河童の住処に一際目立つ、銀のトタンの小さな工場。
その工場の中で、重苦しい明かりに照らされ、死んだ魚のような顔で働く河童たちの姿。
その横で河城にとりは、資料を見ながらぽつりとつぶやいた。
「うーん。生産力が上がらないなー」
彼女はここの現場責任者であり、ここの工場長であり、ここの代表取締であり……まあ、早い話、ここは彼女の会社なのである。
「おかしいぞ。やってることは単純作業だから楽なハズだ。なんでこんなに効率悪いんだよ?」
社員の河童がやっているのは機械の操作、部品の組み立て、および完成品の検査。
彼女がボヤいたとおり、検査はともかく、操作、組み立ては本当に他愛もないような単純作業で、ましてや機械に強い河童なら、それこそ造作もない作業……のはずだった。
ところがどっこいしょ。逆に河童という種族の性か、興味本位で好き勝手に機械を動かそうとするため、しょっちゅうマシントラブルを引き起こしていた。
それでもトラブル程度で済めばまだいい方で、ひどいときは機械がぶっ壊れて、製造ラインがまるごとストップしてしまうという有り様で、しかもそれを社員が自己流で修理しようとして、更にぶっ壊すという悪循環。生産性が上がらないのも、そりゃ当然な話なのである。
「うん! やっぱ河童はダメだ。あいつら好き勝手過ぎる! 何かいい人材探そ」
自分も河童であることは棚に上げて、にとりは求人を始めることにした。
【急募】単純作業が得意な妖怪(人、妖も可。その他種族は要相談)
・作業内容 部品の組み立て、および簡単な機械の操作
・給料 その月の作業成果による
・その他、委細面談
・初めての方も大歓迎! スタッフがイチからていねいに教えます!
・従業員同士の仲もよく、とてもアットホームな職場です!
にとりは、このビラをあちこちに貼りまくった。すると
「おい、にとり、いいヤツ知ってるぜ!」
「お、本当?」
ビラを見た魔理沙が、さっそく反応した。
「ああ。前に地獄行ったときに、こういうの好きそうなヤツ、ブッ倒したんだ。人じゃなさそうだったが」
「そりゃ地獄にいるんだから人じゃないだろね。で、どんなの?」
「良かったら、今から連れてきてやろうか?」
「お、本当? さすがは我が盟友! ついでにお前も働いてくれると、もっと嬉しいんだけど」
「あ、それは謹んで遠慮しておくぜ。じゃ、待ってろ」
「あ、はい……」
そそくさと魔理沙が去って、数刻後、にとりの元に小さな女の子がやってきた。
ふわふわの髪にふわふわのスカートで、見るからに、つかみ所のなさそうな子だ。
「ん? 何か用? 子どもを構ってるヒマはないんだけど……」
「えーと、なんか、ここに私ぴったりの仕事があるって聞いたんだけど……」
「え……?」
「あ、私、戎瓔花」
「いや、名前なんか聞いてないんだけど……? あ、私は河城にとり」
「そっか。にとり。それじゃ、これからよろしくね」
「いやいや待て待て。お前はいったい何なのさ?」
「私? 私は賽の河原の水子よ」
「賽の河原、水子……。ってことは、お前が魔理沙が地獄から連れてきたっていう……?」
「魔理沙? ああ、あの乱暴な人間ね。あいつ、いきなり襲ってきてせっかく積んだ石を崩してったのよ」
「あー間違いない。紛れもなくアイツだ。で、得意なの? こういうの」
「うん! 石積むの好きだから!」
そう言ってふわっとした笑顔を見せる瓔花。よく見ると福耳らしい。
にとりは「石を積むのと機械操作を一緒にされちゃ困るんだけどな……」と、内心不服だったが、まあ、ものは試しと言うことで、さっそく彼女を働かせてみることにしたのだった。
□
「とある河童の手記」
◯月×日
はあ、今日も退屈な一日が始まる……
目を覚まし、いつもと同じルーティンで、身支度、食事を済ませて、部屋を出る。
向かう先は仕事先の腐れた工場。いや、あんなのは、もはや荒場。
いつもと同じ顔ぶれに、いつもと同じあいさつかわして、今日も始まる退屈な朝礼。
今日も今日とて工場長のながったらしい演説。
「シックスシグマ」だの「5S」だの、難しいことは、よくわかんないけど、どれも外の言葉で、単に彼女はその受け売りを述べてるだけなのは、なんとなくわかる。つまり虚無。
いいかげん頭の皿も乾きそうになる頃、ようやく話が終わり、いつもならここで、ラジオ体操なる珍妙な踊りを、儀式のように皆で踊り散らすが、今日はちょっと違った。
工場長から見たことない女の子が紹介される。どうやら新入社員らしい。
えびすえいか。字はわすれた。何か難しそうな漢字だった。聞くと、水子らしい。ほわほわしてて、かわいらしい。ぶかぶかの作業着がほほえましい。
どういう経緯で、この腐れ荒場にやってきたのか知らないが、くだらない日常に、ちょっとした変化が訪れたような気がした。
□
瓔花は機械の操作手順を教えられると、すぐに覚え、たちまち即戦力となった。さすが単純作業が得意と自負するだけはあった。
と、言うより、にとりから言わせれば、他の河童どもが話にならな過ぎるわけで。
と、いうのもノルマ達成に向けて単純作業を淡々とこなせばいいだけなのに、すぐ私語を始めるわ、すぐ機械を壊すわ、しまいには勝手に持ち場を離れて無限に休憩してしまうわと、まるで戦力になっていない。そのくせ、給料だけはしっかり欲しがる。
その点、瓔花は、教えられたことだけを淡々とこなし、着実に成果を上げている。
さらに最近では、作業だけでなく、掃除や片付けなどのクリンネス業務なるものも、こなせるようになってきており、まさに水を得た魚のようとはこのことであった。
しかも何よりも、彼女はいつも楽しそうだった。得意な作業をしているということもあるのか、彼女は常に笑顔を絶やさなかったのだ。
福耳なのもあいまって、それこそ、彼女が本物の恵比寿様のように見えることすらあった。
「とある河童の手記」
☆月※日
最近、腐れ荒場がなんだか楽しげ。
理由はちょっと前に入った、えびすって子が毎日何かしら話題を提供してくれてるから。
今日も、作業があいた時間に何を思ったか、急に歌って踊っていた。いったいぜんたい何やってたのか、あとで同じラインにいた同僚に聞くと、どうやら手があいた時間のことを「アイドルタイム」と教えられた際に、彼女はアイドルのマネをする時間と勘違いしたらしく、それで歌って踊っていたんだとか。なんでも賽の河原では、実際に水子たちのアイドルだったとか。
まったく楽しい子だ。河童には、いないタイプなのでとても新鮮。
今度、休み時間にでも話しかけてみようかな……。
□
瓔花のいる作業ラインは、当然ながら華やかになった。しかも、それだけでなく、生産力も大幅にアップしたのだ。
彼女が作業ノルマをこなしているというのもあるが、何より一緒のラインで働いている河童もやる気を出すようになったのが大きい。
彼女に触発されたのかは定かではないが、これはにとりにとっても嬉しい誤算だった。しかし、驚きはそれだけではなかった。
それは彼女が働き始めて、最初の給料支給日のこと。
「えーっ? 給料いらないって……!?」
「うん。お金なんてもらっても、賽の河原じゃ使い道ないし」
「いや、でも……ほら一応、規定で渡すことになってるから……」
「そっか。決まりなら守らないといけないよね。それじゃ、せっかくだからお金以外のものちょうだい」
「ああ、それでもいいよ。現物支給ってやつね。で、何欲しいの……?」
「えっとねー……」
瓔花が要求したのは石だった。それも、積みやすそうな形をした平べったい石。それを数個ほど。
にとりは、さっそく沢でそれっぽい石を見つけると、瓔花に渡す。
「わあっ! ありがとう! 労働の対価ってのを初めてもらったわ! しかもとてもいい石だし! 本当にありがとっ!」
と、彼女は、満面の笑みを浮かべて何度も何度も、にとりにお礼を告げる。その姿をにとりは
(……おいおい、本当に初任給がそんなんでいいのか? ただの石だぞ?)
と、理解できないような面持ちで、喜ぶ彼女を見つめていた。
□
それからというもの、瓔花は休憩時間になると、テーブルに石を積み上げて過ごすようになった。
それも、誰とも話をせず、ただ黙々と。
始めは一人で石積みを嗜んでいたが、あるとき一人の河童が、興味本位で彼女に話しかけた。そして、彼女を真似て石積みをやってみたところ、その奥の深さに惹かれることとなった。
その後、その河童もどこからか、自前の石、すなわちマイ・ストーンを調達し、彼女と同じように石積みを始める。すると、それを見た河童がまた声をかけ……。と、いった具合に、どんどん石積みをする者が増えていき、気がつくと、工場内で石積みがブームとなっていた。
「とある河童の手記」
&月∑日
今、ウワサの石積みをついに初体験した。なるほど。皆ハマるわけだ。
ただ石を積むだけなんだけど、適当に置くとすぐ崩れる。
コツは、呼吸を整えて、静かにそっと置くこと。これがなかなか難しい。まるで瞑想でもしてるような感覚。そして、それぞれの石のクセも覚える必要もある。わずかな重心の狂いが、大きな誤差を生んでしまうから。
それにしても凄いのは、えいかさんだ。あの子、どんな石でもどんどんどんどん積み上げていく。今、沢でとってきたような石でも、問題なくひょいひょいと。
一体、どうやってるのか、本人に聞いても「楽しくやってるからだよ」としか教えてくれない。
楽しくやるだけで、積み上げられれば、苦労はないんだけどな……。
□
社員の中で石積みがブームになり、少ししてからのこと。
急に社員たちが仕事にやる気を見せ始めた。
今までは、瓔花と同じラインか、その近くにいた一部の社員しかやる気を見せなかったのだが、いったい何がトチ狂ったのか、その他のラインの河童たちも軒並み真面目に働き始めたのだ。しかも、皆、生き生きとした表情で。
この珍(?)現象には、にとりも驚きを隠せず、次々と上がってくるノルマ達成の報告に、ただただ、あぜんとするしかなかった。
「とある河童の手記」
$月¥日
さいきん毎日が楽しい!
なんでだろ? たぶん石積みを初めてからのような気がする。えいかっちのアドバイスで、楽しい気持ちで石積みをするようにしてから、なぜか他のことも楽しく出来るようになったっていうか。
すっごく説明しにくいけど、変わったのは、何でも楽しいと思える気持ちっていうか。
そう、日常の些細なことにも楽しさを見いだす感じ。えいかっちのように。
石積みを上手くなるために、その気持ちを持ち続けていたら、いつのまにか仕事すらも楽しくなった。
きっとあの子は、単純作業を楽しくさせる天才なんだ……!
□
瓔花が工場で働くようになって、半年ほどたったある日のこと。
上がってきた業績報告を見て、えびす顔のにとりの元に、魔理沙がやってきた。
「よう。にとり」
「お、魔理沙。久しぶりじゃーん」
「……なんだか機嫌良さそうだな?」
「ん? まぁねー」
「何かいいことでもあったのか? そういや、あいつはどうだ?」
「あいつ? ああ、水子さんのことかい?」
「そうそう。私が連れてきた、えびすって子……」
にとりは満面の笑みを浮かべて魔理沙に告げる。
「いやーもう。バリッバリに働いてるよ。今や、うちに欠かせない貴重な人材、いや人財さ!」
「ほー。そうなのか」
「すごいよ、すごいよ! だって、あの子が来てからというもの、工場の業績は右肩上がりだし、売り上げも上々! 近々、工場の拡張しようかなって考えているとこだよ! あ、そうだ。紹介してくれたお前にも、何か特別手当あげようかなーなんて」
「そ、そうか。それは、まぁ……良かったな」
「ん? どうしたのさ? 難しそうな顔して」
「いやな、噂で聞いたんだが……。実はな……」
魔理沙が小声で告げると、にとりは驚いて聞き返す。
「……え? 賽の河原が? それ、マジなん?」
「ああ、どうやらマジらしいぞ。閻魔から聞いたからな」
「……うむむむ、そうなのか」
思わず腕組みをするにとりに、魔理沙がたずねた。
「どうするんだ? あの子にも教えるか?」
にとりはしばらく考え込んでいたが、やがて意を決したように告げる。
「いや! だからと言って、ここで彼女を手放すわけにはいかないな! あの子がいなくなったら、うちの工場はきっと、また元の木阿弥だろうし。申し訳ないけど、賽の河原のことは教えないことにする!」
「……ま、そうだろうな。……そんじゃ私は、ここいらでお暇させてもらうとするか」
そう言い残すと魔理沙は、呆れた様子でさっさと帰って行ってしまった。
にとりは、彼女の様子に違和感を覚えながらも、業務報告を見ながら、にまにまと笑みを浮かべるのだった。
□
瓔花が去った賽の河原は、すっかり活気を失ってしまっていた。
元々そんなに活気のある場所でもなかったが、以前は水子霊たちがこぞって石積みを競っていたほどには賑やかだった。しかし、今は石積みをする者など誰もいない。
たまに様子を見に来る鬼も、その有り様に、思わず心配の言葉を投げかけるほどだった。しかし水子霊たちは何も答えず、ただ虚空を眺めていた。
「……ねえ」
石に座って体育座りをしていた水子の一人が、横の水子に問いかける。
「なあに?」
「今ごろ何してるかなあ……」
「……瓔花ちゃん?」
「……うん」
「……きっと地上で楽しくやってるよ」
「……そうだね。あの子、どこでもやっていけそうだもんね」
「そうだよ。なんてったってあたしたちのアイドルだもん」
「そうだよね」
「そうだよ」
二人は力なく笑みを浮かべると、同時にため息をついた。と、そのときだ。
「あれ……?」
「どうしたの? 急に立ち上がって」
「なんか今、瓔花ちゃんの声がしたような気が……?」
「え、本当? あたしも聞こえたよ」
「ほんと?」
「本当だよ?」
「やだなぁ。二人そろって聞こえるなんて……」
「きっと気のせいだよね。あの子のこと考えすぎたかな……」
「幻聴じゃないよ! 私だよ!!」
思わず二人が驚いて振り返った先には、微笑む瓔花の姿があった。
「え!?」
「うそでしょ!?」
「瓔花ちゃん!?」
「ホンモノなの!?」
動揺しまくる水子たちに瓔花は告げた。
「……みんな、ごめんね。勝手に地上に行っちゃって。どうしても一度、地上の世界を体験してみたかったの。……でも、賽の河原が元気なくなっちゃったって聞いて……」
「……それで戻ってきたの?」
「……うん。地上は楽しかったけど、やっぱりここの方がいいよ。ここの方が落ち着けるし、何より、ここのみんなのこと大好きだから……」
言葉を聞いた水子たちが「うわぁーん」と泣きながら瓔花に抱きつく。
「わわっ!? ちょ、ちょっとー!?」
瓔花は、もみくちゃにされながらも、笑顔で水子たちに言い放った。
「ね。また、みんなで石積み大会開こう!」
□
さて、瓔花が去ったあとの工場は、すっかり活気を失い、また前のような腐れ荒場に戻ってしまっていた。
生産力も絵に描いたような右肩下がりなのは当然として、売り上げそのものも、思わず目を覆いたくなるような惨憺たる業績となってしまっていた。
最近では社員の間で、もう近々この会社を閉めるんじゃないかという噂が広がりはじめ、それなら潰れる前に給料よこせと、訴える者すら現れる始末だった。
次々と上がってくるトラブル報告を見て、思わず頭を抱えながら、机に突っ伏しているにとりの元に、再び魔理沙がやってくる。
「よう。にとり」
「……ああ、魔理沙か。なんだよ」
「なんだか元気なさそうだな?」
「……まあね」
「そういや、あいつはどうだ?」
「あいつ……?」
「私が連れてきた、えびすって子……」
「……あー。あの子なら……。やめちまったよ」
「そうか。やっぱりか……。賽の河原が元に戻ったって聞いたんで、もしやと思ってな」
にとりは机に頬杖をつき、そっぽを向きながら魔理沙にたずねた。
「……なあ、魔理沙。……お前、もしかしなくても、賽の河原のこと、あの子に喋ったろ?」
魔理沙は質問に答えず、にとりから目をそらす。
察したにとりは、チラッと彼女を見やると、ため息まじりにもらした。
「やっぱりかよ……。どうして……」
「……なあ。にとり」
「なんだよ」
「……お前だって、自分の故郷がピンチになったら、すぐ駆けつけるんじゃないのか?」
魔理沙の問いに、にとりは答えず、工場の窓に映る夕日を見つめていた。
やがて彼女は途方に暮れつつも、ふっと笑みを浮かべ、ため息まじりにつぶやくのだった。
「……もしかすると、あの子は本物の福の神だったのかもなあ」
その工場の中で、重苦しい明かりに照らされ、死んだ魚のような顔で働く河童たちの姿。
その横で河城にとりは、資料を見ながらぽつりとつぶやいた。
「うーん。生産力が上がらないなー」
彼女はここの現場責任者であり、ここの工場長であり、ここの代表取締であり……まあ、早い話、ここは彼女の会社なのである。
「おかしいぞ。やってることは単純作業だから楽なハズだ。なんでこんなに効率悪いんだよ?」
社員の河童がやっているのは機械の操作、部品の組み立て、および完成品の検査。
彼女がボヤいたとおり、検査はともかく、操作、組み立ては本当に他愛もないような単純作業で、ましてや機械に強い河童なら、それこそ造作もない作業……のはずだった。
ところがどっこいしょ。逆に河童という種族の性か、興味本位で好き勝手に機械を動かそうとするため、しょっちゅうマシントラブルを引き起こしていた。
それでもトラブル程度で済めばまだいい方で、ひどいときは機械がぶっ壊れて、製造ラインがまるごとストップしてしまうという有り様で、しかもそれを社員が自己流で修理しようとして、更にぶっ壊すという悪循環。生産性が上がらないのも、そりゃ当然な話なのである。
「うん! やっぱ河童はダメだ。あいつら好き勝手過ぎる! 何かいい人材探そ」
自分も河童であることは棚に上げて、にとりは求人を始めることにした。
【急募】単純作業が得意な妖怪(人、妖も可。その他種族は要相談)
・作業内容 部品の組み立て、および簡単な機械の操作
・給料 その月の作業成果による
・その他、委細面談
・初めての方も大歓迎! スタッフがイチからていねいに教えます!
・従業員同士の仲もよく、とてもアットホームな職場です!
にとりは、このビラをあちこちに貼りまくった。すると
「おい、にとり、いいヤツ知ってるぜ!」
「お、本当?」
ビラを見た魔理沙が、さっそく反応した。
「ああ。前に地獄行ったときに、こういうの好きそうなヤツ、ブッ倒したんだ。人じゃなさそうだったが」
「そりゃ地獄にいるんだから人じゃないだろね。で、どんなの?」
「良かったら、今から連れてきてやろうか?」
「お、本当? さすがは我が盟友! ついでにお前も働いてくれると、もっと嬉しいんだけど」
「あ、それは謹んで遠慮しておくぜ。じゃ、待ってろ」
「あ、はい……」
そそくさと魔理沙が去って、数刻後、にとりの元に小さな女の子がやってきた。
ふわふわの髪にふわふわのスカートで、見るからに、つかみ所のなさそうな子だ。
「ん? 何か用? 子どもを構ってるヒマはないんだけど……」
「えーと、なんか、ここに私ぴったりの仕事があるって聞いたんだけど……」
「え……?」
「あ、私、戎瓔花」
「いや、名前なんか聞いてないんだけど……? あ、私は河城にとり」
「そっか。にとり。それじゃ、これからよろしくね」
「いやいや待て待て。お前はいったい何なのさ?」
「私? 私は賽の河原の水子よ」
「賽の河原、水子……。ってことは、お前が魔理沙が地獄から連れてきたっていう……?」
「魔理沙? ああ、あの乱暴な人間ね。あいつ、いきなり襲ってきてせっかく積んだ石を崩してったのよ」
「あー間違いない。紛れもなくアイツだ。で、得意なの? こういうの」
「うん! 石積むの好きだから!」
そう言ってふわっとした笑顔を見せる瓔花。よく見ると福耳らしい。
にとりは「石を積むのと機械操作を一緒にされちゃ困るんだけどな……」と、内心不服だったが、まあ、ものは試しと言うことで、さっそく彼女を働かせてみることにしたのだった。
□
「とある河童の手記」
◯月×日
はあ、今日も退屈な一日が始まる……
目を覚まし、いつもと同じルーティンで、身支度、食事を済ませて、部屋を出る。
向かう先は仕事先の腐れた工場。いや、あんなのは、もはや荒場。
いつもと同じ顔ぶれに、いつもと同じあいさつかわして、今日も始まる退屈な朝礼。
今日も今日とて工場長のながったらしい演説。
「シックスシグマ」だの「5S」だの、難しいことは、よくわかんないけど、どれも外の言葉で、単に彼女はその受け売りを述べてるだけなのは、なんとなくわかる。つまり虚無。
いいかげん頭の皿も乾きそうになる頃、ようやく話が終わり、いつもならここで、ラジオ体操なる珍妙な踊りを、儀式のように皆で踊り散らすが、今日はちょっと違った。
工場長から見たことない女の子が紹介される。どうやら新入社員らしい。
えびすえいか。字はわすれた。何か難しそうな漢字だった。聞くと、水子らしい。ほわほわしてて、かわいらしい。ぶかぶかの作業着がほほえましい。
どういう経緯で、この腐れ荒場にやってきたのか知らないが、くだらない日常に、ちょっとした変化が訪れたような気がした。
□
瓔花は機械の操作手順を教えられると、すぐに覚え、たちまち即戦力となった。さすが単純作業が得意と自負するだけはあった。
と、言うより、にとりから言わせれば、他の河童どもが話にならな過ぎるわけで。
と、いうのもノルマ達成に向けて単純作業を淡々とこなせばいいだけなのに、すぐ私語を始めるわ、すぐ機械を壊すわ、しまいには勝手に持ち場を離れて無限に休憩してしまうわと、まるで戦力になっていない。そのくせ、給料だけはしっかり欲しがる。
その点、瓔花は、教えられたことだけを淡々とこなし、着実に成果を上げている。
さらに最近では、作業だけでなく、掃除や片付けなどのクリンネス業務なるものも、こなせるようになってきており、まさに水を得た魚のようとはこのことであった。
しかも何よりも、彼女はいつも楽しそうだった。得意な作業をしているということもあるのか、彼女は常に笑顔を絶やさなかったのだ。
福耳なのもあいまって、それこそ、彼女が本物の恵比寿様のように見えることすらあった。
「とある河童の手記」
☆月※日
最近、腐れ荒場がなんだか楽しげ。
理由はちょっと前に入った、えびすって子が毎日何かしら話題を提供してくれてるから。
今日も、作業があいた時間に何を思ったか、急に歌って踊っていた。いったいぜんたい何やってたのか、あとで同じラインにいた同僚に聞くと、どうやら手があいた時間のことを「アイドルタイム」と教えられた際に、彼女はアイドルのマネをする時間と勘違いしたらしく、それで歌って踊っていたんだとか。なんでも賽の河原では、実際に水子たちのアイドルだったとか。
まったく楽しい子だ。河童には、いないタイプなのでとても新鮮。
今度、休み時間にでも話しかけてみようかな……。
□
瓔花のいる作業ラインは、当然ながら華やかになった。しかも、それだけでなく、生産力も大幅にアップしたのだ。
彼女が作業ノルマをこなしているというのもあるが、何より一緒のラインで働いている河童もやる気を出すようになったのが大きい。
彼女に触発されたのかは定かではないが、これはにとりにとっても嬉しい誤算だった。しかし、驚きはそれだけではなかった。
それは彼女が働き始めて、最初の給料支給日のこと。
「えーっ? 給料いらないって……!?」
「うん。お金なんてもらっても、賽の河原じゃ使い道ないし」
「いや、でも……ほら一応、規定で渡すことになってるから……」
「そっか。決まりなら守らないといけないよね。それじゃ、せっかくだからお金以外のものちょうだい」
「ああ、それでもいいよ。現物支給ってやつね。で、何欲しいの……?」
「えっとねー……」
瓔花が要求したのは石だった。それも、積みやすそうな形をした平べったい石。それを数個ほど。
にとりは、さっそく沢でそれっぽい石を見つけると、瓔花に渡す。
「わあっ! ありがとう! 労働の対価ってのを初めてもらったわ! しかもとてもいい石だし! 本当にありがとっ!」
と、彼女は、満面の笑みを浮かべて何度も何度も、にとりにお礼を告げる。その姿をにとりは
(……おいおい、本当に初任給がそんなんでいいのか? ただの石だぞ?)
と、理解できないような面持ちで、喜ぶ彼女を見つめていた。
□
それからというもの、瓔花は休憩時間になると、テーブルに石を積み上げて過ごすようになった。
それも、誰とも話をせず、ただ黙々と。
始めは一人で石積みを嗜んでいたが、あるとき一人の河童が、興味本位で彼女に話しかけた。そして、彼女を真似て石積みをやってみたところ、その奥の深さに惹かれることとなった。
その後、その河童もどこからか、自前の石、すなわちマイ・ストーンを調達し、彼女と同じように石積みを始める。すると、それを見た河童がまた声をかけ……。と、いった具合に、どんどん石積みをする者が増えていき、気がつくと、工場内で石積みがブームとなっていた。
「とある河童の手記」
&月∑日
今、ウワサの石積みをついに初体験した。なるほど。皆ハマるわけだ。
ただ石を積むだけなんだけど、適当に置くとすぐ崩れる。
コツは、呼吸を整えて、静かにそっと置くこと。これがなかなか難しい。まるで瞑想でもしてるような感覚。そして、それぞれの石のクセも覚える必要もある。わずかな重心の狂いが、大きな誤差を生んでしまうから。
それにしても凄いのは、えいかさんだ。あの子、どんな石でもどんどんどんどん積み上げていく。今、沢でとってきたような石でも、問題なくひょいひょいと。
一体、どうやってるのか、本人に聞いても「楽しくやってるからだよ」としか教えてくれない。
楽しくやるだけで、積み上げられれば、苦労はないんだけどな……。
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社員の中で石積みがブームになり、少ししてからのこと。
急に社員たちが仕事にやる気を見せ始めた。
今までは、瓔花と同じラインか、その近くにいた一部の社員しかやる気を見せなかったのだが、いったい何がトチ狂ったのか、その他のラインの河童たちも軒並み真面目に働き始めたのだ。しかも、皆、生き生きとした表情で。
この珍(?)現象には、にとりも驚きを隠せず、次々と上がってくるノルマ達成の報告に、ただただ、あぜんとするしかなかった。
「とある河童の手記」
$月¥日
さいきん毎日が楽しい!
なんでだろ? たぶん石積みを初めてからのような気がする。えいかっちのアドバイスで、楽しい気持ちで石積みをするようにしてから、なぜか他のことも楽しく出来るようになったっていうか。
すっごく説明しにくいけど、変わったのは、何でも楽しいと思える気持ちっていうか。
そう、日常の些細なことにも楽しさを見いだす感じ。えいかっちのように。
石積みを上手くなるために、その気持ちを持ち続けていたら、いつのまにか仕事すらも楽しくなった。
きっとあの子は、単純作業を楽しくさせる天才なんだ……!
□
瓔花が工場で働くようになって、半年ほどたったある日のこと。
上がってきた業績報告を見て、えびす顔のにとりの元に、魔理沙がやってきた。
「よう。にとり」
「お、魔理沙。久しぶりじゃーん」
「……なんだか機嫌良さそうだな?」
「ん? まぁねー」
「何かいいことでもあったのか? そういや、あいつはどうだ?」
「あいつ? ああ、水子さんのことかい?」
「そうそう。私が連れてきた、えびすって子……」
にとりは満面の笑みを浮かべて魔理沙に告げる。
「いやーもう。バリッバリに働いてるよ。今や、うちに欠かせない貴重な人材、いや人財さ!」
「ほー。そうなのか」
「すごいよ、すごいよ! だって、あの子が来てからというもの、工場の業績は右肩上がりだし、売り上げも上々! 近々、工場の拡張しようかなって考えているとこだよ! あ、そうだ。紹介してくれたお前にも、何か特別手当あげようかなーなんて」
「そ、そうか。それは、まぁ……良かったな」
「ん? どうしたのさ? 難しそうな顔して」
「いやな、噂で聞いたんだが……。実はな……」
魔理沙が小声で告げると、にとりは驚いて聞き返す。
「……え? 賽の河原が? それ、マジなん?」
「ああ、どうやらマジらしいぞ。閻魔から聞いたからな」
「……うむむむ、そうなのか」
思わず腕組みをするにとりに、魔理沙がたずねた。
「どうするんだ? あの子にも教えるか?」
にとりはしばらく考え込んでいたが、やがて意を決したように告げる。
「いや! だからと言って、ここで彼女を手放すわけにはいかないな! あの子がいなくなったら、うちの工場はきっと、また元の木阿弥だろうし。申し訳ないけど、賽の河原のことは教えないことにする!」
「……ま、そうだろうな。……そんじゃ私は、ここいらでお暇させてもらうとするか」
そう言い残すと魔理沙は、呆れた様子でさっさと帰って行ってしまった。
にとりは、彼女の様子に違和感を覚えながらも、業務報告を見ながら、にまにまと笑みを浮かべるのだった。
□
瓔花が去った賽の河原は、すっかり活気を失ってしまっていた。
元々そんなに活気のある場所でもなかったが、以前は水子霊たちがこぞって石積みを競っていたほどには賑やかだった。しかし、今は石積みをする者など誰もいない。
たまに様子を見に来る鬼も、その有り様に、思わず心配の言葉を投げかけるほどだった。しかし水子霊たちは何も答えず、ただ虚空を眺めていた。
「……ねえ」
石に座って体育座りをしていた水子の一人が、横の水子に問いかける。
「なあに?」
「今ごろ何してるかなあ……」
「……瓔花ちゃん?」
「……うん」
「……きっと地上で楽しくやってるよ」
「……そうだね。あの子、どこでもやっていけそうだもんね」
「そうだよ。なんてったってあたしたちのアイドルだもん」
「そうだよね」
「そうだよ」
二人は力なく笑みを浮かべると、同時にため息をついた。と、そのときだ。
「あれ……?」
「どうしたの? 急に立ち上がって」
「なんか今、瓔花ちゃんの声がしたような気が……?」
「え、本当? あたしも聞こえたよ」
「ほんと?」
「本当だよ?」
「やだなぁ。二人そろって聞こえるなんて……」
「きっと気のせいだよね。あの子のこと考えすぎたかな……」
「幻聴じゃないよ! 私だよ!!」
思わず二人が驚いて振り返った先には、微笑む瓔花の姿があった。
「え!?」
「うそでしょ!?」
「瓔花ちゃん!?」
「ホンモノなの!?」
動揺しまくる水子たちに瓔花は告げた。
「……みんな、ごめんね。勝手に地上に行っちゃって。どうしても一度、地上の世界を体験してみたかったの。……でも、賽の河原が元気なくなっちゃったって聞いて……」
「……それで戻ってきたの?」
「……うん。地上は楽しかったけど、やっぱりここの方がいいよ。ここの方が落ち着けるし、何より、ここのみんなのこと大好きだから……」
言葉を聞いた水子たちが「うわぁーん」と泣きながら瓔花に抱きつく。
「わわっ!? ちょ、ちょっとー!?」
瓔花は、もみくちゃにされながらも、笑顔で水子たちに言い放った。
「ね。また、みんなで石積み大会開こう!」
□
さて、瓔花が去ったあとの工場は、すっかり活気を失い、また前のような腐れ荒場に戻ってしまっていた。
生産力も絵に描いたような右肩下がりなのは当然として、売り上げそのものも、思わず目を覆いたくなるような惨憺たる業績となってしまっていた。
最近では社員の間で、もう近々この会社を閉めるんじゃないかという噂が広がりはじめ、それなら潰れる前に給料よこせと、訴える者すら現れる始末だった。
次々と上がってくるトラブル報告を見て、思わず頭を抱えながら、机に突っ伏しているにとりの元に、再び魔理沙がやってくる。
「よう。にとり」
「……ああ、魔理沙か。なんだよ」
「なんだか元気なさそうだな?」
「……まあね」
「そういや、あいつはどうだ?」
「あいつ……?」
「私が連れてきた、えびすって子……」
「……あー。あの子なら……。やめちまったよ」
「そうか。やっぱりか……。賽の河原が元に戻ったって聞いたんで、もしやと思ってな」
にとりは机に頬杖をつき、そっぽを向きながら魔理沙にたずねた。
「……なあ、魔理沙。……お前、もしかしなくても、賽の河原のこと、あの子に喋ったろ?」
魔理沙は質問に答えず、にとりから目をそらす。
察したにとりは、チラッと彼女を見やると、ため息まじりにもらした。
「やっぱりかよ……。どうして……」
「……なあ。にとり」
「なんだよ」
「……お前だって、自分の故郷がピンチになったら、すぐ駆けつけるんじゃないのか?」
魔理沙の問いに、にとりは答えず、工場の窓に映る夕日を見つめていた。
やがて彼女は途方に暮れつつも、ふっと笑みを浮かべ、ため息まじりにつぶやくのだった。
「……もしかすると、あの子は本物の福の神だったのかもなあ」
面白かったです。
工場が気になるけど潰れて良かった…のかしら…
それでも最後は故郷に戻ってみんなで楽しそうにしているのが良かったです。
序盤は原因を周りのせいにするにとりこそがダメなのかと思っていたんですが、読み進めていくと本当に従業員たちがひどすぎてこっちが原因だとわかりました
でもえいかが楽しそうでよかったです