Coolier - 新生・東方創想話

『紅き月華の狂奏曲』   前編

2006/01/30 04:22:01
最終更新
サイズ
27.64KB
ページ数
1
閲覧数
1013
評価数
0/57
POINT
2540
Rate
8.84

ここは幻想郷。
外界から隔絶されて幾星霜。
数多の魑魅魍魎が跋扈する、妖怪達の楽園である。

その大結界の外れには、寂れた神社が一つ。
名を博麗神社という。
今日も今日もとて、その縁側で。
神社の主は茶をしばいていた。

「ふぅぅ~、いい日ね~」
奇妙な巫女装束を纏った少女が、大きく息を吐く。
少女の名は博麗霊夢。
この神社の主であり、ただ一人の住人でもあった。
手に持った湯飲みを傾け、ずずずーっとお茶を啜っていく。
温かいお茶は、それはそれは心地よく咽喉を擽った。
少女の頭の中は基本的に「春」なのだが…
この間の幻想郷が花だらけなった事件以来ずっと、頭の春度には拍車が掛かっている。
言うなれば、だらけ切っていた。
かの万年居眠り妖怪もかくや…といった具合だ。
「ん~~」
気の抜けた声をあげ、とろんとした目つきで空を見上げる。
青い空の向こうに、彼女だから見える大結界の呪がちらついていた。

   ひゅんっ!

と、風を切る音と共に、霊夢の視線を黒い影が遮った。
「よぉ」
箒に跨ったその出で立ちは、霊夢の腐れ縁の一人。
「よっと」
そのまま霊夢の前に降り立った。
「なんの用よ、魔理沙」
「なんの用とはご挨拶だな」
魔理沙は着地の際にスカートについた砂埃を払いながら、不満げな声をあげる。
「今日はレミリアのとこにいっしょに行く約束だろう?」
「………」
しかし、当の巫女の方は訝しげな顔で首を捻っている。
その様子に魔法使いの方は呆れ顔で頭を抱えた。
「もう忘れたのかよ。昨日だぜ、約束したのは!」
「うーん…」
捻った首が九十度に差し掛かるかというところで…
「あー」
思い当たったのか、霊夢はポンっと手を打った。
「そう言えば、そんなようなこともあったわね」
「まったく…」
最近の霊夢は、終始こんな調子。
「思い出したか?」
「思い出した」
さもめんどくさそうに霊夢が呟く。
「じゃあ、さっさと支度しろ」
その声に、霊夢はゆっくりと立ち上がった。
「別に何にも持っていくものもないしね。このままいくわ」
トレードマークたる御幣を肩に担ぎ、霊夢の足はふわりと縁側から離れた。
「よしきた!」
魔理沙も再び箒に跨る。
「時間が押してるんだ。飛ばしていくぜ!」

   どぎゅん!

言うや否や、魔理沙の身体は急上昇。
あっという間に空の上。
「はぁ…」
だるいなぁ…と呟きながら、霊夢もその後に続いた。



「で、今日は何があるの?」
空飛ぶ巫女は、隣に浮かぶ魔法使いに尋ねる。
今、彼女達が向かっている場所は紅魔館。
先の「紅い霧の事件」を起こした吸血鬼が住んでいる洋館だ。
事件以来、吸血鬼とその従者は頻繁に博麗神社を訪れるようになったのだが…
逆に霊夢が紅魔館に赴くことは珍しいことだった。
それこそ、何か大きなイベントや事件がない限り、行くことはない。
「んー…」
魔理沙は腕を組んで思案顔。
「まぁ、着いてのお楽しみだな」
そして、ニヤリと笑いながら霊夢の方を向いた。
「はぁ~…」
霊夢を大きく溜息をつく。
これから先、待ち受けることは、まず間違いなく厄介ごとだ。
隣にいる人物がこういう顔をする時は、裏に何かあるに決まっている。
そして、確実に面倒臭いことなのだろう。
勘がそう言っていた。
「…帰っていい?」
「馬鹿言うなよ! おもしろいこと請け合いだぜ」
さらに不安になる台詞だった。
しかし…
「しょうがないわね」
無理矢理帰ろうとすれば、引き止めようとする魔理沙と弾幕ごっこになるだけだ。
それはすこぶるめんどくさい上に疲れる。
霊夢としても、紅魔館に行くこと自体は吝かではない。
普段はお目にかからない、紅茶と洋菓子にありつけるのだ。
お茶と茶菓子の違いがあるとはいえ、その趣向は霊夢の好むところである。
差し引いてマイナスになってしまうのは目に見えているが、それで納得することにした。
「お、湖だ」
魔理沙が声を上げる。
眼下にはだだっぴろい湖面が確認できた。
この湖の中央に紅魔館はある。
あと少しだ。
そのとき…

   ~ここからさきは~紅魔館~♪
        ~紅い悪魔の住む館~♪

小さな歌声が霊夢の耳に入ってきた。
「何これ? 魔理沙」
「あー、これか」
魔理沙は顎をくいっと上げて指し示す。
その先には、三匹の小さな妖精が列を為して飛んでいた。
「妖精共が時々歌ってるんだ」
悪戯好きの妖精達は、こんなちゃかし唄を歌っていることがよくある。
紅魔館に渡る為に、週に一度はこの辺りを飛ぶ魔理沙にとっては、さして珍しくもない光景だ。

   ~行きはよいよい~帰りは怖い~♪
        ~瀟洒なメイドに気をつけろ~♪
             ~下手に逆らや~痛い目みるぞ~♪

「言い得て妙で、結構笑えるぜ」
くくく…と笑いを噛み潰す。
「確かにそうね」
近隣のものにとっては、どちらかと言えば出不精なレミリアよりも、咲夜の方が恐怖の対象のようだ。
霊夢も笑いを堪えながら、速度を上げた魔理沙に合わせた。



程なくして、湖上に立ち込めていた霧が晴れていく。
そして、前方に島が見えてきた。
「おー、見えた見えた」
嬉しいのか、魔理沙は箒の上で上体を揺さぶる。
島の影は徐々にはっきりとしていく。
そして、そこに聳える窓のほとんどない紅い洋館。
紅魔館だ。
「どうするの?」
不意に霊夢は訪ねる。
「何がだ?」
「そろそろ門が見えて来るんだけど」
「あー」
霊夢どころか、幻想郷に住む多くの者が、魔理沙が紅魔館を訪ねる際の手法を知っている。
正面突破か、こそこそ忍び込むか。
しかし…
「今日は大丈夫だぜ。レミリアから許可も貰ってるしな」
「ふ~ん…」
信じていないのか、霊夢は訝しげな目で隣の少女を見る。
だが、魔理沙が門に向かって高度を下げていったので、霊夢も大人しくそれに従った。
紅い館の大きな門がぐんぐん近づいてくる。
そして、ずざーっと魔理沙が地面に着地する。
それに続いて霊夢も軽やかに降り立った。
その音を聞きつけてか、門の前にいた人物が、つかつかとこちらにやって来た。
「よぉ、門番」
「こんにちは、門番」
「あんたらか」
どこぞの民族衣装を纏った長身の女性。
紅魔館門番の紅美鈴だ。
「お嬢様から話は聞いてますよ。今日は…」

「恋符『マスタースパーク』!!」

「は!?」

   ズバァァァァァァァァァァァァァァ!!!

「!!!!!!」
断末魔もないまま、門番の姿は閃光の中に包まれる。
そして…

   ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!

光線はそのまま門にぶち当たる直前に別れて弾け、爆音と土煙を巻き起こした。
「よし!」
ガッツポーズを取る魔理沙。
「………」
霊夢はそれを呆然と見つめていた。
「さっさと行こうぜ」
そして、今あったことがさも当然のこととばかり、土煙の中を魔理沙は歩き出す。
「………」
「どうした?」
その場で立ち尽くす巫女に、前を行く「普通」の魔法使いは振り向いた。
「ねぇ」
「ん?」
「今、あいつ、案内してくれようとしたんじゃないの?」
「まぁ、そうかもな」
「だったら」
「いや、恒例行事だし」
やらなきゃ失礼だろ、と魔理沙はかぶりを振る。
「………」
邸の中から、爆音を聞きつけたメイド達がわらわらと出てくる。
それも、準備万端とばかりに消火及び修繕道具を持って。
この状況が、さもあたり前かのように。
「あれ?」
霊夢はふと気がついた。
先ほど魔理沙が放った光は、門に当たる直前に収束し、二つに別れて弾けた。
発射されたマスタースパークが、その軌跡を曲げることはない。即ち直進あるのみ。
それ故に強力なのだ。
しかも収束するなんて…。
紅魔館に強力な魔法抵抗結界でも新しく張ったのだろうか。
弾けたときには確実にマスタースパークの威力は弱まっていた。
「うーん…」
少々探ってみたが、特に結界が張ってあった形跡も、壊れた形跡も見受けられない。
(魔理沙が手加減したとも思えないし)
手加減をしたつもりで、全くできないのが霧雨魔理沙という少女だ。
「ま、いいか」
霊夢は深く考えることをやめにした。というより考えることが面倒臭くなった。
未だ立ち込める煙と瓦礫の中を歩く途中、霊夢は門番の姿を探してみたが確認できなかった。
しばらくは、あの能天気な姿を見ることもないのだろう。
ほんの少しだけ、あの哀れな華人小娘に同情した。



「まったく…毎度のことだけど派手にやってくれたわね」
それが邸の中に入った二人を迎える言葉だった。
「まぁな」
全く悪ぶれた様子もなく、魔理沙はひらひらと手を振る。
「修繕費も人件費も馬鹿にならないのだけど」
十六夜咲夜はナイフを手で弄びながら、憮然とした表情だ。

   とんっ!

次の瞬間、ナイフは魔理沙の帽子を掠め、後ろの壁に突き刺さっていた。
「客にそんな態度とは失礼なメイドだぜ」
ニヤリと笑いながら、魔理沙は懐に手をやった。
ヤる気だ。
咲夜も両手一杯にナイフを構える。
じりじりと間合いを計りながら、睨み合う二人。
まさに一触即発。
「ねぇ、咲夜」
その空気に水を差したのは、他ならぬ霊夢だった。
「何かしら?」
咲夜は視線を一瞬だけ向ける。
「そこの馬鹿はともかくとして、私はちゃんとお客として来たつもりなんだけど」
テンションの高い時なら、霊夢もバトルに加わるのだろうが、如何せん最近の彼女は二言目にはめんどくさい。
「…そうね」
咲夜が顔を上げると、構えていたナイフ達は彼女の手から消えていた。
実際、霊夢は今回手を出していない。
咲夜にもそれはわかっていたし、何より…
つい先程、咲夜がレミリアより帯びた命は、霊夢と魔理沙を客として連れて来ること。
如何に魔理沙が許しがたいとはいえ、主命を反故にするわけにはいかない。
「特別に不問にしてあげるわ」
未だ警戒を解かない魔女に向かって言い放つ。
「ふん、拍子抜けだな」
そんな咲夜を鼻で笑って、魔理沙は自然体へと戻った。
「何とでも言いなさい」
帰り際にヤッてやる。
そう心に決めて、咲夜は二人に深々と頭を下げた。
「霊夢様、魔理沙様、本日はようこそ紅魔館にいらっしゃいました」
顔を上げた咲夜は、怖いほど瀟洒な笑みを浮かべていた。



咲夜に案内された場所は、霊夢も魔理沙も何度か来たことがある応接室だった。
そこの扉を咲夜が叩く。
「お嬢様、巫女と魔法使いをお連れしました」
「いいわ、入りなさい」
「失礼します」
聞きなれた中からの声に応じ、咲夜が扉を開ける。
赤い色調で統一された部屋にあるテーブル。
その中央の席にレミリア=スカーレットは鎮座していた。
「遅かったわね」
「色々とあったから」
霊夢は魔理沙の方を見る。
根本の原因は自分が約束を忘れていたことにあるのを、すっかり脳内から消去しているらしい。
「で、今日は何の用なの?」
「さぁ」
「は?」
首を横に振るレミリア。
「私も知らないもの」
「………」
…頭が痛くなってきた。
「とりあえず、そんなところに立っていないで座ったら」
「…ええ」
霊夢は席に着くべく、テーブルに近づいていく。
「!?」
走り抜ける違和感。
自分が魔法陣の一角を踏んでいることに気づく。
それはテーブルを中心に描かれている。
「魔理沙!」
警戒を促すために隣にいる魔女を見た。
しかし、魔理沙は遠慮なしに歩を進めていく。
「気にしなくていいぜ。こいつは今日のメインイベントの準備みたいなもんだからな」
そう言いながら、席に着いた。
「………」
腑に落ちなかったが、霊夢もそれに従い座った。
「どうぞ」
いつの間にか、二人の前にはカップが用意されていた。
咲夜がポットから紅茶を注いでくれる。
「ありがと」
「いえいえ」
ちゃんとカップも温められている辺りが、このメイドが優秀たる所以だ。
注ぎ終えると、咲夜はレミリアの隣に控えるように移動していた。
「それで…いい加減教えてくれないかしら、魔理沙。今回の首謀者はあなたとパチェなんでしょう?」
レミリアが魔理沙に向き直る。
「ああ、そうだぜ。けど…」
魔理沙はキョロキョロと辺りを見回す。
ここにいない人物を探しているようだ。
そして、その人物は、タイミングよくこの部屋へとやって来た。
奥の扉が開く。
「遅いぜ、パチュリー」
「魔理沙、あなたが遅いのよ」
そう言いながら、定位置であるレミリアの隣の席に座る。
「準備の方はどうなった?」
「勿論滞りなく」
「フランは?」
「駄目ね、今見てきたところのだけれど。妹様はぐっすり寝てるわ」
「まぁ、この面子で始めるか」
「いたしかたないけれど」
他の三人が見守る中、二人で会話を進めていく。
しばらくその状態が続いた後…
「よし!」
気合を入れるように魔理沙が立ち上がった。
「今日集まってもらったのは他でもない! 私とパチュリーの合作魔法結界のお披露目だ!」
「……!」
次の瞬間、パチュリーの詠唱と同時に床が光に包まれる。
先程霊夢が踏んづけた魔法陣の紋様が、神々しいまでに光っていた。
そして…

   ぶぉん!

魔法陣は視界が真っ白になるほどの光を放った後、沈静化するように大人しくなった。
今では淡く絨毯に見える程度になっている。
「成功したか?」
魔理沙がパチュリーを振り返る。
「ええ…なんとか…コホ…」
スペルを唱えるのに疲れたのか、パチュリーは少しばかり咳き込んでいた。
レミリアはその横で、何事もなかったかのようにお茶を飲んでいる。
「魔理沙、いったい何が変わったのかしら」
彼女の言うとおり、霊夢、咲夜も何の変化も感じていなかった。
「別にー、この結界は相互の干渉を完全に排除するだけだからな」
「というと?」
「簡単に言えば、この結界の外には出られなくなったっていう…」
咲夜の姿が一瞬ぶれる。
「どうだった?」
レミリアは振り向きもせず、咲夜が何を行ったか看破したようだ。
「無理ですね、お嬢様。時間停止、空間制御を以ってしても、結界の無力化は行えませんでした」
「そうだろそうだろ」
魔理沙が嬉しそうに笑う。
「くだらない」
成り行きを見守っていた霊夢が立ち上がる。
「私は帰るわ」
そもそも、結界などというものは博麗の巫女たる霊夢には意味がない。
咲夜のように力を行使せずとも、結界自体が霊夢を感知できないはずなのだが…

   バチッ!

『えっ!?』
結界が霊夢の行く手を阻む。
レミリア、咲夜ばかりか、普段その結界無効化能力を自負すらしない霊夢でさえ驚きの声を上げていた。
「…けほ…無理よ、紅白」
青ざめたパチュリーからの声。
魔理沙以外の者が説明を求めるべく視線を向けた。
「この結界はあなたの力でも解けないように設計したのよ」
いつのまにやら、眼鏡を掛けている。
「幻想郷の包む大結界は張られた当初は何人も行き来が出来なかったというわ。
 それが博麗の者でも例外ではないと私は考えているの。
 その術式の解明。歴史を知る半獣さんにも協力してもらってね。
 でも、それだけでは心もとないから、私なりに三つほどアレンジを加えたのよ。
 一つは、結界の規模をこのテーブルという極小さい範囲に限って、その力を凝縮させていること。
 二つ目は、結界自体に意思に近いものを持たせ、その力の方向性、性質を絶えず変化させていること。
 これには私の『一週間』の力をフルに使っているわ。
 そして、三つ目、これには…」
「ここから先は私が説明するぜ」
魔理沙がパチュリーを制するように声を上げる。
「凝縮した結界、これには力がいっぱい詰まってる。いわゆる空気がパンパンに入った風船だ。
 こんなものは力が強いやつなら、結界に多少の亀裂を入れるだけで弾け解いちまう。
 だから、わざと解く方法を限定して作ってあるんだ。これなら結界を維持する必要以上に力は充填しない。
 いわゆるガス抜きができるようになってるわけだ」
言いたいことを取られたのか、パチュリーは不満げに眼鏡の弦を弄る。
「それで、ここから先がこの結界が合作たる所以だ。
 結界を作ったのはパチュリー。そして、解く方法を作ったのは私だ。
 この矛盾が結界をより強固なものにしているのだ!」
がははは…と魔理沙が高らかに笑う。
そして、懐に手をやる。
「んで、その鍵がこいつだぜ!」

   コロン…

魔理沙の手からテーブルに落とされたもの。
それは拳サイズの立方体。
「サイコロ?」
怪訝な顔の咲夜。
「それだけじゃないわね、字が書いてあるわ」
レミリアがそれを手に取った。
「なになに…『一番悲しかったこと』。何かしら、これは」
よく見ると、立方体の六面にはそれぞれ違うことが書いてあった。
 『今までで一番悲しかったこと』
 『今までで一番悔しかったこと』
 『今までで一番嬉しかったこと』
 『今までで一番怖かったこと』
 『初恋の話(克明に。勿論相手も)』
 『自由に選ぶべし』
「ごめんなさい、レミィ」
パチュリーが焦ってレミリアの手からサイコロを奪う。
そして、書かれた文字を確認した。
「ちょっと待って魔理沙。予定と文面が違うようなのだけど」
「そいつは私が変更しておいたぜ。昨日の最終会議のあとにな」
「そんな…」

   がーん…

絶望の表情を浮かべ、パチュリーは床にへたり込んだ。
そして、床に「の」の字を描き出した。
「どういうことかさっぱり解らないんだけど」
駄目になったパチュリーの代わりに、発案者であろう魔理沙に説明を求める霊夢。
「こいつを振る。そして、その文面のことを話さないと外に出られないってわけ」
つまり、これは…
「名付けて、確率式強制自白結界『ご機嫌いかが』だ!」



「それで、誰から振る?」
テーブルを囲んで睨み合う五人。
とりあえず、霊夢でも通過出来なかった結界だ。
これを振らざる得ないことは理解していた。
しかし、これは魔法の実験だ。しかも、魔理沙が噛んだ。
それに進んで飛び込むようなことはしたくないのが正直なところ。勿論本人さえ。
「………」
睨み合いのまま、膠着した状態が続く。
「………」
しかし、それを打ち破ったのは意外かな、レミリアであった。
「ねぇ」
サイコロを手に取る。
そしてそれを…
「そろそろ紅茶の御代わりが欲しいのだけど」
笑顔で隣の従者に突き出した。
「レ…レミリア様!?」
驚愕の咲夜。
「喉が渇いたわ、咲夜」
それは死刑宣告に他ならなかった。
「あ…わ…」
瀟洒なはずの彼女が取り乱して後ずさる。
「あなたはメイド。そして私は?」
「………お嬢様です」
咲夜は覚悟を決めて、それを受け取った。
「ただ振っても駄目だぜ。そいつを握りながらキーワードを言わないと発動しないんだ、それ」
魔理沙が嬉しそうに笑って説明を始める。
「キーワードは『なにがでるかな』だぜ」
「………」
咲夜は無言でサイコロを握り締める。
「『なにがでるかな』」
そして、それをテーブルの上に放り投げる。
くるくると回転する賽。
「何が出るかな♪ 何が出るかな♪」
その様子を魔理沙だけがどこぞで聞いたメロディーで騒ぎ立てる。
「……うう…」
当の本人は固唾を呑んで神妙な面持ち。
そして、サイコロは止まる。
「今までで一番悔しかったこと…」
その文字が光っていた。
「これなら簡単ですね」
咲夜はほっと胸を撫で下ろしていた。
「賽に触れながら話さないと意味がないからな」
「ええ」
メイドはサイコロの表面に指を置く。
「それでは…」
コホンと咳払いをする。
「私の生涯最初の敗北はお嬢様に負けたことです」
それに優る悔しさはありません…と咲夜は言い切った。
「これでいいかしら」
咲夜は笑顔を魔理沙に返す。
「駄目だな」
しかし、魔法使いは首を横に振る。
「字が消えてない。だからそいつは嘘だな」
サイコロの表面の『今までで一番悔しかったこと』は光ったままだ。
「本心ならこいつが消えるんだ。
 この結界には意思に近いものがあるって言っただろ。
 そいつが絶えず私達の記憶の読心看破をしてるんだな、これが」
その意思とやらが本当のことであると判断せねばならないらしい。
「でも、他に当てがないのだけれど」
咲夜は理解しがたい顔をしている。
「よーく思い出してみろよ。忘れてることとかないか?」
「忘れてること…」
首を傾げるメイドさん。
「………」
長い長い沈黙。
そして思い浮かぶ、一人の人物の顔。
「あーーーーーーーーーー!!!」
響き渡る咲夜の大声。
それは部屋を突き抜け、紅魔館全体に響き渡るほどの絶叫だった。
「何なのよ!?」
キーーーンとする耳を塞ぎながら、霊夢は咲夜を睨んだ。
「よもやもしやまさか…」
ワナワナと震えるメイドさん。
「勘弁して、魔理沙! いえ、魔理沙さん!!」
魔理沙のエプロンドレスにしがみつく。
「パチュリー様! 何とかしてください!!」
続いて、パチュリーの寝巻きに縋り付いた。
そこには、凛とした従者の面影は露ともなかった。
「………」
呆気に取られる四人。
あの咲夜をここまで取り乱させる過去とは。
「咲夜」
主たる吸血鬼の声。
それは咲夜にとっての救い主の声だ。
「お嬢様!」
目をうるうるさせながら、レミリアを見た。
「観念しなさい」
満面の笑みで、メイドは谷底へと突き落とされた。
「あああ…」
絶望の淵を彷徨いながら、咲夜は本日二度目の悲しい覚悟を決めた。

数分後、すっかり落ち着いた完璧で瀟洒なメイド。
彼女は憔悴しきった顔で、ポツリポツリと語り始めた。



「これは私がこの御邸に来て十日目のことでした」

レミリアを殺しに来て…
レミリアに完膚なまでにそれまでの自分を壊された。
十六夜咲夜という名前も授かった。
それは新たなる生と言ってもいい。
そして彼女は、その幼い紅い月を主として、この紅魔館で働くことになった。
見習いとして最初に咲夜が配属された部隊は『館外警備隊』。
通称門番隊。
そこの隊長は、数日前に相対したばかりの咲夜を能天気な笑顔で迎えてくれた。

「あの時の美鈴の笑顔はお嬢様の次に私の支えになっていたのかもしれません」
優しい目をする咲夜。

館外警備隊での日々は咲夜にとって充実していた。
新しい生活は何もかもが楽しくて、輝いていた。
そして…事件は十日目の夜に起こった。

「一日の疲れを癒すべく、お風呂に行ったんです」

当時の咲夜は、まだ個室を与えられておらず、大浴場を利用していた。
仕事を終えた後のお風呂はまた格別で…咲夜の日々の楽しみでもあった。
脱衣所にて纏ったメイド服を脱いでいく。
彼女のきめ細かい白い肌、そしてスレンダーで美しい肢体が露になっていく。
丁度その時、脱衣所に新たな客がやって来た。
普段ならいないはずの人物と出会った。
そう…
門番隊隊長…紅美鈴と。

「彼女は普段毎日朝まで当直ですから、大浴場の利用は朝だったんです。
 ところが、その日は月に一度の非番の日で、そこでいっしょになったんですよ」
ちなみに、それは今でも全く同じ待遇だ。
「種族、年齢の違いがあるとはいえ、私と美鈴の体格はそう変わりません。
 当時の私もそう思っていました。
 でも、でも…」
わなわな震えだすメイドさん。
「彼女はあの民族衣装の下にサラシを重ねて巻いていたんです。
 それを取ったら…取ったら…!」
限界だった。
その場で、よよよ…と崩れ落ちる咲夜。
「……私は彼女に親近感を感じていました…それを…それを…」
咲夜はハンカチを取り出す。
「あの肉饅頭は!!」
ギリギリと咥えたハンカチを引っ張った。
「キーーーーーーーーーー!!」
「………」
「………」
「………」
…他の者は、それを呆然と見守ることしか出来なかった。



「じゃあ、次だ。どうする?」
魔理沙がサイコロを手に取る。
ちなみに、コンプレックスの根源を吐露したメイド長は、魔法陣の隅で屍と化している。
この惨状を目の当たりし、如何にこのゲームが危険なものか四人は気づいていた。
「………」
再び長い沈黙。
「………」
「………」
「…私が行くわ」
魔理沙の手からサイコロを奪った勇者は霊夢だった。
いざという時は聡明なこの巫女は、この大暴露大会が後になるほどヤバイことに感づいた。
何を語るにしてもダメージはでかいが、さっさと脱して他の面子の聴きに回る。
その方がずっと待ちに入ってヤキモキしているより、精神的にも楽なはず。
他の者の話を肴にして楽しむことだって可能だ。
「『なにがでるかな』」
霊夢は勢いよく賽を振る。
それはコロコロと転がり、パチュリーの前で止まった。
「今までで一番悲しかったこと」
目の前のそれを魔女が読み上げた。
霊夢は席を離れ、パチュリーの傍に行ってサイコロに触れる。
「じゃあ、話すわね」
すーっと覚悟を決めるように息を吸う。
そして…
「昨日、賽銭箱の確認をしたのだけれど、昨日もまた賽銭箱は空っぽだったのよ。悲しかったわ」
霊夢は心底悲しそうに目を伏せ、何でもないことを言ってのけた。
「おまえなぁ…そんなんで認められるわけないだろ」
魔理沙が呆れたように苦笑したとき…

   パァァァ…

サイコロの文字は先程の咲夜の時と同じように、一度光ってから消えた。
「え…」
「そんな…」
「どうやら認められたみたいね」
霊夢は安堵の笑みを浮かべる。
「嘘だろ…」
魔理沙は信じられないものでも見るような視線を霊夢に向けた。
しかし、これが現実だった。
彼女にとっては、全てが「この程度」のこと。
例え結界で阻害されたとしても…
如何なる重圧も、力による脅しも、この巫女には全く意味が無い。
すべては在るがままに。
この結果こそが、霊夢が博麗霊夢たる所以。



「次は私が…」
霊夢の結果は魔理沙に勇気を与えていた。
サイコロを掴みにかかるが、それは寸前で別の手によって阻まれる。
「私が振るわ」
賽の目の前にいるパチュリーの手の方が早かった。
彼女もまた霊夢に覚悟を貰っていた。
ちなみに、当の霊夢は魔法陣からは出ずに、冷えた紅茶を飲みながら既に部外者面だ。
「くそ…」
先を越された魔理沙はジト目でパチュリーを睨むが、それを当の魔女は意に介さず受け流す。
「『なにがでるかな』」
パチュリーの手から離れたサイコロはくるくると回ってすぐに止まる。
「これは…」
魔理沙が驚く。
「自由に選ぶべし…ね」
サイコロに一番近かった霊夢が読み上げた。
「よかった…」
パチュリーは安心して息を吐く。
これは限りなく幸運な結果だ。
何しろ、一番ダメージが低い思い出話を自らの手で選ぶことができる。
「じゃあ、私は『今までで一番嬉しかったこと』を選ぶわ」
「ちぇ…」
魔理沙はつまらなそうに舌打ちして席に座る。
パチュリーがサイコロに手を置き語り始めた。
「私の話はごく最近の話よ」

今年の春を少し過ぎたころ、幻想郷では毎日のような宴会騒ぎが続いていた。
それは異常なまでの連続性で続く。
体力的には限界のはずなのに、それでも宴会に行きたくなってしまう。
そんなことが連日連夜続いていた。
それを不振に思い、皆それぞれその調査に乗り出した。
めずらしく、パチュリーも。
結局それは幻想郷にはもういないはずの「鬼」の思惑によるものだったわけだが…
その時の外出が元で体調を崩し、パチュリーの喘息発作は悪化した。
普段の薬では収まらないほどに。
当時はまだ永遠亭の面子も表に出ていないので、今は定期的に貰っている薬師の強力な予防薬もなかった。
発作のため、パチュリーは図書館にすら行けず、自室のベッドから動けない状態が続いていた。

「今までで一番苦しい発作が続いたわ」
重症の喘息発作は、呼吸自体が出来ない。
息が吸えても吐けないのだ。
「あー、あれな」
魔理沙も思い当たることだ。
彼女も柄に似合わず思いながらも、この友人のお見舞いに来たのだ。
それほどその時のパチュリーは苦しい日々を送っていた。
「あの時ね、毎日花を飾ってくれた人がいるのよ」
「花?」
「ええ、花」

毎日、朝目覚めると新しい花が枕元に飾ってある。
最初は心配した小悪魔がやっていたと思っていた。
しかし、小悪魔は紅魔館から外には出ないし違うと言っていた。
それでは世話をしてくれていた咲夜か。
瀟洒な彼女ならそれくらいの気を利かせてくれそうだったが…
彼女も否定した。

「結局誰かは解からずじまいなのよ」
パチュリーは残念そうだ。
「レミィも知らないのでしょう?」
「ええ」
表情を変えずにレミリアは答える。

ただ後日、その花の出所は判明した。
紅魔館の敷地内のお花畑。
日に日に減ってゆく花に、お花畑の管理責任者である紅美鈴が咲夜にお仕置きを受けていたことを後で知ったのだ。

「やはり、弱っているときはそういう優しさが身に染みるものね。
 もちろん、レミィ、咲夜は当然として、
 魔理沙、あなたにも感謝しているわ」
そう言ってパチュリーは魔理沙に向かって微笑んだ。
「…おぅ」
魔理沙は照れで赤くなっていく顔を隠すように、帽子を深く押さえた。
「それでも私が倒れてから毎日添えられていた花が、私にはとても嬉しかった」

   パァァァ…

サイコロの文字の光が消える。
パチュリーの語りが認められた瞬間だった。



「じゃあ、次こそ私が振るぜ」
魔理沙はもう一人残ったレミリアに視線を向ける。
吸血鬼は優雅に冷えた紅茶を嗜んでいた。
それを了承と受け取る。
「よし」
サイコロを握り締める。
「『なにがでるかな』だぜ!」
声高らかに魔理沙は叫んだ。
この叫びこそが魔理沙最大の策。
普通の魔法使いを自負する魔理沙が何の策も弄していないなどあり得ない!
このサイコロ、実はキーワードがもう一つあるのだ。
ある言葉を追加して唱えれば『自由に選ぶべし』の目が出るようになっている。
その呪文こそ『だぜ』。
魔理沙自身の口癖。
そう…このサイコロはグラ賽なのだ。
放ったサイコロはコロコロとレミリアの方に転がっていく。
魔理沙は心の中でニヤリと笑う。
結果がわかっている勝負ほど呆気ないものはない。
しかし…運命の女神は魔理沙に微笑まなかった。
いや…微笑むことを止めさせられたというべきか…

   ガシャン!

「あ、ごめんなさい」
レミリアが紅茶を飲んでいたカップをテーブルの上に取り落とす。
それがクルクルと回転して、タイミングよく転がってきたサイコロにぶつかった。
「あっ!」
本来ならもうあと何転がりかはしただろう。
しかし、カップに当たったせいでサイコロは動きを止めてしまった。
そして、目は魔理沙にとって最悪の結果を呼び込んだ。
「『初恋の話(克明に。勿論相手も)』ね」
サイコロを見たレミリアが、唇の端を上げながら読んだ。
「ああ…」
魔理沙のサイコロへの細工は、普通に転がれば…の話だ。
賽に込められた思惑は外力を考えていなかった。
それがカップにぶつかったことにより、捻じ曲げられてしまった。
「嘘だ! 想定外だ! あり得ない!!」
頭を抱えてテーブルに突っ伏す。
しかし、それも一瞬のことですぐに憎しみの篭った目で顔を上げる。
「レミリア! きさまーーー!!」
だが、吸血鬼はそれを鼻で笑って受け流した。
「不可抗力ね」
我関せずといったご様子。
「無効だ! ノーカウントだ!! リコールだ!!!」
錯乱して訳がわからないことは捲くし立てる魔理沙。
そもそもこの『初恋の話(克明に。勿論相手も)』は霊夢辺りに出してもらい、弱みを握ろうと考え出した目だ。
よもや自分がそれを引くことになろうとは。
「やり直す! 誰がなんと言おうとやり直す!!」
がぁがぁと喚くが、そこで、もう一人の発案者から声が入った。
「魔理沙、無理よ。この結界は絶妙なバランスの上に成り立っている。
 そのせいで、一度出した出目の変更はできないことは、あなたも知っているでしょう」
冷静なパチュリーの仲裁。
そして…
「~そうよ~ まりさ~~」
亡者のような呻き声が魔法陣の隅から聞こえる。
「~あなたも~かんねんしなさ~い~~~」
…屍と化している咲夜が死んだ魚の目で魔理沙を見ていた。
「うう…」
これから起こることを考えれば、あれは間違いなく未来の自分の姿だった。

かくして、霧雨魔理沙は…
香霖堂の主人との馴れ初めを…
その時抱いた淡い恋心と想い出すらも…
克明に語る運命になった。
…合掌。

……魔法陣の隅に横たわる屍は…これで二体となった。



「ようやくトリね」
霊夢がレミリアに呼び掛ける。
「ええ、レミィの番よ」
パチュリーは心配そう。
「………」
「………」
屍は二つ。
「そうね」
ほとんど傍観者に徹していたレミリアが、ようやく重い腰を上げる。
「幕を引くのは私にこそ相応しい」
威風堂々とした態度。
その様子から、自ら最後を選らんだかに見える。
「まず始めに…私は今回、一切能力は使っていないわ」
運命操作能力。
魔理沙の件にしても、単に邪魔をしただけ。
あのカードを引いてしまったのは魔理沙の運。
「そして、今から振る目に関しても、能力を使わないことを約束するわ」
レミリアはその小さな手で賽を掴む。
「『なにがでるかな』」
ゆっくりと優雅にレミリアは賽を振った。
パチュリーも霊夢もその行く末を見守る。
そして…サイコロは止まった。
「『今までで一番怖かったこと』」
レミリアは眼を瞑る。
「一番…怖かったこと…」
「レミィ…」
夜の長たるレミリアにとって、自分が恐怖したことを語るのは屈辱的なことではないか。
パチュリーは親友を案じる。
しかし、そこで日陰の魔女が見たものは、幼い吸血鬼の穏やかな顔だった。
「………」
それはとても感慨深い一言。
「あのことを…話さなければならないのね…」
ふぅ…と溜息をつく。
それで場の空気は、先程とまるで違うものに変わった。
「………」
そんな主の様子を察してか、咲夜は定位置であるレミリアの傍に戻っていた。
「………」
魔理沙も無言で、元の席に座った。

四人が見守る中…
「これはずっとずーっと昔。
 霊夢も魔理沙も咲夜も…パチェも生まれる前のお話よ」

紅い物語の幕が開く。

「私ことレミリア=スカーレットが…幻想郷に来たばかりのころのお話」











     [ 後編へ つづく ]
はじめまして、笹森カワ丸と申します。

東方初SSです!
どこまで少女達の織り成す幻想郷という世界を
表現できたかはわかりませんが、精一杯やってみました。
気が向きましたら、後編の方も読んでみて下さいませ。
よろしくお願いします。
笹森カワ丸
[email protected]
http://www.nankinjyou.info/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.2540簡易評価
0. コメントなし