「ま、まさか...」
人混みの中に、明らかに人間でないものが混じっている。
妖怪?いや違う・・・
背中に浮いている羽からして間違いない、あれは・・・
(いたのか...本当に...妖精なんて...)
噂にしか聞いたことなかった。
永遠の命を有する存在、そんな都合のいいものなどいるわけないと、心のどこかで諦めていた。
だが今、確信した。
夢の中の話なんかじゃない。
私の目の前に、妖精がいる。
永遠の命が欲しいわけじゃない。少しばかり分けてほしいだけだ。
だって不公平じゃないか。何故あの子だけ...私の子だけすぐ死ななくちゃいけないんだ。
できることなら、いくらでも私の命を捧げてやりたい。
だが人間ごときの肉体を喰わせたところで何も変わらないだろう。
しかし妖精のなら・・・
「やあ、お嬢ちゃん」
「何だ?おっさん」
「悪く思わないでくれ・・・」
ゴンッ
「なっ...おま...」
「...」
「ふふ...これで...」
「ん...ここは...?」
人間の住処だろうか。妖精には馴染みのない空間だ。
さっきの老人に連れてこられたのだとすぐ分かった。
「なっ、この...!」
身動きができない。縄で縛られている。
ガラッ
「おお、起きてしまったのか」
「おまえ!何であたいをこんな目にあわすんだ!早く縄をほどけ!」
いっそこいつを凍らせて・・・
『チルノちゃん、人里に行くのは構わないけど、人間を凍らせちゃだめだよ?』
(そうは言っても、こんな状況じゃ...)
「可哀想に、気を失ったままなら痛みも感じなかっただろうに」
老人はチルノを仰向けにさせた。
「あ、あたいをどうするつもりだ!おかしなことするなら凍らせるぞ!」
「ほう、妖精はそんなこともできるのか。」
老人には焦り一つもないようだった。チルノの訴えなど子供の戯言にしか聞こえないだろう。
「...やはりこのままやるのはさすがに可哀想じゃな。もう一度眠って...うっ!」
「なっ、何だ!?」
先程までの落ち着きが嘘だったかのように、老人は急に苦しみだした。
「そんなっ...ゴホッ!ゴホッ!あと...少しで...ゴホッ!」
「ちょ、どうしたのよ!?ねえ!誰かいないの!おっさんが大変なのよ!」
もはやチルノには敵意など消えていた。
目の前の老人を助けないと。
その一心で辛うじて自由な口を動かし続けた。
「誰かあ!誰かあ!」
「私が死んだら...あの子は...」
「おっさん...?」
「...」
自分と言葉を交わしていたものが、音も発さず、ピクリとも動かなくなった。
⸺あの時と同じだ
かつて同じ光景を見たチルノには分かった。
目の前の老人は死んでしまったのだと。
「何勝手にくたばってるのよ...あたいをぶった仕返し、まだしてないじゃない...」
ダッダッダッ
ようやく誰かが駆けつけてきた。
死体の前に残された自分。この状況をどう説明するか、チルノには考える余裕などなかった。
自身の無力感で抜け殻のようになってしまっていた。
「あなた...」
「そ、その」
「ああ...あなた...」
「おばあさん...あたいのせいじゃない...わよ...?」
老婦人はしばらく何も言わず主人を抱えていた。
別れを終えてから、ようやくチルノに目を向けた。
「...妖精さんね...?」
このおばあさんも自分を狙ってる...?
今度こそやられてしまうと思い、手足が不自由ながらも、何とか冷気を集めようとした矢先・・・
「ごめんなさいね...怖い思いさせて...」
「え...」
老婦人はチルノの縄をほどいてやった。
チルノは口を開けたまま老婦人を見つめることしかできなかった。
「どうか主人を、主人を許してあげてくれませんか・・・」
チルノには一つだけ気になっていることがあった。
この老婦人は悲しんではいるものの、あまり驚いているようには見えなかったのだ。
この結末を分かっていたのだろうか。
「あたいのことはもういいわ。それよりこのおじいさんがどうしてこんなことになっちゃったのか教えてよ」
「妖精さんは、私たち人間がどれぐらい生きていられるか、知ってるかい?」
孫に昔話でもするかのように語る。亡骸となった主人を抱えながら。
「うーん。100...ぐらい...?」
「そうだねえ。長生きな人はそれぐらい生きるかもね。でもおおよその人は60から80、体がどんどん弱まって、色んなに病気になって、やがて...ね...」
チルノは思わず下を向いた。
妖精である自分が何だが情けなく思うのだ。
今までこんな気分になったのは初めてだ。
「主人もいつ逝ってしまっても不思議じゃない状態だったわ」
「じゃあ...何でこんなことしたのよ...お別れしちゃうなら、それまでずっとおばあさんと一緒にいてあげなきゃ...!」
「そうね...妖精さんの言う通りだわ。でも、私達には時間がなかったの」
私達には血の繋がっていない子どもがいる。
そう、拾い子だ。
親に捨てられたのか、自分から逃げ出したのか、あの子は森の中に倒れていたらしい。
主人はわし達で面倒を見ようと言い、家に連れてきた。
私も賛成だった。
もう50年経つだろうか。
私達は最愛の子を事故で亡くしてしまった。
ようやく神様は私達に贖罪の道を開いてくれたのだと思った。
私達がこの子を育てる。
おかしい。
何故?
何故目を開けてくれないの・・・
医者に診てもらった。原因は分からないまま。
だがこのままだと衰弱死するのも時間の問題だと言う。
ああ神様・・・
罪を償わせてくれるのではなかったのですか・・・
どうして私達にまたこのようなことを・・・
「おい、大丈夫か」
「あなた...」
「...確証はないが、この子は最初から短命だったのかもしれない」
「そんな...」
「妖精...」
「え...」
「妖精だ。永遠の命を持つ妖精というものがいるらしい。そいつを捕まえれば...」
「...確かに妖精は死なないって言われてるわ。でも本当は違うのよ?」
「え...?」
「妖精がこのおじいさんみたいに、もう二度と目を開けなくなるのを、あたい見たことがあるんだ...」
「...」
「さっきまで笑っていたのが嘘のように何も喋らなくなって、動かなくって...あたい、怖くなって逃げ出しちゃったわ...」
「辛いことを思い出させてしまったわね...」
「いいの!あたいのことはいいの...」
口ではそうは言っているものの、チルノの顔はくしゃくしゃになっていた。
幼い精神でありながらも必死に感情を抑え込もうとする妖精を前に、老婦人は申し訳なさでいっぱいだった。
グ...ングググ...
「妖精さん?」
「つぅ...あと...もうちょっと...」
なんとチルノは6個ある自分の氷の羽を、一つだけ背中から引き離そうとした。
「痛っ!」
「だ、大丈夫かい!?」
「はぁ...はあ...」
チルノは痛みとは別の何かを感じていた。
今までずっと背中を守り続けてくれていた氷の羽。
たかが一つ背中から離れただけなのに、どこか寂しさのようなものがあった。
「なんてことを...」
(大ちゃんごめん...大ちゃんからもらったリボン、使わせてもらうね...!)
チルノは自分の氷の羽を、頭からほどいたリボンで包み込んだ。
「はい、おばあさん」
「私に...?」
「そうよ。絶対溶けないサイキョーの羽なんだから!」
「どうして...どうして私達のために...主人はあなたに酷いこととしたのに...」
「あたいも、今あたいが何をしたいかよく分からない...でもこのままその子が死んじゃうなんて、そんなの、あたい嫌だ!」
老婦人は思わず目を見開いた。
「そうなったらおじいさんもおばあさんも...かわいそうだもん...」
あぁ、そうだったんだ。
噂では妖精は長く生きているのに見た目も中身も子どもっぽいと言われていた。
人間が歳をとるにつれて失っていくもの・・・
そう、純粋な優しい心を、きっと妖精はずっと持っているんだろう。
「だからこれ、お守りよ。何も役に立たないかも...いや、きっとその子を助けてくれるはずだわ!」
氷の妖精だというのに太陽のような温かい笑顔を見せてくれる。
主人の悪あがきが、最後の最後にこの子に巡り合わせてくれたんだ。
分かっている。妖精の羽が短命を治す、そんな都合のいい話があるわけない。
だけど、この冷たくも温かい羽を握って目を瞑ると、見たことのないあの子の笑顔が、うっすらと見えた気がした。
「ありがとう...ありがとう妖精さん...」
「もうさっきから妖精、妖精って。あたいはチルノよ。」
「チルノさん、よければあの子に会ってくれませんか...」
「え?あ、それは..その...」
チルノはさっきまでの威勢がどこかにいってしまったように焦った。
「きょ、今日は疲れたからもう帰るわ!また今度来てあげる!」
何かを思い出したように部屋から出ていく彼女を引き留めようと思ったが、無理強いはよくない、きっと彼女にも事情があるのだろう。
飛んでいく彼女が見えなくなるまで、精一杯の感謝の気持ちを込めて頭を下げ続けた。
先程とは違う部屋に入る。
「あなた...きっとこの子は目を覚ますわ...」
枕元に、そっと氷の羽を置いた。
あたい、どうしちゃったの...
さっきまでは、ちょっと背中が痛かっただけなのに...
気持ち悪い...頭も痛い...
嘘...目が見えない...?
嫌だ...怖いよう...
助けて...
大...ちゃん...
続く
人混みの中に、明らかに人間でないものが混じっている。
妖怪?いや違う・・・
背中に浮いている羽からして間違いない、あれは・・・
(いたのか...本当に...妖精なんて...)
噂にしか聞いたことなかった。
永遠の命を有する存在、そんな都合のいいものなどいるわけないと、心のどこかで諦めていた。
だが今、確信した。
夢の中の話なんかじゃない。
私の目の前に、妖精がいる。
永遠の命が欲しいわけじゃない。少しばかり分けてほしいだけだ。
だって不公平じゃないか。何故あの子だけ...私の子だけすぐ死ななくちゃいけないんだ。
できることなら、いくらでも私の命を捧げてやりたい。
だが人間ごときの肉体を喰わせたところで何も変わらないだろう。
しかし妖精のなら・・・
「やあ、お嬢ちゃん」
「何だ?おっさん」
「悪く思わないでくれ・・・」
ゴンッ
「なっ...おま...」
「...」
「ふふ...これで...」
「ん...ここは...?」
人間の住処だろうか。妖精には馴染みのない空間だ。
さっきの老人に連れてこられたのだとすぐ分かった。
「なっ、この...!」
身動きができない。縄で縛られている。
ガラッ
「おお、起きてしまったのか」
「おまえ!何であたいをこんな目にあわすんだ!早く縄をほどけ!」
いっそこいつを凍らせて・・・
『チルノちゃん、人里に行くのは構わないけど、人間を凍らせちゃだめだよ?』
(そうは言っても、こんな状況じゃ...)
「可哀想に、気を失ったままなら痛みも感じなかっただろうに」
老人はチルノを仰向けにさせた。
「あ、あたいをどうするつもりだ!おかしなことするなら凍らせるぞ!」
「ほう、妖精はそんなこともできるのか。」
老人には焦り一つもないようだった。チルノの訴えなど子供の戯言にしか聞こえないだろう。
「...やはりこのままやるのはさすがに可哀想じゃな。もう一度眠って...うっ!」
「なっ、何だ!?」
先程までの落ち着きが嘘だったかのように、老人は急に苦しみだした。
「そんなっ...ゴホッ!ゴホッ!あと...少しで...ゴホッ!」
「ちょ、どうしたのよ!?ねえ!誰かいないの!おっさんが大変なのよ!」
もはやチルノには敵意など消えていた。
目の前の老人を助けないと。
その一心で辛うじて自由な口を動かし続けた。
「誰かあ!誰かあ!」
「私が死んだら...あの子は...」
「おっさん...?」
「...」
自分と言葉を交わしていたものが、音も発さず、ピクリとも動かなくなった。
⸺あの時と同じだ
かつて同じ光景を見たチルノには分かった。
目の前の老人は死んでしまったのだと。
「何勝手にくたばってるのよ...あたいをぶった仕返し、まだしてないじゃない...」
ダッダッダッ
ようやく誰かが駆けつけてきた。
死体の前に残された自分。この状況をどう説明するか、チルノには考える余裕などなかった。
自身の無力感で抜け殻のようになってしまっていた。
「あなた...」
「そ、その」
「ああ...あなた...」
「おばあさん...あたいのせいじゃない...わよ...?」
老婦人はしばらく何も言わず主人を抱えていた。
別れを終えてから、ようやくチルノに目を向けた。
「...妖精さんね...?」
このおばあさんも自分を狙ってる...?
今度こそやられてしまうと思い、手足が不自由ながらも、何とか冷気を集めようとした矢先・・・
「ごめんなさいね...怖い思いさせて...」
「え...」
老婦人はチルノの縄をほどいてやった。
チルノは口を開けたまま老婦人を見つめることしかできなかった。
「どうか主人を、主人を許してあげてくれませんか・・・」
チルノには一つだけ気になっていることがあった。
この老婦人は悲しんではいるものの、あまり驚いているようには見えなかったのだ。
この結末を分かっていたのだろうか。
「あたいのことはもういいわ。それよりこのおじいさんがどうしてこんなことになっちゃったのか教えてよ」
「妖精さんは、私たち人間がどれぐらい生きていられるか、知ってるかい?」
孫に昔話でもするかのように語る。亡骸となった主人を抱えながら。
「うーん。100...ぐらい...?」
「そうだねえ。長生きな人はそれぐらい生きるかもね。でもおおよその人は60から80、体がどんどん弱まって、色んなに病気になって、やがて...ね...」
チルノは思わず下を向いた。
妖精である自分が何だが情けなく思うのだ。
今までこんな気分になったのは初めてだ。
「主人もいつ逝ってしまっても不思議じゃない状態だったわ」
「じゃあ...何でこんなことしたのよ...お別れしちゃうなら、それまでずっとおばあさんと一緒にいてあげなきゃ...!」
「そうね...妖精さんの言う通りだわ。でも、私達には時間がなかったの」
私達には血の繋がっていない子どもがいる。
そう、拾い子だ。
親に捨てられたのか、自分から逃げ出したのか、あの子は森の中に倒れていたらしい。
主人はわし達で面倒を見ようと言い、家に連れてきた。
私も賛成だった。
もう50年経つだろうか。
私達は最愛の子を事故で亡くしてしまった。
ようやく神様は私達に贖罪の道を開いてくれたのだと思った。
私達がこの子を育てる。
おかしい。
何故?
何故目を開けてくれないの・・・
医者に診てもらった。原因は分からないまま。
だがこのままだと衰弱死するのも時間の問題だと言う。
ああ神様・・・
罪を償わせてくれるのではなかったのですか・・・
どうして私達にまたこのようなことを・・・
「おい、大丈夫か」
「あなた...」
「...確証はないが、この子は最初から短命だったのかもしれない」
「そんな...」
「妖精...」
「え...」
「妖精だ。永遠の命を持つ妖精というものがいるらしい。そいつを捕まえれば...」
「...確かに妖精は死なないって言われてるわ。でも本当は違うのよ?」
「え...?」
「妖精がこのおじいさんみたいに、もう二度と目を開けなくなるのを、あたい見たことがあるんだ...」
「...」
「さっきまで笑っていたのが嘘のように何も喋らなくなって、動かなくって...あたい、怖くなって逃げ出しちゃったわ...」
「辛いことを思い出させてしまったわね...」
「いいの!あたいのことはいいの...」
口ではそうは言っているものの、チルノの顔はくしゃくしゃになっていた。
幼い精神でありながらも必死に感情を抑え込もうとする妖精を前に、老婦人は申し訳なさでいっぱいだった。
グ...ングググ...
「妖精さん?」
「つぅ...あと...もうちょっと...」
なんとチルノは6個ある自分の氷の羽を、一つだけ背中から引き離そうとした。
「痛っ!」
「だ、大丈夫かい!?」
「はぁ...はあ...」
チルノは痛みとは別の何かを感じていた。
今までずっと背中を守り続けてくれていた氷の羽。
たかが一つ背中から離れただけなのに、どこか寂しさのようなものがあった。
「なんてことを...」
(大ちゃんごめん...大ちゃんからもらったリボン、使わせてもらうね...!)
チルノは自分の氷の羽を、頭からほどいたリボンで包み込んだ。
「はい、おばあさん」
「私に...?」
「そうよ。絶対溶けないサイキョーの羽なんだから!」
「どうして...どうして私達のために...主人はあなたに酷いこととしたのに...」
「あたいも、今あたいが何をしたいかよく分からない...でもこのままその子が死んじゃうなんて、そんなの、あたい嫌だ!」
老婦人は思わず目を見開いた。
「そうなったらおじいさんもおばあさんも...かわいそうだもん...」
あぁ、そうだったんだ。
噂では妖精は長く生きているのに見た目も中身も子どもっぽいと言われていた。
人間が歳をとるにつれて失っていくもの・・・
そう、純粋な優しい心を、きっと妖精はずっと持っているんだろう。
「だからこれ、お守りよ。何も役に立たないかも...いや、きっとその子を助けてくれるはずだわ!」
氷の妖精だというのに太陽のような温かい笑顔を見せてくれる。
主人の悪あがきが、最後の最後にこの子に巡り合わせてくれたんだ。
分かっている。妖精の羽が短命を治す、そんな都合のいい話があるわけない。
だけど、この冷たくも温かい羽を握って目を瞑ると、見たことのないあの子の笑顔が、うっすらと見えた気がした。
「ありがとう...ありがとう妖精さん...」
「もうさっきから妖精、妖精って。あたいはチルノよ。」
「チルノさん、よければあの子に会ってくれませんか...」
「え?あ、それは..その...」
チルノはさっきまでの威勢がどこかにいってしまったように焦った。
「きょ、今日は疲れたからもう帰るわ!また今度来てあげる!」
何かを思い出したように部屋から出ていく彼女を引き留めようと思ったが、無理強いはよくない、きっと彼女にも事情があるのだろう。
飛んでいく彼女が見えなくなるまで、精一杯の感謝の気持ちを込めて頭を下げ続けた。
先程とは違う部屋に入る。
「あなた...きっとこの子は目を覚ますわ...」
枕元に、そっと氷の羽を置いた。
あたい、どうしちゃったの...
さっきまでは、ちょっと背中が痛かっただけなのに...
気持ち悪い...頭も痛い...
嘘...目が見えない...?
嫌だ...怖いよう...
助けて...
大...ちゃん...
続く
やさしいチルノがかわいらしかったです
是非完結まで読みたいです
続き楽しみに待っています。