「おまたせー! コゴミとゼンマイとワラビのうどんよー!」
「山菜うどんだねー! わーい! いっただきまーす!」
紫苑は笑顔で出されたうどんをすすり出す。そのうどんをこしらえた穣子がその様子をニコニコと見つめていると、ふと、紫苑が首をかしげて、たずねる。
「あれ? おイモさんは食べないの?」
「あ、私? 私はいいのよ。どうせ、いつでも食べられるし」
「そう? わかったー。じゃ、遠慮なく!」
と、言ってるそばから紫苑は、するするとうどんを平らげた。
いつも腹ペコ貧乏神の依神紫苑は、こうやってちょくちょく穣子の所へメシをたかりに来ている。
穣子も特に断る理由はなかったので、こうやって彼女にメシを振る舞っていた。
その結果、今では紫苑は穣子を「おイモさん」と親しみを込めて(?)呼ぶまでになっていた。
「はーおいしかったー!」
「そりゃ、よかったわね。で、食べた感想は?」
「あ、うん。美味しかった。なんていうか、その、美味しかった!!」
「……そ、そう。まあ、美味しかったのならよかったわ」
まったく感想になっていない感想だったが、彼女の満足そうな笑顔がすべてを物語っているような気がしたので、穣子はそれで良しとした。
「はー。ごくらく、ごくらくー。山菜ってこんなに美味しいんだねー」
そう言って、お腹をさすりながら床に寝っ転がる紫苑に、穣子は言う。
「どうせ、いつも生で食べてんでしょ?」
「おイモさんすごい!? どうしてわかったの?」
「あんたさぁ。前に大根あげたときに、生でかじったって自分で言ったじゃない」
「あー、そんなこと……。あったかも」
「あんな、いい大根を……」
苦笑を浮かべる紫苑に、思わず穣子は呆れたようにため息をつく。
「……まったく、大変よねぇ。料理ができないって」
「仕方ないよ。私が料理しようとすると家燃えかねないし……」
そう言って口をとがらせる紫苑に、穣子は再びため息をついて告げる。
「……まったく、大変よねぇ。貧乏神ってのは」
「……仕方ないよ。貧乏神として生まれちゃったんだから。そう言うおイモさんだって、おイモの神さまとして生まれたわけでしょ?」
「だから私は豊穣神だっての!」
紫苑は「あれ、そうだっけ?」みたいな顔で首をかしげる。穣子は気を取り直して告げる。
「まぁ、そんなのどーでもいーんだけど。あれよ。あんた、食材持ってきてくれたらこっちで調理してあげるから、今度来るときにでも持ってきなさいよ」
「えっ!? いいの!?」
思わず紫苑は、がばっと起き上がり、驚いた顔で穣子を見つめる。
「……そ、そんな驚くこと?」
思わずたじろぐ穣子に、紫苑は笑みを浮かべて言い放った。
「おイモさんだーいすき!!」
「そ、そう……? そりゃよかったわね……?」
突然の告白に、いまいちピンとこない穣子だったが、なんか面倒そうだったので、あえて深くは聞かなかった。
□
次の日、さっそく紫苑は、山で食材集めを始めた。
彼女の手には大きなズタ袋。夕べ、家にあったボロの切れっ端を一晩かけ縫い合わせてこしらえた物で、途中、何度も針が指に刺さったが、これも穣子の手料理のため! と、痛みをこらえ、なんとか完成させた代物だ。
「えーと。手始めに、この木の根元とか……。おっ? やったー!」
さっそく黄色いしなびたきのこを見つけた紫苑は、それを袋の中に入れる。もしかすると毒きのこかもしれないが、なにせ普段から、ろくな物食べていない彼女の胃はかなり鍛えられており、それこそ多少の毒くらいヘッチャラなのである。
「うわーい! なんか木の実たくさん落ちてるー! 今日は運がいいわー!」
その後も彼女は、そこら辺に青々と生えてる草やら、去年から残っているとおぼしき古ぼけた木の実をにぎりしめ、次々とズタ袋につめこんでいく。
「……うーん。こんなに見つかって本当に大丈夫なのかな……? な、なんか一生分の運を使い果たしてるような気がするんだけど……」
その後も紫苑は、食べられそうなものを手当たり次第ズタ袋に放り込んでいたが、そうしているうちにだんだん袋が重くなり、気がつくと、手で持ち上げられないほどになっていた。
「うっ! 重っ!? で、でも、これも……! おイモさんの! 手料理のため……っ! がんばる……!」
彼女は目を輝かせながら、うんしょうんしょとズタ袋を引きずり秋姉妹の家へと向かった。
□
「……で、途中で袋に穴があいて、中身がほとんどぬけちゃったってワケ……?」
「うえぇーーん! せっかく集めたのにぃー! どおりで急に軽くなったと思ったぁー! うえーん!」
「あのさぁ。その時点で気づくでしょーよ。フツー……。っていうか、中身を減らせばよかった話なんじゃない? それ」
「やだぁー! そしたら食べる量減っちゃうもん……!」
「……減っちゃうって。袋破れたら元も子もないでしょーが」
「……うう、やっぱり私は何をやっても上手くいかないんだー! 貧乏神だからー! うえーん!」
び-びー泣きわめく紫苑を穣子は、ため息をつきながら見やると、穴のあいた袋の中をのぞく。
「……あーもう。とりあえず残ってるやつで、それっぽいの作ってやるから、泣くのやめなさいよ。うるさいから」
穣子は紫苑を適当になだめると、袋の奥の方に残っていたしなびたきのこと草を持って、台所へと向かった。
ほどなくして。
「はい。こんなんしかないけど、文句言わないでよ?」
そう言って穣子がテーブルの上に置いたのは、きのこと雑草のバター炒めだった。
「わぁ!! いいにおーい!」
思わず目をキラキラさせる紫苑。
「においだけじゃないわよ」
「いっただきまーす!」
紫苑はさっそく口に入れると、たちまち恍惚の表情を浮かべる。
「おいひぃいいいい!! ひあわへぇえぇーー!」
夢中でパクつく紫苑に、穣子がものありげに話しかける。
「ねえねえ。あんたが持ってきたそのきのこ。タモギタケって言って、とってもいい出汁が取れるきのこなのよ。普通もっと涼しくなってから生えるものなんだけど、いったいどこで見つけたのよ。んで、せっかくだからその風味生かしてバターで炒めてみたら、なんか凄くいい感じにまとまってさ……って、話聞いてる?」
「……ん? 食べるの夢中でぜんぜん聞いてなかった! って、いうか凄いね! これ、なんか食べてたら体温まってきた気がする! もしかして、おイモさんマジック?」
「あのさぁ……。ま、別にいいけど」
と、呆れた様子で穣子はふと、視線をそらす。そのとき偶然、例のズタ袋が目に入ってしまい、思わず彼女は苦笑してしまう。
「ん? どうしたの? 急に笑ったりして」
口の周りをバターの油まみれにさせた紫苑が、不思議そうにたずねると、穣子は呆れた様子で告げる。
「……いや。本当、あんたってさ……」
「ん……?」
「……いえ、やっぱなんでもないわ」
「へ……?」
思わずキョトンと首をかしげる紫苑。
そんな彼女を見て、穣子は苦笑を浮かべると、再びズタ袋を見やる。
底に大きな穴があいたつぎはぎだらけのズタ袋は、物欲しそうに口を開けて静かに横たわっている。
穣子は、その不器用なズタ袋を目を細めて、どこか愛おしそうに見つめると、ふと、たぐり寄せて紫苑に告げる。
「……この穴ふさいであげるから、また食いもの持ってきなさいよ」
「え、いいのっ!?」
たちまち色めき出す紫苑に、穣子は続けて笑顔で言い放つ。
「ついでに、あんたに空いた穴もふさいであげよっか? ……なーんてね」
それを聞いた紫苑は、寂しそうな表情で告げる。
「……それは多分、おイモさんでも無理だよ。……だって私、貧乏神だし……」
すぐさま穣子は返す。
「ねえ、紫苑。今が幸せなら、それはきっと幸せってことなのよ?」
「今が……?」
きょとんとする紫苑に穣子は続ける。
「……あんたさぁ。私の料理食ってるとき、すっごい美味しそうにしてるじゃない」
「そりゃ、おイモさんの手料理美味しいもん!」
「……美味しいもの食ってるときってさ、誰でも幸せになれる瞬間だと思わない?」
穣子の言葉を聞いた紫苑は、思わずハッとした表情を浮かべる。彼女の様子を見た穣子は、得意げに胸を張って言い放った。
「……と、いうわけで、少なくとも私の所に来てる間くらい、あんたは幸せになりなさい。そして幸せが足りなくなったら、また私のとこに来なさい。……わかった?」
穣子の言葉を聞いた紫苑は、しばらく唖然とした様子だったが、やがて口元を徐々にゆるめていく、そして一気に感情が爆発したような、笑顔を穣子に見せると言い放った。
「ありがとう! おイモさん! それじゃ毎食食べに来るね! そうすればずっと幸せだよね!?」
穣子は、思わず引きつった笑みを浮かべそうになるが、彼女の、そこがぬけたような笑顔を見て、……まあ、いっか。と、苦笑を浮かべる。
ふと、例のズタ袋を見ると、口元がゆるみ、まるで笑っているように見えた。
「山菜うどんだねー! わーい! いっただきまーす!」
紫苑は笑顔で出されたうどんをすすり出す。そのうどんをこしらえた穣子がその様子をニコニコと見つめていると、ふと、紫苑が首をかしげて、たずねる。
「あれ? おイモさんは食べないの?」
「あ、私? 私はいいのよ。どうせ、いつでも食べられるし」
「そう? わかったー。じゃ、遠慮なく!」
と、言ってるそばから紫苑は、するするとうどんを平らげた。
いつも腹ペコ貧乏神の依神紫苑は、こうやってちょくちょく穣子の所へメシをたかりに来ている。
穣子も特に断る理由はなかったので、こうやって彼女にメシを振る舞っていた。
その結果、今では紫苑は穣子を「おイモさん」と親しみを込めて(?)呼ぶまでになっていた。
「はーおいしかったー!」
「そりゃ、よかったわね。で、食べた感想は?」
「あ、うん。美味しかった。なんていうか、その、美味しかった!!」
「……そ、そう。まあ、美味しかったのならよかったわ」
まったく感想になっていない感想だったが、彼女の満足そうな笑顔がすべてを物語っているような気がしたので、穣子はそれで良しとした。
「はー。ごくらく、ごくらくー。山菜ってこんなに美味しいんだねー」
そう言って、お腹をさすりながら床に寝っ転がる紫苑に、穣子は言う。
「どうせ、いつも生で食べてんでしょ?」
「おイモさんすごい!? どうしてわかったの?」
「あんたさぁ。前に大根あげたときに、生でかじったって自分で言ったじゃない」
「あー、そんなこと……。あったかも」
「あんな、いい大根を……」
苦笑を浮かべる紫苑に、思わず穣子は呆れたようにため息をつく。
「……まったく、大変よねぇ。料理ができないって」
「仕方ないよ。私が料理しようとすると家燃えかねないし……」
そう言って口をとがらせる紫苑に、穣子は再びため息をついて告げる。
「……まったく、大変よねぇ。貧乏神ってのは」
「……仕方ないよ。貧乏神として生まれちゃったんだから。そう言うおイモさんだって、おイモの神さまとして生まれたわけでしょ?」
「だから私は豊穣神だっての!」
紫苑は「あれ、そうだっけ?」みたいな顔で首をかしげる。穣子は気を取り直して告げる。
「まぁ、そんなのどーでもいーんだけど。あれよ。あんた、食材持ってきてくれたらこっちで調理してあげるから、今度来るときにでも持ってきなさいよ」
「えっ!? いいの!?」
思わず紫苑は、がばっと起き上がり、驚いた顔で穣子を見つめる。
「……そ、そんな驚くこと?」
思わずたじろぐ穣子に、紫苑は笑みを浮かべて言い放った。
「おイモさんだーいすき!!」
「そ、そう……? そりゃよかったわね……?」
突然の告白に、いまいちピンとこない穣子だったが、なんか面倒そうだったので、あえて深くは聞かなかった。
□
次の日、さっそく紫苑は、山で食材集めを始めた。
彼女の手には大きなズタ袋。夕べ、家にあったボロの切れっ端を一晩かけ縫い合わせてこしらえた物で、途中、何度も針が指に刺さったが、これも穣子の手料理のため! と、痛みをこらえ、なんとか完成させた代物だ。
「えーと。手始めに、この木の根元とか……。おっ? やったー!」
さっそく黄色いしなびたきのこを見つけた紫苑は、それを袋の中に入れる。もしかすると毒きのこかもしれないが、なにせ普段から、ろくな物食べていない彼女の胃はかなり鍛えられており、それこそ多少の毒くらいヘッチャラなのである。
「うわーい! なんか木の実たくさん落ちてるー! 今日は運がいいわー!」
その後も彼女は、そこら辺に青々と生えてる草やら、去年から残っているとおぼしき古ぼけた木の実をにぎりしめ、次々とズタ袋につめこんでいく。
「……うーん。こんなに見つかって本当に大丈夫なのかな……? な、なんか一生分の運を使い果たしてるような気がするんだけど……」
その後も紫苑は、食べられそうなものを手当たり次第ズタ袋に放り込んでいたが、そうしているうちにだんだん袋が重くなり、気がつくと、手で持ち上げられないほどになっていた。
「うっ! 重っ!? で、でも、これも……! おイモさんの! 手料理のため……っ! がんばる……!」
彼女は目を輝かせながら、うんしょうんしょとズタ袋を引きずり秋姉妹の家へと向かった。
□
「……で、途中で袋に穴があいて、中身がほとんどぬけちゃったってワケ……?」
「うえぇーーん! せっかく集めたのにぃー! どおりで急に軽くなったと思ったぁー! うえーん!」
「あのさぁ。その時点で気づくでしょーよ。フツー……。っていうか、中身を減らせばよかった話なんじゃない? それ」
「やだぁー! そしたら食べる量減っちゃうもん……!」
「……減っちゃうって。袋破れたら元も子もないでしょーが」
「……うう、やっぱり私は何をやっても上手くいかないんだー! 貧乏神だからー! うえーん!」
び-びー泣きわめく紫苑を穣子は、ため息をつきながら見やると、穴のあいた袋の中をのぞく。
「……あーもう。とりあえず残ってるやつで、それっぽいの作ってやるから、泣くのやめなさいよ。うるさいから」
穣子は紫苑を適当になだめると、袋の奥の方に残っていたしなびたきのこと草を持って、台所へと向かった。
ほどなくして。
「はい。こんなんしかないけど、文句言わないでよ?」
そう言って穣子がテーブルの上に置いたのは、きのこと雑草のバター炒めだった。
「わぁ!! いいにおーい!」
思わず目をキラキラさせる紫苑。
「においだけじゃないわよ」
「いっただきまーす!」
紫苑はさっそく口に入れると、たちまち恍惚の表情を浮かべる。
「おいひぃいいいい!! ひあわへぇえぇーー!」
夢中でパクつく紫苑に、穣子がものありげに話しかける。
「ねえねえ。あんたが持ってきたそのきのこ。タモギタケって言って、とってもいい出汁が取れるきのこなのよ。普通もっと涼しくなってから生えるものなんだけど、いったいどこで見つけたのよ。んで、せっかくだからその風味生かしてバターで炒めてみたら、なんか凄くいい感じにまとまってさ……って、話聞いてる?」
「……ん? 食べるの夢中でぜんぜん聞いてなかった! って、いうか凄いね! これ、なんか食べてたら体温まってきた気がする! もしかして、おイモさんマジック?」
「あのさぁ……。ま、別にいいけど」
と、呆れた様子で穣子はふと、視線をそらす。そのとき偶然、例のズタ袋が目に入ってしまい、思わず彼女は苦笑してしまう。
「ん? どうしたの? 急に笑ったりして」
口の周りをバターの油まみれにさせた紫苑が、不思議そうにたずねると、穣子は呆れた様子で告げる。
「……いや。本当、あんたってさ……」
「ん……?」
「……いえ、やっぱなんでもないわ」
「へ……?」
思わずキョトンと首をかしげる紫苑。
そんな彼女を見て、穣子は苦笑を浮かべると、再びズタ袋を見やる。
底に大きな穴があいたつぎはぎだらけのズタ袋は、物欲しそうに口を開けて静かに横たわっている。
穣子は、その不器用なズタ袋を目を細めて、どこか愛おしそうに見つめると、ふと、たぐり寄せて紫苑に告げる。
「……この穴ふさいであげるから、また食いもの持ってきなさいよ」
「え、いいのっ!?」
たちまち色めき出す紫苑に、穣子は続けて笑顔で言い放つ。
「ついでに、あんたに空いた穴もふさいであげよっか? ……なーんてね」
それを聞いた紫苑は、寂しそうな表情で告げる。
「……それは多分、おイモさんでも無理だよ。……だって私、貧乏神だし……」
すぐさま穣子は返す。
「ねえ、紫苑。今が幸せなら、それはきっと幸せってことなのよ?」
「今が……?」
きょとんとする紫苑に穣子は続ける。
「……あんたさぁ。私の料理食ってるとき、すっごい美味しそうにしてるじゃない」
「そりゃ、おイモさんの手料理美味しいもん!」
「……美味しいもの食ってるときってさ、誰でも幸せになれる瞬間だと思わない?」
穣子の言葉を聞いた紫苑は、思わずハッとした表情を浮かべる。彼女の様子を見た穣子は、得意げに胸を張って言い放った。
「……と、いうわけで、少なくとも私の所に来てる間くらい、あんたは幸せになりなさい。そして幸せが足りなくなったら、また私のとこに来なさい。……わかった?」
穣子の言葉を聞いた紫苑は、しばらく唖然とした様子だったが、やがて口元を徐々にゆるめていく、そして一気に感情が爆発したような、笑顔を穣子に見せると言い放った。
「ありがとう! おイモさん! それじゃ毎食食べに来るね! そうすればずっと幸せだよね!?」
穣子は、思わず引きつった笑みを浮かべそうになるが、彼女の、そこがぬけたような笑顔を見て、……まあ、いっか。と、苦笑を浮かべる。
ふと、例のズタ袋を見ると、口元がゆるみ、まるで笑っているように見えた。
幸せになれる瞬間があることはいいことですね。
底抜けのズタ袋こと紫苑が幸せそうで何よりでした
穣子もつられて笑顔になっていてよかったです
ほっこりするお話でよきでした。