注:このお話はこれ一つでも楽しめますが、作品集22の拙作「永遠と炎の戦い」「幻想料理郷物語」、さらに作品集24「美鈴の家出」シリーズを見てからだとよりお楽しみいただけると思います。
注2:決して、お腹の空いている時には読まないでください。
その日、幻想郷には、嫌な風が吹いていた。
「何かが起こる前触れかしら」
不吉な風の流れに、彼女は一人、つぶやく。
まだ周囲が春色に染まっているその季節に、このような嫌な風が吹くことは珍しかった。肌に粘つくような――それでいて、あっという間に通り過ぎていってしまうような。そんな奇妙な風が。
何かが起きるのは間違いない。
だが――。
「……何が?」
それは、現時点では、彼女にもわからないことだった。
「つまりですね、このタイミングで調味料を入れるんです」
「こう?」
「ああ、そうそう……って、入れすぎですよ」
「入れすぎ……って。小さじ一杯分も入れてないわよ?」
「これは、本当に微量でいいんです。味にアクセントをつけるというよりは隠し味的な役割ですから」
そうなの、とうなずきながら料理指導を受けているのは、ここ、紅の悪魔の館にてメイド長を務めている十六夜咲夜。その隣で彼女に料理指導をしているのは、ここ、紅の悪魔の館にて門番を務めている紅美鈴。
どう考えても立場が逆であるのだが、事、料理――特に中華料理に関しては、その立場的問題は当てはまらない。
「うわぁ、おいしそう」
厨房に漂っている、何とも言えない素晴らしい匂いをかぎつけたのか、ててて、とふわふわの金髪が特徴的な少女がやってきた。ひくひくと鼻を動かしながら、咲夜の操るフライパンの元へやってくる。
「危ないですよ、フランドール様」
「はーい」
真っ赤な炎が燃え上がる。その上に置かれた巨大なフライパンの上で食材が踊る。その様子を、じーっと見ている、この館の主の妹、フランドール・スカーレットのお腹が『きゅ~』とかわいい音を立てた。
「もうそろそろお昼ご飯の時間ですね」
「うん。お腹空いたー」
「では、これが終わったら昼食を作ります」
「咲夜、それはどうするの?」
「……どうしましょう?」
「私が食べますよ。味の審査は、私の役目ですから」
「厳しい教師でありがとう」
「いえいえ」
にこにこと笑う美鈴。どうも、二人の間には何かがあるような気がしてならなかったのだが、根がお子様のフランドールにはそう言う微妙な空気を感じ取るのは無理なようだった。「楽しみにしてるね」と言い残して、また元気よく厨房から走っていく。
「さて、期待されてしまったわね」
「何を作りましょうか」
「何がいいかしら」
悩むわね、と。
そう言って、咲夜はフライパンの火を止めたのだった。
ばたん、と紅魔館の大扉が開いたのはその時である。
「……あの~」
「何かしら? 食事時に」
紅魔館の大食堂にて一同が食事を摂っていたその時。
遠慮がちにメイドの一人が顔を覗かせた。その彼女の顔を見て、館の主、レミリア・スカーレットがじろりと彼女に不愉快そうな視線を送る。食事時の主に、不用意に声をかける不届きものは、基本的にはこの館にはいないからだ。
「その……お客様が……」
「……客?」
「わたしは知らないけれど?」
同じく、テーブルについてフォークを動かしている、ある意味では紅魔館の居候、パチュリー・ノーレッジが返す。
ちなみに、一同の昼食はパスタとフルーツサラダだった。
「誰への客かしら?」
「えーっと……『用件があるから通しなさい』の一点張りでして……」
「無粋な客ね。追い返しなさいな」
「それが出来たらしています……。門番隊含め、警備メイド全滅しました……」
「……なんですって?」
レミリアの視線が鋭さを増す。
食堂の中に、直立不動で立っていた咲夜と美鈴がさっと戦闘態勢を取るのが見えた。
「何者? それは」
「その……」
「いい加減、通して頂ける?」
「あ、ちょ……!」
そのメイドの後ろから声。
同時に、ばたん、と勢いよくドアが開く。その音に驚いて、フランドールが頬張っていたサラダのリンゴを喉に詰まらせて目を白黒させた。
「……あら、あなたは」
「ごきげんよう。少し前にお会いしましたかしら?」
「さあ、どうでしたかしら。ですけれど、少なくとも、招かれざるお客様のようですわね」
現れたのは、目にも鮮やかなチェック柄の上着と、ふわりとしたスカートを身にまとった女性。なぜか、室内であるにも拘わらず日傘を差していたりする。しかし、その日傘もがその人物と一体となったかのような印象を抱かせるその姿は、ある意味では絶妙だった。
温厚な笑みを浮かべつつ、咲夜がすらりとナイフを抜いた。両手に合計で十本を持って、その切っ先を相手に向ける
「ああ、もう。フラン、何やっているの。ほら、ジュースよ」
「んく……んっ……ぷはっ! けほけほっ」
後ろで繰り広げられている、ある意味、とっても日常的で和やかな風景はさておいて。
「どのようなご用件でいらっしゃいますかしら?」
「あら、そんなに邪険にしなくてもよろしいのではなくて?」
にっこりと、徹底した慇懃無礼ぶりを見せる咲夜に、これまた挑発的な視線を投げかけてくる客。
彼女をちらりと横目で見て、パチュリーが肩をすくめた。
「咲夜、それは誰?」
「ああ、申し訳ございません。この彼女は……」
「風見幽香よ。よろしく、不健康な顔色のお嬢様」
「顔色のみで他人を判断するようになってはおしまいね。笑顔を浮かべていても、それを一枚めくれば、にやけた陰謀の顔をしていても、何ら不思議はないと言うのに」
相手の無礼な言葉をさらりと流す。すました顔だが、内心、かちんと来ているのがよくわかる一言だった。
うふふ、と女――幽香は笑っている。くるくると日傘を回転させながら、
「美味しそうな昼食ね。ごちそうして頂けたりするかしら?」
「丁重におもてなしをして差し上げますわ」
咲夜が一歩、前に出た。
しかし、そんな彼女に向かって、幽香が片手を差し伸べる。
「待ちなさい。今日は、あなたと戦うために来たのではないの」
「そうですか。しかし、こちらとしては、むしろあなたを倒してこその人生のような気が致しまして」
「短気なのね。
そこのあなた。こんな人たちと一緒にいて大変じゃない?」
「へっ? あ、いえ、私は別に……」
内心、ちょっぴりそんなことを考えてしまった美鈴は、慌てて自分の考えと彼女の言葉を否定する。ここで普段なら、咲夜が殺人ドールを飛ばすところだが、今の彼女の視線は目の前の『敵』に向いていて美鈴にまで意識を向ける余裕はないようだった。
「よかったら、私と一緒に来ないかしら? とても楽しい日々を送らせてあげる」
「あら、うちの使用人を誘惑しに来たの?
でも、無駄よ。その子は咲夜の飼い犬だから」
「だっ、誰が飼い犬なんですか!?」
「あなた」
「即答ですか!?」
「と言うか、誰が誰の飼い主なんですか! お嬢様!」
「あら、それをわたしに言わせるの?」
くすくすと小悪魔チックな笑みを浮かべるレミリアに、咲夜の顔が引きつった。
「……ふーん。それなら、百合の花でもプレゼント……」
「結構ですっ!」
どこかから真っ白な白百合を取り出した幽香に向かって、咲夜が顔を真っ赤にして声を上げた。
「別に恥ずかしがることでもないじゃない」
「そう言うのとは違うでしょ!?
……で、何をしにきたの!」
「そうそう」
くるくると回していた日傘を、ようやく、彼女はぱたんと畳んだ。そして、その日傘の先端で咲夜を示し――ある意味では、切っ先と表現できるものを動かしていく。
――その切っ先が最後に指し示したものは。
「……ほえ?」
「久しぶりに逢ったわね」
「……え?」
なぜか、咲夜の隣で、事態がよく飲み込めずに突っ立っていた美鈴だった。
一体、何で私が? という顔を咲夜に向け、「私が知るわけないでしょ」と冷たく突っぱねられて涙する。
「ふふふ……その空気、その雰囲気、そしてその姿。私の知るあなたのままね……」
「えーっと……どちら様でしょう?」
「名乗ったでしょう?」
「いえ、そうじゃなく」
「……まぁ、そうね。いいわ、わかった。
なら、こう言えばいいかしら?
かつて、あなたと、あの伝説の料理バトル……『天上の味』で競った女、と!」
「ああっ!?」
ドォォォォォォン! と稲光が煌めいた(ように、その場にいた全員には思えた)。
「……幻想郷って広いのね」
ぽつりとつぶやくのはレミリアである。わたしの五百年の歴史も、まだまだ、この世界からしてみれば青二才なんだな、と。思ったら思ったで、何だか色々とやるせないものがあるのだが、それはさておこう。
「あ、あの時の……あの、『料理の花壇』を築いた、あの!?」
「ふっ……その通り!」
「えっと……」
咲夜が、頭痛のする頭を押さえながら、それでも何とか声を絞り出す。
「あの……美鈴? わかるように説明してくれない……?」
「……はい。
あれは……今から、二百年近く前でしたでしょうか……」
「……あなた、紅魔館の門番、いつからやってたの……?」
「その当時、私はまだ、流れのクッキングファイターでした。そして、数ある料理バトルに挑み、その実力を高めていた――まさにその時だったのです」
「あなた、一体何やって人生過ごしてきたのよ……」
「その勝負は、当時の、至高を極めた数多くの料理人達による味の祭典でした。私はその戦いに挑み、そして――」
「この私と、頂点を競い合った」
もうどうでもいいや、とツッコミを入れるのにも疲れたらしい咲夜は、テーブルの上に置かれていた水差しからコップに水を入れ、それをぐいっと飲み干している。パチュリーはすたこらと食事を終えて退場していった。
「その勝負は、まさに熾烈を極めました。私と彼女、互いに食うか食われるか、相手を倒すか、己が倒れるかの勝負の末、勝ったのは、この私」
「……ふふふ。あの時の雪辱戦を挑みに来たわ。
まさか、偶然だったわね。あの春の異変以後、懐かしい匂いがこの世界に漂うようになったかと思えば……まさか、まさかあなたに出会えるとは……!」
「くっ……! 紅魔館に来て以来、料理を封印していた私の選択肢は間違いじゃなかったはずなのに……!」
「……お嬢様、どうします?」
「見ていて楽しいわ」
「……そうですか?」
「咲夜ー、ジュースおかわりー」
一人、我関せずのフランドールに癒しを覚えながら、咲夜はオレンジジュースを差し出されたグラスの中についでいく。
「ふっふっふ……あれ以来、己の腕をさらに高めてきた私の料理……今こそ、思い知らせてあげる。この幻想郷、最強の料理人は私だと!」
「最強の妖怪とかそういうのはどこいったのよ。っていうか、旧作出張組が、何で訳のわからない話を展開して、あまつさえ、それが当然のように話が進んでるのよ」
「勝負よ、美鈴!」
ずびしぃっ、と咲夜のツッコミなどどこ吹く風で美鈴を指さす幽香。かなり、目がマジ。と言うか、ある意味、イっちゃってる。
「……残念ですが、幽香さん」
「何?」
「私は、もう、争いを生む料理は作らないことに決めました。あなたと勝負をすることは出来ません」
「ふっ……臆したというの?」
「違います! 私は……!」
「いいわ。かつて、料理界の竜と呼ばれたあなたの、あの貪欲なまでの勝負に対する姿勢、思い出させてあげる!」
「なっ……!?」
「……美鈴、あんたほんとに何者……?」
「厨房を借りるわよ!」
もはや、自分たちの世界を形成して、それ以外の人間皆置き去りにしている幽香は、意気揚々と宣言して食堂を後にした。
後に残されるのは、戦慄する美鈴、疲れ切った表情の咲夜、面白そうに笑っているレミリア、そして我関せず、フルーツサラダのフルーツだけを平らげているフランドールだ。
しばらくして。
――具体的に言うと、フランドールが「お腹一杯ー」と満足そうにお腹をさすっていた頃になって、幽香が舞い戻る。
「どうかしら?」
新たにテーブルの上に出されたのはクリームグラタンだった。
漂うクリームの甘い匂いと、そしてうっすらと香るチーズの匂い。匂いだけでご飯が何杯でも食べられそうな代物である。
「……くっ!」
「さあ、あなたの中に眠る料理人の血は、これを食べることを拒否できないはずよ!」
そーなのかー、と内心で咲夜はつぶやいた。
美鈴は、恐る恐る、スプーンをその中に差し入れていく。うっすらと焦げて、中の熱を逃がさないふたの役目を果たしている表面に、ぱりっとスプーンが差し入れられる。途端、中から上がる湯気と、何とも言えない素晴らしい匂い。
その中からスプーンを上げてみれば、中から出てくるのはマカロニと鶏肉、タマネギ等々。そして、とろけそうなくらいにしたたっているホワイトソースは、まさに芸術。
ごくりと喉を鳴らして、美鈴がそれを口の中へと運んだ。
「なっ……!」
その瞬間、かっと目が見開かれる。
「ふふふ……どうかしら?」
「こっ……これは……! 味が……味が、歌っている……! 自分たちのすばらしさを、この私に訴えている……!? 食材にこれほどの自己主張をさせるなんて……幽香さん、あなたは一体、この子達に何を!?」
「あちちちっ! あちっ! あつぅっ! はふはふぅ」
「こら、フラン。がっつかないの」
「ふわぁ、おいひい~」
お腹一杯になっていたはずのフランドールが、こっそりと横からグラタンをつついていた。この年頃の子供は――実際の年齢は言うまでもないが――、美味しそうなものがあると無条件に目が引かれるものなのである。
「ふふっ、私は何もしてないわ。あなたほどの兵ならわかるでしょう? 料理を作るのは食材であり、料理人は、それに手を貸す程度の役割しか果たさないことを! それすらも忘れたとは、紅美鈴、恐るるに足らず!」
「くっ……こんな……!」
「あー……えっと……」
「……わかりました。
あなたの挑戦、受けて立ちましょう!」
「その気になったようね!
……でも? あなたはしばらく、料理から離れたと言っていたわね? ならば、その間、ずっと修行をしてきた私との実力の差は、まさに天と地ほどもあるでしょう。そんな状態の相手をなぶって楽しむほど、私は性格は悪くないの。
ハンデをつけましょう。そこのあなた」
「へっ? 私?」
「そう、あなたよ」
いきなり話を自分に飛ばされ、困惑する咲夜に。
「あなた、美鈴のサポートに立ちなさい。二対一。なかなか面白い勝負になりそうだわ」
「な……! ちょっと、勝手に……!」
「面白いわね」
その場に、言わんでもいい一言を放つのは、やっぱりこの人物だった。
「お、お嬢様!?」
「風見幽香……と、言ったわね? あなたのその腕前と、そして何より、その心意気が気に入ったわ。
うちの美鈴と咲夜を、ずいぶん甘く見ているようだけど……果たして、その心構えが予見する結果が出せるかしら?」
「出してみせる、と言ったら?」
「ええ、いいわ。
それじゃ、正式に勝負の場を設けましょう。ルールなどは追って説明させる。会場は、ここ、紅魔館。日時は、これから一週間後の、夕食時、午後六時にスタート。
いかが?」
「面白いわね」
にやりと笑う幽香。差し出される手を、がっしりとレミリアは握った。
「いい勝負をしましょう」
「ええ」
「楽しみにしているわよ!」
おーっほっほっほ、と高笑いしつつ、まさに嵐の如く現れて嵐のように去っていく幽香。
彼女が去った後、残されたのは、かつての強敵との戦いを前に燃え上がる美鈴と困惑しまくる咲夜と、楽しそうに含み笑いをするレミリアと、舌を火傷して涙目になるフランドールだけだった。
「……何で、美鈴。あなたは変なのと知り合いなのよ」
「変なの!? 何を言っているんですか、咲夜さん! 彼女は……彼女は、恐ろしい相手なんですよ!?」
その日の夜、咲夜の部屋での作戦会議。なぜか、その場にはレミリアも同席していた。
「どのように恐ろしい相手なのかしら?」
「彼女の作る料理は……人を惑わせます」
興味津々に訊ねてくるレミリアに、戦慄した口調で美鈴は語った。
「そう……彼女の料理を食した審査員は、皆、それに舌を汚染されたしまったのです。それほど、彼女の料理には、人を虜にする力がある。一度、それに囚われてしまえば、よほどの力を持って当たらない限り……決して、勝てない」
一体どの辺りがすごいのかはいまいち掴みがたいが、まぁ、幽香がとんでもない料理の腕前を持っていると言うことだけはよくわかった。うんうんうなずくレミリアと、はぁ~、とため息をつく咲夜。
「かてて加えて、彼女の操る色とりどりの花たち……。時に人の目を楽しませ、時に惑わせるそれは、彼女の料理に素晴らしい相乗効果を与えます。あのコラボレーションの破壊力は、はっきり言うのなら、魔理沙さんのマスタースパークすら足下にも及ばないでしょう」
そもそも、料理とあの破壊光線を一緒にするなと小一時間言いたかったが、咲夜はそれをぐっとこらえる。
「……はっきり言うなら、しばらくの間、料理から遠ざかっていた私では彼女に勝てる自信がありません」
「弱気ね」
「と、言いますか。彼女の実力がよくわかるからこそ、勝てないというのも、また旗幟鮮明に」
ふぅん、とレミリアはうなずいた。
美鈴は、決して弱気になっているわけではない。彼我の実力差を冷静に分析した結果、それが覆しがたいものだと悟っているのだろう。これは、敗北を意識したものが見せる瞳ではない。確実に、『勝てない』事を知っている瞳だ。
敗北することと、相手に勝てないこととは、また意味合いが違うのである。
「ですから、咲夜さん!」
「は、はい?」
「私に……私に、力を!」
「いや、そう言われても。そもそも、私とあなたじゃ料理のジャンルが違いすぎるし、第一、あなたがそこまで言う相手に何をどうやって……」
「咲夜」
「は、はい」
横から、ぴしゃりとレミリアに言葉を遮られる。
っていうか、咲夜としては、もう何でもいいから私を巻き込むなと声を大にして言いたいのだが自分が仕える主人を前にそんなことは言えないのだ。
「大丈夫。勝てるわ」
「……いえ、その……そこまで自信たっぷりに仰ってくれるのは嬉しいのですが……」
「昔から言うじゃない。
二人の愛の力に勝てないものはない、って」
「あっ、哀ぃ!?」
「字が違うわ。愛よ」
実に愉快そうに、必死に笑顔になりそうなのをこらえながら言うレミリアの顔は、まさに小悪魔だった。そして、咲夜はこの時点で悟る。私に味方はいない、と。
「あなた達の愛の料理を見せてあげなさい。相手が一人で挑んでくるのなら、二人で戦うアドバンテージを放棄する理由はないわ。
それに、ほら。よく言うじゃない。料理は愛情、って」
「そう……ですね。
咲夜さん、こうなったら、私と咲夜さんの……!」
「それ以上、言うなーっ!」
顔を真っ赤にして、恥ずかしさ紛れのナイフを放ちながら、ふと、咲夜は思った。
――お暇を出してもらおうかな。
と。
そして、来たる勝負の日。
「あいつ、何やってたわけ?」
「私に聞くな」
またもや、司会兼解説として、霊夢と魔理沙が招集された。
今回の戦いの舞台は、またもや紅魔館。いい加減、この館の名前を紅魔館ではなくて『料理館』に改名したらいいんじゃなかろうかと霊夢は思ったが、あえてそれを口に出すようなことはしなかった。めんどくさいからである。
メイド達によって通された大食堂で、自分たち用に、とあてがわれた椅子に腰掛ける二人。その二人に遅れる形で、審査員一同がやってくる。
まず一人は、人形操師。
「おお、アリス」
「……ねぇ、霊夢、魔理沙。一つ、聞いていい? 私の知らない間に、幽香に一体何があったの……?」
「それは私が知りたい」
そうよね、と無慈悲にうなずいて、アリスは椅子に腰掛ける、脇には、いつも一緒の上海人形と蓬莱人形。なぜか、エプロンなどをつけていた。
続けて入ってくるのは、
「えーっと……どうして、あたいがこんな場所に呼ばれたのか聞いてもいいかねぇ?」
なぜか、あの世の橋渡し人、小野塚小町だった。
「何であんたが?」
「あたいが知るかい。何か知らないけど、四季さまに『これから現世に行きますよ』って言われて……」
渋々ついてきた、と言うことらしい。まぁ、彼女からしてみれば、堂々と仕事をさぼれるのだから、ある意味ではこれ幸いに、ということなのかもしれないが。
彼女が椅子に座ったところで、三人目の審査員が――そして、今回の戦いの審査員長が現れる。
「幾多の争いの中、数多の謎の中。
その全てを見据え、見定め、判断を下し、決してこの世に迷い子を出さない!
この私、幻想郷の最高裁判長、四季映姫・ヤマザナドゥが、今回の料理勝負、びしっと白黒つけて差し上げましょう!」
「わかったから、とりあえず、台からは降りなさい」
「……身長足りなくて悪かったですね」
わざわざラストジャッジメント展開して舞台効果にしつつ、びしっ、とかっこよく決めて登場してきた映姫は、霊夢の無情なツッコミに幾分意気消沈しながら、『審査員長席』とわざわざプレートが置かれた椅子に腰掛けた。
「全員、集まったようね」
「おねーさまー、おなかすいたー。どうして今日はお昼ご飯なしなのー?」
「美味しいご飯を食べるために、お腹は空かせておかないとね」
レミリアとフランドールに連れられる形で、今回の勝負に挑む料理人達が現れる。なお、パチュリーは『あなた達で好きにやってちょうだい』と図書館にこもってしまった。付き合いきれない、というところか。
「では、今回の勝負のルールを説明するわ!」
レミリアが、ばっ、と片手を振るう。
それを受けて、霊夢が事前に渡されていたカンペに視線をやる。
「えーっと。
今大会は、因縁を晴らすためのリベンジマッチ。故に、勝負する料理は、個人の得意なものとする。勝負結果は簡単、より美味しいものを創った方の勝利……」
「食材は、紅魔館にあるものなら自由に使ってくれて構わないわ。特設のキッチンも用意させたのよ」
何やら、本気で楽しそうに言うレミリアが示す先には、本当に立派なシステムキッチンが置かれていた。というか、わざわざそのために壁を崩して部屋を広げたのだと思うと、それをやったメイド達の苦労が見て取れる。
「制限時間は一時間。それでは!」
「幻想料理郷対決、リベンジマッチ! スタート!」
「……ノリノリだねぇ」
「あいつ、こういうのが好きなのか?」
どこかあきれたようにつぶやく小町に魔理沙が付け加えた。
かーん、と鳴らされる鐘の元、料理人達がキッチンに立つ。
「ふっふっふ。負けないわよ」
「こちらこそ」
「……美鈴、どうするの? 一体、何を作るつもりなの?」
「無論、私の得意料理は中華料理です。ですが、幽香さんが出してくるのは洋風料理。その中でも、彼女の味付けは、特にさっぱりとしていることで有名です。さっぱりした味付けにしつこい味付けが特徴の中華では、どうしても後れを取るでしょう。インパクトだけじゃ足りないんです。
ですから、ここはあえて、和食で挑戦します」
「……作れたの?」
「一応、古今東西、ありとあらゆる料理はマスターしました」
「……あなたに厨房任せていい?」
本気で、咲夜はその時、そう思ったという。
ともあれ、料理開始である。ちなみに『料理開始』とは『バトルスタート』と読むのは当然だ。
さて、とにもかくにも料理スタート。互いの実力の全てをもって料理に取り組み、そして作り上げるは真の『料理』という名前の魂。
「いや~、何かいい匂いがしますねぇ、四季さま」
「小町、お黙りなさい」
「……はい?」
「私たちは、ここに何をしに来たのですか?」
「え? えっと……料理をごちそうになりに……あちっ!」
べしん、と映姫が卒塔婆で小町をぶっ叩く。しかし、常々、これは不謹慎な攻撃だと思うのだがどうだろう、と霊夢はその場の一同を見渡したが、誰一人、彼女の視線に応えてくるものはいなかったりする。
「私たちがここにいるのは、真の料理勝負を見届ける観客であり審査員であり、そして味を追求する探求者としてです。そのような軽々しい心構えでテーブルにつくというのであれば、この私、四季映姫・ヤマザナドゥが全力で鉄槌を下します」
「な、何でですか……?」
「それがルールだからよ」
びしっ、とどこかあさっての方向指さし、映姫。『……どういう事?』という視線を小町が霊夢に向けてくるが、「んなもの私が知るか」と突っぱねる。
「うん、いい匂いね。お昼御飯を抜いた甲斐があったわ」
「おねーさまー、おなかすいたー」
「もう少し待ちなさい。今に、美味しい料理が出てくるわよ」
「わぁい」
そして、何やら難しい表情で腕組みし、どっしりと座して動かない映姫とは違い、わくわくうきうきの顔をしているフランドールと、そんな妹の頭をなでつつ、楽しそうな視線を料理人達に向けるレミリア。これほどまでに対照的な『待ち方』があっただろうかと、思わず写真に写して投書したくなるような風景だ。
「さて、それじゃ――」
立ち上がった魔理沙が、幽香の元に歩いていく。何やら、アリスと打ち合わせでもしていたのか、アリスもまた、タイミングを同じくして美鈴&咲夜組の所へ足を運んだ。
「よっ」
「何かしら?」
「何かしら、とはまた冷たいな。私は、今回、解説だぜ? だから、解説させてもらいにきた」
「そう。お好きなように」
豪勢なキッチンには、ないものはないのではないかと思われるほどものが充実している。傍らには食材が山のように積み上がっているし、包丁やまな板、鍋にフライパンなどは当たり前、一体どのように使うのか、巨大な蒸し器やらオーブンやらまである。何で片隅に石釜まで置かれているのかは全くの謎だ。
「ふむ……」
魔理沙は、幽香の手元をじっと見る。
「何でこんな肉使ってるんだ?」
そう言って、彼女の食材群の中から取り上げる、一枚の肉。
多分、牛肉だろう。しかし、それは筋張っていて、とてもではないが美味しそうには見えない肉だった。食材の中には霜降りの、美味しそうなものがあるのに、なぜわざわざこれなのか。気になって仕方がない。
「甘いわね。食材というものについて、まるでわかってないわ」
「ん?」
「美味しいもの、いいものを使えば、出来上がるものが美味しいのは当たり前。
でもね、たとえ、一見して価値がないように見えるものでも、きちんとそこには意味がある。野菜を切った時の芯、肉をさばいた時のクズ肉、魚の骨にまでね。
私は、そう言う、『意味のある食材』を使ってこその料理を作るのが第一と考えているわ」
それに、ほら、と。
彼女が展開するお花畑。
「花にだって、それぞれに命があり、意味があるでしょう? 一見、大したことのない凡庸な花でも、その美しさに虫たちは魅了される。人にアピールする美しさは、彼女たちにとっては無意味なことなのよ?」
「なるほど」
「それに、これはハンデでもあるわ。向こうとは、常に対等な立場で争いたいしねぇ?」
「お前、性格変わってないか?」
「どうとでもいいなさい」
彼女はそう言って、さばいた肉をフライパンを使って炒めていく。
「ほほう、炒め物か」
「そう。単純で簡単な料理で挑むつもりよ。向こうだって、きっと同じはず」
「どうしてそう思う?」
「勘かしら? 同じ求道の道を歩む、一人の修羅としての、ね」
そこまで料理に精魂注げるというのはすごいことだが、事、彼女たちにとってはそれが当たり前であるようだった。なかなか侮りがたし、料理人魂。
魔理沙は、その場に置かれていたソースのようなものをスプーンですくって口に運ぶ。
「おっ……うまい」
「でしょう? まぁ、完成を楽しみにしてなさいな」
「よし、そうさせてもらうぜ。
しかし、見事な手つきだな。一見、完璧でそつがない。しかし、わずかに配置された無駄が、ほんのわずかの隙を生み出し、そこに食材が己を主張する空間を形成している……。
やるじゃないか」
「わかってるわね」
まあな、とうなずく彼女。
「……あいつ、ほんとに普通の魔法使いなのかしら」
「料理の魔法使いって改名した方がいいんじゃないかねぇ?」
「小町、静かにしてなさいと言いましたよ」
「……はい」
大きな体を小さくして、しょんぼりうなだれる小町。何だかちょっとかわいい。
――さて、もう一方では。
「……難しいわね」
「咲夜さん、おみそ汁は、もう少し味を薄めにしてください。まだ時間に余裕はありますから、作り直しをお願いします」
「……厳しいんだけど」
出来上がったみそ汁は、鍋の中でゆったりとみそが回っていて、何とも言えない芳しい芳香を立てている。しかし、それすら美鈴にとっては、まだまだお眼鏡にかなうものではないらしい。具を投入していないのも、それが未熟な証拠であるとわかっていただからだろうか。
「すごいですね、お二人とも」
「あはは……。私は、和食はそれほど詳しくないから美鈴に頼りっぱなしよ」
「ですけど、その食材を見極める目はさすがだと思います」
山と積まれる食材の中から吟味して、自分たちにとって最適なものを取り出す咲夜の鑑定眼は大したものだ。美鈴にそれを渡すと、彼女は何の疑いもなく、それに包丁を入れ、鍋の中へと入れていく。
「美味しそうなおみそ」
『シャンハーイ』
「こら、勝手に食べないの」
『ホラーイ』
ぺちぺち、と上海人形の頭を叩く蓬莱人形。叱っているつもりらしい。
そんな、ある意味では微笑ましい光景に、咲夜が小さく笑みを浮かべた。
「咲夜さん、そのおみそは入れる量を間違えるとひどい味になりますから。注意してくださいね」
「はいはい」
厳しい監督に、彼女はひょいと肩をすくめる。
「このおみそ……合わせみそですね」
「そうですよ。私が作った特製のおみそです。材料の配合比は秘密ですが、世間一般で売られているものよりも格段に味が勝る分、格段に扱いが難しいんです。
咲夜さん、もう一グラム、量を減らしてください」
「……みそをはかりで量るのなんて初めてよ」
確かに、とうなずくアリス。普通、みそ汁というものは、大体の所を目分量で調節して放り込むものだ。最初は味を薄めに、そして、自分の舌にあうように徐々に調節していくのがみそ汁の作り方の王道である。
だが、美鈴はそれを許さない。ゼロコンマの世界にまで目を配らせる彼女は、本当に凄まじい料理人である。と言うか、これほどまでに料理にかける情熱があるというのに何で紅魔館で門番やってるのか不思議でたまらなかった。
「うわぁ、本当にいい匂い」
「美鈴、それは肉じゃがかしら?」
「はい。家庭の味と言えば、みそ汁と肉じゃがが王道です」
野菜を炒め、ストップウォッチで時間を計りながら煮込み加減を調節する美鈴。これが料理勝負だからいいものの普通の食事の時にこんな作り方をされたら、ある意味、ありがたくて箸など入れられたものではない。
「咲夜さん、そこのお肉から、霜降り以外の部分を取り出してください」
「……霜降り以外……って……」
「お肉でだしを取るより、秘伝のだし汁を使います」
そこに肉のだしが混ざったら味が壊れてしまう、と付け加えてくる。
「秘伝のだし汁?」
「はい。こちらです」
差し出されるのは、ボウルの中に入った透き通った液体。一口、とそれを味見してみると、何とも形容しがたい不思議な味が広がった。
魚介メインのだし汁なのだが、それにしては極端に味が透き通っている。一点の曇りもない真水のような味なのだ。
「これは……?」
「作り方は秘密です。秘伝ですので」
「これでいいの?」
横手から、咲夜。
渡されたのは肉の赤身の部分である。しかも、全く脂身のない箇所。はっきり言って、固そうだ。幽香の使っているクズ肉よりもさらに質が悪いのが見て取れる。
「ありがとうございます」
しかし、美鈴はそれを否定せず、鍋の中へと放り込んだ。一枚一枚、丁寧に、配置まで考えてそれを入れていく。
「……すごいこだわりね」
「そうですねぇ……」
「っていうか、あの子、こういう時はかっこいいんだけど」
「普段が普段ですしね」
「時々、思うのよ。実は美鈴は二人いて、一人が紅美鈴で、もう一人は中国なんじゃないか、って」
なるほど、と思わずうなずいてしまう。
そう考えれば、今の彼女こそが『紅美鈴』なのだろう。幸い、美鈴にはそのセリフは聞こえていなかったのか、ツッコミが来ることはなかった。
「咲夜さん、ご飯を見てください」
「あ、はいはい」
「頑張ってくださいね」
そして、料理は続く――。
「制限時間いっぱい! やめー!」
かーん、と霊夢が鐘を叩くのと、料理人達が己の武器を置くのとは同時だった。
「おなかすいた~……」
食堂中に立ちこめる、たまらないほどのいい匂いにすっかり空腹のフランドールが、ぺた~、とテーブルに突っ伏してぱたぱたした。
そんな一同の前へ、二つの料理が運ばれてくる。
「やはり、洋食できましたね。幽香さん」
「あなたも和食で来るとはね。全く予想通り」
ばちばちばちっ、と両者の視線が絡み合い、激しいスパークが起きる。両者の背後に砕ける波と轟く雷鳴、にらみ合う竜虎が見えたのは気のせいだろう。多分。
「え~っと、それでは審査に入ります。
まずは、幽香のから」
霊夢の指示に従って、一同、それに箸を付ける。
「なっ……!」
小町が最初に手を伸ばしたのはスープだった。
薄く透き通った琥珀色のそれには、上品にハーブが浮いている。中を漂うのは卵だろうか。それを一口、口にした途端、彼女の顔色が変わる。
「こっ……これはっ……!」
「ふむ……味は薄味……。しかし、口の中にしっかりと印象が残るよう、洗練された味付けがなされていますね……」
「四季さま、めちゃくちゃおいしっ……あいてっ!」
「静かに食べなさい」
感動を素直に口にしようとした小町の頭を、また卒塔婆で叩いて、映姫。
「お姉さまー、これ、すごい美味しいね~」
「ええ、美味しいわね」
「お腹空いてるから、よけい美味しいね」
にこにこ笑顔のフランドールは、手元の肉料理に箸を付けて、それをぱくぱくと頬張っている。
「なるほど、あのソースはこいつのものか……」
「肉のうまみを引き立たせるために、ね。こんな使い方をしてみても面白いでしょう?」
「ああ、確かに……。
しかし、それだけじゃないような気がするが……」
「あら、鋭いわね。
魔理沙、それにはね、花の蜜を入れてあるの。ほのかに香る、花の味。いかがかしら?」
「……おいしすぎる。こんなの食べたら、明日から自分の料理が食べられなくなりそう……」
「まぁ……気にしない方がいいわよ。今日のことは夢か幻かで終わらせておけば、精神のダメージもある意味少ないし……」
過去、二度に亘り、至福の味を味わったことのある霊夢は、そう言ってサラダを口に含んだ。わずかに湯通しがされているため、口の中でかさばることはない。しかし、しゃきしゃきとした野菜の食感はそのままに、アクセントとして添えられているトマトの甘みがまた絶妙だった。
「まるで砂糖のようなトマトね」
「それのソースにも花の蜜を使っているの。甘みを際だたせるために、少し苦めのをね」
「……言われないとわからないわ」
「何だ、霊夢。そんなこともわからないのか。
サラダのソースに使われているのは、およそ二十種の香辛料と極端に少ない油、そして花の蜜。ついでに言えば、水は天然の清水だな……味に何とも言えないコクがあるぜ」
「……魔理沙、あなた、何でそんなに詳しいの……?」
顔を引きつらせ、ツッコミ入れるアリス。全く、彼女の疑問そのままなのだが、魔理沙はあえてそれには答えず、メインディッシュの肉を頬張っている。
「このお肉は美味しいわね。肉特有の臭みと油の味が全くしないわ。かめばかむほどに、甘い肉汁が広がって……。どうして、あんな質の悪いものからこれほどのものが出来上がるのかしら」
首をかしげるレミリア。その横で、フランドールが姉の皿からお肉をかすめとって、直後に姉にたしなめられる。
「本来捨ててしまう部位というのは、確かに味が悪い。でも、それはその食材本来の味が引き出せていないだけよ。これは暴論になってしまうけれど、たとえどんな部位から取れようが、それは一頭の、牛肉ならば牛の肉。基本的にものは変わらない。どのように使われていたか、どのように育てられていたか、それの違いが肉の質の違いとなる。
でも、本質が変わらないのなら、軽く手を加えるだけで、どんなクズ肉も上質な高級肉へと化けるものよ」
「……四季さま、あたい、料理を学んでみようかと思いますが……」
「やめておきなさい。自分の腕のなさに落胆するわ。……と言っても、これほどのものを食べさせられては、憧れと同時に失望を抱くのもわかるけれど」
「う~む……料理の道は奥が深い」
全くである。
――そして、一同、出された料理を全てきれいさっぱり味わって試食タイム終了だ。
続けて、美鈴達の料理の出番となる。
「うわ、これまた純和風」
洋風の料理の直後に出されただけあって、それのインパクトもまたひとしお。
「このおひたしはほうれん草か何か?」
「そうです。上にかけるお醤油は、こちらを。お醤油が苦手という方は、おみそ汁の中にでも入れて食べて頂ければ」
「それじゃ、いただきまーす」
霊夢がぱくりと青い野菜を口にした。
「……ちょっと待て」
何もかけず、食材そのものの味を味わおうと思って生のままで食べたのだが、それは失敗だった。
「何だこれ……」
青い野菜というのは、基本的に苦みがある。何の味付けもせずに食べるのは、体にはいいだろうが、味という観点で見れば失格である。
しかし、これはどうだ。
「……甘い」
「あく抜きを徹底的にしましたからね。それに、元々の食材の良さもありますから」
こんなに甘い青菜というのは食べたことがなかった。思わず、目から鱗も落ちようかというものだ。
「この肉じゃがは……醤油じゃなく、塩をメインに味付けしているな」
「……よくわかるわね、魔理沙」
「ああ、この味は醤油の味じゃない。塩の味だ。恐らく、醤油は単なる色つけだろう。加えて、全体から漂う酒の匂い……。日本酒の中でも、特に選りすぐりの清酒のみを使った味だ。それが砂糖の甘みと一緒になって、全体に優しい味付けをしているぜ……。ふふっ……さすがだな……」
畏れなのか、頬に汗を流しつつ、一口一口、丹念に料理を味わう。その一口ごとに、また違った感動と味が口中に広がるから不思議である。普通、料理というものは単一の味付けであるはずなのに、そこには本当に小さな差異が見られるのだ。
料理を構成する食材一つ一つ。それらが微妙に味が違う。そのおかげで、全く飽きない味に仕上がっている。しかし、だからといって食材の味を際だたせすぎて料理のバランスを破壊しているというわけではない。まさに、これぞ匠の味だった。
「ご飯も甘くて美味しい。こんなつやつやのご飯、食べたの久しぶりだわ」
「ねえ、お姉さま。何か味付けしたい」
「では、フランドール様。肉じゃがのスープをご飯につけてみてください。美味しいですよ」
「うん、わかったー」
言われた通り、肉じゃがの入れ物を持ち上げて、それのたれをご飯にかけて、一口。途端、「おいしいー」と笑顔になって、「お姉さまもやってみて」と姉の服を引っ張るフランドール。言われるがまま、姉も同じように食してみて、うむ、とうなずいた。
「なるほど……あのみそを使うとこういう味になるのね」
一人、感心してみそ汁をすするアリス。
口の中に広がるのは、みその味。しかし、何だろうか。これはみそだけではないような気がする。確かに、見た目はみそ汁なのだが、みそ汁以外の別のものを食べているような、そんな感じがするのだ。
「……不思議だわ」
上海人形と蓬莱人形が、興味深そうに料理を見て回っている。そして、自分たちも食べたい、と訴えるのだが、基本的に彼女たちは人形。食事など出来るはずもなく、片隅で肩を落として落ち込んでいる。
「実に優しく統一された味ですね……。まさに、これぞ朝ご飯。一日の活力を養うのにちょうどいい味と言えるでしょう……」
「いや、四季さま。こんな朝ご飯食べてたら、舌が……いたぁっ!」
「無粋なことを言わないように」
舌が贅沢になりすぎる、と続けようとした小町が、三度、ひっぱたかれた。彼女も懲りないというか、映姫も厳しいというか。
「いや、全く素晴らしい」
「……さすがね、美鈴」
「あなたも……」
『ふふふふふ……』
「……置いてかれた気分ってこういうのをいうのね」
一応、料理には参加したのだが、そのほとんどが美鈴のサポートだったため、一人蚊帳の外の咲夜がぼやく。
「では、最後にデザートに行きましょうか。
二人とも、デザートを出して」
「はい」
「はいっ」
そうして、出されてくるのは。
「幽香はケーキ、そして、美鈴さんはようかんか……」
「こりゃまた、色がわかれたな」
いただきまーす、と一同、まずは幽香のケーキにフォークを入れる。
――刹那。
『これは……!?』
全員の声が唱和した。
「ふっ……ふふっ……」
「な……何、これは……」
「甘い……いや、甘くない……? でも、ちょっと待って……! これはケーキのはずでしょう!?」
「この匂い……ブランデー……? いや、違う……何かしら……」
「おねえさまー、これ、不思議な味ー」
「あたいは甘いものは苦手だけど……うん……これなら……」
「……ふむ、面白い味です」
全員が、丹念に丹念に、ケーキを味わう。
その様子を見つめながら、幽香は小さく口を開いた。
「どうかしら? これまでの料理は、いわば全て前菜に過ぎないもの。私の本懐はそのケーキにある……」
「ああ……確かに。これに比べたら、今までの料理がかすむぜ……」
「ど、どういうことですか!?」
「ふふっ、美鈴、あなたは知らないでしょう? あなたに敗北した私が、一体どこでこの腕を磨いたのか!」
びしぃっ、と指先で美鈴示しつつ、幽香。
「そう……私が料理の真髄を叩き込まれたのは、かつてあなたが頂点を極めた『味の世界・極』をも超えた世界……! あの、『料理の戦場』よ!」
「なっ……!」
「何ですって!? あ、あの、伝説の……!」
「な、何――――――っ! 知っているのか、映姫――――――っ!!」
絶句する美鈴と、驚愕のあまり、手にしたフォークを落とす映姫。そして、お約束とばかりに合いの手を入れる魔理沙。
「ええ……私も、噂でしか聞きかじったことはありませんが。
それはかつて、この幻想郷中を覆い尽くすほどの邪悪を滅ぼした、真の料理人達が集った場所……!」
「……何で幻想郷を覆う邪悪が料理で滅ぼされるわけ……?」
「しかし、戦いが終わり、平和な世界が戻ったその時、彼らは知った……。自らが修めた料理こそ、真にこの幻想郷に混沌と戦争をもたらすと! 故に、彼らは身につけたレシピと共に歴史の闇に潜った……それが、『料理の戦場』……!」
「……」
映姫の傍らに、いつの間にか置かれた『食は伝説の朝日を見るか?』(ハクタク書房刊)と書かれたそれは見なかったことにして、霊夢は、とりあえず今の展開を無視することにした。
幻想郷は広い。広すぎる。っつーか、ここまで広すぎるのは何か問題がありませんか?
「バカな……! あなたは、あそこで……!」
「ふふふ……。数多集いし料理の猛者達をも倒してきた私のケーキ。そこに敗北はあり得ない!」
鳴り響く雷鳴と噴火する火山。
そんなものを幽香の背後に見ながらも、美鈴の闘志は萎えなかった。咲夜は「美味しいですか? フランドール様」だの「お嬢様、お口の周りにクリームが」だのとやっていて、もはや戦いの場から遠ざかっていたりするのだが。
「……ですが、私とて、かつてはこの世界にて頂点を極めた女。そう易々と敗北はしません」
「ふっ。あなたの出してきたそれが、私のケーキを打ち破るとでも!?」
「……さあ、どうでしょうか。
皆さん、私の分も口にしてください」
「え……ええ。まあ……そのつもりだし」
最初に霊夢が答え、それを一口。
「……っ!?」
かっ、とその目が見開かれた。
次々に、他のメンツが霊夢に続き、同じように奇妙なリアクションを取る。魔理沙など椅子から立ち上がり、がたーん、という騒音を上げて一歩、二歩、と後ずさっていく。
「……な、何……?」
そこで、初めて幽香が揺らいだ。
絶対の勝利を確信していた。己の勝利は揺るがないと。それほどまでの自信があった。皆、自分の料理に魅了されたのだと。
だが……だが、違った。
「これは……」
「……こんなものがあるなんて……」
「う……嘘だ……こんなの、あたいは知らない……!」
「まさかっ……!」
司会と審査員一同がうなり。
「うわー、お姉さま、これ、すっごいおいしいー」
「……美味しいなんてもんじゃないわよ」
何にもわかってないフランドールがいつもの感想を口にし、レミリアが戦慄する。
「違う……! これは……これは、ようかんの味じゃない……! いや、だが、これはようかんだ!? 確かにようかんの味を醸し出している!? なのに、なぜだ!? なぜ、これはこうまで私たちを惑わせ、引きつける!?
これは一体、何なんだ――――――――っ!?」
やたらオーバーリアクションで叫ぶ魔理沙に、幽香が「どういうこと!?」と霊夢から美鈴のデザートが載った皿をひったくり、口に運ぶ。
「……なっ!?」
そして、同じように目を見開き、固まった。
「幽香さん、あなたは一つだけ間違いを犯した」
「あ……ああ……」
「……料理は戦いの道具ではない。口にしてくれた、全ての人に、たった一言、『美味しかった』と言わせるための、いわば花。決して攻めるだけではいけないんです。口にしてくれる、全てのお客様に、その味を受け入れてもらわなければ。
あなたは、最後の最後で、間違ってしまった」
「……そんな……」
「料理が求める真実は、勝敗ではない。たった一つ」
『美味しい……』
「……その一言のみ」
――雌雄は決した。
「……では、勝敗を……いえ、私たちからの感想を伝えます」
場が落ち着きを取り戻したところで、こほん、と映姫が咳払いをしつつ口を開いた。
「この勝負、確かに美鈴さんと咲夜さんの勝利です。
ですが、私たちは、それだけでは計り知れないものを受け取りました。私たちが、普通に生きていては到底、到達することの出来ない真理へと、あなた達は導いてくれました。本当に感謝しています。これほどの料理を修め、また同時に、私たちに提供してくれたあなた方には感謝の言葉と拍手だけでは足りないでしょう。しかし、それしか、私たちに出来ないのもまた事実」
なればこそ、と映姫は宣言する。
「この四季映姫・ヤマザナドゥの名において。
あなた達こそ、真の料理人であることを判決致します!」
ぱちぱちぱちぱち……。
食堂中に、拍手が満ちた。誰もが笑顔。そして誰もが感動している。一人だけ、あんまり状況をよくわかってないお子様がいるが、それもまた清涼剤だろう。
「……ふっ、負けてしまったようね」
「そうですね。ですけれど、幽香さん。あなたは久しぶりに、私の魂を燃え上がらせてくれました。感謝しています」
「……私、何のためにキッチンに立たされたのかしら」
「いいじゃない、美鈴の手伝いが出来て」
一人、自分の存在意義を見失いかけている人間にはレミリアがぽんぽんと肩を叩いて慰めてやったりもする。
「まぁ……これもまた、求道の中での試練の一つ。
次こそは、負けないわ」
「ええ。次は私も、ハンデをもらわずに勝利してみせます。
そして、幽香さん。あなたと一緒に、素晴らしき料理の道を究めてみます」
「よしてちょうだい。私はあなたとなれ合うつもりはないわ。
でも……そうね。本当にそれを心から思っているのなら、次はあなたに求愛でもしてみようかしら」
「きっ、求愛!? それはどういう意味!?」
「何で、そこで咲夜が怒鳴るんだ?」
「うぐっ……!」
横手から魔理沙のいらんツッコミを受け、よけいなことを口走った咲夜の顔が真っ赤に染まった。当然、にやりと魔理沙は笑う。
「次回の戦いを」
「また」
がしっ、と両者は握手を交わす。
まさに、勝敗の果てに新たな友情が生まれた美しい瞬間だった。感動のあまり、映姫がぱちぱちと、手が真っ赤になるまで拍手をしている。横では小町が「……何なんだか」とつぶやいているのが見えたが。
無論、四度目のお叱りを受けたのは言うまでもないだろう。
「それってどういう意味だー? 咲夜ー。ん~?」
「なっ、何でもないわよ! あなたに関係ないでしょう!?」
「またまた。咲夜さん、顔が真っ赤ですよー?」
「ど、どうしてあなたまで加わるのよ! わっ、わた、私は別に……!」
「人間、強がりはよくないぜー?」
「そうですよー?」
「きぃぃぃぃぃっ!」
さらにその横では、咲夜をからかいすぎたがあまりに弾幕バトルへと発展している風景もあったりするのだが、それはさておき。
「……ねぇ、レミリア。一つ聞いていい?」
「何かしら?」
「今後もこういうことするの?」
「面白いじゃない」
「フランは大歓迎! 美味しいご飯、お腹一杯食べられるもん!」
「ほらね?」
……もう、何が何だか。
確かに、いい思いをすることが出来た。美味しいご飯がお腹いっぱい食べられた。
しかし……しかし、何だろう。こういう勝負に接するたびに、段々、世界がわからなくなっていくのは。
ともあれ、今はこの言葉をつぶやくしかないだろう。
「幻想郷って、ほんと、広いのね」
――と。
注2:決して、お腹の空いている時には読まないでください。
その日、幻想郷には、嫌な風が吹いていた。
「何かが起こる前触れかしら」
不吉な風の流れに、彼女は一人、つぶやく。
まだ周囲が春色に染まっているその季節に、このような嫌な風が吹くことは珍しかった。肌に粘つくような――それでいて、あっという間に通り過ぎていってしまうような。そんな奇妙な風が。
何かが起きるのは間違いない。
だが――。
「……何が?」
それは、現時点では、彼女にもわからないことだった。
「つまりですね、このタイミングで調味料を入れるんです」
「こう?」
「ああ、そうそう……って、入れすぎですよ」
「入れすぎ……って。小さじ一杯分も入れてないわよ?」
「これは、本当に微量でいいんです。味にアクセントをつけるというよりは隠し味的な役割ですから」
そうなの、とうなずきながら料理指導を受けているのは、ここ、紅の悪魔の館にてメイド長を務めている十六夜咲夜。その隣で彼女に料理指導をしているのは、ここ、紅の悪魔の館にて門番を務めている紅美鈴。
どう考えても立場が逆であるのだが、事、料理――特に中華料理に関しては、その立場的問題は当てはまらない。
「うわぁ、おいしそう」
厨房に漂っている、何とも言えない素晴らしい匂いをかぎつけたのか、ててて、とふわふわの金髪が特徴的な少女がやってきた。ひくひくと鼻を動かしながら、咲夜の操るフライパンの元へやってくる。
「危ないですよ、フランドール様」
「はーい」
真っ赤な炎が燃え上がる。その上に置かれた巨大なフライパンの上で食材が踊る。その様子を、じーっと見ている、この館の主の妹、フランドール・スカーレットのお腹が『きゅ~』とかわいい音を立てた。
「もうそろそろお昼ご飯の時間ですね」
「うん。お腹空いたー」
「では、これが終わったら昼食を作ります」
「咲夜、それはどうするの?」
「……どうしましょう?」
「私が食べますよ。味の審査は、私の役目ですから」
「厳しい教師でありがとう」
「いえいえ」
にこにこと笑う美鈴。どうも、二人の間には何かがあるような気がしてならなかったのだが、根がお子様のフランドールにはそう言う微妙な空気を感じ取るのは無理なようだった。「楽しみにしてるね」と言い残して、また元気よく厨房から走っていく。
「さて、期待されてしまったわね」
「何を作りましょうか」
「何がいいかしら」
悩むわね、と。
そう言って、咲夜はフライパンの火を止めたのだった。
ばたん、と紅魔館の大扉が開いたのはその時である。
「……あの~」
「何かしら? 食事時に」
紅魔館の大食堂にて一同が食事を摂っていたその時。
遠慮がちにメイドの一人が顔を覗かせた。その彼女の顔を見て、館の主、レミリア・スカーレットがじろりと彼女に不愉快そうな視線を送る。食事時の主に、不用意に声をかける不届きものは、基本的にはこの館にはいないからだ。
「その……お客様が……」
「……客?」
「わたしは知らないけれど?」
同じく、テーブルについてフォークを動かしている、ある意味では紅魔館の居候、パチュリー・ノーレッジが返す。
ちなみに、一同の昼食はパスタとフルーツサラダだった。
「誰への客かしら?」
「えーっと……『用件があるから通しなさい』の一点張りでして……」
「無粋な客ね。追い返しなさいな」
「それが出来たらしています……。門番隊含め、警備メイド全滅しました……」
「……なんですって?」
レミリアの視線が鋭さを増す。
食堂の中に、直立不動で立っていた咲夜と美鈴がさっと戦闘態勢を取るのが見えた。
「何者? それは」
「その……」
「いい加減、通して頂ける?」
「あ、ちょ……!」
そのメイドの後ろから声。
同時に、ばたん、と勢いよくドアが開く。その音に驚いて、フランドールが頬張っていたサラダのリンゴを喉に詰まらせて目を白黒させた。
「……あら、あなたは」
「ごきげんよう。少し前にお会いしましたかしら?」
「さあ、どうでしたかしら。ですけれど、少なくとも、招かれざるお客様のようですわね」
現れたのは、目にも鮮やかなチェック柄の上着と、ふわりとしたスカートを身にまとった女性。なぜか、室内であるにも拘わらず日傘を差していたりする。しかし、その日傘もがその人物と一体となったかのような印象を抱かせるその姿は、ある意味では絶妙だった。
温厚な笑みを浮かべつつ、咲夜がすらりとナイフを抜いた。両手に合計で十本を持って、その切っ先を相手に向ける
「ああ、もう。フラン、何やっているの。ほら、ジュースよ」
「んく……んっ……ぷはっ! けほけほっ」
後ろで繰り広げられている、ある意味、とっても日常的で和やかな風景はさておいて。
「どのようなご用件でいらっしゃいますかしら?」
「あら、そんなに邪険にしなくてもよろしいのではなくて?」
にっこりと、徹底した慇懃無礼ぶりを見せる咲夜に、これまた挑発的な視線を投げかけてくる客。
彼女をちらりと横目で見て、パチュリーが肩をすくめた。
「咲夜、それは誰?」
「ああ、申し訳ございません。この彼女は……」
「風見幽香よ。よろしく、不健康な顔色のお嬢様」
「顔色のみで他人を判断するようになってはおしまいね。笑顔を浮かべていても、それを一枚めくれば、にやけた陰謀の顔をしていても、何ら不思議はないと言うのに」
相手の無礼な言葉をさらりと流す。すました顔だが、内心、かちんと来ているのがよくわかる一言だった。
うふふ、と女――幽香は笑っている。くるくると日傘を回転させながら、
「美味しそうな昼食ね。ごちそうして頂けたりするかしら?」
「丁重におもてなしをして差し上げますわ」
咲夜が一歩、前に出た。
しかし、そんな彼女に向かって、幽香が片手を差し伸べる。
「待ちなさい。今日は、あなたと戦うために来たのではないの」
「そうですか。しかし、こちらとしては、むしろあなたを倒してこその人生のような気が致しまして」
「短気なのね。
そこのあなた。こんな人たちと一緒にいて大変じゃない?」
「へっ? あ、いえ、私は別に……」
内心、ちょっぴりそんなことを考えてしまった美鈴は、慌てて自分の考えと彼女の言葉を否定する。ここで普段なら、咲夜が殺人ドールを飛ばすところだが、今の彼女の視線は目の前の『敵』に向いていて美鈴にまで意識を向ける余裕はないようだった。
「よかったら、私と一緒に来ないかしら? とても楽しい日々を送らせてあげる」
「あら、うちの使用人を誘惑しに来たの?
でも、無駄よ。その子は咲夜の飼い犬だから」
「だっ、誰が飼い犬なんですか!?」
「あなた」
「即答ですか!?」
「と言うか、誰が誰の飼い主なんですか! お嬢様!」
「あら、それをわたしに言わせるの?」
くすくすと小悪魔チックな笑みを浮かべるレミリアに、咲夜の顔が引きつった。
「……ふーん。それなら、百合の花でもプレゼント……」
「結構ですっ!」
どこかから真っ白な白百合を取り出した幽香に向かって、咲夜が顔を真っ赤にして声を上げた。
「別に恥ずかしがることでもないじゃない」
「そう言うのとは違うでしょ!?
……で、何をしにきたの!」
「そうそう」
くるくると回していた日傘を、ようやく、彼女はぱたんと畳んだ。そして、その日傘の先端で咲夜を示し――ある意味では、切っ先と表現できるものを動かしていく。
――その切っ先が最後に指し示したものは。
「……ほえ?」
「久しぶりに逢ったわね」
「……え?」
なぜか、咲夜の隣で、事態がよく飲み込めずに突っ立っていた美鈴だった。
一体、何で私が? という顔を咲夜に向け、「私が知るわけないでしょ」と冷たく突っぱねられて涙する。
「ふふふ……その空気、その雰囲気、そしてその姿。私の知るあなたのままね……」
「えーっと……どちら様でしょう?」
「名乗ったでしょう?」
「いえ、そうじゃなく」
「……まぁ、そうね。いいわ、わかった。
なら、こう言えばいいかしら?
かつて、あなたと、あの伝説の料理バトル……『天上の味』で競った女、と!」
「ああっ!?」
ドォォォォォォン! と稲光が煌めいた(ように、その場にいた全員には思えた)。
「……幻想郷って広いのね」
ぽつりとつぶやくのはレミリアである。わたしの五百年の歴史も、まだまだ、この世界からしてみれば青二才なんだな、と。思ったら思ったで、何だか色々とやるせないものがあるのだが、それはさておこう。
「あ、あの時の……あの、『料理の花壇』を築いた、あの!?」
「ふっ……その通り!」
「えっと……」
咲夜が、頭痛のする頭を押さえながら、それでも何とか声を絞り出す。
「あの……美鈴? わかるように説明してくれない……?」
「……はい。
あれは……今から、二百年近く前でしたでしょうか……」
「……あなた、紅魔館の門番、いつからやってたの……?」
「その当時、私はまだ、流れのクッキングファイターでした。そして、数ある料理バトルに挑み、その実力を高めていた――まさにその時だったのです」
「あなた、一体何やって人生過ごしてきたのよ……」
「その勝負は、当時の、至高を極めた数多くの料理人達による味の祭典でした。私はその戦いに挑み、そして――」
「この私と、頂点を競い合った」
もうどうでもいいや、とツッコミを入れるのにも疲れたらしい咲夜は、テーブルの上に置かれていた水差しからコップに水を入れ、それをぐいっと飲み干している。パチュリーはすたこらと食事を終えて退場していった。
「その勝負は、まさに熾烈を極めました。私と彼女、互いに食うか食われるか、相手を倒すか、己が倒れるかの勝負の末、勝ったのは、この私」
「……ふふふ。あの時の雪辱戦を挑みに来たわ。
まさか、偶然だったわね。あの春の異変以後、懐かしい匂いがこの世界に漂うようになったかと思えば……まさか、まさかあなたに出会えるとは……!」
「くっ……! 紅魔館に来て以来、料理を封印していた私の選択肢は間違いじゃなかったはずなのに……!」
「……お嬢様、どうします?」
「見ていて楽しいわ」
「……そうですか?」
「咲夜ー、ジュースおかわりー」
一人、我関せずのフランドールに癒しを覚えながら、咲夜はオレンジジュースを差し出されたグラスの中についでいく。
「ふっふっふ……あれ以来、己の腕をさらに高めてきた私の料理……今こそ、思い知らせてあげる。この幻想郷、最強の料理人は私だと!」
「最強の妖怪とかそういうのはどこいったのよ。っていうか、旧作出張組が、何で訳のわからない話を展開して、あまつさえ、それが当然のように話が進んでるのよ」
「勝負よ、美鈴!」
ずびしぃっ、と咲夜のツッコミなどどこ吹く風で美鈴を指さす幽香。かなり、目がマジ。と言うか、ある意味、イっちゃってる。
「……残念ですが、幽香さん」
「何?」
「私は、もう、争いを生む料理は作らないことに決めました。あなたと勝負をすることは出来ません」
「ふっ……臆したというの?」
「違います! 私は……!」
「いいわ。かつて、料理界の竜と呼ばれたあなたの、あの貪欲なまでの勝負に対する姿勢、思い出させてあげる!」
「なっ……!?」
「……美鈴、あんたほんとに何者……?」
「厨房を借りるわよ!」
もはや、自分たちの世界を形成して、それ以外の人間皆置き去りにしている幽香は、意気揚々と宣言して食堂を後にした。
後に残されるのは、戦慄する美鈴、疲れ切った表情の咲夜、面白そうに笑っているレミリア、そして我関せず、フルーツサラダのフルーツだけを平らげているフランドールだ。
しばらくして。
――具体的に言うと、フランドールが「お腹一杯ー」と満足そうにお腹をさすっていた頃になって、幽香が舞い戻る。
「どうかしら?」
新たにテーブルの上に出されたのはクリームグラタンだった。
漂うクリームの甘い匂いと、そしてうっすらと香るチーズの匂い。匂いだけでご飯が何杯でも食べられそうな代物である。
「……くっ!」
「さあ、あなたの中に眠る料理人の血は、これを食べることを拒否できないはずよ!」
そーなのかー、と内心で咲夜はつぶやいた。
美鈴は、恐る恐る、スプーンをその中に差し入れていく。うっすらと焦げて、中の熱を逃がさないふたの役目を果たしている表面に、ぱりっとスプーンが差し入れられる。途端、中から上がる湯気と、何とも言えない素晴らしい匂い。
その中からスプーンを上げてみれば、中から出てくるのはマカロニと鶏肉、タマネギ等々。そして、とろけそうなくらいにしたたっているホワイトソースは、まさに芸術。
ごくりと喉を鳴らして、美鈴がそれを口の中へと運んだ。
「なっ……!」
その瞬間、かっと目が見開かれる。
「ふふふ……どうかしら?」
「こっ……これは……! 味が……味が、歌っている……! 自分たちのすばらしさを、この私に訴えている……!? 食材にこれほどの自己主張をさせるなんて……幽香さん、あなたは一体、この子達に何を!?」
「あちちちっ! あちっ! あつぅっ! はふはふぅ」
「こら、フラン。がっつかないの」
「ふわぁ、おいひい~」
お腹一杯になっていたはずのフランドールが、こっそりと横からグラタンをつついていた。この年頃の子供は――実際の年齢は言うまでもないが――、美味しそうなものがあると無条件に目が引かれるものなのである。
「ふふっ、私は何もしてないわ。あなたほどの兵ならわかるでしょう? 料理を作るのは食材であり、料理人は、それに手を貸す程度の役割しか果たさないことを! それすらも忘れたとは、紅美鈴、恐るるに足らず!」
「くっ……こんな……!」
「あー……えっと……」
「……わかりました。
あなたの挑戦、受けて立ちましょう!」
「その気になったようね!
……でも? あなたはしばらく、料理から離れたと言っていたわね? ならば、その間、ずっと修行をしてきた私との実力の差は、まさに天と地ほどもあるでしょう。そんな状態の相手をなぶって楽しむほど、私は性格は悪くないの。
ハンデをつけましょう。そこのあなた」
「へっ? 私?」
「そう、あなたよ」
いきなり話を自分に飛ばされ、困惑する咲夜に。
「あなた、美鈴のサポートに立ちなさい。二対一。なかなか面白い勝負になりそうだわ」
「な……! ちょっと、勝手に……!」
「面白いわね」
その場に、言わんでもいい一言を放つのは、やっぱりこの人物だった。
「お、お嬢様!?」
「風見幽香……と、言ったわね? あなたのその腕前と、そして何より、その心意気が気に入ったわ。
うちの美鈴と咲夜を、ずいぶん甘く見ているようだけど……果たして、その心構えが予見する結果が出せるかしら?」
「出してみせる、と言ったら?」
「ええ、いいわ。
それじゃ、正式に勝負の場を設けましょう。ルールなどは追って説明させる。会場は、ここ、紅魔館。日時は、これから一週間後の、夕食時、午後六時にスタート。
いかが?」
「面白いわね」
にやりと笑う幽香。差し出される手を、がっしりとレミリアは握った。
「いい勝負をしましょう」
「ええ」
「楽しみにしているわよ!」
おーっほっほっほ、と高笑いしつつ、まさに嵐の如く現れて嵐のように去っていく幽香。
彼女が去った後、残されたのは、かつての強敵との戦いを前に燃え上がる美鈴と困惑しまくる咲夜と、楽しそうに含み笑いをするレミリアと、舌を火傷して涙目になるフランドールだけだった。
「……何で、美鈴。あなたは変なのと知り合いなのよ」
「変なの!? 何を言っているんですか、咲夜さん! 彼女は……彼女は、恐ろしい相手なんですよ!?」
その日の夜、咲夜の部屋での作戦会議。なぜか、その場にはレミリアも同席していた。
「どのように恐ろしい相手なのかしら?」
「彼女の作る料理は……人を惑わせます」
興味津々に訊ねてくるレミリアに、戦慄した口調で美鈴は語った。
「そう……彼女の料理を食した審査員は、皆、それに舌を汚染されたしまったのです。それほど、彼女の料理には、人を虜にする力がある。一度、それに囚われてしまえば、よほどの力を持って当たらない限り……決して、勝てない」
一体どの辺りがすごいのかはいまいち掴みがたいが、まぁ、幽香がとんでもない料理の腕前を持っていると言うことだけはよくわかった。うんうんうなずくレミリアと、はぁ~、とため息をつく咲夜。
「かてて加えて、彼女の操る色とりどりの花たち……。時に人の目を楽しませ、時に惑わせるそれは、彼女の料理に素晴らしい相乗効果を与えます。あのコラボレーションの破壊力は、はっきり言うのなら、魔理沙さんのマスタースパークすら足下にも及ばないでしょう」
そもそも、料理とあの破壊光線を一緒にするなと小一時間言いたかったが、咲夜はそれをぐっとこらえる。
「……はっきり言うなら、しばらくの間、料理から遠ざかっていた私では彼女に勝てる自信がありません」
「弱気ね」
「と、言いますか。彼女の実力がよくわかるからこそ、勝てないというのも、また旗幟鮮明に」
ふぅん、とレミリアはうなずいた。
美鈴は、決して弱気になっているわけではない。彼我の実力差を冷静に分析した結果、それが覆しがたいものだと悟っているのだろう。これは、敗北を意識したものが見せる瞳ではない。確実に、『勝てない』事を知っている瞳だ。
敗北することと、相手に勝てないこととは、また意味合いが違うのである。
「ですから、咲夜さん!」
「は、はい?」
「私に……私に、力を!」
「いや、そう言われても。そもそも、私とあなたじゃ料理のジャンルが違いすぎるし、第一、あなたがそこまで言う相手に何をどうやって……」
「咲夜」
「は、はい」
横から、ぴしゃりとレミリアに言葉を遮られる。
っていうか、咲夜としては、もう何でもいいから私を巻き込むなと声を大にして言いたいのだが自分が仕える主人を前にそんなことは言えないのだ。
「大丈夫。勝てるわ」
「……いえ、その……そこまで自信たっぷりに仰ってくれるのは嬉しいのですが……」
「昔から言うじゃない。
二人の愛の力に勝てないものはない、って」
「あっ、哀ぃ!?」
「字が違うわ。愛よ」
実に愉快そうに、必死に笑顔になりそうなのをこらえながら言うレミリアの顔は、まさに小悪魔だった。そして、咲夜はこの時点で悟る。私に味方はいない、と。
「あなた達の愛の料理を見せてあげなさい。相手が一人で挑んでくるのなら、二人で戦うアドバンテージを放棄する理由はないわ。
それに、ほら。よく言うじゃない。料理は愛情、って」
「そう……ですね。
咲夜さん、こうなったら、私と咲夜さんの……!」
「それ以上、言うなーっ!」
顔を真っ赤にして、恥ずかしさ紛れのナイフを放ちながら、ふと、咲夜は思った。
――お暇を出してもらおうかな。
と。
そして、来たる勝負の日。
「あいつ、何やってたわけ?」
「私に聞くな」
またもや、司会兼解説として、霊夢と魔理沙が招集された。
今回の戦いの舞台は、またもや紅魔館。いい加減、この館の名前を紅魔館ではなくて『料理館』に改名したらいいんじゃなかろうかと霊夢は思ったが、あえてそれを口に出すようなことはしなかった。めんどくさいからである。
メイド達によって通された大食堂で、自分たち用に、とあてがわれた椅子に腰掛ける二人。その二人に遅れる形で、審査員一同がやってくる。
まず一人は、人形操師。
「おお、アリス」
「……ねぇ、霊夢、魔理沙。一つ、聞いていい? 私の知らない間に、幽香に一体何があったの……?」
「それは私が知りたい」
そうよね、と無慈悲にうなずいて、アリスは椅子に腰掛ける、脇には、いつも一緒の上海人形と蓬莱人形。なぜか、エプロンなどをつけていた。
続けて入ってくるのは、
「えーっと……どうして、あたいがこんな場所に呼ばれたのか聞いてもいいかねぇ?」
なぜか、あの世の橋渡し人、小野塚小町だった。
「何であんたが?」
「あたいが知るかい。何か知らないけど、四季さまに『これから現世に行きますよ』って言われて……」
渋々ついてきた、と言うことらしい。まぁ、彼女からしてみれば、堂々と仕事をさぼれるのだから、ある意味ではこれ幸いに、ということなのかもしれないが。
彼女が椅子に座ったところで、三人目の審査員が――そして、今回の戦いの審査員長が現れる。
「幾多の争いの中、数多の謎の中。
その全てを見据え、見定め、判断を下し、決してこの世に迷い子を出さない!
この私、幻想郷の最高裁判長、四季映姫・ヤマザナドゥが、今回の料理勝負、びしっと白黒つけて差し上げましょう!」
「わかったから、とりあえず、台からは降りなさい」
「……身長足りなくて悪かったですね」
わざわざラストジャッジメント展開して舞台効果にしつつ、びしっ、とかっこよく決めて登場してきた映姫は、霊夢の無情なツッコミに幾分意気消沈しながら、『審査員長席』とわざわざプレートが置かれた椅子に腰掛けた。
「全員、集まったようね」
「おねーさまー、おなかすいたー。どうして今日はお昼ご飯なしなのー?」
「美味しいご飯を食べるために、お腹は空かせておかないとね」
レミリアとフランドールに連れられる形で、今回の勝負に挑む料理人達が現れる。なお、パチュリーは『あなた達で好きにやってちょうだい』と図書館にこもってしまった。付き合いきれない、というところか。
「では、今回の勝負のルールを説明するわ!」
レミリアが、ばっ、と片手を振るう。
それを受けて、霊夢が事前に渡されていたカンペに視線をやる。
「えーっと。
今大会は、因縁を晴らすためのリベンジマッチ。故に、勝負する料理は、個人の得意なものとする。勝負結果は簡単、より美味しいものを創った方の勝利……」
「食材は、紅魔館にあるものなら自由に使ってくれて構わないわ。特設のキッチンも用意させたのよ」
何やら、本気で楽しそうに言うレミリアが示す先には、本当に立派なシステムキッチンが置かれていた。というか、わざわざそのために壁を崩して部屋を広げたのだと思うと、それをやったメイド達の苦労が見て取れる。
「制限時間は一時間。それでは!」
「幻想料理郷対決、リベンジマッチ! スタート!」
「……ノリノリだねぇ」
「あいつ、こういうのが好きなのか?」
どこかあきれたようにつぶやく小町に魔理沙が付け加えた。
かーん、と鳴らされる鐘の元、料理人達がキッチンに立つ。
「ふっふっふ。負けないわよ」
「こちらこそ」
「……美鈴、どうするの? 一体、何を作るつもりなの?」
「無論、私の得意料理は中華料理です。ですが、幽香さんが出してくるのは洋風料理。その中でも、彼女の味付けは、特にさっぱりとしていることで有名です。さっぱりした味付けにしつこい味付けが特徴の中華では、どうしても後れを取るでしょう。インパクトだけじゃ足りないんです。
ですから、ここはあえて、和食で挑戦します」
「……作れたの?」
「一応、古今東西、ありとあらゆる料理はマスターしました」
「……あなたに厨房任せていい?」
本気で、咲夜はその時、そう思ったという。
ともあれ、料理開始である。ちなみに『料理開始』とは『バトルスタート』と読むのは当然だ。
さて、とにもかくにも料理スタート。互いの実力の全てをもって料理に取り組み、そして作り上げるは真の『料理』という名前の魂。
「いや~、何かいい匂いがしますねぇ、四季さま」
「小町、お黙りなさい」
「……はい?」
「私たちは、ここに何をしに来たのですか?」
「え? えっと……料理をごちそうになりに……あちっ!」
べしん、と映姫が卒塔婆で小町をぶっ叩く。しかし、常々、これは不謹慎な攻撃だと思うのだがどうだろう、と霊夢はその場の一同を見渡したが、誰一人、彼女の視線に応えてくるものはいなかったりする。
「私たちがここにいるのは、真の料理勝負を見届ける観客であり審査員であり、そして味を追求する探求者としてです。そのような軽々しい心構えでテーブルにつくというのであれば、この私、四季映姫・ヤマザナドゥが全力で鉄槌を下します」
「な、何でですか……?」
「それがルールだからよ」
びしっ、とどこかあさっての方向指さし、映姫。『……どういう事?』という視線を小町が霊夢に向けてくるが、「んなもの私が知るか」と突っぱねる。
「うん、いい匂いね。お昼御飯を抜いた甲斐があったわ」
「おねーさまー、おなかすいたー」
「もう少し待ちなさい。今に、美味しい料理が出てくるわよ」
「わぁい」
そして、何やら難しい表情で腕組みし、どっしりと座して動かない映姫とは違い、わくわくうきうきの顔をしているフランドールと、そんな妹の頭をなでつつ、楽しそうな視線を料理人達に向けるレミリア。これほどまでに対照的な『待ち方』があっただろうかと、思わず写真に写して投書したくなるような風景だ。
「さて、それじゃ――」
立ち上がった魔理沙が、幽香の元に歩いていく。何やら、アリスと打ち合わせでもしていたのか、アリスもまた、タイミングを同じくして美鈴&咲夜組の所へ足を運んだ。
「よっ」
「何かしら?」
「何かしら、とはまた冷たいな。私は、今回、解説だぜ? だから、解説させてもらいにきた」
「そう。お好きなように」
豪勢なキッチンには、ないものはないのではないかと思われるほどものが充実している。傍らには食材が山のように積み上がっているし、包丁やまな板、鍋にフライパンなどは当たり前、一体どのように使うのか、巨大な蒸し器やらオーブンやらまである。何で片隅に石釜まで置かれているのかは全くの謎だ。
「ふむ……」
魔理沙は、幽香の手元をじっと見る。
「何でこんな肉使ってるんだ?」
そう言って、彼女の食材群の中から取り上げる、一枚の肉。
多分、牛肉だろう。しかし、それは筋張っていて、とてもではないが美味しそうには見えない肉だった。食材の中には霜降りの、美味しそうなものがあるのに、なぜわざわざこれなのか。気になって仕方がない。
「甘いわね。食材というものについて、まるでわかってないわ」
「ん?」
「美味しいもの、いいものを使えば、出来上がるものが美味しいのは当たり前。
でもね、たとえ、一見して価値がないように見えるものでも、きちんとそこには意味がある。野菜を切った時の芯、肉をさばいた時のクズ肉、魚の骨にまでね。
私は、そう言う、『意味のある食材』を使ってこその料理を作るのが第一と考えているわ」
それに、ほら、と。
彼女が展開するお花畑。
「花にだって、それぞれに命があり、意味があるでしょう? 一見、大したことのない凡庸な花でも、その美しさに虫たちは魅了される。人にアピールする美しさは、彼女たちにとっては無意味なことなのよ?」
「なるほど」
「それに、これはハンデでもあるわ。向こうとは、常に対等な立場で争いたいしねぇ?」
「お前、性格変わってないか?」
「どうとでもいいなさい」
彼女はそう言って、さばいた肉をフライパンを使って炒めていく。
「ほほう、炒め物か」
「そう。単純で簡単な料理で挑むつもりよ。向こうだって、きっと同じはず」
「どうしてそう思う?」
「勘かしら? 同じ求道の道を歩む、一人の修羅としての、ね」
そこまで料理に精魂注げるというのはすごいことだが、事、彼女たちにとってはそれが当たり前であるようだった。なかなか侮りがたし、料理人魂。
魔理沙は、その場に置かれていたソースのようなものをスプーンですくって口に運ぶ。
「おっ……うまい」
「でしょう? まぁ、完成を楽しみにしてなさいな」
「よし、そうさせてもらうぜ。
しかし、見事な手つきだな。一見、完璧でそつがない。しかし、わずかに配置された無駄が、ほんのわずかの隙を生み出し、そこに食材が己を主張する空間を形成している……。
やるじゃないか」
「わかってるわね」
まあな、とうなずく彼女。
「……あいつ、ほんとに普通の魔法使いなのかしら」
「料理の魔法使いって改名した方がいいんじゃないかねぇ?」
「小町、静かにしてなさいと言いましたよ」
「……はい」
大きな体を小さくして、しょんぼりうなだれる小町。何だかちょっとかわいい。
――さて、もう一方では。
「……難しいわね」
「咲夜さん、おみそ汁は、もう少し味を薄めにしてください。まだ時間に余裕はありますから、作り直しをお願いします」
「……厳しいんだけど」
出来上がったみそ汁は、鍋の中でゆったりとみそが回っていて、何とも言えない芳しい芳香を立てている。しかし、それすら美鈴にとっては、まだまだお眼鏡にかなうものではないらしい。具を投入していないのも、それが未熟な証拠であるとわかっていただからだろうか。
「すごいですね、お二人とも」
「あはは……。私は、和食はそれほど詳しくないから美鈴に頼りっぱなしよ」
「ですけど、その食材を見極める目はさすがだと思います」
山と積まれる食材の中から吟味して、自分たちにとって最適なものを取り出す咲夜の鑑定眼は大したものだ。美鈴にそれを渡すと、彼女は何の疑いもなく、それに包丁を入れ、鍋の中へと入れていく。
「美味しそうなおみそ」
『シャンハーイ』
「こら、勝手に食べないの」
『ホラーイ』
ぺちぺち、と上海人形の頭を叩く蓬莱人形。叱っているつもりらしい。
そんな、ある意味では微笑ましい光景に、咲夜が小さく笑みを浮かべた。
「咲夜さん、そのおみそは入れる量を間違えるとひどい味になりますから。注意してくださいね」
「はいはい」
厳しい監督に、彼女はひょいと肩をすくめる。
「このおみそ……合わせみそですね」
「そうですよ。私が作った特製のおみそです。材料の配合比は秘密ですが、世間一般で売られているものよりも格段に味が勝る分、格段に扱いが難しいんです。
咲夜さん、もう一グラム、量を減らしてください」
「……みそをはかりで量るのなんて初めてよ」
確かに、とうなずくアリス。普通、みそ汁というものは、大体の所を目分量で調節して放り込むものだ。最初は味を薄めに、そして、自分の舌にあうように徐々に調節していくのがみそ汁の作り方の王道である。
だが、美鈴はそれを許さない。ゼロコンマの世界にまで目を配らせる彼女は、本当に凄まじい料理人である。と言うか、これほどまでに料理にかける情熱があるというのに何で紅魔館で門番やってるのか不思議でたまらなかった。
「うわぁ、本当にいい匂い」
「美鈴、それは肉じゃがかしら?」
「はい。家庭の味と言えば、みそ汁と肉じゃがが王道です」
野菜を炒め、ストップウォッチで時間を計りながら煮込み加減を調節する美鈴。これが料理勝負だからいいものの普通の食事の時にこんな作り方をされたら、ある意味、ありがたくて箸など入れられたものではない。
「咲夜さん、そこのお肉から、霜降り以外の部分を取り出してください」
「……霜降り以外……って……」
「お肉でだしを取るより、秘伝のだし汁を使います」
そこに肉のだしが混ざったら味が壊れてしまう、と付け加えてくる。
「秘伝のだし汁?」
「はい。こちらです」
差し出されるのは、ボウルの中に入った透き通った液体。一口、とそれを味見してみると、何とも形容しがたい不思議な味が広がった。
魚介メインのだし汁なのだが、それにしては極端に味が透き通っている。一点の曇りもない真水のような味なのだ。
「これは……?」
「作り方は秘密です。秘伝ですので」
「これでいいの?」
横手から、咲夜。
渡されたのは肉の赤身の部分である。しかも、全く脂身のない箇所。はっきり言って、固そうだ。幽香の使っているクズ肉よりもさらに質が悪いのが見て取れる。
「ありがとうございます」
しかし、美鈴はそれを否定せず、鍋の中へと放り込んだ。一枚一枚、丁寧に、配置まで考えてそれを入れていく。
「……すごいこだわりね」
「そうですねぇ……」
「っていうか、あの子、こういう時はかっこいいんだけど」
「普段が普段ですしね」
「時々、思うのよ。実は美鈴は二人いて、一人が紅美鈴で、もう一人は中国なんじゃないか、って」
なるほど、と思わずうなずいてしまう。
そう考えれば、今の彼女こそが『紅美鈴』なのだろう。幸い、美鈴にはそのセリフは聞こえていなかったのか、ツッコミが来ることはなかった。
「咲夜さん、ご飯を見てください」
「あ、はいはい」
「頑張ってくださいね」
そして、料理は続く――。
「制限時間いっぱい! やめー!」
かーん、と霊夢が鐘を叩くのと、料理人達が己の武器を置くのとは同時だった。
「おなかすいた~……」
食堂中に立ちこめる、たまらないほどのいい匂いにすっかり空腹のフランドールが、ぺた~、とテーブルに突っ伏してぱたぱたした。
そんな一同の前へ、二つの料理が運ばれてくる。
「やはり、洋食できましたね。幽香さん」
「あなたも和食で来るとはね。全く予想通り」
ばちばちばちっ、と両者の視線が絡み合い、激しいスパークが起きる。両者の背後に砕ける波と轟く雷鳴、にらみ合う竜虎が見えたのは気のせいだろう。多分。
「え~っと、それでは審査に入ります。
まずは、幽香のから」
霊夢の指示に従って、一同、それに箸を付ける。
「なっ……!」
小町が最初に手を伸ばしたのはスープだった。
薄く透き通った琥珀色のそれには、上品にハーブが浮いている。中を漂うのは卵だろうか。それを一口、口にした途端、彼女の顔色が変わる。
「こっ……これはっ……!」
「ふむ……味は薄味……。しかし、口の中にしっかりと印象が残るよう、洗練された味付けがなされていますね……」
「四季さま、めちゃくちゃおいしっ……あいてっ!」
「静かに食べなさい」
感動を素直に口にしようとした小町の頭を、また卒塔婆で叩いて、映姫。
「お姉さまー、これ、すごい美味しいね~」
「ええ、美味しいわね」
「お腹空いてるから、よけい美味しいね」
にこにこ笑顔のフランドールは、手元の肉料理に箸を付けて、それをぱくぱくと頬張っている。
「なるほど、あのソースはこいつのものか……」
「肉のうまみを引き立たせるために、ね。こんな使い方をしてみても面白いでしょう?」
「ああ、確かに……。
しかし、それだけじゃないような気がするが……」
「あら、鋭いわね。
魔理沙、それにはね、花の蜜を入れてあるの。ほのかに香る、花の味。いかがかしら?」
「……おいしすぎる。こんなの食べたら、明日から自分の料理が食べられなくなりそう……」
「まぁ……気にしない方がいいわよ。今日のことは夢か幻かで終わらせておけば、精神のダメージもある意味少ないし……」
過去、二度に亘り、至福の味を味わったことのある霊夢は、そう言ってサラダを口に含んだ。わずかに湯通しがされているため、口の中でかさばることはない。しかし、しゃきしゃきとした野菜の食感はそのままに、アクセントとして添えられているトマトの甘みがまた絶妙だった。
「まるで砂糖のようなトマトね」
「それのソースにも花の蜜を使っているの。甘みを際だたせるために、少し苦めのをね」
「……言われないとわからないわ」
「何だ、霊夢。そんなこともわからないのか。
サラダのソースに使われているのは、およそ二十種の香辛料と極端に少ない油、そして花の蜜。ついでに言えば、水は天然の清水だな……味に何とも言えないコクがあるぜ」
「……魔理沙、あなた、何でそんなに詳しいの……?」
顔を引きつらせ、ツッコミ入れるアリス。全く、彼女の疑問そのままなのだが、魔理沙はあえてそれには答えず、メインディッシュの肉を頬張っている。
「このお肉は美味しいわね。肉特有の臭みと油の味が全くしないわ。かめばかむほどに、甘い肉汁が広がって……。どうして、あんな質の悪いものからこれほどのものが出来上がるのかしら」
首をかしげるレミリア。その横で、フランドールが姉の皿からお肉をかすめとって、直後に姉にたしなめられる。
「本来捨ててしまう部位というのは、確かに味が悪い。でも、それはその食材本来の味が引き出せていないだけよ。これは暴論になってしまうけれど、たとえどんな部位から取れようが、それは一頭の、牛肉ならば牛の肉。基本的にものは変わらない。どのように使われていたか、どのように育てられていたか、それの違いが肉の質の違いとなる。
でも、本質が変わらないのなら、軽く手を加えるだけで、どんなクズ肉も上質な高級肉へと化けるものよ」
「……四季さま、あたい、料理を学んでみようかと思いますが……」
「やめておきなさい。自分の腕のなさに落胆するわ。……と言っても、これほどのものを食べさせられては、憧れと同時に失望を抱くのもわかるけれど」
「う~む……料理の道は奥が深い」
全くである。
――そして、一同、出された料理を全てきれいさっぱり味わって試食タイム終了だ。
続けて、美鈴達の料理の出番となる。
「うわ、これまた純和風」
洋風の料理の直後に出されただけあって、それのインパクトもまたひとしお。
「このおひたしはほうれん草か何か?」
「そうです。上にかけるお醤油は、こちらを。お醤油が苦手という方は、おみそ汁の中にでも入れて食べて頂ければ」
「それじゃ、いただきまーす」
霊夢がぱくりと青い野菜を口にした。
「……ちょっと待て」
何もかけず、食材そのものの味を味わおうと思って生のままで食べたのだが、それは失敗だった。
「何だこれ……」
青い野菜というのは、基本的に苦みがある。何の味付けもせずに食べるのは、体にはいいだろうが、味という観点で見れば失格である。
しかし、これはどうだ。
「……甘い」
「あく抜きを徹底的にしましたからね。それに、元々の食材の良さもありますから」
こんなに甘い青菜というのは食べたことがなかった。思わず、目から鱗も落ちようかというものだ。
「この肉じゃがは……醤油じゃなく、塩をメインに味付けしているな」
「……よくわかるわね、魔理沙」
「ああ、この味は醤油の味じゃない。塩の味だ。恐らく、醤油は単なる色つけだろう。加えて、全体から漂う酒の匂い……。日本酒の中でも、特に選りすぐりの清酒のみを使った味だ。それが砂糖の甘みと一緒になって、全体に優しい味付けをしているぜ……。ふふっ……さすがだな……」
畏れなのか、頬に汗を流しつつ、一口一口、丹念に料理を味わう。その一口ごとに、また違った感動と味が口中に広がるから不思議である。普通、料理というものは単一の味付けであるはずなのに、そこには本当に小さな差異が見られるのだ。
料理を構成する食材一つ一つ。それらが微妙に味が違う。そのおかげで、全く飽きない味に仕上がっている。しかし、だからといって食材の味を際だたせすぎて料理のバランスを破壊しているというわけではない。まさに、これぞ匠の味だった。
「ご飯も甘くて美味しい。こんなつやつやのご飯、食べたの久しぶりだわ」
「ねえ、お姉さま。何か味付けしたい」
「では、フランドール様。肉じゃがのスープをご飯につけてみてください。美味しいですよ」
「うん、わかったー」
言われた通り、肉じゃがの入れ物を持ち上げて、それのたれをご飯にかけて、一口。途端、「おいしいー」と笑顔になって、「お姉さまもやってみて」と姉の服を引っ張るフランドール。言われるがまま、姉も同じように食してみて、うむ、とうなずいた。
「なるほど……あのみそを使うとこういう味になるのね」
一人、感心してみそ汁をすするアリス。
口の中に広がるのは、みその味。しかし、何だろうか。これはみそだけではないような気がする。確かに、見た目はみそ汁なのだが、みそ汁以外の別のものを食べているような、そんな感じがするのだ。
「……不思議だわ」
上海人形と蓬莱人形が、興味深そうに料理を見て回っている。そして、自分たちも食べたい、と訴えるのだが、基本的に彼女たちは人形。食事など出来るはずもなく、片隅で肩を落として落ち込んでいる。
「実に優しく統一された味ですね……。まさに、これぞ朝ご飯。一日の活力を養うのにちょうどいい味と言えるでしょう……」
「いや、四季さま。こんな朝ご飯食べてたら、舌が……いたぁっ!」
「無粋なことを言わないように」
舌が贅沢になりすぎる、と続けようとした小町が、三度、ひっぱたかれた。彼女も懲りないというか、映姫も厳しいというか。
「いや、全く素晴らしい」
「……さすがね、美鈴」
「あなたも……」
『ふふふふふ……』
「……置いてかれた気分ってこういうのをいうのね」
一応、料理には参加したのだが、そのほとんどが美鈴のサポートだったため、一人蚊帳の外の咲夜がぼやく。
「では、最後にデザートに行きましょうか。
二人とも、デザートを出して」
「はい」
「はいっ」
そうして、出されてくるのは。
「幽香はケーキ、そして、美鈴さんはようかんか……」
「こりゃまた、色がわかれたな」
いただきまーす、と一同、まずは幽香のケーキにフォークを入れる。
――刹那。
『これは……!?』
全員の声が唱和した。
「ふっ……ふふっ……」
「な……何、これは……」
「甘い……いや、甘くない……? でも、ちょっと待って……! これはケーキのはずでしょう!?」
「この匂い……ブランデー……? いや、違う……何かしら……」
「おねえさまー、これ、不思議な味ー」
「あたいは甘いものは苦手だけど……うん……これなら……」
「……ふむ、面白い味です」
全員が、丹念に丹念に、ケーキを味わう。
その様子を見つめながら、幽香は小さく口を開いた。
「どうかしら? これまでの料理は、いわば全て前菜に過ぎないもの。私の本懐はそのケーキにある……」
「ああ……確かに。これに比べたら、今までの料理がかすむぜ……」
「ど、どういうことですか!?」
「ふふっ、美鈴、あなたは知らないでしょう? あなたに敗北した私が、一体どこでこの腕を磨いたのか!」
びしぃっ、と指先で美鈴示しつつ、幽香。
「そう……私が料理の真髄を叩き込まれたのは、かつてあなたが頂点を極めた『味の世界・極』をも超えた世界……! あの、『料理の戦場』よ!」
「なっ……!」
「何ですって!? あ、あの、伝説の……!」
「な、何――――――っ! 知っているのか、映姫――――――っ!!」
絶句する美鈴と、驚愕のあまり、手にしたフォークを落とす映姫。そして、お約束とばかりに合いの手を入れる魔理沙。
「ええ……私も、噂でしか聞きかじったことはありませんが。
それはかつて、この幻想郷中を覆い尽くすほどの邪悪を滅ぼした、真の料理人達が集った場所……!」
「……何で幻想郷を覆う邪悪が料理で滅ぼされるわけ……?」
「しかし、戦いが終わり、平和な世界が戻ったその時、彼らは知った……。自らが修めた料理こそ、真にこの幻想郷に混沌と戦争をもたらすと! 故に、彼らは身につけたレシピと共に歴史の闇に潜った……それが、『料理の戦場』……!」
「……」
映姫の傍らに、いつの間にか置かれた『食は伝説の朝日を見るか?』(ハクタク書房刊)と書かれたそれは見なかったことにして、霊夢は、とりあえず今の展開を無視することにした。
幻想郷は広い。広すぎる。っつーか、ここまで広すぎるのは何か問題がありませんか?
「バカな……! あなたは、あそこで……!」
「ふふふ……。数多集いし料理の猛者達をも倒してきた私のケーキ。そこに敗北はあり得ない!」
鳴り響く雷鳴と噴火する火山。
そんなものを幽香の背後に見ながらも、美鈴の闘志は萎えなかった。咲夜は「美味しいですか? フランドール様」だの「お嬢様、お口の周りにクリームが」だのとやっていて、もはや戦いの場から遠ざかっていたりするのだが。
「……ですが、私とて、かつてはこの世界にて頂点を極めた女。そう易々と敗北はしません」
「ふっ。あなたの出してきたそれが、私のケーキを打ち破るとでも!?」
「……さあ、どうでしょうか。
皆さん、私の分も口にしてください」
「え……ええ。まあ……そのつもりだし」
最初に霊夢が答え、それを一口。
「……っ!?」
かっ、とその目が見開かれた。
次々に、他のメンツが霊夢に続き、同じように奇妙なリアクションを取る。魔理沙など椅子から立ち上がり、がたーん、という騒音を上げて一歩、二歩、と後ずさっていく。
「……な、何……?」
そこで、初めて幽香が揺らいだ。
絶対の勝利を確信していた。己の勝利は揺るがないと。それほどまでの自信があった。皆、自分の料理に魅了されたのだと。
だが……だが、違った。
「これは……」
「……こんなものがあるなんて……」
「う……嘘だ……こんなの、あたいは知らない……!」
「まさかっ……!」
司会と審査員一同がうなり。
「うわー、お姉さま、これ、すっごいおいしいー」
「……美味しいなんてもんじゃないわよ」
何にもわかってないフランドールがいつもの感想を口にし、レミリアが戦慄する。
「違う……! これは……これは、ようかんの味じゃない……! いや、だが、これはようかんだ!? 確かにようかんの味を醸し出している!? なのに、なぜだ!? なぜ、これはこうまで私たちを惑わせ、引きつける!?
これは一体、何なんだ――――――――っ!?」
やたらオーバーリアクションで叫ぶ魔理沙に、幽香が「どういうこと!?」と霊夢から美鈴のデザートが載った皿をひったくり、口に運ぶ。
「……なっ!?」
そして、同じように目を見開き、固まった。
「幽香さん、あなたは一つだけ間違いを犯した」
「あ……ああ……」
「……料理は戦いの道具ではない。口にしてくれた、全ての人に、たった一言、『美味しかった』と言わせるための、いわば花。決して攻めるだけではいけないんです。口にしてくれる、全てのお客様に、その味を受け入れてもらわなければ。
あなたは、最後の最後で、間違ってしまった」
「……そんな……」
「料理が求める真実は、勝敗ではない。たった一つ」
『美味しい……』
「……その一言のみ」
――雌雄は決した。
「……では、勝敗を……いえ、私たちからの感想を伝えます」
場が落ち着きを取り戻したところで、こほん、と映姫が咳払いをしつつ口を開いた。
「この勝負、確かに美鈴さんと咲夜さんの勝利です。
ですが、私たちは、それだけでは計り知れないものを受け取りました。私たちが、普通に生きていては到底、到達することの出来ない真理へと、あなた達は導いてくれました。本当に感謝しています。これほどの料理を修め、また同時に、私たちに提供してくれたあなた方には感謝の言葉と拍手だけでは足りないでしょう。しかし、それしか、私たちに出来ないのもまた事実」
なればこそ、と映姫は宣言する。
「この四季映姫・ヤマザナドゥの名において。
あなた達こそ、真の料理人であることを判決致します!」
ぱちぱちぱちぱち……。
食堂中に、拍手が満ちた。誰もが笑顔。そして誰もが感動している。一人だけ、あんまり状況をよくわかってないお子様がいるが、それもまた清涼剤だろう。
「……ふっ、負けてしまったようね」
「そうですね。ですけれど、幽香さん。あなたは久しぶりに、私の魂を燃え上がらせてくれました。感謝しています」
「……私、何のためにキッチンに立たされたのかしら」
「いいじゃない、美鈴の手伝いが出来て」
一人、自分の存在意義を見失いかけている人間にはレミリアがぽんぽんと肩を叩いて慰めてやったりもする。
「まぁ……これもまた、求道の中での試練の一つ。
次こそは、負けないわ」
「ええ。次は私も、ハンデをもらわずに勝利してみせます。
そして、幽香さん。あなたと一緒に、素晴らしき料理の道を究めてみます」
「よしてちょうだい。私はあなたとなれ合うつもりはないわ。
でも……そうね。本当にそれを心から思っているのなら、次はあなたに求愛でもしてみようかしら」
「きっ、求愛!? それはどういう意味!?」
「何で、そこで咲夜が怒鳴るんだ?」
「うぐっ……!」
横手から魔理沙のいらんツッコミを受け、よけいなことを口走った咲夜の顔が真っ赤に染まった。当然、にやりと魔理沙は笑う。
「次回の戦いを」
「また」
がしっ、と両者は握手を交わす。
まさに、勝敗の果てに新たな友情が生まれた美しい瞬間だった。感動のあまり、映姫がぱちぱちと、手が真っ赤になるまで拍手をしている。横では小町が「……何なんだか」とつぶやいているのが見えたが。
無論、四度目のお叱りを受けたのは言うまでもないだろう。
「それってどういう意味だー? 咲夜ー。ん~?」
「なっ、何でもないわよ! あなたに関係ないでしょう!?」
「またまた。咲夜さん、顔が真っ赤ですよー?」
「ど、どうしてあなたまで加わるのよ! わっ、わた、私は別に……!」
「人間、強がりはよくないぜー?」
「そうですよー?」
「きぃぃぃぃぃっ!」
さらにその横では、咲夜をからかいすぎたがあまりに弾幕バトルへと発展している風景もあったりするのだが、それはさておき。
「……ねぇ、レミリア。一つ聞いていい?」
「何かしら?」
「今後もこういうことするの?」
「面白いじゃない」
「フランは大歓迎! 美味しいご飯、お腹一杯食べられるもん!」
「ほらね?」
……もう、何が何だか。
確かに、いい思いをすることが出来た。美味しいご飯がお腹いっぱい食べられた。
しかし……しかし、何だろう。こういう勝負に接するたびに、段々、世界がわからなくなっていくのは。
ともあれ、今はこの言葉をつぶやくしかないだろう。
「幻想郷って、ほんと、広いのね」
――と。
とても面白かったです
続編も期待していますw
紅美鈴はかっこいいですね。
語学といい料理といい、氏は本当にすごいな……まいりました。
おバカっぽいのに無駄に熱いみんながたまらなく面白かったです。
美鈴、格好いいよ。
料理漫画の根拠不明の熱さをそのまま感じました。中華一番の世界だw
幻想郷を覆いかけ、料理で滅ぼされた邪悪ってナンダヨソレ?
そして、四季様や魔理沙は、海原とか雄山とか、そんなような人と知り合いではないですかあんたら。
なんかもう旧作のメンバーが戦うコックさんに見えてしかたないwwwwwwwww
それは話の中で5回以上笑ったら無条件で満点と。オイラ負けたよ……。
一つ残念なところは、文にも解説してほしかったなー、と。
平均点2000て、すげぇっすね
一回評価したんで、ポイントは無しで
わ、訳わかんねえ…全く訳わかんねえけど熱いぜこれは…
定番となったフランちゃんや魔理沙も見てて面白かったです。
起き抜けに見たら強烈に空腹になってしまったw
家にお持ちk(レッドマジック
あぁなんかもう、美鈴カッコイイよ~w
魔理沙の解説が中○一番クオリティなのも乙w
や、やばい・・・飢えで白玉楼が見えてきた・・・
そのまま紅魔館へ逝けないかしら・・・
私もタベタス。意味のわからなさとテンションの高さに脱帽。
でも起承転結がはっきりしていてサクサクと楽しく読めました。GJ
あ、中国はいつもどおり門番やってますよ?
美味しかったよ。
中国よりもほんみりん、かな。
もうこのシリーズ大好き。
見える見えるぞ高笑いしてた幽香が!
で、紅魔館にはどうやって行ったらいいですか?