「お姉さまのねこじゃらし―‼」
「お、お、お姉さまなんか、どんぐりころころよ――‼」
少女の可愛らしい大きな声が響きました。
ここは紅魔館のプライベートなリビングルームです。
ぷるぷるしながら頬っぺたを膨らませているのは【フランドール・スカーレット】さん、なんだか怒っていますね。
その怒りの対象はどうやら正面に座っている実姉、紅魔館当主【レミリア・スカーレット】嬢のようです。
「お姉さまなんて― 知らないっ‼」
妹吸血鬼は、とたたたた、と部屋を出て行ってしいました。
「ちょっとフラン! 待ちなさい!」
「お嬢さま、後は私にお任せください」
レミリアさんに声をかけたのは超弩級スーパーメイド【十六夜咲夜】さんです。会釈した後、スッスッと品のある足取りで部屋を後にしました。
残されたのは呆然とするレミリアお嬢さまと、その親友で居候の【パチュリー・ノーレッジ】さんでした。
「……レミィ、フランのあれって、もしかして悪口?」
「フランが私にあんなことを言うなんて……」
まだ正気が戻らないお姉さま。
その昔は姉妹で罵り合うことなど日常茶飯事でしたが、幻想郷の住人達との触れ合いの中で徐々に心が穏やかになり、無邪気で優しい気質が顕れてきているのです。
その変化に最も大きな影響を与えているのは友人付き合いをしている春告精と、小さな赤い髪の大妖精なのは間違いないでしょうね。
「……とてもカワイイ、いえ、個性的な悪口だったわね」
―――†―――†―――†―――
ことの発端は前日の夜。
「フラン、明日、アリスにクッキーの作り方を教わりに行きたいのね?」
「シロちゃんと小ちゃんも一緒なの、良いでしょお姉さま?」
「かまわないわ、いっていらっしゃいな」
「やったー ありがとうお姉さま!」
喜んだ妹さんはおやすみのあいさつをして自室に向かいました。
「咲夜」
「はい」
「明日、フランの付き添いをお願いするわね」
「承知しました」
この時のレミリアお嬢さまは以前、緑髪の大妖精が作ったというクッキーを思い出していました。
咲夜さんの作るモノはとても美味しいけど、それとはまた違う美味しさが確かにあったのです。
一緒に試食した咲夜さんも「簡単に再現はできません。何か特別な材料、レシピがあると思われます」と難しいお顔をしていました。
その後の調査で大妖精は【アリス・マーガトロイド】に習ったことが分かったのです。
「魔法の森はひと昔に比べれば格段に安全になったようだけど、たちの悪い魔法使いなんかはまだいるし、手放しとはいかないわよね」
「仰せの通りでございます」
ここまでのやり取りは謂わば建前ですね。
そして美麗な主従のアイコンタクトが始まるわけです。
(咲夜、分かっているわね)
(はい、例のクッキーのレシピを探り出してまいります)
(そしてくれぐれも……)
(心得ております)
この主従くらいになるとアイコンタクトはもはやテレパシーです。九割九分は正確に伝わります(残りの一分はお察しください)。
そんで、場面はフランちゃんの出発直前に移ります。
この時、咲夜さんが付き添うことを告げられたフランちゃんは首を傾げました。
「え―、一人で大丈夫だよ」
「ダメよ、万が一があったら大変だもの」
「う―」
フランちゃんは自分だけが保護者付きなのが面白くないようです。
「フランドール様。目的はもう一つございます」
「目的?」
「ちょっ‼ さく…
「クッキーのレシピを探るのです」
…ああ――‼ なんで言っちゃうのよ‼ くれぐれも内密でって伝えたじゃない‼」
大慌てのお嬢さま、キョトン顔の咲夜さん。
ほぼ正確なアイコンタクトはどうやら『内密で』のところがすっぽ抜けたようです。
そして俄かにフランちゃんの顔が険しくなりました。
「れしぴって作り方のことよね? 探るってどういうことなの?」
「あのね、フラン、ちょっと聞いて」
「お姉さまが命令したのね? 咲夜が自分からそんなことするはずないもん!」
「えーとね」
「お姉さまはいつも、高貴な魔物は堂々としていなければいけないって言ってるのにどうして『ないみつ』なのよ!」
「それは……」
「教えてほしければそう言って頼めばいいじゃない!」
まったくの正論に黙るしかないお嬢さまです。
別の美味しさのクッキーが手軽に食べられるようになればラッキーくらいの軽い気持ちで手配したことが何故か妹さんの地雷だったようです。
そして「お姉さまのねこじゃらし―‼」でした。
―――†―――†―――†―――
咲夜さんがフランちゃんに追いつくのは簡単でした。
帽子を目深に被り手回りの品をいれた小さなバッグをだらんとぶら下げ、力なくふよふよと飛んでいましたから。
「フランドール様、申し訳ございませんでした」
「……咲夜には怒ってない。アナタは全然悪くないわよ」
「いえ、私にも落ち度がありました」
まあ、一パーセントくらいでしょうか。決定的な一パーセントでしたが。
「お姉さまがいけないのよ。……こんなことしちゃいけないのよ……」
ゆっくり飛びながら、ぽつぽつと呟くフランちゃんに辛抱強く付き合う咲夜さん。
「お姉さまはズルいことしない」「お姉さまはいつも正々堂々」「自慢のお姉さまだもの」
たまーに天然をかましてしまう咲夜さんですが、心の機微も深く理解できるのです。
(どうやら憧れ、尊敬するレミリアお嬢さまが不正まがいのことをしようとしたのが許せなかったのね)
「……わたし、頭が熱くなっちゃったみたい……ヒドイこと言っちゃった……」
(酷いこと? どんぐりころころのこと? 何か深い意味があるのかしら?)
フランちゃん、だんだんと反省モードのようです。
「フランドール様、大丈夫でございますよ」
「ほんと?」
「咲夜が保証いたします。さあ、皆さんが待っていますよ。元気を出してクッキーを作りましょう」
「……うん、行こう!」
―――†―――†―――†―――
そしては魔法の森のアリスさんのおうち。
「みんな準備はいいかしら」
「はぁーい」×3
本日のくっきー作り教室の生徒は……
白地に桜の花びらを散らしたエプロン姿のリリーホワイトさん(通称シロちゃん)。
同じく白地に赤と金の細いストライプエプロン姿のフランドール・スカーレットさん(通称フランちゃん)。
友達二人に合ってテンション回復です。
緑地にデフォルメされたヒヨコが描かれたエプロン姿の小さい大妖精さん(通称小ちゃん)。
そして…
「ひとり、呼んでいないコがいるわね?」
「私はフランドール様の付き添いですわ。後ろで控えておりますのでお気になさらず」
高級な生地を使ったメイド服を身にまとった瀟洒なメイド長が答えました。
「あのね、アリスさん」
意を決したフランちゃんが発言します。
「何かしら」
「クッキー作るところ、この咲夜が見ていてもかまわない?」
「別に良いけど」
「作り方覚えた咲夜がウチ(紅魔館)で作ってもかまわない?」
ちょっとだけ首を傾げる人形使いさん。別に秘伝のレシピでもないし、このコたちの他にも教えたことがあるのでわざわざ断りを入れる理由がわからないようです。
「別に好きにしたら良いわよ。でも、そのメイドさんもお菓子作りは達者だと聞くわよ?」
「アリスさんのクッキー、お姉さまも美味しいって言ってるんだけど、咲夜はこの味が出せないって。だから……」
ああー、ぶっちゃけちゃいました。咲夜さんの美顔がちょい歪みましたよ! そしてアリスさんの口角が少し上がりアゴも上がりました!
双方お菓子作りには一家言あるのですからマウントの取り合いになるネタ、ブッコんじゃいけませんよ!
無言で見つめ合うパティシエール二人。やがてどちらともなく目線を外し、軽く息を吐きました。
「後でレシピを渡すわ。その代わり準備や片づけ手伝って」
「……承知しました」
商談成立のようです。
「さて、始めるわよ」
「はーーい」×3
「まずは材料の確認と計量……重さを量るわ」
ここからは材料と手順です(四十枚くらい)。
・バター 100g
・砂糖 70g
・薄力粉 200g
・卵黄 2個
・ミックスオイル 小さじ1
「まずは…「質問があります」…何かしらメイドさん」
生徒さんを差し置いて咲夜さんが挙手しました。
「ミックスオイルとは? 特別な油ですか?」
「いくつかの木の実、香草を油で浸して風味を移したモノね」
「それには決まった製法はありますか?」
「季節によって採れる材料が違うし、特に無いわね。癖の強いモノは避けた方が良いかしら。あくまでバターが主役だから」
「なるほど、ありがとうございます」
咲夜さんは再現できなかった風味の正体が分かったようです。
生徒たちは置いてきぼりです。
「次行って良いでしょ?」
「すみません。どうぞ」
「バターと卵黄は常温に戻すこと」
「じょーおん?」
「小ちゃん、じょーおんはお部屋の温度ぐらいのことですよ~」
「バターは溶けっちゃっても良いの?」
「吸血鬼さん……フランさんでかまわない?」
「はーい」
「溶けないと混ぜにくいからしっかり溶かしてね」
「その二つはしばらく放っておいて。薄力粉をふるいにかけるけど篩(ふるい)は一つだから順番にね」
以下、手順は省略……
―――†―――†―――†―――
生地を最低一時間冷やします。
その間は楽しいお茶会です。
フランちゃんはお友達二人に、お姉さまにヒドいことを言ってしまったので謝りたいと打ち明けました。
「ねこじゃらし……」
「どんぐりころころ……」
なんともいえない表情の二人でしたが、小ちゃんの頭にピコーンが来ました。
「大丈夫だよフランちゃん。『さっきはごめんなさい』ってあやまって、このクッキーを一緒に食べればおっけーだよ」
「そうですね~ 美味しいものを一緒に食べれば解決ですぅ」
「そ、そうかな」
「そだよ、フランちゃんのお姉さん、やさしいもん」
「はい~ おっけ~ですぅ」
「うん、そうしてみる」
「それじゃみんな、生地を切って焼くわよ」
「はーい」×3
「お茶の片づけは私が」
「お願いね」
―――†―――†―――†―――
「おいしー」「あまーい」「いい香り~」
大成功のようです。
「アリス先生、ありがとうございました」×3
「先生ってガラじゃないわよ」
「それじゃ アリスねえちゃん!」
「いきなりくだけたわね」
「では~ アリスお姉さま~」
「シロちゃん、私、お姉さまって呼べないよ」
「そうだねー フランちゃんのお姉さまは一人だもんね」
「僭越ではございますが、シンプルに『お姉さん』ではいかがでしょう?」
「それだ!」×3
「何故アナタが決めるのよ」
「アリスお姉さん、ありがとうございましたー」×3
「……お姉さん……悪くないわね。 いえ、かなり良いわ……うん」
妹のいないアリスさん、ツボにはまったようです。
「カワイイ妹から『お姉さん』……誰か私の」
「アリスさん」
「へっ? な、なにかしら」
「それ以上はお控えくださいませ」
「な、なんのことかしら、私べ、別に妹が欲しいなんて」
「ストップ! で、ございます」
「わ、わかったわよ」
―――†―――†―――†―――
無事クッキー作り教室も終わり解散。フランちゃんは紅魔館にてお姉さまと自作のクッキーを堪能しています。
妹の謝罪と、怒った理由を聞いてお嬢さまも大いに反省したようです。
それはそれとしてクッキーは大層美味しようです。
「フラン、とーっても美味しいわ」
「えへへ、良かったー」
「また作ってくれる?」
「咲夜がレシピもらったから大丈夫だよ。ね、咲夜作ってくれるよね?」
「申し訳ございません。私はこのクッキーは作りません」
「なんで?」
「このクッキーはフランドール様がお作りになるからです」
「……そうね、私もこのクッキーはフランに作ってほしいわ」
「え、良いの? 咲夜がの方が美味しいよ?」
「フランのクッキーが食べたいの」
「私もフランドール様のお手製をいただきたく思います。きっと館の皆も食べたがるでしょう」
「そ、そうかー よーし私、このクッキー頑張る!」
「それならいつまでも『このクッキー』ではつまらないわね。名前を付けましょう。やはり『フランのクッキー』かしら?」
「お姉さま! それはダメだよ」
「確かにレシピはシンプルですし、作る者もたくさんいるわけですから個人名はよろしくないでしょうね」
「でも、私たちにとっては特別なクッキーなのだからひねりを入れたいわ」
「えーと、えーと」
はてさて、このクッキーの命名はどうなるのでしょう。
――― おしまい ―――
「お、お、お姉さまなんか、どんぐりころころよ――‼」
少女の可愛らしい大きな声が響きました。
ここは紅魔館のプライベートなリビングルームです。
ぷるぷるしながら頬っぺたを膨らませているのは【フランドール・スカーレット】さん、なんだか怒っていますね。
その怒りの対象はどうやら正面に座っている実姉、紅魔館当主【レミリア・スカーレット】嬢のようです。
「お姉さまなんて― 知らないっ‼」
妹吸血鬼は、とたたたた、と部屋を出て行ってしいました。
「ちょっとフラン! 待ちなさい!」
「お嬢さま、後は私にお任せください」
レミリアさんに声をかけたのは超弩級スーパーメイド【十六夜咲夜】さんです。会釈した後、スッスッと品のある足取りで部屋を後にしました。
残されたのは呆然とするレミリアお嬢さまと、その親友で居候の【パチュリー・ノーレッジ】さんでした。
「……レミィ、フランのあれって、もしかして悪口?」
「フランが私にあんなことを言うなんて……」
まだ正気が戻らないお姉さま。
その昔は姉妹で罵り合うことなど日常茶飯事でしたが、幻想郷の住人達との触れ合いの中で徐々に心が穏やかになり、無邪気で優しい気質が顕れてきているのです。
その変化に最も大きな影響を与えているのは友人付き合いをしている春告精と、小さな赤い髪の大妖精なのは間違いないでしょうね。
「……とてもカワイイ、いえ、個性的な悪口だったわね」
―――†―――†―――†―――
ことの発端は前日の夜。
「フラン、明日、アリスにクッキーの作り方を教わりに行きたいのね?」
「シロちゃんと小ちゃんも一緒なの、良いでしょお姉さま?」
「かまわないわ、いっていらっしゃいな」
「やったー ありがとうお姉さま!」
喜んだ妹さんはおやすみのあいさつをして自室に向かいました。
「咲夜」
「はい」
「明日、フランの付き添いをお願いするわね」
「承知しました」
この時のレミリアお嬢さまは以前、緑髪の大妖精が作ったというクッキーを思い出していました。
咲夜さんの作るモノはとても美味しいけど、それとはまた違う美味しさが確かにあったのです。
一緒に試食した咲夜さんも「簡単に再現はできません。何か特別な材料、レシピがあると思われます」と難しいお顔をしていました。
その後の調査で大妖精は【アリス・マーガトロイド】に習ったことが分かったのです。
「魔法の森はひと昔に比べれば格段に安全になったようだけど、たちの悪い魔法使いなんかはまだいるし、手放しとはいかないわよね」
「仰せの通りでございます」
ここまでのやり取りは謂わば建前ですね。
そして美麗な主従のアイコンタクトが始まるわけです。
(咲夜、分かっているわね)
(はい、例のクッキーのレシピを探り出してまいります)
(そしてくれぐれも……)
(心得ております)
この主従くらいになるとアイコンタクトはもはやテレパシーです。九割九分は正確に伝わります(残りの一分はお察しください)。
そんで、場面はフランちゃんの出発直前に移ります。
この時、咲夜さんが付き添うことを告げられたフランちゃんは首を傾げました。
「え―、一人で大丈夫だよ」
「ダメよ、万が一があったら大変だもの」
「う―」
フランちゃんは自分だけが保護者付きなのが面白くないようです。
「フランドール様。目的はもう一つございます」
「目的?」
「ちょっ‼ さく…
「クッキーのレシピを探るのです」
…ああ――‼ なんで言っちゃうのよ‼ くれぐれも内密でって伝えたじゃない‼」
大慌てのお嬢さま、キョトン顔の咲夜さん。
ほぼ正確なアイコンタクトはどうやら『内密で』のところがすっぽ抜けたようです。
そして俄かにフランちゃんの顔が険しくなりました。
「れしぴって作り方のことよね? 探るってどういうことなの?」
「あのね、フラン、ちょっと聞いて」
「お姉さまが命令したのね? 咲夜が自分からそんなことするはずないもん!」
「えーとね」
「お姉さまはいつも、高貴な魔物は堂々としていなければいけないって言ってるのにどうして『ないみつ』なのよ!」
「それは……」
「教えてほしければそう言って頼めばいいじゃない!」
まったくの正論に黙るしかないお嬢さまです。
別の美味しさのクッキーが手軽に食べられるようになればラッキーくらいの軽い気持ちで手配したことが何故か妹さんの地雷だったようです。
そして「お姉さまのねこじゃらし―‼」でした。
―――†―――†―――†―――
咲夜さんがフランちゃんに追いつくのは簡単でした。
帽子を目深に被り手回りの品をいれた小さなバッグをだらんとぶら下げ、力なくふよふよと飛んでいましたから。
「フランドール様、申し訳ございませんでした」
「……咲夜には怒ってない。アナタは全然悪くないわよ」
「いえ、私にも落ち度がありました」
まあ、一パーセントくらいでしょうか。決定的な一パーセントでしたが。
「お姉さまがいけないのよ。……こんなことしちゃいけないのよ……」
ゆっくり飛びながら、ぽつぽつと呟くフランちゃんに辛抱強く付き合う咲夜さん。
「お姉さまはズルいことしない」「お姉さまはいつも正々堂々」「自慢のお姉さまだもの」
たまーに天然をかましてしまう咲夜さんですが、心の機微も深く理解できるのです。
(どうやら憧れ、尊敬するレミリアお嬢さまが不正まがいのことをしようとしたのが許せなかったのね)
「……わたし、頭が熱くなっちゃったみたい……ヒドイこと言っちゃった……」
(酷いこと? どんぐりころころのこと? 何か深い意味があるのかしら?)
フランちゃん、だんだんと反省モードのようです。
「フランドール様、大丈夫でございますよ」
「ほんと?」
「咲夜が保証いたします。さあ、皆さんが待っていますよ。元気を出してクッキーを作りましょう」
「……うん、行こう!」
―――†―――†―――†―――
そしては魔法の森のアリスさんのおうち。
「みんな準備はいいかしら」
「はぁーい」×3
本日のくっきー作り教室の生徒は……
白地に桜の花びらを散らしたエプロン姿のリリーホワイトさん(通称シロちゃん)。
同じく白地に赤と金の細いストライプエプロン姿のフランドール・スカーレットさん(通称フランちゃん)。
友達二人に合ってテンション回復です。
緑地にデフォルメされたヒヨコが描かれたエプロン姿の小さい大妖精さん(通称小ちゃん)。
そして…
「ひとり、呼んでいないコがいるわね?」
「私はフランドール様の付き添いですわ。後ろで控えておりますのでお気になさらず」
高級な生地を使ったメイド服を身にまとった瀟洒なメイド長が答えました。
「あのね、アリスさん」
意を決したフランちゃんが発言します。
「何かしら」
「クッキー作るところ、この咲夜が見ていてもかまわない?」
「別に良いけど」
「作り方覚えた咲夜がウチ(紅魔館)で作ってもかまわない?」
ちょっとだけ首を傾げる人形使いさん。別に秘伝のレシピでもないし、このコたちの他にも教えたことがあるのでわざわざ断りを入れる理由がわからないようです。
「別に好きにしたら良いわよ。でも、そのメイドさんもお菓子作りは達者だと聞くわよ?」
「アリスさんのクッキー、お姉さまも美味しいって言ってるんだけど、咲夜はこの味が出せないって。だから……」
ああー、ぶっちゃけちゃいました。咲夜さんの美顔がちょい歪みましたよ! そしてアリスさんの口角が少し上がりアゴも上がりました!
双方お菓子作りには一家言あるのですからマウントの取り合いになるネタ、ブッコんじゃいけませんよ!
無言で見つめ合うパティシエール二人。やがてどちらともなく目線を外し、軽く息を吐きました。
「後でレシピを渡すわ。その代わり準備や片づけ手伝って」
「……承知しました」
商談成立のようです。
「さて、始めるわよ」
「はーーい」×3
「まずは材料の確認と計量……重さを量るわ」
ここからは材料と手順です(四十枚くらい)。
・バター 100g
・砂糖 70g
・薄力粉 200g
・卵黄 2個
・ミックスオイル 小さじ1
「まずは…「質問があります」…何かしらメイドさん」
生徒さんを差し置いて咲夜さんが挙手しました。
「ミックスオイルとは? 特別な油ですか?」
「いくつかの木の実、香草を油で浸して風味を移したモノね」
「それには決まった製法はありますか?」
「季節によって採れる材料が違うし、特に無いわね。癖の強いモノは避けた方が良いかしら。あくまでバターが主役だから」
「なるほど、ありがとうございます」
咲夜さんは再現できなかった風味の正体が分かったようです。
生徒たちは置いてきぼりです。
「次行って良いでしょ?」
「すみません。どうぞ」
「バターと卵黄は常温に戻すこと」
「じょーおん?」
「小ちゃん、じょーおんはお部屋の温度ぐらいのことですよ~」
「バターは溶けっちゃっても良いの?」
「吸血鬼さん……フランさんでかまわない?」
「はーい」
「溶けないと混ぜにくいからしっかり溶かしてね」
「その二つはしばらく放っておいて。薄力粉をふるいにかけるけど篩(ふるい)は一つだから順番にね」
以下、手順は省略……
―――†―――†―――†―――
生地を最低一時間冷やします。
その間は楽しいお茶会です。
フランちゃんはお友達二人に、お姉さまにヒドいことを言ってしまったので謝りたいと打ち明けました。
「ねこじゃらし……」
「どんぐりころころ……」
なんともいえない表情の二人でしたが、小ちゃんの頭にピコーンが来ました。
「大丈夫だよフランちゃん。『さっきはごめんなさい』ってあやまって、このクッキーを一緒に食べればおっけーだよ」
「そうですね~ 美味しいものを一緒に食べれば解決ですぅ」
「そ、そうかな」
「そだよ、フランちゃんのお姉さん、やさしいもん」
「はい~ おっけ~ですぅ」
「うん、そうしてみる」
「それじゃみんな、生地を切って焼くわよ」
「はーい」×3
「お茶の片づけは私が」
「お願いね」
―――†―――†―――†―――
「おいしー」「あまーい」「いい香り~」
大成功のようです。
「アリス先生、ありがとうございました」×3
「先生ってガラじゃないわよ」
「それじゃ アリスねえちゃん!」
「いきなりくだけたわね」
「では~ アリスお姉さま~」
「シロちゃん、私、お姉さまって呼べないよ」
「そうだねー フランちゃんのお姉さまは一人だもんね」
「僭越ではございますが、シンプルに『お姉さん』ではいかがでしょう?」
「それだ!」×3
「何故アナタが決めるのよ」
「アリスお姉さん、ありがとうございましたー」×3
「……お姉さん……悪くないわね。 いえ、かなり良いわ……うん」
妹のいないアリスさん、ツボにはまったようです。
「カワイイ妹から『お姉さん』……誰か私の」
「アリスさん」
「へっ? な、なにかしら」
「それ以上はお控えくださいませ」
「な、なんのことかしら、私べ、別に妹が欲しいなんて」
「ストップ! で、ございます」
「わ、わかったわよ」
―――†―――†―――†―――
無事クッキー作り教室も終わり解散。フランちゃんは紅魔館にてお姉さまと自作のクッキーを堪能しています。
妹の謝罪と、怒った理由を聞いてお嬢さまも大いに反省したようです。
それはそれとしてクッキーは大層美味しようです。
「フラン、とーっても美味しいわ」
「えへへ、良かったー」
「また作ってくれる?」
「咲夜がレシピもらったから大丈夫だよ。ね、咲夜作ってくれるよね?」
「申し訳ございません。私はこのクッキーは作りません」
「なんで?」
「このクッキーはフランドール様がお作りになるからです」
「……そうね、私もこのクッキーはフランに作ってほしいわ」
「え、良いの? 咲夜がの方が美味しいよ?」
「フランのクッキーが食べたいの」
「私もフランドール様のお手製をいただきたく思います。きっと館の皆も食べたがるでしょう」
「そ、そうかー よーし私、このクッキー頑張る!」
「それならいつまでも『このクッキー』ではつまらないわね。名前を付けましょう。やはり『フランのクッキー』かしら?」
「お姉さま! それはダメだよ」
「確かにレシピはシンプルですし、作る者もたくさんいるわけですから個人名はよろしくないでしょうね」
「でも、私たちにとっては特別なクッキーなのだからひねりを入れたいわ」
「えーと、えーと」
はてさて、このクッキーの命名はどうなるのでしょう。
――― おしまい ―――
やさしい世界でした