今日(葉月六日)は暦の上では立秋らしいが、どうやら夏が胡座かいて座り込みを決めているようで、秋の足音など聞こえやしない。
ジージーミンミンジャージャーメンと、わめき散らす蝉の大合唱にうんざりした様子で、穣子は縁側に寝っ転がって、あきれ返るくらいに青い空を、さも恨めしそうに眺めている。
地面はとっくに干からびて、陽炎がゆらめいている。しかも家の中ですら陽炎が立ちこめており、この目を回すような暑さの中、ふと穣子は目の前にスイカがぼんやりと浮かんでいるのを見つける。そのスイカを手に取ろうと腕を伸ばすが、なぜか触れない。何度も何度も手を伸ばすが、やっぱり触れない。そうしているうちスイカは湯気を吹き出し、ばーんと爆ぜて、四方八方にあとかたなく吹き飛んでしまった。
――なんてこった。スイカがはじけてしまった……!
唯一の清涼剤を失った穣子は力なく横たわってしまう。
ふと家の天井を見上げると、もやもやとした白いものが漂っているのが見える。
どうやらあまりの暑さに家の中に雲が出来てしまったようだ。秋姉妹の家で出来た雲だから秋雲と呼べなくもないが、そんな趣のあるモノではない。
それにしても、一体この家はどれほどの暑さなのだろうか。いくら何でも暑すぎるのではないか。それこそ近くで誰か火でも焚いてるのではないかと、穣子が思わず辺りを見回してみると、すぐ近くで静葉が囲炉裏で炭火を焚いていた。
――何やってんだ。こいつ……!?
思わず穣子が強い口調で問い詰めると、彼女は涼しい顔をして答える。
「囲炉裏で炭火を焚いていたのよ」
極めて平凡な答えだった。変わりものの姉のことだから、何か変わった理由があることを期待していた穣子が、思わず失望した様子でいると、静葉はふっと笑みを浮かべて告げる。
「穣子、暑いと思うから暑いのよ。心の中を秋にすれば暑さなんてへっちゃらよ。心頭滅却なんとやらと言うでしょう。そうすればこの囲炉裏の火さえも、気にならなくなるわ」
「ねえ、聞いてよ。姉さん。今日立秋なんだってよ? 姉さん」
「ええ、そうね。立秋ね。ところで私の話はまるっきり無視なのね。別にいいけど」
「ねえ、秋はどこなの……!?」
「そんなの目の前にあるじゃない」
「どこよ……!?」
「ほら、目を閉じれば、あなたの目の前に。紅々とした葉をたたえた大樹が……」
「そんなものはない」
「それはあなたが見えていないだけだわ。この世は見えるものがすべてではないのよ。心の目で見て初めて見えるものも……」
「そんなものはない……!」
「もう穣子ったら頑固ね」
「そんなものはないのよ……! 姉さん……っ! ううっ!」
急に涙ぐむ穣子の様子に思わず静葉が尋ねる。
「……どうしたのよ穣子。いつになく情緒不安定ね」
「あのね。姉さん! 今の私に、心の目なんてもので見てる余裕はないの! ……今の私は、今見えるものがすべて! 今の私は、今感じることがすべてなの! 私が今感じてること! それは……っ!」
「それは」
いそいそと囲炉裏の火を消しながら尋ねる静葉に、穣子は大声で言い放った。
「立秋がこんなクソ暑いわけないでしょぉーーーお!? いーかげんにしろぉおおおおおーーっ!?」
穣子渾身のシャウトが山々にこだまする。
実は今の叫びで、秋の訪れがほんの少しだけ近づいたのだが、そんなこと二人は知るよしもない。
「まったく! 一体どこのどいつなのよ!? 今日を立秋なんて決めたのは!? こんな夏のド真ん中に立秋って!? 何? 決めた人はドアホウなの!? 秋に恨みでもあんの!? 当てつけ!? 秋ナメんなよっ!?」
「どうどうどう、落ち着きなさい。穣子」
静葉はまるで荒ぶる馬をあやすように、荒ぶるイモ、もとい穣子をしずませ、諭すように告げる。
「いい、穣子。昔は今の時期になると暑さも収まって秋の訪れを感じられたものなのよ。その名残で今日が立秋なの。風流でしょ」
「風流なんて全然感じないわよ!? そんなの昔の話であって今は全然涼しくないじゃない! こんなの無粋よ無粋!」
「この暑さにあえて身を置くことで、じきに来る秋の訪れに思いをはせるの。それが私たち秋神が夏にできる善行なのよ」
「どこぞの説教好きな閻魔みたいなこと言ってんじゃないわよ。秋に思いをはせたって暑いものは暑いの! 秋なんて全然感じない! じきにじゃなくて、今でしょ、今! 私は今、秋に来てほしいのよ!!」
顔をまるで焼き芋のように真っ赤にさせて、ビービー吐き捨てる穣子の様子はある意味、秋を先取りしてるといえるのかもしれない。しかしそんなことをしても、当然、涼しくなるわけがなく、むしろ彼女はヒートアップする一方だ。
「そもそもの話よ! 夏が暑いのが問題なのよ! 夏は何でこんなに暑いのよ!? もしかして誰か怒ったりしてるわけ!?」
「あなたが怒ってるわね」
「違う!? そうじゃない! そうだけどそうじゃない! 私がいくら怒ったところで夏は暑くならないでしょ!? じゃなくて、夏に影響あるやつよ。例えば夏の神様とか、夏の妖怪とか!」
「ふむ。夏の妖怪と言えば怪談話ね。身の毛もよだつような」
「違う! そうじゃなくて……」
「あ、そうだわ、穣子。怪談話すれば少しは涼しくなるんじゃないかしら。ええ、きっとなれるわ。我ながらグッドアイデアね。そうと決まればさっそく始めましょう」
「……ねえ、私、知ってるわよ? そう言って姉さんは、上る方の階段の話するんでしょ」
「残念ね。下る方の階段よ」
「どっちも一緒よっ!」
静葉はニヤッと笑みを浮かべて『世界階段大百科』なる分厚い本を懐から取り出す。穣子は思わずため息をつき、一言つぶやいた。
「……まったく、そんな本がある事自体、怪談だわ」
「階段だけにね」
「やかましい」
気が抜けてしまった穣子は再び床に大の字になる。静葉も床に座り込み、例の本を読み始める。
結局、二人はそのまま過ごし続け、気がつくとすっかり日も傾いていた。
「……と、いうわけで夜になっちゃったわね」
「夜になってもまだあちぃ……」
穣子は寝そべったまま手足をわさわさと動かす。その様子を見た静葉がため息をついて告げる。
「まったく穣子ったらアメンボみたいな動きしてるんじゃないわよ。失礼でしょ。アメンボに」
「どーいう意味よ!?」
思わず顔を持ち上げた穣子に静葉は涼しい顔で言い放つ。
「あなたはアメンボ以下ってことよ」
「なんですってー!?」
すかさず穣子は顔を真っ赤にして言い返す。
「そういう姉さんだって! あ、あれよ……っ!」
「どれよ」
「えっと……。そう! ……あれ! ゴマダレカミキリムシ以下よ!」
「ゴマダラカミキリムシね」
「同じよ!」
「全然違うわよ。ごまだれカミキリムシって、カミキリムシに、ごまだれかけたらかわいそうでしょ」
「かわいそうって。カミキリムシが?」
「リグルが」
「リグル!? 何であいつが出てくるのよ。だってあいつは蛍の妖怪でしょ? カミキリムシ関係ないじゃない」
静葉はニヤリと笑みを浮かべて告げる。
「まったく甘いわね。穣子。彼女は虫の王様なのよ。虫を統べる者。すなわち、彼女はすべての虫の感覚を共有しているのよ」
「ええ!? そうなの!? そんじゃ私、昨日蚊を蚊取り線香で倒しちゃったけど……」
「きっとリグルもさぞ煙かったことでしょうね」
「うわぁー。それは悪いことしちゃったわ……って、そんなわけあるか!?」
「そんなわけあるのよ」
「ないわよ。だって、そんなすべての虫と感覚共有なんかしてたら、それこそ命いくらあったって足んないわよ! まーた口からデマカセ言ってるんでしょ!?」
「あら、本当よ。だってこれに書いてあるもの」
と、言いながら彼女は、先ほどとは打って変わって薄っぺらい本を懐から取り出して穣子に渡す。
穣子は訝しげに本を受け取ると、表紙に書かれている題名らしきものを読む。
「何これ……。ええと『リグル大全集~私の考えた最強のリグル』……何これ」
「リグルからもらったのよ」
「捨てろ」
「それを捨てるなんてとんでもない」
「そんな大事なのこれ!?」
「大事よ。だって彼女が初めて作った本だもの」
「しかも自作っ!?」
「そう。彼女が夏をエンジョイするため、お盆の頃にあるという、外世界の一大イベントに参加しようと作った本なのよ」
「はあ……」
「私はそんな彼女の一途な想いに心うたれて、この本を手に入れたの。ほら見て、穣子。この本なんと袋とじ付きなのよ。この中には彼女のマル秘のステータスが……」
「はあ……」
穣子は静葉の話を上の空で思わず天井を見上げる。
昼間あった『秋雲』はさすがになくなっていたが、まだ、むうっとした熱気が辺りに漂っているのがわかる。どうやら今夜も熱帯夜のようだ。
「はぁ。秋が待ち遠しいわ……」
穣子は虚空を見つめながら恨めしそうにもらす。その横では静葉が静かに例の本を読みふけっていた。
こんなやりとりを繰り返しているうちに、いつのまにか立秋の夜は過ぎ去り、気がつくと次の日となっていた。
早朝、勢いよく放り込まれ、穣子の顔面にクリーンヒットしたブン屋の新聞の天気予報によると、今日も一日ピーカン晴れらしい。
どうやら立秋が過ぎたとはいえ、二人が立ち上がるのは、まだまだ当分先の様子だ。
しかし、それでも二人は信じている。
例えどんなに暑い日が続こうとも、必ず秋はやってくることを。
例えどんなにつらい日が続こうとも、必ず報われる日はやってくることを。
今日も二人は、うだるような熱気の中にその身を置き、一日をやり過ごす。
ふと、ほのかにひんやりと乾いた風が二人の間を吹き抜けた。
穣子が思わず空を見上げると、相変わらず、代わり映えのない夏の空が広がっている。
穣子はその空の様子に、うんざりしつつも、ふっと笑みを浮かべた。
まだ見ぬ、今年の秋に想いを馳せて――
ジージーミンミンジャージャーメンと、わめき散らす蝉の大合唱にうんざりした様子で、穣子は縁側に寝っ転がって、あきれ返るくらいに青い空を、さも恨めしそうに眺めている。
地面はとっくに干からびて、陽炎がゆらめいている。しかも家の中ですら陽炎が立ちこめており、この目を回すような暑さの中、ふと穣子は目の前にスイカがぼんやりと浮かんでいるのを見つける。そのスイカを手に取ろうと腕を伸ばすが、なぜか触れない。何度も何度も手を伸ばすが、やっぱり触れない。そうしているうちスイカは湯気を吹き出し、ばーんと爆ぜて、四方八方にあとかたなく吹き飛んでしまった。
――なんてこった。スイカがはじけてしまった……!
唯一の清涼剤を失った穣子は力なく横たわってしまう。
ふと家の天井を見上げると、もやもやとした白いものが漂っているのが見える。
どうやらあまりの暑さに家の中に雲が出来てしまったようだ。秋姉妹の家で出来た雲だから秋雲と呼べなくもないが、そんな趣のあるモノではない。
それにしても、一体この家はどれほどの暑さなのだろうか。いくら何でも暑すぎるのではないか。それこそ近くで誰か火でも焚いてるのではないかと、穣子が思わず辺りを見回してみると、すぐ近くで静葉が囲炉裏で炭火を焚いていた。
――何やってんだ。こいつ……!?
思わず穣子が強い口調で問い詰めると、彼女は涼しい顔をして答える。
「囲炉裏で炭火を焚いていたのよ」
極めて平凡な答えだった。変わりものの姉のことだから、何か変わった理由があることを期待していた穣子が、思わず失望した様子でいると、静葉はふっと笑みを浮かべて告げる。
「穣子、暑いと思うから暑いのよ。心の中を秋にすれば暑さなんてへっちゃらよ。心頭滅却なんとやらと言うでしょう。そうすればこの囲炉裏の火さえも、気にならなくなるわ」
「ねえ、聞いてよ。姉さん。今日立秋なんだってよ? 姉さん」
「ええ、そうね。立秋ね。ところで私の話はまるっきり無視なのね。別にいいけど」
「ねえ、秋はどこなの……!?」
「そんなの目の前にあるじゃない」
「どこよ……!?」
「ほら、目を閉じれば、あなたの目の前に。紅々とした葉をたたえた大樹が……」
「そんなものはない」
「それはあなたが見えていないだけだわ。この世は見えるものがすべてではないのよ。心の目で見て初めて見えるものも……」
「そんなものはない……!」
「もう穣子ったら頑固ね」
「そんなものはないのよ……! 姉さん……っ! ううっ!」
急に涙ぐむ穣子の様子に思わず静葉が尋ねる。
「……どうしたのよ穣子。いつになく情緒不安定ね」
「あのね。姉さん! 今の私に、心の目なんてもので見てる余裕はないの! ……今の私は、今見えるものがすべて! 今の私は、今感じることがすべてなの! 私が今感じてること! それは……っ!」
「それは」
いそいそと囲炉裏の火を消しながら尋ねる静葉に、穣子は大声で言い放った。
「立秋がこんなクソ暑いわけないでしょぉーーーお!? いーかげんにしろぉおおおおおーーっ!?」
穣子渾身のシャウトが山々にこだまする。
実は今の叫びで、秋の訪れがほんの少しだけ近づいたのだが、そんなこと二人は知るよしもない。
「まったく! 一体どこのどいつなのよ!? 今日を立秋なんて決めたのは!? こんな夏のド真ん中に立秋って!? 何? 決めた人はドアホウなの!? 秋に恨みでもあんの!? 当てつけ!? 秋ナメんなよっ!?」
「どうどうどう、落ち着きなさい。穣子」
静葉はまるで荒ぶる馬をあやすように、荒ぶるイモ、もとい穣子をしずませ、諭すように告げる。
「いい、穣子。昔は今の時期になると暑さも収まって秋の訪れを感じられたものなのよ。その名残で今日が立秋なの。風流でしょ」
「風流なんて全然感じないわよ!? そんなの昔の話であって今は全然涼しくないじゃない! こんなの無粋よ無粋!」
「この暑さにあえて身を置くことで、じきに来る秋の訪れに思いをはせるの。それが私たち秋神が夏にできる善行なのよ」
「どこぞの説教好きな閻魔みたいなこと言ってんじゃないわよ。秋に思いをはせたって暑いものは暑いの! 秋なんて全然感じない! じきにじゃなくて、今でしょ、今! 私は今、秋に来てほしいのよ!!」
顔をまるで焼き芋のように真っ赤にさせて、ビービー吐き捨てる穣子の様子はある意味、秋を先取りしてるといえるのかもしれない。しかしそんなことをしても、当然、涼しくなるわけがなく、むしろ彼女はヒートアップする一方だ。
「そもそもの話よ! 夏が暑いのが問題なのよ! 夏は何でこんなに暑いのよ!? もしかして誰か怒ったりしてるわけ!?」
「あなたが怒ってるわね」
「違う!? そうじゃない! そうだけどそうじゃない! 私がいくら怒ったところで夏は暑くならないでしょ!? じゃなくて、夏に影響あるやつよ。例えば夏の神様とか、夏の妖怪とか!」
「ふむ。夏の妖怪と言えば怪談話ね。身の毛もよだつような」
「違う! そうじゃなくて……」
「あ、そうだわ、穣子。怪談話すれば少しは涼しくなるんじゃないかしら。ええ、きっとなれるわ。我ながらグッドアイデアね。そうと決まればさっそく始めましょう」
「……ねえ、私、知ってるわよ? そう言って姉さんは、上る方の階段の話するんでしょ」
「残念ね。下る方の階段よ」
「どっちも一緒よっ!」
静葉はニヤッと笑みを浮かべて『世界階段大百科』なる分厚い本を懐から取り出す。穣子は思わずため息をつき、一言つぶやいた。
「……まったく、そんな本がある事自体、怪談だわ」
「階段だけにね」
「やかましい」
気が抜けてしまった穣子は再び床に大の字になる。静葉も床に座り込み、例の本を読み始める。
結局、二人はそのまま過ごし続け、気がつくとすっかり日も傾いていた。
「……と、いうわけで夜になっちゃったわね」
「夜になってもまだあちぃ……」
穣子は寝そべったまま手足をわさわさと動かす。その様子を見た静葉がため息をついて告げる。
「まったく穣子ったらアメンボみたいな動きしてるんじゃないわよ。失礼でしょ。アメンボに」
「どーいう意味よ!?」
思わず顔を持ち上げた穣子に静葉は涼しい顔で言い放つ。
「あなたはアメンボ以下ってことよ」
「なんですってー!?」
すかさず穣子は顔を真っ赤にして言い返す。
「そういう姉さんだって! あ、あれよ……っ!」
「どれよ」
「えっと……。そう! ……あれ! ゴマダレカミキリムシ以下よ!」
「ゴマダラカミキリムシね」
「同じよ!」
「全然違うわよ。ごまだれカミキリムシって、カミキリムシに、ごまだれかけたらかわいそうでしょ」
「かわいそうって。カミキリムシが?」
「リグルが」
「リグル!? 何であいつが出てくるのよ。だってあいつは蛍の妖怪でしょ? カミキリムシ関係ないじゃない」
静葉はニヤリと笑みを浮かべて告げる。
「まったく甘いわね。穣子。彼女は虫の王様なのよ。虫を統べる者。すなわち、彼女はすべての虫の感覚を共有しているのよ」
「ええ!? そうなの!? そんじゃ私、昨日蚊を蚊取り線香で倒しちゃったけど……」
「きっとリグルもさぞ煙かったことでしょうね」
「うわぁー。それは悪いことしちゃったわ……って、そんなわけあるか!?」
「そんなわけあるのよ」
「ないわよ。だって、そんなすべての虫と感覚共有なんかしてたら、それこそ命いくらあったって足んないわよ! まーた口からデマカセ言ってるんでしょ!?」
「あら、本当よ。だってこれに書いてあるもの」
と、言いながら彼女は、先ほどとは打って変わって薄っぺらい本を懐から取り出して穣子に渡す。
穣子は訝しげに本を受け取ると、表紙に書かれている題名らしきものを読む。
「何これ……。ええと『リグル大全集~私の考えた最強のリグル』……何これ」
「リグルからもらったのよ」
「捨てろ」
「それを捨てるなんてとんでもない」
「そんな大事なのこれ!?」
「大事よ。だって彼女が初めて作った本だもの」
「しかも自作っ!?」
「そう。彼女が夏をエンジョイするため、お盆の頃にあるという、外世界の一大イベントに参加しようと作った本なのよ」
「はあ……」
「私はそんな彼女の一途な想いに心うたれて、この本を手に入れたの。ほら見て、穣子。この本なんと袋とじ付きなのよ。この中には彼女のマル秘のステータスが……」
「はあ……」
穣子は静葉の話を上の空で思わず天井を見上げる。
昼間あった『秋雲』はさすがになくなっていたが、まだ、むうっとした熱気が辺りに漂っているのがわかる。どうやら今夜も熱帯夜のようだ。
「はぁ。秋が待ち遠しいわ……」
穣子は虚空を見つめながら恨めしそうにもらす。その横では静葉が静かに例の本を読みふけっていた。
こんなやりとりを繰り返しているうちに、いつのまにか立秋の夜は過ぎ去り、気がつくと次の日となっていた。
早朝、勢いよく放り込まれ、穣子の顔面にクリーンヒットしたブン屋の新聞の天気予報によると、今日も一日ピーカン晴れらしい。
どうやら立秋が過ぎたとはいえ、二人が立ち上がるのは、まだまだ当分先の様子だ。
しかし、それでも二人は信じている。
例えどんなに暑い日が続こうとも、必ず秋はやってくることを。
例えどんなにつらい日が続こうとも、必ず報われる日はやってくることを。
今日も二人は、うだるような熱気の中にその身を置き、一日をやり過ごす。
ふと、ほのかにひんやりと乾いた風が二人の間を吹き抜けた。
穣子が思わず空を見上げると、相変わらず、代わり映えのない夏の空が広がっている。
穣子はその空の様子に、うんざりしつつも、ふっと笑みを浮かべた。
まだ見ぬ、今年の秋に想いを馳せて――
暑いのが苦しすぎてリグルに飛び火してるところがよかったです
(多分本人は面と向かって言われても認めなさそうですが)
穣子が姉とのやり取りを全力で楽しんでいる感じがにじみ出ていてよかったです。
立秋って8月上旬ですか…そりゃまだ暑い…
リグル本瞬殺おめ。私も欲しい