水に満ちた空っぽの海の辺、夢見ていた私を象徴するように脆く崩れ去った月の砂の塔、その残骸が佇む場所まで来た。
空をまた見る。
そこに、CGでぼやけた黒い真空が見える。
一点の綻び。そこでだけ見ることができる、穴。完全でも何でもないことを説明している穴。
CGの空が綺麗に見える私でも、本当の空がもう見れなくなったことに哀しんだっていいはずだ。
思い出せる、たった一人の天才に世界中が騙されてたんだって誰もが気付いた日があって、その翌日、辛そうに鈍く動くダデットの口を見ながら私は気を失って、そしてガッコに行かなくなった。
その天才は月で引き続き研究されてる技術の基礎から応用まで全部作り出した科学者で、余命幾許もないと噂されていた世紀の犯罪者で、いつか私がぶん殴ろうと思っていた馬鹿野郎でもあった。
英語なんて判らないままでよかったのにと思っても頭はそれを勝手に和訳していった。『どういう手段を用いたのか全く想像の範疇外だが兎に角彼は死の間際その引き金を引き、中でも最も解析されている点を利用した技術の産物、国同士を隔てる壁を強制的に解除した。それだけなら何も起こる筈がない、ほんの数年前の世界に戻っただけだというのに、文明諸国の内外の危機観念はとっくに麻痺していたのか、それが敵対ないし競争他国の陰謀によるものと一方的な勘違いをしてしまった。あるいはそれも彼に仕組まれたことだったのかもしれないが、つまりその・・・やられる前にやれ、という状勢が作り出されてしまったんだよ』。
有名すぎて教科書にすら載ってるクソッタレがその呼び名に反した季節を常に生み出してきたことをダデットは付け加えたけれどもうその時私は殆ど意識が掠れて無くなっていた。
そうして禁断の撃ち合いになっちゃったんだとさと思えるようになっているのは昨日アレだけ泣いたからで、島国の故郷がほぼ海に沈んだと聞いて不完全な生存者リスト(普通は逆のリストだろうが!)のそれでも数百万からなる膨大な名前の列挙を穴が空くほど気が狂ったように見つめ続けたときの私とは違う。
私は私を助けて進化した。初めからそうしていればよかったところを逃げてきたツケが回ってきて、うどんは私のとこから去らなきゃならなくなった。
私がいつまでもあの眼に寄りかかる弱い私でなくなれるように、泣いて自己進化できる生き物に戻れるように、立ち直ろうとする度に記憶を締め付ける紐を解いてくれたのかもしれない。
それはとんでもなくありがたいことだけど、同時にどうしようもない状態を作ることでもある。
私に大きな問題が残ったままになるのだ。
誰も居ない、何も起こらない。そう都合よくはいかないみたいだった。
うどんはもうここには居なくて、二度とやって来ないだろう。
もう何も起こらない海っぱたに居てもしょうがないので私はとぼとぼと家に帰る。
帰りしなうそ臭い風景を眺めながらさてどうしたもんかと考える。
今度の問題は、私を縛る何者も存在しないのだからとても楽な事のように思えるけれどでもやっぱり難題である。うどんがまだここに居てくれたのなら簡単だったのに、今となっては手遅れ。
問題っていうのは、まぁその、私はこう見えても義理人情に篤い女なのさ、って自覚が原因。
挨拶もせんで出て行きやがって、ホントにもう。
私が歩くと家の中は順繰りに明るくなっていく。とことこぱっぱとこぱっぱ。オートメーションな家に今更感心しつつ思う。
状況はあっさりと手詰まりだけど簡単には諦めてやれない。お人好しで世話好きの困ったちゃんは私だって負けちゃいないと思い知らせてやらなきゃならんと考える。
この問題だって実の所昨日のように泣き喚いてしまえば解決するんだけどそれをやるのは嫌だ。
あの兎耳の変人に泣き顔を見せるのも泣き虫だと思われるのも癪だ。似ているっていうのは、こういう変なライバル意識も持たせるわけで、悪くない気分ではあるから、それを楽しむためにも、私は泣かない泣いてやらない。
やってやるわい、一つ盛大にお礼参りさせていただきましょう。
いやお礼参りはまずいなぁ意味違うな、家庭訪問ぐらいにしとこう、でも堅いなぁガチガチだなぁ。
と来ればこれっきゃない。
うどんの自宅、“げんそうきょう”の“えいえんてい”に、突撃となりの晩御飯。
待ってろバカ何年かけても行ってやる。その時私が皺くちゃ婆ちゃんになってたら労われよ。だから一言ぐらい喋らせろおい!寂しくたって私より先に死ぬんじゃないぞマジで!
なんつっていくら啖呵切ったって駄目かもしれないなと思ったところで私は素敵なアイディアに閃いて小躍りする。
何も賞品の発送を持ってお伝えせんでもいいわけだ。
お礼の前借なんて聞いた事無いけど、前例が無いなら私が作っちまえばいい。
あんがとね、うどん。
* 幻想郷 *
宇宙旅行と時間旅行と夢想旅行を一時に終え、
床についていた私が意識を取り戻す。
瞼裏が暗いので目を開けるとウェーブがかった黒髪が被さっている。
赤い瞳、白い肌、ふんわりした長い耳。
詐歴幾万、因幡の腹黒。
「げ、もう起きた」
黒髪の主はばばっと私から離れて脱兎になるが一睨み。
すっ転んだてゐを布団の中に引きずり込んで寝たままヘッドロック。
「もががががが!!」
「なーにーを、企んでたの、か、って!」
「おぢ、落ち着いて、あ、トぶトぶ、ぶばべばば」
「聞こえない、作戦って何よ!」
「何も、企んでなど、いないのよ? きゅるるん」
「ああ!?」
「う、ぶぶ、鈴仙優曇華院因幡手篭作戦、甲種、きゅる」
「ふん」
「ぎゅるもり」
私はあらぬ向きに曲ったてゐを布団に隠して襖を開け、
「・・・」
そこが竹で出来た神殿であることを確認する。
帰ってきたのか、またやって来たのかは判らないが、幻想郷だ。
彼女の、いない。
す、す、とん。
庭先を見る私の耳が背後からの足音の波を捉えた。
「胡蝶夢丸、ナイトメア」
振り向かずとも判る静かな声。
我が師はその一言で先ほどまでの異変を説明したつもりになっている。
「お気に召したかしら?」
「ええ、いえ、全く」
私は師の意に反するであろう、だが意に沿うであろう言葉を返す。
「あらそう。良かったわね」
「でも・・・夢が見れた」
背を見やるまでもなくその表情、微笑がわかる。
荒涼たる月の裏側を思う。
「月人は死に絶えてた」
「まぁ、そりゃそうね」
数ヶ月を共にした新たな月の家族、母と娘の瞳を思う。
「でも・・・兎は、形を変えて、今でも、まだ」
「まぁ、そりゃそうね」
数ヶ月を共にした旧き地球の才人、彼女の気さくを思う。
「しかも、地上人と暮らしていた」
「まぁ、そりゃそうね」
師の答えはいつもこうだ。全てを知っているかのような。
だから私はいつも問う。
「ご存知だったんですか?」
「あぁ、それは、あなたの夢を見させてもらったもの」
「・・・」
微笑が魔笑に代わる。意地の悪い人。
「いい夢、いえ――いい未来だったわねぇ、百年後、それとももっと?」
「あれは現実だけど、あなたの夢の中」
「あなたの夢が、あなたの調律で現実に」
「夢の月は現の地球」
「現の月は夢の地球」
「あなたはここにいながらにして月へ旅立った」
「あなたのクロックはナイトメアに合わさって」
「時流の波の長短をずらし」
「一夜のうちに半年を過ごす」
「夢でなら一瞬で成長できる」
「竹の花も一夜で生長できる」
「それがこの薬の効能だけど」
「あの薬と、何が違うのかしらね?」
「月はいつもこれを飲んでいるようなものだったのに」
「いつも運命を足蹴にしているようなものだったのに」
いつの世も流刑地こそ楽園ねと師は笑ったまま笑う。
心底に嬉しそうだが、真意は判らない。
門弟師の心知らず、師の主すら師の心を知らず。
その波長は、とうに線だ。
だが結局、地球も月のようになってしまうのか。
ここ幻想郷は災厄を免れるようだけど、
遅かれ早かれ、何らかの異変という形で影響が見られるだろう。
死者は黄泉が得る。故にこそ。
「・・・」
それは今日明日に起こることではなく、
誰の手にも余る理不尽な流れの末のほんの一幕だ。
内訳を見れば私とて狂うだろう。
既にその群れからはぐれた私には関係の無いことで、
この郷に異変が及んだとしても、私の出る幕じゃないと判る。
そんなことよりも。
私は、その時まで生きていることが出来るだろうか?
師のように永劫を定められているわけではない、私が。
そして、私は。
再び彼女に、会えるのか。
私の寿命は彼女の誕生に届くのか。
彼女の成育は私の死に間に合うのか。
あの出会いが、本来的に有り得る事ではないのだとしたら。
そうだ――その考えに恐怖したからこそ、私はここに戻ってきたのだ。
もう何者にも苛まれる事は無いと信じる事が出来たから。
心肺機関が結露して涙を流し、血液にほんの少しの塩分が足される。
感情。その平衡を取り戻す。
戦時には邪魔なもの、生きたい、否、死にたくないという願いが甦る。
私の戦いは終わったのだと、ようやく躰が納得してくれた。
間違っても、早く死んでしまえば楽になるのになんて思えない。
「師匠」
「はいはい、どうしたのウドンゲ?」
この人は、長く共に過ごしても得体の知れないこの人は、
神々しいまでに歪んだこの人は、
実は、ただ底抜けに優しく生きている。
絶やさぬ笑みを見て気付き、口を噤む。
答えてくれるだろう。そして叱ってくれるだろう。
けどその時の笑みは私には重すぎるだろうから、問うのを止めて言う。
「ありがとうございます」
師は感謝を受け止めて頷いただけだった。
少しだけそれが不思議で、何故と問うと、師はこう言った。
「私は旧い人で、頭が固いの。すぐには真似できないわ、そんなの」
何であっても、この人に真似できないことなど無い筈。
だからそれは嘘なのだが、でも腑に落ちない。
返礼というのは、真似とか何とか、そういうものなのだろうか。
相変わらず得体の知れない方だと思い、はあと頷く。
意味が判ったのは、ずうっと後。
ナイトメアクロックの私と同調してしまう彼女は、
起きながら夢を見ているようなものだ。
現実に戻したくらいでは、私を忘れてはくれない。
それに気付いた私が喜ぶまで、ノーヒントなのだから。
全くもって、人が悪い。
その人の悪さの所為で、私は、もう一度彼女に倣う気になる。
それは感謝の前借。
* とぅ * きらきらした * きれいなやつ *
これで私とうどんの話は一応終わりと言う事になる。
その後私はどうしたのかという顛末について軽く触れると、十数年そこに居残って勉強を続け馬鹿だけど素敵な彼氏と結婚の後出産と同時に家を夫に預け母星化処理の済んだ火星・木星・金星・一気に飛ばして龍王星と研究拠点を点々と渡り歩いた挙句今はオールトの雲でダークマターを物色中。色々なところで危うく表彰されかかりまくったけど全部いらないのでその都度逃げたのだ。私は私の欲しい物を求めて邁進するだけで、そんな素敵な私的生物が私から三人も産まれれば割と充分だった。
何を研究しているかっていうともう自分でも何が何だか判らなくなっているけど、目的もその居場所も判ってるのだから後は相応しい演出のためにいくら努力したって無駄にはならないだろうと思う。
そう。とっくに私は、幻想郷とかいう所の所在地と行き方の両方を知ってる。
恋に恋する私みたいな奴に入れないわけが無い。なめんなよ?
でもただ行ってただ久し振りって挨拶してただ抱き合うだけじゃこの長ったらしいようなそれでいて私の人生を纏めたものとしては短くて単調に過ぎる自動筆記のお話の締めくくりとしては少し弱いだろうと思って、それからもう三十年は経ってしまったけどまだまだ探す。がさごそぎゅんぎゅん。
私はきっとあいつを驚かせてやろうと思っていて、おばかな私の思いつく最高の再会シーンを演出する為に研究を続けている。それに必要な大体のものは揃ったのだが一つだけ見つからない。立場の違う既視感にあの眼をぱちくりさせてやるぞという意気込みだけで更に十年は経ってしまったけどまだまだまだまだ探す。何を?あの弾頭みたいな嘘宇宙船の素材だよちょい考えりゃ判るだろが。
やるなら徹底的に、つまりそういうこと。思うに私があいつに惚れた理由ってのは腐ってた私の日常をぶち壊した侵略者だったからなので、その逆もまた真にちまいないとこじつけて私は探す。何を?とぅるーらぶ、ひええ歯が浮く。
これは一世一代、一生に一度の私の賭け!
さぁ見つけるぞと勢い込んでパーパラ(乗り物。汎用で便利)のキーをぎゅんぎゅん回しフルスロットル。ぶっ飛ばしながらサーチサーチサーチ、盗んでパクって早よ見つけなきゃ、私の人生すっからかん。
年頃の落ち着きなんてものとは無縁なオバチャンって結構腹立つと思うけど、今だけは勘弁してくれ。
あの星には会いたい人がいるのさ。
さてずらずら書き連ねて、っつか言い連ねて来ましたが、これを読んでいる読者さんにどっからどこまでがフィクションなのか読み取れるかどうかは別として、少しは楽しめましたかね?つまんね?あそう。
いいのさ私を面白いと思うのは私だけでもと思うけど、まぁ折角だし、とびっきりの情報をお教えいたしましょう。
実は、幻想郷ってのは地球のどこかにあるので、暇人は探してみるといいでしょう。大体あと十年ぐらいで私も行くので、良かったらサインをねだってください。
ご愛読ありがとうございました、これからの私にご期待下さい。まだ完結してねーよ!
さぁ行け私、きらり、どーん!
***** 以上、抜粋 *****
《新々暦偉人伝記・二集「黎明期」(統治府直下ベルザンディナ図書ベース蔵)第Ⅲ部内紹介の書記より、原文ママ。
本書記は字数換算を試行する度に違う値を出す極めて不可解でアナログな性質を持つ文書である。ファーストルナ先住民と思しき人物の供述が文中に紛れているが、ベースに付記されているオートライターの稼動記録と照合した結果、著者であるマトイ・ウルフシャン・ソメタガヤによって入力されたものではないことが公式に確認され、当時広く物議を醸した。
禁書指定から二世紀が経った今、特定団体からの公開要求を受け、同団体出版誌に内容が著述されたが、トップ購買層である若年層からは純然たる読み物であるとして受け取られている模様。歴史的な見地からの研究に取り組む者はまだいないが、銀河史黎明期の貴重な資料の一つとして注目する識者は少なくない(ムラクモ)》
でもそれは否定的ではなく、故に無限の広がりがあり。
最高でした。ありがとうございました。
幻想の外を書きながらも面白い文章に纏め上げたshinsokkuさんの瞳に乾杯。
つうか、師匠って・・・
読み始めは普通の現代話かと思っていたら、どんどんどんどん脳内映像が書き
換えられて仕舞いにゃ銀河史だとぅ! 完全敗北っす。その展開にひーこら言
いながら付いて行くのが何より楽しかったです。
時空を超えた悪夢にも、やっぱり忘れられない大切な何かがあって、やっぱり
縁は奇なもの味なもの。マトイとうどんの再会のクロスカウンターが炸裂する
日を想像して、にまにましながら……
これからも素敵な幻想に酔わせて下さいませw
鳥篭の人 乾いたセカイ 異物すら存在しない清浄なダイチ
変わらないのは月 いつだって人々に狂気を齎す
人々は月に照らされ 日々の怠惰に溺れ 朽ち果て また月の光に照らされる
異物
それは人々に異状と狂乱 迫害と鉄槌をもたらす
滅びた月 赤いヒトミ
それは ナニカ キョウラン ヲ ?
こういった作品の方が私は好きです。 根が壊れてるからでしょうか?
つらつらそろえれば書くことはあるけど、そんなもんで流すのは無粋。つーわけで一言だけ。
最高でした。
だってのめり込んだら、ちょっと戻ってこれないっぽいし。
三日くらいフリーで使える機会があれば、一言一句追っかけてもいいかなとか。
まあとにかく、こんなモノすげぇ話に、大した違和感なく幻想郷がコネクトしてる、なんか凄いもん読んじゃった、という読後感なのでした、まる
私の理想に限りなく近いと感じて、悔しさで、いっぱいなんだ。
しかし……読んでて敵わんと思ってしまったのが実に口惜しい。
師匠の波長は線なのかな?まだまだ読んで考えて楽しみます。
コメントという形の返礼しかできませんが、極大値の感謝を。
凄い、凄いとしか言いようが無い。
賛否両論、いろいろ意見の分かれる作でしょうが、一言で表すならとにかく凄い。敵わん。訳分からん。
オリジナルSFと呼んでもいいくらいのモノに感じるのに、この作品の根幹には確かに幻想郷の存在があるように思います。
時間がアレなのでサラリと一読させて頂きましたが、後で一字一句読み返すことにします。いや、凄えわ……
だけど、何がどうなっているのか、何が書かれているのか人に理解させないまま、それでも泣かせることはその数百倍難しいことだと思います。
そんな離れ業を見られて幸せでした。素晴らしかったです。
……本当は、理解しているからこそ泣いてしまうんでしょうけど。
頭ではなく、心で。
何故だか分からないけれど、読み始めは平野啓一郎の日蝕を読んでいる時と同じような感覚だった。読み進める内に違いが拡大し、読後感は全く別のものになっていたけれど。
文章から作者の頑張りがひしひしと伝わってくるんだけど、読むほうとしてはそれがプレッシャーになってしまう。私の貧相な語彙力で下手な例えを持ち出すなら、件の日蝕が『走ることが大好きな人が広い場所で思いっきり走っている』様な感覚だとすると、こちらは『走るのが苦手な人が体育の時間に走らされている』様な感覚。リズムを出すために言葉を選び修飾に気を使っているのが分かるんだけれど、ここまで頻繁に使われると『頑張ってリズム良く読まなければ』と思わされてしまう。こうなると、あえて詳細な説明を削った(と思われる)構成も、頑張って理解しなければというプレッシャーに変わってしまう。結果、読んでいる最中は常に何かに急かされているような感覚を覚え、読後はどっと疲れてしまった。作者にはもっと自然体で書いて欲しかったと思う。
以上、勝手につらつらと述べてきましたが、所詮文学に縁遠い一人の凡人の感想です。わざわざここに書くんじゃねぇとか、フリーレスで書けとかいう意見が多いのは重々承知しております。しかし、私としては一つの作品を享受した上でのフリーレスは失礼にあたると思ったので、率直に点数を付けさせて頂きました。ここまで書いておいて言える事ではないですが、受け流すか無視するかして下さいな。
OKOK大好物。
…
いやもう、感想を口に文に表せないなぁ、これも悔しい。
色々とクヤシーーーー
次も悔しがらせてくださいなw
だがそこがいい。色々想像するのは楽しいものです
凄いSF。何処まで行くんだ人類
時間軸というのは可能性を増減させる一つの基準であり、空間的な広がりに重なるそれは極端な事象を拒否するが、ならばそこまで肯定的に持って行けばいい。
それを行う、駆動するパワー、可能性を変動させる存在の根源的エネルギーは莫大で、パワフルな、時間軸に影響されやすくも強固な固有殻をもつもの。
つまり愛というのだろう。
つーふうに書くとニヤニヤできておれによしおまえによしみんなによしのロシアンな雰囲気が出ません? 出ません? 全然関係ない? いやそれは。ははは。おちゃめなおれ。
凄い作品なのだろうな、という雰囲気はするのだけど、
ライトノベルに慣れてしまった私には、すこぶる読みづらく……。
とりあえず最初から最後まで読んでみて、内容は理解できたものの、
疲労ばかりであまり楽しめませんでした。
文学っぽい気配がするので「これは良い作品ですね(30点)」を。
読み辛いし、難解なのに。
涙が出た。とても感想を言葉で表現できない。
ただ、ありがとう。
読むのに三日かかりました。理解するのにもう三日くらいかかりそうだけど
すごく疲れるので直ぐには読めません。本当は理解した先にあなたと語り合えたら正しい読者なのでしょうが、私には書かれた楽しさと書くことの楽しさを共有できたつもりにしかなれません。実に素敵でした。纏とうどんの優しさは物語に必要だったから描かれたのでしょうか、あるいは、優しさを書く物語だったのでしょうか。その辺は理解したいとおもうのでもう一回いつか。
それを苦にせず読めたのは、この作品において構成されている世界観が広大ゆえに、
読み進めていくうちに惹かれ、そして夢中になっていったからなのでしょう。
まずこの作品における氏のオリジナリティだけは賞賛しなければなりません。
謎が多く残ったまま物語が終えることに関して不満なんですが、個人的なことですし、置いておきましょう。
ただ、主人公の生い立ちや経歴、周りの環境に対する描写が不足していること、
中盤あたりまで読まなければ物語の中枢に触れられない。それが伏線としての効果があまりないということ。
この2点が致命的で物語の面白さを半減、もしくはわかりにくくさせてしまっている。
私はこの作品において全ての力を出し切れていないように思うのです。
もっと精巧にプロットを組み立てられれば、さらに大きな作品になりえただけに、至極残念です。
さて、物語に対する感想を
主人公が住む廃退的かつ高技術な世界。うどんが見る一時の夢の世界。
これらが彼女らの中で矛盾することなく合わさり、共有しあう。夢と現の境目上の物語。
うまく言葉に表せないのですが、こうした世界に浸れるのはある種の快楽がありますよねぇ。
そして、やっぱり別れはつらい……
だけどまたうどんに会えるようにがんばる主人公は凄い。そして偉い。
これも一途な思いが為せる業なのか。かわいそうであり、優しくもある。ああ、現実は非情だ。
点数については、東方の世界観からずれていることと、
読者に対する配慮がなされていないという点で30点ほど減点させて頂きました。ご容赦ください。
氏の世界が大好きです。
今までの氏の作品に比べて格段に読みやすかったです。
成層圏まで突き抜けたかのような独自な世界観にアップテンポな文章、
ついでに”春”との絡みに思わずニヤリ。
というかある意味トゥルーラブストーリー?(違
良作ありがとうございました。
不思議なツボに入ったわけですがどうしてくれよう(ぇ
プチ創想話その3の「冷たくない」と関係あるのかな?なかったらごめんなさい;
ヱビスビールを片手に読み始めて約一時間。
読み進めていくその間、絶え間なく世界が広がる広がる。
かと思えばその世界は馴染みのあるものに収縮し、しかしてまたさらに広大な果てへと無限増殖。
いやー勢いだけで突っ走りましたが最高でした!会いに行ってやりゃあ良いじゃないか。行ってやれよ!
投稿されてから約半年……奇しくも「うどん」の滞在時間と同じ時を経て、さらには卯酉東海道を経て……、ついでに深夜の気まぐれを経てからこの物語を読んだ事は幸運だったと、そう思います。
それでは、いつか来る日曜を心の底から待ちわびつつ、最後にもう一度感謝を。
面白かった。本当にありがとう。
質・量ともに非常に大きく、このようなサイズの作品に滅多に出会わないため、久しぶりに読んだ後に疲れてしまいました。
しかし、気持ち良い類の疲労でした。内に込められている諸々を考えると身震いさえします。自分もこのような作品を描けるようになりたいものだと思います。人によっては好き嫌いがはっきり分かれる作品だとは思いますが、私は好きです。
一部の記述から、個人的に。
最近、さまざまな作品で日本がなくなってしまう、もしくは被害を受ける場面を目にする度、つらいなぁと思うこのごろ。普段意識しなくても故郷をいとおしく思っているようです。実際に故郷がなくなってしまった彼女たちはどれほどの思いをしたのか。
今日、ようやく読めました。
素晴らしい。エクセレント。ブラボー。にんじんあげる。
とにかく、マトイちゃんのキャラが素敵です。もう、タイトルだけで泣ける。
良い物が読めました。ありがとうございました。
そうして、東から昇る月を迎えに行くのですね。
惚れた。
でも、なんだか文章の勢いに引っ張られて一気に全部読んでしまいました。
・・・疲れた。
人を引っ張りこめる文章を書けるのはすごいなぁ、なんて思います。
なにこれ、すげーじゃん。
纏の独白のカオスさと来たら(笑)
ぐちゃぐちゃなのに引っ張り込む引っ張り込む。
パワーに持ってかれました。
読み専だったけどウズウズしてきた……
俺もなんか書きたいなぁ。
「浪漫」とか「夢」とか、そんなもんを叩きつけられた気が……。
どっぷりハマってさぁ大変、読み終わったあとの喪失感がなんとも言えない。
何回も読むよ。
なんせ文章は支離滅裂、専門用語はバーゲンセール状態、解かれていない謎大量でわけわかめですもん
でもそれがとても心地よかったんですよね
酷い不協和音のはずなのに歯車のようにきっちりと収まりまわり続けている
そんな感じです
心の底から読んでよかったと思っています
本当にありがとう
あれだ。きっと惜しかったんだ。読みたいけど読めない本、みたいな。読んじゃったら終わっちゃうから。
でもようやく読めた。
読んでよかったと思えた。
とても面白かった。
ありがとうございました。