Coolier - 新生・東方創想話

不便利主義者の旅行

2025/08/22 11:54:05
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 古典的な車
 
 東京駅八重洲口近くのレンタカーカウンター前で、宇佐見蓮子は眉をひそめていた。眉をひそめるという表現は実に古典的だが、この状況においては古典的な表現こそが相応しい。なぜなら、彼女たちが直面している問題もまた、古典的な、つまりは前時代的な問題だったからである。

「申し訳ございません。全自動運転車は全て出払っておりまして」
 カウンター越しの店員は、申し訳なさそうにそう告げた。
 車の自動運転技術が進歩し、人間がハンドルを握る機会はほぼ消滅した。自家用車もタクシーも行き先を入力すれば指定されたルートを通り目的地に辿り着くようになったし、レンタカーも同じでレンタカー屋の店先から目的地まで運んでくれる乗り物となった。
 そんな乗り物が全て出払っているのだ。彼女が眉をひそめるのも頷ける。

「ご予約の際に車種の指定がなかったものですから――」
「えぇぇ、そんなぁ」
 隣でメリーが困惑の声を上げる。マエリベリー・ハーンは、今日という日をどれほど楽しみにしていたことだろう。鴨川シーワールドへの憧れを語るその瞳の輝きを、蓮子は何度も見てきた。
「なんとかならないですかね?」と、メリーの思いを無駄にしたくない蓮子が口を開いた。
「もし運転免許をお持ちであれば、手動運転の車がご用意できます」
「このご時世、運転免許なんて持ってるわけ――」
「あります、運転免許! オートマ限定ですけど」と、蓮子がメリーを遮る。
「ハイブリッド車でよろしければ、トヨタのカローラがございます」

店員が差し出したのは、スマートキーと呼ばれる小さな電子機器だった。物理的なキーではない。しかし、それでもこの時代においては十分に古風な代物だった。

「カローラ……」
 蓮子は呟いた。その呟きには、懐かしさと困惑が入り混じっていた。
「カローラって何? 新しいお菓子の名前?」
 メリーの無邪気な疑問に、蓮子は苦笑いを浮かべる。
「車の名前よ。それも、とても古い車の名前」

 駐車場で対面した真っ白なカローラスポーツは、確かに古かった。古いという表現では足りない。これは骨董品だった。カーナビに目的地を入力しても自動的に動き出すことなく、みずからの足でアクセルペダルを踏み、ハンドルを操作をしないといけない『古典的な車』だった。
 だが、特徴のある切れ長のヘッドライトは現代の全自動運転車の内向的な無個性さと異なり、目の前に立ち尽くす二人の視線を惹きつけるだけの力があった。
「カローラスポーツ……。実物に会えるなんてね」
 
「蓮子、どうしたの?」
 メリーの声で我に返る。蓮子は頭を振った。
「ごめん。ちょっと昔を思い出してたの」
 昔――それは蓮子の祖父の記憶だった。宇佐見家の祖父は、この時代においては珍しい「車好き」だった。自動運転が当たり前になった世界で、自分でハンドルを握ることにこだわり続けた、頑固な老人。
 
「祖父がよく話してくれたのよ。昔の車は、運転手と車が対話するものだったって。エンジンの音、ハンドルの重さ、ブレーキの効き具合——全部が運転手に語りかけてくるって」
「対話? 車と?」
 キョトンとした表情のメリーに蓮子は続けた。
「そう。今の全自動運転車は便利だけど、会話相手じゃない。ただの移動手段。でも昔の車は違った。パートナーだったのよ」

 蓮子は運転席のドアを開けた。スマートキーを持ったままシートに座り、エンジンスタートボタンを押す。エンジンがかかる音――それは確かに、何かを語りかけているようだった。
 

 旧首都高速都心環状線のスポーツカー

「うわあああああ!」
 メリーの悲鳴が車内に響いた。首都高速道路に入った瞬間のことだった。

「メリー、大丈夫よ。私がちゃんと運転してるから」
「でも! でも! こんなに速いのに人間がコントロールなんてできるの!?」
 メリーの驚きは理解できる。全自動運転に慣れた現代人にとって、手動運転の車に乗るということは、まるで野生動物に跨がって走るようなものだろう。
 蓮子は落ち着いてアクセルを踏み込む。
 周囲の全自動運転車は、距離を正確に保ち、速度もプログラムされたまま寸分の乱れなく走行する。その群れの中を、彼女たちの車は生き物のように駆ける。

「ねえメリー、オービスって知ってる?」
 顔面蒼白のメリーを落ち着かせる為に蓮子が言う。
「名前は聞いたことあるけど……星座の名前だっけ?」
「惜しい。速度違反の自動取り締まり装置。昔はそれを避けるために、みんなそこだけ減速したり、探知機つけたりしてたんだって。まるで隕石が落ちる座標を先に計算して避けるみたいなもの」
「今は?」
「全自動だから無意味。制限速度は車が勝手に守る。でも、こういう前時代的な車は……ほら、自分で気をつけないと」
 そう言って、蓮子は小さく笑う。

 その時、後方から甲高いエンジン音が迫ってきた。
 ルームミラーに映ったのは、鋭い輪郭の真紅のスポーツカー。低く唸るような音とともに、追越車線を疾走している。
「見て、メリー。赤いスポーツカーに追い抜かれるわ」
 蓮子が指差す先で、真っ赤なスポーツカーは特徴的なエキゾースト音を撒き散らして颯爽と全自動運転車の群の中を走るカローラを追い越していく。全自動運転車が大半を占めるこの時代に、わざわざ自分で運転する車など、ほぼ道楽だ。それもあの加速の仕方は、完全に趣味と快感のためだけのもの。
「……なにあれ、速っ」メリーが口を半開きにする。
「まだいるんだよ、ああいうのが好きな人間、便利の反対側にある贅沢を楽しむ人が」蓮子はスポーツカーのテールランプを目で追いながら呟く。
「でも……ちょっと悔しくない?」
「全然。こっちは安全運転が目的だから」
 涼しい顔で蓮子はハンドルを握り直す。エンジンは一定の音を保ち、車体はぶれることなく前進し続ける。
 
「でもこの車もスポーツカーなんでしょ? 名前にスポーツってついているし」
「スポーツカーは名前にスポーツなんてつけないの。普通の大衆車に満足できない人向けにスポーティーに走れるモデルを色んな自動車メーカーが用意したの。そういう車の名前に後ろに『スポーツ』ってつける文化があった」
「それならスポーツカーを買えば良いじゃない?」
「市場はそうもいかないのよ。スポーツカーは値段も高いし、後部座席は狭いし、荷物も積めない。つまり、ファミリー層には見向きもされないの。それでもスポーツカーに憧れる人は一定数いるからね、スポーツカーを我慢してファミリーカーを選ぶ、そんな人達に楽しんでもらうために生み出された訳よ」
「なるほどねぇ。でもさっきの赤い車みたいにかっ飛ばして、スポーツカーって危険なんじゃない?」
「確かに危険ね、スポーツカーに限らず手動運転の車はどれも危険よ、でも……」
 蓮子はハンドルを握りしめた。手の平に伝わる振動、足元のアクセルペダルの感触、全てが生きている。
「でも、この感覚は全自動運転では味わえない。車と一体になるっていうのかしら。私が車を動かしている、車が私の意思に応えてくれている。そんな感覚」

「あなたがこんなに車好きだったことも、運転免許を持っていたことも知らなかったわ」
「免許も車好きもおじいちゃんの影響でね。京都じゃあ運転する機会なんてないから話題にならなかっただけで、隠していた訳じゃないの」
「蓮子のグランパの話、初めて聞いた。もう少し聞かせてよ」
 ハンドルを握る掌の力をちょっとだけ抜くと蓮子はゆっくりと口を開いた。
「本当に車が好きな人でね、今も家に大昔の、このカローラよりも古い車が二台あるの。一台は目も覚める様なオレンジ色のカローラレビン、もう一台は私が生まれた時に家族全員で旅行に行けるようにって買った大きなアルファードっていう白いワゴン車」
 流れていくように過ぎる高層ビル群を片目にメリーは楽しそうに相槌を打つ。
「カローラレビンに乗せてもらうとおじいちゃんがよく言っていたのよ。『カローラってのは花冠って意味でな、世界で一番売れた車なんだ。でもな、蓮子、数字じゃないんだ。車は愛されてこその車なんだ』ってね。実際にこの車を運転してみてわかったわ。この子は愛されタイプよ。ほんの数十分運転しただけでゾッコンなんだもの」

 メリーは窓の外を見つめながら言った。
「蓮子にこんなに愛されちゃうなんてちょっとだけ妬けちゃうわね」
「拗ねないでよ」
「この子、私もカローラって呼んでいいかしら。この子は、短い時間だけど私たちと一緒に旅をする仲間になるんだもの。まぁ愛せるかどうかはまだ保留だけどね」


 便利主義者達の遺物

「あれ? おかしいわね」
 蓮子は困惑していた。カーナビが指示した道を進んでいるのに、どうやら目的地とは違う方向に向かっているようだった。
「蓮子、あそこの看板、『幕張15km』って書いてあるけど?」
「え?」メリーが指差す看板を見て、蓮子は愕然とした。「私たちの目的地は鴨川よ? 幕張は完全に反対方向じゃない! どこかで道を間違えたんだわ」

 カーナビの画面を見ると、確かに堂々と目的地への案内を表示している。しかし、その地図データは明らかに古い。古すぎる。恐竜が生きていた時代の地図なのではないかと疑うレベルで古い。
「この地図、いつのデータなの? 令和時代? 平成時代? 昭和時代? もしかして江戸時代?」
 蓮子の嘆きに、カーナビは無慈悲にも「目的地周辺です。案内を終了します」とアナウンスした。
「周辺って……、幕張が鴨川の周辺だって言うの? 機械のくせに地理感覚が壊れてるんじゃない!?」
 メリーはくすくすと笑った。

「でも、なんだか楽しいわね。私たち、不便を楽しんでるのかも」
「え?」
「ほら、さっきのスポーツカーの人みたいに、便利の反対側にある贅沢を楽しんでいるの。全自動運転なら絶対に道を間違えないけれど、こうやって壊れたカーナビに騙されて道に迷うのも、案外悪くないわ」
 メリーの言葉を聞いて蓮子は思わず笑みを浮かべた。
「確かに。予定通りにいかないからこそ、冒険になるのね」

 一度、高速道路を降りて反対車線に入るためのインターチェンジ入口を探す二人、その道中で思わぬ発見があった。古いショッピングモールの前を通りかかったのだ。
「わあ……」
 メリーが息を呑んだ。そのショッピングモールは、まるで時が止まったかのようだった。
「昔はこういう場所がたくさんあったのね」
「ショッピングモール全盛時代の遺跡ね。その昔、効率を追求し過ぎた人々は、買い物も食事も娯楽もひとまとめにした。圧縮された便利を求めて週末になるとこういう場所に集まっていたの」
「今の私たちには想像もつかないわね、どんなものか寄ってみましょう」
「ダメよ。絶対長くなるもの。それに今はもう一度高速道路に乗るのが最優先のミッションなんだから」
「むぅぅ。でもさ、きっとこのカローラも、こういう時代を駆け抜けてきたのよね。満車の駐車場に停められて、家族連れを運んで、買い物袋を載せて」
 メリーはカローラの内装をそっと撫でた。
「この子にとって、私たちとのドライブは久しぶりの冒険なのかもしれないわね」


 海底道路のスリーピースバンド

 正しい道を見つけ、アクアライントンネルに入った時、二人の心は躍った。

「海の下の道なんて、まるでファンタジーね!」
「ファンタジーなんかじゃなくて、人類の技術の結晶よ! 最高に興奮するわ」
 真っ暗なはずのトンネル内部を均一に並んだ照明が照らしている。闇を照らす光に安心を覚える一方で、どこか不安な気持ちが芽生えるのはここが海底だからなのか、二人は口には出さずカローラの駆動音に耳を傾けていた。

 ハンドルを握る蓮子の横顔は、いつものカフェテリアや部屋で見る顔とは少し違うとメリーは思った。
 眼差しが前方に向けられ、微かに口角が上がっている。アクセルを踏み込むたび、彼女の胸の奥で何か古いエンジンが回っているような気がした。
 緩やかな登り坂と下り坂を繰り返し走るので直列4気筒のエンジンとモーターがツインボーカルバンドのようにデュエットしている。ソロパートもあればハモりもあり、合唱もある。
「カローラの駆動音って中々ロックよね」と、ハンドルにエイトビートを刻みながら蓮子が笑った。
「あら、私にはジャジーな感じに聞こえるけど」助手席でスウィングしながらメリーが笑う。
「方向性の違いね、スリーピースバンドは解散かしら?」
「多角性のあるバンドは根強いファンが着くものなの、そうでしょカローラ?」
 メリーがダッシュボードを撫でながらそう言った。
「——海ほたる寄ってく?」
「寄らない選択肢はないわ」
 蓮子はその言葉を聞くと同時にハンドル切った。

 海ほたるの駐車場は、ほとんどが無個性な全自動車で埋まっていた。そして、海ほたるパーキングエリアに到着した時、メリーはその景色に魅了されていた。
「素敵! こんな場所があったなんて!」

 海ほたるからの景色は、確かに壮観だった。東京湾が一望でき、遠くには富士山のシルエットも見える。
 展望デッキに立つと、潮風が頬を撫でた。
 眼下には、アクアラインの橋脚が小さく並び、その先で東京湾がきらきらと揺れている。
「ほら、あそこが木更津。あっちが川崎の工業地帯ね」と蓮子が指差す。
「……景色だけで、もう旅行感があるわね」
 海上特有の湿った風がメリーの金髪を揺らす様に吹き抜けた。
「やっぱり海の上は風が強いわね。そういえば蓮子! 知っている? 鴨川シーワールドってね、日本で唯一シャチを飼育してる水族館なのよ。最初に導入されたのが70年代で、当時は全国ニュースになったんだって」
「へえ……。なんでそんな情報知ってるの?」
「楽しみ過ぎて色々調べたのよ」
 胸を張るメリーがサムズアップする。
「あはは、勉強熱心ね。旅のしおりでもつくってもらえば良かったわ」と、笑った。
 ひとしきり続いた笑い話が終わると蓮子は缶コーヒーを買いに自動販売機へ、蓮子は売店に吸い込まれて行った。

 駐車場に戻ってきたメリーは売店で購入したスルメとサイダーをその手に嬉しそうにしていた。
「すごい組み合わせね、メリー」
「ふふ、きっと虜になるはずよ」
「それは楽しみだわ。ねえ、メリー。このドライブ、最初は不安だったけど、今はとても楽しいんじゃない? 全自動運転じゃ、きっとこんな気持ちになれなかった」
「そうね。道を間違えたり、古いショッピングモールを見つけたり、予定にないハプニングがあったからこそ、記憶に残る旅になった」
「カローラのおかげね」
 二人は振り返って、駐車場の隅に停めたカローラを見つめた。他の全自動運転車たちに囲まれながらも、その古い車は誇らしげに見えた。
「この子も喜んでるんじゃないかしら。久しぶりに遠出できて」


 不便利主義者の旅

 海ほたるを出発した時、車内の雰囲気は完全に変わっていた。最初の緊張と不安は消え去り、カローラへの親密さと愛着が芽生えていた。
 房総半島に入ると、車内の雰囲気に加え、景色も変わっていった。
「ねえ、蓮子。このカローラ、返すのがもったいないわね」
「わかる。すっかり仲良しになっちゃった」
 道の両側には田園風景が広がっていた。旧都内中心部では見ることのできない、のんびりとした風景。

「あ、見て蓮子。あの畑で人が作業してる」
 メリーが指差した先には、確かに人の姿があった。機械ではなく、人間が直接土を耕している。
「珍しいわね。今の時代、農作業なんて全部機械がやるものだと思ってた」
「でも、あの人も私たちや赤いスポーツカーの人とと同じなのかもしれないわね」
「同じって?」
「不便を楽しんでるのよ。効率だけを考えるなら機械に任せればいい。でも、自分の手で土に触れて、汗をかいて、作物を育てることに意味を見出している」
 蓮子は頷いた。
「なるほど。スポーツカーの人も、畑の人も、そして私たちも、みんな同じことをしてるのね」
「そう。便利さを一度手放して、手間をかけることの価値を再発見してる」と、どこか得意気にメリー。
「便利さだったり、効率なんかを追求していたショッピングモールが廃れていったように、便利さを追求し過ぎた全自動運転車もそのうち手放されるのかしら」
「どうかしらね。でも手動運転車の楽しさは再評価されるかも、少なくとも私はちょこっとだけ運転してみたいという気持ちが芽生えたわ」
「ふふふ、冒険した甲斐があるわね」
 メリーはその言葉を反芻した。
「冒険。確かに、今日は単なる移動じゃなかった。冒険だったわ」
 
 やがて海沿いの道路に出た。
 右手には青く広がる太平洋、左手には緑の斜面。
 信号待ちで止まると、道端の漁網が干され、カモメが数羽、その上で羽を休めている。
 窓を少し開ければ、潮の匂いと魚の匂いが混じった空気が流れ込んだ。
「そういえば、さっきのサイダーとスルメ、いい組み合わせだったわ」
「でしょ。甘いのとしょっぱいののループは最強なの。あっ……海老せんべいも買っておけばよかった」
「じゃあ帰りにまた海ほたるで買えばいいじゃない」
「帰り道の楽しみ、ね」
 蓮子はウィンカーを軽く倒しながら笑った。
 
 目的地の鴨川シーワールドの看板が見えたが、まだ少し距離がある。けれど、この車内の時間がもう旅の本編になっている気がして、メリーは静かにシートに身を預けた。
「ねえ、蓮子。鴨川シーワールドに着いたら、まずシャチのショーを見たいの。それから、イルカと触れ合えるプログラムがあるって聞いたから、それも体験したいわ」
 メリーの瞳が輝いている。

「ベルーガの展示も気になるのよ。あの白い体が水中を優雅に泳ぐ姿を、ずっと見てみたかったの」
「詳しいのね。随分と調べたでしょう?」
「もちろんよ! この日をどれだけ楽しみにしていたと思ってるの?」
「昔の人たちは、みんなこうやって旅をしていたのね」
「そうね。目的地に着くことよりも、そこに至る過程を大切にしていた。旅は移動じゃなくて、体験だったの」

 そして、ついに鴨川シーワールドの駐車場にカローラは滑り込んだ。
「手動運転車はこちら、だって」
 場内に設置されている看板を読み上げる。
「なによ、うちのカローラをこんな端っこに追いやるなんて」
 二人は声をあげて笑った。しかし、エンジンを切った瞬間、二人は少し寂しさを感じていた。

「お疲れさま、カローラ」
 蓮子はハンドルを撫でながら呟いた。
「ありがとう、カローラ」
 メリーもダッシュボードに手を置いた。
「この子のおかげで、素敵な旅になったわね」
「ええ。予定通りじゃない旅こそが、本当の旅なのかもしれない」
 二人はカローラを降りた。鴨川シーワールドの入り口が見えている。メリーの長年の夢がついに叶う瞬間だった。
「行きましょう、メリー」
「ええ!」
 振り返ると、カローラは駐車場で静かに佇んでいた。まるで二人の帰りを待っているかのように。

「ゆっくり休んでね、愛しのカローラ」
 メリーが小さく手を振ると、海からの風が車体を撫でていった。それはまるで、カローラからの返事のようだった。
 秘封倶楽部の二人と一台の古い車による、乗るたびに心が弾むドライブはこうして海の見える場所で折り返しを迎えた。
 きっとこの体験は二人の心に、そして恐らくはカローラスポーツの記憶装置にも、永遠に刻まれることだろう。
こんにちは、酉河つくねです。
秘封倶楽部の2人がドライブデートをしたらこんな感じかなぁという思いを形にしました。
酉河つくね
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コメント



0.50簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
どうせなら人口減少で人の住んでいない市街地で内燃エンジン車による公道レースに挑戦してみてはどうでしょう(笑)
冗談はさておき、作者さんの車好きが伝わってきました。良い旅の話ですね。
3.100名前が無い程度の能力削除
二人が楽しそうで大変良かったです。旅を通して車に愛着が沸くのもいいですね。
4.80ひようすべ削除
よかったです
5.100夏後冬前削除
「ねえメリー、オービスって知ってる?」から始まる段落から勝手にハーモニーを感じてテンション上がってました。鴨川じゃないですが、東京から房総半島までよく高速で飛ばすので個人的にあー、あのへんね、となって楽しかったです
6.100南条削除
おもしろかったです
不便と書いてロマンと読む
現代っ子の二人がそんな粋を感じ取っていたようで素晴らしかったです
科学世紀でもトヨタは不滅だ
7.90東ノ目削除
面白かったです
手動運転にこだわる人が秘封俱楽部の二人だけでなくそういう層としている、まだ手動運転が完全に消えてはいない、21世紀初頭で言うところのレコード趣味や一眼レフ趣味に近いものというのがよかったです