「チリン」
という鈴の音が静かな鈴奈庵に響く。誰か客が来たのだろうか?
この真っ昼間に来るのはかなり珍しいが、一体どんなお客さんだろう?私は
「いらっしゃいませー」
といつも通り元気な声を上げ、扉の方を向く。挨拶は心のオアシスだって年明けにどこかの命蓮寺の人が言っていた。
「失礼します。確かあなたは、本居…小鈴さん…だっけ?」
「はい、合ってますよ」
そこにいたのは白いセーラー服を着た、なんとも特徴的な人だった。しかし、私はこの人の事を何一つとして知っていない。名前ぐらいは聞くべきだろうか?そんな事を考えていると、
「あ、すみません。初対面ですよね。」
と困惑しているのを察してくれたのか、謝ってくれた。私としては少し心苦しいので、
「いえいえ、大丈夫ですよ。気にしないで下さい」
と心配させないように声をかける。初めてのお客さんとの接し方も、慣れてくるとテンプレになってしまうのは気にしないお約束。それはともかく、この空気が続くのは互いに気まずいので、やはり名前は聞いておこう。
「すみません。急で悪いんですが名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「村紗水蜜って言います。命蓮寺の舟幽霊です」
「え?舟幽霊?」
少し驚いてしまった。流石に幽霊がここに来るとは思わなかったからだ。いやまあ妖怪とかが当たり前のように来てるのには驚いていないんだけどね?
「ちなみに用件とかがあって来たんですか?」
「まあ、ちょっと気になる事がありまして…」
「気になる事?」
「最近、暇なときに本を読むんですよ」
「良い事じゃないですか」
「面白いな〜って読んでたら変な漢字?みたいなのが出てきて読み方が分からなかったんですよ」
「私以外には聞かなかったんですか?」
「周りに聞いてみても『こんなん見たことない』みたいな反応しか無くってですね…」
「それで私の所に来たと」
「そういうことです」
分からない漢字?周りも見たこと無いってことは相当珍しい漢字なのかな?ひとまず見ないと何もできないのは確か。それを一度見てみたいものだ。
「その漢字ってどんなものですか?」
「あ、メモってきているので今出しますね」
そうして彼女が出してきた紙には、一文字の漢字が書いてあった。
その漢字は、『彁』。一見すると何処かにありそうだが、無いのだろうか?というかどうしてこんな漢字を本に使うのかが一番の謎な気がする。まあいっか
「分かりませんか?」
見たことも無い漢字なので、少し考える。しかし、私にも分からない。本にでも載ってるだろうか?少し漁ってみよう。
「すみません。私にも分からないので少し文献漁ってきますね」
「あなたにもわからないんですか……」
「それほど謎なんですよ」
そうして本棚を漁る。それでもやはり『彁』の文字は分からない。その時、ある本が目に留まった。
「幽霊文字の存在…?」
この本にヒントがあると考え、ページを捲る。数ページ程したら、謎の文字『彁』があった。概要を見てみると、存在も読み方もないらしい。しかし仮の読み方として「カ・ セイ」という読み方があるらしい。
「ありましまよ。少し検討外れですが」
「え?あったんですか?」
「はい。でも幽霊文字と言って存在しない漢字らしいです」
「存在しない漢字なんてあるんですね…」
私も同じ風に思っている。だって存在しないはずなのにこんな本にあるし、読み方だって仮ではあるが存在してるんだし…もう存在しちゃってるじゃん。
「お役に立てましたか?」
「はい、本当にずっと一日中探してて…あ、メモしとかないと!」
それにしても幽霊文字か…幽霊が幽霊文字を探してたって、少し面白い構図になってるのかな?
「あの、なんか笑ってません?何かあったんですか?」
「あ〜、ちょっと幽霊が幽霊文字を探してたって考えると少し面白くてつい」
「確かに、存在しないものを存在しないものが探してるってなんか面白いですね笑」
「でしょ?」