(買い物はこれでよし。寺に行こうっと)
賢将ナズーリンは片腕に提げたカゴを見て僅かに口角をあげた。人里のある店を出て、これから命蓮寺に行くところだった。
ナズーリンは慣れない場所を通ることを好まない。どこかへ行く時は大抵決まったルートを通っている。
今回用事のあった店は、鼠に情報収集はさせども直接踏み入れたことがあまりない区域にあった。この店に来るまでにナズーリンは目を動かし耳を澄ませ、道の調査に取り組んだ。
賢将の観察力、注意力は、周囲の建築物についてはもちろんのこと、人の往来の数や老若男女の傾向、治安、道幅、地面の質ーー広く情報を集め分析する。
帰り道の今は、改めて調査しつつ、最寄りの〈命蓮寺へ向かうルート〉に向かって歩いていた。
そして曲がり角を曲がったところで、その力を発揮するまでもなく、ぼんやり突っ立っている長身の少女を発見ーー目があった。
「…………」
その少女は数秒無表情でナズーリンを見つめた後、いきなり声を張り上げて駆け出した。
「ナズさんこんちわ!!!!!」
「や、やあこころ……」
ナズーリンがなにしてんのと訊く前に、こころは挨拶の勢いそのままにナズーリンに抱き付いた。
「お買い物ー? ねえ何買ったのー? 見せてー」
「うわっ! ひっつくなって言ってるでしょ!」
小さな賢将は自分より背が何回りも高い少女に絡まれ、身を硬くした。お面はあれど表情が読めないことに加え、感情の起伏が激しく何をしてくるか分からないという印象があり、ナズーリンはこころが少し苦手だった。ただ、素直で子どものように懐いてくるやつなので、〔上の立場として存分に振る舞えるから〕それは悪くないと思っていた。
「食べ物じゃないのねー……」こころはナズーリンのカゴの中身を覗いた後、指を咥えてぼやいた。
「食い意地張ってるなぁ付喪神のくせに」
鼻で笑い、ナズーリンは再び歩く。こころは浮遊しながら後に続いた。
「お腹ペッコペコなの」こころが言った。
「じゃあーー」
寺に行くといいわ、きっと何かもらえるよ。そう言おうとして賢将は止めた。
ナズーリンも寺に行くつもりだったからだ。こころがいると、絡まれかねない。現に絡まれている。これまで、ダウジング、ペンデュラム、相棒のネズミ、色んなものを好奇心のままにいじくりまわされて、その都度叱りつけたり、主人に縋っていた。
今度はなに? 落ち着かないったらない。またくつろぐ時間を削られるのはいやだとナズーリンは思った。
「博麗神社でも行ったらー? きっと何かもらえるよ、あんたなら」
こころは博麗の巫女に〔利益があるから〕気に入られてる珍しい部類の妖怪だ。候補としては間違っていないとナズーリンは内心で正当化した。
こころはゆっくり二回まばたきをした後「うん」と返事をしてそのままナズーリンに続いた。
しばらく歩き、ここまでは自分の小屋から来た時の道を辿っていたナズーリンは、命蓮寺行きルートと連結させるため、ほぼ通ったことのない道へと調査に進んだ。
このあたりは人口密度が高く往来が多い。ナズーリンは、この道はあまり通りたくないや等考えながら歩く。もちろん情報収集は忘れずに、分かれ道の先だってーー
「木の実だわー!」
分かれ道の先に、実のなった木が生えていた。お腹が減っていたこころは、ナズーリンよりも早く気付いて声を上げた。
「へえ、こんな通りの中に。知らなかったなぁ」
ナズーリンが呟く間に、こころはせかせかと木に駆け寄った。「こんなにたくさん。取りきれないわー」実をいくつもとって、腕に抱えていく。
「…………」
眺めていたナズーリンは、こころを置いてさっさと先に行こうとも思ったが、ちょっとした気付きの成否を確認したい気持ちと優越感に浸りたい気持ちから、その場に留まった。
「こころ、多分だけど美味しくないよ、その木の実」
賢将は腕を組み、口角を上げて言った。木の実を抱えたこころが口を丸くした。
「えーどうしてー? そんなはずないわー」そして、片手に持った木の実を見つめた。「こんなにも美味しそうなのよー」
ナズーリンはふっと笑って、「まあ食べるなとは言わないけどね」と言った。
「言われても食べるもんねー」
こころはナズーリンに向けて舌を出した後、木の実をかじった。カリ、と硬い音がしたーー
「すっぱあい!!!」
こころが悲鳴とともにひっくり返った。拍子に木の実をばら撒き、尻餅をつく。
「あははっ、だから言ったでしょー」
こころの派手な反応に可笑しさ、少し涙目の無表情にどこか哀愁を感じて、ナズーリンはけらけら笑った。腰に手を当て、どうやら自分の気付きは当たっていたようだと、優越感に鼻息を吐く。
「…………」こころは停止している。
「…………!」
その姿を見下ろしていたナズーリンは、はっとして身構えたーー
「どうして分かったのー!? ナズさんは超能力者なのー!?」
突然こころが弾かれたように立ち上がり、ナズーリンに密着、押し倒さんばかりの勢いで詰め寄った。
これだ。いきなり大声上げたり動き出したりするのがびっくりするんだよねとナズーリンは内心でぼやいた。
「だーからひっつくなってー!」押し返し、とにかくこころを離してからナズーリンは説明を始めた。
「簡単なことだよ、これだけ人通りのある道にあって、ほとんど手がつけられていないということは……」
こころは棒立ちで聞く。
「その木の実は美味しくないということが辺りに知れ渡っているから……そうでしょ?」
こんなことでも、こうして教えてやるのは気分が良かった。ナズーリンは鼻で笑い目を伏せた。
「…………」こころは停止している。
「うわああああああああ天才だわあああああああ!!!!!」
こころはバンザイをして、下から強風に吹かれているかのように上へ伸びながら叫んだ。想像以上の、まるで世紀の大発見をしたかのような反応にナズーリンは顔が熱くなった。
「いやっ、そんなに驚くことじゃ……」
「ねえみんな聞いて聞いてー! ナズさんが天才なのー!!」
こころは興奮の面を踊らせながら、往来の人達に呼びかけはじめた。顔も名前も知らない人達が、ナズーリンとこころの方を見る。
「ちょっと!? 騒ぎ立てないでよ!?」
無用な注目を浴びることを好まないナズーリンは、こころを置いて先に行くんだったと後悔した。
◇
「みんなー!」
命蓮寺の居間に面霊気の上擦った声が飛び込んだ。「やめろってのにー!!」続けて賢将の声。
居間には村沙、一輪、響子、なんてこった、星様までいるーーナズーリンはこころの腰にしがみついて踏ん張っていたが、まったく止められていなかった。
「あらこころちゃんどうしたの?」
居間の者達は次々とちゃぶ台に集まっていく。
「あのね! ナズさんが天才なのー!」こころはちゃぶ台に両手をついて、身を乗り上げて話し出した。
「ち、違うの、なんでもないっ……」
ナズーリンはこころの口を塞いで引き戻そうとするが、逆に星に「まあまあ」と抱え上げられてしまった。
こころはすぐ再開する。
「えっとね、木の実があってね! ナズさんは味が判るの!」
「…………?」寺の面々の頭に?が浮かぶ。
「…………?」こころにも同様の面が浮かんだ。
「あれ? なんでだっけ?」
詳しいことを既に忘れているこころに、ナズーリンは安堵した。しかしすぐにより面倒なことになる予感がしてその場から逃げ出したくなった。
「人が多いと木の実があるから木の実はすっぱくてー……あれ?」
こころは人差し指を口に当て、頭を捻っている。
「んー? どういうこと?」
「ナズーリン、どういうこと?」
「な、なんでも、なんでもない……」
「気になるじゃん、教えて教えて」
こころがハードルをぶち上げたことで、みんなが食いついている。ナズーリンに注目が集まった。
「いや……えっと、つ、つまりですね……」
賢将ナズーリンは仕方なく一から説明をした。こんなつまらないことをわざわざ。
「ーーそういうわけで、その木の実は美味しくないよ、という……」
馬鹿らしいと思いつつ説明を終える。
「…………」
案の定、微妙な反応の面々。
「…………」
こころもナズーリンを見つめたまま停止している。
なんでお前まで黙ってるんだとナズーリンは内心でこころを責めた。なんか自分がつまらないことを言ったような感じじゃんかと、耳を丸めて下を向く。
数拍の沈黙ーーああもう、誰か何か言ってよーーナズーリンはそう願った。
「うわああああああ天才だわああああああ!!!!!」こころが叫んだ。
ナズーリンは主人の腕を振りほどき、顔を真っ赤にして居間から逃げ出した。
○
「見て」
人里の通りを散歩していた古明地こいしは、上に向けて指を差した。
「柿がたくさんなってるわ」
その声で、隣を歩いていたこころはゆっくり上を向いた。
道の脇に生えた立派な柿の木。枝は少し通りにはみ出して、その影が二人に重なっていた。
「もう食べ頃かしら」こいしは笑顔で舌舐めずりをした。袖越しに両手を合わせて目を細め、体を揺らしながら実をひとつひとつ吟味している。
こころはそれをぼんやり見ていたが、ふと、先日天才ナズーリンに教わったことが脳裏をよぎった。慌てたように周りを見回す。
その様子を見たこいしは「一個や二個くらいもらったって大丈夫よー」と言ったが、こころが気にしていることはそれではなかった。
二人のいる通りは今まさにたくさんの人達が歩いていた。こころはやった!と高揚した。
「ふっふっふ判ったぞ。あの柿は渋くて食べられたもんじゃない」
こころはナズーリンを真似て腕を組み、得意げな表情の面をこいしに向けた。
「うっそーん」こいしは目をぱちくりさせた後、袖を口元にやって軽く笑った。
「きっとだよ」
これだけ人通りがあるのに、誰も取った形跡がない。美味しくないに決まっている。こころは自信満々に鼻息を鳴らした。
「食べてみなきゃ判んないでしょー」
こいしはふわりと浮かび上がると、一番熟していると見た柿に手を伸ばしてもぎ取った。
そのまま太い枝に座り、口へ運ぶーー
「うふふ、渋くてひっくり返っても知らないよ」
こころは両手で口を押さえて、無表情のままに笑いを堪える仕草をとった。
「んー、甘くて美味しいわー」
こいしはそう言って、さくさくと食べ進めた。
「えっ、うそー」こころは面をころんと頭から落として、こいしを見上げた。
「食べてみりゃいいじゃない」
こいしはそう言って、もう一つ柿をもぐと、こころに投げつけた。
受け取ったこころはその柿を見つめてから、ゆっくりとかじった。
「おいしいー」こころの傍らに喜びの面が浮かんだ。柿を数個抱えたこいしが「でしょー」と降りてくる。
「でもおかしいなぁ……」
こんなにたくさんおいしいのがなってるのにどうして誰も取らないんだろう。こころは首を捻って疑問の面を揺らした。
(まあいいや)
こころはこいしと並んで柿を味わうーー
「コラ!!!」
突然、横から怒声が飛んできた。二人は驚いて振り向く。
そこには寺子屋の慧音先生が眉を斜めに、口を結んだ顔で仁王立ちしていた。明らかに叱る気満々の様子だった。
柿の木は、家の仕切りの内側から伸びていたのだった。
こころとこいしはまだ手に持った柿をかじりながらふわりと宙に浮かんだ。先生の声を背に、あっという間にその場から逃げ去った。
空の上でこころは、怒られちゃった、失敗しちゃったなーと残念に思った。しかし柿の甘さでそれもすぐに消えた。
そして最終的に、やっぱナズさんは凄いなーという気持ちだけが残った。結果的にナズーリンの「取らない方がいい」という言葉は正しかったのだから。
賢将ナズーリンは片腕に提げたカゴを見て僅かに口角をあげた。人里のある店を出て、これから命蓮寺に行くところだった。
ナズーリンは慣れない場所を通ることを好まない。どこかへ行く時は大抵決まったルートを通っている。
今回用事のあった店は、鼠に情報収集はさせども直接踏み入れたことがあまりない区域にあった。この店に来るまでにナズーリンは目を動かし耳を澄ませ、道の調査に取り組んだ。
賢将の観察力、注意力は、周囲の建築物についてはもちろんのこと、人の往来の数や老若男女の傾向、治安、道幅、地面の質ーー広く情報を集め分析する。
帰り道の今は、改めて調査しつつ、最寄りの〈命蓮寺へ向かうルート〉に向かって歩いていた。
そして曲がり角を曲がったところで、その力を発揮するまでもなく、ぼんやり突っ立っている長身の少女を発見ーー目があった。
「…………」
その少女は数秒無表情でナズーリンを見つめた後、いきなり声を張り上げて駆け出した。
「ナズさんこんちわ!!!!!」
「や、やあこころ……」
ナズーリンがなにしてんのと訊く前に、こころは挨拶の勢いそのままにナズーリンに抱き付いた。
「お買い物ー? ねえ何買ったのー? 見せてー」
「うわっ! ひっつくなって言ってるでしょ!」
小さな賢将は自分より背が何回りも高い少女に絡まれ、身を硬くした。お面はあれど表情が読めないことに加え、感情の起伏が激しく何をしてくるか分からないという印象があり、ナズーリンはこころが少し苦手だった。ただ、素直で子どものように懐いてくるやつなので、〔上の立場として存分に振る舞えるから〕それは悪くないと思っていた。
「食べ物じゃないのねー……」こころはナズーリンのカゴの中身を覗いた後、指を咥えてぼやいた。
「食い意地張ってるなぁ付喪神のくせに」
鼻で笑い、ナズーリンは再び歩く。こころは浮遊しながら後に続いた。
「お腹ペッコペコなの」こころが言った。
「じゃあーー」
寺に行くといいわ、きっと何かもらえるよ。そう言おうとして賢将は止めた。
ナズーリンも寺に行くつもりだったからだ。こころがいると、絡まれかねない。現に絡まれている。これまで、ダウジング、ペンデュラム、相棒のネズミ、色んなものを好奇心のままにいじくりまわされて、その都度叱りつけたり、主人に縋っていた。
今度はなに? 落ち着かないったらない。またくつろぐ時間を削られるのはいやだとナズーリンは思った。
「博麗神社でも行ったらー? きっと何かもらえるよ、あんたなら」
こころは博麗の巫女に〔利益があるから〕気に入られてる珍しい部類の妖怪だ。候補としては間違っていないとナズーリンは内心で正当化した。
こころはゆっくり二回まばたきをした後「うん」と返事をしてそのままナズーリンに続いた。
しばらく歩き、ここまでは自分の小屋から来た時の道を辿っていたナズーリンは、命蓮寺行きルートと連結させるため、ほぼ通ったことのない道へと調査に進んだ。
このあたりは人口密度が高く往来が多い。ナズーリンは、この道はあまり通りたくないや等考えながら歩く。もちろん情報収集は忘れずに、分かれ道の先だってーー
「木の実だわー!」
分かれ道の先に、実のなった木が生えていた。お腹が減っていたこころは、ナズーリンよりも早く気付いて声を上げた。
「へえ、こんな通りの中に。知らなかったなぁ」
ナズーリンが呟く間に、こころはせかせかと木に駆け寄った。「こんなにたくさん。取りきれないわー」実をいくつもとって、腕に抱えていく。
「…………」
眺めていたナズーリンは、こころを置いてさっさと先に行こうとも思ったが、ちょっとした気付きの成否を確認したい気持ちと優越感に浸りたい気持ちから、その場に留まった。
「こころ、多分だけど美味しくないよ、その木の実」
賢将は腕を組み、口角を上げて言った。木の実を抱えたこころが口を丸くした。
「えーどうしてー? そんなはずないわー」そして、片手に持った木の実を見つめた。「こんなにも美味しそうなのよー」
ナズーリンはふっと笑って、「まあ食べるなとは言わないけどね」と言った。
「言われても食べるもんねー」
こころはナズーリンに向けて舌を出した後、木の実をかじった。カリ、と硬い音がしたーー
「すっぱあい!!!」
こころが悲鳴とともにひっくり返った。拍子に木の実をばら撒き、尻餅をつく。
「あははっ、だから言ったでしょー」
こころの派手な反応に可笑しさ、少し涙目の無表情にどこか哀愁を感じて、ナズーリンはけらけら笑った。腰に手を当て、どうやら自分の気付きは当たっていたようだと、優越感に鼻息を吐く。
「…………」こころは停止している。
「…………!」
その姿を見下ろしていたナズーリンは、はっとして身構えたーー
「どうして分かったのー!? ナズさんは超能力者なのー!?」
突然こころが弾かれたように立ち上がり、ナズーリンに密着、押し倒さんばかりの勢いで詰め寄った。
これだ。いきなり大声上げたり動き出したりするのがびっくりするんだよねとナズーリンは内心でぼやいた。
「だーからひっつくなってー!」押し返し、とにかくこころを離してからナズーリンは説明を始めた。
「簡単なことだよ、これだけ人通りのある道にあって、ほとんど手がつけられていないということは……」
こころは棒立ちで聞く。
「その木の実は美味しくないということが辺りに知れ渡っているから……そうでしょ?」
こんなことでも、こうして教えてやるのは気分が良かった。ナズーリンは鼻で笑い目を伏せた。
「…………」こころは停止している。
「うわああああああああ天才だわあああああああ!!!!!」
こころはバンザイをして、下から強風に吹かれているかのように上へ伸びながら叫んだ。想像以上の、まるで世紀の大発見をしたかのような反応にナズーリンは顔が熱くなった。
「いやっ、そんなに驚くことじゃ……」
「ねえみんな聞いて聞いてー! ナズさんが天才なのー!!」
こころは興奮の面を踊らせながら、往来の人達に呼びかけはじめた。顔も名前も知らない人達が、ナズーリンとこころの方を見る。
「ちょっと!? 騒ぎ立てないでよ!?」
無用な注目を浴びることを好まないナズーリンは、こころを置いて先に行くんだったと後悔した。
◇
「みんなー!」
命蓮寺の居間に面霊気の上擦った声が飛び込んだ。「やめろってのにー!!」続けて賢将の声。
居間には村沙、一輪、響子、なんてこった、星様までいるーーナズーリンはこころの腰にしがみついて踏ん張っていたが、まったく止められていなかった。
「あらこころちゃんどうしたの?」
居間の者達は次々とちゃぶ台に集まっていく。
「あのね! ナズさんが天才なのー!」こころはちゃぶ台に両手をついて、身を乗り上げて話し出した。
「ち、違うの、なんでもないっ……」
ナズーリンはこころの口を塞いで引き戻そうとするが、逆に星に「まあまあ」と抱え上げられてしまった。
こころはすぐ再開する。
「えっとね、木の実があってね! ナズさんは味が判るの!」
「…………?」寺の面々の頭に?が浮かぶ。
「…………?」こころにも同様の面が浮かんだ。
「あれ? なんでだっけ?」
詳しいことを既に忘れているこころに、ナズーリンは安堵した。しかしすぐにより面倒なことになる予感がしてその場から逃げ出したくなった。
「人が多いと木の実があるから木の実はすっぱくてー……あれ?」
こころは人差し指を口に当て、頭を捻っている。
「んー? どういうこと?」
「ナズーリン、どういうこと?」
「な、なんでも、なんでもない……」
「気になるじゃん、教えて教えて」
こころがハードルをぶち上げたことで、みんなが食いついている。ナズーリンに注目が集まった。
「いや……えっと、つ、つまりですね……」
賢将ナズーリンは仕方なく一から説明をした。こんなつまらないことをわざわざ。
「ーーそういうわけで、その木の実は美味しくないよ、という……」
馬鹿らしいと思いつつ説明を終える。
「…………」
案の定、微妙な反応の面々。
「…………」
こころもナズーリンを見つめたまま停止している。
なんでお前まで黙ってるんだとナズーリンは内心でこころを責めた。なんか自分がつまらないことを言ったような感じじゃんかと、耳を丸めて下を向く。
数拍の沈黙ーーああもう、誰か何か言ってよーーナズーリンはそう願った。
「うわああああああ天才だわああああああ!!!!!」こころが叫んだ。
ナズーリンは主人の腕を振りほどき、顔を真っ赤にして居間から逃げ出した。
○
「見て」
人里の通りを散歩していた古明地こいしは、上に向けて指を差した。
「柿がたくさんなってるわ」
その声で、隣を歩いていたこころはゆっくり上を向いた。
道の脇に生えた立派な柿の木。枝は少し通りにはみ出して、その影が二人に重なっていた。
「もう食べ頃かしら」こいしは笑顔で舌舐めずりをした。袖越しに両手を合わせて目を細め、体を揺らしながら実をひとつひとつ吟味している。
こころはそれをぼんやり見ていたが、ふと、先日天才ナズーリンに教わったことが脳裏をよぎった。慌てたように周りを見回す。
その様子を見たこいしは「一個や二個くらいもらったって大丈夫よー」と言ったが、こころが気にしていることはそれではなかった。
二人のいる通りは今まさにたくさんの人達が歩いていた。こころはやった!と高揚した。
「ふっふっふ判ったぞ。あの柿は渋くて食べられたもんじゃない」
こころはナズーリンを真似て腕を組み、得意げな表情の面をこいしに向けた。
「うっそーん」こいしは目をぱちくりさせた後、袖を口元にやって軽く笑った。
「きっとだよ」
これだけ人通りがあるのに、誰も取った形跡がない。美味しくないに決まっている。こころは自信満々に鼻息を鳴らした。
「食べてみなきゃ判んないでしょー」
こいしはふわりと浮かび上がると、一番熟していると見た柿に手を伸ばしてもぎ取った。
そのまま太い枝に座り、口へ運ぶーー
「うふふ、渋くてひっくり返っても知らないよ」
こころは両手で口を押さえて、無表情のままに笑いを堪える仕草をとった。
「んー、甘くて美味しいわー」
こいしはそう言って、さくさくと食べ進めた。
「えっ、うそー」こころは面をころんと頭から落として、こいしを見上げた。
「食べてみりゃいいじゃない」
こいしはそう言って、もう一つ柿をもぐと、こころに投げつけた。
受け取ったこころはその柿を見つめてから、ゆっくりとかじった。
「おいしいー」こころの傍らに喜びの面が浮かんだ。柿を数個抱えたこいしが「でしょー」と降りてくる。
「でもおかしいなぁ……」
こんなにたくさんおいしいのがなってるのにどうして誰も取らないんだろう。こころは首を捻って疑問の面を揺らした。
(まあいいや)
こころはこいしと並んで柿を味わうーー
「コラ!!!」
突然、横から怒声が飛んできた。二人は驚いて振り向く。
そこには寺子屋の慧音先生が眉を斜めに、口を結んだ顔で仁王立ちしていた。明らかに叱る気満々の様子だった。
柿の木は、家の仕切りの内側から伸びていたのだった。
こころとこいしはまだ手に持った柿をかじりながらふわりと宙に浮かんだ。先生の声を背に、あっという間にその場から逃げ去った。
空の上でこころは、怒られちゃった、失敗しちゃったなーと残念に思った。しかし柿の甘さでそれもすぐに消えた。
そして最終的に、やっぱナズさんは凄いなーという気持ちだけが残った。結果的にナズーリンの「取らない方がいい」という言葉は正しかったのだから。
終始ハイテンションなこころちゃんがかわいらしかったです
そしてやはりナズさんは天才
それはそれとして童話としてありそうな雰囲気で面白かったです