「――ッ、ハァ、ハァ」
生い茂る草木を掻き分け、彼女達三人は必死に地面スレスレを飛行する。
出来る限り、草木を揺らさないよう、慎重に。
でも、可能な限り早く。
「――ハァ、ハァッハァ」
疾駆する三人のリーダー格である、金髪でツインテールの少女――サニーミルクは後悔していた。
やっぱり『黒いの』の言う事なんて信用するんじゃなかった。
いつもと同じように、悪戯したかっただけなのに……
もしかして、悪戯の罰とでもいうの?
あんなに危険なヤツは初めてよ。
早く逃げないとッ
私はちらりと右を見る。
青いリボンと、風に棚引く長い黒髪が綺麗な少女に簡素に問う。
「スター、あいつらは?」
「ん、ちょっとまってね……」
黒髪の少女――スターサファイアは、生き物の動きが捕捉できる。
つまり、彼女に追っ手の位置を確認してもらうのだ。
「……あ、あれ? なんで……」
スターが渋い顔をする。
「ちょっと、どうしたのよ?」
私の左に位置する、白いナイトキャップを被る金髪の縦ロールが可愛らしい少女が、スターの戸惑いに反応する。
彼女、ルナチャイルドの能力で、彼女達の出す音は全てかき消されているので、追っ手には聞こえない。
彼女のお陰で逃走中でも大きな声で相談できるのだ。
「う、うん、気配が掴めないのよ……」
「じゃあ、それだけ遠くまで逃げられたって事かしら?」
「そうかしら……」
スターは気配を読み取れなかったのが不安なようだ。
「それなら、少し隠れない?」
全速力で、木々にぶつからない様に集中して飛ぶのは結構体力を消耗する。
追っ手を撒いたのなら、体力を回復する絶好の機会だ。
撒いていなくても、隠れてやり過ごせる。
「ん、そうしましょ」
スターが同意してくれる。
「そうね……」
音を消しながらのルナも相当疲れてるみたい。
「じゃあ、アソコにしましょ」
私達の背丈よりも高い茂み――の後ろにある木を指差した。
茂みをなるべく揺らさないように、木の裏側へ迂回する。
「それじゃ、見えないように……」
「うん、まかせて」
『光の屈折を操る』
これが私の能力。
降り注ぐ光を曲げて、周囲から私達三人を見られなくして
「……ふぅ~~~」
やっと一息つけた。
私はその場にペタリと座り込む。
ルナもスターも私と同じように座り込んだ。
「それにしても……、あんなのが居るなんて……」
ルナが私の思っていたことを口に出す。
「本当……それに、この森……奇妙な感じがしない?」
スターに言われて周囲に目を向けてみる。
草は他の地域よりも長く、多く茂り
木々は高く伸び、殆どの日差しを遮り
その根元には毒々しい色のキノコが生えている。
「……奇妙な……感じがするね……」
魔力というか、陰気というか、霊気というか
とにかく色々な力が乱れ混ざり合って妙な感じの力場を作っている。
「もしかして、この変な感じがスターの能力に?」
きっと、その力場は森全体に及んでいるだろう。
森に踏み入ったばかりの私達が影響を受けるんだ。
だから、アイツは……
やっぱりこの森を抜けないと……
「――wwヘ√レ─wwヘ√レvv……」
遠くで追っ手のおぞましい声が聞こえる。
大分近くなってきたわね……
森を抜けるには、アイツ等からも逃げないと。
私は立ち上がりながら、ルナとスターに声を掛ける。
「ね……、そろそろ……」
その瞬間、すぐ近くの茂みがガサリと音を立てた。
「ッ!」
三人に緊張が奔る。
視線は音を立てた方向に釘付けになり、誰かが唾を飲み込んだ音がやけにはっきりと聞こえた気がした。
ドクン、ドクン、心臓が高鳴る。
「……ッ」
別に、自分自身の能力を忘れたわけじゃない。
ルナの能力も、発動中だ。
だから、見られても大丈夫だし、喋っていても何の問題も無い。
それでも、私達三人は、身を潜めて、息を殺して、茂みに注目した。
ガサッ、ガサガサガサッと茂みが激しく揺れ……
茂みを突き破って小さな腕が突き出てきた。
それも四本も。
グネグネと動く様子がおぞましい。
「ひィイイッ!」
思わず小さく悲鳴を上げて、我先にと空――を覆う木々の枝に向かって逃げ出した。
「ぁッ」
その時、私の足が運悪く茂みに引っかかってしまい、ガサリと草を揺らす。
その瞬間、茂みから突き出ていた腕とその持ち主が揺れた茂みに殺到する。
その数、二つ……いや、四つ!
最初に飛び込んだ二つの影の後に続いて、更に二つの影が、揺れた茂みに襲い掛かる。
「あ……危ないわね……」
茂みから茂みへの動作が一瞬だったので確認できなかったが、私達よりもずっと小柄だった。
アレが私達を追いかけている存在。
逃げ出した時に見たのは二匹だったのに……
「最初の時より増えてるね……」
小さくて、素早くて、数が居るとなると……逃げるのも困難になるわね……
どうしようかと思案していると
「……やっぱり、何も判らなかったわ……」
スターが呟く。
「仕方ないって……」
スターに慰めの言葉を掛ける。
だって、この森自体おかしいのだから。
「ん……、あッ、まだ居る!」
四つの影が飛び出てきた茂みから、私達と同じ位の大きさのナニカが現れる。
「――ヘ√レ─ヘ√レvv!!!」
ソイツがおぞましい咆哮をあげる。
まるで悪魔だ。
その悪魔の呼び声に反応し、茂みの中に飛び込んだ四つの影がソイツの元に集まる。
その様子を緊張しながら見ていると、ルナが口を開く。
「ねぇ、そろそろ逃げない? どうせ見えてないんだし」
……忘れてたわ。
姿も見えない、音も聞こえないはずだから、気にせず逃げればいいのよ。
既に姿を消してるから、空を飛んでもバレないし。
「そ、そうね……」
地上の追っ手達から目を背けた時
地上の悪魔はおぞましき咆哮をあげた。
「レヘ√―――!!!!!!」
「ッ!?」
その声につい、反応し、振り向いてしまう。
見下ろすと、地上の悪魔がこちらを見上げた。
「な……ッ」
「ぐ、偶然よ。偶然……」
しかし、地上の悪魔はずっとこちらを見ている。
感情とは無縁な無機質な表情に輝く、宝石のような冷たい瞳で。
その宝石の様な瞳に、赤い光が灯っていた。
赤い光が見つめる先は……見えるはずのない妖精達の居る空域。
なんだか嫌な予感がする。
「…………にッッ、逃げよう!」
私は二人の袖を引っつかんで、一目散に森の外を目指す。
「ちょ、ちょっと!」
「偶然見てただけでしょ?」
「だって……何か嫌な感じが……」
次の瞬間
「_√レヘ√レvw!!!」
地上の悪魔とは違う、見も凍るような咆哮。
「うわッ、き、来たわッ」
ルナが悲鳴を上げる。
背後から枝を払いながら物凄い勢いでこちらに向かってくる影が見えた。
今度は高速で空を飛ぶ悪魔なの?
こいつも、小型の手下を4匹引き連れている。
それに、キラリと光る赤。
あの悪魔も、赤く輝く目を持って、迷わずこちらに……
やっぱり、私の能力が通用しないんだ……
もう枝葉が揺れても折れても関係ない。
「ルナ! 後ろなんか見てないでッ!」
忠告しながら二人を引っ張る。
「う、うんッ」
もうそこまで、追っ手は迫ってきているのだ。
自分の出せる、限界の速度で森を突っ切る。
早く!早く!早くッ
居場所がわかってしまうのなら、追っ手が諦めるまで逃げ続けるしかない。
逃げるにしても、この怪しい森の中では地理的に不利だ。
私達の住処の森なら撒く自信はある。
その為にはこの森から出なくては
「ハァ、森の出口って……、ハァッ、どこなのよッ」
まるで迷宮のようにも思えてくる。
入ったら最後、出られない。
まさにこの森の事だった。
しかし、本当に迷宮という訳ではない。
追っ手を撒く為に、立ち並ぶ木々をすり抜けると、少しだけ開けた空間に出る。
「これは……ッ、『道』?」
うっそうと生い茂る草木の中、不自然に現われた草の生えてない地面。
つまり、人が行き来し、踏み固められたという事。
それは、出口があることの証明である。
「なら……、このまま進めば……」
「やった……、やったぁ!」
三人とも、心のそこから安堵する。
後は全力で逃げて、住処へ逃げ戻ればいい。
しかし、その安堵、希望は一瞬で打ち砕かれる。
「_ノレ√レヘ!!!」
その叫び声に振り向き、驚愕したルナが悲鳴をあげる。
「ひぃぃいッ」
なんと先ほどの地上の悪魔が土煙を上げながら、物凄い速度で『道』を走っていたからだ。
「な……なんで……ッ」
とにかく逃げなきゃ!
緩やかにカーブする道を、私達は疾駆する。
「先読みされたか……、それとも私達が誘導されたのかしら?」
読まれていても、誘導されたとしても、既に見つかっている事に変わりは無い。
それでも、今はこの道に沿って森の外へ出ないとッ
私達三人は汗だくになりながらも、懸命に飛び続ける。
しかし、私達を追う走る悪魔は、僅かながら私達よりも早いようだった。
「このままじゃ追いつかれちゃう……」
「飛んでいる限り捕まらないと思うけど……こちらの体力が尽きるわね……」
スターとルナの言うとおりだった。
私達はあの短い休憩からずっと飛びっぱなしなのだ。
それも全力で。
このままでは追いつかれて……
軽く頭を振って、脳裏によぎった最悪の結果を払いのける。
早く、早く出口に……ッ
それだけを願って、私達は飛び続けた。
そして、その必死な願いは、通じた。
木々に覆われ、先の見えない緩やかなカーブが終わり、視界の開けた直線の道になる。
その直線の先に見えるのは……
背の低い草花と、なだらかな平地。
「出口よ!」
安堵感と、見えてきた希望に全身に力がみなぎってくる。
このまま湖まで逃げ切れば地上の悪魔は追って来れない。
「もう少しよ、湖ま……」
しかし、現実はそれほど甘くは無かった。
「ヘ√レ─ヘ√レvv!!!」
「し、しつこいッ」
通り過ぎたカーブの木々の間から、空の悪魔が追いついてきたのだ。
どうやらショートカットをしたらしい。
それでも、まだ私達とは距離がある。
それどころか道は直線である。
二つのおぞましい声が背後で重なる。
「「――wwヘ√レvv~」」
まるで悔しがるような、苛立ったような、そんな風に感じた。
背後の悪魔達も、追いつけない事を悟ったのだろう。
「……湖まで逃げれば、飛んでる奴だけになるからッ」
「うん!」
もう少しッ
あと、数十メートル!
あと、数メートル!
出口は目の前――
三人が揃って森を抜け、平地へ出ようとした瞬間――
―――バチィッ
「ッ!?」「――っ!?」「っッ!?」
壁の様な、何かに遮られ全身に魔力的な衝撃が走る。
すぐそこ、目の前には何も無いのに、彼女達は弾き飛ばされたのだ。
完全に不意を突かれ、思考が停止する。
衝撃を受け、弾かれた三人の体は
ふわりと放物線を描いて――
べしゃッ
――地面へと落下した。
妖精達は知らなかった。
『アイツ』が万能であることを。
この程度の簡易結界ならば森全体を覆えることも。
§ § §
なんだか、体が苦しい。
それに、揺れて気分も悪い。
あ、やっと揺れが無くなった……
うぅ……、何がどうなってるの?
「タァダィーマ」「タダイマー」
「お帰りなさい、上海、蓬莱」
声が聞こえる……
「新しい眼の調子はどうだったかしら?」
「ゥン、ァカィセカァィー」「アカイセカイー」
「赤い世界だった? うん、成功のようね……他に何が見えたかしら?」
「コォイァカデ、マルゥイノ」「ウン、マルイコイアカー」
「濃い赤の球体……、つまり、こいつらの放出してる魔力が見えたって事ね」
「ゥン」「ウン」
何このおぞましい声の会話……
……あッ!
思い出した!
私は、逃げてたんだ!
意識が覚醒し、目を開けると、そこには――
「あら……おはよう、妖精さん」
目の前には、ウェーブのかかった金髪を肩までボブカットにした少女が私を見下ろしていた。
あ……、あ……『アイツ』だ!
『黒いの』が言っていたアリスだ!
とっても危険な奴!
「ひぃぃいいいッ」
「あら……、人の顔を見て叫ぶだなんて酷いわ……ねぇ、上海、蓬莱?」
上海、蓬莱って……あのおぞましい声の二人の事なのかな?
「ヒィドーィ」「ヒドーイ」
多分、最初に喋った、髪の長い金髪に赤いリボンの方が上海
後から喋る、ナイトキャップを被った茶髪で肩までのボブカットが蓬莱って名前だと思う。
冷静な分析が出来たところで、現状を把握する。
私の隣にはサニーとルナ。
私と同様に、二人も縛られてる。
「ちょっと、何で縛られてるのよー!」「解いてよー」「その二人は何者?」
三者三様の問いかけ。
「縄を解くのはダメよ、それと、上海と蓬莱は人形よ」
「に、人形?」
そっか……生き物じゃないからスターが動きを捕捉できなかったのね……
「えぇ、私が創り出した、一人で動ける人形よ。ちなみに今回は、魔力探知機能、人形4体ずつ操るシステム、飛行用、走行用加速装置のテスト期間中でもあって……」
『アイツ』は聞いた事以上の話を饒舌に、それも機嫌よく喋り始めた。
「……そこで私は考えたの、有線でならこの子達でも……、……つまり……、……でもいずれは無線で……」
アリスはペラペラと得意満面に、上海、蓬莱の事を語り続ける。
うぅ、自慢する相手がいないのかしら?
「……加速装置は外付けで……、……それでも……、……この子達の耐久が……」
そ、そうだ!
今なら機嫌も良さそうだから……
ルナ、スターに目配せする。
「あぁッ、可愛い過ぎるわ! 私の上海と蓬莱! いずれ私の変わりにお外で頑張ってもらうからね!」
『アイツ』は二体の人形をぎゅっと抱きしめて頬ずりしていた。
その表情は至福で蕩けていた。
今だ!
「ねぇ可愛いお人形さん、縄をほどいてくれないかしら?」
「ゥ?」「ムゥ?」
「ぐすッ、縄が、痛いの……、お願い……」
「ァリィスー、カァィソダァヨ…」「アリスー、カワイソウ……」
「んー……、そうねぇ、少し質問していいかしら?」
よし、脈あり!
流石は私、人形から攻めるなんて頭脳派だわ!
「その質問に答えたら解いてくれる?」
「えぇ、考えてあげるわ」
うぅ、逆らっても仕方が無いか……
「なんであなた達は逃げ出したのかしら?」
「そりゃあ、人形を裸に向いて悦に浸って遊んでる奴を見れば誰だって危け……ん……」
「ちょ、バカー!」
「……あぁ……」
あ……しまった……
アリスの蕩けていた表情が、氷のように冷たい微笑みに変わる。
「……縛られてる理由がわかったかしら?」
「ぁ……、あ、……」
震える私達を見下ろしながら、アリスは人形に話しかける
「上海、蓬莱、良かったわね~」
や……やばい……
「ナァニィガ?」「ナニガー?」
「い、言わないから、誰にも……」
今度は演技ではなく、本当に懇願。
「あら、大丈夫よ、手荒な事はしないから……うふふ♪」
その笑顔が恐ろしい……
「言わない、言いません、誰にも、絶対!だから許してーーーーーーーー!」
「丁度良い大きさのお洋服が三着も手に入ったわ」
「ヤァタァ!」「ウワァイ!」
もろ手を挙げて喜ぶ人形達。
「さぁ、皆でお部屋にいきましょう?」
「「「いやーーーーーーーーーーー!!!」」」
暗く静かな魔法の森に、妖精達の叫び声がこだましたのだった。
赤外線スコープみたいな原理なのかー。
しかし光るのは……ああ、うん。怖い。
三妖精の災難に合掌。