Coolier - 新生・東方創想話

幽玄並行世界 ~ Detected Parallel World

2025/07/23 17:04:21
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1. 無限と有限
紙束が擦れる音がする。
「フェルミオンとボゾンの関係で考えると、夢幻と幽玄って対称性と双対性があるのよね。まるで粒子と反粒子みたいに」
宇佐見蓮子は読み漁っていた論文の山に埋もれながらぶつぶつと呟いていた。
「はいはい、また難しい話ね。それで、今度こそ視えるようになるの?」
扉の開く音にも気づかなかったために、聞き馴染みのある声で思わず顔を上げる。
「えっ、ああ。そうよ。この世界の境界における揺らぎと重ね合わせはもう説明したわよね?」
「もう聞き飽きちゃった。そもそもその境界の揺らぎを最初に見つけたの、私なんだけど?」
いきつけの喫茶店のカップを両手で包みながら、少し拗ねたように言う。
「あら、そうだったかしら」
「そうだったかしらって、ひどいわね!」
マエリベリーハーンは両手を盃に肩をすくませてそう話す。
「だって、メリーにはもう見えているもの」
「蓮子ったら、まだ視え方が分からないのね。だったらもう一度視せてあげるわ」
そういうと、彼女は手を取って研究室の外へと引っ張り出した。

2. 電子の空間
手を引っ張られながら向かう先は、大学構内にある電算機研究所だった。
「ちょっと待ってメリー、ここって『並列世界演算プロジェクト』の設備じゃない。でもこれって、無数の理論値を使った唯の仮想世界のシミュレーションでしょ?」
銀色に輝く地下空間を見回しながら、宇佐見蓮子は怪訝そうに訊ねる。
「そうよ。でも現実にしかないはずの特有の境界が私に視えているとしたら、それって単なる夢や幻覚になるのかしら?」
彼女は漏れ出るように口角を上げる。
「えっ、まさか本当に?」
冷却機器の稼働音が鳴り出す。
「そのまさかよ!観測者がいれば、それは実在するの」
計算機がマエリベリーハーンの返答を待っていたかのように、一斉に処理が走り出す。
そして、電算機に接続されたホログラフィック変換場のゲートを開けた。
「だから蓮子にもきっと並行世界は見えるはずだわ」
奥へと差し伸べられた手からゆっくりと境界が開く。
「ほら、見えるでしょう?」
興奮した声がゲートの向こう側へと消える。
「え、ええ。見えるわ!別の世界が!幻想の故郷が!」
そこには重なり合う仮想世界ではなく、蜘蛛の巣のような揺らぎの塊があった。
揺らぎの先には朧気に豊かに発展した東京が視えている。
「向こうには一体何があるのかしら」
身を乗り出して下を覗く彼女の口からは高揚した気持ちが出てくる。
「まさか、蓮子ったら行くの!?」
「きっと面白いに違いないわ!行くわよ!」
驚く間も無く手を引っ張られ蜘蛛の巣に落ちていった。
「ええっ!?」

3. 拡張されゆく現実
落下は無限に続くと思われたが、すぐに地面に体をぶつけた。
その地面はメッシュとコライダーが分離していた。
「痛みを伴えば、認識が形になる」
「そのようにして夢、幻から幽玄へと収まる」
遠くのお地蔵様は口を開かずにそう唱える。
聞こえないはずのものが聞こえ、見えないはずのものが見える
感覚と認識が分離と融合を繰り返す。
「境界酔いしそうだわ」
宇佐見蓮子は味が混じり合う口元を押さえながら、彼女にもたれ掛かる。
「今回は扉の概念ではないから」
「ええ、覚えてるわ。主観が夢幻を決めるって」
顔を寄せて頷く。
「そうよ、だからあの時に夢から戻れたの。でもね、並行世界も客観的に実在するのよ?」
布のような膜と膜の間から、圧縮された現実をマルチモーダル的に与えてくる。
たくさんのカーテンに揉まれ、最後に幕が大きく開かれる。
電算機の計算はその時初めて急速に一つの有限値に収束した。

4. 暴かれた禁忌
あらゆる時空間は境界を介してもつれている。
それは凡ゆる可能性が揺らぎの中で実在しうることを示していた。
「蓮子、知ってる?古来の日本から語り継がれてきたこの世界の秘密はね、近代の学問によって封印されてしまったの」
彼女達は江戸川を飛び越え、下総の禁足地に立っていた。
「世界は揺らぎともつれによって地続きなのよ。境界がそれを示しているわ」
旧首都の高層ビル群を覆う不知森に広がるように薄っすらと透けて見える幾つかの世界。
「世界は分離していない。それが禁忌ということなのね」
認識の境地に辿り着いた蓮子はそのように漏らす。
世界は分離を繰り返しているが、しかし、その実は概念でしか別れていない。
それを並行世界経由の量子テレポーテーションが示していた。

5. 幻想郷の原理
虹色のレースカーテンを眺める彼女達は、禁忌が禁忌たらしめている理由を考えていた。
宇佐見蓮子はアインシュタインにでもなったつもりで舌を出してみると、ふと反証がよぎった。
「この現実が世界の総体の局所性でしかないなんて、科学主義なら受け入れられなくて当然よ」
「だから無かったことにしたのね」
科学世紀の代弁者となって相槌をした。
「そんなことを許せば、可能性が許されてしまう」
そう、もしも、時空間を夢幻が成り立つような概念にしてしまえばどうなるのか?
「待って、それは」
それは、観測者の相互観測に依存する無限の世界が出来上がるだろう。
結界はその原理を成り立たせるスーパーバイザだった。
「貴女にはまだ早すぎるわ。まだその役目ではないもの」
夜が降りてくるとともにマエリベリーハーンの姿をしたドッペルゲンガーがそう告げる。
「禁足地になぜ立ち入ってはいけないかって?」
「これを読んでいる貴方なら分かるでしょう?」
二人の視界の前で結界を閉じる。

6. 即今当初自己
紙束が擦れる音がする。
宇佐見蓮子は読み漁っていた論文の山に埋もれて居眠りをしていた。
「蓮子ったら、また寝てるの?枕じゃないんだから首を痛めるわよ」
扉の開く音にも気づいたために、聞き馴染みのある声で顔が上がる。
「えっ、ああ。あれ?いつの間に私」
「聞き飽きたわ。大体そうやっていつも寝ているのよ?」
マエリベリーハーンは両手を盃に肩をすくませてそう話す。
「おかしいな、何か分かった感じがしたんだけど」
選択的だった時も場所も関係も、結界というデデキント切断の前で一意に定められた。
「おかしな人、きっと変な夢でも見ていたのよ」
「そっか、そうかもね」
そうして、二人はお互い笑い合いながら研究室を出たのであった。
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