親妖怪主義組織、「血の盟約」
当初、血の盟約は若者や思想家達が中心の小規模なサークルに過ぎなかった。当初掲げていた理念は妖怪と人間の共存。しかしある時を境に状況は変わる。創設者で自由主義者であった中村正が組織内の内部抗争で敗れ組織を離れると新たに指導者に就任した急進的な社会主義者であった神内隆の影響で方針を変え人間から妖怪に成り上がることを目指し始めた。
その過激的な姿勢のせいで反妖怪主義の秘密結社と衝突することもあり頻繁に怪我人が出る事態となった。
人里の自警団長である私は年末年始も彼らの監視に終始することとなった。せっかく休めると思っていたのだけど…そんなことはなかったようだ。
1月1日。元旦。皆が新年を祝うこの大切な日に衝撃的な出来事が起こってしまった。
年越しを終えた直後、部下の佐々木が青白い顔をしながら自警団の本部に転がり込んできた。
「小兎姫さん…大変です。人里の外れにあるあの廃屋で…」
「佐々木君、あの廃屋は…」
それは「血の盟約」が拠点にしているという噂のあった廃屋だった。しかし確かな証拠が掴めないままでいた。
「そこで…大量の死体が見つかったと…生き残った人もいるようで今同僚が話を聞いています」
…恐ろしいことが起きてしまった。集団自殺?それとも集団殺人…?どちらにしろ身の毛がよだつような悲劇が起こったのは間違いない。
「佐々木君、私は他の団員達を呼んできます。それから向かうので現場に戻ってください」
私は指示を出し団員たちの家を1軒ずつ訪ねていった。寝ていた者、年越しをしていた者…事件の詳細を聞くと皆顔を強張らせた。
返ってきた声は様々だったが共通していたのは事件に対する恐怖だった。
担架を用意し、団員、そして人里の医者を連れ現場の廃寺に到着する。先に佐々木、そしてその同僚である高橋と生存者らしき女がいた。
「小兎姫さん、こっちです」
佐々木が私に声をかけてくる。彼の表情は相変わらず暗かった。
「現場は…ここね」
扉を開く。するとそこには10人以上の死体が転がっていた。
鼻を突く異質な甘ったるいお香のような匂い。私は思わず顔を歪ませた。
「うぅ…」
情けないことに吐きそうになってしまった自分がいた。佐々木が思わず駆け寄る。
「無理しないでください…小兎姫さんはここに座って休んでください」
「分かった、ありがとう。佐々木君」
私は暫く休憩した後ようやく落ち着くことができた。自警団の団員達によって死体が担架に乗せられビニールシートが被せられていく光景が見えた。
医者の男がビニール手袋をはめ、じっくりと死体を見つめる。死体の数は全部で12体だった。
「外傷はない…ね。これだけでは分からないから近日中に解剖しましょう」
「小兎姫さん。中からこんな物が見つかりました」
佐々木が後ろから話しかけてくる。彼の手には小瓶があった。
「これは…?」
「生存者が持っていた瓶で毒が入っています。最近人里の病院から消えたと噂になっていたものです」
「それは…青酸カリだ。厳重に管理していたんだがいつの間にか消えていて…」
医者の男がその小瓶を手に取り見つめる。
「佐々木さん、と言ったね。この小瓶は全部で何個あった?」
「はい、あったのは12個でした」
「12個…丁度なくなった毒物の数と一緒…死体の数とも一緒だ」
「…まさか」
私は考えたくもない結論にたどり着いてしまった。
「自殺…」
佐々木がハッとしたように顔を上げ私を見つめる。
「集団自殺ですか。だとしたら何故こんな事を…」
「分からない…兎にも角にもさらなる調査が必要だと思う。佐々木君、現場は貴方に任せたい。私は生存者の方からどんなことがあったのかを聞く」
私は生存者と共に自警団本部へと戻ることにした。
私達の後ろ姿を見つめながら医者の男は佐々木に言葉を漏らす。
「…どうやらこの組織のメンバーの1人が私の部下だったようだ。だからこの毒を盗み出すことができたんだ。気付けなかった私は医者失格だよ」
自警団の取調室。私はテーブル越しに座る男をじっと見つめる。彼の目は虚ろでどこか遠い目をしていた。
「花頭さん、貴方がここに居る意味は分かりますか?」
女はため息をつき、かすれた声で答える。
「私が話したところで何も変わらないわ」
「それでも話してもらう必要があります」
彼は窓を見つめた後、視線を戻し再び私を見つめる。
「私達は妖怪へと『成り上がる』ことを目標にしていたの。あの易者のように。でも…作戦は失敗した。毒を飲む決心はついていたんだけど…最後の最後で躊躇ってしまった」
「皆笑っていたわ。妖怪になれることを確信しているようだった。でも私は…」
「なぜそんなことを…?」
「人間は弱い。だからこそ妖怪となって強い存在になる必要があったの」
「最初は妖怪と人間の共存を目指していた、でもね。いつからかどんどん過激化していったの。そして最後には自身が妖怪になってしまうことを目指した」
女はがっくりと肩を落とす。
「馬鹿よね、そんなことしたら易者みたいに霊夢さんに退治されてしまうだけなのに」
「私達は…狂っていたの」
「狂っていた…?」
その言葉に私は拳を握り締め怒りで震える。
「何が強さよ!沢山の人を巻き込んで!狂っていた?ふざけないで!」
「……」
直後、とんでもないことをしてしまったと深く後悔した。
「ごめんなさい、思わず感情的に…」
「いやいいの、小兎姫さんの言う通りだから」
暫くお互い無言になり重苦しい空気が流れる。私はなんとか口を開いた。
「…妖怪になることが正解だったと貴女は思う…?」
「今思えばそれは間違いだったわね」
数日後、事件の全貌が明らかとなった。
これは「血の盟約」の組織員達が妖怪へ成り上がることを目標とした集団自殺事件だった。かつての易者事件を真似て儀式をした上で自殺をすることで妖怪になることを目指した。
しかし、その結果は凄惨たるものだった。そんなことが素人にできるわけがない。彼らが妖怪として復活を果たすことはなかった。
死に顔はどれも恍惚としたものだったと佐々木君が私に話してくれた。妖怪になれるという希望を持ちながら亡くなっていったのだろう。私には想像し難い感情だ。
自殺現場を録音したテープ(後に死のテープと呼ばれることになる)には歌を歌う信者たちの声が記録されていた。
暫くしてその廃屋は取り壊された。悲劇の現場となったその跡地には被害者たちの墓と石碑が建てられた。
その石碑には「我々は人間の弱さを認め、共に生きる力を今信じなければならない」と記されている。
稗田阿求がそれを見つめながら私に話しかけた。
「彼らの過ちは決して許されることではありません」
「学ばなければなりませんね。彼らからは」
「そうですね、阿求さん」
目を閉じ心の中で祈る。
「どうか…どうか、彼らが安らかに眠れますように…。私達が彼らのような過ちを繰り返さないように…」
「この事を後世に残すために記さなければなりません。忘れてはいけないことですから」
阿求さんが深くため息をついて私を見つめた。
「小兎姫さん、これからやっていけるのでしょうか」
「私はこのことを書かなければなりません。ですが記したことで未来に繋がるのか、分からないのです」
彼女が漏らした言葉に私はどう返して良いのか分からなかった。
当初、血の盟約は若者や思想家達が中心の小規模なサークルに過ぎなかった。当初掲げていた理念は妖怪と人間の共存。しかしある時を境に状況は変わる。創設者で自由主義者であった中村正が組織内の内部抗争で敗れ組織を離れると新たに指導者に就任した急進的な社会主義者であった神内隆の影響で方針を変え人間から妖怪に成り上がることを目指し始めた。
その過激的な姿勢のせいで反妖怪主義の秘密結社と衝突することもあり頻繁に怪我人が出る事態となった。
人里の自警団長である私は年末年始も彼らの監視に終始することとなった。せっかく休めると思っていたのだけど…そんなことはなかったようだ。
1月1日。元旦。皆が新年を祝うこの大切な日に衝撃的な出来事が起こってしまった。
年越しを終えた直後、部下の佐々木が青白い顔をしながら自警団の本部に転がり込んできた。
「小兎姫さん…大変です。人里の外れにあるあの廃屋で…」
「佐々木君、あの廃屋は…」
それは「血の盟約」が拠点にしているという噂のあった廃屋だった。しかし確かな証拠が掴めないままでいた。
「そこで…大量の死体が見つかったと…生き残った人もいるようで今同僚が話を聞いています」
…恐ろしいことが起きてしまった。集団自殺?それとも集団殺人…?どちらにしろ身の毛がよだつような悲劇が起こったのは間違いない。
「佐々木君、私は他の団員達を呼んできます。それから向かうので現場に戻ってください」
私は指示を出し団員たちの家を1軒ずつ訪ねていった。寝ていた者、年越しをしていた者…事件の詳細を聞くと皆顔を強張らせた。
返ってきた声は様々だったが共通していたのは事件に対する恐怖だった。
担架を用意し、団員、そして人里の医者を連れ現場の廃寺に到着する。先に佐々木、そしてその同僚である高橋と生存者らしき女がいた。
「小兎姫さん、こっちです」
佐々木が私に声をかけてくる。彼の表情は相変わらず暗かった。
「現場は…ここね」
扉を開く。するとそこには10人以上の死体が転がっていた。
鼻を突く異質な甘ったるいお香のような匂い。私は思わず顔を歪ませた。
「うぅ…」
情けないことに吐きそうになってしまった自分がいた。佐々木が思わず駆け寄る。
「無理しないでください…小兎姫さんはここに座って休んでください」
「分かった、ありがとう。佐々木君」
私は暫く休憩した後ようやく落ち着くことができた。自警団の団員達によって死体が担架に乗せられビニールシートが被せられていく光景が見えた。
医者の男がビニール手袋をはめ、じっくりと死体を見つめる。死体の数は全部で12体だった。
「外傷はない…ね。これだけでは分からないから近日中に解剖しましょう」
「小兎姫さん。中からこんな物が見つかりました」
佐々木が後ろから話しかけてくる。彼の手には小瓶があった。
「これは…?」
「生存者が持っていた瓶で毒が入っています。最近人里の病院から消えたと噂になっていたものです」
「それは…青酸カリだ。厳重に管理していたんだがいつの間にか消えていて…」
医者の男がその小瓶を手に取り見つめる。
「佐々木さん、と言ったね。この小瓶は全部で何個あった?」
「はい、あったのは12個でした」
「12個…丁度なくなった毒物の数と一緒…死体の数とも一緒だ」
「…まさか」
私は考えたくもない結論にたどり着いてしまった。
「自殺…」
佐々木がハッとしたように顔を上げ私を見つめる。
「集団自殺ですか。だとしたら何故こんな事を…」
「分からない…兎にも角にもさらなる調査が必要だと思う。佐々木君、現場は貴方に任せたい。私は生存者の方からどんなことがあったのかを聞く」
私は生存者と共に自警団本部へと戻ることにした。
私達の後ろ姿を見つめながら医者の男は佐々木に言葉を漏らす。
「…どうやらこの組織のメンバーの1人が私の部下だったようだ。だからこの毒を盗み出すことができたんだ。気付けなかった私は医者失格だよ」
自警団の取調室。私はテーブル越しに座る男をじっと見つめる。彼の目は虚ろでどこか遠い目をしていた。
「花頭さん、貴方がここに居る意味は分かりますか?」
女はため息をつき、かすれた声で答える。
「私が話したところで何も変わらないわ」
「それでも話してもらう必要があります」
彼は窓を見つめた後、視線を戻し再び私を見つめる。
「私達は妖怪へと『成り上がる』ことを目標にしていたの。あの易者のように。でも…作戦は失敗した。毒を飲む決心はついていたんだけど…最後の最後で躊躇ってしまった」
「皆笑っていたわ。妖怪になれることを確信しているようだった。でも私は…」
「なぜそんなことを…?」
「人間は弱い。だからこそ妖怪となって強い存在になる必要があったの」
「最初は妖怪と人間の共存を目指していた、でもね。いつからかどんどん過激化していったの。そして最後には自身が妖怪になってしまうことを目指した」
女はがっくりと肩を落とす。
「馬鹿よね、そんなことしたら易者みたいに霊夢さんに退治されてしまうだけなのに」
「私達は…狂っていたの」
「狂っていた…?」
その言葉に私は拳を握り締め怒りで震える。
「何が強さよ!沢山の人を巻き込んで!狂っていた?ふざけないで!」
「……」
直後、とんでもないことをしてしまったと深く後悔した。
「ごめんなさい、思わず感情的に…」
「いやいいの、小兎姫さんの言う通りだから」
暫くお互い無言になり重苦しい空気が流れる。私はなんとか口を開いた。
「…妖怪になることが正解だったと貴女は思う…?」
「今思えばそれは間違いだったわね」
数日後、事件の全貌が明らかとなった。
これは「血の盟約」の組織員達が妖怪へ成り上がることを目標とした集団自殺事件だった。かつての易者事件を真似て儀式をした上で自殺をすることで妖怪になることを目指した。
しかし、その結果は凄惨たるものだった。そんなことが素人にできるわけがない。彼らが妖怪として復活を果たすことはなかった。
死に顔はどれも恍惚としたものだったと佐々木君が私に話してくれた。妖怪になれるという希望を持ちながら亡くなっていったのだろう。私には想像し難い感情だ。
自殺現場を録音したテープ(後に死のテープと呼ばれることになる)には歌を歌う信者たちの声が記録されていた。
暫くしてその廃屋は取り壊された。悲劇の現場となったその跡地には被害者たちの墓と石碑が建てられた。
その石碑には「我々は人間の弱さを認め、共に生きる力を今信じなければならない」と記されている。
稗田阿求がそれを見つめながら私に話しかけた。
「彼らの過ちは決して許されることではありません」
「学ばなければなりませんね。彼らからは」
「そうですね、阿求さん」
目を閉じ心の中で祈る。
「どうか…どうか、彼らが安らかに眠れますように…。私達が彼らのような過ちを繰り返さないように…」
「この事を後世に残すために記さなければなりません。忘れてはいけないことですから」
阿求さんが深くため息をついて私を見つめた。
「小兎姫さん、これからやっていけるのでしょうか」
「私はこのことを書かなければなりません。ですが記したことで未来に繋がるのか、分からないのです」
彼女が漏らした言葉に私はどう返して良いのか分からなかった。