ある真冬の東北地方。極寒の吹雪が吹き荒ぶ中、一人の男が山道を歩いていた。
男の足取りは重いが迷いは無い。その足は、自分の死に向かって歩みを進めていた。
男の足は如何にも止まらなかった。
両親に愛され、人にも恵まれていたが、ただ彼本人が自分を許すことが出来なかったのだ。
彼は所謂"無能"な人間だ。気合いを入れれば空回りし、腕を振るえば壁にぶつかる。そんな人間だった。
「父さん、母さん。どうかこんな親不孝者を許してください。」
彼の自室の机の上。乱雑に書き殴った"遺書"と呼べないほど陳腐な"置き手紙"。
それが彼にとって唯一と呼べる自分を愛してくれた両親への謝罪と感謝だった。
やがて疲れはてた足は岩に埋め込まれたかのように動かなくなり、もはやこれまでと言ったところ。
その場に横になり、顔の体温で溶けていく雪の感触を感じながら、ゆっくりと目を閉じていった。
。
。。
。。。
「…。」
暖かく柔らかい陽射しと自身を包む布団の感覚の中目を覚ます。
噂には聞いていたが、ここが所謂"冥土"と言うやつだろうか。
そんな感傷に浸りながら外に出ようとするが、てんで体は動く気配がない。
辛うじて頭は動く様だが、いくら頭を揺すっても、枕がズレて気分が悪くなるばかりで状況は変わらなかった。
どうしたものかと苦心していると、襖の向こうから人が歩く音が聞こえる。こちらに向かって来ているのか、その足取りに迷いは無い。
いよいよ勢いよく開いた先に立っていたのは、目立つ白髪に、和装…?の少女だった。
ただ一つ言えるのは、余りにも堂々と腰に携えられた立派な刀を見る限り、あの世に銃刀法は存在しないらしいと言う事だけだった。
少女は驚き目を開く男を見ると忽ち笑顔になり、枕元まで数歩の距離すら小走りで駆け寄って来る。
「良かったあ。目が覚めたんですね。」
「待っていてください。今、主人を呼んで来ます。」
待っているも何も此方は体が動かないのだ。
つまり、逃げようもない。
ああ、きっと今から始まるのは生前の行いについての精査だ。
私はきっと、今に畳がパカっと開いて地獄に堕ちるのだろうな。
そう考えれば考えるほど、嫌気が差してシクシクと泣きたい気分になったが、じきにそんな気分は何処へやら諦めがついて来た。
今は少女の言う通り、大人しく待って居よう。
ふと開いたままの襖の先に目をやってみる。
日本庭園と言うべきか、見事なまでに整った庭と、満開の桜が咲き誇っている。
それだけでも、今が冬ではなく春であることが見て取れた。
やがて、先程の少女が主人らしき女性を連れてやって来た。
女性は薄桃の髪を風に揺らし、先と同様に枕元へ座った。
「初めまして。私はこの"白玉楼"の主。」
「名を"西行寺幽々子"と申します。」
丁寧に頭を下げる彼女に対し此方は寝たまま。
申し訳ない気持ちになるが、状況が分かっているのか特に動じる気配もなく言葉を続けた。
「心配なさらないで。貴方はまだ眠っている状況、じきに目が覚めますわ。」
「でも…そうね。」
少しの逡巡の後、幽々子は少女に少し耳打ちをすると瞬く間に布団が宙に浮かぶ。
驚きで声を上げようとするが、開いた口からは何の声も出る気配は無かった。
そうこうしている間に布団に横になったまま少女と共に空を飛ぶ。
空を飛ぶ最中、少女は彼に言い放った。
「しばしの間、失礼します。」
「今から、貴方を"閻魔大王様"の元へ送り届けます。」
男の足取りは重いが迷いは無い。その足は、自分の死に向かって歩みを進めていた。
男の足は如何にも止まらなかった。
両親に愛され、人にも恵まれていたが、ただ彼本人が自分を許すことが出来なかったのだ。
彼は所謂"無能"な人間だ。気合いを入れれば空回りし、腕を振るえば壁にぶつかる。そんな人間だった。
「父さん、母さん。どうかこんな親不孝者を許してください。」
彼の自室の机の上。乱雑に書き殴った"遺書"と呼べないほど陳腐な"置き手紙"。
それが彼にとって唯一と呼べる自分を愛してくれた両親への謝罪と感謝だった。
やがて疲れはてた足は岩に埋め込まれたかのように動かなくなり、もはやこれまでと言ったところ。
その場に横になり、顔の体温で溶けていく雪の感触を感じながら、ゆっくりと目を閉じていった。
。
。。
。。。
「…。」
暖かく柔らかい陽射しと自身を包む布団の感覚の中目を覚ます。
噂には聞いていたが、ここが所謂"冥土"と言うやつだろうか。
そんな感傷に浸りながら外に出ようとするが、てんで体は動く気配がない。
辛うじて頭は動く様だが、いくら頭を揺すっても、枕がズレて気分が悪くなるばかりで状況は変わらなかった。
どうしたものかと苦心していると、襖の向こうから人が歩く音が聞こえる。こちらに向かって来ているのか、その足取りに迷いは無い。
いよいよ勢いよく開いた先に立っていたのは、目立つ白髪に、和装…?の少女だった。
ただ一つ言えるのは、余りにも堂々と腰に携えられた立派な刀を見る限り、あの世に銃刀法は存在しないらしいと言う事だけだった。
少女は驚き目を開く男を見ると忽ち笑顔になり、枕元まで数歩の距離すら小走りで駆け寄って来る。
「良かったあ。目が覚めたんですね。」
「待っていてください。今、主人を呼んで来ます。」
待っているも何も此方は体が動かないのだ。
つまり、逃げようもない。
ああ、きっと今から始まるのは生前の行いについての精査だ。
私はきっと、今に畳がパカっと開いて地獄に堕ちるのだろうな。
そう考えれば考えるほど、嫌気が差してシクシクと泣きたい気分になったが、じきにそんな気分は何処へやら諦めがついて来た。
今は少女の言う通り、大人しく待って居よう。
ふと開いたままの襖の先に目をやってみる。
日本庭園と言うべきか、見事なまでに整った庭と、満開の桜が咲き誇っている。
それだけでも、今が冬ではなく春であることが見て取れた。
やがて、先程の少女が主人らしき女性を連れてやって来た。
女性は薄桃の髪を風に揺らし、先と同様に枕元へ座った。
「初めまして。私はこの"白玉楼"の主。」
「名を"西行寺幽々子"と申します。」
丁寧に頭を下げる彼女に対し此方は寝たまま。
申し訳ない気持ちになるが、状況が分かっているのか特に動じる気配もなく言葉を続けた。
「心配なさらないで。貴方はまだ眠っている状況、じきに目が覚めますわ。」
「でも…そうね。」
少しの逡巡の後、幽々子は少女に少し耳打ちをすると瞬く間に布団が宙に浮かぶ。
驚きで声を上げようとするが、開いた口からは何の声も出る気配は無かった。
そうこうしている間に布団に横になったまま少女と共に空を飛ぶ。
空を飛ぶ最中、少女は彼に言い放った。
「しばしの間、失礼します。」
「今から、貴方を"閻魔大王様"の元へ送り届けます。」