皐月も、はや過ぎ去ろうとしていた、ある雨上がりの午後のこと。穣子は暇つぶしに、居間で鼻歌まじりにイモを磨いていた。
「ふん、ふふふーん。今日のイモは一段とツヤが出るわね。にとりの薬、なかなかいい仕事するわー」
と、にとり特製ツヤ出し剤を試して上機嫌な穣子だったが、そこへ突然、来客が。仕方なく彼女が玄関へ行くと、そこには見知らぬ女妖怪の姿が。
(……何、こいつ……? 頭に鹿みたいな角生えてるし、亀みたいな甲羅背負ってるし、おまけに龍みたいな尻尾とか、色々属性盛りすぎじゃない? ……なんだろ、ガメゴンの妖怪? しかもなんかやたら強そうだし……。あ、もしかしてガメゴンロードとか!?)
その妖怪は、穣子の顔を見るなり笑みを浮かべて告げる。
「どうも、こんにちは。突然お邪魔してすいませんね」
「……あのー、どちらさまで?」
「こちらに秋静葉さんがいると聞き、お訪ねしたのですが……」
「え? 姉さんに?」
「おや。と、いうことはあなたが、妹の秋穣子さんでしたか。これはこれははじめまして。私は吉弔八千慧と言います」
「……きっちょうや? 聞いたことない奴ね。姉さんに何の用よ?」
「ええ、ちょっと会ってお話がしたいと思いまして……」
「ふーん……?」
穣子は訝しげに八千慧を見やる。八千慧は微笑んだままだ。
「……実は先日、あなたのお姉さんに会う約束をしましてね」
「そうなの? そんなの聞いてないけど……」
「おや、それはおかしいですねえ。確かに約束したはずですが……?」
そう言いながら八千慧は、じっと穣子の顔を見つめる。すると。
「……あ、あれ? そういえば、そんな話、姉さんしていた気がするかも……」
「……ふふ。やはりそうでしたか。では、さっそく会わせてもらいましょうか」
八千慧はニコリと笑みを浮かべて家に上がる。穣子はいまいち腑に落ちなかったが、とりあえず彼女を静葉の元へ案内することにした。
「ねーさん! 客ー!」
「あら、誰かしら」
「なんか前に会う約束してたって。きっちょうやさんって人」
「きっちょうや……。誰かしら。いいわよ。部屋に通しなさい」
穣子が部屋のふすまを開けると、八千慧は静葉に向かって深々と頭を下げて告げる。
「これはこれは。お目にかかれて光栄ですよ。秋静葉さん」
「あなたは……」
八千慧の姿を見るなり静葉は目を細めて、穣子に言いはなつ。
「……穣子。下がっていいわよ。彼女とはサシで話がしたいわ」
「あ、そう?」
「話が終わるまで部屋に入らないでね」
「あ、うん……?」
静葉は、早々と穣子を引っ込めさせ、ふすまをしめると、ふうと、息をつく。
「……ほう。なかなか趣のある所に住んでらっしゃるものですねえ」
「……一体なんの用なのかしら」
「あなたのことに少々興味がありましてね。会いに来ました」
「……へえ。地獄からはるばるとは随分ご足労なことね。……あなたの噂は聞いてるわよ。……鬼傑組組長、吉弔八千慧」
「ほう、私のことをご存じとは、これは光栄です」
「……これでも色々情報集めているのでね」
「さすが、寂しさと終焉の象徴にして秋の神様なことだけはありますね」
「……で、何用なのかしら」
八千慧はニヤリと笑みを浮かべると静葉に告げる。
「あなたに質問があります。ぜひそれに答えてもらいたい」
「ふむ……」
静葉は思わず怪訝そうな表情で八千慧を見つめたが、フッと笑みを浮かべると告げた。
「……いいわ。では、さっそく質問してちょうだい」
□
そのころ、部屋の外では……。
「うーん。姉さん。大丈夫かなー? なーんか上手く騙くらかされた気がするんだけどなー。一体何者なんだろ。あのガメゴン……」
と、穣子は、やきもきしながらイモを磨き続けていた。磨けば磨くほど、艶やかになったイモは、ついには鏡のようにピカピカになる。
「うおぉー!? イモ鏡だ!? すっごーい!」
思わず穣子がはしゃいでいると、そのイモに見慣れた人物が写り込む。気づいた穣子が振り返ると、そこにはにとりと文の姿が。
「あれ? 二人ともいつの間に?」
「よーっす! ヒマだから遊びに来たよ」
「私もちょっとお邪魔しますね」
「ま、別にいいけど……。今ちょうどお客が来ててさー……」
「あっれー? 穣子、そのイモどうしたの? なんかピカピカじゃん!」
「え? あぁ。あんたがくれた薬で磨いたのよ。そしたら、ほら見てよ! まるで鏡みたい! すごくなーい?」
にとりは、びっくり仰天して穣子に聞く。
「えぇー!? あの薬でイモを磨いたのかい!?」
「え? なんかダメだった……?」
「あれは硬化剤も入ってるんだよ!?」
「こうかざい……って?」
「簡単に言えばカッチカチにするやつ」
「なんですって!? それじゃもうこのイモ食えないじゃない! そんなの聞いてないわよ!?」
「そりゃ教えてないもん。まさかイモを磨くなんて思わないし……」
「イモ以外磨いたって意味ないでしょ!?」
「その発想がおかしいんだよ! 普通はイモ以外で試すだろ!? ……もう、これだからイモ神は……」
「イモ神言うな!? ……本当、あんたの発明は毎度ガラクタよね!」
「なんだとー!? そりゃ聞き捨てならねぇな!?」
と、不毛な争いになりそうなところで、すかさず文が間に入る。
「まあまあ、二人ともそのくらいにして。……ところで静葉さんは?」
「あー。来客の相手してるわよ」
「へー。静葉さんに客なんて珍しいじゃん?」
「そーよねー。根暗で枯葉な大明神なのにねー」
「ねー」
のんきな二人と裏腹に文は真顔で尋ねる。
「……ちなみに穣子さん。その客の名前は?」
「名前? えーと、なんだっけ。きっちょうやとかいう居酒屋みたいな名前のヤツ」
「きっちょうや……。ちなみにどんな姿してました?」
「え? えーと。ガメゴンみたいだったわ。甲羅あって尻尾あって……」
「ガメゴン!? やっぱり! 間違いありません……!」
「……どうしたの文? 急に血相変えちゃって」
「穣子さん! 静葉さんの所に来た来客はとんでもないやつですよ!」
「……へ?」
「いいですか! 彼女の名は吉弔八千慧。地獄の畜生界のヤクザ、鬼傑組の組長です!」
「うえぇーい!? ヤクザの組長ぉーっ!?」
「そうです! その性格も冷酷で、目的のためなら手段を選ばないとかなんとか!」
「おいおいおい!? なんでそんなのが静葉さんとこに!? なにか因縁でもつけられたりした?」
「いや、そんなの私、知らないわよ!?」
「実は妖怪の山で彼女の姿が目撃されたということで、張り込んでいたんです。いやはやまさか、この家が目的だったとは……」
「ヤッベーじゃん! 助けないと!?」
穣子は慌ててふすまを開けようとするが、引き手に触れた瞬間バチーンとはじき返されてしまう。
「ぷぎゃー!? なによこれ!?」
「……どうやら結界のようですね。おそらく静葉さんが張ったのでしょう」
「なんで、静葉さんがそんなものを?」
「……あ! そういえば、サシで話がしたいって言ってたわ! もしかして邪魔されないようにってこと?」
「……ふむふむ。文字通り、中で二人は密談中というわけですか。うーん。スクープのニオイがプンプンしますねえ」
「そんなのんきなこと言ってる場合じゃないでしょ!? ちょっと姉さーん! 無事なのー!?」
思わず穣子はふすまを叩こうとするが、再びバチーンと結界に吹っ飛ばされてしまうのだった。
□
戻って静葉の部屋。
八千慧はうっすらと笑みを浮かべたままで、対する静葉も表情変えずに、二人はテーブルを挟んで向かい合って座っている。
「……ふむ。もう一度、質問聞いてもいいかしら」
「……いいですよ。それではもう一度。……あなたのナワバリを教えて下さいませんか?」
「ふむ……」
静葉は目を細め、しばし考えていたが、フッと笑みを浮かべて答えた。
「……ナワバリは、ないわね」
「ほう……? それは、どういう意味で?」
「文字通りよ。神にナワバリなんて必要ないってこと」
「……ほう。しかし、私が得た情報によると、あなたは、この妖怪の山一帯を支配しているということですがね? 現にあなたを慕っている者は大勢いるようですし」
「……へえ。どこ情報か知らないけど、私はしがない紅葉神よ。支配なんて、そんな大それたことできるわけないでしょう」
「……なるほど。……では質問を変えましょうか」
八千慧はひとつ小さく息を吸うと、不敵な笑みを浮かべ尋ねた。
「秋静葉さん。あなたにとって仲間とは?」
「仲間……」
静葉は彼女の顔を見ず、ひとつ間を置いてから答える。
「……そうね。一言で言えば、家族ね」
「なるほど。ファミリーですか」
「ええ、こんなひ弱な私にでも慕ってくれる者がいるのなら、それは大事にしなくちゃいけない。それは家族も同然よ」
「……ふむ。それに関しては私も同意見ですね」
「あらそう。でも、あなた、ひ弱そうには、とても見えないけど」
そう言って、フッと笑みを浮かべる静葉に八千慧は、静かに首を振りながら告げた。
「いやいや、そんなことありませんよ。組織ってのは一人じゃ何もできません。優秀な仲間、いや、家族がいてこそ、初めて成り立つものですから」
「……そう。大変そうね。組織をまとめるというのは……」
「おや、それはお互い様でしょう?」
「あら、それはどういう意味かしら」
思わず首を傾げる静葉に、八千慧はつぶやくように言い放つ。
「……隠してもムダですよ。枯葉組組長、秋静葉」
「え……」
思わず唖然とする静葉に、八千慧は含み笑いを浮かべて話を続ける。
「……あなたが、この妖怪の山一帯を仕切っている枯葉組の組長であることは、すでに承知していますよ」
「……へ、へえ。そう」
「さて、それではそろそろ本題に入らせてもらいましょうか。実は我々、鬼傑組は近いうちに地上への進出を計画していましてね。それで、その足がかりとして、地上の有力者と手を結ぼうと考えているのです。もちろん、我々のようなアウトローが、カタギの者と手を組んでも上手くいくわけがない。そこで」
「……私の所に来たということね。……く、『組長』である」
「そのとおり。噂によれば、あなたはなかなかのキレ者とのことで、今、実際にこうやって話をしてみましたが、確かにあなたは思慮深く、それでいて底が見えない。……あなたが、この部屋の周りに結界を張っていることも既に把握していますよ。一体、何のつもりですか? 周りを巻き込まないようにするため? それとも、私を閉じ込めるため?」
「さあ、どうでしょうね」
八千慧はフッと笑みを浮かべると静葉に言い放つ。
「……もし、あなたのような逸材と手を組むことができれば、我々は確実に他の組織を出し抜くことができる。まさにこれは千載一遇の好機!」
「へえ……」
「……もちろん、あなたがたにもメリットはあります。あなたの組織に何か諍いがあれば、すぐに私の家族を加勢として送りこみますし、きっと我々との相性もいい。というのも、我々鬼傑組は力よりも、頭脳。つまり策略を用いることを好んでいましてね。きっとあなたとはウマが合う可能性が高い。よって、相互繁栄も夢ではない。……どうです。悪い話ではないでしょう?」
「……そう。あなたが言いたいことはよーくわかったわ。……ええと。……そうね。少し、考えさせてもらってもいいかしら」
「ええ、もちろんですよ。急いては事を仕損じると言いますからね。よく考えてみて下さい」
八千慧はそう言ってニヤリと笑みを浮かべると、休憩とばかりに立ち上がり、窓から外の風景を眺め始める。
一方、静葉は、額に手を当て、しばらく考え込んでいたが、ふと、何か思いついたように不敵な笑みを浮かべた。
□
一方、穣子たちは……。
「いててて……。穣子キックが通用しないなんて。……マジで頑丈だわこれ」
足を抑えてうずくまる穣子に、にとりが呆れたように言いはなつ。
「当たり前だろ。そんな簡単に蹴り壊せたら結界の意味ないし」
「ねえ、これ、なんとかならないの!?」
「……よーし! 私にまかせろ! こんなこともあろうかと、この特製盗聴器を持ってきていたんだ! これで中の会話を聞きだすぞ!」
にとりはリュックから盗聴器を取り出し、ふすまに取りつける。しかし。
「……何も聞こえませんね」
「ありゃあ? ちょっとまってて……」
にとりは盗聴器の出力を上げようとするが、ほどなくして盗聴器は火花を散らし爆ぜる。その爆風に巻き込まれたにとりは吹っ飛ばされ、壁を壊して、そのまま外にすっ飛んでいってしまった。
「……ほーら、やっぱりあんたの発明は、ろくなもんじゃないのよ。壁、後で直してよ?」
穣子は飛んでったにとりの方を見て、呆れ気味に言い放つ。
ふと、文がペンを指で回しながら告げる。
「……穣子さん。こうなったら想像で補うしかありませんよ!」
「は?」
「私の長年の記者の勘をフル活用して、中の状況を想像して記事にするのです!」
「……いや、それって、ねつ造って言うんじゃないの?」
「いやいや。ねつ造なんて人聞きの悪い。事実に限りなく近いと思われることを読者にウケやすく色付けするだけですよ?」
「そーいうのを、ねつ造っていうのよ!? このパパロッテ! まったくもう! どいつもこいつもーっ!!」
と、穣子が地団駄を踏んだそのとき。
(穣子。それを言うならパパラッチよ)
「え? 姉さん!? どこ!?」
(ここよ)
「どこよ!?」
穣子は思わず辺りを見回すが、静葉の姿は見えず。
「穣子さん? いったい誰と話しているんです?」
文は穣子の様子にきょとんとしている。
「え……? ブン屋には聞こえないの?」
(……私は今、あなたの脳に直接話しかけているわ)
「脳に!?」
(そう。略して脳直よ。穣子に言いたいことがあるの)
「言いたいことって……?」
(あなた……。やってくれたわね……)
「えっ? どういうこと……」
(……あやや、穣子さん、一人でブツブツと、どうしちゃったんでしょうか。まさか動揺のあまりにとうとう幻聴が……? ……いや、待てよ。これはこれでスクープかも? 『イモ神、ついに気が触れた!? 誰もいないのに会話している姿が目撃される!』 ……う、うん、三面記事くらいにはなりそうですかね……?)
そんなことを考えながら文は、ブツブツと一人で会話している穣子を見守った。
□
そのころ、外に吹っ飛ばされたにとりは、ピンボールのようにキンコンカーンと、木や岩に、はじかれた挙げ句、地べたに墜落していた。
「いてて……。くっそー。結構吹っ飛ばされたなー。ったく、やってらんないや! 今日はもう帰ろっと」
と、にとりが穣子たちをあっさり見捨てて、帰ろうとしたそのときだ。
「あ、おい、そこの河童。ちょっと尋ねたいんだけど」
「あん……?」
にとりが振り返ると、そこには長いガラス棒を持った猿妖怪の姿が。彼女の周りにはフライドポテトのようなものが浮かんでいる。
「なんだよ。お前。そのポテトみたいなのって食えんの?」
「このへんで秋静葉って神様見かけなかった?」
「あー。知ってるよ。ところでそのポテトみたいなのって食えんの?」
「ほんと!? どこ? どこ? はやく教えてよ! ほら、はやく! はやく!!」
「ったく、うるさいな-。キーキーキーキーって! ところでそのポテトみたいなのって」
「猿の妖怪だもの仕方ないでしょ! それより早く教えてくんないと、この棒でバチコーンよ!?」
と、彼女は棒をブンブン振り回して威嚇してきたので、にとりは仕方なく居場所を教えた。
「サンキュー! 助かったわ! あ、そうだ。あなた名前は?」
「あぁー? ……にとりだよ。河城にとり。おまえは? あとそのポテト」
「私は孫美天よ! じゃあねー!」
そう言い残すと彼女は、秋姉妹の家へ飛んでいってしまう。
にとりは唖然として彼女を見送る。
「……まるで、どっかのイモ神みたいだ。……ところであのポテトみたいなのって食えたのかな……?」
□
戻って秋姉妹の家。
「えぇー!? 彼女がここに来たのって、穣子さんが静葉さんのことを枯葉組組長って言いふらしていたせいだったんですか!?」
「……みたい。姉さんを本物の組長と勘違いしてるんだって! ど、ど、ど、どーしよー!?」
「どーしよーったって……。ここは誤解を解くしかありませんよ?」
「誤解解くったって、どうやってよ? 文!」
「そりゃあ、話をして……」
「話をって……。相手はヤクザの親分よ!? 話なんて通じんの!?」
「そ、そこはもう、誠意を見せるしかないですよ!」
「誠意ったってどうすれば……。あ! そうだ。イモ焼酎とか贈ればいいかな?」
「なんで、物でつろうとするんですか!?」
「えー! じゃあ、どうすればいいのよ……!?」
「どうすればって……。うーん」
と、二人があたふたしていたそのとき。
(穣子。私よ)
再び静葉が穣子に脳直で話しかけてきた。
「あ、姉さん。何? 何かいい案浮かんだの? うんうん。……え? ……はぁ? ……ちょ、それマジで言ってんの!? え、いや、そりゃそうだけど……。でも、いくらなんでも……。あ、ちょっ待ってよ!?」
「……あの、静葉さんは、なんて?」
「……それがさぁ。ちょっと耳貸して……」
「え!? 勢いでごまかせって!? 本気ですか!?」
「ひそひそ話にした意味ないじゃん……。 どうやら本気みたいよ……」
「相手は百戦錬磨のヤクザの親分ですよ?」
「そうなのよ! そんなの無理に決まってるじゃない! どうしろと……!」
思わず頭を抱えてしまう穣子。文も困惑気味に首を傾げていたが、ほどなくして何かを思いついたように頷くと、穣子の肩をぽんっと叩いて告げる。
「……でも、まあ、考えてみると、確かに、元は穣子さんがまいた種ですからねえ? 穣子さんがなんとかするのが、実際、筋ではあるんですよねえ」
「ちょっと文! あんたまでそんなこと言うの!?」
「大丈夫ですよ。静葉さんがついてるじゃないですか」
「いや、それが一番の心配なんだけど……?」
「それにイザとなったら私も加勢しますから」
「本当!? それ、マジ頼むからね?」
「ええ。この、公明正大に定評のある、射名丸文にまかせて下さい!」
「わかったー! よーっし! いっちょやったるわー!」
文の言葉に勇気をもらったのか、穣子は腕まくりをすると「たのもー!」と言いながら、ふすまを開けて意気揚々と部屋の中に入っていく。
文は穣子を見おくると、思わずほくそ笑んだ。
(……まあ、結果がどうなろうと、新聞のネタになるし、私としては得しかないんですけどね……?)
□
「おや? あなたは……」
穣子に気づいた八千慧が振り向くやいなや、穣子は大見得を切るように足を大きく踏み出して言い放つ。
「やあやあ! こたびは遠路はるばるのご足労、実にご苦労であったな! 鬼傑組組長、吉兆屋どの! 我こそは枯葉組大幹部、秋穣子なりー!」
「え、ええ、それは知ってますが……」
思わずあっけにとられている八千慧に構わず、穣子はたどたどしく口上を続ける。
「えー。なになに。聞くところによれば、おぬしは我が枯葉組と同盟を結びたいとな! それはそれは、実にありがたいご提案でございまする! だが、しかし! あいにく今すぐの返事はできませぬ。と、いうのも、我が枯葉組の幹部は私と姉以外にもおります故に、その者たちの意見も頂戴してから考えねば、組の調和というものが乱れてしまう恐れがありまする! と、いうわけで、それ故、なにとぞ、なんとか今しばらくのお時間なんか頂けないかと思い願いたくて候!」
「いよっ。穣子。日本一の大根役者」
「……ちょっと姉さん茶化さないでよ……!? こっちはこれでも本気なんだからね?」
穣子の抗議を無視して、静葉は微笑みながら八千慧に告げる。
「と、いうわけよ。この子の言うとおり、もうしばらく時間を頂けないかしら」
「ふむ。なるほど。そちらの言い分は理解しました……。しかしですが」
八千慧は、穣子の顔を見つめ、怪しい笑みを浮かべながら言い放つ。
「……これでも私は忙しい身でしてねえ? 日夜、他の勢力と抗争を繰り広げているんです。その中で、こうやってはるばる地上へやってきたんですよ。……願わくば、早々と結論を出してもらいたい所なのですが。……ねえ、そうだと思いませんか?」
すると。
「……うーん、姉さん。この人の言うとおりよ。この人忙しいみたいだし、ここですぐ結論出してあげた方がいい気がするよ?」
「穣子。あなた何を急に……」
「聞いてのとおり、大幹部の彼女もそう言ってるのですよ? 静葉さん。今すぐ、ここで結論を聞かせて下さいませんかね」
「……あなた、穣子に何かしたわね」
「……さあ? 私は何も……」
そう言って八千慧はニヤリと笑みを浮かべる。静葉は思わず厳しい表情で彼女を見つめ返した。
□
「……うーむ。二人とも、大丈夫でしょうかね?」
そのころ、文は部屋の外で、やきもきしていた。
「……なんせ、相手は正真正銘ヤクザの組長です。しかも彼女の能力は、『逆らう気力を失わせる程度の能力』と聞きますし、いくら静葉さんといえど、一筋縄ではいかないでしょう。……それに、何より、どんな顛末になるかで、記事の見出しも変えないといけませんからね。もし、作戦失敗した場合には『秋姉妹大失態! あの大物ヤクザの組長が大激怒!』成功した場合には、こうでしょうか。『秋姉妹に黒い交際発覚!? 鬼傑組組長との密談を暴露!』……うん、いずれにせよ、いい記事にはなりそうですね。あとは私の技量で少々彩れば……」
などと、言いながら彼女が上機嫌そうにペンを指で回していると
「たのもー!!」
と、威勢のいい挨拶(?)と、ともに猿の妖怪が入り口のドアを蹴り破ってくる。
「なんですか、あなたは!?」
「そこをどけぇー!」
美天は、挨拶がわりとばかりに文に跳び蹴りをかますと、文に尋ねる。
「おい、お前! うちの八千慧様はどこよ!?」
「おーいたたた……。あなたいったい誰なんです。人をいきなり蹴飛ばしといて……。あとそのポテトは何なんです?」
「私? 私は鬼傑組の幹部にして、八千慧様の片腕こと孫美天よ!」
「なんと!?」
「八千慧様はここにいるはず! 教えなさい! 教えないと、この棒でバチコーンよ!?」
と、棒を振り回して威嚇してきたので、文はとっさにふすまを指さす。
「そこ! そこのふすまの中ですよ!」
「ふすま? ……あ、これね! よぉーし!」
さっそく美天は勢いよく棒を振りかざして、ふすまを叩き倒そうとする。ところが、例の結界にバチーンと、はじき返されてしまった。
「うわっ!? 何よ!? ふすまってこんなに頑丈だったっけ!?」
「あ、そういえば結界張ってるんでしたっけ」
「結界!? なんでよ!? そんなの聞いてないんだけど!?」
「いや、私もよくわかりませんが、この家の主がサシで話をしたいとかうんぬんかんぬん……」
「……うんぬんかんぬん……?。 あ! もしかしてうちの八千慧様を監禁しようとしてるんじゃないでしょうね!?」
「んなわけないじゃないですか! ……あの、人の話聞いてました?」
「っていうか、あんたは何者なのよ?」
「私? 私はただの部外者ですよ!」
「ウソつけ! 部外者が何でここにいるのよ! その格好、さてはあんた天狗でしょ! あ!? さてはあんた八千慧様のネタを嗅ぎ回ってるでしょ!?」
「いやいや、たまたま遊びに来ただけですってば!?」
「ウソおっしゃい! だまらっしゃい! 私の目はごまかせないわよ! さあ、八千慧様を返せ!」
などとイチャモンつけて、美天がポテト状の弾幕を展開して襲いかかってきたので、文は仕方なく応戦する。
「やれやれ。私とて天狗の端くれ、売られたケンカは買わせてもらいますよ!」
「やれるモンならやってみろ! この出歯亀天狗!」
美天のポテト弾幕が家中に広がり、文へ襲いかかるが、文は持ち前の速さでそれらを巧みにかわすと、お返しとばかりに弾幕を放つ。
「うわ!? こんな狭いところで危ないじゃない! あんた、何考えてんのよ!?」
「どのクチが言いますか!?」
スピードで劣る美天は、地面に転がっていたピカピカのイモをとっさに掴むと、苦し紛れに文へ向かって投げつける。
それを文は難なくかわすが、イモはそのまま結界ごとふすまを突き破ってしまう。
「うそでしょ!? 結界が!?」
「なんて頑丈なイモなの……っ!!」
思わず二人は唖然としてしまった。
□
そのころ、まんまと八千慧の罠にはまってしまった穣子は、静葉を説得しようと躍起になっていた。
「枯葉組長! なにとぞ! この吉弔屋どのの言い分を飲み込み、いち早いご決断をと存じ……!」
「穣子。あなた、いい加減、正気に戻りなさい」
「枯葉の親分! なにとぞ! なにとぞー!!」
静葉は穣子を制止しようとするが、能力にはまってしまった穣子は頑として意見を変えようとしなかった。
その二人の様子を八千慧はニヤニヤと見下すような笑みを浮かべて眺めている。
(……ふふ。これでコイツらも我が組織の一員。地上侵攻の前に、我が手足として、まず畜生界で大いに働いてもらうとするかね)
と、思わず彼女がほくそ笑んだそのとき。例のピカピカのイモがふすまを突き破り入ってくる。そしてそのまま部屋の入り口に立っていた穣子の頭に命中した。
「ぶぎゃ!?」
珍妙な悲鳴とともに穣子はそのまま昏倒してしまう。思わず八千慧は舌打ちをして呟く。
「……なんですか。一体何事ですか。そういえば、さっきからやたらと外が騒々しいようですが」
すかさず静葉が返す。
「……ああ、もしかしたらカチコミってやつかしらね」
そう言って静葉がニヤッと笑みを浮かべると
「ほう? 抗争ですか。それは面白い」
と、言って八千慧はふすまをスッと開け、威圧するように外に向かって言い放った。
「すいませんが、少々静かにしてもらえませんかねえ? 今、大事な話し合いをしている最中なんですよ!」
すかさず美天が八千慧に声をかける。
「あ!? 八千慧様! 私ですよ! 美天です!」
「美天……!? あなた何を」
思わず目を丸くする八千慧に、美天はすぐさま近寄り、小声で話す。
「……八千慧様! もうしわけございません! 実はですね…………!」
「……はあ? ……勘違い?」
「……ええ。どうやら、こやつら全員カタギだったようで……! すいません……! 私の早とちりでした……!」
思わず、八千慧は静葉たちの方を見やる。起き上がったばかりの穣子は状況がわからずキョトンとしているが、静葉は何かを察したのかニヤリと笑みを浮かべる。
「……いやいや、待ちなさい……! 今更そんなこと言われても、ここまで勧誘を進めちゃった手前、そう簡単に引き下がれるわけないでしょ……!?」
「……ならば、いっそのこと、このままこいつらを我々の仲間に引き入れちゃいましょう! 八千慧様!」
「……バカな事言うんじゃない……! カタギの力を借りるなんて、それこそアイツらに知られたら笑いものになってしまうわよ……!?」
「……仲間は大勢いた方が心強いですよ……! 八千慧様!」
「そういう問題じゃないのよ……!? いい? 美天、我々にはメンツってものが……」
「あらあら、どうかしたのかしら」
不敵な笑みを浮かべた静葉に声をかけられ、ハッとした八千慧は、咳払いをすると告げる。
「……え、ええ。ちょっとした重大なインシデントがあったようでしてね」
「……アクシデント?」
要領を得てなさそうな穣子の様子に、思わず美天が言い放つ。
「インシデントよ!」
「何よそれ」
「意味は⋯⋯。アクシデントとほぼ一緒みたいなものよ!」
「じゃあ、やっぱりアクシデントじゃないのよ!?」
「ニュアンスが違うの! このイモ神!」
「むきー! イモ神言うな!? このエテコチンパンジー!」
美天の安い挑発に乗せられそうになる穣子を「どうどう」と、制しながら静葉は、ふっと笑みを浮かべて告げる。
「あら、そう。それは大変ね」
「……ええ。どうやら今すぐに地獄へ帰らなければいけないようです。……よって、今日の所は、この辺で引き下がることにします」
「お前たち! 幸運だったわね!」
そう言って美天はニッと白い歯を見せる。八千慧は再び咳払いをすると、静葉に言い放つ。
「……ですが。いいですか? 次、会うときは『返事』聞かせてもらいますからね。秋静葉」
静葉はフッと笑みを浮かべて言葉を返す。
「……そう。ぜひ、次はないことを祈ってるわ」
八千慧は静葉の顔を一瞥すると、フッと笑みを浮かべ、きびすを返す。
「それじゃ、邪魔したわね! またね! 枯葉さんとイモ神さん!」
美天もそう言い残して、八千慧の後につくと、そのまま二人は去って行った。
「だから、私はイモ神じゃなくて豊穣神だっつーの! 二度と来んな! うちはヤクザお断りよ! ……ったく、一体何だったのよ?」
「……さあね。私が知りたいくらいだわ」
思わず遠い目をしている静葉に、ふと穣子は尋ねる。
「⋯⋯そういえば姉さんさ。どうしてわざわざ結界なんて張ったりしたのよ?」
「……あら、穣子は気づかなかったの」
「へ……?」
「あの組長さん。ものすごく強大なオーラを放っていたのよ。あのまま放置していたら、その気配につられて彼女の同胞がこの家にやって来るかもしれなかった。だから結界で彼女のオーラを閉じ込めたのよ」
「ほえー……」
穣子は静葉の言葉に生返事を返すと、しばらく何か考えているそぶりだったが思い出したように手をポンッと叩くと吐き捨てる。
「ああ!? そうだ! アイツ! なんであの変な猿ヤロー、体にフライドポテトなんか浮かべてたのよ!? 何よ! もしかして私に対する挑戦状とか!?」
面白くなさそうな穣子に、静葉は涼しい笑みを浮かべて告げる。
「さあね。あなたの仲間だったんじゃないの」
「ちょっと!? 私をあんなのと一緒にしないでよね!? こう見えても私は神様なのよ!? 見なさい! この気高き琥珀の指で……!」
と、ピーピー騒ぐ穣子を尻目に静葉はふっと息をつくと、ぽつりとつぶやいた。
「……まったく。とんだ災いだったものね」
□
「八千慧様! 申し訳ございませんでした!」
「……情報の真偽はしっかり確認しろっていつも言ってるでしょ。美天」
「いや、まったくです! 多忙な八千慧様に無駄な時間を過ごさせてしまい、この美天、痛恨の極み!」
「……ま、いいわよ。いい暇つぶしにはなったから」
「そうですね! たまには、こういうのもいいと思います! 私もいいおみやげが出来ましたし!」
地上の夕日を見つめながら、ニヤリと笑みを浮かべ、まんざらでもない表情を浮かべる八千慧のそばで、美天は、秋姉妹の家からくすねてきたピカピカのイモを物珍しそうに笑顔で眺めている。
そのイモに、夕日が反射して彼女の顔を赤く染めていた。
□
――数日後
あれから静葉に、こってりと絞られた穣子は、ヤクザ対策として、直した玄関の戸にヤクザお断り! という張り紙を貼ると、暇つぶしにジャガイモを転がしていた。
「うーん。やっぱり転がすなら男爵いもだわー。いい音で転がるわねー」
などと言って、土地転がしならぬイモ転がしに興じていると、突然、来客が。仕方なく穣子が玄関に向かうと、突然、蹄状の弾幕が展開し、玄関の戸が吹き飛ぶ。
「うあー!? せっかく直したばかりの戸が!? ちょっと何すんのよー! あんた誰よ!? ……って、ぎゃーーー!? やめてぇー!?」
騒ぎを聞きつけた静葉は、読んでいた新聞を仕方なく置くと部屋を出る。
そのくしゃくしゃになった新聞には、秋姉妹の家で大暴れする美天の写真とともに『秋姉妹、ヤクザの抗争に巻き込まれる!? イモVSポテト 仁義なき抗争!』などという大げさな見出しがでかでかと書かれていた。
ちなみにくしゃくしゃになっているのは、見出しを見た穣子が「やってくれたわね! あのパパローチ天狗め!」と、思わず新聞を丸めて捨てようとしたからだった。
「穣子。どうしたのよ」
「……な、なんか、ねーさんに客みたいよ」
そう言いながら、ボロボロになった穣子が連れてきた客は、静葉の顔を見るなり言い放つ。
「ほう! お前が枯葉組組長の秋静葉か!? 私は畜生界の勁牙組組長、驪駒早鬼だ! 八千慧の奴から面白いのがいるって聞いたから、はるばる会いに来てやったぞ! 組長がわざわざ来てやったんだからな! 光栄に思えよ!」
「……だってよ。姉さん」
「はあ……」
「あと、このイモくさいのはお前の妹か? 正直言ってザコだな! ザコに用はない! さあ、次はお前が私を楽しませてくれ! 秋静葉!」
そう言って彼女は、うんざりしている二人の前で大笑いする。
静葉は、こそこそと逃げようとしている穣子に目をむけると、思わず両手を広げて、首を横に振りながら、うなだれてしまうのだった。
「ふん、ふふふーん。今日のイモは一段とツヤが出るわね。にとりの薬、なかなかいい仕事するわー」
と、にとり特製ツヤ出し剤を試して上機嫌な穣子だったが、そこへ突然、来客が。仕方なく彼女が玄関へ行くと、そこには見知らぬ女妖怪の姿が。
(……何、こいつ……? 頭に鹿みたいな角生えてるし、亀みたいな甲羅背負ってるし、おまけに龍みたいな尻尾とか、色々属性盛りすぎじゃない? ……なんだろ、ガメゴンの妖怪? しかもなんかやたら強そうだし……。あ、もしかしてガメゴンロードとか!?)
その妖怪は、穣子の顔を見るなり笑みを浮かべて告げる。
「どうも、こんにちは。突然お邪魔してすいませんね」
「……あのー、どちらさまで?」
「こちらに秋静葉さんがいると聞き、お訪ねしたのですが……」
「え? 姉さんに?」
「おや。と、いうことはあなたが、妹の秋穣子さんでしたか。これはこれははじめまして。私は吉弔八千慧と言います」
「……きっちょうや? 聞いたことない奴ね。姉さんに何の用よ?」
「ええ、ちょっと会ってお話がしたいと思いまして……」
「ふーん……?」
穣子は訝しげに八千慧を見やる。八千慧は微笑んだままだ。
「……実は先日、あなたのお姉さんに会う約束をしましてね」
「そうなの? そんなの聞いてないけど……」
「おや、それはおかしいですねえ。確かに約束したはずですが……?」
そう言いながら八千慧は、じっと穣子の顔を見つめる。すると。
「……あ、あれ? そういえば、そんな話、姉さんしていた気がするかも……」
「……ふふ。やはりそうでしたか。では、さっそく会わせてもらいましょうか」
八千慧はニコリと笑みを浮かべて家に上がる。穣子はいまいち腑に落ちなかったが、とりあえず彼女を静葉の元へ案内することにした。
「ねーさん! 客ー!」
「あら、誰かしら」
「なんか前に会う約束してたって。きっちょうやさんって人」
「きっちょうや……。誰かしら。いいわよ。部屋に通しなさい」
穣子が部屋のふすまを開けると、八千慧は静葉に向かって深々と頭を下げて告げる。
「これはこれは。お目にかかれて光栄ですよ。秋静葉さん」
「あなたは……」
八千慧の姿を見るなり静葉は目を細めて、穣子に言いはなつ。
「……穣子。下がっていいわよ。彼女とはサシで話がしたいわ」
「あ、そう?」
「話が終わるまで部屋に入らないでね」
「あ、うん……?」
静葉は、早々と穣子を引っ込めさせ、ふすまをしめると、ふうと、息をつく。
「……ほう。なかなか趣のある所に住んでらっしゃるものですねえ」
「……一体なんの用なのかしら」
「あなたのことに少々興味がありましてね。会いに来ました」
「……へえ。地獄からはるばるとは随分ご足労なことね。……あなたの噂は聞いてるわよ。……鬼傑組組長、吉弔八千慧」
「ほう、私のことをご存じとは、これは光栄です」
「……これでも色々情報集めているのでね」
「さすが、寂しさと終焉の象徴にして秋の神様なことだけはありますね」
「……で、何用なのかしら」
八千慧はニヤリと笑みを浮かべると静葉に告げる。
「あなたに質問があります。ぜひそれに答えてもらいたい」
「ふむ……」
静葉は思わず怪訝そうな表情で八千慧を見つめたが、フッと笑みを浮かべると告げた。
「……いいわ。では、さっそく質問してちょうだい」
□
そのころ、部屋の外では……。
「うーん。姉さん。大丈夫かなー? なーんか上手く騙くらかされた気がするんだけどなー。一体何者なんだろ。あのガメゴン……」
と、穣子は、やきもきしながらイモを磨き続けていた。磨けば磨くほど、艶やかになったイモは、ついには鏡のようにピカピカになる。
「うおぉー!? イモ鏡だ!? すっごーい!」
思わず穣子がはしゃいでいると、そのイモに見慣れた人物が写り込む。気づいた穣子が振り返ると、そこにはにとりと文の姿が。
「あれ? 二人ともいつの間に?」
「よーっす! ヒマだから遊びに来たよ」
「私もちょっとお邪魔しますね」
「ま、別にいいけど……。今ちょうどお客が来ててさー……」
「あっれー? 穣子、そのイモどうしたの? なんかピカピカじゃん!」
「え? あぁ。あんたがくれた薬で磨いたのよ。そしたら、ほら見てよ! まるで鏡みたい! すごくなーい?」
にとりは、びっくり仰天して穣子に聞く。
「えぇー!? あの薬でイモを磨いたのかい!?」
「え? なんかダメだった……?」
「あれは硬化剤も入ってるんだよ!?」
「こうかざい……って?」
「簡単に言えばカッチカチにするやつ」
「なんですって!? それじゃもうこのイモ食えないじゃない! そんなの聞いてないわよ!?」
「そりゃ教えてないもん。まさかイモを磨くなんて思わないし……」
「イモ以外磨いたって意味ないでしょ!?」
「その発想がおかしいんだよ! 普通はイモ以外で試すだろ!? ……もう、これだからイモ神は……」
「イモ神言うな!? ……本当、あんたの発明は毎度ガラクタよね!」
「なんだとー!? そりゃ聞き捨てならねぇな!?」
と、不毛な争いになりそうなところで、すかさず文が間に入る。
「まあまあ、二人ともそのくらいにして。……ところで静葉さんは?」
「あー。来客の相手してるわよ」
「へー。静葉さんに客なんて珍しいじゃん?」
「そーよねー。根暗で枯葉な大明神なのにねー」
「ねー」
のんきな二人と裏腹に文は真顔で尋ねる。
「……ちなみに穣子さん。その客の名前は?」
「名前? えーと、なんだっけ。きっちょうやとかいう居酒屋みたいな名前のヤツ」
「きっちょうや……。ちなみにどんな姿してました?」
「え? えーと。ガメゴンみたいだったわ。甲羅あって尻尾あって……」
「ガメゴン!? やっぱり! 間違いありません……!」
「……どうしたの文? 急に血相変えちゃって」
「穣子さん! 静葉さんの所に来た来客はとんでもないやつですよ!」
「……へ?」
「いいですか! 彼女の名は吉弔八千慧。地獄の畜生界のヤクザ、鬼傑組の組長です!」
「うえぇーい!? ヤクザの組長ぉーっ!?」
「そうです! その性格も冷酷で、目的のためなら手段を選ばないとかなんとか!」
「おいおいおい!? なんでそんなのが静葉さんとこに!? なにか因縁でもつけられたりした?」
「いや、そんなの私、知らないわよ!?」
「実は妖怪の山で彼女の姿が目撃されたということで、張り込んでいたんです。いやはやまさか、この家が目的だったとは……」
「ヤッベーじゃん! 助けないと!?」
穣子は慌ててふすまを開けようとするが、引き手に触れた瞬間バチーンとはじき返されてしまう。
「ぷぎゃー!? なによこれ!?」
「……どうやら結界のようですね。おそらく静葉さんが張ったのでしょう」
「なんで、静葉さんがそんなものを?」
「……あ! そういえば、サシで話がしたいって言ってたわ! もしかして邪魔されないようにってこと?」
「……ふむふむ。文字通り、中で二人は密談中というわけですか。うーん。スクープのニオイがプンプンしますねえ」
「そんなのんきなこと言ってる場合じゃないでしょ!? ちょっと姉さーん! 無事なのー!?」
思わず穣子はふすまを叩こうとするが、再びバチーンと結界に吹っ飛ばされてしまうのだった。
□
戻って静葉の部屋。
八千慧はうっすらと笑みを浮かべたままで、対する静葉も表情変えずに、二人はテーブルを挟んで向かい合って座っている。
「……ふむ。もう一度、質問聞いてもいいかしら」
「……いいですよ。それではもう一度。……あなたのナワバリを教えて下さいませんか?」
「ふむ……」
静葉は目を細め、しばし考えていたが、フッと笑みを浮かべて答えた。
「……ナワバリは、ないわね」
「ほう……? それは、どういう意味で?」
「文字通りよ。神にナワバリなんて必要ないってこと」
「……ほう。しかし、私が得た情報によると、あなたは、この妖怪の山一帯を支配しているということですがね? 現にあなたを慕っている者は大勢いるようですし」
「……へえ。どこ情報か知らないけど、私はしがない紅葉神よ。支配なんて、そんな大それたことできるわけないでしょう」
「……なるほど。……では質問を変えましょうか」
八千慧はひとつ小さく息を吸うと、不敵な笑みを浮かべ尋ねた。
「秋静葉さん。あなたにとって仲間とは?」
「仲間……」
静葉は彼女の顔を見ず、ひとつ間を置いてから答える。
「……そうね。一言で言えば、家族ね」
「なるほど。ファミリーですか」
「ええ、こんなひ弱な私にでも慕ってくれる者がいるのなら、それは大事にしなくちゃいけない。それは家族も同然よ」
「……ふむ。それに関しては私も同意見ですね」
「あらそう。でも、あなた、ひ弱そうには、とても見えないけど」
そう言って、フッと笑みを浮かべる静葉に八千慧は、静かに首を振りながら告げた。
「いやいや、そんなことありませんよ。組織ってのは一人じゃ何もできません。優秀な仲間、いや、家族がいてこそ、初めて成り立つものですから」
「……そう。大変そうね。組織をまとめるというのは……」
「おや、それはお互い様でしょう?」
「あら、それはどういう意味かしら」
思わず首を傾げる静葉に、八千慧はつぶやくように言い放つ。
「……隠してもムダですよ。枯葉組組長、秋静葉」
「え……」
思わず唖然とする静葉に、八千慧は含み笑いを浮かべて話を続ける。
「……あなたが、この妖怪の山一帯を仕切っている枯葉組の組長であることは、すでに承知していますよ」
「……へ、へえ。そう」
「さて、それではそろそろ本題に入らせてもらいましょうか。実は我々、鬼傑組は近いうちに地上への進出を計画していましてね。それで、その足がかりとして、地上の有力者と手を結ぼうと考えているのです。もちろん、我々のようなアウトローが、カタギの者と手を組んでも上手くいくわけがない。そこで」
「……私の所に来たということね。……く、『組長』である」
「そのとおり。噂によれば、あなたはなかなかのキレ者とのことで、今、実際にこうやって話をしてみましたが、確かにあなたは思慮深く、それでいて底が見えない。……あなたが、この部屋の周りに結界を張っていることも既に把握していますよ。一体、何のつもりですか? 周りを巻き込まないようにするため? それとも、私を閉じ込めるため?」
「さあ、どうでしょうね」
八千慧はフッと笑みを浮かべると静葉に言い放つ。
「……もし、あなたのような逸材と手を組むことができれば、我々は確実に他の組織を出し抜くことができる。まさにこれは千載一遇の好機!」
「へえ……」
「……もちろん、あなたがたにもメリットはあります。あなたの組織に何か諍いがあれば、すぐに私の家族を加勢として送りこみますし、きっと我々との相性もいい。というのも、我々鬼傑組は力よりも、頭脳。つまり策略を用いることを好んでいましてね。きっとあなたとはウマが合う可能性が高い。よって、相互繁栄も夢ではない。……どうです。悪い話ではないでしょう?」
「……そう。あなたが言いたいことはよーくわかったわ。……ええと。……そうね。少し、考えさせてもらってもいいかしら」
「ええ、もちろんですよ。急いては事を仕損じると言いますからね。よく考えてみて下さい」
八千慧はそう言ってニヤリと笑みを浮かべると、休憩とばかりに立ち上がり、窓から外の風景を眺め始める。
一方、静葉は、額に手を当て、しばらく考え込んでいたが、ふと、何か思いついたように不敵な笑みを浮かべた。
□
一方、穣子たちは……。
「いててて……。穣子キックが通用しないなんて。……マジで頑丈だわこれ」
足を抑えてうずくまる穣子に、にとりが呆れたように言いはなつ。
「当たり前だろ。そんな簡単に蹴り壊せたら結界の意味ないし」
「ねえ、これ、なんとかならないの!?」
「……よーし! 私にまかせろ! こんなこともあろうかと、この特製盗聴器を持ってきていたんだ! これで中の会話を聞きだすぞ!」
にとりはリュックから盗聴器を取り出し、ふすまに取りつける。しかし。
「……何も聞こえませんね」
「ありゃあ? ちょっとまってて……」
にとりは盗聴器の出力を上げようとするが、ほどなくして盗聴器は火花を散らし爆ぜる。その爆風に巻き込まれたにとりは吹っ飛ばされ、壁を壊して、そのまま外にすっ飛んでいってしまった。
「……ほーら、やっぱりあんたの発明は、ろくなもんじゃないのよ。壁、後で直してよ?」
穣子は飛んでったにとりの方を見て、呆れ気味に言い放つ。
ふと、文がペンを指で回しながら告げる。
「……穣子さん。こうなったら想像で補うしかありませんよ!」
「は?」
「私の長年の記者の勘をフル活用して、中の状況を想像して記事にするのです!」
「……いや、それって、ねつ造って言うんじゃないの?」
「いやいや。ねつ造なんて人聞きの悪い。事実に限りなく近いと思われることを読者にウケやすく色付けするだけですよ?」
「そーいうのを、ねつ造っていうのよ!? このパパロッテ! まったくもう! どいつもこいつもーっ!!」
と、穣子が地団駄を踏んだそのとき。
(穣子。それを言うならパパラッチよ)
「え? 姉さん!? どこ!?」
(ここよ)
「どこよ!?」
穣子は思わず辺りを見回すが、静葉の姿は見えず。
「穣子さん? いったい誰と話しているんです?」
文は穣子の様子にきょとんとしている。
「え……? ブン屋には聞こえないの?」
(……私は今、あなたの脳に直接話しかけているわ)
「脳に!?」
(そう。略して脳直よ。穣子に言いたいことがあるの)
「言いたいことって……?」
(あなた……。やってくれたわね……)
「えっ? どういうこと……」
(……あやや、穣子さん、一人でブツブツと、どうしちゃったんでしょうか。まさか動揺のあまりにとうとう幻聴が……? ……いや、待てよ。これはこれでスクープかも? 『イモ神、ついに気が触れた!? 誰もいないのに会話している姿が目撃される!』 ……う、うん、三面記事くらいにはなりそうですかね……?)
そんなことを考えながら文は、ブツブツと一人で会話している穣子を見守った。
□
そのころ、外に吹っ飛ばされたにとりは、ピンボールのようにキンコンカーンと、木や岩に、はじかれた挙げ句、地べたに墜落していた。
「いてて……。くっそー。結構吹っ飛ばされたなー。ったく、やってらんないや! 今日はもう帰ろっと」
と、にとりが穣子たちをあっさり見捨てて、帰ろうとしたそのときだ。
「あ、おい、そこの河童。ちょっと尋ねたいんだけど」
「あん……?」
にとりが振り返ると、そこには長いガラス棒を持った猿妖怪の姿が。彼女の周りにはフライドポテトのようなものが浮かんでいる。
「なんだよ。お前。そのポテトみたいなのって食えんの?」
「このへんで秋静葉って神様見かけなかった?」
「あー。知ってるよ。ところでそのポテトみたいなのって食えんの?」
「ほんと!? どこ? どこ? はやく教えてよ! ほら、はやく! はやく!!」
「ったく、うるさいな-。キーキーキーキーって! ところでそのポテトみたいなのって」
「猿の妖怪だもの仕方ないでしょ! それより早く教えてくんないと、この棒でバチコーンよ!?」
と、彼女は棒をブンブン振り回して威嚇してきたので、にとりは仕方なく居場所を教えた。
「サンキュー! 助かったわ! あ、そうだ。あなた名前は?」
「あぁー? ……にとりだよ。河城にとり。おまえは? あとそのポテト」
「私は孫美天よ! じゃあねー!」
そう言い残すと彼女は、秋姉妹の家へ飛んでいってしまう。
にとりは唖然として彼女を見送る。
「……まるで、どっかのイモ神みたいだ。……ところであのポテトみたいなのって食えたのかな……?」
□
戻って秋姉妹の家。
「えぇー!? 彼女がここに来たのって、穣子さんが静葉さんのことを枯葉組組長って言いふらしていたせいだったんですか!?」
「……みたい。姉さんを本物の組長と勘違いしてるんだって! ど、ど、ど、どーしよー!?」
「どーしよーったって……。ここは誤解を解くしかありませんよ?」
「誤解解くったって、どうやってよ? 文!」
「そりゃあ、話をして……」
「話をって……。相手はヤクザの親分よ!? 話なんて通じんの!?」
「そ、そこはもう、誠意を見せるしかないですよ!」
「誠意ったってどうすれば……。あ! そうだ。イモ焼酎とか贈ればいいかな?」
「なんで、物でつろうとするんですか!?」
「えー! じゃあ、どうすればいいのよ……!?」
「どうすればって……。うーん」
と、二人があたふたしていたそのとき。
(穣子。私よ)
再び静葉が穣子に脳直で話しかけてきた。
「あ、姉さん。何? 何かいい案浮かんだの? うんうん。……え? ……はぁ? ……ちょ、それマジで言ってんの!? え、いや、そりゃそうだけど……。でも、いくらなんでも……。あ、ちょっ待ってよ!?」
「……あの、静葉さんは、なんて?」
「……それがさぁ。ちょっと耳貸して……」
「え!? 勢いでごまかせって!? 本気ですか!?」
「ひそひそ話にした意味ないじゃん……。 どうやら本気みたいよ……」
「相手は百戦錬磨のヤクザの親分ですよ?」
「そうなのよ! そんなの無理に決まってるじゃない! どうしろと……!」
思わず頭を抱えてしまう穣子。文も困惑気味に首を傾げていたが、ほどなくして何かを思いついたように頷くと、穣子の肩をぽんっと叩いて告げる。
「……でも、まあ、考えてみると、確かに、元は穣子さんがまいた種ですからねえ? 穣子さんがなんとかするのが、実際、筋ではあるんですよねえ」
「ちょっと文! あんたまでそんなこと言うの!?」
「大丈夫ですよ。静葉さんがついてるじゃないですか」
「いや、それが一番の心配なんだけど……?」
「それにイザとなったら私も加勢しますから」
「本当!? それ、マジ頼むからね?」
「ええ。この、公明正大に定評のある、射名丸文にまかせて下さい!」
「わかったー! よーっし! いっちょやったるわー!」
文の言葉に勇気をもらったのか、穣子は腕まくりをすると「たのもー!」と言いながら、ふすまを開けて意気揚々と部屋の中に入っていく。
文は穣子を見おくると、思わずほくそ笑んだ。
(……まあ、結果がどうなろうと、新聞のネタになるし、私としては得しかないんですけどね……?)
□
「おや? あなたは……」
穣子に気づいた八千慧が振り向くやいなや、穣子は大見得を切るように足を大きく踏み出して言い放つ。
「やあやあ! こたびは遠路はるばるのご足労、実にご苦労であったな! 鬼傑組組長、吉兆屋どの! 我こそは枯葉組大幹部、秋穣子なりー!」
「え、ええ、それは知ってますが……」
思わずあっけにとられている八千慧に構わず、穣子はたどたどしく口上を続ける。
「えー。なになに。聞くところによれば、おぬしは我が枯葉組と同盟を結びたいとな! それはそれは、実にありがたいご提案でございまする! だが、しかし! あいにく今すぐの返事はできませぬ。と、いうのも、我が枯葉組の幹部は私と姉以外にもおります故に、その者たちの意見も頂戴してから考えねば、組の調和というものが乱れてしまう恐れがありまする! と、いうわけで、それ故、なにとぞ、なんとか今しばらくのお時間なんか頂けないかと思い願いたくて候!」
「いよっ。穣子。日本一の大根役者」
「……ちょっと姉さん茶化さないでよ……!? こっちはこれでも本気なんだからね?」
穣子の抗議を無視して、静葉は微笑みながら八千慧に告げる。
「と、いうわけよ。この子の言うとおり、もうしばらく時間を頂けないかしら」
「ふむ。なるほど。そちらの言い分は理解しました……。しかしですが」
八千慧は、穣子の顔を見つめ、怪しい笑みを浮かべながら言い放つ。
「……これでも私は忙しい身でしてねえ? 日夜、他の勢力と抗争を繰り広げているんです。その中で、こうやってはるばる地上へやってきたんですよ。……願わくば、早々と結論を出してもらいたい所なのですが。……ねえ、そうだと思いませんか?」
すると。
「……うーん、姉さん。この人の言うとおりよ。この人忙しいみたいだし、ここですぐ結論出してあげた方がいい気がするよ?」
「穣子。あなた何を急に……」
「聞いてのとおり、大幹部の彼女もそう言ってるのですよ? 静葉さん。今すぐ、ここで結論を聞かせて下さいませんかね」
「……あなた、穣子に何かしたわね」
「……さあ? 私は何も……」
そう言って八千慧はニヤリと笑みを浮かべる。静葉は思わず厳しい表情で彼女を見つめ返した。
□
「……うーむ。二人とも、大丈夫でしょうかね?」
そのころ、文は部屋の外で、やきもきしていた。
「……なんせ、相手は正真正銘ヤクザの組長です。しかも彼女の能力は、『逆らう気力を失わせる程度の能力』と聞きますし、いくら静葉さんといえど、一筋縄ではいかないでしょう。……それに、何より、どんな顛末になるかで、記事の見出しも変えないといけませんからね。もし、作戦失敗した場合には『秋姉妹大失態! あの大物ヤクザの組長が大激怒!』成功した場合には、こうでしょうか。『秋姉妹に黒い交際発覚!? 鬼傑組組長との密談を暴露!』……うん、いずれにせよ、いい記事にはなりそうですね。あとは私の技量で少々彩れば……」
などと、言いながら彼女が上機嫌そうにペンを指で回していると
「たのもー!!」
と、威勢のいい挨拶(?)と、ともに猿の妖怪が入り口のドアを蹴り破ってくる。
「なんですか、あなたは!?」
「そこをどけぇー!」
美天は、挨拶がわりとばかりに文に跳び蹴りをかますと、文に尋ねる。
「おい、お前! うちの八千慧様はどこよ!?」
「おーいたたた……。あなたいったい誰なんです。人をいきなり蹴飛ばしといて……。あとそのポテトは何なんです?」
「私? 私は鬼傑組の幹部にして、八千慧様の片腕こと孫美天よ!」
「なんと!?」
「八千慧様はここにいるはず! 教えなさい! 教えないと、この棒でバチコーンよ!?」
と、棒を振り回して威嚇してきたので、文はとっさにふすまを指さす。
「そこ! そこのふすまの中ですよ!」
「ふすま? ……あ、これね! よぉーし!」
さっそく美天は勢いよく棒を振りかざして、ふすまを叩き倒そうとする。ところが、例の結界にバチーンと、はじき返されてしまった。
「うわっ!? 何よ!? ふすまってこんなに頑丈だったっけ!?」
「あ、そういえば結界張ってるんでしたっけ」
「結界!? なんでよ!? そんなの聞いてないんだけど!?」
「いや、私もよくわかりませんが、この家の主がサシで話をしたいとかうんぬんかんぬん……」
「……うんぬんかんぬん……?。 あ! もしかしてうちの八千慧様を監禁しようとしてるんじゃないでしょうね!?」
「んなわけないじゃないですか! ……あの、人の話聞いてました?」
「っていうか、あんたは何者なのよ?」
「私? 私はただの部外者ですよ!」
「ウソつけ! 部外者が何でここにいるのよ! その格好、さてはあんた天狗でしょ! あ!? さてはあんた八千慧様のネタを嗅ぎ回ってるでしょ!?」
「いやいや、たまたま遊びに来ただけですってば!?」
「ウソおっしゃい! だまらっしゃい! 私の目はごまかせないわよ! さあ、八千慧様を返せ!」
などとイチャモンつけて、美天がポテト状の弾幕を展開して襲いかかってきたので、文は仕方なく応戦する。
「やれやれ。私とて天狗の端くれ、売られたケンカは買わせてもらいますよ!」
「やれるモンならやってみろ! この出歯亀天狗!」
美天のポテト弾幕が家中に広がり、文へ襲いかかるが、文は持ち前の速さでそれらを巧みにかわすと、お返しとばかりに弾幕を放つ。
「うわ!? こんな狭いところで危ないじゃない! あんた、何考えてんのよ!?」
「どのクチが言いますか!?」
スピードで劣る美天は、地面に転がっていたピカピカのイモをとっさに掴むと、苦し紛れに文へ向かって投げつける。
それを文は難なくかわすが、イモはそのまま結界ごとふすまを突き破ってしまう。
「うそでしょ!? 結界が!?」
「なんて頑丈なイモなの……っ!!」
思わず二人は唖然としてしまった。
□
そのころ、まんまと八千慧の罠にはまってしまった穣子は、静葉を説得しようと躍起になっていた。
「枯葉組長! なにとぞ! この吉弔屋どのの言い分を飲み込み、いち早いご決断をと存じ……!」
「穣子。あなた、いい加減、正気に戻りなさい」
「枯葉の親分! なにとぞ! なにとぞー!!」
静葉は穣子を制止しようとするが、能力にはまってしまった穣子は頑として意見を変えようとしなかった。
その二人の様子を八千慧はニヤニヤと見下すような笑みを浮かべて眺めている。
(……ふふ。これでコイツらも我が組織の一員。地上侵攻の前に、我が手足として、まず畜生界で大いに働いてもらうとするかね)
と、思わず彼女がほくそ笑んだそのとき。例のピカピカのイモがふすまを突き破り入ってくる。そしてそのまま部屋の入り口に立っていた穣子の頭に命中した。
「ぶぎゃ!?」
珍妙な悲鳴とともに穣子はそのまま昏倒してしまう。思わず八千慧は舌打ちをして呟く。
「……なんですか。一体何事ですか。そういえば、さっきからやたらと外が騒々しいようですが」
すかさず静葉が返す。
「……ああ、もしかしたらカチコミってやつかしらね」
そう言って静葉がニヤッと笑みを浮かべると
「ほう? 抗争ですか。それは面白い」
と、言って八千慧はふすまをスッと開け、威圧するように外に向かって言い放った。
「すいませんが、少々静かにしてもらえませんかねえ? 今、大事な話し合いをしている最中なんですよ!」
すかさず美天が八千慧に声をかける。
「あ!? 八千慧様! 私ですよ! 美天です!」
「美天……!? あなた何を」
思わず目を丸くする八千慧に、美天はすぐさま近寄り、小声で話す。
「……八千慧様! もうしわけございません! 実はですね…………!」
「……はあ? ……勘違い?」
「……ええ。どうやら、こやつら全員カタギだったようで……! すいません……! 私の早とちりでした……!」
思わず、八千慧は静葉たちの方を見やる。起き上がったばかりの穣子は状況がわからずキョトンとしているが、静葉は何かを察したのかニヤリと笑みを浮かべる。
「……いやいや、待ちなさい……! 今更そんなこと言われても、ここまで勧誘を進めちゃった手前、そう簡単に引き下がれるわけないでしょ……!?」
「……ならば、いっそのこと、このままこいつらを我々の仲間に引き入れちゃいましょう! 八千慧様!」
「……バカな事言うんじゃない……! カタギの力を借りるなんて、それこそアイツらに知られたら笑いものになってしまうわよ……!?」
「……仲間は大勢いた方が心強いですよ……! 八千慧様!」
「そういう問題じゃないのよ……!? いい? 美天、我々にはメンツってものが……」
「あらあら、どうかしたのかしら」
不敵な笑みを浮かべた静葉に声をかけられ、ハッとした八千慧は、咳払いをすると告げる。
「……え、ええ。ちょっとした重大なインシデントがあったようでしてね」
「……アクシデント?」
要領を得てなさそうな穣子の様子に、思わず美天が言い放つ。
「インシデントよ!」
「何よそれ」
「意味は⋯⋯。アクシデントとほぼ一緒みたいなものよ!」
「じゃあ、やっぱりアクシデントじゃないのよ!?」
「ニュアンスが違うの! このイモ神!」
「むきー! イモ神言うな!? このエテコチンパンジー!」
美天の安い挑発に乗せられそうになる穣子を「どうどう」と、制しながら静葉は、ふっと笑みを浮かべて告げる。
「あら、そう。それは大変ね」
「……ええ。どうやら今すぐに地獄へ帰らなければいけないようです。……よって、今日の所は、この辺で引き下がることにします」
「お前たち! 幸運だったわね!」
そう言って美天はニッと白い歯を見せる。八千慧は再び咳払いをすると、静葉に言い放つ。
「……ですが。いいですか? 次、会うときは『返事』聞かせてもらいますからね。秋静葉」
静葉はフッと笑みを浮かべて言葉を返す。
「……そう。ぜひ、次はないことを祈ってるわ」
八千慧は静葉の顔を一瞥すると、フッと笑みを浮かべ、きびすを返す。
「それじゃ、邪魔したわね! またね! 枯葉さんとイモ神さん!」
美天もそう言い残して、八千慧の後につくと、そのまま二人は去って行った。
「だから、私はイモ神じゃなくて豊穣神だっつーの! 二度と来んな! うちはヤクザお断りよ! ……ったく、一体何だったのよ?」
「……さあね。私が知りたいくらいだわ」
思わず遠い目をしている静葉に、ふと穣子は尋ねる。
「⋯⋯そういえば姉さんさ。どうしてわざわざ結界なんて張ったりしたのよ?」
「……あら、穣子は気づかなかったの」
「へ……?」
「あの組長さん。ものすごく強大なオーラを放っていたのよ。あのまま放置していたら、その気配につられて彼女の同胞がこの家にやって来るかもしれなかった。だから結界で彼女のオーラを閉じ込めたのよ」
「ほえー……」
穣子は静葉の言葉に生返事を返すと、しばらく何か考えているそぶりだったが思い出したように手をポンッと叩くと吐き捨てる。
「ああ!? そうだ! アイツ! なんであの変な猿ヤロー、体にフライドポテトなんか浮かべてたのよ!? 何よ! もしかして私に対する挑戦状とか!?」
面白くなさそうな穣子に、静葉は涼しい笑みを浮かべて告げる。
「さあね。あなたの仲間だったんじゃないの」
「ちょっと!? 私をあんなのと一緒にしないでよね!? こう見えても私は神様なのよ!? 見なさい! この気高き琥珀の指で……!」
と、ピーピー騒ぐ穣子を尻目に静葉はふっと息をつくと、ぽつりとつぶやいた。
「……まったく。とんだ災いだったものね」
□
「八千慧様! 申し訳ございませんでした!」
「……情報の真偽はしっかり確認しろっていつも言ってるでしょ。美天」
「いや、まったくです! 多忙な八千慧様に無駄な時間を過ごさせてしまい、この美天、痛恨の極み!」
「……ま、いいわよ。いい暇つぶしにはなったから」
「そうですね! たまには、こういうのもいいと思います! 私もいいおみやげが出来ましたし!」
地上の夕日を見つめながら、ニヤリと笑みを浮かべ、まんざらでもない表情を浮かべる八千慧のそばで、美天は、秋姉妹の家からくすねてきたピカピカのイモを物珍しそうに笑顔で眺めている。
そのイモに、夕日が反射して彼女の顔を赤く染めていた。
□
――数日後
あれから静葉に、こってりと絞られた穣子は、ヤクザ対策として、直した玄関の戸にヤクザお断り! という張り紙を貼ると、暇つぶしにジャガイモを転がしていた。
「うーん。やっぱり転がすなら男爵いもだわー。いい音で転がるわねー」
などと言って、土地転がしならぬイモ転がしに興じていると、突然、来客が。仕方なく穣子が玄関に向かうと、突然、蹄状の弾幕が展開し、玄関の戸が吹き飛ぶ。
「うあー!? せっかく直したばかりの戸が!? ちょっと何すんのよー! あんた誰よ!? ……って、ぎゃーーー!? やめてぇー!?」
騒ぎを聞きつけた静葉は、読んでいた新聞を仕方なく置くと部屋を出る。
そのくしゃくしゃになった新聞には、秋姉妹の家で大暴れする美天の写真とともに『秋姉妹、ヤクザの抗争に巻き込まれる!? イモVSポテト 仁義なき抗争!』などという大げさな見出しがでかでかと書かれていた。
ちなみにくしゃくしゃになっているのは、見出しを見た穣子が「やってくれたわね! あのパパローチ天狗め!」と、思わず新聞を丸めて捨てようとしたからだった。
「穣子。どうしたのよ」
「……な、なんか、ねーさんに客みたいよ」
そう言いながら、ボロボロになった穣子が連れてきた客は、静葉の顔を見るなり言い放つ。
「ほう! お前が枯葉組組長の秋静葉か!? 私は畜生界の勁牙組組長、驪駒早鬼だ! 八千慧の奴から面白いのがいるって聞いたから、はるばる会いに来てやったぞ! 組長がわざわざ来てやったんだからな! 光栄に思えよ!」
「……だってよ。姉さん」
「はあ……」
「あと、このイモくさいのはお前の妹か? 正直言ってザコだな! ザコに用はない! さあ、次はお前が私を楽しませてくれ! 秋静葉!」
そう言って彼女は、うんざりしている二人の前で大笑いする。
静葉は、こそこそと逃げようとしている穣子に目をむけると、思わず両手を広げて、首を横に振りながら、うなだれてしまうのだった。
勘違いに勘違いを重ねたくせに偉そうに帰っていく八千慧がとてもよかったです
一方その頃穣子は芋を鏡面仕上げに磨いていた
(名前はちょっと強そう>枯葉組)