【秘封倶楽部の足が遅い方】
蓮子と一緒に歩いていると、私はしばしば置き去りにされる。物理的な意味ではなくて、心の方の話だ。
彼女はいつも早足で、視線は前に、未来に、星に向いている。カツカツと響く革靴の音は、まるで未来への扉を叩いているみたい。その軽やかなリズムについていこうとする私の足音は、いつもどこか遅れがちで、まるでワルツを踊るときの初心者のようだった。
でも私は、道の脇に生えた雑草にだって見とれてしまうし、古びた建物を見ると足を止めてしまう。アスファルトの隙間から健気に顔を出している名前も知らない小さな花、煉瓦に刻まれた時代の痕跡、剥がれかけた看板に残る昔の店の面影……そういうものに、私の心はいつも引き寄せられてしまう。蓮子には「メリーの悪い癖」と呼ばれているけれど、私にはそれらが、まるで過去からの小さな手紙のように思えるのだ。
その日もそうだった。
「メリー、早くしないと電車の時間が――」と、言いかけた蓮子の声を、私はうわの空で聞いていた。
路地の奥、ひっそりと灯る看板に心を奪われてしまったのだ。夕暮れの薄闇の中で、その看板だけがぼんやりと温かい琥珀色の光を放っている。まるで古い映画のワンシーンから抜け出してきたような、どこか懐かしくて、それでいて不思議な魅力を湛えていた。
『BAR Crossroads』
クロスロード。十字路。分岐点。境界。
その単語を意味する訳語はたくさんあるけれど、つまりは「ここから向こうへ」と線を引く場所。その文字を見ただけで、私の胸の奥で何かがざわめき始めた。まるで境界に敏感な私の血が、その看板の向こう側に隠された何かを察知しているかのように。
それだけで、私の胸は少し高鳴った。
「ちょっと寄っていかない?」
「え、飲むの? こんな時間から? まだ夕方よ」
「夕方だからいいの。境界に出逢うなら逢魔が刻って言うでしょ?」
「なによそれ、初めて聞いたけど……」
苦笑する蓮子を置いて、私は木の扉を押し開けた。扉の向こうから漂ってくる空気は、外の慌ただしい街の喧騒とはまるで違う質感を持っていた。時間が違う速度で流れているような、そんな予感がした。
【ガール・ミーツ・ブルース】
バーの中は薄暗く、けれど埃ひとつない整頓された空間だった。天井から下がる小さなペンダントライトがいくつもの琥珀色の光溜まりを作り出し、その光と影のコントラストが空間に深みと落ち着きを与えていた。外の騒がしい夕暮れ時とは打って変わって、ここだけが時の流れから切り離されたような静謐さに包まれている。
カウンターの奥の棚に、色とりどりのレコードのジャケットが並んでいる。まるで古い図書館の書架のように整然と並んだそれらは、一つ一つが小さな世界への扉のように見えた。ジャズ、ブルース、ソウル……私にはまだ馴染みの薄いジャンルの名前が、ジャケットの色彩や雰囲気からなんとなく読み取れる。
カウンター席に座ると壁際のスピーカーから流れてきた。それは泣き出しそうなギターの音だった。
最初はただの楽器の音だと思っていた。でも耳を澄ませていると、それが単なる「音」ではないことに気づく。まるで誰かが胸の内を絞り出すように語りかけているような、生々しい感情が音に宿っている。
ざらり、とノイズが響いた次の瞬間、空気が震えた。私の身体ごと、共鳴してしまいそうな低音。そして、湿った土の匂いまで伴って届くような声。アナログ特有の、わずかな歪みや雑音でさえも、かえって音楽に血の通った生命感を与えているように感じられた。
「……良いタイミングでのご来店だね、BBキングのベスト盤に変えた所だったんだ」
マスター低い声に、私は思わず訊き返していた。年配の男性で、まるでこの店とレコードたちの長年の友人のような、穏やかで知識に満ちた佇まいをしている。
「ビービー……?」
「ブルースの王様さ。泣いてるのはギターで、泣かせてるのは彼自身だ」
ギターが泣いている。確かに、そう聞こえた。
旋律が、音が、弦の震えが、ただ音楽として整っているだけではない。心臓を抉るような不協和が、逆に妙な調和を生んでいる。私の胸の奥で、今まで気づかなかった感情の扉が、音楽によってそっと開かれていくような感覚があった。それは悲しみでも喜びでもない、もっと複雑で深い感情だった。
「配信やCDじゃ駄目なの?」
横で蓮子が、不思議そうに首を傾げた。彼女の実用的で合理的な発想は、いつものことながら的確だった。
「同じ曲なら、もっと手軽に聞けるでしょうに」
私はしばらく答えられなかった。
でも、確かに違った。
配信の音は綺麗すぎて、一点の曇りもないガラスみたい。完璧に整理され、ノイズひとつない音は確かに美しい。でもそれは、あまりにも完璧すぎて、どこか現実感に欠けていた。まるで美術館のガラスケースに飾られた美しい絵画のように、見ることはできても触れることのできない遠い存在のような……。
でも、この音は――雨上がりの水たまりを裸足で踏んだみたいに、濁っていて、冷たくて、なのに心地いい。不完全で、傷だらけで、時には針が跳ねてプツプツとノイズが入る。でもその不完全さこそが、かえって人間らしく、生きているように感じられる。
その夜、私は決めてしまったのだ。
レコードを集めてみよう、と。
【回転という魔法】
最初に必要だったのは、レコードプレーヤーだった。
古物店をいくつも回って、ようやく見つけたのは木目調の古びた一台。年季の入った木材の表面には、長年の使用によるわずかな傷や色の変化があって、それがかえって愛着を感じさせた。前の持ち主はどんな音楽を聴いていたのだろう……きっと数え切れないほどのレコードがこのターンテーブルの上で回り、数え切れないほどの思い出がこのスピーカーから流れ出していったのだろう。そんなことを想像すると、胸が少しわくわくした。
埃をかぶっていたけれど、スイッチを入れるとモーターが唸り、ターンテーブルがゆっくりと回った。最初はぎこちなく、まるで長い眠りから目覚めたばかりのような動きだったけれど、やがて安定したリズムで回転し始めた。
――それだけで、もう舞台が始まったみたいに思えた。まだ何も載せていない空のターンテーブルが回っているだけなのに、そこには確実に「何かが始まる」という期待感があった。それはまるで魔法のようだと私は感じ購入を決めたのだった。
部屋に持ち帰るのはひと苦労だった。
重い本体を抱えて坂を上がっていると、汗が額に滲み、息も上がってしまう。現代の軽やかな電子機器に慣れた身体には、このアナログ機器の重量は思った以上の負担だった。でもその重さすらも、なんだか愛おしく感じられる。デジタルの軽やかさとは違う、確実にそこに「存在している」という物理的な実感がそこにあった。
蓮子がにやにや笑ってついてきた。
「わざわざそんな不便なもの買わなくても、スマホで済むじゃない」
「不便だからいいの」
私の答えに、蓮子は少し意外そうな顔をした。普段の私なら、もっと効率的で合理的な選択をしそうなものなのに、と思っているのだろう。でも今の私には、効率や合理性よりも大切なものがあった。
「へえ、メリーが”重たいの好き”なんて珍しいわね」
「……揶揄わないの」
「だってそうじゃない? ふんわりしたスカートが好きだし、純文学よりライトノベルが好きだし、政治的思考もどちらかと言えば右寄りだし」
「最後のはスペルが違うわ」
部屋に据えつけるときも大騒ぎだった。
スマホの水平器アプリを起動してテーブルの脚に紙を挟んで傾きを直し、ようやく針を落とす。レコードプレーヤーは完璧に水平でなければ正しく音を再生できないから、この作業は絶対に欠かせない。几帳面で面倒な作業だったけれど、その一つ一つの手順が、まるで魔術師の儀式のように感じられた。
「まるでお祭りの準備ね」
「そうよ。儀式みたいなものなんだから」
私は真顔で答えた。蓮子には半分冗談のように聞こえたかもしれないけれど、私にとってそれは本当に儀式だった。音楽を聴くための、特別で神聖な時間を作り出すための、大切な準備だった。
盤を載せ、カタリと針を落とす。
その一瞬の沈黙は、電子音源では味わえない。針が溝に触れる瞬間の、わずかな緊張感。そして、やがて始まる音楽への期待。その短い間に、心の準備を整える時間がある。
やがてスピーカーから鳴り出すのは、埃すら含んだ生々しい音。
不便だ、と誰かは言うだろう。
だって、A面とB面を裏返すのも面倒だし、針が摩耗すれば交換もしなくてはならない。埃を拭わなければ、ノイズが乗ってしまう。温度や湿度の管理だって気をつけなければ、レコード自体が反ってしまうこともある。
でもその不便さが、むしろ「境界探し」みたいに感じられる。
スマホの音楽は、境界の無い真っ白な紙。タップひとつでどんな曲にも瞬時にアクセスできて、無限に続く音楽のストリームの中を自由に泳げる。でもそれは、あまりにも自由すぎて、かえって特別感を失っているような気がした。
けれどレコードは、線を引き、裏と表、開始と終わりを生み出す。一枚のレコードには限られた時間しか収録できないし、聴きたい曲があっても針を落とす位置を慎重に探さなければならない。でもその制約こそが、音楽に特別な価値と重みを与えているように感じられた。
私はその線に、すっかり恋をしてしまった。
【円盤はステージの幻影を見せるのか】
その夜は、マイルス・デイヴィスのトランペットを聴いていた。
静かな、けれど凛とした音。深夜の街のように冷たく、街灯の光だけがかすかに道を照らしているような旋律。音の一つ一つが、まるで氷の結晶のように透明で鋭く、それでいて儚く溶けてしまいそうな美しさも持っていた。
部屋の明かりを落として、小さなスタンドランプの温かい光だけを頼りに、私は音楽に身を委ねていた。夜の静寂の中で、トランペットの音色は特別な意味を持って響いていた。
カタリ、と針が一瞬跳ねた。
ふと視界が揺れる。最初は目の錯覚かと思った。でも、私を取り囲んでいた見慣れた部屋の景色が、明らかに変化している。壁紙の花柄が消えて、代わりに重厚な幕が現れている。
私の部屋のはずが、気づけばどこかのステージの袖。
スポットライトが暗闇を切り裂き、客席からざわめきが湧き上がる。私の肌に、舞台特有の緊張した空気が触れる。照明の熱気と、楽器の金属的な匂い、そして観客の期待に満ちた息遣いまでもが、リアルに感じられた。
「……え?」
思わず声を漏らす。
部屋にいたはずなのに、舞台の空気を肌で感じていた。スモークの匂い、汗に濡れた楽器の艶。時代さえ違うのに――そこにいる。
ステージの上では、若い頃のマイルス・デイヴィスがトランペットを構えていた。彼の表情は深く集中しきっていて、まるで音楽そのものと密やかに対話しているようだった。彼が唇を楽器に当てた瞬間、私の部屋で聞いていたのと同じメロディが、生の迫力をもって空気を震わせ始めた。
別の夜、アレサ・フランクリンの歌声を聴いていた時もそうだった。
彼女が一声発した瞬間、部屋の壁が霧のように消え去って、私は客席のど真ん中にいた。魂を震わせる歌。泣き笑いする観客。アレサの歌声は、まるで教会のゴスペルのように力強く、それでいて一人ひとりの心に直接語りかけるような親密さがあった。観客の表情も手に取るように見える。涙を流す老人、拳を握りしめる若い女性、天を仰ぐ中年男性……。
私は椅子に座っているのに、心臓だけがスタンディング・オベーションをしている。胸の奥で何かが燃え上がるような感覚があって、涙が出そうになった。それは悲しみの涙ではなくて、あまりにも美しく、あまりにも真実なものに触れた時の、感動の涙だった。
そして、オーティス・レディング。
切なくて、柔らかくて、まるで夕暮れに沈む光のような声。彼の歌声には、どこか諦めのような静けさと、それでいて希望を諦めない強さが同居していた。
目を閉じると、海辺のステージに立っている。潮風が髪を揺らし、観客の歓声は波音と混じり合う。夕日が水平線に沈んでいくのを背景に、オーティスの歌声が夕暮れの空に響いている。その光景は、まるで映画のワンシーンのように美しく、同時に胸を締め付けるような切なさがあった。
――どうして、こんなことが起きるのだろう。
私は境界に敏感すぎるから? それとも、レコードというアナログの不完全さが、時代と時代の隙間を作り出すのだろうか。
デジタルの音楽では、こんなことは起こらなかった。完璧に再現された音は確かに美しかったけれど、それはあくまで記録されたデータの『再生』でしかなかった。でもレコードの音は違う。針が溝をなぞるという物理的な接触によって生み出される音は、まるでその時代の空気も、演奏者の息遣いも、観客の熱気も、すべて一緒に『再現』しているような気がする。
けれど私は、不思議と怖くなかった。
むしろ幸せだった。回転する円盤の上に、時間と空間が針で刻まれ、私にだけ舞台を見せてくれている――そんな気がして。
私だけの特別な時間。私だけが見ることのできる、レコードに刻まれた向こう側の世界。それは、境界を越える能力を持った私への、音楽からの贈り物のような気がした。
【境界の向こうのアナログ世紀】
翌日、私は蓮子に打ち明けた。
大学の学食で向かい合って座りながら、昨夜の不思議な体験を話すかどうか迷っていた。蓮子の前に置かれたコーヒーカップから立ち上る湯気が、午後の陽光の中でゆらゆらと揺れている。彼女なら理解してくれるだろうか……そんな不安もあったけれど、やはり彼女には話しておきたかった。
「……昨夜ね、アレサを聴いてたら、舞台が見えたの」
「へえ」
彼女はさして驚く様子もなく、コーヒーを啜る。蓮子にとって、私の境界に関する体験は、もはや日常の一部なのかもしれない。でもその落ち着いた反応が、かえって私を安心させてくれた。
「それで、入ってみようとは思わなかった?」
入る。境界の向こうへ足を踏み出すという意味合いだ。
それはいつもの私たちの遊びで、私が持っている力を、蓮子はしばしばそうやって焚きつける。彼女の好奇心と冒険心は、いつも私を未知の領域へと誘ってくれる。でも今回は違った。
でも私は首を横に振った。
「いいえ。あの音楽は完成されているの。境界を越えて入り込む余地なんてないわ」
「どういうこと?」
蓮子の問いかけに、私は少し考えてから答えた。今まで感じたことのない、新しい種類の境界体験だったから、うまく言葉にするのが難しかった。
「だって、ステージはすでに完成してる。観客も、演奏も、光も、全部揃ってる。 そこに入り込んでしまったら、逆に壊してしまうかもしれない。 ――針先一つで時代を超えて、その瞬間を見せてもらえる。それだけで最高なの」
私の言葉に、蓮子の表情が少し変わった。いつもの悪戯っぽい笑みから、もう少し真剣で、興味深そうな表情に。
蓮子は、ふっと笑った。
「あなたにしては珍しいわね。境界を越えないなんて」
「ええ。でも、たぶん音楽がそうさせるのよ。 不完全だからこそ完全、傷だらけだからこそ完璧。……不思議よね」
レコードの傷やノイズ、針跳びといった「欠陥」が、かえって音楽に血の通った生命感を与えている。完璧すぎるデジタル音源にはない、アナログ世紀独自の人間らしい温かさと親しみやすさがそこにはある。それは私にとって、新しい発見だった。
彼女は腕時計をちらりと見て、わざとらしく肩をすくめた。
「ま、私は生で見たいけどね。未来の最前列で」
「ふふ、それは蓮子らしいわ」
蓮子らしい発想だった。彼女なら、きっと時代を超えてでも実際のライブ会場に足を運ぼうとするだろう。その積極性と行動力が、彼女の一番の魅力でもあった。
翌晩、蓮子が泊まりに来た。
「レコードから見える境界の向こうを少しだけ見てみたい」と調子のいい事を言っていた。
彼女はまたちゃかすように、私が針を拭いている姿を見て言った。
「そんなに大事そうに……まるで赤ちゃんにミルクでも飲ませてるみたい」
「こぼしたら泣くのはわたしよ」
「でも、その赤ちゃん、声じゃなくて音楽で泣くのね」
「……蓮子、言葉遊びはやめて」
「え、秘封倶楽部らしいでしょ?」
からかわれても、私は結局笑ってしまう。
彼女の悪戯っぽさが、音楽のリズムとよく似ているから。予想できないタイミングで現れる、ちょっとした驚きや笑い。それは、レコードの針跳びのように、完璧ではないからこそ愛おしいものだった。
蓮子との会話も、私にとっては大切な音楽の一部なのかもしれない。
【秘封倶楽部という名の円盤】
次の夜、またターンテーブルに針を落とす。
今夜は何を聴こうか……レコードの山を眺めながら、まるで本棚から本を選ぶときのような楽しみを感じていた。それぞれのジャケットが、それぞれの時代、それぞれの世界への扉になっている。
回転する円盤は、夜空のように黒く、星座のように傷が光っている。
レコードの表面についた細かい傷は、最初は気になっていた。でも今では、それらがまるで星座の配置のように見える。一つ一つの傷が、そのレコードが辿ってきた歴史を物語っているような気がして、愛おしく感じられるようになった。この傷はきっと、前の持ち主が何度も何度もお気に入りの曲を聴いた証拠なのだろう。
そこから立ち上がる音は、確かに過去のもの。でも、それを今の私が聞いている。
時代と時代が重なり、境界を成す。音楽の世界は、それ自体がひとつの完成された宇宙。私はただ、その端っこに座って、観客としての幸福を味わう。
過去の演奏者と、現在の私。レコードという媒体を通じて、時を超えた対話が生まれている。それは、デジタルの便利さでは決して体験できない、特別で貴重な時間だった。
盤が止まり、針が上がる。静寂が戻る。
でもその静寂は、音楽が始まる前の静寂とは明らかに違っていた。音楽の余韻がまだ空気の中に漂っていて、私の心の中でもまだメロディが響いている。その余韻の時間こそが、レコードで音楽を聴く醍醐味なのかもしれない。
それでも胸の中では、まだ歓声が鳴り響いている。
「……ねえ、蓮子」
心の中で問いかける。彼女はここにはいないけれど、いつも私の心の中に彼女の声がある。
「いつか、この日常も私たちのレコードに刻まれて、針先で回るのかしら」
そう思うと、蓮子と過ごす時間さえ、少し輝いて聞こえた。
私たちの何気ない会話も、一緒に歩く街の音も、学食でのくだらない言葉遊びも、全部がいつか誰かの大切な音楽になるのかもしれない。そんなことを考えると、日常のすべてが愛おしく思えてきた。
針を丁寧に拭い、レコードをジャケットに戻す。今夜の音楽の時間は終わりだけれど、音楽との対話はまた明日も続いていく。
そして私は、きっと明日もレコードに針を落とすのだろう。新しい境界を見つけるために、新しい音楽との出会いを求めて。
回転する円盤の上で、時代を超えた音楽が私を別の世界へと誘ってくれるのだろう。
蓮子と一緒に歩いていると、私はしばしば置き去りにされる。物理的な意味ではなくて、心の方の話だ。
彼女はいつも早足で、視線は前に、未来に、星に向いている。カツカツと響く革靴の音は、まるで未来への扉を叩いているみたい。その軽やかなリズムについていこうとする私の足音は、いつもどこか遅れがちで、まるでワルツを踊るときの初心者のようだった。
でも私は、道の脇に生えた雑草にだって見とれてしまうし、古びた建物を見ると足を止めてしまう。アスファルトの隙間から健気に顔を出している名前も知らない小さな花、煉瓦に刻まれた時代の痕跡、剥がれかけた看板に残る昔の店の面影……そういうものに、私の心はいつも引き寄せられてしまう。蓮子には「メリーの悪い癖」と呼ばれているけれど、私にはそれらが、まるで過去からの小さな手紙のように思えるのだ。
その日もそうだった。
「メリー、早くしないと電車の時間が――」と、言いかけた蓮子の声を、私はうわの空で聞いていた。
路地の奥、ひっそりと灯る看板に心を奪われてしまったのだ。夕暮れの薄闇の中で、その看板だけがぼんやりと温かい琥珀色の光を放っている。まるで古い映画のワンシーンから抜け出してきたような、どこか懐かしくて、それでいて不思議な魅力を湛えていた。
『BAR Crossroads』
クロスロード。十字路。分岐点。境界。
その単語を意味する訳語はたくさんあるけれど、つまりは「ここから向こうへ」と線を引く場所。その文字を見ただけで、私の胸の奥で何かがざわめき始めた。まるで境界に敏感な私の血が、その看板の向こう側に隠された何かを察知しているかのように。
それだけで、私の胸は少し高鳴った。
「ちょっと寄っていかない?」
「え、飲むの? こんな時間から? まだ夕方よ」
「夕方だからいいの。境界に出逢うなら逢魔が刻って言うでしょ?」
「なによそれ、初めて聞いたけど……」
苦笑する蓮子を置いて、私は木の扉を押し開けた。扉の向こうから漂ってくる空気は、外の慌ただしい街の喧騒とはまるで違う質感を持っていた。時間が違う速度で流れているような、そんな予感がした。
【ガール・ミーツ・ブルース】
バーの中は薄暗く、けれど埃ひとつない整頓された空間だった。天井から下がる小さなペンダントライトがいくつもの琥珀色の光溜まりを作り出し、その光と影のコントラストが空間に深みと落ち着きを与えていた。外の騒がしい夕暮れ時とは打って変わって、ここだけが時の流れから切り離されたような静謐さに包まれている。
カウンターの奥の棚に、色とりどりのレコードのジャケットが並んでいる。まるで古い図書館の書架のように整然と並んだそれらは、一つ一つが小さな世界への扉のように見えた。ジャズ、ブルース、ソウル……私にはまだ馴染みの薄いジャンルの名前が、ジャケットの色彩や雰囲気からなんとなく読み取れる。
カウンター席に座ると壁際のスピーカーから流れてきた。それは泣き出しそうなギターの音だった。
最初はただの楽器の音だと思っていた。でも耳を澄ませていると、それが単なる「音」ではないことに気づく。まるで誰かが胸の内を絞り出すように語りかけているような、生々しい感情が音に宿っている。
ざらり、とノイズが響いた次の瞬間、空気が震えた。私の身体ごと、共鳴してしまいそうな低音。そして、湿った土の匂いまで伴って届くような声。アナログ特有の、わずかな歪みや雑音でさえも、かえって音楽に血の通った生命感を与えているように感じられた。
「……良いタイミングでのご来店だね、BBキングのベスト盤に変えた所だったんだ」
マスター低い声に、私は思わず訊き返していた。年配の男性で、まるでこの店とレコードたちの長年の友人のような、穏やかで知識に満ちた佇まいをしている。
「ビービー……?」
「ブルースの王様さ。泣いてるのはギターで、泣かせてるのは彼自身だ」
ギターが泣いている。確かに、そう聞こえた。
旋律が、音が、弦の震えが、ただ音楽として整っているだけではない。心臓を抉るような不協和が、逆に妙な調和を生んでいる。私の胸の奥で、今まで気づかなかった感情の扉が、音楽によってそっと開かれていくような感覚があった。それは悲しみでも喜びでもない、もっと複雑で深い感情だった。
「配信やCDじゃ駄目なの?」
横で蓮子が、不思議そうに首を傾げた。彼女の実用的で合理的な発想は、いつものことながら的確だった。
「同じ曲なら、もっと手軽に聞けるでしょうに」
私はしばらく答えられなかった。
でも、確かに違った。
配信の音は綺麗すぎて、一点の曇りもないガラスみたい。完璧に整理され、ノイズひとつない音は確かに美しい。でもそれは、あまりにも完璧すぎて、どこか現実感に欠けていた。まるで美術館のガラスケースに飾られた美しい絵画のように、見ることはできても触れることのできない遠い存在のような……。
でも、この音は――雨上がりの水たまりを裸足で踏んだみたいに、濁っていて、冷たくて、なのに心地いい。不完全で、傷だらけで、時には針が跳ねてプツプツとノイズが入る。でもその不完全さこそが、かえって人間らしく、生きているように感じられる。
その夜、私は決めてしまったのだ。
レコードを集めてみよう、と。
【回転という魔法】
最初に必要だったのは、レコードプレーヤーだった。
古物店をいくつも回って、ようやく見つけたのは木目調の古びた一台。年季の入った木材の表面には、長年の使用によるわずかな傷や色の変化があって、それがかえって愛着を感じさせた。前の持ち主はどんな音楽を聴いていたのだろう……きっと数え切れないほどのレコードがこのターンテーブルの上で回り、数え切れないほどの思い出がこのスピーカーから流れ出していったのだろう。そんなことを想像すると、胸が少しわくわくした。
埃をかぶっていたけれど、スイッチを入れるとモーターが唸り、ターンテーブルがゆっくりと回った。最初はぎこちなく、まるで長い眠りから目覚めたばかりのような動きだったけれど、やがて安定したリズムで回転し始めた。
――それだけで、もう舞台が始まったみたいに思えた。まだ何も載せていない空のターンテーブルが回っているだけなのに、そこには確実に「何かが始まる」という期待感があった。それはまるで魔法のようだと私は感じ購入を決めたのだった。
部屋に持ち帰るのはひと苦労だった。
重い本体を抱えて坂を上がっていると、汗が額に滲み、息も上がってしまう。現代の軽やかな電子機器に慣れた身体には、このアナログ機器の重量は思った以上の負担だった。でもその重さすらも、なんだか愛おしく感じられる。デジタルの軽やかさとは違う、確実にそこに「存在している」という物理的な実感がそこにあった。
蓮子がにやにや笑ってついてきた。
「わざわざそんな不便なもの買わなくても、スマホで済むじゃない」
「不便だからいいの」
私の答えに、蓮子は少し意外そうな顔をした。普段の私なら、もっと効率的で合理的な選択をしそうなものなのに、と思っているのだろう。でも今の私には、効率や合理性よりも大切なものがあった。
「へえ、メリーが”重たいの好き”なんて珍しいわね」
「……揶揄わないの」
「だってそうじゃない? ふんわりしたスカートが好きだし、純文学よりライトノベルが好きだし、政治的思考もどちらかと言えば右寄りだし」
「最後のはスペルが違うわ」
部屋に据えつけるときも大騒ぎだった。
スマホの水平器アプリを起動してテーブルの脚に紙を挟んで傾きを直し、ようやく針を落とす。レコードプレーヤーは完璧に水平でなければ正しく音を再生できないから、この作業は絶対に欠かせない。几帳面で面倒な作業だったけれど、その一つ一つの手順が、まるで魔術師の儀式のように感じられた。
「まるでお祭りの準備ね」
「そうよ。儀式みたいなものなんだから」
私は真顔で答えた。蓮子には半分冗談のように聞こえたかもしれないけれど、私にとってそれは本当に儀式だった。音楽を聴くための、特別で神聖な時間を作り出すための、大切な準備だった。
盤を載せ、カタリと針を落とす。
その一瞬の沈黙は、電子音源では味わえない。針が溝に触れる瞬間の、わずかな緊張感。そして、やがて始まる音楽への期待。その短い間に、心の準備を整える時間がある。
やがてスピーカーから鳴り出すのは、埃すら含んだ生々しい音。
不便だ、と誰かは言うだろう。
だって、A面とB面を裏返すのも面倒だし、針が摩耗すれば交換もしなくてはならない。埃を拭わなければ、ノイズが乗ってしまう。温度や湿度の管理だって気をつけなければ、レコード自体が反ってしまうこともある。
でもその不便さが、むしろ「境界探し」みたいに感じられる。
スマホの音楽は、境界の無い真っ白な紙。タップひとつでどんな曲にも瞬時にアクセスできて、無限に続く音楽のストリームの中を自由に泳げる。でもそれは、あまりにも自由すぎて、かえって特別感を失っているような気がした。
けれどレコードは、線を引き、裏と表、開始と終わりを生み出す。一枚のレコードには限られた時間しか収録できないし、聴きたい曲があっても針を落とす位置を慎重に探さなければならない。でもその制約こそが、音楽に特別な価値と重みを与えているように感じられた。
私はその線に、すっかり恋をしてしまった。
【円盤はステージの幻影を見せるのか】
その夜は、マイルス・デイヴィスのトランペットを聴いていた。
静かな、けれど凛とした音。深夜の街のように冷たく、街灯の光だけがかすかに道を照らしているような旋律。音の一つ一つが、まるで氷の結晶のように透明で鋭く、それでいて儚く溶けてしまいそうな美しさも持っていた。
部屋の明かりを落として、小さなスタンドランプの温かい光だけを頼りに、私は音楽に身を委ねていた。夜の静寂の中で、トランペットの音色は特別な意味を持って響いていた。
カタリ、と針が一瞬跳ねた。
ふと視界が揺れる。最初は目の錯覚かと思った。でも、私を取り囲んでいた見慣れた部屋の景色が、明らかに変化している。壁紙の花柄が消えて、代わりに重厚な幕が現れている。
私の部屋のはずが、気づけばどこかのステージの袖。
スポットライトが暗闇を切り裂き、客席からざわめきが湧き上がる。私の肌に、舞台特有の緊張した空気が触れる。照明の熱気と、楽器の金属的な匂い、そして観客の期待に満ちた息遣いまでもが、リアルに感じられた。
「……え?」
思わず声を漏らす。
部屋にいたはずなのに、舞台の空気を肌で感じていた。スモークの匂い、汗に濡れた楽器の艶。時代さえ違うのに――そこにいる。
ステージの上では、若い頃のマイルス・デイヴィスがトランペットを構えていた。彼の表情は深く集中しきっていて、まるで音楽そのものと密やかに対話しているようだった。彼が唇を楽器に当てた瞬間、私の部屋で聞いていたのと同じメロディが、生の迫力をもって空気を震わせ始めた。
別の夜、アレサ・フランクリンの歌声を聴いていた時もそうだった。
彼女が一声発した瞬間、部屋の壁が霧のように消え去って、私は客席のど真ん中にいた。魂を震わせる歌。泣き笑いする観客。アレサの歌声は、まるで教会のゴスペルのように力強く、それでいて一人ひとりの心に直接語りかけるような親密さがあった。観客の表情も手に取るように見える。涙を流す老人、拳を握りしめる若い女性、天を仰ぐ中年男性……。
私は椅子に座っているのに、心臓だけがスタンディング・オベーションをしている。胸の奥で何かが燃え上がるような感覚があって、涙が出そうになった。それは悲しみの涙ではなくて、あまりにも美しく、あまりにも真実なものに触れた時の、感動の涙だった。
そして、オーティス・レディング。
切なくて、柔らかくて、まるで夕暮れに沈む光のような声。彼の歌声には、どこか諦めのような静けさと、それでいて希望を諦めない強さが同居していた。
目を閉じると、海辺のステージに立っている。潮風が髪を揺らし、観客の歓声は波音と混じり合う。夕日が水平線に沈んでいくのを背景に、オーティスの歌声が夕暮れの空に響いている。その光景は、まるで映画のワンシーンのように美しく、同時に胸を締め付けるような切なさがあった。
――どうして、こんなことが起きるのだろう。
私は境界に敏感すぎるから? それとも、レコードというアナログの不完全さが、時代と時代の隙間を作り出すのだろうか。
デジタルの音楽では、こんなことは起こらなかった。完璧に再現された音は確かに美しかったけれど、それはあくまで記録されたデータの『再生』でしかなかった。でもレコードの音は違う。針が溝をなぞるという物理的な接触によって生み出される音は、まるでその時代の空気も、演奏者の息遣いも、観客の熱気も、すべて一緒に『再現』しているような気がする。
けれど私は、不思議と怖くなかった。
むしろ幸せだった。回転する円盤の上に、時間と空間が針で刻まれ、私にだけ舞台を見せてくれている――そんな気がして。
私だけの特別な時間。私だけが見ることのできる、レコードに刻まれた向こう側の世界。それは、境界を越える能力を持った私への、音楽からの贈り物のような気がした。
【境界の向こうのアナログ世紀】
翌日、私は蓮子に打ち明けた。
大学の学食で向かい合って座りながら、昨夜の不思議な体験を話すかどうか迷っていた。蓮子の前に置かれたコーヒーカップから立ち上る湯気が、午後の陽光の中でゆらゆらと揺れている。彼女なら理解してくれるだろうか……そんな不安もあったけれど、やはり彼女には話しておきたかった。
「……昨夜ね、アレサを聴いてたら、舞台が見えたの」
「へえ」
彼女はさして驚く様子もなく、コーヒーを啜る。蓮子にとって、私の境界に関する体験は、もはや日常の一部なのかもしれない。でもその落ち着いた反応が、かえって私を安心させてくれた。
「それで、入ってみようとは思わなかった?」
入る。境界の向こうへ足を踏み出すという意味合いだ。
それはいつもの私たちの遊びで、私が持っている力を、蓮子はしばしばそうやって焚きつける。彼女の好奇心と冒険心は、いつも私を未知の領域へと誘ってくれる。でも今回は違った。
でも私は首を横に振った。
「いいえ。あの音楽は完成されているの。境界を越えて入り込む余地なんてないわ」
「どういうこと?」
蓮子の問いかけに、私は少し考えてから答えた。今まで感じたことのない、新しい種類の境界体験だったから、うまく言葉にするのが難しかった。
「だって、ステージはすでに完成してる。観客も、演奏も、光も、全部揃ってる。 そこに入り込んでしまったら、逆に壊してしまうかもしれない。 ――針先一つで時代を超えて、その瞬間を見せてもらえる。それだけで最高なの」
私の言葉に、蓮子の表情が少し変わった。いつもの悪戯っぽい笑みから、もう少し真剣で、興味深そうな表情に。
蓮子は、ふっと笑った。
「あなたにしては珍しいわね。境界を越えないなんて」
「ええ。でも、たぶん音楽がそうさせるのよ。 不完全だからこそ完全、傷だらけだからこそ完璧。……不思議よね」
レコードの傷やノイズ、針跳びといった「欠陥」が、かえって音楽に血の通った生命感を与えている。完璧すぎるデジタル音源にはない、アナログ世紀独自の人間らしい温かさと親しみやすさがそこにはある。それは私にとって、新しい発見だった。
彼女は腕時計をちらりと見て、わざとらしく肩をすくめた。
「ま、私は生で見たいけどね。未来の最前列で」
「ふふ、それは蓮子らしいわ」
蓮子らしい発想だった。彼女なら、きっと時代を超えてでも実際のライブ会場に足を運ぼうとするだろう。その積極性と行動力が、彼女の一番の魅力でもあった。
翌晩、蓮子が泊まりに来た。
「レコードから見える境界の向こうを少しだけ見てみたい」と調子のいい事を言っていた。
彼女はまたちゃかすように、私が針を拭いている姿を見て言った。
「そんなに大事そうに……まるで赤ちゃんにミルクでも飲ませてるみたい」
「こぼしたら泣くのはわたしよ」
「でも、その赤ちゃん、声じゃなくて音楽で泣くのね」
「……蓮子、言葉遊びはやめて」
「え、秘封倶楽部らしいでしょ?」
からかわれても、私は結局笑ってしまう。
彼女の悪戯っぽさが、音楽のリズムとよく似ているから。予想できないタイミングで現れる、ちょっとした驚きや笑い。それは、レコードの針跳びのように、完璧ではないからこそ愛おしいものだった。
蓮子との会話も、私にとっては大切な音楽の一部なのかもしれない。
【秘封倶楽部という名の円盤】
次の夜、またターンテーブルに針を落とす。
今夜は何を聴こうか……レコードの山を眺めながら、まるで本棚から本を選ぶときのような楽しみを感じていた。それぞれのジャケットが、それぞれの時代、それぞれの世界への扉になっている。
回転する円盤は、夜空のように黒く、星座のように傷が光っている。
レコードの表面についた細かい傷は、最初は気になっていた。でも今では、それらがまるで星座の配置のように見える。一つ一つの傷が、そのレコードが辿ってきた歴史を物語っているような気がして、愛おしく感じられるようになった。この傷はきっと、前の持ち主が何度も何度もお気に入りの曲を聴いた証拠なのだろう。
そこから立ち上がる音は、確かに過去のもの。でも、それを今の私が聞いている。
時代と時代が重なり、境界を成す。音楽の世界は、それ自体がひとつの完成された宇宙。私はただ、その端っこに座って、観客としての幸福を味わう。
過去の演奏者と、現在の私。レコードという媒体を通じて、時を超えた対話が生まれている。それは、デジタルの便利さでは決して体験できない、特別で貴重な時間だった。
盤が止まり、針が上がる。静寂が戻る。
でもその静寂は、音楽が始まる前の静寂とは明らかに違っていた。音楽の余韻がまだ空気の中に漂っていて、私の心の中でもまだメロディが響いている。その余韻の時間こそが、レコードで音楽を聴く醍醐味なのかもしれない。
それでも胸の中では、まだ歓声が鳴り響いている。
「……ねえ、蓮子」
心の中で問いかける。彼女はここにはいないけれど、いつも私の心の中に彼女の声がある。
「いつか、この日常も私たちのレコードに刻まれて、針先で回るのかしら」
そう思うと、蓮子と過ごす時間さえ、少し輝いて聞こえた。
私たちの何気ない会話も、一緒に歩く街の音も、学食でのくだらない言葉遊びも、全部がいつか誰かの大切な音楽になるのかもしれない。そんなことを考えると、日常のすべてが愛おしく思えてきた。
針を丁寧に拭い、レコードをジャケットに戻す。今夜の音楽の時間は終わりだけれど、音楽との対話はまた明日も続いていく。
そして私は、きっと明日もレコードに針を落とすのだろう。新しい境界を見つけるために、新しい音楽との出会いを求めて。
回転する円盤の上で、時代を超えた音楽が私を別の世界へと誘ってくれるのだろう。
レコードならではのレトロな雰囲気が素晴らしかったです
お洒落なお話でした