Coolier - 新生・東方創想話

漢気!秘封倶楽部

2025/09/06 12:04:54
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 九月の連休――夏の余韻を残しながらも、秋の気配が漂う頃。私、マエリベリー・ハーンは相棒の宇佐見蓮子と共に、とある山奥の廃村へと向かっていた。

 思えば、今年の夏の始まりは少し奇妙だった。いつもなら夏休みの計画を一緒に立てる蓮子が、なぜか歯切れの悪い返事ばかりしていたのだ。
「あー、メリー、ごめん。今年の夏は東京の実家で家の手伝いをすることになったの。つまらない用事でさあ……」
 その時の蓮子の表情には、どこか影があった。まるで何かを隠しているような、そんな気配を感じていた。
 結局夏休みの間、蓮子は東京の実家に帰省し、私はアルバイト漬けの日々を過ごすことになったのだ。

 
 夏休みの終わりに古物市で見つけた一冊の古いオカルト雑誌。平成の時代に出版されたその月刊誌には「消えた村に残る異界への扉」という、いかにも我々秘封倶楽部の興味を引くタイトルが躍っていた。記事によれば、昭和初期に廃村となったその集落は、かつて修験者たちの修行場として使われており、現在でも不可思議な境界が存在するという。村人たちは「神隠し」を恐れて村を捨てたとあった。
 新学期の始まりと同時に多忙な学生生活を再開させた私達はなかなか顔を合わすことができず、スマホを通じて蓮子へ久しぶりのサークル活動の提案をした。
 もちろん返事はYESだったのだけど、蓮子から返ってきたメッセージは『応』のみ。
 

 一抹の不安を抱えたまま、結界探しの当日を迎えた。
「メリー! 今日という日を待ちわびていたぞ!」
 待ち合わせ場所の駅で私を迎えた蓮子の第一声がこれである。普段の「お疲れさま、メリー」という軽やかな挨拶はどこへやら、まるで戦国武将のような口調で私を迎えたのだ。

 よく見れば、服装も劇的に変わっている。いつものブレザーではなく、なぜか丈の長い学ランを羽織り、インナー代わりにサラシを巻いている。いつもの可愛らしいブーツは何故か下駄になっている。可愛らしさのかけらもない。髪型もショートボブから、後ろで一本に凛々しく結んだものへと変わっていた。よく見たらヘアゴムではなくて細い針金で髪を束ねている。そして何より驚いたのは、明らかに筋肉がついていることだった。腕も太くなっているし、背筋もぴんと伸びている。

「れ、蓮子…… ? どうしたのよ、その格好……そして、その身体……」
「強者の佇まい。それに見合う格好というものだメリー、貴様も気づいているであろう? この俺の、いや、この私の変化に!」
「えっ? あーうん。じゃあ行きましょうか」何かのボケかしらと思いつつもスルーさせていただいた。
「応っ!」
 返事の癖まで凄い。そして、修行? 確か蓮子は夏休みの間、東京の実家で家の手伝いをしていると言っていたはずなのだが……。

 電車の中でも、蓮子の妙な言動は続いた。
「この山奥の廃村に眠る境界、きっと並大抵の力では開けることはできまい。だが心配は無用だ、メリー! この夏、私は己を鍛え上げたのだ!」
 いやいや、力で開けた事なんて今の今まで一回も無かったと記憶しているのだけど。
「あ、あの、蓮子。その口調は何かのアニメの真似?」
「真似だと? 笑止! これが私の本来の姿よ! 今まではただの軟弱な女子大生だった……だが今は違う! 真の力を手に入れた今、私は生まれ変わったのだ!」
 そう言って蓮子は胸を張った。こうなれば気が済むまで放っておこう。
 車窓から見える景色が田園から山間部へと変わっていく中、私は蓮子を観察していた。確かに逞しくなったが、それ以上に……何か必死さのようなものを感じる。まるで自分に言い聞かせているような、そんな印象だった。

 
 最寄り駅から廃村までは徒歩で数時間の道のりだった。山道を歩きながら、蓮子の歩き方さえ変わっていることに気づく。以前の軽やかなステップではなく、どっしりとした足取りで、まるで地面を踏みしめるような歩き方だった。
 突然足を止めると右手で土を掴み、匂いをかぐ。
「うむ、いい土だ。メリー、貴様も嗅いでみるといい。これは人に踏み込まれていない、山本来の匂いだ」と、ベテラン農家の様なセリフと一緒にその手を私にむける。
「……あー、うん、いい感じね」
 とは言ったものの、確かに山の匂いがした。湿った土と青臭い草の香り、そしてどこか神秘的な空気。私は思い切って蓮子に夏休みの間の出来事を尋ねてみた。
「それで、東京の実家のお手伝いはどうだったの?」
 蓮子の表情が一瞬曇る。彼女の目には、迷いのような光が宿っていた。
「……実はな、メリー。あれは嘘だった」
「え?」
「この夏、私は一人、奥多摩の山に籠もって修行をしていたのだ。境界を開くことのできない己の無力さを嘆き、真の力を求めて……」

 蓮子の告白に、私は言葉を失った。
「あの時のことを覚えているか、メリー? 上野の博物館で、あの呪われた鏡の境界に挑んだ時のことを……」
 ああ、思い出した。春のことだった。私たちは博物館の古い鏡に宿る境界を調査していたのだが、その境界は非常に不安定で、私でも開くのに苦労したのだ。
「メリーが境界を開こうとして、突然倒れそうになった。私は……私は何もできなかった。ただメリーの名前を呼ぶことしかできなかった……」
 蓮子の声が震えている。
「私は無力な私を呪った。もしメリーに何かあったら…… もし私に力があれば、メリーを守ることができるのではないかと、そう思ったのだ」

 私の胸が熱くなった。蓮子は私のことを……。方向性は大きく間違えていると思うけどその根底にあるものは間違っていない。方向性が極端に違うだけなのだ。そう思った。
「心配をかけたくなかった……だから嘘をついた。許してくれ、メリー」
 大袈裟に膝から崩れ落ちると悔し涙なのだろうか、大粒の涙を流しながら拳で大地を叩き始めた。
「蓮子……」
 でも間違っている人に正面から間違っているなんて伝えてもアサーティブな会話にはならない。
 だから私は蓮子の手を握った。その手は確かに、以前よりもごつごつとしていて、まめもできていた。

「一ヶ月間、毎日夜明けとともに起きて、滝に打たれ、岩を砕き、野山を駆け回った。食べ物は山で採れるものだけ。雨の日も、嵐の日も……」

 蓮子の目が遠くを見つめている。
「修験者の古い文献を読み漁り、肉体と精神を鍛える方法を学んだ。そして気づいたのだ。境界を開くのに必要なのは、繊細さだけではない。時には、純粋な力も必要なのだと!」
 そんな訳あるかっ! 私はその言葉をグッと飲み込んだ。

 夕日が山の向こうに沈む頃、我々はまだ山道の途中にいた。辺りに虫の声が響き始め、空気もひんやりとしてきた。
「思ったより山が深い。夜間の行軍はメリーには危険だ。今宵は野宿だな」蓮子が当然のように言い放つ。
「え、野宿!? 聞いてない! 私、そんなの無理よ!」
「大丈夫だ、メリー。任せておけ」
 蓮子は手慣れた様子で、まず適当な場所を選んで地面を整えた。木の枝と蔦で簡易的なベッドを作り上げる。そして落ち葉や枯れ木を集めて焚き火の準備を始める。火起こしも、なんと火打ち石でやってのけた。
「蓮子すごい……。本当に逞しくなったわね」
 この時ばかりは蓮子の変化に感謝したのは秘密だ。
「ふん、これくらい造作もない」
 そして、髪を纏めていた細い針金を外すと、器用に罠をつくり仕掛け始める。

「ちょっと待って、それ何よ……」
「野うさぎの罠だ。今夜の夕食の確保だ。歩き回ったから筋肉が疲労しているであろう。良質なタンパク質が必要だ。そして、これは山の掟――自然から頂いた命は、感謝とともに余すことなく頂戴する!」
「え、ちょっと、蓮子!? 非常食の缶詰あるけど……」
「こんな状況、非常時でも何でもない。ささやかな夕食の時間ではないか」
 これはもう何を言ってもダメだ。
 
 そして30分後、本当に野うさぎが一匹、罠にかかっていた。蓮子は「ありがとう」と小さく呟くと、迷いなくそれを〆て、見事に解体して串焼きにしてしまった。手慣れた手つきで、内臓を取り除き、薬草を詰めて調理する様子は、まさに山男のそれだった。
「さあ、メリー! 山の恵みを味わうがよい! 命に感謝して!」
「う、うん……」
 正直、かなり引いていたが、焼きあがった肉は予想以上に美味しかった。野生の味というのか、ジューシーで滋味深い。蓮子の料理の腕も、この夏で格段に向上したらしい。

 焚き火の炎が揺れる中、蓮子は山での生活を語ってくれた。
「滝行は辛かった……最初の一週間は、毎日筋肉痛で動けなかった。でも、だんだん身体が慣れてきて、そして心も研ぎ澄まされていくのを感じた」
「うん」
 本当に返事に困ると人は相槌を打つことしかできなくなるのだ。
「岩を砕く修行では、最初は手が血だらけになった。でも師匠が教えてくれた――『力とは、相手を傷つけるためではなく、大切な者を守るためにあるのだ』と」
「えっ? 師匠?」突然、登場人物が一人増えた。
「山で出会った老猿だ。人語を操り、山について教えてくれた。風の様に木々の間を飛び回り、ブルドーザーの様に岩をも投げ飛ばす。その拳は鉄よりも堅く岩をも砕く。それでいて竹の様にしなやかで、巨木のようにどっしりと構えている。その方に一ヶ月間、みっちりと仕込まれたのだ」
 境界探しなんて可愛く思える程の不思議体験をしてきた自覚はあるのだろうか?
 焚き火の光に照らされた蓮子の横顔は、確かにいつもより凛々しく見えた。

 翌朝、鳥のさえずりで目を覚ました我々が山道を歩いていると、突然藪から大きな猪が飛び出してきた。体重百キロはありそうな巨体で、牙も鋭く光っている。
「きゃあああ!」
 私は反射的に蓮子の後ろに隠れる。しかし蓮子は動じない。それどころか、猪を見つめながら何やら呟いている。

「ほう……立派な牙だ。この山の主とお見受けする。我々に敵意はない」
 蓮子は猪に向かって、ゆっくりと歩いていく。
「蓮子、危ないわ!」
 私の声が聞こえていないのか、聞いていないのか、蓮子は歩みを止めなかった。
 蓮子が近づくことに興奮した猪は山中に響き渡る鳴き声をあげる。
「フン、目の前の相手との実力の差を見抜けぬとは、誠に愚か! 猪風情がこの私に牙を向けた度胸だけは褒めてやろう。だが待て――貴様の目を見れば分かる。そこに宿るのは怒りではなく……恐れだ!」
 確かに、よく見ると猪は怯えているようだった。きっと訳のわからない人間を見て、反射的に威嚇しているだけなのだろう。

 蓮子は何と、素手で猪の前に立ちはだかった。両手を前に広げて、腰を落としてどっしりと構える。猪が突進してくる――しかし蓮子は軽々とそれをかわし、まるで柔道の技のように猪の勢いを利用して投げ飛ばした。そして転がった猪に飛びつくと首筋を優しく撫でる。

「よぉしよーし、怖がることはない。我々は通りすがりの者だ。貴様の縄張りを荒らすつもりはない」
 猪は蓮子の迫力と、しかし同時に感じる優しさに完全に心を奪われたようだった。ぶるぶると震えていたが、それは恐怖ではなく、感動のようにも見えた。

「良い子だ……貴様は知っているな? この山の奥に眠る、古い村のことを」
 猪は頷くように鼻を鳴らした。
「案内してくれるか? もちろん、無理強いはしない」
 蓮子は猪の目をじっと見つめた。
 猪はしばらく蓮子を見つめていたが、やがて立ち上がると、山道の奥を鼻で指すような仕草をした。

 信じられないことに、その猪――いや、蓮子は「イノ公」と名付けていたが――は本当に我々を廃村まで案内してくれた。道中、蓮子とイノ公は何やら「ブヒ」「そうだな、イノ公」といった調子でコミュニケーションを取っている。私にはまったく理解できない会話だったが、二人……いや、一人と一頭は確実に意思疎通を図っていた。
「イノ公が言うには、この村には昔、不思議な力を持った巫女さんがいたそうだ」
「蓮子、本当に猪と会話してるの……?」
「山で修行している間に、獣たちとの対話法も身につけた。これくらいなんてこともない」
 
 そして昼過ぎ、ついに我々は目的の廃村へと到着した。
 朽ち果てた民家が点在する中で、ひときわ異様な気配を放っているのは村の奥にある小さな神社だった。鳥居は半ば崩れ落ち、社殿も傾いている。しかしそこには確かに、境界が存在していた。それも、今まで見たことのないような複雑で不安定な境界が。

「あった。でも、これは……」
 私は神社に近づき、境界の様子を探る。しかし……
「これは……開けない」
「何だと?」
 蓮子が驚いたような声を上げる。イノ公も心配そうに鼻を鳴らしている。
「とても不安定な境界よ。まるで何層にも重なっているみたい……私の力でも、うまく開けそうにない……諦めましょう、蓮子」
「諦める……だと?」

 蓮子の表情が一変する。今まで見たことのないような、鬼気迫る表情だった。
「この一ヶ月成果、あの修行の成果を今見せずにいつ見せると言うのだ! メリー、下がっていろ!」
「蓮子、危険よ! この境界は今までとは違う! 無理に開こうとしたら……」

 しかし蓮子は聞く耳を持たなかった。神社の社殿へと駆け寄ると、信じられないことに、両手を境界へと突っ込んだのだ。
「蓮子、やめて! 本当に危険よ!」
「うおおおおお! 力こそ全て! 境界も、霊的な存在も圧倒的な力の前では無力なのだ!」
 その髪は逆立ち、両腕の筋肉が今までに見たことがない程に膨張している。私の相棒、人間辞めてない?

 蓮子は文字通り腕力で境界をこじ開けようとしている。境界が軋み、空間が歪んでいく。神社の周りの空気が震動し、イノ公は怯えて逃げ出してしまった。

「見よ、メリー! 一ヶ月の修行で身につけた、この力を! 純粋な力は全てを凌駕するのだああああ!」
 眩い光を放ち、境界は開かれた!
 
「あっはっはっ、どうだ開いたぞ! 境界が開いたのだ! 否、境界を開けたのだ、この私の腕力でなっ! 真に必要なのは、何でも力で解決させるこの漢気よ!」
 確かに、境界は開いていた。しかし、それは私が今まで経験してきた、繊細で美しい境界操作とは正反対の、力任せで乱暴なものだった。それでも開いた境界の向こうからは、古い時代の匂いと、どこか懐かしいような風が吹いてきている。

 高笑いする蓮子の姿を見て、私は胸の奥に何ともいえない気持ちが湧き上がった。確かに蓮子は強くなった。でも……。
「可愛くない……」
「……え?」
 蓮子の笑いが止まる。振り返った彼女の顔には、困惑の色が浮かんでいた。
「全然可愛くないわよ、蓮子! いくら強くなったからって、そんな乱暴な……それに、その口調も変よ! 前の蓮子の方がずっと良かった!」
「メ、メリー……」
 蓮子の頬が赤く染まる。そして急に、あのいつもの蓮子の表情に戻った。
「あ、あの、ごめん、メリー。ちょっと調子に乗りすぎちゃった……」
 その声は、いつもの蓮子の声だった。少し恥ずかしそうで、でも温かい声。
「もう、心配したのよ? 急に変わっちゃって。確かに強くなったのは分かるけど、蓮子は蓮子でいてほしいの」
「えへへ……やっぱり、メリーには敵わないなあ。ははっ」

 蓮子は照れくさそうに頭を掻いた。その仕草は、確かにいつもの可愛い相棒のものだった。筋肉はついているし、確実に逞しくなったけれど、中身はやっぱり私の知っている蓮子だった。
 いつの間にか戻ってきたイノ公は祝福する様に二人の周りをぐるぐると回りながら嬉しそうに鳴いている。

「でもさ、メリー」蓮子がいつもの調子で言う。「私、本当にメリーを守りたかったんだ。メリーが危険な目に遭った時、私は何もできない……それが悔しくて」
「蓮子」
「境界を開くのは、やっぱりメリーの専門。でも、いざという時に力になれる――そんな相棒でいたかったんだ」
 私は蓮子の手を取った。確かに固くなった手のひらを、ぎゅっと握る。
「ありがとう、蓮子。でも、私が一番好きなのは、普通の蓮子よ。強い蓮子も素敵だけど……やっぱり、いつもの蓮子が一番」
「メリー……」

 開かれた境界の向こうから、不思議な風が吹いてくる。今度は二人で、いつものように境界の向こうへと足を踏み入れていこう。
「でも蓮子」
「何?」
「野うさぎの料理は美味しかったわ。今度、また作って」
「え……あ、うん。でも今度はスーパーのお肉で作ろうね」
 蓮子の苦笑いが、秋の山にこだました。イノ公も満足そうに鼻を鳴らしながら、我々を見送ってくれた。

 私たちの秘封倶楽部は、今日もまた新しい世界への扉を開いたのだった。今度は、蓮子の新しい力と、でもやっぱり変わらない二人の絆とともに。
押忍、酉河つくねと申します。
漢気溢れる蓮子さんを書きたかったので書いて見ました。
酉河つくね
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4.100南条削除
押忍
腕力と勢いで突き進んでいく蓮子がとてもよかったです
山の主もマスコットと化していてかわいらしかったです