Coolier - 新生・東方創想話

秋姉妹の奇妙な大冒険

2024/10/27 23:16:08
最終更新
サイズ
481.53KB
ページ数
1
閲覧数
370
評価数
2/2
POINT
190
Rate
14.33

分類タグ

【プロローグ】

 ――私の名前は秋静葉。秋を司る神である。私は世のため人のために神様をしているわけではない。大好きな秋を一年中楽しめるように、今まで研究に研究を重ねてきた。そしてこのたび河童の力を借りて、念願の『季節操作マシ~ン』の完成にこぎつけることとなった。私はこれから妹の穣子と一緒に、この幻想郷を一年中、秋で埋めつくす計画を実行しようと思う。


「……と、いうわけで、さあ、穣子。私についてきなさい。計画が成功した暁には、未来永劫の秋を約束するわ」

 と、言いながら、静葉は薄暗い部屋の中で、河童のお皿のような形をした何やらうさんくさい機械を目の前に置くと、不敵な笑みを浮かべていました。
 背後では、この機械をつくった張本人である河城にとりが、ニコニコと笑みを浮かべてコトの成り行きを見守っています。
 妹の穣子に、静葉は力強い口調で話しかけます。

「さあ、穣子。さっそく、宴を始めましょう。この説明書に書いてある呪文を唱えながら装置のスイッチを押しなさい」

 説明書を受け取った穣子は、その内容を読んで、思わず姉に問いかけます。

「姉さん……。これ絶対言わなきゃいけないの?」
「ええ、そうよ。我が世の秋のためならば。恥ずかしがってちゃダメダメよってね。さあ、早く呪文を唱えなさい」
「わ、わかったわ。ええと、……マハリクマハリタヤンバルクイナーカモンベイビーニイタカヤマノボレー! とりゃーーーーー!!」

 どうやら、とりゃーーーーー!!までが呪文だったらしく、穣子が、恥ずかしさをこらえてレバーを押しますが、装置はうんともすんとも言いません。

 すると、後ろで見ていたにとりが、思い出したように一言。

「あ、ごめん。これ引くスイッチだった」

 気を取り直して静葉がスイッチを引くと、たちまち部屋の中に空間のひずみのようなものが発生し、そこから現れたムラサキ色のもやもやがまたたく間に三人の視界をさえぎってしまいました。

「姉さん! 何も見えないわっ!!」
「慌てることないわ。このもやもやが晴れたとき、新しい世界が始まるのよ。さあ、とくとごらんなさい。黄金時代の幕開けを……」

 と、静葉が仰々しく両手を広げたそのとき、突然バリバリドドドーンという轟音とともに、ボカーンという爆発が起きて、三人はウワーッと爆風に巻き込まれてしまいました。



――――

 目を覚ますと、そこは暗い森の中でした。

「いたたた……。もう、どうなってるのよ!? 姉さん! 話が違うじゃない!」
「……まったく驚いたわね。急に機械が爆発するなんて聞いてないわ」
「まったくよ。ねえ! にとり一体どうなってるのよ!?」

 と、穣子はにとりに呼びかけますが、返事がありません。
 二人は慌てて起き上がって周りを見回しますが、彼女の姿はどこにも見あたらず。

「あんにゃろめ、どこいったのよ……」
「どうやら爆発に巻き込まれたときに、はぐれてしまったようね。まあ、きっと無事でしょう」
「ところで姉さん。ここはどこよ……?」
「多分、妖怪の山の中じゃないかしら」

 二人が周りを見回すと、あたりは空が見えないほどのうっそうとした真っ黒い木々と、薄気味悪い霧におおわれ、まるでここは地獄の一丁目かといった雰囲気です。
 ……はて、夢かうつつか。妖怪の山にこんな不気味なトコロはあったでしょうか?

「なーにが黄金時代の幕開けよ! これじゃ暗黒時代突入じゃないのよ!」
「あら、奇遇ね穣子。私もそう思ってたところよ」
「この様子だと、どうやら計画は盛大に失敗したみたいね!」
「あら、奇遇ね穣子。私もそう思ってたところよ」
「……しかも何やら妙な事になってない?」
「あら、奇遇ね穣子。私もそう思ってたところよ。気味が悪いったらありゃしないわ」
「……ねえ、ここは本当に幻想郷なの?」
「そうだと思うけど。……まあ、とりあえず歩いてみましょうか」

 と、二人が歩き出すと、おや、向こうから誰かがやってきました。

 おや、あれは博麗の巫女です!
 博麗の巫女がいると言うことは、やはりここは幻想郷で間違いありません!

 彼女は二人を見つけるとこっちにやって来ました。なにやら服やら髪やらがボロボロのようですが、一体どうしたというのでしょうか?

「ちょっと、アンタたちここで何をしてるのよ!」
「あ、ごきげんよう。巫女さん」
「どうしたの? 巫女のアンタがそんな姿になるなんて、何があったのよ?」
「どうもこうもないわよ……!」

 彼女は機嫌悪そうにわめきたてます。

「まったく、話には聞いていたんだけど、この私が手も足も出せないなんて……!」

 どうやら彼女は、妖怪にケンカをふっかけて返り討ちにされたようです。
 博霊の巫女である彼女を打ち負かす妖怪とは、果たしてどんなスゴいヤツなのでしょうか。

「へー。あんたほどの巫女がボロボロにされるなんて、よっぽど強い妖怪だったのね?」
「うっさい。とにかく! アンタたちも気をつけなさいよ。私でさえこのザマなんだから」

 そう言い残すと、彼女は去っていってしまいました。

「……姉さん。今の聞いた?」
「ええ、彼女が手も足も出せないような妖怪がいるとはね。どうやら幻想郷が色々とおかしくなってるみたいだわ。私が思うに、きっとこれは『季節操作マシ~ン』が暴走を起こして幻想郷をこんな世界にしてしまったに違いない」
「ええっ!? どうすんのよ!?」
「どうするもなにも決まってるわ。まずはにとりを見つけて、元の世界に戻してもらいましょう。そして今度こそ幻想郷を秋で埋めつくすのよ」
「……え。姉さん。またあの実験やる気なの……?」
「もちろんよ。これしきのことで私の夢を諦める訳にはいかないわ。いい穣子。これは神が我々に与えた試練なのよ。この試練を乗り越えてこそ、私たちは真の理想郷へとたどり着くことができるのよ」
「神の試練って……。私たちがその神なんだけど……」
「今は四の五の言ってる場合じゃないわ。一刻も早くにとりにあいに行きましょう」
「あ、姉さん、ちょっと待ってよ!?」

 二人はにとりを探すべく、気味の悪い森の中を進みはじめます。


 こうして二人の奇妙で、長い長い長い冒険が今、幕を開けたのです……。それでは第一章へ……。
 

 【1章 奇妙な世界】

 二人が河童の住処へ行くにはまず、この森を抜けて山を越える必要があります。しかし、歩けど歩けど、この気持ちの悪い森から出ることができません。
 しまいにゃ、とうとう疲れて二人ともその場に座り込んでしまいました。

「もう、どうなってんのよこれ!? さっきから全然先に進めそうもないんだけど!?」
「もしかしたら、妖精か何かがイタズラをしてるのかもしれないわね」

 と、そのとき二人の目の前に、突然何かが姿を現しました。
 あ、妖精です! モブ妖精が現れました!
 そのモブ妖精は右手に一升ビン、左手に花見団子を持って武装し、あたりに酒のにおいをまき散らしています。
 ……酒盛りでもしていたんでしょうか?

「なんだコラ! 私の縄張りに入ってくるとは不届きモノ! コラ!」

 すかさず穣子が応戦します。

「それはこっちのセリフよ! コラ! 何よアンタは!? コラ!」
「なんだコラ! やんのか? コラ! どこからどう見てもモブ妖精に決まってんだろ! タココラ!」
「あーん? コラ! 誰に向かってモノ言ってるのよ。なんだコラ! こちとら天下の秋神さまよ!? コラ! クレクレタコラ!」

 無意味にコラコラ問答を繰り広げる二人。しかも妖精がしゃべるたびに息がふりかかるので、あたりはすごく酒クサいです。
 このままではラチがあかないので、仕方なく二人の間に静葉が割って入ります。

「……どうやらあなたが、この森にイタズラしているようね。妖精さん」
「そうだよ。それがどうかしたか? コラ! 言っておくけど、そう簡単にはこの森からは出さないぞ。タココラ! これでも食らえ! コラ!」

 泥酔モブ妖精は弾幕をバラバラとあたりに撒き散らし始めました。
 うわ。この妖精すごく危険です! そして酒クサいです!

「ギャー!? 何よコイツ!?」
「穣子、こっちよ」

 二人はあわてて木のカゲに隠れました。
 酒クサい妖精は、飛び回って静葉たちを探し回っています。このままでは見つかってしまうのは時間の問題。それにしても酒クサいです。

「姉さん。どうしよう?」
「そうね。どっちにしてもあいつを倒さないと、この森からは抜けられそうもないわね」
「面倒ねぇ。仕方ないけど戦う?」
「いえ、妖精ごときとはいえ、下手に力を消耗するのは得策じゃないわね。この先何があるかわからないし」

 と、そのとき、近くを博麗の巫女が通りかかりました。どうやら彼女も森から出られなくなっている様子。
 しかも相当怒っているようで、隠しきれないすさまじい殺気が、全身から、これでもかというほどにじみ出ています。
 とはいえ、ここで頼れそうなのは彼女だけ。これは声をかけるしかないってモンでは?

「と、いうわけで、さあ、穣子。あなたの出番よ。あの巫女に交渉してきなさい」
「何が、と、いうわけなのよ!? 何で私なの! 姉さんが行ってきてよ!?」
「いやよ。私、あの巫女と仲良くないもの」
「私だって関わりたくないわよ!? 第一、今すごく機嫌悪そうだし……」
「大丈夫よ。私にいい考えがあるわ」

 と、言って親指を立てる静葉ですが……。

「いい考えって……?」
「気軽にフランクな感じで声をかければ、きっと彼女も心を開いてくれるはずよ」
「……本当に?」
「ええ、大丈夫よ。私を信じなさい」

 姉の自信たっぷりな様子を見て穣子は思い切って、うろついている巫女の前に飛び出すと、彼女を呼び止めました。

「……は、ハ~イ! そこのボロ巫女さぁん? もしかしてユーもあわれなストレイシーブなのかしら~? よかったらミーの手助けに……」
「誰がボロ巫女よ! 気持ち悪い口調でしゃべんな!」

ドカッ! バシッ!

 彼女の怒りの跳び蹴りを食らってしまった穣子は、そのまま近くの木に激突して気を失ってしまいました。あわれー。
 その様子を見届けると、さっそうと静葉が巫女の前に姿を現します。

「さて、少しは気が済んだかしら。巫女さん」
「気が済んだかしら……って。アンタねぇ。妹を犠牲にする姉がどこにいんのよ」
「あら、犠牲になんて人聞きが悪いわね。勝手に襲ってきたのはそっちでしょう」
「うっさいわよ! ところで、その様子だと、もしかしてアンタたちも森から出れなくなってるみたいじゃない?」
「ええ、そうよ。そしてその犯人に追いかけられてるのよ。なんか酒クサい妖精なんだけど」
「あ、そう。それは都合良いわ。じゃあ、その酒クサい妖精を私がぶっ倒して来てあげる。ちょうどムシャクシャしていたところだしね」

 と、言うと、邪悪な笑みを浮かべながら彼女は妖精の方へと出て行きます。

 ほどなくして、無数の弾幕が炸裂する音と、恐ろしい爆音があたりに響き渡り始めました。

 ……それはまるで、あたかも戦争のようでした。

 やがて妖精の断末魔があたりに響き渡り、戦いに終止符が打たれました。

 あんなに薄気味悪かった森も、普通の森に戻っていきます。

 そう、世界に平和がおとずれたのです……!

「ほら、終わったわよ」

 という彼女の声を聞き、静葉が木の陰から出てみると、そこにはボロ雑巾のような姿になった妖精が地面にへばりついていました。

「さすがね。助かったわ」
「……ところでアンタたちはどこにいくつもりなの?」
「河童の住処よ」
「……ふーん? ま、別にどうでもいいけど……」

 巫女は、こっちを不思議そうに見つめながら、妖精が持っていた一升ビンを拾うと、さっさと飛び去っていってしまいました。
 きっと神社に帰ったら、ヤケ酒でもあおるつもりなのでしょう。

「ほら、穣子ったらいつまで寝てるの。起きなさい」
「……う、うーん。あれ? あの妖精は?」
「さっきの巫女がやっつけてくれたわ」

 ふと見ると、周りに空のビンやら団子の串やらがたくさん転がっています。
 どうやらあの妖精は本当に酒盛りしていたようです。

 おや? 酒の瓶にまじって何やら書簡のようなものが……。

「あら、何かしらこれ」

 静葉が中身を取り出すと、何やら設計図のようなモノが出てきました。

「ふーむ。何だかよくわからないけど戦利品としてもらっておきましょう」
「え、いいの……? 勝手に」
「いきなり襲われたんだもの。その代償としてもらっておく権利くらいあるわよ」

 などと言いながら静葉は、書簡をフトコロにしまい込みます。

「さて、こんなとこで油売ってる場合じゃないわね。そろそろ行きましょう」
「……はぁ、ヒドい目にあったわ。もー。まったくブッソウなトコねー。さっさと抜けましょ」

 □

 二人は、ようやく森をぬけて、沢の方へ出ました。この沢をぬけて山を超えれば河童の住処です。
 沢の様子もサマ変わりしていて、普段はキレイな川の水が赤黒く濁っています。
 いや、それにしてもなんとも気持ち悪い色だこと。水銀 コバルト カドミウムでも流れているんでしょうかね?

「ふう、姉さん。疲れちゃったから、少し休みましょうよ」
「ええ、そうね。じゃあ、あそこにある切り株で、一休みしましょう」

 二人は沢の脇の切り株に、腰を下ろしました。

「あー、喉かわいたわー」
「沢の水でも飲んできたら」
「嫌よ。あんな気持ち悪い水なんか」
「意外とおいしいかもしれないわよ」
「じゃあ、姉さんが飲んでみてよ?」
「嫌よ。私、喉かわいてないもの」

 などと二人が、たわいもない話をしていると、沢の中から突然、何かがバシャンと飛び出してきます!
 そして頭上の木の太い枝に頭をしこたまぶつけて「ギャーッ!」と叫んで、そのまま遠くの方に転げ落ちていきました。

「もう、今度はなんなのよ……!?」
「ふむ。ちょっと見てくるわね」
「気をつけてよ……?」

 静葉が近づいてその何かの様子を調べてみると……。

 あっ! なんと妖怪です!
 ツチグモの妖怪が倒れています!

「もしもし、生きてるかしら」

 呼びかけるも返事はありません。どうやら完全に気を失ってるようです。

「……ふむ」

 静葉は沢の赤黒い水を手のひらにくみ、妖怪の顔にバシャリッと浴びせました。
 たまらず妖怪は「ギャッ!」と叫びながら、飛び起きます。

「もう、なにするのさ!? 人が気持ちよく気絶してたのに!?」
「夢見心地なところ悪かったわね。見たところ、あなたはツチグモの妖怪ね」
「そうだけど。……なにか?」
「私たちは河童の住処に用があってきたのよ。なにか知ってるかしら?」
「知ってるは知ってるけど、あんなトコに何しに行くのさ?」
「この世界を元に戻してもらうのよ」
「え、本当に? それはありがたい話!」
「あら、意外ね。ジャマしようと襲いかかってくると思っていたわ」
「だって、ある日、急に皆が勝手に暴れ始めたんだもん。今、この幻想郷は河童の勢力と天狗の勢力、吸血鬼の勢力の3つ巴状態。我々、地底の妖怪にとっては良い迷惑よ! 本当!」
「丁寧でわかりやすい状況説明ありがとう。助かったわ。ところで、あなたは何をしていたの」
「あ、うーん。実は一応、地上を支配してやるつもりで仲間と地底から出て来たんだけど、あっけなく全滅しちゃったんだ。もともと数が少なかったってのもあるけど……」
「ふむ。なんだか事態は思ったより大変なことになってるみたいね……」

 腕組みをして考え事をしている静葉に、神妙そうにヤマメがたずねます。

「……ねえ、私もアンタたちについていっていいかな? 少しくらい不便でも、私は皆と平和に暮らしてる方がいいし。それに私の能力は案外、役に立てると思うよ?」
「あら。仲間が増えるのは大歓迎よ。私は静葉。つれに穣子ってのもいるわ」
「静葉に穣子か。私はヤマメ。よろしく!」

 こうしてツチグモ妖怪ヤマメを新たな仲間に加えた一行は、一路、河童の住処を目指して再び進み始めるのでした。

 □

 三人は沢をたどって上流の方へ差し掛かりました。河童の住処は、すぐそこです。
 どうやら赤黒い水は、河童の住処の方から流れているようですが……。

「……そういえば、ええと、ヤンマークだっけか?」
「ヤマメだよ!?」
「アンタは、何しに河童の住処なんかに行ってたのよ?」
「ああ、実はあそこに仲間がつかまってるんだよ。お空って言うんだけど」
「おくう? あ、聞いたことあるわ。名前だけなら!」
「あの子はすごい力持ってるから、河童たちがその力を利用しようとしてるみたいなんだけど」
「へー。そんなにすごいの?」
「うん、スケだかカクだかわかんないけど、その気になれば太陽と同じほどの力を出せるんだって」
「ふむ、太陽と。それは確かに河童たちも欲しがるでしょうね」

 と、そのときです! 突然何者かが三人の前に姿を現しました。
 あ、白狼天狗です!
 剣と盾を構えて、ウーウーとうなりながら、まるで狼のように牙をむき出しにして、こちらをイカクしています。

「なにやら物騒なのが現れたわね」

 天狗はすごい形相で静葉たちに言い放ちます。

「おい、そこのオマエら! ここが天狗の領地と知って侵入してるのか!」
「天狗さん。ごめんなさいね。私たち知らなかったのよ」
「嘘をつくな! そこにいるツチグモはさっき、私たちに危害を加えてきたヤツだ! さては仲間を引き連れて仕返しに来たな!?」
「ヤマメ! アンタ何してくれてんのよ!?」
「いや、違うよ!? 向こうが急に襲ってきたから、応戦したまでだよ! 正当防衛だよ! ……負けちゃったけど」
「領地に侵入するモノは何人たりとも、この犬走椛がゆるさん! 我が刀のサビにしてくれる!」
「……ねえ、二人とも。どうやら話をして通じる相手じゃなさそうよ」
「ど、どうしよう!? 姉さん」
「そうね。……ここは逃げるが勝ちよ」
「えい! この下等天狗め。これでも食らいやがれ!」

 ヤマメが相手に向かってエイヤッと弾幕を放つと、椛が一瞬だけひるみます。
 そのスキに三人は、その場からBダッシュで一目散に逃げ出しました。

「はあ、はぁ……。ここまで来ればもう大丈夫かな。あー怖かったー。まったく見かけによらず、ずいぶん無茶するのねー」
「いやいや。ああでもしないと無事じゃすまなかったよ。下等とは言えあいつは天狗。私一人じゃ、まともにやっても太刀打ちできないもん」
「……あれ? そういえば姉さんは!?」

 二人はあたりを見まわしますが、静葉の姿が見えません。

「え? あれ? どうやら、逃げたときにはぐれちゃったみたいだね」
「えぇ!? 大丈夫かしら、私、ちょっと様子見てくるわ!」
「ダメだよ! 今戻るのはキケンだ! まだ、アイツがいるかもしれないよ?」
「えぇ!? でも……」
「……気持ちはわかるけど、ここはこのまま二人で河童の住処に向かった方がいいと思うよ」
「……うーん。……そうね。仕方ない! 姉さんどうか無事でいてね……!」

 二人は静葉をあっさり見捨てて、河童の住処へと向かうことにしました。

 本来なら空を飛べばすぐなのですが、目立ってしまうので、しかたなく二人が歩いて進んでいると、目の前に大きな建物が、たくさん並んでいるのが見えてきました。さながら工業地帯といった様相。とってもインダストリアルです。

「……河童の住処ってあんなんだったっけ? なんか物々しすぎない?」
「私も知らなかったけど、いつの間にかあんなになってたんだ」
「へぇー……」

 二人は住処の入り口前までやってきますが、意外な事に入り口に見張りらしき者は一人もいません。
 なんか拍子抜けです。もっと厳戒態勢のようなものを、想像していたんですが……?

「あれ、おかしいなぁ。いつもはもっと河童たちが一杯いるんだけど……」
「もしかしてお昼休み中とか……?」

 と、二人がそびえ立つ建物を眺めながら歩いていたそのときです!

 ドゴーンという地響きのような爆発音が響いたかと思うと、遠くの建物から真っ黒な煙が、もうもうとわき上がりました!

 大変! 火事です! 火事です!

 けたたましいサイレンが鳴り響き、次々と河童たちが、あちらこちらへと逃げていきます!

「何かあったみたいね!?」
「もしかしてお空かも! 行ってみようよ!」

 二人は河童混みをかきわけて、爆発した建物の前へとやってきました。
 あたりは、爆発に巻き込まれた河童たちやら建物の破片やら機械の残骸やらで、アビキョウカンのジゴクエズです。これはひどい!

「これはひどい!」
「これはひどい! どうやら相当すさまじい爆発だったみたい。やっぱお空なのかな……?」

 と、ヤマメは不安そうに目の前の建物を見上げます。
 依然として建物からは不気味な黒煙がもくもくと上がり続け、あたりには焦げたにおいが漂っています。

「もしかしたら、この中にお空がいるかもしれない。私、中に入るよ!」
「ちょっとちょっと! 正気なの!? 今あの中行くのは、どう考えてもキケンよ!?」

 穣子の制止を振り切ってヤマメは、建物の中に入っていってしまいました。
 穣子も仕方なく彼女を追いかけて中へと。……あーあ、どうなってもしーらない!

「うわぁ。すごい煙、真っ暗でぜんぜん前が見えない!」
「あぢいぃ。これ以上、進めそうもないわよぉ……。もうダメええぇ。あぢぃー……」
「お空ー!! いたら返事してー!! お空-!!」

 熱さと煙でへばってしまった穣子を放って、ヤマメは何度もお空の名を叫びました。
 すると、階段の上から「うにゅぅ」と鳴きながら黒い翼の生えたススだらけの妖怪が姿を現します。
 ヤマメは、すぐさまその妖怪の方へと駆け寄ります。

「お空! 生きてたんだね! 良かった!」
「うにゅ……。ヤマメぇ……。さとりさまはぁどこぉ~?」
「話は後だ! 今は早くここから出ないと!」

 二人は、くたばっている穣子をたたき起こすと、急いで建物から脱出します。
 ほどなくして建物は、黒煙に包まれながら、ガラガラと音を立てて崩れてしまいました。

 いやいや、もう少しで巻き込まれるところでしたよ。危ない危ない!

 間一髪で脱出した三人は、休憩をするために、近くの池へとやってきました。池の水は比較的キレイです。
 どうやら汚い水は、あの沢だけのようですね。やはりサンギョウハイスイというヤツでしょうか。

「……ねえ、お空、いったい何があったんだ?」
「うにゅ……。あのね。カッパのヤツがね。お空からヤタガラスの力をぬきとろうとしたの。そしたらね。むねの赤いのがぴかーって光って。気がついたら、めのまえが火の海になってたの」
「そうだったのか。でもなんとか無事でよかったよ!」
「うにゅー……っこわかったよぉ~ふえぇん!」
「よしよし、もう大丈夫だよ」

 仲間にあえて安心したのか、お空はその場で、すやすやと眠り始めてしまいました。

「お空のヤツ……。ちょっと幼児退行入っちゃってるみたいだ。よっぽど怖い目にあったんだろう」
「まったく、ひどい事するわねー。こんな可愛い子に手を出すなんて……」
「本当、そうだ! 許さない! ぜったい仕返ししてやらないとね!」
「気持ちはわかるけど、仕返しってったってどうするのよ? その子の力使って、河童の住処を火の海にでもするつもり?」
「それもわるくないけど、そんなのよりもっと恐ろしい目にあわせてやるさ!」

 ヤマメはとつぜん立ち上がって両手を高々と掲げました。そして彼女の目が妖しく光ったかと思うと、手のひらから紫の煙のようなものが上空へ向かって放たれます。

 そのまま紫の煙は、風に吹かれて散っていきました。パープルヘイズ! 何やら凄く嫌な予感がしますけど……?

「……ねぇ、ヤマメ。アンタ今何やったの……?」
「ああ、ウィルスをばらまいてやったのさ! 河童にだけ感染するヤツを。しばらくすればここは疫病が蔓延するよ!」
「はあ!? 何てことするのよ!?」
「フン! このヤマメさまを怒らせた報いさ! 本当だったらエボラ出血熱並みのヤツをばらまいたってよかったんだけどね! せいぜい流感程度に止めておいてやったよ!」

 ヤマメ、なんて恐ろしい子!

「ちょっとー!? そんな事されちゃ困るのよ!? 私はにとりっていう河童に用があるんだからね!?」
「あ、そうだった! やっちゃった。てへ」
「てへ。じゃないわよ!? 彼女が病気になっちゃったらどーすんのよっ!?」
「大丈夫、大丈夫。ウィルスって発症するまではセンプク期間ってのがあるんだ。その間にその河童さんを探し出せば大丈夫……かな。多分」
「もう! で、そのセップク丸とかってのはどれくらいなのよ!?」
「一日くらい……かな? あと、セップク丸じゃなくてセンプク期間ね」
「そんなのどっちでもいいわ! っていうか短すぎよ!? すぐ探し始めないとダメじゃない!! バツとしてアンタも手伝いなさいよ!」
「あー……。うん。そうしたいのはやまやまなんだけど……。ほら、お空眠っちゃってるし、この子と一緒に行動したら目立っちゃうし……」
「あー! もー! わかったわよ! 私一人で行ってくるから! そのかわり! あまり! 遠くに! 離れないでいてよっ!?」
「おっけーおっけー。気をつけてねー」

 ノンキに手を振るヤマメに見送られ、穣子は、さんざん文句を吐き散らしながら一人だけで河童の住処へと戻っていくのでした。

 □

 一方そのころ、静葉はというと。

「ん……。ここはどこかしら……」

 目を覚ますと、そこはまっくらくらの闇の中でした。
 わずかな天井の隙間から、かろうじて光が漏れてくるのが分かります。部屋は頑丈そうな石の扉で閉じられています。

 どうやら、まことに残念なコトに、つかまって牢屋に閉じ込められてしまったようです。

 いったい、彼女はこれからどうなってしまうのでしょう?

「うーん。自力じゃ出られそうもないわね。まいったわ……。穣子たちは大丈夫かしら」

 と、そのとき、扉の向こう側から、何やら話し声が聞こえてきました。どうやら近くに誰かいるようです。
 静葉は、すかさず耳を扉にあてがいます。すると何やら聞き覚えのある声が彼女の耳に入ってきました。

「……なるほど、それではツチグモの妖怪と、秋神の片方は逃がしてしまった。と」
「申し訳ございません。射名丸さま」
「まぁ良いですよ。……さて、椛。アナタは何も見なかった。誰もつかまえてこなかった。……そうですね?」
「はい。私は何も見ていません。ここにもいません」
「よろしい。それじゃあ、持ち場に戻りなさい。……さてと、それじゃ私は、ここにいないはずの者に、あうとしますか」

 声の主は、先ほどの白狼天狗の犬走椛と、鴉天狗の射名丸文でした。そして重い扉がゴゴゴ……ッと、音を立てて開けられます。

「さて、お待たせいたしました。どうぞ、外へ」

 扉の前には、涼しい顔で、うちわをあおいでいる文の姿がありました。
 静葉は、文にうながされて部屋の外の椅子に腰かけます。

「まったく、ずいぶんなおもてなしじゃない。尋問でも受けるのかと思ったわ」
「ふふ。申し訳ございませんね。本来なら私としても、こんな手荒な真似はしたくないんですが、何ぶん、上の監視がきついもので……」
「ま、天狗の社会がそういうものなのは理解してるわ」
「そう言ってもらえると助かりますよ」
「……さて、文。あなたにいくつか聞きたいことがあるんだけどいいかしら」
「ええ、いいですよ。私でお力になれるコトがあれば」

 おや、意外にも友好的な態度。
 ここは情報ツウの彼女にいろいろ聞いておいた方が良さそうですね。
「それじゃ、この幻想郷の現状についてね。三つ巴になってるって言うけど、詳しい話を教えてくれないかしら」
「ふむ、改めて現状を確認したいと言うコトですね。実にアナタらしい。良いでしょう。それじゃ、まずは私たち、天狗と河童の関係から。恐らくご存じかと思いますが、幻想郷のバランスが突如崩れた『あの日』をきっかけに、元々ナワバリ争いをしていた河童たちとのイザコザが、本格的になってしまったのです」

 そう言いながら文は、机の上から新聞を取り出して静葉に見せました。
 新聞には『蛮族たる河童の卑劣な奇襲を許すな!』とかなんとかと大きな見出しで書かれています。
 どうやらこれは、イザコザのきっかけとなった事件の記事のようです。

「へえ。先に手を出してきたのは、河童たちなのかしら。だとしたら、かなり意外ね。河童は基本的に臆病だし、天狗に逆らうとは、とうてい思えないんだけど」
「鋭い指摘ですね。そう、実際はこれは天狗側の自作自演です。河童たちに攻め入る口実が欲しかったんですよ。この新聞は天狗たちの士気を高めるために仕組んだものです。ちなみにこの件は我々の間でも、ごく一部の者にしか知らされてないので、くれぐれも御内密に」
「やっぱりね。そんなことだろうと思ったわ。プロパガンダってやつね。じゃ、結局はあなたたちが元凶ってことなの」
「いえいえ、河童たちも天狗に攻め入る気はあったらしいので、一概には言えない所もありますね」
「どっちもどっちってことなのね。それにしても、河童もやるものね。鬼でも味方につけたのかしら」
「うーん。それはなんとも言えませんね。と、いうのも、今回の件以降、向こうの情報が完全にシャットダウンされてしまってるんです。今の河童の住処の中の様子は、この私でさえわかりません」
「つまりは向こうも本気ってことね」
「ええ、いずれにせよヤツらの動きは、今後要注意です」
「じゃあ、次は紅魔館一派のことなんだけど、レミリアだったかしら。彼女らも何かやらかしてるの」
「やらかしてるもなにも、アイツらが、三大勢力の中で一番最悪といって良いでしょうね……!」

 文は、そう吐き捨てると、思わず顔をしかめます。

「……ふむ、いったいどんなことをやらかしてるというの」
「コトもあろうか、ヤツらは里の人間に手を出し始めたのです。君主であるレミリアとその妹のフランドール、吸血鬼であるあの二人は己の力を維持するためには人間の血が大量に必要。そこで里に攻め入り、人間たちを捕まえて自分たちの養分にしようと、館に閉じ込めてしまったのです」
「まあ、なんてことを。それは黙っていられないわね」
「あ、言っておきますが、彼女らには下手に手を出さない方が良いですよ? 確かに軍勢としては一番数が少ないのですが、あの姉妹、とくにレミリアがケタ違いの力なのです。それこそ、下手に暴れられたらこの妖怪の山はおろか、幻想郷自体が吹き飛びかねません。彼女は今回の異変の恩恵を一番受けた者の一人と言っていいでしょうね」
「やれやれ、どいつもこいつもってとこね。本当、困ったものだわ……」

 静葉は、大元は自分の行動が全ての原因であるかもしれないというのは、すっかり記憶の彼方に消し去っていました。まったく都合のいい記憶力です。

「……まあ、天狗側としても彼女らに、いつまでも手をこまねいてるつもりはないみたいですけどね。ちなみに今の天狗のトップは天魔さまではなくて、総大将というお方が指揮しています」
「へえ。そいつはいったい何者なの」
「私も詳しくは分かりませんが、天魔さまが絶大な信頼をよせるかなりの実力者のようですよ。態勢が整ったら総大将は紅魔館にも侵略されるつもりだとか」
「ふむ。そんなことになったら、かなり大きな戦になりそうね」
「ええ、きっとそうなるでしょうね。かなりの犠牲者が出るかと。……出来れば、私としては避けたいモノですけどね」
「……ふむ。なるほどね。大体の現状はわかったわ。あとはそうね……。他の人たちはどうしてるのかしら。山の神様とか竹藪の医者とか寺と道教組とかヤクザとか」

 静葉の質問に文は、手帳を開いて答えます。

「……他の者に関しては、あくまでも参考程度の情報にしかなりませんが、まず、山の神たちは、今のところ何も動きがないようです。一説には逃げ出したとのウワサさえもありますよ。博麗の巫女に至っては、もう自らの手に負えなくなってしまって、ふて寝してるという話です。大方今ごろ、神社でヤケ酒でもあおってるんじゃないですか? 彼女がしっかりしてくれないと困るんですけどねえ。永遠亭の一派は、里で人間たちを守ってるようで、多分そこには命蓮寺組も合流しているはずです。あとの勢力の動きは申し訳ないのですが、今現在こちらには情報が入って来ていませんね」
「ありがとう。おかげで色々分かったわ」
「ふふ。お力になられたようで何よりですよ」
「……さて、ところで文。あなたにも質問があるわ」
「はい……? 私に質問とは?」
「あなたは、果たして『どっち側』なのかしら」
「え……?」

 思いがけない静葉の言葉に、彼女は思わず、きょとんしてしまいます。

「だって、あなたはこの争いには賛同してないんでしょう。あなたの会話の端々からは自分の立場はあくまでも天狗ですけど、私にとっては他人事です。みたいなスタンスを感じたわよ」

 静葉の指摘に文は思わず苦笑いを浮かべました。どうやら図星だったようですね。

「ふふふ……。まったく、アナタには敵わないわねぇ。ええ、そうよ。私は戦争に参加なんてしたくない。だからこうやってここで新聞を書き続けているのよ」

 文は今までの仰々しい口調からくだけた口調に変えてきます。いわゆる素の口調ってヤツですね。

「そう、たとえ嘘の記事でもなのね」
「……仕方ないのよ。こうでもしておかないと、私も戦力として借り出されてしまうもの。そりゃ、新聞が戦をあおる様な道具として扱われるのは私だって不本意の極みよ。そんなの私の記者としてのポリシーに反するもの。……でもこういう状況じゃ、そうも言ってられないのよ」
「そう。天狗って大変ね。色々しがらみがあって。……つくづく私、神さまでよかったと思うわ。こうやって誰にも束縛されずに、自由気ままに動けるんだもの」

 静葉の言葉を聞いた文は、どうやら思うところがあったようで、それっきりうつむいて黙り込んでしまいます。

「……まったく。いつからあなたはそんなに、こそこそと上司をおびえるような小物になっちゃったの」
「……そんなの初めからですよ? ただ、アナタの前でそういう姿を見せてこなかっただけです」
「じゃあ、何で今はそんな、今まで見せなかった姿を私に見せてるのかしら」
「それは……」
「……ねえ、文。あなた本当は救いが欲しいんでしょう。今のがんじがらめな状況に対する救いが。私の知ってるあなたなら、とっくにこんな下らない事からは降りて、今ごろ自由気ままに飛び回ってネタ集めしていると思うんだけ……」
「いいかげんにしてください!!」

 文が叫んだ瞬間、周りの空気がピンっと張り詰めたものに一変しました。

「……それ以上言うと、たとえ静葉さんと言えど容赦しませんよ……?」
「あら、私とやる気なの」
「ええ、割と本気ですよ」

 文はうちわを構え、今にも襲い掛かってきそうな様子で静葉をにらみつけました。天狗特有の鋭く威圧するような眼差しです。
 そう言えば、彼女は天狗の中でもかなり上の実力を持ってるはず。おお、怖い怖い……。

「……そう、じゃあ私もやらせてもらうわよ」

 静葉も負けじと左手を文に向かって構えるようなポーズをとります。はて、大丈夫なのでしょうか……?

「ご存じかと思いますが、あの日を境に、今の妖怪の力は倍以上になっています。もちろん私も例外なく。いくら神さまといえど無事じゃすみませんよ?」
「ええ、結構よ、やりたきゃどうぞ」
「そうですか。後で恨まないでくださいね?」

 文は冷たく言い捨てると、うちわを鋭くなぎ払います。
 とたんに猛烈な突風があたりに吹き荒れ、テーブルも、椅子も、棚も、そして静葉も廊下に放り出されてしまいました。
 うむぅ。なんという威力! こんな攻撃をまともに食らったらひとたまりもありません!

「……大した力ね。さすがに鴉天狗なだけはあるわ。並みの妖怪なら今ので既に勝負ありだったでしょう。ただし私は神さま。そんじょそこらの妖怪よりは頑丈よ」
「心配ご無用。次で決めますから」

 そう言う文の周りには、なおも風が吹き荒れています。どうやら力をためているようです。

「……そう、じゃあ、あなたのその風、利用させてもらうわ」

 静葉がふわりと手をかざすと部屋の中に突如、真紅の紅葉が集まりだします。そしてその紅葉の群れは、文の風に乗ってひらりひらりと舞い始めます。

「……なんの真似ですか?」
「桜吹雪と紅葉は風に舞うもの。あなたが風を起こせば起こすほど、その紅葉は舞い踊り、あなたの妖力を減らしていく。少しずつではあるけど確実に」
「ふん。こんなものこうしてあげますよ!」

 そう言って彼女が気合一閃! うちわを振りかざすと、轟音とともに先ほどとは比べ物にならないような、暴風があたりに吹き荒れました。
 静葉は再び吹き飛ばされてしまいますが、紅葉の群れは、その風の勢いを殺ぐように、ヒラリヒラリと文のまわりを舞い続けてます。これは、うっとうしい!

「……まったく小賢しいですね。実にアナタらしい」
「柔よく剛を制すとはこのことよ」
「そうですか。なら……。こうするまで!!」

 そう言い終わる前に文は、目にも止まらぬスピードで静葉に突っ込んできました。そしてそのままイナズマのごとき蹴りが、静葉の体を貫きま……せん!?

「……えっ?」

 なんと、次の瞬間、仰向けで倒れていたのは文でした。いったい何が起こったというのでしょう!?

「……文。あなたは勘違いをしてるわ。確かに私は戦闘は不得手。でも、だからと言って、護身術を持ち合わせていないほど間抜けじゃないわ」
「……なるほど、『やわら』ですか。……これはウカツでしたね」
「言っておくけど、心が不安定な今のあなたになら、たとえ弾幕ごっこでも負ける気はしないわね」

 そう言いながら静葉は、吹っ飛んだ椅子やテーブルやらを、律儀に元の場所に置き直し始めます。
 文はぼうぜんと放心状態でそれを見つめています。そんな彼女に静葉が告げます。

「……文。私はこの世界を元に戻すつもりよ。そのためにはあなたの力が必要なの。ぜひ力を貸してくれないかしら」

 しかし、静葉の問いに文は答えず、例の部屋へ入ると、重い扉を閉めて中に閉じこもってしまいました。

 その様子を静葉は、笑みを浮かべて見やると、床に散らばった新聞に目を通し始めます。

 そのまま二人は一夜を明かすのでした。

  □

 さて、時間を巻き戻して、あのあと河童の住処に向かった穣子はと言うと……。

「うーん。ここはドコだろ……?」

 迷子になっていました。

「まったく、にとりのヤツったらどこにいるのよ!? 日も傾いてきちゃったし、時間はないし!」

 穣子は通行人に片っぱしからにとりの居場所を聞きますが、聞き方が悪いのか、返ってくるのは「お値段以上の家具屋なら町のはずれだよ」という返事ばかりで、ちーっとも彼女の情報は集まりません。

「まったくもう! 少しは真面目に答えてよ!?」

 彼女は、バザーへと足を伸ばしました。
 ここでは色々なガラクタ……。もとい、珍しいモノが露天で販売されていて沢山の河童でピースカギャースカにぎわっています。

「すごい人だかりね。これだけ大勢いるなら、にとりのヤツもいるかもしれないわね」

 と、そのとき、何者かが、彼女を呼び止めました。

「ヘイ! そこのイモっぽい神さま! この全自動焼きイモ洗い機いらない? 今なら安くしておくよー」
「あら、それは素敵な装置じゃない。それじゃあ買おうかしら……? ア ナ タ を ね !」

 穣子はその河童をいきなりドカバキっと、ブン殴ります。

 ……そう、この河童こそ穣子が探してた河童のにとりだったのです。

「ひえー! ぼ、暴力反対ー!?」
「おだまり! アンタには聞きたいことが山ほどあるのよ! アンタのせいで大変なコトになってるんだからね!?」
「わ、わかった。わかったから、とりあえず場所を変えようよ!?」

 二人の周りには騒ぎを聞きつけて沢山のギャラリーが集まっています。たしかにここは場所を変えた方がよさそうです。

 と、いうわけで、二人はさっきの池へとやってきました。
 って、おや? 待っているはずのヤマメたちの姿が見えません。ドコに行ったのでしょう? まさか逃げた?

「あれ? おかしいわね。ヤマメたちがここにいるはずなのに、まあいいわ。さあ、いったい何があったのか話してもらうわよ!」

 そう言って拳を振り上げる穣子を見て、にとりは渋々と語り始めました。

「……境界だよ。境界が狂っちゃったのさ。あの『季節操作マシ~ン』ってのは、実は境界を操る装置だったんだよ。まだ試作品だったけど、とりあえず季節の境界を操ることに成功したら、その後で改良を加えて更に、色々操作できるようにしていくつもりだったんだけどね。まあ、結果は見ての通り」
「見ての通り。じゃないわよ!? 最悪の状況じゃないのよ! なんとかしなさいよ!」
「そんなの無茶なコト言わないでよ!? こうなっちゃったらもう止めようがないよ! 第一、装置が行方不明なんだ。あのあと、アンタたちの家に行って、回収しようとしたらなくなってたし」
「……それってどういうコトよ?」
「うーん。暴走した際に境界のスキマに落ちちゃったか、誰かが持ち去ったか」
「持ち去ったって。誰が何のためによ!?」
「そんなのわかんないよ!?」
「わかんないで済むか! えい! この!」

 穣子の拳が、にとりの頭に次々とサクレツします。
 おーおー、こいつぁ痛そう。にとりは涙目になって訴えてきました。
「うえぇん! やめてよ。何でも言うコト聞くからさぁ」
「言ったわね!? よし! それじゃ、アンタも装置を一緒に探すの手伝いなさい!」
「えー!? 今さら!?」
「当たり前でしょ! この世界を元に戻すのよ!」

 と、そのときです。

「いや~まいったまいった。急にミルク飲みたいなんて……って、あれ?」

 ヤマメたちが帰ってきました。お空も一緒です。彼女は、哺乳ビンをくわえてミルクを飲んでいます。
 どうやらミルクを求めて出かけていただけのようです。
 なんだ、二人とも逃げたわけじゃなかったんですね。よかったよかった。

「あー!!? オマエはー!?」
「う、うにゅー!?」

 突然、お空とにとりはお互いの顔を見るなり、お互いを指差して叫びます。いったいなにゴト?

「お、お空!? な、なななななんでオマエがここにいるのさ!?」
「コイツ! お空を実験しようとしたヤツだ! うにゅー!」
「なんだってー!? おい、そこの河童! 私はツチグモ妖怪のヤマメだ。オマエのせいでお空は怖い目にあわされて、幼児退行してしまったんだぞ!? 責任取れ!」
「ひゅい!? せ、責任てったって……」
「にーとーりー!! 何から何までアンタが悪いんじゃないのよ!?」
「ひぇえー……!?」

 まさに四面楚歌になってしまったにとり、かわいそうですけど、でもこれって自業自得ですよね。

「うぇーん。だ、だってさぁ。……長官が天狗に対抗するには、この子の力を使えってさぁ……」
「長官って誰よ……?」
「技術局長官だよ。今の河童たちをまとめてるすごくエラーイお方さ。あの方のおかげで、よりはるかに高度な技術を確立することが出来たんだ。と、言っても、私も直接はあったコトないんだけどね。その長官からヤタガラスの力を持った地獄鴉、すなわちこの子をつかまえろっておふれが出てさ」
「それでつかまえて、変な実験をしようとしたんだな? お空に!」
「うにゅー! お空とーっても怖かったよぅー! もう死ぬかと思ったよぅー!」
「おいこら!! そのユーカンだかチョーカンとかやらにあわせろ! このヤマメさまが直々に文句言ってやる!」

 ヤマメは怒り心頭といった様子で、にとりに詰め寄ります。結構、短気なようです。

「おいおい。無茶苦茶言わないでくれよ!? 言っただろ。私だってあったコトないって。それに長官は今、天狗たちに対抗しうるだけの力を整えるために動いてて忙しいんだ。行ったところで、門前払いが関の山だよ」
「……ねえ、にとり。アンタら本当に天狗とドンパチやらかすつもりなの?」
「何言ってんだよ!? 先に仕掛けてきたのはあっちなんだぞ。売られたケンカを買わないほど河童はお人よしじゃないよ!」
「って、言うけどさー。天狗と河童じゃ、どちらの力が上かは、言うまでもないでしょ? 負け戦をするようなモンなんじゃないの?」

 という穣子の言葉に対し、にとりは不敵な笑みを浮かべて答えます。
「……ふっふっふ。そう思うだろ? ところがどっこい。今回はこちらにも勝算はあるんだ! と、いうのも、長官が我々に授けてくださった技術を用いて作り上げた戦闘兵器で、天狗たちに反撃する事に成功したんだよ! これは河童の中では歴史的快挙さ! そう、今こそ、天狗たちに抑えられてきた、我々の誇りを取り戻すセンザイイチグウの機会なんだ! もしかしたら時代は変わるかもしれない! 我々河童の時代にね!」

 彼女は、コーフンした様子で嬉々とした表情を浮かべながら、目をらんらんと輝かせています。なかなかアブナイヤツです。

「……ふーん。ま、そんなの私にとってはどうでもいいわ! 今のアンタは私の言うコトだけ聞いてればいいの! っていうか、それしか選択肢はない! 今のアンタの上司は私! 言うコト聞かないと……」

 と、言いながら穣子が、げんこつをにとりに向かって振り上げると……。

「ひぃー!? 言うコト聞くから殴らないでぇ!」

 さっきまでの狂気の表情はどこへやら。彼女はおびえた子犬のようになってしまいました。

 ……まぁ、なんと言うか、調教完了って感じですね。

「そ。それでいいの! アンタに拒否権はない! 私のために馬車馬のように働きなさい!」
「ひえぇ……」

 あわれ。

「……穣子ったら、どうしちゃったんだ。どっかの誰かさんみたいに、Sの波動にでも目覚めちゃった?」
「うにゅ、こわいよぅ。ヤマメぇ……」
「だ、大丈夫だよ。お空。根はいいヒトだから……。多分」

 その後、三人は日もすっかり暮れてしまったので、焚き木を囲んで作戦会議を始めました。ついでに、にとりが穣子に脅されて調達してきた、お酒とおつまみを片手に晩酌も。
 ゆらめく炎に照らし出されながら酒を酌み交わすと、いつの間にか親睦も深まるというモノ。
 ちなみにお空はヤマメの脇で「うにゅうにゅ」と言いながら丸くなって眠りこけてます。子どもはもう寝る時間です。

「……んでさ。具体的にこれからどうするつもりなのさ?」
「どうするって決まってるでしょ! 『季節操作マシ~ン』をさがすのが先決よ!」
「……はぁ。本当にさがす気なのかい? さがすったって手がかりも何にもないんだよ?」
「だーいじょーぶ! 手がかりなんてのは、さがしてるうちに見つかるもんよ!」
「……まったくもう、クモをつかむような話とはこのコトだね」
「ふ~ん、クモねぇ? なんか、すぐそばにいる気がするけど……?」
「ああ、うん、確かにクモだよねぇ……?」
「……なんで、二人とも私を見てんのさ? 私をつかんでも何も良いことはないよ? ……それより、二人にお願いがあるんだけど」
「ん、何よ? ヤマメ」
「お空をさとりのとこに返してあげたいんだ……。ほら、この通りの状態だし……。それに、下手したらまたつかまっちゃうかもしれないし」
「……あぁ。そうだね。確かに、この子を連れて行動するのはキケンだよ。……いろんな意味で」
「よーし! そんじゃ、決まりねぇー。まず、この子をさとりんとこまで送り届けましょー。私の楽しみはそのあとだ……」

 と、言いながら、穣子は顔を真っ赤にしながらクラクラバタリと、その場に倒れてしまいました。

 ……そう言えば彼女、お酒に弱いんでしたっけ。

「……ふう。急に静かになったね。じゃ、私たちもそろそろ一休みしようか。……もう少しだけ飲んでからね」
「おっけー。ふー。やっと解放されたー……」

 夢の世界にいる穣子たちを尻目に二人は、再び酒盛りを始めるのでした。

  □

 朝モヤに包まれた山の中を、静葉は一人で歩いています。
 彼女は文が閉じこもっている間に、そーっと天狗の詰め所を抜け出したのです。
 特に誰かが追いかけてくる気配もありません。

(……文には酷なことをしてしまったわね。でも、許してね。あなたの力がどうしても必要なのよ)

 静葉は心の中で文に謝ると、また道を歩き出します。

「……それにしても、これからどこへ行こうかしら。うかつに空なんか飛んでたらまた捕まっちゃいそうだし……。しばらくは徒歩で進むしかなさそうね」

 しばらく歩くと、やがてわかれ道に出くわしました。はてさて、どっちに進んだらいいのでしょうか?

「迷った時はこれにかぎるわ」

 静葉は、道に落ちていた枯れ木を拾うと地面に立てます。そして手を離すと枯れ木は右側に倒れました。
 彼女は迷わず右側に進みます。その後もわかれ道があるたびに、枯れ木が倒れた方に進みます。
 こんなんで本当に大丈夫なのでしょうか?

「ほら、大丈夫よ。何か見えてきたわ」

 確かに彼女の目の前に、何か建物のような物が見えてきました。
 近づいてみると、その建物は家と言うのも、はばかれるほど簡素で粗雑なつくりでした。まるでかわや。あるいはほったて小屋です。
 こんなのに、誰か住んでるんでしょうか?

 静葉は小屋の入り口に近づくと、おもむろにドアを叩きました。

「もしもし」

 すると、中からトントンとドアを叩き返す音が聞こえてきます。

「あら、使用中みたいね」
「違う! ここはかわやじゃない!!」

 と、叫びながら中から出てきたのは……。おっと、天狗です!
 紫色の市松模様のスカート姿に茶髪でおさげ髪の天狗が出てきました。
 どうやら文と同じ鴉天狗のようですが……?

「ええと、あなたはたしか……。オオシマナギ……」
「はたてよっ! 全然違う!」

 はたてと名乗った天狗は、こちらを不審そうに、にらんでます。

「そう言うアナタは確か……。イマムラショウヘ……」
「秋静葉よ」
「……秋? 秋。あー……! ……こんなトコロに何の用よ!」
「特に用はないわね。ただ道を歩いてたらここにたどり着いたのよ。ところであなたは天狗のようだけど……」
「あれ? ちょっと待って!? 何かアナタ見覚えあるかも!?」

 急に彼女は静葉の言葉をさえぎってきます。なんとも失礼なヤツです。

「あ、わかった! アナタ、あれね! 文と仲良いって言う神さまでしょ!? そうでしょ? 絶対そうでしょ!?」
「ええ、そうよ」

 静葉がうなずくと、あっという間に彼女から警戒の色が消えました。案外、友好そうなヤツです。

「なーんだ。それならそうと始めから言ってくれればいいのに。てっきり刺客かと思ったじゃない!」
「刺客って。あなた誰かに狙われてるの」

 と、静葉がたずねると、はたては慌てて口をおさえます。何やらワケがありそうなヤツです。

「な、なんでもないなんでもない!こっちのコトよこっちのコト! それよりほらほら! コレ見て!」

 と、彼女は一枚の新聞を取り出しました。
 どうやら文のとは、また別な新聞のようです。

「へぇ、あなたも新聞作ってるのね。どれどれ……」

 汚い手書き文字で彩られたその新聞には、こう書かれてました。

【独占スクープ! 天狗の総大将は天狗じゃなかった! 謎の指導者が暗躍か!?】

「……へえ。これが本当なら確かに大ニュースね」
「この一大スクープを街で配ってたら、デマをばらまくな!って、上のヤツラに怒られてさー。命の危険を感じて、ここまで逃げてきたのよー」
「それでこのほったて小屋にいたってわけね。で、この記事の証拠はあるの」
「もちろんよ! 私はどこぞのブン屋とちがって、デマなんてばらまかないわ! なんたって私は直接見たんだから!」

 と、言った彼女の目は、真剣そのものですが……。

「ふむ。直接見たってんなら間違いないんでしょうね。でも、どうやって直接見たの。トップとなれば、そう簡単にあうことも出来ないでしょうに」
「ふふん。そこは私の能力を使ってねー」
「まあ、透視能力でも持ってるの」
「いえ、念写よ」
「ネンシャ……。年始まわりに、あいさつにでも行ったの」
「ちがう!? コレよ! コレコレ!」

 と言いながら、彼女がフトコロから取り出したのは、何やら四角い装置。どうやらカメラのようですが、文のヤツとはまた違うようです。

「コイツで念写できるのよ」

 と、言って彼女が、そのカメラを何やら操作してからパシャリと使うと、その画面に写真が現れます。

「ほら、見て見てー! これは河童の住処の様子よー!」

 静葉がその画像を見ると、確かに河童が暮らしている場所らしきものが写っているのが見えます。

「……ねえ、あなたは、これを使って、天狗の総大将を写したっていうのね」
「ええ、そうよー」

 静葉は、思わず額に手を当てながら彼女にたずねます。

「……ちなみに一応聞くけど。それは誰なのかしら」
「そ、それはさすがに言えないわ! 企業秘密よ!」
「そこをなんとかお願いできないかしら」
「無理無理無理無理無理ー!」
「……もしかしたら、この戦争を止めることができるかもしれないのよ」
「……え、本当!?」
「本当よ。私を信じなさい」

 はたては、まわりをきょろきょろと見渡して誰もいないのを確認すると、そっと彼女の耳元に口を近づけて、その名を告げます。
 更にカメラを使ってご丁寧にその人物の写真を静葉に見せます。
 どうやら彼女も戦には反対派のようです。

「……それ、信じていいのね」
「本当! 本当! あ、言っておくけど私にあったコトは、ぜっっったい誰にも言わないでね!?」
「ええ、わかったわ。約束するわ」
「お願いねー! 神さま!」
「ええ。それじゃ。邪魔したわね」

 はたてのほったて小屋を後にした静葉は、歩きながら今の経緯を振り返ります。

「……どうも、いまいちうさんくさいけど、もし、あの子の言うとおり総大将ってのがあいつなら、確かに大スクープとなるでしょうね」

 うーん。一体誰なんでしょう。気になりますね。

「さてと。とりあえずもう少し情報を集めてみることにしましょうか。まずは、にとりを探さないと……」

 そう言いながら静葉は、河童の住処の方へと向かいました。

 と、そのとき、彼女の様子を遠くから眺めている怪しい人物が。

「……ふふふ。面白くなってきそうだわ」

 その人物はニヤリと口元を緩ませると、こーんこーんとその場から姿を消すのでした。

 いったい、彼女は何者なのでしょう……。

  □

 そのころ、穣子たちは、お空を地霊殿にいるさとりのところへ返すべく、地底の中を、えっちらおっちらと進んでいました。

「はぁー。地底ってジメジメしててやだわー」
「そうかい? 私は好きだけどね」
「……そりゃそーでしょーよ。アンタは元々地底の妖怪なんだもの。ヤマメ」
「うにゅーん……」
「ん? どうしたお空。何か見つけたのか?」

 にとりの問いに対してお空は指で示して答えます。その方を見てみると遠くに橋が見えます。そしてその橋のたもとには人影が。
 どうやら女性のようです。緑色の目で何やらコチラをねたましそうに見ています。

「ねえ、ヤマメ。なんかいるんだけど……?」
「ああ、アイツは橋姫のパルスィだね」
「知り合い?」
「まぁ……。多分、部分的にそう。一応」

 なんとも歯切れの悪い答えですが、この橋をこえないコトには先に進めません。

「よーし、わかった! なんかイヤな予感するから空飛んでとびこえちゃいましょうか!」
「あ、それ名案。どっちみちあまり関わりたくないし」
「そんじゃ、にとりとお空も、ココからは飛んで一気に進むわよ! 準備して!」

 すると、にとりが困った様子で告げます。

「お、おい、ちょっと待ってくれよ。穣子! お空のヤツ、なんか空飛べないみたいなんだけど……」
「はあ……?」

 三人がお空を方を見ると、たしかに彼女は、一生懸命に羽根をバタバタさせてはいるものの、全く飛べる気配がありません。
 まるで生まれたてのヒナのようです。

「……あちゃー。飛び方も忘れちゃったのね。んじゃ、アンタが背負ってあげなさいよ! にとり!」
「えぇ……!?」
「元はと言えば、アンタがその子に変な実験したからそうなっちゃったんでしょ!? 自業自得よ! さあ早く!」
「ちぇっ……。何で私が……」

 ぶつくさ言いながらにとりは、しぶしぶお空を背負います。お空は「うにゅー」とうれしそうに鳴きました。

「じゃあ、いくわよ。セーノ……!」

 穣子の合図で四人はピョイっと宙に飛び上がると、そのままブーンッと橋を飛び越えます。
 パルスィは、穣子たちの様子をじっと眺めていますが、特に追いかけてくる気配はなさそうです。

「よーし、特に何もなさそうね!」
「だと、いいんだけどね……」
「ちょっと、ヤマメ! 不安になるようなこと言わないでよね? 大体何なのアイツは!?」
「水橋パルスィって言ってさ。よくあの橋に出没するから通称、橋姫って呼ばれてるんだ。嫉妬深いコトで有名でね。よく橋を渡ろうとする人にちょっかい出してくるんだよ」
「……へえ。そりゃ相手にしないのが正解ね。何されるか分かったもんじゃないわ」

 そのまま四人が更に進むと、何やら急にあたりが明るくなりました。
 地面に降りてみると、そこは建物が並び、灯りもついていて、さっきまでとは打って変わって、何だか活気が感じられる場所です。

「ヤマメ。ここは? 急に賑やかなんだけど」
「ここは旧地獄街道だよ」
「へー。街道ってコトは、お店とかあるのかしら? 何か楽しそうね」
「気をつけてくれよ。ここは鬼が出るから」
「え!? 鬼?」
「そう」
「鬼って。……あの鬼?」
「そう。あの鬼。ここは鬼たちのナワバリなんだ。変な行動すると、目をつけられてしまうよ」
「そ、そうなのね……。じゃあ、面倒ゴトに巻き込まれないうちに、さっさと抜けちゃうとしましょうか」

 と、再び飛ぼうとする穣子を、にとりが呼び止めます。

「お、おい、ちょっと待ってよ。穣子!」
「今度は何よ!?」
「……ゴメン、ちょっと休ませてくれないか? お空をずっと背負ってて疲れたよ……」
「えぇー? こんなところで!? っていうか、なんでまだ背負ってんのよ!?」
「だって降りようとしないんだもん……。コイツ」

 その通り、お空はまるで子泣きジジイのように、にとりの背中にぴったりとくっついてます。
 絶対に離れないぞという、強い意思表示が見て取れます。

「おいおい、お空。さすがにもう自分で歩いてくれよ。にとりが疲れちゃうだろ?」

 しかしヤマメの言葉にもお空は、ぷいっとそっぽを向いてしまいます。もはやだだっこです。

「はぁ……。無理矢理引き離して大泣きされても困るし、仕方ないわね。じゃ、そこの路地で少し休もうか……」

 と、穣子たちが路地裏に入ろうとした、そのときです!

「よお。オマエら、そこで何してるんだ?」

 突如、四人の目の前に盃を持った大柄な女性が姿を現しました。
 その額には立派な赤い角……って、まさか……!

「……ヤマメ! まさか……!」
「……そのまさかのまさかだよ。……星熊勇儀。怪力乱神を司っていて、この旧地獄街道でも一、二を争う強さの鬼だ。……まいったな。私たちが束になってかかっても勝てっこやしないぞ」
「ええ……!? それって……!」
「……なんとかしてやり過ごさないと……」
「おい。何を、こそこそ話してるんだ? 私も、まぜてくれないか」
「ひええ!!? お助けぇ!!?」

 にとりは、よほど鬼が怖かったのか、お空を背負ったまま、その場にうずくまってしまいました。
 そういえば河童にとって鬼は天敵でしたっけ。

「ふーん。お前らか。パルスィが言ってた怪しいヤツらってのは……」
「……イエイエ。ワタシタチ、怪シイ者ジャアリマセンヨー? チョット迷イ込ンダ、タダノ通行人デース。ソレジャ、失礼シマース……」

 と、穣子たちは、とっさに謎の通行人を装って、その場を逃げようとしますが、そうは問屋がおろすわけがありません!
 すかさず勇儀が目の前に立ちふさがります。

「待ちな。ここを通りたかったら、私の屍を超えていけ!」

 そう言って勇儀は杯の酒に口をつけると、ニヤリと笑みを浮かべ、こちらを見下ろしています。

 この余裕っぷり。こいつぁ間違いなく強敵です!

「ぐぬぬー! 鬼がなんだってのよ!? 私は神よ!? いいわよ! やってやろうじゃない! ほら、これでも食らいなさいよ!」

 ヤケになった穣子が弾幕を放ちますが、勇儀は、いともたやすく手でプイッと払いのけてしまいました。

「ぬぬぬぅ! 神ナメんな! これならどうよーー!?」

 懲りもせず穣子が弾幕を放ちますが、勇儀は、いともたやすく足でプイッと払いのけてしまいました。

「……おいおい。こんなモンなのか、オマエの力は。前にあった神さまはもう少し強かったもんだけどな?」

 勇儀はあきれた様子で、盃に口を付けます。

「……よし。それじゃ、私のターンと行こうか!」

 勇儀が人差し指を立てると、指の先に、バチバチと音を立てて光の輪っかが現れます。
 彼女はそれを穣子の方に向かって投げつけました。

「ギャーー! みんなよけてーーー!?」

 四人はなんとかその場で伏せて攻撃をよけましたが、その代償として後ろにあった家に弾幕が命中し、爆発して壊れてしまいました。これはなんという威力!
 こんなの食らったらひとたまりもありませんよ!

「ほほう。よけたか。だが、これはどうかな?」

 勇儀はすぐに、さっきの光弾を構築します。しかもさっきより大きいヤツを。

「ひえぇ!? おたすけーー!?」

 穣子たちは思わずその場に伏せてしまいます。そのとき!

「うにゅーーー!! 穣子たちをいじめるなーーーー!!」

 お空の、胸の赤い目が光ったと思った次の瞬間、そこから極太の光線が発射されて勇儀に直撃します。

「ぬおおおおっーーー!?」

 不意を突かれた勇儀は、そのまま吹っ飛ばされ、奥の家屋につっこんでいきました。

「お空……! オマエそんな力が……!?」
「よし! 今のうち逃げるわよ!」
「ほい来た!」
「おっけー!」
「うにゅーん……。もう、うごけないよぉ……」
「大丈夫。私が背負ってやるよ!!」
「にとりー。ありがとうー」

 と、穣子たちが、その場から逃げようとしたその時です。

「ったく……。なんなんだよ。人が気持ちよく眠ってたら、いきなり家吹っ飛ぶし……」

 声に気づいた穣子たちが、振り返るとそこにはいかにも不機嫌そうな顔した幼女が。しかし、その頭には二本の大きな角。と、いうコトは彼女も……?

「ね、ねえ、ヤマメ?」
「……ああ。伊吹萃香っていう、ものすごぉーく強い鬼だよ。山の四天王の二強がそろい踏みってわけか。……なんて日だ!」
「そりゃこっちのセリフだよ!? 久々に地底に帰って、いい宿に泊まって、いい酒のんで、いい気分だったのによ……!」
「ひっぇええ!? ごめんなさい! どうか命だけは勘弁をー!」

 しかし、萃香はおびえる穣子たちには目もくれず、ひっくり返っている勇儀に近づくと、いきなり彼女を蹴っ飛ばします。

「おい!! 勇儀! お前の仕業だな! ノンキに寝てんじゃねーよ! このボケナス!」
「いでっ!? ……おいおい乱暴しないでくれ。お前の蹴りけっこう痛いんだぞ」
「うるせえ! こちとら気ぃ立ってんだよ! さっさとワケを説明しろ!」
「……ああ、わかったから、そんな怒鳴るな。……パルスィのヤツに頼まれたんだよ。ほら、アイツら……」

 勇儀が、腰が抜けてしまってへたり込んでいる穣子たちの方を指さすと、萃香は、ニヤっとして言い放ちます。

「……ふーん、そうか。おい! オマエら! この落とし前はつけさせてもらうからな! 覚悟しなよ?」

 そう言って彼女が四股を踏むと、まるで地震のようにあたりがズンと揺れます。
 さすが鬼だけあって、見た目が幼女でもかなりパワーがありそうです。

「……ねえ? ヤマメ。これってもしかしなくても、ヤバいよね……」
「うん、絶体絶命ってヤツ。……ああ、今日が私の命日だったのか……。思えば短い人生だったなぁ」
「い、イヤだぁー。まだ死にたくないよぉー! わ、私にはまだやりたいコトが残ってるんだぁー!」
「うにゅーーん! うえーーんー!!」
「うるせぇ! 泣くな! わめくな! 目ざわりだ!」

 そう言い放って、萃香が拳を振り上げたそのときです。

「まったく、いったい何の騒ぎですか……」

 その場に突然、現れたのは、紫色のくせっ毛の髪の女性。

「げっ……!?」
「おおっと……。コイツぁ、ちょっくら暴れすぎちまったか」

 その姿を見るなり鬼たちは、思わず顔を引きつらせます。
 逆にお空は目を輝かせます。と、いうコトは……。

「……勇儀さん。アナタの仕業ですね。この壊れた家、どう弁償するつもりですか。そうでなくともアナタには数々の負債があるというのに……」

 と、女性がジト目で勇儀を見ると、さっきまでの威勢の良さはどこへやら。
 彼女は目を泳がせ、あからさまに動揺します。

「あ、いや、それはだな……」
「ちっ……。メンドウなのが来ちまった。興ざめだよ。勇儀、ここはひとまず退散するぞ!」
「お、おう。そんじゃ、今日はこの辺でカンベンしておいてやるよ! あばよ!」

 典型的な捨てセリフとともに二人は、そのままそそくさと、去っていってしまいました。

 鬼たちがいなくなると、お空は泣きながらその紫髪の女性に抱きつきます。

「ふぇーーん! さとりさまー!!」

 ……そう、彼女こそが穣子たちの探していた、古明地さとりその人なのでした。

「あ、どうもこんにちは。ええと……。私たちはアナタを探して……」

と、穣子が話そうとすると、すかさずさとりは手で制止します。

「あ、話さなくても大丈夫です。私は人の心が読めるので。……ふむふむ、なるほど。この子を助けて、私の所へ連れてこようとしていたのですね。それはありがとうございます」
「あ、いえいえどういたしまして……」
「お礼に私の家に案内しますよ。どうぞ、ついてきて下さい」

 と、いうわけで無事にさとりとあえた穣子一行は、彼女の住処である地霊殿へと案内されるのでした。

  □

 さてそのころ、静葉は河童の住処へと来ていました。

「……おそらくここに、にとりがいるはず。早く探し出さないと」

 静葉が足を踏み入れると、中は驚くほど静まりかえっています。

「……ふむ。なんか様子がおかしいわね。もう少し活気があってもいいものだけど」

 静葉が、無人の街中をしばらく歩き回ってみると、路地に座り込んでいる赤い髪の河童の姿が。
 静葉は、その河童に話しかけてみます。

「もしもし。そこの河童さん。ずいぶん静かだけど、他の河童はどうしたものかしら」

 静葉が話しかけると、その河童はうつろな目で答えました。

「……ああ、みんな流行病にやられちゃったのさ。ああ、私が地底に行っている間にこんなコトになってるとは……」
「流行病ですって。河童は頑丈さが取り柄なものなのに」
「ああ、私もびっくりしたよ。少し調べてみたけど、どうやら河童に感染する特殊なウィルスが原因らしい」
「あなたは平気なの」
「ああ、まだ今のところはね。でもこのあとも無事でいられるかはわからない」
「ふむ……。困ったわね。私はある河童を探してるんだけど」
「そうだったのか。でも今は、たとえあえたとしても、まともに会話できる状態じゃないだろう」

 どうやらとても人さがしが出来る状況ではない様子。

「ふむ。何か特効薬みたいのはないのかしら。そうね。例えば永遠亭の薬とか」
「あいにくだが、永遠亭の者は人間側についてるそうだ。知ってると思うが、今、人間の里は吸血鬼たちに支配されてしまっている。接触するのは不可能に近い」
「ふむ……。たしかにそうね」
「……そう、一つ方法があるとすれば、河童秘伝の万能薬をつくることだけど……」
「あら、そんなものがあるの」
「ああ。河童に代々伝わっている薬で、文字通り、あらゆる病や怪我に効くと言われている。でも残念なことに、その材料となる薬草は天狗の領地に生えているんだよ」
「それは、なかなか厄介ね」
「ああ。下手に侵入して見つかったりでもしたら、向こうも黙ってはいないだろう」
「ふむ……。八方手塞がりってわけなのね」
「ああ……。私はいったいどうすれば……」

 それっきりその赤髪の河童は、うつむいてしまいました。さてはて、いったいどうしたものか。
 静葉はしばらく何かを考えていましたが、やがて意を決した様子で彼女に告げます。

「よし。わかったわ。私がその薬草を採ってきましょう」
「えっ?」

 彼女は思わず驚いて静葉の方に目を向けます。
 ……そういや、この河童誰かに似ているような?

「河童じゃない私なら、天狗の領地に侵入しても問題ないでしょう」
「ああ。確かにそうかもしれないけど……。でも」
「いいのよ。私はどうしてもある河童を探し出す必要があるの。そのためには、この状況が解決してくれないと困るのよ」
「……そうか。わかった。ありがとう。それじゃ途中まで場所を案内するよ」
「ええ。ぜひ、お願いするわ」

 静葉は彼女の案内で沢の先へと向かいました。そして沢の先の山中へ入ると、突然、彼女が立ち止まります。

「この先は天狗の領地だ。すまんが、私が案内できるのはここまでになる」
「そう。わかったわ。じゃあ、ここからは私一人で行くわね」
「ああ、すまない。この先に大きな岩の壁があって、その壁の根元に生えている草が、くだんの薬草さ」
「ええ。わかったわ」
「くれぐれも気をつけてくれ。常に白狼天狗達がウロついてるから、危なくなったらすぐ引き返してくるんだ」
「ありがとう。じゃあ、行ってくるわね」

 赤髪の河童とわかれた静葉は、一人、山奥を進みはじめます。
 しばらく進むと彼女が言ったとおり、岩の壁が見えてきました。
 どうやら崖の真下のようです。そしてそのそばに、緑のハッパが生い茂っているのが見えます。

「ふむ、あれが例の草ね」

 静葉がその緑のハッパを取ろうと近づいたその時です!

「そこで何をしている!」

 静葉が振り向くと、そこには白狼天狗の姿が。
 天狗は険しい表情で静葉に問い詰めます。

「こんなところで何をしている! ここをドコだと思っているんだ!」
「あら、天狗さんごめんなさいね。私はあの草を取りたかっただけなのよ」

 静葉は、やんわりとかわそうとしますが、白狼天狗は険しい表情のまま静葉に言い放ちます。

「いかなる事情であろうと、何人たりとも我が天狗の領地に勝手に入るのは禁じられている。すまないが、ついてきてもらおうか」

 なかなかのカタブツなようです。以前であった椛といい、どうやら白狼天狗というのは、頭の固い種族のようです。

「ふむ。困ったものね……」

 渋々静葉が天狗について行くと、詰め所のようなところにたどり着きます。そしてそこにいたのは……。

「ぬ、オマエは……!?」
「あら……」

 なんと、そこには椛の姿が。どうやら彼女がこのチームのまとめ役のようです。……これはメンドウなコトになりそうな予感。

「キサマ! どうやってあそこから抜け出した!?」
「文が出してくれたのよ」
「嘘をつくな! さては脱走したな!?」
「文が出してくれたって言ってるでしょ」
「オマエは我々を襲撃した土蜘蛛をかくまおうとしたヤツだ! 信じられるか!」
「……相変わらず頭が固いわね。……では、仕方ない」

 静葉は目くらましに、ふわっと紅葉をまき散らして、その場から逃げ出します。

「追え! アイツは河童側についてる可能性がある! なんとしてもつかまえろ!」

 椛の号令で下っ端の白狼天狗が、ワラワラと詰め所から出てきます
 静葉は急いで逃げますが、曲がりなりにも相手は天狗。あっという間に取り囲まれてしまいます。

「さあ、観念しろ! 二度と脱走できないように天狗の住処に送り込んでやる!」

 静葉は、縄でぐるぐる巻きにされてしまいました。

「まったく乱暴なことね。天狗ってのはそんなに品のない種族だったかしら」
「……大人しくしていれば、これ以上痛い目にあわせはしない」
「ふーん。その言葉、信用していいのかしら」
「……白狼天狗に二言はない。それに我々は上からの命令に従っているだけだ。こうするのは本心ではないことを、どうか分かってもらいたい」
「……ふむ。難儀なことね。あなたたちの事情や苦労、もちろん分からないわけではないわ」
「……そう言ってもらえると助かる」
「……でも、ごめんなさいね。私は、どうしてもあの草を手に入れなくてはいけないのよ」

 そう言うと静葉は、一瞬で縄から逃れます。

「あ、キサマ……!?」
「一応、私も神さまの端くれ。その程度の束縛は意味をなさないわ」
「……なるほど。ならば実力行使でつかまえるまで!」

 椛が刀を構えると、すぐに他の天狗達もいっせいに刀を構えます。よく統率が取れています。

(……やれやれ、出来れば力は温存しておきたいところだけど、そうも言ってられないわね)

 静葉は紅葉をまき散らすと、彼女らにまとわりつかせます。

「ぐっ! 何のつもりだ!?」
「その紅葉は、あなたたちの力をゆっくりと確実に奪い取るわ。悪く思わないでね」
「ええい、こしゃくな……!」

 静葉は天狗達が紅葉に対して手こずっているうちに、その場から逃げ出すと、そのままなんとか崖のふもとまで、戻ってくることができました。

「……さてと、あの草を取ってとっとと戻らないと」
「待て! キサマ……!」

 再び彼女の前に椛が立ちはだかります。どうやら紅葉攻撃を振り払ってきたようです。
 さすがチームのまとめ役だけあって、他の白狼天狗たちよりも実力がある様子。
 それにしてもしつこいヤツです。

「キサマがその草にこだわる理由は何だ!? その草は河童達の秘薬の材料と聞くぞ! やはりキサマは河童と繋がっているんだな?」
「もし、そうだと言ったらどうするのかしら」
「我々の住処まで連行だ!」
「ふむ、なるほどね」
「で、どっちなんだ!?」

 椛の問いに対し静葉は、何も答えません。

「なぜ黙っている。黙っているというコトは、認めているというコトか?」

 更に静葉は、無言を貫きます。

「……ああ、そうか。わかったぞ。キサマ! 時間稼ぎをしようってわけか。そんなものムダだ。誰もキサマを助けになんか来やしない。ムダな抵抗はやめて白状しろ!」

 それでも静葉は答えません。

「ええい。もういい! 疑わしきものは罰せよと上からの命令が出ている! このまま力づくでも連行して、詳しい話はあとでじっくり聞かせてもらうとしよう!」

 そう言って椛が弾幕を構築した、そのときです。

 突如、上空からヒューンと弾幕が降り注ぎ、椛の弾幕をかき消してしまいました。

「……なっ!?」

 思わずうろたえる椛。すると、どこからともなく聞き覚えのある声が。

「椛。誰がいつそんな命令しましたか?」
「その声は!?」

 二人の前に涼しい顔をして現れたのは、なんと文でした。

「しゃ、射名丸様……!? そんなどうして!」

 動揺する椛に文は言い放ちます。

「椛。刀をしまいなさい。この者とは腹を割って話し合った結果、私の判断で放したのです。あとは私にまかせてアナタは持ち場へ戻りなさい」
「……は! では、失礼します!」

 椛は言われるままに刀をしまうと、一礼をし、そのまま足早に去って行っていきました。
 すかさず静葉が笑みを浮かべて告げます。

「……文。信じてたわよ」
「……まったく。よく言うわよ? 人の心を散々かき乱しといて。あげく勝手に抜け出して。……本当、悪いヒトね」

 そう言うと文は、思わず深くため息をつきます。

「……で、私を捕まえに来たのかしら」
「……まさか。今更、そんなわけないでしょう」
「……だと、思ったわ」

 笑みを浮かべている静葉を、文は呆れた様子でみやります。

「……で、文。あなたはこれからどうするつもり」
「そうね。とりあえず里に向かおうと思うわ」
「まあ、里って危ないんじゃ」
「……ええ。承知の上。それでも、今の里の状態をこの目で見ておきたいのよ。……あくまでもイチ記者として」

 彼女の目は真剣そのもの。どうやら本気で里に行くつもりのようです。

「……そう。わかったわ。なら私も里に行きましょう。今の状況を確かめておきたいし」
「え。静葉さんも? 私はともかく、さすがにアナタは危ないのでは」
「あら、私はこれでも神よ」
「……ふふ。そうだったわね」

 静葉の言葉に思わず笑みを浮かべる文。

「でも、ごめんなさいね。ちょっとその前に寄るところがあるのよ。そこに寄ってから私も里に向かうわ」
「わかりました。では、一足先に行ってますね!」
「ええ。また後であいましょう」
「ええ、では!」

 そう言うと文は、さっそうと空へ飛び上がっていきました。

「……さて、これでやっと戻れるわね」

 静葉は例の草を採ると、足早に河童の住処へと戻ります。そして入り口にたたずんでいた赤髪の河童にその草を渡しました。

「これでいいのかしら? 赤髪の河童さん」
「……ああ! 間違いない!! これだ! これがあれば万能薬が作れる! ありがとう! さっそく調合に入ることにしよう!」

 そう言うと彼女は、足早にどこかに行ってしまいました。

「ふむ……」

 ポツネンとなってしまった彼女でしたが、そうしているうちに、一人、二人と、河童が姿を現しはじめました。中にはハイテンションに跳ね回ってるヤツもいます。
 どうやら早くも、特効薬の効果が出てきているようです。

 ……いくら何でも早すぎる気がしますが、きっと、河童という種族はそれだけ体が頑丈というコトなのでしょう。ええ。きっと。

「さてと、にとりを探さないと……」

 静葉は片っ端から河童たちにたずねますが、どうやら誰もにとりの行方は知らない様子。
 ……まあ、彼女は穣子に連れ去られてしまいましたからね。

 と、そのとき、例の赤髪の河童が静葉のところへ近づいてきました。
「おーい! ここにいたか。探したよ」
「どうやら皆、元気になったみたいね」
「ああ、アナタのおかげだ! 本当にありがとう!」
「礼にはおよばないわよ」
「……お礼に何か力になってあげたいのだけど……」
「そんな。別に大丈夫よ」
「ああ、そういえば……。アナタは人探しをしているって言ってたね。それはいったい誰なんだい? もしかしたら何か力になれるかもしれない」
「ええ、そうね。河城にとりって河童なんだけど……」

 それを聞いた彼女は、思わず目を丸くします。

「なんと! アナタが探していた河童ってのは、にとりのコトだったのか!」
「あら、知ってるの」
「知ってるも何も……。アイツは私の妹だよ!」
「あらまあ。と、いうことは……」
「……ああ、私は河城みとり。河城にとりの姉さ」

 まさかまさか、彼女がにとりの姉だったとは。どおりで誰かに似てると思ったワケです。

「生憎だが、にとりはここにいないよ。どうやら誰かと一緒に出かけてしまったみたいなんだ」
「……あら、そうなのね」
「ああ、すまないね。力になれなくて……」
「大丈夫。十分過ぎる手がかりよ」
「そうか。……頼み事ばかりで申し訳ないが、もし、アイツにあったら私が心配してたと伝えておいてくれないか?」
「ええ、わかったわ」
「すまない。本当にありがとう。……ああ、そうだ。まだアナタのお名前をうかがってなかったね」
「私は秋静葉。紅葉を司る神よ」
「秋……!  なんと!? アナタは秋神さまだったか! これは失礼しました! 今までの無礼な発言の数々、どうかお許しを……」
「そんな気にしなくていいわよ」
「ああ、なんて寛大なお方なんだ……」

 どうやら、みとりは静葉が恩人であるコトも相まって、すっかり彼女の神としてのオーラに魅了されてしまったようです。

「……ふむ、そうね。みとり。もしかしたら今後、あなたの力を借りることがあるかもしれないわ。その時は助けてくれるかしら」
「もちろんですとも。アナタは河童の恩人。その時は喜んで、手となり足となりましょう!」
「そう。頼もしいわ。じゃあ、その時はぜひ頼むわね。それじゃ、そろそろ私は行くとするわ」
「静葉さま! どうぞ道中、お気をつけて……!」

 みとりに見送られながら静葉は、河童の住処をあとにしました。
 河童の住処の遠景を眺めながら彼女はふと、つぶやきます。

「……ふむ。この河童の住処の風景。あの、はたてとかいう天狗の写したカメラとほぼ同じ風景ね。つまり彼女の能力は、一応信頼性はあるということになる。となると、恐らく天狗の総大将の正体に関しても真実の可能性が高いということ……。ま、いずれにせよ、この狂った世界。常にあらゆる可能性を想定しておかないとね……。ゆめゆめ気をつけましょう」

 ……そう言うと、彼女はうっそうとした山の中へと消えていくのでした。

  □

 ところ変わって、妖怪の山の山腹にある風吹き荒れる岩山。
 その上に佇んで長い髪をたなびかせている人かげが……。
 その正体は、大天狗の一人にして、射名丸文直属の上司でもある飯縄丸龍。彼女はとてもエラーイ天狗なのです。

 その彼女の元に、別な人かげが近づきます。

「……失礼します。飯縄丸さま!」
「……おや、誰かと思えば椛か。お前がここに来るとは珍しいな」
「はい……!」
「どうしたんだ。そんなに血相を変えて」
「大きな声では言えないのですが、実は……!」
「……何だと? それは本当か?」
「はい……。間違いなく」
「……そうか。よし、わかった。報告ご苦労」
「はっ……。ではこれにて!」

 そう言うと、椛はあっという間に立ち去ります。

「……典。いるか」

 龍が呼びかけると、彼女のすぐそばにフサフサな狐の耳と尻尾の金髪の妖怪が現れます。

「……はい。ここに」
「射名丸文、それに秋神二柱、秋静葉、秋穣子をよく見張っておきなさい。こまめに報告するように」
「承知いたしました。龍さま」

 典はニヤリと笑みを浮かべると、こーんこーんとそのまま姿を消します。

「……さて、こうしてはいられないな。さっそく、あのお方に報告しなければ」

 そう言うと、龍もその場から姿を消すのでした。

 □

 さて、そのころ、地霊殿に案内された穣子たちはというと……。

「はぁー! ごくらく、ごくらーく! 美味い酒と美味い料理! これぞ、ご極楽トンボの桃源郷ってヤツだわー!」

 一行は、お空を連れてきてくれたお礼にと、さとりにご馳走を振る舞われてました。
 テーブルの上には豪華けんらんな料理が、所狭しと並べられ、それを穣子たちは片っ端から平らげていっています。

 ヤツらはグルメじゃありません。なんでもペロリです。飲めや歌えや騒げや踊れや。

「はぁー。もう、鬼に絡まれたときは、どうしようかと思ったわよぉー!」
「うん、まったくだよ。さすがに私も一貫の終わりだと思ったさ」
「ええ! ええっ! そうよね。そうよねぇーっ!」

 などと言いながら、ヤマメの言葉に、うんうんと大げさにうなずいている穣子は、どうやらすっかり出来上がってしまっている様子。
 一方のにとりは、どことなく居心地が悪そうに、そっぽを向きながら酒をちびりちびりとあおっています。

「あーら。どったの。にとりったら、チョコンとかしこまっちゃったりなんかしてー」
「……あ、いや。うん……」
「なによー。その態度は!」
「……あ、わかったぞ。オマエ、お空をあんなにしてしまった張本人が、こんな待遇を受けていいのか、とか思っているんだろ?」
「え、いや……。その」
「なーんだ。そんなの気にしてるのー? そんなのいいじゃん。アンタもこうやって一緒になって連れてきたんだしさー」
「いや、そうなんだけど……。なんていうか」

 と、そこへ料理を持ったさとりが現れ、にとりの方をジーッと見ながら、何やらニヤニヤと笑みを浮かべると一言。

「……『酒のつまみにきゅうりをよこせ。私は河童だぞ! こんなモノ食えるか!』……ですか。わかりました。今、もろきゅう用意しますね」

 そう言うと、彼女は、ニヤニヤしながら再び台所の方へ消えていきます。

「……おい! なんだよ! オマエ、きゅうりが欲しかっただけかよ!? 余計な心配して損したじゃないか!」
「そっちが勝手に思い込んでただけだろ!?」
「まーまーまー。二人とも落ち着いて落ち着いてー。それにしても面白いわねー、心が読めるってさー」
「何が面白いのさ?」
「えー。だって、こっちがしゃべんなくても相手に通じるってワケでしょ? 謎じゃーん? 不思議じゃーん? 便利じゃーん? 楽じゃーん?」
「うーん。私はそうは思わないけどねぇ」
「えーどうしてよー? ヤマメ」
「だって、ああいうのって、知りたくもないような、他人の心の中なんかも勝手に見えちゃうワケだろ……? 嫌だよそんなの」
「……あー。まー。うーん。そういうコトも、あるのかもしれないわねぇー?」

 酔っているためか、穣子はいちいちオーバーなアクションを交えながら会話をしています。ウザりこです。

「あ、そーそー。そういえばさぁー」
「何さ」
「あの時、あの鬼たちは、さとりを見た瞬間どうして逃げたんだろ?」

 その時、突然、何者かが会話に割り込んできます。

「……ああ、それはねえ。ヤツラは心をのぞかれるのが苦手だからさ」
「誰!?」

 会話に割り込んできたのは、もろきゅうが盛られた器を片手に、その二股尻尾をフリフリさせながら、黒っぽいワンピースをまとった赤髪おさげの猫妖怪。

 彼女を見るなりヤマメが、気さくに声をかけます。

「あ、お燐じゃないか!? 久しぶり!」
「やあ、ヤマメ。久しぶりだね。ふむ、その様子だと、どうやら地上侵攻は失敗したみたいだねえ?」
「……ま、察しのとおりさ」
「だから、あれほどやめとけって言ったのに」
「……しかたないだろ。あの時はイケると思ったんだよ」
「明らかにメンツが足りてなかっただろうに。そもそも彼女もいなかったし」
「あのースイマセン……。話の途中で悪いんだけど……。そこの猫妖怪さん。ちょっと聞きたいコトが……」
「ん? ああ、これはこれは秋神さま。申し遅れたね。あたいは火焔猫燐。この地霊殿に住む妖怪さ。気軽にお燐と呼んでおくれ。お空を連れてきてくれてありがとう! あの子はあたいの親友なんだよ!」

 そう言って、にとりにきゅうりを渡すと、ひらりとお辞儀をする彼女。どうやらなかなか礼儀正しい子のようです。

「あ。これはこれはご丁寧にどうも。……で、聞くんだけど、どうして鬼は心をのぞかれるのが苦手なワケ?」
「ああ、アイツらはウソがつけないんだよ」
「え、ウソ?」
「本当だよ。アイツらってああ見えて、実はピュアなんだ」
「……うーん。とてもそうは見えなかったけど……」
「そういやオマエさんたち、鬼に絡まれたって言ってたね。アイツらも普段はむやみやたらに絡んでくるコトはないんだ。きっと何かワケがあったんだよ。しかも、さとりさまにも知られたくないようなワケがね」
「ふーん……?」
「……なあ、おい。二人とも、もうアイツらなんかどうでもいいだろ。正直、思い出したくもないよ!」

 にとりは、不機嫌そうにもろきゅうをバリボリとかじります。そういや彼女は鬼が大の苦手でしたっけ。

「ま、にとりの言うとおりだな。それより、これからどうするか決めないと」
「そりゃーもちろん決まってるわよー!」
「と、言うと?」
「私の家に行って例の装置を見つけるのよー!」

 それを聞いたにとりは思わず、食べてたきゅうりをブーッと、吹き出してしまいます。……ちょっと、ちゃんとそうじして下さいよ?

「……えぇー? 本気でさがす気なの?」
「当たり前でしょ。にとり! むしろそれが私たちの本題よ!? にとり! 私たちの当初の目的忘れたとは言わせないわよ!? にとり! アンタは私にしたがってればいいのよ! にとり!」
「ア、ハイ……」

 酔った穣子の迫力に気圧されたにとりは、思わずシュン……と、なってしまいます。

「ふーん。なるほど……?」
「ん……?」

 ふと、穣子が何かの視線に気がつくと、いつの間にか戻ってきていたさとりが、例のニヤニヤした表情で穣子をジーッと眺めていました。

「うぉわっちょっちょっちょあーっ!? びっくりしたー!? アンタいつの間に来てたのよー!?」
「……ふむふむ。穣子さん。アナタは、なかなか面白いコトを企んでいるようですね……」
「へ……?」

 どうやら、彼女は穣子の心を読んだようです。
 穣子はキョトンとしたまま首をかしげるばかり。
 その様子を見てさとりはまた、にやっと笑みを浮かべます。

「……まあ、今はあえて多くは語らないでおきましょう。それに、そろそろ料理の方も打ち止めですので」
「お。そうかい。そんじゃ私たちも少し休んだら出発するとするか。いやー。馳走になったね。おかげで楽しいひとときを過ごせたよ。ほら、二人とも出かける準備しなよ?」
「ちょっと! ヤマメ! なんでアンタが仕切ってるのよ!?」
「え? だってこの中じゃ私が一番常識人枠だろ?」
「どこがよ!? 徒党組んで地上に殴り込み行くようなヤツのどこが常識人なのよ!?」
「あ、そこはまぁ、魔が差したって言うか、野心がうずいたって言うかな……」
「常識人が野心とか口走らないでしょ。普通!」
「そうだ! 今、穣子、良いコト言った! それじゃ間を取ってここは私が……」
「にとり! アンタは黙って私にしたがってなさい! にとり!」
「いい加減、河童にも人権くれよー!?」

 と、不毛な主導権争いでギャーギャーピーピーやかましく騒いでいる一行を、さとりはニヤニヤ笑いながら横目で眺め、お燐は苦笑を浮かべてましたが、やがて一言。

「……あのーオマエさんたち。盛り上がってるところ悪いけど、地上へ戻るというなら秘密の近道を案内するよ。そこなら鬼にあわずに地上へ出られるさ」

 その言葉を聞いた三人は、ピタッと静かになります。

「ウソ!? ホント!? マジで!?」
「そいつは願ったり叶ったりだ!」
「ありがたい! いよっ! 神さま仏さまお燐大明神さま!」
「よせやい。そんな大げさなー」

 と、言いつつも、満更でもなさそうな様子のお燐。どうやら案外、ノリが良い子のようです。

 そんなこんなで三人が、なんやかんやと支度をして地霊殿を旅立とうとすると、ふと、さとりが穣子に告げます。

「……地上へ出るついでに、一つお願いがあるのですが」
「ん? 何よ?」
「私の妹、こいしをもし見かけたら戻ってくるように伝えてくれませんか。もうずっと帰ってきていないので」
「へえ、そうなんだ。わかったわ。まかせて!」
「あの子は、もともと風来坊気質ではあるのですけど、何にしろもう数年近く帰ってないので……」
「そんなに!? いくらなんでもそりゃ不安でしょうね。よし! 見つけたら帰るように伝えておくわ!」
「よろしくお願いしますね」

 こうして一行は、さとりに見送られながら、地霊殿をあとにして、お燐の案内で地上に向かうのでした。

  □

 さて、一方、河童の住処をあとにした静葉は、里へ向かうがてら、とある場所に寄り道をしていました。その場所とは……。

「……よかった。どうやら無事だったみたいね」

 そう、自分の家、つまり秋ハウスです。彼女は例の装置をさがすために、自分の家に立ち寄ったのです。

「さて『季節操作マシ~ン』はあるかしら」

 彼女は引き戸を開けようとしますが、何やら戸の立て付けがやたら悪くなってしまっているようで、何度も押して引いてを繰り返し、やっとの思いで開いたかと思うと、なんとそのままスポーンと戸が外れてしまいました。

「……あらあら。なんてこと」

 仕方なく彼女が家の戸をはめながら、あらためて家の外観をよく見てみると、何やらあちこち傷んでいる様子。

「ふむ。随分くたびれてしまってるわね……。これは一体どういうことなのかしら」

 静葉がおそるおそる中に入り、三和土に足を踏み入れますが、中は日の光がほとんど入らず、じめじめとしていてカビ臭い。まるで長い間使われていなかったようにすら感じます。と、その時です。

「……アナタが、秋静葉さんですね?」

 暗闇の中から突然、声が。

「ええ、そうだけど、どなたかしら」

 静葉がたずねると、突如あたりがぼんやりと明るくなり、彼女の目の前に、狐の耳と尻尾をたずさえた白い服姿の妖怪が浮かび上がりました。

「……どうも初めまして。私は菅牧典。管狐の妖怪です。どうぞ、以後お見知りおきを……」
「ご丁寧にどうも。で、それで、あなたはここで何をしていたの」
「ふふふ……。きっとアナタがここに来ると思って待っていましたよ」
「ここでずっと待ってたの」
「ええ、アナタを探して」

 そう言いながら彼女は、笑みを浮かべて尻尾をゆらゆらさせています。

「私に用事があるってことなのね」
「ええ。秋静葉さん。アナタに忠告をしに来ました」
「何よ。忠告って」
「アナタは天狗に目をつけられています。いえ、アナタだけでなく、射名丸文。それにアナタの妹である秋穣子も」
「まあ、穣子も」
「ええ。そりゃそうですよ。だって彼女は、アナタの妹であるのですからねぇ……。連座、すなわち身内同罪ってヤツです」
「……ふーん。なるほどね。では、文はどうしてかしら」
「あらあら、そんなの私に聞くまでもないでしょう? 彼女がアナタと通じているコトはお見通しですよ。なんせこちらにも目の良いヤツがいるので」
「……ああ、白狼天狗さんの千里眼ね」
「……ふふふ。察しが良い。うん、いいですね。……いいですよ!」

 さっきから典はニコニコと何やら笑みを浮かべています。一体、何が楽しいというのか。どうやらなかなか変わりモノのようです。

「……ふーん。そう。わざわざ忠告ありがとう。一応、気をつけることにするわ。で、用事はそれだけなのかしら。管狐さん」
「ええ。今日はこんなトコロです」
「……そう。それじゃ、私も一つ聞かせてもらうけどいいかしら」
「ええ、いいですよ。まあ、私が答えられる範囲であればですが」
「あなたの上司の名前を教えてちょうだい」

 典は表情を変えずに答えます。

「……ふふふ。飯縄丸龍です。射名丸文の直属の上司でもあり、天狗をまとめる立場でもあるエライお方ですよ」
「……そう。あなたは、その龍って天狗の手下ってわけね」
「ま、そういうコトになりますかね」
「なるほど。わかったわ」

 そう言ってニヤリと笑みを浮かべる静葉。典は思わず眉をひそめながら彼女に言います。

「……うーん。なんか探りを入れられているような気が……?」
「あら、それはお互いさまよ。それに情報を仕入れておくに越したことはないでしょう。お互いに」
「ふふふ……。確かに。それじゃ一つ、私から良い情報を与えましょう」
「何かしら」
「実は、河童側の動きは、こちらに全部筒抜けです。アナタが河童の病気を治したってコトも。さあ、これが何を意味してるかわかりますか?」
「ふむ、両方に通じている内通者がいるってことね」
「ご明察!」
「……で、どうしてそれをわざわざ私に教えるのかしら」
「……ふふふ。アナタには期待してますよ。静葉さん」

 そう言って典は、こーんこーんと姿を消してしまいます。彼女が姿を消すと、あたりはまた真っ暗になってしまいます。

「……ふむ。一体何だったのかしら。まったく、とんだ横槍が入ったものだわ……」

 静葉は気を取り直して家の中を調べ始めます。
 家の中に日の光を取り入れようと、納戸を開けようとしますが、どうやら戸が腐ってしまっているようで、全然動きません。
 それこそ無理に動かしたら壊れてしまいそうです。

「ふむ、仕方ないわね」

 静葉は、窓の一部を壊して日の光を家の中にとり入れました。すると床の一部が腐りかけているのがわかりました。
 うっかり歩いたら踏み抜いてしまうところでしたよ。危ない危ない。
 静葉は家のあちこちを見て回ります。台所、納戸、自分の部屋に穣子の部屋……。しかしどこをさがしても例の装置は見つかりません。

「……まったく。にとりといい『季節操作マシ~ン』といい、今の私には失せ物見つからずの相でも出ているのかしら。誰かに占ってもらいたいところね」

 静葉は床に腰を下ろしため息をつくと、ぼんやりと天井の方を眺めていました。

「……それにしても、傷みがひど過ぎるわね。まるで長い間使われてなかったようだわ……」

 その時、ある考えが静葉の頭をよぎります。

「……ちょっと待って。家がこれだけ傷んでいる……。そもそも『季節操作マシ~ン』の誤作動で、妖怪たちの力が強くなったからとは言え、いくらなんでも一朝一夕で幻想郷の情勢がこんなめちゃくちゃになるものかしら。……もしかしてこの世界って、私たちがいた幻想郷の、更に未来の幻想郷という可能性もあるのでは。……もし、仮にここが未来の世界となれば、放置されている間に侵入した誰かが『季節操作マシ~ン』を持ち去ってしまっていても、おかしくないし、幻想郷の情勢がここまでおかしくなっているのも説明がつくわ」

 彼女のモノローグは続きます。

「……そうなると『季節操作マシ~ン』を探して、起動させてこの世界を元に戻すという手段は難しくなる。……直接的にこの状況を解決する手段を取った方が近道ですらありそう。しかし、この仮説を裏付けるには、まだ証拠が足りないわね。一応、文の新聞を一通り読んで新聞の発行した日付は確認したけど、肝心な今日の日付までは分からなかった。彼女に聞けるような状況でもなかったから仕方ないけど。ならば、それ以外の証拠。例えば……。そう。人間。人間は妖怪より成長が早い。もし、ここが未来の幻想郷だとすれば人間はその分、歳を重ねているはずだわ。知ってる人間にあえば、ここが未来かどうか分かる。一応、始めの森で博麗の巫女にあってはいるけど、私の記憶が確かならば、博麗の巫女は世襲制。だからあの巫女が、私たちの知っている博麗の巫女、つまり博麗霊夢か、あるいは次世代の博麗の巫女かどうかは、残念ながら判別つけられない」

 まだ続くようです。

「博麗の巫女以外の別な人間。と、なると……。魔法の森の霧雨魔理沙。それか山の巫女の東風谷早苗あたりになる。ちょうど、これから里に向かうところ。里の状況は直接行かないとわからないけど、運が良ければ魔理沙にあえる可能性がある。彼女にあえば、ここが未来の幻想郷かどうかわかることになるわね。もしあえなかったときは、そのときは早苗のところへ行ってみるしかないでしょう」

 次で終わりそうです。

「……とはいえ、もし、この世界が未来の幻想郷と判明したとして『季節操作マシ~ン』の力を借りずに、どうやってこの世界を元に戻すか。直接干渉するとしてもどこから手をつければいいのか。当然、文の力が必要なのはもちろんだけど、もっと協力者が必要ね。そう、河童側からも誰かを引き入れないと。幸いなことに、ちょうど河童側に恩を売ることができたので、きっと友好的に接してくれるでしょう。特に、にとりの姉という河城みとり。私が見るに、彼女はなかなかの実力者のようだし、仲間に引き込めたら心強いわね。……もちろん、ここが未来じゃない可能性だってある。その場合の身の振り方も考えておかないと。……まあ、何にせよ、色んな可能性を加味した上で行動しないといけないってことだわ。あの典という狐も何やらうさんくさいし。……あ、いけない忘れてた。一応、穣子のこともさがしてあげないとね」

 彼女は、すっと立ち上がります。

「まったく、やることが一杯だわ。ま、でもなんとかなるでしょう。……何事も希望は持たないとね……」

 静葉がそう自分に言い聞かせるようにつぶやいたそのとき。

「……あら」

 ふと、彼女は背後に何かの気配を感じます。

「今、なにかいたような……」

 しかし、振り返ってみても誰もいません。

「ふむ。気のせいか……」

 気を取り直して、静葉は家をあとにして一路、里へと向かうのでした。

 果たして、里では一体何が待ち受けているのでしょうか……。

  □

 そのころ、穣子たちはお燐に教えてもらった近道を使って無事に地上へと出るコトが出来ました。

「わーい! 久々の太陽ね!」
「……うーん。やっぱり地上はまぶしいなぁ」
「うう。……ずっと地下にいたせいか、なんか体だるいや……」

 三人はそんなコトを呟きながらあたりを見回します。

 ……はて、ここは地上の一体ドコなんでしょうか?

「……」

 三人は顔を見合わせながら首をかしげます。どうやら誰も分かってない様子。

「うん! とりあえず歩くしかないわね! 山の方に向かって進めばいいと思うわ!」
「ま、そうするしかないね!」

 と、二人が歩き出そうとすると。

「なあなあ。二人とも待ってくれよ。……少し休まないか? くたびれちゃったよ」
「もう、にとりったら、だらしないわねー!」
「まぁ、ずっと歩きっぱなしだったもんね。そこの木のとこで休もうか」

 仕方なく三人は、木かげで休むことにしましたが……。

「うーん……。なんだろう。やたら体だるいなぁ……」
「おいおい、オマエ大丈夫か……?」
「うーん……。なんだろ。ゴメン。少し横にさせて……」

 そう言うとにとりは、そのままぐったりと寝込んでしまいました。

「なによ。にとりったらノンキに寝ちゃって! こんなとこでグズグズしてる場合じゃないんだけど……!」

 イライラしている穣子に、ヤマメがいさめるように言います。

「まあまあ。一休みも大事だよ。急がば回れって言うだろ?」
「そうは言うけどさ! 善は急げっても言うでしょ!? それに、地底にいたときもそうだったでしょ! アイツなにかと疲れた疲れたって……」

 二人は、ふと、にとりの方を見ると、彼女は荒い息をしています。
 なんか見るからに何やら具合が悪そうですけど……?

「……なんか様子、おかしくない?」
「うーん。もしかして地下で、何か変な病気でも拾って…………。あ」
「ん? どうしたのよヤマメ。急に固まっちゃったりして……」
「……いや、あのさ。もしかしてだけどさ……。私がばらまいた病気、今ごろ効いてきた……?」
「アンタが、ばらまいた病気……? そんなのあったっけ……。って、あぁーーーーっ!? そういや、アンタそんなコトしてたわね!?」

 そう! どうやら、あの時ヤマメがばらまいたウィルスが今ごろ、にとりに発症してしまったようです。オーノーなんてことでしょう。

「アンタ何してくれてんのよ!?」
「いや、だってさぁ……」
「だってもロッテもロッチも三井コスモスもないわよ! どーすんのよ!?」
「どーすんのったって……」
「無理に連れて行くわけにもいかないし、だからって置いていくわけにもいかないでしょーよ?」
「……うん、そうだね。病人を引きずり回しても悪化させるだけだし、ここに置いていっても、病気はよくならないだろうし、それに運が悪かったら妖怪に襲われて、タダじゃすまないだろうし」
「そんな理屈こねてる場合じゃないでしょ!」
「いや、そんなコト言われても……」
「あ、そうだわ! なんかワクチンみたいなのないの? ほら、こういうのって自分がかかったときのために、ワクチンとか用意しておくモノでしょ?」
「いや、あいにくだけど、そんな都合いいのはないよ。このウィルスは河童にだけ効くヤツだったから、私や穣子にかかる可能性はなかったし。それにワクチンってのは病気を予防するためのモノだから、この場合は血清って言う方が正し……」
「そんなウンチク垂れてる場合じゃないっつーの! なんとかしなさいよ!?」
「……なんとかって言われても……。うぇーん。どうしよぉ……」

 穣子に責め立てられて困り果ててしまったヤマメは、とうとう涙目になってしまいます。

 ……ああ、果たしてこの状況を打開してくれる救世主は誰かいないものか。

 二人が、そう思っていたそのとき!

「……やあ。お二人さん。なにやらお困りのようだね……?」

 声に気づいた二人が振り向くとそこにいたのは……。

 その二股尻尾をフリフリさせながら、黒っぽいワンピースをまとった赤髪お下げの猫妖怪……。そう!

「お燐じゃないか!? どうしてこんなところに!?」
「……いやあー。実はねえ。あの後、さとりさまにオマエさんたちの力になってくるようにって命令を受けてね。ほら、お空のお礼の件とかもあるし……。それで追いかけてきたってワケさ」
「おお、そうだったのね!」
「いや、そりゃ実にありがたい! 実はさぁ……」

 こいつぁ渡りに船だ! と、ばかりに、二人がお燐に事情を話すと、彼女はウンウンと頷いて、二人に告げます。

「へえ、なるほど。そういうコトだったのかい。それならちょうどこの先に永遠亭があるから、そこに連れて行けば、きっと診てもらえるさ」
「おお! 医者が近くにあるのね! 良かった!」
「あたいが案内してあげるからついといで!」

 一行はお燐の案内で、竹藪を迷わずになんとかにとりを永遠亭まで連れて行くことが出来ました。が……。

「で、永遠亭に来たはいいけど……」
「なんか人の気配が……」
「まったくないねぇ……?」

 あたりは人っ子一人どころか、ウサギ一匹すらおらず、文字通り閑散としています。

「もしもーし!! 急患がいるんだけどー!?」

 入り口に向かって穣子が呼びかけますが、返事はありません。あららら、留守でしょうか?

「何か返事がないんだけど……?」
「……うーん。こりゃ巡回にでも行ってるのかもしれないねぇ」
「と、なると、ここで待っていれば帰ってくるかもしれないってコトか」

 仕方なく四人は、ここで住人の帰りを待ってみるコトにしました。ところが、待てど暮らせど、誰も来る気配がありません。

「あーもう。まちぼうけだわー……。にとりのヤツはすっかり眠り込んでるし」
「ま、苦しそうではないだけマシってとこかね。それにしても頑丈さが取り柄の河童が病気で寝込むなんて、ある意味レアな場面じゃないか」

 などと言いながらお燐は、寝込んでいるにとりをノンキにのぞき込んでいます。そんな彼女にヤマメが神妙そうに話しかけます。

「……ねえ、そういえばお燐」
「ん? なんだい」
「……お空の具合はどうだい?」
「ああ、あの子なら元気だよ。ここに来る前に顔見せてきたけど、まぁ、いつもと変わらずってトコだね」
「……ごめんよ、お燐。私がアイツを誘ったのがいけなかったんだ。私が地上侵攻なんかに誘わなければ、アイツを怖い目にあわせることも……本当、ごめん」
「まぁまぁまぁ、済んだコトはもういいさ。なっちまったもんは仕方ないし、それに地霊殿にいれば、あの子もきっと心の傷がいえて元に戻るよ。今はそれよりも、あたいたちが出来るコトを一緒にやっていこうじゃないか」
「……そうか。そうだね。ありがとう。お燐」

 と、その時です。

「アナタたち、そろいもそろってどうしたの……?」

 一行の目の前に永遠亭の住人の一人、うどんげが現れました。リュックを背負っているところ見ると、やはりどこかに出かけていたようです。

「あ! アンタは確かここの医者ね! 急患がいるのよ。ちょっと診てもらえる?」
「え、急患? わかったわ!」

 うどんげは、穣子に促されるままに、にとりの様子を見ると、慌てた様子で告げます。

「今すぐ診察の用意するから、布団まで運んで!」
「ほい来た! まかせろ!」

 そう言うとお燐は、どこからともなく手押し車を取り出すとそこに、にとりをよいしょっと乗せました。
 それを見たヤマメが、すかさずツッコミを入れます。

「なあ、お燐……。その手押し車って本来は死体をのせるモノじゃ……」
「ああ、そうさ。まあいいじゃないか。死体も病人も似たようなもんだよ。どっちも動けないのは一緒だし……」
「ちょっとやめてよ!? 一応、ここは病院なのよ!? 死体が云々とか縁起でもないこと言わないで!」
「……あ、ごめんなさい」
「……ああ、ごめんよ。これはウカツだったねえ……」

 うどんげに叱られた二人は、バツが悪そうに思わず苦笑を浮かべます。

「もう、なんでもいいけど、この際、その台車でもいいから、とにかく彼女を早く布団まで運んであげて!」
「ほい来た! まかせろ!」

 三人は言われるままに、にとりを運ぶと、そのまま布団に寝かせます。診察の準備を整えたうどんげが、三人に言います。

「それじゃ、今から診るけど……。誰か状況や病状の説明できる人はいる?」
「あ、私が説明するよ。元はと言えば私のせいだし……」
「わかったわ。じゃあ、残りの二人は向こうの部屋行っててね」

 と、いうわけでお燐と穣子は、待合室へ追い出されてしまいました。仕方なく二人は長椅子に腰を下ろします。

「……はぁ、まったく。何も追い出さなくてもいいじゃないのよ。別にジャマするわけでもないのに!」
「まあまあ、仕方ないさ。診察の時にあまり人がごちゃごちゃいるのは良くないからね」
「ま、それもそうね………。あ、そういえば」
「ん、なんだい?」
「ここってもう一人医者いなかったっけ?」
「ああ、あの子の師匠だね」
「そうそう! 確か、ヤゴコロなんとか先生っていう、なんか色々凄そうな人! あの人はどこ行っちゃったのかしら」
「ああ、彼女なら、きっと人間の里にいると思うよ」
「人間の里に……? なんでまた」
「いやほら、里は今大変なコトになってるからね……。知ってるだろう?」
「……ああ、そういえばそんな話どこかで聞いたような……。たしか、吸血鬼たちに支配されてるんだっけ……?」
「そうそう。紅魔館のヤツらが里の人間を捕まえてしまったのさ」
「まったく酷いわよね! 豊穣神として絶対に許せないわ!」
「いや、まったく同感だよ。まぁ、ここだけの話、あたいもそのために裏で色々動いているんだけどさ」
「へえ、そうなんだ? 色々って?」
「実は里にはレジスタンスってのがいてね。そこのメンバーとやりとりしてるのさ」
「レジスタンス……。っていうと、確か反抗勢力ってヤツよね?」
「そうそう。よく知ってるじゃないか」
「じゃあ、もしかしてさっき言ったヤゴコロなんとか先生も?」
「そのとおり! 彼女もレジスタンスの一員なのさ」
「なるほどね。どおりでここにいないわけだわ。……あの人いなくて大丈夫なの? ここ」
「ま、大丈夫さ。あのお弟子さんも腕は確かだから」
「ふーん。そうなの? そんならいいんだけど……」

 と、その時、診察室の扉が開いて、うどんげとヤマメが出てきました。

「あ、どうやら終わったみたいだ。それじゃ説明を聞くとしますか」

 うどんげは、聴診器を外しながら二人に話し始めます。

「診断の結果、この子のばらまいたウィルスによる体調不良で間違いないわ」
「やっぱりそうなのね! もう! ヤマメったら!」
「いや、本当ゴメン……」
「それで……。一応、治せるは治せるんだけど、残念ながらすぐは治せないの」
「え。なんでよ?」
「薬が特殊なヤツで、今すぐ用意できなくて……」
「え、それじゃ……」
「彼女には、少しの間入院してもらうわ」
「えっ!? 入院!? マジで……!?」
「あ、お代は一切取らないから安心していいわよ」
「いや、それはハナから心配してないんだけど……。入院って、どれくらいかかるのよ?」
「そうね。こちらの準備の出来次第だけど、早くて一日ってとこかしら」
「早くて一日……!」
「ま、皆でよく相談してみて」

 困惑している穣子に、ヤマメが話しかけます。

「……どうするんだ? 穣子」
「どうするったって……。そりゃあ、まかせるしかないわよ。どうせ動けないんだし」
「そりゃそうか……。でも、一日経ったらまた来なくちゃいけないってコトだよね?」
「そうなるわね……。うーん、正直手間よね」
「正直手間だよなぁ……。どうしようか」

 と、迷ってる二人にお燐が告げます。

「……なあ、お二人さんや。ここは素直に医者の言うことを聞いた方がいいと思うよ? あたいたちじゃ、どうしようもできないコトだろ。少しくらい面倒でも、また明日、迎えに来てあげればいいじゃないか」
「……そうね。お燐の言うとおりだわ!」
「よし、じゃ決まりだ!」
「……話はついたようね」
「ええ! アンタににとりのコトまかせるわ! また明日迎えに来るからよろしく!」
「そう、わかったわ。それじゃこっちも責任持って診るから、その代わりちゃんと迎えに来てあげてよ? 放置じゃ困るからね?」
「オーケー! オーケー! まかせてちょだーい! よし、そんじゃ二人とも行くわよ! 早くしないと日が暮れちゃう!」
「あ、おい、待ってくれよ!?」

 用は終わったとばかりに、さっさと外に出て行ってしまった穣子を追いかけて、ヤマメも外へ出て行きます。

「……やれやれ。賑やかいコトだねえ」

 お燐はその様子を見て苦笑していましたが、ふと、真顔になってうどんげに尋ねます。

「ああ、そうだ。ちょうどいい。お前さんに一つ聞きたいコトがあったんだよ」
「何よ……?」
「……お前さんの師匠以外の住人はどこへ行ったんだい?」

 うどんげは、思わず表情を曇らせて告げます。

「それは……。話せないわ」

 すかさずお燐は、耳打ちをするように彼女に何かを告げます。
 すると、うどんげの表情が一変します。

「えっ……!? それじゃお師匠さまが、言ってたのって……!?」
「ああ、オマエさんのお師匠さんから大まかな話は聞いているよ。だからどこにいるかだけ教えてもらいたいのさ」
「……わかったわ。……カイアンって言えば伝わる?」
「ああ、十分さ。それを聞いて安心したよ! ありがとう。それと、もう一つ……」

 お燐は、うどんげに近づくと小声でヒソヒソと、何かを告げます。それを聞いたうどんげは一つコクンと頷いて答えました。

「……そう。わかったわ。その時はそうする」
「それじゃ、頼んだよ!」

 そう言って笑顔を浮かべるとお燐は「おーい! 待ってくれー!」と、穣子たちを追いかけて永遠亭から出て行ってしまいました。

「はぁ……」

 一気に静かになった院内で、うどんげは、思わずため息を一つつくと、棚の上の写真立てに目をやります。

 そこには彼女の師匠やその他の住人たちが写った写真が飾ってありました。
 彼女はその写真を物憂げそうな様子で、しばらくの間、眺め続けていました。

  □

 同じころ、静葉は里の近くへとやってきていました。
 彼女が里に近づくに連れ、何やら不穏な空気が徐々に強くなっていきます。
 とても里の入り口にいるとは思えない、物々しい雰囲気です。

「……ふむ。なるほどね」

 彼女が意を決して里に入ると、中は閑散を通り越してもはや無。木々は枯れ果て、川は干上がり、草木一つ生えておらず、荒涼とした地面から砂埃が舞い上がります。何よりも、重苦しいしょう気が里全体を包み込んでおり、絵に描いたような殺風景が、静葉の眼下に広がっていました。

「……ある程度、覚悟はしていたけど、これほどとはね……」

 すっかり変わり果ててしまった里の様子に、思わず息をのみながら彼女が歩いていたそのときです。

 前方に誰かが倒れているのが見えます。

「……あれは」

 静葉が近づいてみると……。倒れていたのは、なんと文です!
 彼女は無残にも羽根をむしり取られてしまっています。一体誰がこんなムゴいコトを。

「文。しっかりして」
「あ……。し、静葉さん? ……来ちゃダメ……っ!」
「えっ……」

 その時です! 突然空から何かが、勢いよく飛びかかってきました。
静葉は、とっさに紅葉でバリアーをつくりますが、防ぎきれず彼女は弾き飛ばされてしまいます。

「……あら、連れがいたのね」

 そう言って、静葉に飛びかかった張本人は、その赤い目をらんらんと輝かせて、口元を緩ませます。

 静葉は、立ち上がると、その襲撃者の名を呼びました。

「……アナタの仕業ね。レミリア・スカーレット」

 そう、彼女や文を襲った者の正体。
 それは紅魔館の主にして里の支配者、レミリア・スカーレットだったのです!

「秋神ぶぜいが何の用……?」
「なぜ、文に手を出したのよ」
「なぜって? そんなの決まってるじゃないの……」

 彼女は目を見開くと、強い口調で静葉に言い放ちます。

「天狗の分際で! 我が縄張りに勝手に侵入したからでしょうが!!」

 そう言いながら彼女は、イライラした様子で、何度も文を足で小突くように蹴ります。どうやら相当キゲンが悪いようです。

「おやめなさい。レミリア」
「……キサマは誰に指図していると思ってるんだ……?」

 レミリアは、物々しいオーラを放ちながら、静葉に近づいてきます。文が、静葉に呼びかけます。

「静葉さん……! 私に構わず逃げて下さい……!」
「そんなことできるわけないでしょ」
「彼女の強さは並半端なものでは……。このままでは全滅ですよ……!」
「……あいにくだけどね、私は今、凄く機嫌が悪いのよ……。何故なら、私のテリトリーに、ネズミが二匹も侵入してきやがったからね!」

 レミリアが鋭く腕を振るうと、それだけで衝撃波が文に向かって放たれます。

「文。避けなさい!」

 しかし、彼女が動けないとみるや静葉は、文の方へ飛び込んで紅葉バリアーを張ります。

「静葉さん!?」

 なんとか、攻撃を相殺するコトは出来ました。しかし

「この程度じゃ、私の気は鎮まらないのよ!!」

 続けざまに、彼女は大きな深紅の槍を二人に向かって放ちました。スピア・ザ・グングニルです! これはシャレにならない!

「文、ふせなさい!」

 静葉が強い口調で呼びかけると同時に攻撃は二人に命中し、あたりはもくもくと砂煙が舞い上がります。そして砂煙が収まり視界が晴れてくると……。

 ああ、そこには埃まみれになり、地べたに這いつくばった無残な二人の姿が。

「フン……。これに懲りたら、二度と里で勝手な真似はしないコトね……。わかったらとっとと今すぐ立ち去れ!」

 彼女は、情緒不安定かと思えるような口調で二人に吐き捨てるように告げると、翼を広げてそのままどこかへ去って行きました。

「……行ったみたいね」

 静葉は、彼女がいなくなったのを確認して、息を吐きながら、ゆっくり起き上がります。

(……やれやれ、とっさに紅葉の壁を何枚も重ねてつくったから、なんとか威力を削げたけど……。それがなかったらどうなっていたことか……。もう紅葉がなくなってしまったけど、致し方なしね。それにしてもなんて恐ろしい……。あれが吸血鬼の力……。神さまの体は頑丈とはいえあんなの食らったらただじゃすまないわね)

 文の方を見ると、彼女は完全に気を失っています。よく見ると地面には血だまりが。
 どうやら今の攻撃で、深手を負ってしまったようです。

「文。しっかりしなさい!」

 静葉は何度も文に呼びかけますが、返事はありません。そう言ってるそばから地面の血だまりは徐々に広がっていきます。

「……まずいわね。誰か助けを呼ばないと……」

 と、そのときです。

「アナタたち! そこで何をしてるの」

 突如、二人の目の前に、赤と青の特徴的な模様の服を着た、銀髪の女性が現れます。

「あなたは……」
「話は後!」

 そう言ってその女性は、倒れている文の様子を見ます。

「……これはいけない……! 私につかまって!」

 言われるままに静葉はその女性の腕につかまります。すると、次の瞬間、三人は別な場所に移動していました。
 どうやら、どこかの建物の中のようですが……?

「……ここはどこかしら」
「安心して。永遠亭よ」

 そう言って涼しい笑みを浮かべる彼女……。
 そう。彼女はヤゴコロ先生こと、うどんげの師匠である八意永琳先生だったのです。

「……うどんげは……。いないみたいね。……まったくもう。こういう時に限って……。本当使えない子だわ」

 などと、ぶつぶつ言いながら彼女は、ガーゼやら包帯やらを用意します。

「……ふむ。さすが月の民ね。まさか瞬間移動できるなんて……」
「滅多にやらないわよ。それだけ彼女が重傷だったってこと。多少の怪我くらいならアジトでも治せるんだけど……。これはさすがにね」

 そう言いながらも彼女は、文の怪我の処置を、テキパキとした手さばきで行っています。

「文は大丈夫かしら。結構な出血だったけど……」
「ええ。大丈夫よ。天狗という種族は元々体が強いから、きちんと処置して止血さえすれば、あとは持ち前の生命力でなんとかなるわ。もぎ取られた羽根も、すぐに生えてくるでしょう」
「そう。ならよかったわ」
「……それにしても、あなたたち、あそこで一体何をやっていたの? 一体あの爆発は何だったの?」

 静葉は、コトのいきさつを彼女に説明しました。

「……そうだったの。それは……。災難だったわね」
「……ええ、正直、彼女の力を侮っていたわね。まさかあそこまでとは」
「……知ってると思うけど、『あの日』を境に幻想郷は変わってしまった。妖怪たちに力がみなぎり、世界のパワーバランスが崩れてしまったのよ。その中でも特に、彼女は他の妖怪より強い力を得てしまったようなの。恐らく、彼女の元々持っていた潜在能力が更に増幅されてしまったのでしょう。今の地上において、サシで彼女に勝てる妖怪は多分、いないでしょうね」
「……ええ、そうでしょうね。そう言われても納得いく強さだったわ」
「……彼女ら一派には逆らわない方が身のためよ。例え神であるあなたと言えど、無事じゃすまないわ」

 そう言いながら彼女は、静葉に水を差し出します。静葉はその水を受け取って飲む干すと、ふうっと息をつきました。

 そういえば、口にものを入れたのは、いつぶりでしょうか。
 冷たい水を取り込んだせいか、彼女はなんとなく思考が冴えてきたように感じました。
 さっそく静葉は、永琳に質問します。

「……そういえば、あなたはレジスタンスにいるって言ってたわね」
「ええ。そうよ」
「レジスタンス。……そういえば、寺の者たちもいるらしいわね。メンバー構成はどうなってるのかしら」
「……かいつまんで言えば、主に里周辺で活動している人間がメインね。それと魔法の森の住人や命蓮寺の一派、あと一部には、妖怪や妖精も一応いるわ」

 どうやら、思ったよりなかなか大規模な組織の模様です。

「更に最近は別な勢力とも協力して、里の開放に向けて動いているところよ」
「別な勢力……。つまり今の状況を打破したいという者が他にもいるって事ね」
「その通り。まぁ、色々な思惑があるみたいだけどね。……ところで私からも質問していいかしら?」
「ええ、いいわよ」
「つきなみだけど、あなたは今のこの世界についてどう思う……?」

 永琳の質問に、静葉はすぐさま答えます。

「一言で言えば、居心地が悪いわね」
「アナタならそう言うでしょうね」
「ええ。あちこち見てきたけど、この世界は弱肉強食。強かな者だけが生き残れる世界よ」

 永琳は、相づちを打ちながら静葉の言葉聞いています。

「妖怪がはびこる世界としては、それはあるべき姿の一つなのかもしれない。けれど、少なくとも以前の幻想郷は、こんなに殺伐とはしていなかったわ。奇跡的なバランスでもって危うくも保たれていた。しかし今は、妖怪の力が極端に強くなったことで、弾幕ごっこというルールが意味を成さなくなってしまったのでしょうね」
「……その通りよ。よく見通せているわ。さすがの洞察力ね。そこでなんだけど……」

 永琳はコホンと咳払いをすると、改まって静葉に尋ねました。

「……ねえ。紅葉神さん。アナタ、私たちの仲間に入らない? アナタのその洞察力と思考は、きっと私たちにとって大きな戦力になるわ。ぜひ、その力を貸してくれないかしら」

 静葉が思わず永琳の顔を見ると、その目は真剣そのもの。どうやら彼女は、本気で静葉をレジスタンスに引き入れたいと、思っているようです。

「ふむ……」

 と、そのときです。

「……あれ? 永琳さんと静葉……さん?」

 二人の後ろから聞き覚えのある声が。静葉が振り返ると、そこにいたのは。

「にとりじゃないの。こんなところでどうしたのよ」
「いやーそれが、私もなんかわかんないんだけど、体調崩しちゃってさ。気がついたら、ここで寝ていたんだよ。薬飲んだら、だいぶ良くなったけど」

 すると永琳が、思い出したように手をパンと叩いて言います。

「……ああ、そういえば、うどんげのヤツがたずねてきてたわね。河童に効く薬の調合教えてって……。そう。アナタが患者だったのね」
「……にとり。ちょっと話があるんだけど、いいかしら」
「え? うん? 別にいいけど……」
「そうね。ちょっと外へ出ましょう」
「え? 外? わかったよ」
「と、いうわけで、ごめんなさいね、竹藪の医者さん。さっきの返事は、ひとまず保留でいいかしら。先にこの子と話がしたくて……」
「ええ。いいわよ。いってらっしゃい」

 永琳に見送られ、静葉とにとりは永遠亭の外へ出ると、お互いの今までのいきさつを話しました。

「……そう。そんなことがあったの。それはなかなかの冒険だったわね」
「いやいや、静葉さんこそ、一人でよくそこまで動けたもんだね。さすがだよ……」
「ま、これであの子が無事だってことはわかったわ。とりあえずは一安心ね」
「あっちもあっちで結構大変そうだけどね?」
「……それで。もう一度確認するけど『季節操作マシ~ン』は見つからなかったのね」
「……うん。穣子にも何度も聞かれたけど私もできる限りさがしたんだよ。でも……。見つからなかったんだ。しかも、なんか家スゴイ荒れてたし」
「……そう。なら致し方ない。この際、装置のことは、いったん忘れるとしましょう」
「それで、これからどうするのさ……?」
「そうね。……にとり。アナタに一つ聞きたいことがあるんだけど……」
「え、何……?」

 思わず怪訝そうな表情を浮かべるにとりに、静葉は不敵な笑みを浮かべます。

 そのころ、院内では早くも意識を戻した文が、永琳と話をしていました。

「……あやや。そうだったんですか。……私としたコトが、まったく不覚をとりました。静葉さんに謝らないと……」
「ま、いずれにしても、まだ無理はしないようにね。……それで、お目当ての里の写真は撮れたの?」
「はい。衝撃でカメラは壊れてしまいましたが、なんとか……」

 彼女はフトコロから写真を何枚か取り出すと、それを永琳に見せます。
 写真を見た彼女は、思わずフクザツそうな表情を浮かべました。

「……いい写真ね。今の里の現状がよく伝わってくるわ」
「はい。……この写真を上司である龍様に見せてこようと思います」
「……そう。ぜひお願いするわ。一人でも多くの者に、この状況が伝わって欲しいものね」
「永琳さん……」

 文は写真を見て切なそうな表情の彼女に何か話そうとしますが、その時、静葉とにとりが外から帰ってきます。

「文。もう起きて平気なの」
「あ! 静葉さん! いや……! 本当に本当に申し訳ありませんでした!」

 思わず平謝りする文に、静葉は笑みを浮かべて告げます。

「……気にしなくていいわよ。正直、私も油断してたもの。無事で何よりよ」
「あやや……。すいません」
「さて。それで、竹藪の医者さん。さっきの返事なんだけど……」
「……答えは出た?」

 静葉ははっきりとした口調で永琳に告げます。

「……申し訳ないけど、今回は見送らせてもらうわ。確かに、私とあなたたちレジスタンスは、目的が同じかもしれない。でも、組織に属するということは、少なからず束縛が生じる可能性をはらんでいる。私は、あくまでも、どこにも属さず自由気ままに動き回りたい性分なのよ」

 永琳は苦笑しながら答えます。

「……そう。残念ね。でも。……そうね。今の幻想郷において、アナタのような自由な存在は、確かに必要かもしれない。どこにも属していない強みが生かされる時が、きっとこの先あるでしょう」
「……せっかくのお誘いだけど、ごめんなさいね」
「……それで、アナタはこれからどうする気なの?」

 永琳の問いに対し静葉は、よどみない口調ではっきりと答えました。

「ええ。この戦争を止めに行くわ。この二人と一緒に」

  □

 そのころ、穣子とヤマメとお燐は、穣子の家へと向かっていました。しかし、さっきから三人に対して野良妖怪が、何度も何度も襲いかかってきています。
 三人は、その度に撃退しているのですが……。

「やれやれ……。今日はどうなってるんだ。キリがないよ」
「まったくだね。……そんなにあたいたち、目立ってるのかねえ?」

 お燐は、やっつけた下等妖怪を、人目につかないように草むらの方へと寄せています。律儀な子です。

「……いやー。アンタらって、本当に強いのねー」

 感心した様子で穣子が言うと、自慢げにヤマメが返します。

「まあね。こっちもダテに支配するために地上へ乗り込んだわけじゃないんだよ」
「そうは言っても、オマエさん失敗してしまったじゃないかい」
「チャカさないでくれよ。お燐。そりゃそうなんだけど……」

 と、その時です。三人の背後に何やら怪しい気配が……。

「……おやおや、またやっこさんのお出ましのようだよ?」
「……またか。もう何度目だよ? ……ま、やるけどね!」

 ヤマメが振り向きざまに、弾幕をドーンと放つと、何かにズーンと命中します。手応えあり!
 確認すると、そこには、黒焦げになった蛇の妖怪が転がっていました。

「ほーら! 蛇の丸焼きいっちょう上がりだ! どうだ。お燐。香ばしいだろ?」
「……いや、あたいは別に食べたいとは思わないよ……?」
「穣子。どう? きっと滋養にイイよ」
「いらないわよ! せめてイモにしてよ!?」
「イモの妖怪なんかいるかよ!?」
「さがせばいるかもしれないわよ?」

 と、その時です。

「いやーお強いお強い! さすがですねぇ」

 三人が振り向くと、木の上で狐の妖怪が手を叩いてました。

「誰よアンタ……」
「どうも初めまして。私は菅牧典。しがない管狐です。すいませんね。アナタたちの力ちょっと試させてもらいました」

 そう言って典は、三人の目の前に飛び降ります。

「力を試したですって……?」
「……ああ、そうか。さっきからあたいたちに襲いかかってきた妖怪は、全部オマエさんが仕向けていたんだね?」
「ええ。そのとおり」
「はぁ!? なんでそんなコトすんのよ!?」

 典はニヤリと、笑みを浮かべて告げます。

「言ったでしょう。アナタたちの力を試したって」
「何のためによ!?」
「アナタたちに、価値があるか品定めをするためですよ」
「品定めなんかしてどうするのよ!?」
「まぁ。ちょっとアナタたちに興味があったので……」

 そこにヤマメが、会話に割り込みます。

「……オマエ、話が回りくどいんだよ! いったい目的は何なんだ!」
「……おやおや? ……ああ、なんだ。誰かと思えば。アナタは確かツチグモ妖怪の黒谷ヤマメじゃないですか。威勢良く地上に攻め込んだはいいものの、あっけなく壊滅した挙げ句、仲間を河童に誘拐されてしまったという……」
「うるさい!! オマエ、私にケンカ売ってんのか!?」
「ヤマメ。落ち着きなさいって!」

 穣子はヤマメを制止すると、典に言い放ちます。

「あのさぁ! アンタが何者かとか、別にどーでもいいし興味もないんだけど、ジャマしないでくれる!? 私たち急いでんのよ!」
「おやおや狭い幻想郷、そんなに急いでどこ行くつもりで?」
「そんなのアンタには関係ないわ!」
「……ふふふ。ずいぶん威勢がいい。……まぁ、いいでしょう。アナタたちの力は大体分かりましたし、今日のところは引き下がるとしましょう。……それでは」

 そう言うと典は、こーんこーんと姿を消してしまいました。

「まったく! なんなのよ。アイツは!?」

 プンスカ怒っている穣子に、お燐が言います。

「……アイツは菅牧典。一応、天狗側についている管狐さ。まあ何かと、イイ噂を聞かないヤツでねえ……。文字通りの要注意人物ってところさ」
「ふーん。なんか厄介そうなヤツに目をつけられちゃったみたいね……」
「あのヤロウ! 今度あったら絶対ぶん殴ってやる!」

 さて、思わぬ横槍が入りましたが、一行は無事に秋ハウスにたどり着きました。

「ああ、懐かしの我が家……。って、なんじゃこりゃあ……!?」

 当然、家はボロボロです。

「うーん。こりゃまたずいぶん年期入ってるねえ……」
「へーそうか。神さまは、こんなボロ家に住んでたのかー。ふーん」
「そんなわけないでしょ!? 確かに少し年期は入ってたけど、もっとキレイで趣があって、こんなに、どんよりとなんかしてなかったわよ!?」

 穣子は家の中に入ろうとしますが、入り口の引き戸が開きません。

「うわ、なにこれ!? 立て付けまで悪くなってるし……」

 彼女が何度か戸をガタガタしていると、やがて戸が外れてしまいました。すかさずヤマメが言います。

「あー。穣子、壊したーいけないんだー!」
「うっさい! 別に後で直せばいいでしょ!?」

 穣子は壊れた戸を放置して中に入ります。
 中は薄暗く、壊れた窓の隙間から、日の光がかろうじて入ってきている状態です。

「何これ!? カビくさっ! 早く換気しないと……!」
「これはまた空気がずいぶんと、よどんでるねえ……」
「まるで地底の中みたいだね。私には居心地いいけど」
「ジョーダンじゃないわよ! こんなところにいたら五分で肺がクサるわ!」

 穣子は納戸を開けようとしますが、押しても引いても叩いても開きません。

「ちょっと、なんか開かないんだけど……?」
「どれどれ。あたいに貸してみ。……ああ、どうやら、さんの部分がダメになっちまってるみたいだ。こりゃ開けるのはムリそうだよ」
「なんですって……!? なんか部屋を明るくする方法はないかしら?」

 穣子は、ないアタマを使ってしばらく考えてましたが、ふと、目の前の囲炉裏に目が行きます。

「そうだ! 囲炉裏に火をつけましょう! 火をつければ少しは明るくなるし、湿気が飛んで、居心地が良くなるかもしれない!」

 よせばいいのにさっそく穣子は囲炉裏に火をつけます。すると、あっという間にあたりは煙で充満してしまいます。……もう、ちゃんと換気しないから。

「うわーっ! 煙がーっ……!?」
「ゲホッゲホッ! 穣子のバーガー! 何やってんだよー!?」
「こりゃたまらんね! いったん外へ出よう!」

 三人は慌てて家の外へ出ます。

 すると……。おや? 何やら家の中から、誰がせき込んでいる声がするような……?

「おっと、中に誰かいるみたいだね……?」
「宿無しでもいるのかもよ……?」
「冗談じゃないわ!? ここは私の家よ!? よそ者に住み着かれてたまりますかってのよ!」

 急いで穣子は家の中に戻って様子を見ます。すると……。

「ゲホッ! ゲホッ! なによこれー!?」

 家の中に、目に涙を浮かべた青い髪のみすぼらしい格好の女性の姿が。

「何よ! アンタは!?」
「アナタこそ何よ! ここは私の家よ!?」
「私の家だっつーの!?」

 声を聞きつけたヤマメたちも、家の中にやってきます。そしてその女性の姿を見るなりヤマメが言い放ちます。

「あ、オマエは貧乏神の紫苑じゃないか! そうか。わかったぞ! コイツが住み着いたから、家がボロっちくなってしまったんだ!」
「なんですってー!? おい、こら! アンタ、出て行きなさいよ!」
「嫌よー。せっかくいいトコロ見つけたのにー」

 どうやら、紫苑は出て行く気はなさそうです。

「ここは、元々は私の家だったのよ!?」
「じゃあ、一緒に住んでもいーい?」
「嫌よ! なんで貧乏神なんかと一緒に住まなきゃいけないのよ!? 辛気くさいから近寄らないでよ!」

 その後も穣子と紫苑は、出て行け! 嫌だ! の押し問答を繰り返していましたが、そのうち、とうとう紫苑の方が根負けした様子で穣子に告げました。穣子の粘り勝ちといったところでしょうか。

「……んー。わかったわよー。そこまで言うなら、出て行くよー……。でも、そのかわり、この家より住み心地のいいトコ見つけてきてくれないかな?」
「ここよりいいとこですって……?」
「うん。個人的に言うと、本当はもう少し狭いトコが好みなんだよねー。ここはちょっと広すぎてさー」
「勝手に住み着いたくせに、人の家の文句言ってんじゃないわよ……。よーし! 言ったわね? やってやろうじゃないの! アンタにぴったりの家、探してきてやるわよ! そしたら約束通り出て行きなさいよ!」
「ま、見つけられるものならねー?」

 と、いうわけで三人は、紫苑の新しい住処を探すコトになりました。
 ……って、こんな山奥で手ごろな家なんて、そう簡単に見つかるモノなのでしょうかね……?

  □

 ところ変わってここは妖怪の山にある天狗の住処。
 その奥にある一際大きなお屋敷です。

 ここには天狗のエライ人が住んでおり、そのお屋敷の中にあるエッケンの間に龍はいました。

「……ご苦労。龍」

 龍とそのエッケン相手との間には、御簾(みす)が下げられており、中の人物の姿をはっきり見ることは出来ません。

 その声の雰囲気から、御簾の中の人物は女性であるコトだけが、かろうじて分かります。低く、いかにも威厳のありそうな声です。

「……では、はじめくれ」
「はっ……! まず、我々の現在の戦力ですが……」

 龍はその御簾の中の人物に向かって、現状の報告を始めます。
 ……そう、この方こそが実は……。

「……報告は以上になります。総大将」
「……そういえば射名丸文の行方はどうなった」
「はっ! 秋神姉妹の姉との接触が確認されて以降、行方不明のままです」
「早めに見つけ出せ」
「はっ!」
「……それと例の姉妹は」
「姉妹いずれとも、典が常に見張っています。何か動きがあれば、すぐこちらに報告が来るようになってます」
「……ご苦労」
「はっ! では、失礼いたします!」

 龍は、エッケンの間を出ると、思わず息をつきました。

「……やはりあのお方の前となると、緊張するものだな……。なぁ、そう思うだろう? ……典」

 彼女が呼びかけると、柱のかげから典が現れます。

「あらあら……。バレてましたか。上手く気配を隠してたのに」
「お前の気配はすぐ分かるさ。特徴的だからな。で、何か報告があるのか?」
「ええ……。では、ちょっと場所を移しましょうか」

 二人は屋敷の中にある庭園に腰を下ろします。カレサンスイの見事な庭園です。

「……ふむ。そうか。秋神の姉と文は、里のレジスタンスと接触した可能性があるということか」
「はい。はっきりとは確認できていませんがね」
「そうなると……。少し厄介だな」
「ええ、万が一、二人がレジスタンスに加入するようなコトになると、また話が変わってきますからねえ」
「……それで妹の方は……?」
「それがどういうわけか、地底の妖怪二名を引き連れています。黒谷ヤマメ、それに火焔猫燐。どこでどう繋がったのかは分からないですけどね」
「……特に火焔猫燐には気をつけろ。恐らく彼女のバックには、古明地さとりがいる。彼女ら地底の勢力が、本格的に介入するようなコトになると、いよいよ収拾がつかなくなってしまうだろう」
「うーん。それはカンベン願いたいものですねえ。ただでさえ地上は暴発寸前の火薬庫状態だというのに……」
「……それじゃ引き続き、見張りを頼むぞ」
「ふふふ……。お任せくださいませ!」

 そう言い残して、典はこーんこーんと、姿を消します。

 龍は物憂げそうに、思わず空を見上げます。

 あたりはもうすぐ、日が暮れようとしていました。


 □


 そのころ。とある天狗の領地……。

「状況はどうなってるんだ!? 報告しろ!」
「詳しくは分からないが、相手は上空から集中砲火を浴びせてきている! 地上を狙い撃ちだ!」

 上司と部下が報告しているそばから爆発音が鳴り響き、それに叫び声も混じっています。
 どうやら何者かが襲撃しているようで、あたりはアビキョウカンのジゴクエズです!

「……よし! 私が行く!」
「隊長! どうかお気を付けて!」

 その更に上の上司こと犬走椛が、素早く上空へ駆け上ると、そこにいたのは……!

「……おや、誰かと思えば。イヌっころかい。アンタごときに、私の相手がつとまるかしら……?」
「レミリア・スカーレット……!? なぜこんなとこに! ……ええい! 今すぐ立ち去れ!」

 椛は、弾幕を放ちながら刀を振りかざして突進しますが、レミリアは、その攻撃をいとも容易くかわし、そのまま彼女の背後に回ると、首に手刀を浴びせます。

「うわぁーーー!!」

 あっけなく椛はそのまま地上へおちてしまいました。

「……ほら、やっぱり相手にならなかったじゃないか」

 呆れた様子で笑みを浮かべるレミリア。そこに、何者かの弾幕が彼女に向かって襲いかかります。

「ん……?」

 レミリアはそれをかわしますが、その弾幕は、方向を変えて彼女を追いかけます。

「……ふん! ホーミングか。こざかしい! 往ね!」

 彼女が腕を振りかざすと、その弾幕は、煙状になってかき消えました。

「……ったく、どこのどいつだ! こんなくだらない攻撃するヤツは!」
「……いやーお強いお強い。さすがは紅魔の君」

 彼女の目に前に、呆れた表情の典が姿を現します。

「……まったく困りますよ。まだ、アナタの出る幕ではないはずでは……?」
「……お前らの仲間で、ちょっかいかけてきたヤツがいたんでねぇ……。ちょっとした報復よ」
「……ああ、もしかして射名丸文のコトですか? 彼女だったら、謀反を起こしまして、今は天狗側とは一切関係が……」
「うるさい!!」

 レミリアは一喝すると、典の首根っこをつかみます。

「……オマエらの事情なんざ、どうでもいいのよ! 天狗が勝手にテリトリーに入ってきた! だから私はその報復にきた!! それだけのコトよ!」

 典は思わず両手を掲げて、彼女に告げます。

「……ぼ、暴力反対ー……! わ、わかりました。……それでお望みは何ですか。天狗の領地ですか?……それとも彼女の首ですか?」

 レミリアは典を放り投げると、吐き捨てるように言います。

「そんなものには興味ないわ! 私はただ……」

 と、その時、突然、彼女の体がよろけます。

「……なんだ? 急に体の力が抜けて……」

 すると、典がニヤリと笑みを浮かべます。

「……ああ、やっと効いてきたようですね」
「……オマエ、何をした……!?」
「ふふふ……。さっきの弾幕に、ちょっとした細工を施させてもらいました。まぁ、タダの麻酔薬ですけどね。ゾウも眠る強力な」

 そう言って典は、試験管を取り出して見せます。

「……ちっ。こざかしいマネを……!」
「……レミリア・スカーレット。今日のところはお引き取り願います。……わかるでしょう。今は、まだそのときじゃありません」
「……フン。まあ、いい。……いずれ天狗どもも、私たちが支配してやるからな! 覚えとけ……!」

 そう言い残すとレミリアは、ふらつきながら飛び去って行きます。典は、ほっとため息をつくと、苦笑を浮かべて誰にともなく呟きました。

「……ほら、だから言ったじゃないですかぁ。……この世界は暴発寸前の火薬庫状態だってねぇ……」

 あたりはもうすっかり日が暮れ、山のリョウセンが徐々に見えなくなってきていました。

  □

 その少し前の刻。
 静葉とにとりと文は夕暮れに差し掛かった妖怪の山道をひたすら登っていました。
 目的地は守矢神社です。
 なんでも、静葉がどうしても確かめたいコトがあるとか。

「……それにしても」
「どうしたの。にとり」
「……本当にいいのかなあ。穣子たちが迎えに来る予定だったんだけど、勝手に出てきちゃったりして」
「いいのよ。竹藪の医者さんも言っていたでしょう。お弟子さんには私が話しておくって。それに、私にはあなたの力が必要なの」
「いや、それはありがたいんだけど……。なんか申し訳ないなぁって」
「……にとりったら気にしすぎじゃないですか? それに、アナタ言ってたでしょう。もう穣子さんに、こき使われるのは嫌だーって」
「そうね。そこは安心して。私はこきを使うことなんかしないから」
「え、ほんとう!?」
「ほんとうよ。そのかわり、協力はしてもらうけどね」
「……それって、言い方を変えただけじゃ……」
「……さて、そろそろつくわよ」

 三人の目の前に、神社の鳥居が見えてきました。
 そこをくぐると神社の境内にたどり着きます。

「……ふむ、やはり人の気配はないわね」
「……でも、案外庭はキレイですよ? どうやら管理はされてるようですね」

 三人は本殿へと進みます。中は真っ暗です。

「もしもーし! 清く正しい射名丸でーす! 誰かいますかー!?」

 返事はありません。

「……留守みたいだね」
「まぁ、噂だと逃げだしたという話ですしねえ」
「ふむ、逃げだしたと言っても、一体どこへ逃げたのかしら」
「さあ? でも、彼女らの力なら、結界の外へ逃げることも不可能ではないかと……」
「……結界の外へ逃げたというのなら、なぜ、ここの庭はこんなにキレイなのかしら」
「……あや。確かに?」
「ここに誰かがいるのは、間違いないのよ」

 と、その時。にとりが怪しい機械を、リュックから取り出します。

「よし! こんな時はコイツを使うに限る!」
「なによそれ」
「ふふん。この装置は妖怪、人間問わず生き物の気配を察知するコトができるんだ!」
「大丈夫なの。また爆発したりしないわよね」
「ダイジョーブ! ダイジョーブ! ……多分」

 そう言いながら彼女が、装置にスイッチを入れると、ピコンピコンと音が鳴り始めます。

「ん? すぐ近くに何かいるぞ!? 目の前だ!」
「……え?」
「ふむ……」

 三人がよーく目をこらすと、なんと目の前に帽子をかぶった緑の髪の少女が!

「あれー! うそー! 見つかっちゃったー!?」

 少女は驚いた様子でこちらを見ています。

「あなたは! ……古明地こいしさん!?」

 そう! そこにいたのは、さとりの妹である古明地こいしだったのです!

「こいし。あなたこんなところで何やってるのよ」
「あーうん。実はお留守番を頼まれててさー」
「留守番って、誰にですか?」
「ここの人たちだよー」
「っていうと……。あの二柱の神さまと早苗のコトか!」
「そーそー」
「……ねえ、教えてちょうだい。三人ともどこへ行ってしまったの」
「うーん。わかんないなー」
「じゃあ、いつ帰ってくるのか教えてくれないかしら」
「それもわかんなーい」

 頭をフリフリと揺らしながら、こいしは質問に答えています。

 あるいは、無意識に答えてるだけなのかもしれませんね。これは。

「うーん。これじゃ何もわかんないじゃないか!」
「ごめんねー。こんな辺境の地に、はるばるやってきてもらったけど、残念ながらここには何もないよー」
「あやや、どうやらムダ足だったみたいですね……」
「……いえ、そんなことはないわよ」

 そう言って静葉は、ニヤリと笑みを浮かべると、こいしにたずねます。

「……ねえ、こいし。一晩ここに泊まらせてもらってもいいかしら」
「うん。いーよー」

 静葉の問いにこいしは、あっさりオーケーを出します。
 そんなわけで三人は、神社で一晩を明かすのでした。

  □

 ――さて、戻って穣子一行は……。

「おいおい、穣子ー。ホイホイとあんな約束しちゃったけど、本当に家なんかあると思うのかよ?」
「あるに決まってるわ! なんとしても見つけるのよ!」
「……やれやれ、もう、すっかり真っ暗になってしまったけどねえ?」

 紫苑の新しい家を探すために、夜の山の中を歩き回っていますが、一向に見つかりません。ほーら、言わんこっちゃない。

「何言ってるのよ! 夜はアンタたちの時間でしょ!?」
「いや、それはそうだけど……。それと家が見つかるかどうかは別問題だろうよ?」
「意地でも見つけるのよ! そうしないと私の家が、アイツのせいで崩壊してしまうわ!」
「……って言ってもねえ」

 息巻いて探し回る穣子を、半ば呆れ気味にヤマメとお燐は追いかけます。
 と、そのとき。前方に何やら建物らしきものが見えてきます。

「あ! ほら! あったでしょ! 私の言うとおりだったわね!」

 あぜんとする二人に、胸を張ってドヤ顔で言い放つ穣子。

 近づいてみると、その建物は家と言うのもはばかれるほど簡素で粗雑なつくりでした。
 どうやらほったて小屋のようです。……あれ? この展開、前もあったような……?

 穣子は小屋の入り口に近づくと、おもむろにドアを叩きます。

「もしもーし! たのもー! たのもー!」

 しかし、ガチャンという音が響き、どうやら中からカギをかけられてしまったようです。

「くそー。閉められちゃったわ!」
「そりゃあ、あんないきなりドア叩いたら、誰だって警戒するさ」
「……しかし、ドアのカギを閉めたってコトは、中に誰か住んでるのは間違いないね」
「そう! つまり、住めるってコト……!」
「……で、どうすんだい。一応あたいが、交渉するだけしてみるかい? 望みは薄いけど」
「大丈夫! 私にいい考えがあるわ!」

 そう言って穣子は、ニヤリと笑みを浮かべます。
 ……いったい何をするつもりなんでしょう。嫌な予感しかしませんが。

「ねえ、お燐! あの貧乏神を、ここに連れてきてくれない?」
「ほいきた」

 言われるままにお燐は、家から紫苑を台車に乗せて連れてきます。

「なになにー? いいトコあったのー?」
「ほら、どうよ。見なさいよ! あの小屋、アンタにぴったりだと思わない?」

 紫苑は、品定めをするようにじーっと小屋を見て一言。

「うん、確かに悪くないねー。絶妙にせまそうだし。でも、中に誰かいるみたいだけどー?」
「そんなの、追い出しちゃえばいいのよ」
「それもそうだねー。わかったー」

 紫苑は小屋の中にスッと入っていきます。
 ほどなくして小屋から「ギャーーー!」と言う叫び声が聞こえ、中から、鴉天狗――はたてが飛び出してきました!

「だ、誰か助けてー!? 家の中に突然貧乏神が!! どうしよう!? ボンビラス星に連れて行かれちゃうわー!」

 どうやら彼女は少し、錯乱しているようです。

「どうかしたの? 天狗のお嬢さん」

 穣子がシラジラしく話しかけますと、はたては困った様子でワケを話します。

 「……ふむふむ。なに、家に突然、貧乏神がやってきたの? そう、それは災難だったわね。じゃあ、私がかわりに、いい家を案内してあげるわ」

 と、言って穣子は、はたてを自分の家に案内します。

「……うわっ。なにここ!? カビ臭っ!?」
「しばらく使われてなかったから、ちょっと傷んでるけど、掃除すれば住めるようになるわよ!」
「……確かにそうね! それにけっこー大きいし、掃除さえすれば、あの小屋より住み心地良さそうだわ! ここに住んでいいの?」
「いいわよ! 私たちが帰ってくるまで自由に使ってよ」
「本当に!? ありがとう! 神さま!」

 はたては、目をキラキラさせています。
 まさか、その目の前の神が元凶とも知らずに……。

「いえいえ、どういたしましてー困ったときはお互い様よー! それじゃ、留守番よろしくねー!」
「オッケー! オッケー! まかせてー!」

 穣子は、二人の冷たい視線を無視して、はたてと別れて家を出ました。

「あー!いいことした後は、気持ちいいわねー!」
「……オマエさん。本気でそう思ってるのかい?」
「細かいコトは気にしない! 貧乏神のヤツはもっと狭い家に住みたかった。そしてあの天狗は、住む場所に困ってた。これこそウインウインってヤツでしょ!」
「ウインウインどころか、完全に自作自演だろ!?」
「いいのよヤマメ! 結果オーライ結果オーライ!」
「……やれやれ。とんだ神さまだね。……それで、これからどうするつもりだい?」
「とりあえず、にとりのヤツを迎えに病院行かないといけないわよね」
「と、言ってもまだ、夜明けまでは時間あるけど……?」

 ヤマメの言うとおり、あたりはまだ真っ暗です。

「……じゃあ、どこかでヒマつぶしましょ」
「ヒマつぶすったって……。どこで?」
「ねえ、お燐。なんかいいトコない?」
「……あたいに振るのかい。うーん。そうだねぇ……。あぁ! そうだ!」
「え、なになに、アテあんの?」
「ま、あたいについといで」

 お燐の案内で、穣子たちが森の中に入ると、何やらボンヤリと灯りが。近づいてみると、そこでは夜雀が屋台を開いてました。

 屋台のそばには机と椅子も広げられており、屋台というよりちょっとした居酒屋のような雰囲気です。
 あたりにイイにおいが漂います。うう、おもわずヨダレが……。

「やっ! 来たよ!」
「あら、久しぶりじゃない。お燐」

 お燐があいさつすると店主の夜雀は、営業スマイルで迎えてくれます。どうやらお燐は、ここの常連客のようです。

「今日はツレもいるんだ。何かテキトーにみつくろっておくれ!」
「わかったわ!」

 ほどなくして三人の前に、お通しのおひたしと、アツカンが出され、さっそく酒盛りの始まりです。

「今、フナの煮付けも出るからまっててね」
「お、いいねえ。あたいの好物じゃないか! さすがわかってるね!」
「はぁー。お酒って本当、美味しいなぁー。生き返るや……」
「おっほー! この、おひたしうまー!!」
「そうだろう? 穣子。このほんのり甘塩っぱいのが、また酒に合うんだよねえ」

 ふと、穣子が屋台を見回すと、既に先客がいたようで、どうやらヨッパラって机に突っ伏して寝てしまっています。
 まわりにトックリが、たくさん転がっているので、相当飲んでいるようです。

「……ねえ。あっちの人だいじょうぶ? なんか泥酔してるみたいだけど」

 穣子の言葉に夜雀は苦笑しながら、そのヨッパライに話しかけます。
「……ちょっとリグル。もう起きてよ」

 夜雀が名を呼ぶと、ようやくそのヨッパライは顔を上げます。

「うん……?」
「……深酒は体に毒よ。何があったか知らないけどさあ……。そろそろヤメといたらどうなの?」
「うーん。ミスティア……。これは夢だよね。夢ならさめないでくれ……」
「……もう。何、寝ぼけてんのよ!」

 すると、トックリ片手にヤマメが、ヨッパライに近づきます。

「……あれ? なーんだ。誰かと思ったらリグルじゃん。何してんのオマエ」
「……え? その声……」

 ヤマメの声に気づいたヨッパライは、ヤマメの顔をまじまじと見ると……。

「ヤマメー! あいたかったよー!」

 などと言いながら、突然彼女に抱きつきます。

 ……あー、ヨッパライって、こういう行動しますよねー。

「ちょっ!? こら! やめろっての!?」
「ヤマメぇーーーーー!!」
「分かったから落ち着けっての!?」
「おー! ひゅーひゅー!」
「お、こりゃスキャンダルだね! 誰かカメラもってないかい?」
「やめろっての!? 皆、チャカしてないで助けてよー!?」

 その後、穣子たちが二人を無理矢理引きはがすと、ヨッパライもとい、リグルは、ようやく我に返った様子であたりを見回します。

「あれ……? 私なにを……」
「……おい、バカヤロウ。目覚めたか?」
「……あれ? ヤマメ? なぜここにオマエが……!?」
「オマエこそ、地底に戻らないで何してんだよ!」
「え。あ……。それはその……」

 ビミョウな空気になる二人に、すかさずお燐が割り込みます。空気の読める子です。

「なあなあちょっと聞かせてくれよ。お二人は、知り合いなのかい……?」
「……ああ。そうだよ。こいつはリグルって言って、地底に住んでる虫の妖怪さ」

 するとリグルが、すかさず告げます。

「……いや。ヤマメ。実は違うんだよ。私はもともと、地底の妖怪じゃないんだ。ずっと地上で過ごしていたんだけど、『あの日』以降、地底に潜ったんだよ。地上が住みにくくなってさ……」
「ちょっと、それ私、初耳なんだけど?」
「そりゃそうだよ。誰にも言ってないし……」
「……そんでその後、コイツは私と一緒に、地上侵攻に繰り出したんだけど、途中で行方不明になっちゃったんだよ」
「……うん。怖くなっちゃってさ。地上のヤツらの強さ知ってるから……」
「まったく弱虫め。……オマエが、もっとしっかりしてたら、また結果は違ってたかもしれなかったんだぞ!? このフヌケヤローの弱虫が!」
「はいはい。その辺にしときなって」

 酔いも手伝って、思わず声を荒げそうになるヤマメを、すかさずお燐がなだめると、しょんぼりしているリグルに言います。

「ふーん。そうなのかい。お前さんなかなか賢いじゃないか?」
「え……?」
「結局、コイツの侵攻は失敗に終わったんだよ」
「……ああ、そうなんだ……。ゴメン。私が……。逃げたりしなければ」
「……いや、あたいは失敗して良かったと思うよ? 下手に侵攻が成功していたら、今ごろこの世界は、もっとグチャグチャになっていただろうよ。……今のオマエさんならわかるだろ? ヤマメ」
「……悔しいけど、お燐の言うとおりさ。地上は私が思っていたより、はるかにややこしい状況になっていた……。正直、私の見通しが甘かったよ」
「……そういうワケさ。なあ、虫妖怪さんや。臆病ってのは勇気なんだよ。躊躇するのも、また勇気ある行動なんだ。オマエさんは、賢い選択をした。……と、あたいは思うけどね?」
「……うう。ありがとう。お燐さん!」

 そう言うとリグルは、涙を流しながらお燐に頭を下げました。

「まあ、いいじゃないか。今夜は二人仲直りってことで、飲み直そう。それでいいだろう? ヤマメ」
「……ま、それでいいけど」

 その後、すっかり意気投合した三人は、朝まで飲み明かすのでした。
 ちなみに、話にまったく入れなかった穣子は……。

「あー! このおひたしうまー! 魚の煮付けもさいこー! ……もう、私一人でこれ全部食べちゃうんだからー!」

 と、一人ふてくされて、ミスティアの料理を食べまくっていましたとさ。

  □

 さて、朝になり、一晩、神社で夜を明かした静葉たちは、さっそく行動を開始しました。
 それで色々と考えた結果、手分けして、それぞれのボスを説得しようというコトに。……って、それ大丈夫なんでしょうか?

「……確かに無謀な行動かもしれないわね。でも、何事もやらないことには始まらないのも事実よ」
「ええ、静葉さんの言うとおりです。……私はこれを使って上司に訴えてみます」

 そう言って文は写真を取り出します。今の里の状況をとった写真です。
 確かにコレを見せれば、もしかしたら龍の心も動くかもしれません。

「……わ、私は、正直、長官にはあったコトないんだけど……。まあ、話すだけ話してみようと思うよ」

 一方のにとりは、特に交渉の材料もないためか、緊張した様子です。まあ、無理もありません。

「……ところで、静葉さんは、どうするのさ?」
「ふむ……。どちらかについて行こうとは思ってるけど……」
「……それなら、是非にとりと一緒に行動してやって下さい。……私は自分のケジメをつけなければなりませんので」

 そう言った彼女の目には、ヒソウ感が感じられます。何かを悟った静葉が文に告げます。

「……文。死ぬんじゃないわよ。必ず生きてまたあいましょう」
「……ええ、もちろんよ! それじゃ……!」

 文は二人に笑顔を向けると、深々と一礼して、山の方へ飛び去っていきます。
 朝日に照らされ、徐々に姿が見えなくなっていく彼女を、静葉とにとりは何も言わずに見送ります。
 そして、二人もケツイを胸に、河童の住処へと向かって歩き始めるのでした。

  □

 一方、穣子たちは、夜雀の居酒屋で夜を明かした後、リグルと別れ、永遠亭を訪ねていました。
 預けていたにとりを、迎えに来たのですが、当然、彼女がいるわけもなく……。

「ちょっと!? いないってどういうコトなのよ!?」
「本当、ごめんなさい! お師匠さまが、勝手にあなたのお姉さんに預けちゃったのよ。私も事情がよく分からなくて、困惑してるんだけど……」
「え!? 姉さんが!?」
「……ほほう。静葉さん無事だったのか。さすがだ!」
「ヤマメ! 感心してる場合じゃないでしょ!? で、姉さんはどこに向かったのよ!?」
「ごめんなさい! それもわからないの。なんせ、みんなお師匠さまが……」
「ゴメンなさいですむか! アンタ自分で責任持って預かるって言ったじゃない! このヤブ医者!!」

 思わず食ってかかろうとする穣子を、お燐がすかさず制止します。

「まあまあまあまあ……。さすがにそれはちょっと言い過ぎだよ。彼女は何も悪くないだろ?」
「そうだけど、これじゃ、この後、どうしていいかわからないじゃない!」
「……大丈夫。きっと静葉さんは、山に向かったと思うよ」
「なんでそう言い切れるのよ?」
「……実はね。あたいには情報網があるんだ」
「え……?」
「まあ、見ててくれ」

 そう言って、お燐が指をパチンとはじくと、目の前に何やら幽霊の格好した何かが、ドロンと現れます。
 よく見ると、背中に羽が生えているので、どうやら妖精のようです。

「なにこれ。……幽霊?」
「ゾンビフェアリーさ。コイツらを使って、あたいは情報収集したり連絡を取ったりしているんだ。ちなみに、あたいたちの今までの行動はこのフェアリーを通じて全部、さとりさまに伝わっているよ」
「へー。優秀なのねー」
「それでこの子たちが、にとりと一緒に山に向かう静葉さんを見たっていうんだ」
「ふーん! そういうコトなのね! よし! じゃあ、急いで姉さんたちを追いかけるわよ!」

 言うや否や、穣子は外へ飛び出していきます。全く鉄砲玉のような神さまです。

「うぉーい、ちょっと待ってよー!?」

 それを追いかけてヤマメも外へ。

 お燐も二人にすぐついていこうとしましたが、ふと立ち止まり、呆然としているうどんげの方を見てウインクを一つ。

「あっ……」

 それに気づいた彼女も、お返しにペコリと頭を下げるのでした。

 さてさて、急ぎ足で山へ向かう一行でしたが。

「おやおや、皆さん……。そんなに急いで今度は一体どこへ?」
「あっ! アンタは……!?」

 三人の前に、典が再び姿を現します。
 相変わらず、人を見下したような態度です。

「何よ! アンタ、またジャマしに来たの!?」
「……いえいえ。今日はアナタたちに忠告しに来たんですよ」
「忠告……? 何よ。忠告って!」
「悪いコトは言いません。これ以上、山の事情に手出ししないで下さい。……そのうち痛い目見ますよ?」

 穣子が、すかさず言い返します。

「何言ってんの! この狂った世界を元に戻すのよ! ここでひき下がるわけにはいかないわ!」

 その言葉を聞いた典が、あざ笑うように告げます。

「……ふふふ。アナタは何言ってるんですか? 穣子さん。この世界は狂ってなんかいませんよ? 強い者が弱い者をくじく、これがこの世界の掟なんです。そんなのここにいる皆、分かっているはずですよ」
「えっ……!?」
「……穣子さん。どうもアナタは、他の人と違って何かがおかしい。そう、まるでアナタは……」

 そのときヤマメが割り込みます。

「穣子! こんなヤツの言うコトなんか聞かなくていいからな!」
「ヤマメ……!」
「……ちょうど私も、この世界にうんざりしていたところなんだ。穣子がこの世界を元に戻すというなら、私は喜んで彼女に力を貸すよ!」
「……へえー?、私には自分がテッペンに立てないから駄々こねてるようにしか聞こえませんけどねえ? 黒谷ヤマメ。徒党を組んでも白狼天狗にすら勝てない烏合の衆が……」
「なにぃ!? キサマ! やっぱり私をバカにしてるな!? コノヤロウ! ぶっ飛ばしてやる!」
「いいわよー! ヤマメ! やっちゃえやっちゃえー! あんなヤツぶっ飛ばしちゃえ! 私が許す!」

 すかさずお燐が間に入ります。こういう役まわりの多い子です。

「……あのさあ。二人とも。コイツの安い挑発に乗っちゃダメだよ。それこそ思うツボさ」
「……火焔猫燐。アナタは、どうしてこの二人と一緒に? アナタ本来『こっち側』なのでは?」
「……あたいは、さとりさまの命令に従ってる。……それだけさ」
「古明地さとり。いったい彼女は何を企んでるんですか……?」
「それはあたいにもわからないよ。言っただろ。あたいは命令で動いているだけだって。……ただ一つ言えるのは、あのお方は、あたいたちなんかよりも、はるかに先を見据えているってコトだね……」
「……はるかに先。……ふふふ。なるほど。……なるほどね! ……ふふふ!」

 お燐の話を聞いた彼女は、急に笑い出します。

「……何がおかしいんだい」
「……いえいえ。面白い話を聞かせてもらったお礼に、良いコトを一つ教えてあげましょう」
「何さ」
「守矢神社に行ってみなさい。そこに古明地さとりの妹がいますよ」
「……えっ! こいしさまが!? おい、それは……」

 そのまま典はこーんこーんと、姿を消してしまいました。ムムッ? もしかして助言をくれたのでしょうか……?

「おい、お燐。あんなヤツの言うコトなんか信じるなよ。どうせ、ワナに決まってるよ」
「……うーん。確かにそうかもしれないけど、あたいはこいしさまを探してっても頼まれているんだよ。それに直接あって聞きたいコトもあるし……」
「おいおい、アイツの言うこと信じるつもりかよ……?」
「ねえ。穣子。すまないが、守矢神社に行ってもらってもいいかい……?」

 お燐の頼みを、穣子は二つ返事で引き受けます。

「うん、いいよー! そっちの方が、優先順位高そうだし!」
「ありがとう! 助かるよ! ……ゴメンよ? ヤマメ」
「……まぁ、別にいいよ。ワナだったら逃げればいいだけの話だしね?」

 こうして穣子一行は、予定変更して守矢神社へと向かうのでした。

  □

 一方、静葉とにとりは、河童の住処に向かっていました。

「……ところで静葉さん。あの時の質問なんだけど……」
「あの時の質問と、いうと……」
「永遠亭でのだよ」
「ああ……。あれね」
「今更だけど、あの質問に何の意味があったのさ?」
「どうしても知りたかったのよ」
「今の暦なんかを?」
「ええ、そうよ。私にとってとても大事なことだったの。教えてくれてありがとう。おかげで助かったわ」
「ふーん……? まぁ、いいけどさ」

 と、不思議そうな様子のにとりを見て、静葉はふっと笑みを浮かべます。

(……ふむ、今はまだ、この子には伝えないほうが良さそうね)

 二人が河童の住処に近づくと、何やら様子がおかしいです。あちこちから煙が上がっています。

「にとり、なにかあったみたいよ」
「まさか、襲撃か!?」

 二人が急いで入り口に行くと、中では河童たちが何者かと小競り合いをしていました。どことなく河童に似ているようですが……。

「あぁー! アイツらか!」

 と、言いながらにとりは、背中のかばんからパイナップル爆弾を取り出すと、ピンを抜いて相手に向けて放り投げます。
 ボーンと、威勢のいい音とともに爆弾は炸裂し、その爆風で何人かが吹っ飛びます。

「……にとり、こいつらはなんなの」
「山童だよ。私たち沢河童と仲違いをして、山で暮らしているヤツらなんだ。今までもたびたび衝突してるんだけど、何もこのタイミングで襲ってこなくても……」

 思わず舌打ちをするにとりに、静葉が告げます。

「……ふむ。にとり。いいこと考えたわ。相手さんのリーダーを捕まえて、長官に差し出しましょう」
「あ、それ、ナイスアイデアだ!」

 さっそく二人は、山童のリーダーを探しはじめます。

「で、リーダーの見当はついてるの」
「……ああ、多分アイツだよ」

 そう言いながら彼女が、指さした先には、部下に命令を出す緑の髪の山童の姿が。たしかに彼女がリーダーのようです。

「オラァ! コレでも食らえ!」

 にとりは、彼女に向かっていきなり弾幕を放ちます。

「ウワッ!?」

 不意を突かれた彼女は、弾幕を食らって吹っ飛びます。どうやら戦闘能力はそこまで高くない様子。
 にとりはスキを見逃さず、彼女につかみかかります。

「よくも性懲りもなく、また攻めてきたな! この山猿ヤロー!」
「なにをー!? 両生類無勢で生意気な!」
「今日は絶対逃がさないからな!」
「望むところだ! 決着つけてやる!」

 静葉が見守る中、ゴロゴロ地面を転がりながら取っ組み合う二人。
 まるで子供のケンカです。そして、はげしい取っ組み合いの末、たかねはにとりの出したワイヤーでぐるぐる巻きにされてしまいました。

「よーし、いっちょうあがりだ!」
「くそー! ほどけ!」
「イヤだね。ほどいたら迷彩使って逃げるだろ?」

 リーダーが捕まった知るや、他の山童は一目散に逃げていってしまいました。薄情なヤツらです。

「こいつは山城たかねっていう、山童のリーダーさ」
「……よし、にとり。よくやったわ。この子を連れて長官のところへ行くわよ」

 二人はたかねを連れて、技術局長官が住むという建物へ向かいました。
 建物は工場のようになっており、中では機械やら装置やらがガチャンガチャンと音を出して動いています。

「この建物自体が製造施設なんだ。でも何の製造をしてるかまでは私には分からない」
「あなたでもわからないの」
「うん。上層部のみの機密事項みたいなんだ。だからごく限られた者しかわからないんだよ」
「……ふん。相変わらずだな。オマエら両生類どもは、そうやっていつも何でもかんでも隠したがるんだ。そういう秘密主義的なところ昔から変わってないよな! いい加減、工場からの排水で汚れた沢をなんとかしたらどうだ?」
「ああもう! うるさいヤツだな! こうしてやる!」

 にとりはたかねの口元を布で縛り付けます。

「むぐむぐ? むぐむぐ? むぐーー!」
「何言ってもムダだよ! いいから歩け! 歩け!」

 更に奥に進むと、やがてガードマンがいるゲートが見えてきます。
 どうやらこの奥は、関係者以外立ち入り禁止のようです。

「なんだオマエらは。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」
「ここを襲撃した山童のリーダーを捕まえてきた! 長官にあわせて欲しい!」

 にとりが伝えると、ガードマンは通信機で誰かと連絡を取ります。そして。

「……案内しよう。ついてこい!」

 ガードマンの案内でゲートの奥へ向かいます。ゲートの奥では何やら巨大な機械が製造中のようで、働く河童でにぎわっていました。

「……何をつくってるのかしら」
「見たところ、何かの兵器っぽいけど、ちょっとわからないな」
「ふむ、かなり大がかりなようね」
「むぅーぐぐ!」

 更に奥へ進むと、河童の皿をかたどったエンブレムの模様の入った分厚い扉が見えてきます。
 きっとあの奥が長官の部屋です。
 ガードマンは、扉の脇のパネルを操作します。するとゴゴゴゴ……っと音を立てて扉が開きました。

「この中で長官がお待ちだ。くれぐれも失礼のないように」

 そう言うと、ガードマンは去って行きます。

「さて。それじゃあ長官さんの御姿拝見といきましょう」
「あー。 ドキドキする……」
「むぅーぐぐぐぅ……!」

 静葉たちが恐る恐る部屋に入ると、中は薄暗く、なにやら無数の何かの装置が慌ただしく動いています。
 ゆっくりと奥へ進むと赤い絨毯が敷かれており、そして、その奥には玉座のような仰々しいイスが。しかし、誰も座っていません。
 その後ろの壁には、先ほどの扉にあった河童の皿マークのエンブレムが飾られています。

「あれ……?」
「誰もいないようね」
「留守かな?」
「わざわざ案内されて留守ってのはないでしょう」
「それもそうか。じゃ、もしかしてこのイスに何か仕掛けが……」

 にとりは椅子に座ってみました。すると

「ギャーーーーーー!?」

 突然イスから電流が流れ、彼女はイスから転げ落ちてしまいました。と、その時です。

「……そのイスはお仕置き用の電気イスだ。座ると痛い目にあうぞ」

 どこからともなく機械のような声が聞こえてきます。

「……うう、どこだ。どこにいるんだ……!?」

 にとりが起き上がってあたりを見回すと、なんと後ろの壁のレリーフから声が聞こえています。

「……私に何の用だ」
「あ、あなたが長官か!?」
「……いかにも。私が河童軍技術局長官にして最高指導者だ」

 長官が話すたびに、レリーフがホワンホワンと光ります。

 ……まるでどこぞの秘密結社のようなノリですね。

「……話は聞いている。山童のリーダーを捕まえてきてくれたようだな。ご苦労。さあ、ヤツを差し出せ」

 にとりは言われるままに、抵抗するたかねを差し出します。すると突然、たかねの足下に穴が開き、そのまま彼女は、落下してしまいました。

 一瞬の出来事にあぜんとする二人に、長官は告げます。

「……さて、他に用はあるか? ないならすぐに立ち去るが……」
「……い、いや、実は長官にお話があります……!」
「……話だと?」

 にとりは、勇気を振り絞って告げました。

「……長官! この戦争を今すぐ止めて下さい……! 今、天狗と戦争をしても何も利益はありません! お互いが戦って疲れている間に、もし吸血鬼たちが攻めてきたりでもしたら……」
「……オマエは、私にモノを申すというのか? 一河童の分際で」
「う……。いえ私は……」
「私が後先考えずに、戦争を仕掛けているとでも思ったか。オロカモノメ! ……もういい。オマエは、今日をもって河童の一族から追放だ。早々にここを立ち去るがいい!」
「そ、そんな……!?」

 追放を言い渡されて、うろたえるにとり。
 そのとき、成り行きを見守っていた静葉が口を開きます。

「……ちょっと。長官さん。それはあまりにも酷すぎるんじゃないかしら」
「静葉さん……!」
「……ほう。秋神か。オマエには確か疫病が流行ったときに救ってもらった恩がある。……話を聞こうか」
「この子の言うとおりよ。今は天狗なんかと争っているときじゃないわ。あなたは今の里の様子を見たことあるのかしら。正直、あそこまで悲惨な状況になっているとは思わなかったわ。生き物の気配は全くない。木々は枯れ果て、常にしょう気が渦巻いている。このまま放っておいたら、明日は我が身よ。河童たちも里の人間からは、少なからず恩恵を受けているはずでしょう。なら、今こそその恩を返す時じゃないのかしら」

 長官は、しばらく間を置いてから返します。

「……ふむ。オマエの言いたいコトは、十分理解した。……なら、こうしよう。おい、そこの河童!」
「ひ、ひゃい!?」
「……オマエに任務を与えよう。その任務に成功したら追放を取り消しにしてやる。受けてみるか?」
「も、もちろんです! なんなりと!」
「……では、天狗の総大将のところへ行って、こちらに話し合いの用意があるコトを伝えてこい!」
「はいっ! 承知しました!!」
「……オマエに河童の未来がかかっている! 吉報を待っているぞ……!」

 その後、書簡を受け取ると、二人は建物を後にしました。

「……う、うわぁー……。なんか大変なコトになってきたぞ……」
「そうね。でもやるしかないわよ」
「そうだね。なんせこっちには静葉さんもいるし! きっと大丈夫だよね?」
「……あら、それはどうかしら」

 そう言ってニヤっと笑みを浮かべる静葉。

「ちょっとカンベンしてよー! タダでさえビビってるんだから……」
「……ああ、そういえばにとり。こんな時に言うのもなんだけど」
「え、なにさ?」
「あなたのお姉さんにあったのよ」
「え!? 姉貴に……!?」
「そう。確か、みとりって言ったかしら」
「間違いない、姉貴だ! どこで!?」
「ここでよ。もしかしたら今もいるかもしれないわ。探してみましょうか」
「うん! ぜひあいたいよ!」

 こうして二人は、天狗の住処に行く前にみとり探しを始めるのでした。

  □

 そのころ穣子たちは守矢神社へ来ていました。さっそく本殿の前へ行くと穣子が呼びかけます。

「おーい! 誰かいるー? いたら返事してー!」

 すると奥の方からから「はーい」という返事が。

 三人が神社の奥の住居部分の方へと向かうと、その入り口の渡り廊下に見覚えある緑の髪の少女の姿が……。

「おい、早苗じゃないか!」
「あれ? お燐さん! それに穣子さんに、ツチグモ妖怪の……。えーと、オマメさんまで!」
「ヤマメだよ!?」
「いったい三人でどうしたんですか?」
「こいしさまがここにいるって聞いたんだけど」
「あ、こいしさんですか? こいしさんならさっきフラリと出て行きましたけど……」
「ありゃりゃ。入れ違っちゃったかい」
「多分すぐ戻ってきますよ。多分こころちゃんのとこに行ったと思うので……」
「ああ、彼女のとこかい。それならいいけど……」
「あ、そういえば! 穣子さん、穣子さん!」
「ふえ?」
「こいしさんが言ってましたけど、ちょっと前に静葉さんもここに来たみたいなんですよ。私はちょうどいなかったんですけど……」
「えっ!? 姉さんがここに!?」
「はい。あと、にとりさんと文さんも」
「えぇー!? にとりのヤツも!?」
「……なんとまあ。こっちもこっちで入れ違っちゃったってワケかい」
「な、なんてコト……。……そういえば早苗。あの二人の神さまは? 何か気配ぜんぜん感じないんだけど?」
「……ああ、神奈子さまも諏訪子さまも、あいにく留守でして……」

 と、その時です。

「……あれー? 皆、ゾロゾロそろってどうしたのー?」

 いつの間にかこいしが、フラリと帰ってきていました。

「あ、こいしさん! おかえりなさい!」
「あっ! こいしさま!? 探しましたよー!」
「あ、お燐じゃん! 久しぶりー! 元気だったー?」

 のんきに手を振る彼女に、お燐が言い放ちます。

「元気だったー。じゃありませんよ! さとりさまが心配してましたよ! 帰って顔見せてやって下さいよ?」
「はーい」
「そんで、いったい、アンタはここで何してたのよ?」
「お留守番だよー」
「お留守番って、早苗と……?」
「ううん。ちがうよー私一人だよー」
「へ……?」
「うん……?」
「何それ。どういうこと……?」

 思わず首をかしげる三人に、こいしが言います。

「早苗は、たまたまここに来てただけで、私はずっとここで留守番してるんだよー」
「……ゴメン。ますます意味分かんない……。だってここ、早苗の家でしょ?」

 思わず頭を抱える穣子。
 すると早苗が、神妙そうな表情で口を開きます。

「……実は、神奈子さまたちの命令で、私は今、別な場所で過ごしているんです。なんでも、ここにいるのは危険だって。今ここにいるのは、本当に、たまたま帰ってきていただけで……」
「あ、そーいうコト! 納得したわ!」
「……へえ。それじゃあ普段はどこにいるんだい?」
「ごめんなさい。それは誰にも言うなって……」
「ふむ。そうなのかい」
「……ほーん? なんかよくわかんないけど、そんでかわりにアンタが、神社の留守番してたってワケなの? こいし」
「そーいうコトー。たぶん、おそらく、私が思うにはー」
「そもそもなんでアンタが、神社なんかにいるのよ!?」
「さーあ? それこそ神の気まぐれってヤツじゃないかなー?」

 穣子の質問にこいしは笑顔で応えます。
 いかにも何も考えてなさそうなカラッポの笑顔です。
 どうやら、ここは彼女との会話に慣れているお燐にまかせた方が良さそうです。

「よし! お燐! ここはまかせた!」
「……こいしさま。教えて下さい。あの二柱の神さまは、一体どこへいったんですか?」
「あーうーん。どうしてもやらなきゃいけないコトがあるって言って、どっかいっちゃったよ」
「どうしてもやらなきゃいけないコト……ですか。それで、こいしさまはなぜ神社へ?」
「うん。オンバシラの神に頼まれたのよ。『お前にここの留守をまかせる。早苗のコトも頼んだぞ! オホン!』って」
「神さまが、こいしさまに……?」
「いや、ほら。だからなんでアンタなんだって、私は聞いてるのよ……」
「……いや、待てよ?」

 お燐は、いぶかしげそうにこいしにたずねます。

「……ねえ、こいしさま。それっていつごろ頼まれましたか?」
「えーと。もう結構前の話だよー。多分、数百年くらい前かな?」
「ええ!? 数百年も!?」
「いやいや。さすがにそれはないよ。穣子。……でも、こいしさまが、いなくなってもう数年は経ちますし。つまり、ここを任されてたから地霊殿に帰れなかったってコトですか?」
「あー。そうそう。そーいうコトだねー。さすがお燐!」
「……だ、そうだよ?」
「いやいや。私たちに言われても……?」

 急に話を振られ、困惑する穣子を尻目に、今度はヤマメが、いぶかしそうにお燐にたずねます。

「……おい。というコトは、もしかして『あの日』が関係してるってコトか?」
「さすがヤマメ。恐らくそういうコトになる。『あの日』が起きたのもちょうど数年前あたり。こいしさまがいなくなったころと時期も重なる!」
「……ええと? つまりここの神さまたちは、こいしの力を信じて神社と早苗をまかせたってコト……?」
「いや、もしかしてこいしさまがいなくなったコトで、あたいが動き出すの狙ってたのかも……?」
「うーん? それはそれで、何でそんな回りくどいコトを? あの神さまたちが直接地底に行けばよかったんじゃないの?」
「そうそう。それになんで、あの典っていう変な狐ヤローが、ここにこいしがいるコトを、私たちにわざわざ教えたんだよ? だいたいアイツは何なんだ?」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ!? さすがのあたいも、そんないっぺんに喋られたら混乱しちまうよ!?」

 思わず頭を抱えるお燐。更に。

「さあー! もりあがってまいりましたーもりあがってまいりましたー」

 などと言いながら、無意味にはやし立てるこいしが、場のカオスさに拍車をかけます。

 もはや収拾がつかなくなってしまうのではないかと思われた、そのときです。

「……分かりました。私が全部話します」

 早苗が意を決したように口を開きます。

「早苗……。いいのかい?」

 お燐の言葉にコクンと早苗は頷くのでした。

  □

 そのころ、天狗の住処では……。

「……まったく呆れたものですね。どうして今更ノコノコと帰ってきたんですか? こうなるとわかっていたでしょうに。……射名丸文」

 文は謀反の罪で捕まり、残念なコトに牢屋に閉じ込められてしまっていました。
 オリの外から典が彼女に話しかけますが、彼女はうつむいたまま何も答えようとしません。

「……この世はキレイゴトだけでは上手くやっていけない。清濁あわせ持つコトが肝要。アナタはそれを誰よりも知っていたハズですよ。一体どうしたというのです。……まさかとは思いますが、あの秋神に感化されたとでもいうのですか?」

 ようやく文が、重々しく口を開きます。

「……私は、ケジメをつけたいだけです。自分自身に」
「……やれやれ。……まったく、アナタには失望しましたよ。射名丸文」

 言いたいだけ言うと、典は去って行ってしまいます。

 その後も文はうつむいたまま、じっとしていました。

 途中で椛がやってきて、何度か文に話しかけましたが、その間も彼女は一切口を開きませんでした。そして。

「……文。顔を上げなさい」

 声に気づいた文が顔を上げると、そこには彼女の上司である飯縄丸龍の姿がありました。

「……龍さま」

 龍は困惑した様子でため息をつくと文に言います。

「……いったいどうしてしまったというんだ、お前は。こんなコトをするヤツではなかっただろうに」
「……すいません。龍さま」
「……文。一度しか言わないからよく聞け」

 コホンと咳払いをすると彼女に告げます。

「……もし、今のうちに、もう一度思い直してくれるというのならば、今回の件は不問にしてやってもいいぞ」
「え……?」
「……もちろん私の権限による特別措置だ。……それだけお前は、我々にとって重要な存在というわけだ」

 文は龍の顔をしばらく見つめていましたが、やがて意を決したように口を開きます。

「……龍さま。私は里に行って、今の里の現状を見てきました」
「……何?」
「……想像を絶する有様でした。その様子をとった写真は、私のカバンの中にあるので、ぜひ見て下さい。……龍さまならきっと分かってもらえるかと思います」
「……何が言いたいんだ」
「お言葉ですが、龍さま。今は河童と戦争なんかしている時じゃありません。もし、あの吸血鬼がこちらに牙をむいたら、ここも里のようになってしまいかねません。今は河童たちといがみ合うより、協力して紅魔館一派を叩くのが……」
「……そうか。わかった」
「龍さま……!」
「……文。どうやらお前は、考えを改める気はないようだな。ならば仕方ない……」

 ハッと何かを悟った様子の文に、龍は冷たく言い放ちます。

「射名丸文! お前を謀反の罪で打ち首の刑に処す!」

 更に追い打ちをかけるように付け加えます。

「処刑執行は明日の朝だ。それまで己の犯した罪を、ゆっくりと振り返っておけ」

 そう言い残して、龍は去って行ってしまいました。

 それからしばらく経ってから、バタバタバタと誰かが駆け寄ってくる気配が。

「射名丸さま!!」

 血相を変えて走ってきたのは、椛でした。

「……どうしたのですか。そんな焦って」
「話を聞きました! ……そんな! どうして……!」

 彼女は思わずオリの前で、ひざまづいてしまいます。

「……椛。落ち着きなさい。アナタらしくありませんねえ」
「ごめんなさい! 射名丸さま! ううっ……私がっ! 私がアナタのコトを報告したばっかりに……こんな……っ!」

 涙混じりに告げる椛。
 文は落ち着かせるように、彼女に告げます。

「……椛。それは違いますよ。アナタは自分の任務を全うしただけです。職務に忠実で、とても結構なコトじゃないですか。私のコトならお気になさらず。なるようになっただけですから……。でも、ゴメンなさいね。アナタを裏切るような結果になってしまって……。そこだけは謝り……」
「いえ、違うんです! 射名丸さま! 私は任務のためになんかじゃなくて……。射名丸さまが、遠くに行ってしまうのが怖くて……。それで……うううっ!」
「……椛。聞きなさい。アナタはただ職務を全うしただけなんですよ」
「……え?」
「なんたってアナタは、私の自慢の部下なんですからねえ? 私の部下が職務に私情を挟むなんていう、あまりにも幼稚で低レベルで子供じみたコトをするわけないですよねえ?」
「……むぅ。こんな時でもそんなコト言うんですか……?」
「あら、イヤミにでも聞こえましたか……? それは心外ですねぇ。私は心の底からアナタを褒めているというのに……」

 そう言って文は、意地悪そうな笑みをにやっと浮かべます。

 思わず椛は、むっとした様子で、何か言い返そうとしますが、思いとどまると

「それでは、失礼しますっ!」

 と、言って一礼し、そのまま足早に去ってしまいます。
 文はその様子を、何度もウンウンと頷きながら眺めていました。

「……ふう。私の犯した罪か。そんなの数え切れないわね……」

 彼女は自嘲気味な笑みを浮かべ、思わず虚空を見つめるのでした。

  □

 さて、一方そのころ、静葉とにとりは、みとりを探して河童の住処を歩き回っていました。しかし、思い当たるところを手当たり次第探したものの、彼女は見つかりません。
 仕方なく二人はとりあえず喫茶店で、休憩するコトにしました。
 きゅうり味のコーラなるものをたしなみながら、憩いのひとときです。

「……そういえば、あなたのお姉さんってどういう人物なの。普通の河童と違う感じがしたけど」
「……姉貴は、ワケあって普段は地底に住んでるんだよ。まさか地上に来ていたとはね……」
「ふむ。何か理由があったのかしらね。例えば、長官に呼ばれたとか」
「その可能性はある。っていうのも姉貴は、機械に関する知識は私より上なんだ。そんな逸材をあの長官が放っておくわけがない。……でも、見たところあの工場にはいなかったんだよなあ……」
「そうね。いたらすぐわかるものね。目立つし」
「……と、なると、もしかして地底に帰ってしまったのかな?」
「その可能性もあるけど、とりあえずもう少し探してみましょう。それでいなかったら、今回は諦めましょうか」
「……そうだね」
「……ところでにとり」
「何だい?」
「……このジュース、まずいわね」

 思わず顔をしかめる静葉に、にとりは言い返します。

「なに言ってんだよー!? これ以上に美味しいジュースはないよ!?」
「……そうなの」
「そうだよ!? 爽やかな炭酸に加えて、まるでとりたてのキュウリのようなこのみずみずしいフレーバー! このうえないベストマッチじゃないか!? まるで、奇跡と偶然、太陽と月! どこをどうとっても完全無欠のドリンクだよ! こいつの美味しさがわからないなんて……。静葉さんもまだまだだね!」

 などとまくしたてながらにとりは、そのジュースをあっという間に飲み干してしまいます。

「……ふむ、種族の違いってものは、かくも大きいものなのね」

 と、静葉も一人で勝手に納得して、とりあえずそのドリンクを飲み干すのでした。

  □

 一方、穣子たちは……。

「……そうだったのね。早苗。アンタ大変だったのねぇ」
「……うう。これはお涙頂戴モノだなぁ」

 そう言ってヤマメは、思わずハンカチを取り出して顔をふきます。って、目じゃないんですか。

「……なるほどねえ。そういうコトだったのかい。話してくれてありがとう早苗。おかげで、これで全部繋がったよ。……あとはあたいらにまかせておくれ」
「はい……」

 お燐の言葉に、早苗は、目をうるませながらうなずきます。

「……さて。で、これからどうするかだが……」
「そんなの決まってるでしょう! カチコミよ! カチコミ!」
「……穣子。カチコミってのはヤクザとかが使う言葉だから、この場合は殴り込みって言った方が正しいかと……」
「そんなのどっちも一緒よヤマメ! とにかくやってやろうじゃないの! 早苗を泣かせるなんて許さないわ!」

 一人で盛り上がる穣子を、しずませるようにお燐が告げます。

「……気持ちは分かるけど、少し冷静になろうか。殴り込みに行くとして、天狗側と河童側どっちに行くつもりだい?」
「うーん。勝ち目がある方がいいから、河童かなー?」
「相変わらずテキトーだなぁ……。穣子は」
「じゃあ、そういうアンタはどっち選ぶのよ!?」
「私なら天狗だね。ここから近いし」
「近い? そんな理由で!?」
「何言ってるんだ! 距離は大事だろ!? ローマの道も一歩からって言うじゃないか!?」
「あー……。お二人さん。あたいの意見も聞いてもらってもいいかねえ?」
「いいわよ! 許す!」

 お燐は、コホンと咳払いをして二人に告げます。

「……いいかい。そもそもの話。どちらを攻めに行くにしても、まず、戦力が致命的に足りないよ。このまま三人で乗り込んでも、どっちにしろ蹴散らされて終わりだ。まずは戦力を確保することが先決じゃないかい?」
「まあ、それはそうなんだけど……」
「戦力ったって誰を助っ人に呼ぶんだよ?」
「あ、そうだ! 昨日酒場にいたあのリグルって虫妖怪はどう?」
「あーだめだめ。アイツ、虫は虫でも弱虫だから」
「……そっか。でも、じゃあ他に誰がいるのよ?」
「うーん。お空のヤツは、呼べそうもないしなぁ……」
「……んー。まぁ、心当たりが一つだけあるから、あたいがダメ元で手配してみるとするよ」

 そう言ってお燐は、さっそくゾンビフェアリーを呼び出すと、何かを告げます。
 どうやら何かお使いゴトを頼んだようです。妖精はそのまま姿を消しました。
 お燐は更に話を続けます。

「……さて。次は天狗と河童どっちを攻めるかだけどね。フェアリーの情報によると、どうやら静葉さんとにとりは、河童の住処に向かったようだよ」
「と、なると! 私たちは天狗の方で決まりだな!」
「よし! じゃあ、さっそく乗り込むわよ!」
「待った待った! まだ話は終わってないよ!?」
「何よ。もう決まりでしょ!?」
「いやいやいや。攻めると言っても、せめて策くらいは立てようじゃないか……?」

 と、いうお燐の提案に対して、二人は平然と言い放ちます。

「策? 策なんか立てたって、どうせその通りになんかならないわよ!」
「そうそう! いざというときに頼れるのは己の底力! 策なんて立てても無意味無意味!」

(……あ、ダメだ! この二人。致命的に戦に向いてない……っ!?)

 お燐は、思わず頭を抱えてしまいます。

「……あのねぇ? お二人さんさぁ。策立てても確かにその通りにならないかもしれないけど、ある程度の道筋としてあらかじめ立てておくと後々、なにかと有利なものなんだよ……?」
「でも、具体的にどうやって立てればいいのよ?」
「そうだねえ。まず、助っ人を頼んだと言っても、それでも戦力差は歴然だろう。ならば正面突破は、まず難しいだろうね。そもそもの話、天狗の住処にたどり着くまで白狼天狗に見つかったら、そこでやられてしまうだろうし」
「じゃあ……。お手上げじゃないのよ!?」
「どうしろってんだ!」
「だからさ。それを何とかしてくれるのが策という……」
「よし! やっぱり難しいコト考えずに勢いで乗り込みましょう!」
「そうだそうだ! 力こそ正義だ!」
「……あのさ。話を最後まで聞いとくれ。頼むから」

 口より先に手が出る脳筋タイプの二人に、お燐は、思わず大きくため息をついてしまうのでした。

 穣子たちのやりとりを見ていた早苗は、思わず一言。

「……ねえ、こいし。この三人にまかせて本当に大丈夫なのかしら?」

 こいしは、笑顔で首を揺らしながら答えました。

「うーん。たぶん大丈夫だとおもうよー? お燐いるしー」

  □

 ところ変わって天狗の住処。
 風が吹きすさぶ岩山の上に龍はたたずんで、夜空を見上げていました。

 そこへ典が、こーんこーんと現れます。

「どうですか龍さま。今宵の星の様子は……」
「ああ、典か……」
「ふむ。なにやら浮かない様子ですね……?」
「……典よ。私がしようとしているのは、果たして正しいコトなのだろうか」
「……急にどうしたんですか。……もしかして凶星でも見ましたか?」
「……いや、ちょっと色々思うところがあってな」

 そのとき、二人の間に、一陣の風が吹き抜けます。

「……ま、私は龍さまが望むままに動けばいいと思いますけどねえ?」
「……望むままにか」
「……ま、なんにせよ、私はあくまで従者。龍さまがどうなっても、私はついて行くだけですから」
「そうか……。ところで、オマエは文の写真を見たか」
「いえ……?」
「……私の机の上に置いてある。ぜひ見ておいてくれ」
「……わかりました。後ほど確認しておきますね」

 それっきり龍は黙ってしまいます。
 典はやれやれといった様子で苦笑を浮かべると、無言でその場を立ち去ります。

 そして彼女は、少し離れたところでおもむろに懐から小さな宝玉を取り出すと誰かと連絡を取り始めました。

「……私です。……はい。……ええ。どうやら大きくことが進展しそうな気配です。……ええ。わかりました。……もちろんです。では、また……」

 彼女は宝玉をしまうと、ニヤッと笑みを浮かべます。

「ふふふ……。面白くなってきたわ……」

 彼女は、そう呟くと、ふと空を見上げます。空には満天の星空が瞬いています。

  □

 そのころ、静葉とにとりはというと……。

「そんなこんなで夜が来ちゃったわね」

 二人はあの後も、みとりを探し続けましたが、とうとう彼女は見つかりませんでした。

 トボトボと夜の街並みを歩く二人。

「はぁ……。姉貴にあいたかったなぁ」

 落ち込むにとりに、静葉は言います。

「仕方ないわ。今回は見つからなかったけど、きっとそのうちあえるわよ」
「うん、そうだね。……きっとそうだよね」

 ふと、二人の目の前に、やたら中が明るい店が。どうやら酒場のようです。

「よし、にとり。景気づけに一杯やりましょうか」
「うんっ! そうしよう!」

 二人が酒場の中に入ると、中は仕事を終えた河童たちでしょうか。なかなか賑わっているようです。
 さっそく二人は、隅のカウンターに座ると注文を頼みます。

「ええと。キュウリビールひとつ!」
「私は大吟醸辛口で」

 ほどなくして二人の前に注文したモノが、つまみのもろきゅうとともに置かれます。

「よし、それじゃかんぱーい!」
「かんぱい」

 グラスを交わし、二人のささやかな晩酌がはじまりました。

「はー……。仕事の後の一杯は格別だねえ!」
「ええ、そうね。あのあと、仕事らしい仕事は何もしてないけどね」

 ふと、静葉はあたりを見回します。
 すると、のんべえ客に紛れて、窓側席の奥の方に何やら見覚えのある人物の姿が……。あ、あれはまさか……?

「……にとり、あれ見なさい」
「ん……何?」
「ほら、あそこの窓側の席」
「窓際……? あっ……!?」

 思わず言葉を失うにとり。
 さっそく二人は、その人物の元へ近づきます。
 その人物は二人には気づかず、一人で窓の外を見ながら、赤い酒をたしなんでいました。おそらくレッドアイでしょうか。
 静葉は、彼女にそっと声をかけます。

「……またあったわね」

 声に気づいた彼女――みとりは、驚いた様子でこちらを向きます。

「アナタは……! 静葉さま!」
「さんでいいわよ」
「いやいや、あの時はお世話になりました! アナタがいなかったらどうなっていたか……」
「変わらず元気そうね。ところで、今日はあなたにあわせたい人物がいるのよ」
「あわせたい人物……?」
「この子よ」

 と言って静葉は、そわそわしている様子のにとりを、彼女の前に立たせます。

「あ、姉貴。……その、久しぶり……?」
「にとり! ……オマエ!」
「二人で、ずっと探してたんだけど見つからなかったのよ」
「……ああ、そうだったのか。それは申し訳なかった。ちょっとヤボ用でここを出ていたんだよ」
「そうだったのね。それは見つからないわけだわ」
「ね、ねえ、姉貴……。実は相談があるんだけど」
「なんだ? 先に言っておくが、カネなら貸さないぞ?」
「いや、違うんだよ。ええと……」

 にとりは、これまでの経緯をみとりに話しました。

「……なんと! オマエはそんなコトになっていたのか……」
「そうなんだよ。もう……。私、どうしたらいいのか……」

 みとりは、弱気になっているにとりの肩をつかんで告げました。

「……大丈夫だ。オマエならきっと出来るさ!」
「……姉貴」
「にとり、どんなときでも自分を信じるんだ。そうすれば自然に道は開けていくさ。……私がそうだったように」
「……うん」

 静葉は、言葉を交わす姉妹の様子を、複雑そうな表情で見守っています。

「……すいません。静葉さま。あ、いえ、静葉さん」
「何かしら」
「……この子のコトを頼みます!」
「……ええ。もちろんよ」
「……私もいずれ、アナタの力になれるときがあると思うので……」
「ええ。その時はよろしく頼むわね。みとり」

 そう言って静葉は、ふっと笑みを浮かべました。そして三人は、そのまま朝まで酒を酌み交わすのでした。

  □

 そのころ、穣子、ヤマメ、お燐の三人は、天狗の住処へと向かって夜の山を突き進んでいました。

 もちろん、これから一緒に殴り込みにいくためです。ヤーヤーヤーです。

「はぁ……。結局、ロクな打ち合わせも出来ずに乗り込むコトになってしまうとはね。トホホ……」

 お燐はイマイチ気が乗らない様子。しかし反対に二人はヤル気満々です!

「大丈夫よ。お燐! こういうのは勢いが大事なのよ!」
「そうそう! それに夜が明ける前に襲撃した方が、こっち側に有利だろ?」
「……もう、あとは神にでも祈るしかないね……」
「あら、それなら心配ないわよ?」
「どうしてだい」
「だって、私が神だもの……!」
「……ああ、そういえばそうだったねえ」

 胸を張る穣子の様子を見て、余計うなだれるお燐。
 そのときです。

「なんだオマエらは!?」

 三人の前に下っ端白狼天狗が現れます。
 どうやらグダグダやっているうちにいつの間にか、天狗の領地に侵入していたようです。

「よーし! 手始めにコイツで、肩慣らしと行くか!」
「よっしゃー! やるわよー!」
「……やれやれ、仕方ないね」
「な、なんだ? オマエらは……!?」

 ヤル気満々な三人の様子に、下っ端白狼天狗は思わずたじろいでしまいます。
 その後、三人の集中攻撃を受けて、彼女はのされてしまいました。あわれー。

「よし! 最初の勝利だな!」
「この調子でいくわよー!」
「まったく、先が思いやられるよ……」

 と、三人の前に、騒ぎを聞きつけた下っ端白狼天狗達が次々と姿を現します。

「ほーら。団体さんのお出ましよ!」
「よーし! やってやるよ!」

 その後も三人は、下っ端の白狼天狗達を次々と蹴散らしていきます。

「なんだなんだ。案外たわいもないもんだな!」
「そうよ! 私たちのコンビネーションの前に敵はいないのよ!」
「おいおい二人とも、そんな調子に乗っていると……」

 その時、目の前にいきなり弾幕が放たれます。

「うお!?」
「ひゃあっ!」
「……ほーら。おいでなすった!」
「……この先はぜったい通さん!!」

 そう言って三人の目の前に立ちはだかったのは、またしても椛でした。

「出たな! よーしこの勢いで、こないだの借りを返してやる!」
「……ねえ、なんかアイツ、目元ハレてない?」
「……そういや確かに。もしかして泣いてたのかねえ?」
「うるさい! うるさい! 今、私は非常にキゲンが悪いんだ!」

 椛は剣と盾を構えると、いきなり斬撃をメチャクチャ放ってきます。

「うわっ! やべっコイツ、なんかしらんけど怒ってる!?」
「ちょっと!? アンタ、手加減しなさいよ!?」
「するわけないだろう……。あたいたちは敵なんだから」

 三人は椛のドトウの攻撃に避けるので精一杯です。

「フン! このまま我が刀のサビにしてくれる!」

 椛は弾幕を放ちながら、剣を構えて素早く襲いかかってきました。

「ちょっ!? タンマ!? ギャーー!?」

 穣子は弾幕を避けきれず吹っ飛んでしまいます。

「あっ! 穣子が!?」
「ヤマメ! ここはいったん退却した方が……」
「オマエら! 逃げられると思うなよ!」
「え……!?」

 二人が気がつくと、あたりは白狼天狗たちに取り囲まれていました。

「……ゲゲッ。いつのまに!?」
「……これは、もはや、これまでか……」
「フン! この場で斬り捨ててやる! 覚悟しろ!」

 と、椛が刀を構えて斬りかかったそのときです。

 突然あたりにドドド-ンと爆音が鳴り響いたかと思うと、まわりの白狼天狗が一撃で吹き飛んでしまいました。これはいったい何ゴトでしょう!?

「む!? な、何だ……!?」
「……ふー。やれやれ、ようやく追いつけたか……!」

 そう言いながら、砂煙の中から姿を現した者の姿を見て、ヤマメは思わずギョッと目を丸くさせます。
 それもそのはず、現れたのは、なんと……!

「……よぉ! 久しぶりだな! ツチグモ!」
「おっ……オマエは……!! ほ、星熊勇儀!?」
「……やれやれ、勇儀。遅かったじゃないかい。……まったく肝を冷やしたよ」

 お燐は、ホッとしたように息をつきます。

「どどどど、どういうことだよお燐!? なんでコイツがここに!?」
「ほら、言っただろ? 助っ人を手配したって……」
「えっ!? まさか助っ人って……」
「……ああ、そうさ! そのまさかだよ」
「はぁー!? ウソだろー!?」
「はっはっはっはっは!!」

 勇儀は豪快に笑うと、二人に告げます。

「遅くなってすまないな。古明地さとりの命を受けて、山の四天王一角、星熊童子こと、この星熊勇儀、助太刀に参った!」

 勇儀は盃を構えたまま、悠然と構えています。強者の風格です。

「なっ……!? なぜだっ!? な、なぜ鬼がコイツらの助っ人なんかに……!?」

 さすがの椛も動揺を隠せず、思わず後ずさりしてしまいます。

「さあ。かかってこいよ?」
「ぐぬぬぬぬぬっ……!! ええいっ! ……覚えてろっ!」

 捨てゼリフとともに、彼女は歯ぎしりをしながらその場を去って行ってしまいました。

「……なんだ。敵前逃亡とは、面白みのないヤツめ」
「ふー。やれやれ、なんとか助かったようだね……」
「ああ、本気で死ぬかと思ったよ」
「まったくだよ」
「……でだ。お燐」
「あい」
「事情。説明して」
「ああ、いいとも。実はね……」
「あ、ちょっと待って!」
「なにさ?」
「穣子起こしてくる」
「あ、はいはい」

 ヤマメは、穣子をたたき起こすと皆のところへ連れてきます。ところが……。

「ぎゃあああああああ!? 鬼が出たぁーーー!?」

 彼女は勇儀の姿を見て再び気絶してしまいました。

「ああっ! 穣子!?」
「……そりゃそーなるねえ。顔に水でもかけてやって起こしてやっとくれ」
「はっはっはっは! まったく賑やかでいいコトだ!」

 その後、改めて復活した穣子を交えて、事情説明が始まります。

「……どうして鬼の協力を得られたか知りたいんだろう? 簡単な理由だよ。勇儀はさとりさまに色んな負債があるんだ。それで今回、それをチャラにするってのを条件で、助っ人に借り出されたってワケさ」
「……ああ。概ねそんな感じだな。まあ、故意ではないんだが、お恥ずかしながら、どうもうっかり家を壊してしまったり、地面に大穴開けてしまったりするコトが多くてな……。そのたびに、さとりのヤツに都合つけてもらってるんだ」

 そう言って、目を閉じて、ふっと笑みを浮かべる勇儀。
 ……いくらカッコつけても、言ってる内容で台無しですが。

「……まあ、確かにアンタ、見るからに力強そうだもんねえ。でも、どうしてそれがさとりに関係あるワケ……?」
「……なんだ。そこまで説明する必要があるのか。実はな。あの旧地獄街道一帯は、さとりの所有地なんだよ。私たち鬼はアイツに土地を借りて、そこに家を建てて住んだり、店を開いて商売したりして生活しているのさ。当然、土地代はアイツに払っているよ」
「なるほど! そりゃ、さとりに頭上がらないわけね!」
「しかし、それにしても鬼が……。それも山の四天王の一人が味方につくなんて、こんなに心強いコトはないよ! 凄いや! お燐!」
「いやいやー。まさか上手くいくとは思わなかったので、正直あたいが一番驚いてるよ」

 そう言いながら思わず、照れ笑いを浮かべるお燐。
 そこへ勇儀が三人に告げます。

「……さて。お三方。間もなく夜明けとなるぞ。これからどうするつもりなんだ?」
「……ああ、そうだね。せっかく勇儀も加わったことだし、改めて作戦の計画を立て直そうじゃないか」
「そうだね! 鬼の力を得られたなら百人力だ!」
「よし! 天狗どもにギャフンと言わせてやりましょう!」

 こうして、強力な助っ人を味方に加えた穣子一行は、殴り込み作戦の練り直しにかかるのでした。

  □

 夜明け前の天狗の住処にある大広場。

 多くの天狗達で集まる憩いの場所です。そこの中央で文ははりつけにされていました。
 見物人に囲まれながら、うつむいている彼女の前に典が現れます。

「……まったく。アナタは本当に愚かですね。何が自分のケジメをつけるですか。こうなるコトは分かっていたでしょうに……」

 典の言葉に、文はうつむいたまま答えます。

「ええ。わかっていました。……でもそれでも、望みを捨てきれなかった。龍さまにきっと通じると……」
「……で、その結果がこのザマというわけですか……? まったくブザマ以外の何モノでもない」

 呆れた様子の典に文は呟くように言います。

「……私は龍さまを信じる」
「……やれやれ。この期に及んでまだそんなコトを言えるとは、大したものですねえ。呆れを通り越して、むしろ尊敬に値しますよ」

 鼻で笑う典に、文は真面目な表情で告げます。

「……私は里の現状を見てきたんです。今は天狗や河童がいがみ合っているときじゃない。それは龍さまにもきっとわかってもらえるはず」
「……ふーん。それじゃ、なんですか。アナタはまさか、天狗と河童で手を組めとでも……?」
「ええ、できるなら、それが一番、理想的ですね」
「……そんな夢物語を語っている場合ではないでしょうに……。アナタはこれから処刑される身なんですよ? ……まったく」

 典はふうと息をつくと、急に真顔になって文にたずねます。

「……あなた怖くないんですか? ……死ぬのが」

 典の質問に文は、はっきりと答えました。

「ええ。不思議なコトに本当に何も恐怖を感じないんです。無の境地というか。これが、これから処刑を受ける者の心境というものなのでしょうかね」

 そう言って、ふっと笑みすら浮かべる文に、典は不敵に笑って言い放ちます。

「……ふむ、そうですか。……ならば、己の運命を変えてみなさい。射名丸文。……出来るものならね」
「え……?」

 しかし典は、そのままこーんこーんと去って行ってしまいました。

  □

 同じころ、龍は椛から鬼が襲撃に来たコトを聞き、総大将に報告に来ていました。
 総大将は珍しく焦りの色を見せる彼女に告げます。

「……龍。何一つ焦る必要はない。例え、多少の犠牲が出ようとも我々は成すべきコトがある。それが種族の宿願ではなかったのか」
「はっ! ……ですが、しかし」
「……どうした」
「……我々は本当に正しいコトをしているのでしょうか。今、河童と争うコトが果たして正解なのか……」
「……龍。お前の部下の射名丸文の処刑が、もうすぐだったな」
「……はい」
「一つ聞くが、わざわざ公開処刑を選んだ理由は」
「……はっ! 見せしめのためです。裏切り者の末路はこうなるというものを種族に伝え、種族の団結力を高めるための」
「後悔はないか」
「……はい。それが、我が種族のためとなるのならば……」
「そうか……。ならば、お前にある使命を与える。ちこう寄れ」
「はっ……」

 龍が言われるままに、御簾のそばまで近づくと、総大将は彼女に言い放ちます。

「……飯縄丸龍。おまえが射名丸文の処刑を執行しろ」
「な……っ!?」

 総大将の思いがけない言葉に、龍は思わず言葉を失ってしまうのでした。

  □

 さて、そのころ、穣子、ヤマメ、お燐、勇儀の四人は、天狗の住処の近くの森で車座を組んで作戦の立て直しを図っていました。

「……作戦の練り直しったってどうするのさ?」
「大丈夫。あたいにいい考えがある!」

 そう言ってお燐は、ウインクをします。

「……それ大丈夫なのか? 何かフラグのような……」
「……ま、話を聞くだけ聞いてから判断しても遅くはないだろう。あまり悠長にやってると夜が明けてしまうが」

 勇儀は落ち着いた様子で、盃に口をつけます。酒クサいです。

「そーそー。お燐はウチの姉さんみたいに、頭回るみたいだから信用できるわよ」

 穣子はそう言いながら、寝そべって干しイモをかじっています。
 ってアナタそれどっから取り出したんですか。

「おいおい……。なんなんだよ? 酒飲んだり、芋食ったり、この緊張感のなさは……。とてもこれから敵地に乗り込むって感じじゃないぞ!?」

 まわりの様子に思わずため息をつくヤマメ。……その気持ちよくわかります。

「はっはっは…! 何事にも余裕ってのは大事なのさ。クロマメさんよ」
「ヤマメだよ!?」
「……さて、それじゃ、さっそくだけど、その前に確認したいコトがある」
「っていうと……?」
「まず、そもそもあたいたちの殴り込みの目的はなんだい? ヤマメ」
「ええと……。天狗に一泡吹かせるだっけか?」
「もちろん、それはそうなんだけど、具体的に何をすれば目標達成になるかって話さ」
「目標達成……。ああ、そういえば、きちんと決めてなかったような……」
「そう。まず、そこからなんだよ!」

 お燐が二人にそう言い放つと、それまで酒を飲んでいた勇儀が口を開きます。

「……おいおい。マジかよ? そんなコトも決まってなかったとは呆れたもんだな。殴り込みって言うくらいだから、てっきり敵のカシラを叩きにいくんだとばかり思っていたが」
「いや、本来それが一番ラクなんだけどねえ。……でも、その、なんていうか、後々のコトを考えるとそうもいかなくて……」
「……ふーん。なかなかフクザツな事情があるようだな」
「……ああ、実はあたいらとしては、最終的に天狗と河童に同盟を組ませたいと思っているんだ」
「ほう、それはまた難儀な……」
「え……っ!?」
「んぐっ……!?」

 驚きのあまりに穣子は、干しイモをのどに詰まらせました。

「んぐぐぐぐーっ!?」
「おいおい。神さま、大丈夫か……?」

 心配した勇儀が背中を叩いてあげますが、どうやら力が強かったようで、その一撃で彼女は今度は気を失ってしまいました。
 まったく世話の焼ける神です。

 三人は、もう穣子のコトはほっといて話を進めるコトにしました。

「……ねえ。それ、私、聞いてないんだけど!?」
「……ああ、そういえば。二人に言うの忘れてたね!」

 そう言ってペロッと舌を出すお燐。

「いや、言ってくれよー! 大事なコトじゃん!? 根本的なコトじゃん!? 私たち仲間じゃん!?」
「いやー。スマンスマン。ともかく、そういうわけなんだ。だから出来れば天狗の総大将にあって、可能ならば話が出来ればと思っている」
「……ふむ。そうなると、この中で一番、弁が立ちそうなオマエさんが行くのがいいだろう」

 勇儀の言葉にお燐は頷いて返します。

「ああ、そのつもりだよ。でも、さすがに心細いんで、出来ればもう一人欲しいところだけどねえ……」
「それなら……。そこで伸びてる神さまがいいんじゃないか? 彼女は、天狗でも河童でも鬼でもないだろ」
「おお! 名案だよ。勇儀! 戦力的にはちょっと心細いけど、立場的にはうってつけだ!」

 その時、ちょうど穣子が起きます。

「……ん? あれ? 私、何を……」
「よし! 穣子。頼んだぞ!」
「え……?」
「穣子! お願いするよ!」
「は……?」
「責任重大だぞ。秋神さん」
「ふぇ……?」

 ワケが分からない様子で、生返事を繰り返す穣子ですが、もうすぐ夜明けを迎えます。もうノンビリはしていられません。

「……よし! これであらかた作戦も決まったね! そろそろ行くよ!」
「よーし! 殴り込みだ!」
「な、なんかわかんないけど、やってやるわよー!」
「天狗とやり合うのは久々だな。腕が鳴るねぇ!」

 四人はエイエイエイオ-と声を上げると、朝日が昇りつつある天狗の住処へと向かっていくのでした。

 さあ、いよいよ戦いの幕開けです!

  □

 四人は、天狗の住処の正門の近くまでやってきました。
 お燐が様子をうかがうと、正門やその横の塀の上も白狼天狗に加えて一部の鴉天狗まで見張りに入っており、文字通りの厳戒態勢です。

「おうおう。さすがに相手さんカッチカチだねぇ」
「……そりゃ、こっちに鬼がいるってわかったらこうなるよ」
「ま、そりゃそうだろうなあ」
「言っとくけど、勇儀。ほどほどに暴れてくれよ? あまり被害を大きくすると後が大変なんでねえ」
「……ま、極力努力するさ」
「よし、それじゃ……。作戦開始だ!!」

 お燐の号令とともに、四人は見張り達に向かって一斉に威嚇の弾幕を放ちます。そしてその弾幕による砂煙に紛れて突撃しました。

「来たぞ! 相手には鬼がいる! 総員総力戦を覚悟しろ!」

 椛が他の天狗に指令を出します。
 どうやら彼女がこの場のまとめ役のようです。

「……どれ。いっちょやってるか!」

 勇儀は盃の酒をグイッと飲むと、ドンっと大地を踏みしめます。
 それだけでズンっと、地面が揺れ、その振動が天狗たちに襲いかかります。しかし天狗たちも、それに怯むコトなく弾幕を放って応戦します。

「なんとしても中には入れるな! 命をかけてでも死守しろ!」

 分厚い弾幕があたりを覆います。相手も必死です。

「……ふむ、指揮官はアイツみたいだな! そらぁ!」

 勇儀が大きく飛び跳ね、そのまま椛の前に着地すると、その衝撃でまわりの天狗が吹っ飛びました。

「よし! 今がチャンスだよ!」

 その吹っ飛んだ天狗たちに、お燐たちが次々と追い打ちをかけて倒していきます。

「よお。指揮官さん。ちょっと私と遊んでくれないか……?」
「キサマ……!」

 椛は険しい表情で勇儀に斬りかかりますが、彼女は余裕で攻撃を避けます。

「まあまあ。せっかくの祭りだ。どうせなら派手にやろうじゃないか?」

 そう言って勇儀は手招きしながら上空へ。

「受けて立とう!」

 椛も空へと飛び上がります。

「よし! 今のうちだ! 門を狙って!」

 三人は手薄になった門に向けて弾幕を放ちます。……が、門はビクともしません!

「あれ!?」
「なんか、ずいぶん頑丈みたいね……」
「術か何かで強化してあるのかねこりゃ。……しかたない! 上から行くよ!」

 三人は門の突破をあきらめて、上空へ飛び上がります。

「行かせるか!」

 天狗たちも、三人の追撃にかかります。
 そして、そのまま上空で激しい空中戦となってしまいました。

「ギャー!! やられるー!?」
「おっと! 危ない神さま!」
「……うへぇー。助かったわ。お燐!」

 直撃を食らいそうになる穣子をお燐がかばい、応戦します。しかし、相手の分厚い弾幕は、いっこうに止む気配がありません。

「……むむむ。こんなところで二人を消耗させるわけにはいかないな。ならば……!」

 ヤマメは、奥の手とばかりに紐状の弾幕を構築し、ブン回し始めました。

「とっておきだ! 食らえ! カンダタロープ!」
「な、なんだ!?」
「うわっ!? いったん引け!」

 その弾幕の不規則な動きに天狗たちは思わずひるんで後退してしまいます。チャンスです!

「よし! 今だ! 二人とも! 中へ!」
「あいさ! ありがとうヤマメ!」
「そんじゃ、一発かましてくるわね!」

 そのスキに穣子とお燐は、天狗の住処へと侵入するのでした。

  □

 そのころ、大広場では大勢の見物人に囲まれ、カメラのフラッシュがたかれる中、文の処刑が今行われようとしていました。
 彼女は処刑執行人の龍によって、はりつけから下ろされ、斬首台に移動させられます。

(……まさか執行人が龍さまとは……)

 文は平静を装っていましたが、内心は動揺を隠せませんでした。
 一方の龍は厳しい表情で、文を斬首台に登らせます。
 龍は厳しい表情を崩さず、文にたずねました。

「……罪人射名丸文。謀反の罪で我が天狗の掟にのっとり、斬首に刑に処す。……最後に何か言い残したい言葉はあるか?」

 文は龍の方を向くと、彼女の目を見つめながら静かに告げました。

「……龍さま。私は自分の最期を見届けるのが、龍さまで本当によかったですよ。……だって、アナタは私の上司ですから……」

 龍は険しい表情のままです。
 かまわず文は続けます。

「……龍さま。今まで本当にお世話になりました。……最後まで迷惑をかけてしまってすいません。……あの世に行っても私は、アナタのコトは忘れませんよ」

 そう言って文は龍に向けて、ふっと笑みを浮かべます。
 それを見た龍は、思わず顔をそむけてうつむいてしまいます。

「……龍さま?」

 龍は、うつむいたまま、声を絞り出すように告げます。

「……文。……ずるいぞ。私は、本当は……」

 と、そのときです!

 突然、上空から広場にリング状の弾幕が落ちてきました!
 上空でドンパチやってるヤツらの弾幕が流れてきたのです!

 ヒュルルルルル……ドォーーン!!と、弾幕は広場に落ちて、たちまちあたりはパニックとなってしまいます。

 更に、間髪入れず、今度は別な方向から再び弾幕が飛んできます。そしてそれは、そのまま絞首台の方へ向かっていき……。

「…………えっ!?」

 なんと、弾幕は絞首台に命中し、絞首台は粉々になってしまいます。 爆風に吹き飛ばされた文は、受け身を取って起き上がると思わず龍の方を向きます。
 龍は文を見やると、目を閉じて静かに首を横に振りました。

「……龍さま。……すいません!」

 文は龍に一礼すると、その場を飛び去ります。
 龍は、ただその場に立ち尽くしていました。

「……ふふふ」

 広場の様子を眺めていた典は、文が飛び去るのを見届けると、思わずふっと笑みを浮かべます。その手にはスペルカードが……。

「……さて、それでは、私もそろそろ動きましょうか」

 そう言い残すと彼女は、こーんこーんと姿を消すのでした。

  □

 一方、そのころ、静葉とにとりは、交渉のために天狗の住処へと向かっていました。

「さて。もうすぐ天狗の住処に着くけど……」
「なにやら様子がおかしいわね。なんか弾幕の音も聞こえるし」
「もしかして襲撃されてる……?」
「かもしれないわね」

 二人が急いで天狗の住処のそばまで近づくと、上空で激しい弾幕合戦が繰り広げられているのが見えました。

「……うわー。なんか大変なコトになってるぞ……!?」
「よし、にとり。この混乱に乗じて中に入るわよ」

 そう言って静葉は、にやりと笑みを浮かべます。

「よしきた!」

 にとりも同じように笑みを浮かべ返します。
 二人は塀に近づくと、気づかれないようにそのまま素早く中へ入り込みます。

「静葉さん、ラッキーだね!」
「ええ、うまくいったわ」

 こうして二人は、やすやすと天狗の住処に、忍び込むことに成功するのでした。

  □

 静葉とにとりが天狗の住処に侵入したころ、一足先に侵入していた穣子とお燐は、奥の屋敷に向かっているところでした。実にめまぐるしい展開です。

「……ところで、お燐。道は分かるの?」
「ああ、大体の地形なら頭に入れてあるさ! なんせ、昔、来たコトがあるからね」
「さすが、ぬかりないわね!」

 中は思ったより混乱はしておらず、存外落ち着いています。
 せいぜい行き交う天狗が、物珍しそうに二人を写真に収めるくらいです。
 そのまま二人は、奥の屋敷へと侵入します。
 屋敷の敷地内も驚くほど人がいません。これは一体……?

「なんだいなんだい。いくら何でも手薄すぎやしないかい?」
「そーね! ちょっと拍子抜けなんだけど……」
「ひょっとして、ワナかなにかかね?」

 二人は、カレサンスイの庭園まで入り込みます。その奥には奥屋敷が見えます。と、そのときです。

 突然ゴゴゴゴゴと、轟音とともにあたりが揺れたかと思うと、なんと、地面がどんどん隆起していきます!
 そしてそのまま大きな山になってしまいました。

「ちょっとなによこれ!?」
「庭が山に……!?」

 思わず戸惑う二人。そのとき、どこからともなく声が響いてきます。

――いったい何の用だ。

「誰よ……っ!?」

――私は天狗の総大将だ。

「なるほど、アンタがそうなのか! あたいの名は……」

――火焔猫燐。秋穣子。ここをどこと思っている。早々に立ち去れ!

「待ってくれ! あたいたちはアンタと話が……」

 と、そのときゴゴゴゴ……と、いう音とともに、再び地面が隆起し始めます。そしてそのまま奥屋敷を巻き込んで、あっという間に山になってしまいました。その山のてっぺんに奥屋敷が見えます。

「あ! 屋敷が逃げた!?」
「待って穣子。何か聞こえないかい……?」
「へ……?」

 耳をすますと遠くから何やらドドドドという音が……。

「うわあ、こりゃまずいよ!?」

 音の正体に気づいたお燐たちが逃げようとする間もなく、山と山の隙間から濁流が溢れ出てきました!

「ギャーーーー!!」
「ホゲェーーーーー!?」

 あっという間に濁流は流れ込み、そのまま二人を飲み込んでしまいまうのでした。

  □

 一方、激しい攻防が続く空中では……。

「どうしたどうした。そんなもんか?」
「ぐぅっ……!」

 勇儀と相対している椛でしたが、実力の差は明白。もはや彼女は、既に満身創痍でした。

「おいおい。もう終わりなのか? 全然物足りないぞ……?」
「なんの……。まだまだぁーーー……!!」

 椛は渾身の力を振り絞って、弾幕を放ちながら剣を振りかざし突撃します。

「お、いい気迫だねぇ! それじゃ私もコイツでいこうか!」

 勇儀もそれに応えるように弾幕を放ちます。

「さあ、よけれるものならよけてみな! 四天王奥義! 三歩必殺!」

 勇儀のまわりにおびただしい数の弾幕がつくられ、椛に向かって一斉に襲いかかってきます。

「うぉおおぉーーー!!」

 椛は力を振り絞り、それらの弾幕をなんとかしのぎきります。

「よし! やったぞ! 鬼の奥義をかわしきった……!! これで私も……!」

 再び彼女は、剣を構え攻撃態勢に入ります。ところが。

「おい、そこは危ないぞ?」
「え……?」

 次の瞬間、まわりが真っ白になるほどの弾幕がドォーンと展開し、彼女は巻き込まれてしまいました。

「うわぁーーーーー!?」

 被弾した椛は、儚く地面に落ちていきます。

(……ああ、やっぱり私じゃダメなのか。……私の力では鬼には……)

 と、その時、急に落下が止まります。

「え……?」

 彼女が見回すと、なんとそこには……。

「い、飯縄丸さま……?」

 龍が、落下する彼女を受け止めていました。

「……よし、ご苦労だったな。椛。……後は私にまかせて、早く救護班の所へ行きなさい」

 龍は彼女を下ろし、勇儀の方を見ると、言い放ちます。

「そこの鬼! よく聞け! 我こそは大天狗、飯縄丸龍! いざ尋常に勝負といこう!」
「ほう、いいねぇ! 大天狗か! ようやく歯ごたえのありそうなヤツが来たな!」

 勇儀は、盃に口を付けると、思わずニヤッと笑みを浮かべました。

  □

 そのころ、静葉とにとりは、ひたすら奥の屋敷を目指して進んでいました。すると……

「静葉さーん! にとりー!」
「ん? その声は……」

 二人の前に文が姿を現します。

「文。無事だったのね。心配したわよ」
「いやはや、ま、まあ、色々ありましたけど……。なんとかこの通り!」
「よかった! じゃあ、急いで……」

 と、その時、何やら前方からゴゴゴゴと言う音が……。

「……ん、なんだ?」
「あややや!? 大変です! 濁流がこっちに!」
「二人とも上よ」

 三人は慌てて上空へ避難します。

 濁流は建物を巻き込みながら、大広場まで来て、ようやく収まりました。

「なんとか収まったようね」
「あー。びっくりした。なんだったんだ?」
「……あっ! 誰か倒れていますよ!?」

 三人が近づいて確かめてみると、水びたしになって倒れていたのは。

「あら、誰かと思えば穣子じゃない」
「それと、お燐も……!?」
「どうやら二人とも今の濁流にのまれたみたいですね。 ……もしもし、大丈夫ですか?」

 文がお燐をゆすると、彼女は水をぷーっとふきだし、意識を取り戻します。

「……う゛ぁー……ひ゛と゛い゛め゛に゛あ゛っ た゛ー !」
「お燐! 大丈夫? 私だよ!?」
「……にとり……!? それに……」
「いったい何があったの。妖怪猫さん」
「……あ、もしかしてアナタが、穣子の姉の静葉さん?」
「ええ、そうだけど……」
「はじめまして。あたいは地霊殿の住人、火焔猫燐っていいます。お燐って呼んでください。色々あって、アナタの妹さんと一緒に行動しているんです」
「あら、そう。それは穣子が、お世話になったわね」
「……ところでいったい、何があったのです?」
「ああ……」

 お燐は経緯を三人に話しました。
 ちなみに穣子は、まだ気絶したままです。

「……ふむ、なるほど。そういうことだったのね。ちょうど私たちも天狗の親分さんに交渉しに行くところだったのよ」
「そうそう。河童側の正式な使いとしてね!」
「おお、それは好都合だ! あたいたちは門前払いだったけど、それなら総大将さんも、きっと受け入れてくれるはずだ!」
「……それにしても、二人とも無謀なコトしますねえ。私でさえ総大将には直々にあったことないというのに……?」
「いやー。上手くいくと思ったんだけどねえ……」

 呆れ気味の文に、お燐は思わず苦笑を浮かべます。

「さてと……」

 静葉は一息つくと、ゆっくりと立ち上がって、お燐に告げます。

「……ま、あとは私たちにまかせてちょうだい。……ここからは、私たちのステージよ」

 にとりと文も続きます。

「よし! お燐たちの無念、晴らしてきてやるよ!」
「……ええ、この世界の未来を変えましょう!」

 そう言い残すと、三人はさっそうと屋敷の方へと飛び立っていきます。

「たのんだよー! 三人ともー!」

 お燐は手を振りながら三人を見送るのでした。
 そして三人の姿が見えなくなったころ。

「……あ、あれ? ここは……?」

 ようやく穣子が、目を覚まします。
 お燐は苦笑しながら彼女に告げます。

「お、やーっとお目覚めかい? 今、静葉さんが総大将のトコに向かっていったよ」
「……ふえ? そうなの……? ……え? 姉さん?」

 またしても何も知らない穣子は、目をパチクリさせながら、きょとんとして思わず屋敷の方を眺めるのでした。

  □

「あやぁ……? おかしいですね。屋敷の周りは、こんな地形じゃなかったはずでは……」

 三人の目の前には、木々の生い茂った山が見えます。
 更にその山腹からは、水も流れています。
 まるで以前からそうであったかのような雰囲気すら醸し出しています。

 静葉はその様子を見渡すと、ぽつりとつぶやきます。

「……ふむ。恐らく総大将さんの仕業でしょうね」
「うぇ!? マジで……!? 凄ぇ力だなぁ」
「……ま、総大将というくらいですもの、これくらいはきっと余裕なのでしょう。きっとね」

 そう言って静葉は、不敵な笑みを浮かべます。

「どうやら総大将のお屋敷は、この山の頂上にあるようですね」
「そう。それじゃ、行きましょうか」
「あー……。ドキドキするなぁ」

 三人は山の頂上のお屋敷を目指して、進み始めるのでした。

  □

 そのころ、ここは河童の技術局長官の部屋。
 レリーフが光り、長官の声が部屋に響き渡ります。
 その部屋にはある人物が。
 その人物に向かって長官は話しかけます。

「……くくく。待ちわびたぞ」
「いや、遅くなってすいませんでした。ちょっと雑用が入ってしまいましてね……」

 そう言うと、その人物はニヤリと笑みを浮かべ、その大きなふさふさの尻尾をゆらゆらと揺らします。そう、その正体は。

「雑用か。ずいぶんマメなことだな。菅牧典」
「ふふふ……。なにぶん、ゲセンなキツネなものですので、なにとぞお許しを……」
「……今、こちらから話し合いの交渉への使者を送らせているところだ」
「ええ、存じておりますとも。すべてはあなたの目論見どおりに動いてますよ……。技術局長官さま」

 そう言って彼女は、ニヤリと笑みを浮かべるのでした。

  □

 穣子とお燐は、ヤマメたちのもとへ帰って来ました。

 すると何やら激しい弾幕の応酬が繰り広げられています。

「うわ!? なんだい!? この弾幕の嵐は!?」

 その様子を遠目で眺めていたヤマメが、二人に気づきます。

「……あれ? 二人とも? どうしたのさ」
「まぁ、いろいろなんやかんやがあってね! とりあえず撤退してきたよ!」
「そうそう! もうあとは、あの三人にまかせることにしたのよ! 私たちはおしまい!」
「あの三人……? うーん。何かよく分からないけど、わかったよ!」
「で、ヤマメ。こっちの状況は……?」
「見てのとおりだよ」
「……いや、見てのとおりって、見ても分からないんだけど。あの鬼はどこなのよ!?」
「だからアレだって」
「……へ? まさかとは思うけど、さっきから飛び交ってるこの弾幕って……」
「うん、そのまさかだよ」

 そう、この弾幕の応酬は勇儀と龍によるのものだったのです。

「はっはっは! いいね!いいねぇ! その反応! さすが大天狗サマだ!」
「オマエこそ山の四天王だけあるな。星熊童子! 私をここまで本気にさせるとはな!」

 彼女らは完全に二人だけの世界に入ってしまっています。
 大天狗と山の四天王の戦いの迫力と凄みに、敵の天狗たちも思わずクギヅケ状態です。

「……ね、ねえ、あたいらも、ちょっと観戦しようかねえ……?」
「……えぇ!? お燐! マジで言ってんの? 私は興味ないわよ」
「おいでよおいでよ。滅多に見られない迫力だよ! まさに実力者同士の戦いだよ!」

 お燐もヤマメたちと一緒になって、二人の戦いの観戦を始めてしまいました。

「……ちょっとー。二人ともー……? まったくもう……」

 戦いに興味がない穣子は、呆れ気味に様子を眺めてましたが、ふと、遠くを見ると、真っ黒い雲がこちらにゆっくり近づいてきているのが見えました。

 ……何やら嵐の予感が。

  □

 一方、静葉たちは山の上の屋敷へとやってきました。

「この屋敷の奥に総大将はいらっしゃるはずです」
「入り口は。……開けっぱなしだね」
「それじゃ、遠慮なく入らせてもらいましょう」

 三人は屋敷の中へ入りました。中は静まりかえっています。どうやら部下は一人もいないようです。

「ふむ、驚くほど静かね……。文、いつもこんなに静かなものなの?」
「いやいや、そんなコトないですよ? どうやら皆、出払っているようですね」
「ずいぶん不用心だな……。警備とか大丈夫なのかコレ?」
「……ま、総大将さん一人で、十分ってことなのかしらね」

 ピカピカに磨かれた廊下をまっすぐ進むと、やがて正面に仰々しい両開きの大きな赤い扉が見えてきました。
 文が二人に告げます。

「あそこがエッケンの間です。あの部屋に総大将がいらっしゃるはずです」
「……いよいよね」
「あ、そうだ! 静葉さん、アレある?」
「ああ、アレね。はい、よろしく」

 静葉は、フトコロから例の書簡を取り出すと、にとりに渡しました。

「……ところで一つ聞くけど、文は総大将の顔は見たことあるのかしら」
「……いえ、ないです。ただ、お話をしたコトはありますよ。とても威厳のありそうなお方でした」
「へ? 話したのに、姿を見たコトない? どういうコトそれ?」
「総大将と我々の間には、大きな御簾がかかってまして、はっきりとした姿は、我々からは見えなくなってるんですよ」
「へ? それってなんか、うちの長官みたいな……」
「あやや、そうなんですか?」
「……さて、それでは総大将さんとご対面しましょうか」

 静葉はそう言って笑みを浮かべると、扉を開けて中に入ります。

 三人が部屋に入ると、目の前に仰々しい御簾が垂れ下がっており、その奥からは、凄まじいオーラが……!

「……何用だ」

 文とにとりは、思わず気圧されそうになりますが、静葉は平然と告げます。

「あなたが総大将さんね」
「いかにも。私が天狗族の総大将だ」
「私は秋静葉。秋を司る神よ。今日はあなたに話があって来たわ」

 そこまで言うと、静葉はにとりに目配せをします。それに気づいたにとりは、緊張した面持ちでたどたどしく伝言を伝え始めます。

「わ、私は、沢河童の河城にとり! ……ほ、本日は、技術局長官からの言葉を伝えに参った!」
「……ほう。申してみろ」
「……我々、河童は天狗との話し合いの場を設ける意志がある。ついては、ぜひともこの申し出を受け入れてもらいたいと、思い……。思いまして……。今回はせ参じたうえ。その。ええとまぁ、そういうワケでありまして……あ、そうだ。これ長官からの伝言です! どうぞ!」

 にとりは、書簡を御簾の前に置きます。

「……話し合いだと? ふざけたマネを」
「あら、向こう側は本気みたいよ」
「くだらんな」

 その時、文が割り込みます。

「……総大将! 今は河童といがみ合ってる場合じゃありません! 私は里の様子を……」
「だまれ!!」

 総大将の一声で場の空気が、一瞬で凍り付きます。

「……射名丸文。オマエは処刑されたはずじゃないのか。なぜ生きている」
「そ、それは……」
「……ああ、そうか。龍のヤツめ。さては情にほだされたな」
「いや、龍さまは関係ないですよ! 偶然、流れ弾が……」
「まぁ、そんなのはどうでもいい。おい、にとり……と、やら!」
「ひ、ひゅい!?」
「ヤツに伝えろ。受け入れは拒否すると」
「そ、そんな!?」
「私からは以上だ。では、とっとと立ち去るがいい」
「ひぃ……」

 思わず文とにとりは、たじろいでしまいますが、静葉は笑みを浮かべ彼女に言い放ちます。

「……まったく、あなたずいぶんと偉くなったものね」
「……し、静葉さん!?」
「ちょ、ちょっと、静葉さん! 総大将になんてコトを……!?」

 動揺する二人に構わず、静葉は続けます。

「……さっきから黙って聞いていれば、あなたの言い分は、ただのわがままにしか聞こえないわよ。総大将を名乗るのなら、もっと視野を広く持ってほしいわ。このままじゃ、皆が不幸になるだけよ」
「……キサマ! 私を侮辱する気か!? 私を誰だと……!」
「おだまりなさい!!」

 静葉の一喝で、再び空気が凍り付きます。

 彼女もやはり神さまなのです。

「……ひ、ひえー!? 静葉さんが怒った……!?」
「あやや……!」

 静葉は、強い口調で総大将に言い放ちます。

「言っておくけど、あんたの正体は、私にはとっくにばれてるのよ? その分厚い仕切り、さっさと取っ払って私らに姿見せたらどうかしら。ねえ? 総大将、……いえ、守矢神社祭神 洩矢諏訪子!」
「え゛っ?」
「は……?」

 そのとき、御簾が静かに上げられます。そして中からぶぜんとした様子で姿を現したその人物は。
 カエルをあしらった衣服に短い金髪に金色の眼。いつもの特徴的な帽子こそかぶっていませんが、間違いありません! 土着神の頂点、洩矢諏訪子です!

 なんと、天狗の総大将の正体は彼女だったのです!
 二人があぜんとしてる中、静葉はニヤリと笑みを浮かべて呟きました。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花ってね」

  □

 さて、一方、妖怪の山の上空では。

 ゆっくりと天狗の住処に近づきつつある黒雲。その強風が吹き荒れる、黒雲の中に、巨大な円スイ状の飛行物体がありました。
 そして、その物体の上には、二つの人かげが……。

「ふふふ……。間もなく、天狗の住処上空になります」

 一人は典。そしてもう一人は……。

「……そうかい。久しぶりだね。外の空気は」
「ふふふ……。今ごろ、ヤツらは彼女と交渉しているころでしょうね」
「……ああ、そして恐らくアイツのコトだ。こちらの交渉は突っぱねるはず。……ならば、私が直々に行くしかないだろう」
「いやはや、今宵はなかなかに荒れそうですね。長官。いや……。神奈子さま」

 そう言ってニヤリと笑みを浮かべる典。

 ……そう、なんと河童の技術局長官の正体は、守矢神社もう一柱の祭神、八坂神奈子だったのです!

 つまり両者のトップは守矢の二柱だったのです!

 また守矢の仕業かと、言いたいトコロですが、いったいこれはどういうコトなんでしょうか?

「くくく……。どれ、久しぶりにアイツの顔でも拝んでやるとするかね」

 そう言うと神奈子は、髪とスカートを風になびかせながら、フッと笑みを浮かべます。

 黒雲は、徐々に徐々に天狗の住処一帯を覆い始めていきました。

  □

 戻ってエッケンの間。

「……ちっ」

 思わず舌打ちをする諏訪子は、ふて腐れた様子で、脇息にヒジを乗せ頬杖をついています。

「……ねえ秋神。アンタさあ、いったいいつから気づいてた?」
「……そうね。まず、ある人物から天狗の総大将が、あなたであるという話を聞いていたわ。正直、最初は眉唾物だったけど、色々情報を集めていくうちにだんだんに真実味を帯びていったわね。守矢神社に行っても、あなたはいなかったし。でも、決定打になったのは、ここに乗り込んでからね」
「……あー。やっぱりそうだったか。やっぱりアレが悪手だったかー……」

 すでに思い当たるフシがあるのか、彼女は大きくため息をつきます。ちなみに声も威厳ありそうな低い声ではなく、いつもの彼女の声に戻っています。どうやら意図的に変えていたようです。

「ええ、そうね。あなたの能力は坤を創造する。……坤、つまり、地や水や木を操る。あの、突然現れたという山や洪水を見て、疑惑は確信になったわ」
「ちっ……。ちょっとばかり総大将としての威厳を見せてやろうと思って、少しばかり力使ってやったんだけどなあ。アンタみたいなヤツの前で使っちゃいけなかったね」
「……ところで諏訪子」
「……ああ、分かってるよ。全部話すよ」

 諏訪子は観念したように両手を広げると、ゆっくりと語り出しました。

「……全ての元凶は『あの日』だ。幻想郷のパワーバランスが突然崩れてしまった『あの日』を境に、天狗と河童の周辺が何やらキナ臭くなってきてね。このままだと両者間で戦争が起こりかねない。それで、私が裏から天狗の統率をはかろうとしたのさ」
「そういえば天魔様はどうしたのよ。諏訪子」
「ああ、いったん身を引いてもらったわ。コトが収まったらまた戻ってもらうって約束でね。しかし、予想に反して統率を図るのに難航してしまったのよ。と、いうのも河童と天狗、お互いの溝は私たちが思ったより深かったんだ。もはや片方だけを統率するだけじゃ、コトは収まらなかった」

 諏訪子の言葉に、文が思わず頷きます。

「……ええ、確かに天狗は組織力は強いですが、必ずしも一枚岩というわけではありませんからね。穏健派もいれば強硬派もいます。私もその板挟みでしたので……」
「ふむ……。天狗側だけではなく、河童側も制御が必要になった。と、いうことは。……彼女の出番というわけね」
「その通りさ。神奈子は河童と以前からつながりがあったからね。アイツが河童側のまとめ役になったのさ」
「えええええ!? 待って!? そ、それってまさか、……ウチの技術局長官のコト?」
「ああ、そうだよ? 河童さん」
「えええええ!? 私たちのボスってアイツだったの!?」
「あら、にとりったら、気づいてなかったの」
「ええええええっ!? 静葉さんは気づいてたの!?」
「ええ、まあ。なんとなくだけどね。いくつか思い当たるフシはあったわ。地獄鴉さんの力を利用しようとしているところとか。もともとあの子がヤタガラスの力持ったのも、神奈子によるものだったし」
「うへえぇー……全然気づかなかったよぉ……」

 思わずにとりは、腰が抜けたようにへたり込んでしまいました。まぁ、無理もありません。

 構わず諏訪子は続けます。

「……当初の予定としては河童と天狗のお互いを制御して上手く講和を結ぼうと思っていたのさ。というのも、紅魔館近辺の動きが不穏だったからね。何かあったときのための万が一の保険として。……ところが、だ。予想に反して神奈子のヤツが、河童の統率にてこずってしまったんだ!」

 諏訪子の言葉に、今度はにとりが頷きます。

「……あー。そりゃ、確かに我々河童は、天狗と違って個人個人で勝手気ままに動いてるからね。いくらあの神さまと言っても、一筋縄じゃいかないよ」
「そうじゃなくてもアイツは、以前、河童たちを使ってダムをつくろうとしてただろ。その時も上手くいかなかったというのに、同じ失敗をまた繰り返しやがってさあ。とにもかくにも、ここまで状況がこじれてしまったのは全部アイツのせいよ! 私なら出来るとも! なんて豪語しておいて、あの体たらく、まったく話にならないね!」

 と、そのときです。

「……へえ。そりゃ聞き捨てならない言葉だねえ? ……諏訪子」
「え……?」

 声に気づき、全員が窓の方を見ると、そこには、なんと、神奈子の顔が!

 彼女は、円スイ形の乗り物――オンバシラに乗って外から室内を眺めています。
 どうやら今の話を全部聞いていたようで、怒り心頭の様子です。あわわわ……。

「おい諏訪子! オマエが、天狗をまとめるのにグスグズしてるから、面倒なコトになったんじゃないか!?」
「なにぃ!? アンタこそ口先だけで行動が、ともなってないじゃないか! 何が、これを機に神の威厳を皆に知らしめてやろうだよ! この! ペテン神!」

 まさに売り言葉に買い言葉。もはや一触即発状態の二柱。

「もうカンベンならない! そんなに言うなら実力で示してみやがれってのよ!」

 諏訪子はタンカを切ると外に飛び出します。

「……ほう。上等じゃないか! なんなら今ここで、かつての決着をつけてやろうか?」

 神奈子は背中からオンバシラを展開し、臨戦態勢となります。

「望むところよ。諏訪大戦の続きと、いこうじゃないかい!」

 諏訪子もいつの間にかいつもの帽子をかぶり、鉄輪を構えて臨戦態勢に。

「積年の決着をつけてやるわ! 神奈子!」
「望むところよ! 覚悟しな! 諏訪子!」

 とうとう、荒れ狂う上空で、二柱による派手な弾幕合戦がおっぱじまってしまいました!

 その迫力と来たら、先ほどの龍と勇儀の比なんかじゃない!
 こんなのに巻き込まれたら、ひとたまりもありません!

「……い、いったい何が起きてるというんです……?」
「も、もう、あたまがついていけないや……」

 文とにとりは、状況についていけず、放心状態になってしまっています。

「むむぅ……」

 静葉はなんとか場を納める方法を考えていました。

 そのときです。

「ふふふ……っ! いやぁ、これはこれは、ユカイな状況。……こりゃあ、たまりませんなぁ」

 その場に満面の笑みを浮かべた典が現れます。

「……出たわね」

 典に気づいた静葉は、思わず彼女をにらみつけるのでした。

  □

 その少し前のころ。龍と勇儀の弾幕合戦を観覧していたお燐たちは。

「……ん? なんだか雲行きが怪しくなってきたようだね」
「ほんとだ。なんか、ひと雨来そうじゃん?」
「……もうさあ、引き上げた方がいいんじゃないのー? ねえ、お燐、ヤマメ」

 お燐は、しばらく上空の雲を眺めていましたが、何かをハッと思い出したかのように二人に告げます。

「……ちょっと、あたい出かけてくる!」
「えぇっ!?」
「大丈夫! すぐ戻るから、二人とも勇儀と一緒にテキトーなところに避難しててくれ」

 そう言い残すと彼女は、どこかに飛んでいってしまいました。

「ちょっと!? テキトーなところって言われても……。ドコよ!?」

 思わず困惑する穣子。と、そのときです。ポツリポツリと空から雨が。

「うわっ……。ちょっと、降ってきちゃったじゃないのよー。ねえ、ヤマメもう帰るわよー!?」

 しかし彼女は、まだ二人の戦いに夢中です。
 穣子はため息をつくと、うらめしそうに思わず空を仰ぐのでした。

  □

 現在に戻って、エッケンの間。
 場の様子をあざ笑っている典に、静葉が言い放ちます。

「どうやらあなたが諸悪の根源のようね。菅牧典。……あなたが天狗と河童、両陣営を裏で操っていた。あのとき言っていた内通者というのは。……あなた自身のことだったのね」

 典は何も言わず、不敵な笑みを浮かべたままです。

「……いったいあなたは何を企んでるのよ」

 すると典は仰々しく両腕を広げると、彼女に告げます。

「……ふふふ。悪く思わないで下さいね。実は私には、ある『壮大な計画』がありまして……。そして、それにはアナタも大いに関係しているんですよ」
「……それはどういうことよ」

 すると典は、今まで見せたコトもないような、得体の知れない笑みを浮かべて言い放ちます。

「……まぁ、いずれ、わかりますよ? ……いずれね? 秋静葉」

 静葉は思わず気圧されてしまいます。

「……さて、それはそうと……。私、他にやることありますし、なんかいろいろと面倒そうなんで、ここはあなたに丸投げするとしますね。……あなたならなんとか出来るでしょ? 秋神さま。……では、あとはよろしくおねがいします」
「ちょっと待ちなさいよ」

 しかし、言ってるそばから典は、高笑いをあげながら姿を消してしまいました。

 依然として外では神奈子と諏訪子が、嵐の中でお互いののしり合いながらハデにドンパチやらかしてます。

 とても簡単に止められる状態ではありません。しかし、彼女らを止めないコトにはこの場がおさまりそうもないのも事実。

 にとりも文もどうしていいか分からない様子で、オロオロするばかりです。

(……ふむ。仕方ない。こうなったら。……私も覚悟を決めましょう)

 静葉がゆっくりと外へ向かって歩き出すと、それに気づいた二人が呼びかけます。

「……ん? 静葉さん、いったい何を……?」
「ちょっと! アナタまさか、あの中に割り込む気じゃ!?」
「ええ、そうよ。たぶん、あなたたちが行ってもあの二人のケンカは止まらない。なら、ここは同じ神である私が行くしか……」
「いや、それはキケンだよ!?」
「静葉さん! やめてください!」

 二人の制止を振り切って、静葉はハラをくくって外へ出ようとします。と、そのときです!

「待って! 静葉さん!!」
「……その声は」

 静葉が振り返ると、そこにはなんと毅然とした表情の早苗の姿が。

「……早苗」

 思わず静葉は、彼女をじっと見つめます。

「……早苗。あなた、なんでこんなところに」
「ふー。やれやれ、なんとか間に合ったかい」

 そう言ってお燐も姿を現します。どうやら彼女が連れてきた模様。

「早苗……。実は」
「大丈夫です。状況は大方理解しました」
「あの二人を止められるかしら」
「はい。やってみます!」

 早苗は外にキッと視線を向けると、そのまま戦場に近づいていきます。

「うわ。アイツ、一人で行っちゃったけど、大丈夫なの……?」
「ええ、大丈夫よ。きっと慣れてるでしょう」

 しばらくすると弾幕音がおさまります。

「ほらね」
「ほえーすげぇー……!?」
「いやー。さすがですね……」
「……いやはや。あたいにはとても出来ない芸当だねえ」

 一同、思わず感心してしまいます。ダテに普段一緒に住んでいるというワケではないというコトでしょうか。
 外をうかがってみると、風雨のせいで声は聞こえませんが、早苗が神奈子と諏訪子に向かって何か言ってるのが見えます。
 二柱とも頭を下げている様子から、どうやら彼女に叱られているようですね。いやはやなんとも……。

 やがて三人は、ズブぬれのまま屋敷の中に入ってきました。
 神奈子と諏訪子は、お互い顔を見ないようにしているところを見るに、どうやらまだ仲直りはできていない様子。

「ありがとう。早苗」
「いえいえ。こちらこそありがとうございます。静葉さん」

 そう言ってペコリとお辞儀をする早苗。

「……さて。どうしたものかしらね」

 静葉が神奈子と諏訪子を見やると、ともにバツが悪そうにしています。
 早苗が呆れた様子で二柱……いや、もう、二人でいいですね。二人に告げます。

「……とにかく! 神奈子さまも諏訪子さまも、今後の身の振り方を考えて下さい! ここまでまわりを引っかき回して、どう収集つけるつもりなんですか!?」
「……いや、そうは言うがね。早苗。私たちにだっていろいろ事情ってモンがあるんだよ」

 そう言いながら頭を抱える神奈子。すると……。

「どうせさー。やろうとしているコトは同じなんだから、上手くそれぞれ調整すればいいだけの話だったんだよ。それなのにコイツときたら少し神の威厳を見せるためにとかなんとか言い出して……。天狗側にちょっかいなんか出しやがってさー」

 と、両手を地につけたカエルポーズの諏訪子が、思わずぼやきます。

「そう言うオマエだって人のコト言えたクチかい? 河童に攻め入る口実が欲しかったとか言ってたくせに」
「だから、なんとかしようとしてたんでしょうよ!?」
「なんともできてなかったじゃないか!?」
「ちょっと二人ともやめてください!?」

 早苗が鎮めようとしますが、このままだと、またケンカがおっ始まりそうな気配。すかさず静葉が間に入ります。

「……ふむ。お互いの言い分も分かるわ。ようはかいつまんで言えば、天狗も河童も一枚岩じゃない、色んな考えを持った者がいる。その調整にお互いてこずっているうちに両陣営とも話がややこしくなったってコトなのよね」
「……まあ、早い話がそうだね」

 諏訪子がコクコクとうなずきます。すると静葉は二人に言い放ちます。

「それなら、もう、あなたたち、さっさとくっついちゃえばいいじゃないの。同盟って意味で」
「いやいや、待て。そうは言うがな。秋神よ。そんなコトしたら……」
「……ええ。確かに反対派が何をしでかすか分からないでしょうね。……でも、今はそれよりも、紅魔館という、共通の脅威を何とかするということに、専念するべきじゃないかしら。……それに」

 静葉は、にとりと文の方をチラリと見やります。

「幸い、ここには天狗と河童が両方ともいるわ。いざと言うときは、この二人に活躍してもらえばいいのよ」
「……え? どゆこと?」

 意味が分からず、ポカンとしているにとり。
 対して文は、どうやら意味を受け取ったようで手をポンと叩きます。

「ああ、なるほど。つまり私たちが、反対派を説得するというコトですか」
「え゛っ!? マジで言ってんの!?」

 思わず焦るにとり、すると静葉が耳打ちをします。

「……大丈夫よ。その時はあなたのお姉さんにも協力してもらうから」
「あ、おっけ。それなら大丈夫!」

 にとりはすぐさまオーケーサインをつくります。まったく変わり身の早い河童です。

「……さて、お二人とも。これでどうかしら」

 静葉の問いに、諏訪子はちらっと神奈子を見ます。神奈子は、アゴに手をあてながら、思案ありげに答えます。

「……いいのはいいが。しかし、それだと二人はヨゴレ役になってしまうじゃあないか? オマエたちはそれで……」
「ああ、私のコトでしたらお気にせず。なんならイザというときは、龍さまや椛も巻き込む所存ですので!」
「私も平気さ! なんにせよ、追放されるよりは、はるかにマシだからね!」

 と、二人があまりの笑顔で言うもんで、神奈子は思わずふき出してしまいます。

「……ふっはっはっは!! ……こりゃ、どうやら、私が少々気をつかいすぎていたのかもしれないな!」
「そーそー。アンタはいつも考えすぎなのよ!」
「そういうオマエは、もう少し気をつかうことを覚えたらどうだ?」
「はいはいはい! 二人とも! それで! これからどうするんですか!?」

 早苗の言葉に神奈子は、再びアゴに手を当てて答えます。どうやらクセのようです。

「……うむ。そうだな。静葉の言うとおり、まず天狗と河童で同盟を結ぼうじゃないか。諏訪子」
「おっけーいいよー。そして一緒になって紅魔館のヤツらを叩くってワケね!」
「ああ、そうだ! 私たちは引き続きお互いの指導者のまま、指揮をする。そしてコトがすべておさまったら身を引くとしよう」
「そうね。私も天魔のヤツと、もともとそういう約束だし。いいよ! じゃ、それで決まりってコトで!」

 二人のやりとりを見ていたにとりが、思わずボソリと、つぶやきます。

「……な、なあ? コレって、仮にも天狗と河童のトップ同士の会談なんだよね? ……いいの? 歴史が変わるかもしれないような瞬間が、こんな軽いノリでさ……」
「……あら、にとり。歴史が変わる瞬間なんて、昔から案外こんなものなのかもしれないわよ」

 そう言って静葉は、ふっと笑みを浮かべました。と、そのとき。

「……いやーブラボーブラボー! さすがだね。まかせて正解だったよ」

 今まで様子を見守っていたお燐が、そう言って拍手しはじめました。すかさず静葉が彼女に告げます。

「そう言うあなたこそ素晴らしいわ。あなたが早苗を連れてきてくれたから、なんとかおさまったのよ。ファインプレーってやつよ」
「……ああ、あの上空の黒雲を見て、イヤな予感がしたのさ。もしかして長官さまが、じきじきに来たんじゃないかって。それで神社に行ってこいしさまにお願いして、無理矢理にこの子を引っ張り出してきたんだよ」

 すると早苗が、告げます。

「……本当は、勝手にここに来てはいけなかったのでしょうけど、それ以上に神奈子さまと諏訪子さまが心配だったんです」
「あら、あの二人を心配って……」

 静葉が不思議そうにたずねると、早苗は笑顔で言い放ちます。

「はい! 二人が顔合わせたら、絶対大ゲンカになると思ってたので!!」
「ふふっ。なるほど。たしかにね」

 そう言って思わず苦笑する静葉。

「……まあ、あたいとしては、これ以上この子が、悲しむ姿を見たくなかったってのもあったけどね。そりゃあね。身内が幻想郷を揺るがすような事件の張本人だなんて誰だってイヤだろうよ?」
「……でも、もうこれで大丈夫です。本当にウチの二人が、ご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ございません」
「まあまあ、気にするなって」
「そうですよ。まあ、色々ありましたけどなんとかなったので」
「そうね」

 と、ここでお燐が思い出したように一言。

「あ、そういえば……。一つオマエさんたちに謝らなければいけないコトがあったんだ」
「あら、何かしら」
「……実はオマエさんたちに、総大将と長官の正体を教えるのを忘れてしまっていたんだよ」
「……あら、あなたは知っていたの」
「ああ、早苗から聞いていたんだよ。コトの顛末も含めてね」
「そうだったの。……ま、なんとかなったからいいけどね」

 するとすかさず、にとりと文の目の色が変わります。

「いやいやいやいやー!? よくないですよ!? 知ってたんなら最初から教えて下さいよ!?」
「そーだよ!? 私ぁびっくらこいたよ!? 尻子玉飛び出るかと思ったよ!?」
「いやー。ホント申し訳ない申し訳ない!」

 二人に責められ思わずペロッと舌を出すお燐。案外うっかりさんのようです。

 その様子を見て静葉は思わずフッと笑みを浮かべます。

「さて、これから忙しくなるわね……」

 そうつぶやいて静葉は、その場にいる人たち一人一人に眼差しを向けます。

 ふと、気がつくと、外はいつの間にか柔らかな日差しが戻り、天狗の住処一帯を暖かく照らし出していました。



 ――その後、河童と天狗による同盟結成の調印式が正式に行われ、ここに河童と天狗の同盟が誕生するコトとなりました。
 両者のトップは引き続き、諏訪子と神奈子が正体を隠したまま務め、それに加えて、新たに特別顧問として、秋静葉が就任するはこびとなりました。

 こうして、一時的とはいえ、妖怪同士が同盟を結ぶという、幻想郷の新たな時代が幕を開けるコトとなったのです。

  □

 一方、穣子たちはあのあと、結局、秋ハウスへと来ていました。

 家で留守番していたはたても交えて、ねぎらいの意味も込めた酒盛りが始まっていたところに、ちょうどお燐が帰ってきます。

「ふーやれやれ。ただいまっと……」
「よお! お燐! よくここが分かったな?」

 勇儀は彼女を迎えるように手を振ると、お燐は笑顔で答えます。

「ああ、ゾンビフェアリーの情報網をつかってね。オマエさんたちが、ここにいるコトを知ったのさ」
「へー。そうなんだー? 便利そうねー、それ私も欲しいわー」

 そう言って、はたては羨ましそうに、ゾンビフェアリーを見まわします。
 彼女もほんのり顔を赤らめさせており、大分酔いが回っている様子。

「……それにしても。ずいぶんキレイになったもんだねぇ。この家」

 お燐が家中を見回すと、たしかに見違えるほど隅々までキレイになっており、前のようなカビ臭さや湿気はまったく感じられません。

「ふふん。そーでしょそーでしょ? 私がピカピカにしておいたのよー! 神さまのためにね!」

 と、自慢げに胸を張るはたて。

 そう、あのあと彼女は、穣子に家を貸してもらった恩を返すために、家中をキレイに掃除して、更に補修までしていたのです。なんていいい子!

「なあなあ、それよりお燐も一緒に飲もうよ! 今、お疲れ会やってたトコなんだよ!」
「お、いいねぇ! ヤマメ。そう言うオマエさんもお疲れさま! あんときは助かったよ。カンダタロープだっけ? あれのおかげであたいたちは中に入ることが出来たんだ」
「あーいいってコトよ。私だってアレくらいやらないとね。一緒に行った意味ないし」

 そう言って、ヤマメは満足そうに酒をあおります。

「……あれ。そういや穣子はどこだい?」
「ああ……。実は」

 そう言ってヤマメが呆れた様子で、指で示した先には、顔を真っ赤にしてひっくり返っている穣子の姿が。なんともブザマです。

「……あれまぁ。いったいなにがあったんだい」
「……それがさぁ。アイツ、勇儀に盃の酒を、無理矢理飲まされてね……」
「あちゃー。それはまた……」

 すると、勇儀が苦笑しながら

「いやー。スマンスマン。神さまが、まさか下戸だったとは知らなかったんだ」

 などと言うので、お燐は呆れた様子で言い放ちます。

「……あのねえ。勇儀。オマエさんのその盃の酒は下戸じゃなくてもキツいんだって何度も言ってるじゃないかい」
「そうなのか? ソレは残念だな。こんなに美味いのに」

 そう言って盃の酒を飲み豪快に笑う勇儀。どうやら反省する気はゼロのようです。

 と、こんな調子で、酒宴は夜通しで続けられ、皆が勇儀の武勇伝を聞き飽きてきたころ……。

「……と、いうわけでな! 私の奥義と龍の奥義が衝突した瞬間! あたりがまるで昼間のように真っ白になったと同時に、突然ブワーっと風雨が巻き起こったんだ! アレは最高の瞬間だったな! 実力者同士がぶつかり合うと、天候すら変えてしまうんだなってな! ワッハッハッハッハ!」
「へー! スゴイわねー! 私もその場で見てみたかったわー! きっとスゴイ迫力のパノラマ大劇場だったんでしょーねー!」
「……へえ。そうなのかい」

(……まあ、アレ、ホントは山の神さまが起こしたんだけどね。ま、黙っておくとするか)

「でもさ。あの様子だと、結局、決着はつかなかったんだろう?」
「ああ、そうだ! 天気が荒れてきちまったんでな。勝負はいったん持ち越しってコトになった! いやー次にヤツとあうのが楽しみだね!」

 と、しゃべるだけしゃべると上機嫌に酒を飲み干す勇儀。

 すると、ここで、お燐が待ってましたとばかりに立ち上がります。

「……さて、宴もたけなわってとこで、あたいからちょっと話があるんだがいいかな?」
「ん? なんだい? 話って」

 ヤマメの問いにお燐は、にっと笑みを浮かべて答えます。

「コレまでの経緯と、これからのコトについてさ」
「……ああ、それは大事だな」

 勇儀は、盃を置いて腕を組んで、うなずきます。
 一方、はたては少し困惑ぎみな様子でお燐にたずねます。

「……あ、あの私、何も事情、知らないんだけど……。聞いてもいいのかな?」
「もちろんいいとも。オマエさんにも一応関係あるからね」

 そう言うとお燐は、あのあと屋敷で起きたコトの経緯を皆に説明し始めました。
 ちなみに穣子は、まだ気絶したままです。


「……なに!? 河童と天狗で同盟だと!? そりゃたまげた!」
「そうなんだよ勇儀。オマエさんたち鬼も、うかうかしていられないかもねえ?」
「ふむ。いっちょ萃香のヤツと話でもしてみるかね」
「ヒャー……。天狗は今、そんなコトになってたのねー? もう、浦島太郎状態だわ。私……」
「まぁ、オマエさんは、ずっとここにいたから無理もないさ」
「でも、なんか妙に居心地良かったんだよねー。ココ」
「そいつぁ何よりだ。きっと穣子も、草葉のかげから喜んでるよ」
「いやいや、死んでないからね!? 気を失ってるだけだからね!? 神さまは!」
「……しかしさー。ってコトはさ。お燐。いよいよ次は紅魔館に……?」
「ああ。そうなるね。……と、いうわけで次は、これからのあたいたちの行動についてさ。まず、勇儀!」
「おう!」
「オマエさんは一度地底に戻っておくれ。なんでもさとりさまが、お呼びのようだ」
「はぁ。さとりが? いったい何用だ?」
「さあ、それはあたいにはわからないよ。あって直接聞いとくれ」
「よし、わかった!」
「次に……。天狗さん」
「はーい?」
「……と、いうかオマエさんは、これからどうする気だい?」
「うーん。多分、もう住処も安全になったと思うしー。一度、家に戻ってもいいかなーって?」
「ああ、そうするといいさ」
「またあったら、そのときはヨロシクねー!」
「ああ、もちろん!」
「……さて、次は、あたいたちだけど」
「うん。どうするんだい?」
「あたいと、ヤマメと、……そこで倒れてる神さまの三人で、レジスタンスと接触しようと思うよ」
「レジスタンス……?」
「ああ、反紅魔館勢力さ」
「へえ、そんなのがあったのか。わかった。じゃあ、さっそく出発しようか。……穣子が復活したらね」
「……ああ、そうだね。それまで少し体を休めようか。思えばずっと働きづくめだったもんね」

 そう言って、お燐は倒れている穣子の方を見て、思わず苦笑いを浮かべます。

 その後、勇儀、はたてと別れたお燐とヤマメは、復活した穣子とともにレジスタンスと接触するため、再び秋ハウスを出るのでした。

 果たしてレジスタンスとは? そして河童と天狗の同盟軍はレミリアを倒すコトができるのか?
 と、いったところで、第一章を終了とさせて頂きます。

【幕間劇】

穣子「いやはや、それにしても大変なコトになったわね。まさかこんな大ゴトに巻き込まれてしまうとは……」
静葉「そうね。それにしてもあなた、見てると気絶してばっかりじゃないの。やる気あるの」
穣子「し、仕方ないでしょ!? だって鬼は現れるわ、洪水が押し寄せるわ、イモが喉に詰まるわ……。本当、大変だったんだからね!?」
静葉「前の二つはともかく、最後のはどう考えても自業自得ね」
穣子「うっさいわよ枯葉! とにかく見てなさい! 次の章では、この穣子さまが大活躍するんだから!」
静葉「へえ。そうなの」
穣子「あ、何よ! その目。信じてないわね!?」
静葉「……と、いうわけで穣子が活躍するかもしれないという【第二章 レミリア攻略戦】お楽しみに」
穣子「私の大活躍! 刮目してみなさいよ!?」
静葉「本当に活躍するのかしらね……」


【二章 レミリア攻略戦】

 さて、すったもんだのあげくの果てに、同盟にこぎ着けた河童と天狗でしたが、当然、すぐに紅魔館へ攻め入るというワケにもいかず……。

「……だから言ってるでしょう! せっかく大量の兵がいるんだからそれを利用しない手はないって!」
「いや、それは違うね。諏訪子。オマエは戦争ってものをわかってない。戦というのは、いかに兵力を残しておくかなんだよ。故に私は強襲してレミリア本人を叩く作戦を推すね!」
「とりあえず二人とも、少し落ち着きましょうか」

 と、会議室でギャーギャーワーワーと騒いでいるのは天狗の総大将と河童の技術局長官。言うまでもなく諏訪子と神奈子です。
その横で二人を見守っているのが、特別顧問の秋静葉。
 三人は紅魔館攻略に向けた極秘の作戦会議を行っているのですが、二人の意見がまるで食い違っていて、会議はいっこうに進みません。

「ふん。しょせんは旧時代の土着神だね。ここはこの新しき時代の神に黙ってまかせとけばいいんだよ」
「何よ! 軍神の異名持つからって偉ぶっちゃって! 本当は大したことないグータラ神のくせに!」
「はいはい。二人とも。とりあえず落ち着きましょうか」

 このまま放っといたら、二人ともこの場で諏訪大戦をおっぱじめかねないので、そのたび静葉が二人をなだめています。
 もはや特別顧問ではなく、これじゃただの保護者です。
 結局この日は大して進展がなく、会議は明日へ持ち越しとなってしまいました。先が思いやられるコトです。

 会議が終わったあと静葉は、その足でとある場所へと向かいました。その場所は。

「もしもし。いるかしら」
「おや、その声は静葉さん!」

 彼女が向かったのは文の事務所でした。
 こざっぱりとした事務所のテーブルの上には、大量の新聞が置かれています。
 静葉がその新聞に目を通すと、見出しにはこう書かれていました。

『号外! 天狗と河童同盟結成! 幻想郷の歴史にまた1ページ!』

 同盟を結んだコトをセンセーショナルかつポジティブシンキングに知らせる新聞です。
 更にそれには、目線を隠した匿名希望河童のインタビュー写真も掲載されており……

――ひゅい!? これは歴史的事件だよ! 今こそ、妖怪の誇りを取り戻す絶好の機会なんだ! 時代が変わるよ! そう、我々、河童と天狗の同盟時代にね!

 なんてコトをのたまってまいます。……いったい、どこの河城にとりなのでしょうかね。

「……ふむ。どうやらこっちは上手くいってるようね」
「ええ。おかげさまでなんとか」
「あなたのこの新聞のおかげで、天狗側には今のところ大きな反発は生まれてないわ」
「ええ、素晴らしいコトです。やはりあのインタビューが効いたのでしょうね」
「ええ。にとりは本当いい仕事をしてくれたものね」

 文は上機嫌そうに新聞を眺めています。ふと静葉が彼女にたずねます。

「ところで……。あなたは平気なの。また新聞がこうやって利用されてしまっているけど……」
「ああ、全然、気にしてませんよ?」
「あら、どうして」

 首をかしげる静葉に文は悪びれる様子なく告げます。

「……だって、ウソは何一つ書いてませんもの。全部真実ですから! 真実をそのまま伝えるのが新聞の本来の役割ですからね!」
「……なるほどね。たしかに」
「……そういえば、さっき天狗側はと言いましたけど、河童側はどうなんですか?」
「ふむ。それが、河童は天狗と違って、新聞を読むという習慣がないので、個々の意志にまかせるしかないというのが現状よ」
「なるほど。それは、ちょっとやっかいですね」
「ええ、天狗ほど一枚岩というわけにはいかなそうね」
「まあ、でも、おかげさまで、この天狗の住処にも河童の姿がちらほら見られるようになりましたし、案外大丈夫なんじゃないですかね?」
「……そうね。そうであることを願うわ」

 静葉が、窓から外を眺めると、そこには、話をしながら楽しそうに歩いている天狗と河童の姿が見えます。
 それを見た静葉は思わずふっと笑みを浮かべさせるのでした。

  □

 一方、レジスタンスと接触するために穣子、ヤマメ、お燐の三人は命蓮寺へと来ていました。レジスタンスのリーダーはこの寺の住職の聖だからです。

 寺の山門は開かれており、誰でもウェルカムな状態です。
 ずいぶん不用心だなと思いながら三人が中に入ると待ち受けていたのは、三毛猫の妖怪でした。ええと、確か名前は……。

「おろ。ミケじゃないか」
「あれ? お燐?」

 どうやら二人は知り合いのようです。
 猫妖怪同士のよしみというヤツでしょうかね。

「なんだ。オマエさんもここにいたのかい」
「そうだよ。外はキケンだからね。ここは結界で守られてるから安全なんだって」
「そうかい。と、いうコトは他の妖怪もここにいるってワケか」
「そう。ここは妖怪たちの避難所なのよ」
「ふーん。聖のヤツもよくやるわねー。こんなに妖怪集めて……」
「おい、お燐。それでジストニアってヤツはどこにいるんだよ?」
「レジスタンスね。ああ、そうだ。ミケ。寺の者はどこにいるんだい?」
「んー。たぶん奥の本堂の方にいると思うけど……?」
「そうかい。ありがとう」
「本堂だな。よし! 行くぞー!」
「だからアンタが仕切るなっての! ヤマメ!」
「いいだろ別に!」

 さっそく三人が本堂の中へお邪魔すると、そこには床にゴロンと寝て団子をむさぼっている兎の妖怪や、暗闇の中でふよふよしている妖怪やら、とにかく避難してきた妖怪たちであふれかえっています。すし詰めです。ごった煮です。にこごりです。

「なんじゃこりゃ!? ひどい有様だねえ」

 三人が、それらをかき分けながら、たまに踏みつけつつ奥へ進むと、ケモ耳姿の緑の髪の小柄な妖怪がいました。

 彼女は仏像の方を向いて、何やら、ぎゃーてーぎゃーてーと大声で念仏を唱えています。
 どうやら彼女はこの寺の妖怪のようですが……。

「やあ。響子!」

 お燐が声をかけると、彼女は驚いて振り返ります。

「あれ!! お燐さん!?」
「相変わらず元気そうだね」
「ええ!! おかげさまで!!」

 そう言って響子は笑顔を見せます。それにしても声がでかいコト……。

「いやあ。なかなかユカイな状況になっているようじゃないかい」
「全然ユカイじゃないですよ!! このままじゃ寺が壊されちゃいます!!」
「ははは。で、星はどこだい?」
「あれ!? いませんでした!?」
「……うーん。あたいが見た限りいなかったね」
 「おかしいなぁ! さっきまでいたんですけど、どこか出かけてしまったみたいですね!!」
「……そうかい。それにしても、オマエさん。相変わらず声が大きいねえ」
「そうですか!? これでも普通の声ですよ!?」
「うんうん。……十分、大きいと思うよ?」
「あれー!? おかしいなぁ!?」

 そう言って首をかしげる響子。
 ちなみにヤマメと穣子は、うるささのあまりに耳を塞いでいます。
 今の二人に悪口を言っても多分聞こえません。やーい、クロマメー。イモ神ー。

 お燐は気を取り直して、彼女にたずねます。

「……ところで響子。聖はどこだい?」
「それは言えません!!」
「……あたいにでもかい?」
「ダメです!!!」
「……ナイショで教えてくれないかい?」
「ダメですっ!!!!」
「そこをなんとか……」
「ダメったらダメです!! 聖さまに誰にも教えちゃダメ!!! って言われてるので、ダメなモノはダメでぇーーーすっ!!!!」
「うわぁーーー!?」

 耳元で大声を出されたモンで、お燐は思わず尻もちをついてしまいました。
 それにしてもすごい声だこと。これは寝た子も起きてしまいますねえ。

「……んー。こりゃダメだ。仕方ない。他をあたるとするかね」

 仕方なく三人は、耳をおさえながら寺を出て、別なところへ向かうのでした。

  □

「またこうしてあうことが出来てよかったです。静葉さん」
「私もよ。早苗」

 静葉と早苗の二人は、河童の住処にある喫茶店でくつろいでました。昼下がりの平和なひとときです。

「ところで、あの二人の様子はどうですか?」
「ああ、そうね……。ええ」
「……ああ、何も言わなくてもその表情でわかります。本当、ごめんなさい」
「……まあ、いいわ。私も引き受けちゃったからにはやらないといけないしね」
「静葉さんも大変ですね。もし、本当にどうしようもない時は遠慮なく私を呼んで下さい!」
「ええ、わかったわ。その時はそうさせてもらうわ」
「……本当、神奈子さまも諏訪子さまも、おたがいもう少し素直になるといいのに……」
「……ま、神さまってそういうものよ。時には人間以上に人間くさかったりするの」
「ああ、たしかに……。思い当たるフシたくさんあります!」
「そうでしょう」

 そう言って思わず二人はふふっと笑い合います。

「……あ、そうだわ。早苗。ずっと聞きたいことがあったんだけど」
「はい。なんですか?」
「あなた、今までどこにいたの」
「……ああ、そうですね。……うん。たぶんもう話してもいいかな?」

 早苗はティーカップに口を付けると静葉に告げました。

「……実は、とある方の隠れ家で生活していたんです」
「ふむ。それは誰かしら」
「菅牧典っていうキツネの妖怪です」
「え。あいつ」
「あ、知ってるんですか?」
「いや、知ってるもなにも……。それで大丈夫だったの。何か変なことされなかったかしら」
「だ、大丈夫ですよ? すごくいい人でしたし」
「いいひと……」
「ええ。いつも私を気にかけてくれてましたし」
「……へ、へえ」
「あ、そうそう。あとですね。料理が美味しかったですよ。特にあぶらあげの料理なんか、もう絶品で……」

 早苗の言葉に静葉は、料理をする典の姿を思い浮かべて、思わず苦笑します。

「……へえ。あいつの意外な一面を知ったわ。特に知りたくもなかったけど」
「なにか?」
「いえ、なんでもないわ。……とにかく無事で良かったわね」
「はい。おかげさまで!」

 そう言って笑顔を浮かべる早苗を、静葉は思わずフクザツな笑みを浮かべて見つめるのでした。

  □

 そのころ穣子たちは、お燐に案内され、とある場所に飛んで向かっていました。

「おい、お燐どこ行くつもりなんだ? こんな幻想郷の端の方まで来て」
「もうすぐさ。ほら、見えてきた。降りるよ!」

 三人が降りるとそこは一面、ヒガンバナが咲き乱れる少しさみしい場所……。

「ねえ。お燐、ここってたしか……。なんだっけ? 無言坂?」
「惜しい! 正解は無縁塚さ」
「なんでこんな場所なんかに? なんか薄気味悪いんだけど……」
「ちょっと心当たりある人物が、ここに住んでるんでね」
「こんなトコにー? あ! もしかしてグータラ死神? あのムネでかいの」
「いやいや。違うよ。アイツ来たら、あたいと口調かぶっちゃうだろ? 区別がつかなくなっちゃうよ」
「いや、そんなの知らないわよ!?」
「えー。でも、あの死神じゃないと、なると……。誰だ?」
「ま、ついてくれば分かるさ」

 お燐に連れられて二人は無縁塚の中を進みます。ところが……。

「……なあ、ところでなんかさっきから私のまわりに人魂みたいなのがフヨフヨ浮いてるんだがなんなんだ?」

 と、ヤマメがポツリと言うと、すかさずお燐が。

「え、人魂かい? 怨霊ならあたいのまわりにずっといるけど……」

 すると今度は穣子が二人にたずねます。

「ええっ!? イモじゃないの!?」
「イモがふよふよ浮くもんかい!?」
「いや、そんなコト言われたって、イモ浮いてるんだもん、仕方ないでしょ!?」
「いやいや、どう見ても人魂だろ。霊魂だよ霊魂!」
「ヤマメ。それもしかして、レンコンじゃなくて?」
「霊魂だよ! れ・い・こ・ん・! 霊魂とレンコンを見間違えるわけないだろ!?」
「うーん、あたいには怨霊にしか見えないけどねえ……?」

 何やら三者三様で変なモノが見えている様子。何か悪いものでも食べましたかね?
 と、そのときお燐が。

「あ、いや、待て。思い出したよ!」
「なになに?」
「……そういや命蓮寺の一派には、そんな能力を持っているヤツがいたってね」
「え、そんなのいんの?」

 お燐は大声で呼びかけます。

「おい! 封獣ぬえ! オマエさんの仕業だろう! 出ておいで!」

 すると、どこからともなく声が。

「……ちぇっ。バレちゃったか」

 そう言いながら現れたのは、黒いミニスカ姿に黒いショートヘアーの正体不明妖怪。

「やっぱりかい。まったく」

 ぬえはケラケラと笑いながら言い放ちます。

「あー楽しかった! レンコンだって! イモだって! バッカみたい! そんなのドコにもないのにねー」
「なにぃ!? オマエふざけんなよ! オマエが勝手に私たちに見せたんだろうが!」
「そーよ! こちとら豊穣神よ!? イモが見えて何が悪いのよ!?」
「いや、穣子。それはなんかちがくないかい……?」
「あはははははっ!! レンコンとイモが怒ったー! 逃げろー!」
「コラ待て! ゴルァー!!」
「イッモイッモにしてやるー!」

 と、二人はぬえを追いかけようとするも、そのまま彼女は姿を消してしまいました。

「ぬうー!! あんにゃろめー!今度見つけたらタダじゃおかないぞ!」
「まったくだわ! イモをバカにするなんて豊穣神として看過出来ないわね!」

 プンスカ怒る二人をなだめるようにお燐が告げます。

「……オマエさんたち、気持ちは分かるけど、アレでもアイツは大妖怪なんだよ。それこそあたいたちじゃ太刀打ちできないくらいのね」
「まったく何なのよ! お燐はあんなのに用事があったワケ?」
「いやいやまさか。でも、アイツがいるってコトはあたいのお目当ての人物も間違いなくココにいるってコトだよ。さあ、二人ともついておいで!」

 二人はお燐に連れられて、無縁塚の更に奥へと進むのでした。
  
  □

 昼下がりも過ぎたころ、静葉が街中を歩いてると急に声をかけられます。

「あ、いつかの秋神さまじゃなーい!」
「あら、誰かしら」
「私よ私! もしかして忘れちゃったー?」
「……ああ、あなたはたしか、はたてね」
「ピンポン! ピンポン! トモヨノダイピンポーン!」

 そう言って満面の笑みを見せるはたて。手提げカバンを持ってどこかにお出かけしていたようです。

「ねえねえ。どうしたの? こんなトコロで。もしかして観光とか?」
「ええ。……まあ、そんなところね」
「ここ、いいトコだもんねー。旅行したくなる気持ちわかるわー」
「ええ、そうね。ところで、そういえばあなたのこと探してたのよ」
「え!? そうなの?」
「ええ。そうなのよ。せっかくだから、立ち話もなんだし、どこかでゆっくり座って話しましょうか」
「あ、それなら私んち、来るー?」
「あら、いいの」
「いいよいいよー。もてなせるようなモノは何もないけどねー?」
「別にいいわ。じゃあ、せっかくだからお邪魔させてもらおうかしら」
「やったー! じゃ、ついてきてー!」

 と、いうわけで静葉は、はたての家に案内されるのでした。……それにしても相変わらずノリの軽い子です。

 彼女の家は、少し路地に入ったところにありました。

「それじゃ、お邪魔させてもらうわね……」

 静葉が中に入ると、薄桃色の壁紙とファンシーな家具に囲まれた空間が待っていました。
 いかにもイマドキの。と、いった感じです。部屋中キレイに掃除されています。秋ハウスの時といい、やはり彼女はキレイ好きなようですね。

 静葉が部屋中を見渡しながら、白い流線型のかわいらしいイスに座ると、奥の部屋、おそらく台所でしょうか、そこからはたてが姿をあらわしました。

「あんまキレイじゃないけどゴメンねー?」

 と、言いながら彼女は、湯飲みとお茶菓子をテーブルに置きます。クッキーと赤いお茶です。紅茶でしょうか。それにしては赤過ぎるのでもしかしたらシソ茶かな?

「あら、ありがとう。そんなおもてなしなんて」
「いやいや、神さまだし……。一応ね?」
「お気づかい感謝するわ」
「それで話って?」
「ええ、あなたのおかげで戦争を止めることができたから、お礼を言いたかったのよ」
「え!? ウソでしょ!?」
「本当よ。あなたのその念写ってのが凄く役に立ったの」
「そうなんだ!? それは嬉しいわー」
「ありがとう。はたて。あなたは、かくれた英雄よ」
「いやいやいや、そんなー。まさか神さまにそんなこと言われるなんてー」

 彼女はよほど気恥ずかしかったのか、真っ赤になった顔を両手でパタパタとあおいでいます。

「あ、そうそう! 忘れてた! 私も神さまにお礼しなくちゃいけなかったんだっけ!」
「あら、何かしら」
「実はねー。アナタの妹さんにすごくお世話になってさー……」

 はたては静葉にコトの経緯を説明しました。

「なんですって。あなた、今まで私たちの家にいたの」
「そーそー。助けてもらったのよ。妹さんに」
「へえ。穣子がそんなことをねぇ……」

 思わず静葉は驚いたように、ため息をつき、ティーカップに口を付けます。
 たちまち酸っぱいフレーバーが、口中に広がり、静葉は思わず顔をしかめてしまいます。

 ローズヒップティーでした。

  □

 その後、静葉は思うコトもあって、ふと、秋ハウスへとやってきました。すると。

「あらまあ……」

 なんということでしょう!
 家は、以前の廃屋一歩手前のような状況とは一変し、見違えるような趣のあるたたずまいで、夕日に照らされていました。

 静葉が家の戸を引きますと、大して力入れなくともスッと開きます。もう、以前の立て付けの悪さはまったく感じられません。

「……ふむ。中もだいぶ様変わりしてるようね」

 家の中も、かび臭さや湿気はほとんど感じられず、窓から差し込んでくる夕日によって、ほんのりと幻想的に照らし出されています。
 一部くさっていた廊下は、さすがに元のようにとまではいきませんが、板材を上手く使って補強されていました。まるで匠の技です。

 「……ふむ。これ本当にあの子が全部一人でやったというの。すごいわね」

 静葉は思わず感心してため息をもらしました。
 そのときです。

「ふふふ……。ずいぶんとキレイになりましたねえ。これなら私も住んでみたいくらいですよ」
「その声は……」
「やあ、お久しぶりですね」

 そう言って、気さくそうに、手をあげて静葉にあいさつしてきたのは……。

「……菅牧典。何しに来たのよ」
「あらあら、そんな邪険にしないでくださいよ。悲しいじゃないですか」
「……よく言うわよ」
「ふふふ……。しかし、あの状況を上手くまとめるなんて、さすがですねえ。アナタにまかせた甲斐がありましたよ」
「ほめられてもうれしくないわね」
「やれやれ、すっかり嫌われてしまったようですねえ」

 そう言って彼女は、ふっと息をついて床に腰を下ろします。

「ところで、あなたに聞きたいことが二つあるんだけど」
「おや、なんですか? 二つもとは」
「まず一つ。早苗から、あなたがあの子をかくまっていたって聞いたけど、それは本当なのかしら」
「……ああ、そういえば、そんなコトもありましたね。ま、あの神さまの命令でしたので不本意ながらもですが……」
「そう……」
「で、二つ目の質問とは?」
「……あなたの言う『壮大な計画』ってなんなのよ。もしかして、この世界を乗っ取るつもりなの」
「ふふふ……」
「答えなさい」
「……ま、今のところ、すべては計画通りに動いてます。アナタたち同盟軍がこれから紅魔館を攻めようとしているコトも、そしてその後、この幻想郷がどうなるかというコトも……」
「……それはどういうことよ」
「ふふふ……。いずれわかりますよ。いずれね。じゃ、今日はこのへんで」
「ちょっと、まちなさい」

 しかし彼女は、こーんこーんと去って行ってしまいました。

  □

 さて、少し戻って、その日の昼下がりのころ。

 穣子たちは、お燐の探し求めていた人物とあっていました。
 その人物は自分でこしらえた掘っ立て小屋の中で、こたつに入ってお茶をすすっていました。その人物とは……。

「……なるほど。それで私のところをたずねてきたというワケか。それはそれはご苦労だったね」
「いやいや参ったよ。こんな面倒ゴトになるなんてねえ。ナズーリン」

 そう、その人物とはナズーリンでした。どうやら彼女もレジスタンスと関係があるようです。

「……フフフ。私も正直、困惑しているよ。いったいこれから幻想郷はどうなってしまうんだろうね?」

 ナズーリンは湯飲みに口を付けると呆れた様子で息をつきます。

「……ところで。聖はどこだい?」
「ああ、聖か。ヤツなら地底に行ってるよ」
「なんと!? なんでまた地底なんかに?」
「今、レジスタンスは、地底と手を組もうとしているのさ」
「つまり、さとりさまと?」
「ああ。そういうコトだね」
「……ふむ。こりゃまた大きくコトが動きそうだね」
「かもしれないね」
「あのー……スイマセン。チョットイイデスカ……?」

 穣子が話に混ざろうとすると、ナズーリンは気がついたように声をかけます。

「ん? ああ、キミたちもいたのか。気づかなかったよ。豊穣神にツチグモ妖怪の……。ええと」
「ヤマメだよ! なんでみんな私の名前覚えてくれないの!?」
「で、キミたちは何をしているんだい。もしかしてお燐の護衛かい?」
「そんなワケないだろ! お燐と一緒に行動してるんだよ! この世界を元に戻すために!」
「……へえー。そうなのかい」

 ヤマメの言葉を聞いたナズーリンは、眼を細めて含み笑いを浮かべます。

「……何よ? その小バカにしたような目は? 私たちは本気よ!」
「ああ、これは失礼。……いやいや、別にバカにしているわけじゃないよ。ずいぶんと大変なコトをしようとしているね。と、思ったのさ」
「なんかいちいち引っかかるな。その言い方……」
「しかし、聖がわざわざ地底にか……。そういや、勇儀のコトもさとりさまは呼び戻してたっけね。うーん。もしかして何か関係が……?」

 と、お燐は何やら一人でブツブツ言ってましたが、やがて

「……よし。あたいもここはいったん地底に戻るコトにするか。どうもイヤな予感がする」
「え、地底に? それじゃ私たちも?」
「いや! ここからは二手に分かれようと思うよ!」
「へ?」
「え……?」
「あたいはこのままいったん地底に戻る。オマエさんたちは、そのままレジスタンスのアジトに向かってくれ。あたいの名前を出せば大丈夫さ」
「そっか。わかったわ」
「というわけでナズーリン。すまないけどよろしく頼むよ」
「うむ。了承したよ。……しかしキミも何かと大変だねえ」
「ははは。仕方ないさ。こういう役まわりってコトだね」

 彼女は苦笑いを浮かべながら、すっくと立ち上がります。

「……お燐。気をつけてね?」
「……ああ、大丈夫さ。それじゃ、二人とも、あとはよろしく頼むよ!」

 と、言い残してお燐は、足早に去って行ってしまいました。
 名残惜しいですが、彼女とはココでいったんおわかれです。

「……さて二人とも。レジスタンスのアジトに行きたいというコトらしいが?」
「ええ。そうよ!」
「ふむ。それならこれを持っていきたまえ」

 ナズーリンは、何やら地図を取り出して二人に見せます。

「この地図の印が付けてある場所に行くといいよ」
「行くといいよって……。アンタは一緒に行ってくれないの?」
「……ああ、すまないが、私はちょっと用事があるのでね」
「ちぇっ……。ケチね。付き合ってくれてもいいじゃない」
「まあまあ、穣子。別にいいじゃん。この地図んとこに向かえばいいだけの話だろ?」
「……まあ、そうなんだけどさ」
「それじゃ二人とも。道中気をつけるんだよ」

 と、いうわけで二人はナズーリンに見送られながら、彼女の家を出ると、さっそく地図をたよりにレジスタンスのアジトがあるという場所へやってきました。ところが……。

「何よこれ。ただの森の中じゃないのよ!?」

 穣子の言うとおり、二人がたどり着いたのは夕日に照らされた森の中の広場。とてもアジトがあるという雰囲気ではありません。

「ねえ、ヤマメ。本当にこの場所で合ってるの? 間違ってない?」
「うん、ここで間違いないよ」
「ちょっと、地図見せてよ!」

 と、穣子はヤマメから地図を奪い取って見てみますが、間違いありません。ここで合っています。

「ぬぬぬ……。もしかしてあのネズミ、私たちをダマしたんじゃないの!? なんか小バカにした態度してたし!」
「まあまあ、落ち着いて、穣子。もしかしたらそうかもしれないけど、アイツが私たちをだますメリットなんてなくないか? それにお燐がまかせた人物なんだから、きっと信用できる人だと思うよ?」
「……まぁ、そうなんだけどさ」

 ヤマメはもう一度地図をよく見てみます。すると。……おや? よく見たら地図の右上に、なにやら絵がかいてあるのを見つけます。

 山と思わしきモノの上に、丸が描かれているようですが……?

「なんだこれ。絵?」
「ただの落書きじゃないの?」
「いや、そんなのわざわざ地図にかかないだろ?」
「山と……。月かしら? コレ」
「ああ、月か。……月……月……。あ、もしかして!?」
「え、なんかわかったの!?」
「穣子! このまま夜まで待ってみよう!」
「え、マジで!? ま、別にいいけど……」

 二人は、そのまま待つことにしました。そしてやがて日が暮れ、あたりはすっかり暗くなります。すると……。

「はー。もうすっかり真っ暗になっちゃったけど?」
「……ねえ。穣子。まわり見てごらんよ」

 言われるままに、穣子があたりを見渡すと……。おや、なにやら、動物の気配が。

「何かいるわね? ええと、タヌキかな?」
「みたいだね。なんかいっぱい集まってきたぞ……」

 ヤマメの言うとおり、タヌキが二人のまわりにたくさん集まってきました。ぽんぽこん。
 と、そのときです。

「ふぉっふぉっふぉっふぉ……。二人ともこんな時間に何しに来た?」

 どこからともなく声が響いてきます。

「誰だ!? 姿見せろ!」

 ヤマメが呼びかけると、二人の目の前にドロンと妖怪が姿を現しました。

「ふぉっふぉっふぉ……。なかなか威勢のいいやつじゃのう」
「あ、アンタは!?」

 姿を現したのは、化けダヌキの親分こと、二ツ岩マミゾウです。これまた大妖怪の登場です。

「……もしかしてオマエがレジスタンスの……?」
「ほぉ。おまえさんたちは、レジスタンス志望かな?」
「いや、私たちは、お燐っていう猫の妖怪と一緒に行動してたのよ! いなくなっちゃったけど」
「あぁ……。なるほど。そういうことか」
「私たちをレジスタンスのアジトに案内してもらいたいんだ」
「ふむ。いいじゃろう。あの地図のナゾも解けたみたいだしのお」
「地図のナゾ?」
「おまえさんたち、ナズーリンから地図をもらったのじゃろう?」
「……あ。もしかしてこの地図って!?」
「うむ。わしがこしらえたものじゃよ」
「なんでこんな回りくどいコトするのよ!?」
「それはもちろん、これくらいのナゾが解けないようでは、レジスタンスの一員としてやっていけないからじゃよ。……ま、そう言う意味でもおまえさんたちは見込みがあるようじゃな! ふぉっふぉっふぉっふぉ!」

 思わずキョトンとする二人にマミゾウは告げます。

「それでは案内しよう! 我がレジスタンスのアジトに!」

 こうして穣子とヤマメの二人は、なんとか無事にレジスタンスと接触するコトに成功したのでした。

  □

 ところ変わって紅魔館に二階のテラス。そこには二つのかげが月に照らされぼんやりと浮かび上がっていました。一人はレミリア。そしてもう一人は……。

「……ふーん。共闘ですって?」
「ふふふ……。そうです。アナタを倒すためにね」
「……へえ。面白いじゃない。それじゃ私もあいさつに行ってこようかしらね」
「おやおや。もう動くんですか?」
「ええ。降りかかる火の粉は払わないとね!」

 そう言うなりレミリアは、らんらんと目を光らせながら夜空へと飛び上がって行ってしまいました。

「やれやれ、まだその火の粉すらも上がってないというのに……。本当に困ったお方ですねえ」

 典は呆れた表情でレミリアが、去って行った方向を眺めていましたが、ニヤッと笑みを浮かべてつぶやきます。

「ふふふ……。さて。それじゃ私も動きましょうかね」

 そして彼女はこーんこーんと姿を消すのでした。

  □

 さてそのころ、天狗の住処では。

「だからさー! ぜったい物量作戦の方がいいって言ってるでしょ! 数の暴力でなぐるのよ!」
「いや! 私はあえて頭をねらう戦法でいこうと思うね! ムダな兵力は極力使わない! これが戦の鉄則だと何度言ったらわかるんだい!」
「……とりあえず、二人とも落ち着きましょうか」

 あいもかわらず諏訪子と神奈子が、軍事会議という名の口ゲンカ大会をひらいていました。

「このわからず屋のヘンクツヤロー! オマエなんかオンバシラに潰されてペッタンコになっちまえ!」
「なにを! この時代遅れの土神が! キサマなんぞカエルらしく地面の中で永遠に冬眠でもしてろ!」

 と、また不毛な悪口合戦になってしまうそうだったので、すかさず静葉は手で机をバンッ! と、強く叩きます。

 その音を聞いた二人が、思わず黙ったのを確認すると、彼女は告げました。

「……お願いだから、いいかげん二人とも私の話を聞いてちょうだいね」
「……あ、ハイ」
「……う、うむ」
「まず、神奈子。あなたは真っ先にレミリアを強襲するという戦法を取りたいというわけよね」
「ああ、そうだとも」
「強襲戦法のメリットは」
「まず相手の意表を突くコトが出来る。上手くいけば少ない兵力で遂行出来るのでムダな兵力を使わずにすむ。それにおそらくレミリア以外は大した脅威ではないだろうと思われるので、レミリアのみを狙ってしまおうというコトだ」
「ふむ。じゃあ、逆にデメリットは」
「そうだな。万が一、強襲に失敗したら一気に劣勢になるコトだ。そのための二の矢、三の矢は用意しておく必要はある。もちろんそのプランも既にあたためてあるがな」
「……なるほどね。じゃあ次に諏訪子。あなたの作戦についてだけど……」
「私の作戦のメリットかい? そうだね。大軍隊だから数と見た目で相手を威圧できるってコトだね。ちょっとやそっとじゃ負けないよ。逆にデメリットはー。……もし、万が一にでも劣勢になったときの損害が大きいコトだね。何しろそのときは軍隊のほとんどがやれちゃってるってワケだからね」
「……ふむ。なるほどね。二人の意見よく分かったわ。それじゃ、それを踏まえた上での、私の意見として、二人の案を折衷したものを提言するわ」
「なるほど折衷案か」
「具体的には?」
「まず、最初に強襲組がレミリアを狙う。そして強襲が成功しようとしまいと、次に大軍隊を突撃させるのよ……」
 
 と、そのときです。
 三人の目の前に突然、小さい幽霊みたいなモノがボワッと姿を現します。

「これは……」
「およ……?」
「ええと、オマエはたしか……。お燐とかいう妖怪の……なんだったかな。バンビ……」
「ゾンビフェアリーね」
「ああ、それだ! いったいどうした?」

 フェアリーは焦った様子で三人に告げます。

「あ、あの、地底が大変なんです! 誰でもいいので早く助けて下さい!」
「なに、地底が……?」
「……てか、アンタしゃべれたのねえ」
「ふむ。いったい何があったのかしら」
「とにかく! 誰か助けてください……!」

 フェアリーは、そう言い残してボフンっと消えてしまいました。

「……ねえ、神奈子」
「……ああ、そうだな。どうやらただゴトじゃないようだ」

 さっそく三人は緊急で協議を行い、地底に使者を送るコトにしました。
 協議の末、今後の展望も見据え、天狗と河童、それぞれの陣営から一人ずつ送ろうというコトになり、天狗側からは龍、河童側からはみとりが選ばれました。そして選ばれた二人は、ただちに地底へと向かうのでした。

 □

 一方、レジスタンスのアジトへ案内された穣子たちは……。

「……まさか森の地下にこんな施設があるなんて」
「ふぉっふぉっふぉ……。木を隠すなら森の中と言うじゃろう? それにならってみたのじゃよ」
「……うーん。そうなの?」

 三人が通路を進むと、セーラー服を着た少女と袈裟を着た少女が談笑をしていました。ムラサと一輪です。二人とも寺の一員ですね。

「お、マミゾウ! おかえり!」
「ムラサ、一輪! 見ろ! 新しいメンバー希望者じゃぞ!」
「え!? 本当!? それは心強いわ!」
「へー。誰かと思えば……。ついに神さまもレジスタンスの仲間入りってワケか。いよいよ大所帯になってきたなー」

 そう言ってムラサは二人をのぞき込みます。

「……あ、どーもどーも」
「まあ、まだ正式に決まったわけじゃないぞ? リーダーに判断してもらわないといかん」
「と、言ってもマミゾウ。聖さまは、八意さまと今地底に行ってるし……」
「ああ、そういえばそうじゃったの。ではかわりに慧音にみてもらおうか」

 と、いうわけで二人は慧音の部屋へ案内されます。

「慧音。入るぞ?」
「……ああ」

 中に入ると、彼女は机に座って何やら資料を読んでいました。

「見ろ。新しいレジスタンス希望者じゃ。まぁ正確にはお燐の仲間と言うべきかな」
「お燐の……。ああ。なるほど。そうか」

 マミゾウは「では、あとはまかせたぞ」と言って去って行ってしまいます。二人は慧音の前に立つとペコリと頭を下げてあいさつしました。

「あ、どーもどーも」
「はじめまして。私はツチグモ妖怪のヤマメ。で……」
「ああ、そっちの神さまのことは存じているよ。たまに里であっていたからな。いつもおいしい焼きイモをありがとう」
「あっ、いえいえどーいたしまして。んで、アンタがここのリーダーなの? 寺子屋の先生」
「いや、このレジスタンスのリーダーは聖と永琳だ。私はサブということになっている。主に二人がいないときに仕切っているよ。まあ、今がまさにそうなんだが」
「ふーん。そうなのねー。たいへんねー」
「それで、お前たちはお燐の仲間ということは……。今までの経緯を知っていると言うことだな。良かったら話を聞かせてもらえないか?」
「あ、そーね。んじゃ、いちおう話しとくわ」

 二人は慧音に今までの経緯を話しました。

「……ふむ、なるほど。そうか。どうやら、今後のカギを握るのはやはり地底組となりそうだな」
「へ? そうなの……?」
「地底って地霊殿組のコト?」
「ああ、実は今まさに、聖と永琳が地霊殿に行っているところだ」
「そういえばあのネズミもそう言ってたっけ。あいつらと手を結ぶの?」
「その流れになるな」
「おお! 共闘ってヤツか! 地底組と手を組むのは確かにアリかもね! すごいね! どんどん包囲網が出来上がっていくね!」

 そう言って少し興奮気味な様子のヤマメ。
 どうやら彼女はそういうシチュエーションが好きなようです。
 すると、慧音が咳払いをして二人に告げます。

「さて、話は変わるが、このレジスタンスにはあるしきたりがある」
「しきたり……? なによそれ」
「新たなメンバーを入れる際には、毎回試験を受けてもらうことになっているんだ」
「え!? なにそれ聞いてないわよ!?」
「お燐のヤツそんなの一言も言ってなかったぞ!? いったい何をするんだ!?」
「まあまあ、落ちついて聞いてくれ。試験と言っても、そんなに難しいものではない。ちょっとお使いをしてきて欲しいんだ」
「お使い……?」
「ああ。これを同盟軍のところへ届けてきてほしいんだ」

 そう言って慧音は書簡を穣子に渡します。

「ふーん。これをアイツらに届けてくればいいのね? なーんだ楽勝じゃん!」
「それともう一つ。こないだ入った新人も一緒に連れて行ってもらいたい」
「新人? ま、なんでもいいわよ」
「そうそう。なんにせよ、人が増えるのは心強いもんね」
「……そうか。わかった。では、さっそく呼んでこよう」

 そう言って慧音が連れてきた人物を見て二人は、思わず目を丸くして声をあげます。

「あっ!?」
「え!? アンタはたしか……!!」

 それもそのはず、彼女が連れてきたのは……。

「やあ。二人とも、久しぶり……。でもないか」
「紹介しよう。我がレジスタンスの新メンバーのリグルだ」
「お、オマエ! レジスタンスに入ってたのかよ!?」
「あ、あはは。実はそうなんだ……」

 ヤマメの言葉にリグルは思わず苦笑いを浮かべます。

「なんだ。知り合い同士だったのか。それなら尚更都合がいい。この三人で、妖怪の山へ行ってきてくれ」

 と、いうわけで、穣子、ヤマメ、リグルの三人は書簡を渡すために妖怪の山へと旅立つコトに。って大丈夫なんでしょうかね……?

  □

 さて、神奈子たちの命を受け、地底へと向かった龍とみとりは、旧地獄街道を目指して進んでいました。

「……そうか。では、アナタは元々地底に?」
「ああ。いろいろワケがあってね。それで長官に呼ばれて地上に出てきていたんだ」
「ほう。長官からじきじきご指名とは……。よほど信頼されていると見受ける」
「いやいや。そんな……。せいぜい地上と地底の橋渡し程度の役割じゃないかと」
「フフフ。そんな謙遜しなくても。アナタからはただ者ならぬ気配を感じますとも」
「そう言うアナタからも、十分に強者のオーラを感じるが……」
「いやいや。そんな……。一応、大天狗なんて肩書きはついてますが、そんなにたいしたことありませんよ」
「いやいやまたそんな……」

 などと言ってるウチに、二人の眼下に街並みが見えてきます。しかしなにやら様子が変です。
 あちこちから黒煙が立ち上っています。

「むむ!? みとりどの!」
「……ああ、いそごう!!」

 二人が街へたどり着くと、二人の目に信じられない景色が飛び込んできました。
 なんと、建物という建物が壊れ、黒煙に包まれて燃えていたのです!

「これは! いったい誰がこんなマネを!?」
「みとりどの! あれを!」

 みとりが龍の指示した方を見ると、なにやら弾幕が激しく飛び交っています。どうやら誰かが交戦中のようです。

「……いったい誰と誰が戦っているんだ?」
「この威圧感。よほどの実力者同士と見た!」

 と、そのときです。
 何者かが二人の目の前にズンっと着地してきます。

「……ふう。やれやれ。コイツはなかなか厄介だな」
「ああ! オマエは!?」
「ん……?」
「勇儀! 私だよ!」
「何ぃ!? なんでここにオマエがいるんだ!? みとり! それに大天狗さんまで!?」
「いったい誰と戦ってるんだよ!? 勇儀!」
「あ、ああ。紅魔の吸血鬼だよ」
「なんだと!? 紅魔っていうことは……」
「そう、レミリア・スカーレットだ。なぜかわからんが、急に攻めてきたんだよ」

 そのとき三人の目の前に赤い弾幕が降ってきます。それも尋常な量の!

「うわ!! なんだこれは!?」
「……まったくやってくれるね!」

 勇儀は立ち上がって、気合い一閃、拳を突き上げます。すると衝撃が発生し、弾幕をかき消していきます。

「やれやれ……。相手が相手なだけに、本当は本気で挑みたいトコロなんだがな。これ以上街を壊すわけにもいかないし」
 どうやら彼女は、場所が悪くて本気を出せず手こずっている様子。

「勇儀! 私がいく!」
「あ、おい! 待てみとり!?」
「みとりどの!?」

 制止する勇儀たちを無視して、みとりは上空へ飛び上がります。そして、そのまま彼女は空中にいるレミリアへと向かっていきます。

「キサマ!! 地底になんてマネをしてくれるんだ!?」

 レミリアは見下すような目つきでみとりを見ます。

「あん? ……なんだオマエは? 誰に向かってモノを言っていると思っているんだ」
「うるさい! とっとと失せろ! 野蛮な吸血鬼ごときが!」

 みとりはレミリアにバッテン状の弾幕を放ちます。そして弾幕を放った瞬間、彼女に言い放ちます。

「オマエに私の弾幕をさけることを禁じる!」
「なに……?」

 すると、レミリアは身動きが取れなくなり、彼女の弾幕の直撃を受けてしまいます。

「ちっ……! こざかしいマネを……! オマエ何者だ!」

 にらみつけるレミリアに、みとりは言い放ちます。

「私は、赤河童の河城みとりだ。『あらゆるものを禁止にする程度の能力』を持つ!」
「な、なんだと! そんなの反則じゃないか!?」
「なんならオマエが息をするのを禁じてやってもいいんだぞ?」
「ぐっ……!」

 みとりの言葉にレミリアは、思わず歯ぎしりをして言い放ちます。

「……くっ。まあいいさ! 今日のところはあいさつ代わりってコトで、この程度にしといてやるわ! だが、いずれココも私の支配下にしてやるからな! 覚悟しとけ!」

 そう言い残すとレミリアは、飛び去っていきました。

「……あらあら」

 遠くで様子を見ていた典は、みとりがレミリアを撃退するのを見届けると、思わずニヤリと笑みを浮かべてつぶやきます。

「……あの赤河童。なかなか面白いじゃないですか。ふふふ……」

  □

 そのころ、穣子たちは、妖怪の山にむかっているところでした。

「それにしてもさぁ。なんでオマエ、レジスタンスなんかに入ったんだよ?」
「え? いやそれは……。なんというか」

 ヤマメの問いにリグルは、思わず言葉をにごしてしまいます。

「ま、なんでもいいけどさ。オマエみたいな弱虫が役に立てんの?」
「う……うるさい! 私にだってやれるコトくらいあるよ!」
「へえ。たとえば?」
「え? いやそれは……。その……」

 再びリグルは、言葉をにごしてしまいます。

 と、いうやりとりを、二人はずっと繰り返しているモンだから穣子は……

「……あーもー。やだやだ。とっとと終わらせて、とっとと帰りましょ!」

 と、嫌気がさしたように、ふて腐れています。
 そんなこんなしているウチに妖怪の山に着きました。しかしここである問題が。

「……ねえ。そーいえば二人とも。どっちのボスに書簡届ければいいのよ?」
「あ!? そういえば聞いてくるの忘れた!」
「慧音さんも何も言ってなかったね……」
「もぉー。どーすんのよー?」

 穣子は思わず、ため息をつきます。するとリグルが一言。

「あの。何も言われなかったというコトは、どっちもでいいってコトだと思うんだ。だから私たちで決めちゃっていいんじゃないかな?」
「あー。それもそうだね。んじゃ、どっちにする?」
「よーし。じゃあここは多数決で決めちゃいましょー!」

 三人が多数決を取った結果、河童の住処に行くコトになりました。すなわち、神奈子……。じゃなくて技術局長官のほうですね。

 と、いうわけで、三人はさっそく河童の住処へと向かうのでした。

  □

 レミリアを追い払った龍とみとりは、勇儀とともに地霊殿へと向かいました。
 なんでも勇儀曰く、レミリア襲撃での負傷者が手当を受けているとのコト。

「……しかし、相変わらずムチャしやがって。オマエは……」
「うう、すまん。勇儀。つい……」

 その道中、勇儀にたしなめられて、ばつが悪そうにしているみとり。思わず龍が彼女にたずねます。

「……すまないが、みとりどのは、あの鬼とどういう関係で?」
「……あ、ああ、実は勇儀には、地底ですごくお世話になっててね」
「鬼にお世話に……?」
「ああ、そうさ」
「ははは。なんせ、地底に来たばかりのころのコイツは、手が付けられない暴れモンでなあ……」
「なんと……。みとりどのが?」
「……なあ、二人とも。話はあとにしようか。もうすぐ地霊殿に着くし」
「……ふむ。それもそうだな。その話については、今度酒のつまみにたーっぷり聞かせてもらうとするか」
「ははは! そりゃいい!」
「……かんべんしてくれ」

 などと言いながら三人は、地霊殿にたどり着きます。

 どうやらレミリアの襲撃からはうまく逃れられたらしく、建物自体は無傷のようです。
 中に入ると、三人を迎えてくれたのは、レジスタンスのリーダーである聖でした。

 二人が、自分たちは同盟軍からの使者であるコトを彼女に伝えますと、彼女は、僧侶らしく、合掌して二人に深々と礼をします。

「……ああ、なんとありがたいことでしょう。遠路はるばるご足労おかけして誠に申し訳ございません」
「……いえいえ。そんな、恐れいります。ところでここに負傷者がいると聞きましたが」
「ええ。今、永琳が治療に当たっています。幸いにも勇儀さんがいたので、地霊殿にはそこまでの大きな損害はありません。お燐さんとお空さんが迎え撃った際に軽い傷を負ったくらいです」
「……となると問題は街の方か」
「ええ。致し方ないとはいえ……。ひどい有様に」

 そう言って視線を落とす聖。その様子を見た勇儀が言います。

「まあ、そんなに心配しなさんな。私たち鬼にかかれば街の復興などあっという間ですから。それに負傷した鬼たちも、どうせすぐに元気になる。なんせ鬼の体は頑丈ですからね」

 そのとき、さとりが姿を現します。

「あ! さとり……」
「ああ、アナタが……。地霊殿の」
「ええ。私が地霊殿の主、古明地さとりです。龍さん。そしてみとり、わざわざ来て頂き感謝いたします」
「すまん、さとり。私がもう少し……」
「ふむ。私がもう少し早く来ていたらこんなコトにはならずにすんだかもしれなかったのに……。ですか。いえ。みとりが気に病む必要はありません」
「いやでも……」
「レミリア襲撃の予兆は察知していたので、あらかじめ勇儀を地上から呼び戻しておいたのです。しかし、彼女がいてもこの結果になった。それだけ彼女の力が強かったというコト。もっとも勇儀も街の中では、思うように力を出せなかったいうのもありますが……」
「いやあ。面目ない……」

 さとりの言葉に苦笑いを浮かべる勇儀。そこへ龍が割り込みます。

「さとりどの。お初お目にかかる。私は……」
「大天狗、飯縄丸龍ですね。ウワサにはうかがっています。なんでも勇儀と互角の力を持つとか」
「いやいやそんな大した者では……。それはそうと……」
「ふむ。紅魔の君は、いったい何をしに地底に来たのか? ですね」
「……おお。ウワサにはうかがっていたが、見事な読心術で!」
「……残念ながらそれはわかりません。ただ、気になったコトが一つあります」
「ふむ。それは?」
「……彼女の心の中は、非常に暴力的で幼稚だったというコトです」
「おい、さとり。……つまり、それはどういうことだ?」
「……彼女は、おそらくヒマつぶし程度に、地底を襲撃したと……」
「なんだと!? ふざけるな! ヒマつぶし程度で、アイツは私たちの街を壊滅させたというのか!?」

 急に声を荒げさせるみとりの様子に、龍は思わずギョっとした様子で声をかけます。

「……みとりどの? どうされた……?」

 一方の勇儀は呆れた様子でみとりを見つめます。

「……おーおー。始まったか」

 さとりは話を続けます。

「ええ、そういうコト。今の彼女は、おそらく彼女自身も力を制御出来ずにいるようですよ。その衝動のはけ口として地底を襲撃したのでしょう」
「ぬうっ! なんてヤツだ!! この街は私の故郷同然なんだぞ! それをそんなふざけた理由で壊され、黙っていられるか!! おのれ!! 絶対許さん! 今すぐヤツの息の根を止めてやる!!」

 そう吐き捨てるとみとりは、飛び立ってしまいます。

「みとりどの!?」
「みとりさん!」

 慌てて龍と聖が追いかけようとしますが、すかさずさとりはそれを制止すると、勇儀にアイコンタクトを送ります。

「……やれやれ。まったく、しかたないヤツめ」

 さとりの合図に気づいた勇儀は、ため息をつき、勢いよく飛び上がると、空中でみとりをつかまえます。

「おい! 離せ!! 勇儀! キサマ!!」
「……おい、オマエちょっと頭冷やせよ」

 そう言って勇儀が、もがく彼女を地面にぶん投げると、みとりはそのまま勢いよく地面にたたきつけられてしまいます。
 しかし、それでも彼女は、すぐに立ち上がると、再び勇儀に襲いかかります。

「このヤロウ! よくもやりやがったな! 勇儀! キサマが私の攻撃を……」
「おっと。言わせないぞ!」

 能力を使おうとしたみとりの脇腹に、すかさず勇儀の鉄拳がたたき込まれます。

「ぐあぁっっ……!?」

 そのままみとりは、もんどりうちながら再び地面に激突し、そのまま気を失ってしまいました。

 様子を見守っていた龍と聖が、慌ててみとりの方へ向かおうとすると、さとりが止めます。

「お二人とも、心配なく。いつものコトですから」
「いつものコトって……。いや、しかし!」
「……あの子は、いったん頭に血が上ると自分でも歯止めがきかなくなってしまいます。ああでもしないと止められませんので」
「なんと……!?」
「そんな……!」
「はぁー……。相変わらず世話のやけるヤツだな。ったく」

 そう言いながら、地面に降りてきた勇儀は、呆れた様子で盃に口をつけます。

「うう……」

 すぐに意識が戻ったみとりはヨロヨロと起き上がります。
 その額からは血が流れており、足元もおぼつかない様子。

「なんと!? あれだけ鬼の強力な一発をもらっておきながらもう立ち上がれるというのか。……やはり彼女はただ者ではないな!」
「でもひどいケガです。はやく手当をしなければ……!」

 みとりは二人に向かって頭を下げます。

「……申し訳ない! ついカッとなってしまった」
「……いやいや、気になさるな。みとりどのの気持ちも察するに余りある。私だって、故郷をあんな目にあわされたら、果たして正気でいられるかどうか……。しかし、それはそれとしてアナタは貴重な戦力。もしこのまま単身で紅魔館に乗り込み、アナタにもしものコトがあったら、それは大きな損失になってしまいますので」
「龍……。すまない」
「……みとりさん。アナタのその憎悪の心は、決して悪いものではありません。憎悪を抱く自分もまたアナタそのものに変わりないんです。だから負の感情を持つ自分を決して責めないでください。そして、そんな自分を優しく受け止めてあげてくださいね」
「……ああ。二人に見苦しいところを見せてしまったようだ。本当に申し訳ない……」

 二人の言葉で、ようやく冷静さを取り戻したみとりに、さとりが告げます。

「……みとり。今はまだ待ちなさい。必ず好機はおとずれる。そのときが来るまで、今は力をたくわえておきなさい」

 そう言ってさとりは歯がゆそうな様子のみとりに向けてニヤリと、意味深な笑みを浮かべるのでした。

  □

 さて、一方の穣子たちは、特に何事もなく河童の住処の長官(神奈子)の元にたどり着いていました。

「ほう。レジスタンスか。わざわざご苦労さまだね」

 彼女は以前のように姿を隠しておらず、フツーに部屋の中で過ごしています。
 どうやら、もう正体隠すのが、面倒になってしまったようです。いやはやなんともテキトーなもんですね。

「我がリーダーからこの書簡を預かってまいりました。どうぞ」
「ふむ。受け取ろう」

 神奈子はリグルから書簡をもらうと、さっそく開けて中の手紙を読みます。

「ほう……。なるほどね。オマエたちレジスタンスは、我々同盟軍との共闘を望むというコトか」
「えっ!? そーなの!?」
「初耳なんだけど!? リグル、オマエは知ってたの?」
「うん、まぁ……。チラっとは」
「言ってくれよー!?」
「まあ、賢明な選択だと思うね。……オマエらのとこのボスは、確か、聖だったか」
「はい。そうです」
「……なるほど。まあ……。アイツらしいね。しかし、悪いが返事はすぐには出せぬ。私らだけでなく、天狗側の意見も聞かないといけないからな」
「あー……。同盟組んでる以上、相手の方の意見を無視するワケにはいかないってコトね」
「そうさ。同盟を組むというのはそういうコトなんだよ。穣子」
「大変ねー。色々めんどくさそーで」
「……ま、なるべく近いうちに返事を出すようにするさ。そういうコトで聖に伝えておいてくれ」
「わかりました。それでは、本日はこれにて失礼します」
「うむ。ご苦労さん」

 無事、書簡を神奈子に渡せた三人は建物を出ます。

「よーし。コレで用事はおわりだね!」
「うん! あとはアジトに帰って報告すれば任務完了だよ」
「あ、そうだ! せっかくだからどこかで一休みしない? 喫茶店とかさ」
「あ、いいね!」
「私も緊張したから、のどカラカラだよ」

 などと言っていたそのとき!
 突然何者かが、走って三人に近づき、体当たりしてきました!

「うわぁ!?」
「なに!?」
「ひゃあ!?」

 三人は突き飛ばされ、尻もちをついてしまいます。相手はそのまま走り去って行ってしまいました。

「……あーおどろいた。二人とも大丈夫?」
「まったく、なにしやがるんだ! アイツめ!」
「……あ、あれ?」

 リグルは慌てた表情で、ポケットやらに手を突っ込んでます。

「どうしたんだ。リグル」
「ああ、やっぱり! サイフがないっ!」
「えっ?」
「あぁ!? 私もだ!! ない!」
「え!? まさか……。 ああ!? 私も焼きイモがない!?」
「なんでそんなモン、フトコロに入れてんだよ!?」
「いいでしょ! 別に!」
「ねえ、それより……!」
「ああ、追いかけないと!」

 三人はすぐに空を飛んで、上空からひったくりを探します。すると。
「あ! いた! 森の方に逃げてってる!」
「よし!おいかけて、とっつかまえるぞ!」

 三人はひったくりを追いかけて、一緒に森の中へと入っていきます。
「コラー! 待てー!!」
「イモかえせー!」
「私のサイフかえしてー!」

 ひったくりは振り返って三人を確認すると、更に逃げるスピードを上げます。

 三人も速度を上げようとしたそのとき、ひったくりがコチラむかって何かを投げてきます。

 それは穣子の顔面にバチコーンっと当たります。

「ふぉげぇーっと!?」
「ああ、穣子!?」
「だいじょうぶ?」
「……ったく、なんなのよー!?」

 よく見たらそれは穣子の焼きイモでした。どうやら、いらなかったようです。

「こ、コノヤロー!? 私の焼きイモを投げるとは、ゆるさん千万!! ふとどき万万!!」

 怒った穣子は、まるで焼きイモのように真っ赤になって、再びひったくりを追いかけます。慌てて二人も追いかけます。

 しかし突然、目の前で網が広げられ、三人はブザマにその網につかまってしまいました。

「うぉえあえっ!?」
「なんだぁ!?」
「ひゃあっ!?」

 更に三人は、網につかまったまま、そのまま宙づりになってしまいます。

「ちょっと! なにすんのよ!!?」
「ちょ! なんだよこれー!?」
「もしかして、つかまっちゃった……!?」

 三人のまわりに一斉に武器を装備した者たちがワラワラと。そしてひったくりは、ゆっくり近づくと、三人に言い放ちます。

「バカなヤツめ! まんまとひっかかったな!」
「だれよ!? アンタは!」
「私は山城たかね! 山童だ!」

 そう。なんと、ひったくりの正体は、たかねだったのです。……と、言っても穣子たちは初対面ですが。

「山童! ……って、なんだっけ?」
「さあ……? 聞いたコトないわね! きっと、どマイナーな妖怪よ!」
「ねえ、ここから出してよー!」
「うるさい! とにかくオマエらは、このまま生けどりだ! おい、コイツらを持って帰るぞ!」

 と、いうわけで、穣子たちは、そのまま山童の住処まで連行されてしまいました。

 山童の住処は、森のはずれのガケの近くにありました。そこには何やら河童の姿もチラホラと見えます。

 三人は、小屋の中のオリに閉じ込められてしまいました。

「くっそー! これじゃ身動き取れないじゃないかよ!」
「いったい私たちを、どうするつもりなのかしら?」
「まさか、鍋で煮込んで食べるとか……?」
「なんだと!? なんて野蛮なヤツらなんだ!?」
「もしかして、髪の毛むしって服でもつくる気かもよ!?」
「うわ。なにそれ、引いちゃうんだけど……!」
「んなわけあるか!? 勝手に人の種族のイメージをねつ造すな!」

 そうツッコミながら、やってきたのはたかねでした。
 彼女はオリ越しに三人に話しかけます。

「三人とも気分はどうだい?」
「いいわけあるかよ!?」
「アンタねぇー。私をこんな目にして、タダですむと思わないでよ? いったい何が目的なのよ!」

 穣子の問いにたかねは、平然と言い放ちます。

「目的か? そんなものはない!」
「ハァ!?」
「ハァアア!?」
「……目的がないってどういうコト?」
「私たちは河童のジャマが、出来ればそれでいいのさ!」
「なんだと!?」
「ふざけんなー! 私たちは大事な任務に関わってるのよ!?」
「知ったコトかよ! ……ああ、そういえば河童と天狗が同盟結んだとか言ってたな。おかげでこっちも仲間が増えたよ」
「え。それって……?」
「同盟に反対の河童どもが、私たちに合流してくれたのさ!」
「なんですって! だからここに河童もいたのね!?」
「そういうコトだ! ザマーミロ! 河童どもの思う通りにはさせないよ! あっはっはっはっは!」

 そう言って高笑いするたかねにリグルが言います。

「……でもさ、それによってアナタたちも被害を受けたらどうするの?」
「……え?」
「天狗と河童が手を組んだのは、レミリアの脅威から身を守るためだよ。もし、彼女をそのまま放置していたら、ここも彼女の支配になっちゃうかもしれないんだよ。アナタはそれでもいいの……?」
「うーん。……いや、それはちょっと、困るかもなぁ……?」
「私たちはそれを防ぐために動いてるんだよ。こんなトコロで足止め食ってる場合じゃないんだよ」
「そーだ! そーだ!」
「私たちはとても大変な任務をまかされてんのよ! わかったか!」
「ううむ。……そうか。……よし、わかったよ。オマエらは特別に自由にしてやる! 本当の本当に特別だからな! みんなにはナイショだよ?」

 そういうとたかねは、三人をあっさりと解放します。

「あのー……。それでサイフは?」
「あ、サイフはかえさん! アレは我々の軍資金だからな!」
「ハァ!? ふざけんなよ!?」
「じゃあな! 幻想郷の平和のために、せいぜい頑張ってくれよ!」

 と言いながらたかねは、姿を消してしまいます。どうやら、にとりと同じ光学迷彩のようです。

「あんにゃろめー! 今度あったらただじゃおかないわ!」
「まあまあ、自由になれただけよしとしないとね」
「いや、それはそうなんだけどさ。私のサイフが……」

 と、思わず落ち込むヤマメに、リグルが告げます。

「よし、落ち込んでるヒマはないよ。それじゃ、次はサイフを探そうよ!」

  □

 そのころ、同盟軍は。

「……ふむ。どうやら順調のようだね」

 ここは河童の住処の工場。
 何やら兵器を製造中の模様。その様子を部屋のモニターから神奈子と静葉が見守っています。

「しかし、まさかオマエが、あの設計図を持っていたとはねえ?」
「私も驚いたわ……。まさかあれがそんな重要なものだったとはね」

――あの設計図。

 もうとっくにお忘れかもしれませんが、静葉がはじめの森で酒クサい妖精に襲われたときに回収した、あの設計図です。

 彼女自身も、あれからしばらくの間、存在自体を忘れていたのですが、実は諏訪子に書簡を渡した際に間違って、設計図が入った方の書簡を渡してしまっていたのです。
 そのコトを彼女に指摘されてようやく発見に至ったというワケです。
「……アレは実はな。私が特別なルートで外の世界から持ち込んだ設計図なんだ。設計担当から紛失したと聞いたときは正直焦ったよ。なにしろ手に入れるのに結構苦労したからな」
「……と、いうことは、よほど戦況に影響を与えかねないものなのね」
「ああ、あの兵器があるとないとでは雲泥の差だね。……ここだけの話だが、あの設計図を無くしたと知って、仕方なくお空の力を借りようとしたくらいだ」
「ああ、なるほど。……そういうことだったのね」
「もちろん、ヤタガラスの力をうまく使えば、あの兵器に匹敵するものは作れる。だが、そういう問題じゃないんだ。なにしろあの兵器は……」

 と、そのときです。部屋の装置から何やらブザーが鳴りはじめます。

「む、通信だ」

 神奈子は通信機の受話器を取ります。

「こちら技術局。……なに!? わかった。すぐ使いを送る!」

 受話器を置くと神奈子は静葉に告げます。

「採掘現場でトラブルが発生したらしい! 総員直ちに出動せよ! ……と、言いたいところだが……」
「みとりも龍も、まだ地底から帰ってきていないわね」
「……仕方ない。オマエがかわりに行ってきてくれるか? と言っても、一人では心細いだろうから、他に誰か一人好きなヤツを連れて行ってくれ」
「ふむ……。わかったわ」

 さっそく静葉は、仲間を連れて採掘現場の虹龍洞へと向かったのですが……。

「……それで、私が選ばれたってワケなのねー?」
「ええ、そうよ。頼んだわよ。はたて」

 選ばれたのは、はたてでした。と、いうのも本当は文を連れて行こうとしたのですが、あいにく彼女は忙しくて手が離せない様子。それではたてに、白羽の矢を立ったというワケです。

「……むうー。正直、アイツのかわりってのはちょっと気に入らないけど、神さまの頼みってんなら、ま、いーわ!」

 そう言ってはたては、おさげを手でハラリと払うと、フトコロから例のカメラを取り出します。

「じゃ、さっそく行きましょー!」
「ええ。急ぎましょう」

 二人はさっそく洞窟の中に入ります。
 中は薄暗く、ジメジメしています。

「ふむ、ちょっと薄暗いわね」
「大丈夫大丈夫。このカメラにはこんな機能もあるのよー!」

 そう言って、はたてがカメラをシャカシャカ振ると、なんとカメラからまばゆいライトがピカッと放たれます。文明のリキってヤツですね。

「あら、すごい」
「でしょでしょー? 自慢の多機能カメラよー!」
「これで奥に進めるわ」
「さー! どんどんいきましょー!」

 二人は、どんどん奥へと入っていきます。

「……ところで、アナタはここに来たことあるの」
「うん。前に文と一緒に肝試しでねー」
「へえ。そうなの」
「そーそー。特に何もなかったけどねー。お化けの一匹でも出るかなーって思ったけどねー。残念だわ」
「……ふむ。ところで、はたて。あなたさっきから分かれ道とか気にせず、ひたすら進んでるけど大丈夫なの」
「大丈夫大丈夫! こう見えてもブランチマイニングは得意だからね! なんなら毎晩やってるし」
「……へえ、そうなのね」

 などと話しながら奥へ進んでいくと、何やら弾幕が飛び交う音が聞こえてきます。どうやら奥で誰かが戦闘中の様子です。

「いくわよ。はたて」
「アイアイサー!」

 二人が急いで奥へ行くとそこでは、勾玉をあしらった服を着た神さま――玉造魅須丸と、スコップとツルハシを持って武装した妖怪が戦っています。

「……まったく厄介な! いったい誰にナニを吹き込まれたんですか!? アナタは!」
「うるさいうるさいっ! 俺は聞いたぞ! オメーら、俺の大好物の龍珠を全部横取りしようとしてるんだろ!? そんなコトはこの俺が絶対させないからな!」
「だからそれはデマだって……」
「ウソつけっ! ダマそうったって、そうはいかねーぞ!」

 すかさず静葉が呼びかけます。

「魅須丸。アナタこんなところで何を」
「おや、誰かと思えば……。秋神!?」
「ふむ、今はのんきに話してる暇はなさそうね。行くわよ。はたて」
「アイアイサ-! とりあえず、まずは足止めくらいでいいよねー?」

 そう言ってはたては、妖怪に弾幕を放ちます。

「へっ! そんなヘナチョコ攻撃食らうかよ!」

 しかし妖怪は、手のスコップでその弾幕を、軽々とはじきとばしてしまいます。

「わっ! コイツなかなかやるわ!?」
「ったりめーだろ!? 天下の大ムカデ、百々世さまがそんな攻撃食らうかよ!?」
「ええ!? 大ムカデ!? ねえ、神さま大変! コイツ大妖怪よー!」
「ええ。どうやらそのようね」
「うわー……。これは予想外! まさか大妖怪に出くわすなんて-!」

 思わずはたては、アワアワとうろたえてしまいます。それを見た魅須丸が一言。

「……おいおい、静葉。もう少し、頼れそうなヤツ連れてこれなかったの……?」

 すると静葉は、平然と言い返します。

「あら、大丈夫よ。彼女は十分強いもの」
「……うーん。とてもそうは、見えないけど……?」
「さあ、はたてやっちゃいなさい」
「はーい! よ、よーし……!」
「ふん! よけられるモンならよけてみやがれ!!」

 百々世は、先手必勝とばかりにドシャーンと弾幕をまき散らします。
 はたては、すかさずカメラを構えシャッターをきります。

「えーい! 念写!」

 すると、たちまち弾幕が消えました。

「なに……? くそう、もういっかい!!」

 百々世は再びバゴーンと弾幕を放ちますが、はたては再びパシャリとカメラで打ち消してしまいます。

「どーよ!」
「ハァ……!? なんだよソレ! 反則じゃねーかよ!?」

 様子を見守っていた静葉は、つぶやくように魅須丸に告げます。

「……ほら、強いでしょ」
「いや、強いは強いが……。これでは、こちらの攻撃が……」
「そこは、あなたがやればいいじゃない。敵の弾幕が無効化している今なら当て放題よ」
「……ああ、なるほど! それもそうだ。それではさっきのお返しに」

 すかさず魅須丸が、色とりどりの陰陽玉状の弾幕をあたり一面にまき散らします。

「こんなんでいいかな?」
「ええ、上出来」
「うわぁ!? なんじゃこりゃ!? くそっ! 打ち返してや……。グワァーーー!!?」

 百々世はスコップとツルハシをバットがわりにして弾幕を弾き飛ばそうとしますが、数が多すぎて、さばききれず次々に被弾していきます。

「ちょっとちょっと!? 私にも当たっちゃうってばー!?」

 はたては慌てながらも、持ち前の旋回力で、なんとかよけきります。こう見えても、やはり彼女は天狗なのです。

「く、くそー……!! この俺が……」
「いい加減にしなさい! オマエは勘違いをしている! 私たちは龍珠を独り占めしようとなんてしていない! いったい誰に吹き込まれたの!? 言いなさい!」
「……誰が言うか! くそっ! 話が違うじゃねーか! アイツめー!」
「……うーん。まるで話が通じないわね」
「見た目どおり野蛮なヤツみたいねー!」

 と、そのときです。

「……やれやれ、いったい何の騒ぎなんだ?」
「あ……!?」
「あら」
「おやおや、これは大天狗さま!」

 皆の前に龍が現れます。どうやら地底から帰ってきたばかりのようで、さすがに少しお疲れの様子。

「……まったく、山の神さまから聞いたぞ? オマエが暴れていると」
「いやいや、聞いてくれよ龍……。実はな……」
「話はいったん落ち着いてから聞くとしよう。とりあえず、まずは……」

 そう言うと彼女は、手に持っている三脚を振りかぶると、勢いよく振り下ろします。

「この大バカものが!」
「ウギャアァーーーーー!?」

 三脚は、百々世のおしりにスマッシュヒーット!

「お! これはいい画! チャーンス!」

 はたては、シャッターチャンスとばかりに、そのお仕置きの様子をカメラで撮りまくっています。

 ……やはりこうみえても彼女は天狗なのです。

「……さて、ここを出ようか。それじゃ魅須丸、あとはまかせたよ」
「……ああ、ちょっと待って! 龍!」
「何だ?」
「ついでに、神奈子のヤツに伝えておいてくださいよ。龍珠を採り過ぎるなって。本当にいつか枯渇しますよ? もし、龍珠がなくなりでもしたら、この幻想郷はですね……」
「ああ、わかった。伝えておくよ。それじゃ、引き続き勾玉の生成まかせたぞ?」

 こうして三人は、魅須丸のグチが始まる前に、百々世を引き連れてさっさと虹龍洞をあとにするのでした。

  □

 さて戻って、山童の住処にいる穣子一行は……。

「よし、じゃあ、サイフをさがそう」
「でも、探すったって。どうすんのよ? 何かココ広そうだし。……手分けでもする?」
「いや、大体、どこにあるかは想像ついてるよ」
「え? なんで?」
「連れられてるときに、なんとなくココのつくりを把握したから」
「へー? やるじゃん」
「……で、どこなんだよ?」
「あっちだよ」

 リグルに連れられて穣子とヤマメは、住処の奥の家の方までやってきます。
 丸太でつくられたログハウスです。

「この建物だよ」
「本当かよー?」
「どれどれ……」

 穣子は、窓からちょいと中をのぞいてみます。

「……どうだ? 穣子。どうせないだろ」
「あった……!」
「え……!?」
「机の上に置いてある」
「マジで……!?」

 あわててヤマメも中をのぞいてみると、確かに二人のサイフは部屋の中のテーブルの上に置かれています。
 ただし、きっちり見張りもいるので、三人はいったん建物から離れました。

「……リグル。アンタ、なんでわかったのよ?」
「ふふん。カンだよ」
「ウソつくな! オマエにそんな力あるかよ! ちゃんと言え!」
「……わかったよ。種明かしするよ。……実は、私、虫を操れるんだ」
「へえ! 虫を!? スゴイじゃん!」
「いや、そんなのは知ってるよ? 一緒に地上に攻め込むとき、お互いの能力を確認したじゃん。どうやったのかって話だよ!」
「最後まで話聞いてよ。サイフにあらかじめ羽虫を一匹忍ばせておいたんだよ。それで外に出たとき、その羽虫を呼んだら、この建物の方から来たから……」
「へー。それでわかったってコトね。アンタやるじゃない!」
「でも、アレどうやってとりかえすんだよ……? 見張りもいるし」
「……うーん。ここはいったん朝になるまで待とうよ。そうすればきっとチャンスがあると思うから」
「え? 朝まで待つのか……?」
「まーまー、ちょうど日も暮れるし、別にいいでしょ。あわてない、あわてない、ひとやすみ、ひとやすみ」
「ま、別にいいけどさ。私も一休みしたかったしね……」

 と、いうわけで、三人は木陰でそのまま仮眠を取りつつ、朝が来るのを待ちました。ようこそおいでませ夢の世界へ。

 そしてチュンチュンという、小鳥の鳴き声で目をさまします。

「うん……。朝になったみたいだね。二人とも起きて」
「ふぁー……。本日もお日柄良く……」
「おはよ……って、まだ薄暗いじゃん」
「これくらいの時間がいいんだ。よし、それじゃ行動開始しようよ」

 あたりを見まわすと、明らかに人の数が減っています。人じゃなくて妖怪ですが。

「……今はちょうど夜型と昼型の妖怪が交代する時間。だから数も減ってるんだよ」
「あ、なーるほどねー」

 三人は、再び例のログハウスへ向かいます。窓から中をのぞくと、依然として見張りはいますが……

「あれ、なんだ、まだ見張りはいるじゃないか」
「でも、見て。なんか様子が変だよ」

 リグルが言うとおり、見張りは、コックリコックリと船をこいでます。とても眠そうです。
 どうやらずっと見張ってた様子。……交代制じゃないんでしょうかね?

「……さて、あの見張りどうするよ? リグル」
「いっそ寝るまで待つとか? なんか、ほっときゃそのうち寝そうだし」
「いや、それだと、昼型の人たちが起きて来ちゃうよ」
「あ、それもそーか」
「うーん、どうすれば……?」
「……よし、私にまかせて」

 そう言うと、リグルはサッと手をあげます。
 すると、なにやらザザザザザ……という音が。

「ん? なにこの音……?」
「うわ!? 穣子! 地面見ろよ!?」
「え? わあっ!?」

 二人が驚くのも無理ありません。
 なんと、地面にアリの大群が! 軍隊アリです!
 そして、そのままログハウスの中に……。

「アリだー!!」

 見張りは慌ててハウスから飛び出ると、そのまま一目散に逃げていってしまいました。

「よし! いまのうち!」

 すかさずリグルがハウスへ侵入し、サイフを持ってきます。

「ありがとう。オマエたち。もう戻っていいよ」

 彼女の合図で、アリはあっという間に去って行きました。

「やったー! サイフが戻ったー! やるじゃん! リグル!」
「さ、誰か来る前にここを出よう!」

 三人は急いで、山童の住処から抜け出します。

「……よし、サイフの中身も無事だね」
「やれやれ。よかったわねー」
「……リグル。正直、見直したよ。やるじゃん! オマエ。ゴメンよ弱虫なんて言って」

 ヤマメにほめられたリグルは思わず、顔をそむけてしまいます。

「ん? どうしたんだよ。顔赤くなんかして」
「……いや、そのさ。私が、レジスタンス入った理由って、私みたいな弱虫でも、やれば出来るってコトを証明してみたかったからなんだ」
「……あ、もしかして、オマエ、私が言ったコトずっと気にしてたのか……?」
「……見返してやろうと思って……」
「あー……。そうだったのか。ゴメンな。でも本当、見直したよ。もうオマエのこと弱虫なんて言わないよ!」
「ありがとう……。ヤマメ」
「こちらこそ。ありがとう。リグル」

 そう言って二人は、朝日に照らされながら、ガッチリと握手をかわします。

「……うう、いい話だわー」

 穣子は微笑ましそうにイモをかじりながら、二人を見守るのでした。めでたしめでたし。

  □

 さて、ところ変わって、天狗の住処の奥屋敷では……。

 静葉と諏訪子が、応接の間で茶をシバいてました。おかかえ料理人特製のこだわり高級緑茶です。たぶん玉露あたりです。

「……あのムカデさんは、いったい何が目的だったのかしらね」
「それを今、龍が尋問しに行ってるトコさ」

 そう言いながら、諏訪子はまんじゅうを口に放り込みます。おかかえ料理人特製の栗まんじゅうです。

 そのとき、龍が姿を現します。

「……やれやれ。困ったモノだな。私にでさえ口を割らないとは……」
「あら、お疲れさま。まんじゅうはいかが?」
「……ああ、いただこう」

 龍は疲れた様子で、座り込むと、静葉からもらったまんじゅうを口に入れます。

「ああ、疲れたときは甘いものが身にしみるね……」
「それで、何も言わないって?」
「……ええ。本来、アイツは私と仲がいいんですけど、どうも誰かに何かを吹き込まれたようで……」
「ふーん。そうか。じゃあ……。ええと、百々世と言ったっけ。アイツから情報を得るのは難しいってことかー」
「ええ、そうなりますかねえ……」
「……ふむ。ちょっと私、その妖怪さんの様子見てきていいかしら」
「ええ、構いませんけど、気をつけてくださいね? なんせ大妖怪ですから」
「わかったわ。じゃあ、ちょっとここで休んでなさいな。お疲れでしょうし」
「ああ……。お気づかい感謝します……」

 静葉は地下に降りて牢屋の前に立ちます。
 オリの中には、ぶぜんとした表情の百々世の姿が。武器は没収されています。

「あん……? なんだ?」
「ふむ……」
「なんだオメー。なんの用だ?」
「ちょっとあなたと話がしたくてね。大ムカデさん」
「オレはオメーと話すコトなんてねーぞ?」
「でしょうね」
「言っておくけどオレは何もしゃべらないからな?」
「ええ。いいわよ。私が一方的に話しましょう」
「……は?」

 目が点になっている彼女を尻目に、静葉は語り始めます。

「百々世だっけ。あなたは、龍と仲がいいらしいわね」
「ああ。まーな。あいつとは旧知の仲なんだよ。……ってしゃべっちまった。もうしゃべらないからな!?」

 そう言って百々世は手で口を塞ぎます。

「その龍にも言えない事情ってコトは、あなたは同盟軍に敵対する存在から何かを言われたのでしょう」
「……お、オレは、何も言わねーぞ!」
「ええ、別にいいわよ。私の独り言だから」
「ちっ……。メンドクセーヤツだな。オメー」
「現在、私が知ってる同盟軍に敵対する存在は一つ。それはレミリア・スカーレット率いる紅魔館組。でも、彼女らの仕業である可能性は薄いでしょうね」
「そもそもオレ、ソイツら知らねーしな。あ、またしゃべっちまったじゃねーか!」
「でしょうね。つまり、あなたは私の知らない敵対存在に、何かを言われたということになるわ。……でも、あなたのような大妖怪が、素直に話を聞く妖怪なんて、きっとそうはいないはず。それこそ龍クラスの妖怪か……。あるいは、よほど口の上手いやつか……。口の上手いやつなら、私、一人心当たりあるのよ。龍の部下だった管狐。たしか名前は……。菅牧典」

 彼女の名を聞いた瞬間、百々世は一瞬だけ静葉の顔を見ます。
 構わず、静葉は話を続けます。

「……彼女は天狗と河童の親分を裏で操っていた張本人。あなたに何か言ったのが、もし彼女だとしたら……きっとまた何か企んでいるんでしょうね」
「……それはどうだろうな? アイツはアイツで色々考えあるよーだけどな。……知らねーが」
「……ふむ、まあ、なんにしろ、彼女がいまだに裏で動いてるということは、また何か起きる可能性があるということ。それはもしかしたら紅魔館組に関することか、あるいは、全く別の方向から来るか……」

 百々世はキョトンとした様子で話を聞いています。

「……いずれにせよ。もし、あなたに言葉を吹き込んだのが彼女だったとしたら、それは恐らくあなたを利用するために、ウソを吹き込んだと思うから、忘れなさいな」
「……へっ。オレは何も言わねーからな?」
「ええ。私もそろそろ帰ることにするわ。独り言に付き合わせちゃってごめんなさいね。ムカデさん」

 そう言うと静葉は、オリから離れます。

(……ふむ。どうやら彼女に変なことを吹き込んだのは、典でほぼ間違いないようね。でも、いったい何のために……。ただ場をかきまわしたいだけか。それとも何か他に思惑があるのかしら……)

 ふと、静葉は典の言葉を思い出します。

――今のところ、すべては計画通りに動いてます。アナタたち同盟軍がこれから紅魔館を攻めようとしているコトも、そしてその後、この幻想郷がどうなるかというコトも……。


(ふむ、本当にレミリアを討伐するだけで、この世界は平和になるのかしらね……)

 思わず一抹の不安に駆られる静葉なのでした。

  □
 
 月夜の元、宝玉を片手に、誰かと連絡をかわす人かげが浮かび上がっています。典です。

「……私です。……ええ。こちらの手はずは整いつつあります。……わかりました。では、次のフェーズへ移りたいとおもいます」

 彼女は宝玉をしまうと、ふっと空を見上げます。

 そのときです。

「……見つけたぞ。典」

 彼女の前に姿を現したのは、なんと龍でした。

「おっとと。これはこれは。龍さま。どうも。お久しぶりです」
「……典。秋神さまから聞いたぞ。いったいお前は何をやってるんだ……。まさか私を裏切ったのか?」
「まあまあ……、そんな怖い顔しないでくださいよ。結果的に同盟を結ぶコトが出来たじゃないですか?」

 そう言って笑みを浮かべる典に、龍は呆れた様子で告げます。

「……典。あまり出過ぎたマネはするなよ。オマエは……」
「ええ。わかってますとも。しょせん私は、しがない管狐です。私に出来るコトなんてたかが知れてますので」
「ふむ。わきまえているなら構わんが……」
「ふふふ……。ご心配なく。アナタに迷惑はかけませんよ。それでは失礼します」

 典は龍を置いて、そのまま一礼すると、こーんこーんと姿を消してしまいます。

「ふう……」

 龍は思わず、ため息をつくと、その場に立ち尽くしてしまうのでした。


  □

 そのころレジスタンスのアジトに帰った三人は、地底から帰ってきていた聖と対面していました。

「まあ、おかえりなさい。リグル。それにヤマメさんに穣子さんも。私がレジスタンスリーダーの聖です」
「あ、どうもー。秋神の穣子よ」
「ああ、えっと、はじめまして。ツチグモのヤマメです」
「話は慧音から聞いています。とりあえず、三人ともまずは任務お疲れさまでした。さあ、奥までどうぞ」

 と、案内されたその先にあったのは……。

「あら、いらっしゃーい! じゃーんじゃん飲んで食べてくださいねー!」
「おぉーっ!?」
「こ……これは!?」
「すごーい!」

 三人を待ち受けていたのは、美宵のお出迎えと、たくさんの料理とお酒でした。
 驚く三人に聖が告げます。

「ふふ。おどろきましたか? 美宵は、元々里も居酒屋で働いていたそうで、料理が得意なんですよ。我々レジスタンスの貴重な食料担当として活躍してもらっています」
「あれ待って……? アンタってお坊さんじゃなかった? お坊さんって確か肉とか酒とかダメだったんじゃ……?」
「ええ、もちろん。だから私とお寺の人たちは別メニューで精進料理を用意してもらっています。ね。あなたたち?」
「……アッハイ」
「ええ。はい……」

 聖に話を振られたムラサと一輪は、苦笑いを浮かべながら返事をします。

「……いつもわがまま聞いてもらってごめんなさいね。美宵」
「いえいえ。おかまいなく! 新しい料理のレパートリーが増えるから、こちらとしてもありがたい話ですよ!」
「……ふーん。まあ、そういうコトなら遠慮なくいただこうかしらね!」

 と、いうわけで、レジスタンスの酒盛りが始まりました。
 美宵の手料理が次々と運ばれる中、メンバーたちは和気あいあいと料理に舌つづみを打ち、酒やらジュースを空けていきます。

 その中で聖は、各メンバーにねぎらいの言葉をかけています。どうやらこうやって結束を高めているようですね。
 そして宴もたけなわになったころ。聖が皆に向かって告げます。

「さて、皆さん。聞いてください。我々レジスタンスは、この度、地霊殿の一派と協力関係を結ぶことができました。更に同盟軍にも協力関係を打診し、現在、向こうからの返事待ちです。こうして着々と準備は整っています。間もなく決戦の時です。今日の食事会でしっかり英気も養えたことでしょう。あとは各自、戦いの準備を整えてください」

 続けて脇にいる慧音が、一言付け加えます。

「現在、紅魔館で潜入調査をしている霧雨魔理沙からの報告によれば、里の人たちは地下に閉じ込められているとのことだ。同盟軍や地底との共同戦線を張ることになれば、我々は里の人の解放を最優先で動くことになるだろう」
「……へえー。すでにスパイも送り込んでるのねえー」
「用意周到ってヤツだね」
「はい。里の人の解放のために我々レジスタンスは存在していますからね。そのためには一切妥協はしませんよ。穣子さん、ヤマメさん。あなたたちも頼りにしてますからね」

 そう言いながら聖は、微笑んで二人と握手をかわします。

「ほえー……。なんかスゴい人だわ」

 彼女の存在感に、思わず圧倒されてしまう穣子とヤマメでした。

  □

 そのころ、ここは妖怪の山の外れの森の中。月夜に照らされる人かげが二つ……。その正体は……。

「……ああ、なるほど。では、紅魔館に攻め入って、河童どもが手薄な時を狙えばいいってコトか!」
「ふふふ……。その通り! いやぁ、察しが良くて助かりますよ。たかねさん」
「くっくっく。オヌシもワルじゃのー。でも、こんなコトしていいのか? オマエは元々同盟組なんじゃないか? 管狐さんよ」
「ふふふ……。私にはある『壮大な計画』がありましてね。現在、そのために動いてる最中でして……」

 そう言ってニヤリと笑みを浮かべる典。それを見て、たかねも同じように笑みを浮かべます。

「……なるほどな。よし、じゃあ、そのときを待とうじゃないか! そして我らの力見せてやる! 同盟軍を転覆させてやるぞ! ふっはっはっは!」

 おやおや、何やら不穏な予感が……。

  □

「ごめんなさいね。急に呼び出したりして」
「……なんだい静葉さん。話って……」

 静葉とにとりの二人は、誰もいない会議室にいます。

「……この世界のことについてよ」
「……この世界のコト? ……ああ、そういえば、前に私に暦聞いたりしてたよね。それで、何かわかったのかい!?」
「ええ。まだ仮説の域だけどね」
「ぜひ聞かせてくれよ……!」
「私は最初この世界は、私たちがいたより未来の幻想郷だと仮説を立てていた。でもどうやら違うみたいね」
「……って、いうと?」
「まず、あなたに教えてもらった暦。あなたの答えと私たちが『季節操作マシ~ン』を起動させた日から数えて矛盾がなかったわ。そして更に、早苗も歳を重ねていなかった。この二つを照らし合わせると、ここは未来の幻想郷じゃないということよ」
「……なるほどね。……って、アレ……? ちょっと待ってくれよ?」
「どうしたの」

 にとりは首をかしげながら一人でつぶやきます。

「……うーん。ええと、待てよ。突如『あの日』が起きて、地上の妖怪たちの力が急に強くなったんだよね? そして河童と天狗がケンカし始めて、それでレミリアも色々し始めて、なんか色々大変なコトになって……。でも、静葉さんと『季節操作マシ~ン』を動かした記憶も確かにあるんだよね」
「……どういうことなの」
「うーん……? なんだろう、な、なんか、自分でも急によくわからなくなってきた……」

 頭を抱えて不安そうになるにとりに、静葉が声かけます。

「……そう、わかったわ。今、私が言ったことは忘れてちょうだい。余計なこと言って混乱させちゃってごめんなさいね」
「……ああ、うん。大丈夫。……じゃあ、私、持ち場に戻るね?」

 そう言って、にとりは、フラフラと去って行きます。
 静葉は心配そうに彼女を見送りました。

(ふむ……。あの子に二つの記憶が混在している可能性があるということかしら……。これはいったい……)

  □

 静葉とにとりが話をしていた同じころ、神奈子は魅須丸とあっていました。

「……はい。約束通り、勾玉三百個作り終えましたよ。これが現物です」

 魅須丸は大きな箱を神奈子に渡します。その中身を確認した神奈子は満足そうにうなずきます。

「よし、ご苦労だったね。魅須丸」
「……して、いったいコレをどうする気なんですか?」
「うむ。神器にするんだよ」
「はあ……?」
「今つくってる兵器のエネルギー源にするのさ」
「……神の力の依り代にですか?」
「うむ。その通り」
「……まさかとは思いますけど、アナタの神通力を? さすがに三百個の勾玉に詰め込むのは無茶なのではないですか?」
「確かにな。だがそれは質の悪い大量生産モノの場合だ。粗悪品はどうしても力が上手く込められないからな。だが、精巧に作られたモノなら大丈夫だ。だから、オマエに頼んだんだよ。魅須丸。勾玉職人のオマエなら、きわめて精度の高い勾玉を精製できるだろうからね」
「……お褒めいただき光栄ですが、それはそれとして……」

 魅須丸はコホンと咳払いをすると神奈子に言い放ちます。

「龍珠を採掘しすぎですよ! もし龍珠が枯渇したら幻想郷に危機が訪れてしまいますよ。そもそも龍珠ってモノは……」

 神奈子が言葉をさえぎります。

「オマエは何を言ってるんだ?」
「え……?」
「危機なら今、まさに訪れているじゃないか。今が危機じゃなかったら、何を危機と言うんだ?」
「いや、確かにそうかもしれないですけど……」
「そもそもの話だ。オマエの陰陽玉の継承者は何をやっているんだ。アイツが動いてくれないコトには、根本的な解決はのぞめないんだよ」
「いや、まあ、そこは今回は戦ですからね。さすがに戦はあの子に関係ないでしょう」
「いや。違うぞ。魅須丸」
「へ……?」

 あぜんとする魅須丸に神奈子は、はっきりと言い放ちました。

「これはれっきとした『異変』だよ。『あの日』は人為的に仕組まれたモノなんだ。巫女のヤツにはこれを解決してもらわないといかん! 魅須丸。手があき次第、巫女のヤツを説得しに行ってきてくれ!」

  □
  
 ところ変わってレジスタンスのアジト。
 ただいまメンバーの上層部による会議が開かれているところです。
 聖、慧音、そしてスカウト担当のマミゾウの三人が円卓を囲んで意見をかわしあっています。

「……なるほど。それで永琳には地底に残ってもらったのか。どおりで姿が見えないわけだ」
「はい。用心に用心を重ねると言う意味で、彼女には残ってもらいました。それに主要メンバーをあえて残すことで、向こう側への意思表示にもなりますからね」
「……しかし、彼女がいないとなると、負傷者はどうするのじゃ?」
「彼女のお弟子さんに、まかせるつもりです。永琳からもそう指示がありましたので」
「ほお。あのうどんげとかいう子かい?」
「……確かに。彼女も腕は確かだ。まかせても大丈夫だろう」
「……しかし、聖よ。一つ気になるのじゃが」

 と、思案ありげなマミゾウに、聖が告げます。

「ええ、マミゾウ。あなたが言いたいことはわかりますよ。レミリアの襲撃が、あまりにもタイミング良すぎるということでしょう?」
「うむ、そうじゃ」
「確かに彼女の襲撃は、私たちが地底に行ったタイミングを、まるではかったかのようなものでした」
「……つまり。わしらが地底と協力するのを妨害しようとしたということか……?」
「はい、その可能性を捨てきれません。あの時、さとりは読心術で彼女の心を読んだ際に、単なるきまぐれで襲撃したと言っていましたが、私はそうではない可能性の方が高いと思っています」
「……と、いうことは、彼女がウソをついたと? いったいどうして……」
「それは、残念ですが、今はわかりません」
「……ふむ。と、いうことはレミリアの裏に誰かがいると……?」
「ええ。……そして、それだけではありません」

 彼女の言葉のあと、皆黙ってしまいます。非常に重苦しい空気です
 しばらくたって、ようやく慧音がその沈黙をやぶります

「……我々の中に、内通者がいるかもしれないってことか」

 思わずマミゾウが、思わず頭をかいて、ぼそりとつぶやきます。

「……やれやれ。わしはこれでも人を見てメンバーを選んだつもりじゃったがなあ……」
「……組織の規模が大きくなれば制御しきれないところは、どうしても出てくる。それは致し方ないことだ」
「ええ。慧音の言うとおり。あなたが気に病む必要はありませんよ。マミゾウ」
「それでどうするんだ。聖。メンバーの素性を改めて調べるか? 私でよければやるが」
「いえ、慧音。……今は。あえて静観しておくことにします」
「なんだと……?」
「じゃがしかし、聖よ……?」
「……確かに、思うところは多々あります。……でも、今はなにより、里の開放を最優先にしたいんです」

 そう言って聖は真剣な眼差しで二人の顔を見ます。

「……そうか。あなたがそう言うのならしたがおう」
「右に同じくじゃ」
「二人とも。ありがとうございます」

 そう言って彼女は、二人に向かって手をあわせ深々と頭を下げるのでした。

  □

 そのころ紅魔館では、二階のテラスでレミリアが、とある来訪者と話をしていました。

「……やれやれ、これまた珍しいヤツが来たものね」
「……ちょいとアナタさまの顔を、拝みたくなったもので……」
「……フン。ワザとらしい。いつものヤツはどうしたんだい? あの典とかいう狐は」
「アイツはあいにく今、席を外してましてね……」
「それでアンタがじきじきに来たってワケか。まあ、いいわ。で、何の用よ?」
「同盟軍の方で大きな動きがあったようなので、それを伝えに」
「……へえ。ついにヤツらが攻めて来るってのね?」
「ええ。情報によると、早ければ恐らく明日にでも攻めてくるかと」
「あら、それは面白い……」
「……まあ、とはいえです。あんな烏合の衆の相手なぞ、アナタ一人で十分でしょう。なにしろ、アナタは旧地獄街道をたった一人で壊滅させた実力の持ち主。そして何より、この世界の頂点に立つべき存在なのですから。……ねえ、そうでしょう? 紅魔の君」

 来訪者の言葉にレミリアは、フッと笑みを浮かべて返します。

「……ええ。そのとおりよ。アンタなかなかわかってるじゃない。……ククク。いいでしょう。ヤツらに格の違いってヤツをわからせてやるわ! 私こそが、この幻想郷の絶対的なる王であるというコトをね……!! ああ、ヤツらの襲撃が楽しみだわ!」

 らんらんと目を輝かせ、「早く戦争になーれ!」と、言わんばかりに高笑いするレミリアを、その来訪者は意味深な笑みを浮かべ眺めているのでした。

  □

 もどってレジスタンスのアジト。
 穣子は早くも慧音に何やら任務を頼まれているようです。
 どうやら、紅魔館に潜入してきて欲しいとのコトのようですが……?

「……ふーん。じゃあ、魔理沙のヤツを救出に紅魔館へ行ってくればいいのね?」
「ああ、そうだ。穣子、リグルの二人で紅魔館に潜入し、連絡が途絶えた魔理沙を救出してきてほしい」
「え、私とリグルなの? ヤマメはどうしたのよ?」
「彼女には今、別の任務に当たってもらっているところだ」
「ふーん。……ま、いいわ。でも、あんなところに侵入なんて簡単にできんの? なんか色々いるんじゃないの門番とか」
「ああ、そのとおり。入り口には門番の美鈴がいるはずだ。まず、彼女の目をあざむく必要がある。それに無事潜入できたとしても、中にはメイド妖精やメイド長の咲夜もいる。簡単にとはいかないだろう」
「じゃあ、どーすんのよ?」
「大丈夫だ。すでに手は打ってある」

 と、そのとき。

「ただいまー。はい、慧音さん。指示通りにコイツ買ってきたわよー」

 と、現れたのはムラサです。どうやら慧音にお使いを頼まれていた様子。
 彼女は何やら葉っぱを、慧音に渡します。

「……ああ、間違いないこれだ。このマジックアイテム『化けダヌキの葉』さえあれば、バレずに紅魔館へ潜入することが出来るだろう。ご苦労。ムラサ」
「……それにしても聞いてよ。まったくさー。あの店主のヤロー、人の足元見やがって……」

 どうやら彼女は、香霖堂へ行ってきたようで、そこで店主にふっかけられたようです。

「うむ……。だろうと思って、あらかじめ多めに銭を持たせたのだが、結局いくらで譲ってもらえたんだ?」
「いくらもなにも、有り金全部払うことになったわよ!!」
「な、なんだと……!?」
「しかも私のこづかいも含めて全部!」
「ううむ……。なんということだ……。『あの日』を境に金に対していっそうがめつくなったとは聞いていたが……。まさかそれほどとは」
「全く聞いてないわよ!!」

 そのまま彼女はプンスカ怒りつつ「もう、飲まなきゃやってらんないわ!」などと言いながら、そのまま去っていってしまいました。

 ……あれ? 彼女ってたしか寺の住人じゃ……
 ……まあ、ここは聞かなかったコトにしましょう。

「さて、気を取り直して……。というわけで、このアイテムを使ってリグルとともに潜入してきてくれ」
「それはいいけど、そんなので大丈夫なの……?」
「ああ、こう見えても、これはれっきとしたマジックアイテム。ちゃんと効果を発揮してくれるだろう」
「ふーん……?」

 穣子はタヌキならぬ狐につままれたような面持ちで、葉っぱを受け取ると、いそいそと出かける準備を整え、リグルとともに紅魔館へと出かけるのでした。

  □

 その日の夜、同盟軍の会議室では神奈子、諏訪子、静葉の三人が、最後のうちあわせを行っていました。

「……では、各軍の状況報告をお願い」
「我が河童軍は兵器の開発をすべて終了し、配備も終えている。いつでも作戦開始できる状態だ」
「おなじく天狗軍も、各隊列の配置はすべて終わっているよ。皆、選りすぐりの精鋭ばかりさ」
「ふむ。じゃあ、残るはレジスタンスと共闘の準備ね」
「ああ、そういうコトだな」
「と、言っても、おおまかな動きはすでに伝えてあるんでしょ? 静葉」
「ええ。彼女らには、おもに里の人間の解放を優先に動いてもらう予定になっているわ」
「よし。では、我々は存分に暴れさせてもらうとするか」
「そうだね! 力を見せつけてやりましょう!」
「……と、そういえば静葉。レジスタンスへ使者は誰を送るつもりなんだい?」
「そうね。……私が直接行くわ」
「なんだと?」
「アンタがじきじきに?」

 驚きの表情を見せる二人に静葉は言います。

「そうよ。だって作戦を一番知ってるのは私だもの。私が行くのが無難でしょう」
「……ふむ。たしかにそれもそうか」
「よし。じゃあ、まかせるよ」
「ええ。あなたたちも頑張ってね」
「まーかせてー!」
「それじゃ作戦決行は明朝ということで。私は今からレジスタンスのところに行ってくるわ。どうか御武運を」
「うむ! 静葉もな!」

 静葉は二人に現場指揮をまかせ、レジスタンスのところへと出かけました。

  □

 さて、同じころ、穣子はリグルとともに紅魔館への潜入を試みていました。
 二人ともすでに紅魔館近くまで来ていますが、門の前には門番である美鈴の姿が。

「ま、やっぱりいるわよねー」

 夜というコトもあってか、彼女はアクビをして眠たそうにしていますが、しっかりと立って見張りをしています。

「……さて。どうしたもんかしらね」
「そうだね……。このアイテムでメイド妖精に変装しても、逆に怪しがられてしまうだろうし」
「敷地の外にメイド妖精がいるのはおかしいもんね。思い切って門以外のところから入ってみる?」
「それこそ危ないよ。もし万が一にでも、レミリアに見つかったりしたら……!」
「ひえぇ……。想像するだけで背筋が凍るわ……!」
「やっぱりここは彼女の気をそらして、そのスキに潜入するしかなさそうだね」
「……でも、どうやって?」
「……うーん。あ、そうだ! ……上手くいくかわからないけど、ちょっと試してみたいコトがあるんだ。やってみてもいいかな?」
「ええ、いいわよ!」
「ちょっと驚かすことになるけど、ゴメンね……?」

 そう言ってリグルはサッと手をかかげます、すると、どこからともなく何やら羽音が聞こえてきて……。

「……何よ。この音?」

 なにやら黒い塊が、羽音を立てながら、こちらに向かってきています。

 わわ!? なんと! ハチです! ハチの大群がやってきました! スウォームです!

「うわっ!?」
「大丈夫! こっちには来ないから」

 ハチは、そのまま美鈴に向かってきました。

「アイヤー!?」

 美鈴は慌てて逃げますが、ハチは彼女を追いかけてきます。

「ひえー!? お助けー-!?」

 彼女は、ハチに追いかけられて門から離れていってしまいました。

「よし! いまのうちに!」

 そのスキに穣子たちは、紅魔館の敷地内に入り込みます。

「あー。おどろいた。よーやるわね。アンタ」
「よし、上手くいったね。これで第一の関門は突破だよ。次は……」
「葉っぱ使って化けるんでしょ?」
「うん。今取り出すよ」

 リグルは、例の葉っぱを取り出すと頭に乗せます。そして「エイヤ」と念じると、ドロンと言う効果音とともにメイド妖精の姿になりました。

「どう……かな?」
「おお! どこからどう見てもメイド妖精よ! これならバレることなさそうね!」

 さっそく穣子も同じように葉っぱを額に乗せて念じます。するとドロンという効果音とともに、大きなサツマイモになりました。

「なんじゃこりゃー!? なんで私がイモに……!」
「……ねえ、もしかして念じたときに余計なコト考えなかった?」
「ああ、そういえば焼きイモのコトをちょっと……」
「それが原因だよ。雑念が入っちゃってイモになっちゃったんだ!」
「そんな!? オーノーなんてこったい……!?」
「うーん……。こんな大きなイモ引きずってたら怪しまれちゃう……」
「いちおう自分で動けるけど……」
「イモが一人で動いてたら、それこそ怪しいなんてもんじゃないでしょ?」
「それもそうか……。もはや怪奇現象だわね」
「それじゃしかたないから、私一人で潜入してくるよ。そこで待ってて」
「えっ」
「大丈夫。たぶんそのうち変身解けるから」
「えっ。それはそれでヤバいんだけど……!?」
「それじゃ!」
「え!? ちょっと……!?」

 と、いうわけでリグルは、穣子を置いて一人で中に入っていってしまうのでした。

  □

 そのころ、河童の住処では……。
 たくさんの河童たちが作戦開始に備えて待機していました。
 その中には、河城姉妹の姿もあります。みとりは何やら説明書を読みふけっており、にとりは何やら考え込んでいる様子。

「……うん。よし、操作は大体理解したぞ。これできっと思う通りに動かせそうだ。にとり、そっちは大丈夫そうか?」

 みとりはにとりに呼びかけますが、彼女は考え込んでいるせいか呼びかけに答えません。

「おい、にとり?」

 声に気づいたにとりは、慌てて振り返ります。

「あぁ……! なんだい? ゴメン。ボーっとしてた」
「大丈夫か……?」
「あ、うん! 大丈夫!」
「どうだ。そっちの塩梅は」
「ああ、うん! なんとかイケそうだよ!」
「そうか。それならいいんだが。……しかし、こんなモノを作り上げるコトになるとはな……」
「本当だよね! あの設計図は、恐らく外からのものだろうけど……。それにしてもコイツは想像以上のシロモノだ……。やっぱり長官さまはスゴイんだなぁ」

 二人の目の前には、黒くて大きな三角形状の機械があります。
 どうやらコレが神奈子の言ってた兵器のようですね。
 その兵器が、河童の住処の一角に大量に配置されています。なかなか壮観です。

 その様子を、神奈子と諏訪子が上空から見下ろしています。

「……ふむ。順調そうだな」
「そのようねー。……それにしても神奈子」
「なんだ?」
「アンタは、よくもまぁ突拍子もない作戦考えつくモンだねぇ」
「くくく……。そうか? 私は相手と状況を考えて、作戦を使い分けているだけだよ」
「さすが軍神を名乗るだけあるわ」
「……なんだ今日はやたらほめるじゃないか。どうしたんだ?」
「……ねえ、神奈子。この戦で本当にすべて終わると思う?」

 諏訪子の問いに神奈子は、しばらくアゴに手を当てて考えるそぶりをみせると答えます。

「……さあね。少なくともレミリアのヤツは大人しくなるだろうが。それ以上のコトに関しては、正直、私はもう関与する気はないよ。あとは当事者同士でやってくれって感じだな」
「そうね。このが戦終わったら、私も神社に戻ろうっと」
「ああ、そうだな。さすがに早苗のヤツも寂しがっているだろうからな」
「……あの子には、申し訳ないコトしたわ」
「まったくだ。帰ったらヤツに謝らなければな」
「ほんとよ……」
「……しかし諏訪子よ。こっけいだな」
「何がよ?」
「我々は神なのに、これじゃまるであの子の方が立場が上のようじゃないか」
「何を今更言ってんのよ。そんなの前からでしょ?」
「くくく。間違いないな」

 思わず苦笑を浮かべる二人。

「……さて、諏訪子。おそらく明日はこの世界の運命を決める戦いとなるだろう」
「そうね! なんとしても作戦を成功させましょう! 神奈子!」

 二人を気を取り直して表情を引き締めると、お互いに力強く握手をかわすのでした。

  □

 さて、レジスタンスのもとへ向かった静葉は、さっそくアジトで聖にあっていました。

「まあ。静葉さん。わざわざお出向き頂きありがとうございます。私がレジスタンスまとめ役の聖です」
「あなたがそうなのね、ご苦労さま」
「この度は、我々レジスタンスとの共闘を決断して頂き感謝しています」
「こちらこそ。目的が同じ組織と一緒になれるのはとても心強いわ。それで、そちらの準備はどうかしら」
「ええ。事前の通達では明日の朝作戦決行とのことで、こちらもそれに向けて今動いているところですよ」
「そう。ならよかったわ。それじゃさっそく本題に入るけど……」

 静葉は作戦が内容が書かれた書簡を聖に渡します。
 聖はさっそく開けて中の書類を読みます。

「……え!? これはどういうことですか……?」

 その内容を見て思わず驚く聖。

「読んでの通りよ」
「読んでの通りって……!」

 驚きのあまり、聖は言葉を失ってしまいます。
 その様子を見て静葉は、不敵な笑みを浮かべて彼女に告げました。

「大丈夫よ。私たちを信じて」

  □

 さて、紅魔館に侵入したものの置いてけぼりを食らってしまったイモりこ、じゃなくて穣子は……。

「……うーん。このままイモみたいにしてても仕方ないし、私も中に入りましょう!」

 いや、どう見てもイモなんですが。

 ともかく穣子(イモ)は建物の中に侵入しました。
 するとさっそく、メイド妖精にでくわします。

「……やばっ! イモのマネ、イモのマネ……!」

 穣子(イモ)はイモのようにごろんと床に転がります。
 いや、イモですが。

 そのメイド妖精は「……あれ? こんなところにイモなんかあったっけ?」と、不思議そうな顔をしつつ去っていきました。

「あーあぶなかった……」

 その後もイモ(穣子)は、何度もメイド妖精とすれ違いつつも、そのたびにイモのマネをしてやりすごしました。
 案外、誰も気にしてないようです。さすがはメイド妖精。テキトーです。

「……なんだ。意外といけるもんね。このまま更に奥まで行きましょっと。リグルはどこいったのかしら?」

 と、そのとき突然、後方から誰かに抱きかかえられてしまいます。

「おイモつかまえた!」
「……っ!?」

 どうやら不意打ちでメイド妖精につかまってしまった様子。しかもこのメイド妖精どこかで見たコトあるような……?

「ルナー! スター! おっきなイモみつけたよー!」
「えっ……!?」
「まあ、おイモ!」

 なんと、三月精です。なぜか彼女らが、メイド妖精に紛れていたのです。ちゃんとメイド服着てるので、もしかして、ここで働いているのでしょうか?

「ねえ、ヒマだし、庭で焼いて食べない?」
「……サニー。勝手にそんなことしたら、またメイド長さんに怒られちゃうよ?」
「そうそう。つい最近も怒られたばかりだというのに……」

 と、あきれ気味の二人ですが、サニーは「いいのいいの!」と、構わずイモりこをかかえて庭の方へ。すると二人もしぶしぶ庭の方へ。
 どうやら決定権はサニーにある様子です。

(……まずい。このままじゃ食べられちゃうわ! 神さまなんて食べても美味しくないのに……! だからって声出すわけにもいかないし……どうしよう!?)

「よし! ルナ、音を消して! スターは見張りよろしく! それじゃ私は光を屈折させてっと」

 三人は、テキパキとイモを焼く準備を進めていきます。
 こういうときばかり手際のいい彼女らです。そして火打ち石で火をおこしイモに当てると……。

「うぉおおおー! あっちぃーー!?」

 たまらず穣子(イモ)が声を上げると、三人は「ウワァー! シャベッタアァー!?」と、叫びながら一目散に逃げて行ってしまいました。

 ……いったい何だったんでしょうか?

「……ったく、もう! なんてコトすんのよ!? 焼くのはイモだけにしてよね!? これだから妖精ってのは……」

 イモ(穣子)が今、自分がイモであるコトを忘れてグチグチ言っていると……。

「……あら、珍しいわね。しゃべるイモなんて」

 と、言いながら彼女の前にメイド長の咲夜が姿を現します。

(ゲゲッ! 咲夜! コレはヤバい!?)

 穣子(イモの姿)は逃げようとしますが、気がついたら彼女の腕に抱きかかえられていました。

 どうやら時間を止められて、つかまってしまった模様。これは万事休す。こうなってしまってはもうどうしようもありません。
 そのまま台所に連れていかれると、無造作に机の上のまな板に置かれます。

「……さて、どうやって調理しましょうかね」

 そう言いながら彼女は、包丁を取り出してきます。穣子(だけど今はイモ)はイチかバチか、イモっぽい口調で彼女に告げます。

「ア、アノ、ワタシ、オイシクナイヨ……?」
「それは食べてみなくちゃわからないわよね」
「……ア、アノ、ワタシニハ、腹ヲ空カセタ家族ガ、家デ待ッテ……」
「はいはい。そういうのいいから」
「ア、ハイ……」

 コレは何を言ってもダメな様子。この完全無欠なメイド長に何かスキはないのでしょうか?

「……それにしてもしゃべるイモね。いったいどんな品種なのかしら。そうだわ。念のため、パチュリーさまに聞いてみましょう」

 と、言って咲夜は、あろうことかイモ(穣子)を置いたままその場から去ってしまいます。……案外、抜けてました。
 今がチャンスとばかりに穣子は、台所から一目散に逃げ出します。

「あーあぶなかったー! さて、リグルを探さないと……!」

 再び穣子(イモ)は館内をヒャッキヤコウのごとく練り歩くのでした。

  □

 一方のリグルは。

「情報だと、地下に人間たちはいるって話だよね……」

 こちらは変装がカンペキなコトもあって、すんなりと地下へと向かうコトができていました。

 彼女が地下への階段を降りた先には、大きな扉があり、その扉を開いた先には……

「うわ!? なんだここ!?」

 彼女が驚くのも無理はなく、大きな空間に大勢の人がいたのです。しかもそこには、トーフのような四角い家が理路整然と建ちならび、人たちは畑を耕したり、そこら辺を散歩していたりしています。公園では子供たちが遊び、まるで一つの大きな村のようになっていました。
 空もキレイな青空で、太陽の光が暖かく降り注いでいます。いったいここは……?

「……そういえば、紅魔館には魔法使いがいるって話だったっけ。その人の仕業なのかな」

 リグルが周りを見ながらその空間を歩いていると、黒い魔女みたいな服に、魔女みたいな帽子をかぶった金髪の女性がベンチに座って団子をほおばっているのを見つけます。おや、もしかして彼女は……。

「……もしもし! もしもし!」

 すかさずリグルが話しかけると……

「ん? なんだ? メイド妖精なんぞに用はないぞ。帰れ帰れ!」

 と、つっけんどんに突っぱねられてしまいます。

(……あ、そっか。姿変わっているから気づかないんだ)

 リグルは思わず困ってしまいますが、そんな都合よく変身が解けるわけもなく……と思ったら、ドロンと元の姿に戻れました。ラッキー! どうやら都合よく変身が解けたようです。

 その姿を見た魔理沙はリグルに言い放ちます。

「あ!? オマエは! 行方不明になっていたリグルじゃないか!?」
「いや、行方不明になっていたのはアナタの方ですよ!? 魔理沙さん! さがしましたよ! 連絡取れなくなっていたので、レジスタンスの皆心配していますよ?」
「ああ、もしかしなくても探しに来てくれたのか。悪い悪い。ここは外界と完全に隔離された世界みたいでな。連絡も取れなくなってしまったのさ」
「そうだったんですね。とにかく無事でよかったです。それでここはいったい何なんですか?」
「さあ、私にもわからん。なんかしらんが平和だな」

 と、そのときです。

「説明しましょう!」

 突然、二人の前に紫色の寝間着のような服を着た、いかにも不健康そうな女性が姿を現します。
 彼女は二人が返事をする前に勝手に話し始めます。

「この空間は、人間が健康的に過ごすためにつくられたモノなのよ。この館の主レミリア・スカーレットは吸血鬼。吸血鬼は人間の血を好むもの。でも、グルメな彼女は、不健康な人間の血は美味しくないから嫌いなのよ」
「わがままなヤツめ。ははぁ。なるほど。それで人間たちになるべく健康に過ごしてもらうために、この空間があるというワケか」
「そのとおりよ! ここは三食昼寝つきで、眠るベッドもふかふかの極上モノ。疑似太陽の光もふんだんに浴びて、すくすくと健康に育つコトうけあいよ!」
「なんだ。みんないい生活してるんじゃないか。なんかこのままでいい気がしてきたぜ」
「本当ですね。うらやましいくらいです」
「そうよ。何しろ、ここは私が研究に研究を重ねて作り上げた人間の理想郷だもの。よかったらあなたたちもゆっくりしていっていいのよ?」
「お、そうか?」
「え……。で、でも、私たちにはまかせられた任務があるので……」
「……あら、そう。それは残念ね。じゃあ、せめてものはなむけとして、入り口まで送ってあげるわ」

 と、彼女が言うと、二人はいつのまにか扉の前にいました。

「あれ……? ここは空間への入り口? 戻されちゃった?」
「おいおい。パチュリー! なんで私まで巻き添え食らわなくちゃいけないんだ!?」
「パチュリー……?」
「ああ、さっきの紫もやしはパチュリーって言ってな。ここに住む魔法使いなんだよ」
「ああ、あの人が! じゃあ、あの空間って」
「そうだ。おそらく、アイツがつくったんだろう」
「でも、私たちって敵ですよね? なんであんな親切に教えてくれたんでしょう?」
「そんなの知らん。たぶん、自分の魔法を誰かに自慢したかったんじゃないか……?」

 と、そのときです。

「ホギャーー!!?」

 という叫び声とともに、大きなイモが階段を転げ落ちてきました。

「なんだありゃ!? なんかでっかいイモが落ちてきたぞ?」
「いや、あれは穣子!」
「え? あれイモ神なのかよ? なんだ。とうとう本物のイモに」
「んなわけあるかい!?」

 と、穣子がツッコむと同時に、ドロンと音を立てて元の姿に戻りました。どうやら魔法がきれたようです。

「いったい、どうしたんですか?」
「階段降りて下行こうとしたら、イモだったコト忘れてて……」
「ああ、足がないから、そのまま転げ落ちたんですね」
「なんだやっぱりイモだったんじゃないか」
「だから違うって言ってるでしょ!?」

 などと、ワーワー言っていたそのときです。

「見つけたわよ。アンタたち!」

 三人の目の前に咲夜が現れます。

「げっ! 出た!?」
「パチュリーに聞いたわ。ここにドブネズミが迷い込んでるって」
「なんだと!? 誰がドブネズミだ! 失礼なヤツめ! ……まあ、確かに私は黒いが」
「いや、魔理沙さん。ドブネズミはどちらかというと灰色ですよ?」
「ああ、そうか。……じゃあ違うな! 悪いが私たちはドブネズミじゃないぞ! ドブネズミは黒くないからな!」
「アンタたちが黒いかどうかなんて、どうでもいいのよ! 私の役目は侵入者を排除するのみ!」

 咲夜はナイフを構えてヤル気満々です。

「よし、ここは私にまかせてオマエらは逃げろ!」
「え。でも?」
「躊躇してる場合かよ。リグル! 見ろよ! イモ神さまはさっさと逃げてったぞ?」
「へ……?」

 そのとおり、穣子は脱兎のごとく、その場から逃げ去っていました。
「あっ!? 待ってよー!!」

 慌ててリグルも追いかけます。すると咲夜は苦笑を浮かべて告げます。

「……フフフ。バカなヤツらね。あっちは行き止まりなのに……」
「なんだと!? ……ま、いいか。あっちはあっちで何とかしてもらおう」
「そうね! まず先にアンタを始末しないとね! 魔理沙!」
「それはこっちのセリフだぜ! 覚悟しろ! 咲夜! 白黒つけてやる!」
「アンタは真っ黒だけどね!」

 二人が同時にはなった弾幕がぶつかり合い、あたりにまばゆい閃光がほとばしります。
 そして、そのまま二人は激しい弾幕合戦へと移行するのでした。

  □

 一方、逃げた二人はというと……。

「……ねえ、穣子。本当にこっちでいいの?」
「そんなの私に言われてもわかんないわよ!」
「ええ……。じゃあ、なんでこっちに来たの?」
「しかたないでしょ! 逃げるコトしか考えてなかったし……」

 二人はどんどん奥へ進みます。

「……穣子。なんかだんだんジメジメしてきたよ?」
「そうね。ノド乾いてたから助かるわー」
「……穣子。なんかカビくさくなってきたよ?」
「そうね。ちょっと変わったニオイ嗅ぎたかったから助かるわー」
「……どういう状況なの。それ」

 更に奥に進むと、やがて二人の目の前に、いかにも古めかしい重厚そうな木の扉が現れました。

「ほら、穣子、行き止まりみたいだよ?」
「うーん。やっぱり道、間違えちゃってたみたいね……。と、言っても今更戻るわけにもいかないし……」
「……でも、なんかここ入るの気が引けるなあ……」

 などと二人が尻込みしていると、突然ドアが重苦しい音を立てて開きます
 まるで「どうぞ、お入りください」と、言っているようです。

「……ねえ、どうする? 穣子」
「いや、もうこれは入るしかないでしょ? 話の流れ的にも」
「……うう、わかったよ」

 二人は渋々、部屋の中に入ります。

「おじゃましまー……す」

 カビくさい入り口に反して、中は意外にこざっぱりとしています。何かの魔法による照明でしょうか、ほんのりとコハク色に照らされた室内は、テーブルとイスが置かれており、その奥にはカンオケを模したベッドがあります。そしてそのベッドの奥にある丸椅子に座って、本を読んでいる少女の姿が……。

 その少女は、コチラを振り向くと、口元に笑みを浮かべ、二人に告げました。

「……いらっしゃい。二人とも。少し私に付き合ってくれないかしら……?」

そう言うと、その少女は二人を見つめ、その目を赤く怪しく光らせるのでした。

  □

 朝焼けの中、黒い三角形状の戦闘機の大群が、上空をゆっくりと飛行しています。
 静音設計なので音はほとんどしません。

 その先頭の機体の上には人かげが。
 神奈子です。

 大編隊は、そのまま紅魔館上空までやってくると、その場で静止します。
 あたり一面は、まるで黒雲に包まれたかのように真っ暗になってしまいました。

「……では、あいさつがわりに。撃てーぃ!」

 彼女の号令とともに、その先頭の飛行機から実弾が紅魔館に向かって撃ち込まれます。

 弾は、そのまま館の門へ着弾し、爆音とともに壁ごと門を粉々にしてしまいました。
 間一髪で逃れた美鈴が、慌てた様子で館内に逃げ込むのが見えます。

「………さて、どう出るかな?」

 神奈子が様子をうかがっていると、突然、大きな魔方陣が展開し、紅魔館全体にブ厚い魔法の壁が張られました。

「なるほど。まずは守り固めからか。……では、お手並み拝見といこう。攻撃開始!!」

 神奈子の号令で、戦闘機から次々と実弾が撃ち込まれます。

 弾が着弾するたびに、黒煙が舞い上がり、焼け焦げたニオイがあたりに充満していきます。

「……よし、撃ちかたやめーぃ!」

 神奈子はいったん攻撃を止めます。
 相手側の状況を肉眼で確認しようとしたからです。

 やがて黒煙が薄まり視界が開けてくると、そこにはほぼ無傷の紅魔館の姿がありました。

「……ま、そう簡単には割れやしないか。にしても不気味だね……。てっきりむこうも総攻撃をしかけてくるかと思っていたが……。もしかして持久戦にでも持ち込む気か……。ん……?」

 そのとき、紅魔館の屋根の方から上空の戦闘機に向かって、赤い光が放たれます。
 戦闘機は素早く旋回してよけますが、続けざまに飛び立った何かが機体を貫きます。
 貫かれた戦闘機は、火花を放ちながら、そのまま地上へ墜落してしまいました。
 更に戦闘機を貫いた何かは、その勢いのまま神奈子の方へと襲いかかってきます。

「……ふんっ!」

 神奈子はとっさに目の前に光の壁をつくって襲撃を防ぎます。その正体はなんと……!

「……やれやれ。これは驚いたね。いきなり主がお出ましとは!」
「……フン! オマエらのような烏合の衆は私一人で十分ってコトさ!」

 神奈子はレミリアを霊撃で吹き飛ばすと、彼女に言い放ちます。

「そうかい。そりゃ、こっちとしても手間が省けて助かるよ! それじゃ、我が軍の力見せてやろうか!」

 一方、地上では、うどんげと静葉とレジスタンスが待機していました。
 うどんげはレジスタンスに救護班として借り出されていたのです。どうやら事前に誰かにレジスタンスの力になるように言われていたらしく、彼女は二つ返事で要請を受け入れてくれました。

「何かあったときはアナタたちの力になるようにって言われてたのよ。やっと力になれるときが来たわね!」
「実にありがたい話だわ」
「ええ。まったくです。頼りにしてますよ。うどんげさん」
「ケガ人の救護はまかせて!」

 彼女がそう言って胸を張ったそのときです、上空から戦闘機が一機、地面に落下し炎上するのが見えました。

「む、さっそく墜落したようね! すぐ救護に向かいましょう!」

 うどんげはすぐさま墜落現場に向かおうとします。しかしそれを静葉が呼び止めます。

「大丈夫よ。行ってもどうせケガなんかいないから」
「何言ってるのよ!? あんなに炎上しているのに……」
「あれには誰も乗っていないのよ」
「えっ……?」
「実はあの戦闘機は、河童が自分たちの住処から遠隔操作で動かしているの」
「ええ!? あの一機一機を!?」
「そうよ。だからあれがいくらうち落とされたところで、こっちに犠牲者は出ないのよ」
「そんなスゴイ技術……。いったい誰が?」
「あの軍神さまよ」
「……マジで? そんな兵器、月でもめったに見ないのに」

 驚くうどんげに、聖が苦笑しながら告げます。

「……私も最初、作戦の計画書を読んだときは目を疑いましたよ。なにしろ河童軍からの直接的な作戦参加者は神奈子さんだけだったんですもの。そういうことだったんですね。静葉さん」
「ええ、そうよ。少ない兵力で強襲をかける。それが神奈子のねらい。……そのためにあの兵器は、必要不可欠だったってわけだわ」

 戻って上空。

「……あ、そうなの? コレ誰も乗ってないんだ? じゃあ、遠慮なくおとし放題ってコトじゃないの」
「まあ、そうと言えばそうだ。だが、もちろんタダではやられんぞ?」
「へえ、そう。そりゃ楽しみだわね!」
「では、いくぞ! フォーメーション展開!」

 神奈子の号令で戦闘機は、一斉に上空を旋回し始めます。そして

「撃てーぃ!」

 号令とともに、一斉にレミリアに向かって、砲撃が放たれます。

「ははっ!! そんな鉄くずが、我がスピードについてこれると思うのか!?」

 レミリアは砲撃の隙間を縫うようにして飛び回り、次々と戦闘機を撃墜していきます。

 その様子を神奈子は黙って見守ります。

  □

 さて、そのころ河童の住処では……

「……よし! 兵器はみんな飛び去ったな! 今なら手薄なはず! それじゃ、武器を取れ! イクゾォオーーー!!」

 たかねたち山童一派が、スキを狙って河童の住処に襲撃をしかけようとしていました。ところが……

「来やがったな! 山ザルども!」

 彼女らは待ち構えていたにとりたち河童組に、あっという間にとらえられてしまいます。

「バ、バカな!? なんでオマエたちがいるんだ!? 戦に行ったんじゃなかったのか!?」
「バーカ! オマエらの考えなんか長官はお見通しなんだよ! まんまと引っかかりやがって、この単細胞!」
「く、くそー!? 話が違うぞ! あのゴミギツネぇー!!」

 ワイヤーでグルグル巻きにされたたかねたちを見ながら、にとりは通信機を取り出します。

「アーアー。もしもし。もしもし。こちらにとり。無事、山ザルの捕獲に成功!」
「うむ。そうかご苦労! では、そのまま作戦に合流してくれ」

 通信相手は神奈子でした。彼女は安堵した様子で通信機を切ると、続けざまに誰かと連絡を取ります。それは……。

「……待たせたな。オマエの出番だぞ! 諏訪子!」
「おーけー。……もー。ホント、待ちくたびれたわよー……?」
「すまん、山童どもの襲撃が思ったより遅くてな……。だが、今のところほぼ順調だ」
「わかったわ。じゃ、すぐ行くから待ってて!」

 通信を切ると、諏訪子はフッと笑みを浮かべて言い放ちます。

「……それじゃ行くよ! 天狗部隊全軍出撃!」

 彼女の号令とともに、選りすぐりの天狗の精鋭部隊が、タングの住処から一斉に紅魔館に向かって飛び立つのでした。

  □

 さて、そのころ、紅魔館の地下では……。

「ヒマだからアナタたちに私の話相手をお願いしたいのよ」

 そう言ってイスに座っている少女は、二人に向かって微笑み、読んでいた本をテーブルに置きます。その本の表紙には大きく『にんじん』と書かれています。

「ア、アンタはもしかして……。レミリアの妹……!?」
「ええ、そうよ。いかにも私はレミリアの妹、フランドール・スカーレットよ」
「な、なんかアンタ、雰囲気ちがくない?」
「フフ……。そうかしら?」

 そう言って彼女は、すました表情で金の髪をかき上げます。言われてみれば、なんかいつもより大人びているような……?

「……あ、あの、それで話ってなんですか?」
「せっかくだから姉の話をしてあげようと思って」
「姉って、レミリア?」
「ええ。そうよ。『あの日』を境に変わってしまった姉について」

 フランドールは、目を細めてゆっくりと勝手に語り出しました。パチュリーといい、ここの住人は勝手に語り出すのが好きなようです。

 彼女の話によると、レミリアは『あの日』をきっかけに、強大な力を手に入れるコトが出来たものの、その引き換えとして元々持ってた幼さも強く出るようになってしまったそうで、それにともなって感情の起伏も激しくなってしまったとのコト。

「……なるほど。だから里の人間をつかまえるなんて野蛮な行動に走ってしまったんですね」
「……全く情けないモノよ。曲がりなりにも君主を名乗るならもっと民から慕われるような行動を取らないと。あれでは暴君、いや、ただのガキ大将ね。誰からの支持も受けられやしないわ」

 そう言って、呆れた様子で首を横に振るフランドールに、穣子がたずねます。

「そういうアンタはどうなのよ? ……なんかエラく大人びてるように見えるけど?」
「……あら、気づいた? 私も例外なく『あの日』の恩恵を受けて力が強くなったわ。でも、姉ほど強大な力は手に入れられなかったのよ。思うに、元々力が強かったというのもあるのでしょうね」
「……まあ、たしかにアンタの能力は、反則に近いもんねぇ。何でも壊しちゃうし」
「……フフ。で、そのかわりに見てのとおり、私は姉にはない知性を手に入れるコトができたのよ」
「知性……?」
「ええ。そうよ。今の私は、とても頭の中がスッキリしていて何一つ曇りがないの。おかげで、どんな難しい本を読んでも内容が頭の中にスルスルと入ってくるのよ。この地下の自室にいても何一つ退屈しないし、暴れたくて体がうずくようなコトもない。以前の私では考えられなかったわ」
「それはなんともうらやましい……!」
「……ほえー。そこまでくると、もう別人だわね」
「フフ。さて。話に付き合ってくれたお礼にアナタたちに面白いモノを見せてあげるわ」
「え、なになに?」

 フランドールはテーブルの上にある鉄の棒らしきものを手に取ると、壁に向けます。すると、壁に何やら映像が浮かび上がりました。
 どうやら外の映像のようです。映像にはレミリアが戦闘機の大群と戯れ……もとい、戦っている姿が映っています。

「見てのとおり、ちょうど外では、姉が同盟軍と戦っている最中よ」
「うへぇ……。あの大量のスゴそうな兵器をたった一人で相手してる……。こわっ!?」
「……フフ。さて、ここで二人に、とあるゲームに参加してもらおうと思うんだけど」
「ゲーム……って? もしかして、世界の運命を賭けたババ抜きでもする気!? 言っとくけど私、カードゲーム弱いわよ!?」
「いえ、違うわ。でも、賭けっていう点は当たってるわね」
「賭けですか。いったいどんな……?」

 フランドールは、クスリと笑うと二人に告げます。

「姉と同盟軍。どっちが勝つかについて」
「え……!?」
「はぁ……?」
「フフ。さあ二人は、どっちが勝つと思う?」

 不敵な笑みを浮かべるフランドールにリグルがたずねます。

「……あの、ちょっと待ってください。答える前に一つ聞いていいですか?」
「いいわよ。なにかしら? 虫妖怪さん」
「その賭けの対象はなんですか……?」
「そうね。それじゃ、お互いの命でどうかしら?」
「い、命……!?」
「……ええ。わざわざ敵地に乗り込んできているくらいなんだから、命を賭けるくらい容易いコトでしょう?」
「いや、そういうワケでもないけど……。だって、そもそも私たち、道を間違えただけで、ここに来る予定なんかなかったし……」
「あら、往生際が悪いわよ? いちおう私もアナタたちの敵ってコト忘れないで欲しいわ。この場において生殺与奪の権利を握っているのは、この私なのよ?」
「ぐぬぬ……!」
「……あ、あの、ちょっと待ってくださいよ。フランドールさん」
「なあに?」
「私たちはアナタの命なんて別に望んでいません。そのかわり、私たちが賭けに勝ったら、ここにいる人間たちを全員解放してください」
「……なるほど。確かに理にかなっているわね。いいわ。約束しましょう。じゃあ、ワタシが勝ったらアナタたちの命をもらい、アナタたちが勝ったらここの人間を解放して里を元に戻すという条件にしましょうか。それじゃさっそく二人の答えを聞こうかしら」
「そりゃもちろん決まってるでしょ! ……えーと」
「同盟軍です!」
「……そう。では私は姉に賭けましょう」

 そう言ってフランドールは余裕の笑みを浮かべ、ティーカップにお茶を注ぎます。

「……これで賭けは成立したわね。あとはゆっくり戦況を見守りましょうか。あ、そうそう。そこにある紅茶は、好きに飲んでもいいわよ。もっともお口に合うかどうかはわからないけどね……?」

 そう言ってフランドールはティーカップを口に近づけます。
 二人はお茶には手を付けず、固唾をのんで外の映像を食い入るように見つめるのでした。

  □

 さて、同じころ、地底の地霊殿では、さとりとお燐が応接間で話をしていました。

「お燐。体調の方はどう?」
「おかげさまでもうすっかり元気ですよ」
「……そう。永琳さんには感謝しないとね」
「はい!」
「……お燐。アナタには今までつらい役ばかりを引き受けてもらって、申し訳なかったわね」
「そんなそんな。どうしたんですか急に。気にしないでくださいよ、さとりさま。あたいはこれでも結構楽しんでましたし」
「そう言ってもらうと助かるわ」
「それにしても、さとりさま?」
「ん、なにかしら」
「今日は、心読まないんですね……? もしかしてお疲れですか?」
「……え、ええ、そうね。たまにはこうして、面と向かってしゃべるのも悪くないでしょう? それに確かに疲れもあるわね」
「……ご無理なさらないでくださいね? ま、あたいとしては新鮮でいいですよ。こうやってさとりさまと直に話すのは」
「……ありがとう。お燐。今ごろ地上では、同盟軍が紅魔館に攻め入っているコトでしょう。……果たしてこの先、どう事態が転ぶのか……。できる限り手は打っておきたいところ。そのためのアナタでもあるのよ」
「ええ、もちろんわかってますとも」
「……それじゃ、引き続きよろしくお願いね。お燐」
「はい。……では失礼します! ……さとりさま」

 お燐は、深々と一礼をすると、さとりの顔をじっと見つめながらその場を去ります。

 ほどなくして、さとりの元に何者かがやってきます。

「……誰ですか? どうやってここへ……?」
「フリーパスってヤツだ」
「……他の皆はどうしたのです?」
「呼んでも誰も来やしないさ。オマエさんお得意の読心術でもつかってみたらどうだ?」
「……ふむ、なるほど。この私を……。始末するつもりですか」
「悪く思うなよ。これもこの世界のためだ!」
「……そう! 地霊殿の主である私の命を狙ったコトを後悔させてあげるわ……!」

 そう言ってさとりは、侵入者に向かって弾幕を張り巡らせました。

  □

 戻って、紅魔館上空ではレミリアが、攻撃をモノともせずノリノリで戦闘機をおとし続けています。

「フハハハハ! こんな心のない機械なんかじゃ、私は倒せんぞ!!」

 神奈子は、腕を組んだままじっと戦況を見守っていましたが、フッと笑みを浮かべて彼女に告げました。

「そうかい。……それじゃあ、二の矢といこうか! 行くよ! 諏訪子!」
「はいよー! そんじゃ、天狗軍攻撃開始ー!」

 いつの間にか現場に駆けつけていた諏訪子の号令で天狗軍が、一斉にレミリアに攻撃を仕掛けます。

「……いつの間に!? クズ鉄の群れに気を取られて気づかなかったわ!」

 規則的な機械と違い、不規則な動きで素早く攻め立てる天狗たち。
 さすがに苦戦するかと思われたレミリアですが……。

「……フン! しょせんオマエらと私じゃ格が違うんだよ! 格が!」

 レミリアが次々と放つ赤い光弾が、天狗たちを次々と撃ちおとしていきます。

「よしっ! 今度こそ私の出番ね! 待ってました!」

 地上で待機していたうどんげは、イキイキとした表情で負傷した天狗の手当てに向かいます。

「……ふむ。どうやら作戦は第二段階に入ったようね。上空では天狗と河童両軍による波状攻撃が、レミリアに襲いかかっていることでしょう」
「……あの、静葉さん。だいぶ天狗軍も負傷者が出ているようですが……」
「大丈夫よ、聖。精鋭部隊がそう簡単に負けるわけないわ」

 静葉の言うとおり、負傷した天狗たちは傷の手当てが終わると、すぐに戦列へと復帰していきます。

「ちょっとちょっと!? いくらなんでもアナタたちタフすぎない!? 天狗って戦闘民族だったっけ!?」

 思わず驚きの声を上げるうどんげに静葉が答えます。

「彼女らには、文字通り神のご加護がついてるのよ。だから普段より種族としての力が強くなってるわ」
「ああ、そういうコトなのね……」

 そうつぶやくと、あっけにとられた様子で、うどんげは思わず上空を見上げるのでした。


  □


 一方、紅魔館地下では。

 壁に映し出された映像を見て三人は戦況を見守り続けています。

「……うーん。なんかさ。これ、うち負けてない?」
「……ええ。戦闘機もですが、天狗たちも、だいぶおとされてますね。幸いすぐに復帰はしているようですけど……」
「だよねー。これ、なんかヤバいんじゃないのー……?」

 すると、涼しげな表情でフランドールが告げます。

「姉は両者の激しい攻撃を弾幕で相殺しつつも、直接攻撃で着実に撃ちおとしている。これは理詰めでやっているというより、本能のままに攻めているように見受けられる。つまり……」
「……つまり? 何よ……!?」
「このままならば、姉が同盟軍を押しきるでしょうね」
「マジで!? やべーじゃん」
「ええ、ヤベーイわよ。アナタたちの命がね……?」

 そう言うと、フランドールはふっと笑みを浮かべて、ティーカップに口を付けます。

「ぐぬぬぬー……!」

 穣子は歯ぎしりをすると、ティーカップにドバドバと茶を注ぎ、そのまま一気に飲み干します。
 すると突然、何かに気づいた様子で急にニヤニヤと笑い出しました
 ……かわいそうに、とうとう気が触れてしまったか。

「……ねえ、穣子? どうしたの。ついにおかしくなっちゃった?」
「違うわよ! あるコトに気づいちゃったのよー」
「あるコト……って?」
「アンタには、おーしえなーい。んふふふー……!」
「うわ……」

 キモチワルイ笑みを浮かべる穣子に、リグルは思わずドン引きしてしまいました。

  □

 戻って上空では、依然として激しい攻防が繰り広げられています。
 戦況を見守る諏訪子がふと、神奈子にたずねます。

「……ねえ。神奈子。今の戦況はどっち優勢だと思う?」
「そうだねえ。6対4で相手さんってトコか」
「だよねー。このままじゃジリ貧ってヤツじゃないの?」
「まあ、さっきまで8対2くらいだったから、それよりはだいぶマシになってるけどねえ」
「そんな悠長なコト言ってる場合じゃないでしょ!? いくら私の加護で、天狗たちを強化してるったって限界ってのはあるわよ! アイツら生身なんだから!」
「わかってるとも。もう手は打ってある」

 そう言って、ニヤリと笑みを浮かべる神奈子。

「……もう。いーっつも、そうやって、もったいぶって、後手後手に回るんだからさー……」

 と、諏訪子は呆れた様子で、思わず彼女に半眼を向けます。

 依然としてレミリアは、素早い動きで両軍の攻撃をさけつつ、体当たりで確実に撃ちおとしていきます。

「フハハハ! 同盟軍などしょせんは烏合の衆! オマエらごときが紅魔の君である私に勝てると思ってるのか!?」

(……くっ。天狗がこの程度のモノと思われるのはしゃくだが、今はまだ辛抱の時……! 援軍はまだか!?)

 天狗軍を率いている龍は、内心では焦りつつも、表情を崩さず他の天狗たちに指示を送ります。

「皆の者! 援軍が来るまでの辛抱だ! 精鋭部隊と天狗のプライドをもって何とか持ちこたえよ!」
「はん! そんなしょうもないプライドなんて、イヌにでも食わせておけよ!」

 レミリアは天狗たちをあざ笑うかのように、巨大な深紅の槍を召喚します。
 文と静葉を襲ったときより更に大きな槍です!

「いかん! 総員退避だ! 散れ!」

 と、龍が大声で指示を送ったそのときです。

 突然、頭上が暗くなります。

「ん? なんだ……?」

 レミリアが思わず上を見上げると、なんとそこには巨大な鉄の船が!

「な、なんだ!? あれは……!?」

 神奈子はその船を見上げると、思わずほっとした様子でため息をつきます。

「やれやれ……。やっと来たか。待ちわびたぞ」

 そのとき、彼女に通信が入ります。
 相手は……。

「神奈子さま! こちらみとり。ただいま到着しました。待たせてすいません! 何ぶん調整が遅れてしまいまして……!」
「構わんよ。さあ、ソイツの力を存分に見せてやれ!」
「ラジャー!」

 神奈子はあっけにとられている諏訪子に、いかにも自慢げに告げます。

「……くっくっく。どうだ。これが我が切り札。空中飛行船スワノカミ三号だ!」
「アンタ、私にナイショでこんなのを……!?」
「ああ。トップシークレットでな」
「何で教えてくれなかったのよ!? 肝を冷やしたじゃないの!」
「何を言うか! 味方をもあざむいてこその切り札だろう?」
「ハァ……。まったくアンタってヤツは……」
「よし、それじゃ! 行くぞ! みとり!」
「ラジャー!」

 みとりは、船の底の砲身を動かし紅魔館に狙いを定めます。

「させるか! このハリボテめ!」

 すかさずレミリアが、先ほどの槍を巨大飛行船に向かって放ちますが、船の分厚い装甲の前に跳ね返されてしまいます。

「な……っ!? どうやらただのハリボテじゃないようね……!」
「当然だ! コイツは河童の技術力の結晶! 機動力こそ低いが、防御力には自信がある!」
「しかし、いくらそいつの大砲でもこの魔法壁は崩せまい! 我が腹心の魔法使いが、あらゆる術法を駆使して構築した、その名も難攻不落魔法壁だからな!」
「ほう、面白い。 よし、みとり。ためしに一発かませ!」
「ラジャー!」

 ほどなくして空中船から砲撃がズドーン! と、撃ち込まれます。しかし、あえなく魔法壁にゴイーン! と、跳ね返されてしまいました。

「ふむ、なるほどな……。では、もう一発……」
「ムダムダ! 何度やってもおなじよ!」
「くく……。それはどうかな……? よし、みとり、アレを撃ち込め!」
「アレですね! ラジャー!」

 今度は砲身の先に徐々に光の塊が構築されます。

「よし、撃てぇーい!」

 神奈子の号令とともに、砲口から真っ白い光線が発射され、その光線は紅魔館全体を包み込んでいきます。すると……

 バリーン!!

 乾いた音とともに、紅魔館を覆っていた魔法壁を粉々に砕きました。
「よし! 壁が壊れたわ! 今よ!」

 すかさず地上で待機していた聖たちレジスタンスは、うどんげと静葉を残して、紅魔館内へと突撃していきます。

 うどんげは、空中船の方を見て思わず目を丸くしてしまいます。

「ちょっと……。あんなモノまでつくってたの……?」
「……ええ。そうみたいね。私も驚いたわ」

 そのとき、ふと、静葉は思い出します。

(そういえば、前に技術局長官のいる建物にいったときに、何か大きなモノをつくってたわね。きっとあれがこの船だったのね)

「……やるじゃないの。神奈子」

 思わず静葉はニヤリと笑みを浮かべるのでした。

「バカな! 難攻不落魔法壁が……!?」
「どうだ。あらゆる魔法を無効化にする特殊な砲弾の威力は。今ごろ、オマエの腹心の魔法使いとやらも、さぞ慌てふためいてるだろうな」
「……おのれぇ! よくもやってくれたな……!! オマエら一人残らずツブしてやる!」

 まんまとしてやられたレミリアは、怒り心頭な様子で、全身に真っ赤なオーラをまとい、巨大な槍を手に同盟軍をにらみつけます。

「今こそ決着をつけてやろう! 覚悟しろ! 紅魔の暴君よ!」

 神奈子や諏訪子も負けじと神のオーラをまとい、レミリアを見据えます。

「よし、行くぞ! 全軍総攻撃開始だ!」

 神奈子の号令とともに、天狗軍、河童軍両方から激しい攻撃が繰り出されます。

 レミリアもそれに真っ向からぶつかっていきます。

 いよいよ決戦の時です!
 
  □

「よっしゃー! これは勝ったわねー!」
「これまたスゴいのきましたね…!」

 地下では巨大船を見た二人が、案の定、盛り上がっていました。一方のフランドールは……。

「……これは。見たところ、機動力を犠牲にして防御力に特化した機体ってトコかしら。それ単体では壁にはなっても直接的な戦力にはなり得ない。……と、なると恐らく、誘導弾や特殊砲弾、あるいは格納されている兵器の展開など、機動力を補う武装が予測できる。実際、さっきの光線は、魔法壁を強制解除に追い込んだようだし……」
「なーにブツブツ言ってんのよ! 覚悟しなさいよ! アンタの姉がやられるところ見るコトになるんだからね!?」
「……そうね。ま、それはそれで見物だわ」

 と、言いながら彼女は涼しい顔で紅茶をカップに注ぎ、口を付けます。
 どこまでも冷静な様子の彼女に、思わず穣子が言い放ちます。

「ったく、面白みがないわねー! 少しでも焦ってみたらどうなのよ? アンタ、自分の姉がやられちゃうかもしれないのよ!?」
「……ええ。そのときは、素直に負けを認めるのみよ。パチュリーや咲夜とともに粛々と後始末をするわ。ま、姉の尻拭いをするコトになるのは、正直心外ではあるけど……」
「ちぇっ! 面白くないわねー!」
「ねえ、フランドールさん……」
「なあに?」
「……なんか、お姉さんよりもアナタの方が、よっぽど君主っぽいですよね……?」
「あら、ありがとう虫妖怪さん。そういえば、アナタの名前聞いてなかったわね」
「あ、私はリグルです」
「そう。よろしくね? リグル」

 そう言って微笑を浮かべるフランドールに、リグルは思わずドキッとしながら頭を下げます。

「あ、はい……」
「ちょっと! 何ノンキにあいさつなんかしてるのよ!? いよいよクライマックスだってのに!」
「……イモ神さん。言っておくけど、姉を見くびらない方がいいわよ? なんと言っても私の姉なんだからね。フフフ……」
「誰がイモ神よ!? 訂正しなさい!」

 フランドールは穣子の抗議を無視して、映像を見つめながら、楽しそうに笑みを浮かべるのでした。

  □

 上空では一進一退の攻防が続けられています。

 天狗と戦闘機の猛攻に加えて、空中船による援護射撃が雨あられと降り注ぐ中、レミリアは鬼神のごとき形相で、もはや攻撃をよけもせずに同盟軍に立ち向かっています。
 彼女は天狗たちの一撃を食らおうと、砲弾の直撃を食らおうと、持ち前の回復力で、あっと言う間に傷を治します。いやはや吸血鬼恐るべし!

「くっ……。吸血鬼とは、ここまでも強大な力を持つものなのか。大軍勢相手にたった一人でここまでやるとは。同じ妖怪とは思えん……! 天狗といえど、このままでは……!」

 龍は戦況が思わしくないコトに、思わず苦々しい表情を浮かべます。
 それは神奈子たちも同様でした。

「……むぅ。予測はしていたが、吸血鬼というものは実に恐ろしい種族だな。多少なりとも消耗しているハズだが、まだあんな力を保っていられるとは……」
「まったくだよね。神ならまだしも、生身の妖怪であの力。まさに怪物だわ」
「うむ……。まったくだ。戦闘機もだいぶおとされてしまったしな」

 そのとおり、あれだけ空を真っ黒におおっていた戦闘機のほとんどはレミリアによって撃墜されてしまいました。

「……ところでアンタ、大丈夫? なんか顔色悪いけど」
「……ああ。うむ。……さすがに、少々キツくなってきたかもしれん」

 そう言うと神奈子は、ツラそうに思わず目をつむります。それを見た諏訪子が言い放ちます。

「そりゃそーでしょーよ!? 元々ムチャだったのよ! あの戦闘機や空中船の一つ一つに勾玉積ませて、アンタの力を分け与えるなんてさ!」
「……そうかもしれぬな。……だが、ここまで来て引くわけにいかんよ!」
「なんで、はじめから河童たちをパイロットにしなかったのよ? その方がはるかに楽だったでしょうに。アイツら今ごろ自分の住処でゲーム感覚でこの戦闘機を操作してるんでしょ? なんでアンタだけ色々背負わなきゃならないのよ?」

 すると神奈子は苦笑しながら答えます。

「……いやさ。だってアイツら、例えこっちが作戦や計画を立てても、そのとおりに動こうとしないんだよ。以前のダム計画の時もそうだっただろう? それで過去の失敗も踏まえて、ヤツらには戦場ではなく、住処から自由に参加してもらうようにしたのさ」
「いや、だからって何もアンタが……」
「……それにな。いいか諏訪子。確かに戦争には犠牲が付きものとは言う。だがな。その犠牲は少ないに越したコトはない。防げる犠牲は極力防ぐ。それを突き詰めた結果が、この作戦だったんだよ。別にいいじゃないか。離れたところからゲーム感覚で戦争に参加しても。戦争で重要なのは何も戦地におもむいて、わざわざ命を賭けるコトじゃない。戦争に勝つコトなんだよ。そして更に大事なのは、戦争が終わったあとの世界をどうしていくかなんだ。しかし、それはアイツらが決めるコトであって、私たちの出る幕ではない。私たちができるのはここまでさ。だからせめて道しるべを作ってやりたいんだよ。歴史のね」

 諏訪子は呆然と神奈子を見ていましたが、やがてため息をついて告げます。

「ハァ……。まったく。軍神のアンタにそれ言われたら、私は何も言えないわよ……」
「すまんな。私のわがままに付き合わせてしまって……」
「ま、いいわ。……そんじゃ私も、とことん付き合ってあげようじゃないの!」
「諏訪子……」
「いっしょにこの世界を導いてあげましょう! ……神としてね!」

 諏訪子の帽子の目が妖しく光り、真っ黒いオーラが、あたり一面に広がります。
 そのオーラが天狗たちを包み込んでいきます。

「……む? これは……。 なんだ? 体が……。あつい……っ!? 力が……。みなぎってくる……!」

 体の異変に気づいた龍があたりを見回すと、まわりの天狗たちも同じような状況になっています。

「……ふっふっふ。どうだい? オマエらに、ミシャグジさまの力を分け与えてやったぞ! さあ、天狗ども! 存分に暴れろ!」
「おい諏訪子……!? そんなコトしたらアイツらの体が持たないぞ!?」

 諏訪子はニヤっと笑みを浮かべて告げます。

「……これが私のやり方さ。それに天狗たちは、河童と違って、種族に対する誇りが高いからね。自分の身は自分で守りたい性分なんだ。だからアイツらにはこれが正解なんだよ。……ホラ、見なよ? あのイキイキした様子をさ!」

 そう言って諏訪子は口元を緩めると、龍の方を指さします。
 ミシャグジさまの加護を受けた天狗たちは、龍に続いて雄叫びを上げながら一斉にレミリアに向かっていきます。

「今こそ我ら天狗の底力を! あの悪鬼に見せつけるとき!! さあ! 我に続けぇーー!」

 レミリアも負けじと槍を更に巨大化させ、それを振り回しながら、天狗の群れに襲いかかります。

「来い! 皆、なぎ払ってやるわ!!」

 力と力のぶつかり合い! 文字通りの総力戦です!

 強化された天狗たちの総攻撃を真っ向から受け、さすがに重傷を負うレミリアですが、それでも彼女は、恐ろしいコトに、その傷を治しながら弾幕と槍の衝撃波で天狗たちを蹴散らしていきます。

「……むぅ。まだだ。まだ何か足りない。何か決め手となるものが……!」

 と、そのときです。神奈子に通信が入ります。みとりからでした。

「どうした」
「長官! このままでは、ラチがあきません! ……つきましては是非、この私に特攻命令を!」
「特攻だと……!? その船でか!?」
「お願いします! 私に秘策があります!」
「……いや、しかし」
「お願いします! やらせてください! 私にはアイツを倒さなければならない理由があるんです!」
「……そうか。よし、わかった。……特攻を許可する。……ただし一つだけ言わせてもらうぞ」
「なんでしょうか」
「決して死んではならんぞ? みとり」
「……はい!」

 みとりは通信を切ると、思わずふっと笑みを浮かべました。

  □

「……ちょっとちょっと! 神奈子!? 今の通信! あの船ってもしかして……」
「……ああ、そうだ。あのスワノカミ三号は、みとりが直接乗って操縦しているんだ」
「ええ!? なんでよ! 全機遠隔操作だったんじゃないの!?」
「……あの船は例外だ。と、言うのも、あの船は遠隔戦闘機をつくる前から、河童の技術力を誇示するためにつくられていたモノ。それを戦闘用に改造したのだ。故にどうしても操縦者が必要。その操縦者を募ったときに、いち早く彼女が名乗りを上げたのだ。そして彼女以外に名乗り出た者はいなかった」
「それで彼女が操縦者に……?」
「そうだ。そもそも、あの船の操縦には高い技量と知識が必要。河童の中でも、随一の知識力を持ち合わせていた彼女は、スワノカミ三号の操縦者として最適解と言える。それに……」
「それに……? 何よ」
「……アイツは、レミリアに対して並々ならぬ敵意を持っている。聞くところによると、元々地底に住んでいたそうだ。恐らく旧地獄街道をメチャクチャにしたレミリアに引導を渡したいのだろう。自分の手で直接な」
「……そんなヤツに特攻の許可出すなんて……!?」
「ああ、だから言ったのさ……。死んではならん。と!」
「そんな……」

 思わず二人は不安そうに船を見上げました。

  □

 一方、みとりは計器類をチェックし、異常がないコトを確認すると、操縦かんを握り直します。

「……よし。やるぞ!」

 みとりは操縦席ごしからレミリアを見据え、ぎゅっと目をつむります。

(……長官には申し訳ないが、この船にはたくさんの火薬がつんである。すべてはアイツを。あのにっくき吸血鬼をたおすため……!)

 そう、彼女の到着が遅れたのは、神奈子に知られずに船に火薬をつみこむためだったのです。

「……すまない。みんな。どうしてもアイツだけは、許せないんだ。 もし、例えこれで死んだとしても私は一向に構わない。……だが、無駄死にだけはしたくない。……だから、例え差し違えてでもアイツだけは私がたおす!!」

 彼女は目をくわっと開き、エンジンの出力を上げると、船はゆっくりと速度を上げながら、レミリアの方へと向かっていきます。

「……ん? 船が動いている? 皆! 離れろ! 船がこっちに来るぞ!!」

 船の動きをいち早く察知した龍は、すかさず他の天狗たちに向かって大声で退避の呼びかけをします。

 天狗たちが、慌ててまわりに避難するのを尻目にレミリアは、その船に向かっていきます。

「目障りだ! 往ね!」

 レミリアが巨大な槍を船に向かって投げつけると、船首に命中し、その破損箇所から黒煙が上がります。
 それでも構わず船は黒煙を巻き上げながらレミリアへと向かってきます。

「……よし、今だ……!」

 みとりは船を自動運転に切り替えると、何かのスイッチを持って、素早く船首に飛び出します。そして目の前のレミリアに向かって大声で言い放ちました。

「レミリア・スカーレット!! 私を覚えているか!?」
「キサマは……! 赤河童!?」
「オマエがその場から動くコトを一切禁じるっ!!」」
「……なっ!?」

 みとりの能力が発動し、レミリアは金縛りにあったように動けなくなってしまいます。

「くっ!! おのれぇ!! こんなコトしてタダですむと思うな……!?」

 動けない彼女をめがけて、船は急加速しながら近づきます。

「くっ!! ……くっ来るなぁー……!?」

 思わず涙目になるレミリア。しかし、船はもう彼女の目の前まで迫っています。

「いっ……いやぁだあああああっーー!!」

 恐怖のあまり、ついに泣き叫ぶ彼女に、みとりは冷ややかに言い放ちました。

「地獄へ落ちろ。コウモリ野郎」

 ほどなくして、船がレミリアにつっこみ、それと同時にみとりは手に持っていたスイッチを押します。

 次の瞬間、轟音とともに船は空中で大爆発を巻き起こします。

 その場にいたすべての者が、あぜんとした様子で船が爆発するサマを見つめていました。

 ……彼女が持っていたスイッチ。それはつんでいた火薬の起爆スイッチだったのです。


「……おやおや。これはまた、随分ハデにいきましたねえ」

 遠くで戦況を見つめていた典は、船が大爆発するのを見届けると、フトコロから宝玉を取り出し、誰かと連絡を取り出します。

「……私です。……ええ。察しのとおりですよ。いよいよ計画は最終フェーズに入りました。これからが本番です。……では、また」

  □

「ねえ!? ちょっと!? これどっちが勝ったのよ!?」

 地下で観戦していた穣子は思わず声を上げます。

「もしかして痛み分けですか……?」

 リグルも困惑気味に声を上げます。
 するとフランドールが思わず言葉をもらします。

「……いえ。これは……」

 そう言い残して彼女は、突然その場から姿を消してしまいます。

「え!? ちょっと!?」
「フランドールさん! どこへ!?」

 穣子たちは、慌てふためきながらドアを開けようとしますが、開きません。

「こんな扉なんて……。トリャー!」

 二人はドアに弾幕を放ちますが、それでもドアは壊れません。思わず、あぜんとする二人。

「もしかして、私たち……」
「閉じ込められちゃった!?」

  □

「おさまった……?」

 地面に伏せていたうどんげがふと、見上げると、紅魔館の上半分がキレイに消し飛び、更に黒煙を上げて燃えさかっています。

「……うっわ。これは大惨事だわ……!」

 同じく伏せていた静葉も顔を上げます。

「……どうやら船に火薬か何かをつんでいたようね。急いで向かわないと」
「え? 向かうって?」
「あの船に乗っていた、みとりを救出によ」
「えぇ!? アレに人乗ってたの!? それ早く言ってよ!?」

 二人はまだ燃えている空中船の残骸の方へ急いで向かいます。

 現場は、鉄や油の焼け焦げたにおいと、未だ燃えさかる紅魔館の熱気でジゴクエズの様相です。
 しかも、誰一人として消火している様子はありません。

「ふむ、おそらく聖たちと交戦している途中だったから、消火まで手が回っていないのでしょうね」

 まるで悪夢のような、あまりの惨状に思わず息をのむ二人。

「……うーん。この様子じゃ、もしかすると……」

 と、そのときです。少し離れたところにボロボロになって裸で地面に横たわっている人の姿が。みとりです!

「ちょっとアナタ!? しっかりして!」

 慌てて二人が近づき呼びかけると、彼女はうっすらと目を開けます。
「……ああ、わたしは……?」
「よかった。意識はあるみたいね」
「待ってて! すぐ応急手当てするから! とりあえず今、担架を出すわ!」

 自分の救護の準備を始める二人をぼんやりと見つめながら、みとりは、ふと考えます。

(……おかしい。私は確かにあの爆発に巻き込まれて……なのに。どうして生きているんだ……? そういえば……誰かが私の手を引っ張ったような気がするが……。いったいあれは……)

  □

「……まったく、アンタってさ。ほんっとうに、お人好しっていうか……優しいわよねー……」

 紅魔館脇の湖のほとりにある木の元に二つの人かげが見えます。諏訪子と神奈子です。

 諏訪子は木にもたれかかり、一方の神奈子はぐったりした様子で、諏訪子に膝枕をしてもらっています。

「……オマエからお褒めの言葉をもらえるとは光栄だねえ……」
「呆れてんのよ! まったく! あんな爆発の中に飛び込むなんて! いくら神といえど、失敗したらタダじゃすまなかったわよ!?」
「くくく……。成功したから結果オーライだろう?」
「そういう問題じゃないでしょ!?」
「……冗談だ。すまんな。……どうしても我が作戦で、誰一人として犠牲を出したくなかったんだよ」
「自分の力を消耗しきってまでも?」
「……ああ。そうさ。ましてや、有能な戦士をあそこで失うには余りに惜しかったからな。そのためなら力の一つや二つ失おうが別に構わん。……そう思えたのさ」

 そう言って、フッと微笑む神奈子に諏訪子が言います。

「……ともかく、これで終わったのね」
「……ああ。大方の仕事はな。あとは……」
「知ってる。戦後の後始末ってヤツでしょ?」
「わかってるじゃないか……」
「アンタとどんだけ長い付き合いだと思ってんのよ……?」
「……くくく。そうだな。さあ、もうひと踏ん張りだぞ。早く終わらせて早苗のところに戻ろうか」

 そう言って二人は燃えさかる紅魔館を眺めていました。

 □

 半壊し、燃えさかる紅魔館の中にフランドールはたたずんでいます。
 ふと、彼女は何かを見つけると、笑みを浮かべます。そして彼女が手を掲げ拳を握ると、たちまち火が消えていき、更にはスワノカミ三号の残骸も砂のようになって消えてしまいました。
 あたりには紅魔館のガレキのみが残っています。そして彼女の目の前には……。

「……ぐぐ。ぐぁ……う゛ぉう゛ぉでぇ。う゛ぁだじがごどまう゛ぁう゛ぁでぇ……」

 もはや言葉にならないうめきを上げながら地面を這っている彼女は、全身炭のように真っ黒で下半身がそっくり消し飛んでしまっています。動けているのが不思議な状態です。

「……お姉さま」
「ああ、ぶらん……っ! う゛ぁが、いう゛ぉうどよ……! いっじょにやづらに……。じがうぇじを……!」

 そう言いながら手を伸ばしたレミリアをフランは抱きかかえると、そのまま彼女の体に手を突き入れます。

「あがががが……!? ぶらぁん……。なじぉ……!?」

 フランドールは涼しい顔でレミリアの耳元でささやくように告げました。

「……残念だけど、もう終わったのよ。今から、この紅魔館の全権は私が引き継ぐわ。お疲れさま、ゆっくりやすんでね。いとしのお姉さま」

 フランドールが、体に突き入れたその拳に力を入れると、レミリアの体はたちまち灰になって崩れていきます。

 彼女はその灰の一部をつかみ取ると、その場から姿を消しました。

 □

「あけろー!」
「あけてよー!!」
「あけやがれーーー!!」
「あいてーー!」

 地下室では、いまだに扉の前で二人は無力の叫びを繰り返していましたが、ふとリグルが穣子にたずねます。

「……あ、そういえばさっき何に気づいたの? キモチワルイ笑みなんか浮かべて」
「それ、今聞くワケ……?」
「いや、別に言いたくなければいいけど」
「……ふっふっふ。リグル。私はね。実は神さまなのよ!」
「いや、ソレは知ってるけど」
「そう。何を隠そう、神はね。死なないのよ!」
「え……?」
「そう。神は命という概念がないの! だからアイツにも私の命を奪うコトは出来ないってワケよ!」
「それは、ずるい!」
「ふ、あいにくだったわね。リグル。アンタの死は無駄にしないわ!」
「勝手に殺さないでよ!」

 そのとき、二人の後ろに突然フランドールが姿を現します。

「あら、そうなの。それはさぞ壊しがいがありそうね。挑戦してみようかしら。神殺し」
「うわ!? アンタどこに行って……。って、何持ってんの?」
「……それは、灰ですか?」
「灰よ」

 そう言って彼女は、その灰をサラサラと棺桶の中に入れます。

「フフ。急に抜けてごめんなさいね。いとしのお姉さまを助けてきたのよ」
「……お姉さまって、それ、レミリアなの……!?」
「ええ。吸血鬼は力尽きると灰になるの。でも別に死んだわけじゃなくて、力尽きただけ。そのまま棺桶にでも入れておけば、いずれは復活するわ」
「マジ!? こんな状態からでも復活できる力あるの!? どう見ても灰なのに!?」
「吸血鬼の生命力って怖い……」

 フランドールは棺桶にフタをすると、その上に腰を下ろし、二人に告げます。

「さて。それじゃ賭けの答え合わせといきましょうか」

 二人は黙ってうなずきます。

「……今、上の様子を見てきたけど、すでに知ってのとおり、我が姉、レミリア・スカーレットは戦闘不能状態に追い込まれた。対する同盟軍の被害状況は全戦闘機を失い、天狗たちもほぼ戦闘不能だったわ」
「え!?」
「それじゃ……。やっぱり」
「……しかし、あの空中船に乗っていた操縦者と各軍のトップ。すなわち山の神の二柱はいまだ健在。つまり……」

 そこまで言うと彼女は、ため息をつき、首を横に振りながら二人に言い放ちます。

「……悔しいけど、アナタたちの勝ちよ」
「え、それじゃ!?」
「……ええ。約束どおり、紅魔館にいる人間の解放するわ。すぐ手配しましょう」
「ヤッター!!」

 喜びのあまり思わず二人は、ハイタッチをかわします。その様子をフランドールは半ば微笑ましそうに見つめていました。

  □

「……どうやら終わったようですね」

 崩れかけている紅魔館の廊下に、聖たちレジスタンスの姿がありました。

 彼女らは地下で紅魔館ファミリーと戦闘していたのです。
 彼女らの足元には、戦いに敗れた咲夜とパチュリー、そして無数の妖精メイドたちが、ヤマメのクモの糸でぐるぐる巻きにされています。

「火が……。消えている? これは……」
「誰かの能力でしょうか……」

 あたりの状況に思わず立ち尽くす聖たち、そこへフランドールと穣子とリグルが姿を現します。

「……む、貴様は!」
「待って! 慧音」

 思わず身構える慧音をすかさず聖が制止します。そして彼女はフランドールに声かけします。

「……あなたはレミリアの妹。フランドールですね?」
「……ええ。いかにも私は誇り高き紅魔の妹。フランドール・スカーレットよ。どうぞ、以後お見知りおきを」

 そう言って丁寧にお辞儀をするフランドールに聖は告げます。

「私たちはレジスタンスです。ここにとらえられている人間を直ちに解き放ちなさい」
「……姉が行動不能となった今、紅魔館の全権限を持っているのは、この私」

 そう言うと、フランドールは、聖の前で膝をつくと彼女に告げました。

「……紅魔館君主として、全面降伏を今ここに宣言するわ。人間たちも解放し、里も元に戻しましょう」

 そう言って彼女は深々と頭を下げるのでした。

 ――こうして、紅魔館VS同盟軍の戦いは同盟軍の勝利で終わりを告げるコトとなりました。レミリアの脅威は過ぎ去ったのです。

 しかし、その数時間ほど前、地霊殿では……。

「……ヘっ。地霊殿の主とやらも大したコトないな?」
「うっ……。オマエのその力はいったい……?」

 戦いに敗れ、横たわるさとりに侵入者は勝ち誇ったように言い放ちます。

「これが私の実力ってヤツさ!」

 そのときです。何人かの人物が、ゾロゾロと部屋の中に入ってきます。

「おい、こっちの制圧は終わったよ! 正邪!」
「おーう。おつかれさん! そろそろ地上にいる典からの連絡も来るころだろ」

 さとりはその人物たちを思わず凝視します。それもそのはず……。
 彼女の心情を知ってか知らでか、侵入者――鬼人正邪はさとりに向かって言い放ちます。

「ここは、なかなかいいトコロだ! せっかくだから我々リバースの拠点とさせてもらうコトにするぜ! ありがたく思えよ!」

 そう言って含み笑いを浮かべた彼女の横には、パルスィ、勇儀、針妙丸、そして……。

「……悪く思わないでくださいね。さとりさま。これもこの世界のためなんです」

 そこにはなんと、怪しく微笑みを浮かべるお燐の姿もありました。

「……お燐」

 お燐はさとりを見やると、旗を高々と掲げます。
 その旗には小槌をモチーフにしたロゴが大きく描かれていました。

 その旗の前で針妙丸が高らかに言い放ちます。

「今、この瞬間をもって地底は我々、リバースの統治下となった! この地霊殿を拠点とし、次の目標、地上の制圧へただちに取りかかるぞ!」

 まさに一難去ってまた一難。
 リバースとはいったい何なのか? 典の言う『壮大な計画』とは? そして秋姉妹の運命やいかに!?
 といったところで、これにて二章を終了とさせて頂きます。

【幕間劇2】

魔理沙「やれやれ。本当、一難去ってまた一難とはこのコトだな」
???「そうですね。本当、見てて飽きませんよ。実に楽しい『夢物語』ですこと」
魔理沙「なんだ。ずいぶん、人ごとのように言うじゃないか。つうか誰だオマエ」
???「フフ。そういえばアナタはあまり活躍してませんでしたね? 変な世界で団子食べてただけじゃないですか」
魔理沙「余計なお世話だ。ここで語られなかっただけで、ちゃんと裏ではメイド長をやっつけたり、他のメンバーと合流して紫もやしとか、その他大勢組もやっつけてたんだぞ?」
???「あらあら、それは大活躍でしたね」
魔理沙「まあ、見てろ。次の【最終章 さよなら幻想郷】ではきっと私が大活躍するからな! ……って、なんだこの不穏なタイトルは!?」
???「……始まりがあれば終わりがある。夢もいつかはさめるモノ。それが世の常ですからね。そう、この物語もね……」
魔理沙「あ、消えやがった。なんだかよくわからんが、結局アイツ誰だったんだ」


【最終章 さよなら幻想郷】

 紅魔館の全面降伏によって、レミリアの脅威は去りました。役目を終えた神奈子と諏訪子は身を引き神社へと戻りました。また、静葉も役職を降り、再び自由の身となりました。
 こうして幻想郷に平和が訪れたのです。……表向きには。

「おじゃまするわね」
「やあ、静葉さん。お久しぶりです」

 静葉が文の事務所を訪れると、文が笑顔で出迎えてくれました。更に。

「あれー? 神さまだ! やっほー! 久しぶりー!」

 どうやら偶然遊びに来ていたようで、はたても一緒に出迎えてくれました。

「文。変わらなそうね はたても元気そうで何よりだわ」
「ええ。おかげさまで!」
「モチのロンよ! 元気元気!」
「ところで新聞はあるかしら」
「もちろんですよ。はい、今朝の新聞です!」
「ふむ、やはりそうなのね」
「……ああ。これのコトですか?」
「ええ……」

 新聞には同盟継続を知らせる記事が一面に記されています。

 そう、戦が終わった今も実は天狗と河童の同盟は継続しているのです。と、いうのも、河童と天狗で同盟を続けるか否かの投票を行った結果、同盟を続けるという意見が大多数をしめていたのです。これは意外な展開です。

「まさかの結果よねー」
「そうですね。私も驚きましたよ。ま、そう言う私も同盟継続に票を入れましたけど」
「私も同じく! だってアイツらと別にいがみ合う理由なんてないもんねー?」
「ええ。それに同盟を結ぶ前から私は河童と付き合いありましたし」
「そうそう。なにを今さらってトコだよねー!」
「……ふむ、これが新時代の幕開けってことなのかしらね」
「ええ。そうなのかもしれません。あ、そうだ河童と言えば」
「何かしら」
「いえ、そういや、久々ににとりのところに行ってきたんですが……」
「あら、どんな様子だった」
「なにやら元気がなさそうでしたよ。ふさぎこんでいるというか……」
「ふむ……。そうなのね」
「へーえ。アイツもへこむコトなんてあるんだー?」
「ちょっと心配ですね……」
「……ええ。そうね。……よし、私がちょっと様子見に行ってきましょう」
「あ、ぜひお願いします! 静葉さん!」
「まかせて。それじゃ、おじゃましたわね」
「また気軽に来て下さいね!」
「まったねー!」

 二人に見送られながら静葉が家を出ると、仲睦まじそうに歩いている天狗と河童の姿がありました。
 静葉はそれを微笑ましそうに見つめながら、にとりの家へと向かうのでした。

 □

 そのころ、穣子とヤマメは秋ハウスで、寝そべってくつろいでいました。

「あーこれでやっと平和が戻ったのねぇー」
「そうだねー」
「長かったわー……」
「そうだねー」
「……ヤマメ。アンタこれからどうするの?」
「そりゃあもちろん。地底に戻るよ。地底の妖怪だし」
「そっかー。そうよねー。……なんか寂しくなるわねー」
「そうだねー。ずっと一緒だったもんね。ま、いつでもあいにおいでよ。歓迎するからさ」
「ありがとー」
「それにこっちにもまた遊びに来るつもりだよ。あ、そうだ! 今度は私の友人も連れてこようかな」
「おっ。大歓迎よ! そんときは美味しいもの作って待ってるわー!」
「ありがとう! 楽しみにしてるよ! ……さてと、そんじゃ私はそろそろ行くね!」
「はーい! またね! ヤマメ!」

 ヤマメは、笑顔で手を振りながら穣子の家を出ると、そのまま地底へと戻っていくのでした。

 □

 一方、そのころレジスタンスの隠れ家では。

「なんですって!? それは本当なの? 永琳」
「……ええ、残念ながら本当よ、聖。リバースって組織によって地霊殿は占領されてしまったわ。私は間一髪で免れたけど、さとりたちはやつらによって……」
「なんてこと……。いったいやつらの目的は?」
「おそらく、この世界の転覆ね。首謀者と思われる鬼人正邪と針妙丸は、どうやら大量のマジックアイテムを使って自らはもちろん、メンバーも強化しているみたいだわ」
「それは厄介な……。早めに叩いておきたいところね」
「ええ、そうね。私も色々策を考えてみることにするわ」
「ありがとう。永琳。助かるわ」

 永琳は一礼するとその場を去って行きます。すれ違いで慧音がやってきます。こちらも何やら困惑気味な様子。

「どう、何かわかった? 慧音」
「……ああ。これを見てくれ」

 彼女が持ってきた書類に聖は目を通します。

「……そう。これで間違いはなさそう?」
「ああ、マミゾウと協力して調査した結果だ」
「そう。なら信用出来るわね」

 聖は、ふうと息をつくと、思わずぼそりとつぶやきました。

「……そう。まさか彼女が裏切り者とはね……」
「さて、これからどうする?」
「彼女と直接話して確認したいわ。すぐ使いを送りましょう!」

 そう言って聖はリグルと一輪を呼び出すと、ある場所へと向かわせるのでした。

 □

 そのころ静葉は、にとりをたずねて河童の住処へ来ていました。
 戦が終わったためか以前のような物々しさはなく、穏やかな様子になっています。
 流れる川の水もキレイな清流になっており、これならいくら飲んでも大丈夫そうです。

「にとり。入るわよ」

 静葉は何度も呼びかけていますが、返事はありません。仕方なく、彼女が家に入ると、にとりは一心不乱に何かの機械を作っていました。

「にとり」
「あ。静葉さん!? びっくりしたー!」
「ずっと呼びかけても気づかないんだもの」
「あ。ゴメン。これ作るのに夢中になってて……」
「何を作っているの」
「あ、いやいや、別に大したもんじゃないよ。なんていうか……。気持ち悪くてさ。気を紛らわせるために機械いじってないとっていうか……」
「……ああ、記憶のことね」

 にとりは手を止めると、思わず、ふうとため息をつきます。

「……まったくいったい何なんだろう。二つの記憶があるってさ。どっちも私の記憶には違いないんだけど……」
「……考えられるとすれば、あの実験のせいなのかもしれないわね」
「なんか私もそんな気がしてるんだよね。……でも、どういうコトなんだろう」
「……そうね。あなたの二つの記憶の混在。そしてこのおかしくなってしまった世界。それがもし『季節操作マシ~ン』のせいなのだとしたら……」
「だとしたら……?」
「……本当、困っちゃうわね」
「だぁー! なんだよそれ!? 名推理を期待してたのに!」

 思わずずっこけるにとりに、静葉はにやりと笑みを浮かべます。

「ごめんなさいね。……でも、何か理由はあると思うのよ。聞くところによるとあの装置って境界を操作するものなんでしょう」
「そうだよ。失敗したけど」
「きっとそこに何かあると思うのよ」
「そうだね。それは間違いなさそうだ!」
「……どうやらもう少し色々調べてみる必要がありそうね。この世界についても含めて」
「え? この世界についても?」
「ええ。そうよ」
「え、だってもう平和になったんじゃないの? レミリアのヤツも退治されたし」
「……ええ、そうね。でも、どうも引っかかるものがあるのよね」
「そうなの……?」
「ええ……」

 静葉は思わず、思案ありげに眼をとじるのでした。

 □

 さて、使いとして送られた一輪とリグルの二人は、聖に言われた場所へと急いで向かっていました。その場所とは……。

「ずいぶん端の方へきたけど……」
「あ、見えてきたわ! あそこよ!」

 二人が着地すると、そこはヒガンバナが咲き乱れ、人の気が感じられません。そう、ここは……。

「……無縁塚。ここに私たちの仲間がいるのよ」
「こんな寂しそうな場所に?」
「そう、ナズーリンって言うネズミの妖怪なんだ」
「ネズミの妖怪……? そういや、なんか前に地底で見たような」

 二人が進むとやがて、掘っ立て小屋が見えてきます。

「あの中にいるはず。行くわよ!」
「はい!」

 二人はさっそく小屋に入りますが、中には誰もおらず、そのかわり机の上になにやらノートが。

「誰もいないみたいね……。仕方ないからこれを持って帰って聖さまに届けましょう!」

 二人は、すぐさまアジトに戻るとノートを聖に渡します。

「二人ともご苦労さま。……そう、彼女はいなかったのね」
「はい。そのかわりにこれがありました。どうぞ」

 一輪からノートを受け取った聖は、さっそく中身を読みます。

「……これは!」
「どうしました聖さま?」
「……一輪。今すぐムラサと一緒に寺に戻りなさい!」
「え……!? はい、わかりました!」
「リグル。あなたはここに残って警備をお願いします!」
「わかりました。聖さまはどうされるんですか?」

 リグルの問いに聖は真剣な眼差しで答えました。

「私は今から地底に行ってきます!」

  □

 あれから家に戻った静葉は、穣子と一緒に家でくつろいでました。
 穣子は廊下に寝そべって干し芋をかじっています。
 一方、静葉は、囲炉裏のそばで険しい表情で何やら考え事をしていました。

「……あー。平和っていいわーねー。姉さん」
「ええ、そうね」
「今夜のご飯どーしよーかなー?」
「ええ、そうね」
「……どーしたのよ? さっきから難しい顔して」
「……ええ、ちょっと考え事をね」
「まったく、少しは休んだらどうよ? ずっと動いてると疲れちゃうわよ。ほらイモでも食べなよ。もう切れっ端しかないけど」
「……ねえ。穣子」
「何?」
「あなた、なんか違和感あったりしない?」
「違和感……? 別にないけど」
「どことなく居心地が悪いとか」
「居心地悪いって……。ここは私たちの家よ? 我が家が居心地悪いとか、もうそれ引っ越すしかないじゃん?」
「ふむ……」

 と、その時です!

「……なんだなんだ。二人ともここにいたんですかー?」
「……ああっ、その声はっ……!?」
「ふふふ……。ごきげんよう。お二人さん」

 二人の前に現れたのは典でした。何やらやたら笑顔ですが……。

「……何しに来たのよ」
「あなたたちに有益な情報を伝えに来ました」
「帰れ!」
「……あらあら、いいんですかー?」
「いいから帰れ! アンタなんかに用はない!」
「おやおや。それは困りましたね。せっかくアナタの大事な友人がピンチであるコトを伝えようと思ったのに」
「え……?」
「いったいどういうことよ」
「ふふふ……。今、地底は大変なコトになってるんですよ。何しろリバースという組織が地霊殿を占領して、地底を征服してしまったんですから」
「なんですって!?」
「地底を征服って、いったい何のためにそんなことを」
「ふふふ……。奴らは地霊殿を拠点にして、この幻想郷の転覆をはかるつもりです」
「はぁ!? カンベンしてよ。せっかくレミリア倒して平和になったというのにー」
「……いえ、むしろレミリアがいなくなったから動き出したということなのかしらね」
「さすが鋭い! ヤツらが地上侵攻するためには、強大な力を持つ彼女が邪魔だったんです。彼女がいなくなった今、ついに動き出したというコトです」
「むむー。それにしても地底を征服……って! あ! ヤマメ!?」
「あら、大変。そういえば地底に帰ったって言ってたわよね」
「ふふふ……。早く助けに行ってあげた方がいいと思いますよー?」
「うっさい!! アンタに言われなくても助けに行くわよ!? さあ、姉さん行くわよ! ヤマメを助けないと!」
「……ふむ、そうね。そのリバースって組織についても知りたいし。行きましょう」
「よし、そうと決まれば善は急げよー!!」

 言うや否や、穣子は我先と家を飛び出していってしまいます。本当、鉄砲玉のようなイモです。
 静葉も彼女を追いかけようとしますが、ふと、立ち止まって典にたずねました。

「……ところであなた。どうしてそれをわざわざ私たちに教えるのかしら。あなたはそのリバースって組織のメンバーではないの」
「……ふふふ。ほら、前も言ったじゃないですかー。私には」
「ある『壮大な計画』がある。……だったわね」
「ふふふ……。そのとおり。……ま、今は早くツチグモさんを救いに行ってあげてくださいよ?」
「……そうね。そうさせてもらうわ」

 静葉は典を見やると、そのまま家を飛び出していきました。

「ふふふ……。期待してますよ。秋姉妹……」

 そう言って典はニヤリと意味深な笑みを浮かべつつ、二人を見送るのでした。

  □

 二人が急いで地底へと向かうと、暗闇の中でボロボロになったヤマメが倒れていました。

「ヤマメ! しっかりして!?」
「あ、あれ? どうして二人が……」
「アンタがピンチって聞いて駆けつけたのよ!」
「ヤマメ。いったい誰にやられたの」
「うう……。二人とも気をつけて、まだ近くに……」

 と、そのときです。二人の前に何者かが姿を現します。

「……あら、連れがいたのね?」
「アンタはっ!?」

 金髪にらんらんと光るような碧眼。そう、その正体はパルスィでした。彼女が一人でヤマメをやったのでしょうか?

「ねえ。アナタたち。地底は我々リバースの統治下よ? 勝手に侵入されては困るね」
「よくもヤマメをやってくれたわね!?」
「橋姫さん。あの子は元々地底の妖怪よ。どうして攻撃したのよ」
「あら、コイツはリバースのメンバーじゃないもの。それに私のせっかくの勧誘を断りやがったからね」
「だからって……! 許さないわ! 神の名において裁きを下してやる!」
「あら、怖いわね……?」
「ふふん。二対一よ。言っとくけどアンタに勝ち目はない!」
「それはどうかしら……?」

 パルスィはおもむろに懐から横笛を取り出すと吹き始めます。ピロリロリィー!

「何よ? ……笛?」

 すると上空からドォオオンと何かが力強く地面に着地します。大柄な体にその長い金髪。そう、その正体はマ◯マ大使! ……じゃなくて。

「……アンタは勇儀……!?」
「よぉ。お二方。久しぶりだな」
「アンタ何してんのよ!?」
「……おいおいパルスィ。マジか? コイツらなのか?」

 二人を見て、怪訝そうな様子の勇儀にパルスィはさらりと答えました。

「そうよ。いつものようにおやり」
「……ちっ、しゃーねえな」

 そう言って勇儀は、ドスンと、四股を踏みます。

「え……!? ちょっと勇儀!?」
「わりぃな。お二方、パルスィの命令には、従わなくちゃいけなくてな」
「はぁ!? なによそれ!?」
「……穣子。ここはひとまず逃げるわよ」
「わかった!」
「おっと逃がさないわよ!」

 すかさずパルスィが、ピロリロリィーと笛を吹くと、頭上から何ら大きな桶が落ちてきて、そのまま穣子の脳天にクリーンヒットしました。

「ギャーーーーー!?」

 たまらず穣子は地面に突っ伏してしまいます。
 桶はまたそのまま上空へ姿を消してしまいました。何やら緑髪の妖怪が中から顔を出していたような……。

「ふふ……。あの時、私を無視した報いを受けなさい」
「イタタタ……。って、あの時?」
「そうよ。アンタ、橋を渡らず飛び越えていったでしょ!」
「んーと。そんなコトあったっけ……?」
「アンタは忘れてても私は覚えているわ! 妬ましいわね!」
「え? ええ!? 何よそれ!?」
「……というわけで、オマエさんたちに恨みはないが、やらせてもらうぞ」

 そう言って勇儀が穣子たちを見据え、拳を構えたそのときです。

「その二人から離れなさい!」
「む、何やつ!?」

 突如、二人の間に猛スピードで何者かが割り込んできます。その正体を見た穣子は思わず目を丸くさせました。

「あ、アンタは寺の……!?」
「レジスタンスの総まとめにして妙蓮寺住職、聖白蓮です!」

 そう、現れたのは聖でした。
 彼女は二人をにらみつけると、拳を構えます。その肉体には強化魔法を施してあるようで、全身から並々ならぬオーラがあふれ出ています。

「……お坊さんごときが何の用よ!」
「あなたたちの親分のところに案内しなさい!」
「……へえ、イヤだと言ったら?」
「そのときは力づくでいかせてもらいます!」
「……呆れたもんね。アンタさあ、目の前にいる相手が誰だかわかってるの? 泣く子も黙る鬼よ? しかも山の四天王と呼ばれた」
「そんなの百も承知です!」
「ぐっ……!」

 彼女のまっすぐな眼差とオーラに、パルスィと勇儀は、思わずたじろいでしまいました。そのスキに聖は穣子と静葉に告げます。

「二人とも! ここは私にまかせて、あなたたちはヤマメを連れてアジトに向かいなさい! 慧音たちが待っているわ!」
「え? でも……」
「よし、穣子。行くわよ」
「う、わ、わかったわ!」

 穣子と静葉は、言われるままにヤマメを連れてその場を離れました。
「フン。ずいぶんと殊勝だな! あの二人がそんなに大事なのかい?」
「ええ。あの二人は私たちの貴重なピースですから」
「……ふーん。そうかい! じゃあ、手加減無しでいかせてもらうぜ?」
「望むところです! 怪力乱神を操る山の四天王、星熊童子。我が相手にとって不足無し!」

 二人は拳を構えお互いを見据えます。そして。

「鬼の力とくと味わえ!」
「いざ、尋常に南無三――!!」

 二人の拳が交わり、あたりに大きな衝撃が轟くころ、穣子と静葉は重傷のヤマメを背負って、急いで出口に向かっていました。

「……聖さん、大丈夫かなあ」
「……恐らく厳しいでしょうね」
「え!?」
「……考えてごらんなさい。相手は鬼。しかも山の四天王の一人。いくら彼女が強者といえども、本気の鬼が相手では太刀打ち出来ないでしょう」
「そんな!! じゃあ戻って加勢しないと!」
「……それはだめよ。穣子」
「なんでよ!? あの人を見殺しにする気!?」
「彼女は私たちを逃がすためにあの二人の相手をしてくれているのよ。今戻ったら彼女の行動が無駄になってしまうわ」
「う……。そ、そっか」
「今は、彼女の言うとおりレジスタンスのアジトへ行きましょう」
「……うん!」

 と、そのときです。突然二人の前方に何かが落ちてきます。

「うわっ!?」
「危ない」

 二人は間一髪でそれをよけます。
 その正体はさっきの桶でした。そしてその桶の中には白装束を着た緑髪の妖怪の姿が。その妖怪が二人に告げます。

「その子を置いてけ!」
「え!?」
「その子は私の親友だ! 返せ!」
「そんなの誰が信じるかって……」
「待って。穣子」

 静葉は、その桶の妖怪に笑みを浮かべて話しかけます。

「桶妖怪さん。私たちは今までずっとこの子と行動してきていたのよ。今はこの子のケガを治すために、地上の医者のところに行こうとしてるの。私たちはこの子の味方よ」

 桶の妖怪は黙っています。静葉は更に話を続けます。

「ケガが治ったらまた地底に返すわ。私たちを信じて」

 桶妖怪はしばらく二人を見つめてましたが、やがて何も言わず上空へと姿を消してしまいました。

「……さすが姉さんね。あんな得体の知れないヤツを説得するなんて」
「……さ、穣子。行くわよ」

 二人は、聖の身を案じつつも地底を脱出し、レジスタンスのアジトへと向かうのでした。

 □

 一方そのころ、博麗神社の入り口。鳥居の前にある人物が。参拝客ではありません。

「……ううむ。やってきたはいいですけど。……はたして本当にあえるのでしょうかね?」

 その人物は魅須丸でした。彼女は霊夢にあうために神社を訪れていたのです。

「ふむ。ウワサ通り、人の気配が全くないですね。とても繁盛しているとは……」

 と、そのときです。

「おやー? 誰ですか? もしかしてお客さまですか?」

 彼女の前に額に角を生やした緑の髪の少女が、ひょっこり姿を現します。

「ん? アナタはたしか……。ここの狛犬でしたっけ」
「あ、はい。あうんって言います」
「そう、あうん。この神社の主は?」
「本殿にいますよ。何かご用ですか?」
「ちょっとお話がありましてね」
「そうですか。でも、あいにく霊夢さんは今取り込み中でして……」
「取り込み中って、どうせ、やけ酒でもあおってるのでしょう? 私はそれを説得しに来たんですよ」
「おやおや。なんとそうだったんですね。うーんどうしましょう……」
「……いや、まてよ。ねえ、アナタ!」
「は、はい?」
「ねえ、私の代わりに彼女を説得してくれませんか? 『異変』を解決してくれって」
「わ、私がですか!?」
「ええ。パッと出の私なんかが行くより、常に神社で一緒にいるアナタの方が適任かと思いましてね」
「えー……。うーん」
「おや、イヤなんですか?」
「……いえ、私としては、霊夢さんのやりたいようにやらせてあげたいと思ってまして……」
「……ふむ。そうですか。じゃあいいです。他の人に頼みますから」
「あうぅ。ごめんなさい……」
「いいんですよ。アナタはアナタのやり方で、あの子を支えてあげて下さいね」

 そう言って、あうんに向かって微笑むと、魅須丸はきびすを返して神社をいったんあとにするのでした。
 去って行く彼女を見送りながら、思わずあうんはつぶやくのでした。

「……あうーん。あの人、冷たいのか優しいのかよくわかりませんねえ……」

  □

 穣子たちがレジスタンスのアジトへ着くとメンバーたちが待っていました。
 二人はヤマメの手当を永琳にまかせ、慧音たちに事情を説明しました。

「……ふむ、そうなのか。聖のやつは一人で……」
「そうなの。私たちをかばって……!」
「早く助けに行かないと。……でも今のままでは戦力が足りないわ」
「……ああ。攻め込むにしても戦力を整える必要がある。それに今は一つ懸念事項があってな」
「懸念事項……? なによそれ?」
「……実は大きい声では言えないのだが……」

 慧音は二人の耳元でぼそっと告げます。

「……え!? 裏切り者!?」
「穣子。声が大きいわよ」
「……あ、ごめんなさい。つい……」
「……すまない。くれぐれも内密にたのむぞ」
「……それで、誰なのよ?」
「……ナズーリンだ」
「……え、ナズーリンって、あのネズミの……?」
「……ああ、そうだ。彼女がリバースと繋がっていたんだ。そして更には驚くべきことに……」

 慧音は再び二人の耳元でぼそっと告げます。

「えっ……!? ……お燐が……!?」
「まぁ……。なんてこと」
「マジで!? それ本当だったらかなりヤバくない!?」
「何か証拠はあるのかしら」

 すると慧音は例のノートを二人に見せます。

「……彼女の家で見つかった、このノートにかかれていたんだ。その中に、私たちがさとりと協力体制を作ろうとしていることを、リバース側に漏らしている旨が書かれていてな。更にノートには、お燐の名前も何度も登場していた。……リバース側として」
「……ふむ。でもハクタクさん」
「なんだ……?」
「どうしてそのノートがわざわざ机の上に置いてあったのかしら。そんなトップシークレットな情報が書かれたものなんて、普通ならカギのかかる引き出しあたりに保管しておくものよ」
「……確かにな。だが、今はその理由を知るすべはないし、ここでそれについてあれこれ話しても、憶測の域は出ない」
「……直接本人から聞くのが一番ってことね」
「そういうことだ」
「ところでさぁ。そもそもの話、リバースって何なのよ?」
「そうね。それは私も知りたいところね」
「……リバースについてか。あくまでも、我々が今まで把握している情報になるが……」

 と、前置きした上で彼女は、リバースについて語り出しました。それによるとリバースは幻想郷の転覆を目的とする組織で、針妙丸を筆頭に正邪、パルスィ、勇儀が幹部として確認されており、そして恐らくナズーリンとお燐も同等の地位である可能性が高いとのコト。更に他にいくつかの付喪神も配下にいて、しかも厄介なことにメンバーは皆、何かしらのマジックアイテムを所持しており、その力で強くなっているとかなんとか。

「……で、その、マジックアイテムってなんなのよ?」
「簡単に言えば、この世界や外の世界などに存在する特殊な力を持ったアイテムだ。鬼や天人に伝わる秘宝だったり、高名な魔法使いや職人が技巧を凝らした魔具など出自は様々だが、総じて強力な能力を持っている」
「へえー。そんなものが……?」
「穣子も紅魔館に侵入するときに使っただろう?」
「ああ、もしかしてあの葉っぱ?」
「そう。あれもれっきとしたマジックアイテムなんだ」
「そっかー。あれは確かに便利だったわー」
「ふむ。と、いうことはハクタクさん。やつらと戦うには、こっちにもそのマジックアイテムに対抗するものが必要になるってことじゃないかしら」
「ああ、そのとおり。今まさに、それを手配してもらっているとこさ」
「そっか! じゃあ、それが来れば反撃のノロシを上げられるってワケね!」
「ああ。聖のことは確かに心配だが、彼女だってああ見えて高位の魔法使い。ただでやられることはないだろう」
「そーね。あの人なんかスゴイもんねー……」

 と、そのときです。

「慧音さま! たっ大変です!!」

 血相を変えてやってきたのは美宵でした。

「どうした。まさか敵襲か?」
「はい! 里が何者かに襲撃を!」
「なんですって!?」
「ううむ。恐らくリバースのメンバーだろう。まだアイテムは届いていないが……。致し方ない、すぐ向かわせる!」
「よし! 私たちも行くわよ!」
「そうね」
「それは助かる……! ぜひ頼む」

 こうして、穣子と静葉、そしてリグルの三名はただちに里へと向かうのでした。

  □

 さてそのころ、魅須丸は自分のかわりに霊夢を説得できる人物を探してアテもなく、さまよっていました。

「……さて、困りましたね。あの神社とつながりのある者……。他に誰がいましたっけ。一番頼りになりそうな、あの人間の魔法使いは何やらお取り込み中のようですし……。風祝になんか頼んだら、それこそ、あの二柱に何言われるかわかったもんじゃないし……。そもそもなんで私が動かなきゃならないんですか……。まったく、私も龍に頼まれてるコトあるというのに……」

 と、ブツブツ言いながら往来を歩いていたそのとき。反対側から、仏頂面でふらふらと歩いてくる者が。

「あら、あなたは……」
「あん……? なんだ、私に用事あるのか? この萃香さまに!」

 萃香は魅須丸をにらみつけます。どうやらすこぶる機嫌が悪いようですが、構わず魅須丸は続けます。

「……えーと。あなたは確か、前に博麗神社に居候してましたよね?」
「そうだが、それがどうかしたのかよ?」
「実は頼みたいことがありまして。あ、申し遅れました。私はですね……」

 魅須丸が自己紹介をすると萃香は、態度を改めました。

「……ああ、そうか! オマエが霊夢の陰陽玉を作った神さまってヤツかい。前にアイツから聞いたコトあるよ」
「ええ。どうぞ、お見知りおきを!」
「……で、私に頼みって何だよ?」
「ええ。実はですね。彼女を説得してこの『異変』の解決に動いて欲しいんです」
「『異変』だと?」
「ええ。そうです」
「…………あぁ。……そういうコトか! 『異変』か! こりゃケッサクだ! あっはっはっは!」
「何か……?」
「ああ、いやぁ、こっちのコトさ。……なるほどねえ! いいよいいよ! 乗ってやるよ。……ちょうど今の幻想郷に飽き飽きしていたトコロだからな!」
「おお! それならば話が早い! それじゃあとはアナタに丸投げしてもいいですかね?」
「ああ、まかせとけ! そのかわり今度、飲みに付き合ってくれよ。オマエなかなか飲めそうなタマだし」
「おやおやまあまあ。鬼と酒宴ですか? ……まぁいいでしょう。それじゃ、あとはお願いしますね」

 そう言うなり、魅須丸は忙しそうに姿を消してしまいます。

「ふー……。やれやれ、そんじゃ、あのアホンダラを説得しにいくとしますか」

 萃香は大きく息をつくと、神社に向かってのっしのっしと歩き出すのでした。

  □

 穣子たちが里に着くと、立ち上がる黒煙と逃げ惑う人々で混乱状態となっていました。
 すかさず静葉が村人の避難誘導に回り、残った穣子とリグルで襲撃者の相手をすることに。

「で、襲撃者ってのはどこよ!?」
「穣子。上見て!」
「あ、あんなところに!?」

 二人が上空を見上げるとそこには何やら楽器のようなモノ持った二人組が。
 片方は琵琶を持ち、もう片方は琴らしきものを持っています。二人とも見た目がどことなく似ており、どうやら姉妹のようですが……。

「あ! アイツら見たことあるわ! えーと名前は何だったっけかな。……あ、そうだ! 思い出した! もずく姉妹よ!」
「え? そんな名前なの? あの二人」
「そうよ! 姉の方が確か、ぺんぺん草で妹の方が生八橋!」
「ぺんぺん草と、生八橋。なんかおいしそうな名前……!」
「よーし! やっつけてやるわー!」

 穣子はさっそく二人に近づいて言い放ちます。

「こらー! そこのもずく! アンタらリバイスとかのメンバーなんでしょ!? この泣く子も黙る穣子大明神さまがやっつけてやるんだからね!?」
「……あら、誰かと思えば、イモ神じゃない。何よ。邪魔するんなら倒すわよ!?」
「望むところよ! とっちめてやる!」

 穣子は二人に向かって弾幕を放ちます、が。

「ふふん。そんなモノこうしてやるわ!」

 琵琶を持った方がベエェーーンとかき鳴らすと、衝撃波が発生して弾幕をかき消してしまいます。

「なぬぅ!?」
「次はこっちの番ね! さあ、やっちゃいな!」
「はい! 姉さん!」

 妹らしき方が琴をポロポロとかき鳴らすと、あたりに次々と爆風が巻き起こります。慌てて二人はなんとかその爆風をよけます。

「なによこれーっ!? アイツらこんなに強かったっけ!?」
「きっと、マジックアイテムで強化してるんだ! おそらく楽器の音を衝撃波や爆風に変えてるんだよ!」
「なにそれ!? そんなの反則でしょ!?」
「アハハハハ! ザマァないねぇ! 私たちに近づくコトもできないの!?」
「このぉー! 正々堂々弾幕ごっこで勝負しなさいよ!?」
「弾幕ごっこですって? 姉さん、今の聞いた? そんなのもう古いわよね?」
「ええ、そうよ。これからは弾幕ごっこ関係なく、純粋に強いモノが頂点に立つ時代! 我々、付喪神たちもようやく陽の目を見られるようになったの! これからの幻想郷は今まで虐げられていた者も上に立てるのよ! 世はまさに下克上時代! アナタたちはその礎となりなさい!」
「ぐぬぬぬ……。なんか言ってるコトよくわかんないけど、アイツら弾幕ごっこする気はないようね!」
「……どうする、穣子?」
「そうね! とりあえず、これ以上、里で暴れられると困るから、いったん里の外におびき出しましょう!」
「そうだね。でもどうやっておびき出そうか。私が何か虫呼ぶ?」
「いえ、ここは私にまかせて!」

 穣子は、大きく息を吸うと、腹の底から声を出して二人に言い放ちます。

「やああああぁーーーい! そこのぺんぺん草あぁー! オマエなんか、鍋で煮込んでおひたしにして食べてやるんだからねぇーーーー!」
「なんですって!? 誰がぺんぺん草よ!?」
「くやしかったらここまでおいでー! おしりぺんぺん草ー!」

 などと言いながら穣子は、あっかんべーをしながら里の外へ逃げ出します。

「ぬぬぬっ! 待ちなさーい! 私たちも行くわよ!! あのふざけたイモに焼き入れてやんないと!」
「あ、姉さん! 待ってよー!?」

 まんまと穣子の挑発に乗っけられてしまった二人も一緒に里の外へ。

「……よーし、ここなら思う存分やり合えるわね!」
「と、言ってもどうやって応戦するの?」
「弾幕ごっこする気がないならこっちも対抗してやるまでよ!」
「対抗って、どうやって」
「こうやってよ!」

 穣子はフトコロから当たり前のようにサツマイモを取り出し、それにエイヤッと、神の力を注ぎ込みます。するとなんというコトでしょう。サツマイモがバズーカー砲に早変わりしたじゃありませんか!

「じゃーん! イモで作ったバズーカー! その名もイモバズーカー!」
「うわー……。まんま過ぎるネーミングー」
「オラー! これでもくらえー! もずくどもー!」

 さっそく穣子は付喪神姉妹に向かって、イモバズーカーをハデにぶっ放します。しかし二人には当たらず。

「うっわ。危なっ!? あのイモ、なんつーモン撃ってくるのよ!?」
「ちっ! よけたか! じゃあ、もういっぱーつ!」
「させるか!」

 妹の方が琴をポロォーンとかき鳴らすと、その衝撃波でイモバズーカーが木っ端みじんに。
 どうやら、元がイモだけあって耐久性はゼロのようです。

「うあー!? 私のイモバズーカーがー!?」
「……うーん。あの二人、近づかなくても攻撃できるってのは厄介だね……。しかも攻撃も見えないし。なにか仕掛けがあると思うんだけど」
「仕掛けねぇ……?」

 穣子は上空の二人をじっと見つめます。すると……。

「あ! リグル! 見て! アイツらの後ろになんか箱みたいなの浮いてるわ!」

 穣子の言うとおり、彼女らの背後に四角い何やら装置のようなモノが浮いているのが見えます。

「きっとあれがマジックアイテムに違いないよ! 穣子」
「よーし! じゃあ、あれを壊せばいいのね!」
「む、気づいたか! でも、させないわよ!!」

 二人は一斉に楽器をボロボロジャンジャーンと演奏し始めました。するとあたりに次々とジャンジャンバリバリと爆風が巻き起こります。まるでじゅうたん爆撃です! タリホー

「ほぁーら! 近づけるモノなら近づいてみなさいよ! このイモ虫コンビども!」
「ひぃー!? これじゃ近づけないわ! しかも、やっかましいし!」

 と、二人が耳を塞いでひるんでいたそのときです。

「……まったく、ひっどい騒音ね」
「アンタは!?」
「メイド長さん!?」

 いつの間にか穣子たちの目の前に、紅魔館のメイド長こと咲夜の姿が。
 更に彼女は、その手に姉妹の後ろに浮いていた箱の形したモノを携えてます。

「……ふーん。どうやらこれが元凶みたいね?」
「……ああっ!? いつのまに!? 姉さん! あれ見て!」
「あ、ちょっと!? アンタそれ返しなさいよ!?」

 と、二人が慌てて咲夜に近づこうとしたそのとき、空中に魔方陣が描かれたかと思うと、その中から紫のローブを羽織った紫もやし、もといパチュリーが姿を現し、咲夜からその箱を受け取ります。

「……残念だけど、それはできない相談だわ。……ふむ、これはどうやら空気の振動に準ずるモノの波動を増幅させて衝撃波や爆風に変えているようね。どこで手に入れてきたのか知らないけど、なかなか面白いアイテムじゃない。……でもしょせんはオモチャ。チチンプイプイっと。はい、これでこの装置は無力化したわ」
「なっ……!?」

 二人は慌てて楽器を弾きますが、ボロボロベンベンと音色が空しく響くだけで何も起きません。

「姉さん! 大変よ! 攻撃が!」
「そ、そんなのわかってるわよ!」

 思わず慌てふためく二人。そこに日傘を持った金髪の少女が笑みを浮かべて現れます。

「あ、アンタは!?」
「フランドールさん!?」
「穣子、リグル。お二人ともごきげんよう」

 フランドールは髪をかき上げ、穣子たちに優雅にお辞儀をするとパチュリーからマジックアイテムを受け取ります。

「咲夜。パチュリー。ご苦労さま。ふーん、これがマジックアイテム。誰が作ったか知らないけど、こんなモノは……。こうよ」

 彼女が手にぐっと力を入れると、マジックアイテムは砂となって消えてしまいました。

「あぁーーーっ!? 私たちの『マイジェネレーション』が! なんてコトをしてくれんのよ!?」
「……アレそんな名前だったの」
「変な名前」
「うっさいわよ! そこのイモ虫ども!」
「……さて、付喪神さんたち。まだ、ここで暴れる気?」
「うう……っ!」
「ど、どうしよう!? 姉さん!」
「うぐぐぐぐぅーっ……!! これで勝ったと思うなよぉーっ!?」
「あ、姉さん! 待ってよーー!?」

 よくある捨て台詞とともに、二人はその場を去って行ってしまいました。

「はいはい。二度と来なくていいわよ」

 そう言って微笑むフランドールに穣子が怪訝そうにたずねます。

「……アンタ、なんで里なんかに……?」
「ええ。里が襲われてるって聞いてね」
「なんでそれでわざわざ……」
「……姉が今まで里に迷惑をかけてしまってたので、せめて私ができるコトをしなくては、と思ったのよ。とは言っても、失った時間は帰ってこないし、罪滅ぼしにすらならないと思うけど」
「……そうだったんですね」
「ま、というわけで、里のコトは私たちにまかせてちょうだい」
「わかったわ!」
「フランドールさんが、味方なら頼もしいコトこの上ないですよ」
「ふふ。そう言ってもらえるとうれしいわ。あ、そうだ! これをアナタにあげましょう!」

 フランドールは、首につけていたハート型のロケットペンダントをリグルに渡しました。

「困ったときにこのロケットペンダントを開いてみて。きっと役に立つから」
「え、そんな。いいんですか……?」
「ええ、もちろんよ。……大事にしてね?」

 そう言ってクスリと笑うフランドールに、リグルは思わず照れくさそうに顔を背けてしまいました。

「あ、そういえば聞いたわよ。アナタたちリバースと戦っているんですってね?」
「え! どうしてそれをアンタが知ってんのよ!?」
「……実はお姉さまがヤツらと関わってたみたいなのよ。どうやら利用されてたようだけど……」
「あらま。なんと」
「……そうだったんですね。それは、なんというか……。災難でしたね」
「ま、もう終わったコトよ。それじゃリグル! 穣子! 頑張ってね!」
「ありがとうございます! フランドールさん!」

 こうしてフランドールたちの力を借りて付喪神姉妹を撃退した二人は、意気揚々とアジトへと戻るのでした。

  □

 一方、そのころ萃香は、霊夢を説得するために神社に訪れていましたが……。

「おい! そこの酔いどれ巫女!」
「ん……? あれ、萃香じゃない。どうしたの? アンタも一緒に飲む?」
「いい加減、目を覚ませよ!」
「へ……? 何怒ってんのよ?」
「オマエがしっかりしてくれないから幻想郷がめちゃくちゃになってしまったんだぞ!? もう少し自覚持てよ!」
「……そんなの知んないわよ! だって、なんか、ある日いきなり妖怪が強くなって暴れ出して、私でも勝てないんだもん! 知ってる? 今の私、ザコ妖怪にも勝てないのよ!? こうなったら、もう放っておくしかないじゃん!」
「おいおい、博麗の巫女としてそれでいいのかよ!?」
「だって、本当に私の力でもどうしようもないんだもん! やってらんないわよ! 博麗の巫女はもう引退よ! 引退!」
「まったく、あきれたもんだな……。紫のヤツはなにやってんだ?」
「さあー? もうずーっと姿見てないし……。どうせ眠ってるか、アイツもヤケ酒あおってんじゃないのー」

 そう言うと霊夢は再び一升瓶をぐびぐびとラッパ飲みしてそのまま縁側にごろりと寝っ転がります。完全にヨッパライです。
 その様子にあきれ果てた萃香は、これを自分だけで説得するのは難しいと判断し、仕方なく一度神社を離れるのでした。

「……はぁ。ダメだこりゃ。思ったより重症だぞ。これは……」

 □

 さて、一方レジスタンスのアジトに戻った穣子とリグルと静葉は、さっそく里での出来事を慧音に報告していました。

「……そうか。紅魔館組が……。それなら里はひとまず大丈夫そうだな」
「そうね! アイツらが守ってくれるなら里は天下太平よ!」
「……では、次はこっちが攻める番だな!」

 そう言いながら二人の前に龍が姿を現します。その手には何やら絵が描かれたカードを携えているようですが……。

「あ! 龍さん!」
「何そのカード……? スペルカードとは、なんか違うよーだけど……?」
「これはアビリティカードだ。これを使うとマジックアイテムと同等の力を発揮出来る」
「へえ、それはすごいわね」
「魅須丸と協力してできるだけ多く用意はした。しかし数にはどうしても限りがある。くれぐれも無駄遣いはしないでくれ」
「オッケー! ありがとー!」

 さっそく三人はカードを手に取ります。
 リグルはカードを見て自分が使えそうなヤツを選び、静葉はカードの効果を龍に一つ一つ聞きながら慎重に吟味し、そして穣子は片っ端から手当たり次第にカードをフトコロにしまい込みました。

……こういう所にも性格が出るモノです。

「よーし! それじゃ、いよいよ乗り込むのね!」
「うむ。私とリグル。そしてあなたたち姉妹の四人でいこうと思う」
「わかったわ。留守はまかせて」
「ああ、頼む。永琳」

 四人は永琳と龍に見送られ、地霊殿を目指して出発するのでした。

 □

 さて、その地霊殿。

 聖は勇儀たちとの戦いに敗れ、牢屋に閉じ込められてしまっていました。

「よっ!」
「……お前は!」

 聖はオリ越しに声をかけた人物をにらみつけます。

「クックック……。ったく、ザマァねえな。レジスタンスの親玉さんよぉ!」

 そう言って、その人物――鬼人正邪は、彼女を見下すように笑みを浮かべます。

「しかしまぁ、呆れたモンだな。僧侶とはいえ、人間の分際で鬼とやり合うなんて」
「いますぐここから出しなさい!」
「バカか? 出すワケなんかねえだろ。その特殊なオリの中でずっと遊んでな。別に暴れてもいいんだぞ? ちょっとやそっとじゃ壊れないようにしてあるからな」

 思わず歯ぎしりをする聖を、正邪が見下すような表情で眺めていると、そこへお燐が現れます。

「正邪さま! ただいま戻りました!」
「お、どうだ? 地上の様子は。どうやら付喪神の二人は失敗したようだな?」
「ええ。どうも里は紅魔館組が守っているようで」
「おお、そりゃコエー。で、それ以外はどうだ?」
「はっ! 今のところ特に警戒されてる様子もなく」
「おーそうか。そんじゃ始めるとすっか。じゃあな! 僧侶サンよ!」
「お待ちなさい!」
「あん……?」
「……あなたにはいずれ罰が下ることでしょう! 覚悟しておきなさい!」
「おー。罰か。そりゃ楽しみにしておくぜ! クックックッ……」

 正邪は、にらみつける聖を見やるとその場を離れ、地霊殿の奥の間へやってきます。
 そこでは針妙丸がチョコンと座布団に座っており、その横にはパルスィの姿が。両者の後ろには大きな鏡がまるでご神体のように鎮座しています。

「お待たせしました。針妙丸さま。お燐が偵察から帰ってまいりました」
「お。というコトはいよいよなのだな?」
「ええ。いよいよですよ。針妙丸さま。さて誰を地上へ送り込みますかな?」
「よし。ここはリーダーである私が決めてやるとしよう! おい、パルスィ! 勇儀と地上へ行って暴れてこい!」
「……了解したわ。フフ。面白いコトになりそうね」

 そう言ってパルスィは笑みを浮かべると、その場から姿を消します。

「……正邪。いよいよもうすぐだな」
「ええ。もうすぐですよ。針妙丸さま」

 そう言って正邪は、立てかけてある大きな鏡に目を向けます。鏡は異様な雰囲気を放ちながら鎮座し続けていました。

  □

 一方、そのころ萃香は自分の能力を使って、過去に神社に居候していた者だけを器用にあつめようとしていました。

「……で、あつまったのはオマエだけかよ?」
「なによー。悪かったわね。私なんかで……」

 しかし、あつまったのはどういうわけか紫苑だけでした。

「うーん。おかしいな。調子悪いのかな……?」
「いったいなんなのよー? 急に呼び出して」
「っていうか、オマエ、神社に居候してたコトあったっけ?」
「一応あったわよー。ごくごくわずかな期間だったけど」
「そうなのか。ま、この際、期間はどうでもいい! 頼む! 霊夢のヤツを説得してくれないか?『異変』の解決に動いてくれって」
「……ええ!? そんなのアンタがやればいいでしょ!?」
「それが、私じゃ説得できなかったんだよー」
「……アンタが説得できないヤツを私ができるわけないと思うけど……?」
「ええい。ダメ元でもいい! もし、やってくれたら、オマエ好みの新しい家作ってやるぞ!?」
「えっ! 本当!?」
「鬼はウソつかん」
「そりゃ助かるわ。今の家、そろそろ崩壊しそうだったのよ。……うーん。わかったやってみる! ……でも、期待はしないでね?」
「おう! 頼むよ!」

 紫苑は萃香にけしかけられるようなカタチで博麗神社へと向かうのでした。
 果たして彼女は霊夢を説得するコトができるのでしょうか……?

  □

 そのころ、夕暮れどきの里。

 里の外れの柵の前に、帽子をかぶった少女の姿がありました。こいしです。表情こそいつもの彼女と変わらない様子ですが、何やらうつむいたままで、たたずんでいます。

 そこへお面をたくさん引き連れた無表情な妖怪が現れます。その妖怪は不思議そうな様子でこいしに声をかけます。

「どうした、こいし」
「んー? あ、その声はこころちゃんだ! やっほー」
「やあ。やっほー」

 こころが無表情のままあいさつをすると、ようやくこいしは顔を持ち上げさせました。

「……で、どうしたんだ? 珍しく元気ないじゃないか」
「あ、わかるー?」
「ああ。わかるとも。なにがあったんだ」
「うーん……じつはー」

 こいしは彼女に、地霊殿で起きているコトを説明しました。
 話を聞いている間、こころの付けている面が、くるくると忙しそうに入れ替わります。
 どうやら感情がめまぐるしく入れ替わっているようです。

「……と、いうわけなんだよー」
「……そうか。よくわかった」
「よかったー。わかってくれて」
「ああ、わかったが。なんだ、そんなコトか」
「ええー。そんなコトー?」
「ああ、そんなコトだよ」
「ひどいやー! 私は割と真剣なのにー。こころちゃんのばーか! いじわるー!」

 それを聞いたこころのお面が猿に変わります。どうやら困ってしまった様子。

「……ああ、いや、すまない。そういうつもりで言ったわけじゃないんだよ?」
「じゃあ、どういうコトー?」
「こいしがやるべきコトはもうわかっているだろうって言いたかったんだ」
「え……?」
「地霊殿を悪いヤツに乗っ取られてしまったんだろう? なら、やるこコトは一つって話だよ」

 彼女の言葉にこいしはしばらくぽけーっとしていましたが、やがてわずかに目を見開いてつぶやくように言いました。

「……やるコトは一つ。……ああ、そっか!」
「わかったか」
「うん! さすがこころちゃんだね! いつでも困ったときには助けてくれる!」
「いやいやそんな。たいしたコトはしてない。でも、こいしの役に立てたのならよかった」
「うん! もう大丈夫!」
「そのようだな。いつものこいしに戻ったようで私もうれしいよ」

 彼女のお面が福の神に入れ替わります。喜びの面です。よきかな。よきかな。

「よーし! 私、ガッツーンとかましてくるよー!」
「そ、そうか。ほどほどにな……?」
「はーい! ありがとう!」

 そう言うとこいしは、満面の笑みを浮かべ立ち上がってふわふわっと去って行きます。
 その様子をこころは無表情で見送るのでした。

  □

 同じころ、穣子と静葉は地霊殿への道を降りていました。
 四人は二手に分かれ、慧音とリグルは正規の入り口から地底に潜り、穣子と静葉は以前、お燐が教えてくれた近道を通ってそれぞれ地霊殿へ向かっていたのです。

「……へえ、こんな裏道があったなんてね」
「お燐が教えてくれたのよ。ここを通れば直で地霊殿に行けるわよ!」
「そうなのね。それはありがたいわ」

 二人が縦穴をゆっくり降りていると、下の方に何やら気配を感じます。

「ん? 待って。下に誰かいるみたい!?」
「あれは……」

 二人を待ち受けていたのは。

「ふふふ……。きっとこの道を通ると思ってましたよ」
「ちっ! 読まれてたか!」
「典。何の用よ」
「そりゃもちろん……」

 そう言って典は試験管のようなものを取り出します。

「むむっ! やる気ね!」
「待って。その前に一つ確認するけど」
「……なんですか?」
「典。あなたはやっぱりリバースの一員なのね」
「ふふふ。これが答えですよ」

 典は、その試験管のようなモノを見せびらかすように振って見せます。

「……穣子。いくわよ」
「うん!」

  □

 一方、霊夢の説得に向かった紫苑はというと。

「あ、あのー……」
「あん? なによ。アンタなにしに来たのよ?」
「あ、いえそのー……」
「もしかしてまた居候しに来たんじゃないでしょうね?」
「ち、違うわよ!」
「じゃあ、なによ?」
「あ、あのさ。霊夢……。いつまでそうやってるつもりなの?」
「あーん? もしかしてアンタも私を説得しに来たっての?」
「そうだよ。萃香に言われてだけど……!」
「はぁ……。ったく。何度言ってもムダよ。だって、私だってどうしたらいいのか全くわからないんだもん!」
「だ、だからって、こんなコトしてても何もならないよ……?」
「じゃあ、どうすればいいのよ!?」
「そ、それは……」

 と、彼女が説得に苦戦しているころ外の萃香は。

「……あの貧乏神、大丈夫かなー。アイツいざというときの押しは強いけど、そこにいくまでがなー……」

 と、やきもきしていたそのとき。彼女の目の前にある人物が姿を現します。

「よっ! 誰かと思えば萃香じゃないか! こんなとこでなにしてんだ?」
「あ!? オマエ……!?」

 その人物は驚く萃香に向かってニッと笑みを浮かべます。

 戻って紫苑と霊夢はというと。

「もうさぁ。どうでもいいのよ。だって妖怪にすら勝てない巫女なんて何の価値もないもん。お願いだから、もう放っておいてよ!」
「そ、そんなコトないよ。……だって、霊夢は優しいし、懐深いし。この神社に居候している妖怪たちだって皆、霊夢を慕って来てるんだよ?」
「なによ。今度はホメごろすつもり?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど……」
「……それはそれでありがた迷惑な話だけどねー。こっちは別に住み着いてもらいたいわけじゃないし」
「うーん、それが巫女の人徳ってヤツなんじゃないかな? よくわかんないけど……」
「ふーん。ま、それはどうでもいいけど。で、結局、私にどうして欲しいってワケ?」
「え。そ、それは……」

 霊夢が紫苑をにらんだそのときです。

「そんなの決まってるだろう! 博麗の巫女としてこの『異変』の解決に動くんだよ!」

 思わず二人が振り向くとそこにいたのは。

「……アンタは!?」
「……ま、魔理沙!?」

 そう、萃香の元に現れたのは霧雨魔理沙でした。
 彼女は彼女で霊夢を説得するために、偶然神社を訪れたのです。そして、萃香から話を聞いた彼女は、さっそく霊夢の元へと向かったのです。

「……まったく。こんなトコロでいつまでくすぶってるつもりだ? おい霊夢。いいか? オマエがこの『異変』を解決しないといつまでたっても幻想郷はめちゃくちゃなままなんだぞ!?」
「それはそうだけど……。いったいどうすればいいのよ? 今の私は妖怪も倒せないのよー?」
「ああ、そうだな。……だが、別にオマエが弱くなったわけじゃないんだぞ? 妖怪が一方的に強くなってしまったんだ」
「そんなの一緒でしょ!」
「いや。違う! ……どうやらこの『異変』には元凶が存在するようだ」
「……え。つまり、一方的に妖怪の力を強くしてしまったヤツがいるってコト?」
「ああ、そうだ! そいつを叩けばきっと元に戻るに違いない! あとは、いつも通りにオマエのカンを頼りに動けばいいのさ!」

 魔理沙の言葉を聞いた霊夢はしばらくポカンとしていましたが、やがて。

「……ふふ。そっか。そうね。……まったく、なんでこんな簡単なコト気づかなかったのかしら。いつも通りにやればいいだけのコトだったのに」

 霊夢は自嘲気味な笑みを見せながら、一升瓶を床に置くと、すっと立ち上がります。
 その表情はさっきまでののほほん巫女とは打って変わって、赤い通り魔……。もとい、異変解決モードの巫女のソレに切り替わっていました。

「……二人ともありがとうね。おかげで目がさめたわ! あ、そうだ紫苑!」
「はい……?」
「萃香のヤツにも、私のかわりにお礼言っといて!」
「あ、はい」
「……それじゃ、いくわよ!」

 霊夢は勢いよく神社を飛び立っていきます。

「おい待て! 私もいっしょに行くぜ! オマエに渡すモノがあるんだ!」

 魔理沙も慌てて彼女を追いかけます。
 二人が神社から出て行くのを見た萃香は思わずホッと息をつくと思わずつぶやくのでした。

「やーれやれ……。ようやく動いてくれたか。頼んだぞー。霊夢!」

 □

 さて、地底では。

「ふふふ……。ここは簡単には通しませんよ?」
「望むトコロよ! 覚悟しろ! このゲスぎつね!」

 穣子はさっそくアビリティカードを発動させます。

「とりゃー! これでも食らえ!」

 典に向かってレーザーがびよーんと放たれますが、彼女は難なくよけます。

「おっと。おやおや、何やら面白そうなモノを持ってますねえ?」
「ふふん! アンタに勝ち目はないわよ!」
「ほう……?」

 更に穣子はアビリティカードを取り出します。

「穣子。あまりカードを無駄遣いするんじゃないわよ」
「姉さんわかってるってば! オラー! これでどうだー!」

 言ってるそばから彼女は一度にカードを何枚も発動させます。
 カードの効果で、なんか分身したり、タケノコ状の弾が発射されたり、動きが速くなったりしています。ムダに賑やかです。

「ふふふ……。それじゃこちらもいきますよ?」

 典は穣子の攻撃を難なくよけると、手に持っていた試験管のようなものを振りかざします。すると煙状の弾が発射され、穣子に向かって一直線に向かってきました。

「うぉ!? あぶなっ!?」

 穣子は間一髪でよけますが。

「ふふふ……。よけてもムダですよー?」

 彼女がそう言った間もなく弾はUターンして穣子に命中してしまいます。

「ギャーーー!?」

 被弾した穣子はあっけなくダウンしてしまいます。その様子を見ていた静葉は思わずため息をつきます。

「……まったく穣子ったら。ま、でもこれでカード無駄遣いされずにすむわね」
「おや、秋静葉……。アナタもやる気ですか?」
「……ええ、そうね。やるしかないでしょう。あなたはここを通す気なさそうだし」

 そう言って静葉はアビリティカードを構えます。

「ふふふ……。いいでしょう……!」

 典は余裕の笑みを浮かべて彼女を見据えました。

  □

 そのころ、地上では。

「それじゃ始めましょうか」

 パルスィと勇儀が地上制圧に向けて動き出していました。二人は夜も更けた森の中へとやってきていました。

「勇儀。手始めにこの森からおやり!」
「やれやれ……。仕方ねえな」

 勇儀は円状の弾幕を構築し、あたり一帯にぶっ放します。
 轟音とともにまわりの木々が、たちどころになぎ倒されてしまいました。

「うわっ!?」

 偶然木の上で寝ていたミケは、寝ていた木ごと吹っ飛ばされてしまいます。

「いったい何!? 戦争でも起きたの!?」
「よぉ。子猫ちゃん。悪いがここは制圧させてもらうよ」
「悪く思わないでね?」
「なんですって!? ここは私たちのナワバリよ!?」
「そうよそうよ!」

 一緒に居合わせた宵闇妖怪のルーミアも二人に抗議をします。

「フン。いいぞ? なんなら二人まとめてかかってこいよ?」
「よーし望むトコロよ!」
「夜の私はひと味違うわよ! オマエなんか私たちがやっつけてやる!」

 と、果敢にも二人は勇儀に挑みますが、特に大した見せ場も無く、あっけなく敗れてしまいます。
 そのまま二人は泣きながら寺へと駆け込みました。

「うわーん! 響子ー! 助けてー!」
「なになに!? なにゴトよ!?!?」
「森で鬼が暴れてるんだよー!」
「ええっ!?!?!? それは大変!!!!」

 二人から事情を聞いた響子は、思わず寺中に響くような大声を出してしまいます。するとその声を聞いて奥から姿を現したのは……。

「どうしたんですか? 響子。大声なんか出して……」
「あ!!! 星さま!!!」

 奥から姿を現したのは星でした。

「ふむ、先ほどの轟音といい、何かあったようですね。話してごらんなさい」
「は、はい。実はかくかくしかじか、うんぬんかんぬん……」
「なるほど。事情はわかったわ。よし、皆、寺に避難させなさい。結界を張って守ります」
「う、うん! わかった!」

 二人はさっそく他の妖怪たちを集めに向かいます。

「星さま!? またそんな勝手なコトをして……!?」
「心配要りません。聖さまから許可はもらってますので」
「え!? そうなんですか!?!?」
「ええ。それより響子、あなたは避難してきた妖怪たちを誘導しなさい」
「はーいっ!!」

 響子は元気よく寺の入り口の方へ向かい、逃げてきた妖怪たちを案内しはじめます。
 その妖怪たちに混じってマミゾウの姿が。どうやら妖怪たちを寺まで誘導してくれていたようです。

「よし、妖怪たちの避難は終わったぞ」
「ありがとうございます。マミゾウ」
「……さて、どうする? 相手は橋姫と星熊童子じゃぞ」
「ええ。橋姫はともかく、鬼は私たちの力じゃ到底およびもしませんね」
「……なら、わしがいこうか?」
「いえ。それにはおよびませんよ」
「む、なぜじゃ?」

 いぶかしげな様子のマミゾウに星が涼しい顔で告げます。

「ほら、気配を感じませんか……?」
「気配じゃと……? ……む?」

 戻って森では。

「……おいおい、皆、逃げていっちまったぞ。パルスィ、どうするんだよ?」

 あきれ気味に勇儀はなぎ倒された木々の上に腰かけて、思わずため息をつきます。
 パルスィはまわりを見回しながら笑みを浮かべて告げます。

「んー。そうねえ。ジャマ者もいなくなったし、ここをリバース地上侵攻のための前線基地にでもしましょうか。幸い木材もたくさんあるコトだし」
「なるほど……?」

 と、そのときです。
 突然二人の目の前に角の生えた幼女が姿を現したかと思うと、彼女はそのまま力任せに勇儀をぶん殴りました。

「こぉおおおんのボケナスヤローがぁああーーーーー!!!」

 勇儀は吹っ飛ばされ、なぎ倒された木々の中に埋もれてしまいます。その幼女――萃香はパルスィをにらみつけます。

「あら。誰かと思えば……」
「オマエらいい加減にしろ! いいか? 霊夢が『異変』解決に乗り出した。もう、侵略ごっこは終わりだぞ!」

 負けじとパルスィも萃香をにらみつけて言い返します。

「ふん。アイツにリバースを止めることは不可能よ!」
「なんだと? どうしてそう言い切れるんだ!?」
「そんなのどうでもいいでしょ。さあ、勇儀」

 パルスィは例の笛を出すとピロリロリィとふきます。すると笛の音に操られるように倒れた木々の中から勇儀が飛び出してきました。

「……いててて。いきなり何するんだ!? 萃香!」
「うるせぇ! いつまで侵略ゴッコなんかやってんだよ!! こちとら、もうこの生活には飽き飽きなんだ!」
「……さあ、勇儀。やりなさい!」
「……ああ。了解」

 勇儀は萃香を見据えます。

「おいおい、オマエ。いつからそんな女に尻敷かれるヤツになりさがっちまったんだ?」
「うるせぇな。鬼にはそれぞれ事情があるんだよ。それはオマエだって一緒だろ。それに……」
「それに……? なんだよ?」
「いっぺんでいいからオマエとガチで戦ってみたかったんだよ! 伊吹萃香!!」
「はん! 結局、そういうコトかよ! いいよ! 相手してやるよ! 星熊勇儀!!」

 二人が拳を構え、お互いを殴りかかると、それだけで衝撃が発生し、まわりの倒木が吹き飛んでしまいました。

 ……もはや天変地異です。

  □

 さて、地上がまさかそんな状況になっているとはつゆ知らず、静葉は静葉で地底で典と対峙していました。ちなみに穣子はまだ倒れたままです。

「ふふふ……。よけられるモノならよけてみなさいな!」

 そう言いながら典は、例の試験管のようなモノを指でつまんでフリフリさせます。

「ふむ、見たところ誘導弾のようね。たしかにこの狭い空間で、それをよけるのは至難の業でしょう。ならば……」

 静葉はアビリティカードを取り出すとすぐに発動させます。すると彼女のまわりにいかにも固そうなシールドが展開しました。

「こうするまでよ」
「なるほど? よけられないなら防げばいいというわけですか。でも……」

 典は次々と弾を放ちます。弾は次々とシールドに跳ね返されていきますが……。

「ほらほら、どうしましたかぁ? 防いでばかりでは反撃出来ませんよぉ?」

 かまわず典は弾を放ち続けます。すると徐々にシールドにヒビが入ってきてしまいました。

「くっ……」
「ふふふ……。いくら防いだところでムダですよ。この弾は無限に出てきますから。果たしてソレどこまで持ちこたえられますかねぇ!?」

 その後も典が弾を撃ち続けると、とうとうバリーンと音を立ててシールドは壊れてしまいました。

「ああ……っ!」

 その衝撃で静葉は吹っ飛ばされてしまいます。

「ふふふ……。どうやらここまでのようですねぇ。秋静葉」

 典はあきれたような笑みを浮かべながら彼女に告げます。

「……やれやれ、しょせんはその程度ですか。……アナタには失望しましたよ。私の計画の重要なピースとして、もう少しやってくれると思ってましたがねぇ?」
「……どういうことよ」
「……ふう。ま、いいでしょう。どうせ最後ですし、冥土の土産に教えてあげますよ。私の『壮大な計画』を」

 典は倒れ込んでいる静葉に近づき、仰々しく腕を広げるとゆっくりと語り出しました。

「私の計画。……それは、この世界をあるべき姿に戻すコトです。そう、あるべき姿とはすなわち、この幻想郷が幻想郷たる姿というコト。元の姿とも言うべきでしょうかねえ」
「なぜ、あなたがそんな大それたことをわざわざ……」
「……まあ、簡単に言えば飽きてしまったんですよ。今のサツバツとした幻想郷……。この、弱肉強食で、強かな者だけが生き残れる世界ってヤツに」
「それって……」
「それで『ある人』と協力して、この世界をあるべき姿に戻す道筋を立てたのです。アナタたちは本来なら私の計画にはいない存在だった。言ってしまえばイレギュラー。しかし、予想に反してアナタたちはよく動いてくれました。まぁ、それもここまでのようですがね」
「……そう。それが、あなたの言う『壮大な計画』ってやつなのね。たしかにやってることはこの世界のためになることかもしれないけど、そのために私たち、いや、幻想郷の多くの人々を巻き添えにしているのは、感心しないわね。その『ある人』ってのにもそう伝えておきなさい」
「……ふふふ。さて。お話はこれで終わりですよ」
「待って。一つだけ教えてちょうだい」
「……なんですか。往生際が悪いですね」
「……大ムカデの妖怪に何かを吹き込んだのはあなたなのかしら」
「……ああ。彼女ですか?」
「やっぱりそうなのね」
「……彼女は私が言ったコトを勝手に違った解釈して勝手に暴走しちゃったんですよ。やっぱり彼女を利用しようとしたのは失敗でしたねえ。力は強いが、いかんせんオツムが……」
「……そう。納得したわ」
「それはよかった。それでは今度こそごきげんよう、秋静葉。永遠の刻を彷徨え!」
「……ふふ。それはどうかしら」

 至近距離で弾幕を放とうとする典に対し、静葉はニヤっと笑みを浮かべるとすかさずアビリティカードを発動させます。するとおびただしい数の弾が即座に発射され、典に襲いかかります!

「なっ!?」

 慌てて典はよけますが、弾は軌道を曲げ、彼女めがけて向かってきます。

「こっこれは……!? ぐあっ!!」

 被弾した典は、たまらず吹っ飛ばされてしまいました。
 今度は静葉が倒れ込む彼女へと近づいていきます。

「……このアビリティカードは、受けた分の攻撃をそのまま蓄積させて、相手にはね返す力を持っているのよ」
「ぐっ……。これは、うかつ、でしたね」
「面白い話をしてくれてありがとう。でもね。あなたに一つ言っておく。あなたが何を企んでいようと関係ないわ。私は私の道を進むだけよ。それじゃ……」

 静葉が穣子を起こして先へ進もうとすると、すかさず典が呼び止めます。

「お待ちなさい……! 秋静葉」
「……何よ」
「忠告しておきますが……。あなたではこの『異変』は解決出来ませんよ……?」
「……どういうことよ」
「この『異変』の解決に必要不可欠な人物がいるってコトです」
「それは誰のことかしら」
「……ふふふ……。いずれわかりますよ。いずれね……!」

 そう言いながら典はすっとその場から姿を消してしまいました。

「ほら、穣子。終わったわよ」
「ふぇ……? あれ? アイツは?」
「逃げたわ」
「そっか。次あったら絶対タダじゃおかないんだから!」
「ええ、そうね……。さて、それじゃ行きましょうか」

 典を撃退した二人は、再び地霊殿を目指して進み始めるのでした。

  □

 一方、静葉たちとは別ルートから地底に侵入した慧音とリグルは、旧地獄街道へ来ていました。
 旧地獄街道は一時は焼け野原となっていましたが、現在復興中のようであちこちの建物が立て直し中、あるいは修復中となっています。その中を二人は歩いて進みます。

「ふむ。どうやら、見た感じ復興は順調のようだな」
「たしか、レミリアの襲撃でやられたんでしたっけ……?」
「ああ、そう聞いている」
「なぜ、レミリアはここを襲撃なんかしたんでしょうか……?」
「さあな……。それは彼女に直接聞いて……」
「ああ、それはだな。彼女は利用されていたのさ」

 突然、何者かが会話に割り込んできます。

「誰!?」
「その声は、まさか……」
「やあ。久しぶりだね。慧音」

 二人の目の前にニヤリと笑みを浮かべて姿を現したのはナズーリンでした。

「……へえ。何者かがテリトリーに侵入したと聞いてやってきたが、そうか。キミだったか」
「ナズーリン……! 本当に裏切ったのか?」
「……やれやれ、勘違いしないでくれたまえ。慧音」
「なに……?」
「……私は、はじめから誰の味方でもないよ」
「……き、貴様! 私たちをだましていたというのか!?」
「ま、利用はさせてもらったさ」

 思わず悔しそうに歯を食いしばる慧音をナズーリンは冷ややかな表情で見やります。

「……ナズーリンさん!」
「ん? キミは確か……」
「レジスタンス一員のリグルです! レミリアが利用されていたってのはどういう意味ですか!?」
「……ああ。知りたいかい? 彼女は我々、リバースにとってジャマだったのさ。なんせあのケタ外れの力。敵に回したら恐ろしいコトこの上ないからね。それで彼女へ懐柔して協力者のフリをした。そして私がレジスタンスの一員として動いて手に入れた情報を彼女に知らせていたのさ。逐一ね」
「……まて! それじゃ彼女がこの旧地獄街道を襲撃したのは……!」
「そうさ。我々が仕向けさせたんだよ。その方が何かと都合がいいからね?」
「貴様。なんてことを……!」
「ああ、そうそう。もう一つ教えてやろう。彼女は一人で同盟軍に挑んできてただろう? あれも我々の入れ知恵さ。なぜだかわかるかい?」
「なに……!?」
「……ええと、両者を少しでも消耗させるため……?」
「まあ、当たらずとも遠からずってとこか」

 そう言うとナズーリンはフトコロから鉄の板のようなものを取り出します。どうやらアレが彼女のマジックアイテムのようですが……。

「すまないが、ここを通すわけにはいかないのでね」
「そうかならば……。貴様を倒すまでだ! ナズーリン!」
「おやおや、怖いねぇ。言っておくが、キミたちがアビリティカードなるモノをもって強化していることは既に先刻承知だ。……なので、ここは私も助っ人を呼ばせてもらうよ」
「何……?」

 ナズーリンは合図を送るように指をパチンとはじかせます。その合図とともに三人の目の前に姿を現したのは……。

「お前は……!」
「お燐さん……!?」

 そう、お燐です。彼女はナズーリンに目配せをするとふっと笑みを浮かべます。

「よし、お燐。この二人を始末するぞ」
「りょーかい」
「そんな! お燐さん!?」
「もしかして、操られているのか!?」

 慧音の言葉にお燐は涼しい顔で答えます。

「……いや。あたいは正常だよ。あたいはあたいの意志で動いているのさ」

 すかさずリグルが、お燐に言い放ちます。

「そんな……。見損ないましたよ。あの時、居酒屋で落ち込んでいた自分が立ち直れたのは、あなたの温かい言葉があったからだったというのに……。あれは全部ウソだったんですか!?」
「……ねえ、リグル。世の中ってのはさ。一言では言い表せられないモンなんだよ。……それがわからないオマエさんは、まだまだ子どもってコトさ」

 彼女の言葉に思わずリグルはがく然としてしまいます。

「さて、申し訳ないけど、キミたちには、ここで退場してもらうよ」
「そういうわけさ。悪く思わないでおくれよ」
「……やるしかないぞ。リグル」
「……わかりました!」

 慧音の言葉で我に返ったリグルは、フトコロからアビリティカードを取り出し、二人を厳しい表情で見つめるのでした。

  □

 そのころ寺では……

「うわおっ!? なによこの揺れは!? いったい何ゴト!?」
「鬼同士のケンカですよ。ムラサ」
「なんだって……!?」

 森で勇儀と萃香が戦っているせいで、森から離れた寺にまで、激しい衝撃が伝わってきています。

「うーん。しかし、これはまたハデにやってますねえ……」
「……星、放っておいてよいのか? このままじゃ寺が壊れるぞ?」
「うーん。できるなら止めたいところですけど……」
「けど……?」
「……どう考えてもムリですよね。これ」
「う、うむ。確かに……。こんなのに巻き込まれたらたまったもんじゃないわい」
「……と、いうことなので、我々は我々が出来ることをやりましょう。では行きましょう。マミゾウ」
「うむ!」
「と、いうわけでムラサと一輪は、ここの結界が壊れないように見張っていて下さい」
「あ、はい」
「お気を付けて!」

 星とマミゾウは寺を出て夜空へ飛び上がります。
 二人が森の方へと向かうと、空中に人かげが。パルスィです!
 どうやら鬼達の戦いを上空から眺めているようです。

「……やはり彼女が、地底から鬼を連れてきたようですね」
「たしか、あやつはパルスィと言ったか……?」

 星は紙切れを取り出し、その内容を読み始めます。

「ええ、水橋パルスィ。橋姫の異名を持つ地底の妖怪。その緑色の目が特徴で、嫉妬深いことで有名であると、彼女の持つマジックアイテムは……」
「ん? 何じゃ。そのメモは」
「ああ、ちょっとある人から情報をもらいましてね」
「ほぉ……?」
「それはそうと、あいつを撃退すれば、きっと鬼も撤退することでしょう」
「ほう、そうか。よし、ではワシがいっちょう遊んでやるとするかい」
「おや、あなた一人で?」
「ふぉっふぉっふぉ! おぬしが出るほどでもあるまい!」

 マミゾウは笑い声を上げながら変化の術を使います。するとドロンという音とともに、身の丈、九尺もありそうな大男に変化します。
 ちなみに上半身裸です。なんてハレンチな!

「おい、キサマ! ここで何をしている!!」
「な、何よアンタは……!?」

 マミゾウが変化した大男を見て思わず動揺するパルスィ。まあ、ムリもありません。

「わし……。ゴホン。オレは。……この森の守り神だ!」
「も、森の守り神!?」
「そうだ! この森に危害を加えるヤツは何人たりともゆるさん! フフフ……。どうだ、こわいか?」

 マミゾウはそう言って鬼のような形相でパルスィをにらみつけます。

「そ……。守り神かなんだか知らないけど。……ねたましいわ! ぶっ潰してやる!」

 パルスィも負けじと緑の目を光らせてにらみ返します。どうやら脅しは逆効果だったようです。

「ほ、ほう、このオレとやろうというのか!? なら神罰を食らえ!」

 こうしてとうとう、二人も戦闘状態になってしまいました。夜空に二人の弾幕が花火のように飛び交います。
 当然その様子は下の鬼たちからも見えました。

「ん? なんだぁ? 上でも誰かがドンパチやってんのか?」
「そうみたいだな。……だが、よそ見してる場合じゃないぞ! 勇儀ぃ!」

 スキありとばかりに萃香は勇儀の顔面に拳をたたき込みます。

「いってぇ……っ。このっ! やりやがったな!?」
「戦いの最中によそ見する方が悪いんだよ! ばぁか!」
「ヤロウっ! おかえしだ!!」

 今度は勇儀が萃香の脇腹に拳をたたき込みます。強烈なボディブローです。

「……うげえ……っ! ……相変わらずバカ力め……!!」
「ふん! こちとら、伊達に怪力乱神を司ってはいないんだよ!」
「なろぉおおー! 頭にきたぞー!」
「こっちもだ! カクゴしろ!」

 二人そろって、目にも見えない速さでの拳や蹴りの応酬がはじまります。

「うらうらうらうらうらぁーーーーー!!」
「おらおらおらおらおらおらぁーーーーっ!」

 二人の叫び声が夜の森にこだまします。

「……うーん。なにやら、ずいぶん下の方がいっそう賑やかになってきましたね。こっちはこっちで始まってしまったし。さて、どうしたものか」

 一人置いてけぼり状態になってしまった星は、上の様子や下の様子をうかがいながら、どうしようかと考えていました。そのときです。
 彼女のすぐそばを何かが横切ります。

「おや……? この気配は……。まさか?」

  □

 戻って、上空の二人はというと……。

「……なんだ。オマエの力はその程度か?」
「ちっ……。見かけによらずトリッキーなヤツね」

 自称、森の守り神(マミゾウ)は余裕そうな様子で、パルスィを見下ろしています。片や大妖怪、一方はヒラの妖怪。力の差は歴然です。

「くっ。しゃらくさいわ! こうなれば奥の手よ!」

 パルスィは例の笛を取り出すと軽やかに吹き始めます。

 ピロリロリィー

「……ん? 笛?」

 するとどこからともなく、桶に乗った妖怪が飛んできます。

「やれ! キスメ!」

 キスメが乗った桶はそのまま守り神(マミゾウ)のテンプルを直撃します。

「うぐぉっ……!?」

 たまらずマミゾウは正体をあかしてしまいました。

「……あ! 誰かと思えばオマエは化けダヌキ!? なーんだ。驚いて損したわ! よくもダマしてくれたわね!」
「くっ……。ぬかったわい!」
「フン! 正体さえわかればもう怖くなんかないわ! いくわよ!」

 彼女が再び笛を吹くとそれに呼応するようにキスメは、一直線にマミゾウへ襲いかかります。
 形勢逆転です! 激しい攻撃に防戦一方となってしまいます。

「むむう!? なんじゃこれは。もしかして、あの笛で操っておるのか……!?」

「……ああ、あれが例のマジックアイテムの笛ですか。なるほど。あれで対象者を自由に使役してるのですね。ならばあの笛をなんとかすれば」

 様子を見ていた星は彼女の笛に気づくと、フトコロから宝塔を取り出します。そしてそれを高々と掲げると、宝塔からまばゆい光とともに光線が発射されました。

「さあ、おゆきなさい!」

 彼女の号令で光線はグネグネと曲がりながらパルスィへと向かっていきそのまま笛に命中します。
 笛はバァーンと音を立てて真っ二つに割れてしまいました。

「ああ……!? 『ソロモンの笛』が! せっかく正邪からもらったのに!」

 笛が割れると、キスメはどこかへ飛んでいってしまいました。やはり笛に操られていたようです。
 星は満を持してとばかりにパルスィの目の前に姿を現します。

「……手荒なマネしてすいませんね。パルスィ」
「……あ、オマエは命蓮寺の……!? さっきのはオマエの仕業か!」
「許してくださいな。こうするしか手がなかったので……」
「よくも……!」
「さて、頼りの笛はもうないぞ! 橋姫よ!」
「大人しく手を引きなさい」

 マミゾウと星がパルスィを見据えると、彼女は緑の目を光らせながら二人をにらみます。

「おのれっ……! かくなるうえは!」
「む?」

 次の瞬間、彼女は下に向かって大声で呼びかけます。

「おーーーーいっ! 勇儀!! こっちに来なさーーい!! 私を助けなさーーーい!!」

 するとほどなくして

「……なんだ。お呼びか?」

 地上から彼女が現れます。その姿を見た二人は思わず目を丸くしてしまいます。

「……フフ! さあ、あのにっくき化けダヌキと毘沙門天をやっちゃいなさい!」
「……了解!」

 彼女は拳を握ると、輪っか状の弾幕を作り出します。そしてパルスィに向かって放ちました。

「ちょっと!? 私じゃないわよ!! アイツらよ!? ちょっと勇儀!?」

 慌てるパルスィに彼女は言い放ちます。

「……ひっかかったな! バーカ!」
「なっ!? オマエは……!?」
「あははははっ! 泣く子も黙る大妖怪、封獣ぬえさまだよっ!」

 そう、彼女は勇儀ではなくぬえでした。彼女の正体不明の種でパルスィには彼女のコトが勇儀に見えていたのです。

「ぐっ……!!」

 更にそのとき、どこからともなく放たれた白い糸がパルスィの体をぐるぐる巻きにしてしまいます。

「う、この糸は!?」
「いい加減にしろ! パルスィ! もう戯れは終わりだ!」

 糸が放たれた先には、彼女をにらみつけるヤマメの姿がありました。その脇にはキスメも寄り添っています。

「……さあ、橋姫よ。もう観念するがよい」
「……うぅ」

 さすがの彼女も、まわりからの厳しい視線にさいなまれ、思わず戦意喪失してうなだれてしまうのでした。

  □

「……お、上が静かになったようだな……。どうやら決着がついたみたいだ」
「……そのようだな。そんじゃこっちもそろそろケリつけるとするか! 萃香!」
「ああ、いいぜー! と、その前にだ……」
「なんだよ……?」
「おい教えろ! オマエなんで橋姫なんかに従ってんだよ?」
「……ソレ、この場面で聞くか? フツー」
「ああ。知りたいな。見たところ、ただ笛に操られてただけじゃないんだろ?」
「……つまらん理由だぞ」
「へえ、どんなだ?」
「結局、聞くのかよ。……ま、アイツもなかなかかわいそうなヤツなんでな。ちょっと付き合ってやってるだけだよ」
「はーん。情にほだされたってヤツか。ま、オマエらしいな」

 萃香の言葉を聞かずに、勇儀は無言で杯の酒を全部飲み干します。

「ぷはーっ……! そんじゃいくぜぇっ!! 萃香! 次の一撃が我ら最後の別れとなるだろうよ!!」

 そう言い放つと盃を投げ捨てます。

「おう! その言葉そっくり返してやる!! 勇儀!!」

 負けじと萃香もひょうたんの酒を一気にあおると、勢いまかせに巨大化します。

「うぉおおおおおおおおおああああーー!!」
「うおりゃああああああああああーー!!」

 お互いの渾身の一撃が放たれ、ぶつかり合うと、あたりは一瞬昼かというくらいまばゆい光に包まれ、雷鳴のような轟音がとどろきます。その衝撃で周辺の土がめくれ、大量の砂煙が舞い上がり、上空のマミゾウたちに直撃しました。

「ぶわぁー!? なんじゃこれはーーーっ!?」
「ゲホッゲホッ……。どうやら鬼たちのせいのようですね」
「おい! 星! マミゾウ! 砂煙で何も見えないぞ! なんとかしろ!」
「はいはい。ぬえ。……少々お待ちを」

 目に涙を浮かべながら星が宝塔を掲げると、まばゆい光とともに砂煙が消え、視界が戻ってきます。そして地上を確認すると、クレーターのようにえぐれた地面の上で、ボロぞうきんのようになって倒れ込んでいる二人の鬼の姿がありました。

「……や、やるな。萃香ぁ……」
「……オ、オマエ……こそな。勇儀ぃ……」

 そう言って二人とも気絶してしまいます。あまりの惨状にマミゾウは、ため息をつきながら思わずつぶやくのでした。

「やれやれ……。なんともひどい有りさまじゃないか。全くあきれたもんじゃわい……」

  □

 ところ変わって、ここは地霊殿。
 例の鏡の間にいる針妙丸と正邪の元にお燐が現れます。

「針妙丸さま! 正邪さま!」
「なんだ。お燐。騒がしいな」
「何かあったのか?」
「はい。フェアリーの報告によると、パルスィと勇儀がやられたようです!」
「な、なにぃ!?」
「おいおい、マジかよ……」
「どうやら命蓮寺の一味にやられたようです」
「お、おい、正邪どうするんだ? 貴重な戦力が……」
「フン! まあ、いい。しょせんアイツらは捨て駒だ」
「し、しかし……。正邪。アイツらは我々の主戦力じゃ……」
「大丈夫ですよ。針妙丸さま。私たちにはコレがあるじゃないですか!」

 そう言って彼女は、部屋の奥に鎮座ましましている大きな鏡に目を向けます。

「この鏡……。ですか?」

 不思議そうな様子で鏡を眺めるお燐に、正邪は含み笑いを浮かべて告げます。

「……クックック。そうさ。コイツはタダの鏡ではない。『幻夢鏡』と言ってマジックアイテムを超える存在。……その名もスーパーマジックアイテムなんだ!」
「スーパーマジックアイテム、ですか……。いったいどんな力を持ってるんです?」
「おっと、それは企業秘密だ。……と、言いたいところだが、オマエはよく働いてくれてるからな。いいぜ。特別に教えてやるよ」
「それは恐悦至極」
「いいか。一度しか言わないからよく聞けよ。コイツはな。一言で言えば、持ち主が思い描いた世界をそのまま現実に変えてくれるシロモノなんだよ」
「思い描いた世界……。ですか?」
「……そうだな。例えばの話、私が妖怪の力だけが強くなる世界を思い描いたとしよう。するとなんと、その思い描いた世界が、そっくりそのまま、この鏡を通じて現実の世界へと反映されるんだ」
「へぇー。なるほど。それは確かにスゴイ……。って、もしかして……!」

 何かに気づいた様子のお燐に、正邪はニヤリと笑みを浮かべて言い放ちました。

「……ああ。そうさ。この世界の妖怪が急に強くなったのは、この鏡の力。そして、その世界を思い描いたのは、他の誰でもないこの私!」
「……それじゃまさか『あの日』ってのは……。もしかして」
「そうだ! 何もかもぜーんぶ私のせいだ! ハハハハハハッ!!」

 と、高笑いをあげる正邪にすかさず針妙丸が言います。

「おい! 正邪! 助言したのは私だぞ? 妖怪の力をみんな強くして仲間に引き入れようと言ったのは、この私だ!」
「ええ、わかってますとも。自分はあくまでも実行役で、今回の首謀者はアナタですよ。針妙丸さま」
「まったく。……いいか? 正邪。この組織のボスはな。オマエではなく、この私なのだと何度……」

 お燐は二人の話そっちのけで魅入られたように鏡を見つめます。そして彼女が思わず鏡に手を触れようとした瞬間、針妙丸が声をかけます。

「あ、そうそう。ちなみに、この鏡は一度使うとしばらくは使えなくなってしまうんだぞ」
「……あ、そうなんですか?」
「ほれ、見てみろ。ここにゲージがあるだろう? コイツが満タンになればまた、この鏡を使えるようになるんだ」

 彼女の言うとおり、よく見ると鏡の下に温度計のような赤いゲージがあります。そのゲージの赤い部分が端まで届きそうになっています。

「なるほど。って、もうすぐたまりそうなんですかね。これは」
「ああ、そうだ。次にコイツがたまったら、今度こそ世界はひっくり返るぞ! そう! 弱いヤツが上に立ち、強いヤツは弱者となる。文字通り下克上の世界が始まるのだ!」
「へぇ。……それは実に楽しみですねぇ」

 正邪は含み笑いを浮かべ彼女に告げます。

「クックック……。ま、それまでもう少しだけ働いてくれよ、お燐。あ、そういえば、侵入者の始末、ご苦労だったな」
「ああ、いえいえ。あれはどちらかというとナズーリンの手柄ですよ……」
「またまたー。そんな謙遜しなくていいんだぞ。あ、そうだ! 世界を手に入れた暁にはオマエにも領地を分け与えようじゃないか! お燐! 世界の半分くらいでいいか?」
「おやおや、それはなんと太っ腹なコトで。針妙丸さま」
「ワハハハッ! 楽しみにしておくがいい!」

 そう言って高笑いをする針妙丸を横目に、お燐は『幻夢鏡』に目を向けます。
 鏡は異様な雰囲気を放ちながら鎮座し続けています。
 ふと、正邪が思い出したように、お燐へ話しかけます。

「あ、そうだ。お燐! オマエに聞きたいコトがあったんだ」
「あ、はい、なんでしょうか?」
「典のヤツがどこに行ったか知らないか?」
「……ああ。あたいも用事があってフェアリーつかって探してるところなんですが、見つからなくて……」
「まったく。こまめに報告しろと言ってるのに。アイツは有能だが、自由すぎるのが玉にキズだな」
「い、いや、ホントまったくですねえ……」

 そう言ってお燐は、思わず苦笑いを浮かべるのでした。

  □

 そのころ、穣子と静葉は地霊殿の近くへとやってきていました。遠くに宮殿のような建物が見えます。

「ふむ。あれが地霊殿なのね。穣子」
「そうよ! あそこにさとりやお空がすんでるのよ!」
「本来ならば……。ね」
「そう。本来ならば……!」
「それにしても、まがまがしいオーラを感じるわね」
「うん! いかにも敵の本拠地って感じよね!」
「……で、どうやって中に侵入する気なの」
「え……? どうやってって……?」
「このまま正面から入ったらすぐに見つかってしまうでしょ」
「それはそうだけど……」
「見つからないように侵入するルートとか事前に調べてないの」
「いや? まったく……」
「……あなた、どうする気だったのよ」
「いやー。このカードを使いまくって正面突破かなーって……」
「……いくらなんでも無鉄砲すぎるわ。それに言ったでしょ。カードを無駄遣いするなって」
「いや、そうは言ってもさ。こんなスゴイ力持ってるんだから使わなきゃもったいないじゃん? それにまだまだこんなにあるし!」

 そう言って彼女はフトコロからたくさんのカードを取り出して見せます。

「はぁ……」

 思わず静葉は額に手を当ててため息をついてしまいます。と、そのときです。

「ねえ! そこの穣子さん! それと……。えーと、そこの赤いお姉さん! こっちこっち!」
「ん……?」
「誰かしら」

 二人に声をかけたのは、鴉を彷彿させるような黒い大きな羽根に、ボサボサの黒い長い髪の妖怪。その右手には棒のようなモノ――制御棒が装備されています。そう彼女は……。

「あ! アンタは! お空!?」
「穣子さん! お久しぶりでーす! はーい! お空でーす!」
「アンタ、もう大丈夫なの?」
「はーい! おかげさまで! もうこの通り元気全開でーす!」

 そう言ってお空は、陽気にその場で跳ねるようにくるりと一回転します。前にあったときとはまるで別人のようです。

「……アンタ、全然キャラ違うわね。ま、あっちの時がおかしかったんでしょうけど」
「はーい! あの時は本っ当、大変でしたよー! もー!」
「……まあ元気になったようで何よりだわ!」
「……ねえ、二人とも。つもる話をしたいのはわかるけど、ここにずっといるのはキケンじゃないかしら」
「あっ! そうだ! 忘れてた! 二人とも私について来て下さい! 隠れ家でさとりさまが待っていますよ!」
「え!? さとりが!?」
「そう。はやく行きましょう」

 お空の案内で二人は、さとりの隠れ家へとやってきました。そして彼女がいる部屋の扉の前まで案内されます。

「さとりさま! 二人を連れてきましたー!」
「ご苦労さま、おくう。下がっていいわよ」
「はーい!」

 そのままお空は、軽やかなステップでその場から去って行きます。ムダにテンション高いです。

「二人とも。どうぞ。お入り下さい」
「そんじゃ、遠慮なく……」

 戸を開けて部屋の中に入ると、部屋の真ん中にあるベッドから体を起こしているさとりの姿がありました。
 疲れからでしょうか。少しやつれているようにも見えます。

「アンタ。……大丈夫?」
「ええ、ご心配なく。少し疲労が出てしまっただけですので」
「ふむ。あなたが地霊殿の主のさとりなのね」
「ええ。はじめまして秋静葉さん。アナタのことはうかがっていますよ。色々裏で動いてくれていたようで……」
「たいしたことはしてないわよ」
「そんな謙遜はいりませんよ」
「……あれ? さとり。そういえば、アンタいつもみたいに心読まないの?」
「……ええ。疲労がたまると心を読む力も弱くなってしまうので、そういうときは、このように普通に会話しています」
「なーんだ。そうなのね。アレ面白かったのに」
「……まあ、やろうと思えば出来ますよ? ……ふむ。穣子さんアナタは今、焼きイモのことを考えてますね?」
「お! さっそくバレた! ほら、姉さんこの人スゴイでしょ!? 心の中が読めるのよ!」
「……そうね。でもアナタが焼きイモのことを考えているのはいつものことでしょう」
「う、それはそうかもしれないけど……」

 二人のやりとりにニヤニヤしていたさとりでしたが、仕切り直すように真顔になって二人に告げます。

「……さて、穣子さん、静葉さん。お願いがあります」
「なによ。お願いって?」
「既にご存じかと思いますが、地霊殿はリバースという組織に乗っ取られてしまいました」
「……ええ。そのようね」
「奴らから地霊殿を奪い返してくれませんか?」
「モチのロンで、そのつもりよ! ソイツらを壊滅させればやっと穏やかな日々が戻ってくるんでしょーし!」
「ありがとうございます。きっとそう言ってもらえると思ってました」
「ええ! やったるわよー!」

 と、ヤル気満々な様子の穣子。すると静葉は何やらフクザツそうな表情でさとりにたずねます。

「……ふむ。主さん ちょっといいかしら」
「はい。なんでしょうか?」
「あなたはこの『異変』について、私たちに何か隠してないかしら」
「え……?」
「……ねえ。この『異変』は本当に私たちが解決すべきなのかしら」
「ちょっと。姉さん!? 何を言い出すのよ!」

 静葉の思わぬ発言に思わずあぜんとしてしまう二人。構わず静葉はさとりにたずねます。

「……主さん。地霊殿を取り返すためには具体的に何をすればいいの」
「……地霊殿の奥にある『幻夢鏡』を壊して下さい」
「ゲンムキョウ……。ってことは鏡かしら」
「ええ。そのとおり、地霊殿の奥にある大きな鏡です」
「……ふむ。きっと強大な魔力を持ったものなのでしょうね」
「お察しの通り。とても危険なシロモノです。というのもアレは持ち主の夢を現実に反映させてしまう力を持っているのです」
「夢の具現化……。 その鏡の出所とかわかるかしら」
「いえ、そこまではさすがに……。すいません」
「……そう。ともかく首謀者の二人はその鏡の力を使って、今回の『異変』を起こしたということは間違いなさそうね」
「そっか! じゃあ、その鏡をブッ壊せば、この変になった幻想郷も元に戻せるってコトなのね!? そんじゃ、早く正邪ってヤツをとっちめないと! あとなんだっけ、しんとく丸?」
「針妙丸よ。ぜんぜん違うわ。穣子」
「そ、そう! ソイツ! とにかくその二人をなんとかすればいいのね!」
「はい。でも、一筋縄ではいきませんよ。何しろ二人はありったけのマジックアイテムを所持しています。私の弾幕や能力も通じませんでしたので……」
「ふむ。それは確かに厄介ね。でも、きっと大丈夫よ」
「そーよ! なんてったって私たちにはこのすんごいカードが……!」
「だって、この『異変』を解決するのは私たちじゃないから」
「そうそう。私たちじゃ、この『異変』の解決は……。って。は……?」
「え……?」

 あっけにとられる二人に彼女は告げます。

「この『異変』は私たちでは解決できないのよ」
「ちょっと姉さん! なに言ってんのよ!? トチ狂ったの!? もしかしてこのカードの副作用とか!?」
「いえ。私は正常よ」

 さとりは訝しそうな表情で、静葉を凝視します。どうやら心を読んだようです。

「……静葉さん。アナタ……」
「……わかったかしら。それが私の答えよ。主さん」

 そう言って静葉は、不敵な笑みを浮かべるのでした。

  □

 さて、夜の暗闇の中で話をする二つの怪しい人物の姿が。

「……ご苦労さま。もうすぐね」
「はい。ようやくですよ。本当に」
「ところで、彼女らはどうするつもり?」
「そうですねえ。出来れば元のところへ帰してあげたいところですが」
「そうね。それは私も賛成だわ。……彼女はなんて?」
「それが、要検討中とのコトですよ。まあ色々忙しいのはわかりますけどねえ。とうとう最近は、呼びかけても返事すらくれませんよ」
「……ま、彼女らしいわね」
「はぁ。……さて、それじゃあそろそろ行ってくるとしますか」
「気をつけてね。幸運を祈ってるわ」
「ふふふ……。ありがとうございます。それでは……!」

 そう言ってその人物のウチの一人は、こーんこーんと姿を消します。残った方の人物も空の月を見上げ、しばらく眺めていましたが、ほどなくして姿を消すのでした。

 □

 そのころ穣子と静葉は、さとりの隠れ家を出て、地霊殿の入口の扉の前にやってきていました。
 本当は裏口から侵入しようと思っていたのですが、どうやらさとりが言うには、正面から入った方が安全だろうとのコトで……。

「……ふむ、まさか正面から堂々と入ることになるとはね。本当に大丈夫なのかしら……」
「だいじょーぶよ! 館の主がそう言ってたんだから間違いないわ!」

 自信満々に答える穣子。思わず静葉がボソッとつぶやきます。

「……アナタのその楽天的なところ、たまにうらやましくなるわね」
「姉さんが色々考えすぎなのよ。それはそうと、いよいよね……! 腕が鳴るわ!」
「……穣子。何度も言うけど、余計な戦闘はさけるのよ。私たちの目的はあくまでも……」
「わかってるわよ! 館の奥の何かスゴそうな鏡を壊すんでしょ?」
「……恐らく普通の鏡ではないわ。そう簡単は壊せないでしょう」
「そのためにこのカードの力を使えばいいってコトでしょ? わかってるって。それじゃ入るわよ!」

 穣子は扉を開けて館の中に入ります。

「おじゃましまーす……」

 館の中は薄暗く、静まりかえっています。二人は物音を立てないように中を進みます。

「……静かねー。誰もいないのかしら?」
「ふむ。何かワナがあるかもしれないわ。気をつけて進みましょう」

 二人が恐る恐る奥へと進むと、廊下に何かが横たわっているのが見えます。

「あれは……!」

 二人が急いで駆け寄って確認すると、それはリグルと慧音でした。

「……リグル! それに先生! 二人ともしっかりして!」
「こ、ここは……?」
「地霊殿の中よ」
「何……。地霊殿だと? 私たちは旧地獄街道にいたはずでは……」
「え……? それって」
「いけない。穣子。これはワナよ」
「へっ……?」

 そのとき急にまわりが明るくなり、二人の目の前に何者かが姿を現します。
 その特徴的な丸い耳と細い尻尾にあざけるような表情……。そう、その正体は。

「……やれやれ。まさか正面から堂々と侵入してくるとは思わなかったよ。せっかく裏口にトラップをたくさん仕掛けておいたのに」
「アンタは……! 出たわね!」
「ネズミの妖怪。……そう、あなたがナズーリンね」
「ハハハッ! いかにも私がナズーリンだ。ここにコイツらを置いておけばきっと寄って来ると思っていたよ」
「この裏切りモノめ! この穣子大明神さまが成敗してくれるわ!! このー! このー!」

 穣子はナズーリンに向かって念を送るようなポーズで威嚇します。

「……確かに、今のあなたには祟られそうだわね」
「ハハッ! 私を倒す? それはどうかな」
「……穣子! アイツのマジックアイテムに気を付けて!」
「え? どんなのなの? リグル!」
「穣子。来るわよ」
「えっ?」

 言ってるそばから光の壁のようなモノが迫ってきて、穣子吹き飛ばしました。

「ギャーー!?」

 吹っ飛んだ穣子は、もんどりうって壁にぶつかってそのまま倒れてしまいます。

「ふむ。これは……。どうやら魔法壁のようね」
「そのとおり。このマジックアイテム『神の見えざる壁』で生み出された魔法壁は、あらゆるものを跳ね返す力を持っている。そして……」

 ナズーリンがパチンと指をはじくと、いくつもの魔法壁が発生し、その壁と壁がぶつかった瞬間、バァーーンとはじけ飛びます。

「このように壁同士をぶつけることで、爆発を起こすコトが出来るのさ。つまり防御だけではなく遠隔攻撃も可能という、まさに攻防一体の武器というコトになるわけだ」

 得意げな様子で説明するナズーリン。そのとき穣子が復活します。タフさだけが取り柄です。

「ぐぬぬぬ……。たしかに厄介な力ね! でもっ!!」

 穣子は手当たり次第にアビリティカードを発動させると、ナズーリンに突撃します。

「ウラァーーーーー!! くらいりゃぁあああああっ!!」
「おやおや。文字通り神風特攻というワケかい。だが、この魔法の壁でキミたちの攻撃はふせぐぞ!」

 ナズーリンは穣子の特攻を防ごうと目の前に魔法壁を展開させます。

「甘いわよ。ネズミさん。私を忘れないで」

 彼女が穣子に気を取られているスキに静葉は、気配を隠して背後に忍び寄ると、すかさずアビリティカードを発動させます。

「む!? しまった! う、うごきが!」
「どうかしら。みとり印の金縛りカードは」

 彼女が動けなくなると同時に魔法壁が消え、そのまま穣子の特攻を食らったナズーリンは吹っ飛ばされ、部屋の壁に激突し、たまらず床に倒れ込んでしまいました。

「どやぁ!! これぞ秋姉妹ならではの息のそろったツープラトン攻撃ってヤツよ!」
「……協力する気なんてゼロだったくせに」

 静葉の冷たい視線もお構いなしに穣子は、両手でピースを作ってリグルたちに向かって勝ち誇っています。

「穣子! まだ終わってないよ!」
「ヤツが目覚めたぞ。気をつけろ!」
「えっ!? もう!?」

 二人の言うとおり、ナズーリンはあっさりと起き上がります。やはり彼女も『異変』の影響で強くなっている模様。
 ナズーリンは一息をつくと二人に言い放ちます。

「やれやれ、二対一か。さすがに少々分が悪いな。それじゃあ、私も仲間の力を借りるとしようか!」

 そう言って彼女が指パッチンをすると。

「ほいほい。待ってましたっと」

 そう言いながら、どこからともなく現れたのはお燐でした。

「あ……!?」
「……やはり現れたわね」

 お燐は二人に向かって笑みをうかべて告げます。

「……穣子。それに静葉さん。悪いけど二人にはここで消えてもらうよ」
「こらぁー! お燐っ! そこのネズミ女はともかく、アンタまで裏切るとは思わなかったわよ!?」
「ま、悪く思わないでおくれよ。あたいにも色々事情があるのさ」
「……ふむ、どうやら戦うしかなさそうよ。穣子」
「……あんまり気が進まないけど……。やるしかないのね!」

 穣子たちはアビリティカードをもって構えます。対するナズーリンとお燐は。

「よし、お燐。こんなヤツらに時間をかけるのも時間のムダだ。手っ取り早くアレをやるぞ!」
「了解! それじゃあフォーメーションG発動!」

 ナズーリンは魔法壁をあたりに張り巡らせ始め、お燐はフトコロから鈍色に輝く銃のようなモノを取り出します。

「さて、オマエさんたち! あたいのマジックアイテムはコレだよ!」
「それは……。銃……?」
「そう。その名も『霊銃(レイガン)』さ! 使用者の霊力に応じて威力が変わるってヤツだよ」
「……ふむ、怨霊を操るあなたにうってつけの武器ってわけね」
「さて、それじゃお二人さん! いくよ!」

 お燐が銃の引き金を引くと、無数の青白い光線が発射されます。しかしその光線は穣子たちとは別の方向へ飛んでいきます。

「やーい! へたくそー! どこ狙ってのんよ。私たちはここ……」

 と、穣子が挑発した瞬間、光線はナズーリンの作り出した魔法壁にガキガキガキィーンと反射して穣子たちの方へ一斉に襲いかかってきます。

「ひょげぇえええっ……!?」

 間一髪のところで二人はなんとか光線をよけました。

「これは……。反射攻撃ってわけね」
「そうさ。コイツは壁の角度を変えればどこにでも攻撃が出来るんだ! 申し訳ないけど二人に逃げ場はないよ!」
「ハハハッ! キミたちに未来はないというワケさ」

 再びお燐が銃を発射すると、ガキガキガキィーンと反射した光線が穣子に命中します。

「ギャーーーー!?」

 煙を上げて倒れる穣子には目もくれず、静葉は苦々しい表情を浮かべるリグルたちの方を見ます。

「……私たちは、あの攻撃にやられたんだ」
「……ああ。あの光線がどこから飛んで来るか全く読めなくてな」
「なるほどね。確かに厄介な攻撃だわ。……でも」

 静葉は二人にフッと笑みを浮かべるとナズーリンたちの方を向きます。

「さて、次でチェックメイトといこうか。神さま」
「……あら、それはどうかしらね」

 静葉はフッと笑みを浮かべると二人に言い放ちます。

「言っておくけど、私たちはあくまで時間稼ぎに過ぎないわ」
「時間稼ぎだと……? どういうコトだ」
「私たちはあくまで前座って意味よ」
「……ほう。つまりキミたち以外に真打ちがいるってコトかい?」
「ええ。そうよ」
「それじゃ、登場してもらおうじゃないか。その真打ちとやらに!」
「……焦らなくても、もうすぐ来るわよ」
「なに……?」

 と、そのときです。突然ドォーーンという轟音が鳴り響いたかと思うと、あたりに砂ぼこりが舞い上がります。そしてその砂ぼこりにかくれて何者かが立っていました。

「……オマエは!?」
「まさか……!」

 その人物は、その黒髪を手で払いながらあたりを見回すと言い放ちます。

「……ふう。よし! どうやらここが敵の本拠地で間違いなさそうね! 私のカンがそう伝えているわ!」

 そう、その正体は霊夢でした。
 彼女はどうやら異変解決モードになっているようで、お祓い棒で武装し、その全身からは赤い殺気がにじみ出ています。

「……おいおい、ノックもせずに入ってくるなんて、ずいぶん不躾じゃないか」
「ノック……? 扉なんてどこにもなかったけど? 入り口の扉は何か勝手に開いてたし」
「……やれやれ、こんな不良巫女にはお仕置きが必要だな。そう思うだろう? お燐」
「ああ。同感だよ」
「なんでもいいけど、そこどけてくれない? 私はアンタらじゃなくて奥にいるヤツに用事があるのよ!」
「そうかい。だが残念ながら、私はキミに用事がある。奥へ行きたければ……」
「あたいたちを倒してみろ!」
「ふーん。どくつもりがないなら退治するまでよ!」
「お燐! やるぞ!」
「ほいきた!」

 二人はすかさず例のフォーメーションを展開させます。

「さあ、よけれるモノならよけてみろ!」
「……ん? 何する気?」

 お燐が銃の引き金を引くと、いくつもの光線が放たれ、壁に跳ね返って霊夢に襲いかかります。

「うわっ!?」

 霊夢はそれをさっとかわします。

「ちょっと! いきなり何するのよ!?」
「先手必勝さ! 異変解決モードのキミは普段より強いからね」
「ふーん。あ、そういや聞いたわよ。アンタら弾幕ごっこする気ないんだってね? そっちがその気ならこっちもその気でいかせてもらうわよ!」

 そう言うと霊夢は陰陽玉を取り出し、それを床でまりつきのように弾ませ始めます。

「アイツからもらった特製陰陽玉の力、……見せてあげるわ!」

 霊夢はその陰陽玉を手に持っているお祓い棒ではじきます。グワァラゴワガキーン!

「む、何をする気だ……?」

 するとその陰陽玉は、あちこちに反射しながらはねとび、魔法壁を次々と壊していきます。そしてあっという間に全部打ち砕いてしまいました。

「なんだと……!?」
「ふふん。次はアンタらがこうなる番よ!」

 間髪入れず、彼女の陰陽玉がゴム鞠のようにはじけとびながら二人に襲いかかります。不規則な陰陽玉の動きに二人は防戦一方です。
 その様子を静葉たちはボーゼンと見ています。完全に見物客状態です。ちなみに穣子はまだ気絶しています。

「す、すごい……。本気の巫女ってこんなに強いんだ!」
「……もしかして、秋神さまが言っていた時間稼ぎとは……」
「ええ、そうよ。彼女がここに来るまでの時間よ」
「……しかしなぜ?」
「『異変』の解決は巫女の専売特許だもの。それにこの世界のバランスと秩序がずっと崩れたままだったのは、彼女が動かなかったから。でも、ここにきてようやく彼女は元凶を掴むことができたから動けたのよ。恐らくあの二柱が手配したのでしょう」
「……なるほど?」
「そうこうしているうちに決着ついたみたいよ」

 静葉の言うとおり、ナズーリンとお燐が地面にヘタり込んでいます。どうやら霊夢が圧倒的勝利をおさめたようです。

「うーん。こりゃたまらん。よし、ここはいったん退却するぞ。お燐!」
「おっけー。たいさーん!」

 二人はそのまま奥の部屋へと逃げていきます。心なしかなんか楽しそうに見えますが……。

「こら! ちょっと待ちなさいよ! アンタたちに聞きたいコトあるの! ってもう! 人の話聞きなさいよ!」

 霊夢も追いかけて奥の部屋へと行ってしまいました。

「あ、行っちゃった」
「……さてと私たちも追いかけましょう。奥にある鏡を壊さなくちゃ」
「鏡……?」
「事情はあとで話すわ」

 静葉はキョトンとしているリグルと慧音を尻目に穣子をたたき起こします。

「ほえ……!? もう朝?」
「さあ、行くわよ。いよいよ最終決戦だわ。この長きにわたる戦いにピリオドをうちましょう」

 静葉は皆にそう告げると、奥の部屋へと向かうのでした。

  □

 一足先に、奥の部屋へと向かった霊夢は正邪、針妙丸と相まみえていました。

「おやおや……。誰かと思えばオマエかよ。性懲りもなくまたやられに来たってわけか?」
「アンタは!? ……そうか。すべて理解したわよ! 全部アンタらが裏で仕組んでいたのね!?」
「ああ、そのとおりさ! 私たちの計画にオマエは一番ジャマだったんでな。あの森で、お前の心をへし折ったのも全部計画のうちだったって寸法よ!」
「あんときはよくもやってくれたわね! おかげで秋神のヤツらに醜態をさらけ出しちゃったじゃないのよ!」
「心配すんなって。どうせまたオマエは私に負けるんだ」
「それはどうかしら? 言っておくけど今度は負けないわよ!」
「クックック……。この世界に鬼人正邪の名をのこすためにオマエには死んでもらう! では、そろそろいくぞ!」
「オマエを倒して私と正邪はこの世界の支配者となる!」
「アンタらを倒して幻想郷に秩序を取り戻してやる!」

 三人はそれぞれ相手に言い放つと、武器を構えます。

 そのころ、静葉はリグルと慧音に事情を説明しながら館の奥へ向かっていました。

「……と、いうわけよ」
「なるほど。合点ついた。その『幻夢鏡』とやらを壊せばこの世界が元に戻るというわけだな」
「よし、そうと決まれば……。はやく壊さないと!」

 ところが四人が奥の部屋の前へたどり着いた瞬間、中から「キャーー!!」という悲鳴が。

「今のは!?」

 四人が急いで部屋の中に入ると、部屋の真ん中で霊夢が倒れていました。すかさず慧音が呼びかけます。

「おい、霊夢。大丈夫か?」
「うう……。どうしてアイツに勝てないの……? おかしいわ。攻撃がまるで効いていない……」
「ふむ……。きっと何か小細工を仕掛けてるんでしょうね。おそらくマジックアイテムのどれかなのでしょうけど……」
「姉さん! もしかして例の鏡の力じゃ……!?」
「十分あり得るわね。よし、ハクタクさん。彼女を頼んだわよ。私と穣子とリグルで鏡の間に行くわ」
「ああ。わかった。……武運を祈る!」

 霊夢の介抱を慧音にまかせて、三人は鏡の間へと向かいました。

 □

 地霊殿奥、鏡の間では正邪と針妙丸が祝杯をあげようとしていました。

「わははははは!! ついににっくき巫女をカンペキに倒すコトが出来たぞ! 野望に大きく前進だ!」
「……いや。まだ油断は禁物ですよ。針妙丸さま。城に入り込んだネズミどもを退治しなければ……」
「そんなのナズーリンたちにでもまかせておけばいいだろう! 目には目をハニワにはハニワを! ネズミにはネズミだ! さあ、私たちは祝杯をあげるぞ! 正邪! 盃を持てー!」
「やれやれ……。困ったお方だ」

 と、仕方なさそうにため息をついて、正邪が盃を持ったそのとき。

「見つけたわよ! ここが悪の総本山!」

 勢いよく穣子が部屋に乗り込んできます。

「よくも地底をメチャクチャにしたな!」

 続いてリグルも飛び込んできます。そして

「……どうやら、あなたたちが諸悪の権化のようね。天邪鬼と小人さん」

 静葉もゆっくりと部屋に入ってくると、すかさず二人は三人に言い返します。

「ふん! 悪でも何とでも言えばいいさ! 私は私の理想のために動いているだけにすぎん!」
「そうだそうだ! 我が野望をオマエらにジャマされる筋合いはない!」
「そう。でも安心して。私たちが用あるのはあなたたちじゃないから」
「なに? どういうコトだ!?」
「私たちが用あるのはその後ろにある仰々しい鏡ってコトよ!」
「なに……? オマエらまさかこの鏡が何かわかってるのか?」
「……ええ、そうね。それは『幻夢鏡』と言って、本来この世界に存在しないはずのもの」
「そして、同時にこれがアンタらの力の源というコトも、こちとらまるっと、お見通しよ!!」
「むむむ……。そこまで……!? おい、正邪、どうする?」
「……ほう。どこでその情報を知ったか知らんが、そこまで知ってるとならば、オマエらを生かしておくわけにはいかねぇな!」

 正邪はいくつかのマジックアイテムをもって構えます。

「お待ちなさい。あなたにはいくつか聞きたいことがあるのよ」
「オマエらに教えるコトなんかなに一つねえよ! これでもくらっとけ!」

 正邪は何やら爆弾のような丸い玉を取り出すと投げつけます。

「あれは!? あぶない! みんな逃げて!」

 リグルの呼びかけに三人は慌てて玉から離れます。弾は炸裂して部屋一面に爆風をまき散らしました。

「ギャーー!?」
「あ、穣子が!?」

 運悪く爆風を受けた穣子は吹っ飛んでしまいます。よく被弾する子です。

「よし! 次は私の番だ!」

 続けざまに針妙丸は打ち出の小づちを取り出します。

「ん!? アレは小づち? なんかスゴイ魔力を持ってるみたいだけど……」

 いったいどんな攻撃するのかとリグルが構えていると、彼女は小づちを振りかざし力任せに殴りかかります。

「まさかの物理攻撃!? うわぁーーー!?」

 意表を突かれたリグルは、脳天に一撃を食らってあえなくKOしてしまいました。

「……さて。残るはオマエだけだな」
「クックック。頼りない仲間を持ったコトをあの世で恨め!」

 二人は残った静葉をにらみつけます。静葉は表情を変えず二人を見据えています。

「ふん。そんな虚勢を張っても無意味だぞ。私たちには神に負けない力があるんだ」
「……へえ。それはすごいわね。でも言っておくけど神を殺すことは出来ないわよ」
「クックック。それはどうかな? 紅葉神さんよ」

 正邪は含み笑いを浮かべながら呼び鈴を取り出すと、鈴をチリンチリンと鳴らします。すると目の前にお燐が姿を現します。

「お呼びですか? 正邪さま!」
「おい、お燐。オマエに任務を与える!」
「はっ! なんなりと!」
「コイツをオマエにやる」

 そう言って正邪は何やら文様のついた短刀を取り出し、お燐に手渡します。

「これは。……刀ですか?」
「そうだ。しかもコイツはタダの刀じゃない。神だけを斬るコトが出来るという曰くつきのシロモノさ!」
「ほう。ソレはまた物騒な?」
「お燐。コイツを使ってそこの神をやれ!」
「え……?」

 お燐は思わず、静葉を見ます。静葉もお燐を見つめます。

「……どうしたんだ。お燐。なにを躊躇している。心配するなって。ちゃんと死ぬさ」
「……な、なるほど。わかりました。では……」

 お燐はおもむろに刀を鞘から抜くと、静葉に近づきます。

「お燐……」
「……静葉さん」

 お燐は静葉の手前まで来ると、にこりと笑みを見せ、刀を握りしめて、大きく振りかぶります。そして。

「覚悟!」

 刀を振り下ろすその瞬間、お燐は体をひねって、なんと後ろにいる正邪に斬りかかりました!

「ぐわあっ……!?」

 無防備だった正邪は肩を斬りつけられ、思わずよろけてしまいます。その肩口からは血が。
 針妙丸が青ざめた表情でお燐に言い放ちます。

「な、何をする!? お燐! お、オマエ、血迷ったか!?」

 正邪が出血しているのを確認すると、お燐はにやっと笑みを浮かべて言い放ちます。

「……ああ、やっぱりそうだったか。オマエさんは神と同等の肉体を手に入れていたんだね。……あの人の言ったとおりだ」
「きっキサマ……!?」

 斬りつけられた肩の傷をおさえながら正邪は、お燐をにらみつけます。すかさず、お燐は正邪に向かって刀を構えました。

「おっと! 近づくとこの刀で斬るよ?」
「ぐっ。おのれっ……! キサマァ!」
「……悪いね。ずっとこのときを待っていたんだ。反撃をするチャンスをね! おかしいと思ったんだ。なんで霊夢のあの強烈な攻撃を食らっても平気だったのかってさ。でもコレで合点いったよ。大方、その鏡を使って自分が神と同等の力になるようにしたんだろ。どおりで頑丈なわけだ! わざわざあたいにこの刀を持たせたのは、万が一自分が傷ついたときにバレないようにするためだね!?」
「ぐうぅ……!」

 正邪は苦々しい表情でお燐ににらみつけます。お燐は刀を構えたまま静葉の方をみやります。

「……静葉さん。驚かしてゴメンよ。これも全部作戦だったんだ『あの人』の……」
「お燐。話はあとよ。今は一刻も早くあの鏡を壊しましょう」
「ほい来た!」

 お燐は『幻夢鏡』に向かって霊銃を撃ち放ちます。しかし、光線が直撃しても鏡はビクともしません。

「ありゃりゃ……!?」
「……やはりタダの鏡ではないわね」

 そのときです。

「ええーい! その鏡を壊させるものかぁー!」

 針妙丸が小づちの力で、大きくなって二人に襲いかかってきました。

「うわっ!? 巨大化した!?」
「巨大化と言っても、私たちと同じくらいの大きさになっただけだけどね」
「うるさい! 小人だからってバカにすると痛い目にあわすぞ!」

 大きくなった針妙丸は小づちを振りかざします。その攻撃の威力はすさまじく、振りかざした勢いで衝撃波が発生し、二人に襲いかかります。

「おわっ!? マジかいっ!?」
「お燐。こっちに来なさい」

 静葉はお燐を呼び寄せると、すかさず防御のアビリティカードを発動させ衝撃波ふせぎます。

「静葉さん。このままじゃ……!」
「ええ。そうね。ジリ貧だわ」
「そんなバリヤーなんか、たたき壊してやる!」

 針妙丸は力を込めて小づちを振りかぶります。そしてバリヤーに向かって振りおろそうとしたそのときです。

「南無三!」
「ふぎゃーーーーっ!?」

 針妙丸に向かって強烈な掌底が放たれ、彼女は吹き飛ばされてしまいます。

「これは……」
「な!?」

 突然の出来事にあぜんとしている静葉とお燐の前に姿を現したのはなんと……!

「……ふう。これで一応のお返しは出来ましたね」
「聖さん!?」

 そう、オリに閉じ込められていたはずの聖でした。ちなみに正邪も床に倒れています。どうやらいつの間にか彼女に倒された模様。

「二人とも無事ですか?」
「ええ、私たちは平気よ」
「まあ、二人ほどそこで伸びてるけどね。ところでどうやってあの頑丈なオリから出てこられたんです!?」
「ええ、実は……」

 と、彼女が話をしようとしたそのときです。

「……クックック。オマエら! コレを見るがいい!」

 いつの間にか復活した正邪が、いつの間にか鏡の近くにいました。

「正邪……!」

 聖は正邪をにらみつけて構えを取ります。
 正邪は不敵な笑みを浮かべて皆に言い放ちます。

「クックックッ……。オマエら! 遊びはもう終わりだぞ! もうすぐ『幻夢鏡』のゲージが満タンになる! そうなれば私の願いが叶い、世界は今度こそひっくり返る。そう、文字通り、リバースするんだよ!」

 見ると鏡の下にあるゲージが満タンになりかけています。そうなる前にあの鏡を壊さないと大変なコトに!

「皆さん! あの鏡にありったけの攻撃を! なんとしても壊さないと!」

 聖の呼びかけで皆いっせいに鏡に向かって攻撃を仕掛けます。都合よくちょうど意識を取りもどした穣子とリグルも一緒になって攻撃します。しかし、それでも鏡はビクともしません。

「ムダ! ムダ! ムダぁー! オマエらのその貧弱な攻撃じゃあ、この『幻夢鏡』はキズ一つ付きやしなーい!」
「くっ……! もっと強力な攻撃をあたえなければ!」
「しかし、もう攻撃のアビリティカードは使い果たしてしまったわ」
「静葉さんに同じく……」
「あたいの霊力も底をつきつつあるね……」
「私も芋力がたりないわ……」
「クックック! どうやら万策尽きたみたいだな!? それでは全員そのまま死ぬがいい!」

 そのとき鏡が、まばゆく輝き始めます。ついにゲージが満タンになったのです!

「フハハハハハハッ……! どうやら私たちの勝ちのようだなっ……! さあっ! 今こそ世界変革の時だぁーっ!」

 正邪がコーフンした様子で目を見開き、狂気じみた笑みを浮かべながら鏡の前に立とうとしたそのときです!

 突然、彼女の体に何かが巻き付きます。

「うわっ!? な、なんだ!?」

 よく見るとそれは植物のツルでした。
 あっという間に彼女の体は、ツルにとらえられ、宙づりになってしまします。

「くっ!? なんだこれは!? 誰の仕業だっ!?」

 正邪はもがきますが、相当強い力で締め付けられているようで抜け出るコトできません。

「あれはバラのつる……!? まさか!?」

 と、お燐が訝しんだそのとき!

「はーい。いまから、キョーレツなのガツーンとかましまーす。危ないですので、白線の内側までおさがりくださーい!」

 と、能天気な声があたりに響きます。

「その声は、こいしさま!?」

 お燐が呼びかけた次の瞬間。

「がっつぅーーーーーーーーーーーん!!!」

 というかけ声(?)とともに、こいしが鏡に向かって両手を掲げたポーズで体当たりをかまします。
 その衝撃たるや凄まじいもので、まるであたりは地震が起きたかのように大きく揺れ、あちこちから建物のきしむ音が響いてくるほどでした。
 あまりの衝撃に思わず全員その場でしゃがみ込んでしまいます。
 建物のきしむ音とともに、こいしの無邪気そうな笑い声があたりに響き渡ります。
 これはまるで、ちょっとした悪夢です。

「こ、これは! な、なんという衝撃……。なんですかっ……!?」
「……こ、こいしさまは、ああ見えても、れっきとした大妖怪。その力はあたいたちが束になっても太刀打ちできないほどなんですよー……!」

 と、そのときです。あたりにピシッという音が響き渡ります。

「なにぃ!? まさか!?」

 正邪は慌てて『幻夢鏡』に近づきます。しかし次の瞬間。

 バリィイイイイイイン!

 と、乾いた音を立てて、なんと『幻夢鏡』は割れてしまいました。

「うあああああっ!? そんなバカな!? 『幻夢鏡』がぁー!?」

 思わず絶叫する正邪。そのときちょうど針妙丸が目を覚まします。

「針妙丸さま! 大変ですよ! 『幻夢鏡』が!」
「な、なんだ!? いったい何が起きたというのだ!? なぜ鏡が割れて……!?」

 と、彼女が驚きの声をあげていると。鏡の割れた隙間から、突然あやしい光が放たれます。

「な、なんだ!? 鏡の様子が……!?」
「いけない。みんな、鏡から離れましょう」

 嫌な予感を察知した静葉たちは、すかさず鏡から離れます。
 ほどなくして鏡は、異様な気を放ちながらあたりのモノを次々と吸い込み始めました。

「これは! 割れたコトで『幻夢鏡』が暴走しだしたというのか!?」
「……くっ! 針妙丸さま! ここはひとまず退散しましょう。三十六計逃げるにしかずです!」
「うむっ!」

 正邪と針妙丸は、すかさずその場から逃げようとします。ところが。

「おっと! そうは問屋が卸さないっと」

 二人の前に魔法の壁が放たれ行く手を阻みます。

「なっ!? これはまさか!?」

 二人の前に姿を現したのはナズーリンと典でした。

「な、何のつもりだ!? オマエら!」
「まさか!? キサマらも……!」
「お察しのとおりだよ。二人とも」
「……ふふふ。リバースはアナタたちだけのものじゃないというコトですよ」
「……どいつもこいつも裏切りモノばっかりだ!」
「……おやおや裏切りモノですって? ……ふぅ。勘違いもはなはだしいですねえ?」
「なに……?」

 鏡に吸い込まれないように屈んで必死に耐えている二人に向かって、典は得体の知れない笑みを浮かべて告げました。

「……勘違いするなよ? 鬼人正邪、針妙丸。私ははじめからオマエらの味方なんかじゃないんだよ……?」
「……ひっ!?」
「なっ……!?」

 彼女の得体の知れないオーラに思わず二人はすくみ上がってしまいます。

「お、オマエ、いったい何者な……」

 と、正邪が彼女に問いただそうとしたそのとき。

「うわぁーーーー正邪ぁ!! たすけてくれぇーー!?」

 正邪が叫び声に気づいて振り返ると、なんと針妙丸が鏡に吸い込まれそうになっています。
 どうやらさっきすくみ上がったときにバランスを崩してしまった様子。

「針妙丸さま!? 早く私の手につかまって……!」

 正邪は、鏡に吸い込まれかけている針妙丸に手を差し出しますが、届きません。

「うわぁーーーん!! 正邪あああぁーー!!」
「針妙丸さまぁーーー!」

 正邪は決死の思いで身を乗り出し、ようやく泣き叫ぶ彼女の手をつかむコトができました。しかし、身を乗り出したせいで彼女もバランスを崩してしまい……。

「うわああああぁーーーーーー……」

 結局、二人ともそのまま鏡に吸い込まれていってしまいました。
 その様子を見ていた典はにやっと笑みを浮かべ、ポツリとつぶやきます。

「……愚か者のたどる末路ですね」

 正邪と針妙丸を飲み込んでしまった『幻夢鏡』ですが、それでも暴走はおさまらず、とうとう地霊殿の壁の装飾なども吸い込み始めています。

「これはいけない! このままでは建物が持ちません! 私たちも避難しなくては!」
「そんな! 地霊殿が壊れてしまったら、さとりさまに合わせる顔がないよ!?」
「あの鏡さえ収まればいいのだけど、恐らく今、攻撃したところで全部吸収されてしまうでしょうね」
「そんな!? 芋投げてもダメそう?」
「そんなのダメに決まってるでしょ」
「じゃあ、そう言うリグルがなんとかしてよ!?」
「ええっ!? そんな無茶を言わないで……!?」

 と、そのとき、リグルは例のペンダントを思い出します。そう、フランドールからもらったロケットペンダントです。

(そういえば困ったときに使ってと言ってたっけ……!)

 リグルはすぐさまペンダントを取り出します。

「フランドールさん! 破壊の力、かしてください!」

 彼女は、ワラにもすがる思いでチャームのフタを開けました。すると。

――きゅっとしてどっかーーーん!

 彼女の声があたりに響いたかと思った次の瞬間! 『幻夢鏡』のゲージが、ボォオンと音を立てて粉々に砕け散ります。
 すると鏡は、たちどころに静かになっていき、やがてウンともスンとも言わなくなってしまいました。

「やった……のか?」

 ナズーリンが恐る恐る鏡に近づこうとしたそのとき。

「その鏡に近づかないで!」

 振り返ると、そこには慧音に肩を抱えられた霊夢の姿が。

「……その鏡は非常にキケンよ……! 素人が触れてはいけないわ! あとは私にまかせて!」

 そう言って彼女は、何やら念を唱えながら『幻夢鏡』に封印のお札を貼り付けます。

「……これでこの鏡が暴れ出すコトは二度とないはず。あとは私が博麗の巫女として責任もって処分するわ」

 そう言って、霊夢がふうと息をつくと、あたりは静寂に包まれます。

「……ああ。これでようやく本当にすべてが終わったんだ……」

 誰ともなくポツリとつぶやくと、皆、安堵した様子で思わずその場に座り込んでしまいました。

 と、そのときです。

「皆さん。本当にありがとうございました」

 そう言いながら皆の前に姿を現したのは地霊殿の主さとりと、赤と青の特徴的な模様の服を着た銀髪の女性。……そう。

「永琳!? なぜ、あなたがここに!?」

 おどろく聖に永琳は涼しい顔で告げます。

「……ごめんなさいね。聖。私、あなたをずっとだましてたの」
「え……?」

 一同あぜんとする中、静葉が静かに口を開きます。

「……そう。すべてはあなたの掌の中だったってことね」

 永琳は微笑を浮かべたまま何も語ろうとしません。構わず静葉は続けます。

「あなたがそこの管狐さんと手を組んでいることは薄々気づいてたわ。彼女は私とあなたしか知り得ないことを知っていたもの」
「なにっ……!?」

 思わず驚きの声を上げたのは慧音です。

「なんだと!? 敵と手を組むなんていったいどういうことだ! きちんと説明してくれないか!? もう、裏切り者ばかりで、こっちは頭が混乱してしまいそうだ……!」

 すると、ようやく永琳は口を開きます。

「ええ、そうね……。それじゃ種明かしといきましょうか。私の『壮大な計画』の」

  □

 永琳は、フッと笑みを浮かべるとゆっくりと語り始めました。

「……そもそもの発端は、鬼人正邪、針妙丸。あの二人がこの『幻夢鏡』を手に入れたことだったわ。『幻夢鏡』は、現実と夢の世界を自由につなげる魔具で、持ち主の夢が現実になるというもの。本来なら夢の世界に存在するものだったけど、どういうわけかそれが現実世界にまぎれ込んできてしまったのよ」
「……そしてあの二人の元へってワケかい?」
「ええ。どういう経緯があってあの二人があの鏡を手に入れて、使い方を知ったのかまではわからない。……もしかしたら、直接夢の世界で手に入れたのかもしれないわね」
「夢の世界でだと? そんなことは……」
「あり得ないとは言い切れないわよ。慧音。前にも似たようなことあったでしょう? 夢の世界の住人が現実の世界に……」
「む。確かにそうだが……」
「……話を続けるわよ。正邪はもともと下克上を狙っていた妖怪。彼女は『幻夢鏡』の力を利用して、まずこの世界の妖怪だけの力を強くしたのよ。いわゆる『あの日』と呼ばれている事件ね。この日を境にして幻想郷のバランスは大きく崩れてしまったわ。人間はもちろん、下手すれば一部の神よりも妖怪は強大な存在となってしまったのよ」
「それにしても、彼女たちはなぜそんな回りくどいことを……? 最初から自分が支配者になるようにすれば、もっと手っ取り早かったでしょうに」
「……ええ、聖の言うとおりね。最初から自分たちが支配者となった世界にしていればもっと手早く野望は達成できていた。しかし、彼女らはそれをしなかった。……考えられるのは、恐らく彼女は鏡の力をまだ信じ切っていなかったのでしょう。それで鏡の力を試す意味も兼ねて、まず『あの日』を引き起こした。それともう一つ。彼女は、どうやら仲間を従えたかったというのもありそうね? ……典」

 と、話を振られた典は、永琳のそばに来ると皆に語り始めました。

「ふふふ……。そうですね。彼女らは単に幻想郷を征服するのが目的ではなく、今まで下層にいた妖怪たちを仲間に集って反乱を起こした上で、この世界を転覆させようとしていたのです。と、いうのも本人いわく、そうしないと世界征服の達成感が得られないとのコトでして」
「なるほど。だからわざわざそんな回りくどいことを……。まあ、何とも業が深いですね……」
「……典には私が直接お願いして、いち早く正邪らの配下に入ってもらったのよ。なるべくバレないようにしてもらってね」
「……まったく。大変でしたよー。なんせ、このコトを知っているのは私と彼女を含め、ごくわずかな者だけでしたからね」
「えーと。ごくわずかな者って……。例えば誰よ?」
「ああ。山の神たちとかですね」
「え!? アイツらは知ってたの!? 私たちには何も言わなかったわよ!?」
「そりゃそうでしょう。トップシークレットですし」
「ぐぬぬぬ……! 同じ神なのにぃ……!」

 腑に落ちない様子の穣子に対し、典はニヤリと笑みを浮かべるとからかうように尻尾を振ります。
 そのとき、それまで黙っていた静葉が口を開きます。

「……ふむ。つまりこういうことかしら。天邪鬼さんたちのせいで、妖怪の力が強くなり、天狗と河童のいがみ合いがはじまった。それを抑えるために山の神たちが動き出した。当然、あの二人は今回の異変の真相も知っていたが、神が必要以上に介入するのはよくないという神特有の考えのもと、とりあえず地上のイザコザのみを手を付けることにした。しかし、二人がそれぞれの妖怪の沈静化にてこずっているうちにレミリアも動き出してしまい、いよいよ収拾がつかなくなってしまった。そのがんじがらめになってしまった状態をなんとか打破するために、あなたが裏で動いていたと」
「ふふふ……。そのとおりですよ、秋神。レミリアがあれだけ強大な力を手に入れてしまったのは本当、予想外でしたし、何よりリバースにとっても野望達成への大きな障害となってしまいました。それでリバースとしては当初、河童と天狗と紅魔館の三つ巴の争いに誘導させて、共倒れを狙おうとしたのです。まあ、途中から河童と天狗で同盟を結ばせる方向になったのは意外でしたがね」

 すると、今度はさとりが口を開きます。

「……それは私が発端ですね。私は今の幻想郷の情報収集をお燐にずっとお願いしていました。何かあったときすぐ動けるようにするためにです。そして彼女が集めた情報により、地上が大変なコトになっているというのがわかりました。もし、レミリアが地上を征服したら次に来るのは恐らく地底。そうならないように河童と天狗で同盟を結ばせてレミリアにぶつけようと試みたのです。もっとも、あとから聞いた話によれば山の神たちも同盟とまではいかなくても、お互いに協力態勢をとろうとは考えていたようですが……」
「そういえばそうでしたねえ。あたいは、はじめこの話を聞いたとき、なんて無茶なコトをしようとしてるんだろうと思いましたよ。さとりさま」
「……あの時は、それが最良の策だったのよ。お燐。私たちが直接地上に介入したら矛先がこっちにも来る。それにリバースのコトもあったから下手に動けなかった。アナタには本当に無茶をお願いしてしまって申し訳なかったわね」
「……ま、いいですよ。おかげさまで無事、目的は達成できましたしね」

 そう言ってお燐はニッと笑みを浮かべます。すると永琳が再び語り出します。

「お燐もスパイとしてリバースの配下となってもらったわ。と、言っても、典やナズーリンよりもずっと後の話だけどね。何しろ彼女はさとりの命で色んな情報を集めていたので、元々顔が広かったのと、レジスタンスともつながりがあった。そんな彼女を利用しない手はなかったわ」
「いやー。あの時はすいませんでしたね。さとりさま」
「……永琳さんから事前に話を聞いていたとは言え、正直驚いたわよ。……でも、あの時のアナタは結構ノリノリだったわね。旗なんか掲げちゃって」
「いやーあははは……」

 と、苦笑するお燐をさとりはジト目でみやります。すると今度は慧音がナズーリンにたずねます。

「ああ、そうだ! ナズーリン! お前にもに聞きたいことがある」
「なんだい? 慧音。……ああ、もしかして裏切りについてかい?」
「ああ、そうだ。お前はいったいいつからリバースと繋がっていたんだ?」
「いつからもなにも……。あのノートのとおりだよ」
「ノート……。我々が地底と手を組もうとしているところをレミリアに漏らしたことか?」
「いや。もっと前の話さ。なんだ、きちんと読んでないのかい? せっかく目立つところに置いておいたのに……。この様子だとぬえのヤツもきちんと伝えてないようだな……。まったく困ったモノだ」

 呆れてため息をつくナズーリンに、聖が告げます。

「……あのノートは私が最初から最後まで読ませてもらいましたよ。ナズーリン」
「……ああ、そうか。なら私が改めて語るコトもないだろう。聖」
「……元々レジスタンスは地上の惨状を何とかしたかった私と、私と同じ意志を持っていた永琳によって結成されたものです。……そして私は寺の者たちもレジスタンスに引き入れました。もちろん、あなたも。……しかし、ナズーリン。あなたはレジスタンスに入る前からリバースの一員だったのですね?」
「……そのとおりさ」
「な、なんだと!? と、いうことは……」
「そうだよ。慧音。私は当初、リバースのスパイとしてレジスタンスに介入していたんだ。しかし、次第にリバースのメンツとウマが合わなくなってね。私は星にこのコトを打ち明けたんだ」
「……それで星はなんと言ってましたか?」
「『あなたが正しいと思うことをすればいいでしょう』と、さ」
「そう。実に彼女らしい……」
「そして考えた末に、永琳に話をして、はじめからレジスタンス側のスパイだったというコトにしたのさ。つまり、リバースを裏切ったんだ。……結果的にとは言え、旧地獄街道をあんなコトにしてしまったのは申し訳なく思っているよ。いくら計画のために必要だったとはいえね」
「……ええ、そうですね。あのレミリア襲撃による損害は極めて甚大でした。土地の地主として到底許せるモノではありません」
「……ああ、そうだろうね。私はいかなる罰でも受けるつもりだよ。地霊殿の主さん」
「……しかしですよ。ナズーリンさん」
「……ん?」
「旧地獄街道の復興活動を通じて、土地の支払いが滞っていたグータラ鬼たちを強制的に働かせるコトができました。そしてヤツらが働いて得た収入から土地代を徴収するコトも出来たので、今回は特別にチャラにしたいと思います」
「……な、なんだと?」

 思わずあぜんとするナズーリンにさとりが告げます。

「ほとほと困っていたんですよ。どうしようもない鬼たちは本当にどうしようもないので。なにせ酒飲んで酔っ払って暴れるだけですからね。でもヤツら、力だけはムダにあるので、こういう仕事はピッタリだったんです。……いっそ、これからは時々、わざと街を壊してアイツらの働き口を作ろうかしら。なんてね」
「……さとりさま。そんなコトしたらまた、みとりが怒りますよ?」
「ふふふ。そうね。冗談よ、お燐」

 二人のやりとりを尻目に、再び永琳が口を開きます。

「……今、本人が言ったとおり、ナズーリンは元々リバースの一員だった。しかし彼女から、レジスタンス側に入りたいと私にじきじきオファーがあったのよ。たしかに彼女は、裏切り者かもしれないけど、同時にリバースを内部から崩壊させるにはうってつけな人材でもあった。だから、思い切って彼女を受け入れることにしたの。リバースのメンバー情報の提供を条件にしてね」
「改めてお二人の寛大な処置。感謝するよ……。本当に申し訳なかったね」

 ナズーリンは永琳とさとりに深々と頭を下げます。
 すると聖が困惑気味な様子で永琳に告げます。

「それにしても永琳。組織を内部から崩壊させるためとはいえ、どうして彼女らのことを私たちにまで黙っていたんですか? ナズーリンは私を牢屋から出してくれた時に真実を打ち明けてくれましたが、他の者のことも含めて初めから教えてくれていれば我々がここまで混乱することもなかったのに……」
「聖。昔から言うでしょう。敵を欺くならまずは味方からと」
「そうだろうとは思っていましたけど、いくらなんでもやりすぎよ……」

 永琳は涼しい顔で聖に告げます。

「何事も徹底的にやる。が、私のモットーなのよ」

 思わずため息をつく聖。すると静葉が再び話し始めます。

「神奈子たちの協力もあって天狗と河童になんとか同盟を結ばせることに成功し、更にレジスタンスとも協力してレミリアの打倒にも成功。そして最大の障壁だったレミリアがいなくなったことによって、ついにリバースがじきじきに動き出した。やつらはまず、地底を制圧し、地霊殿を拠点にして地上への侵攻をもくろんだようね。しかし、レジスタンスを筆頭に、その他の協力者が力を合わせてリバースを内外から壊滅させることに成功。そしてすべての元凶だった『幻夢鏡』も博麗の巫女が封印し『異変』は無事解決を迎えた。『異変』解決のために活躍したことで、彼女は巫女としての威厳を再び取り戻し、この世界の秩序も戻ってくることでしょう」
「ええ、きっとね」
「で、竹藪の医者さん」
「……なにかしら?」
「これらはすべてあなたの計画通りだったってことでいいのかしら」

 静葉の問いに永琳はうっすらと笑みを浮かべて答えました。

「ええ。いくつか想定外の出来事もあったけど、概ね計画通りだったわ。天狗と河童で手を組ませて、紅魔館一派を叩き、最後にリバースを内部から崩壊させる。そして霊夢にも『異変』解決のために活躍してもらうことで、この幻想郷に再び秩序を取り戻す。……それが私の描いた『壮大な計画』こと『プロジェクト・リバース』の全貌よ」
「リバースだと……? なぜ、わざわざ敵の組織の名前を計画名に……?」
「慧音。リバースには二つの意味があるのよ。一つは文字通り、逆さまにするという意味。……そしてもう一つは、リ・バース。意味は……。あなたならわかるわね?」
「ああ。……再誕だな」
「そのとおり。今日のこの日をもって幻想郷は文字通り生まれ変わるのよ! ……そう、新たなる幻想郷へと!」

 そう言って両手を広げ微笑む永琳に、一同からは自然と拍手が起き起こります。
 その様子を見ていた穣子は頭をかきながら、思わずぽつりとつぶやきます。

「……うーん。なんか、むつかしいコトはよくわかんないんだけどさー。よーするに、色んな人たちが色んな思惑で色んなコトをやったら、無事『異変』が解決したってコトでいいのかな?」

 静葉は、ふっと柔和な笑みを浮かべて穣子に告げました。

「ええ。そういうことよ。穣子」

 □

 さてさて……。ところ変わって、ここは夢かうつつか……。

「……針妙丸さま。ご無事ですか?」
「うう。なんとかな……、正邪。それにしてもココはドコだ? なんとも気味のわるい……。まるで見たこともないような悪夢の世界だぞ?」
「針妙丸さま。私たちはどうやら『幻夢鏡』に吸い込まれてしまったようです。つまりここは……」

「フフフ。二人ともおいでませ。夢の世界へ……。それとも、ここはお帰りなさいと言うべきでしょうかね?」
「うわ! オマエは……!?」
「現れやがったな! 夢の支配者め!」
「フフフ。お二人の活躍っぷり、ずーっと見てましたよ。この夢の世界からずーーーーっとね。楽しい『夢物語』ありがとうございます」
「おいこら! オマエがくれた鏡のせいで私と正邪はひどい目にあったぞ! どうしてくれるんだ!」
「あらあら。言いがかりはやめて下さいよ。勝手に鏡を持って行ったのはアナタたちでしょう? 私の忠告を聞きもしないで」
「うるさい! いいから、早くこの悪夢から目覚めさせろ! 私には次の計画があるんだ!」
「残念ながら、それはできません」
「なに……!?」
「あの鏡は現実の世界で夢を見るためのもの。ようするに起きていながら明晰夢を見るようなモノです。夢の世界と認識していながら夢を見た者は、早かれ遅かれ、いずれ夢の世界から出られなくなる運命ですので……」
「なんだと? それは困る!」
「……そうでなくともアナタたちは、どこで方法を知ったのか知りませんが、明晰夢を使って、夢の世界で好き勝手やった挙げ句に『幻夢鏡』を夢の世界から盗み出したのですからね。これは本来なら悪夢の牢獄に収容されるくらいのエーキュウ待遇モノの大罪。ですが……。夢の支配者である、この私、ドレミー・スイートが、今まで楽しい楽しい『夢物語』を見せてくれたコトに免じて、ここで一生、ワタシと一緒に暮らすという条件で、特別に許してあげましょう」
「な、なんだと!? ここでオマエと暮らす!? そんなのまっぴらゴメンだ! どうせなら私は正邪と二人きりがいい!」
「そうだ! オマエみたいなうさんくさいヤツと一緒になんか過ごせるか!」
「あらあら。案外、悪い暮らしじゃないですよ?」
「嫌だ! 私は絶対ここから抜け出してやるからな……!」
「フフフ……。……二人とも?」
「うわ、く、くるな! こっちにくるな……!?」
「キサマ! そのピンクのモヤモヤをしまえ! や、やめろ! うわぁああああ……」










「……もう、目覚めなくて良いのよ」










  □

 ……では、秋姉妹の方へ戻りましょう。実はこの『夢物語』は、もうちょっとだけ続くんです。

 さて、今度こそ本当に平和が戻った幻想郷。
 二人も家に戻り、冒険活劇から日常モードへと戻ったように思えましたが……。

「ねねねねねねねえさーーーーーん!!」

 と、穣子は、血相を変えて静葉の元へ走ってきます。

「どうしたのよ」
「たたたたたいへんよーー!!?」
「何があったのよ。そんな青ざめて。また芋でもなくしたの」
「ちがう!! ひひひひひっ雛がいないのっ!!」
「あら、お出かけ中かしら」
「いや、そうじゃなくてー!」
「違うの。それじゃどういうことなの」
「そっそれが雛って存在がいないんだって! 誰も雛のコト知らないってのよ!?」
「……なんですって」
「いったいこれはどういうコトなのよー!?」
「……ふむ、穣子。私、ちょっと出かけてくるわ。悪いけどお留守番お願いするわ」
「あ、うん! 気をつけてね!?」

 静葉は急ぎ足で、どこかに出かけていってしまいました。するとしばらくしてやってきたのは。

「やっほー! 遊びに来たよー!」
「あ、にとり! ねえ聞いてよ! 聞いてよ!?」
「な、なになに? そんな慌ててどうかしたの? また芋でも忘れたの?」
「違うっ! 雛がいないのよ! この世界に雛がいないってのよ!」
「ええっ……? 雛って、たしか、あの厄神さまだよね……?」
「そうよ! その雛よ! ってか他にどの雛がいるってのよ!?」
「いや、そりゃそうなんだけど……。しかし、そりゃいったいどういうコトだ!?」
「そんなの知らないわよ! なんか、ねーさんも慌ててどっか出かけちゃったし……!」
「あ、なーんだ。静葉さんいないんだ。せっかく話があったのに……」
「あ、そーなの? でも待ってりゃそのうち帰ってくるんじゃない?」
「それもそっか。じゃ、お言葉に甘えて待たせてもらうよ。というワケでおもてなしヨロシク」

 そう言うと、どっかりと床に座り込むにとり。すかさず穣子が言い放ちます。

「ええ!? なんでアンタなんかをもてなさなきゃいけないのよ!?」
「なんかとはなんだよ!? 私は客人だぞ。客人はもてなすモノだろ?」
「あいにくキュウリはないけど?」
「なんだって!? おもてなしのキュウリもないとは、なんて非常識な家なんだ!?」
「やかましい! そんなに欲しけりゃ自分で手に入れてきなさい! 里の畑に行けばクサるほどあるでしょ!」
「それは私にドロボウしろってコトかよ!?」

 などと、二人がピースカギャースカ騒いでいると……。

「ただいま帰ったわ」
「あ、ねーさん。おかえり!」

 家に帰ってきた静葉は、なにやら難しそうな顔をしています。

「どしたのさ。静葉さん。そんな顔して」
「……あら、にとり。ちょうどよかったわ。『この世界』についてわかったことがあるのよ」
「え……?」

 静葉は深呼吸をするとゆっくりと口を開きます。

「……二人とも。驚かないで聞いて欲しいんだけど」
「う、うん?」
「な、なにさ……」
「……結論から言うわ。ここは『私たちの知っている幻想郷』じゃない」
「えっ!?」
「なんだって!?」
「……今、文のところに行ってきたの。そして私が知っている人や妖怪についてたずねてみたのよ。そうしたら……」
「そ、そうしたら……? なに?」
「まさか……」
「そのまさかよ。にとり。雛以外にも存在しない人物が多数いたのよ」
「なっ……!?」
「いったいどーいうコトなのそれ!?」
「……そうね。考えられるのは……」

 と、そのときです。

「おやおや、皆さんおそろいでしたか。コレは都合がいい」

 やってきたのは典でした。

「アンタ、何しに来たのよ! どーせまたジャマしにきたんでしょ! さっさとかえれ……」
「待ちなさい。穣子」

 典を追い出そうとする穣子を静葉は制止すると、彼女にたずねます。
「典。何の用かしら」
「ふふふ……。今日は皆さんに見せたいモノがありましてね……」

 そう言いながら彼女は、どこからともなく何かの装置のようなモノを取り出します。

 それは河童のお皿のような形をした何やらうさんくさそうな機械。……そう、なんと!

「あぁーーー!? そ、それは!?」
「『季節操作マシ~ン』じゃないか!?」
「……あなた、どこでそれを」
「ふふふ……。これは危ない機械だったので、私が回収させてもらってました」
「回収したぁ!? アンタに何の権限があって勝手に回収したってのよ!? このゴミギツネ!」
「そうだ! そうだ! コレがあればもっと簡単に世界を元に戻せたかもしれないんだぞ!?」

 と、口をとがらせて抗議する穣子とにとり。しかし静葉は思案ありげに腕組みをして、典にたずねます。

「……ねえ。あなた、いったい何者なのよ。いい加減に正体を現したらどうかしら」
「ふふふ……。そうですね。もう目的も達成しましたし……ね?」

 すると、突然あたりに、妖気が吹き荒れ始めます。そして紫色のもやもやが部屋中にひろがっていき、気がつくと典の姿はそこにはなく、かわりにいたのはキツネはキツネでも、九尾のキツネ。そう……!

「……ふふ。皆さん改めまして。私は八雲紫の式、八雲藍です。あなたたちには感謝しますよ。秋姉妹。そして河城にとり」
「うあぁー!? アンタは八雲のキツネぇーーー!?」
「えっ!? えぇえーーー!? ウソだろぉー!?」

 その正体に驚く二人。しかし静葉はすでに心当たりがあったのか、特に驚く様子もなく、彼女に告げました。

「……そう。そういうことだったのね」
「ずっと、だましてて、ごめんなさいね。でもこれもこの世界の秩序を守るためだったのですよ」

 そう言って藍はニコっと笑みを浮かべます。ちなみに足元には、気を失った典が倒れています。

「……全部話してもらっていいかしら」
「ええ、もちろん」

 藍は縁側に座ると、ゆっくりとコトの顛末を語り出しました。

「……この世界で起きた『異変』についてはもう知ってますね。正邪と針妙丸が引き起こした『あの日』をきっかけに幻想郷のバランスが崩れたということは」
「ええ、そうね。その点について、ずっと疑問に思ってたのよ。あなたたち八雲一家は何をしているのかって」
「ええ。そう思うでしょうね。実は紫さまはすぐにこの『異変』の解決のために動こうとしたんです。ところが『異変』で強大化した地獄の妖怪たち。……ようはヤクザたちですね。やつらが暴れ出してしまったんです。今のやつらが地上へ現れでもしたら、間違いなく幻想郷は崩壊してしまう。紫さまはそれをふせぐために他の賢者たちと一緒にやつらを抑えることで手一杯になってしまったんです」
「……それであなたが」
「そのとおり。私は紫さまのかわりにこの『異変』解決のために動き出しました。まず、この姿のままでは何かと不都合なので、同じキツネの妖怪である典に憑依させてもらいました。そして、随時、紫さまと連絡をとりつつ、同じく『異変』にいち早く気づいた永琳と一緒にこの世界を元の秩序に戻すため色々と奔走していたのです。そんな時のことです。あなたたちが急に『現れた』んですよ」
「え……?」
「私たちが現れた……って?」

 キョトンとした様子の二人。しかし静葉は表情を変えずに藍に告げます。

「……『別の世界線の幻想郷』から私たちが『この幻想郷』へやってきた。と、いうことね。この『季節操作マシ~ン』の暴走によって」

 静葉の言葉に藍はニコッと笑みを浮かべました。

「そのとおり。いやいや、驚きましたよ。突然、時空の大きな乱れが観測されたんですから。まさか別世界の住人が迷い込んで来るとはねえ……」
「……やれやれ、これでようやくすべて繋がったわ。私がこの世界に感じていた違和感も何もかもすべて。……そもそも世界そのものが違っていたということだったのね」
「そしてあなたたちは、この世界がおかしくなってしまったのは自分たちのせいと思い込み、この世界を元に戻そうと動きだしました」
「そ、そうよ! この狂った世界を一生懸命戻そうとしたのよ!」
「申し訳ありませんが、あなたたちのその思いを利用させてもらったんです。……いやあ。実にいい働きをしてくれました。おかげで本当に助かりましたよ」
「ぐぬぬぬ……! 神を利用するとは!! この代償は高くつくわよ!?」
「そうだ! そうだ! ひどいぞ! 一言くらい言ってくれてもよかったじゃないか!」

 と、抗議する二人に藍はニヤッと笑みを浮かべて告げます。

「あら、あなたたちは事故とは言え、時空をねじ曲げたわけですから、本来なら重罪人なんですよ? 実際、紫さまはひどく怒ってましたし」
「えっ? い、いやそれは……。だってやりたくてやったわけじゃないしさぁ。そ、そう! 悪いのはこの得体の知れない機械よ! これが暴走したのが原因!」
「おいおい、待てよ!? 機械のせいなんかにするなよ! そもそもこういう装置を作ってって私に頼んだのはアンタらだろうが!?」
「こんな暴走する機械を作れなんて一言も言ってないわよ!?」
「どんな機械も一回くらいは暴走するモンなんだよ!」

 みにくい罪のなすりつけ合いを始めた二人を尻目に静葉は、藍にたずねます。

「……もしかして、あなたが私たちを『異変』解決に利用したのは、罪滅ぼしの意味合いもあったのかしら。私たちが犯した罪の」
「……そうですね。ま、これは私の独断ですけど」
「それで。わたしたちはどうなってしまうのかしら」
「本当なら存在自体抹消ものですよ。本来、この世界にいてはいけないイレギュラーな存在なんですから。……でも、先ほども言いましたけど、あなたたちはよく働いてくれましたし、私もあなたたちの手柄を交渉の材料にして、紫さまと掛け合ってみたんです」
「そう。それで彼女はなんて言ってたの」
「……今回だけは特別に、元の世界に帰してあげましょうとのことですよ?」
「……そう。それはありがたい話だわ」

 そう言って静葉は、ほっとした様子で息をつきます。藍はすっと立ち上がり三人に告げます。

「さて、というわけで、さっそくあなたたちを元の世界に戻してあげましょう。準備はいいですか?」
「え!? いきなりなの!? ちょっと待ってよ!」
「そ、そうだ。まだ、こ、心の準備ってモンが……!」
「あ、そうだわ! 離れる前にここの皆にもう一度あいさつしたいわね! ヤマメとかリグルとか」
「あ、そうだね! せっかくこっちの妖怪たちとも仲良くなったし。最後に飲み明かしたいよ。ねえ、帰るの明日じゃダメ?」

 にとりの質問に藍は、にっこりと笑みを浮かべて告げます。

「ええ。ダメです」
「そ、そんなー!?」
「そもそもあなたたちがこの世界からいなくなったら、ここの住人はあなたたちとの記憶を全部失いますから意味ないですよ? もちろんあなたたちも元の世界に戻ったらここでの記憶は失いますし」
「えっ!?」
「そ、そうなのか……!」
「……ふむ、そういえば、藍。本来のこの世界の私たちはどこにいるのかしら」
「ああ。あなたたちが来たときに消えましたよ。タイムパラドックスってやつです。まあ、あなたたちが帰ればまた復活しますが」
「そう。……ということは、にとりの記憶が二つあるのって、もしかして」
「おやまあ、そうなんですか? ……うーん。それは恐らくバグみたいなものでしょう。でも大丈夫。元の世界に戻れば、どっちにしろここでの記憶もなくなるので」
「そ、そうなのか。それはそれでなんか寂しいな。ここでの私の記憶も楽しい思い出いっぱいあったし……。ここでの私も、いい仲間にめぐりあえていたんだなぁって……」

 感極まったのか、にとりは涙ぐみ始めます。

「あ、そうそう。秋神さん。最後に一つ教えて欲しいことが」
「……なにかしら」
「あなたは、どうしてこの世界を元に戻すため、あんなに積極的に動いたのです? 神にしては珍しい行動だとずっと思ってましたが、いったい裏には何の思惑があったんですか……?」

 藍の問いに静葉はフッと笑みを浮かべて告げました。

「……それは神の気まぐれってやつよ」

 藍は苦笑しながら首を横に振って静葉に告げます。

「まったく、どこまでも食えないお方だ……。さて、ではそろそろお時間です」

 三人は藍に促されて彼女の前に立ちます。
 いよいよお別れの時が来たのです。

「ねえねえ! こっちの私にもよろしく言っといてよねー!? あと、ちゃんとイモ食べてる? って聞いといてよ! あとそれと……」
「……うう、さよなら『幻想郷』! 良いところだったよ……っ!」
「……藍。それじゃ、いろいろ世話になったわね」
「私こそ、大変お世話になりましたよ。本当に」
「……こっちの私もよろしくね」
「ええ。今度、あいさつでもしに行きますよ。それでは、皆さん……」

 藍が宝玉をかかげると、あたりに空間のひずみが発生します。

「さよーなら!」

 ひずみは三人をあっという間に飲み込みます。そして気がつくと三人は……。



【エピローグ】

「……ここは」
「……ん?」
「……あれ?」

 三人が目を覚ますと、そこは見慣れた秋ハウスでした。

「……ふむ。どうやらいつの間にか寝ていたみたいね」
「いやー。なんかすごくながーい夢を見ていたような気がするんだけど……」
「え……!? 穣子も!? 私もだよ!」
「……不思議なものね。私もよ。白昼夢ってやつかしら」
「んー。でも、肝心な夢の内容が思い出せないのよねー……」
「え……!? 穣子も!? 私もだよ!」

 ……はたしてこれは本当に夢だったのでしょうか?

 三人は起き上がると、新鮮な空気を吸うために外へ出ます。すると……。

「うわっ……!?」
「わーお……!?」
「あら……」

 外は見渡す限り、見事な秋模様となっていました。
 三人は思わずゆっくりと深呼吸をします。
 ふと、静葉が微笑みながら二人に告げます。

「……ねえ。穣子、にとり。私、何の夢を見ていたか思い出した気がするわ」
「え!? 姉さんも!? 私もよ!」
「私も! 私も……!」

 そう言って三人は、ふと、空を見上げます。

 晴れた秋の空は青く澄み渡り、秋風に吹きつけられたウロコ雲がどこまでも長く伸びています。

 三人は、抜けるような秋空の、その更に奥の方へと、それぞれの思いを馳せ続けました。

 まるで、夢の余韻に浸るかのように。

 このうたかたの『夢物語』の終えんを惜しむように――


                          おしまい
投稿100作品目になります。読了ありがとうございました。
バームクーヘン
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.簡易評価なし
1.100海鮮丼丸です削除
な、なげぇ…!
2.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです