Coolier - 新生・東方創想話

依存症(前)

2006/02/02 05:05:51
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満月の夜。

降り注ぐ白銀の光は、古来より人を狂わせ、妖に力を与えてきた光。
穏やかであるその光は、しかし見ていると眼が眩みそうな錯覚を覚える。

白々と照らす銀光の下、ざうざうと風に葉を鳴らす竹林があった。
その竹林は広大で、入り来る者を拒むように道を閉ざし人を惑わす、妖と咎人達の棲み処であった。

今、その竹林の中を走る影がある。

時を経て背高く育った竹の葉は月明かりを通さず、暗く足場の不確かな竹林を急ぎ行く影。
その呼気と脚運びには乱れがあった。
荒い息と覚束ない足取りは傷を負った者のそれであり、纏った青緑色の衣服もあちこち破れ無残なものだ。

光。音、そして風。

それは赤い光であり、何かが弾ける音であり、熱をはらんだ風である。そして、夜の竹林には本来無い物である。
だが今、それらは影の行く先から届いてくる。
 
影は焦りを感じ、足を速める。もはや飛べぬまでに消耗した体がもどかしい。

音が響き竹の葉がざわめく。そして、確かに感じる熱気。急ぐ視線の先は赤い光が揺らめいている。

傷にかまわず走る。

音は轟音となり、熱風は熱波となる、赤の光はもはや前方ではなく頭上から来ている。

足が止まる。 竹林の中、ひらけた場所に出た。

いや、其処もほんの数刻前までは竹が生えていた。だが今や、焼け残った竹が地面から少し、出ているのみである。
その光景に息飲み、そして影は見上げる。


夜空。 視線の先の宙に三者。
燃え盛る火の鳥と、それに照らされる青と黒の影があった。



火の鳥が啼き、黒と青の影に向けて三列の光爪が奔る。 夜空に裂線が引かれ、空間が裂けたところから妖弾が噴き出す。
青が遅れた。 迫る断裂をかわしきれない所へ黒から極太の閃光。 花咲くように炸裂していた妖弾が霧散する。
青から、一際鋭い光条が浴びせられる。 切り刻まれ、舞い散る炎の羽。 怒りに火の鳥が身をよじる。
火勢を増した火の鳥から、お返しとばかりに火球が飛び炸裂する。 周囲の気温が一気に上がった。

魔力がうねり、カードを叫び、妖弾魔弾が行き来する。
掻き消され、しかし燃えあがる炎の鳥。
そのたび周囲の竹は焼かれ、葉はたちまち火の粉と化す。 熱風が渦を巻き、火の粉を巻き上げ辺りを照らす。

黒が青に蹴りを入れた。 思わぬ事態にたまらず体勢を崩す青。
獲物を見つけた炎の猛禽が青へ向き直り、紅蓮の大翼を広げる。
青がぎくりとこわばる。

隙を見せた火の鳥の横面に、黒の転じた彗星が遠慮なく突っ込んだ。

炎の羽毛を散らしながらも、火の鳥は彗星を抱きとめ抵抗する。
しかし、耐え切れずたわみ、次の瞬間には貫かれ、散華する炎。

火の鳥をブチ抜いた彗星は、轟音と星屑を撒き散らしながら駆け抜けていった。

風が流れる。

彗星が飛び去った方角から轟音が届き、そして静かになった。
鳳凰の翼も再び燃え上がることは無く、やはり静かになった。


それまで身じろぎも忘れて見上げていた影が叫ぶ
「・・・妹紅―――――――!!」





知らず詰めていた息をゆっくりと吐く。
火の鳥と真正面から眼が合った時は、本気で駄目かと思ったが、もう燃えてこないところを見るとようやく勝ったらしい。
かっ飛んで行ったままの魔理沙も気になるが、ついに沈黙した不死人も気になる。

(死んだりとかね・・・)
そんなことを考えつつ、すっかり焼けた竹藪に降下していくと、

「そこで止まれ・・・!」

影が二つになっていた。
よもや分身でもしたか、いやいや相手は不死人、断たれた所からそれぞれ甦ってもおかしくは・・・など気色の悪い想像をしたが、どうやら違うようだ。

降り立ったアリスの前には、地に転がり荒い息をつく不死人と、それを庇い立つ、傷だらけの半獣の姿がある。
歴史の半獣は、敵意に満ちた瞳でこちらを睨んでいる。


その姿に、先日の月人に弓を向けられた自分達が重なった気がした。


「そんな顔しないでよ、もう戦う気はないわ」
ひらひらと手を振り、戦意の無い旨を伝える。 隣の上海人形はおろおろと、こちらと相手とを見比べている。
「・・・」
返答はない。
こちらを睨むその姿はまさに手負いの獣か。 ぼろ切れのようになった服を辛うじて身に纏う不死人と、半獣のスカートにある自分の靴跡に、少し気まずく思う。
「・・・これでも都会派で通してるの。 肝を生で、なんて冗談じゃないわ」

使い切ったと言われ、はいそうですかと引き下がるほど物分りが良い蒐集家などいてたまるか。
正直なところ多分に未練はあったが、もう一戦やらかすだけの余裕は今のアリスには無いし、戦意も失せた。

人形使いは踵を返し歩き出す。 
振り向かない。

秋の夜風に洗われ、ようやく冷え始めた竹林を飛び上がり、出来たばかりの大通りを見て呟く。
「まったく加減ってものがないわね、あのバカは」





囮を放ち、その隙に吹き飛ばしたまではよかったが、激戦で消耗した状態で放った切り札のスペルは、制御に隙が生まれそのまま墜落した。

・・・もう少し制御しやすいよう洗練しないとな。

1キロ超過の墜落跡の先端のそのまた先で、大の字になりながらそんなことを考える。
御しやすいよう出力を落とすなど微塵も考えないのが、この霧雨魔理沙である。

竹林を抉りながら地面をバウンドしていた時は、さすがにもう駄目かと思ったが、とりあえず生きていた。
堅牢な防護障壁のおかげなのだが、無茶苦茶な話だ、と我ながら思う。 全身が隈なく痛かったが。
体力、魔力ともに使い果たした体は、まるで泥のように感覚が乏しく、脳の言うことをこれっぽっちも聞いてくれなかった。
背中の地面の冷たさが、疲れと諸々で火照った体に心地よい。

月を眺め、ぼんやりとしていると、魔理沙の顔に影がかかった。
「私の月見を邪魔するのか。 妖怪にも風流を解さないのが居るんだな」
寝転がったままの魔理沙が、影の主に声をかける。
「あら、生きてたの? ざーんねん。 貴方との腐れ縁もここまでだと思ったのに」
月を背負うアリスの顔は、魔理沙からは影になっていてよく見えない。
隣を浮いていた上海人形がこちらの顔にすがりついて来た。 気遣うように頬をすり寄せる上海に、柔らかい苦笑が漏れた。
「いつまで寝ている気? そのまま土葬にされたいなら相談に乗るけど」
疲れ呆れた口調が降ってくる。
「月光浴は健康にいいんだぜ?」
「つべこべ言わずにさっさと立つ」
ほら、と差し出された手を苦労して掴み返すと、アリスに引き起こされる。肩に上海人形がぶら下がったままついてくる。
しかし、操られていない人形のようにぶら下がる魔理沙。
「なによそれ」
「あー、すまん。 まだ体に力が入らないようだ」
「もう。 あんな無茶して、それでこんなになってたら世話ないわ、よ!っと」
引っこ抜くように魔理沙を立たせ、一瞬浮いたところへクルリと体を回し前に潜り込む。
屈んだアリスの背中に魔理沙の体が、くたりと落ちてくる。
抵抗なく背負われた魔理沙の体温を背中に感じ、アリスの心拍数が跳ね上がる。
「手荒いぜ・・・ ありがとな」
力の抜けた吐息に言葉が乗り、アリスの耳元に零れ落ちる。 
「つ、つらいなら黙ってなさいよ。 無理する時間は終わったわ」
ゆらり と飛び上がると上海が箒を持って付き添う。

上昇するにつれ、冗談のような墜落跡の全容が視界に入ってくる。
「おー。  誰がやったか知らないが、竹林が台無しだぜ。惚れ惚れするな」
「あ!  そういえば貴方、さっきはよくも囮にしてくれたわね!」
「なんのことだ。戦神が勝つための生け贄を要求したから、私はそれに応じただけだぜ」
「・・・っ!」 


生け贄と申したか。


言うに事欠いて神!? と、あまりにもあんまりな言葉に、意識が沸騰し思考がショートする、が、実際それで勝ったので強くも言えない。
あのまま戦っていて果たして勝てただろうか? そう思うと反論が鈍った。
「・・・憶えておきなさいよっ!」
「墓に刻む言葉か? 私とアリスの仲だからな。 仕方ない、今回だけだぞ、言ってくれ」

もう何を言ってやればいいのか・・・! 
沸点を過ぎ、逆にクールダウンしてきた(ような気がする)頭で答えを模索しつつ、魔理沙の家を目指す。
方針が決まった辺りで、眼下の光景が変わってきた。魔女達が棲む、魔法の森である。





怪しい木々が鬱蒼と生い茂り、昼なお暗いその中は激しく入り組んだ妖怪達の縄張りがある。
力ない者は容易く淘汰される魔境、普通の人間お断りの地、魔法の森。
その中に魔理沙の居宅はあった。

玄関のドアの前で魔理沙を背負ったまま、アリスは立ち往生していた。玄関前に降り立ったのが3分前の事である。
「ねえ。 ドアが開かないわよ?」
開錠の合言葉を唱えた後、上海にノブを捻らせた。しかし扉は開かない。
ちなみに唱えないで回した事があったが、その時はノブが抜け、手の中で爆発した。

「おお。 玄関は現在絶賛封鎖中だ、そっちから裏にまわってくれ」
仕方なしに東側にまわると、二階の寝室のテラスに梯子がかけられているのが見えた。
これ以上なく明快な答えが出ていたが、アリスは念のため尋ねる。
「それで、入り口はどこかしら?」
「なんだアリスも鳥目か? このまま壁沿いに進むと梯子がある、それを上って二階から入ってくれ」
耳元に解答が示された。
アリスには、毎日ここから外出していく魔理沙が幻視できた。 眩暈がした。



二階。魔理沙の居間兼寝室。

奇跡的に5分以内に発掘されたランプから、柔らかい光が漏れ、影が揺れている。
部屋の中には魔理沙の押し殺したような声と、アリスの囁きが漂っている。

「いぁ、ん・・・・・・ふぅ」
「ほら、ここも・・・・・・こんなに赤くなって・・・」
「ひぅっ そこ・・・  やめっ・・・・・・んぅ!」
「や め な い」
「ん・・・・・・んーーーっ! も、もう・・・」
「ここは・・・どう? まだ・・・痛いかしら・・・?」
「あ、あっ、あァ!  アリ・・・ス・・・・・・ッ!!」
「いいのね・・・これで、おしまい、よ」
「―――――っ!! あっ! ぅあああっ!!!」





「・・・まったく、なんて声出すのよ。 自分じゃ手当て出来ないだろうから、私が、して、あげたのに」
「・・・・・・憶えてろ・・・・・・」
ベッドから抗議が来る。
そこには、いつもの黒服から寝巻きに着替えさせられた魔理沙が、ぐったりとうつ伏せになっている。
もっとも、顔を赤らめ涙ぐんだ目で睨んでみたところで、およそ迫力など無いのだが。

夜食や滋養強壮の薬湯などを勝手に用意していたアリスは、手を止め振り向くと、んふふ、と意地の悪い笑みを浮かべる。
「なぁんの事かしら? ねぇ?上海」
一部始終を見ていた上海人形は、急に話を振られてわたわたとした後、両手で顔を覆っていやいやをする。
ふふ、シャイな子ね。
今のアリスは鼠を前にした猫同然だった。

軽めの食事と薬湯の乗った板(裏面に達筆で標語がのようなものが書いてあった)を持ってベッドの脇に座る。
「それよりも! 何よ、下の荒れっぷりは! この間掃除してあげたのに、前以上してどうするのよ! 今度の定例会の場所、ここなの忘れたわけじゃないでしょうね!」
歩けないどころの騒ぎではない、家の中で飛ぶ事になるとは思わなかった。 玄関が開けられないのも道理だ。
「ぅあー、もうそんな時期か」
しまったー と、だるく呻く魔理沙。 その口にスプーンが突っ込まれる。

定例会。それは魔女3人で執り行うお茶会であり、魔術やそれ以外についてあれこれ語り、魔導書を読みふけり、美味しいものを食べて、お風呂に入り寝る日の事であり、ありていに言えばお泊り会である。
最初は図書館での開催で内容も議論がメインであったが、ある日の会で魔理沙の所に奪われた本の内容が問題となり、議論に白熱したパチュリーが奪回に行くという一幕があった。
実際は魔理沙がパチュリーを引っ張り出す為の策だったのだが、回収騒動で疲れ、ついでにと入った温泉にのぼせてしまいそのまま一泊になったのが事の始まりである。

図書館は便利ではあるものの、毎回埃まみれになるのがネックだったりする事や、下手に力を持った人妖が揃っているので、フランドールのストレス発散要員として駆り出される事も過去にあった。
また、こういう機会でもなければ魔理沙は絶対に掃除をしないし、返ってくる物も返ってこないという意見や、もてなすのが楽しみだという意見も無くは無い。
同業者をアトリエに入れるのは抵抗があるのだが、しばらくメインの会場になっていたパチュリーが発した、
「あなた達、私の書斎をなんだ思っているの?」
という質問に対し、
「「貸し出し自由の図書館」」
と返したのがまずかった。
「・・・わかったわ。 じゃあ、ここの主として、おもてなしをしないといけないわね」

五行、金と木とを掛け合わせたスペルはパチュリーの卓越した魔術により、瞬時に転輪を織り上げる。
死霊の産声のような音をたて、元気に回転し始める双子の刃輪を従えて、紫の魔女は艶然と微笑む。
「さぁ ヴィオレッタにデイジー、お客様にご挨拶のキスをなさい」
「「その殺人歯車、名前ついてるの――っ?!」

ああ、そういえばあの時もアリスを囮にしたっけか。 やけに薄味のキノコスープを流し込まれながら魔理沙は思い出す。
図書館に響くハーベスタの回転音。身を隠した本棚の向うから聴こえる、パチュリーの心底楽しそうな笑い声と、こちらを呼び続けるアリスの悲鳴。 そしてなぜか隣で一緒になって震えていた小悪魔司書の、何も映していない瞳を見た辺りで耐え切れなくなり、図書館を飛び出したところで回想が途切れた。

・・・思い出したら嫌な汗が出てきた。

民意により「一人に負担を強いるのは良くない」という結論に達し、当番制の採用となった。
いろいろ腹に思うところがそれぞれにあるが、得られる物も多いのでやむなし。 ということになっている。

少し膨れた腹に充足感を覚えつつ、そんな事を思い出す。

「そっちのは?」
「いつものよ」
「げぇ、それ苦いヤツじゃないかー」
「仕方ないじゃない。 効き目は確かなんだし」
「・・・お前、わざわざこれ選んだろ」
抵抗したら無理やり飲まされた。
「・・・・・・うえぇ~」
「我慢なさい、私だって苦いんだからね!」

現在、月一回ペースで開催されており、その会場は持ち回りとされている。 そして今月の会場担当は魔理沙だ。

前回は屋外で上手いこと乗り切ったけど、そろそろ涼しいしなぁ。
この季節だ、うちの温泉が目当てだろう。 もし開催場所を変えてくれと申請したらどうなることか。

パチュリーの笑い声が脳裏に再生される。
軽くトラウマだった。

なにやら黙り込んだかと思うと、小刻みに震え出した魔理沙を置いて、アリスは帰途につくことにした。
薬湯を飲ませたから、その効果が出たのだろう。 人間は薬の効きが良いと思う。
「上海、帰るわよ」
上海人形は両手で顔を覆ったままだった。





既に朝に近い空の風を浴びつつ、アリスは今夜の戦いを反芻する。
「あれが今の魔理沙」
勝つために放った渾身の一撃。
すぐ前を駆け抜けて行ったあの光。 あの時見た眩さに、魔力の輝き以外の何かを感じなかったか?
「寿命だって短いし、ちょっとの怪我でも死にかねないのに」
背負った体の軽さを憶えている、力ない吐息を憶えている。
一歩間違えば死んでいたかもしれないのに。 しかし魔理沙は勝負を選び、そして勝ち取った。
「それであんなになってたら世話ないわよ」
部屋に放り込んできた姿を思い出す。

しかし、その苛烈とも言える生き様に、惹かれる自分が居るのも自覚している。
今の魔理沙の輝きは今だけだ。まだまだ強くなるだろうけど、すぐにも儚く消えてしまうだろう。
人間はあまりにも早く通り過ぎて行ってしまう。それ故の眩さなのだろうか。
人と同じ時間を生きられないアリスには解らない。
追いつきたい。今の魔理沙に勝ちたい。 あの輝きと並んで歩みたい。
そうすれば何か判る気がする。焦りにも似た感情がそう告げる。

でも。

「・・・私は・・・・・・」
呟く言葉は夜風にほどけて消えた。





---





魔法の森、マーガトロイド邸、工房。

そこは一言で表現すると、混沌だった。
所狭しと散乱する色とりどりの布、糸、綿、染料らしき壜。粘土や陶片に、砕いた鉱石、そのままの鉱石、薬草らしき葉の束、薬剤の入っていると思しき壜、入っていた空瓶、溶いた糊のような薬品が乾きかけている小鉢、薬がこぼれた跡、魔力結晶の貴石、準輝石で出来た人形用の眼、小分けされていない髪、組み立てられていない人形の手や足、胴、等々。
倉庫から引っ張り出された収納ケース達が、腹を裂かれた死体のごとく、中身を晒しそこらに散在している。
床は見えず足の踏み場などない。
床上の空間にも、資材や工具をアリスに手渡す助手役の人形達が浮いている。
出しっ放しになっている針、鋏や工具も含めると、魔理沙の所ほどとは言わないが、いい感じに散らかっている。

そんな中に、埋もれるようにしてアリスは居た。

「寂しくなったわ・・・やっぱり使いすぎたわね・・・・・・」
お茶の時間を言い訳に作業を中断したアリスは、人形達に準備をさせながら呟く。
伸びをし、首を回すと身体のそこかしこから小気味いい音がする。
自宅の工房兼人形置き場。ここに収められた人形たちは、アリスの呼び出しに応じ転送魔法のゲートを通じて出劇していく。
各カードの核となる、いわくつきの人形とは別の、言うなれば脇役に相当する名無しの人形達だ。
常ならば棚を埋め尽くす人形は、今この場においては空席が目立ち、寄りかかる仲間を失った人形が倒れていたりする。

現在、作業机の上には、分解され半ば内部構造を晒した上海人形と、心配そうに寄り添う蓬莱人形がおり、こちらを見上げている。
「大丈夫よ、すぐ元通りだから」
とは言うものの。と、嘆息。
先日の、満月奪還騒動と肝試しで大量の人形を消費したアリスは、補充の為の資材が足りない事など、とうに気がついていた。
どうしたものか、と思案していると、給仕人形達がティーセットを吊り下げて入ってきた。
お茶にしよう。まずはそれからだ。
自分に言い聞かせてアリスはカップを受け取った。





数時間後。
結局、資材の調達に行くことにしたアリスだが、求める素材が多岐に渡るため、転々とするはめに陥っていた。
およそ能率の良い行動とは思えないし、何か有るごとに事後処理でこんな手間が待っているかと思うと、少し気が重くなってきた。

基本素材くらいなら練成出来た方が楽かしら・・・でも、精度を上げる手間を考えると・・・・・・いや、必要な物が欲しい時に必ず手に入るとも限らないし・・・・・・でもなぁ・・・・・

などと埒の開かない思考に囚われ、のたくたと飛んでいると眼下に人里が見えてきた。

「あそこは・・・あの時の里・・・」
「何の用だ。人形遣い」

聞き憶えのある声に振り向くと、特徴的な帽子を頭に載せた蒼いワンピース姿が浮いていた。
「別に。 人を襲おうとかじゃないわ、買い物よ」
既に入手していた資材の入った手提げを掲げてみせる。

「信用できんな。 百歩譲って信じたとしても、里に入れるわけにはいかん」
「硬いのね」
「ああ。 でなければ里は守れん」

肩の後から蓬莱が覗いてくるのを、大丈夫よ、と撫で、向き直る。
言葉無く対峙する2人の妖。
静かな湖面のような瞳で見つめられ、居心地の悪さを感じていると、ふ、と慧音が息を抜いた。

「とは言うがな、私の監視付で入る妖怪も居なくはない。 用向きによっては考えなくない」
「だから買い物だって言って・・・・・・どういうこと?」
「人を喰わなくてもいいと言う連中もいる。 力の弱い実害の少ないような者も」
里に依存することで妖怪同士の諍いを避けている者も居る、妖怪の本分を考えるとはなはだ疑問だが、聞けば襲う以外の形で妖としての自己を保つ者も居るそうだ。
「私は?」
「輝夜に騙され、妹紅を襲った妖怪は今まで数知れん、が、妹紅に勝った上なにもしなかった、となると数える程しか居ない」

もこう、とはあの不死人の名前だったか。

「どう取られたかは知らないけど・・・そんなに善人じゃない自覚くらいはあるわよ?」
腕を組み、挑むような視線を向ける。
「これでも歴史には詳しい、お前がどのような妖なのかくらいなら、すぐ判る」
「便利ね、で?」
「良質の糸を扱う店ならば心当たりがある。ついてこい」
慧音はそれだけ言うと、くるりと身を翻し里に下りてゆく。
拍子抜けしたアリスは、呆、とその背中を見ていたが
「なんなのよ、もう」
気を取り直し、後を追った。





夕刻。
山間のこの一帯は、夕暮れから日が落ちるまでが早い。
刈り入れの始まった田は夕日に染まり、田の上に群れを成す蜻蛉の羽が夕日にきらめく。
通行者など無視して滞空している蜻蛉の群れは密度が高く、中を歩いていると弾幕の中にいるようだ。
長く伸びた影は二つ。
片方は頭の上に特徴的な形。

予定以上の買い物が出来て上機嫌のアリスは、慧音の誘いで庵まで行くことになった。
隣を歩く慧音の機嫌もどことなくいいのは、里の子供にアリスが受けた事に起因する。
里の守護者が連れている金の髪の見かけない人物。 目立たないわけがない。 二人はあっという間に囲まれた。
アリスは旅の人形使いを名乗り、連れていた蓬莱人形に挨拶をさせてみせた。
即興の人形劇は、子供のみならず通りすがりの大人達の足も停める腕前だった。
アリスが真に信用に足るかはまだ判らないが、少なくとも子供を嫌うようなことは無かった。
「子供は反応が正直なの、人形の挙動は自然なものでなければならないわ。だからいい指標になるのよ」
そのつもりだったら、もう少し役者も揃えて来たんだけどね、と笑う。

里に来る風変わりな客の人形劇は、これから子供たちの楽しみになるかも知れない。
慧音はそんなことを考えつつ夕暮れの畦道を行く。



里を見渡せる高台の上。
広くは無いが、しっかりとした佇まいを見せる慧音の庵はそこにあった。

「・・・渋いわねぇ・・・」
感嘆の混ざるアリスの呟きに、慧音は苦笑する
「はは、古いだけだ。 ま、上がってくれ」
「お邪魔するわ」
一見、こぢんまりとした民家という趣だが、古い建物の持つ存在感を肌で感じる。
博麗神社とはまた違う、時間の経過した空間、そういう気配の様なものが満ちている。

掃除の行き届いた部屋の中を蓬莱がふらふらと漂い出す様を見ていると、慧音が茶を持って戻ってきた。
「粗茶だが」
「ありがとう」
茶を出し、座る姿はしなやかでとても女性らしい。
で、あるはずなのにどことなく男っぽさを感じるのは、硬さのある口調のせいなのか? 魔理沙とは別系統の男言葉ゆえか? それとも何か別の理由でもあるのだろうか。
「? どうかしたのか」
疑問が顔に出ていたらしい。
「なんでもないわ。気のせいよ、たぶん」
自分でも正体の分からない疑問などぶつけても仕方ない。適当に答えると、湯気を上げる湯飲みを受け取る。

夕日の差し込む庵、ちゃぶ台をはさんで向かい合う影二つ。

しばしの沈黙。茶をすする音のみが場を支配する。
「美味しい・・・緑茶ってこんなに味が豊かだったのね・・・」
ほう、と息をつき素直な感想を口にする。
「安物を出したつもりはないが、普通の茶だぞ?」
「一度、博麗神社でお茶を出されてみれば・・・分かるわ」
「・・・・・・物を粗末にしない、という心は大事だぞ」
茶請けを勧めつつ答える慧音は、事情を知らないなりにフォローを試みる。
「程度の問題よ」
断言された。
「博麗の巫女が妖怪どもに餌付けされている、という噂はきいていたが・・・・・・」
「どうかしらね、勝手に集まってくるのは事実だけど。 すごいわよ?いろいろと」
言われ想像してみる。
聞き及ぶところでは、紅の館の吸血姫に、亡霊の姫君、境界の大妖八雲、さらには鬼まで居るらしい。
・・・・・・誰一人として慧音が楽に下せる相手ではない。
その実力者どもが昼夜問わず訪れ、お茶を飲み酒宴を開く。 見事な魔境ぶりに眩暈がしてくる。
しかも、それらが好き勝手に出入りしてなお、泰然としているという博麗の巫女の度量に、慧音は得体の知れないものを感じた。

「餌付けされているのか、貢がせているのか・・・・・・」
眉根を寄せ唸る。疑問が口に出ていた。
「たぶん、皆そんなんじゃないわよ」苦笑するアリス。「あ、でもレミリアはどうかしら?」

妖に好かれる人間。幻想郷の守護者。博麗の巫女。
人間が好きで里を守っている物好きの妖がいるのだ、そういう事もあるのだろう。
今度、茶でも持って行ってみることにしよう。と慧音は思考を締めくくった。

「で? ただお茶したいだけで招いたわけではないのでしょう?」
「うむ。 実はお前に興味があってな」
湯飲みを置き、ずい、と身を乗り出す慧音。
「え・・・・・・・  いや、ちょっと」
視線を逸らし、気まずそうに薄苦笑いを浮かべるアリス。
「どう解釈したのか知らないが、おそらく見解に相違があるぞ」
「じゃ、じゃあなによ」
問う顔が赤いのは夕日のせいだけではない。
座り直した慧音は射抜く視線で、一言。
「人と共に居る妖怪」
言われた言葉に硬い唾を飲む。
「輝夜の刺客は他にも居たのだがな、一番まともそうなのがお前だったというわけだ」
「・・・・・・そりゃどうも」
あんな連中と比べるな、と思うが確かに出歩きそうに無い連中ばかりか、と思い直す。
「人妖でも付き合いがある者は居なくはないが、ここまで力の強い者同士の組み合わせは、なかなかに稀有だ」
アリスには慧音の意図が読めず、沈黙する。
「さてさて、この未熟な白沢にひとつ聞かせてくれ。 「なぜ共に居る」のかを」

姿勢を正し、こちらを見つめて答えを待つその姿に何か言おうとするが、言葉が形にならないまま喉の辺りで留まっている。
その感覚にアリスは、水もないのに溺れているような錯覚に陥る。
答える義務も義理もない、と頭で分かっているが、鳩尾のあたりに言い様の無い重さを感じる。
義務も義理もない。
そう言い聞かせつつもアリスは、自分の内面に意識が向くのを自覚する。
そこに、質問が来た。
勝ちたいのか。共に居たいのか。と。


「勝ちたいなら少し放って置けばいい。 すぐに失速して勝手に消えるぞ」

そんなことは判っている。だが、あの時感じた輝きは、あと何年そこにあり続ける?
あれが衰えるのを待ち、見過ごすのか。止められはしないと分かっていても、何か記しを残したい。
今が、今の魔理沙が、今だけ故に大事なのだ。

「共に居るなら問題なかろう。研究でもなんでも協力してやればいい。貴重な同業者だ、無碍にはされまい」

確かに。
力を借りることも貸すことも少なくない。事実ついこの間も共に戦ったばかりだ。
だが。
そうではない、とアリスはかぶりを振る。

共に居る為に勝つのだ。
魔理沙は価値の有る無しだけで判断をするのではない。が、嗅ぎ付ける。面白そうだと見立てた所には必ずと言っていい、首を突っ込んでくる。
・・・自分に価値がなければ見向きもされないのではないか。
そんな事は無いのだろうと思いたいが、そんな危惧がないかと言えば嘘になる。
怖いのか私は。 誰からも見向きもされなくなるのが。
うつむき自問する。

思い出されるのは、かつて敗北し味わった無力感。 それは幾度と無く思い出される苦い記憶。
魔界を出てこの郷に居ついて、再び魔理沙達に会った。
引越しの理由は他にもあったような気がするが、今となってはどうでもいいことだ。
今は、少ないが確かに周りに人がいる。妖がいる。なにより魔理沙がいる。
それらを失いたくない。と素直に思える。

勝って認めさせるのではない、勝って自分を認めるのだ。あの眩さの間近に居てよいと。

「それは価値の基準を魔理沙に依存しているのではないか」

そんなことは分かっている。
もとより別の種族、別の時間を生きる者だ、対等の立場になれるとは思っていない。
しかし、それでも目標なのだ。 手を伸ばしたいのだ。

「だが魔理沙はすぐにも老いるだろう。「我々」とは違うのだぞ」

質問の形をした剣が、見ないようにしていた病巣を次々に突く。
分かりきっている事なのに、考える度にやるせなくなる。
滲み出てくる澱んだ諦念に押しつぶされ、涙が出そうになる。
ならば。 とアリスは問う。
逆である貴方はどうなのか。 妹紅を置いて去ることをどう思う?  どうにかしようとは思わないのか、と。
思わず叫んだ問いに、白沢は薄く微笑み静かに答えた。
「この命が尽きるまで付き合うさ」

――――――嗚呼。

その顔に淡く浮かんだ諦めは、決して超えることの出来ない壁に疲れた者の浮かべるものなのか。
その顔に薄く浮かんだ微笑は、決められた未来にそれでも希望を見出す者の浮かべるものなのか。
そして思う。いつか自分もこんな風に微笑んで語る時が来るのだろうか、と。

「私は」

顔を上げ白沢を見据える。

「今の魔理沙が好き。共に居る為に勝ちたい」
「勝つことで自分の価値を自分で決めるのか」
「自己採点するのよ、甘くなるのは百も承知だけど」
「結果として諦めを得る事になるとしても戦うのか」
「内容はどうあれ結果が出したいのよ。負ければ要努力、勝てば少しは自信をもっていいのかもってね」
「立ち直れないような負け方をしたらどうする」
「そこまで差が開いていないと思うくらいには自惚れているわ」
反論していくうちに自分の中で何かが纏まっていくのを感じる。言葉にすることで意思に方向付けが成されていく。
「だから私は魔理沙と戦う」
ああ。 
言い放った言葉にアリスは思う。
自分の今はこうなのだろう、魔理沙が好きだ、そして追いつきたい。
幾度と無く考えて来た事。これからも幾度も悩むであろう事。
些細な事で思考の迷路に落ち込む、不安定な自己を認識させられる。
・・・・・・持病というか発作みたいなものかしらね。と内心で苦笑する。

白沢は腕を組み、考え込む様子を見せる。
「共に居る為に勝つ、か・・・・・・」
「ええ。今の私はそういう気分みたいね」
その言葉に顔を上げ
「そういう組み合わせも居る・・・ということだな」
うむ、と頷くと慧音はするりと立ち上がった。
「・・・・・・さっきまでのやり取りから何を読み取ったのか知らないけど、貴方、ひょっとして結構いい加減だったりしない?」
すっかり暗くなった室内に、明かりを灯そうとしていた慧音が振り向く。
「何を言うか。私は聞かせてくれと言っただけだぞ。 なんでも白黒はっきりさせねば気が済まないと言うわけでは無い」
「なによそれ」
「人のまま悪魔に仕える、とのたまった奴も居るのでな。・・・・・・個人の幸せに口出しするつもりもない」
近頃の若いもんの考えることは分からんよ、と笑いつつ今度こそ明かりを取りに行く。
「しかしあれだな、本人を前にしていないとはいえ、あれだけはっきり好きと言えるとは。大したものだ」
「なっ!?」
油断していた所に飛んで来た言葉に、今度こそ赤面する。首まで熱くなっているのを感じる。
思わず隣を見ると、座っていた蓬莱人形はもじもじとこちらを見上げていた。

もう! 上海といいこの子といいどうして感情表現が上手いのかしら!? 製作者が優秀だから?! きっとそうね! そうに決まったわ!

内心で叫びつつ、見た目は何事も無いように蓬莱を抱き上げる。
とても顔を上げていられなかった。



結局、終始にやにやしたままの慧音に晩飯をたかる事で報復とし、アリスが里を後にする頃には月が天高く昇っていた。



すっかり遅くなってしまった。
思わぬ寄り道だったが得る物もあった、それでよしとしよう。
帰り際、慧音は「頑張れ」と言ってくれた。

人形達を修復して、近いうちに魔理沙に戦いを挑もう。そう思いつつ、ドアの前に立ち開錠のスペルを唱える。

「・・・」
常ならばある反応がない、いや、ドアに違和感がある。

OK。確認してみましょうか。
「ねぇ蓬莱、私出かける時にドアをきちんと閉めたわよね?」
答えるまでも無い質問の裏に漂う何かに怯えたように、蓬莱人形は激しく首を上下し肯定する。
そんなに激しく首を動かすと接合がずれるわよ、と注意して視線をドアに戻す。
ドアは・・・外れていた。それどころか中央に足跡がある。とどめに、この靴跡には過去何度かお目にかかっている。
靴跡を睨んでいたら、脇腹にある同型の痣が疼きだした。

深呼吸。3,2,1

「魔理沙――――――――っ!」

ドアを蹴倒し屋内に飛び込む。

蝶番が外れていた扉は、蹴りそのままの勢いで床に激突し、激しい快音を上げ、埃を巻き上げる。
アリスが外に居る間にその帰宅を察知していた人形達は、主の突然の奇行に対応できず右往左往する。
ちょっとしたパニックに陥っている己が子等を見て、
・・・ああ、この子達に新たな思考の幅が出来たわ、これも教育の一環ね。
完全に沸騰しきっていない意識の冷静な部分が、人形達に与えられた試練に対し、ネガティブに前向きな評価を下す。

「おお、ついに自分の家に強盗に入るようになったか」
激音を聞きつけて、犯人が自らやってきた。
奥のリビングから出てきたのは、やはり魔理沙である。
普段通りの黒づくめで手にはティーカップを持っている。ただいつも違うのは、包帯巻いている箇所があることか。

「・・・・・・もう面倒だからいろいろ省くわ。そのお茶はどこから出した物?」
「給仕人形達にお任せだぜ」
身内に内通者が・・・! と、思わず崩折れそうになるが、いや待て、と踏みとどまる。
あの子らが来客として魔理沙を認めているのは、私がそう認識しているからだ。そういう風に出来ている。他の誰のせいであるはずもない。
なぁんだ、私のせいかー。あははははー。

「お前の頭の中で何が起きているか知りたくもないが、外から見ると果てしなく不気味だ。すぐ止めることを要求する」
「相変わらず身勝手ね、貴方」
「立ち直りが早いのはいいが、それも含めて不気味だ。というか不可解だ」
そうかも知れないわねと自覚し、ソファにへたり込む、
「なんだか物凄く疲れたわ・・・・・・私の分のお茶、お願いね」
蓬莱人形の指揮の下でドアを修復していた人形の内、何体かがキッチンに向かって飛んで行った。

数分後。

「で、人の家のドア壊して何の用よ?」
すっかりテンションの落ちたアリスは、紅茶を啜り、投げやりに問う。
「泊めてくれ」
「ゑ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「いやな、あれから家を片付けようとしたんだが、どういうわけか寝る場所すら怪しくなってきた」
「・・・」
「なんだその目は」
「理解と憐れみの目よ」
もっとも、憐れみを向ける相手は一人ではないのだが。
「どうせ、掃除して荷物動かしているうちに戻せなくなったんでしょう」
箱に入っていた物を出したのにその箱に戻せなくなる、という現象がある。
この場合、仕舞われていた状態を記憶せずに、適当に戻す事が原因なのだが、今回は入れ方の問題以上に物の絶対量が違う。
ましてや作業者は整頓能力不全症候群(捨てられない病)の重症患者だ。こうなるのは必然と言っていいだろう。

「せいぜい頑張って片付けてね」
「出来れば手伝ってくれると嬉しいんだが」
珍しい。と、紅茶を啜りつつ思う。素直に言ってきた、交渉もなにもない。
「霊夢にでも頼めばいいじゃないの、どうせ暇してるでしょうに」
「あいつは紫と温泉に行ってる。この間の報酬がどうとかって言っていたが、詳しいことは知らん」
「ふぅん、私は保険なわけね?」
「そうじゃなくてだなぁ」
困った、という風にがしがしと頭をかく魔理沙。
癖の強い綺麗なハニーブロンドがくしゃくしゃになる様子を見て、なんとなく勿体無いなぁと思いつつ思案。
確かに、あの物置の荷物の内訳は、魔力のある品物も数多い。ある程度の知識があった方が、選別の判定も容易いだろう。
なーあー、頼むよー、と縋り付く魔理沙をあしらい、それにしても食い下がるわねと、考えた所で心当たりが浮かぶ。
ああ、パチュリーか。
「いい機会ね。・・・・・・あなたもアレを味わってみるといいわ」
遠い視線で語ってみせる。もちろんわざとだ。
「・・・・・・」
魔理沙は、突然黙り込んだかと思うと小刻みに震え出した。
「ちょっと、どうしたのよ」
「あ・・・あぁ、スマン取り乱した・・・・・・」
いまいち焦点の合わない瞳で、ぎこちなく笑う顔は、普段の勝気で不敵な表情からは到底想像がつかないものだった。
小動物のように怯える様は新鮮で、アリスの普段使われていない感情を刺激する。
「そ、そんなに怖いなら、もっと前からやっときなさいよ」
そうは言ったものの、アリスの内心は、既に掃除を手伝うことに承認を下している。
どのみち片付けなければ、自分たちが当日困るのだ。温泉どころではなくなるのは想像に難くない。
ただ、すぐさま了承すれば、魔理沙は恩を感じる間も無く忘れ去るだろう。 いつものことだ。
それに、滅多に無いことに頭を下げて来ている。 何も要求しないという手は無い。
「判ってはいるんだが・・・どうにも捨てられない・・・・・・」
重度の蒐集癖をもつ魔理沙だ、ある意味正しい姿なのかもしれない。と、考え込む。

意識が薬品倉庫の在庫状況に飛び、脳内会議で嗜好目的の薬類の拡充を、という意見が満場一致で可決され・・・・・・

そうではなくて。

帰って来てからの妙な流れに水を差されたが、ここに来てアリスは、今がチャンスなのだと気がついた。
「わかったわ。そこまで言うなら泊めてあげる。 ついでに部屋の掃除も手伝ってあげるわ」
その言葉を聴いた魔理沙は、バネ仕掛けのように顔を上げ、
「おおっ! 本当かアリス!」
生き返ったかと思うほど、その顔に生気が戻っている。 そんなにイヤなら掃除くらいしろ、と思いつつ
「代わりに」
「う・・・・・・まぁ、出来る範囲で「私と一戦」善処する・・・ぜ?」
言われた言葉が予想外だったのだろう、魔理沙が固まる。
「今、なんて言った?」
「私と一戦交えなさい霧雨魔理沙。 実地で試したいものがあるのよ、貴女はその実験台」
試したいのは自分だ。しかしそれを悟られるわけにはいかない。努めて冷静にアリスは告げた。
「い、いやまぁ。それは構わないが、それでいいんだな? 後であれを寄越せとか、そういうの無しだぜ?」
アリスもコレクターで、もちろん魔理沙はそれを知っている。
てっきり物品で代価を請求されると思っていたのだろう。肩透かしを喰らったらしく、困惑と喜びの混ざった微妙な表情をしていた。 
「しつこいと、追加するわよ?」
カップに口をつけながら半目なる。
「突付く藪もないのに蛇が出そうだぜ」
納得しかねると、いった様子でソファに沈み込む魔理沙から視線を離し、計算する。
会は五日後、掃除に二日かけるとして・・・・・・
「明日の夜やるわよ、いいわね」
「おう、人間に喧嘩を売ってきた妖怪は退治しないとな」
即答したところを見ると、魔理沙の頭の中でも似たような計算がされていたようだ。
そうと決まればやる事は山積みだ。ぐずぐずしていられない。
「じゃあ、私はやる事が出来たから」
そう言って工房に向かおうとするアリスを、魔理沙が呼び止める。
「おいおい、夕飯抜きかよ」
ああ、待っていたのか。 こういう律儀さはあるのに、何故借りた本は返さないのか。
「ごめんなさいね。私、外で済ませてきちゃったから。 適当に作って食べてくれる?」
なにー、とか薄情者―、と喚く魔理沙を人形達に任せて、アリスは居間を出た。



工房に入り、明かりを灯す。

扉に背中を預け、目を閉じる。口は笑みの形になっているのが分かる。

急に決まったが、機会を得た。

なるべく全力を尽くして挑もう。あの光を見ないうちに堕ちるわけには行かない。
急いで人形を作ろう。なるべく数を揃えたい。 当日の戦いに合った物が必要になるだろう。
ではカードは何を使おう。どんな流れを組み立てようか。

ああ。

吐息が漏れる。
力が及ばず負けるかもしれない、という思いに心が竦む。でも楽しみだ。
今度こそは勝ちを奪えるかもしれない、という予想に奮える。でも不安。
相反するがいずれも期待、と呼べる感情が身体を満たし、溢れそうになる。

試す。 試したい。


そこでふと我に返り、あらやだ、と思う。
これではまるで
「デートを楽しみにしている小娘みたいじゃない」

くすくすと笑うアリスを、卓の上の上海人形が物言いたげに見ていた。
後半に続きます。
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コメント



0.3660簡易評価
9.100名前が無い程度の能力削除
薬をむりやり魔理沙に飲ませるのに、何故アリスが苦くなる必要があるのか是非とも詳細に。
28.80名前が無い程度の能力削除
上海人形が両手で顔を覆ってしまう状況の説明を詳細に。
37.90no削除
多少アリスが答えを出してしまうのが早すぎるような気もしますが、
その辺は好みの問題でしょうか。
慧音が生真面目なのが「らしいなぁ」と。
パチェ、切れるとそんなに怖いのか・・・(汗)。
39.無評価削除
>no様
痛いところを突かれたので、思わずレスを付けてしまいます。
「慧音先生の説教部屋」のシーンは実は最後まで残ったシーンでして、削ったり盛ったりしながらああでもないこうでもない、とやっていたのですが、最終的にこのような形になりました。
作中アリスの独白にもありますが「このアリス」は何か躓いたりすると割と簡単に塞ぎ込む発作の癖みたいなものがあることになっています。
この時のアリスはブレイジングの威力に置いていかれたような気がして、ちょっと拗ねているわけです。
台詞はあれだけですが時間的には2時間くらいかかっています。
時間の経過を書けるような腕前が欲しいところです。

死ぬほど遅いレスですが、上海が両手で顔を覆ってしまう状況は下手をするとネチョスレからの召喚状が届きそうな「情熱的なやつ」でございます。
71.90名前が無い程度の能力削除
さりげなくけーねがいいキャラしてるww