「いらっしゃいませー! おひとり様ですか?」
ここは霧の湖から遠く離れた小さな町にある人気のお蕎麦屋さん【彩馬里庵(さいばりあん)】。
今、入店したのは我らがレミリアお嬢さま(お忍び散策中)です。
大きめのパーカーの色はペールピンク(薄めの桃色)。そして真っ赤なミニリュックで畳んだ翼を隠しています。
目立たぬようにキャップと丸メガネで変装していますが、きわどいミニスカートと艶のある生足にスニーカーがちょっと目に毒で、違う意味で目立っちゃっています。
「すみませーん、相席でもよろしいですかぁ?」
ちょうど昼ご飯時、店内はほぼ満席です。
「ええ、よろしくてよ}
高貴なお生まれですが、お嬢さまはとても気さくなので、まったく気にしませんね。
「少しお待ちくださーい」
元気の良い店員は店内をさっと見渡すと、相席先にあたりを付けました。
相席はお互いが不快にならないよう、組み合わせに店側も気を遣うのです。
優しげな雰囲気の女性客にあらかじめ確認します。
オッケーのようです。
「お客さまー、こちらどうぞぉ!」
促されて席に向かうレミリア様。
先客の様子をちらっとうかがってみます。
(あら? このコ……確か)
頭襟(ときん)を乗せていて、背中に畳まれた黒い羽根、長いツインテールの鴉天狗の女の子。
メニューとにらめっこしていてお嬢さまに気が付いていないようです。
「ご相席、失礼するわね」
「あ、はいはい、どうぞどうぞ」
声をかけられようやく顔を上げました。
(やっぱり。パチェに良く会いに来る鴉天狗の新聞記者さんね。……はたて、さんだったわね)
資料集めと称して毎日のように大図書館に通う新聞記者さん。レミリア様とは面識はありますが…
(私のことには気づいていないようね、変装バッチリだわ)
一方の姫海棠はたてさんは再びメニューを眺めるふりをしながら正面に座ったやけに雰囲気のある美少女を観察しています。見ないような振りでしっかり見るのは取材の基本ですし。
(中学生? いや高校生かな? お蕎麦屋さんに女の子一人って珍しいよね? ラフなスタイルだけど、上等な素材の服だわ。いいところのお嬢さんなのかな?)←当たってます。
ついでにファッションチェックです。
(え? あのブローチって【スカーレット・ジュエルス】の最新作? イミテじゃない…よね…)
はたてさんの目にとまったのはレミリアお嬢の胸元に飾られた小さなブローチ。
全体はシルバーで羽を広げたコウモリをモチーフに目の部分は赤い宝石が二つ輝いています。
羽は皮膜の模様が浮いていて、これ以上リアルっぽくするとグロテスクに見えそうなギリギリ手前を攻めていて、そこがかえって上品に見えます。
そして赤い宝石はルビーのようですが……
(あ、あの赤い宝石! ただのルビーじゃないわ! まさか、まさか、ピジョンブラッド!?)
宝石の女王と呼ばれるルビーの中でも最高級品と呼ばれるのがピジョンブラッドです。
濃い赤で内側から真紅の光(テリ)が輝く赤色が特徴だそうです。
まぁ、もしそうだとしても小さなコウモリのブローチの目の部分ですから本当に小さなモノでしょう、でも敢えて使っているとしたら、わかる人にはわかる洒落っ気も併せた一品でしょうね。
(うわー素敵! 欲しいけどお給金ひと月分じゃすまないよね!? このコ、本物のお嬢さまなの?)←ほぼ正解です。
「注文よろしいかしら」
「はーーい」
通りかかった店員を捕まえるお嬢様。
ようやく我にかえるはたてさん。自分もまだ注文していない。
「お蕎麦とミニカレーライスのセットをお願いするわ」
聞き耳を立てていたはたてさん。少しびっくりです。
(セットものといったら、カツ丼か天丼がセオリーなのにカレーライスを頼むなんて……まぁメニューにはあるけど普通はありえない。ここのカレーは絶品なのは知ってる。でも、お蕎麦とカレーライスはまったく別モノ。あうとは思えないわ)
「蕎麦は冷たいのと温かいのとどちらになさいますか?」
「そうね、冷たい方で」
(オーダーに淀みがないわ。この娘やるわね。常連なのかしら?)
「今日はサービスデーなのでお値段そのままで大盛りにできますがいかがいたしましょう?」
「あら、そうなの。大盛りってどのくらいの量かしら?」
「普通盛りの倍です」
「そんなに食べられないわ。普通盛りをお願い」
「かしこまりました!」
(あれ? 常連じゃないのかな?)
「ミニカレーセット。冷たいお蕎麦。並。入りまーす!!」
店員は、メニューを閉じたはたてさんに気付きました。
「お客様はお決まりですか?」
(ここはチャレンジです! お蕎麦とカレーライス、試させていただきましょう!)
「私も同じものを。お蕎麦は大盛りで」
「かしこまりましたー!!」
店員の後ろ姿を見送ったお嬢さまが呟きました。
「私も大盛りにした方が良かったかしら?」
「いえ、ここは普通盛りでもよそのお店の大盛り近い量がありますよ」
「え? そうなのね。アナタ大丈夫なの?」
「私はがっつり食べたかったから平気です!」
軽く微笑むはたてさん。
(常連ではないようだけど、話し方からして、かなり名家のお嬢様っぽいわ)←だいぶ近づいてきました。
正面に座る少女について興味がわいたはたてさん。記者魂に小さな火が付きました。
「ここのカレーは美味しいですよね。カレー蕎麦なんか絶品ですよね」
「あら、そうなの? 私、このお店は初めてなのよ」
「え? そうなんですか?」
(初めてでカレーセットを頼むなんて……)
「フフフ、知り合いの妖精に薦められたの」
―――†―――†―――†―――
ぽわわわ~~ん(←回想の時に出てくるアレですよ)
外での仕事を終えて紅魔館へ戻る途中のお嬢様。
偶然、妹のところに遊びに行く途中の春告精と会った道中の会話です。
「お蕎麦屋さんのカレーライスはとっても美味しいですぅ! 特に彩馬里庵のカレーは絶品ですぅ」
「ふーん、お蕎麦屋さんのカレーライス……」
「お蕎麦とセットになってるのもあるんですぅ」
(何故わざわざお蕎麦屋でカレーライスなのかしら? でも興味深いわね。今度行ってみようかしら?)
ぷわぷわわわ~~ん(←回想の以下略)
―――†―――†―――†―――
「妖精とお知り合いなんですか?」
妖精も妖怪も神様も(人に危害を加えない限り)ヒトと一緒に平和に暮らしている幻想郷(ここではこの設定です)
妖精と知り合いと言っても不思議ではありません。
「シロさん……じゃなくてリリーさんですわ」
「リリーさんって、春告精のリリーホワイトですか? 春告精とお知り合いなんですか?」
「知り合いというか、妹のお友達ね」
春告精は人里で子供たちと一緒に遊んでいるところをよく目撃されます。
妹の友達という言葉に違和感はありません。
実はお嬢さまの妹、フランちゃんはリリーホワイトとピンク髪の大妖精と仲良しなんです。
「おまちどおさまでしたー!」
ドンッ!
「あら、私、大盛りは頼んでいませんわ」
「これは普通盛りですよぉ」
「ええっ!!」
目の前には、どうしても大盛りにしか見えないお蕎麦の山が。
「こちらもおまちどおさまでーす!」
もう一人の店員がはたてさんの前に置いたお蕎麦を見て驚くお嬢様。
そこには超山盛りのお蕎麦が……
普通盛りが筑波山(887m)なら大盛りは榛名山(1449m)ですかね。
ちなみに特盛りは日光白根山(2577m)、チャレンジ盛りは富士山(3776m)です←ナンノコッチャ
「そんなに食べられますの?」
少し引き気味のお嬢様に、はたてさんは笑顔で答えます。
「問題ナッシング! 私は鴉天狗ですから、このくらい楽勝です!」
(そういうものなの? 確かに魔力で飛行する私たちと違って、相応の筋力を併用する鴉天狗はカロリーが必要そうね)
「「いただきます」」
まずはお蕎麦をたぐり始めるお嬢様。
コシがあって香りも十分、そばつゆも、少し甘めですが、お好みに合ったようです。しばらくは薬味無しでも行けそうですね。
(さて、カレーはどうかしら? 辛いのはちょっと苦手なのよね。 いつも甘口を選んでしまうわ)
少々お子様舌のお嬢様。
人間よりも甘いものが好きな妖精に近いんですかね。
パクリ もぐもぐ
(あら、美味しい、好きな感じの甘口だわ)
もうひとくち パクリ もぐもぐ
(これは、お蕎麦の出汁を使っているのね)
さてここでカレーセットの食べ方について少々。
お嬢さまのように交互に味わうのが過半数のグループですが、中には蕎麦とカレーライス、どちらかを完全にやっつけてからもう片方に集中するグループもいるようです。
食べ方は自由です。ええそうです自由なんですが、せめて蕎麦を先にしていただきたい! 散々カレー喰った後の舌で蕎麦の繊細さが分かりますか? 楽しめますか!? ←異論は認めます。
あともういっちょ、カレー丼をご存じですか? カレーライスじゃありませんよ?
鰹節の効いた和風出汁や蕎麦つゆをベースにした、和風のカレーあんかけがご飯にかかっています。
カレーライスとの違いを極端に言うとジャガイモ入っていません。ニンジンはあってもごく少量です。
カレー蕎麦もこれがベースです。
チェーン店でカレー蕎麦がメニューにない場合のカレーライスはいわゆる給食のカレーが出てくることが多いです。
いや、甘口で懐かしくて美味しいんですが、お蕎麦屋さんのカレーがコレだと思われると、なんかモヤモヤします!
名店のカレーは出汁を効かせ具も厳選されルーも一から作っています。できれば違いをご理解の上、お楽しみください。(立ち蕎麦やチェーンを下とは思いません。別ジャンルなのです)
閑話休題
なんとか完食したお嬢様。
普段は小食なんですが、お忍びで外食するときは食べ過ぎちゃうんですよね。
はたてさんは余裕で完食です。
大人の男性でさえ躊躇する量だったのですが、さすが鴉天狗。
まったりとお茶を飲むふたり。
(おいしかったわ。リリーさんお薦めだけあるわね。次は天丼セットを頼んでみようかしら)
お嬢様、リピート決定です。
「寒い時期には温かいお蕎麦も美味しいんですよー」
「きっとそうね」
「外食はよくするんですか?」
「ええ、でも外食というよりも、食べ歩きかしら? 行き当たりばったりの食べ歩きが好きなのよ。今回はリリーさんのお薦めのお店だけど、いつもは、あちこち歩きまわって気になったお店に入るのよ」
「店を選ぶポイントは何ですか?」
「そうね……妖精たちが集まるお店は間違いないわ」
「妖精たちが?」
「彼女たちの味覚はあなどれないわね」
(ウチの従業員食堂。少しでも味が落ちるとメイド妖精たちのモチベーションがさがるのよね)
「独自のネットワークを持っているようで、美味しいお店の情報はあっという間に妖精たちの間に広まるの」
その中心にいるのはリリーホワイトとリリーブラックの春告精姉妹というのはまた別のお話。
「それは初耳です。……この後、お時間あります?」
はたてさんのネタセンサーがビビッと反応しました。
―――†―――†―――†―――
ところ変わりまして甘味処。
「やはり新聞記者さん……」
「はい! そうです!」
はたての名刺を眺めるお嬢様。
先ほどのお蕎麦屋さんから歩いて数分のところにある甘味処【ドール・戯蘭(ぎらん)】。
食べ歩きのお話しを伺いたいということで、無理矢理お嬢様を連れ出したはたてさん。
満腹なのに甘いものは別腹なんですね。
「お名前を伺ってよろしいですか?」
「え、えっと……」
(正体がバレた訳ではなさそうね)
はたてに誘われた時、少しドキドキしてしまったお嬢様。
でも、身元がバレたのではないと知ると安心してついこぼしてしまいました。
「レミ……」
「レミさん、ですか?」
「ええ」
「実は新聞の新しい企画で、飲食店の紹介を兼ねたグルメレポートを連載しようと思っていまして」
「今まで食べ歩いたお店のお話を伺ってよろしいですか?」
「そうねぇ……」
今まで行ったいろんなお店の話をするお嬢様。
・不思議な店員のいるところてんのお店
・コロッケをコッペパンに挟んでくれるお店
・魔法使いが作る極上の洋菓子のお店
・天然ものの鯛焼き(天然て何?)
・お一人様焼肉のお店
・野菜天ぷら定食が絶品のお店……などなど
味の感想を交えてお店そのものを表現していきます。
(なんか……このヒト……すごいわ)
その知識量、言葉の選び方、豊富な語彙、意外性のある例え話。何より単なる順位付けに走らず、それぞれのお店の良さを優しく語ります。
話に引き込まれるはたてさん。ちょっと興奮気味です。
「あ、あ、あのぉ、わたしの新聞に記事を、寄稿していただけませんか?」
「ふへ?」
―――†―――†―――†―――
後日の紅魔館の大図書館です。
「ということで、グルメレポートを新聞に掲載したのです。そしたら反響が凄くて!」
新聞を広げて興奮気味にパチュリーさんに説明するはたてさん。
「増刷、増刷で、発行部数が三倍になったんです!」
「それはよかったわね……」
静かにお茶を飲むパチュリーさん。テーブルの上には手作りのクッキーがあります。
気を利かした小悪魔は席を外しています。
書棚の陰で聞き耳たててるんでしょうけどね。
「もちろんグルメレポートを新聞に掲載するというパチュリー様のアドバイスのおかげです!」
ひと月ほど前、新聞の内容に行き詰ったはたてさんはパチュリーさんに相談していたんですね。
その時、何気なく
「幻想郷の飲食店紹介なんてどう?」
パチュリーさんの発言にはたてさんが乗っかりました。
もともとは親友のレミィから、お忍びの食べ歩きの話を聞かされていたんです。
一緒に行こうと誘われたけど、変装するのが面倒だったし、外に出るのが嫌だったから断っていたんです。
「この紅い食の探究者(←お嬢様のPN)って、信じられないでしょうが、レミっていう名の美少女なんですよ!」
「正体は教えてくれないんですけど、たぶんどこかの名門のお嬢様ですよ。間違いないです!」
(……あってるわよ)
寄稿者を知っているパチュリーさんは微妙な表情です。
「メールで送ってきた原稿も完璧! 手を加えるところはどこにも無かったです!」
(そりゃそうでしょうよ。私が校正・清書したんだもの)
新聞に掲載するからと、レミィから渡された殴り書きのような草案(メモ?)を、ちゃんとした原稿にしたのはパチュリーさんだったのです。
ぶつぶつ文句を言いながら親友とふたりで作成した記事(ほとんど大図書館の館長が書いた)です。面白くない訳がありません。
「原稿料はいらないって言ってたけど、専属契約とれないかな~」
(もお、レミィったら…… 面倒なことになったわよ? どうするのよ)
――― おしまい ―――
次回予告
「レミさんって誰ですか?」
「知らないですぅ」
「お蕎麦屋のカレーライスを教えた方ですよ?」
「たくさんのヒトに教えたからわからないですぅ」
「妹がリリーさんとお友達みたいですよ」
春告精につめよるツインテの鴉天狗。わけ分からないという表情のシロちゃん。
「うーーーん」
「びっくりするくらい上品な美少女ですよ。たぶんどこかのお嬢様です」
「………フランちゃんのお姉ちゃんかなー?」
「え!?」
ついにレミさんの正体が明らかになる!?
次回最終話「さよなら、紅い食の探究者」につづく
(つづきませんし最終話でもありません! 作者註)
ここは霧の湖から遠く離れた小さな町にある人気のお蕎麦屋さん【彩馬里庵(さいばりあん)】。
今、入店したのは我らがレミリアお嬢さま(お忍び散策中)です。
大きめのパーカーの色はペールピンク(薄めの桃色)。そして真っ赤なミニリュックで畳んだ翼を隠しています。
目立たぬようにキャップと丸メガネで変装していますが、きわどいミニスカートと艶のある生足にスニーカーがちょっと目に毒で、違う意味で目立っちゃっています。
「すみませーん、相席でもよろしいですかぁ?」
ちょうど昼ご飯時、店内はほぼ満席です。
「ええ、よろしくてよ}
高貴なお生まれですが、お嬢さまはとても気さくなので、まったく気にしませんね。
「少しお待ちくださーい」
元気の良い店員は店内をさっと見渡すと、相席先にあたりを付けました。
相席はお互いが不快にならないよう、組み合わせに店側も気を遣うのです。
優しげな雰囲気の女性客にあらかじめ確認します。
オッケーのようです。
「お客さまー、こちらどうぞぉ!」
促されて席に向かうレミリア様。
先客の様子をちらっとうかがってみます。
(あら? このコ……確か)
頭襟(ときん)を乗せていて、背中に畳まれた黒い羽根、長いツインテールの鴉天狗の女の子。
メニューとにらめっこしていてお嬢さまに気が付いていないようです。
「ご相席、失礼するわね」
「あ、はいはい、どうぞどうぞ」
声をかけられようやく顔を上げました。
(やっぱり。パチェに良く会いに来る鴉天狗の新聞記者さんね。……はたて、さんだったわね)
資料集めと称して毎日のように大図書館に通う新聞記者さん。レミリア様とは面識はありますが…
(私のことには気づいていないようね、変装バッチリだわ)
一方の姫海棠はたてさんは再びメニューを眺めるふりをしながら正面に座ったやけに雰囲気のある美少女を観察しています。見ないような振りでしっかり見るのは取材の基本ですし。
(中学生? いや高校生かな? お蕎麦屋さんに女の子一人って珍しいよね? ラフなスタイルだけど、上等な素材の服だわ。いいところのお嬢さんなのかな?)←当たってます。
ついでにファッションチェックです。
(え? あのブローチって【スカーレット・ジュエルス】の最新作? イミテじゃない…よね…)
はたてさんの目にとまったのはレミリアお嬢の胸元に飾られた小さなブローチ。
全体はシルバーで羽を広げたコウモリをモチーフに目の部分は赤い宝石が二つ輝いています。
羽は皮膜の模様が浮いていて、これ以上リアルっぽくするとグロテスクに見えそうなギリギリ手前を攻めていて、そこがかえって上品に見えます。
そして赤い宝石はルビーのようですが……
(あ、あの赤い宝石! ただのルビーじゃないわ! まさか、まさか、ピジョンブラッド!?)
宝石の女王と呼ばれるルビーの中でも最高級品と呼ばれるのがピジョンブラッドです。
濃い赤で内側から真紅の光(テリ)が輝く赤色が特徴だそうです。
まぁ、もしそうだとしても小さなコウモリのブローチの目の部分ですから本当に小さなモノでしょう、でも敢えて使っているとしたら、わかる人にはわかる洒落っ気も併せた一品でしょうね。
(うわー素敵! 欲しいけどお給金ひと月分じゃすまないよね!? このコ、本物のお嬢さまなの?)←ほぼ正解です。
「注文よろしいかしら」
「はーーい」
通りかかった店員を捕まえるお嬢様。
ようやく我にかえるはたてさん。自分もまだ注文していない。
「お蕎麦とミニカレーライスのセットをお願いするわ」
聞き耳を立てていたはたてさん。少しびっくりです。
(セットものといったら、カツ丼か天丼がセオリーなのにカレーライスを頼むなんて……まぁメニューにはあるけど普通はありえない。ここのカレーは絶品なのは知ってる。でも、お蕎麦とカレーライスはまったく別モノ。あうとは思えないわ)
「蕎麦は冷たいのと温かいのとどちらになさいますか?」
「そうね、冷たい方で」
(オーダーに淀みがないわ。この娘やるわね。常連なのかしら?)
「今日はサービスデーなのでお値段そのままで大盛りにできますがいかがいたしましょう?」
「あら、そうなの。大盛りってどのくらいの量かしら?」
「普通盛りの倍です」
「そんなに食べられないわ。普通盛りをお願い」
「かしこまりました!」
(あれ? 常連じゃないのかな?)
「ミニカレーセット。冷たいお蕎麦。並。入りまーす!!」
店員は、メニューを閉じたはたてさんに気付きました。
「お客様はお決まりですか?」
(ここはチャレンジです! お蕎麦とカレーライス、試させていただきましょう!)
「私も同じものを。お蕎麦は大盛りで」
「かしこまりましたー!!」
店員の後ろ姿を見送ったお嬢さまが呟きました。
「私も大盛りにした方が良かったかしら?」
「いえ、ここは普通盛りでもよそのお店の大盛り近い量がありますよ」
「え? そうなのね。アナタ大丈夫なの?」
「私はがっつり食べたかったから平気です!」
軽く微笑むはたてさん。
(常連ではないようだけど、話し方からして、かなり名家のお嬢様っぽいわ)←だいぶ近づいてきました。
正面に座る少女について興味がわいたはたてさん。記者魂に小さな火が付きました。
「ここのカレーは美味しいですよね。カレー蕎麦なんか絶品ですよね」
「あら、そうなの? 私、このお店は初めてなのよ」
「え? そうなんですか?」
(初めてでカレーセットを頼むなんて……)
「フフフ、知り合いの妖精に薦められたの」
―――†―――†―――†―――
ぽわわわ~~ん(←回想の時に出てくるアレですよ)
外での仕事を終えて紅魔館へ戻る途中のお嬢様。
偶然、妹のところに遊びに行く途中の春告精と会った道中の会話です。
「お蕎麦屋さんのカレーライスはとっても美味しいですぅ! 特に彩馬里庵のカレーは絶品ですぅ」
「ふーん、お蕎麦屋さんのカレーライス……」
「お蕎麦とセットになってるのもあるんですぅ」
(何故わざわざお蕎麦屋でカレーライスなのかしら? でも興味深いわね。今度行ってみようかしら?)
ぷわぷわわわ~~ん(←回想の以下略)
―――†―――†―――†―――
「妖精とお知り合いなんですか?」
妖精も妖怪も神様も(人に危害を加えない限り)ヒトと一緒に平和に暮らしている幻想郷(ここではこの設定です)
妖精と知り合いと言っても不思議ではありません。
「シロさん……じゃなくてリリーさんですわ」
「リリーさんって、春告精のリリーホワイトですか? 春告精とお知り合いなんですか?」
「知り合いというか、妹のお友達ね」
春告精は人里で子供たちと一緒に遊んでいるところをよく目撃されます。
妹の友達という言葉に違和感はありません。
実はお嬢さまの妹、フランちゃんはリリーホワイトとピンク髪の大妖精と仲良しなんです。
「おまちどおさまでしたー!」
ドンッ!
「あら、私、大盛りは頼んでいませんわ」
「これは普通盛りですよぉ」
「ええっ!!」
目の前には、どうしても大盛りにしか見えないお蕎麦の山が。
「こちらもおまちどおさまでーす!」
もう一人の店員がはたてさんの前に置いたお蕎麦を見て驚くお嬢様。
そこには超山盛りのお蕎麦が……
普通盛りが筑波山(887m)なら大盛りは榛名山(1449m)ですかね。
ちなみに特盛りは日光白根山(2577m)、チャレンジ盛りは富士山(3776m)です←ナンノコッチャ
「そんなに食べられますの?」
少し引き気味のお嬢様に、はたてさんは笑顔で答えます。
「問題ナッシング! 私は鴉天狗ですから、このくらい楽勝です!」
(そういうものなの? 確かに魔力で飛行する私たちと違って、相応の筋力を併用する鴉天狗はカロリーが必要そうね)
「「いただきます」」
まずはお蕎麦をたぐり始めるお嬢様。
コシがあって香りも十分、そばつゆも、少し甘めですが、お好みに合ったようです。しばらくは薬味無しでも行けそうですね。
(さて、カレーはどうかしら? 辛いのはちょっと苦手なのよね。 いつも甘口を選んでしまうわ)
少々お子様舌のお嬢様。
人間よりも甘いものが好きな妖精に近いんですかね。
パクリ もぐもぐ
(あら、美味しい、好きな感じの甘口だわ)
もうひとくち パクリ もぐもぐ
(これは、お蕎麦の出汁を使っているのね)
さてここでカレーセットの食べ方について少々。
お嬢さまのように交互に味わうのが過半数のグループですが、中には蕎麦とカレーライス、どちらかを完全にやっつけてからもう片方に集中するグループもいるようです。
食べ方は自由です。ええそうです自由なんですが、せめて蕎麦を先にしていただきたい! 散々カレー喰った後の舌で蕎麦の繊細さが分かりますか? 楽しめますか!? ←異論は認めます。
あともういっちょ、カレー丼をご存じですか? カレーライスじゃありませんよ?
鰹節の効いた和風出汁や蕎麦つゆをベースにした、和風のカレーあんかけがご飯にかかっています。
カレーライスとの違いを極端に言うとジャガイモ入っていません。ニンジンはあってもごく少量です。
カレー蕎麦もこれがベースです。
チェーン店でカレー蕎麦がメニューにない場合のカレーライスはいわゆる給食のカレーが出てくることが多いです。
いや、甘口で懐かしくて美味しいんですが、お蕎麦屋さんのカレーがコレだと思われると、なんかモヤモヤします!
名店のカレーは出汁を効かせ具も厳選されルーも一から作っています。できれば違いをご理解の上、お楽しみください。(立ち蕎麦やチェーンを下とは思いません。別ジャンルなのです)
閑話休題
なんとか完食したお嬢様。
普段は小食なんですが、お忍びで外食するときは食べ過ぎちゃうんですよね。
はたてさんは余裕で完食です。
大人の男性でさえ躊躇する量だったのですが、さすが鴉天狗。
まったりとお茶を飲むふたり。
(おいしかったわ。リリーさんお薦めだけあるわね。次は天丼セットを頼んでみようかしら)
お嬢様、リピート決定です。
「寒い時期には温かいお蕎麦も美味しいんですよー」
「きっとそうね」
「外食はよくするんですか?」
「ええ、でも外食というよりも、食べ歩きかしら? 行き当たりばったりの食べ歩きが好きなのよ。今回はリリーさんのお薦めのお店だけど、いつもは、あちこち歩きまわって気になったお店に入るのよ」
「店を選ぶポイントは何ですか?」
「そうね……妖精たちが集まるお店は間違いないわ」
「妖精たちが?」
「彼女たちの味覚はあなどれないわね」
(ウチの従業員食堂。少しでも味が落ちるとメイド妖精たちのモチベーションがさがるのよね)
「独自のネットワークを持っているようで、美味しいお店の情報はあっという間に妖精たちの間に広まるの」
その中心にいるのはリリーホワイトとリリーブラックの春告精姉妹というのはまた別のお話。
「それは初耳です。……この後、お時間あります?」
はたてさんのネタセンサーがビビッと反応しました。
―――†―――†―――†―――
ところ変わりまして甘味処。
「やはり新聞記者さん……」
「はい! そうです!」
はたての名刺を眺めるお嬢様。
先ほどのお蕎麦屋さんから歩いて数分のところにある甘味処【ドール・戯蘭(ぎらん)】。
食べ歩きのお話しを伺いたいということで、無理矢理お嬢様を連れ出したはたてさん。
満腹なのに甘いものは別腹なんですね。
「お名前を伺ってよろしいですか?」
「え、えっと……」
(正体がバレた訳ではなさそうね)
はたてに誘われた時、少しドキドキしてしまったお嬢様。
でも、身元がバレたのではないと知ると安心してついこぼしてしまいました。
「レミ……」
「レミさん、ですか?」
「ええ」
「実は新聞の新しい企画で、飲食店の紹介を兼ねたグルメレポートを連載しようと思っていまして」
「今まで食べ歩いたお店のお話を伺ってよろしいですか?」
「そうねぇ……」
今まで行ったいろんなお店の話をするお嬢様。
・不思議な店員のいるところてんのお店
・コロッケをコッペパンに挟んでくれるお店
・魔法使いが作る極上の洋菓子のお店
・天然ものの鯛焼き(天然て何?)
・お一人様焼肉のお店
・野菜天ぷら定食が絶品のお店……などなど
味の感想を交えてお店そのものを表現していきます。
(なんか……このヒト……すごいわ)
その知識量、言葉の選び方、豊富な語彙、意外性のある例え話。何より単なる順位付けに走らず、それぞれのお店の良さを優しく語ります。
話に引き込まれるはたてさん。ちょっと興奮気味です。
「あ、あ、あのぉ、わたしの新聞に記事を、寄稿していただけませんか?」
「ふへ?」
―――†―――†―――†―――
後日の紅魔館の大図書館です。
「ということで、グルメレポートを新聞に掲載したのです。そしたら反響が凄くて!」
新聞を広げて興奮気味にパチュリーさんに説明するはたてさん。
「増刷、増刷で、発行部数が三倍になったんです!」
「それはよかったわね……」
静かにお茶を飲むパチュリーさん。テーブルの上には手作りのクッキーがあります。
気を利かした小悪魔は席を外しています。
書棚の陰で聞き耳たててるんでしょうけどね。
「もちろんグルメレポートを新聞に掲載するというパチュリー様のアドバイスのおかげです!」
ひと月ほど前、新聞の内容に行き詰ったはたてさんはパチュリーさんに相談していたんですね。
その時、何気なく
「幻想郷の飲食店紹介なんてどう?」
パチュリーさんの発言にはたてさんが乗っかりました。
もともとは親友のレミィから、お忍びの食べ歩きの話を聞かされていたんです。
一緒に行こうと誘われたけど、変装するのが面倒だったし、外に出るのが嫌だったから断っていたんです。
「この紅い食の探究者(←お嬢様のPN)って、信じられないでしょうが、レミっていう名の美少女なんですよ!」
「正体は教えてくれないんですけど、たぶんどこかの名門のお嬢様ですよ。間違いないです!」
(……あってるわよ)
寄稿者を知っているパチュリーさんは微妙な表情です。
「メールで送ってきた原稿も完璧! 手を加えるところはどこにも無かったです!」
(そりゃそうでしょうよ。私が校正・清書したんだもの)
新聞に掲載するからと、レミィから渡された殴り書きのような草案(メモ?)を、ちゃんとした原稿にしたのはパチュリーさんだったのです。
ぶつぶつ文句を言いながら親友とふたりで作成した記事(ほとんど大図書館の館長が書いた)です。面白くない訳がありません。
「原稿料はいらないって言ってたけど、専属契約とれないかな~」
(もお、レミィったら…… 面倒なことになったわよ? どうするのよ)
――― おしまい ―――
次回予告
「レミさんって誰ですか?」
「知らないですぅ」
「お蕎麦屋のカレーライスを教えた方ですよ?」
「たくさんのヒトに教えたからわからないですぅ」
「妹がリリーさんとお友達みたいですよ」
春告精につめよるツインテの鴉天狗。わけ分からないという表情のシロちゃん。
「うーーーん」
「びっくりするくらい上品な美少女ですよ。たぶんどこかのお嬢様です」
「………フランちゃんのお姉ちゃんかなー?」
「え!?」
ついにレミさんの正体が明らかになる!?
次回最終話「さよなら、紅い食の探究者」につづく
(つづきませんし最終話でもありません! 作者註)
食べたとたんに出汁にまで気付くお嬢様に確かな舌を持っているのだと感じました