Coolier - 新生・東方創想話

山に愛されるから

2024/09/03 10:20:10
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 雪が積もると決まって山に登る。別に大きな山じゃない。実家の裏にある、よく狩りで使う山だった。
 今となってはそこまで珍しくもないが、実家は里の外にあった。父は小さな里の中で暮らす事が、どうにも合わなかったらしい。母を連れて里から少し離れた山の麓で暮らす様になった。そんな私も、血は争えないのか、やはりこの暮らしに向いてなかった様で、十七の頃に家出をした。それでも、やはり私はこの山が好きだったらしい。里で暮らす様になっても、私は時々実家に帰っては山に登っていた。
 母は私を産んですぐ死んだ。だから顔も知らなかった。しかし、父はちゃんと母を愛していた様で、私に何度も母の話をしてくれた。実家では私と父との二人暮らしで、私は父から狩りの仕方を教わった。私自身、筋は悪くなかったとは思うのだが、父を超える事はできなかったと思う。まあ、十七で家出した青二才じゃ無理もなかっただろう。
 家出したと言っても、父と私の関係は案外良好だったと思う。というのも父自身が里の生活が合わずに飛び出したのだから、息子の私が同じ事をしても何ら不思議ではないと納得していたらしい。私は、別に実家での生活や父の事が嫌いな訳ではなかった。それ以上に里での生活に憧れがあっただけで。実際は大差なかったけれど、それでも里での生活もそれなりに居心地は良かった。
 
 家出してから十年程の月日が流れた。嫁を貰い、子供も儲けた。そしてその年に父が死んだ。正確に言うと、山で遺体が見つかった。まだ孫の顔を見せられてなかった。父は頻度は少ないが定期的に里に来ては肉を売る事があった。しかしここ二ヶ月程は全く顔を見せなかったらしい。顔馴染みの者が気になって探してみたところ、実家の裏にある、あの山で父が死んでいるのを見つけたとの事だった。
 父は生前、自分は山で死ぬと思うと話していた。父は山を愛していた。そして同時に畏れてもいた。それらが父の中で混じり合った結果、ああいったことを考えたのだと思う。そして父はその通りに山で死んだのだから、それはある意味で山に愛された結果なのかもしれないとも思った。
 しかし季節は冬だった。それも、春を奪うようにして異様に長く続いていた冬。今となってはそんな冬はもう無いが、私はもしかしたら、山ではなくあの異様な冬が父を殺したのかもしれないと思うようになった。
 私は冬が来る度に実家を訪ねた。もう誰も居ない、朽ちるの待つだけの小さな家屋と成り果てていた。そんな空き家の掃除をした。ほんの僅かな延命にすらならないとは分かっているが、それでも思い出が埃を被らない様にしたかった。
 そうして掃除を終えると、私は山を登った。雪が積もる冬山だった。見覚えのある景色を通る度に、父との記憶が蘇る。それは碌に親孝行の出来なかった自分にとって、まるで罰を与えられているかのように錯覚するほど苦痛ではあった。
 しかし、それらの思い出に浸る行為は、私を苦しめはしたものの、同時に慰めにもなっていた。楽しかった思い出が蘇るのは嫌いでは無い。だから家出をした後もその思い出に浸る為にこの山に登っていたのだから。
 
 父が死んでから何度目かの冬が来た。私は山を登り、小さな山頂へ辿り着くと、一人の女を見た。若く顔立ちが整った綺麗な女だった。一目で人間ではない事がわかった。雪が積もった山なんかに女が一人でいる事などあり得ないからだ。そうして私は彼女を雪女だと確信した。父を殺したかもしれない冬の権化だと思ったのだ。
 しかし私が身構えた途端、
 
 「貴方、ここで死んだ男の息子でしょ」
 
と女がこちらを見て言い出した。私はまるで心が読まれたかのように図星を突かれ、黙るしか出来なかった。女は続けてこう言った。
 
 「父親から伝言があるのよ。守れるわけない約束だと思ったのに、まさか本当に来るとはね」
 
 女が言うには、父は実家に大した額ではないが遺産を隠してある事、それを持って行って生活の足しにしろとの事だった。
 私は呆気に取られて何も言えないでいると、女は確かに伝えたから、と言ってふと浮き上がって立ち去ろうとした。私は慌てて彼女を引き止め、なぜ父を知っていたのか、父を殺したのかどうかを尋ねた。
 
 「違うわ。冬を満喫して浮かれて散歩してたら、足を怪我して動けない貴方の父親を見つけたのよ。もう衰弱してたし、助からないと思った。だから放っておこうと思ったんだけど、しつこくさっきの事を伝えてくれって頼まれたのよ。この山に来れば会えるって言われたから、まあ気が向いた時に来てたんだけど、ほんとすごい偶然ね」
 
 そう言って女は何処かへ飛んでいってしまった。私は何が何やらで、ただ女の言葉を聞くだけしか出来なかったが、それでもその言葉が嘘ではない事がなんとなく理解できた。女はまさしく冬に生きるものだった。それ故にそこに悪意も善意もなかった。ただの気まぐれだというのが、女の振る舞いから感じられたのだった。
 女から伝えられた、父の今際の言葉は真実だった。実家からはそこそこの遺産が出てきた。まだ子供が幼い自分にとっては有り難かった。そうして同時に結局父には何も返せなかった事に悔やむばかりであったが、父が冬に殺されたのではなく、あくまで愛した山に殺された事が明確に分かった今、それは少しだけど救いになったような気がした。
 
 結局、父は山に生きた。それは山を愛していたからだった。私は山では生きなかった。しかし、父とは違うアプローチだけど、私の心は何処かで山と繋がっている。また来年、雪が積もる頃に私は山に登るだろう。そうしていつか、冬山以外の山も登る理由が出来たらいいなと思う。
2年前くらいに冬山に行きました。雪が積もりに積もっていて歩くのが大変でした。そんな折に、調査とかなんとかで鹿の死体を見せてもらいました。お腹を切ってみると樹皮が沢山出てきました。どうも、雪で草が埋もれて食べられなくなってしまい、代わりに樹皮をお腹いっぱいに食べていたらしいです。しかし、樹皮に栄養はないのでそういう鹿は餓死してしまうのですが、それを聞いた時、どうにも複雑な気持ちになったのを覚えています。
めそふ
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
4.90福哭傀のクロ削除
物語が淡々と進んでいくのに退屈させないどこかきれいな文章で楽しめました。冬ではなく山に殺されたというフレーズが好みでした
5.100南条削除
面白かったです
運命の如き邂逅を遂げましたが、そのおかげで父親の死が納得のいくものだったとわかったようでよかったです
6.100名前が無い程度の能力削除
山に生きるという原生的な営みと、そこに属さずさりとて厭わず想う子という親子の関係が良かったです。
8.90名前が無い程度の能力削除
レティが出てきたところからいつもの東方な雰囲気になってよかったです
主人公もいい方向に転ぶんだな、というのがその時点でわかったので安心して読めました