Coolier - 新生・東方創想話

こいこい秘封倶楽部

2025/08/15 17:39:34
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 大学のカフェテリアで昼食を取りながら、最近の研究室の話題について考えていた。
「花札か……まさかあんなに流行るとはね」
 研究室では最近、昼休みになると決まって花札の音が響いている。十何年も前のOBが置いていった花札と教授が話していたが、私も参加してみたところ、これが随分と面白い。幼い頃からデジタルな玩具、ゲームで遊ぶことはあったがアナログなカードゲームというのは中々経験がなかった。運だけでなく、戦略や目の前の相手との駆け引きが必要とされるゲーム性に気が付けばのめり込んでいた。持ち前の分析力と記憶力で、あっという間に他の生徒たちを圧倒するレベルに達していた。

「蓮子?」
 声をかけられて振り返ると、メリーがトレイを持って立っていた。
「あら、メリー。お疲れさま」
「一緒に座ってもいい?」
「もちろんよ」
 メリーは私の向かいに座ると、サラダにフォーク突きながら言った。
「最近、私のゼミで花札が流行ってるのよ」
「え? そうなの?」
 私は驚いた。まさか他のゼミでも同じような現象が起きているとは。
「ええ。みんな心理戦だって言って夢中になってる。でも私はまだやったことないの」
「へえ、面白い偶然ね。うちの研究室でも大ブームよ」
「蓮子は強いの?」
「まあ、そこそこね」
 私は謙遜したが、実際のところ、研究室では無敗を誇っていた。
「じゃあ、今度教えてもらおうかしら」メリーは興味深そうに言った。
「いいわよ。でも、せっかくだから賭けをしない?」
「賭け?」
「負けた方が勝った方に飲み会を奢る。どう?」
 私は提案した。相対性心理学科のメリー相手でも、初心者なら楽勝だろう。
「面白そうね。受けて立つわ」
 メリーは微笑んで答えた。しかし、この時の私は知らなかった。メリーの心理戦の恐ろしさを。


 昼食後、私たちは大学のカフェテリアの一角に花札を広げた。静かな環境で集中できそうだ。

「まず、これが花札よ」
 私は四十八枚の札を丁寧に見せていった。一月から十二月まで、日本の四季が美しく描かれている。
「綺麗ね、芸術品みたい」メリーは感嘆した。
「でしょう? ただ美しいだけじゃなくて、それぞれに価値があるの」
 私は光札、短冊、種、カスの四つのカテゴリーを説明した。特に光札の五枚――鶴、桜に幕、芒に月、桐に鳳凰、柳に小野道風――は別格の美しさを誇っている。

「こいこいというゲームは、これらの札を使って役を作るのが目的なの」
 基本ルールの説明も丁寧に行った。八枚ずつの手札、場の八枚、手札から一枚出して同月の札と合わせて取り、山札から一枚めくって同様に処理する。

「そして、これが一番重要」私は声を落とした。
「役ができたとき、『こいこい』で勝負を続けるか、『上がり』で確実に勝つかを選ぶの」
「なるほど」と、メリーは頷いた。
「リスクとリターンの判断ね」

「その通り。でも、単純な確率計算じゃダメ。相手の心理を読むことが重要なのよ」
 私たちは練習ゲームを数回行った。メリーは確かに初心者だったが、飲み込みは早かった。基本的な役はすぐに覚え、札の価値も理解している。

「それじゃあ、本番をやってみましょうか」
「お手柔らかにお願いします」
 メリーは謙虚に頭を下げたが、その目の奥に何か光るものを感じたのは、私の錯覚だったのだろうか。


 第一戦の配牌を見て、私は内心でほくそ笑んだ。光札が二枚、短冊も数枚ある。十分勝負できる手だ。
 一方のメリーは手札をじっくりと眺めていた。初心者らしく、どの札から出せばいいか迷っているようだ。
「メリーから先にどうぞ」
「じゃあ、これで」
 メリーが選んだのは、価値の低いカス札だった。手堅い選択である。私は安心して自分の戦略を進めた。
 しかし、ゲームが進行するにつれて、違和感を覚え始めた。メリーの打ち方が、初心者にしては妙に的確なのである。
「あら、蓮子。顔に出てるわよ」
「え?」
「さっき良い札を引いたでしょう?表情が明らかに嬉しそうだった」
 確かに、私は山札から光札を引いて、少し表情を緩めてしまったかもしれない。しかし、それを見抜くとは。
「相対性心理学の勉強の成果かしら」
「まあ、そんなところね」
 メリーは曖昧に微笑んだ。

 中盤に入ると、私は三光を狙える状況になった。既に「鶴」と「桜に幕」を取っており、あと一枚光札があれば完成する。
 ――三光を作って、確実に勝とう。
 私は慎重に手を進めた。しかし、その時メリーが口を開いた。
「蓮子、三光狙ってるの?」
 私は驚いた。確かに三光を狙っているが、それをどうやって見抜いたのだろう?
「なんで分かるの?」
「なんとなく。さっき引いた鶴を大切そうに扱ってるから」
 なんとなく、で私の戦略を見破るとは。メリーの観察眼は予想以上に鋭い。

 結局、第一戦は私の勝利に終わった。三光を完成させて上がることができた。しかし、勝利の喜びよりも、メリーの能力に対する警戒心の方が大きかった。
「初戦は蓮子の勝ちね。おめでとう」
「ありがとう。でも、メリーも初心者にしては強いわよ」
「そうかしら?まだまだよ」
 メリーの謙遜が、なぜか不気味に感じられた。


「今度は私が先攻ね」
 第二戦が始まると、メリーの様子が少し変わった。第一戦では慎重だった彼女が、今度は積極的に攻めている。
 私の手札は平凡だった。光札が一枚、短冊も数枚あるが、特別良いとは言えない配り。
「今回は厳しい戦いになりそうね」
 しかし、問題は手札の良し悪しではなかった。メリーの打ち方があまりにも的確なのである。
「蓮子、その札を出すの?」
 メリーが私の手を止めた。
「何よ」
「いえ、別に。ただ、その札を出すと私に有利になるかなって思って」
 確かに、私が出そうとした札は、メリーの狙いを助ける可能性があった。しかし、それをどうやって知ったのだろう? いや、これは動揺を狙うメリーの作戦に違いない。
 私は慎重に別の札を選んだ。すると、メリーは微かに残念そうな表情を見せた。
「あら、変えちゃうのね」
「当然でしょう。わざわざ相手に有利な札を出すわけないじゃない」
「そうよね。でも……」メリーは私をじっと見詰めた。「蓮子って、考えるときに眉間にしわを寄せる癖があるのね」
 私はハッとして眉間に手を当てた。確かに、集中するときは眉間にしわが寄ってしまう。いやいや、落ち着け私。これはメリーの策略よ、冷静にやり過ごせばどうってことない。
「それが何か関係あるの?」私は慎重に言葉を選んだ。
「いえ、ただの観察よ。人の癖を見るのは趣味なの」
 趣味、と言われても、それで私の思考が読まれているとしたら……。
 
 ゲームが進むにつれて、私の不安は現実のものとなった。メリーは私の表情や仕草から、驚くほど正確に私の手札や戦略を読み取っていく。
「蓮子、赤短狙ってる?」
「え? なんで?」
「さっきから松と梅の札を大切そうにしてるから。桜があれば完成よね」
 私は愕然とした。確かに赤短を狙っているし、松と梅は既に取っていた。しかし、それを表情や仕草で見抜かれるとは。
「メリー、もしかして人の心が読めるの?」
「まさか」メリーは笑った。
「そんな超能力みたいなこと、あるわけないじゃない」
 境界線を見るような特殊な能力を持っている人間が言ったところで説得力が皆無だ。
 そして、その後も彼女の読みは当たり続けた。私がこいこいするかどうか迷っているとき、メリーは先回りして言った。
「蓮子、こいこいするでしょう?」
「なんで分かるの?」
「手札の持ち方が変わったから。札を持つ力が強くなったから無意識に持ち方が変わったのよ」
 私は自分の手を見つめた。確かに、無意識のうちに札の持ち方が変わっていたかもしれない。
 
 結局、第二戦はメリーの勝利に終わった。青短を完成させて、私を上回る得点を取った。
「一勝一敗ね」
「ええ。でも、メリー……」
「何?」
 私は言いかけて止めた。まさか、私の心を読んでいるのかと聞くわけにはいかない。しかし、メリーは私の心の内を見透かしたように微笑んだ。



「決勝戦ね」
 第三戦に入ると、私は意識的に表情を殺そうと努めた。眉間にしわを寄せないよう、札の持ち方も一定にするよう気をつけた。
 しかし、メリーの読みの精度は衰えなかった。むしろ、私が隠そうとすることで、かえって読みやすくなったようだ。
「蓮子、必死に表情を隠そうとしてるけど、逆に分かりやすくなってるわよ」
「そんなこと……」
「本当よ。表情を隠すのに集中しすぎて、他の部分がおろそかになってる」
 メリーの指摘は的確だった。確かに、表情を意識しすぎるあまり、手の動きや視線の配り方がいつもと違ってしまっている。
「それに」メリーは続けた。
「蓮子が良い札を持ってるときは、呼吸が少し浅くなるのよ」
「呼吸まで見てるの?」
「無意識にね。対象者の観察はカウンセリングの基本だから」
 私は戦慄した。呼吸のリズムまで読まれているとは。これではポーカーフェイスなど意味がない。

 中盤になると、さらに恐ろしいことが起こった。私が次にどの札を出すか、メリーが正確に予測し始めたのである。
「蓮子、次は菊の札を出すでしょう?」
 私は手を止めた。確かに菊の札を出そうと考えていた。
「なんで分かるの?」
「視線よ。蓮子は出したい札を無意識に見詰める傾向があるの。……なんてね、当てずっぽうよ気にしないで」と、不気味に笑った。
 私は愕然とした。視線まで読まれているとは。
「ヒントよ」と、メリーは追い打ちをかけるように続けた。
「蓮子は迷ってるときは右を向いて、決断したときは正面を見る癖がある」
 これは当てずっぽうなんかじゃあない、私は自分の行動を振り返った。確かに、そんな癖があるかもしれない。しかし、それを他人に指摘されるとは思わなかった。

 ゲームが終盤に入ると、私の心理状態はボロボロだった。まるで透明人間にでもなったような気分で、全ての思考が筒抜けになっているように感じられた。
 そして、ついに決定的な瞬間が訪れた。
 私は猪鹿蝶を狙える状況にあり、最後の一枚である「蝶」の札が場に現れた。これを取れば勝利は確実だった。しかし、手を伸ばそうとした瞬間、メリーが静かに口を開いた。
「蓮子、今『ついに勝てる』と思ったでしょう?」
 私の手が震えた。まさに、その通りのことを考えていた。
 まさか、私の心を——
「『読めているの?』と、蓮子は思う」
 メリーが私の思考をそのまま口にした瞬間、私は完全に動揺してしまった。震える手で違う札を取ってしまい、せっかくのチャンスを逃してしまった。
「あら、間違えちゃったのね」
 メリーは同情するような声を出したが、その目は明らかに計算づくだった。
 
 結局、第三戦もメリーの勝利に終わった。私は完全に心理戦で敗北したのである。
「メリーの勝ち。二勝一敗ね」
 私は呆然と札を見詰めていた。花札のルールは理解していたし、戦略も立てていた。しかし、心理戦でここまで完敗するとは思わなかった。
「蓮子、大丈夫? 顔が真っ青よ」
「メリー……あなた、本当に心が読めるんじゃないの?」
 私の問いに、メリーはくすくすと笑った。
「相対性心理学科だからって、超能力があるわけじゃないわよ」
「でも、あまりにも的確すぎる。私の考えていることが全部分かってるみたいだった」
「それはね」メリーは少し真面目な顔になった。
「蓮子が思っているより、人間の行動は予測可能なのよ」
「予測可能?」
「そう。表情、視線、呼吸、姿勢、手の動き……全てが心の内を表してる。それを読み取るのが得意なだけなの」
 メリーは私の驚きを楽しむように続けた。
「例えば、蓮子は嬉しいときは目が少し細くなる。迷ってるときは唇を軽く噛む。決断したときは肩の力が抜ける。全部、無意識の動作よ」
 私は自分の体を見回した。確かに、言われてみれば心当たりがある。
「でも、それだけで思考まで読めるものなの?」
「思考そのものは読めないわ。でも、感情の変化や意図は推測できる。あとは経験と勘よ」
「経験と勘……」
「それに」メリーは少し照れたように笑った。
「蓮子のことはよく知ってるから、行動パターンが読みやすいのよ」
 確かに、私たちは長い付き合いだ。メリーが私の癖を熟知していても不思議ではない。
「つまり、私は負けるべくして負けたということね」
「そういうことになるかしら。でも、これは花札だけの話じゃないのよ」
「どういう意味?」
「……内緒」
「ケチ!」
「じゃあ約束通りケチなメリーさんにお酒をご馳走してもらおうかしらね」
「お店は私が選ぶからねー」
「うふふ、良いわよ。折角だから旧型酒を出すお店が良いなぁ」


 一週間後、私たちは約束通り飲み会を開いた。
「乾杯!」
「乾杯。でも、次の勝負は私が勝つからね」
「リベンジマッチを楽しみにしてるわ」
 私たちはビールを飲みながら、花札の話やオカルトの話で盛り上がった。
「蓮子の心理は結構複雑なの。表面的には論理的だけど、実は感情的な部分も多い」
「感情的? 私が?」
「そう。この間の花札でも、論理より感情で判断してる場面が多かった」
 私は自分の行動を振り返った。確かに、冷静な分析よりも、勝ちたいという気持ちや、メリーの読みに対する動揺が判断を鈍らせていた。
「でも、それが蓮子の魅力でもあるのよ」
「魅力?」
「完全に論理的な人間なんて、つまらないじゃない。感情があるから人間らしいし、予測不可能で面白い」
 メリーの言葉に、私は少し救われた気持ちになった。負けは負けだが、それも含めて私という人間なのだろう。
「そうそう、蓮子。今度、ゼミの実験に協力してくれない?」
「実験?」
「ゲーム中の心理変化を測定する研究なの。蓮子みたいに表情豊かな人は貴重なサンプルよ」
「表情豊か……。それって、読まれやすいってことでしょう?」
「そういうことになるわね」メリーは笑った。
「でも、今度は負けないわよ。対策を練ってるから」
「対策?」
 私は得意げに微笑んだ。
「心理学の本を何冊か読んだの。ポーカーフェイスの作り方とか、視線のコントロール法とか」
「へえ、勉強熱心ね」
「それに、メリーの読みのパターンも分析したわ。次は必ず勝つ」
 メリーは興味深そうに私を見詰めた。
「それは楽しみね。でも、研究で体験してもらうゲームは所謂テレビゲームよ」
「どんな?」
「……内緒」
「ケチ!」
 メリーはいたずらっぽく微笑んだ。


 そんな会話をしていると、私のビールがなくなった。メニューを見ようとした時、メリーが口を開いた。
「蓮子、次はハイボールでしょう?」
 私は手を止めた。確かにハイボールを頼もうと思っていた。
「なんで分かるの? また心理学的な理屈?」
「蓮子の好みを大体把握してるだけよ」
 メリーは何でもないことのように答えた。
「把握って……」
「ビールの後は必ずハイボール。そして締めは日本酒。いつものパターンじゃない」
 確かに、私の飲酒パターンはワンパターンかもしれない。しかし、それを他人に指摘されると妙に恥ずかしい。
「そんなに分かりやすいのね、私って」
「うん」
 メリーは優しく微笑んだ。が、なんだかとても悔しかったので、照れ隠しに指で髪をクルクル巻くメリーが見たくなったのでこう言ってやった。
「やっぱりメリーには敵わないわ、こんなに可愛いのに更に頭脳明晰。天が二物を与えた存在よ」
「……もう、揶揄わないで」と、メリーは右の人差し指に髪を巻きつけながら頬を膨らませた。

 なんだ、メリーだってこんなに分かりやすいんじゃない。
こんにちは、酉河つくねです。
今年も夏の風物詩のサマーウォーズが放送されました。
夏ですね。
酉河つくね
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お二人が盛大にイチャついていて良きでした
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良かったです。