Coolier - 新生・東方創想話

狼々月下

2024/12/31 16:42:59
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epilogue


 畜生界。
 ここに朝はなく、夜もなく。また昼もなく、永遠の薄暗闇に閉ざされた陰鬱なる世界。闘争と弱肉強食の理だけが支配する世界。
 しかしだからといって、そこには全く秩序が存在しない……というわけでもなかった。秩序をもたらすは拮抗であり、無論それは武力と暴力の拮抗に他ならない。
 この場所もまたそうだった。薄汚れた大陸風の円卓。その上ですらりと長い二本の脚を組んだ漆黒の翼の畜生と、しゅるりと長い尻尾を揺らめかせている黄金髪の畜生が、いっそ穏やかささえ含んだ拮抗の中で睨み合っていた。
 最初に口を開いたのは龍尾を持つ畜生……八千慧の方だった。

「まあ」

 苦々しいというよりもむしろその声音は、家の子供が面倒を起こしてご近所様に謝りに行く親のようで、つまり面倒と憂鬱とがちょうど半分ずつの塩梅で入り混じっていた。実際、八千慧の置かれた状況はほとんどそのままと言ってよかった。

「今回の件は、さすがに、うちに落ち度があると認めるよ」
「うん」
「不用意な交戦は避けろと言ったんだけどね。恐怖が、怯えが! 先んじて攻撃をさせた。情けないわ、まったく」
「それはもう聞いた」
「あ、そう」

 やきもきしたように肩をすくめてみせる八千慧が、どうにも煮えきらない言葉を続ける。

「私にどうしてほしいわけ?」
「べつに? 今日だっておまえが呼びつけるから来たんだ。私は、最初からどうとも思っちゃない」

 露骨にほっとした雰囲気が満ちた。背の高い椅子の背もたれに甲羅を預けた彼女に、少しばかり砕けた笑みがよぎり、消える。

「そういうところは相変わらずだな。メンツに泥を塗られて平気でいるようじゃ、有象無象共に付け込まれるよ」
「そん時ゃ正面から打ちのめすさ」
「だからって」
「それに! 奇襲だろうがなんだろうが、やられたあいつが悪いんだよ。どんな事情もひとたび殺し合いになったら関係ない。常在戦場と言うだろ。むしろ、情けないくらいだよ。うちの連中が弱かったせいで、そっちに過失を負わせてしまった」
「あんたが言うんじゃなかったら、とんでもない皮肉としか聞こえないけどね」

 ため息が一つ。頭痛を抑えるように顔を伏せた八千慧が、またおもむろに顔を上げ直した。

「それでも、落とし前は付けさせてよ。部下のケジメも付けられないとみなされちゃあ、私の方が困るんだから」
「うん?」
「件の、狼霊。うちの組から見舞わせる」
「そりゃ無理だな」
「なんだよ! それが一番私に効くって、あんたねえ、理解して嫌がらせしてんじゃないの?」

 声を荒らげ、身を乗り出す八千慧に、早鬼はひらひらと手を振って答えた。
 こんなことはもう慣れっこだと言うように。

「しかし、どこにいるかもわからない奴を、どうやって見舞うってんだ?」
「はあ?」
「見舞いと言うなら、あの後、あの馬鹿が迷惑をかけていた地上の妖怪んところに見舞ったよ。今泉なんたらっていう……迷惑料というか餌代というか、いろいろと持ってってはみたが、ちっとも受け取ってもらえなかった。私らよほど嫌われてるね」
「その、例の狼女?」
「うん」
「ああなるほど……あんたんとこの部下、居着いちゃったわけだ」
「いや、それも違う」
「は……」
「言っただろ? どこにいるかもわからないってさ」
「じゃあ」

 八千慧の語気に、もう先程までの力は無かった。早鬼の珍しい飄々とした態度に毒気を抜かれたのかもしれない。

「その狼霊は足抜けしちゃったってこと?」
「足抜け? うん、まあ、そういう言い方もあるかもな」
「あるかもなって……気にしてないわけ?」
「近頃は、勁牙組も大きくなった。きっと大きくなりすぎたんだな。大きすぎる群れの中は、窮屈で、退屈で、狼の牙を抜いちまう」
「……それは、理解できる」
「一匹でも生き抜く力が、あいつらには必要だ」
「だからって、ねえ」
「それにあいつはきっと戻ってくるよ。狼とはそういう獣だ。みんな、仲間思いなのさ」
「あっそう……私だったら絶対に許さないけど……ともかくつまり、こういうこと?」

 視線を上げた早鬼の瞳に、せせら笑うような八千慧の顔がくるりと丸く映り込む。

「可愛い子には旅をさせよ、と」
「べつに可愛くはないがな」

 また、ため息が一つこぼれ、畜生界の乾いた薄暗闇の中に呑まれていった。


 ○


 雪に閉ざされた森はゾッとするほどに静謐で、枯れ木の枝の隙間を堂々縫って差し込む日差し、煌めく雪面に目を細める暇もなく、襲いくるのは命を奪う零下の空気。
 そこを、一匹の狼が力強く駆けていた。後ろに長く続く足跡は山の起伏に呑まれて果てが見えない。

 ざくっ、ざくっ、ざくっ、ざくっ……。

 拭いきれぬ高揚感がその歩調には表れていた。もう何日も歩き通しというふうだったのに、少しも疲れた様子がない。銀世界には彼の他になにも動くものは無く、彼は孤独の世界をひた走る。

 ざくっ、ざくっ、ざくっ、ざくっ……。
 ざくっ、ざくっ、ざくっ、ざくっ……。

 どこへ向かっているのか。なにを目指しているのか。それを尋ねるものもまた、ここには皆無。もっとも実際に尋ねてみたとて、彼が答えられたかは別問題。
 曙光が立ち上ってゆく。金色の世界が銀色の世界と入り乱れてゆく。狼の瞳は眩いばかりの黄金を捉えている。
 あぉん、と。
 力強い遠吠えが響いた。
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.90福哭傀のクロ削除
作者名を読んだにもかかわらず、このシチュを提供されたらボーイミーツガール的な読み方をしてしまったので、なんか間違えた感。そういう意味でコマの悩みも影狼を中心として読んでしまい、なんか少しずれを感じて……。その上で終わり方が予想と違うところだったので少し驚いたと共に、ちょっと本筋がどこだったのかに自信が持てなくて。
オオカミの群れって基本的には家族(血縁者)っていうのを考えると、生前を覚えていない狼霊がこだわる群れとは何かはまた面白いかもしれないなんてふと。
3.100のくた削除
こんな風に書かれた影狼さんや蛮奇ちゃんがとても新鮮でした
畜生界組(上から下っ端まで)の矜恃のようなものも感じられて面白かったです
4.100植物図鑑削除
とても面白かったです。オオカミ霊と影狼のこのような邂逅を通じ、組織の駒に過ぎなかった者が自らの力で生きていくに至るという展開はとても良いと感じました。コマの成長の物語であると同時に、影狼の少し不器用な優しさであるとかそういう面も読み取れてすごく楽しめました。影狼というとどうしても草の根ネットワークが中心になりがちなところを、このように調理したのは新鮮でした。
5.100めそふ削除
影狼の抱える孤独の凄まじさに圧倒されるコマの描写が良かったなと思います。コマにとって孤独は死であったはずですが、影狼にとって孤独に生きることこそが彼女なりの仲間との生き方だったのでしょうか。コマはそんな彼女の生き方が自分の価値観とまるで真逆で恐怖を感じていたかな。最後1人でどこかにいったコマは頭がおかしくなったのか、それとも孤独に生きることに身を置いて彼女を理解しようとしたのか、まだいまいち読み取れてないですけど、とても面白かったです。
6.100東ノ目削除
コマの考える仲間(ヤクザ組織のファミリー)と影狼の考える仲間は微妙に別ものだろうに、コマが影狼のことを少しずつ理解していっているつもりになってコマ視点部分は進展していくところに歪さの妙味を感じました。その歪さを意図的に持たせたからこそのエピローグ直前の遠吠えのシーンなのだろうなと

影狼がニホンオオカミ種としては孤独であるという問題が一切解決してないのに話としては綺麗に収まってるのなんでなんだろうなとずっと考えてます
7.90名前が無い程度の能力削除
自分のルーツとなった種がすでにこの世から絶滅しているという「孤独」というのは影狼独自というか、新鮮な種類の孤独で惹かれました(個人的にはもう少し影狼の内的葛藤をもう少しいろいろな切り口から見てみたいような気もしました)。内的に周りと区別がつかないくらいに融けあっている状態(畜生界)から、孤独であることを選んだのだから、コマはもうもとのコミュニティには戻ってこないのでは……と個人的には想像しました。ただ影狼は社会と接続しつつ孤独なんですよね、そこの違いが読み取れていないかも……。
8.100南条削除
面白かったです
著しく人生観の異なる二人がお互いを知ろうとする姿が素晴らしかったです
最後ひとりで歩んでいこうとするコマの心情も考えさせられると物がありました
9.100名前が無い程度の能力削除
コマの群れる生き方と影狼の追悼の生き方が交わって、二人の価値観は微妙にかみ合っていなくとも影響があり、自らの在り方に戸惑うような変化が訪れて、そんな進展が良かったです。
10.100ローファル削除
自分のあり方について、立ち止まって悩むことを経験したことがなかったコマの心情の変化が丁寧に描かれていてよかったです。
仲間想いな草の根妖怪ネットワークの描写もよきでした。
11.100名前が無い程度の能力削除
とても面白かったです。
一匹と一匹が関係しあって、でもこれよい雰囲気になって落ち着く……のではなく、最後は別れて違う道に行くんだろうなあ……という空気感が漂っていてよかったです。
ラストは、やっぱり違う道を行きつつ、影狼の孤独に共鳴して一匹でいることを選ぶコマの心情がよく、納得のいく筋書きでした。
全然予想通り策の通りってわけでもなさそうなのにいい感じの空気吸ってる驪駒が面白かったです(好みで言えば、最初からあの部下がそう行動すると予想して自由にさせていた……的発言があると尚刺さったかなと思いました)
しかし面白かったです。有難う御座いました。