Coolier - 新生・東方創想話

白昼夢のてゐ国

2024/12/13 21:32:45
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 最後に出てきた茶菓は汁粉だった。もなかの皮で餡を包んで満月に擬したものが、夜闇を擬した黒漆の汁椀の中に、乾いたまま。
「お湯を――」
 来客の目の前で椀の中に湯が注がれる趣向だった。熱湯に曝されて、もなかの月はやがて崩れてとろみになり、中のたっぷりした餡やあられが溶け出してくる。
「……まあ、今日は色々と話せて楽しかったわ」
 給仕にあたった従者が団子の皿などを下げて引っ込んでいった後で、主人は来客に対してやわらかく言った。来客はぼそぼそとなにか答えた。

(声の小さい女ね)
 と、てゐは縁側で子飼いの兎たちとごろごろしながら、なんとはなしに座敷のやりとりに聞き耳を立てている。女――来客の、片翼の、声の小さい女は、ただ挨拶のついでに「この間はお世話になりました」とぼそぼそ言っただけで、そのほかは小声で相槌を打つばかりだった。
 話はもっぱら、主人役の八意永琳ばかりがやっている。もっとも、横で茶菓子を出したり下げたり、お茶汲みをしたりしている従者に時々「ちょっと、ウドンゲに尋ねたいのだけれど、どの紙面も完全に真っ白で、ノンブルすら割り振られていない本の落丁を、あなたならどうやって落丁だと証明するかしら?」などといった謎かけをやって、からかっていた。そういう時は客の女も少しは笑うらしいが、それでも笑い声も聞こえないくらいの微笑みとか、微苦笑とかが、精いっぱいの感情表現のようだった。
(私なら、それを自由帳にして続き物の文章や漫画でもやるね。それで、一か所だけ、ページの区切りで、あからさまに落丁をにおわせた断絶をしてやればいい。どうせわからないのなら、こっちから決めつけてやれ)
 そう考えつつ、兎を一羽、座敷にいる客人のそばへとたわむれに放ってみたけれど、兎の方が客を避けて逃げてきた。こっそり聞いてみると、よそのにおいがしたから、近づきたくなかったのだと言う。清潔で、金物っぽく、消毒剤のようなにおいらしい。
(あと、鈴仙のにおいに近いみたい。そりゃそうだろ。どうせあの女、月からやってきたんだろうし)

 思い出されるのは、いつだったか鈴仙が物情騒然たる月に行き、そこで何事かを経験して、戻ってきた時の事だ。てゐも騒動の全貌は把握していないが、月の遷都に幻想郷が巻き込まれかけたとか、鈴仙の参戦もそれに関係しているとかなんとか。月の関係者がこんなところに来るとすれば、その関係の、なんらかの詫び入れに来たのだろう、という事は察する事ができた。
(しっかし、向こうの連中からすると永琳もワケありなのに、よく頼る気になったね……)
 縁側で兎たちと遊ぶのにも飽きたふうをして、ぴょこんと立ち上がると、てゐは奥に引っ込んだ。
 台所では、鈴仙が客から下げたぶんの皿を二、三枚とちまちま洗っている。別にたいした量でもないし、流しにため込んで、客が帰った後で一気に片付けてしまえばいい気はしたが、彼女はどうもそういう性分ではないらしかった。
「……ねえ鈴仙、あのお客さんなにさ。あんた知らない?」
 こういう時、鈴仙には、無知を装って、ちょっと無礼なくらいに話を振るといい。
「馬鹿、月のお偉い人よ。物識らず」
「(ほんと扱いやすいよねこの子)……ふうん、お偉いさん。あれが」
「……まあ、お偉いさんといっても、めちゃ偉いわけではないわね」
 そういう事をこぼしながら皿を洗い終わった鈴仙に、すかさず綺麗な手ぬぐいを差し出してやる。こういう心遣いは大切。
「――そんな人が、どうして永琳にお話に来るんだろうね? いや、こないだの騒ぎの詫び入れなら、もっと早くに来るか、もっと偉い人が出張ってくるべきじゃない?」
「向こうの事情なんか、私が知るわけないじゃないのよ」
「(ごもっともな意見だけど、だからって別に無知が許されるわけではないんだよね)ま、それもそうか。……で、どんな人なのさ、あの方」
「なに? あんた興味あるの?」
「近頃なんだか物騒だからねえ……鈴仙が出張った騒動も含めて」
 ここだけは正直な実感。
 鈴仙も、以前の話をぶつけられると、多少は微妙な感情があったらしい。
「……まあ、変わった人よ。昔からちょっと顔を知っている人だったけど、今でもあんな事してるとは思わなかった」
「あんな事って、永琳と茶をしばいてクスクス笑っている事かな?」
「そんなわけないでしょ。……ああいう方が、相変わらず月の武官をやっている事がよ」
 月世界の官僚に文官偏重・武官軽視の風潮が長らく続いているらしい、という事は、かねてからてゐも知っていた事だった。それ自体は、鈴仙の言いぐさ、永琳の態度、姫様の所作から、なんとなく察せられる。月の民が穢れを嫌うというのもよく知られている。そうした社会状況では、極端な文主武従の環境であってもおかしくない。
「ふーん、変わり者なんだね」
「ま、身の振り方は人それぞれって事かしらねえ。でも、武官に留まりたがる人は、やっぱり少ないもんよ。みんな殿上するか、そこまでの家格が無ければ、事務方になって天下り利権のおこぼれにあずかるかしたいもんだし」
「それがどうして永琳のところに来たのかな……古い知り合いとかなのかな……」
「私も大昔の話はよく知らないけれど、なんなのか……てゐもあんな近いところで兎たちとごろごろしてるなら、もっと情報収集とかしてみなさいよ」
(今まさにお前からやってるんだよ鈴仙ちゃん)
 てゐは内心でそう思ったが、顔色には出さず、へいへいっと座敷の方へと戻っていく。

 少なくとも、わかった事がある。あの女が月の武官で、かといって武張った人間ではなさそうな事、そしてなにか策謀のにおいのする女である事――情報収集してこいなどと鈴仙が冗談半分でもせっつくのは、少なくともそういう雰囲気や性向が昔からあるのではないか。
 ともかく胡乱である。
 てゐは、一緒についてきている兎の中から一羽を選って持ち上げると、自分の頭上に置いた。こういう時は、ちょうどいい目方の子兎を頭に載せて考えるに限るのだ。なにがなんだか理屈はわからないが頭に重みが増して、謎に思考が冴える事がある。
「……わからん」
 今回は効果が無かったようだ。
 そのまま重たくなった頭をゆらゆらと揺らしつつ座敷に戻ってみると、永琳に呼びかけられた。
「いいところにいたわ、ちょっと姫様を呼んできてくれないかしら」
 頼まれたてゐは、相手の目をよく観察してみたが、相変わらず魂胆のわからない表情。
「……ちょっと待っててね」
 軽く返事して、ふらふらっと永遠亭の奥座敷に引っ込んでいく。頭に子兎を乗っけたまま。

「面白い事やってるわね、あなた」
 輝夜はてゐの真似をして、手近な兎を自分の頭に乗っけた。
「それで、どういう用事なの?」
 と尋ねながら、立ち上がる様子もなく、脇息によりかかって長く伸びたままの姫君は、大きく生あくびをした。そんなはしたない動きでも、彼女の顎の線の優美さはいっさい崩れなかった。
「ああ、なにか永琳にお客さんが来ている事は知ってるわ。でも、それが私への用事にもなるって、何かしら」
「月の人だって」
 むくりと輝夜は身を起こした。上体が起き上がって、艶やかな黒髪がそれにともない流れていく。脚はその勢いとの釣り合いを保とうと、ぴんと張りつめられた後で、勢いそのままにあぐらを組んだ。たっぷりしたスカートの裾が乱れて、その皺がなんだか気になる。乱れているから気になるのではなく、乱れてもなお美しいから気になるのだった。
「マジに……」
「マジに」
 相手の白い足首を見つめながらてゐは答えた。
「……それで、永琳は私に顔を出せって言ったのね」
「どうするよ姫様、これが月の追手だったら。永琳がなんとか時間稼ぎしている間に、私と一緒にどこまでも逃げてみるかい?」
 冗談抜きで、こうしたプランもありだ。――しかも、案外悪い考えじゃないのかもね、などと思えてしまうところが、このお姫様の魔性でもある。
「月からしたら、あんたは罪人なんだろ?」
「……そんな事、もうどうでもいいでしょう」
(そうなんだろうなあ、とは思うよ)
 この人たちが千年の罪人だったのは、もう、過去の事になってしまったのだろう。だって、月の都は重大な攻撃にさらされて、よりにもよって罪を得てこの土地に逃亡潜伏している彼女たちに救援を願った。そして、その救援要請に罪人たちは応えた……
(……だが、なんでだ?)
 てゐから見れば、妙な事だらけだ。
 たしかに、それ以前から月の都とこの地上に連絡は通じていた――綿月姉妹とのホットラインが回復していなければ、第二次月面戦争などという珍騒動は起きなかった――それでも、危機になってわざわざ罪人に救援を求めるのは、あまりに情けなさすぎる。
 月の都の体制が、文官偏重の気風から、武を軽んじてふぬけた、だらしのない状況になっているという事はありえるだろう。だが、全体がそうだとは思えない。そうした状況には必ず反発や懸念をおぼえる党派が出現するに違いないし、きっとあの女もその一人だ。
 そのような人物が、八意永琳に接触して、なにを提案するだろうか……。てゐは、こうした危急的状況に際して、共同体が一つの方針や意志を共有して指向するなど、まったく信じていない。こうした際に起こるのは、個々人の独善的な暴走ばかりだろうと考えている。
「……彼女が提案しようとするのは、月の軍部が丸ごとあんたに裏返るから月の都の遷都を宣言して、新しい王朝の女帝となれ……という話かもね」
 頭上に載っかっている子兎一羽ぶんの冴えが、てゐの中で論理の飛躍とひらめきを生んだ気がしなくもない。

「……私も、今のところそうした計画を本気で発動させるつもりはありません」
「しかし準備はゆっくりと進んでいる」
 永琳はにっこり笑ってから、汁粉をすすった。
「……月の都の弱点が露呈した以上、こうした危機は今後も起こり得る。しかも本国はまったく軍事に興味がないし、むしろ忌避すらしている。軍隊に対する不信感、そうして行われる軍縮、ために起こる兵の質の低下、その繰り返し。昔に起きた事と一緒」
「――先の騒動の時……あの狂人が月の都を蹂躙した時、私たちは幻想郷への遷都計画を発動させました」
「それは集団としてのあなたたちの計画にすぎず、あなた個人の魂胆は違った。月の軍部は遷都計画のどさくさにまぎれて現政権を放棄し、幻想郷に潜伏している罪人の蓬莱山輝夜を推戴して、亡命政権を打ち立てる」
 呆れたように鋭く息を吐き、肩をすくめた。
「気宇壮大というか野放図というか……あなたらしくもないわ」
「あなたに倣ったのですよ」
「かもしれないわね……それに計画自体は漫然と進行していない。今だってこちらで異変を起こしたり、玉兎を送り込んだりして、布石も順調に張っている。そこはあなたらしい」
「オカルトボール騒ぎに関しては、やや失敗だったかもしれません。少なくとも我々のコントロールを外れつつあります」
「だろうと思った……地上は勝手が違うでしょ? 月の都なら粛々と運行していたはずの軌道が、この土地ではとんでもない向きからの引力が働いて、しっちゃかめっちゃかにされる」
「あなたもこの土地では、色々思い通りにならない目に遭ってきたようですね」
「そういう目に遭って一人前のようよ、この世界は」
 永琳がしみじみ言ったので、客も――稀神サグメという月からやってきた女も、クスクスとこの日一番の大笑いをやった。
「連れてきたよ、永琳」
 笑っているうちに、てゐが奥から輝夜を連れてきた。
「……なにやっているの、あなたたち」
 永琳がふたりの頭のあたりをじろじろ眺める。彼女たちは頭上に兎を乗っけたままだったからだ。
「そりゃあ、彼女がこの兎の国の女帝様だからよ。そうなるとあんたはさしずめ宰相か摂政だ」
 てゐは乱暴に言うと、輝夜の手にまた別の兎を渡した。輝夜は、茶目っ気たっぷりの優雅な所作で、永琳の頂点にそのふわふわの動物を載せてやる。
「大切にしな。それがあんたの冠になるだろうから――それで、あんたは軍部大臣か兵部卿かい、月から来たひと」
 同じようにサグメの頭に載せてやった兎は、どういう気分の吹き回しか粗相をした。
 結局、鈴仙が座敷の方で起きた騒ぎを聞きつけて慌ててやってきた頃には、帝国は瓦解していた。サグメは頭から子兎の小便まみれになって苦笑いしているし、永琳はなにをどう感じ入ったのか大笑いしている。ただ輝夜とてゐだけがまじめくさって女帝と女侍従長になり、集まった下々の兎たちに布告を行っていた――今日からこの国の経済制度はすべて兎の糞本位制になるだろうし、すべての兎が行った罪は兎のかわいさによって贖われるだろう、そして他の全ての国家が本質的に有限で、滅びゆく運命にあるのとは違い、この国は無限であり、永遠にもなりうるだろう、と。
「だってこの国、今から滅亡を宣言するもの」
 それが蓬莱山輝夜の建国宣言だった。

 後世、幻想郷の月王朝だとか、月の都亡命政権だとか、蓬莱山朝などと言われる伝説の帝国は、こうして瞬時に興亡したという笑い話が幻想郷に残っている。
ちょうどいい感じの重さの子兎を頭に載せると天才になるという現象のエビデンスは存在しません。
かはつるみ
https://twitter.com/kahatsurumi
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コメント



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1.100ローファル削除
てゐが始めた子兎を頭に乗せる流れがかわいいです
そしてそれを永遠亭メンバーが誰も止めないのも想像したらほっこりしました。
面白かったです。
2.100名前が無い程度の能力削除
言葉にすると難しいのですが、文明の興亡や個々人の謀略等が、最後に小さく収束する感じが幻想郷的でとても良かったです。
3.90夏後冬前削除
小規模ながらもスケールが大きい話で重厚感がありました。てゐちゃん色々考えて動いてる感じが良きでした
4.80福哭傀のクロ削除
頭にうさぎを乗せた美少女が癌に聞くかは専門家の間で議論がなされているが、しかし頭が冴えることはあると某氏より
5.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
7.100のくた削除
建国滅亡RTA、流石の輝夜さまでした
うさぎ可愛い