[ここまでのあらすじ]
「概要を見てくれなんだぜ!」
◇
二人の家に朝日が当たる。朝日につられて魔理沙は大きくあくびを一つ。
夕べ、アリスにベッドから蹴り落とされた彼女は、床の冷たさと固さでほとんど寝れなかった。その自慢の金髪もボサボサで、実にみすぼらしい。
「……ああ。まったく朝から眠いんだぜ。誰かさんがベッドから蹴落としたりするからなー!」
「そんなの自業自得よ。夜中に人をからかうのが悪い!」
アリスは優雅にモーニングティーを嗜んでいる。彼女はしっかり寝たので目覚めバッチリ、活力たっぷり、肌つやピッカリである。
「む、いかん! 私はこのままでは寝てしまう……!?」
「勝手に寝ればいいでしょ。さっさとベッド行って寝なさいよ」
「それはイヤなんだぜ!」
「なんでよ?」
「朝から一人でなんか寝たくない! アリスも寝るの付き合ってくれ!」
「嫌。私、眠くないし」
きっぱり断るとアリスはベーコンエッグを口に運ぶ。優雅な朝食である。
「アリス、私を見捨てるというのか!? 私は眠いんだぜ!?」
「だから一人で寝ろって言ってるのよ!」
「私は人のぬくもりがないと眠れないんだぜ!」
「子どもかよ!?」
「私が子どもに見えるのかぜ!?」
「少なくとも今は子ども以下ね!」
きっぱり言うとアリスはロウ・エッグ・オン・ライスを口に運ぶ。優雅な朝食である。
「それもコレも全部眠いせいだなんだぜ! この睡眠不足が私の体を徐々に蝕んでいるんだぜぜ! このままじゃ眠くて死んでしまいそうなんぜだぜ! 眠いまま死んでしまったらぜ、きっとあの世でもずっと眠ったままぜなんだぜ! そんなのは嫌なんだぜ! 頼むアリスぜ。私を助けてくれ! ……ぜ!」
「あのね。さっきから、ぜーぜーぜーぜー五月蠅いのよ! って最後、言うの忘れて慌てて付け加えたでしょ!?」
きっぱりツッコむとアリスはアーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノを口に運ぶ。優雅な朝食である。
「ばれちまったかぜ! それはそうと眠いんだぜ! ぜ! ゼ! ZE! 是! Z! 膳所!」
「……あーもう、わかったから! 人が食事してるときにわざわざ左右交互に回って耳元で騒ぐなっての! ステレオか!?」
「いや、サラウンドだ!」
「知るか!?」
「ぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜ」
「あーもう、わかったから! 添い寝してやるから! 私の優雅なブレックファストの邪魔しないで大人しくそこで待ってなさい!」
きっぱり告げるとアリスはスパムソテーを口に運ぶ。
「やったー! さすがアリスだぜ。……っていうか一つ聞いていいか?」
「なによ?」
「朝からよくそんなに食べられるな。お前」
「べ、別に良いでしょっ? 朝はお腹が空くの……!」
アリスは思わず顔を赤面させながらも、デザートのヨーグルトを口に運んだ。
◇◇
優雅な朝食の後、仕方なくアリスは魔理沙が寝付くまで添い寝をした。しかしなかなか寝付けず、羊を数えたり、絵本を読んだり、抱き枕になったり、やけくそでまじないを唱えたりと色々試行錯誤を繰り返した末、昼近くになってようやく彼女は寝息を立て始めたのだった。
「あー。まったくもう……。本当、世話焼けるったらありゃしないわ」
ブツブツぼやきながらアリスは、添い寝で乱れた服や髪を人形たちに整えさせつつ、昼食の準備に取りかかろうとした。ところがそのとき、寝室の方で何やらドッスーンッ! という大きな音が。
「な、なに!?」
アリスが慌てて寝室に向かうと、そこにはムックリと起き上がっている魔理沙の姿があった。
「魔理沙……? 何よ、もう起きちゃったの?」
アリスは声をかけるが、彼女から返事はなく、代わりに聞こえてきたのは彼女のイビキだった。
「ZZZZZ……」
「なんだ。寝てるのね。もう、びっくりさせないでよ」
アリスはホッとして寝室から出ようとしたが、ハッとして再び彼女の方を振り向く。
「……って、立ったまま寝てるの!?」
「ZZZZ……」
返事の代わりに聞こえてきたのはやはりいびきだった。
(いったい、これはどういう状況!? もしかして新しい宴会芸とか?)
と、彼女が思考を張り巡らしていると、魔理沙がフラフラと歩き出す。
「ちょっ!? 寝たまま歩いてるわけ……!?」
魔理沙はフラフラ歩いて、そのまま壁に激突して、ひっくり返る。
それでも彼女は寝たまま起き上がると、また部屋中をフラフラと歩き始めた。
「……いったい何なの」
アリスは、とりあえずまず様子を見ることした。すると魔理沙はまっすぐ入り口のドアへ向かったかと思うと、そのまま体当たりでドアを開け、部屋から出て行ってしまった。
「ちょっ!? どこ行くのよ!?」
慌ててアリスは、寝息を立て続ける魔理沙を追いかけた。
「もう、どこいくのよ! バカ魔理沙!」
「ZZZZZ……」
呼びかけても返事はなく、返ってくるのはいびきである。彼女はフラフラとした足取りで、家の中を歩き回っている。
「ちょっと! そっちは棚よ! ぶつかっちゃうわよ!?」
このままでは、棚に激突して倒して部屋が散らかりかねない。散らかったら片付けるのが大変だ。
「もう! こうなったら!」
アリスは急いで人形を、魔理沙と棚の間に配置し、クッション代わりにした。
ポヨンと魔理沙は上海人形のもち肌ボディに跳ね返される。しかし、跳ね返されて吹っ飛んだ彼女は、反対側の火の付いた暖炉の方へと向かっていく。
「もう! 世話焼けるヤツ!」
再びアリスは暖炉の前に人形を配置し、魔理沙を跳ね返す。すると、今度は窓ガラスの方へ突っ込みそうになったので、さらに人形で跳ね返す。更に柱にぶつかりそうになったので、そこにも人形を配置して……と、やっていたら、いつしかその場には人形による魔理沙包囲網が完成していた。彼女はまるでバレーのトス回しのように人形に跳ね返され続けている。
「……ふう。とりあえずこれで大丈夫そうね」
何一つとして大丈夫じゃないが、アリスはポヨンポヨンと跳ね返されながらもいびきをかいて寝ている魔理沙を眺めつつ、彼女の体に何が起きたのか仕方なく探ることにした。
「……うーん。思い当たるフシはただ一つね」
アリスは昼食のピタサンドを口に運びつつ、魔道書に目を通す。その間も魔理沙は人形にポヨンポヨンと音を立てて跳ね返され続けていた。時折ビヨヨーンという音やプリチョンパッという音が響くが、所謂、何万回に一回鳴るレア音というものである。
「ああ、やっぱりね。アイツにかけたまじないが間違っていたんだわ!」
アリスは昼食のナシゴレンを口に運ぶ。
彼女が魔理沙にかけた怪しいまじない。本来なら相手を強制的に寝かせる怪しいまじないだったが、間違えて、眠っていながらいびきをかいて行動することができる怪しいまじないをかけてしまったのだ。
「ええと、これを解く方法は……!」
アリスは食後のアフタヌーンティーを嗜みながら、魔道書をペラペラとめくる。
「あ、あった! ええと……なになに『そんな慌てなくても、ほっとけばそのうち起きるっしょ』って……ちょっと待って、あれを放っておけっていうの……!?」
アリスの視線の先には、人形に跳ね返され続ける魔理沙の姿があった。
「いやいやちょっと。あれじゃいくら何でもかわいそうでしょ。……私の人形達が!」
少しは魔理沙の心配もしてあげろと言いたいところだが、それよりも今は彼女を起こすのが先決だ。そうしないと人形が傷んでしまう。
「もう、こうなったら奥の手よ!」
アリスは、怪しいまじないを唱えるとその場に横になる。そしてそのまま、スウスウと眠ってしまった。
◇◇◇
気がつくとアリスは暗闇の中にいた。
「……よし、成功ね! これでアイツの夢の中に侵入できたわ!」
彼女がさっき唱えたまじない、それは他人の夢に入り込むことができるまじないだった。彼女は魔理沙の夢の中に入って彼女を直接叩き起こすことにしたのだ。
「さてと、アイツは……」
アリスがあたりを見回すと、徐々にまわりが明るくなる。すると目の前に、お姫様が寝るようなベッドの上でいびきをかいて寝ている魔理沙の姿が浮かび上がった。
「……アイツ、夢の中でも寝てるわけ?」
呆れてアリスが起こそうとしたそのときだ。
「彼女を起こしてはいけません!」
「誰!?」
アリスの目の前に突然何者かが姿を現す。その何者かは口元を緩ませ、アリスに告げた。
「私はドレミー・スイート。夢の世界の支配者です」
「夢の世界の支配者……?」
「彼女を起こさないで下さい。死ぬほど疲れているんです。だからこの夢の中でもぐっすり眠れるドレミー・スイート・ルームで休んでもらっているんですよ」
「そ、そうなの?」
「はい。なにしろ寝ているのに、肉体はピンボールみたいに跳ね回っているんですもの。誰かさんのまじないのせいで」
ドレミーはアリスにジト目を向ける。思わずアリスはばつが悪そうに苦笑いを浮かべた。
「あははは……。それきっと私のせいね」
「わかっているなら話は早い。アリスさん。ぜったい彼女を起こさないで……」
「オラァー! 起きなさい! 魔理沙!!」
アリスは問答無用で魔理沙をベッドからたたき落とす。慌ててドレミーは彼女に言い放つ。
「あなたに優しさってものはないんですか!?」
「そんなの知ったこっちゃないわ! このままじゃ私の人形がボロボロになっちゃうもの!」
「なんて自己中心的……! もう、どうなっても知りませんっ!」
そう言うとドレミーは姿を消してしまう。
「な、なによ!? アイツ。思わせぶりなこと言い残して……。それはそうと」
アリスは床に落ちている魔理沙の肩を揺さぶる。
「ほら、起きて!」
「……ん?」
魔理沙は目をこすりながらようやく目覚める。
「なんだ。甲州街道はもう朝なのか?」
「アンタ、夢の中でまで寝ぼけてんじゃないわよ! ほら、一緒に起きるわよ!」
「お、おう? 何だか知らんがわかったぜ。ともに消えよう。永遠に!」
魔理沙はパッチリと目を見開く。すると目の前が一気に明るくなった。
◇◇◇◇
二人の家に朝日が当たる。その朝日につられて魔理沙は大きく伸びを一つ。
夕べ、彼女はぐっすり寝ることができたおかげで目覚めバッチリ、活力たっぷり、肌つやピッカリである。
「いやー! おかげさまで最高の目覚めだ!」
「……そう」
「こんな目覚めの良い朝は久しぶりだぜ!」
そう言って魔理沙は梅の握り飯を頬張る。優雅な朝食である。
「……それはよかったわね」
「おい、どうした? 朝から元気ないぞ?」
「はぁ……」
「せっかくの朝だぞ? もっと明るく行こうぜ!」
「……ねむい」
実は夕べ、アリスは悪夢にうなされてほとんど寝られなかったのだ。その自慢の金髪もボサボサで、実にみすぼらしい。
「なんだ。眠いのか。そんじゃ私が添い寝してやろうか?」
「丁重にお断りするわ」
「そんなこと言わずに」
「いい」
「今なら出血貧血大サービスで、夜雀仕込みの子守歌も歌ってやるぞ!」
魔理沙は調子っぱずれな調子で五木の子守唄を歌い始める。
「……もう添い寝はこりごり……よ」
アリスは、とりあえず雑音の元を蹴り飛ばすと、机に突っ伏し、そのままグーグーと寝てしまうのだった。
「概要を見てくれなんだぜ!」
◇
二人の家に朝日が当たる。朝日につられて魔理沙は大きくあくびを一つ。
夕べ、アリスにベッドから蹴り落とされた彼女は、床の冷たさと固さでほとんど寝れなかった。その自慢の金髪もボサボサで、実にみすぼらしい。
「……ああ。まったく朝から眠いんだぜ。誰かさんがベッドから蹴落としたりするからなー!」
「そんなの自業自得よ。夜中に人をからかうのが悪い!」
アリスは優雅にモーニングティーを嗜んでいる。彼女はしっかり寝たので目覚めバッチリ、活力たっぷり、肌つやピッカリである。
「む、いかん! 私はこのままでは寝てしまう……!?」
「勝手に寝ればいいでしょ。さっさとベッド行って寝なさいよ」
「それはイヤなんだぜ!」
「なんでよ?」
「朝から一人でなんか寝たくない! アリスも寝るの付き合ってくれ!」
「嫌。私、眠くないし」
きっぱり断るとアリスはベーコンエッグを口に運ぶ。優雅な朝食である。
「アリス、私を見捨てるというのか!? 私は眠いんだぜ!?」
「だから一人で寝ろって言ってるのよ!」
「私は人のぬくもりがないと眠れないんだぜ!」
「子どもかよ!?」
「私が子どもに見えるのかぜ!?」
「少なくとも今は子ども以下ね!」
きっぱり言うとアリスはロウ・エッグ・オン・ライスを口に運ぶ。優雅な朝食である。
「それもコレも全部眠いせいだなんだぜ! この睡眠不足が私の体を徐々に蝕んでいるんだぜぜ! このままじゃ眠くて死んでしまいそうなんぜだぜ! 眠いまま死んでしまったらぜ、きっとあの世でもずっと眠ったままぜなんだぜ! そんなのは嫌なんだぜ! 頼むアリスぜ。私を助けてくれ! ……ぜ!」
「あのね。さっきから、ぜーぜーぜーぜー五月蠅いのよ! って最後、言うの忘れて慌てて付け加えたでしょ!?」
きっぱりツッコむとアリスはアーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノを口に運ぶ。優雅な朝食である。
「ばれちまったかぜ! それはそうと眠いんだぜ! ぜ! ゼ! ZE! 是! Z! 膳所!」
「……あーもう、わかったから! 人が食事してるときにわざわざ左右交互に回って耳元で騒ぐなっての! ステレオか!?」
「いや、サラウンドだ!」
「知るか!?」
「ぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜ」
「あーもう、わかったから! 添い寝してやるから! 私の優雅なブレックファストの邪魔しないで大人しくそこで待ってなさい!」
きっぱり告げるとアリスはスパムソテーを口に運ぶ。
「やったー! さすがアリスだぜ。……っていうか一つ聞いていいか?」
「なによ?」
「朝からよくそんなに食べられるな。お前」
「べ、別に良いでしょっ? 朝はお腹が空くの……!」
アリスは思わず顔を赤面させながらも、デザートのヨーグルトを口に運んだ。
◇◇
優雅な朝食の後、仕方なくアリスは魔理沙が寝付くまで添い寝をした。しかしなかなか寝付けず、羊を数えたり、絵本を読んだり、抱き枕になったり、やけくそでまじないを唱えたりと色々試行錯誤を繰り返した末、昼近くになってようやく彼女は寝息を立て始めたのだった。
「あー。まったくもう……。本当、世話焼けるったらありゃしないわ」
ブツブツぼやきながらアリスは、添い寝で乱れた服や髪を人形たちに整えさせつつ、昼食の準備に取りかかろうとした。ところがそのとき、寝室の方で何やらドッスーンッ! という大きな音が。
「な、なに!?」
アリスが慌てて寝室に向かうと、そこにはムックリと起き上がっている魔理沙の姿があった。
「魔理沙……? 何よ、もう起きちゃったの?」
アリスは声をかけるが、彼女から返事はなく、代わりに聞こえてきたのは彼女のイビキだった。
「ZZZZZ……」
「なんだ。寝てるのね。もう、びっくりさせないでよ」
アリスはホッとして寝室から出ようとしたが、ハッとして再び彼女の方を振り向く。
「……って、立ったまま寝てるの!?」
「ZZZZ……」
返事の代わりに聞こえてきたのはやはりいびきだった。
(いったい、これはどういう状況!? もしかして新しい宴会芸とか?)
と、彼女が思考を張り巡らしていると、魔理沙がフラフラと歩き出す。
「ちょっ!? 寝たまま歩いてるわけ……!?」
魔理沙はフラフラ歩いて、そのまま壁に激突して、ひっくり返る。
それでも彼女は寝たまま起き上がると、また部屋中をフラフラと歩き始めた。
「……いったい何なの」
アリスは、とりあえずまず様子を見ることした。すると魔理沙はまっすぐ入り口のドアへ向かったかと思うと、そのまま体当たりでドアを開け、部屋から出て行ってしまった。
「ちょっ!? どこ行くのよ!?」
慌ててアリスは、寝息を立て続ける魔理沙を追いかけた。
「もう、どこいくのよ! バカ魔理沙!」
「ZZZZZ……」
呼びかけても返事はなく、返ってくるのはいびきである。彼女はフラフラとした足取りで、家の中を歩き回っている。
「ちょっと! そっちは棚よ! ぶつかっちゃうわよ!?」
このままでは、棚に激突して倒して部屋が散らかりかねない。散らかったら片付けるのが大変だ。
「もう! こうなったら!」
アリスは急いで人形を、魔理沙と棚の間に配置し、クッション代わりにした。
ポヨンと魔理沙は上海人形のもち肌ボディに跳ね返される。しかし、跳ね返されて吹っ飛んだ彼女は、反対側の火の付いた暖炉の方へと向かっていく。
「もう! 世話焼けるヤツ!」
再びアリスは暖炉の前に人形を配置し、魔理沙を跳ね返す。すると、今度は窓ガラスの方へ突っ込みそうになったので、さらに人形で跳ね返す。更に柱にぶつかりそうになったので、そこにも人形を配置して……と、やっていたら、いつしかその場には人形による魔理沙包囲網が完成していた。彼女はまるでバレーのトス回しのように人形に跳ね返され続けている。
「……ふう。とりあえずこれで大丈夫そうね」
何一つとして大丈夫じゃないが、アリスはポヨンポヨンと跳ね返されながらもいびきをかいて寝ている魔理沙を眺めつつ、彼女の体に何が起きたのか仕方なく探ることにした。
「……うーん。思い当たるフシはただ一つね」
アリスは昼食のピタサンドを口に運びつつ、魔道書に目を通す。その間も魔理沙は人形にポヨンポヨンと音を立てて跳ね返され続けていた。時折ビヨヨーンという音やプリチョンパッという音が響くが、所謂、何万回に一回鳴るレア音というものである。
「ああ、やっぱりね。アイツにかけたまじないが間違っていたんだわ!」
アリスは昼食のナシゴレンを口に運ぶ。
彼女が魔理沙にかけた怪しいまじない。本来なら相手を強制的に寝かせる怪しいまじないだったが、間違えて、眠っていながらいびきをかいて行動することができる怪しいまじないをかけてしまったのだ。
「ええと、これを解く方法は……!」
アリスは食後のアフタヌーンティーを嗜みながら、魔道書をペラペラとめくる。
「あ、あった! ええと……なになに『そんな慌てなくても、ほっとけばそのうち起きるっしょ』って……ちょっと待って、あれを放っておけっていうの……!?」
アリスの視線の先には、人形に跳ね返され続ける魔理沙の姿があった。
「いやいやちょっと。あれじゃいくら何でもかわいそうでしょ。……私の人形達が!」
少しは魔理沙の心配もしてあげろと言いたいところだが、それよりも今は彼女を起こすのが先決だ。そうしないと人形が傷んでしまう。
「もう、こうなったら奥の手よ!」
アリスは、怪しいまじないを唱えるとその場に横になる。そしてそのまま、スウスウと眠ってしまった。
◇◇◇
気がつくとアリスは暗闇の中にいた。
「……よし、成功ね! これでアイツの夢の中に侵入できたわ!」
彼女がさっき唱えたまじない、それは他人の夢に入り込むことができるまじないだった。彼女は魔理沙の夢の中に入って彼女を直接叩き起こすことにしたのだ。
「さてと、アイツは……」
アリスがあたりを見回すと、徐々にまわりが明るくなる。すると目の前に、お姫様が寝るようなベッドの上でいびきをかいて寝ている魔理沙の姿が浮かび上がった。
「……アイツ、夢の中でも寝てるわけ?」
呆れてアリスが起こそうとしたそのときだ。
「彼女を起こしてはいけません!」
「誰!?」
アリスの目の前に突然何者かが姿を現す。その何者かは口元を緩ませ、アリスに告げた。
「私はドレミー・スイート。夢の世界の支配者です」
「夢の世界の支配者……?」
「彼女を起こさないで下さい。死ぬほど疲れているんです。だからこの夢の中でもぐっすり眠れるドレミー・スイート・ルームで休んでもらっているんですよ」
「そ、そうなの?」
「はい。なにしろ寝ているのに、肉体はピンボールみたいに跳ね回っているんですもの。誰かさんのまじないのせいで」
ドレミーはアリスにジト目を向ける。思わずアリスはばつが悪そうに苦笑いを浮かべた。
「あははは……。それきっと私のせいね」
「わかっているなら話は早い。アリスさん。ぜったい彼女を起こさないで……」
「オラァー! 起きなさい! 魔理沙!!」
アリスは問答無用で魔理沙をベッドからたたき落とす。慌ててドレミーは彼女に言い放つ。
「あなたに優しさってものはないんですか!?」
「そんなの知ったこっちゃないわ! このままじゃ私の人形がボロボロになっちゃうもの!」
「なんて自己中心的……! もう、どうなっても知りませんっ!」
そう言うとドレミーは姿を消してしまう。
「な、なによ!? アイツ。思わせぶりなこと言い残して……。それはそうと」
アリスは床に落ちている魔理沙の肩を揺さぶる。
「ほら、起きて!」
「……ん?」
魔理沙は目をこすりながらようやく目覚める。
「なんだ。甲州街道はもう朝なのか?」
「アンタ、夢の中でまで寝ぼけてんじゃないわよ! ほら、一緒に起きるわよ!」
「お、おう? 何だか知らんがわかったぜ。ともに消えよう。永遠に!」
魔理沙はパッチリと目を見開く。すると目の前が一気に明るくなった。
◇◇◇◇
二人の家に朝日が当たる。その朝日につられて魔理沙は大きく伸びを一つ。
夕べ、彼女はぐっすり寝ることができたおかげで目覚めバッチリ、活力たっぷり、肌つやピッカリである。
「いやー! おかげさまで最高の目覚めだ!」
「……そう」
「こんな目覚めの良い朝は久しぶりだぜ!」
そう言って魔理沙は梅の握り飯を頬張る。優雅な朝食である。
「……それはよかったわね」
「おい、どうした? 朝から元気ないぞ?」
「はぁ……」
「せっかくの朝だぞ? もっと明るく行こうぜ!」
「……ねむい」
実は夕べ、アリスは悪夢にうなされてほとんど寝られなかったのだ。その自慢の金髪もボサボサで、実にみすぼらしい。
「なんだ。眠いのか。そんじゃ私が添い寝してやろうか?」
「丁重にお断りするわ」
「そんなこと言わずに」
「いい」
「今なら出血貧血大サービスで、夜雀仕込みの子守歌も歌ってやるぞ!」
魔理沙は調子っぱずれな調子で五木の子守唄を歌い始める。
「……もう添い寝はこりごり……よ」
アリスは、とりあえず雑音の元を蹴り飛ばすと、机に突っ伏し、そのままグーグーと寝てしまうのだった。
今日も魔法の森は平和なようで何よりです